三橋「家族が増えるよ!」

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96fusianasan
「なあ、男でも子供産む事ってあんのかな?」
喫煙室でそうぼやいた俺に視線が集まった。
値上げ以降喫煙所に来る人の数は激減していたが、それでもこの視線は痛かった。
隣に座っていた後輩が眉をしかめながら言った。
「なんっすか藪から棒に。特殊な事しない限り無いっしょ」
「特殊な事・・・か」俺は今朝の事を思い出していた。
この半年、三橋と暮らし始めて色んな事をした。世間一般的に言うには憚られるような事も沢山してきた。
特殊と言やあ特殊だろう。
確かに何回かはゴムが破れて中田氏しちまった事もある。でもなあ。
出掛けに三橋は節目がちにたどたどしくこう言ったんだ。
「か 家族が 増える かも」
俺は何の考えも無しに三橋の頭をグリグリなでてアパートの玄関を後にした。
昨日遣り過ぎちゃったからなー呆けた事言ってるな、位にしかその時は思わなかったんだ。
満員電車の中、ふと優先席に座っている女性のバックについているピンクのマスコットに目が行った。
ピンクの縁取りにお母さんと赤ちゃんの顔がプリントされて囲むように“おなかに赤ちゃんがいます”と小さく書かれていた。
家族が増えるって・・・俺は突然パニックに陥った。三橋は男だよな、チンコも付いているし勃起もするし射精もする。
その三橋がまさか身ごもった?えっとこの場合どうすりゃいい?アイツは戸籍上男だよな、子供が生まれたら養子か?
いや、それよりも両親に挨拶が先か?今の稼ぎでやっていけるか?部屋は子供禁止だから引越しだよな。
「で、受精した卵子を体内に埋め込むわけですよ、そうすると卵子が勝手に胎盤を形成して・・・って聞いてます?」
「あー、すまん。やっぱ男が子供を産むなんて有り得ないよなあ」
「当たり前っすよ、仕事戻りましょ、怒られますから」
俺は吸わずにほぼ灰になったタバコを灰皿にこすり付けた。まあ、いいよな、それでも。
97fusianasan:2010/10/05(火) 03:49:37
会社には申し訳ないが帰社までの時間、ほぼネットサーフィンで過ごさせて貰った。
子供ってお金と時間と手間が掛かるもんなんだな、改めて思ったが、それもきっちり働けばいい話だ。
家に帰ったら先ず三橋を労わなきゃな、妊婦は大変だもんな。
それから栄養あるもの食べさせないとな、悪阻があるといけないからさっぱりして高蛋白、ササミとかいいかな。
帰りにスーパーで買って帰ろう。それから今度の週末には三橋んちに行こうか。色々忙しくなっていくだろうな。
定期健診も行かなきゃいけないだろうし。ベビー用品はまだいいか、様子を聞いてからだな。
男かな女かな。可愛いかな?可愛いに決まっているさ。三橋の子だもんな。

「お おかえり」三橋は満面の笑顔でアパートのドアを開けた。
「只今、いい子にしてたか?」
「う、うん あ、あの か 家族が増えるよ!」
俺は内心きたか、と思いつつ用意した労いの言葉を言い放った。
「やったね 廉ち・・・え?」
三橋は俺の前に籠を差し出した。バスタオルが敷かれた籠の中には小さな猫がフルフルしていた。
「あ 新しい家族って」
「この子 だ 高校の時の友達の所で生まれたの引き取り手探してた、俺貰ってきた」
なあ三橋そんなに嬉しそうな顔するなよ、腰が砕けたじゃないか。
ササミ有難う、茹でてこの子のご飯にするって鼻歌歌いながら台所までスキップしていくなよ。
ここのアパートペット禁止なんだぜ、猫が家に馴染む前に引越ししなきゃ駄目じゃねえか。

おしまい