強制女性化小説ない? Part4

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590乳無しさん@ピンキー:02/11/13 20:23 ID:JhS9N00h
>>589
「ひゃふっ! ……ひゃ、いひゃ、ひふ、ひふぅ……はぅう、ひぃあああああ!!!」
心は軽くイってしまう。その瞬間、思い出したせいで、忘れていたことを思い出す。
亜津子といっしょ、同じ。いまの自分についているものは、彼女と同じだったはず。
でも、自分は男なのに……さっぱり分からない。
(ちんちん、ちんちん無いの? ちんちん、ボクのちんちんは? ちんちん……)
いまの彼には把握も判断もできない。ただ情報に踊らされるだけだ。
『お花』では『お花』には入らない。それでも何としても『挿入』たいのだ。
小さな少女の身体に押し込められ、幼い子供にまで『戻され』て、それでも尚、
『男の本能』は失われることは無い。
その本能の発露を、彼は二つとも根こそぎ奪われてしまったのだ。
『犯す』ことも、『闘う』ことも。
(どうしよう、どうしよう……どうすればいい?)
自らの小さな手を見つめる。思えば自分の手は、もっとずっと大きく逞しかったはずだ。
こんなに細く小さくなってしまった……
ふと、自分のペニスは丁度これくらいだったと思い出す。拳を軽く握る。そう、このくらいだ。
(あっちゃんは……入るかなあ?)
誰かにそのペニスを入れた覚えがある。きっと入るはずだ。
立ち上がり、亜津子のお尻の前にいく。ローターを入れられたまま放置された彼女は、
荒い息をつきながらぐったりしている。そっとやさしく、それを引き抜いてやる。
「はぁああ、はぁあ、ふうぅ……心様ぁ、心様ぁ」
さっき彼女の『お花』には、指が四本すんなりと入った。きっと平気だ。
普通なら躊躇するだろう。だが、溜まりに溜まった鬱屈は、幼いこころを突き動かす。
(貫イテヤル!! カキ回シテヤル!!)
右手の指の第二関節を立て、拳を握る。何も言わずに入り口にあてがうと、一気に押し込む。
591乳無しさん@ピンキー:02/11/13 20:26 ID:JhS9N00h
>>590
ぐじゅうぅ、じゅぶじゅぶ、と湿った音がする。
「ひゃあああああ!! いやぁあ!! ひぃいっ、ひひゃぁあ!!」
絶叫が響きわたる。しかし、亜津子の膣は驚くほど柔軟に心の右手を飲み込んでいく。
「やめてぇええ!! いやぁ、ぬいてぇ!! 心様ぬいてぇ! いひゃあ、いやぁあ!」
「――ヤダ」
あっという間に、心の右腕は肘くらいまで潜り込んだ。こつん、と何かに行き当たる。
胎内はぐにゅぐにゅしてあたたかい。ぬるぬるしているのに、ざらざら、ぶつぶつだ。
右腕が気持ち良い、だが足りない。何かがまるで、決定的に足りない。
イライラする。すごく、ものすごく。腕を引き抜く、肉襞がまとわり付いてくる。
一緒に中から引き出せてしまいそうだ。こぷこぷと入り口から愛液が溢れ出す。
ぎゅじゅぎゅじゅと軋んだ音を立て、ふたたび押し込む。いっぱいに入れたら、
また引き戻す。押し込む、引き戻す。入れる、出す。何度も出し入れする。
愛液が泡立って、白く濁りだす。水飴に空気を混ぜると、白くなるみたいに。
濁ったそばから新しい愛液が溢れ、透明なそれが白いものに混じって濁っていく。
亜津子は良く分からないうわ言を喚き、絶叫を繰り返す。彼女がしんさま、
しんさまと呼ぶ声がときおり聞こえる気がする。だが、それを無視して腕で犯し続ける。
592乳無しさん@ピンキー:02/11/13 20:29 ID:JhS9N00h
>>591
心は泣いている。訳も分からずただ涙を流している。
亜津子は乱暴に犯されながら、歓喜の涙を流し、嬌声を上げ続ける。
「ひゃあっ!! あはぁ……心様心様心様ぁ!! もっとぉ、心サマぁあ!!!」
{心様ぁ心様ぁ……心様心様心様心様心様心様心様心様心様心様ぁああ!!}
あまりにも対照的な涙。
犯され、喘ぎながら、亜津子は喜びを滲ませた瞳を心に向ける。
心が泣いていることに、ようやく気が付く。
{心様?! どうしたの? 私がいけないのぉ? 汚れてるから……私が汚いから?}
犯されているのは自分なのに、彼女は自分が心を汚しているような気がしてくる。
禁忌を犯している。自分は罪を犯している。そう思い込めば思い込むほど、
彼女の身体は奥底から火照り、快感が熱い炎のように、身もこころも焦がしていく。
彼女はもうすっかり、心の虜になっている。
「あははは! あはあははは!! きゃは、あははははっはっははっはははは……」
突然、心は笑い出す。涙に濡れた表情のない顔で。その笑い声自体は、とてもとても可愛らしい。
人形のように整った顔をまるで歪ませることなく、心は泣きながら笑い続ける。
いつまでも、いつまでも――
593名無しさん@ピンキー:02/11/13 22:05 ID:8GrGy4xX
 ∧_∧
( ;´∀`) も、もうアカン!
人 Y /  発射寸前や!
( ヽ し
(_)_)
594名無しさん@ピンキー:02/11/13 22:07 ID:1cop/7Zl
発射つーよりも貧血でクラクラしてるよ…
595名無しさん@ピンキー:02/11/13 22:47 ID:V3ZVOrRE
凄いですナー、このテンションが持続してるのは。
がむばってください!
596名無しさん@ピンキー:02/11/13 23:25 ID:pGx5ngLg
俺のカイトたんは逝ってしまったのか、、、(:;)
597名無しさん@ピンキー:02/11/14 02:57 ID:kl1dxWTp
投稿SS・イラスト保管庫内の
二重螺旋の3章、7章、8章の一部が文字化け
(こんな感じ「チ@ノ?ツ?ツ?ツ?ツ?ツ?ツ?ツ?ツ?ツ?ツ?ツ?ヤ¢ツ」)
しています。(他のは文字化けはありませんでした)

あと、二重螺旋の3章で
「シャワーを浴びたときのことを思い出すたびに、久狼は恥辱と共に、体にわきあがった抗いきれない快楽のことを」の部分ですが、「久狼」と書かれていますが、
「士狼」が正解ではないでしょうか?

申し訳ございませんが、ご確認及び修正お願いします。
598名無しさん@ピンキー:02/11/14 09:02 ID:ng+vUSur
 ∧_∧
( ;´∀`) も、もうアカン!
人 Y /  イカせてくれ!
( ヽ し
(_)_)
599名無しさん@ピンキー:02/11/14 10:20 ID:atZ8Y0uN
強制女性化小説/投稿SS・イラスト保管庫(http://red.ribbon.to/~tseroparo2ch/)の管理人さんにお願い!
ぜひアップデートを! ここのところの激しい投下ヽ(´▽`)ノのおかげでと、しばらく目を離したせいもあって、
ちょっとわかんなくなってきました。ぜひアップデートをお願いします。m(_ _)m
600名無しさん@ピンキー:02/11/14 12:35 ID:riXGhDkU
>>596
カイトたんも たしかに読みたいのですが…
つか 他の職人サンの続きもね。
>乳無しさん
あなたについてきて良かったですッ!
なんかもう背筋ゾックゾクであります(w
>>599
たしかに保管庫 進んでないが…あくまで好意で作ってくれてるモノなので。
更新されるまで、自力でコピペして纏めるなりして、がんがれ。(藁
601409:02/11/14 13:41 ID:aWu15lQT
http://red.ribbon.to/~tseroparo2ch/
修正しますた。>>597
こういう報告はありがたいです。

>>599
すんません、ちょっと忙しいもんでして……
近々サイトを全面的に修正したいな〜とも考えてます。
602名無しさん@ピンキー:02/11/15 08:56 ID:iHJoHOw3
 ∧_∧
( ;´∀`) がんがれ!
人 Y /  
( ヽ し
(_)_)
603名無しさん@ピンキー:02/11/16 13:25 ID:BiTZVL3R
ttp://www10.ocn.ne.jp/~rudolph/bath/021116/img20021023192402.jpg
虹板に貼ってあった絵だけど、心タンだとか色々想像できる。
604603:02/11/16 13:27 ID:BiTZVL3R
すまん思いっきり間違えた。

ttp://www10.ocn.ne.jp/~rudolph/bath/021116/top014.jpg
605名無しさん@ピンキー:02/11/16 16:29 ID:Sov/Xtu1
>>604
まあ元ネタを知らない人には・・・・だろうな。

でも>>600の言うように、他のSSってどうなったんでしょ?
ロータス氏のとかなんてプロローグ部分だけだし。
他の休止中SSも再開キボンヌ!
606名無しさん@ピンキー:02/11/16 23:05 ID:v34KuRMT
令タンの復活キボンであります。
607名無しさん@ピンキー:02/11/17 21:27 ID:M6rSePq9
保守
なんか今日は板全体で動きがないな。
608名無しさん@ピンキー:02/11/17 21:29 ID:1Tw+CZ//
>>607
またread.cgi死んでて専用ブラウザじゃないとカキコできんせいだと思われ。
609乳無しさん@ピンキー:02/11/18 01:50 ID:5duyKY0N
>>592
「藤枝さん、着替えの手配を急いで――」
「はい、3分で済ませます」
千鶴が素早く部屋を出て行く。心の前でとろけていた人と、同一人物とは思えない。
秘書としての彼女はとても優秀らしい。
「申し訳ありません。心がとんだ粗相を」
心を抱きかかえ、恋はのほほんとした口調で謝罪する。
「まったく、悪戯っ子なんだから……」
呆れている様子だが、愛の態度は普段と変わらない。
「いいえ……心ちゃんもお年頃ですもの。色々とあるはずです」
はっきりいってこの場にいる誰も、事態の異常さなどまるで気にしている様子がない。
ぽろぽろと涙をこぼしつつ、心は放心している。
愛液にまみれてぐちゃぐちゃになった衣服は、とうの昔に脱がされている。シャワーを済ませて、
その小さな身体はいま、大きなタオルに包まれている。タオルの下は患者用の院内服だ。
恋の胸に抱かれて、時おり涙を拭いてもらっている。
ぐったりしたまま動かない亜津子の『お花』に、腕を潜り込ませているところを発見されたあと、
心は一度も口を開いていない。亜津子は精も根も尽き果て、どこかへと運ばれていった。
彼女のアヌスには例のローターがねじ込まれ、尿道には愛液を集めていた管が挿入されていた。
犯され、嬲り尽くされた彼女の顔は恍惚の笑みを浮かべ、涙と涎を垂れ流していた。
そのうえ彼女は失禁までしていた。いや、させられていた。
壊れてしまったかもしれない。
しかし、亜津子の事を心配する人間は此処にはいない。それを為した心以外には……
その心とて、いまこの時は彼女のことに、思いが及ぶことはないのだ。
発見されたとき、表情の無い顔で涙を流し、笑いながら、心は亜津子を責め立てるのを止めなかった。
見開かれた瞳の奥には冷たい何かが宿り、その姿は禍々しくも透明で、ドキリとするほど美しかった。
じっさい千鶴などは、その姿に見とれてしまったくらいだ。
610乳無しさん@ピンキー:02/11/18 01:51 ID:5duyKY0N
>>609
最初の発見者である彼女に、その透明な瞳で一瞥をくれたのみで、尚も心は責め続けた。
愛によって亜津子から、半ば無理矢理に引き離され、ようやく笑いが止まった。
そのあと、恋に抱きかかえられた途端、本格的に泣き出した。まるで赤子のように。
院内の施設を借りてシャワーを使うため、抱いて連れていかれる間も、シャワーの間も、
ずっとずっとその涙は止まらなかった。
何も事情を知らない者が見たら、心の方が『被害者』だと思ってしまっただろう。
小さく華奢な身体で仔猫のように震え、頬を染めてぽろぽろと涙をこぼす。
泣き声を誰にも聞かれたくないのだろう、声を洩らさぬよう懸命に我慢しているのが、
余計に周囲の憐れな気持ちを誘う。
ずいぶん落ち着いてきたとはいえ、心の瞳からはいまだ時おり、大粒の涙がこぼれる。
心とじかに接する四人、恋と愛に玲那と千鶴は、もとより心には大甘な人たちだ。
どうにか心の気分を変えさせ、泣き止まさせてやろうと、入れ替わり立ち代り世話を焼く。
キスの雨を降らせ、抱き締めて頭を撫で、背中や手の甲を擦ってやり――まるっきり、
親猫が生まれたての子猫をあつかうような感じだ。親猫の数が多すぎるが……
「ほーらほら、もういい加減泣くやめなって」
涙を拭いてやりつつ、愛はやさしい口調で語りかける。コクリと頷くが、心の涙は止まらない。
口を開かないのは、しゃべらないのでは無く、しゃべれないから……なのかもしれない。
亜津子との事が原因で、心はかなり『戻って』しまっている。容易に言葉を紡げないほどの、
幼いこころにまでなっていたとしても、不思議ではないくらいに。
「心ちゃんのお着替えと、昼食の準備が整いました」
千鶴が大きなカートを押してくる。
「心、今日のお昼は先生といっしょだよ――嬉しいでしょ?」
「そうなの、ご相伴に預からさせて頂くことになったの……だから、もう泣かないで、ね?」
ようやく、心は笑顔を見せる。
「せんせ……いっしょ」
たどたどしく言葉を紡ぐ。
611乳無しさん@ピンキー:02/11/18 01:52 ID:5duyKY0N
>>609
最初の発見者である彼女に、その透明な瞳で一瞥をくれたのみで、尚も心は責め続けた。
愛によって亜津子から、半ば無理矢理に引き離され、ようやく笑いが止まった。
そのあと、恋に抱きかかえられた途端、本格的に泣き出した。まるで赤子のように。
院内の施設を借りてシャワーを使うため、抱いて連れていかれる間も、シャワーの間も、
ずっとずっとその涙は止まらなかった。
何も事情を知らない者が見たら、心の方が『被害者』だと思ってしまっただろう。
小さく華奢な身体で仔猫のように震え、頬を染めてぽろぽろと涙をこぼす。
泣き声を誰にも聞かれたくないのだろう、声を洩らさぬよう懸命に我慢しているのが、
余計に周囲の憐れな気持ちを誘う。
ずいぶん落ち着いてきたとはいえ、心の瞳からはいまだ時おり、大粒の涙がこぼれる。
心とじかに接する四人、恋と愛に玲那と千鶴は、もとより心には大甘な人たちだ。
どうにか心の気分を変えさせ、泣き止まさせてやろうと、入れ替わり立ち代り世話を焼く。
キスの雨を降らせ、抱き締めて頭を撫で、背中や手の甲を擦ってやり――まるっきり、
親猫が生まれたての子猫をあつかうような感じだ。親猫の数が多すぎるが……
「ほーらほら、もういい加減泣くのやめなって」
涙を拭いてやりつつ、愛はやさしい口調で語りかける。コクリと頷くが、心の涙は止まらない。
口を開かないのは、しゃべらないのでは無く、しゃべれないから……なのかもしれない。
亜津子との事が原因で、心はかなり『戻って』しまっている。容易に言葉を紡げないほどの、
幼いこころにまでなっていたとしても、不思議ではないくらいに。
「心ちゃんのお着替えと、昼食の準備が整いました」
千鶴が大きなカートを押してくる。
「心、今日のお昼は先生といっしょだよ――嬉しいでしょ?」
「そうなの、ご相伴に預からさせて頂くことになったの……だから、もう泣かないで、ね?」
ようやく、心は笑顔を見せる。
「せんせ……いっしょ」
たどたどしく言葉を紡ぐ。
612乳無しさん@ピンキー:02/11/18 01:54 ID:5duyKY0N
>>611
二重カキコしちゃいました。御免なさい。

「心ちゃん、こっちに――食べさせてあげても、よろしいかしら?」
「でも、それでは先生が召し上がれませんわ」
「そうねえ……でしたら――」
昼食は蕎麦だ。心の好物である。しかもわざわざ、心の馴染みの店から出前をとったものとみえる。
もっとも今の心に、それが認識できているのか、甚だ疑問ではあるのだが。
玲那は思いがけぬほど豪快に蕎麦を啜り、あっという間に五口ほどで平らげてしまった。
あっけに取られて皆が見守るなか、蕎麦湯を飲み下す。
「――さあ、これでいいわ。心ちゃん、お昼をいただきましょうね?」
心を抱きかかえると、蕎麦をほんの少し汁につけ、口へと運んでやる。ちゅるちゅると啜りこみ、
咀嚼して飲み込む。こんな調子では蕎麦がのびてしまう。本来の心ならば大いに嘆くところだ。
「おいしい?」
「……おいし」
頷いて、にっこりと笑う。すっかり涙も止まったようだ。蕎麦の量も心のために、
無理をいってわざわざ少なくしてもらってあるらしい。普通の、いわゆる天ざる蕎麦だ。
心の馴染みの店〈ろくごう〉の名物は田舎蕎麦。これは汁を大根下ろしの搾り汁でのばしてあり、
とても辛い。心も好んで食べたものだが、いまの『心』にはとうてい食べられまい。
何はともあれ、昼食は和やかに過ぎていく。
「お食事が済んだら、お着替えしましょうね?」
「うん」
だいぶ機嫌の直った心は、嬉しそうに頷く。
突如ドアがノックされる。
「あら? この時間には、誰もこないように――連絡したはずよね?」
「はい。もちろんです」
千鶴は即答する。玲那は休憩中であり、しかも黒姫家の人間と昼食を共にしている。
この病院で、その時間を邪魔するような者はいないはずなのだ。
613乳無しさん@ピンキー:02/11/18 01:56 ID:5duyKY0N
>>612
「院長、入らさせてもらいます――」
男性の声。すぐにドアが開き、現れたのは心も良く知る人物だ。
田崎 康治。玲那の弟であり、現在、この病院の副院長を務めている。
心は男だったとき、玲那とより、むしろ康治との方が付き合いが深かった。
家庭教師をしてもらったこともあるのだ。面倒見の良い親戚のお兄さん、そんな感じだろう。
玲那によく似た優しげな目元、すらりとした長身で、全体に知的な雰囲気を漂わせている。
なによりその誠実な人柄は、医師として全幅の信頼を寄せるに足る人物であるといえよう。
医師としての気概もなかなかのもので、あくまで己の実力と技量を追求し、
単に親の跡を継ぐことを良しとはせず、外科医として一人立ちすることを目指していた。
その修行のつもりで留学したアメリカにおいて、緊急救命医療の先進国を目の当たりにし、
大きな感銘を受けて進路の転換を図った。
帰国後は、大学病院の緊急救命センターで勤務を続けてきたのだが、激務に継ぐ激務で、
とうとう自身の健康を害してしまい、復帰後に生家である田崎医院に戻ったというわけだ。
最初から副院長のポストがあったわけではない。周りからの後押しでその役職についた。
一度は医師として大きな挫折を味わった康治だが、このまま終るつもりはない。
平たく言えば、玲那と康治は兄弟であると同時にライバルでもある、ということだ。
ちなむと先代院長夫妻は存命で、院長の職は退いたものの、医師・研究者としてはいまだ現役である。
この先どちらが田崎医院を背負っていくかは、先代の意向によるところが大きいだろう。
今のところは玲那が、数歩先にリードしている。彼女自身が優秀な医師であり、
研究者としてもかなりの業績を残してきたからだ。しかし、もっとも大きな要因は、
彼女が心の主治医であるという、その一点に尽きる。
この町で黒姫家の後押しを得るということは、そういうことなのだ――
614乳無しさん@ピンキー:02/11/18 01:59 ID:5duyKY0N
>>613
黒姫家が持つ影響力――それはある種の『力』によるもの――はこれまでずっと、
町のさまざまな部分を裏側から動かしてきた。それはこれからも変わらないだろう。
『それ』とは別のもう一つの力。経済力つまりは金の力、それ自体は大したものではなかった。
心たちの曽祖父の代までで、かなり没落し、資産は縮小していた。それを祖父の監物が一代で、
なかなかのレベルにまで回復・増大させ、そのままそれを父ではなく、母が継いで保持した。
恋の代になって、たったの数年で、黒姫家の資産はこれまでにないほど膨れ上がってきている。
彼女の投資資本家としての嗅覚は非常に優れている。祖父と恋の双方を知る者はほぼすべて、
恋の手腕が祖父以上であることを認めている。
彼女はいずれ、心に黒姫家を継がせるつもりで、自分はその時まで預かっているに過ぎない、
そのように考えていたらしく、こと在る毎にそれを匂わせた。しかし、
彼女によって保持され、増やされた資産はとうぜん彼女のもの。それに自分には姉のような才はない、
そのことも分かっていたから、心はこのまま恋が、黒姫家を正式に継ぐべきだと考えていた。
心もさすがに、今の資産が祖父の代のざっと数倍にまで及んでいるとは、知る由もない。
もっとも、知ったところで、心の考えが変わるわけもない。
彼はあくまで、己の力のみで生きていくつもりだったのだ。ゆくゆくは家を出て、
黒姫家とはまったく関わりを絶ち、一人の男として、格闘家として身を立ててゆくつもりだった。
それはすなわち、父を超えることに他ならないからだ――

「こんにちは、お久しぶりです」
院長室に入ってきた康治は、さわやかな笑顔で挨拶をする。余計なことを言わない辺り、流石だ。
「お久ぶりです」
「どーも、お久しぶりです。彼女はできました?」
愛はやはり、余計な一言をいう。
「いいえ。残念ながら」
さらりと笑顔で返す。
615乳無しさん@ピンキー:02/11/18 02:01 ID:5duyKY0N
>>614
康治は玲那に抱かれた心に目を向けると、これまでより尚一層やさしげな笑みを浮かべる。
「こんにちは、心ちゃん。久しぶりだね」
「……こんにちは、康治せんせい……お久しぶり、です」
玲那に優しく介抱され、甘えたおかげで落ち着いたのか、多少は本来の心に帰ってきている。
少なくとも、康治を認識して挨拶を返せる程度にまではなっているようだ。
「どういうつもりです? 副院長、いまはお客様がみえていらっしゃるのですよ。
しかも、お食事の最中です」
玲那から静かな叱責の声が飛ぶ。それを受けて、真正面から視線を合わせると、
康治の表情はにわかに真剣なものになる。
「その点についての非礼は、お許しいただきたい。ですが院長、いや、今はあえて姉さんと、
そう呼ばさせてもらいます――あなたはまた、『あの事』に絡んで騒動を起こしましたね?
少しは自重してもらいたいと、何度も申し上げたはずです」
間違いなく、心が亜津子に対してしてのけたことを指して言っている。
それにどうやら、康治は玲那の『趣味』に関して、知っているらしい。
さすがに兄弟だということだろう。隠し通せるものでもない。
「そのことに関してなら、このあと説明します。康治、とりあえず今はお下がりなさい。
あなたはレディに恥をかかせる気ですか?」
いまの心の姿を指しているのだろう。心は下着も着けずに院内着をきて、タオルに包まれている。
千鶴以外の職員を誰も部屋へ通さないのは、心の姿を晒さないようにするために他ならない。
ましてや男などもっての他だろう、たとえ康治が、玲那の弟だろうが関係ない。
それらをすべて察したらしい。
「分かりました。私も女性に恥をかかせるような真似をしたくはありません。
隣で待たさせてもらいます――失礼しました。皆さんには今回の非礼をこころからお詫び致します
――心ちゃん、ごめんね。恥ずかしい思いをさせてしまった……」
心に対して、きっちりと頭を下げて詫びると、静かに部屋を出て行った。
***********************************************
616乳無しさん@ピンキー:02/11/18 02:03 ID:5duyKY0N
>>615
「心ちゃん、あんよを通してちょうだいね」
玲那は白いショーツに心の肢を通していく。控えめだが上等のレースに縁取られているものだ。
赤いリボンのワンポイントが可愛らしい。ブラジャーも同じデザインのセットだ。
恋と愛の前だったら、素裸を晒すことは別に恥ずかしくもない心だったが、
さすがに玲那や千鶴に見られるのは、恥ずかしいと感じるようだ。真っ赤になって俯いている。
下着を着けてもらったところで、玲那の手で日焼け止めのクリームが塗られていく。
「これは、今日から処方しようと思っていた新しい日焼け止めなの。今までのものより、ずっとずっと、
お肌にやさしいからね。しかも効果も高いの。だからこれからはもう、ファンデーションなどは、
付けなくても大丈夫ですよ。なるべく、お肌に負担をかけないで欲しいから……」
「先生、優しいってどのくらいですか?」
愛は興味を惹かれたのか、すかさず質問する。
「舐めちゃっても平気なくらいです。それこそ、赤ちゃんが……完全に無味無臭ですし――」
あの『やさしい』手で、丁寧に丁寧に塗りつけてゆく。とても心地良くて、心は感じてきてしまう。
「――あ、ん……」
背中に触られて、ゾクゾクしてしまった。心のそんな様子をみて、恋と愛は笑っている。
用意された着替えは、セーラーカラーの黒いワンピースだ。胸元に白いスカーフが、
リボンのように結ばれる。こちらもやはり、ところどころにレースがあしらわれている。
周りの人間が『心』に似合う服を選ぼうとすると、どうしてもこういう衣服になってしまう。
実際とても似合うし、無理も無いことなのだが、本来の心にしたら複雑なところだろう。
いまの状態の心は、そのことをあまり気にしていないようだが……
すっかり着替えも済んで、待合室で待つ康治を、千鶴が招き入れる。
「――おや。心ちゃん、とても似合っていますね」
心は真っ赤になって俯き、もじもじとし始める。まるで本当に、本物の女の子のようだ。
どうしてこんな風になってしまうのか、心本人にも分からない。
そんな心のようすを見て、部屋にいる誰もが微笑を浮かべる。可愛らしくてしょうがないのだ。
617乳無しさん@ピンキー:02/11/18 02:05 ID:5duyKY0N
>>616
「心、康治先生に、もっとちゃんと見てもらったら?」
愛は悪戯っぽい笑みを浮かべている。心は小さな胸をかき抱くように組んでいた腕を下ろし、
その場でゆっくりと回転する。ふたたび正面を向いて、きちんと一礼する。
ほぼ完璧といってよい、上品な所作だ。
「これはご丁寧に、ありがとうございます――とても可愛らしいお嬢様だ」
康治はやさしげな微笑を浮かべると、最上礼で返す。気障だが厭味ではないのが、彼の美徳だろう。
「ありがとうございます」
自然とお礼の言葉が口をついた。心にもよく分からないが、嬉しかった。
笑顔のまま恋と愛の待つソファーまで移動して、二人の間にちょこんと座る。
「さきほどの話の続きですが、お客様のいらっしゃる前で、よろしいのですか?」
「構いません。黒姫家の皆様には、聞いていただかなくてはいけませんから……」
玲那は即答する。若干その瞳が厳しいのは、真面目に話しをする気だからか、それとも、
心と康治が親しげにしたことが気に入らないのか。
「そうですか。では、他でもない国中看護婦ですが、先ほど確かめたかぎり、特に異常はないようです」
それを聞いて、心はほっとする。
「まあ、あなたも座ったらどうです?」
「いえ、このままで結構」
「そう――やっぱり、大丈夫だったみたいね。あの娘は特別『強い』子だと思ってたけど、予想通り」
玲那はにこやかだ。ちょっとした予想が当って嬉しい、といった感じだ。
「そういう問題ではありません! 確かに今回は大事に至らなかった。しかし、人道的に見て、
とうてい許せる行為ではない。以前から申し上げているはず、姉さんの『趣味』については、
口出しするつもりは無い。しかしもう少し考えていただきたい、と。万一このことが世間に知れたら、
病院の信頼どころか、患者さんにまで妙な目が向けられることになりかねない!」
「大きな声を出さないで。心ちゃんを怖がらせてしまうでしょう?」
「姉さん! 真面目に聞いて下さい! 彼女の前任者の時も、その前もずっと言ってきたはずです!」
「あの娘も、その前の娘も、みんな自分から望んで私と仲良くしたのよ? あの娘たちのうち誰一人、
私に恨み言をいうような娘はいないわ」
618乳無しさん@ピンキー:02/11/18 02:07 ID:5duyKY0N
>>617
「そうかもしれないが、世間の目があることを忘れてもらっては困ります! たとえ、
彼女たちがどうであろうと、周りの評判が――」
「はっきりおっしゃいなさい。もう、姉さんのお下がりは嫌ですって……」
「な!! 私はそんなことを――」
玲那はあくまで静かに、落ち着いたトーンで話を続ける。
「知らないとでも思って? あなたがあの娘たちの何人かと『仲良く』してること。一人二人とは、
とくに『仲良く』してるみたいねえ? 楽しいでしょう? それで、こんどはお下がりじゃない、
新しい娘が欲しくなった。ね、そうでしょう? 特に国中さんのことは気になってたみたいね」
「違う!! 私は姉さんとは違う! 彼女たちとは――」
「何が違うの? 彼女はいない、なんて嘘までついて。ただのお友達だとでもいうつもりなの?
あなたはただの友達と、あんな事までしちゃうの?」
「それは……お互い、大人の男女として」
「いいのよ。あなたを責めたりしない。正直になって……あの娘たち、とっても可愛かったでしょ?
とっても綺麗だったでしょ? 女の子は優しく可愛がってあげれば、みんなみんな、あんなにも、
可愛くなれるの」
康治は答えない。俯いたままだ。尚も玲那は続ける。
「男の人ってみんなそう。女の子を欲しがるくせに、可愛がってあげるのがとても下手なのよ……
康治、あなたも、もう一人前の男でしょう? いつまでもそんな調子じゃ、心配だわ――それに、
国中さん、あの娘はとっても喜んでいたはずよ? どう?」
「え、ええ。本人は意識もしっかりして、その、溌剌としていました。すぐに仕事に戻りたいと……」
それを聞いて、心はほっとする。
(あっちゃん、平気……大丈夫――)
「――でしょうね。だってあの娘は、とっても喜んでいたもの。私にはわかるの。だって、
だってあの娘は、心ちゃんに可愛がってもらえたのよ? 嬉しくないわけないじゃない」
「待て! 待てよ、待ってくれ! 冗談でしょう? 姉さん、嘘だといってくれ!!
心ちゃんが、彼女を? そんな莫迦な!」
619乳無しさん@ピンキー:02/11/18 02:09 ID:5duyKY0N
>>618
「嘘でも、冗談でもありません。あの娘は、身に余る光栄に感謝するべきだわ。心ちゃんよ?
心ちゃんに可愛がってもらえるなんて……」
玲那の表情に、初めて変化が起こる。ほんの微かに、だが確かに瞳の奥に現れた色は、嫉妬……
「嘘だ! 嘘だッ!!」
「……ごめんなさい。ごめんなさい!!」
二人のようすを見て、黙っていられなくなった心は、叫んで立ち上がった。すでに瞳は潤んでいる。
ゆっくりと康治の側まで歩み寄り、彼の手をとった。
「心ちゃん?……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――ボクがいけないの、いやらしい悪い子なの。
だから、だから、けんかしないで……悪いのは僕です。ごめんなさい、ごめんなさい……」
「本当に、君が?」
コクリと頷く。
「ボクが……やったの。あっちゃんに、えっちないたずらを、いっぱい、いっぱいしたの。
あっちゃんが喜んでくれると思って、気持ち良くって、いっぱい、しました……
ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
小さな両手で、康治の手を包み込むように握り、小さな胸に押し付けてぎゅうっと抱き締める。
せっかく泣き止んだばかりなのに、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら。
康治の手に、柔らかくあたたかい感触が、温もりが伝わってくる。あたたかい涙が、こぼれてくる。
そっと、彼の手が心の髪を撫でる。ハンカチを取り出し、涙を拭いてやる。
「いいんだ、君は悪くない。君は国中さんを喜ばせてあげようとしたんだ、そうだね?」
「……うん」
真っ赤な顔で頷いて、康治を見上げる。
{きっと、何も分からずに――きっと、絶対にそうだ}
「君は悪くない。いけない子なんかじゃ、ない。責められなくてはいけない人がいるとしたら――
それは姉さん、あなただ。あなたが良からぬことを吹き込んだせいで、心ちゃんは苦しんでいる。
何よりあなたには、この院内で起こったことに対する責任がある。ましてや今回の件は、院長秘書室、
あなたの目の前で起こったことだ。管理責任はあなたにある」
「たしかに、そうね。その通り……でも、あの娘は、それを訴えたりしないわ」
620乳無しさん@ピンキー:02/11/18 02:12 ID:5duyKY0N
>>619
「ダメぇ!! けんか、しないで。いけないのはボク、悪いのはボクだから!」
「その通り」
「ええ、その通りです」
これまでずっと黙っていた恋と愛が、初めて口を開いた。
「今回の件は、うちの子が、心が仕出かしたことです。万一の責任は心が、保護者の私がとります」
「……恋お姉ちゃん」
「恋姉の言うとおり、うちの悪戯っ子がやったことの責任は、うちでとるべきね――でも、
どうするの?」
「こういうのはどう? 国中さんが、看護婦のお仕事を続けられないようなことになってしまったら、
その時は……うちで雇って差し上げるの」
「いいわね、それ。私もこれから先は忙しくなるかも知れないし、人手があった方が助かるもの」
「ね? いいでしょう。住み込みのハウスキーパーさんよ。ご本人に確かめないといけないけど」
「あっちゃん、うちにくるの?」
心は嬉しそうだ。なにせ、お気に入りの亜津子が家にくるかもしれないのだ。
「まだよ、万一の時、それにご本人に確かめないと、ね?」
恋はあくまでのほほんと、心を落ち着かせる。
「しかしそれでは、院長の責任問題が……」
「この話はこれでお終い。よろしいですね?」
恋に真っ直ぐ見据えられて、はっきり言われてしまう。黒姫家の現党首の言葉だ。
何より、静かな微笑を湛えながら、その瞳には有無を言わせぬ迫力がある。康治も頷くしかない。
玲那は内心おだやかではないが、正面から恋に異を唱えることなどできない。
***********************************************
帰りがけ、心は玲那に自ら抱きつくと、口付けをしてきた。皆がいる前で恥ずかしがりながら、
それでも一心に玲那を求めてきた。
「せんせい、大好き。また来るね――それと、こんど、家に遊びにきて……」
耳元で囁く。それだけで、玲那の気はずいぶんと晴れた。
621名無しさん@ピンキー:02/11/18 02:15 ID:R2xXfGbs
動きあったな
622乳無しさん@ピンキー:02/11/18 02:22 ID:5duyKY0N
>>620
自分は心に好かれている、求められている。その自負は、何より彼女の喜びとなる。
しかし、それを脅かす、その可能性のあるものがいる――亜津子だ。
{心ちゃんの、心ちゃんのところに、行かせたりするものですか!!}
たかが『ペット』の分際で、自分の大切な心に可愛がられるなど生意気にもほどがある。
{いくらでも補充のきくペットのくせに、ペットのくせにペットのくせにペットのくせにペットが
ペットがペットがペットがペットがペットペットペットペットペットペットペットペットペット……}
玲那は亜津子の病室へと向かう。これまで何人もの『ペット』たちを『壊して』きた、
お気に入りのおもちゃを携えて……


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
このあと何かありそうな終わりですが、何もありません。なんだか寂しかったもので、
どうでも良いところを持ってきました。それなのに二重カキコするなんて……申し訳ないです。

私も、カイトたん・令たん・亜美たんの復活を心待ちにしてます。
でも、この時期って色々と忙しいんですよね……
623名無しさん@ピンキー:02/11/18 08:37 ID:OuuopYeH
乳無しさま

>ペットがペットがペットペットペットペット
こ、こわいよ〜〜、あっちゃん壊されちゃうのかしらん?
でも面白いよぉ〜〜(w

乙です!
男性、出て来ましたねー。
朝から眼福…(ニヤリ
624名無しさん@ピンキー:02/11/19 21:04 ID:PrtGofBW
心タソかわいいな。
625乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:09 ID:oYMt5sso
>>622
窓の外を見慣れた風景が流れていく。やわらかな日差しが心地よい。
瞬く間に2週間が過ぎた。あの日から始まった、心の女の子としての日々は概ね平穏なものだ。
もっともそれは、何かことある毎に『戻って』しまう心には、事態の把握ができないことを、
ただ単に、『心地良かったこと』として認識してきた結果に過ぎない。
1人きりでの外出、入浴や自室での就寝を、怪我や体調など何かと理由をつけて禁じられてきた。
恋や愛と一緒に入浴したり、同じベッドで寝るのを強要されることは、
さすがに勘弁してもらいたかったが……結局いままでのところ、逆らうことはできていない。
最近では、逆らう気も起きなくなってきている。どうでもいい、と思ってしまう。
本人の預かり知らないところで、こっそり身体を調べられたり、悪戯されたりしているのは、
心が認識できない以上、無いも同じことなのだ――

いま心は、ある人物と会うため、待ち合わせ場所にむかう電車内で、
見るとは無しに外の風景を眺めている。
女の子になってから、初めての1人での外出。
恋を説得するのが大変だった。両足の打撲はすっかり良くなって、もう包帯も取れている。
それを理由になんとか押し切り、1人での外出を納得させた。

不安定な天秤のように、心のこころは行ったり来たりを繰り返しているが、
そのことを自覚できるわけではないのだから、尚更に、いまの心は危険な状態だと言える。
奇跡的に今朝は、ほとんど本来の彼に『帰って』いる。
これから心が会いに行く人物は、彼の人生において最も信用するに足る、第一の親友だ。
同時にその男は、最も激烈な闘いを繰り広げてきたライバルでもある。
男の名は、嶋岡 清十郎
626乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:11 ID:oYMt5sso
>>625
待ち合わせに少し遅れてしまった心は、急いでその場に向かう。恋を説得するのに時間をとられ、
その後にも着替えやら、色々と時間をとられたせいだ。
それに何だか、さっきからジロジロ見られている気がする。居心地が悪い。
(……面倒だよなぁ――いた)
清十郎はどこにいても目立つ、鍛え上げた193cmの長身では、目立つなというのが無理なのだ。
とりあえず声をかけてみる。
「やあ、清十郎――ボクだ、心だよ」
清十郎は一瞬、何事かと考えるも、すぐに苦笑する。
「すまんが、悪いが冗談はやめてくれ。お嬢さん、誰に頼まれた? 君に頼んだヤツに、
こころ当りはあるんだが……あの野郎」
「…………」
(やっぱり、だめかぁ)
もしかしたら、彼なら分かってくれるかも知れない。そんな考えが心にはあったのだが、
やはり駄目なようだ。そのために、男の時と同じような服装で来たというのに――
今日の心はレザーパンツに白いシンプルなシャツ、ワークブーツといういでたちだ。
(これなら……どうだ?)
するすると、ごく自然な感じで間合いをつめる。笑顔を浮かべつつ、心の左足が跳ね上がる。
上段前蹴り。心の得意な技の一つだ。ブーツのつま先がピタリと、清十郎の水月に当てられる。
二人の身長差のせいで、顔にはとうてい届かない。だが、
「――マジかよ……お前、本当に? 心……なのか?」
「ああ、そうだよ。久しぶりだね」
「いったい、どういう訳だ? 説明してくれ」
「頼まれなくても、してあげるさ。とりあえず、クールベにでも行こう。ここじゃ、ね」
「そうだな」
清十郎は辺りを見回す。どう考えたってワケありだ。路上でできる話ではないだろう。
627乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:13 ID:oYMt5sso
>>626
喫茶〈クールベ〉、心と清十郎の馴染みの店だ。二人がつるむようになった当初から、
この店にはよく来ている。常連というわけだ。
「おや? 珍しいですね、嶋岡さんが透子さん以外の女性と一緒なんて」
立派な髭が目立つマスターが、注文を取りにくる。
「ひょっとして……浮気ですか? 関心しませんねぇ――考えたみたら、
黒姫さんや透子さん以外の人と一緒のところ、初めてみましたよ」
「なんすかマスター……俺、それじゃあ、友達いないみたいじゃないすか」
「違うんですか?」
「もーいいっすよ。ブレンド」
「はい。あ、秋月さんもいましたね」
「ああ、百合っすか……って一人!? 合わせて三人?!」
「そちらのお嬢さんは、何にいたしますか?」
「無視か?!」
「カフェオレと、ガトーオペラ、チーズスフレをハーフで」
「かしこまりました――お嬢さん、うちの売りを良くご存知ですね、誰かに伺ったのですか?
それにこのオーダー、黒姫さんみたい……」
清十郎は慌てるが、心は平然としている。
「――マスター、この子は」
「初めまして、黒姫 心です」
「あら! 黒姫さんと同じお名前?」
「はい、従兄弟です」
「まあ、そうなんですか。それでねえ、なるほど――黒姫さん、お元気?」
「……ちょっと、遠いところに……武者修行にいってます」
「黒姫さんらしいわねぇ――それでは、少々お待ち下さい」
マスターが戻ってゆく。
「よくもまあ、あんなにスラスラと言葉がでたもんだな」
「前もって多少は準備しておいたよ。当然のことだろう?」
小声で話す。ややあって、注文の品が届く。
「では、どうぞごゆっくり」
628乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:15 ID:oYMt5sso
>>627
おねえ言葉がときおり飛び出すマスターだが、きちんとした妻帯者だ。
店は夫婦で切り盛りしている。お菓子全般を奥さんが作り、マスターは軽食と飲み物、接客担当だ。
ここのケーキとコーヒーは美味い。心は先ほど頼んだ二つが特に好みだ。
ケーキはラージ・レギュラー・ハーフで大きさが選べる。レギュラーでも小さめなので、
ハーフだと二個でも、その量は知れたものだ。
「しかし、朝からケーキとは、朝飯抜きだったのか?」
「ううん。違うけど、すぐにお腹空くんだ。この身体」
女の子になって、一度に食べられる量は極端に少なくなった。
同時に、頻繁に空腹を感じるようにもなった。一度の食事量が減ったことを考えれば、
当然といえるのかもしれない。これまで家にいるときは、朝・昼・晩の三食に、
午前と午後のお茶があった。いまは午前のお茶の時間を、少し過ぎたところだ。
それにもう一つ、極端に寝起きが悪くなり、睡眠時間も延びた。一日八時間以上は寝ないと、つらい。
なんだか、食べて寝るだけの小動物にでもなったみたいで、面白くない。
「それで? いったいどうしたわけで、そんな身体に?」
「実は――」
心はとりあえず、自分について知っている情報を、ほとんどすべて話した。
二週間ほど前、とつぜん女の子になってしまったこと。原因は分からないこと。
家族や周りはみんな、最初から心が女の子で、末っ子だと認識していること。
それから、だんだん自分が『おかしく』なり始めていること。
「なんていうか、ときどき頭がポーッとするんだ。頭がきちんと働かない。それに、
わけもなく、急に怖くなったりする。すごく、すごく怖いんだ」
ケーキを突付きながら話す心の所作は、もうすでに、ほとんど完璧に女の子のものだ。
座っている心の膝は、内股気味にピタリと閉じられていて、男のように足が開くこともない。
小さな口で上品に、少しづつケーキを食べている。
629乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:18 ID:oYMt5sso
>>628
上目遣いで見上げてくる心に、清十郎は見惚れている。
大きいくせに黒目がちな瞳、目尻は少し上がり気味だ。細く高い鼻、薄桃色の小さな唇、
すべてのパーツが絶妙なサイズとバランスでそれぞれの位置に収まっている。
透けるように白い、剥きたてのゆで卵のような肌。明るい栗色の、つやつやしたやわらかな髪。
すらりとしなやかにのびた四肢。抱き締めたら壊れてしまう、そう確信できるほど華奢な身体。
なんだか甘い香りが漂ってくるような気もする。
見れば見るほど可愛いらしい、間違いなく極上の美少女だ。
子供っぽいことを別にすれば、であるが――それとて好みの問題にすぎない。
頼りなくて儚げな、その全身で仔猫のように――私を守って――と、
庇護を求めているかのように見える。
「……清十郎?」
「――あ、すまん。ちょっとな」
「ひょっとして、疲れてる? ごめん……へんなことに巻き込んじゃって」
清十郎はすでに社会人として働いている身だ。今回は少ない休みを使って、
わざわざ心に付き合っている。ちなみに今日は金曜日、平日だ。
「いや、そうじゃない。気にしないでいい。それに、お前が自分から俺を頼るなんて、珍しいからな」
心と彼の関係はどちらかというと、清十郎が心にお節介を焼いてきたかたちなのだ。
「しかし、こうなっちまったら、電話も使えんわな。道理でメールで連絡してきたわけだ」
「うん、この声で電話しても分からないだろうって――それにしても、よく信じてくれたね?
ボクが心だって」
「アレを見せられちゃあな。信じないわけもいかねぇさ――それだけじゃないけどな」
「え? 蹴り以外に何かあるの?」
清十郎は自分の瞳を指さす。
「ココだよ。ココ」
「目?」
「そうだ、お前の目、いや、瞳だよ。お月さんだ」
630乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:21 ID:oYMt5sso
>>629
当たり前すぎて忘れていたが、彼の指摘で思い出す。自分の瞳には、かなりの特徴があることを。
心の瞳の色は、琥珀色なのだ。しかも右目のほうが少し明るい、オッドアイだ。
清十郎はそれを称して、『月』だとか呼んでいた。
心は自分が女の子になった最初の朝、なぜ自分を自分と認識できたのか分かった気がした。
もしこれが普通の黒い瞳だったら、逆に違和感を感じていたはずなのだ。
清十郎はふたたび心に見惚れながら、目の前の少女に間違いなく、
親友の面影が残っていることを感じていた。
{そうだ、この目だ}
***********************************************
初めて心を見かけたのは、高校の入学式の日だった。はっきりいって、やたらと目立っていた。
小柄な、線の細い美少年。出会った頃の心はまだ鍛え込む前で、ひ弱でこそないものの、
逞しいという感じではなかった。顔も女顔で、下手な女子よりずっと整っている。
それでいて妙に自信ありげというか、堂々としているというか……背筋を真っ直ぐ伸ばして、
(自分には、何らやましいところはない)
とでもいいたげな感じ。それでいて、なんとなく影があるというか、印象が柔らかいというか、
寂しげな雰囲気も漂わせる。
二人は同じクラスになった。
心はクラスの女子たちの間でも、すぐに騒がれていた。男子より、女子と打ち解ける方が早かった。
二人の通った高校は新設校で、彼らが一期生だ。クラス分けは入試と入学直前の、
テストの成績で決められていた。彼らのクラスは、その最上位クラス、J組だった。
いざ高校生活が始まって、心はどんどん目立つようになっていった。勉強は出来る。スポーツも得意。
おまけに容姿も良いときている。あっという間に校内でも有名人になっていた。
一方の清十郎も、この高校へ最大数の生徒を送り込んだ、地元の中学の主席卒業生だった。
彼の家は地元でちょっとした名士であり、清十郎自身も小・中学時代から、
自然と人の輪の中心にいるような、男女を問わずもてるタイプだった。
心はわざわざ、他県の新設校へと進学していた。同じ中学出身の生徒は女子が一人だけだ。
631乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:22 ID:oYMt5sso
>>630
まだこの頃、清十郎と心は特に親しくしていたわけではない。
ただ、ことある毎に、お互いが――
「「こいつ、できるな」」
という印象を持っていただけだ。
そんなある日、ちょっとした事件が起こった。どこにでも『そういう』輩はいるもので、
この高校をシメようという連中が現れたのだ。彼らはA組の生徒たちで、彼らの弁によると、
「お勉強ばっかりのヤツラに根性で負けっかよぉ」
だそうな。それでBから始まり、順番に一クラスづつシメていった。
やがてゴールデンウィークも明け、五月も半ばを過ぎた頃、心たちのクラス、J組の番がきた。
このとき、最初の標的にされたのが心だったのだ。とうとう最後のクラスになって、
A組の不良くんたちの意気も相当に上がっていた。同時に彼らは慎重にもなっていた。
J組には清十郎がいたからだ。実は不良くんたちの中心は、清十郎と同じ中学出身だった。
清十郎は強い、レベルが違う。彼の家は十代近く続いた古武術の宗家なのだ。
しかも彼は中学卒業前に、皆伝の免状をもらっていた。すでに家は兄が継ぐことが決まっていたが、
それは何も、兄の方が強いからではない。むしろ逆だ。清十郎の天才ゆえに、彼は家を出て、
独自の道をゆくことを期待されたためだ。そして彼自身、己の道を生きることを望んでいる。
そんな清十郎だから、もとより不良くんたちのような連中のすることに興味などない。
しかし、頼まれたら嫌とは言えないお人好しなところもあって、
不良くんたちがあまりに横暴な真似をしたときは『懲らしめて』きたことが、何度もあった。
中学時代から清十郎に、さんざん煮え湯を飲まされてきた不良くんたちは考えた。
いまさら数を恃んだところで、ヤツに勝てるかどうかは疑問だ。
それよりも、清十郎以外のJ組の連中を叩いてはどうだろうか? 
その上で、話し合いという形で手打ちに持っていく。これなら、こちらの面子も立つ。
上手くすればクラスメートを人質にすることで、ヤツに一泡吹かすことすらできるかもしれない。
なかなか考えたものだ。
632乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:24 ID:oYMt5sso
>>631
清十郎は不良くんたちのいう『面子』になど興味はないから、クラスメートに手を出さない代わり、
この高校は俺達がシメたと認めろ、と言われれば簡単に承諾してしまうはずだった。
その最初の標的に心が選ばれたのは、単純な理由だ。
誰も良くは知らない、他県からきた優等生。女どもにキャーキャー騒がれているのも気に入らない。
何より、外見上は荒事が得意そうには見えない優男だ。
ガリ勉野郎の集まりの、J組の代表のようなアイツこそ、最初の獲物にふさわしい。
さっそく、心が放課後の屋上に呼び出された。なるべく強面でない連中をつかってだ。
「うん、いいよ」
なんの疑問もないようすで、心はついてきた。
{こいつ……アホか?}
呼び出しに出向いた連中は、心のあまりの無防備さにこころの中で呆れていた。
この様子を、不良くんたちの顔を知る、北原という清十郎の友人が見ていたのだ。
北原は清十郎を探し出し、そのことを伝えた。
「嶋岡!! 黒姫が、例の優等生がA組の連中に呼び出された!」
「マジかよ……高校生にもなって、進歩がねえ奴らだなあ。んで、どこだ?」
「屋上だよ。間違いない」
「いつも通りかよ。ほんとに進歩のねえ……で? 黒姫はついてったの? のこのこと?」
「ああ、なんか普通の顔して」
「アイツもそんな莫迦だとは……そんなヤツには見えんかったが、なあ?」
「いや、普通って、そういうんじゃない。なんつーか、女の子に呼ばれたときと同じようで――」
「ふーん?」
わざわざ清十郎を探した北原も、それを聞いて一応ようすを見に行く清十郎も、お人好しなことだ。
だが、この件があったおかげで、さらには、北原と清十郎がお人好しだったおかげで、
二人は『出会う』ことができた。だから心は、今もこころの底で感謝している。
633乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:25 ID:oYMt5sso
>>632
「おーい、五島。うちのクラスのヤツをいじめんでくれい」
屋上についた清十郎はのんびり声をかけつつ、扉を開いて回り込んでいった。
そこに、いた。
沈む夕日を受けて照らし出され、静かに佇む少年。まるで一枚の絵画のようだ。
金色の光の中で、彼の瞳は美しく輝いていた。だが、どこか寂しげに遠くを見ていた。
{きれいだ……うん、きれいだな}
清十郎は素直にそう感じた。事実、心は美しい。昔も、今も――男女の違いなど問題ではない。
「やあ、わざわざ来てくれたの? やさしいんだね。えっと、嶋岡くん?」
「清十郎でいい。黒姫――だったよな」
「僕も、心でいいよ」
「そうか」
「うん」
周りを見れば、不良くんたちの中心メンバー、五島以下三名が転がっている。
「お前がやったのか?」
心の両手は血に染まっている。
「うん。でも本当は、君に用事があったみたい――不味かった?」
「うーん……まあ、俺は困らんのだが。ちと、やり過ぎだな」
「そう思う?」
「他の連中は、逃げちまったか……しゃあねえ、運ぶぞ。手伝ってくれ」
くすくすと心は笑う。
「何か、おかしいか?」
「やっぱり、君はやさしいんだね。清十郎」
「その通りだ。俺はやさしいぞ、すごーく、な」
胸をはって清十郎は答えた。しばらくの沈黙。
二人は顔を見合わせて笑った。
634乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:28 ID:oYMt5sso
>>633
「――なにか、やってるのか?」
「ううん。あ……いいや、空手を始めたところ、かな」
「そうか」
「試す?」
「やめとけ。俺は強いぞ。やさしいが、その倍くらい、強い」
「知ってる、だから」
「そうか。じゃ、試すだけだぞ? 心」
「うん。勝てないの、分かってるから――やさしくしてね?」
「ああ、いつでもいいぞ」
心が両手をさげたままの姿で、事もなげに、するすると清十郎に近寄っていく。
その、水が流れるかのごとき自然さに、さすがの清十郎も、
{あ……}
おもわず腰を浮かした。このように大胆で、しかも自然な接近を経験したことがない。
あっという間に、二人の間合いがせばめられた。
こうなっては引くも退くもない。
心の足が跳ね上がり、前蹴りを放つ。
「鋭ッ!!」
「む!」
からくも両腕でガードした清十郎は、目を見張った。
{重てぇ!}
心の体格からは想像できないほどに、重く、鋭い蹴り。
つづけざまに数発、ガードの上に叩き込まれる。
ガードした腕がしびれてきた。回し蹴りではない、前蹴りなのだ。
それなのに、この威力。腰の入り方が違う。バネが、筋力が、柔軟性が桁違いだ。
{長げぇ! 速えぇ!}
身長は清十郎の胸ほどまでしかないのに、足が長い。おかげで間合いが微妙に広い。
そのうえスピードがすごい。蹴りそのものも、移動も、両方だ。
635乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:30 ID:oYMt5sso
>>634
小刻みに位置を変えているが、決して単純な前後移動はしない。
斜め、左右に動き、射線を微妙にずらしてくる。前後移動をしても、きちんとフェイントを効かす。
さらに、突きを見舞ってくる。突きも、蹴り同様に鋭く、重く、はやい。
突き蹴りをおりまぜた、コンビネーション。
さばきながら、清十郎も突きで応じる。だが、当らない。
ガードとか、さばくのとは違う。きっちりとかわしている。
{こいつはスゲェ! たいしたもんだ。五島たちじゃ、相手にならん}
突き蹴りの型自体は空手のものだ。だが、身体の動きは違う。空手では、ない。
もっと自然な、動物のような動き。突き蹴りで、ボクシングをしているような、そんな感じだ。
{キックとも違う。んなことより、やべぇ。このままじゃ、負け……勝てない? そういや}
――先ほど、心は言った。
「ううん。あ……いいや、空手を始めたところ、かな」
「うん。勝てないの、分かってるから――やさしくしてね?」
{空手を始めたところ、勝てない……そうか}
このままでは、負けるだろう。ならば、思いつきを、即実行する。
怪我を覚悟で、前蹴りを受けながら、足を掴む。
「ヴっ!!」
ぎりぎりで、水月にも、肋骨にもダメージをもらわずにすんだ。
足を取られたまま、心はさらに蹴りを見舞ってくる。
中足での回し蹴り。引き倒して、ぎりぎり避ける。
{危ねぇって! もらったら、終ってたな}
「ぐぅ!!」
背中から叩きつけられた心が、はじめてダメージをうける。
このままマウントにもっていきたいが、身体のわりに長い手足が、邪魔だ。
{こうすりゃ、どうだ?}
足をからめて、関節技にもっていく。そのまま中腰で、心の重心を操作できる位置にのる。
636乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:32 ID:oYMt5sso
>>635
心は下からの掌底を繰り出し、抵抗する。
「うっ!」
{肩から先のひねりだけで、これかよ!!}
とんでもない。まさに、天才。いや、それ以上だ。
顔や顎に数発くらいつつ、腕をからめとる。頭がくらくらする。
心の長い手足と、二人の身長差の両方を利用し、即興の、超変則マウントポジションが完成する。
「手間ぁとらせてくれたな?」
心はあいかわらず微笑をたたえたままだ。最初から、ずっと表情を崩していない。
清十郎が拳を振り下ろす。
ピタリと、心の鼻先で拳が止まった。
手をほどくと、軽い平手打ちを頬に喰らわす。
「やっぱり……やさしいんだね、清十郎。参ったよ、僕の負け――強いな」
清十郎はなぜか、心の顔を殴る気になれなかった。だから、平手でお茶を濁した。
別に理由があって、憎んで遣り合ったわけではないから、これでいいと思った。
負けを認めさせたとはいえ、清十郎の方がずっとダメージは大きい。
「――たくよぉ! ぼこぼこと、人様を殴る蹴るしやがって!!」
「ごめんね。手加減は、まだまだできないんだ」
「んなこったろうと思ったよ。おかげで男前が台無しじゃねえか……」
「そう? あんまり変わらないよ?」
「てめぇ!!」
ふたたび、大声で笑いあった。
この日から、二人はつるむようになった。
試合やスパー以外で二人が遣り合ったのは、いまのところ、この時が最初で最後だ。
***********************************************
コーヒーを一口、啜る。
「――で。いま、お前いくつなんだ?」
みたところ、ずいぶん幼い感じを受ける。気になって尋ねた。
637乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:33 ID:oYMt5sso
>>636
「えっとね、15歳だよ」
「そうか……ちょうど同じだな」
「なにが?」
「俺達が出会った時と、だよ」
「でもボク、遅生まれだったから、あのときもう16だったよ」
「そうだったな。でも、高一なのに変わりはないんだろ?」
「それがねえ、ボク、高校いってないんだ。やめちゃったみたい」
「またかよ!」
「なんかねぇ、理由は分からないんだけど――」
***********************************************
つるむようになってすぐ、二人は『格闘クラブ』をつくった。
とはいえ、顧問がいるわけでもなく、練習場があるわけでもない。
メンバーも二人だけで、正確には『名乗った』というべきだろう。
適当な場所で、二人でじゃれ合っていただけだ。
清十郎は生家の流派、『嶋岡当流』の技法をいくつか心に手ほどきした。
心はそれを、瞬く間に吸収していく。清十郎も、さすがに舌を巻いた。
{やっぱり、こいつはすげえ……}
清十郎はまぎれも無い天才だ。それは周りの多くの人が認めるところだ。
その彼をして、心の才能が恐るべきものであることは、疑いようがなかった。
彼は心を家に招き、道場での鍛錬に付き合わせたりもした。
心はそのころ、父による空手の手ほどきを受け始めたばかりだった。
正式に、何かの道場に通うべきだという、清十郎の勧めを、いつも笑って受け流す。
「つまらない、こだわりがあるんだ……ほんとに、ちっぽけな」
もとより多くを語るような、多弁な男ではない心が、清十郎と付き合ううち、
ぽつりぽつりと、その過去と少々複雑な心情とを、もらすことがあった。
638乳無しさん@ピンキー:02/11/20 00:35 ID:oYMt5sso
>>637
「――親父を打ん殴るのに、親父に空手をならう、ねぇ……お前、変わりモンだな」
「へん……かな? やっぱり?」
「うむ! そうとうな変人だな、もしくはファザコンの一種だ! 間違いない!」
「ひどいなぁ……でも、そうかもね」
「しかも、親父をとっちめたい理由は、お袋さんのことだろ? マザコンでもあるな!」
「うぅー……否定は、しないよ」
まったくの偶然だが、二人はかなり近い時期に、母を亡くしていた。
母を思う気持ちは、清十郎もわからぬわけでもない。
「それに、あれだろ? お姉さんと妹さんも、自分が守りたいっていうんだろ?
シスコンの気もあるときた。完璧だな、いわばファミリー・コンプレックスだな!!
略して、ファミコンだ!!」
ビシィッ!! と指を突きつけて、胸を張る清十郎。
「清十郎……つまんないよ、それ」
「駄目か?」
「寒い……」
「ぬう……ならばっ!! 俺様があたためてやろう!」
「うわぁああ!!! 気色悪いなぁ!! さわんなよ! 抱きつくな! 汗臭いってば!」
逃げる心を、清十郎が追いかけまわす。
「待てぇええーい! はーはっはっはっは!!」
「来るなぁ! 来るなぁあああ!!」
こうして莫迦をやって、じゃれあっているときが一番たのしかった。
心は正直にいって、こんな風に仲の良い友人ができたことが、信じられなかった。
同年代の男の友人が、まともにできたのは、初めてのことといってよかった。
わざわざ黒姫家のことを知る者のいない、他県の新設校にきて、本当によかったと思った。
清十郎のおかげで、他のクラスメイトたち、特に男子とも打ち解けることができたのだ。
639乳無しさん@ピンキー
>>638
心は本来なら、恋や愛と同じ高校に進学するはずだった。
それを、判子まで持ち出し、自分で勝手に手続きをして進学先を変えた。
恋と愛は高校まで、心にとっては中学までの母校――私立I学園
幼稚舎から高校までの、エスカレーター式の学校というやつだ。
地元では、多少とも教育に熱心な家庭、そして裕福な家庭の子女は、ほとんどがここに通う。
そのなかで、ずっと心は孤独だった。小学校の、特に低学年までは病弱だったせいで、
学校自体ほとんど通っていなかったし、たまに行ったところで、打ち解けることなどできなかった。
黒姫家は、地元ではあまりに『特別』なのだ。
そのことを知っている者であっても、ごく子供のうちならば、ほんの少しは付き合う者もいた。
だが、大半は『特別』な家の子である心を、避けたり、気味悪がったり、時には虐めたりもする。
小学校では、黒姫家を知っている者が大半であったし、それを知らない子供たちも、
まわりに従って心を避けた。高学年になって、ある程度の分別がついてくると、
なおさらに、心に対して腫れ物に触るような扱いをしてくる。
中学生になると、『外』からも新たに生徒たちが入ってくることになる。
黒姫家のことを知る者は、相対的に減ることになるが、根本的にまわりの態度は変わらない。
ただ、表面上で付き合ってみせるだけだ。本当に仲良くなど、してはくれない。
そういった意味で、男子より女子の方が、多少なりともまともに付き合ってくれた。
男より女の方が、そういう面では器用なものだ。
なにより、心の容姿に惹かれて、女の子たちはごく軽い友達にはなってくれた。
だが、黒姫家のことを知る者が、そういった女子たちに耳打ちする、
彼は『特別』な家の子だと――結果、遠巻きにして騒ぐだけになっていく。
恋や愛となら、女同士であるから、ある種の安心感もあるのだろう、
浅いながらも二人はそれぞれ、一応の友達付き合いをしているらしかった。
恋が憧れの先輩なのだと、声高に主張する女子を何人も目にした。愛も似たようなものだ。
男子連中にとっても、二人はいわゆる『高嶺の花』扱いをされていたようだった。