俺ら「えっ」

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321文化祭 ◆EqoQb.bHVg
女装注意

「でけえ女だな」
そう言った田島は満面のゲラ顔だった。
「そう言うお前は呼び込みかよ」
花井はクラスの出し物の合間、休憩を貰って9組に来ていた。
喋りながら口を拭うのが止まらない。
恥ずかしさから化粧を落して来たのだが、口紅がどうにも取れていない気がしてならなかったからだ。
「さっきまで、オバケやっていたんだけど暴れすぎたんで交代させられたケケケ」
という事は、俺は絶好のタイミングでここに来たという事か・・・
花井は揶揄されそうなので心の中で呟いた。
「そうすると、7組は全員女装なワケ?」
「いやぁ、一通り着てみて余りにも似合わない奴は外された 阿部は廊下で呼び込みさせられているよ」
「けけっ らしいな 後で見に行くよ 写メはOK?」
「原則禁止なんだが、影でこっそりなら・・・な」
この後、どうやってコスチュームを着ないで済ませるか
花井の脳味噌は目まぐるしく回転した、が、いい考えは急に浮かばない。
廊下と教室の間の窓は暗幕が掛かっていて黒い。ところどころセロファンの赤い光や緑の光が漏れている。
「おー、泉と三橋は?」
「あー?中でオバケやってんじゃねえ? 朝のHRで話したっきりだ」
田島は突拍子も無い行動の割りに目配せが利く、なのに珍しいなと花井はふと思った。
教室の中から不意に悲鳴が聞こえてくる、花井の心臓が跳ね上がる。
まあ高校生の作るもんだ、そうビビル事は無い、花井はそう自分に言い聞かせて教室の戸を開いた。
「おーっ 行って来い 力作ぞろいだぞー」田島の明るい声が背中で響ていた。

朝夕に涼しい風が吹き始めたとはいえ昼間の気温はまだまだ高い。
その上、暗幕で辺りを遮断しているので教室の中は酷く蒸していた。
その暑さの所為なのか、先程まで胸にパット入りブラジャーをはめていた所為なのか花井は酷く息苦しさを感じてた。
少なくても怖い所為じゃないから・・・と自分に言聞かせながら暗い辺りを見回した。
暗い中でいらっしゃいませの声が響く。姿は見えないが暗幕の向こうの声は行程の説明を続ける。
どうやら黄色の矢印に添って進むらしい。奥でオバケからチケットを渡されるので、それを帰り際に渡すと何かくれるとの事だ。
322文化祭 ◆EqoQb.bHVg :2009/04/18(土) 11:06:40
>>321

苦手だ、怖い系は本当に苦手だ・・・・花井は1人ごちた。
しかし、1組と3組の研究発表では、そう長い事時間を潰す事は出来なかった。
1組が「西浦高校の歴史」で、3組が「第二次世界大戦中下の私たちの暮らし」って真面目過ぎんだろう。
ここでだったら幾らかでも時間を稼げるに違いない・・・そう、なるべくだったら自分のクラス、自分の持ち場には戻りたくない。
・・・・だが、しかし「お化け屋敷」とは・・・・・・・・
泉の事前の説明だと、クラスに妖怪にやけに詳しいのが1人居て、研究発表という形をとってやっと許可が下りたそうだ。
そうだよな・・・普通だったら許可下りねえモン。ここのお化け屋敷と言い、うちの喫茶室と言い・・・
あれ?うちの喫茶室はどうして許可が下りたんだっけ??
あんなコスプレ喫茶どうにかしている。
しかもアイツがやけにノっちまらなきゃ、俺はこんな苦痛な一日を過す事はなかった筈だ、畜生。
先程まで着けていたウィックの蒸れもあったろう、花井は頭を激しく掻いた。

暗さに慣れない目を壁に向けると何やら解説文があった。
展示版に括りつけられた蛍光灯の下で細かな字と学校のレイアウトが乗せられたものが薄ボンヤリと見えた。
「中庭の女学生・・・へええ」
花井は胸ポケットからメガネを取り出して展示物を読み始めた。そこには大雑把に、こう書かれていた。

『西浦高校に出る女学生の幽霊。よく中庭で目撃されているのでそう呼ばれている。
セーラー服に下がモンペの出で立ちなので戦時中の学生の霊なのではと推測されている。
西浦高校は戦後にこの地に他所より引っ越してきたので西浦の生徒ではない可能性もある。』

・・・知らなかった。出るのか、この学校・・・・・・・。
これからの合宿嫌だな、あ、中庭に近づかなきゃ良いのか。1人になる事も殆ど無いしな。
色々シュミレーションをしていると、ふと解説文の下に座り込んだ人らしき塊と目が合った。
花井は一瞬ギョッとしたが、程無くそれは展示物に合わせた変装オバケなのだと理解した。
323文化祭 ◆EqoQb.bHVg :2009/04/18(土) 11:08:33
>>321-322

「た 助けて下さい」 小さく震える声が塊から聞こえてきた。
「え?」
「助けて下さい」
声は擦れていて男性のものか女性のものかよく分らない。
「あの・・・兵隊さん です か」
「へ? 俺ここの生徒だけど 兵隊さんって何」
しまった、これ、演出だろ、真面目に答えちゃったよ 花井は手のひらにジワリと汗が出てくるのを感じた。
「へ 兵隊さんじゃないんですか? どどうしよう さっきの人達と同じ?」
影は小刻みに震えている。
暗くてよく見えないが濃い色の大きな襟・・・セーラー服だ。
下はスカートじゃなくてモンペか?これは。3組の研究発表であった様な出で立ちだな。
解説内容と内容と合致している。
やっぱり変装オバケだよな、少々みすぼらしい感じがするのは高校生ならではだよな。
それにしても、どうも様子がおかしい。オバケなら、もっとオバケらしくしていてもいいだろう。
「さっきの人達って何?オバケが震えててどーすんの、暗がりで何かやな事されたのか?」
花井は後で笑われるの覚悟で切り出した。相手の様子が余りにも合点がいかないからだ。
「あ、よ 良かった! た 助けて下さい、さっきの人達が戻ってくる前に」
すいと立ち上がった影は花井の服の裾を掴んだ。暗くて判然としないが見知った顔だった。
「何だよ、三橋じゃねー、びびったじゃねーか」
暗がりに有ったその顔は確かにチームのピッチャー三橋の顔だった。花井は安心して力が抜けるのを感じた。
「み 三橋じゃ ないで す」
「あー、そーだよな オバケしているんだもんな」
「お オバケでもない です」
いつもよりも上ずって擦れた声に風邪でもひいたかな、喋り方はいつもの通りなんだけどな
風邪だとしたら小うるさいキャッチャーに怒られんぞ、花井はそう思いながらオバケに扮した三橋をまじまじと見た。
「でさ、助けてって台詞?兵隊さんってどんな設定・・・」花井が言い終らない内に遠くからサイレンの音が鳴り出した。
「な 何だ?」
「た 大変 警報が ここじゃ駄目、こっち、こっちに」
立ち上がった中庭の女学生は花井の腕をぎゅっと掴んで外へと誘う。
                                              今日はここまで