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携帯の小さな液晶画面で三橋はいつも変な顔に写っていた。
送信者は大抵三橋の従姉妹で、よく似た彼女の弟と並んでいる画像もあった。
泣き笑いのような、楽しそうで淋しそうなおかしな表情。
小さく掲げたピースサインが似合わなくて、声を出して笑った後に何故か泣きたくなった。
ずっと会えないまま、悲しい思い出の中にしかいなくなるのだとしたらもっと三橋と話を
するべきだったと何度思ったことか。
阿部が自分の殻に閉じこもっている間にも季節は移り、野球部にも新しいメンバーが続々
と入部してきた。
三橋のピッチングを見て西浦への進学を決めたという生徒がいたのは、阿部にとって嬉し
い驚きの一つだった。
元々のチームメイトとは阿部の方から一線を引いてしまったが、一度割り切ってからはや
めようと思うことはなかった。なにより三橋を失望させるのがわかっていたからだ。
三橋の在籍した野球部を強くするために努力することが、阿部なりの彼らへの謝罪だった。
今まで蓄えた野球に関してのスキルを後輩にみっちり叩きこんだ挙句、監督の次に恐れら
れる存在になっていたらしいが、野球部のレベルは確実に底上げされた。
自分たちの代で全てできなくたって、後に連綿と続く後輩がきっと野球部をよりよくして
いってくれる。
引退間際になってからそう思えるようになった阿部は、やっと少し肩の力が抜けたように
感じた。