去年の31日に投下した、ささやかな幸せの一応続編
※エロなしピョア注意
三橋との暮らしもようやく2年目に入った。
駆け落ちのようにしてこの町にやってきた俺たちは、まだお互いの家から許してもらっていな
いけれど、強い絆で結ばれているから平気だ。
相変わらず俺は薄給で休みも少なくて、惚れた相手にほんの少しの贅沢もさせてやることがで
きない甲斐性なしだ。
それなのに三橋は何の文句も言わず朝は弁当を作り、帰れば一日の労働をねぎらってくれる。
「はい、お弁当。あの…今日はちょっと失敗、しちゃってごめんなさい…」
「作ってくれるだけで十分だよ。じゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい、晩ごはんは、失敗しないようにするから 早く帰ってきてねー」
アットホームといえば聞こえはいいが、社員数名で自転車操業しているつぶれないのがある意
味奇跡のような会社で俺は働いている。
毎日がスリリングだ。
午後1時を過ぎてようやく仕事にケリをつけ、ワクワクとドキドキの入り混じった気持で弁当
箱のフタを開いた俺は、ハァーーと大きくため息をついた。
焦げた魚を隠すように乗っかっている茶色い物体はほうれん草かなあ…。
クリームコロッケが爆発しているけど、味に関係ないだろうからまあいいや。
よくあることだよ、うん。あんな少ない給料でやり繰りしてるんだから大したもんだ…。
味付けの方は見た目ほどひどくなかった。
俺は三橋の弁当を残したことがない。
米が生煮えでなく、おかずが極端に甘かったり辛かったりしなければとりあえず俺は食える。
三橋は決して料理オンチじゃないと思う。
そうだ、今度簡単な料理の本を買ってやろう。
俺も三橋の手伝いをしたいから、俺でも理解できるくらいやさしく説明してある本にしよう…。
甘い妄想に浸っていると俺の回りにピンク色の空気でも見えたのか、社長が三白眼でこっちを
睨んでいるのに気が付いた。
俺は社長の390円弁当の空容器を横目でちらりと見てから、自分の弁当箱をそそくさとしま
い込んだ。
>>219 日々綱渡りな会社もなんとか倒産することなく、今年はなんと30日が仕事納めだった。
大晦日も正月も2日も、丸々三日間休みなんてどうしたことだろう?
さてはいよいよ仕事がなくなったのか…!
というのは俺の勘繰りで、大掃除の後には社長からみんなに「少しで悪いけど」と、餅代が手
渡された。
いやもうもらえるだけでありがたいから文句なんか言う筈がない。
俺はほくほくしながら足取りも軽く三橋の待つアパートへと帰った。
「あ、お帰りなさい」
ドアを開けるとほわんとした温かい空気と笑顔の三橋が俺を迎えてくれる。
これから休みの間ずっと一緒にいられるかと思うとついニヤけてしまうのは俺がスケベだから
だろうか。
三橋とまったりのんびりできるなんて本当に久し振りだ。
あっちの方も十二分に可愛がってメロメロにしてやろう。
このところ忙しくてあわただしくお互いを触り合うだけだったので、俺の気分は最高に盛り上
がっている。
三橋、覚悟はできているだろうな?明日の朝は起き上がれなくなったお前のために、苦手な料
理を頑張ってつくってベッドまで持って行ってやろうじゃないか。
俺のそんな頭の中を知る由のない三橋は、いつもと同じように俺の通勤カバンを受け取り所定
の位置に置いた。
「…ゴ、ゴハンにする?先にお風呂に入る?」
いつもは節約のためバラバラに入るなんてことはしないのだが、今日の三橋は新婚気分にでも
なっているのだろうか。
お前にする、とオヤジくさいことを言いそうになったが、それは後のお楽しみだ。
「あー、風呂にしようかな」
「わ かった!」
>>219>>220 テーブル兼用コタツで食事をし、洗濯機みたいなユニットバスにちんまり浸かるしかできない
俺たちがメシとフロどっちを先にする?なんてままごとみたいだけど、これはこれで面白かっ
た。こういうのもたまにはいいな。
走るまでもなく数歩で行ける浴室にいそいそと用意しに向かう三橋の後ろ姿は、このどこか不
安定で幸福な生活の象徴みたいだ。
俺は会社から拝借してきたスポーツ新聞を見ながら、戻ってきて夕食の準備を始めた三橋に心
からの感謝の念を送った。
「はーーっ、さっぱりした…」
熱い湯に浸かって一日の汚れを落とした俺は、さあメシだと居間に入ってギョッとした。
「…うぅっ、ひっく…」
三橋の泣き顔は随分久しぶりに見た。
俺が風呂に行っている間、一体何があったというのだろう?
「三橋、なんで泣いてんだ?どうかしたのか?」
「……ごはん…」
「は?」
「…ごはん炊けない…」
要するに炊飯器が壊れたらしく、メシが炊けなかったというだけのことだった。
今使っている炊飯器は俺が大学生の時に先輩から譲ってもらったもので、先輩はさらにその先
輩から譲り受けているからトータルすると何年使っているかわからない年代物だ。
「いい大人がそんなことで泣くなよ。鍋で炊けばいいじゃねえか」
「…オレ、鍋でごはん炊いたことないよ…」
「水加減間違ってなきゃなんとかなるだろ。ちょっとくらい固くてもやーらかくてもいいから
さ」
「…え、う、うん…やってみる…」
>>219-221 それから2人でガスコンロの前に張りつき、時計を見ながらメシを炊き始めた。
フタを取らなきゃ吹きこぼれるよ!とか、いや確かフタは取らないはずだとか、ぎゃーすか騒
ぎながら焦げくさい匂いがしてきたところで火を止める。
「だ、大丈夫かな…」
「焦げてても上だけ食えばいいさ。あとは蒸らせばいいんだろ?」
おろおろしながら鍋と俺を交互に見る三橋は、ずっと前出会った頃のこいつを思い出させた。
最近は結構しっかりしてきたけど、ふとした折に昔の卑屈ですぐ泣く三橋がひょいと顔を見せ
る。
こいつが自信満々で傲岸不遜になることはおそらく一生ないだろうな、と俺は三橋の傍らで過
ごした長い年月に思いを馳せた。
「おコゲ、半分ずつ だよっ」
さっきまで半ベソをかいていたとは思えないほど三橋はウキウキと弾んだ様子で茶碗にメシを
よそった。
最悪食えない状態を予想していたのが、逆になかなかの出来栄えとあっては浮かれるのも道理
だ。
「いただきますっ」
「…いただきます」
メシを炊くのにかまけて他のおかずは適当だったが、基本食えればいいのでその辺の突っ込み
はしなかった。
食事をしながら考え事をしていた俺は、口の中の物を飲み込んでから話しかけた。
「三橋、明日炊飯器買いに行こうか?」
今日はうまくできたが、毎回時計と鍋を睨みながらメシを炊くわけにもいくまい。
「炊飯器、あたらしい、の 高いよ」
「そのくらいは買えるさ。最新型は高いけど、型の古いのとか大して機能の付いてないのは1
万以下だ」
「それでも、高い…」
「三橋、電気製品はいつか壊れるんだ。必要経費だよ」
「そ…かな」