阿部「Departureから」

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604人気三橋と不人気三橋
三橋廉は、西浦高校の人気者だ。
勉強はあまりできないようだけど、野球部のエースで、それがすごく格好いい。
見た目は、男らしくはないけれどかわいい系で、性格は、どちらかというと控えめで誉められると顔を真っ赤にする照れ屋だ。人懐っこい笑顔で屈託なく笑うから女子にも男子にも受けがいい。
三橋が、試合に出るとなれば、練習試合でもクラスの生徒は応援に行ったし、三橋が教科書を忘れたら皆が教科書を貸したがった。
後輩達は、三橋先輩から挨拶されたら光栄そうな顔をして頭を下げたし、先輩達は、三橋のことを自慢気に他高の生徒に喋った。

「三橋って妙に人に好かれるよなあ」
ユニフォームに着替えながら水谷が言った。
「俺のクラスの奴も三橋のこと知ってるぞ。俺よく三橋のこと聞かれるww」
「あー、俺三橋が人気の理由わかる気がする」
「何々?」
「変な意味じゃないけど、三橋は、性格が素直で可愛い」
「……」「……」
水谷と巣山は顔を見合わせた。「可愛い」っていうのは男友達に失礼じゃないか?と思いつつも頷けるところがあったので西広の意見に二人は「確かに性格が可愛い」と納得した。
ちょうどそこへ三橋が入ってきた。
「あ、おはよう」
三橋があの人懐っこい笑顔を浮かべた。
水谷、巣山、西広は、「おはよう」とにへっと返した。

中学時代、虐められていた三橋廉を想像できる人はどこにもいない。
高校1年の春、なかなか野球部に溶け込めずに隅っこで座っていた三橋廉を今の三橋廉と同じ人物だとはとても思えない。
今、グランドで楽しそうにボールを投げている三橋は、昔と変わらず野球が好きだ。

三橋とキャッチボールをしながら阿部は思う。
三橋は別人のように変わったと。前のように意思疎通ができなくてイライラすることはもうない。
アホなのは変わらないけれど、目をそらしたり顔色を伺われたりすることはなくなり、笑顔をよく見せるようになり気の利いた冗談さえ言ってくるのだ。
阿部は、今の三橋ももちろん好きだったが、1年の頃の挙動不審で自信なさげにエースをやっていた三橋のことも好きだったので
昔の話を三橋にしたら珍しく不機嫌な顔をされた。それ以来昔話をするのはやめた。
(本人も昔のことなんて忘れてしまったのだろう)
あの頃の三橋廉を覚えてるのは、俺だけかな…?
そう思うと阿部は、少し寂しい気持ちになったのだった。
おわる