スターオーシャンTilltheEndofTime

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449その1
 右腕の痛みよりも、左肩から伝わる重みのほうに、意識が支配される。眼を
向けずとも視界に収まる彼女の横顔。夜の森から聞こえる虫や獣の声に、そっと
彼女の静かな寝息が混ざる。

 夜の森。その洞窟の中。そこに、フェイトとクレアはいた。ささいな行き違い
から起こった事故では有るが、このような事態に恵まれたことは幸運であるの
だろうかと、フェイトは自問する。

「……フェイトさん」
「あ、起きていたんですか?」

 こんな状況で眠られるほど図太くはありませんよ、と少しだけ笑いながら
クレアは言った。別に彼女のせいではないのだが、もしかしたら責任を感じている
のかもしれない。彼女の性格を考えると、それは十分にあり得る事ではあった。

「これ、飲みます?」
「え?」
「クリフ秘蔵の酒です。ばれたらあいつ怒り狂うかもしれませんけど、非常事態
ですし」

 くすりと悪戯小僧な微笑を浮かべて、フェイトは続ける。

「それに僕もクレアさんも、お世辞にも暖かい格好をしているとは言えませんしね」

 わずかなためらいを見せた後、クレアは彼と同じような笑みを浮かべ、頷いた。
450その2:03/03/18 00:18 ID:xEiSVaA2
 発端は、本当に些細なことだった。アリアスの村で子どもが一人行方不明に
なっただけである。いや、家族にしてみれば充分に大事件ではあるだろうが。

 当たり前のことではあるが、アーリグリフとの和平が成ったとはいえ、この
付近に居るモンスターまでもが平和的になった訳ではない。すぐにクレアは
部下を率い、捜索に出た。それが、フェイト達が村に訪れる二時間前の事である。

 無論のこと、彼らも即座に助力を申し出た。そして近辺の捜索に加わる、直前。
件の子供があっさりと現れる。その子の両親が烈火のごとく叱り始めたが、当の
本人は不可解気に首を傾げていた。どうやら子供自身には迷子になったという
自覚がなかったらしい。

 なんとも肩透かしな結末にフェイト達が苦笑していると、クレアの部下の一人が
ひどく慌てた様子で駆け込んできた。曰く、クレア様が危ない、と。

 パール山。その麓。エアードラゴンと一人戦うクレアがいた。いかにクリムゾン
ブレイドの片割れとはいえ、常に最前線で練磨していたネルと指揮官の立場にいた
彼女とを比べるのは酷というものだろう。明らかにクレアのほうが押されていた。
助勢に走る皆。そして、

 ドラゴンの尾が一閃し、彼女を弾き飛ばす。その先は崖。空中にあるクレアの
手を掴みながら、フェイトは何ともお約束だなと自嘲していた。
451その3:03/03/18 00:18 ID:xEiSVaA2
「……すみません」
「何がです?」
「今回のこともそう。私はあなた達に……あなたに、迷惑ばかりかけている。
本当に、ごめんなさい」

 彼女らしいようで、彼女らしくない弱音。そう判断するには、自分はあまりにも
クレアの事を知らない。まあ、アルコールのせいで舌が滑らかになっているだけ
かもしれないが。

「ネル達を助けたのも、施術兵器を完成させたのも、アーリグリフとの和平を
成立したのも、そして星の船を撃退したのも、全てあなた達。私には、謝る事と
礼を言う事しかできません」

 はじめて覗く、彼女の暗い感情。それに驚き、フェイトは眼を瞬かせ、改めて
クレアの横顔を見つめる。どこか呆とした顔を、彼女は両膝に埋めていた。

「……情けない指揮官ですね。私は」
「随分と自虐的なんですね、今日は」
「ぜんぶ事実ですから」
452その4:03/03/18 00:19 ID:1aaxjRbG
「僕は、シーハーツの事も、あなたの事もそれほど詳しい訳ではありませんが」

 そう前置きをし、慎重に言葉をまとめながらフェイトは口を開く。

「アリアスでのクレアさんの事は知っています。村の人たちから、あなたがどれほど
慕われているのかも」
「そんな事は……」
「事実ですよ。誰かは内緒ですが、あなたの戦う姿を見て、戦時中も村に留まり
続けた兵士だっています」
「…………」
「アリアスだけじゃない。ペターニでも聖都でも、あなたの名前を聞かない所は
なかった。みんな、あなたの事が好きなんですよ」
「でも、私は……」
「付け加えるのなら、僕も」

 全く予想していなかった言葉だったのだろう。目を大きく見開き、クレアは
反射的にフェイトの顔を見やる。その少女のような表情に、つかの間フェイトは
彼女が自分より年上である事を忘れた。
453その5:03/03/18 00:19 ID:1aaxjRbG
「こ、こんな時にふざけないで下さい!」
「あ、ひどいな。本当の事ですよ。あなたの話すところが好きです。部下へ声を
かける凛としたところが好きです。歩く時の姿勢が好きです。穏やかな雰囲気が
好きです。今こうして隣に居てくれるところが好きです。……信用できませんか?」
「そんな、こと、急に言われても、私」
「あはは。それほど気にしないで下さい。もう会えなくなる前に、伝えておきた
かっただけですから」
「え?」

 あっさりとしたフェイトの台詞に、思わず間の抜けた返答をしてしまう。いま、
彼はなんと言ったのだ?

「他に、片付けなければならない問題ができてしまったんです。もう一度あなたに
会えて、伝えられるかどうか分からなかったので、ちょっと勇気を出してみました」

 少し照れくさそうに笑う彼。奇妙に大人びた印象を与える彼の顔が、なぜかとても
遠くに見えた。そのせいなのか、それは分からない。だが、クレアの意図せぬまま
唇が自然と動き、言った。

「……ネルは、あなたと一緒に?」
「? ええ。妙に義理堅いところがありますよね、彼女」
454その6:03/03/18 00:19 ID:1aaxjRbG
 何かが、クレアの中で壊れる。恩人である彼。親友である彼女。責任ある自分の
立場。それら全てが薄まり、融け、混然となり、クレアを支配していく。新雪の
ような淡い抵抗はすぐに飲みこまれ、クレアはむしろ望んでその衝動に縋りついた。

「…………!」

 フェイトの全身が固まる。左肩の重みが消えた瞬間、視界に広がる彼女の姿。
次いで柔らかな感触がフェイトの唇を襲う。するりと、魔法のように潜り込む
クレアの舌。それは別の生き物のようにフェイトの咥内を侵略する。

「クレ、ア、さん? 何を……?」
「あなたは……ひどい人です」

 わずかに離れる彼女の顔。濡れた瞳。湿った唇。上気した頬。かすかに鼻を突く
アルコールの匂い。なぜかそんなクレアを見て、フェイトは彼女が泣いている様に
見えた。

「仲間以外は誰にも頼りたくなかったのに。何度も私達を助けて、私にあんな事を
言って、さんざん私を掻き乱しておいて! 突然居なくなる!? それも……!」

 感情の高ぶるまま、フェイトに身体を乗せる。痛めた腕で二人分の体重を支える
ことができず、フェイトは背を地面につけた。その真上で、クレアは、
455名無しさん@ピンキー:03/03/18 00:19 ID:m2TiXGam
リジェールとか、ミスティ・リーアは・・・さすがにムリか。
456その7:03/03/18 00:20 ID:vk/ghchr
「それも、ネルと一緒に!? 私は、私は……!」
「どう、したんです? クレアさんらしく」
「どんなのが私らしいんですか!? いつも落ち着いて、耳聞こえのいい言葉
ばかり口にしていなければならないんですか!? 私にも、私にだって……」

 声のトーンが下がり、冷えた彼女の右手がフェイトの頬を撫でる。

「私にだって、ただの女でいたい時があります……。それがあなたの前じゃ、
だめですか……?」

 薄闇に仄見える彼女の姿。それは、総毛立つほどに美しかった。