貝「三橋たんと握手!」

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659fusianasan
>>639
丑みは!丑みはじゃないかあああああ!!!!!

死にネタ、ピョア注意 保管なし







俺はじいさんの残した日記(と呼ぶにはあまりにも簡素で小さなノート)をパラパラとめくる。
神経質そうな、その割に留めと払いが豪快な字が一行二行と並ぶページに目を落とす。一文は短く、そして飾りのない言葉が並ぶ。まるで性格そのものを表しているようで、俺はうっかり声をあげて笑ってしまった。
ヘルパーのおばさんの咎めるような視線に俺は身を縮めて、陽があたって部屋を照らすように白いシーツが敷かれたベッドに遠慮なくどっかりと座る。
少し薄汚れてしまった表紙のノートは端が擦れて丸みを帯びている。物を大事に使え、食べ物を粗末にするな、とまるで戦前の人間のように口うるさく家族に説いていたじいさんはもう、いない。
この世にはいない人になってしまった。
一昨日の葬式で昔からの友人だという人たち(当たり前だけど、みんな年寄りだった)が、静かに涙をこらえているのを見た時は胸がぎゅうっと痛んだ。どんなに歳を重ねても、やっぱり親しい人の死は辛いんだ。
冷たくなったじいさんは箱の中からそれをどう思っているんだろう。
厳しくて甘やかされた記憶は全然ないけど、俺が小学校のリレーでアンカーに選ばれて、ごぼう抜きしたときは本気で喜んでくれた。涙ぼろぼろ流して。
見えないけど、きっと今もじいさんは涙を流してるんだろうって思った。
「おんなじ日に死ぬなんて、お前らいつまでバッテリー組んでんだよ」
一番元気そうな(田島さん、って言ったかな)じいさんがちょっと笑って冷たい手をさすっていた。
バッテリー。
そう、うちのじいさんは高校野球をやっていて、その時に運命のピッチャーと出会ったって何度も聞かされた。
子供のころは分からなかったけど、今自分が高校生になってやっとその意味が分かる。
こんな歳で運命を感じるなんてそう滅多なことじゃない。それだけすごい出会いだったんだろう。同じ日に死んでしまった三橋、という人との出会いは。

ふと顔を上げて窓の外を見ると、のどかな田園風景の先に赤い電車が滑るように走っていった。
660fusianasan:2008/10/07(火) 03:19:53
>>659
死にネタ、ピョア注意 保管なし





冒頭は天気から。
今日は晴れた。今日はあいにくの雨。そんな言葉が一ページ続いて、ようやく次のページから日記らしくなった。

<今日から同じホームに三橋が来ることになった。いろいろ手配してくれたシュンに感謝。>

シュンとは、じいさんの弟のシュンおじさん。年齢よりも若く見えて、けっこうもてるんだ。

<昨日はたくさん三橋と話をした。高校のときに離れて、今までのこと。お互い結婚をして俺は子供ができたが、向こうは出来なかったらしい。ここに来ることになったのも妻との死別が理由だった。>
<一人暮らしでは不安だというので、病院付きのホームを探していたとのこと。シュンはどうやって情報を聞きつけたのか知らないが、ここを紹介した手際は素晴らしい。>

心なしか字が力強い。やっぱり運命の友人が近くにいるっていうのは精神的によかったのかもしれない。

<この歳になると、若い時の記憶はやけに鮮明に思い出してしまう。あの頃熱かった自分の行いが恥ずかしく、だが周りが見えなくなるほど夢中になるという経験をしたことが人生の財産になったことは確かだ。>

こっちが恥ずかしくなるような言葉が並ぶ。それでも俺は日記に目を通し続ける。

<昨日の夜、夢を見た。高校の頃の自分と三橋がいて、珍しく言い争いをしていた。多分高校三年になったばかりのことだったと思う。>
<頑固な三橋を黙らせるために襟首をつかみ上げ、怯えて目を反らす態度にイライラと興奮が入り混じり、俺は事もあろうか三橋を押さえつけて口づけをしてしまったことがあった。>
<今ならば言葉で諭すところだが、若かったせいで言葉よりも手が先に出てしまった。たった一度きりのことだった。三橋は泣きそうな顔で何も言わずうなだれた。>
<その後誰にもそのことについて口を開くことはなく、まるでなにもなかったかのように日々は過ぎた。こうして夢で見てしまうのは、自分に罪悪感が残っている証拠なんだろう。>
<三橋は思い出したりしなかったか。あいつは忘れてしまっているだろうか。だが、同じ秘密を抱えてくれた三橋に感謝。>
661fusianasan:2008/10/07(火) 03:21:54
>>660
死にネタ、ピョア注意 保管なし






俺は思わず周りを確認する。ヘルパーさんも忙しく、他の部屋に回ってしまった。俺はたった一人で肉親の重大な秘密をカミングアウトされてどうしたらいいか分からない。まさかじいさんが友人と(しかも男と)キスしちゃったと言われても、受け止めようがない。
とりあえず文を目で追う。

<今日で三橋が来て3ヶ月になる。今まで幸せだった。そして今も幸せだ。口に出すことは恥ずかしくてできないが、運命の相手と出会わせてくれた神様仏様に感謝。>

「おーい、そっちの荷物は片付いたかー?」
シュンおじさんの声がする。粗方は車に乗せ終わったが、小物なんかは大きなビニールバッグにごっそりと入れたままだ。
俺は日記をゆっくりと閉じる。
ホームでの二人の話はヘルパーさんに聞いていた。
どこか鈍くさい三橋さんに口うるさく指示ばっかしてたけど、いつも二人でいたそうだ。そして怒鳴られると、三橋さんは頭をすくめながらも嬉しそうに笑うと言っていた。
何度か会ったことがあるけれど、温和な笑顔でいつも迎えてくれて、俺の頭を愛おしそうに撫でてくれた。三橋さん曰く「おじいちゃんに、すごく、よく似てる、ね」だそうだ。
そのそばで仏頂面のじいさんは「俺はもっとイケメンだった」なんて言ってたっけ。
イケメンって昔流行った言葉なのかな。

俺はずっしりと重いビニールバッグを持つ。
日記は三橋さんのお墓に入れてあげたいけれど、二人の大事な秘密がこの世に残るのはじいさんの心残りになってしまって、化けて出てきてしまうかもしれない。
庭で焼却処分しようと小さなノートは俺が隠すように持った。

真っ青な空の向こうにいる二人に俺は手を振った。

終わり