ときめきトゥナイトのエロネタを語るスレ Part6
874 :
698:
日常は淡々と過ぎていく。
ボクシング部は、当初、俊、アロン、日野のわずか3名だったが、
アロンが抜けた後に数名の入部者があり、
それなりに、運動部らしい体裁をととのえつつあった。
校内の林の中にある部室のそばには梅ノ木があり、
まだ鳴き声は発しないものの、ホトトギスが訪れるようになっていた。
日野の卒業の日が近づいている。
特にあの後、日野との関係が悪くなった訳ではない。
ただ、俊の中では、日野とのやり取りがどうにも引っ掛かっていた。
言い知れぬ心のもやもやが、何とも不快な雑念に思えて、
それを振り払うかのように、今日も俊は激しくサンドバックを打ち付けている。
一心不乱に。
(何か気になる事があるんだわ・・・)
ポーカーフェイスに隠された俊の苛立ちを、蘭世は感じ取っていた。
しかし、それを直に問い詰めたとして、答えが得られないということも、
長年の経験でわかっていた。
(私には何もできないのよね・・・・)
そう思うと、言いようもなく寂しくて情けなくて、
思わず瞳から溢れた涙で、視界が霞んだ。
875 :
698:03/03/08 18:14 ID:BI6XEIeX
「お邪魔してもいいかしら。」
薄汚れた部屋の扉から、ゆりえが顔を出した。
大学に進学してからも、日野の姿を見るために頻繁に訪れていたのだ。
「ゆりえさん!」
涙目を手持ちのタオルで手早く拭うと、蘭世は笑顔でゆりえを迎え入れた。
ゆりえは勘の鋭い性質だ。
いくらタオルで拭っても、泣いた後独特の瞳に残る赤みを見逃してはいなかった。
「残念だが、日野の奴は今日はまだなようだ。」
軽いスパーリングを終えた俊が、リング上からゆりえに声をかけた。
彼が知らせる必要のある特別の用事でもないのに、
自分から人に声をかけるのは、非常に珍しい事だ。
引っ掛かり続けている、日野との出来事の糸口を求める無意識が、
そうさせたのかもしれない。
蘭世と曜子が買出しに出かけ、他の部員が各自トレーニングメニューをこなす中、
俊はゆりえとさしで話す機会を得た。
「日野は外部の大学を受験するつもりらしいな。浪人も視野に入れて。」
普段は無口な俊の方から口火を切った。
ゆりえは伏目がちに小さく頷いた。
少しの沈黙の後、ゆりえはふっと顔を上げ、
過去を懐かしむような遠い瞳をして、つらつらと話始めた。
「私、克に振り向いてもらおうと、自分としては精一杯の事をしてきたわ。
経済的援助・入学の便宜・・・・彼が一人前になるまでに必要な様々な 援助を・・・・。
でもね、見事に全部裏目に出たの。
溝は深まる一方。
克はどんどん離れていってしまう。
何がいけないのか自分でもわからなくて、
こういう巡り合わせなのだと運命を呪った事もあるわ。」
ゆりえはうつむき加減に、ふふっと笑った。
俊は黙って横で耳を傾けていた。
876 :
698:03/03/08 18:15 ID:BI6XEIeX
「本当は簡単な事だったのよ。特別な事をする必要なんてなかった。
河合財閥のお嬢様としてではなく、
一少女として素直な気持ちで克と向き合っていれば、
それだけで良かったのよ。
私が長年、克のためになると信じてやってきた事は、
結局、私が勝手に克の幸福の基準を作り上げて押し付けてきた
エゴ以外の何物でもなかったってわけ。
克のプライドをたくさん傷つけてまでね。」
俊は、あくまで無表情だったが、
内心、胸に鋭い刃を突き立てられたような激しい衝撃を受けていた。
ゆりえの述懐は、俊の中にある負い目をも抉り出したのだ。
幸せはひとそれぞれである。
みな頭では良く理解していても、愛する人に対してそれを実行するのは容易でない。
愛する人が何を望み何を幸福と感じるかについて、
常に感度良くしておかなければならないし、
自分の幸福の基準と峻別しつつ、
互いに折り合いをつけていかなければならないからである。
自分の幸福の基準を他人に押し付けてもいけないが、
明らかな相手の基準の過ちは、無視せずに是正させる必要がある。
価値観の押し付けにならない線引きは一体どこなのか?
人はいつもそこで悩むことになる。
俊も例外ではない。
蘭世のためになると考えて、何度か無理な別れを試み、
その都度、蘭世を酷く傷つけた挙句、結局は元のさやに収まっている。
(江藤をいつも悲しませてばかりいるのは、俺の無理解とエゴのせいなのか・・・・)
877 :
698:03/03/08 18:16 ID:BI6XEIeX
俊はずっと聞いてみたかった問いを発した。
「・・・・先はあるのか?」
我ながらかなり意地の悪い質問だと思った。
莫大な富と権力を持つ大財閥の一人娘と、元使用人の息子。
そのどうにもならない縁によって隔てられた関係は、
人間に戻ってしまった時の自分が置かれた境遇に似ていた。
安っぽいお昼のメロドラマでもない限り、
結ばれる事は現実的に不可能である。
その事を聡明なゆりえ自身がどう認識しているのか、
それを尋ねてみたかったのだ。
「そうね・・・・簡単じゃないでしょうね。
でも、私、思うの。
幸福な未来は、宝くじに当たるように、忽然とそこに現れるわけじゃなくて、
今、目の前にあるささやかな幸福の積み重ねだって。
だから、変に将来を思い詰めないようにしているの。
この手に実感できる今の幸せを大切にしていきたい。
それが未来へ通じていると信じてるから。」
しっかりとした口調でゆりえはそう言い切ると、決然として俊を見上げた。
凛としたその面立ちは、本来の美貌をさらに冴え渡らせ、俊を圧倒した。
(女ってこういうもんなのかな・・・・)
ゆりえの逞しさの向こう側に、蘭世の面影を見た気がした。
「女はね、いつも確かなものを求めてるの。
男の人が何を考えてるのか、およその推測はついていても、
それを”かたち”で示してくれないと不安で満足できないのよ。」
目を丸くして押し黙っている俊を見ながら、
ゆりえはいたずらっぽく笑った。
「あんまり江藤さんを泣かせちゃ駄目よ。」
878 :
698:03/03/08 18:16 ID:BI6XEIeX
「じゃ、お先します。」
「おう、俊。またな。」
今日はバイトの終了時間が早い日だ。
8時過ぎには自宅に帰りつけそうだ。
ゆりえの話は、日野の話を理解する糸口にはなったが、
新たな謎も生み出した。
(江藤の望む”かたち”とは何だろうか・・・・)
バイト中もその事が頭にこびりついて離れない。
不器用で照れ屋な自分なりに、
蘭世に対してそれなりの意志表示をしてきたつもりである。
しかし、よくよく思い返してみれば、
「好き」とか「愛してる」といった直接的な愛の言葉をかけた事は一度もないのだ。
そういう甘ったるい言葉は、なんとも自分にしっくりこない。
(「愛してる」と言えば、それで”かたち”を示したと言えるのか・・・・)
それもなんだか違う気がするのだ。
口から発せられて一瞬にして消えてしまう言葉は、
俊からするとあまりに無責任で軽薄なものに感じられ、
”かたち”に値するとは思えなかった。
蘭世の望む”かたち”がよくわからないだけでなく、
今まで自分が正しいと信じてきた愛の”かたち”も揺らいで、
完全に迷路に迷い込んでしまった。
879 :
698:03/03/08 18:17 ID:BI6XEIeX
悶々と考えあぐねているうちに、気がつくと自宅アパートの前だった。
そして、ハッとして階段を駆け上がった。
自分の部屋に明りが灯っているのだ。
誰もいないはずの部屋に。
ドアの前に立って、俊は一呼吸おいた。
(電気を消し忘れたのか・・・それとも泥棒か・・・・)
泥棒に入られたって盗られるほどの物は何もない。
むしろガラスや鍵を壊される方が厄介だ。
(よし!捕まえて警察に突き出してやるか)
腕には自信がある。
音をたてないようにそっと鍵を開け、静かにゆっくりドアノブを回す。
そこでまた一呼吸。
心臓の鼓動が耳元でバクバク響いている。
次の瞬間、扉を蹴って部屋に飛び込みざまに怒鳴りつけた。
「そこにいるのは誰だ!」
「あ、おかえりなさい。」
そこにはエプロンをしてキッチンに立つ、若妻さながらの蘭世の姿があった。
俊は完全に拍子抜けして、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
蘭世は俊の激しい剣幕が可笑しく堪らないのか、
お腹を抱えるようにして、くっくっくっくと笑った。
「・・・・勘弁してくれよ。どうやって入ったんだ?!」
「びっくりした?管理人さんにお願いして、鍵を開けてもらったの。
いつも冷めた物ばかりだし、お弁当だとメニューに限界があるでしょう?
だから今日は、できたて熱々のご飯を食べてもらいたいなあ、と思って!」
「管理人にお願いって・・・・どうせ噛み付いたんだろ。」
俊は、腕組みしながら、呆れたような表情で口をへの字に曲げている。
蘭世は上目遣いにそんな姿を見ながら、
甘ったれたようにぺろっと舌を出して、いたずらっぽく笑った。
880 :
698:03/03/08 18:18 ID:BI6XEIeX
狭い部屋の中には、できたてのしチューの香りが充満している。
蘭世がいて、手作りの食事がある。
ただそれだけの事だった。
しかし、日ごろ殺風景だった室内は、驚くほど明るく華やいだ雰囲気に包まれていた。
「もうちょっと待っててね。今、サラダ作るから。」
「あぁ。」
蘭世はいそいそと冷蔵庫から生野菜を取り出し、
包丁がサクサクッと小気味良い音を立て始めた。
俊は、畳の上にバッグを置き、自らも腰を下ろして、
そんな蘭世の様子をぼんやりと眺めていた。
鼻歌を歌いながら、足や包丁の刻み音でリズムをとって、
さも楽しそうに生き生きと活動している。
(俺のために飯を作る事が、そんなに楽しいのか・・・・)
そんな光景を見ているうちに、なんだか安らかで温かい心持になってきた。
そう、まるで春の陽だまりの中、芝生で寝そべっているような、
ささやかだけど伸びやかな幸福感に包まれた。
そして、やや目を細めて、我知らず
「・・・・・幸せだな・・・・・」
という言葉が漏れ、はっとした。
(そうか、そうだったのか・・・)
今、この瞬間に、俊は日野のゆりえの言葉の意味を了解した。
「え?真壁くん、今、何か言った?」
「あ、いや、なんでもないよ。」
8畳間を振り返る蘭世から、照れ隠しにさっと視線を逸らした。
881 :
698:03/03/08 18:19 ID:BI6XEIeX
”幸福”には客観的側面と主観的側面がある。
裕福だとか、才能があるとかは、端から見て判断する客観的幸福である。
だが、当の本人が幸福だと感じていなければ、
主観的幸福とは、ひいては根本的に”幸福”とは言えない。
幸福感こそが”幸福”の源なのだ。
俊が今まで拘っていた”愛する事=一生幸福にする事”という男の美意識的責任論は、
経済的に自立して養っていけるか否かという、
明らかに客観的幸福を主とした考えである。
決して、今までその時々の幸福感が欠落していていたわけではないが、
無意識的に幸福感を軽視してきた、
否、客観的幸福に幸福感がついてくると信じ、
一時的な幸福の酔いに流されまいと自らを律してきたのは事実だ。
それが、将来の幸福に必要な事だと信じていたから。
だが、日野とゆりえの発言が投げかけた波紋で、
強烈な責任感が揺らぎ、混沌としていた俊の心の中に、
蘭世の真っ直ぐな愛情が響き渡った。
それは、いつにも増して蘭世に対する強い愛情を湧き上がらせた。
882 :
698:03/03/08 18:20 ID:BI6XEIeX
(これが、今ある、今感じる幸福。江藤と共有している幸福感なんだ)
胸の芯の辺りが、じーんと何ともいえない甘く痺れたような感じがする。
しかし、しばらく溶けるような幸福感にほんのり酔った後、
俊はなんとも形容し難い物足りなさに襲われた。
俊はその物足りなさの原因を心の中に探った。
蘭世とは、過去幾多の試練を共有し、
この瞬間アパートの小さな空間を共有し、
ほのぼのと暖かい雰囲気を共有し、
安らかな幸福感をも共有していた。
それでも物足りないものとは何なのか・・・。
(・・・・一体感だ・・・・一体感が欲しい・・・・!)
こんな感覚は初めてだ。
他人を心の中に入れることを好まない一匹狼の自分が、
自我を侵食される事への怖れも、
知られたくない恥部も、
照れも、全てそのままに、
その思いを超越して、蘭世との一体感を渇望している。
狂おしいほどに激しく。
そこへ、従来の俊がブレーキをかけてきた。
一瞬戸惑いが走った。
しかし、今日の俊は誰かに背中を押されるようにして、アクセルを踏み込んだ。
883 :
698:03/03/08 18:21 ID:BI6XEIeX
「シチュー結構美味しかったぜ。」
食べ終わった自分の食器を流しに運びながら、俊はそう言った。
蘭世はパッと瞳を輝かせた。
嬉しい事も悲しい事も即座に表情に現れる、心の内を隠せない性格だ。
その素直さ率直さが彼女の魅力だ。
「本当?嬉しい!今度は何にしようかなぁ。レパートリー増やさなくっちゃ!」
俊に料理を誉められて御機嫌の蘭世は、鼻歌まじりに張り切って洗い物を始めようとすると、
「洗い物はいいから、ちょっとこい。」
俊から8畳間に呼ばれた。
その声は、いつものやや命令的で淡々としたトーンの中に、
不思議な艶っぽい甘さがあって、初めて耳にする響き。
蘭世は一瞬その事に戸惑い、流しの前で振り返ってしばし静止した。
俊がいつもと違う空気を出している時は、あまり良くない事が起こる前兆のような気がしたからだ。
俊と視線が合った。
気持ちが悟られるのを避けるかのように、俊はぷいっと顔を背け、
「いいから、早く来い。」
「は、はいっ・・!」
(・・・なんだろう。)
やや不安になりながら俊の正面に腰を下ろした。
その刹那、俊は自らの左手で蘭世の右手首を、
右手で左手をつかむと、そのまま強引に畳の上に押し倒し、唇を重ねた。
予想だにしなかった一瞬の出来事に、蘭世は頬を紅潮させながら、
瞳の焦点も合わないような状態で、呆然と俊の顔を見た。
俊は、一度静かに瞳を閉じ、
顔面に集中しそうな血液を全身に分散させるように心身を落ち着けると、
再び見開いて蘭世を見つめた。
884 :
698:
しばらく時が止まったかのように二人は見つめ合っていたが、
ふいに俊は蘭世から視線を逸らした。
「これ以上は・・・・無理強いはしない。」
甘い言葉もムードもへったくれもない、我ながら不器用な持っていき方だと俊は思った。
でも、これが嘘偽りない、精一杯自分らしい素直なやり方なのだ。
いつしか蘭世の瞳からは大粒の涙がいく粒も畳上につたい落ちた。
涙の意味が理解できず、俊はたじろいだ。
キスから先に進む事を承認してくれているのか、
それとも強引さに気持ちが引いてしまったのか、セックスが怖いのか。
様々な可能性が頭の中を駆け巡って、もうパニックに陥ってしまった。
気まずいその場を巧くとりなす気の利いた言葉も浮かんでこない。
(頼む・・・何か俺のわかるようなリアクションをしてくれ・・・・)
ただただ泣かれて、押し倒したときまでの心意気が萎え始めてしまった。
どうしようもない気まずい気持ちで、目のやり場にも困り、
訳もなく畳の目数を数えて、心の動揺を静めようとしてみた。
もう今日は止めておこう、そう考えて押さえ込んでいた両手の力を緩めながら
「・・・・勝手な事して悪かっ・・・・。」
「違うの・・・・!そうじゃないの・・・・。」
俊が最後まで言い切るのを遮るように、蘭世が涙声で訴えた。
「・・・・嬉しかったの。・・・・でも、どう対応していいのかわからくて・・・それで・・・。」
嬉し涙でぐちゅぐちゅ、羞恥心で真っ赤に色づいた顔を、
俊から隠すように蘭世は両手で覆った。