>>90 『郵便局の横の公園の前ってコブシがいっぱい咲いててキレイよね。この間まで梅も咲いてた
けど、もう終わっちゃったみたいねえ』
三橋は花にはあまり興味はなかったけれど、仕事で忙しい母親のために携帯のカメラで写真を
撮ってこようかと思いついた。
群馬から戻ってきてまだ日が浅いので、家族との微妙な距離感がもどかしい感じだ。
母親と話していると、三橋は自分が小学生に戻ったような気持ちになることがあって少し恥ず
かしい。
(…公園、行ってみようかな…)
三橋は携帯電話と家の鍵だけを持って、無人の玄関で「…行ってきます」と呟くと公園に向か
って歩き出した。
「…わあ、すごいな…」
大きくて真っ白な花が頭上高く無数に咲いているさまは、花に関心の薄い三橋ですら心を奪わ
れるほどに壮観だった。
立ち位置をいろいろ変えて携帯で写真を何枚も何枚も撮る。
母親は喜んでくれるだろうか。
群馬で幼馴染みの叶に「野球、やめんなよ」と言われたときはまだ雪が降って寒かったのに、
早いものでもう春といっていい季節になった。
ダメかと思っていた高校に受かったのは本当にうれしかったが、叶や他の野球部のみんなに
一言も謝りもせず逃げてきたのが気にかかって心から喜ぶことができない。
三橋はまた三星学園での3年間を思い出してため息をついた。