おじいさん「蕎麦屋にいるね」

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622ウラシマ
5年付き合った彼女と別れた。他に好きな人ができたという、ごく単純な理由だった。
今年で32。結婚も考えていた。
会社帰りの電車から、自宅の最寄の駅で降りた俺は、ベンチに座り込んで、野球をして過ごした高校生活を思い出していた。
当時は思いもよらなかったことが、社会に出て様々なしがらみを抱えた今は、その頃の時間がとてもキラキラしたものに思える。
高校時代、野球、バッテリー。
俺は捕手だった。
一緒にバッテリーを組んでいた叶は元気だろうか。あいつのおかげで、俺の捕手生活は充実していたと思う。
そういえば、バッテリーといえば、もう一人別の奴と組んだこともあった。ただし、こっちには、あんまりいい思い出は無い。
かなりクセのある奴だったしな。でも、今、思えば、俺がガキだった部分もあるか。
あいつ、どんな顔だっけな。あまり、球児って感じじゃなかったよな。
思い出していると、電車のドアが閉まり、動き始めた。
反対側のプラットフォームが見えた。
そこに一人の少年がいる。高校生位だろうか。
ふわふわの髪がかわいらしい。
そういえば、あいつもこんな感じだっけ。
すると、少年が振り向いた。

「あ、三橋」
623ウラシマ:2009/05/26(火) 04:59:54
ミスッタ

当時は思いもよらなかったことが、

当時は思いもよらなかったことだが、
624ウラシマ:2009/05/26(火) 05:27:33
>>622
俺は走った。
けたたましい音を立てて、階段を駆け降りる。
最後の数段なんて、ジャンプで飛び降りた。
そして、反対側のプラットフォームの階段を1段飛ばしで駆け上がる。
プラットフォームに上がると、先程の少年の後ろ姿が見えた。

「おい!」

大声で呼び掛けると、少年はゆっくりとこちらに振り向いた。
ポカンとした表情を浮かべて、こちらを見ている。
そこで、俺は自分がとんでもなくバカなことをしていることに気付いた。
三橋のはずがない。
なぜならば、俺は32な訳で。時の試練は皆に平等に課される訳で。
つまり、ここに昔のままの三橋がいて、俺と対峙するはずはない訳で。
少年は無言で、何かを考えているようだった。
きっと、目の前の、彼からみればオッサンであろう32歳の男の記憶を探しているのだろう。
不意に少年の表情が緩む。何か納得したような顔だ。
歩いてくる。
おそらく、酔っ払いだということで納得したんだろう。そして、俺を無視して、この場を去るという決断を下したのだろう。
当然の帰結だ。俺は罰の悪さを抱えながら、少年が去るのを待った。
しかし、足音は俺の傍で止まった。

「畠君だよね」