※エロ無しっす すまん
「廉 今日はもうお外行かないでお家でお昼寝していなさい」
「で でも 外で的当てし したい」
「そんな事言って、昨日みたいに熱射病で倒れちゃうわよ お外は午前中で終わり」
お昼ご飯の終ったお皿を廉から受け取った尚江はそれを水の張った桶に滑り入れた。
口の中でモゴモゴ言っている廉の食欲はとりあえず落ちていない。完食されていたお皿はソースの汚れしか残っていない。
尚江はまだ少し顔が赤い廉を見やって溜息を付いた。
立秋過ぎの強い日差しは容赦なく午后の気温を鰻登りにさせている。地面からの照り返しも子供には激しいものだろう。
酷くせがまれたとは言え、午前中外に出して的当てをさせていた事を少し後悔していた。
何しろ、彼女の息子は一度的当てを始めると止らない。日がな一日中的当てしているといっても過言ではない。
尚江としては単純に投げ込みを繰り返す行為に面白さを見出す事は出来ないが、
息子の嬉々とした顔を見ているとそれなりに楽しい事なのだろうと、的当てに関して特にどうという思いは無かった。
ただ、その事で健康を害するのは決して良い事ではない。尚江は廉の額に手を当てた。
「ほぉーら お熱あるじゃない」
「だ 大丈夫 だよ」珍しく即答する息子の頭を尚江はぽんぽんと撫でた。
「お昼寝して、お熱下がったらね」
2階の子供部屋に廉を促しベッドに横にさせる。
風通しの良い様に窓を開けると庭木に群がる蝉が降る雨の如く鳴いている。
少し拗ねた顔をした廉はタオルケットを捲り上げて足を投げ出した。
「お おかあさん お オレ」
「なぁに? 明るいの嫌ならカーテン閉めるわよ」
「う ううん 違う・・・お オレ 野球がしたい ギシギシ荘の時みたいに 野球がやりた い」
「そう、それには先ず元気にならなきゃね 廉、本当はクラクラしていたでしょう ご飯も無理して食べていたし」
「う うわ 分るの? お母さん す 凄い」
今日、無理を言って勤めの休みを貰ってよかったと尚江は心底思った。
「もう、この子は・・・おやすみなさい ここに氷入れたポット置いておくから喉が乾いたら飲みなさいね」
「うん おやすみなさい」
風通しの為引き戸を開け放して尚江は部屋を後にした。
>>707 マウンドは炎天下の中少し砂埃が舞っていた。
次の回にはグラ整があるなと三橋は薄ボンヤリと思う。
顔が熱い。
頭の中がハッキリしないのはこの暑さの所為か?それとも少し熱があるのか?
長打には結びつかないものの敵陣の緻密な攻撃は暑さに堪える。
オレは1人マウンドで投げる。
キャッチャーからのサインは無い。誰からも掛け声は無い。
オレはそれでも投げる。バッターに勝負を挑む。
体格の大きな選手がベースに覆いかぶさるようにして打席に立つ。
こわい。
マウンドに逃げる場所はない。
投げるのに躊躇する。けれど投げなければならない。
オレはピッチャーなのだから。エースなのだから。
オレが望んでピッチャーになったのだから。
誰一人としてオレがピッチャーである事を望んでいない。だけどオレはピッチャーでいたい。
ピッチャーでいるからには投げ続けなければいけない。エースでいるからには勝たなければいけない。
オレは外に外れるカーブを投げた。
鮮やかに鳴り響く打撃音。球は大きく弧を描きグラウンド後方奥へと消えていった。
ゆらゆらと揺れる天井。ここはどこ?自分の部屋?ぼやけた視界の中、水をコップに注いで飲み干す。
身体がほぐれる様に楽になる。
そうだ試合の最中だ。
グラウンドに戻らなきゃ、マウンドに立たなきゃ。暑い。日差しが強いのかな。
>>707>>708 昼間なのに空は薄暗い。
強い雨が身体を濡らす。
ビショビショに濡れているのに暑い。そして酷く重くてだるい。何だか息も苦しい。
オレは再びマウンドに立っている。
応援が球場に響き渡る。
オレは自分のチーム側に目を向ける、ああ、人がいる。
チームも味方もさっきとは違う人たちだ。
キャッチャーがオレにサインを寄越す。オレはそれを見て腹に力が入る。
声がする。右から、左から、背中から。皆オレを励ましてくれている。
オレでいいのか?オレ今迄皆の邪魔をしてきた。野球したい皆の邪魔をしてきた。
下手糞なのにマウンドから離れなかった。オレでいいのか。オレには分らない。
分るのは今はただ投げるという事。オレはミットにめがけて投げる。
勢いを失った球はミットに入る前にバットに捕らえられ音を立てて頭上を越えていく。
また見えない所に迄飛んでいってしまう。
そして、さっきと同じ・・・・・・違っていた。
球は外野手に捕られ見事な連携でホームへと戻ってくる。三塁走者はホームで刺されてダブルプレイ。
試合終了。
雨の音を掻き消すような歓声。駆け寄ってくるチームメイト。
勝ったんだ。
チームが。
>>707-709 「只今、廉は大丈夫だったか?」
夜もまだそう遅くない時間に家に着いたのにいつも駆け寄ってくる息子の姿がない。
灯りの点いた台所に向かうと彼の嫁の尚江が、まだ食事の支度をしていた。
「大学休んでよかったわよ、もーう あの子ったら昨日の事ぜーんぜん懲りていないんだから」
青菜を刻む包丁から目を離さずに尚江は言った。
「ええっ そ それで廉は?」
「お昼食べてからまだ寝ているのよ 学校は夏休みだから無理に起こしてご飯食べさせなくってもって」
「そっか、夕飯まだなんだ」
「起こしてくる?お昼無理して食べてたのよね、あの子 おかゆさん作ったから後で持って行こうと思うんだけど」
「無理に起こさなくていいよ 具合悪そうなんだろ お昼食べているなら大丈夫じゃないか」
「あのね 三星学園って野球部ある?」
「えー あるよ 結構力入れてた筈だよ」
「そう」
「何でさ」
「今日ね、あの子、野球したいって でもあの子近所に友達まだ出来ないし
かといってリトルリーグとかって結構手が掛かるんでしょう 今の私には時間的に難しいし」
「野球か・・・中学に行くまではまだ何年か先だけどな」
「そうね あら?廉、起きたの?」
いつから居たのか、ダイニングの入り口に髪の逆立った1人息子が目を擦りながら佇んでいた。
「廉、お腹減ってないか?」
「うん、お腹すいた ご飯食べ る」
彼は息子を抱き上げると食卓の椅子に座らせた。
熱の所為か潤んだ目が少し痛々しい。廉は不意に父親のシャツの端っこを掴んで言った。
「お おとうさん オレ 野球がしたい つ 辛くても 大変でも野球がやりたい
1人かもしれないケド 皆とかもしれないケド野球がやりたい」
廉の父親は廉のポワポワの毛を撫で付けた。汗で少し湿っていた。
「お昼寝で夢見たか な 野球、中学に入ったら沢山出来るぞ」
廉の父親の言葉に、廉は満面の笑顔で頷いた。
(終わり)