その暗い部屋に、エリシャは連れて行かれようとしていた。どうしても自分
の欲望が我慢出来ないという黒髪の少年に、手を引かれて。
「オレが生きてるって事、確認しときたいんだ。」
明日行なわれるエンジェル・ハィロゥへの総攻撃を前に、オデロがそう頼み
込んで来たのだ。大好きな少年の願いだ。聞く事にする。だが、普段人の出入
りが無い対人用武器庫に連れて行かれるとは、エリシャは思ってもいなかった。
「ねぇ〜、ホントにあそこでするの?」
エリシャは不満気に確認する。白兵戦で使う拳銃やライフルの立て掛けてあ
る棚と、弾薬の入っているロッカー。それに狭い通路しかないそんな所で恋人
と愛し合うのは、流石に抵抗があった。
しかも、部屋の電灯を点けるわけにいかないのだから、覗き窓から漏れる光
とオデロの手にする懐中電灯しか、部屋の光源が無くなるのだ。ロマンのかけ
らも無い。
「仕方無いでしょ。オレに回されるのは、どうせ四人部屋なんだから。」
重力下のリーンホースJr.で休息する時、ホワイトアークの少年パイロット
達は、いつも二段ベッドが二つ置いてある部屋で休む様に、強要される。自分
達の休息と、ホワイトアーク及びその搭載モビルスーツの修理・補給が行われ
ている間、いつもウッソとトマーシュが、同じ部屋の空気をオデロと吸う事に
なるのだ。ホワイトアークの狭苦しい三段ベッドよりよっぽどましだとは思う
が、流石にそんな場所で、恋人と二人、裸になるわけにはいかない。
オデロ達の今の家とも言えるリーンホースJr.は、ザンスカール帝国の宇宙
用大型戦艦スクィードを改造した物だ。重力下で運用する様に、その艦は設計
されていない。カイラスギリー戦で奪ったスクィードを改装する時に、モビル
スーツデッキを一つ潰して出来たスペースの一部に、重力下用の居住ブロック
を作られたが、重力下で問題無く使える部屋の数に余裕は無いのが、現実だ。
むしろ重力下で問題無く使える部屋をあてがわれる事は、生死の間をモビル
スーツで飛び回るパイロットに、気遣っているとさえ言える。何しろエリシャ
やマルチナ達が重力下のリーンホースJr.にいる時は、ブリーフィングルーム
の冷たい床の上に毛布を敷いて寝る程なのだ。
「ほら、エリシャさんも早く入って。」
横開きのドアの向こうに体を入れたオデロが、そう言ってエリシャの腕を強
く引いた。エリシャは僅かに抵抗したが、生命力に溢れるオデロの腕には通じ
ない。
部屋が、大きな音を立てて揺れ始めた。今頃の時間に最後のエンジンチェッ
クをするとは聞いていたが、これから行なおうとする行為の事で一杯だった二
人の頭には、そんな事などすぐには思い出せない。
オデロがエリシャの体を部屋の中に引き入れる瞬間に、その長い揺れと大き
な音がしたので、エリシャはバランスを崩して倒れそうになった。
「おっと。」
暗い部屋に彼女を引き入れた腕が、不安定なエリシャの体を支える。普段な
ら感謝する所だが、今聞いた声の主が焦って自分の腕を引っ張っていたから、
必要以上に揺れと音に体を取られたのだ。少し腹が立つ。
「大丈夫?」
「心配するんなら、最初っからあんなに強く引っ張らないでよ、もぉ。」
そんなエリシャの不満が聞こえないかの様に、焦るオデロの腕は、暗い武器
庫の奥へと彼女を導こうとする。それに従い、オデロへの想いの為に心臓の鼓
動を速めるエリシャの胸が、暗い通路を進む。彼女を導く力が止まると、オデ
ロの両腕が、暗闇の中の冷たい壁へとエリシャの体を押し付けた。
「ね、ねぇ、やっぱりやめましょ。こんな所で……。」
懐中電灯の光が外に漏れない場所まで連れて来られたエリシャが、オデロに
言う。だが、黒髪の少年は拒否した。
「でもさ、オレだってエリシャさんが好きだって気持ち、止められないよ。」
床に置かれた懐中電灯の放つ、僅かな光の中に浮かぶオデロの目は、真剣そ
の物だ。覚悟を決めた。オデロが体を寄せて来る。そして熱いキス。
だがその時、武器庫のドアが開く音がした。
「!」
慌てたオデロが、唇を重ねたまま、胸板をさらにエリシャの膨らんだ胸へと
寄せて来る。少年の胸板と壁の間に挟まれる、エリシャ。普段ならこの上なく
嬉しい筈だが、今はただ、そんな時間が早く過ぎるのを祈るばかりだ。
電動の横開きドアが閉まる音がしたと同時に、気の抜けた溜め息を吐きなが
ら、オデロがエリシャから離れる。とてつもなく長い僅かな時間が過ぎた事に、
二人は安堵するしかなかった。
だがエリシャの心はすぐに、その長い時間を生み出した少年を責める気持ち
に切り替わる。
「こんな所でしようとするからでしょ! オデロのバカッ!! もう、知らな
いっ!!!」
そう怒りながら武器庫を出て行くエリシャの姿を、オデロは呆然としながら、
僅かな光の中で見守るしかなかった。
おかしい。上着のポケットに入れていた筈のペンダントが、無くなっている。
重力下なのに珍しく与えたられた四人部屋に入ってすぐ、エリシャはその事に
気付いた。
オデロがくれた、木製の鯨のペンダント。ガンブラスターのコクピットの中
でした初めてのデートの時に渡された、オデロの想い。普段首に掛けておくに
は大きいので、いつも上着のポケットに入れていたそのペンダントが、無い。
エリシャは焦った。
入ったばかりの四人部屋を飛び出し、今迄自分がいた場所を全て回る。無い。
どこにも無い。オデロの象徴が、照れながら自分に告白してくれた少年の想い
の証が、どこを探しても無いのだ。
悲しみに暮れ掛けたエリシャの心に、ある事がひらめく。そうだ、あそこだ。
長い揺れと大きな音の後、オデロの力強さを感じながら暗闇の奥へと導かれた、
あの武器庫。揺れと音でバランスを崩した時に落としたに違いないと確信した
彼女は、走ってそこへ向かう。
電動の扉が開くほんの僅かな時間ですら、エリシャの心をじらす。部屋の明
かりを点け、対人用武器庫のあらゆる所を探し回った。だが、見つからない。
絶望した。オデロの存在が自分から離れて行ったとしか、思えなかった。
重い足取りで、妹とシャクティとスージィの待つ四人部屋へ向かう。その心
の中には、冬の曇り空の様な重苦しい悲しみしか無い。部屋に入ると同時に、
妹のマルチナが声を掛けた。「コニーさんが呼んでたわよ、お姉ちゃん」と。
青いトランクス一枚のオデロは、部屋の隅にあるベッドに座り、溜め息をつ
いていた。
エリシャが自分から逃げ出した後、ゴメス艦長に呼び出された。オデロ達少
年パイロットの三人に、モビルスーツの最終動作チェックを行なわせる為だ。
モビルスーツの動作チェックが終わった後、一人部屋を与えられるという言
葉を、ウッソとトマーシュと共にゴメス艦長から聞かされる。最後の決戦の前
に充分休んでおけというゴメス艦長の言葉に、他の二人は喜んでいたのだが、
オデロだけは上の空で聞いていた。
与えられた部屋に着いた後、すぐに備え付けのシャワーを浴びる。そうすれ
ば、少しは気持ちが晴れると思ったからだ。だがあの時のエリシャの姿と態度
を、自分の心から押し出す事が出来ない。
オレはパイロットだ。こんな気持ちでいちゃあ、戦争なんて出来っこないん
だ。モビルスーツの動作チェックの時から、そうやって何度も自分を誤魔化そ
うとしたが、オデロの心を覆う暗い雲は消えないでいる。
「嫌われちゃったよなぁ、オレ……。」
シャワーを浴びる間に何度も何度も思った言葉を、呟く。折角手に入れたエ
リシャという名の幸せの女神が、自分から離れて行くとしか思えない。そんな
うな垂れるオデロの目には、部屋の床しか見えないでいた。
長い時間が経つ。だが、明日の出撃迄に自分の幸せと仲直りをする自信は、
沸いて来ない。それどころか、エリシャが自分と会ってくれる事すら、怪しい
と思えた。
(もし明日の出撃迄に、エリシャさんと仲直りが出来なかったら、父ちゃんと
母ちゃんの所に行っちまうか……。)
そんな自暴自棄な気持ちに囚われた瞬間、鍵を掛け忘れたオデロの部屋の電
動のドアが、開いた。
「キャー!」
エリシャは驚いて、大声をあげる。目の前に、オデロの裸があったからだ。
今迄体を重ねた時には心の準備をしてから目にしていたそれが、いきなり目の
前にある。エリシャは、驚き以外の反応を示す事が出来なかった。
「わわ、デカい声出さないで!」
オデロは慌てて立ち上がり、さして広くはない一人部屋の中へエリシャを入
れるとすぐに、彼女が現れたドアを閉めた。あまりに慌てていたので、自分か
ら離れて行った筈の幸せの女神が腕の中にいる事を、喜ぶ余裕すら無い。
ふと、我に返る。しかし、離れて行った筈の幸せに向かって、どうしてと尋
ねる事しか、今のオデロには出来ない。
エリシャは言った、「ごめんね」と。両目に涙を浮かべて。
「はい、これ。」
自分の部屋にやって来たエリシャに、コニーは右手を差し出しながら、そう
言った。その、背が高く緑掛かった黒髪を持つ女性パイロットの右手には、エ
リシャが無くした筈の木製の鯨のペンダントの紐が、握られている。
ハッとした。やはりあの武器庫で、あの長い揺れと大きな音の中で落とした
のだ。そう確信して、エリシャはコニーから差し出されたオデロの想いを、受
け取った。両の掌で、この上なく大切そうに。
どうしてこれをという、驚きと嬉しさと恥ずかしさで一杯のエリシャの問い
に、コニーは答える。
暗闇の奥に黒髪の少年と一緒にいた時に開いた、武器庫のドア。それは彼女
が開かせたのだ。そして、武器庫の扉の内側のすぐそばに落ちていたそれを、
拾ったのだという。
自動拳銃のマガジンを取りに来た彼女は、その落ちていたペンダントが誰か
ら誰に渡され物なのか、知っている。邪魔しちゃ悪いと思ったので、コニーは
目的の物を持ち出さずに、武器庫のドアを閉じたのだ。そしてその後、怒りな
がら武器庫を出て行くエリシャの姿を、見たのだという。
(ちょっと冷ましてから、渡してやるか。)
そう思って、コニーも武器庫へ続く通路の角から去ったのだ。
「ありがとうございます、ありがとうございます。」
両目に涙を浮かべながら、何度も何度も感謝の言葉を繰り返すエリシャの両
肩に、コニーはそれぞれの掌を置く。そして涙で潤む彼女の両目を見ながら、
「こんな大切な物、落としちゃ駄目だよ」と囁いた。
コニーは壁に掛けてあるパイロットスーツの右足に付けたホルスターから、
拳銃を取り出す。それを両手で大事そうに持ちながらベッドに腰掛けた後、エ
リシャに語り出した。
その小型の自動拳銃は、シュラク隊が結成された時、六人の隊員全員にオリ
ファーがくれた物だという。朱いバンダナと共に。
机の上に並べられたそれらを渡す時に言った、オリファーの言葉。
「目の前の拳銃は戦争、朱いバンダナは命の象徴だ。受け取れ。」
コニー、ヘレン、ケイト、マヘリア、ペギー、そしてシュラク隊の隊長を任
されたジュンコの六人全員が、朱いバンダナだけを、迷う事無く選ぶ。誰一人
拳銃を受け取ろうとしないのを見たオリファーは、満足そうな笑みを浮かべて
六羽の百舌達に言った。それでいいと。
その後に、護身用にと戦争の象徴だった拳銃もオリファーはくれたのだが、
今迄それをパイロットスーツに忍ばせた事は無かった。いつも、オリファーが
くれた朱色のバンダナだけを、パイロットスーツを着た左腕に巻いて出撃して
いた。六羽の百舌達全員は。
しかし明日は、一度も弾を込めた事の無いオリファーがくれた拳銃に、弾丸
を込めて出撃するという。
「死んで行ったみんなとあたしをつなぐ物は、バンダナとこれしかないからね。」
そうコニーは言った。そして、エリシャに言う。
「大切な物は、無くしちゃ駄目だよ。込もった思いまで、無くしちまう事にる
からさ。」
エリシャは泣いた。コニーの胸で。
ベッドに座ったトランクス一枚のオデロは、横に座ったエリシャの話しを聞
いていた。その間、言葉を発する事が出来ない。
エリシャの話しを黙って聞いていたオデロの頭の中に、戦場で命を散らして
行ったオリファーやシュラク隊の女性達の顔が浮かぶ。特に、今日のエンジェ
ル・ハィロゥの地球降下直前に、戦いに疲れ魂の国へと旅立ったというユカ・
マイラスの顔が、強く思い出された。
あの人を、最後の犠牲者にしなきゃ。そう思った。だが、エンジェル・ハィ
ロゥが地球に降下する時の戦いで感じた、巨大な苦しみと悲しみを撒き散らす
何かから、オデロは逃げられる自信が無い。
それでも、目の前にいる自分の幸せの女神の為に、オレは生き延びなければ
ならない。少年は、そう強く誓った。
「でね、最後にコニーさんが、これをくれたの。」
そう言って、エリシャは上着のポケットから、二つの小さな箱を取り出した。
「こここ、これ!?」
エリシャが取り出した、コンドームと殺精子フィルムの二つの箱を見て、オ
デロは狼狽するしかなかった。医務室からくすねて来たコンドームは持っては
いるが、エリシャがそんな物を持って来るとは思いもしなかったのだ。
「うん、お前達はまだ子供なんだから、ちゃんと避妊くらいしなさいって。」
「って事は、コ、コニーさん知ってんの!?」
それを聞いたエリシャは、頬を膨らせ、大好きな少年の顔に向かって、大き
な声で叫んだ。照れ隠しの為に。
「バカーッ! あんな事があったんだから、コニーさんが知ってるの、当たり
前でしょー!! とっても、とっても恥ずかしかったんだからぁ……。」
叫び声が途中で、泣き声に変わった。そんなエリシャの顔が、オデロの裸の
胸に埋まる。そこから顔を上げたエリシャは、自分を好いてくれる少年の瞳を
見て、言った。
「……しよ、オデロ。生きてるって事、沢山、沢山感じさせてあげる。」
下着姿のエリシャが、目の前にいる。長い長いキスの後、服を自分の意思で
脱いだのだ。だが白い下着だけは、自分で脱ごうとはしない。後ろを向き、背
中を少し、オデロの方に向かって突き出す。
「最後は、オデロが脱がせて。」
望む通りにした。オデロは慣れない手付きでフックを外し、胸を包んでいた
白がエリシャの体から離れて行く様、導く。エリシャが、こちらを向いた。
綺麗だ……。
それしか言葉が出ないオデロは、エリシャの胸にある美しい女性の象徴に向
かった。まるで、女神に魅入られた様に。二人の体が、白いシーツの上に倒れ
込む。倒れ込んだオデロの下に、エリシャという名の女神がいた。
「いいよオデロ。……好きなだけ、して。」
その女神の言葉に導かれ、オデロはエリシャの胸を、口で愛した。両手で抱
いた女神の胸に、自分の想いを飽く事も無く優しくぶつける。何度も、何度も。
その度に握られたエリシャの掌が、白いシーツの皺の形を変えた。
左手を彼女の背中から外して、エリシャの右胸の上に置く。口の替わりに、
女神の右胸の膨らみを愛してもらう為だ。そしてオデロの唇は、上へ向かう。
耳を、首筋を、頬を、舌で撫でた。
その度に変わる。シーツの皺も、エリシャの声も。
「下も……。」
その要求に応える為に、オデロは体を下へと向かわせる。望まれた場所に着
いた。わずかに浮いた腰を包む白を、オデロの両手がゆっくりと外す。
朱があった。そこに手を伸ばす。
「あっ……。」
命の朱の最上部の雫を触ると、女神が甘い溜め息を漏らす。だがその溜め息
は、丸い雫の珠を弄ぶオデロには、さらなる行為の要求にしか聞こえない。一
つの指先で触り、二つの指先で摘まむ。その度に、エリシャの口から漏れる溜
め息は、甘さを増すのだ。
光が届かない朱の奥へ、指を入れる。そこは光が届かないにも関わらず、い
や、届かないからこそ熱かった。命の熱さだ。その熱さを感じる為に、暗闇に
入れられた指を動かし、残された手の指で、光の中で輝く雫の珠を弄ぶ。内側
と外側からの快楽の波に、女神は翻弄されるしかなかった。
「ちょっと、待って。」
甘い溜め息を漏らしていた女神の唇から、要求があった。不服そうに、オデ
ロは動きを止める。名残惜しいが、エリシャの要求を聞かないわけにはいかな
いのが、オデロなのだ。
ベッドのヘッドボードに置かれた殺精子フィルムの箱を、エリシャの手が掴
む。箱から中身を取り出し、説明に従ってフィルムを折り、自分の中へと入れ
ようとする。
折り畳まれたフィルムを挟む人差し指と中指が、エリシャの朱の中に入ろう
とする様子を、オデロはまじまじと見ている。その視線の先にある朱は、いつ
もコニーの左手にあった朱と、同じ色に見えた。
「何よぉ、ジロジロ見て。恥ずかしいじゃない。」
「ご、ごめん。何か、コニーさん思い出しちゃって。」
エリシャは誤解した。
「何ですってー! あたしが目の前にいるっていうのに!!」
「そそ、そーじゃなくってさ。エリシャさんのそこが、その……、コニーさん
のバンダナと、同じ色に見え……たんだ。」
戸惑いつつ、最後は消えそうな声でオデロは告げた。それを聞いたエリシャ
の顔が、微笑みに変わる。そしてコニーのプレゼントを挟んだままの手を少年
の肩に掛け、オデロの頬に唇を寄せた。
「ありがと、オデロ。あなたにもしてあげるから、ちょっと待っててね。」
唇を少年の頬から離した後、エリシャはコニーの親切を自分の朱の中に入れ
ながら、そう言った。
「横になって。」
再び、エリシャが要求する。指示通りにした。それに向き合う様にエリシャ
も横になり、女神の微笑みをオデロに向けた。
少年と目が合う。そしてエリシャは、向き合ったオデロの下に、自らの白い
右手を伸ばして行く。行き先は、青いトランクスの中だ。
「あはっ、硬い。」
掌を優しく握ったエリシャは、甘い声でそう囁いた。熱い。掌の内側も、外
側も。そして二つの熱さの中、優しく握られた女神の掌が動き始める。
「ぅ……、ぁ……。エ、エリシャさん……。」
下半身が溶けてしまいそうな快感に包まれたオデロには、弱々しくそう言う
のがやっとだった。その声には、戦場で放つ雄叫びの面影など、全く無い。体
を向け合う女神の行為で生まれる戸惑いと甘さが、あるだけだ。
弾けそうだ。そこで甘い戸惑いが、止まる。
「駄目よ、私の中で出して。コニーさんがくれたのを使って。」
エリシャに言われた通りにする為に、オデロはヘッドボードのもう一つの箱
へと、手を伸ばす。青いトランクスを脱いで中身を出し、自分を包もうとする。
いたずらっぽい女神の両目が、それをまじまじと見ていた。
「エ、エリシャさん、そんなに見なくても。」
「何よぉ、見てもいいでしょ。あなただって、私が入れるの見てたじゃない。」
そう言うエリシャは、自分の朱とコニーの朱が同じ色だというオデロの言葉
を、思い出していた。コニーの命のバンダナと同じ色を、自分が持っている。
目の前の大好きな少年が、それを見付けてくれた事が嬉しかった。
「準備出来た? こっちも溶けてる頃だから、そろそろ……、来て。」
エリシャが甘い声で囁く。幸せの女神の持つ命の朱の中へと、自分を沈めた。
横になったまま、向き合って。
「んふっ、入った。……いいよオデロ、動いて。」
オデロはその声に誘われ、動き出した。シーツの皺の形が変わる度に、二人
の想いが、コニーの優しさ越しに交じり合う。
熱い。オデロはエリシャとのつながりから、その熱さを感じる。戦場で感じ
るそれとは違う熱さに促されるまま、オデロはエリシャの朱の中を愛した。そ
の度に、戦場で散って行った数々の命の思い出が、オデロの頭の中に現れる。
(生きてる、生きてるんだ、オレは……。)
目の前にいる幸せの女神が、自分と共に生の喜びを謳歌し続ける。その事を
戦場で散って行った魂達が、優しく褒めてくれるのだ。そうとしか思えない。
今の自分の周りを包む、幾つもの人の暖かさを感じるオデロには。
「いい……、いいよオデロ。……っちゃう!!」
熱さにうなされている自分の絶頂を意識した時、エリシャのその声を聞く。
その時、自分の中と外にある極限の熱さを喜んでくれる意思達の存在を、オデ
ロは感じた。
「いいか、お前等若い連中は死んじゃいかん! 必ず生きて帰って来るんだ、
分かったな!」
完全に夜が明けた時に始まる最後の戦いに向けた訓示を、ゴメス艦長はそう
締め括る。リーンホースJr.のブリーフィングルームに集められたパイロット
達は、そのゴメス艦長の言葉を実現する決意で、聞いていた。
「よし、解散!」
ゴメス艦長がそう叫ぶと、声の主と聞いていたパイロット達は、部屋の出口
へと向かう。ホワイトアークに乗り込む為に出口を目指したオデロは、自分を
呼び止める手が左肩に添えられるのを感じた。その意思に従い立ち止まり、手
の主の方に頭を向ける。
「あたしのプレゼント、気に入ってくれたかい? オデロ。」
コニー・フランシスだ。
「コ、コ、コニーさん。き、昨日は、その……、ありがとうございました。」
そう言って、オデロはコニーに向かって頭を下げる。オデロとエリシャを再
びつないた、緑掛かった黒髪を持つ長身の女性パイロットは、満足気な笑みを
浮かべていた。
「ハハ、どうやら上手く仲直りした様だね。」
「で、でも、あれ……。」
「いいんだよ。あたしはさ、使う機会が無かった物だからね。」
一瞬、ソバカスのあるコニーの頬に、陰が刺した。左腕に巻かれた朱いバン
ダナを悲し気な目で見た後、元の顔に戻り、少年に向かって言う。
「ユカだって、喜んでるさ。」
「ユカさんが?」
コニーが口にした、魂の国にいる女性パイロットの名前に対しての疑問を、
オデロは示す。それを聞いたコニーは、オデロの頭の横に両手を添え、語り出
した。昨日オデロに与えられた一人部屋は、ユカが使っていた物だという事を。
コニーが語り終えると、緑掛かった黒髪のボブカットの中にある朱い唇が、
オデロの唇を塞いだ。それが離れた後には、当惑するオデロの顔があるだけだ。
その顔を見て、近付いて来た朱い唇の主はオデロに言う。
「バーカ、勘違いすんじゃないよ。あたしとお前が生きてる事の、確認さ。」
からかう様な口調でコニーはそう言った後、両手をオデロの頭から離した。
そして右手の先で、当惑する少年の額を軽く突く。
「死ぬんじゃないよ、オデロ。好きでいてくれる人がいるってのは、素敵な事
なんだからさ。」
左腕に巻いた朱いバンダナ見詰めながら、二人だけになった部屋を出て行こ
うとする最後の百舌の姿を、オデロはただ見送るしかなかった。
ホワイトアークの狭いパイロットルームの中で、エリシャとオデロが二人だ
けで、見詰め合っている。お互い、大人になり切っていない顔のある頭以外は、
戦いへ赴く準備を終えていた。
「必ず、必ず帰って来てね。」
ノーマルスーツに身を包んだエリシャの、大好きな少年への願い。それを聞
いたパイロットスーツ姿のオデロは、何か言いたそうな顔をしていた。だが、
その口からは「あの……、その……」という言葉しか、出て来ないでいる。
「何よ、男の子なんだから、ハッキリと言っちゃいなさい。」
エリシャの言葉を聞いたオデロの顔付きが変わる。表情と目の光は、真剣そ
の物だ。そして決意を固めた少年は、言った。
「エリシャ、戦争が終わったら、オレと結婚してくれ。」
オデロは語り出した。自分の小さい頃の事を。
オデロの家は貧しく、両親は生きる事だけに必死で、オデロを構う余裕すら
無かった。両親の気を引こうと悪さばかりしていたが、子供を叱る余裕すら無
い生活を送る父の拳が、飛んで来るだけだったという。
そんな父に反発しながら思春期を迎えたのだが、ザンスカール帝国の空襲の
為に、いなくなってしまったのだ。父も、母も。
「だからさ、オレの父ちゃんと母ちゃんの代わりに、エリシャの両親に親孝行
したいんだ。オレとエリシャの子供を、ちゃんと叱ってやりたいんだ。駄目、
かな……。」
最後に自信無げな声を発した唇に、エリシャの朱い唇が重なる。それが、答
えだった。
「ありがとう、オデロ。奥さんになった初仕事に、ビーフシチューを作ってあ
げる。だから、だから必ず帰って来てね……。」
オデロの好物を言った口から、涙声が聞こえて来る。その涙を流す幸せの女
神の頭を、オデロはそっと胸に抱いた。
ガンブラスターのコクピットに乗り込んだオデロの目には、先発したモビル
スーツ部隊が青い空に作る、幾筋もの軌跡が写っていた。もうすぐ、自分もそ
の軌跡に加わる事になる。
(待ってろよ、エリシャ。お前の作ったビーフシチュー、腹一杯食わせてもら
うからな、必ず。)
そう決意する彼は、知らなかった。巨大な苦しみと悲しみを戦場に撒き散ら
すカテジナ・ルースという存在によって、父と母のもとへと旅立つ運命を。
−完−