俺「オラオラ!ウグイスのウンコ顔に塗ってやんよ」

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690fusianasan
「ただいまぁ」
前髪が伸びてますます似てきたと周りにからかわれ「いっそ坊主にすっかな」と半ば以上本気で考えている髪を掻いた。沁み込んで体温にぬるまった雨の雫が、こめかみから顎まで伝って気持ち悪い。
帰宅してすぐ目に留まったのは、見覚えのある二足のスニーカー。色違いの同じ型。きちんと踵の揃った赤色と片方が倒れたまま適当に脱ぎ捨ててある黒色。どちらも少し湿っている。
さっさとタオルで拭うなりシャワー浴びるなりしてすっきりしてしまいたいのに。
「来てんのか…」
このまま踵を返して逃げ出したい。それが一番の得策だ。ダチの家に転がり込んで2、3時間でも時間を潰せば…、とぐるぐる考えをめぐらせかけて見下げた視線が、ぐっしょり濡れて肌に張り付いたズボンに落ちる。
軽く足踏みすればクシュッと濡れた靴の中で泡が潰れる音がした。
こんな濡れ鼠で転がり込むわけにはいかないか。どっちにしろいっぺん着替えないとこのままじゃ風邪ひきそうだ。なにより、
「…濡れちゃうし」
汚い練習着やアンダーと一緒にエナメルのスポーツバッグに詰めるのは気がひけて、ハンカチに包んで鞄に入れた封筒を指で探ってみる。すこし湿気を吸ってふやけてる気がした。
渡された時にそれからフワッと馨った花の匂いを思い出して、口の端がむずむずしてしまう。
生まれて初めて貰ったラブレター。
今時、こういう告白の仕方をする子がいるんだ、と感心していられたのは渡された瞬間だけで。すぐにこめかみから首筋までカーッと熱くなった。見下ろした相手も、頬どころか丸くて形のいい綺麗なおでこまで全部火照らせて俯いていた。
前髪の隙間から覗く、ぎゅっと閉じて震える瞼と睫毛が可愛かった。
「うー…、くっそ、やべぇ」
思い出したらまた顔が熱くなってきた。
俺みたいにちんちくりんな小猿でも一生懸命やってれば見てくれる人は見てくれるんだな…。
こないだの試合でレギュラー入りできたのがデカいんだろうけど、メルアドとか聞かれたりしたけど、でも、手紙とか…手紙とか…ねえよな!ふつうな!
みんなもっと簡単にくっついたり離れたりしてるって!手紙…手紙は…、ない。ないよ。手渡しとか。あんな顔中、耳の先まで真っ赤にして精一杯とか…、うおあああああああ!どうしようっ!!!
みっともなくダレダレに弛んでいく顔を両手でゴシゴシ擦って、花咲き乱れ桃色の点描が舞い散る頭をぶんぶん振る。
二つ並んだスニーカーを玄関の隅に蹴りやって、できるだけ離れた場所に靴を揃える。フローリングに足を付けた瞬間、ぐちゃっ、と嫌な感触をさせた靴下を脱いでスポーツバッグの中身と一緒に洗濯機に突っ込んだ。
抜き足差し足忍び足で兄ちゃんの部屋の前をやり過ごし、部屋から着替えを持って出てみるとさっきまでしっかり閉じていたはずの兄ちゃんの部屋の扉が5センチほど開いていた。
細く灯りが漏れる隙間からは人の気配がして、案の定「…っんぅ、あっ、あぁっ…、っ」と淫らがましい喘ぎ声がして…。

耳 が 汚 れ る 。

着替えを抱いたまましっかり目を閉じて一気に階段を走り降りた。
二階から「シュン!うるせえぞ!!」と親の留守に義務教育中の弟が帰って来たにも関わらずハレンチ三昧、知られてるからって開き直ってろくすっぽ声も憚らず男と乳繰り合うハレンチな恥兄の怒鳴り声が響いた。
貴様にだけは説教されたくない!!!
「やめやめ、変態バカッテリーのことなんて無視無視」
冷えた身体に熱の篭った風呂場の温度は気持ちよかったが、あからさまに使った痕跡の見られるのに暗澹とした気分になる。おそるおそる覗き込んだ排水溝に茶色の縮れ毛を発見し、顰めた眉がピクッと引き攣る。
せっかく浮上しかけていた気持ちに冷水を浴びせられた気分だ。