阿部「三橋、逃げろォッ!」

このエントリーをはてなブックマークに追加
474蠱毒 ◆g8i2D0qBR.mY
「願いをかなえる方法、教えてあげるよ」
そんな事を誰かに言われた気がする。誰だったかな、誰だったんだろう。

オレはいつもの通りに朝陽が昇る頃に家を出た。
ジージーと蝉の鳴く声が聞こえ始めていた。なんていう蝉かオレは覚えていないけれど。
誰かが夏の一番早くに出てくる蝉だって言っていた。朝早くから鳴いて午後には鳴き止んでしまうんだって。
夏の一番最後に出てくるのがツクツクホウシで、宿題を急かされているような気持ちになるだろって。
西広君だったか な、沖君だったか な。ツクツクホウシは名前と鳴き方が同じだから ね。覚えていられる。
自転車で風切る分にはとても気持ちがいい。けれど止まると途端に汗が噴出してくる。
今日の練習も汗たっぷりかくんだろうな、水分気をつけて摂らないと阿部君に怒られるな。
点滅する信号で自転車を止めるとハエが一匹、顔の周りをぐるぐるし始めた。
アブだったら嫌だなって思っていたら目の赤い背中に縦縞の有るハエだった。
アブじゃなかったから少しだけ安心したけど、自転車置き場まで着いて来たのにはウンザリした。
ベンチまで着いて来たらお前腐ってんじゃないかって笑われるところだ。
オレは腐っていない し。く、臭くもないぞ。汗かいているけど、そんなの普通だ。
ベンチに着くと皆既に集まっていた。で、何かを覗き込んでいた。沖君がベンチに座って顔を覆っていた。
「ど、どうした の?」
「あー、三橋。お前グロいの平気だっけ?」田島君が厳しい顔をしてオレを見た。オレは少しびびった。
「う?グロは平気だけど 怒るの怖い」
「怒ってねーよ、平気なら見て欲しいんだけどさ、覚え有る?コレ」
「な に? えっ・・・これ」
「ひでえよな、何もこんな所に置いておかなくてもだよな」
田島君以外は皆黙って下を向いている。ソレを見たり、目を外したり色々だったけど、一様に顔は青ざめていた。
そこには、大きなネズミの死体があった。
ネズミは喉の部分が切られていて血が放射状に拡がっていた。
どう見ても刃物か何かで切られた傷だ。猫や犬に噛み千切られた傷じゃない。人の仕業だ。
そして虫。大小様々な虫がネズミの周りにたかっていた。
ハエも沢山飛んでいた。さっきまで顔の周りを飛んでいたのと同じ柄のハエもそこにはいた。
475蠱毒 ◆g8i2D0qBR.mY :2010/04/12(月) 02:05:43
>>474
「こ、コレ片付けないと」
オレはこの場を何とかしたくてそう切り出した。
「そうだよな、ああ、そうだった」
田島君はそう言うとベンチの奥のバッグをまさぐり始めた。「大きなビニールならあるからな」
「うん、しのーかさんやモモカン来るまでに捨てよう」
オレがそういうと皆が少しだけ顔を上げて動き始めた。
「小さなビニールなら、オレ持ってる。て 手袋にしよう」
「いい考えだぜ、苦手な奴はどいてろよ、俺と三橋でやっつけるから」
オレと田島君とでネズミは袋に入れてゴミ置き場まで持っていった。
幸い昨日のゴミが詰まれていたからゴミ収集車が直ぐに持って行ってくれるだろう。
「三橋なあ、アレ誰がやったんだろうな」
「だ誰?学校の人とは限らない し」
「そうなんだけどな、普通じゃないだろ」田島君の顔が険しい。
「べンチ前って事?」
「それもあるけど、虫がな」
「虫?」
「虫が沢山い過ぎたんだ、あのネズミ。夏でもあんなにたかりゃしない」
「そ、そうな の」
「うん、普段見ないか、生き物の死体」
「あ、あんまり」
「そっか。うーん、じゃ仕方ないか」
それから田島君はすっかり黙ってしまった。
チームに戻ってキャッチボールを始めたけどあまり沢山出来なかった。
476蠱毒 ◆g8i2D0qBR.mY :2010/04/12(月) 02:06:48
>>475
部活が終わる頃には皆すっかり今朝の事は忘れていた。
オレも頭の中にあるのは“コンビニでどのアイスを食うか”だった。
帰る頃にはアイスが殆ど無くなっていて選ぶ余地が無いのが実情だったが
それでもホームランアイスよりはガリガリ君グレープ味が断然にいい。いや、残っているべきだと思った。
オレはスポーツバッグをチャリの籠に放り込むとガリガリ君、残っていろ!と手を合わせて念を送った。
そうすると良いんだって浜ちゃんと泉君に教えてもらった。今の所9勝12敗。少々分が悪い。
後ろから背中をつつく感触がした。
「ひゃうっ」
「あー、ごめん、脅かすつもりはなかった」沖君だった。
「な、何」
「あ、あのさ今朝嫌じゃなかった?」
今朝?あ、ネズミの事かな。沖君、気持ち悪そうだったもん な。
「お オレ平気だよ。お 沖君大丈夫」
「ご、ごめん、俺苦手で、何か悪くて。その・・・うん、そうじゃなくて伝言頼まれたんだ」
「で、伝言?」
「うん、クラスの子で三橋と話がしたいってメルアド、三橋が嫌ならいいんだ」
「べべ別にいい よ。オレメールあんまり得意じゃないけど」
「本当、よかった。じゃメルアド渡す。赤外線通信で良い?」
「い いいよー。女の子?」
「うん、結構可愛い」
「うひっ」
「へへ」
オレはかなりワクワクした。どんな女の子なんだろう。家に帰ったらメールしよう。優しい女の子だといいな。
「何ニヤニヤしてんだよアイスなくなんぞ」
泉君がオレの脇をすり抜けた。オレはアイスのケースに駆け寄った。
中には一つだけガリガリ君コーラ味が残っていた。
477蠱毒 ◆g8i2D0qBR.mY :2010/04/12(月) 02:07:53
>>476
寝る前に少しだけメールした。
夏の大会、見に来てくれていたって、かこよかったって。オレ、背中がむずむずするくらい嬉しかった。
写メも送ってもらった。ショートヘアーの大人しい感じの子だった。オレも写メ送った。ちょっと変な顔だった、笑われた。
でもとてもワクワクした。明日学校で会うのが楽しみになった。
寝る直前だった。オレが試合に勝ちたい、勝つととっても充実感が味わえるんだ。出来たら速くて重い球を投げるんだ。
沢山アウトを取って点を取られない、それで勝つと気持ちが良いんだよってメールした。
オレ浮かれていたから女の子には通じなかったかもって送った後で後悔した。
うとうととし始めた頃に、返信が来た。
「願いをかなえる方法、教えてあげるよ」
そんな見出しだったと思う。
内容は
「メールだと表現し難いから昼休み、ご飯食べたら焼却炉の脇に来て」だった。
オレは半分寝惚けていたし、気持ちがふわふわしていたので何の疑いも無く「分かった、行くよ」と返事を打った。
何故か今朝のネズミの死骸を思い出した。オレは頭を振ってソレを追い出そうとした。
中々頭から離れなくて困ったけれど、そのうちにオレは眠り込んでしまった。

翌日、朝練に行くと昨日とは打って変わって明るい声がグラウンドから響いてきていた。
良かった、今日は何事も起きなかったんだ。オレは直ぐに着替えて皆が柔軟をやっている所に加わった。
「お おはよー、き 今日はネズミ 無い」
「おうっ ねーぞ」田島君が明るく答えてくれた。
「何度もあっちゃたまんねーよ」
花井君が怖い顔をした。周りを見ると田島君以外の皆の顔が怖い。
「う うえっ オレわ悪いこと言った?!」
「んなことねーよ」田島君はあっさりと言い放つ。
「確かにそーだが、言うとまたなんか起こりそーでな」阿部君が足の屈伸をしながら言った。
「やめてくれよう、またあるなんて勘弁してくれよ」沖君が悲鳴に近い声で言った。
「そーだよな、あんまりあって欲しくないよな」
「そうそう無いでしょ、も、やめよ、な」西広君と栄口君の声が重なる。
「うん、今日無ければ明日も無いよ。有ったとしても、大人に対処してもらう内容だからな」
巣山君が低い声で言った。皆ほぼ同時に頷いた。
そうだよね、あんなこともう無いし関係ない事だ、その時はオレはまだそう思っていた。
478蠱毒 ◆g8i2D0qBR.mY :2010/04/12(月) 02:08:46
早々にお昼を食べ終えて昼の仮眠を取る田島くんと泉君を教室に残して俺は焼却炉に向かった。
焼却炉は校舎の北の外れにあっていつも薄暗い場所だった。
焼却炉自体が消防法のなんとかでもう何年も使われていないものだったし、
置いてある場所がどの出口よりも遠い所だったので人気は殆ど無かった。
オレはキョロキョロと辺りを見回した。誰もいない。オレ、からかわれたのか な?
心配になって携帯を開いてメールを探した。
昨日、見た筈のメールが無い?!おかしい、オレ何回かメールをやり取りしていたのに。1個も無い。
焼却炉のところに来てくれって確かに打ってあったのに。
オレは変な胸騒ぎにかられてた。心臓がドキドキして指先が夏なのにひんやりしている。
ここにいちゃいけない、そう思って一歩踏み出した時だった。

身体を衝撃が走った。
何かに落ちたようだった。目の前が突然真っ暗になり、両足両膝が痛くなった。
上を向くと少しだけ光が覗いてる。オレは大きな穴に落ちてしまったんだ。
そして、何やら柔らかいものにずぶずぶと嵌っていって、お腹の辺りまでいくと沈むのが止まった。
湿っていてかび臭い、その上とても生臭い。
どうしよう、こんなに暗いところで。オレは辺りの様子が知りたくて握り締めた携帯を開こうとした。
上からか声がした。か細くてかすれたそれでいて冷たい声。女とも男とも分からない声。
「願いが、かなうよ。生きて、生き抜い て」
「な、何、助けて!オレの事、落とした の」
「いつも願っていたでしょ、勝ちたいって言っていたでしょ、だから頑張って集めたの」
「何の事?ここを出して よ 助けを呼んでよ」
「そこで、生き抜いて、そうしたら願いが かなう。集めるの、大変だったの。それじゃあ」
そう言い終わると頭上の光は消えてしまった。オレの脇には何か上から塊を落とされた。蓋をされてしまったんだ。
手の震えが止まらない、オレは必死に携帯を開いた。手元から明かりが拡がった。