【Without a Trace】ダニー・テイラー萌え【小説】Vol.16
Super!Drama TV、NHK BS-2で放送されていた「FBI失踪者を追え!」
ダウンタウン出身ダニー・テイラーを元にしたエロネタ小説のスレ
現在、書き手1と書き手2にて創作中。
新しい書き手の参加も大歓迎です。
ダニー・テイラー役、Enrique Murciano HP
http://www.imdb.com/name/nm0006663/
[約束]
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・荒らしと叩きは相手にしないようにしてください
・アンチを見つけてもスルーしてください
[注意書き]
同性愛的要素、過激な描写を多く含みますので、不快を示す方は閲覧をお控え下さいますようお願いします。
これらを理解してストーリーを楽しんで下さる方のみ閲覧お願いします。
注意事項を守らず不快な思いをされてもこちらは一切責任を負いません。
あくまでも自己責任・自己判断でお願いします。
すると電話が鳴った。
「はい、テイラー」
「俺だよ、アル・オブライエン」
「え、パブのアル?」
「そうだ。ダニー、お前大丈夫か?」
「何で知ってんねん」
「うちにFBIが来たからさ。お前が帰った時間を確認して帰ってった。
ちゃんと食ってるか?お前んちなら出前に行くぞ」
8 :
書き手1:2008/08/29(金) 23:44:53
「ありがと、今日は友達がデリ持ってきてくれて、ちゃんと食った。
それに、俺、歩けるからお前の店に行けるで」
「無理すんなよ。何でも言えよ。お前はとにかく俺の命を救った恩人なんだから」
「もう前の話やん」
「一生忘れないもんだぜ、そういうの」
「そか、ありがとな」
「とにかく俺を頼れ。まぁ、頼りにならないパブの店主だけどさ」
アルは笑った。ダニーもつられて笑った。
「そんじゃ、明日、店に行くから、美味いもん期待してるで」
「おぅ、出前も忘れるな」
「わかった。おやすみ」
「おやすみ」
2人は電話を切った。
ダニーは1週間で復帰した。
コルセットで上半身が自由に動かせないので、当面デスクワークだ。
早速「組織犯罪捜査班」の取り調べを受けた。クリスが担当だ。
「またお前とスネーク・ジョーか。偶然が重なりすぎる」
クリスも首をかしげている。
「俺もわからへん。何で俺なのか」
「お前の親父さん、隠し子いなかったか?それがスネーク・ジョーとか?」
「そんなん、11歳で死別した俺にわかるはずないやん」
「そうだなー、兄貴は?」
「すぐ家出たからわからへんと思うで」
「一応、刑務所に尋ねてみてもいいか?」
「ああ、よろしく言うてくれ」
「了解」
10 :
書き手1:2008/08/31(日) 00:15:37
すぐに取り調べは終わったが、
これで局内でもさらに自分とスネーク・ジョーの間柄に対するマークがきつくなるだろう。
クリスが友達で本当によかったと思った。
まぁ、黒と決まったら容赦ないだろうが、黒のわけがない。
マーティンがチャイヤのランチを買ってきてくれた。
大盛りになっている。
「サンキュ。わー美味そうやわ」
「右側のおかず、韓国のキムチと豚肉を炒めたんだって。感想聞きたいみたいだったよ」
2人は早速食べてみた。
「美味いやん」
「うん、唐がらしと酸っぱさがちょうどいいね」
「明日、感想伝えてくれへん?」
「いいよ。でも、明日もチャイヤでいいの?カフェ行かない?」
「やー、俺、ちょっと今月、財布がやばいんや。ごめん」
「そうなんだ。わかった」
11 :
書き手1:2008/08/31(日) 00:17:08
毎日のデスクワークは、ダニーにとっては地獄のようだった。
早く現場に出たい!その気持ちだけがダニーを突き動かしていた。
ダニーの状態もかなり回復してきた頃、マーティンが、ランチを食べながらこう言った。
「ねぇ、今晩さ、外食しない?」
「ん?俺、高いとこ、割り勘無理やで」
「大丈夫。僕とジョージが奢るから」
「え、お前とジョージ?」
「うん、3人で食事?どう?」
「・・ええけど・・」
「ジョージのリムジンが8時に迎えに来るからね」
ランチを食べ終わったマーティンはデスクに戻ってしまった。
ジョージとマーティンと俺?
いったい、どんな話やろ。
ダニーは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
12 :
書き手1:2008/08/31(日) 00:18:53
8時になって1階に降りると、プラザの角にストレッチリモが停まっていた。
ダニーが早く歩けないので、マーティンもゆっくり歩いて、リムジンに乗り込んだ。
「ダニー、びっくりした?」
ジョージがにこにこしている。
「うん」
「食事しながらゆっくり話すよ、ねー、マーティン?」
ジョージはマーティンに同意を求めた。
マーティンも笑いながらうなずいている。
一体どうなっているんだ?
場所はチェルシーの「クレマ」というメキシカンレストランだった。
6年間ザカットで高評価を得ている有名店だ。
3人は奥の目立たない席に通された。
13 :
書き手1:2008/08/31(日) 00:20:14
「じゃあ、まず自家製サングリアは?」
ジョージが尋ねる。
「賛成!」
マーティンが言うので2対1だ。
前菜は取り分けられるチキンとチーズとガッカモーレのキャセロール。
それにコーン・トルティーアがついてくる。
メインはジョージがシーバス、ダニーがチキン、マーティンがポークを選んだ。
それぞれに合わせたチリやガッカモーレ、ライスがついてくる名物の大皿料理だ。
14 :
書き手1:2008/08/31(日) 00:22:21
「それで、話って何?」
ダニーはドキドキしながら尋ねた。
サングリアを飲みこむ音が大きく響く。
「僕とマーティン、仲よくなることにきめたの。ねー?」
マーティンがうなずく。
「同じ人のこと好きなのに、いがみあう必要ないっていう結論に至ってね、そうすることにした」
マーティンも言う。
「今まで、ダニーんとこにダニーの体を拭きに行ったのも、二人で順番決めてたんだ」
「でも3Pは期待しちゃだめだよ。そういう変態プレイはしないの」
「もう僕たち3回も一緒にディナーに行ったんだ。で、気が合うことがわかったんだよ」
マーティンが言う。
「だから時にはこうやって3人でディナーしたりするの、どう?」
ダニーは度肝を抜かれ、「わかった」としか答えが浮かばなかった。
Enrique Murciano IS GAY!!!
dove
ダニーはアルのパブでディナーを食べていた。
今日は子羊すね肉のポトフだ。
「どうした、ダニー、今日は静かだな」
アルがグラスを拭きながら尋ねた。
「うーん、それがな、俺、二股男やったやん」
「ああ、粗大ゴミな」
「それが、彼女同士がえらい仲良くなって、競いあうのをやめるんだと」
「はぁ?お前を共有するって意味か?」
「どうやらそうらしい」
「何だか変態じみた話だぜ。それで、あれとかやるのか、3P?」
17 :
書き手1 :2008/08/31(日) 23:23:04
アルは3Pだけ小さい声にして尋ねた。
「そういうのはやらないんやて」
「なんだ、3Pは男の理想のセックスなのにな・・」
「アル!」
「まぁ、俺にはますます分からない。お前の彼女たちって、もしかしてレズか?」
ダニーははっとひらめいたが、「いや、違うと思う」と答えた。
「現実は小説より奇なりだな。俺の理解の範囲外だ」
アルは肩をすくめた。
18 :
書き手1 :2008/08/31(日) 23:24:02
ダニーは家に戻って、ベッドに寝転び考えていた。
マーティンとジョージは生粋のゲイだ。
女性経験があるかは知らないが、全く女に興味がない。
同じ属性に属しているといえる。
その上、2人とも性格が穏やかだ。2人に共通項が多いのだ。
短い期間で仲良くなったのも頷ける。
ダニーは、これからどうなることかと思いながら、シャワーを浴びにバスルームに入った。
19 :
書き手1 :2008/08/31(日) 23:25:01
ろっ骨治療の間、特別に自宅から支局までのタクシー手当が出ることになって、
ダニーはタクシー通勤をしていた。
それも今週で終りだ。
来週からは完全な通常勤務に戻る。
スネーク・ジョーのことがずっと気になってはいたが、組織犯罪捜査班も何もつかめていないようだ。
不気味な影におびえていても、意味はない。
ダニーは、平常心で臨もうと思った。
ダニーはデスクでPCに向かい、自分の銀行残高を見て溜息をついていた。
やはり先月のLA滞在が大きな出費になっている。
ダニーは仕方なく予備で預金している口座から、普通口座に$1000を振り替えた。
「ダニー、ご飯食べにいかない?」
マーティンが声をかけてきた。
「や、俺、今日もチャイヤの食うから」
「相当お気に入りなんだね。じゃ、僕もそうする。買ってきてあげるよ」
「すまないな」
マーティンには、何度言っても、ダニーの財布がピンチだというのがピンとこないらしい。
いかにも金銭に苦労したことのない坊ちゃんだ。
21 :
書き手1 :2008/09/01(月) 22:42:41
2人でスナック・コーナーでランチボックスを食べていると、ボスが飲み物を買いに通りかかった。
「お、変態コンビ、それが噂のランチボックスか」
珍しそうに眺めている。
「ボス、もう、そのネタは古いっすよ。これ、まだ食べてはらないので?」
「そうなんだよ、サマンサにランチを頼むんだが、ここのランチと指定しても、これだ」
ボスは手に持っているヴェジタブル・フォカッチャを見せた。
「健康を心配してるんですよ、サムは」
マーティンがフォローに出た。
「だが、私は食べてみたいんだ」
「じゃ、明日、こっそり買いに行ってきます」
「おお、マーティン、ありがとう」
ボスは上機嫌で去っていった。
「完全に尻に敷かれてるな」
「サムだからねー」
22 :
書き手1 :2008/09/01(月) 22:44:27
そこへ、ダニーの携帯が鳴った。見たことのない番号だ。
「はい、テイラー」
「あ、俺、ホロウェイ。困ったことになった。弁護士のギルに拘置所に来てくれるように頼んでくれないか?」
「はぁ?拘置所?お前、何した?」
「モデルを殴った」
「何か裏がありそうやな。ギルに電話するわ、どこの分署や?」
ダニーはメモを書いた。すぐにギルに電話する。
「よぅ、ダニーか、久し振りだな?要件はなんだ?」
「フォトグラファーのニック・ホロウェイがモデルを殴って拘置所にいる。引き受けてくれへんか?」
「あのニックか?」
「そや」
「わかった、拘置所の場所は?」
ギルはすぐに動いてくれたようだ。
保釈金10万ドルで、ニックがパーシャの家に現れた。
23 :
書き手1 :2008/09/01(月) 22:46:36
ダニーもギルもジョージも集まって、話を聞くことにした。
「僕がいけないの!」
パーシャが泣きながら訴える。
「お前はひとつも悪くないよ」
ニックがパーシャを抱きしめて慰める。
話はこうだ。
最近の白人モデルランキングでパーシャが次々に古参のモデルを抜いてランキングを上げている。
特に彼がステージでターンする時の優雅さはソシアルダンスのターンそのものだ。
それを最前列で見たいとリクエストするジャーナリストもいるらしい。
24 :
書き手1 :2008/09/01(月) 22:48:45
今週から始まっている「NYファッション・ウイーク」で、
今まで人気NO.1だったモデルが、わざとパーシャの衣装の順番をめちゃめちゃに変えてラックにかけた。
どこかおかしいと感じながら、パーシャはその順番のままでショーに出たが、
演出が乱れたとデザイナーに大目玉を食らった。
悔しくてパーシャはニックにその話をした。
ニックは知り合いのモデル全員に電話をかけ、ラックを動かしているモデルをつきとめた。
そして翌日、違うショーに出ていたそのモデルを楽屋でノックアウトしたということだ。
25 :
書き手1 :2008/09/01(月) 22:50:54
争点は、ニックが保険がかかっているモデルの顔を傷つける暴力行為を行ったこと。
その賠償金の争いだった。
ギルが言った。
「ニックから聞いたんだが、パーシャは知能発達障害なんだろう?」
パーシャがうなずいた。
「これを使ったらまずいか?」
ニックは苦い顔をした。
するとパーシャがこう言った。
「僕、小さい時から頭がゆるいってずっと言われて、いじめられてきた。
でも僕は、そんな僕が嫌いじゃない。モデルでがんばりたい。
同じ病気の仲間たちにできることを示したい」
ニックはぎゅっとパーシャを抱きしめた。
「お前、そういう風に考えてたのか。俺はお前を誇りに思う」
ギルは「これで勝ったも同然だ。じゃ、あさって11時に裁判所で」と重そうなかばんを持って出て行った。
裁判は圧勝だった。
ニックの粗野でぶっきらぼうな雰囲気を不快に感じていた陪審員の多くが、
証言台に登場したパーシャの言葉に心をわし掴みにされた。
検察側は、パーシャの知能発達障害のパンチを食らって、あたふたし、自滅した。
評決は「無罪」となった。
「ねぇ、not guiltyってどういう意味?」
ニックに尋ねるパーシャに「俺は無罪ってことだよ」と優しく答えた。
パーシャはニックをぎゅっと抱きしめた。
「ギル、ありがとう」ニックが握手を求める。
「私は負けなしだから、今度もこういう楽勝案件なら引き受けるよ」
ウィンクをしてギルは去っていった。
27 :
書き手1 :2008/09/02(火) 22:53:47
裁判所の外にはマスコミがたくさん押し寄せていた。
「パーシャ・コヴァレフさんは知能発達障害なんですか?」
ニックが追い払おうとすると、パーシャがマイクに向かって昨日と同じことを言った。
2人はリムジンにやっと乗り込み、パーシャの家に戻った。
TVでは早速今日の裁判の結果をニュースで流していた。
カメラ写りのいいイケメン2人の、とりわけパーシャのインタビューは何度も流された。
キャスターも「同じ障害を持つ人たちに勇気を与える言葉でしたね」と好意的なコメントを流していた。
28 :
書き手1 :2008/09/02(火) 22:55:02
ニックとパーシャがリビングのソファーでいちゃいちゃしていると、チャイムが鳴った。
TV画面を覗くと、ジョージとダニーが映っている。
「おめでとう!やったな!」
ダニーはニックと強いハグをした。
ジョージもパーシャとハグしている。
「パーシャ、えらかったよ。すごく立派だったよ」
「でもさ、本当は、いじめのしかえしっていけないことなんだよね」
パーシャが言ったので、みな大笑いした。
29 :
書き手1 :2008/09/02(火) 22:56:45
「確かにいじめのしかえしはよくないな。でも、ニックはお前のプライドを守ったんやで」
ダニーが言うと「ニックは怒りんぼさんだから、時々ああなる。
言葉もね「Fuck」とか「Shit」とかたくさん言うよ。
こういう言葉はジョージが作ってくれた「言っちゃいけないリスト」の言葉なんだよ」とパーシャが答え、
またみんなが笑った。
ダニーが「お前、まさかパーシャを怒りつけたりしてないやろな」とけん制した。
「するわけないだろ、こいつは俺の天使なんだから」
ニックがパーシャをひざに乗せて頭をなぜると、パーシャはニックの胸に顔をこすりつけた。
30 :
書き手1 :2008/09/02(火) 22:57:54
ばつが悪いニックが話を変えようと、「いい匂いするなー」と言った。
「あ、ロシアン・デリで、たくさん買ってきた。今日は祝杯だよ!」
ジョージが紙袋を持って、パーシャのキッチンに入って行った。
パーシャも後を追う。
前菜はボイルタンにきゅうりのピクルスにサラミの盛り合わせだ。
山盛りのピロシキと水餃子のペリメニ、ロールキャベツにボルシチをメインに選んだ。
「美味しいねー」
パーシャがにこにこして食べている。
31 :
書き手1 :2008/09/02(火) 22:59:03
すると電話が鳴った。ジョージが代わりに出た。
「あ、アイリス。うん、今、みんなで祝杯。え、それは助かると思うよ。
TVのトークショー?それはどうかな、聞いてみる。返事、明日でいい?」
電話を切ると、ニックが「アイリスか?」と尋ねた。
「うん、これから、パーシャの楽屋にパーシャのアシスタントをつけるって。
介護士の資格持ってる人だって。今回みたいな事件がないように。
あと、TVのトークショーの出演依頼が来てるっていうけど、ニックどうする?」
「どんな内容なんだろうな。俺がTV局と打ち合わせてもいいだろうか?」
「いいと思うよ。明日、アイリスに言っとく」
32 :
書き手1 :2008/09/02(火) 23:01:40
ジョージがピロシキをほうばっているパーシャに話した。
「パーシャ、これから、パーシャにアシスタントさんがつくんだって。よかったね」
「本当?じゃ、これから、靴がなくなったりすることもないんだね?」
皆は、はっとした。
「パーシャ、靴がなくなったりしたこともあったんか?」
ダニーが尋ねる。
「うん、何度もあった。よかった。裸足でステージに出たこともあったから」
ニックは、パーシャを強く抱きしめ、「もう、そんなことは絶対ないからな」と言った。
書き手1=おせち=メンヘルさん=チューハイ=鳩さぶれのやおいエロ小説っす。
Q.鳩さぶれってどんな人なの?
A.
ホモネタ大好きの腐女子、ねたばれも大好き、人の話を聞かない、
スレ違いはお構いなし、スルーしないで噛み付く、ああ言えばこう言う、
揚げ足取りの名人、連投・自演は当たり前、責任転嫁はお手の物、
人一倍書き込みミスが多いが、他人の書き込みミスを人一倍指摘する、
そして何より、鳩さぶれ本人が嫌われる事をしているという自覚がない。これが鳩さぶれクオリティ
はと‐さぶれ【鳩さぶれ】
一つの事に異常に執着し、病的な態度を示す人。メンヘラー。自演狂。じえんきょう。
鳩さぶれー
・FBI初代スレ、ダニー萌え腐女子としてダニー萌えとホモ妄想を垂れ流す
・ダニー萌えスレが立つが、ホモエロ小説を書いて叩かれ自演、自爆、別名自爆たん(名作その1)
PINK鯖に移るが、また自分のファンを装って自演、自爆(名作その2)
ホモエロ抜きダニー萌えスレが立つが、鳩さぶれしか書き込まず過疎化
相変わらず本スレで暴れるが、本スレにはいない設定
[ダニー萌え腐女子はもう本スレにいない][アンチウザ]
・初代から暴れていたダニー萌え腐女子=書き手1が鳩さぶれと発覚
チューハイ(地図に載っていない米軍施設の軍属、男性)、女子学生、
メンヘルさん(心療内科通院中)、鳩の知人等が擁護に来るがgdgdで自爆
・ダニー萌えのネカマ(自称ゲイ)が登場すると、「リアル隔離」「ダニマーの日本版」と
舞い上がって本スレでチャットし、ネカマの初体験話やセックス話に興奮する
・両親がいない孤独な正月に、有名料亭のおせちを頼んだことから「おせち」と名乗り始める
・鳩さぶれ≠おせち≠書き手1、お互い別人で面識が無い設定
おせちは書き手1の文才に憧れている
[鳩さぶれは2chにいない][書き手1/おせちさんは本スレにいない][アンチウザ]
・鳩さぶれ=おせち否定中
本スレにはいない設定
書き手1として毎日怠らずホモ小説更新中♪
鳩さぶれ自演キャラクターズ
ダニー萌え腐女子・書き手1・鳩さぶれ・おせち・女子学生・メンヘルさん・チューハイ・・・・
・ダニー・テイラー、エンリケ・ムルシアーノ萌え
・エンリケ・ムルシアーノはゲイでホモ
・繊細なゲイが大好物、ゲイは繊細っていうでしょ?
・メンヘルって思われて社会人の落伍者の刻印を押された気がして落ち込んだ
・外部サイトや隔離にグルメ情報を満載してるのにメンヘラだとか言われるのが気に入らない
・病気の人が管理人なんか出来るわけないし他人からも副管理人頼まれるわけない
・エンリケ情報日本一、WATの第一人者を自認
・自分が某外部サイトの管理人になってから住人が増えている
・自分が管理人やめたら、前の人がやってたような過疎サイトに戻るだけ
・要するに英ペラで外資で管理職が管理人やってるのが気に入らないんだと思う
・外部サイトの人は2chを見てない、2chを怖がってる
・今はまったく2chを気にしていません、支えてくださる強い味方ができたから、その方はペルーの人
・自作エロ小説は「文才がある」と自演キャラクターズに言わせる自信作
・この世知辛い世の中で、ダニーの存在だけが生きる支え。
鳩さぶれ名作その1
7779 :書いていた人:2005/07/01(金) 00:12:12 ID:nsRPx1UV
もうお好きにお書きください。
あちこちで規制されまくっているので、
2chから去ります。
一人の書き手を葬り去ったということを
お知らせします。
781 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:16:16 ID:???
なんか集団イジメみたいで2チャンの嫌な面を見た気がした。
自主規制も大切だろうが言論の自由も同時に大切なのでは?
みなで「書いていた人」をはじき出して、何が面白いのだろう。
なんだかかわいそうになってきた。
続きも読みたいし。
797 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:30:23 ID:???
こんどはいじめてた相手が
>何被害者ぶってるんだろう・・・
だってさ、偽善者!
804 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:34:49 ID:nsRPx1UV
>>802 ほらイジメ根性まるだし。
ここの住人ってタチ悪いね。
「書いてる人」がかわいそうになってきた。
807 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:36:07 ID:???
自演発覚キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
809 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:36:42 ID:???
ああ、自作自演しました。
すみません。
これが初めてっす。
814 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:41:30 ID:???
>>809 >これが初めてっす。
ウソつけ!!m9(^Д^)プギャーーーーー!!
816 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:44:18 ID:nsRPx1UV
これが初めてなのは本当です。
ROMってました。
自分にどれだけ読者がついているのか
どれだけたたかれるのか
見てみたかっただけです。
もう2チャンネルにはきませんの
皆さん、ご安心めされ。
だから、これ以上いじめないでください。
817 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:46:11 ID:nsRPx1UV
それこそ、2チャンネラーの良識を信じています。
お願いします。
818 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:46:52 ID:???
腐女子による擁護レスらしきものが一切消えたな。
やっぱり全部(ってわけでもなさそうだがほとんど)一人でやってたのかな?
819 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:46:58 ID:???
>>816と言いつつ、30分後にはまた自分擁護レスを書くに1000万ダニー
821 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:48:50 ID:???
自演はショックだったけど、あの文才は楽しめました。
ぜひ、どこかで続編を公開くれますように〜。
824 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:49:56 ID:???
自演でも何でもいいじゃないですか。
読者の1人として、続きがぜひ読みたいです。
827 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:51:10 ID:???
自演するなんて、信じられんな。
むなしくならんのだろうか。
828 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:51:12 ID:nsRPx1UV
>>820 真摯なご意見ありがとうございます。
どこかで公開したいと思っています。
まぁ、2chのどこかをお借りすることもあるかと思います。
ここより優しい場所で。
831 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:52:40 ID:nsRPx1UV
全てを自演と決め付ける冷たい場所なんですね。
ヒラテ打ちを沢山受けた思いでいますよ。
バンバンバーン。
834 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:53:49 ID:nsRPx1UV
ERスレはグリーン先生あぼーん以来興味がないです。
今は惰性で見ているだけ。
36 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:54:48 ID:???
こんなとこで自分達の異常な性癖を一生懸命正当化してるなんて信じられん。
どういう神経してるんだろう?
837 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:54:59 ID:nsRPx1UV
2チャンネルしか場所が見つからないからです。
っていうか、いちいち揚げ足とって、周囲の人から
嫌がられていませんか?
838 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:55:19 ID:???
ID:nsRPx1UVがどんどん本性を現し始めてきた件
842 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:56:46 ID:nsRPx1UV
>>835 初めて建設的な意見をいただきました。
ありがとうございます。
女に二言も三言もあるのを知らないのは、
経験が少ない証拠ですね。
エロパロ板をたずねてみることにします。
ありがとうございました。
844 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:58:18 ID:???
いじめて、反論してくるとウザーで片す
そういう態度って卑怯な気がしますが、
どうでしょう?
846 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:59:23 ID:???
>>844 一方的に自分たちに否がないと思い込んでるのも卑怯な気がします!
847 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:59:31 ID:???
てかこいつ相当精神年齢低いんじゃねえの?
848 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:59:53 ID:???
本当、これって集団いじめの縮図だと思う。
特に匿名だから悪質。
名乗ってから意見いえ。
やっぱりプーのヒッキーがねたんで叩いてるっていうのが真実なんじゃないの?
どうやら、ヒッキーでプーで英語できない厨でフランス語できない厨が
叩いているらしいから。どんな顔下げて鳩に文句言いにいくのか、すごく知りたい。
いや、自分は今日ぐぐってみて印象ががらっと変わった。鳩はWATが好きで、
エンリケが好きなファンなんだって。
エロゲイ小説書いてるのが嫌いなのかな。そんな人いくらでもいるのに。
MarXXだって妄想劇場書いて一般公開してるじゃん。鳩は隔離スレでしょ。
違いは何?
確かに海外のファンフィクも面白いのが多い。
あと、日本でもひそかにWATのファンフィクやってる人がいて
それも面白い。
役者(マーティンの中の人)は「とんでもない内容のファンフィクがあったり
するから、読まないんだ」と言ってる。役者の見解はそんなもの。
おせち=鳩自演自賛♪
私も鳩=書き手1=おせちと書かれてびっくりしました。
鳩さんとは違うと何度も言ってるのに信じてもらえないんだなぁと
悲しかったです。
書き手1さんみたいな文才は正直あったらいいなと思います。
おせちです。今日は忙しかったの?
私も、今まで隔離にいたんだけど、今日は切なかったわ。
私の方は、隔離に載ってたチミチュリ・チキンを作ったりしたの。
ぐぐったらエシピが出てきたから。彼も喜んでくれたわ。
作るのに本当手がつりそうになったけど、肉食の彼は喜んでくれたわ。
私は隔離のマネしただけだから、お礼は書き手1さんにどうぞ。
今日、隔離読んでたら、ちょっと子供が欲しくなったの。
書き手2
「801は初めて」、当直の暇つぶしにホモエロ小説を書き始める
毎日怠らず更新していたが、鳩さぶれ=書き手1発覚後、更新滞り中
>いつもの書いてる人とは別人なんですが、ちょっと書いてみました。
>キッチンからオリーブオイルを取ってくると、ダニーのアナルにそっと垂らした。
>やさしく出し入れしながらこねくり回すマーティン。
>「そんなにいいのかい?中指も入れてあげるよ」
>「あ、あっー、あふぅ、んん」
>801は初めてなので、おかしいところがあるかもしれません。
>当直の時は暇なのでちょっと書いてみました。ヘタなので恐縮なんですが。
>いつかまた続きを書けたら載せたいと思います。(当直って結構退屈なんで)
書き手2の初エロ
386 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 03:01:57 ID:???
いつもの書いてる人とは別人なんですが、ちょっと書いてみました。
つまらなかったら申し訳ないっす。
392 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 03:06:34 ID:???
キッチンからオリーブオイルを取ってくると、ダニーのアナルにそっと垂らした。
「なるべく痛くないようにするから」
「やめろや、マーティン。オレはイヤなんや」
マーティンはオリーブオイルをまぶした人指し指をそっと差し入れた。
「あぁー、うっうぅ」
やさしく出し入れしながらこねくり回すマーティン。
「そんなにいいのかい?中指も入れてあげるよ」
「あ、あっー、あふぅ、んん」
395 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 03:10:26 ID:???
801は初めてなので、おかしいところがあるかもしれません。
スレ汚しスマソ
403 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 22:36:06 ID:???
>>397 こういうのは初めて書いたのでうまく書けたかわかりませんが
感想をいただけて嬉しいです。
当直の時は暇なのでちょっと書いてみました。ヘタなので恐縮なんですが。
いつかまた続きを書けたら載せたいと思います。(当直って結構退屈なんで)
174 :書き手1:2005/08/22(月) 23:57:23
マーティンは首輪プレーに突入していた。今日はお願いして痣がつかないように
タオルを巻いてもらった。これもダニーの目から隠すためだ。
「でもペニスには巻かないよ。」例の四つんばいの格好にさせられた。
後ろからスペインのエクストラバージンのオリーブオイルを塗りこまれる。
「あぁぁん、くぅ〜。」マーティンのペニスは立ち上がり、ひくついている。
エンリケも自分の屹立した浅黒いペニスにオイルを塗りこむとずぶっと
一突きした。「あああぁん、いい〜!!」ダニーより少し太く短いペニス。
短い分太さがマーティンのアヌスにずぶずぶと入り込んでくる。
「うはぁぁんん、いく〜。」「まだまだ。」
エンリケはペニスリングを絞った。「ああ、痛い!」「痛みがじきに喜びに
変わるよ。」エンリケは突くたびにペニスリングを絞り、マーティンを封じた。
「エンリケ、もういかせてよ。僕死んじゃうよ。」20分は続いただろうか
エンリケはマーティンのリングを取った。瞬間マーティンは精を思いっきり
放った。それを見たエンリケもマーティンのバックに思いっきり中出しした。
175 :書き手1:2005/08/23(火) 00:06:43
書き手2さんどうぞ!よろしくお願いします。
176 :書き手2:2005/08/23(火) 00:12:56
すみませんが、朝から実験が入っているので今夜は寝ます。
また明日、書きますね。
書き手2逆切れ
41 :書き手2:2005/08/12(金) 18:25:11 ID:???
急にレスが増えてますね。私自身、自演を疑われてるし。
前スレから何度も読み返してみたのですが、801のルール違反とのこと
ここにそんなルールがあるなんて知りませんでした。
しかし、それならなぜもっと早く指摘してもらえなかったのかなと。
書き手1さんと私が前スレに書いてるときに言ってもらえたらよかったと思います。
それと何もかもを疑ってかかる姿勢がすごく失礼だと思います。
このスレは書き手だけのために立っているのではないですよね?
ダニー・テイラー萌えのために立てられていて、海外テレビ板からも誘導されてしまいます。
勝手に立てたから1さんが悪いとは言い切れないんじゃないですか?
今までロムってただけの人が沸くようにでてきて、ここぞとばかりに人を叩く。
自分では何も行動しないのに、人のすることだけは槍玉にあげる、そんな雰囲気ですよ。
このPart3になってからのレスはひどいと思います。
自分が楽しめなくなったら書くのをやめると決めていました。
今まで読んでいただきありがとうございました。
私も夜中の当直が待ち遠しくなるほど楽しんでいたので残念です。
狂っぽー(^^)
823 :奥さまは名無しさん:2007/07/17(火) 16:52:30 ID:???
それは言いすぎだよ。
毎日隔離の更新を怠らずにつづけててえらいじゃん。
648 :奥さまは名無しさん:2008/03/13(木) 03:53:12 ID:???
637 :奥さまは名無しさん:2008/03/12(水) 07:09:42 ID:???
基本構ってちゃんだからな>鳩
そうは思わないけど。
静かに一人小説とコミュの方でがんばってるじゃん。
863 :奥さまは名無しさん:2008/04/09(水) 13:12:34 ID:???
鳩のどこが怖いのかまったくわからない。
ここに隔離を貼って喜んでいるほうが明らかに異常じゃん。大丈夫?
隔離を読んで勉強になることだってあるよ。
狂っぽー(^^)
810 :奥さまは名無しさん:2008/04/23(水) 19:26:38 ID:???
高卒の人とかいるのかなw
934 :奥さまは名無しさん:2006/07/27(木) 14:57:38 ID:???
>>928 明らかに反ブッシュだと思うが?
まともな学歴のある人間なら反ブッシュを匂わせるテーマに気づくはずなんだが
きみひょっとして高卒?
952 :奥さまは名無しさん:2006/07/27(木) 15:23:22 ID:???
学歴ネタになると、このスレってめちゃ荒れるよね。
誰か一人が暴れてるっていうか。
高卒の人とかいるのかなw
960 :奥さまは名無しさん:2006/07/27(木) 15:31:28 ID:???
いや、負い目があるんだよ。
こっちが高学歴でごめんね、高卒くんってさw
811 :奥さまは名無しさん:2008/04/23(水) 19:32:52 ID:???
いいんじゃね?
バカには書けない小説書いて楽しんでるんだからさ
891 :書き手1 :2008/04/12(土) 22:59:59
デクスターが兄ルディーを殺すシーンでは、マーティンが鼻をくすくす始めた。
「ほら」
ダニーはピザについてきたティッシュを渡した。
殺した後、放心状態で、壁にずるずると座り込むデクスターを見て、とうとうマーティンの目から涙があふれた。
「どうして、兄弟なのに殺さなければいけないんだろう」
「デクスターは妹のデボラを選んだんや。正常な生活をしたいんやろ。ルディーは奴をダークサイドに引きずり込もうとした。天罰や」
>デクスターのネタバレを見てしまって鬱
>まだ見てなかったのに
396 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 05:07:05 ID:???
>>394 鳩の弁護になるけど、デクスターなんて一挙放送も含めてもう3巡りしてる。
それにあっちのスレは海外ドラマ板じゃないんだから、読まなければいい。
自己防衛ですよ、自己防衛。
397 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 05:08:43 ID:???
何でも鳩のせいにすりゃいいってもんでもない。
鳩だってあそこにデクスターファンが集まってるとは思いもしてないと思うが。
405 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 05:25:34 ID:???
>>404 板違い・ドラマ違いでWATとデクスターのファンがかぶる確率なんて
微々たるもんじゃないの?
私は書いた人より、その中のよりにもよってその部分だけをここに
貼り付けた人の悪意をぷんぷん感じているが?
408 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 05:29:17 ID:???
あのーFox Crimeのデクスターのエピガイに全部書いてあることなんですけど
それでも、ネタバレを糾弾する人っているんですね。
441 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 06:24:09 ID:???
>>440 常識の定義は?
つーか、2chで番組スレでネタバレしてる奴らが多いのに、
何で別板(それも成人向け)のいちスレッドの書き込みにこれだけ
反応するかねー。
鳩いじめしたいだけじゃんか。
446 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 06:32:52 ID:???
つーか、重箱の隅つつくような攻撃はどうなんだ?
そりゃ、誰がいつスカパーに入るのなんか分かるはずないんだし、
すでに再放送・再々放送も済んでいるドラマのエピをバラすタイミングって
どこまで待てばいいんだろうよ。
放送後10年後とか?ww
なんで、こんなに大事になってるか、肝の部分がまったくわからない議論だな。
452 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 06:38:25 ID:???
結局、鳩が何をしても叩きたいという雰囲気は理解した。
461 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 06:55:32 ID:???
まさにモンスター・ペアレンツだよ。
「自分の出勤時間が迫ってるのでオムツ代えるのは保育園の義務でしょ」
「自分はまだエピ見ていないからネタバレ見たのは書いた人の責任」
ぽっぽー♪
隔離スレのどこがエログロなんだか分からない。
書き手になれなかった腹いせ?
職業の貴賎の話だけど、エロ書いてるのが恥ずかしいなんてバカげてる。
じゃ精肉業とか糞尿処理はどうなんだよ?
問題になるよ、これ。
ここに欧米のファンフィクションのえげつないのを貼ってもいいけど
読解力ないだろうからなー。日本のだけをなぜ目のカタキにするのが
分からない。限界なんだろうね。英語で抗議してごらんよ!
federalthreesomeもすごいし、dannyandmartinもきわどいよ。
日本版だけ取り締まるじゃなくて、みんなに警告流せばいいのに。
英語出来ないって本当に情けないね。
いつもの時間になっても、書き手さんたちが戻ってこない。
今後が不安。嫌らしいカキコミした人、反省して欲しい。
いっそうのこと、粘着さんが書き手さんたちを駆逐した責任を負って
続編を書くのはどう?書けるもんならさ。
鳩さぶれ
677 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:16:09 ID:???
>>675 書き手1は私です。
673 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:12:40 ID:???
自演していないですし、自爆もしていないです。
誰かが言い始めた、その二つのキーワードが私にまとわりついていて、
本当に迷惑しているのです。これまで何もいわずにおりましたが、
今回でカタをつけたいと思います。
676 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:15:07 ID:???
違います。おせちさんがいなくなったのは私にも責任の一端があると思って
申し訳なく思っています。
689 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:42:12 ID:???
ああ、やっとどなたかがいてくださったのだと、安心いたしました。
夜は、ピンクなんでも板に小説をUPしたらすぐ眠りにつくので、
夜中に、暴れている人がいるのを、翌日に知って、口ポカーンの状態でした。
690 :奥さまは名無しさん:2008/01/08(火) 02:52:31 ID:???
じゃあ暴れている人は何なの?
691 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:53:53 ID:???
私を気に食わない人だけとしか、言えないというか分からないですね。
237 :奥さまは名無しさん:2007/09/01(土) 20:52:28 ID:???
ここの人って監視するくせにグルメ情報とか無視すんのな。
やっぱり妬み?
243 :奥さまは名無しさん:2007/09/01(土) 22:02:50 ID:???
例の人のサイト、グルメ情報満載じゃん。それ無視してメンヘラだとか
なんだとか。偏ってると思う。隔離も食べ物の話ばっかいだし。
!!!隔離=鳩さぶれ作オナニーエロ小説。グルメ情報満載!!!
鳩さぶれ風〜。
、iliiiv;;,,
_ミ`"v _">、 ,-- 、 あぁ、すごいで、マーティン!もっと奥まで!
ミ ,イ・(/,ノ`ヵー" ` 、,,
"''!、,,_l__#"、/ iニー、,,__ ヽ
//ソノ ト、= レヽ i
《 / ヽ ゚ ':ヲ 9⌒ヽ ダニー、出ちゃうよ!うっ
Vヽ、。 ハ、 ':ー/ |
∧ ) ノ i ノ V i i
"''' - 、,,_/∧ ,i、,) i / V |
"'''-L彡(スv,,;/ i |⌒ヽ
,.ミミヽ Yミッ | | |
--、,,,_ ミミ(_, Jミ' ,ィ i |
 ̄`""''ー---、,,___,,;;iii;-ィ^ i /| |
ヽ_,_イ | / ! |
"''' - 、, ,, ハ*i | / ! |
""''ー- 、,,___人_| ! ! |
鳩さぶれ様添削
>>20 体位が違うよ、オバカさんww
TVのトークショーは、ニック同伴で収録された。
テーマは知能発達障害にからめた、パーシャの今までのキャリアについてだった。
もちろん、パリでの生活抜きの取材をさせたから、
パーシャの人生は、ダンサー挫折からモデルへの転身にと続く流れになっていた。
難しい質問をされると、「ニック、どういうこと?」と尋ねるパーシャの姿が、
真からニックを信頼しているのが分かり、司会者も笑顔になっている。
ぶっきらぼうなニックが、パーシャには優しい英語で質問を言いなおすので、
収録スタジオにいるスタッフたちも笑顔を見せていた。
57 :
書き手1 :2008/09/03(水) 23:36:06
「ところでホロウェイさん、あなたご自身、著名なフォトグラファーでおられるわけですが、
今後は、お2人はどうなさるご予定で?」
司会者がニックに質問を向けた。
スタジオのオーディエンスから「結婚!」という言葉が飛んだ。
ニックは、はにかんだ笑いを浮かべながら、
「それは大いにあり得る将来です。実際、婚約指輪はもう渡していますから」と答えた。
「おおっ!」とオーディエンスから反応。
「見せてくださいませんか、コヴァレフさん?」
パーシャは、シャツの胸を開いて、ペンダントヘッドにしているカルチェのリングを見せた。
パーシャがはだけた胸がセクシーで、オーディエンスから嬌声が飛び出した。
58 :
書き手1 :2008/09/03(水) 23:37:37
「僕の大切な大切な宝物」
パーシャが大事そうに指輪を握りしめたので、オーディエンスがおおいに湧いた。
「キス!」「キス!」
オーディエンスの大合唱だ。
ニックとパーシャは顔を見合わせたが、ニックが優しくパーシャの頬に手を当てて、唇にキスをした。
オーディエンスの興奮は最高潮になった。
イケメン2人の生のキスシーンが目の前で見られたのだから。
「それでは、これからも同じ病気で苦しむ人たちに、勇気を与え続けてください。どうかお幸せに」
59 :
書き手1 :2008/09/03(水) 23:39:10
セレブ界のゲイ・カップルでこれほど話題になったのは、
名司会者のエレン・デジュネレスと女優のポーシャ・デ・ロッシ以来ではないだろうか。
ダニーとマーティンは、ダニーのアパートでビールを飲みながらトークショーを見ていた。
「なんだかすんごく幸せそうだね」
マーティンがつぶやくように言った。
「あぁ、ホロウェイ、丸くなったな」
「うん、僕とつきあってた人と別の人みたいだ」
60 :
書き手1 :2008/09/03(水) 23:40:06
ニックは、マーティンに拘束プレイやヘロイン、コカインを教え、
一度は完全に堕落させた男だ。
ダニーが憎んでも憎みきれない男だったはずなのに、今は、いい友達にさえなっている。
元来、性悪説を唱え続けてきたダニーだったが、
もしかしたら、例外もたくさんいるのかもしれないと思い始めていた。
61 :
書き手1 :2008/09/03(水) 23:41:29
「ねぇ、ニックってさぁ、38歳だって知ってた?」
「えー、俺達より年上なんか?」
「うん、お兄さんのジョシュ・ホロウェイ検索したら出てきた」
「じゃあ、パーシャとは・・・」
「10歳以上違うはずだよ」
「今度会うた時にからかったろ」
「ダニーって人が悪いよね」
「ええやん。10歳年上なんて、これから大変やな」
「何が?」
「ほら、いろいろ衰えるもんやん」
「あっ、ダニーのエッチ!」
「じゃ、エッチといわれたところで、シャワー浴びてこよか?」
「うん。ダニーから先へどうぞ」
「あんがと。寝ないで待ってろよ。今日は俺、ヤル気満々やから」
マーティンは、ぽぉっと顔を赤くした。
「あぁあああ、あ、あーーーーー!!(どさっ)」
マーティンがダニーのベッドから落っこちた。
「マーティー、大丈夫か?」
ペニスを勃起させたまま、心配そうに床を覗くダニーの姿に、
マーティンは痛さをこらえて笑い出した。
「大丈夫ってことやな。早うベッドに戻り」
「うん、はははは」
「やっぱり、俺のベッド、狭いよな」
マーティンがダニーの横にやってきたので、話しかけた。
「そうだね、男二人はやっぱり辛いよ」
「じゃ、今度の週末、IKEA行こうとするか」
「僕も行っていい?」
「ああ、ええで。ああ、何か、続きが出来んようになったわ。俺。ごめんな、マーティン」
63 :
書き手1 :2008/09/05(金) 00:11:35
ダニーはバスルームに入っていった。
マーティンは、せっかくの久し振りのダニーとのセックスが、
自分の失態で終りになってしまい、思わずちっと舌打ちした。
マーティンは大きくなった自分のペニスを握りしめ、タオルに果てた。
ダニーがベッドに戻ってくる。
「お前のこと、口でイカせよか?」
「ううん、僕、自分でしたからいい。シャワーしてくるね」
「ほんま、悪い」
「ううん、僕がいけなかったんだ」
ダニーは天井を見た。
買うとしたら、ダブルかクイーンだ。
もちろんクイーンサイズがいいに越したことはないが、ベッドルームがベッドでいっぱいになってしまう。
ダニーはうーんとうなった。
マーティンが戻ってきた。
「じゃ、寝ようか」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ、マーティン」
64 :
書き手1 :2008/09/05(金) 00:13:10
週末がやってきた。
IKEAブルックリンは6月にオープンしたばかり。
今までニュージャージーまで買いに行っていたのが、大幅に楽になった。
マーティンは、ダニーの家に1時にやってきた。
自分の買い物でもないのに、何気に嬉しそうだ。
「IKEAのレストランでランチしようよ」
「お前、変わってるよなー。そんな庶民的でええのん?」
「珍しいから」
「さよか」
ダニーのマスタングで、すぐにIKEAに着いた。
早速、レストランに入る。
本社がスウェーデンにあるからか、ここの名物は「スウェーデン風ミートボール」だ。
それも$4.99と格安で、人気が高い。
2人はミートボールを3人前とフレンチフライとミネラル・ウォーターを買って、食事を済ませた。
65 :
書き手1 :2008/09/05(金) 00:16:37
ダニーは「グリメン」というシリーズが気に入り、結局クイーンサイズを購入した。
「すごくおしゃれだね」
マーティンが感心している。
「ええやろ、シックで雰囲気あるしな」
配達日を決めて、2人はマンハッタンに出た。
マンハッタンで夕食をし、マーティンの家に泊る予定にしていた。
またダニーの狭いベッドから落ちるのはゴメンだ。
マーティンのクイーンベッドは寝心地も抜群にいい。
おそらくマットレスも特別なのだろう。
ダニーはマーティンのベッドが大好きだった。
66 :
書き手1 :2008/09/05(金) 00:18:21
2人は、マーティンのアパートの駐車場にマスタングを停めて、歩きでイタリアンに出かけた。
「ヴィア・パルテノペ」はトラットリアだが、本格的なナポリ料理が食べられる貴重な店だ。
2人は早速、前菜に海藻のフリッターに野菜のマリネ、
ナポリ最古のピッツアといわれる「マストゥニコーラ」、
ソーセージとルッコラのリングイネに魚介類のトマト煮込みを注文した。
とりわけピッツアが絶品だった。
チーズとバジルとラードというシンプルな組み合わせなのに、
ぱりぱりで、スプマンテがどんどん進んだ。
67 :
書き手1 :2008/09/05(金) 00:20:04
「このチーズ、何やろな?」
ダニーの質問をマーティンが尋ねると
ウェイターは嬉しそうに「ペコリーノという羊のチーズです。普段ピッツアにはモッツアレラを使うことが多いのですが、
これがナポリ最古のレシピなので」と答えた。
2人ともその後、グラッパを飲み、トラットリアを出た。
ちょうどマーティンの家はセントラル・パークの向こう側だ。
2人はぶらぶら散歩がてら、公園に入った。
するとダニーの携帯が鳴った。表示にパーシャと出ている。
68 :
書き手1 :2008/09/05(金) 00:21:43
「パーシャ、どないしたあ?」
「ダニー、ダニー、どうしよう、どうしよう、ニックがお腹から血出して倒れた。
どうしよう、ニックが死んじゃうよぅ!」
完全なパニック状態だ。
「パーシャ、よーく聞け、そばに誰かいるか?」
「レストランの人がいる」
「その人に電話代われ。すみません、私、FBIのテイラー言います。大至急、救急車をお願いします。そちらはどちらで?」
チェルシーのトルコ料理のレストランだった。
2人は、タクシーを止め、チェルシーに向かった。
眠っていたダニーは、急に部屋が明るくなって目が覚めた。
マーティンが心配そうに覗き込んでいる。後ろにスチュワートの姿も見えた。
「・・・マーティンとトロイか。おかえり」
「あっ、ごめん、起こしちゃって」
マーティンはダニーのタオルケットを掛けなおして手を握った。
「具合はどう?まだだるい?」
「いいや、もう平気や。寝たら治った」
ダニーが手を握り返すと、マーティンは安心したようににっこりした。
「よかった。でもさ、一応スチューに診てもらってね。心配だから」
本当は病気でも何でもないので嫌だったが、ダニーは仕方なく頷いた。
70 :
書き手2:2008/09/05(金) 01:24:15
「どれどれ、じゃあ診てみるとするか」
ダニーはそれらしく見えるよう、のろのろとシャツのボタンを外した。
スチュワート愛用のターコイズブルーの聴診器が胸や背中に押し当てられる。いつも思うがバカバカしい色だ。
前にナースもののAVで見た、お菓子のようなベビーピンク色の聴診器を思い出してしまう。色のせいでリアリティがないのだ。
言われるままに息を吸ったり口を開けたりして診察を受けながら、そんなことをぼんやり考えていた。
「心音も呼吸音も正常、喉の粘膜も異常なし。熱もない。しいて言えば、必要なのは水分補給ぐらいだな」
スチュワートはダニーにではなく、マーティンに言った。
「僕、水取ってくるよ。あっ、スポーツドリンクか経口補水塩のがいいかな?」
「いや、ORSは必要ない。水でいいよ」
「ん、わかった。待っててね、ダニー」
71 :
書き手2:2008/09/05(金) 01:25:07
マーティンがベッドルームを出るなり、ダニーはいきなりおでこにデコピンされた。
「痛っ!いきなり何すんねん!」
「ジェニファーと示し合わせてずる休みした罰さ」
「ジェニファー?何の話かわからんな」
ダニーはまるでわけがわからないという顔をして見せた。
「とぼけるな。今朝、オレが出勤したらクリニックのポーチにティムがいてさ、
ジェニファーから風邪で休むって連絡もらってたから、処方箋を頼みに来たんだと思って症状を訊いたんだ。
そしたら、昨夜出てったきり帰ってこないから会いに来たって言うだろ、お前といるとしか考えられないじゃないか。人妻に外泊なんかさせるなよ」
「あれはそんなんちゃう」
「違わない。外泊は外泊だろ」
ダニーは言い返そうとして、またおでこをぺちっと叩かれた。
72 :
書き手2:2008/09/05(金) 01:25:42
「痛いな!何回も叩くな!」
「これは受付までやらされた分だ。ま、誰もいないからランチにマーティンを食べれてよかったけどな」
得意そうににんまりしながら言われ、ダニーは少しムッとした。
「マーティンにあんまり変なことするな」
「バカ、嘘に決まってるだろ。お前の心配ばかりしてるマーティンにヤラせろなんて言えるもんか」
ダニーはそれを聞いて何も言えなくなってしまった。慣れというのは怖ろしい。
ジェニファーと付き合い始めた頃に抱いていた罪悪感も、この頃はほとんど薄れてしまっている。
「どうした?本当に頭でも痛くなったか?」
黙っていたら目を覗きこまれた。気遣うような表情で。
「何でもない、ちょっと反省してただけや」
「反省、か」
マーティンがトレイにグラスを3つのっけて戻ってきたので、話はそこまでになった。
73 :
書き手2:2008/09/05(金) 01:26:41
「はい、お水。スチューはアイスティでいいよね?」
「ああ、サンキュ」
二人はそれぞれグラスを受け取って口をつけた。
「ねえ、冷蔵庫にいろんな料理が入ってるんだけど・・・」
マーティンが言いにくそうに言った。手にしたレモネードを飲もうともしない。
困惑した表情からして、誰かが見舞いに来て作ったと疑っているのは間違いなかった。
何か、疑惑の晴れるような何かを言わなければならない。それも今すぐに、だ。
74 :
書き手2:2008/09/05(金) 01:27:12
「ごめん、マーティン。オレ、今日ずる休みした」
「え?」
マーティンもスチュワートも呆気に取られてダニーを見つめた。
「昨夜NYに戻ったのが遅かったから、最初からずる休みしようと決めて報告書出して帰ったんや。心配させて悪かった。トロイもごめん」
ダニーは二人に向き直って謝った。
「暇やから料理してたんや。それからまた寝てた」
「何だよ、もっと早く言えよ、テイラー。診察して損したぜ」
「ごめんごめん、なんか寝起きで言い出せなんだ。マーティンには電話しようと思ってたんやけど寝てしもてて」
ダニーはマーティンの目を見つめて、手の甲にキスをした。
「オレのこと、許してくれる?」
「いいんだ。ダニーが病気じゃないならそれでいい。でも、もう仮病で心配させるのはなしだよ」
マーティンはそう言うと、ダニーをぎゅっと抱きしめた。
マーティンの肩越しにスチュワートがバカと口パクで言っている。ダニーは軽く頷いて視線をそらした。
ちょうどダニーたちのタクシーと救急車がほぼ同時に現場に着いた。
救急隊員が、倒れているニックを担架に乗せるところだ。
「すみません。FBIのテイラーとフィッツジェラルドですが、何があったので?」
パーシャの携帯を持って呆然としているレストランのフロアマネージャーらしき男性に尋ねた。
「男同士が怒鳴りあう声がしたと思ったら、悲鳴が聞こえて。外に出たら、ブロンドの彼が電話で叫んでいました。」
パーシャのことだ。
「ダニー、僕、パーシャ連れて病院行くよ」
「うん、頼んだ」
ダニーは、次に到着したNYPDの巡査と一緒に聞き込みを始めた。
76 :
書き手1:2008/09/06(土) 01:11:03
怒鳴りあっていた一人はニックだが、相手は顔がすっぽり隠れる帽子をかぶっていて人相が全く取れなかった。
巡査の一人が近くのドブに沈んでいたナイフを拾った。
「DNAが水で流されたか・・」
ダニーは唇をかんだ。
「いいえ、DNAはどうやら取れそうよ」女性の声が聞こえた。
「FBIの方なんですって?私、CSIのボナセーラ刑事です。
幸い流されたのは、被害者の血だけ。犯人の握った跡も皮膚も残っているから、早速調査します」
「ああ、何とラッキーな。よろしくお願いします。テイラーです」
2人は名刺を交換しあった。
77 :
書き手1:2008/09/06(土) 01:12:51
ダニーは後はNYPDに任せて、ベルビュー病院にタクシーを飛ばした。
ERへ行くと、待ち合い室で、マーティンが泣いているパーシャをなぐさめているところだった。
「おぉ、どうだ?」
「今、手術中。でも、傷は浅いって」
「内臓まで達してないとええな」
「うん、それを祈るよ」
「内臓に達するとニックは死んじゃうの?」
パーシャが青い瞳でダニーを見つめた。
「そんなことないよ、パーシャ。ここのドクターは超一流なんや。
お前もトムのこと知ってるやろ?とにかく待とう。何か飲むか?」
「いらない。僕は、僕は、ニックに会いたいよ!」
また泣き出した。
78 :
書き手1:2008/09/06(土) 01:15:12
「なぁ、パーシャ、ニックとレストラン出たところで、ニックが男とけんかしたやろ?覚えてるか?」
ニックはうなずいた。
「だってあいつだもん」
「えっ!お前、知ってる奴か?覆面してたんやで?」
「うん、この前いじわるして裁判した奴」
「なんでわかったの、パーシャ?」
マーティンも驚いて訪ねた。
「ダンスやってたから、人の癖がわかるの。あいつは左肩が右肩より下がるんだ」
ダニーはNYPDのボナセーラ刑事に電話を入れた。
「至急、指名手配を。アンソニー・グリフィス。職業はモデル。
奴のDNAはニック・ホロウェイの暴行事件の被害者として記録があるはず。よろしく」
79 :
書き手1:2008/09/06(土) 01:17:09
グリフィスは、ニュー・アーク空港でLA行きの最終シャトルに乗ろうとしていたところを取り押さえられた。
トムが手術室から現れた。
ダニー、マーティンが立ちあがったので、パーシャも立ち上がった。
「連絡が早かったのと、犯人がへなちょこだったから命拾いしたよ。
男ならもっと力を入れて刺せるはずなのに、傷が浅かったから出血も最小限で済んだ。
内臓も問題なし。あいつ嫌がるだろうけど、ケロイドは残るな」
80 :
書き手1:2008/09/06(土) 01:19:01
ダニーとマーティンはパーシャに今の事を説明した。
「じゃ、ニックは、生きてるの?大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だよ。入院病棟に移したから、病室に行こうか?」
トムもパーシャの障害を知っているらしく、優しい説明をした。
病室は4人部屋だった。
点滴につながれているニックは、すやすや眠っている。
「あいつ、起きたら、個室に移せって絶対言うで」
ダニーが言った。
「うん、絶対、うるさいだろうね」
パーシャは、ニックの顔に顔を近寄せて、頬にキスした。
「あれ?なんだ、眠り姫みたいに起きないんだね」パーシャは残念そうだった。
81 :
書き手1:2008/09/06(土) 01:20:50
「パーシャ、泊まりたいだろうけど、ここには泊まれないんや。
どうする?俺んとこ来るか?それともマーティンんとこがええか?」
「僕・・ジョージがいい」
ダニーは早速ジョージに連絡を取り、ことの次第を告げた。
ジョージはすぐにプリウスで迎えに来るという。
3人は待ち合い室に戻り、ジョージを待った。
ニックの怪我は、非常に軽く、ナイフの刺し傷は、ニックがもみあったせいで長いが、
浅いので、縫合するだけで治療は済んだ。
ニックは自宅に帰ると主張したが、パーシャが許さなかった。
アリソンに直談判し、しばらくニックはパーシャのコンドに住むことになった。
83 :
書き手1 :2008/09/06(土) 22:53:44
ファッション・ウィークの最中なので、パーシャもジョージも朝から晩まで忙しい。
アリソンがパーシャのゲストルームを借りて同居する意見も出たが、
すでにファッション・フォトグラファーとしての名声を築いているニックは、
逆にショーの間は仕事がない。
それが終わった後、エージェンシーからのポートフォリオの注文、
雑誌のグラビア、有名ファッションハウスからの広告写真の注文が押し寄せるため、
その対応に備えて、アリソンがニックのアパートに住むことになった。
ミート・パッキング・エリアは、再開発されて年数がたっていないため、店の数も
アッパーエリアと全然違う。
ニックにとっては、刺激的な街が好都合だった。
84 :
書き手1 :2008/09/06(土) 22:55:08
結局、事件がないと暇なFBIコンビが、時間を持て余しているニックの相手をすることになった。
トランプ・プレイスの近くは、有名レストランがひしめいている。
ニックは、ほとんど毎晩、ダニーとマーティンを連れて、外食に出かけた。
まだ傷にさわるというのに、アルコールも自分で解禁したようだ。
今晩は「ロスズ・ウェスサイド・ステーキハウス」だ。
ポーターハウスより珍しい「デルモニコ」という肉の部位が食べられる店だ。
3人は前菜を生牡蠣で軽めにし、デルモニコに挑んだ。
85 :
書き手1 :2008/09/06(土) 22:59:33
「大きなリブ・アイ・ステーキって感じだね」
マーティンが味わいながら感想を言った。
アスパラガスとマッシュルームとポテトをたっぷりつけてもらう。
赤ワインも久しぶりに「オーパス・ワン」を頼んだ。
「そういやぁな、アンソニー・グリフィス、自殺したんだと。
シーツをひも状にして首を吊ったそうだ。今日、ドン・フラックって刑事が連絡があった」
ニックが話した。
グリフィスは、ニックを刺したモデルだ。
ルックスのよい白人の新人が刑務所に入れられたら、運命は決まっている。
「局部がまだ入所3日なのに、えらい状態になってたそうだ。あ、食事中に失礼」
86 :
書き手1 :2008/09/06(土) 23:01:46
「なぁ、ニック、聞いていいか?」
「何だよ?」
「お前とグリフィスって関係あったんやない?」
ニックはぐいっとワイングラスを空けた。
「さすがお前だよ。ああ、8年前にな。
あいつがウィスコンシンの田舎から出てきたばかりの新人でさ、
俺がポートフォリオを撮った。
2年つきあったけど、あいつ、売れ始めたら、毎晩、シャンパン、エンジェルダストのパーティーだ。
俺の方から別れた。ずいぶん泣きごと言われたけど、俺は振り返らなかった。
それ以来、会ったのは、あいつを俺が殴りにマイケル・コースの楽屋に行った時だけだ」
87 :
書き手1 :2008/09/06(土) 23:03:59
「あいつ、お前を殺すつもりはなかったと俺は思うで」
「まだ、ニックのこと、好きだったのかも知れないね。
それなのに恋人の復讐に前の彼氏が自分を殴りにきた。複雑だな」
マーティンもじっと考え込んだ。
「刺したのも、自分に振り向かせたかったのかもしれへんな」
「俺は、確かに褒められた男じゃない。男とも女とも寝ては捨ててきた。最低な野郎だよ。
やっぱり俺には、パーシャを幸せにする運命を、神様は与えてくださらないんだろうか」
ニックの瞳が涙で光っている。
ニックは自分でワインをグラスに注いだ。
88 :
書き手1 :2008/09/06(土) 23:05:51
「でも、今はニックは全然、過去と違う人だよ。
僕は、全然ニックを恨んでいない。
過去は過去だけど、神様は、あの頃のニックは偽物だと思って、今、パーシャをニックに遣わされたんだと思う」
マーティンがニックのグラスにグラスを合わせた。
「お前の役目は無垢で純粋なパーシャっていう天使の守護神や。やっていけそうか?」
ダニーが尋ねた。
「あぁ、今度は絶対に本物なんだ、テイラーわかるか、この気持ち?パーシャと一生一緒にいたいんだよ、俺」
「じゃ、乾杯しよう。ニックとパーシャに」
「ニックとパーシャに!」
3人は、グラスをかちんと合わせた。
家が近いマーティンがニックを送るというので、ダニーはレストランで別れて、地下鉄に乗った。
正直、ニックがうらやましかった。
たった一人の大本命に出会ったのだ。
あのニックのことだ。
自分の命に代えても、パーシャを守るだろう。
ダニーとて、過去は他人に自慢できないことばかりだ。
女と寝ては捨てていた時期もあった。
マーティンがシアトルから異動してきても、アランとコールガールを買ったりしていた時期もあった。
90 :
書き手1 :2008/09/08(月) 00:05:38
そんな自分なのに、想ってくれる人物が2人もいる。
マーティンとジョージだ。
2人とも信じられない程いい奴で、実直で、まっすぐで、純粋な性格だ。
何で2人ともこんな俺なんやろ。
ダニーがぼーっと考えている間に、電車はブルックリンに着いた。
アルのパブに寄ろうかとも思ったが、きびすを返して、自分のアパートに戻った。
ドアを開けると、電話の留守電が点滅していた。
「僕ですー、ニックのお世話お疲れ様!明日ね、珍しく僕とパーシャの最後のショーが4時に終わるの。
だからパーシャにニックをまかせて、ご飯食べれらないかなって思って。電話待ってまぁす」
91 :
書き手1 :2008/09/08(月) 00:07:16
ジョージだ。すぐに自宅の電話にかける。
「ダニー!おかえりなさい!今日はニックと何食べたの?」
「肉や。あいつと食事すると肉ばっかりで、尿酸値がぐんと上がった気がするわ」
「ニック、痛風になっちゃわないのかな?」
ジョージは心配そうな声を出した。
「ニックのことより、俺を心配してくれると、嬉しいんやけどな・・」
「あ、ごめんなさい!じゃあ、マクロビオティックにする?」
「悪いんやけど、もっとシンプルな食いものでもええ?」
「うん?何がいいの?」
「インド料理のベジコース」
92 :
書き手1 :2008/09/08(月) 00:09:00
ジョージがげらげら笑った。
「気持ちすごくわかるよ。炭水化物は沢山食べたいんだね」
「そう、あたり」
「じゃ、僕が調べとく。ダニーが仕事終わる頃にメールするね」
「サンキュ、助かったわ」
「ねえ、ニック、元気だった?今日、アイリスから犯人が自殺したって聞いたんだけど」
「あいつなりにすごく傷ついてるわ。でも、明日、パーシャと一緒なら、元気になると思うで」
「それならよかった。もしなんだったら、ニックたちと食事って考えてたからさ」
「お前は優しいな」
「そうでもないよ。すんごい悪魔のインド料理選ぶかもしれないよ」
くくっとジョージが笑った。
「それでもええよ。俺はチャレンジャーやからな」
「そうだね、じゃあ、明日ね、おやすみなさい」
「おやすみ。たくさん寝ろよ」
「うん、もう眠いよ」
93 :
書き手1 :2008/09/08(月) 00:11:02
ジョージは、ファッション・ウィークでランウェイを歩く仕事が入る期間は、
夜11時前に眠るようにしていた。
もちろんセックスなどとんでもない。
そして、朝、ジムに行き、ストレッチを徹底的に行う。
どうやらアスリートの時からのコンディショニングの癖らしい。
クライアントやジャーナリストやセレブたちと、
ホテルでどんちゃんパーティーに出ているモデルたちも多いというのに、
ダニーはジョージのストイックさに感心していた。
94 :
書き手1 :2008/09/08(月) 00:12:57
翌日になり、ダニーはメールで送られてきたイースト・ヴィレッジの「ナタラジ」に着いた。
ジョージが奥のテーブルで手を振っている。
客の大半は、インド系だが、中にモデルたちのグループも混じっている。
そのコントラストがNYらしい。
「ごめん、待ったか?」
ダニーが尋ねると「今、来て、メニュー見始めたところだよ」とジョージは答えた。
「なんだか、コースがすごく美味しいそう」
「そか、客もインド系がえらい多いな。お前の同業者もおるのは何で?」
「完全にお肉をカットしたベジタリアンフードだから人気が高いんだ」
ジョージは中央に座っている黒人男性に手を振った。
「友達か?」
「うん、彼に教えてもらったんだ」
「さよか」ダニーも一応会釈し、2人は$50のコースを選んだ。
95 :
書き手1 :2008/09/08(月) 00:14:32
価格もフルコースなのに異常に安い。
メニューは、グルテンをタンドリーチキンに見立てたグリル、
ヨーグルト・サラダの「ライター」、それにカレー2種類のチョイスだ。
2人は別々のカレーを選び4種類食べてみることにした。
ダニーは揚げ茄子カレーにホウレンソウのチーズカレー、
ジョージはレンズ豆のカレーにカリフラワーとポテトのカレーだ。
辛さが調節できるというので、辛口を選んでみた。
サフランライスとナンが食べ放題なのがうれしい。
2人はお替わりをしながら、カレーを堪能した。
96 :
書き手1 :2008/09/08(月) 00:16:00
デザートは、ジョージはニンジンを甘く煮詰めた「ガジャール・カハルハ」、
ダニーはミルクを煮詰めた「クルフィー」で、ミルクチャイを一緒に頼んだ。
全部を食べ終わり、ダニーはお腹をさすりながら「あー、美味かった。野菜って美味いなー」としみじみ言った。
ジョージが大受けしている。
「ニックのお供で、相当たくさんお肉食べたんだね。でも、ダニーはもうちょっと太ってもかっこいいよ」
「そか?俺、痩せすぎやろか?」
「ちょっと気になる。スタミナ切れしないかなとか心配しちゃうからさ」
「それって、えっちの時のことか?」
ジョージが、恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。
「違うよ!お仕事の方だよ!」
2人は店からリムジンを呼んでもらい、ジョージのコンドに向かった。
ダニーは、カプチーノをメッツのマグカップになみなみと注いで、
デスクに着くと、ジョージのパンの包みを開けた。
どうやら、ホーム・ベーカリーが直ったようだ。
丸い形のサンドウィッチが二つ入っている。
ボリュームがあるなと思っていたら「1つはマーティンに」というメモがついていた。
そこへちょうど、マーティンが出勤してきた。
「おはよう、ダニー。あ、僕のパン、ある?」
マーティンは、一個を持って、デスクに着いた。
パンの話までマーティンとジョージはしているらしい。
ダニーは苦笑いした。
98 :
書き手1:2008/09/08(月) 23:46:36
サンドウィッチは野菜のグリルとポークハムだった。抜群に美味しい。
「ねぇー、ダニー、お願いがあるんだけど・・・」
椅子に座ったままマーティンが移動してきた。
「何?金なら貸せへんで」
「違うんだ。今夜ね、僕、ドムのお兄さんにディナー誘われててさ」
「え、じゃあ、ホロウェイの相手は俺一人かよ!」
「アリソンに助っ人頼んだ」
「しゃあないな。ドムの兄さん、陸軍に復帰したんやろ?」
「うん、今晩は基地の中で食事するんだって。僕、初めてなんだよね」
「じゃ、楽しんでき」
「ありがと、あ、一晩泊まりだからね」
「ええ!」
文句を言いたげなダニーを残し、マーティンは椅子のまま自分のデスクに帰って行った。
99 :
書き手1:2008/09/08(月) 23:47:56
仕事が終わると、マーティンは脱兎の如く出て行った。
「何、マーティン、副長官がおみえなのかしら?」
サムがいぶかしげに見送った。
マーティンは、シラキュース行きのデルタ便に乗り、
フォート・ドラム基地に一番近いウォーター・タウンに着いた。
タクシーで基地の入口まで乗せてもらい、検問所でIDを見せ、シェパード中佐を呼びだした。
向こうからドムが走ってくる。頭が丸坊主だ。
「マーティン、いらっしゃい!僕もさっき着いたんだ。少し歩くけどいい?」
「ああ、大丈夫だよ」
5分ほど歩くと、クラシックな作りの建物が見えてきた。
「ここが、レストランなんだって」
「歴史がありそうだね」
「1908年から陸軍基地だもんね」
「へぇー、そんなに昔からあるんだ」
建物の中の廊下を歩いて左に曲がるとすぐに広間に出た。
格式のあるレストランのおもむきだ。
ジェリーが中央のテーブルに座っていた。
「やぁ、マーティン、よく来てくれたね」
「お招きありがとうございます、中佐」
「やめてくれ!もう呼ばれ飽きてしまったよ」ジェリーはご機嫌だ。
「新しい車いすですね」
「ああ、上下動が出来るから、自分でベッドに入れるようになったよ。さぁ、何でも頼んでくれ」
きびきびしたウェイトレスがメニューを持ってくる。
マーティンは、料理の種類もさることながら、その値段にびっくりした。
フォアグラのソテーがたったの$6なのだ。
鴨のコンフィー、うさぎのソテー、ポーターハウスのステーキもべらぼうに安い。
さらには、ワインだ。
マンハッタンでは$200クラスのワインがずらっと$50から$100で並んでいる。
ジェリーが笑った。
「驚いただろう?ここは「オフィサーズ・クラブ&レストラン」といって将校クラスしか入れない社交場だ。
国の政策のおかげで、ここの食材は輸入品の関税と州税がゼロなんだよ。ありがたい恩恵だ」
「でも、あなたたちが戦地へ行かれるおかげでアメリカは世界的な地位を保ち続けています。ありがたいことです」
「FBI副長官のご子息に言われると、照れるな」
3人は本格的なフランス料理を堪能した後、同じ建物の廊下の右側に入った。
「ここはまた別世界だ。マーティンはあの映画を見たことがあるか?「愛と青春の旅立ち」を」
「はい、リチャード・ギアが士官になる話ですね」
「うようよ出てきただろう。士官の妻の座を狙う女たちが。ここが彼女たちのたまり場だ。」
見ると確かに一人だけの女性が大勢カウンターに座りながら、こっちを見ている
「まるでハイエナだよ」
ジェリーは言った。
テーブル席に腰掛けて、3人はシングル・モルト・ウィスキーを1杯飲み、お開きにした。
「今日は、ウォータータウンにホテル取ったのか?」
ジェリーが尋ねた。
「ええ、デイズ・インを予約しました」
「ぜひ、うちに泊ってくれよ。その方が広いぞ」
「いいんですか?」
「ああ、もちろんだとも」
オフィサークラブの前にはタクシーらしき車が停まっていた。
「伍長、家まで」
「はい、シェパード中佐。ご自宅まででありますね」
車は住宅街に入って行った。
道の両脇に並木のある普通の住宅地だ。車が止まった。
運転手がジェリーの乗り降りをサポートする。
ジェリーの家は、4LDKの瀟洒な一軒家だった。
馴れた手つきで、カードキーでドアを開け、ジェリーはマーティンとドムを中に入れた。
華美に飾り立てていないが、新築で清潔で暮らしやすそうな家だ。
「じゃあ、あとは勝手にやってくれ。俺は、明朝700から授業だから、お先に失礼する。おやすみ」
マーティンとドムは顔を見合わせた。
「マーティン、お水飲む?」
ドムが尋ねた。
「ああ、ありがとう。ねぇ、ドム・・」
「わかってる、髪の毛のことでしょ?ロージーがね、野犬と遊んじゃったんだよ。
そしたら、ダニが移っちゃって。僕にも移っちゃって。だから丸坊主にした。
ロージーは坊主にできないから、毎日、薬用シャンプーで洗ってやってるんだ。
あいつ、自分のせいなのに、いい気持ちそうなんだよね」
マーティンはあまりの幸せぶりにほほ笑んだ。
「どうしたの?やっぱり、丸坊主、おかしいかな?」
「ううん、最近、悲惨な事件が多かったからさ」
「今日は・・・エッチできないね」
「そうだね、別々のベッドルームなの?」
「ううん、ゲストルームはツイン。シャワーもついてるよ」
「じゃあ、シャワーで・・」
「うん・・」
ドムがうれしそうにはにかんだ。
?
ドムとマーティンは同じデルタ便に乗り、シラキュースからラ・ガーディアに帰ってきた。
マンハッタンまでのタクシーの中で2人は感想を言い合った。
「すごく楽しかった。軍人の生活が少し分かったよ。ジェリー、すごく元気そうだったね」
マーティンが言うと、「ジェリー、言わなかったけれど、あのオフィサーズ・クラブのウェイトレスに恋してるんだよ」とドムが言った。
「そうなんだ!どの人?」
「僕らのテーブルの担当だった人」
「ああ、あのブルーネットのいかにも仕事できそうな人だね」
「そう。あそこのホール主任なんだって。
ご主人をイラクで亡くされてて、息子さんが一人」
「ジェリーは気持ちを伝えてあるの?」
「ジェリー、自分の体がああだから、遠慮しちゃって。
でも、他のレストランも基地内にたくさんあるのに、毎晩、あそこでしか食事しないんだ」
「うまくいくといいね」
「うん・・・」
タクシーがブルックリン・ブリッジに差し掛かった。
「あ、マーティン、僕ね、フォレスト・ヒルズに越したの」
「え、じゃあクィーンズに戻らなくちゃ」
「今日は、まっすぐ分署に出勤するから。今度、遊びに来てくれる?」
「もちろんだよ!引越し祝いしないとね!いいところに引っ越したね!」
「ジェリーの部屋の分、狭いアパートにしたけど、きれいで気にいってるんだ。駅から歩いて5分だし」
「よさそうだね、よかったね」
「うん、早くマーティンに来てほしいな」
ドムはマーティンの手をぎゅっと握った。
タクシーがマーティンのアパートに着いた。
ドライバーにそれまでの運賃を全部払い、マーティンは降りた。
ドムの分署はハーレムなので、そのまま彼はタクシーに乗って行った。
料金は、さほどかからないだろう。
ジョンに挨拶して、マーティンは急いで出勤の支度をし、フェデラルプラザにタクシーを飛ばした。
マーティンは、プラザ内のカンティーンでサンドウィッチを買って、デスクで食べた。
ダニーは珍しくシリアルを食べている。
「どやった?陸軍基地は?」
「すごく面白かったよ」
ヴィヴィアンが咳ばらいをしたので、2人はだまって朝食に向かった。
フォレスト・ヒルズかー。
クイーンズの中でも高級住宅街に位置し、マンハッタンまでも地下鉄で20分だ。
ドムのサラリーを考えると、住居に贅沢はできないだろうが、2DKを借りるのと1DKを借りるだけで家賃が全く違う。
マーティンはあの兄弟にとって本当によかったなと思った。
ダニーもなぜかにこにこしている。
コーヒーを取りに行ったダニーを、マーティンはさりげなく追いかけた。
「ダニーもいいことあったの?」
メッツのマグにカフェオレを注いでいるダニーに尋ねた。
「だって、今日は給料日やん!俺、ほんまに苦しかったから。な、今日、ランチ、カフェに行こう!」
ダニーはそれだけ言って、席に戻って行った。
ランチになり、2人は外へ出た。
前は行きつけだったカフェだ。ウェイトレスも覚えていてくれた。
「異動されたのかと思ってました」
「ちょっと色々あって・・」
「いいんですよ、今日のおすすめ?ミートローフですけど・・」
「それそれ!」
ダニーがうれしそうに返事をした。
ミートローフを食べながら、マーティンは、ジェリーの恋愛のことやドムが引っ越したことをダニーに話した。
「2人とも生活がええ方向に一変やな。でもDVも解決やろうし、よかったやん」
「そうだよね、ジェリー、すごくイキイキしてたよ。それにみんなから尊敬を受けているのをひしひしと感じた」
「そか。ええこっちゃ。さ、今晩はニック様のお世話やで。お相手はお前、一人でええやろ?」
「ええ!僕だけ?」
「嘘や、一緒にシーフードでも食おう」
「もう、ダニーのバカ!」
2人は自然とほほ笑んだ。
ニックの傷もかなり癒えたので、ミート・パッキング・エリアのステューディオに帰ることになった。
荷物をパーシャのナイキのスポーツバッグに入れて、部屋を見回す。
「ニック、どうしたんですか?リムジン、待たせてるんですけど?」
アリソンが尋ねた。
「いや、何でもない」
「アッパーサイドに住みたくなったとか?」
「どうでもいいだろ」
「図星みたいですね」
アリソンは、ふふっと笑い、2人でパーシャの部屋のロックをした。
1階のセキュリティーに「これ、20Cのパーシャ・コヴァレフさんの部屋のキーです。ご本人に返してね」とカードを渡した。
リムジンの中で、アリソンはニックをからかった。
「うるせー、アリソン、早く彼女作れよ」
「大きなお世話です。帰ったら早速ハーパス・バザーのグラビア撮影の打ち合わせですからね」
「はいはい」
ブロンドをボーイッシュなショートカットで決めているアリソンは、
そういう相手を探す場所に行けば、絶対に注目を浴びるタイプだ。
ルックスもドイツ系らしい硬質な美人で頭も切れる。
しかし、彼女は、ニックの仕事ばかりしていて、なぜか恋愛を二の次にしていた。
マーティンがフォート・ドラムに出かけている間、
ダニーは、初めてアリソンとプライベートな話をした。
「恋人はおらへんの?」というダニーの質問に「いたらとっても素敵だと思います」とアリソンは答えた。
だが、ニックの仕事関係で出会うようなファッション・モデルや、キュレーターは嫌らしい。
もっと自分の仕事と離れている人が理想なのだそうだ。
きっと以前の恋愛で傷ついたことがトラウマになっているのかもしれない。
ダニーはピンときて、ある計画を立て、そして実行に移すことにした。
ダニーは、オフィスの廊下に出て、アリソンに電話をかけた。
さりげなくニックの様子を聞きつつ、相談したいことがあるから、今晩、食事しないかと誘った。
「ニックは一緒じゃなくていいんですね?」
「ああ、アリソンに相談やねん」
「わかりました。じゃあレストランの場所、メールお願いします」
「OK、じゃ、あとでな」
ダニーは仕事が終わると、「それじゃ、お先〜」と駆け足でエレベータホールに向かっていった。
「今度はダニー?一体どうしたっていうの?」
サマンサがマーティンに話しかける。
マーティンもさぁという顔で肩をすくめた。
ダニーは、アリソンに「230・フィフス」というバーに来てくれと連絡をしていた。
そこはビルの20階にあり、エンパイア・ステートビルが目の前に見えるリゾート風のラウンジだ。
アリソンがカウンターで待っていると、ダニーがやってきた。
「ごめん、ごめん、待ったやろ」
「全然。テーブル席に移ります?」
「それはどうかな、この子と相談してみてくれへん?」
ダニーの後ろから、赤毛の女性が現れた。アルの妹のフラニーだ。
「こんばんは、初めまして」
「え、ダニーったら、もしかしてブラインド・デートですか?」
ダニーはにやっと笑った。
アリソンは、もじもじしているフラニーをじっと見た。
「私は、アリソン・パーカー。あなたは?」
「フランです。フラニー・オブライエン」
「やっぱりアイリッシュね。情熱のレッドヘッド。テーブルがいい?」
「出来れば・・」
「じゃ、テーブルに移りましょう。ダニー、ありがとうございます。今度、おごらせてください」
アリソンはウィンクをした。
どうやらフラニーを気に入ったらしい。
フラニーの方は、あこがれの女性を見るようなまなざしでアリソンをずっと見ていた。
ダニーは、邪魔にならないように早々に退散することにした。
そや、フラニーがいなくてさみしいやろうから、アルのとこ、行ったろ。
ダニーは、地下鉄の駅に向かった。
やっとNYファッション・ウィークが終わった。
ニックの傷もほとんど完治したので、あらためて婚約祝いパーティーを催すことになった。
幹事はジョージだ。
ファッション・ウィークの激務で体重が4キロほど落ちていて、休ませてやりたいダニーだったが、
バーニーズ仕込みのあの気のつき方を考えると、他に適任者が見当たらない。
そこでダニーも手伝うことにした。
ジョージの家で、チャイニーズのデリ・ディナーを食べながら、招待者リストを作る。
アラン、トム、ギル、ケン、デザイナーのビル、エディターのジュリアン、
そして自分たちまで書いて、ジョージのPCに入力する手が止まった。
「ねぇ、マーティン、嫌がるかな」
ジョージがダニーに尋ねた。
ニックの元恋人であり、今は、自分とジョージとの三角関係のひとつの角だ。
「呼ばへんと、逆におかしくならへんか」
「呼ばれなかったこと知ったら、傷つくよね」
ジョージはマーティンの名前を入力した。
場所は、ジョージとパーシャの住んでいるトランプ・プレイスの中にあるサロンに決めた。
外のレストランやクラブ、バーでは、ゲイ同士のパーティーは難しい。
カミング・アウトしていないメンバーもいるから、事実上、不可能だ。
ジョージは、ケータリングを考え始めた。
「ねぇ、何料理がいいかなぁ?」
「ニックは肉食獣やからな」
「パーシャはフルーツが大好き」
「困ったな」
「うーん、じゃ、料理は宿題にしようよ!疲れちゃった」
「そやなぁ、もうやめよ」
ダニーがTVをつけると、CNNで夜なのに珍しくファッション・ニュースが流れていた。
ダンヒルのショーの様子が画面に流れ、ちょうどジョージが出てきた。
力強い動き、敏捷な動物のようなポージング。
ダニーは、一つの完成されたアートだと思った。
その張本人が、今、自分の目の前をお気に入りのユニクロのTシャツとトランクスで歩きまわっている。
ダニーは大笑いした。
パーシャも出てきた。
ジョージと違い、流れるような身の動きに、今やパーシャ・ステップと呼ばれるようになった、
ランウェイのトップでのターン。これも美しい。
「やだ、ダニー!興味ないのに、ファッションなんか見ないで!」
「ええやん、お前、綺麗やな」
「僕より綺麗な子、たくさんいるよ、春のファッション・ウィークは今回位、仕事もらえるか不安だよ」
ジョージは真面目な顔で答えた。
アイリスが言っていたが、年2回のメルセデス・ベンツ・ファッション・ウィークに出るブランド数は200以上。
毎日7から10のショーが、ブライアント・パークを中心に行われるという。
過酷な世界や。ダニーは痛感した。
ランウェイに出られるモデルは、ショー当たり60人と言われている。
ジョージやパーシャのような売れっ子が、いくつものショーにブッキングされ、
チャンスを待つ新人モデルたちがどんどん参入してくる。
ダニーは、自殺したアンソニー・グリフィスが、田舎から出てきて、
きらびやかな世界に飲み込まれ、自滅したのも無理のないことかもしれないと思った。
ダニーはTVを消し、デリの容器を片付けているジョージを手伝った。
「ありがと、ダニー。久し振りにゆっくりできるね」
ジョージは嬉しそうに笑った。
「あ、今、お前、笑いながらエッチなこと考えたやろ?」
「それはダニーでしょ?前がふくらんでるもん」
ジョージは今度はげらげら笑いながら、バスタブにお湯を張りにバスルームに入って行った。
ニックとパーシャの婚約祝いパーティーの日がやってきた。
ジョージとダニーが決めたテーマは「テンプテーション・アイランド」。
コンドのサロンを、人気のリアリティー番組の舞台になる、南国のリゾートにするために、
パーティー・コーディネータを雇い、
モンステラ、マングローブ、ヤシ、パパイヤらの観葉植物で部屋全体を囲む形にした。
テーブルの上には、かやのようなテントを張り、
南国の高貴な部族に招待されたゲストたちになってもらう趣向だ。
料理は、昔のハワイの人達が酋長や大切なゲストをもてなした際の伝統的な料理「ルアウ」を、
ジョージが調べてきた。
そして1日だけ、NYの有名ハワイ料理レストラン「トロピカル・ゾーン」から、
シェフとポリネシア人のウェイターとバーテンダーに出張してもらい、準備は完了だ。
ニックとパーシャは、パーシャの部屋で待機している。
ゲストがみな現れたら、ダニーが連絡する手はずにしていた。
ゲストが現れ始めた。
アラン、トム、ギル、ケンは一緒に入ってきた。
デザイナーのビルはブロンドの可愛い青年を連れている。
エディターのジュリアンは、以前の彼とは違う男性同伴だ。
そしてマーティンがやって来た。
思いがけないことにドムと一緒だ。
ダニーは少し動揺したものの、ジョージと目で合図しあい、
ニックとパーシャを呼びだした。
全員立ったままで2人を待つ。
ジョージとダニーの手には、オーキッドで作られたレイ、
ゲストはクラッカーとばらの花びらだ。
そして扉があき、2人が入ってきた。
クラッカーの破裂音の中、ばらの花びらのシャワーを浴びて、
2人は驚いた顔で首からレイをかけてもらった。
「おめでとう!」
口ぐちに祝福の言葉を受けて、ニックは満面の笑み、パーシャは涙を浮かべた。
パーシャの生い立ちを考えると、誕生日さえ祝ってもらったことがないのかもしれない。
ついにパーシャが号泣を始めて、ニックの胸に顔をうずめた。
「おいおい、パーシャ、お楽しみはこれからだぜ。あとで沢山泣いていいから」
パーシャはこっくり頷いて、涙をジョージが差し出したハンカチでぬぐった。
料理のサービスが始まった。
中華の点心レストランのようにワゴンが出てくる。
中はそれぞれ違っていて、ロミロミサーモン、アヒポキ、レリッシュ、トロピカルフルーツサラダ、
青パパイヤと生ハム、エンドウマメのサラダ、タロイモのディップ、スパムとパイナップルのピッツア、
ロコモコライス、サイミンが入っている。
皆は歓声を上げた。
パーシャも泣き終わり、一線に並んだワゴンを覗き始めた。
ドリンクは、マイタイ、ブルーハワイ、セックスオンザビーチ、タヒチアンロコパンチ、
マスカットクーラー、ピニャコラーダ、チチをプロのバーテンダーが作る。
もちろんビールもあれば、ワインもウィスキーもある。
ニックのリクエストで、セックスオンザビーチで乾杯になった。
「皆さん、今日は本当にありがとう、というかこういう挨拶は苦手なんで、
とにかくたくさん食って、飲んでください。幹事役のジョージに拍手を」
ジョージは会釈をした。
食事も最後に差し掛かり、シェフが葉に包まれた大きな包みを運んできた。
皆が注目する。
ジョージが「これはカルアポークといって、特別な日にしか作られないポークのバナナの葉の蒸し焼きです」と説明した。
アランが思わず「おぉー」と言っている。
料理を知っているようだ。
皆が嬉しそうに皿を持って、シェフの前に並んだ。
パーシャは「すごい、すごい」を繰り返している。
ダニーがドムとマーティンをちらっと見ると、どうやらドムを皆に紹介しているようだ。
ゲイの世界へようこそといった感じなのだろう。
ビルが「いゃーん、ヴィレッジ・ピープルじゃなーい!NYPDの制服着てきてほしかったわぁ!」と嬌声を上げていた。
世代が違うドムは意味が分からず、曖昧に頷いていた。
今日はドムの世話でマーティンは手いっぱいやな。
ダニーは少し安心して、バーコーナーでマイタイを飲み始めた。
「ダニーの分も取ってきた」
ジョージが、カルアポークとロコモコライスを持ってきてくれた。
「サンキュー、疲れたやろ」
「まだまだ平気。だって、ダニーが一緒だもん」
ジョージは嬉しそうに笑った。
カルアポークも終わり、後は、ココナッツケーキとハワイアン・コナ・コーヒーでお開きだ。
トムが大声を出した。
「おい、花婿、お前の花婿は指にリングをはめてないぞ」
皆がそうだそうだと言い出す。
「いらないなら、僕に頂戴!」
ケンが言ってギルに叩かれていた。
「おい、パーシャ、指輪、指にはめてみないか?」
ニックが優しくパーシャに言った。
「みんな僕に指輪はめて欲しいの?」
きょとんとしたパーシャが尋ねると、全員がグラスをフォークで叩いた。
パーシャはペンダントをはずし、指輪を取り出した。
カルティエのラヴリングのデザインで全体にダイアモンドを埋め込んだ、
ブティックには置かれていない特注リングだった。ひときわ歓声が高くなる。
ニックがパーシャから取り上げ、パーシャの左の薬指にリングをはめた。
「やだーん、この子たち、もう結婚しちゃったみたーい」
ビルの言葉で皆が大笑いしながら、拍手を送る。
ニックが今まで見せたことのないような照れた顔を見せている。
今度はパーシャがニックの頬を手で包んで、唇にキスをした。
野次がガンガン飛ぶ。
ここにいる人間の大半は、仕事上、カミングアウトできない。
羨ましくて仕方がないのだ。
ダニーはジョージとマーティンがひときわ羨ましそうな顔で2人を見ているのを、眺めていた。
パーティーが終わり、まず、今日の主役のニックとパーシャを送りだした。
今晩と明日は、ザ・プラザのプレジデンシャル・スイートで過ごすのだそうだ。
ジョージから一泊1万5000ドルと聞いて、ダニーはひっくりかえりそうになった。
その後、皆、三々五々帰り始めた。
ケンが何かを一生懸命ジョージに話している。
ジョージは笑いながら首を横に振っていた。
「ケン、帰るぞ」ギルの声に、ケンがはっと気がついて、すっとジョージから離れた。
ジョージはまだ笑っている。ダニーが尋ねた。
「ケンが何やて?」
「死ぬまでの間に、一回だけでいいから僕としたいんだって」
「お前、モテモテやな」
ビルが聞きつけて近寄ってくる。
「当たり前じゃない!ダニーは感覚がヘテロだから分からないのよ。
言ってやんなさいよ。ジョージは、ゲイのサイトで寝たい男No.1なんだって」
「え、そんなランキングあんのか?」
ダニーが驚くと、「ヘテロだってあるでしょ?ジョージ、こんな気のつかない男、ポイしちゃいなさいよ」と言いながら、
ビルが帰って行った。
マーティンがアランとトムと話している間、ドムが近寄って来た。
「今日はお招きありがとうございます。僕、こんなに普通にゲイの、
それもすごい仕事している人たちばかりに会えて嬉しかったです」とドムがお礼を言った。
「そか、お前もがさ入れやったりするやろから、ゲイバーには行けへんもんな」
ダニーに言われ、ドムはうなずいた。
「マーティンがいるから、ゲイバーに行く必要ないです。
それにしてもダニーまでゲイだなんて、僕、見抜く目がないみたい」
ダニーはちょっと複雑な顔をしたが
「それでもええんちゃう?こんなに友達できたんやし。今日はこれからどないすんの?」と尋ねた。
「僕、フォレスト・ヒルズに越したんです。で、マーティンを誘いました」
「そうなん?行くって?」
「はい、あ、マーティンの話が終わったみたい。じゃあ、また」
ドムはジョージにまずハグし、ダニーにハグした。
マーティンがやってくる。
「お前、今日はフォレスト・ヒルズなんやな」
マーティンはちょっと驚いた顔をしたが、
「うん、ドムの新しいアパート見に行こうと思って」と答えた。
「今日、疲れたでしょ、お疲れ様」
マーティンはジョージを強くハグした。
「大丈夫だよ、明日、休みだし」
「そうか、そうだね。じゃそろそろ帰るよ。ダニーをよろしく」
「うん、またディナーに行こうね」
マーティンとジョージはごく自然に話している。
ダニーは自分が疎外されているような気持ちになった。
レストランからの出張メンバーも帰り、ダニーとジョージの2人だけになった。
「クリーナー、頼んだんやろ?」
「うん、明日、グリーン・レンタルの業者も来るし、今日は部屋の鍵をかけるだけ」
2人はサロンを出て、カード・キーでロックし、エレベーターに乗った。
「パーシャ、大泣きやったな」
「絶対嬉しいよね、だって初めての家族だもん」
「ああ、そうか、ニックが初めての家族になるんや・・・なぁ、さっきの話な・・」
「ん?何、ダニー?」
「お前が寝たい男No.1ってほんまの話?」
「たまたま、何かそんな記事があったんだよ」
ダニーは、ジョージを夢見ながら、手こきして果てる男や、
もしかして自分を慰める女が、全世界で何人いるんだろうと思うと、
複雑な気持ちになった。
「俺、見たいな、そのサイト」
「ダニー、何が気になるの?」
「何となくや、えやろ?」
22階に着いたので、2人は降りてジョージの部屋に入った。
ダニーは、すぐにジョージのノートパソコンを持ち出して来た。
「サイト名教え」
ジョージは嫌そうに伝えた。
真っ先にジョージのヌードの写真が出て驚く。
確かに「今年の寝たい男50」とタイトルに書いてある。
ダニーはギャラリーになっているランキングを見始めた。
「ダニー、着替えとお水ね」
「ん、えーお前の次はジェイク・ギレンホールか?俺、ちょっと似てるって言われるで」
「ふーん、よかったね」
ジョージは関心がない。
「ダニエル・クレイグ?ジェイムズ・ボンドは男にももてるんやな、
ヒュー・ジャックマン、ええ体してるわ、
クリスチャン・ベール?バットマンかい・・」
「もーいーじゃない、ねぇー、着替えて、お風呂に入ろうよー」
ダニーは仕方なく見るのをやめた。
がサイトをお気に入りの中に忘れずに登録した。
ダニーが目を覚ますと、ジョージが隣りにおらず、代わりにおさるのダニーが置いてあった。
ベッドのまわりの脱ぎ散らかしたトランクスやTシャツを見て、昨晩の2人の盛り上がりを思い出した。
「もっと、もっと深くきて、もっと突いて、ダニー・・・」
ジョージの甘い声が今も聞こえるようだ。
トイレに行ってから、リビングに入っていくと、ジョージがTシャツにトランクス姿で誰かと電話で話していた。
「それでいいね。うん、わかった。楽しみにしてる。
ダニー?大丈夫だよ、説得するから。じゃあ、後でね」
「俺を説得するって何や?」
ジョージは受話器を持ったまま、びくっとした。
「あ、おはよう、ダニー」
「隠し事したら、お前とは金輪際エッチせいへんからええよーだ」
「もう、時々子供になっちゃうんだから。今のは、マーティン!」
「へ?朝から何やて?」
「朝じゃないよ、もう昼だよ、ダニー。今晩ね、マーティンとドムとディナー食べないかって話」
「どうせ、もう決まった話なんやろ、俺、ベッドに戻る」
チャイムが鳴ったので、ジョージはガウンを着て急いで玄関に走って行った。
業者がセキュリティーのボブと一緒にサロンのカード・キーを取りにきたのだ。
ジョージは、キーを渡し終えると、ベッドでタオルケットにくるまっているダニーの上に乗った。
「ぎゅぅ、く、苦しい・・・・」
「ねぇ、いいじゃない?ドムってすごくいい子な感じだし、新しい友達は歓迎しないと」
「・・わかったから、ど、どいてくれ」
ジョージはころんと横に転がった。
「お寝坊さん、まだ寝てもいいけど、ブランチの用意してあるからね。
あんまり遅くに食べるとディナーが入らないよ」
ジョージは、ベッドルームから出て行った。
それにしても、何で短期間にあれほどジョージとマーティンは仲がよくなったのだろう。
ダニーはのろのろベッドから出て、バスルームに入った。
ウォーキング・クローゼットの中から自分用のTシャツとカーゴの短パンを出して着替え、
ダイニングに向かった。
夕方、2人はトライベッカまで地下鉄で下りた。
ベースボールキャップを目深にかぶり、ポロシャツ、チノパンだと誰もジョージに気がつかない。
ダニーはヘンリーネックのシャツにジーンズだ。
「今日はどこで食うん?」
「ビッグ・ママのガンボの店」
「おお、ええなー、久し振りやん!」
2人はビッグ・ママの店に着いた。
マーティンとドムはまだ来ていない。
「ママ、久し振り!」
「待ってたよー、ジョージ、大丈夫かい?もう痛くないのかい?」
例の事件の事だ。
「すっかりよくなったよ。すぐに来られなくてごめんね」
「いいんだよー、ジョージは忙しい子だから。ダニーは、元気だったかい?」
「俺は元気、ママも前よりもっとべっぴんになったんちゃう?」
「またー、ダニーは口が達者だから危ないったらないよ。あ、お友達だよ」
マーティンとドムがやってきた。
マーティンがまずママにハグされた。
「ママ、紹介するね。僕の友達のドミニク。NYPDの警官なんだ」
「こりゃまた随分ハンサムなおまわりさんじゃないか!ママにハグさせておくれ!」
ドムはビッグ・ママの体に包まれた。
「ママ、じゃあ適当にママの好きな料理作ってくれる?」
「ほいきた!」
ママは厨房に入って行った。
奥のテーブルに座って、シャンパンを飲んでいると、客がどんどん入ってきた。予約で満席なのだ。
カラマリのフライ、なまずのフライ、BBQチキン、ハラペーニョのピッツァ、
オイスターチャウダーと続き、今日はケイジャンチキンのガンボがメインだ。
ドムは南部のケイジャン料理になじみがないらしく、どれも珍しそうに食べている。
「なぁ、ドムってどこ出身やったっけ?」
「オハイオ州のコロンバスです」
「僕は、ニューオリンズなんだ。だからNYに来てから、ずっとこの店が僕の故郷なんだよ」
ジョージが言うと、ドムは店内を見回した。
「混んでますよね」
「ここ、ザカットにも載ってる有名店だからね」マーティンが補足した。
「うぁー、また僕だけじゃ来られないところに案内してもらえて、すごく嬉しい」
ドムはにこっと笑ってワインをぐいと飲んだ。
「ドムは、仕事帰りはどの辺で飲んだりするの?」
ジョージが尋ねた。NYPDの生活に興味があるらしい。
「仲間と行くのはブルックリン・ブリッジのたもとにあるバーですね。
でも、僕、兄の世話があったから、そんなに行ってないんです。
今度はフォレスト・ヒルズに越したから、ちょっと行きにくくなっちゃった」
「NYPDは結束固いから人のつきあいが大変やな。でも、顔出しといた方がええで。
俺も嫌々マイアミでつきおうてたから、よくわかる。
気楽に飲みたい時は、俺らと飲めばええやん、なあ?」
ダニーが言うと、ジョージとマーティンが一様に頷いた。
月曜日になり、ダニーはブルックリンから出勤した。
昨晩は、ドムと一緒にいたとはいえ、マーティンの前で、
またジョージのコンドに戻りたくなかった。
ドムがクイーンズに引っ越してきたが、隣り同士の区でも、地下鉄の路線がまるっきり違う。
ドムとも2人もマンハッタンで別れて帰宅した。
ダニーが、スナックコーナーからコーヒーを持って戻ってくると、
マーティンが出勤してきた。
ダニーに近付き、バックパックからジップロックを出す。
「ん?どないしたん、これ?」
「ジョージが、朝、届けてくれた。セントラル・パーク横切るのがいい散歩になるからって」
「ふーん、そうか。じゃ頂くわ」
ダニーはジップロックを受け取り、また複雑な気持ちになった。
2人への嫉妬?そんなはずないわ!
頭の中に浮かんだ嫌な想像を振りはらって、チキンとしいたけのパテのサンドウィッチにかぶりついた。
PCを立ち上げたら、急に例の寝たい男サイトを思い出した。
続きや、ジョージに対するコメントを見たい欲求にかられたが、
まさかオフィスでは見られない。
ダニーは仕方なく、メールボックスにたまったメールの整理から仕事を始めた。
ボスがチームを招集した。皆、ミーティングデスクに座る。
「グレン・マカフィー、16歳。ゲーム・ソフト製作者だ。今朝、両親から捜索願いが出た」
サマンサが「知ってます。知能障害のある天才クリエイターですよね」とすかさず答える。
「知能障害があるのに、天才ってどういう意味?」ダニーが尋ねた。
「彼はサバン症といって、ごく特定の分野に限って、常人には及びもつかない能力を発揮する病気を患っている。
その特定の分野がゲーム・ソフトの製作だった。現在は、スパイダー・ゲーム社の社員だ」
ボスが答えた。まるでパーシャのゲーム・クリエイター版だ。
「ダニーはゲームに疎そうだから、ヴィヴィアンとグレンの家に行ってくれ。
サマンサとマーティンはスパイダー・ゲーム社のオフィスに頼む」
ボスはそれぞれに指示を出した。
ダニーとヴィヴィアンは早速、モーニング・ハイツにあるグレンの実家を訪れた。
両親ともが在宅していた。
「いつ、いなくなったのに気がつかれたのですか?」
「今朝、早朝です。新聞を取りに出ようと思ったら、玄関ドアの鍵があいている。
急いでグレンの部屋に行きました。もぬけの殻でした」
「お父様のご職業は何を?」
父親はばつが悪そうな顔をした。
「以前は郵便局員でした。グレンの才能が見出された時、仕事を辞めました。
あの子が仕事がしやすい環境作りをしてやるのを、仕事にしたんです」
「それでは、グレン君の収入で生計をまかなっていらっしゃるわけですね?」
2人は頷いた。
「ちなみに年収はおいくらくらいなので?」
ダニーが尋ねた。
「去年は、グレンのゲームが大ヒットしたので200万ドルです」
驚くような大金だ。
「グレン君に不審なところはありませんでした?」
ヴィヴィアンの質問に「特には。今、製作中のゲームに夢中なんです」と母親が答えた。
「お部屋を見せて戴いても?」
2人はグレンの部屋に入った。
3台のPCがデスクの上に並んでいる他は、普通の子供部屋だ。
バンドのポスターもなければ、CDもない。
その代わり、DVDが所せましと並んでいた。
デスクの上はPCの他になぜか海洋動物図鑑が何冊か重ねておいてあった。
「PCとその本、押収させてもらいましょう」
ヴィヴィアンの声にダニーが頷いた。
マーティンとサマンサの方は、ミッドタウン・ウェストにあるスパイダー・ゲーム社でいらいらしていた。
相手は社長のウェストだ。
まだ30代でこの会社を立ち上げ、NY株式市場に上場させた億万長者である。
「グレンのPCにはわが社の将来が入っているので、押収は勘弁していただけませんか?
もしFBIのオフィスから、グレンの製作中のゲーム・ソフトの内容が漏れたら、
どう責任を取ってくれるんですか?」
「FBIを信用していただけないとは、困りますね。
こちらは家宅捜索令状で簡単に押収出来るんですよ。
でも今はグレンの安否がかかっています。
手続きしている間に何か起こりでもしたら、あなたこそ、
どう責任を取られるんですか?」
サマンサががんがん押した。
「それではFBIの調査にうちのプログラマーを立ち会わせてください」
「わかりました」
マーティンは、押収を進めるようにダニーに電話をした。
FBIのオフィスでは、テックが総がかりで、グレンのPCを調べていた。
分かったのは、彼がクジラをテーマにしたゲームを製作していたことだ。
アメリカの東西の海岸線を利用して養殖場を開発し、繁殖させる育成ゲームだ。
「この子、捕鯨問題に興味があったのかしら?」
サマンサがつぶやいた。
「何だろう、反捕鯨の立場でもないね。ただクジラを増やしたいだけみたいだ」
マーティンが答えた。
ダニーとヴィヴィアンは、スパイダー・ゲーム社のライバル会社をしらみつぶしに調査した。
誘拐の線はでてこない。
グレンのゲームには特徴があるらしく、誘拐監禁して、ソフト製作させたとしても、
それが世に出れば、グレン・マカフィー作と分かってしまう。
「やだ、何で気がつかなかったのかしら!反捕鯨運動家じゃない?
これが世の中に出たら、彼らの活動の妨げになるわ」
サマンサが大声を上げた。
ダニーはすぐデスクに戻り、NY内に住む反捕鯨運動家を調べた。
「なぁ、グレンの親父さん、郵便局員て言うてへんかった?」
ヴィヴィアンに尋ねた。
「ええ、そうよ」
「一人おるわ。グランド・セントラル・ステーションの郵便局員、コーネル・ワイズ」
「じゃ、行きましょう」
郵便局につくと、コーネル・ワイズは配達中とのことだった。
「配達車の場所を特定できませんかね?」
「できますよ」対応した女性はPCを叩いた。
「あら、ヘンだわ。彼の担当地域はマンハッタンなのに、ブルックリンのコニー・アイランドにいます」
「先週、閉鎖されたばかりのところで何してるんや」
2人は車を飛ばした。
グレンはすぐに見つかった。
ネイザンズのホットドッグ店で、男とホットドッグを食べていたからだ。
「FBI!地面にうつぶせに横になれ」
ダニーが拳銃で狙いながら、命令した。
ヴィヴィアンは、グレンに話しかけた。
「ホットドッグ、好きなんだ。よかったわね。そろそろお家に帰りましょうか?」
グレンは、サルサソースでベタベタの手でヴィヴィアンの手を握った。
ワイズは、シーシェパードNY支部の幹部だった。
たまたま元同僚のマカフィーの家に行き、グレンの製作しているゲームの画面を見てしまった。
シーシェパードは、人々が持つ純粋な動物愛護・環境保護の感情をうまく自分達の政治的権益の為に利用する手法で規模を拡大している。
が、このゲームが世に出れば、彼らの活動への風当たりが強くなる。
彼はグレンに今日、水族館に連れていくからと信じ込ませ、迎えに行き、グレンを拉致した。
後のことは命令待ちだったらしい。
超過激派の幹部だったら今頃グレンの命はあっただろうか。
チームは全員、胸をなでおろした。
ダニーがデスクで仕事をしていると、携帯が震えた。
着信にはホロウェイと出ている。ダニーは廊下に出た。
「ダニーや。どないしたん?」
「助けてくれよ、ダニー」
2人はいつしか、ダニー、ニックを呼びあう仲になっていた。
「何や、犯罪か?」
「や、うちの奴」
「パーシャかいな。今度はお前何した?」
「してないから、怒ってるんだよ」
「はい?話が見えませんが」
「今、リトル・イタリーで祭りやってるだろ?あれにどうしても行きたいんだとさ」
「連れていけばええやん。それだけのことや」
「実は俺も行ったことなくて・・」
「まさか、俺に道案内しろと?」
「頼むよ。俺も後で後悔したくないからさ、何が面白いとか、どこが美味いとかあんだろ?」
「しょうのない奴やな。これ、すごいでかい貸しにするからな。で、いつ?」
「今晩。もう毎晩泣くからさ、止めさせたくて」
「分かった。今晩な。確か夜10時までやってるから、8時に地下鉄のキャナル・ストリート駅の改札で待ってるわ」
「すげー、助かった。ありがとな」
ぶちっと電話が切れた。
もう9月も中旬から下旬に差し掛かっている。
ちょうど「サン・ジェナーロ・フェスティバル」の時期だ。
今年で81回目と長い伝統を誇るストリートフェスティバルで、
会期中には100万人以上の人出の大人気のお祭りだ。
リトルイタリーの通り約1Kmが歩行者天国になり、300以上の屋台や露店が軒を並べる。
しまった、晩飯や!
ダニーは、急いで「デルアミコ」に電話をかけた。
オーナーがどうにか4人分のテーブルを9時から取ってくれた。
ダニーは、オフィスの自分の席で懸命にPCで作業しているマーティンの横顔を見ながら、ジョージに電話をした。
「ダニー、どうしたの?お仕事中でしょ?」
「お前、今、何やってんの?」
「プラネット・グリーンの次の収録の準備」
「今晩は暇か?」
「ダニーに聞かれたらNoなんて言えないよ」
「じゃ8時にキャナル・ストリート駅の改札に来てくれへん?カジュアルなかっこで」
「ん?「サン・ジェナーロ・フェスティバル」に行くの?」
「そや、ニックに頼まれた。パーシャが行きたいって毎日泣くんだと」
ジョージが笑った。
「もちろん行く。レストランの予約は大丈夫?」
「それはもう済んだ。じゃ頼むわ」
「わかった。それじゃ、後でね」
4人は時間通りにキャナル・ストリート駅改札口に集まった。
パーシャがニックに腕組みして、はしゃいでいる。
「じゃ、行くか」ダニーの声で地上に上った。
4人はまず人の多さに圧倒された。
普通の日の8時だというのに、屋台が出て道を狭くしているせいもあって、なかなか歩けない。
ダニーは偉そうに「まずは教会に行って、サン・ジェナーロ像見学や」と3人を引き連れて、小さな教会に入った。
「サン・ジェナーロは、ナポリの守り神なんやて」
ジョージは教会の見事な装飾を見たりしているが、パーシャは屋台、屋台と言っている。
3人はすぐに教会を後にし、屋台を見始めた。
まずはソーセージ屋だ。
「イタリアンソーセージは色によって味が違うんやで。
白系はハーブ、茶系はスパイスが入ってる。
あっさりか辛いか選び?」
皆、適当に買ってかぶりついて、イタリアンビールを飲む。
「次も美味いで」
ダニーが連れて行ったのはお菓子の屋台だ。
ピロシキのような揚げパンが並んでいる。
パーシャが「これ、イタリアじゃないよ」と言ったのが聞こえたのか、
屋台のおやじさんが、「そうじゃねえ、これはシチリアのカンノーリだ。食ってみろ。うまいぞ」とパーシャに渡した。
パーシャは一つ口に入れてほおばった。
「あ、中にチーズが入ってる!」
「上物のリコッタ・チーズを入れるのが本物だ。兄さんたちも食うだろ?」
3人もカンノーリを受け取って食べてみる。
ダニーは、皆がそれぞれ珍しそうに楽しんでいるのに安心した。
あの電話の後で、ネット検索に時間を費やした甲斐がある。
ベネチアンアクセサリーの屋台があり、ジョージとパーシャが、
ああだ、こうだと言いながらビーズのブレスレットを買った。
また他の屋台でビールを立ち飲みしていると、そろそろディナーの予約時間だ。
ニックがパーシャに尋ねた。
「なぁ、これから食事しに行くけど、もうお祭りはいいか?」
「うん、満足した。でも、明日もまた来たいって言ったら、ニック一人でも連れてきてくれるよね」
ニックは、ダニーの顔を見ながら、「もちろん、連れてくるさ」と答えた。
話しながら歩いていたら、いつのまにか「デルアミコ」の前まで来ていた。
「デルアミコ」も屋台を出している。ラザニアの屋台だ。
「あ、おいしそう・・」
ふらふら寄ろうとするパーシャをニックが抱きとめた。
「これから、そのラザニア作ってるレストランに行くんだから我慢な」
「そうなの?わかった。ラザニア、頼む?」
「ああ、お前が食べたいなら、もちろん頼もう」
ジョージとダニーは2人の会話に笑いながら、「デルアミコ」の扉を開けた。
朝からボスとマーティンは移民局に行くことになり、
ダニーは、未解決事件のファイルの箱を整理していた。
昼になっても2人が戻ってこないので、チャイヤの店でランチを買い、
スナック・コーナーで一人で食べていた。
すると、マーティンが戻ってきた。
「ダニー、今日はチャイヤなんだ?僕も買ってこよう」
15分後、マーティンは、ランチボックスを持って、ダニーの向いに座った。
「ねえ、ダニー、お願いがあるんだけど・・」
「何や、急ぎか?」
「・・・出来れば早い方がうれしいかも」
「気になるやん。早く言い」
「ブルックリンに今晩行きたいんだけど、泊めてくれる?」
「そんなことか!当たり前やん。ええよ」
「あと、付き合ってもらいたいところがあってさ、奢るから一緒に来てくれない?」
「ふぅん、お前がブルックリンでなー、一体どこ?」
「ヒース・レジャーって俳優いたじゃない?」
「ああ薬物の大量摂取で死んだんやったよな」
「彼が出資したレストラン・バーがブルックリンにオープンしたんだよ」
「へぇー知らなんだ。どこらへん?」
「グリーン・ポイント」
「家よりえらい北やな。帰りはタクシーやな」
「ありがとう。どうしても行ってみたくて」
それだけ話して、マーティンはチャイヤのランチにがっつき始めた。
午後も事件がなく、未解決事件のファイルの整理だ。
定時に終わったので、2人でお先にとオフィスを出る。
「ほな、行こか?」「うん」
2人はダニーが帰りに乗る線と別の地下鉄で、ブルックリンに向かった。
ロリマー通りとベッドフォード通りのちょうど角に、店はあった。
築年数の古いビルをそのまま利用して、内装だけを有名デザイナーにお願いしたんだとマーティンが説明する。
「ずいぶんよく知ってるな」
「うん、だってブロークバック・マウンテンのイニスをやった俳優の夢だったんだよ。
自分のバーを持つのが。ここの上の階に引っ越してくる予定まであったんだって」
「へぇ、じゃあ自殺やないのか」
「ダニーは本当に芸能に疎いね。違うよ、ね、入ろう」
マーティンが率先して入って行った。
客層は、マンハッタンの流行のバーと同じようなおしゃれな若者が多い。
ダークスーツの2人は完全に浮いている。
キャシュ・オン・デリバリーでビールを買い、
混んでいるカウンターから離れて、奥にあるテーブル席に陣取った。
メニューはしっかりしていて、オイスター・バーのようでもあり、
カリフォルニアのヘルシーレストランのようでもあった。
「ここの上に住んで、ここでDJをやりたかったんだって」
「お前、どっからそんな情報仕入れるん?」
「ダニーはあんまり見ないサイトだよ」
「・・ゲイ向けか?」
「うん、そう」
「そういうの、よく見てるんか、マーティン?」
「見ちゃだめなの?」
マーティンがビールをぐいっと飲んだ。
「そんな事言うてないやん」
「見てるよ。だって僕、ゲイだもん」
ウェイトレスがやってきた。
モデルのように美しくスタイルの良い子だ。
ダニーはオニオンリングとBBQチキンにスペシャル・ピッツアを注文した。
2人はしばらくだまってビールを飲み、食べ物をがつがつ食べて、店を出た。
「満足か?」
ダニーが尋ねると、「目的は達成した。ありがとう、付き合ってくれて」とマーティンは答えた。
「でも、あと一つお願いがあるんだ」
「何や、今日はお願いの日なんやな」ダニーが笑う。
「ダニーのYシャツ1枚、僕にくれない?」
「何で?お前とサイズ違うやん」
「違うよ。そういう意味じゃなくて。映画の中で、死んだジャックの実家にイニスが行くじゃない?
で、2人が愛し合ったブロークバックマウンテンで来てたシャツをもらうんだ。
覚えてない?でさ、20年後なのに、イニスは大切にそのシャツをクローゼットにかけて
「これからはいつも一緒だ」って言うの。名場面だよ」
ダニーは、マーティンと一緒にその映画を見た覚えはあるが、セックスシーンやキスシーンしか
覚えていなかった。
「どうせもらえるんだったら、4年前、サンディエゴに着てったのがいい」
「ええ?そんな昔、覚えてないで、俺。」
「じゃ、何でもいい」
「わかった、今晩、家で欲しいの選び。さ、家に帰ろ」
「ありがと、ダニー」
ダニーは、通りに出てタクシーを拾った。
ダニーの部屋に着き、2人はジャケットを脱いで、ネクタイを緩めた。
「水、飲むか?」
ダニーがソファーに座っているマーティンに尋ねると、こっくりと頷いた。
以前は、コントレックスばかり飲んでいたダニーだったが、
ジョージの影響で「エトス・ウォーター」に変えていた。
「エトス・ウォーター」は、その利益の50%を国際協力NGOに寄付し、
世界中できれいな水を必要としている子ども達やコミュニティに提供する活動で有名な企業だ。
スターバックスで1ボトル買うと、売上から5セントが寄付される仕組みになっている。
ジョージが「プラネット・グリーン」で企業を取材してきてから、何となくこればかりを飲んでいる。
マーティンに渡すと「あ、ダニーも「エトス」飲んでるんだ」と言った。
「お前も?」
「うん、ジョージから話聞いて、銘柄変えたんだ」
また、ジョージか。一体、マーティンとジョージはいつ、そんな話をしているのだろう。
「そやそや、お前、俺のYシャツ欲しいんやったな。クローゼット見るか?」
「うん、いい?」
マーティンは、ためらいがちにダニーのクローゼットを開けた。
タオさんのクリーニング店のビニール袋に無造作に包まれたYシャツが並んでいる。
マーティンは、中からピンクとブルーのシャツを選んだ。
「カラー・シャツが好きなんか?」
ダニーが尋ねると、マーティンは恥ずかしそうに、
「初めて2人でサンディエゴに行った時、ダニーは1日目はピンク、2日目はブルーのシャツだったから」と答えた。
ダニーは驚いた。4年も前なのに、マーティンは覚えているのだ。
「ねぇ、今日、最後のお願いしてもいい?」
「うん、今日はお願いの日やから、特別に許す」
「明日、これ着て出勤してくれる?」とピンクのシャツを差し出す。
「ええけど、何で?」
「ダニーの匂いが欲しいから」
マーティンは照れくさそうに笑った。
「汗とかで、襟ぐりもそで口も汚れるで。それでもええの?」
「うん、その方がいい」
「変な奴。じゃあ明日はピンクのシャツな。シャワーしよか?」
ダニーはピンクのシャツをビニール袋から取り出して、クローゼットにかけた。
IKEAで買ったクイーンサイズのベッドは、ダニーのベッドルームにうまくフィットしていた。
シャワーを浴び終え、歯も磨いた2人は、トランクスだけで、ベッドに寝転んだ。
「ベッド、いい感じだね」
マーティンがダニーの顔を見つめながら言った。
「だろ?ええ買い物したわ」
「ねぇ、ダニー・・」
マーティンがいきなり、ダニーの両手を万歳させ、押さえつけた。
顔をダニーの胸に押しつけ、乳首を舌でこすり始める。
「あぁぁ、ええ気持ちや」
「だまって」
マーティンはダニーの腹の左側にある、ナイフの刺し傷の跡を舐めた。
ダニーは急に思い出した。
サンディエゴで2人が初めてベッドを共にした夜、マーティンが同じことをしたのを。
その後、期待で首を持ち上げているダニーのペニスの腹を舌でちょろちょろ舐め始めた。
そうや、あの夜、マーティンにこれをやられて、俺は観念したんや。
それまで、男と寝たのは、施設時代に先輩たちに「女」にされた時だけだった。
ゲイの行為にずっと嫌悪感を抱き続けてきた。
それが、マーティンの愛撫で陥落したのだ。
マーティンは口にダニーのいきり立ったペニスを含むと、ちょっと歯を立て、
甘噛みしながら舌をはわせた。
「あかん・・マーティン、うますぎる・・俺、出そう」
「いいよ、僕の口に出して、ダニー。初めての時みたいに」
マーティンは口をすぼめたまま、前後に動かし始めた。
ダニーは、あぁと甘いため息をもらし、体を震わせた。
ダニーが荒い息を整え、マーティンのペニスに手を伸ばすと
「今日はいいんだ」とマーティンが断り、バスルームに入って行った。
自分で処理するつもりなのだろう。
そう、サンディエゴの最初の晩と全く同じだった。
そして二日目に、2人は初めて結ばれたのだ。
海岸近くのエンバシー・スイート。
部屋の内装も窓から見える高層ビルのイルミネーションもダニーは思い出し始めていた。
マーティンが戻ってきて、ダニーの隣りにごろんと寝転がる。
「もう4年も経ったんやな」
「長いようで短かかったね」
「ああ、お前とこうなるなんて思ってもみなかったな、あの頃」
「ダニー、闘争本能むきだしだったからね」
マーティンがクスッと笑った。
「だって、相手は副長官のご子息やからな。俺とは別の世界の人間やと思ってた」
「でも、今は一緒の世界の人間だよ。そろそろ寝ない?」
「そやな、じゃ、明日はピンクのシャツ着るから」
「ありがと、ダニー、すごく愛してる」
マーティンは、ダニーの唇に軽く触れて、寝がえりをうった。
ダニーも「おやすみ」と言って、目を閉じた。
週末になった。
今週末は、ジョージが取材で出かけている。
ダニーは、いつものように昼過ぎまで眠りをむさぼった。
さすがに腹が減ってきて、お腹が鳴っている。
ダニーは、のろのろ立ち上がり、シャワーを浴びて身支度をすると、
クリーニングを持って、ストリートに出た。
タオさんの店でクリーニングを渡し、近くのカフェに入った。
サタデー・ブランチの時間で、結構混んでいる。
ダニーはテラス席に座り、エッグ・フロレンタインを注文した。
焼いたブリオシュの上に野菜ととろとろの半熟卵にチーズ。
これだけでかなり食欲が収まる。
グラスワインの白をもらって、料理と一緒に終わらせた。
スーパーにも行かなければならないが、とりあえず家に戻った。
またうたたねでもしようと思った時、ダイニングチェアーにかけてあるピンクのYシャツが目に止まった。
マーティンのリクエスト通り、一日中気倒したシャツだ。
そや、マーティンに電話したろ。
携帯で自宅にかけると、すぐにマーティンが出た。
「ふぃっつじぇらるろれす・・・」
「おい、お前も昼寝?」
「あ、あ、ダニー?ごめん、寝てた」
「今日、これから何か予定あるか?」
「買い物位だけど」
「じゃ、俺、行ってもええかな。シャツ渡したくて」
「あ、ありがとう。ちゃんと汚してくれた?」
マーティンが笑う。
「ああ、赤ん坊も真っ青や。じゃ、これから車で行くわ」
「OK、待ってる」
ダニーはYシャツを紙袋に入れて、マスタングのキーを手にし、地下に下りた。
道は意外とすいており、30分ほどでマーティンのアパートに着いた。
ジョンが珍しく居眠りをしている。
「ジョン、こんにちは」
ダニーが挨拶すると、すぐに目を覚まし「お久しぶりでございます。テイラー様」と返事をした。
ダニーはドアをジョンに開けてもらいながら、さすがの元敏腕デカも寄る年波には勝てへんなと思った。
合い鍵で開けると、マーティンがTシャツにトランクスでリビングを右往左往しているのが見えた。
「来たで!」叫ぶと、マーティンは廊下を走ってきてダニーに抱きついた。
「お前、何してたの?」
「え、ちょ、ちょっと片付け」
「ふうん、はい、これな、ピンクのシャツや」
「わ、ありがとう!」
マーティンは早速袋から出して、くんくんと匂いを嗅いだ。
「うん、ダニーの匂いがする」
「お前、犬みたい。ヘンな奴。匂いフェチやったんか」
「いいじゃない、僕はイニスなんだから」
ダニーがリビングに入ると、マーティンが何を片付けていたのかが分かった。
テイクアウトやデリバリーピザの入れ物がいくつも無造作に置いてある。
「こんなんばっかりじゃ、体に悪いで」
「そう言うと思って、ダニーの目につかないところに置こうとしてたのに・・」
マーティンはぷっとふくれた。
ダニーはしばらく、マーティンに手料理をごちそうしていないのを思い出した。
「なぁ、今晩は俺の料理食いながら、野球かDVDか、お前の好きなもん見るっていうのはどやろ?」
「本当?ダニーの手料理大好きだよ」
「じゃあ、早く着替え。ホール・フーズ・マートに買い物に行こ」
「わかった」
2人は、マスタングでコロンバス・サークルのスーパーに出かけた。
とにかく品揃えが素晴らしいのだ。
「今日は何作るの?」
「まだ決めてへん。どないしよか」
「僕、ダニーのラザニアがいいな」
ダニーはぴんときた。
「それよりムサカは?」
「え?あのギリシャ料理?ダニー作れるの?」
「ラザニアの兄弟みたいな料理やもん。それと温野菜とシーフードのサラダにしよ」
「聞いてるだけで、お腹が減ってきちゃった」
2人はカートを押しながら、まず野菜売り場からまわり始めた。
ダニーは、ベッドの中で目を覚ました。
自分でベッドに入った覚えがない。
ギリシャ料理のディナーの後、片つけをしてから、
マーティンが見たいといったイギリス映画「モーリス」を見始めた。
最初は若き日のヒュー・グラントが出ているのがもの珍しかったが、
いかにもイギリスの中産階級の気どりと、ケンブリッジ大学生たちの無防備さにダニーは乗れず、
思えば、途中で眠ってしまったようだ。
隣りでは、マーティンがすやすや寝息を立てている。
またベッドまで運んでくれたんや。
ダニーは、マーティンの前髪を少し持ち上げ、額にキスをした。
目が冴えてしまったので、起きだして、冷蔵庫から「エトス・ウォーター」を出して飲む。
そや、マーティンの見たかった映画や。最後まで見たろ。
ダニーは、リビングのソファーに腰掛け、無音にして早送りしながら自分が覚えているシーンをチェックした。
あやふやになったあたりで、音量を少し上げ、続きを見始めた。
主人公のモーリスはケンブリッジ大学の同級生と両想いになり、卒業後、
別々の職業につきながらも関係を続けていた。
しかし、恋人が世間体からモーリスを裏切り、急に結婚をしてしまう。
失意のモーリスは、別荘で心の痛みを癒そうとするが、そこで猟番の青年と出会い、恋に落ちる。
そして階級の差を乗り越えて、モーリスは本物の愛を見つけるのだ。
ダニーは、世間体で結婚を選んだ元恋人と、マーティンがなぜか重なった。
良家の長男で、将来を嘱望されている立場。
絶対にカミング・アウト出来ないことへのフラストレーション。
そして、本物の愛への渇望。
確かに、ドムと関係を続けてはいる。
しかし、ダニーは、マーティンがそれは本物ではないのを知りながら続けているのがよくわかる。
婚約したニックとパーシャのようなカップルこそ、本物同士なのだ。
俺はどうすればいい?
ダニーはエトスのボトルをぐいっとあおり、DVDを消して、ベッドに戻った。
ダニーがベッドに入ると、マーティンが「ううぅん」と唸って薄眼を開けた。
「ダニー、起きちゃったの?」
「小便や。おやすみ」
「うん・・・」
またすぐに寝息が聞こえ始めた。
翌朝、マーティンより早く目が覚めたダニーは、
近くのデリ「E.A.T.」で焼きたてのフォカッチャサンドとグリーンサラダを買い、
朝ごはんの支度をはじめた。
コーヒーをちょうど煎れ終る頃、マーティンが目をこすりながら起きてきた。
「おはよう。早いね」
「おはよ。ごめんな、俺、先に寝て」
「いいんだよ、最初から、ダニーは退屈するだろうって思ってたから」
マーティンはうすく笑って、バスルームに入って行った。
バスローブ姿で出てきたマーティンは、
ダニーからコーヒーの入ったマグカップを受け取った。
「ありがと」
「フォカッチャサンドとサラダでええか?」
「もちろん!」
ダニーは、フォカッチャを二つ並べて電子レンジで温め、サラダをボールに盛った。
「ダニーと一緒だと、いつも健康的なご飯が食べられるね」
マーティンは嬉しそうだ。
「いつもとは限らんで。たまらなく、フライドチキン食いたい時あるし」
マーティンが大笑いした。
「それじゃあ、今日のランチはカーネル・サンダースに行く?」
「あほ!そやなぁ、パストラミサンド食いに、カッツ・デリカテッセン並ぶか?」
「いいねー、大賛成!」
こうして話していると、二人だけの世界が一生続くような気がするマーティンだった。
「ねx、シャツのことなんだけど・・」
「うん?」
「匂いが弱くなってきたら、また着てくれる?」
「はぁ?お前、ほんまに匂いフェチちゃうの?」
「違うよ!でも、今度はブルーがいい」
まじめな顔でマーティンは返事をした。
「いっそのこと、プロの調香師にお願いして、ダニーのコロン、作ってもらおうかな」
「それって、何が原料なん?」
「え、アルコールと、ダニーの汗とか、あとは言えない・・」
「お前って、まじめにエッチやな」
ダニーは大笑いした。
日曜日の夜にブルックリンに帰ったダニーは、携帯の留守電に気がついた。
再生すると、ニックのマネージャーのアリソンからだった。
さっそくコールバックする。
「アリソン、ごめん、遅なって。何かあったん?ニックか?」
アリソンは笑いながら「違うの。この前、ブラインド・デート設定してくださったでしょ?
そのお礼がしたくて」と答えた。
「じゃあ、うまくいってんの?」
「まだ3回しか食事してないけど、すごくいい子です。
それに大学の専攻が、革製品デザインなんですって。素敵だと思いません?」
ダニーは何が素敵なのか分からなかったが、適当にあいずちを打った。
「それで、もし明日の晩、お暇だったら、ぜひディナーをおごらせてください」
「ええよー、そんなん」
「いいえ、私の気がすまないから」
アリソンに言い切られ、2人は夜8時にタイムズ・スクウェア近くのドリームホテルの最上階にある
「アヴァ」というラウンジで待ち合わせをした。
翌日、事件もなく一日が過ぎ、ダニーが帰り仕度をしていると、マーティンもがさがさやっている。
「お前も急ぎ?」
「うん、遅れちゃいそうなんだ」
ダニーは、ドムとデートかと思い、「そんじゃ、お先」と先にエレベータに乗った。
地下鉄でタイムズ・スクウェアまで行き、ドリームホテルに急ぐ。
「アヴァ」に着くと、カウンターでアリソンがカクテルを飲んでいた。
「お待たせ、ごめんな。いつも待たせて」
「いえ、いいんです。ここのお食事、結構いけるんですよ」
「へえ、眺めもすごいわ」
2人は窓側のテーブル席に移動した。
フュージョン料理らしく、アジア系からフレンチ、イタリアン、アメリカン、なんでもある。
アリソンはヴーヴ・クリコをボトルで頼み、オードブルにチキン・サテーとパパイヤ、
メインにホタテ貝のソテーを選んだ。
ダニーはサーモンとはまちの海苔巻にラムチョップだ。
こうしていると、普通のヘテロのカップルのデートに見える。
シャンパンが進んでくると、アリソンも打ち解けて、敬語で話すのをやめた。
「アリソン、もう敬語はなしな」
「了解、捜査官どの!」
NY大で美術の修士号を取っているだけあって、頭の回転がとても早いし、
ウィットに富んだ答えがポンポン返ってくる。
ダニーは久し振りに女性と親しく話す喜びを思い出した。
カウンター席に新しい客が入ってきた。
なんとジョージとマーティンだった。
2人とも食事が済んで、一杯飲もうと「アヴァ」にやってきたのだ。
カウンターでカクテルをオーダーし、ジョージがふと回りを見回した。
「え、うそ!ダニーがいる!」
「どこ?」
ジョージが指さすと、ちょうどダニーのジョークにアリソンが大受けして、
ダニーの肩をつついているところだった。
「ねぇ、あれ、アリソンだよね?彼女、ゲイじゃなかった?」
マーティンが尋ねた。
「僕もそうニックから聞いてる。でも、もしかしたらバイなのかな?」
「2人とも、すごく楽しそうだよ・・」
ジョージとマーティンは、カクテルをぐいっと飲んだ。
「まさか、ニックがパーシャと婚約したから、アリソン、ターゲットをダニーにしたんじゃないの?」
ジョージが言った。
「えー!そんなのありかな。でも、とにかく楽しそうだ」
「ダニーがすごく楽しそうなのが、なんだか腹が立つね」
2人はダニーたちに気がつかれないように一杯で切り上げて、ホテルのロビーに降りた。
「まだ帰りたくないな」
「僕もだよ、ジョージ」
「ねぇ、じゃあ、場所変えない?」
ジョージとマーティンは、その後、ノリータに移動し、バーを数軒はしごした。
2人ともダニーのことがショックで、あおるように飲み、もうべろべろだ。
「ダニーのバカ野郎!女なんかといちゃいちゃして!」
「そうだ、そうだ、ダニーは大バカ野郎だ!」
2人は、ふらふらしながら肩を組んで歩いていた。
「うち・・帰ろうか」
ジョージがろれつが回らない調子でマーティンに尋ねた。
「・・うん、帰ろうか」
ジョージがリムジンを呼び、2人はアッパーサイドに上がっていった。
リムジンに乗ると、マーティンはすぐに眠り始めた。
ジョージはやっと「リバーサイド200のトランプ・プレイスお願い」とだけ言って目を閉じた。
リムジンがジョージのコンドに着き、2人はセキュリティーに助けてもらいながら、リムジンを降りた。
ジョージがマーティンをおんぶすると言って、セキュリティーを断り、
眠っているマーティンの静脈認証を済ませて、エレベータに乗った。
「マーティン、重たいよぅ・・」
22Bのキーを開け、ジョージは、すぐベッドにマーティンを寝かせた。
スーツじゃ窮屈だろうから、ふらふらしながらも、
マーティンのジャケット、シャツ、パンツ、靴下と脱がせていく。
すると、マーティンの意外とがっしりした体が現れた。
「逞しい・・・」
ジョージは、自分も服をのろのろと脱ぎ、部屋の電気を消してベッドに横たわった。
翌朝、マーティンが目を覚ますと、隣りにジョージが頭をかかえて座っていた。
「ここ、ジョージの家?」
「そう・・どうしよう、マーティン」
マーティンは意味を察して、タオルケットの中を覗き込んだ。
案の定、素っ裸だ。
「僕、トランクスは脱がせなかったと思う。でも、朝、起きたら、僕のトランクスもなかった・・・」
「え、僕ら、やっちゃったってこと?」
「僕のお腹に精液の跡があるの・・マーティンも見てみて」
マーティンは、自分のおしりに局部から流れ出た精液の跡を確認した。
「ああ、どうしよう。こんなのダニーに知られたら、殺されちゃうよ」
ジョージは泣きそうだ。
「ジョージ、ゆっくり考えよう。ダニーは僕らが昨日一緒だったの知らないんだから、
だまっていようよ。それしかないよ」
「ダニーに嘘つく自分も嫌だ」
「そんな事、しょうがないよ。もう、やっちゃったんだから」
ジョージは、涙を拭いて、「バファリン持ってくるね。頭、痛いでしょ」とバスルームに消えた。
マーティンも、落ち着いてジョージには話せたが、頭の中はパニックだった。
よりにもよって、ジョージと寝てしまうとは。
2人はバファリンを飲んで、順番にシャワーを浴びた。
それにしても、二日酔いがひどすぎる。
頭が朦朧としてしまい、考え事ができない。
マーティンは、ボスの携帯に、風邪をひいたようなので病院に寄って出勤する旨を告げた。
「ジョージ、今日、仕事は?」
「おとといまでの取材の整理を家でやろうと思ってる」
「じゃ、僕、家に帰るね」
「うん、マーティン、気をつけて」
「ありがと。さっきの事、約束だよ」
マーティンは、スーツを着なおして、ジョージの部屋を後にした。
何も考えられないが、とにかく一度家に帰って、着替えてから出勤だ。
すぐにタクシーを拾い、セントラル・パークを横切ってもらう。
ドアマンのジョンに挨拶して、マーティンは自分の部屋に入った。
スーツを脱いで、すべて新しいものに着替える。
のどが渇いて仕方がないので「エトス・ウォーター」をがぶ飲みした。
そろそろ、出かけないとまずい。
マーティンは、タクシー出勤した。
フェデラルプラザ近くのコンビニで、ゲータレードを2本買い込み、オフィスに急いだ。
マーティンに気がついたサマンサが「風邪なんだって?大丈夫?」と尋ねた。
「うん、ちょっとね」
「顔色悪いわよ」
ヴィヴィアンも心配そうに声をかけた。ダニーの姿がない。
「あれ?ダニーは?」
「ボスの命令で朝一番にフィラデルフィアに出張」
マーティンは今日一日、顔を合わせないで済むのに、なぜかほっとした。
絶対にダニーには知られていけないことが出来てしまった。
マーティンも泣きたい思いだった。
ダニーのフィラデルフィアでの仕事が予想以上に手間取り、1泊することになった。
定時が過ぎ、みな、オフィスから去っていく。
二日酔いの頭痛はなくなったが、今朝のショックは残ったままだ。
マーティンは、思い切ってジョージの携帯に電話をかけた。
「電話、かけようと思ってた」
電話に出るなり、ジョージが言った。
「仕事、終わったんだけど、ジョージの家に行ってもいいかなと思って」
「うん、僕もマーティンと話がしたかった」
「じゃあ、待ってて」
マーティンは地下鉄で72丁目まで上り、トランプ・プレイスに入った。
セキュリティーの認証を受け、エレベータに乗る。
でも話すって何を話そう。
マーティンの頭は混乱していた。
ジョージが玄関ドアを開けて待っていた。
「いらっしゃい」
「来ちゃったよ」
「お腹すいてるでしょ?ご飯食べない?」
「ああ、ありがたいな」
マーティンはジャケットを脱いで、ネクタイをはずした。
カウンターダイニングに座ると、いい匂いがする。
「何を作ったの?」
「チキンカチャトーレとベビーリーフサラダだけど、いい?」
「もちろん、でも2人分ある?」
「実はパーシャの分と思って作ったんだけど、電話したら、ニックが出てきて、
2人でディナーに出かけるんだって。あとジャスミンライス炊いたから、よかったら食べて」
「ありがとう」
「それでね、ニックに確かめたんだ、アリソンのこと。
そうしたら、彼女、最近、彼女が出来たんだって。
毎日ウキウキで仕事やってるらしいよ」
「え、それじゃ、昨日のは何だったんだろう?」
「それが、アリソンに彼女を紹介したのがダニーで、
お礼のディナーするって言ってたって」
「じゃあ、僕たち、昨日は見当違いの事で、怒って、ぐでんぐでんになっちゃったんだ・・」
「バカだね、僕たち」
「本当だ、バカなゲイが2人だね」
「今日、ダニーはどうしてた?」
ジョージが尋ねた。
「僕が出勤したら、フィラデルフィアに出張に出た後だった。1泊するって」
「そう・・・・」ジョージは考え込んだ。
「ねぇ、夜のことなんだけど・・」
ジョージが話にくそうに始めた。
「もう、絶対に二度と寝ないようにしない?」
「僕も同じこと考えてた」
マーティンは、そう答えた。
2人は同時にふぅっと溜息をついて、また食事をはじめた。
「本心を言うとね、昨日のセックスの思い出が欲しかったな」
マーティンが、まじめな顔でジョージを青い瞳で見つめた。
ジョージは目をそらしながら、「うん、僕も。何も覚えてないなんてね」と答えた。
「でも、とにかくダニーには内緒だよ。2人だけの一生の秘密だよ」
マーティンの言葉に、ジョージは強く頷いた。
翌朝になり、マーティンがオフィスに出勤すると、ダニーが席に座っていた。
「よぅ、ボン、風邪なんやて?大丈夫か?」
「あ、う、うん、昨日よく寝たら、治ったみたい」
「腹出して寝るのやめ」
「ダニー、失礼だよ。子供じゃないんだから」
出だしは好調だ。
するとサマンサが吹っ飛んできた。
「ねぇ、大変なことになるかもよ、これ見て」と1冊のタブロイド誌を取り出した。
「Ooops」一番たちの悪い下品なタブロイドだ。
表紙に大きな見出しで「ジョージ・オルセンのお持ち帰り!」と出ている。
「うん?ジョージが載ってんの?」
ダニーが興味を示して、サマンサが開いたページをのぞいた。
マーティンがジョージと肩を組みながら歩いている写真と、リムジンに乗り込む写真、
トランプ・プレイスに入っていく写真が掲載されていた。
「記事のここのところ!ジョージ・オルセンのお好みは、クルー・カットでダークスーツのWASPのようだって。
それに、この写真の男性、マーティンそっくりじゃない!マーティンでしょ?どうしたの?」
「え、あのさ、ご飯食べて飲みすぎて、ジョージの家に泊めてもらったんだよ。ひどい記事だな、これ」
マーティンはショックを隠して、腹を立てている演技をした。
「でも、実名報道じゃないから、名誉毀損では訴えられないね」
ヴィヴィアンもやってきて意見した。
ダニーだけは、ずっとだまって、写真をじっと見つめている。
その沈黙が、マーティンには責められているようで、耐えられなかった。
「ばかばかしい。僕、トイレ」
マーティンは席を立った。
ダニーは、追いかけようとせず、PCに向かって仕事を始めた。
その日、ダニーは出張で疲れたと言って、定時にすぐオフィスを去ってしまった。
マーティンとは、仕事以外、ろくに口をきいていない。
ランチすら「報告書書くから」と言われ、一緒に食べることが出来なかった。
4年間のつきあいで分かる。ダニーは相当怒っていることが。
マーティンは途方に暮れていた。
するとジョージから携帯に電話がかかってきた。
「ねぇ、マーティン、タブロイド見た?」
「うん、オフィスで、もうひと騒ぎあったよ」
「ごめんね。僕のせいだ。2人だけではしばらく会わない方がいいってアイリスに言われた。
僕の方は、記者会見の準備をするんだけど、今日、メールで内容送っていい?
話を合わせておきたいんだ」
「わかった。ジョージも大変だね。がんばって」
「僕はマーティンに申し訳なくて。本当にごめんなさい。じゃあ」
電話は切れた。
マーティンは地下鉄で103丁目駅まで上がって、アパートに着いた。
ジョンが挨拶してくる。
「フィッツジェラルド様、元気をお出しになって」
ジョンまで知っているのだ。
あの「Ooops」の発行部数はどれくらいなのだろう。
マーティンは、部屋でシャワーをした後、ジャージの上下に着替えて、
夕飯の支度をはじめた。
冷凍庫に入っているのが、ダニーが作ってくれたムサカとローファットのTVディナーだった。
思わずムサカを手に取り、レンジの中に入れた。
ビールを飲みながら、ムサカを食べ終え、PCで「Ooops」の発行部数を調べた。
20万部。予想以上に巨大なマーケットだ。
さらに、ウェブサイトがあるのに気がつく。
クリックして、マーティンは震撼した。
雑誌よりもさらに鮮明な画像が、10枚ほどアップされている。
「このWASPは何者?」なるクイズ投票もなされていて、弁護士が1位になっていた。
コメント欄にはすでにアメリカ弁護士協会の名簿を調べている書き込みもあった。
2位が金融関係、3位に連邦政府関係とある。
連邦政府関係に狙いを定め、フェデラル・プラザで待ち伏せするパパラッチがいたらおしまいだ。
マーティンは絶望的な気持ちになった。
すると、メールが来た。ジョージからだ。
自分とマーティンとの出会いと関係が克明に記されている。
メディア担当者の作ったフィクションだ。
曰くバーニーズ・ニューヨークのジョージの顧客だったが、
それだけの間柄が続き、先般のジョージ拉致事件の担当捜査官として再会。
旧交を温めている友人の一人。FBI勤務となっている。
説得力に欠けるが仕方がない。
マーティンは、プリントアウトしてバック・パックの中に入れた。
携帯を覗くが、ダニーからの着信はなかった。
マーティンは、来るべき審判の日に備え、早く眠ることにした。
翌日、マーティンがオフィスに着くと、雰囲気がぴりぴりしていた。
サムが小さい声で「副長官、朝からおみえよ」と伝えてくれた。
父さん、やっぱり来たか。
マーティンは、ネクタイを締め直し、席についた。
ダニーはすでに席にいるが、挨拶もしてくれない。
ダニーの援護を期待するようなアマちゃんじゃ、だめなんだ。僕の問題なんだから。
マーティンは、副長官に呼ばれるのを待った。ボスが出てきた。
「マーティン、私のオフィスに来てくれ」「はい」
いよいよだ。
「副長官、おはようございます」
マーティンは落ち着いた声で挨拶をした。
「マーティン、お前の口から今回の事を説明してくれ」「はい」
マーティンが説明し終ると、ヴィクターは頭をかかえた。
「相手が悪い。いくら大統領にも会っている我が国のヒーローでも、ゲイはゲイだ。
これでは、お前のゲイ疑惑が晴れない。まさかお前・・・」
マーティンは思わず「父さん、僕はゲイじゃありません。ちゃんとプロムも行ったし・・・」と答えた。
「だが、ずっと恋人がいないようじゃないか。結婚もしようとしない。どうしてだ?」
「この仕事に命を捧げているからですよ」
ボスが助け舟を出した。
「副長官、捜査官で円満な結婚生活を送っている人間は、きわめて少ない。ご存じのはずでは?」
「君もそうだったな、ジャック」
ジャックはだまった。
「マーティン、私をこのジョージ・オルセンなる者に会わせなさい。
今晩7時にフォーシーズンズの「ジョエル・ロブション」だ。
ちゃらちゃらした格好では来させるな。ゲイは困った奴らだからな。以上だ」
「はい、副長官」
マーティンは、ボスのオフィスを出て、溜息をついた。
父のヴィクターがあれほど、ゲイを嫌っているとは知らなかった。
急いでジョージに今晩の事を伝えなければ。
マーティンは廊下に出て、電話をかけた。
その姿をずっとダニーは目で追っていた。
マーティンはジョージと6時45分にフォーシーズンズホテルのロビーで待ち合わせをしていた。
サングラスをかけているが、ロビーにいる皆が自分を見ているような被害妄想にとらわれる。
ジョージがやってきた。
グッチのスーツで完璧なルックスだ。
数人が気が付き、サインをもらおうとしている。
ジョージはにこやかに対応をしてから、マーティンのそばに来た。
「
「用意はいい?」マーティンが尋ねた。
「飾ることもできないし、僕を出すしかないよね。ランウェイよりドキドキしてるよ」
2人はメイン・ダイニングの「ジョエル・ロブション」に入っていった。
「フィッツジェラルドですが」
メートル・デーがテーブルを確認し、案内する。
すでにヴィクターは座っていた。
「父さん、お待たせしました。ご紹介します。ジョージ・オルセンです」
「初めまして。フィッツジェラルド副長官」
2人は握手をし、マーティンと共に席に座った。
「時間がもったいない。今日はテイスティング・メニューでいいだろう?」
ヴィクターはメートル・デーにコース3人分とピュリニィ・モンラッシェをオーダーした。
「オルセン君、君の経歴を調べさせてもらったよ。素晴らしい経歴だ。感服した」
思いがけない言葉が、ヴィクターの口から出た。
「ありがとうございます。副長官」
「ところで、その特別な性的嗜好は、いつ頃からかな?」
マーティンは、いよいよ始まったと思った。
「大学時代です。カミング・アウトしたのは、去年ですが」
ジョージは落ち着いて、はきはき答えている。
「マーティンをどう思う?その特別な性的嗜好者からみると」
「マーティンは、素晴らしい人です。命を張って、僕を襲撃した犯人逮捕をしてくれました。
いわば命の恩人です。性的嗜好がどうであれ、それは変わりません」
「だから正体がなくなるまで、2人でバーをはしごすることがあるというのかね?」
「初めてのことです。たまたま、話が盛り上がってしまい、はめをはずしました。とても反省しています」
「そしてわが息子を泊めてやったと」
「2人とも相当酔っていましたし、僕の使うリムジン会社なので、僕の家に行きました。
そして疲れていたので、そのまま休みました。マーティンにはゲストルームを使ってもらいました。
それが事の顛末です。決してあのタブロイドが示唆しているような事実はありません」
「うちの息子は、性的には魅力的ではないのかな?」
「あれだけ酔っ払っていたら、そんなことを考える間もなく、寝ますよ」
ジョージは苦笑した。
料理が運ばれ始めた。
レモンとバニラのジェリー、ウニ入りロブスターケーキ、
トマトの冷製カッペリーニのオセトラキャビア乗せ、
マンゴスティンのライスペーパー春巻き、ソフトボイルドエッグと茄子のモロッカンスパイス風味、
アメリカンコッドフィッシュのソテー、フォアグラ入りウズラ肉と黒トリュフ入りマッシュドポテト、
柚子ソルベとパッションフルーツシーズ、スフレとレッドチェリー。
ヴィクターがジョージに詰問する間に、これだけを平らげ、4時間のディナーは終わった。
ヴィクターは最後に言った。
「オルセン君、見たところ、君は非常に誠実で頭もキレる。
ゲイのモデルというから、もっと違った人間を想像していた。
今日の君の話を信じよう。DCの本局にもそう報告をするからな、マーティン」
「副長官、信じていただけて嬉しいです」
「父さん、ありがとうございます」
「今日は私はここに泊まるから、2人とも帰っていいぞ」
2人は、ヴィクターがルームにチャージするのを待って、レストランの外へ出た。
マーティンはまたサングラスをかけた。
「ジョージ、ありがとう。さすがだよ。僕の父さんを納得させた」
「普通にしてただけだよ。でも疲れるね。お父さん、威圧的な人なんだね。
せっかくのロブションの料理の味が、緊張で全然わからなかった」
マーティンは苦い顔で頷いた。
「また、ここにいると写真撮られるかもしれないから、帰ろうか」
「そうだね。ロブションは、今度ダニーと3人で来ようよ。じゃ別々に帰ろう」
2人は別方向の出口に向かって歩き出した。
ダニーは、仕事が終わるとすぐにマンハッタンを離れ、ブルックリンに帰る日々が続いた。
しかし、まっすぐ家には帰らず、アルのパブで毎晩、何時間も過ごしていた。
「ダニー、このとこ、元気ないな、どうしたんだよ。ダニーらしくないぜ
うちみたいな店で、くだ巻くような年でもないだろう」
アルがキルケニーのワン・パイントグラスを差し出しながら、尋ねた。
「うーん、なぁ、親友が2人いるとするやん。で、俺も合わせて3人、どこ行くのも一緒や。
ところがな、ある時、俺に知らせずに2人だけで、出かけてるのを知った、みたいな経験ある?」
「お前の人間関係って3って数字に支配されてるんだな。3はよくない。
何かの拍子にバランスが崩れてさ、誰か一人がはぶられるってよくあるぞ」
「3はやっぱりよくない数字なんやな。どないしよ」
「で、お前、怒ってんのか、すねてんのか、どう思ってる?」
「正直、知った時は激怒したけど、だんだん寂しくなってな。俺、なんかヘタレやな」
「おい、食事するだろ?」
「ああ、ギネスパイくれへん?」
アルは厨房のフラニーに声をかけた。
「最悪なのはな、俺が2人で出かけたりしてるのに気が付いてるのを知ってんねん。
2人とも。さらに輪をかけて、疎遠になったわ」
「そうか、2人もさ、お前に申し訳ないって思ってるんだよ。
だけど、どう謝ったらいいか、わからない。
お前が怒ってるのを当然知ってるわけだからさ。
ダニーが怖いんだよ。だからお前から、2人を誘えよ。
で、気にしてないと言ったらウソになるから、自分の気持ちを素直に伝えてさ、
また3人で仲良くしないかって提案したらどうだ?」
「ダニー、いらっしゃい!」
ダニーは驚いた。
少し野暮ったかったフラニーが、すっかり垢ぬけた今どきの大学生になっている。
「フラニー、綺麗になったんちゃう?ええことあったん?」
「またまたー、ダニーは口がうまいから」
ふふっと笑ってフラニーは厨房に戻って行った。
ダニーは一対一でつきあっているアリソンとフラニーが急にうらやましくなった。
「そやな、いつまでも怒ってても、らちあかへんしな。俺も親友は失いたくないし」
「別に、お前、何かその2人を裏切るようなこと、したわけじゃないんだろ?」
「全然覚えがない。不思議やろ?」
「その辺も聞いてみな。結構、訳があったりするかもしれないから」
「わかったわ、アル、サンキュ」
「どういたしまして。キルケニー、空だけどもう一杯いくか?」
「うん、おかわり頼むわ」
ダニーはグラスを差し出した。
その後、ジェイムソンの12年ものをオンザロックで2杯飲み、ダニーは家に帰った。
留守電が点滅していないのが、妙に寂しい。
溜息をついて、ソファーに座り、ジャケットを脱いで、ネクタイを外した。
電話での会話で誘うのは、ちょっと抵抗がある。
どないしよう。
アルの言葉とアルコールに背中を押され、ダニーは携帯を取り出して、2人を誘うメッセージを打った。
返事を待つのもやるせないから、シャワーを浴びて、寝る支度をすることにし、バスルームに入って行った。
シャワーから出て、パジャマに着替え、携帯を見ると着信が出ている。
2人から返事が返ってきていた。OKだ。
ダニーは、日にちをあさってにし、場所をジョージに決めるよう依頼のメッセージをさらに打った。
すぐにOKが来た。
ダニーは、ほぅとまた溜息をついて、ベッドルームに向かった。
翌日、アンダーソン・エージェンシーが、タブロイド事件についてコメントを発表した。
ジョージが送ってきた原稿に訂正が加えられ、FBI勤務から司法関係捜査官となっていた。
また、ネット上では、シールの妻のハイディー・クラムの発言が
エージェンシーのコメントを後押しするような形で発表されていた。
「あのWASPの男性は、ジョージのタイプじゃないと思うわ。主人のライブの時に、ジョージの彼を紹介されたけれど、
WASPじゃなかったし、2人とも真剣にお付き合いしている雰囲気がしたもの。
あの真面目なジョージが浮気するなんて思えないわ」
今までのジョージの品行方正さも評価され、タブロイド事件は急速に鎮火に向かった。
そして次の日は、いよいよ3人で集まる日だ。
定時になって、ダニーはマーティンに場所の指示を与えず、どんどんエレベーターホールに向かった。
マーティンはきょとんとしつつ、バックパックに荷物を詰めると、ダニーと同じエレベーターに乗った。
「ダニー、今日の場所、聞いてないんだけど」
「俺も、実はまだなんや」
「え?他に誰か来るの?」
「ああ、ジョージを呼んだ」
「そうなんだ・・」
ダニーは、ジョージとマーティンが事前に打ち合わせをしないよう、
3人で会うというのを隠して連絡をしていた。
マーティンは二人だけのディナーを期待していただけに、落胆を隠せなかった。
「そんな顔すんな。発端はお前たちやし」
ダニーは少し笑ってマーティンに言った。
え、今、ダニーが笑った?!
マーティンは、今日のディナーに賭けてみることにした。ダニーとの仲直りをだ。
「あ、ジョージからメール来たで。チェルシーの「エル・キホーテ」やて。タクシーで行こか」
「そうだね、その方が早いもん」
タクシーで23丁目と8番街の角で降りる。
黄色い目立つシェイドが見えてきた。
1930年オープンの老舗のスペイン料理レストランだ。
ジョージの名を告げると、すぐにテーブルに案内された。
ジョージがニット帽をかぶって座っていた。
「こんばんは。ダニー、あ、マーティン!」
「こんばんは、ジョージ」
マーティンは、平常心で挨拶した。
「ダニー、この店でよかった?」
心配そうにジョージが尋ねた。
「ああ、スペイン料理久しぶりや。ありがとう」
マーティンはジョージの不安が手に取るようにわかった。
とりあえずオーダーすることになり、ダニーが一任された。
いつもは、すいすいオーダーするだにーが、メニューから慎重に選んでいく。
うなぎの稚魚のガーリックオイル煮、タコとポテトのオリーブ焼き、
ハモン・イベリコ・ベジョッタ、ヤリイカとマッシュルームのガーリック炒め、
オムレツのトルティージャをタパスに、白アスパラガスとアンチョビのサラダ、
ガスパチョ3人前、魚介類のパエリアとうずらのソテーのパエリアをメインに頼んだ。
ワインはリオハのヴィーニャ・ヴァロリア。最高級の赤ワインだ。
ガスパチョが運ばれ、次々とタパスの皿が並んだ。
マーティンもジョージも、ダニーが話し出すまでは口を開かない。
ダニーが「葬式じゃあるまいし、何、静かにしてんの?」と笑いだした。
ジョージが勇気をふるってダニーに尋ねた。
「ダニー、怒ってないの?」
マーティンとジョージの4つの目がダニーを見詰める。
ワインを飲みながら、「そりゃ、最初はびっくりしたし、そのうち、腹立ってきたし、
やっぱりゲイの気持ちは、俺には理解できへんのかって落ち込んだわ」と答えた。
「ごめんなさい」マーティンが謝る。
「前からあんなに飲んだり、泊まったりしてたんか?」
ジョージとマーティンは顔を見合わせた。
マーティンが答えた。
「食事はしてた。でも、あれは初めて。
ダニー、ニックのエージェントのアリソンとディナー食べたでしょ?」
「おう、よう知ってるな」
「僕ら、あのラウンジに食事の後で出かけたんだよ。それで2人を見て、デートしてるって勘違いしたんだ」
「はぁ?だって、あの子は男に興味あらへんで」
ジョージも答える。
「2人があまりにも仲良く談笑してるからさ、すっかり誤解しちゃったの。
でね、マーティンとバーをはしごしたんだ」
「じゃあ、発端は俺か?」
「そういうことになるかも・・」
マーティンが言った。
「でも、お前たち、何もなかったんやろ?俺は、2人のことは信じてきたし、
これからも信じようと決めたんや。ここまで来るには、俺なりに悩んだんやで。
俺だけゲイやないし、結局仲間やないのかな、とかさ」
ジョージとマーティンは静かにダニーの話を聞いていた。
「信じていいんやろ?なぁ、あの晩、家では何もなかった、そやろ?」
何度も聞き返すダニーの言葉が、2人の胸につきささる。
マーティンは「うん、信じて。今まで以上に」と言い、ジョージも強く頷いた。
「そんなら、料理さめないうちに食お。今晩は割り勘やな」
ダニーは、にっと笑って、またワイングラスに口をつけた。
ジョージがタブロイドの件で、正式にMPUに謝罪したいと言ってきた。
マーティンは不要だと断ったが、ジョージが気が済まないという。
仕方なく、マーティンは、ボスにジョージ・オルセンがボスに謝罪を申し入れてきたと告げた。
「ほぅ、セレブが私に謝罪か」
まんざらでもなさそうなボスの様子に、マーティンは苦笑いした。
ランチタイムで局員がほとんど席をはずしている時間を狙って、
ジョージには来てもらうように、マーティンは連絡を取った。
ダニーにもその旨伝える。
「俺は、ランチで外に出るわ」
ダニーはそう言って、また仕事に戻った。
ランチタイムになり、局員たちが外出し始める。
マーティンがそわそわしていると、内線がかかってきた。
嬌声にまみれてオペレーターの声がよく聞こえない。
「はい、通してください」
マーティンは、オフィスにいるボスに、ジョージが到着したと告げた。
ラルフ・ローレンのスーツできめたジョージが、MPUのフロアに現れた。
少しだけ残っている局員が注目する中、ジョージはマーティンに案内されて、
ボスのオフィスに入っていった。
「ボス、ジョージ・オルセンです」
「MPU責任者のジャック・マローンです」
「はじめまして、マローン特別捜査官」
ジョージが握手を求め、ボスはぎゅっと握った。
「座ってください」
「ありがとうございます。今回は、僕の迂闊さから、
フィッツジェラルド捜査官に多大なご迷惑をおかけしたことを謝罪します。
申し訳ありませんでした」
「いや、記者会見もやってもらえたし、あなた自身の人柄のおかげで、あの事件はもう過去のものです」
「そう言って頂けてありがたく思います」
「実は私も副長官から、あなたの経歴ファイルを見せられましてね、
どうですか、今のモデルの仕事に飽きたら、FBIに来ませんか?」
「はぁ?僕がですか?」
ジョージが驚いた声を出した。
世界一速く走れ、大学では経営学士、粘り強くて、頭がキレる・・こんないい人材はめったにいないんですよ」
ボスが笑った。
「いえ、そんな・・・僕はデパートの店員とモデルしか経験のない素人です。
司法関係は専門家の皆さんにおまかせしたいです。それにゲイの捜査官はまずいでしょう?」
「確かに。しかし残念だな。それでは、その代り、これにサインをくださいませんか?」
ボスは、HEROESのバボの写真のカラーコピー2枚を差し出した。
ネットからもってきたらしい画像だ。
「そういう事でしたら、いつでも」
「出来たら、ハンナとケイトへと書いてもらえませんか?」
「はい、ハンナちゃんとケイトちゃんですね」
ジョージはすらすらサインを書いて、カラーコピーをボスに返した。
「離婚しましてね、娘たちはシカゴに母親と住んでいるんですよ。
目立つことをしないと父親の存在を忘れられてしまう」
ボスは照れた笑いを浮かべた。
「ボス、そろそろ皆が戻ってきます」
マーティンが時計を見ながら言った。
「お忙しいのにお時間を頂きありがとうございました」
ジョージが頭を下げる。
「いえ、こちらこそ。こんな奴でよければ、また飲みにでも誘ってください。
ただし、深酒はしないように」
ジョージは笑いながら「はい、気を付けます」と答えた。
ボスのオフィスから出て、2人でエレベーターに乗った。
「マーティン、ランチまだでしょ?」
「うん、そうだけど?」
「僕、チャイヤの店で食べたいんだけど、つきあってくれない?」
「ああ、いいね」
2人が降りると、1階のホールはジョージ一目見たさの局員でひとだかりが出来ていた。
セキュリティーが2人を通すよう通路を作ってくれた。
やっとフェデラル・プラザを抜け出し、外へ出た。
「じゃ、店まで歩こう」
「うん」
2人はサングラスをかけて、キャナル・ストリートの方に歩きだした。
最近全然おもしろくない。
エッチシーンもなくてジョージとかパーシャの話ばっかりでつまんない。
ていうかジョージキモい。話の中心がなんでこいつなのかわからない。
僕は何でもできるよ!なスーパーヒーロー扱いがバカっぽい。
主役のダニーの魅力もなくなってただのうざい男だしさ。
>>261 さま
ご感想の書き込み感謝します。
前回、ここにご意見やご感想が書き込まれたのが、いつだったか
わからない程、前になりますので、目を見開かされた思いがしました。
私の悪い癖で、どうもサブキャラを登場させては、彼らにステージを
明け渡してしまうようです。それも稚拙な形でしか書けない筆力なので
面白くないとおっしゃるお気持ち、とても理解できます。
ダニーとマーティンが主人公で、いつもハッピー・ラブラブカップルを
描くなら、いくらでも書きますが、それでは元も子のない気がして、
サブキャラで、ストーリーを拡大するという考え方だったのですが、
今、考え直しております。
エッチシーンについては、ここは成人板ですが、書くと本スレッドに
コピペされるという行為が繰り返されているようで、自粛気味に
しておりました。
もし、そういうシーンがお望みでしたら、外のスラッシュ系を
お読みになるのも一考かなと思います。
(こちらでのエッチシーンをゼロにするつもりはありませんが、
本スレの方々に注意書きを守って頂けないのが難題です。)
いずれにしましても、拙文を読んでくださるだけでなく、
様々な角度で検討する材料を与えてくださって
ありがとうございました。
なお、本日は休載させて頂きます。
書き手1
ダニーは意気揚揚とアルのパブに出かけた。
親身になってアドバイスをくれたアルに報告がしたかったのだ。
「よう、ダニー、いらっしゃい」
カウンターの中からいつも通りの挨拶のアル。
隣りにダークブロンドの青年が立っている。
「紹介するよ、俺のいとこのラリーだ。ダブリンから着いたばかり」
「よろしくお願いします」
「ダニーや、よろしく」
アルが説明を始めた。
「そろそろ、フラニーが卒業制作に入りたいって言い出してさ、
俺、他人雇うのヘタだから、ラリーに来てもらうことにしたんだ。
こいつ、ダブリンでもパブの厨房で働いてたから、料理の味は、フラニーより上だぜ」
「へぇ、そりゃ楽しみやわ。今日は何食べさしてくれるん?ラリー?」
ラリーは白い頬を赤く染めながら「今日の日替わりは、ラムのすね肉のギネス煮込みです」と答えた。
「うまそうやん。それちょうだい」
「はい」
ラリーは厨房に入っていった。
「素直そうな子やね、いくつ?」
「それがさ、あれでもう28になるんだぜ。内気なやつでさ。
でも料理の腕は抜群だ」
28歳といえば、ジョージより1つ下だ。確かに幼い感じがした。
ダニーが考え事をしていると、キルケニーが目の前に並んだ。
「なんだ、また数字の3について考えてんのか?」
「それや、今日、俺がここに来たんはな、アルにお礼言うためや」
「どうした?食事でもしたか?うまくいったんだな?」
「もうばっちりや。それに、俺が騒動の発端なのも分かったし、頭がすっきりした」
「何だ、お前が発端って」
ダニーは頭を回転させて話を作った。
「仕事の関係の女性で、みんなのマドンナみたいな子がいてるんや。
たまたま俺が手伝った仕事がうまくいったって、食事をおごってくれたんやけど、
その場面を、俺の親友2人がたまたま見てな、俺がぬけがけしたと思ったらしい」
「なんだよ、まるで高校生並みの話だな。大人になれ、お前ら3人」
アルは笑いながら、グラスをきゅっきゅっと拭いた。
確かに、ラリーの料理は美味しかった。
ダニーは満腹になって、アルとラリーに挨拶して店を出た。
家に帰ると、留守電が点滅している。
ダニーはにんまりして再生ボタンを押した。
「お久しぶりですね、テイラー捜査官、今回は大事な人をフィッツジェラルド捜査官に奪われたと思ったでしょう。
これはちょっとしたどっきりカメラですよ。これでまたお2人の愛が深まるなら、本望です。それでは」
スネーク・ジョーだった。
あのタブロイドは奴が仕組んだのか!
再生部分は証拠物件になるが、内容が内容なだけに、FBIに提出できない。
あいつは、何が狙いなんや。
ダニーは、アルコールがすーっと醒めるのを感じた。
答えが出ない質問ほど腹立たしいものはない。
ダニーは、服を脱いで、熱いシャワーを浴びた。
また電話が鳴った。
ダニーは警戒して「はい、テイラーですが」と出た。
「ダニー?どうしたの?怖い声出して」
マーティンだった。
「何やお前か。どないしたん?」
「久し振りに2人で食事しないかなーなんて思って、電話した」
「ええよ、何、食いたい?」
「ダニーの好きなのでいいよ。いつも僕が選んでるし」
「そやなぁ、キューバ料理が食いたいな」
「明日で大丈夫?店探しとくよ」
「任せたわ。お前もタブロイドで疲れたやろ。2人でのんびり食事しよ」
「そうだね!でもラテン・ミュージックが流れ出すと、ダニー踊るから」
「あほ!レストランじゃ踊るわけないやん」
「そうか。それじゃ明日ね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ダニーは緊張していた心がマーティンの声で緩むのを感じた。
マーティンはグリニッジ・ヴィレッジにある「ソン・キューバノ」というレストランを選んでくれた。
初めて来る店だ。
ダニーの知識だと、いつも「ハバナ・カフェ」ばかりになってしまう。
店の中は、シャンデリア、モザイクタイル、絵画など1950年代のキューバの雰囲気を出していて、
見たこともないが、ダニーになぜか「ふるさと」を感じさせた。
「どう、気に入りそう?」
「今のとこ満点やな」
「よかった!料理も美味しいといいな」
マーティンは嬉しそうだ。
2人はテーブルについた。
ダニーはメニューをもらうと、すいすいスペイン語を読みながら、
英語に訳してマーティンに尋ねる。
「いいよ、ダニー決めてよ」
「ええか?じゃ、お前の好きなビーフは絶対に入れるからな」
「それ、約束だよ!」
「了解」
キューバ料理は、スペイン料理とアフリカ料理の混血といわれることがある。
前菜のタパスを数種類頼んでから、メイン料理を食べるのはスペイン的な風習だ。
ダニーは、タパスを6種類と、アボカドとパイナップルのサラダ、
メインにロパ・ヴィエハという牛バラ肉のトマトソース煮込みに、
アロス・アラ・マリアーナという魚介類の炊き込みごはんを頼んだ。
まずはお約束のモヒートで乾杯だ。
ライムとミントの香りがラムの中で溶け合い絶妙のハーモニーを奏でている。
その後は、スペインの作り手ロジャー・グラートのカヴァを頼んだ。
ブラインド・テイスティングで、ドン・ペリニョンに勝る点数をつけられたことで、
一躍有名になったカヴァだ。
マーティンは珍しそうにバナナのフライを食べている。
甘く熟す前の青いバナナを輪切りにしたものだ。
黒いんげん豆のどろどろの煮込みも抵抗なく食べているし、ダニーはほっとした。
もぐもぐしているマーティンにダニーは尋ねた。
「キューバの料理って美味いと思う?」
マーティンはカヴァを一口飲んで答えた。
「すごく変わってるけど、お米にしても豆にしても美味しいよ。
僕、ダニーに会うまで食べたことがなかったんだ。でもすごく気に入ってる。
今日はグリルド・コーン頼まなかったんだね?」
ダニーがハバナ・カフェで必ず頼む定番だ。
「よう覚えてるな」
「ダニーと食べたものって、忘れないんだよね。父さんに支払わせた3000ドルの寿司とかさ」
2人は思わず笑った。
メインのロパ・ヴィエハが来た。
とろとろに煮込んだ牛バラ肉のエキスがトマトソースに染み込み、濃厚な味になっている。
「うわ、これ、すごく美味しい!」
ダニーが予想した通り、マーティンは喜んだ。
最後の魚介の炊き込みご飯もぺろっと平らげて、2人はお腹をさすった。
「食ったなー」
「うん、美味しかったね」
「やっぱりお前のグルメデータベースに任せると間違いないな」
ダニーに褒められて、マーティンは照れ笑いを見せた。
「それじゃあ、お返しにお願い聞いてもらってもいい?」
マーティンが尋ねた。
「ん?どんなん?またYシャツか?」
「違うよ。こないだ作ってもらったムサカ、食べ終わっちゃったんだ。
明日、何か作ってくれない?」
「そっか、今日は金曜日やったな、ええで、明日一緒に買い物行って、料理しよ」
「じゃあ・・」
「ああ、お前んとこ、泊まってもええか?」
「もちろんだよ!」
「ほな、チェックしよ」
ダニーは片手をあげて、ウェイターを呼んだ。
タクシーでアップ・タウンに上る間中、マーティンはダニーの手を握りしめていた。
ドライバーに気取られないよう、ダニーはポーカーフェイスだ。
しかし、マーティンが期待していることが何なのか、ダニーにはよく分かっていた。
「今日は何のローション?」
表情を変えず尋ねたダニーに、マーティンは顔を赤くした。
「それは、お楽しみだよ」
それだけ答えて、マーティンは、さらにダニーの手をぎゅっと握りしめた。
マーティンのアパートに着き、ジョンにおやすみの挨拶をして、2人はエレベータに乗った。
マーティンはずっとダニーの手を握りしめている。
「カメラ見てるで」
「いいもん、知られても」
今日のマーティンはずいぶん大胆だ。
カミング・アウトしているジョージと親しくなったからだろうか。
玄関のロックを開け、部屋に入るなり、マーティンはダニーにキスを求めた。
「おい、おい、シャワーしよ」
「だめ、我慢できないよ」
ダニーはマーティンに押されるがままに、ベッドルームに入った。
マーティンの下半身はすっかりテントを張り、前に突き出ていた。
キスをしながら、ダニーの洋服をすばやく脱がせる。
そして、ベッドに押し倒し、ダニーの前で、じらすように洋服を脱ぎ出した。
「お前、今日、なんかヘン」
「ヘンにしたダニーがいけない」
全裸になり、マーティンは、ダニーの上にダイブした。
マーティンの舌に唇をこじ開けられ、ダニーは、すぐに舌をからませた。
長いキスの後、ふぅと息を吸う2人。
「ねぇ、初めて、僕の中にダニーが来た時の事、覚えてる?」
「サンディエゴの2日目やったな。捜査は空振りやし、
2人してホテルのバーで結構飲んだのは覚えてる」
ダニーはわざとはぐらかして答えた。
「そうじゃなくってさぁ、ダニー、あの時、ためらったよね。
あれって僕が初めての男だったから?」
ダニーは迷った。
確かに入れるのは初めてだが、男同士の行為は、更生施設で十分に経験させられていたからだ。
ダニーは、あの時、あの気が狂いそうになる痛みと屈辱感を、
FBI副長官の息子のマーティンが望んでいるのが信じられなかった。
その前の晩に、口でイカされたのも、酒を飲んだ上の悪ふざけと思いこみたかったのを覚えている。
「そや、お前が俺の初めての男やから、訳わからんかった」
「僕のガイドがヘタクソだった?」
マーティンは、あの時、ダニーの指を取り、自分の口の中に入れた。
唾液で十分に濡れた指を、次の瞬間、自分の局部に導いたのだ。
2本、3本と指を増やしながら、もう片方の手で、ダニーの少し立ち上がりかけたペニスをしごく。
絶妙のタイミングだった。
マーティンの青い瞳がじっとダニーを見つめ、
ダニーの指をとって、口の中に入れる。
サンディエゴの再現だ。
しかし、行為にすっかり慣れたダニーは、マーティンの指をペニスを弄ぶように、
しゃぶったり、舌でちろちろ舐めたりした。
マーティンの瞳が濡れていき、口からは甘い吐息が漏れ始めた。
普段は低い響く声のマーティンだが、こういう時の声は、思いがけないほどか弱く、そして官能的だ。
ダニーが体勢を変えて、自分が上になる。
「そう、ダニー、あの時もこうしたね」
小さい声でマーティンがささやいた。
「初めてん時は普通、正常位やろ」
「女をそうして抱いてきたんだ」
ダニーは返事をせず、マーティンのこちこちに固くなっているペニスを自分のペニスで左右にゆすった。
「あぁぁ、ダニー、すごく固くなってる」
マーティンの囁く声が、ダニーの思考をストップさせる。
「例のローション、出し」
「今日は、ダニーので十分だよ」
マーティンはダニーの先走りの液を自分の唾液と混ぜて掌に取り、自分の中に塗った。
「ええか」
「うん、早く来て」
ダニーは、マーティンの両脚を掴むと、これ以上ない位の角度に広げた。
局部が目で確認できる。赤く謎めいたマーティンの秘密の場所だ。
ダニーは、一気にマーティンの中に自身を押し入れた。
今なら軽いジャブから始めたり、それなりにダニーもやり方を学んできたが、
サンディエゴの時は、とにかく早く入れて、終わらせたかった。
それだけ頭が混乱していたのだ。
今は違う、2人で快楽を心の底からむさぼりたい。
「うわ、すごい深いよ、ダニー、動いて」
ダニーが腰をグラインドさせると、マーティンがか細い声で鳴き始めた。
ダニーはこの声に弱いのだ。
「お、お前、そんなに締め付けるな」
「ダニーが大きいからだよ、あ、自然に動いちゃう」
マーティンはダニーのリズムに合わせて腰を動かし始めた。
摩擦がさらに増し、マーティンの中はマグマのようだ。
「あ、あかんわ、俺、もう出る、ええか?」
「もっと僕を突いて!僕もイきそう」
2人は激しくのたうち回り、やがて身を震わすと、静かに体の動きを止めた。
ダニーがマーティンの上からごろんと隣に横になる。
タオルを出して、ダニーの腹に散った自分の精液を拭い、ペニスを優しく包んだ。
荒い息が落ち着いてきて、マーティンはダニーにこう告げた。
「サンディエゴに行く前からずっと好きだった」
「何で俺なん?お前なら寄りどりみどりやろ?」
「ゲイバーとか、クラブとか好きじゃないんだ。
お手軽な恋愛なんて意味がないから。
ダニーが最初、僕に敵意むき出しだったのが気になってて、
ダニーを見てるうちに、いつの間にか気持ちが決まってた」
そう言うとマーティンはダニーの胸に顔を寄せた。
「あぁ、この匂いなんだよね、スパイシーでセクシー。また立っちゃいそうだよ」
「あほ!俺はキューバン・スパイスかいな。シャワーしよ」
「もうちょっと、こうしていたい」
「はいはい」
ダニーは、マーティンの背中に腕をまわし、そっと抱き寄せた。
翌朝、ダニーはマーティンより早く目を覚ました。
すぐ近くにマーティンの顔があるのに、思わず驚いた。
このハンサムで男らしい体つきのマーティンが、ゲイで、しかも自分を愛していると言う。
この4年の間、戸惑いながら、自分の中でマーティンへの気持ちを育ててきたダニーだ。
人を本気で愛することなど、一生ないと思っていた自分に、こんな存在が、
それも同性の存在が出来るとは夢にも思っていなかった。
ダニーは時計を見た。
そろそろ「E.A.T.」の焼き立てパンの発売時間だ。
そっとベッドから抜け出て、ポロシャツとジーンズにジャンパーをひっかけ、
ダニーは外へ出た。
秋の穏やかな空の色が目の前のセントラル・パークの緑を一層美しく見せている。
「E.A.T.」で、ポークのショルダーハムとマリボーチーズのフィローネ・サンドウィッチを買った。
イタリアのパン、フィローネは外はカリカリで中はもっちりと、まるでナポリのピッツァのような生地で、
いかにもマーティンが好みそうなタイプだ。
それにスクランブルド・エッグでも作ろうと考えていた。
ダニーが部屋に戻っても静かだ。マーティンは熟睡らしい。
ダニーはフィローネをキッチンに置いて、パジャマに着替え、またマーティンの横に並んだ。
次にダニーは体を揺すられて目を覚ました。
「んん?今、何時や?」
「もう11時過ぎだよ。やっぱりダニーは朝寝坊だね」
珍しく自分が先に起きたと思っているマーティンが、勝ち誇るように言った。
「それなら、キッチン見てきてみ」
「え?何?」
マーティンはパタパタとキッチンに向かった。
「わー、E.A.T.のパン、大好き!でも僕が起きる頃は、もう売り切れなんだよね」
「ほらな、どっちが朝寝坊やねん」
「ごめん。じゃコーヒーいれるね」
ダニーは熱いシャワーを浴び、歯を磨いた。
ひげは、休みの間はめったに剃らない。
着替えて、コーヒーをいれているマーティンの隣で、ダニーはスクランブルド・エッグを作り、
サンドウィッチを電子レンジで温めた。
「今日もホール・フーズ・マートに行く?」
マーティンがサンドウィッチをほおばりながら尋ねた。
「どないするかなー、あっこは品揃ええしなー」
「でも誰かに会いそうなんだよね」
「そやそや、ボスとサムに会ったしな。フェアウェイかシタレラにでも行くか」
「そうだね、あんまり行かないから楽しみだ」
マーティンの家の反対側のアッパー・ウェストでの買い物だが、徒歩で出かけることにした。
2人は早速、グロサリーの買い物を終え、
ブロードウェイに面しているカフェで、一休みしてから、家に戻った。
「今日は何つくるの?」
「特製トマトソースとミートボールや。解凍も簡単やからな」
「ありがと、すごく美味しそうだね」
「夜はお前のおごりやで」
「はい、なんでもおごります、ご主人さま」
2人は笑った。
ダニーが作るトマトソースは変わっていて、まずブイヨンのだし汁を香味野菜で十分に煮て、
それにトマトを足していくレシピだ。
生トマト数個をザク切りにして作るソースよりも、こっくりとして、複雑な味がする。
もちろんオレガノやセイジを入れるので、スパイスも効いて、どんな料理にも合うのが特徴だ。
マーティンは、ダニーの後ろから背伸びして、じっと調理を見ていた。
「ん?味見するか?」
ダニーが小皿にソースを取り、マーティンがぺろっと舐めた。
「あ、美味しい!これで、ミートボールを煮ればいいんだね」
「そや。あとペンネからめても美味いと思う」
「わかった、ペンネっと」
マーティンは、メモを持ち出して書き始めた。
ミートボールは、ミルクで浸したパン粉と玉ねぎのみじんをすでにひき肉と合わせてボールに入れてある。
あとはこねて、形を作るだけだ。
これはマーティンも嬉しそうに手伝った。
すべてジップロックに入れて、冷凍室にしまった。
「な、簡単やろ?」
「ダニーは手際いいから。僕だと何時間もかかっちゃうよ」
「慣れや、慣れ。がんばり。それじゃ、そろそろ今日のディナーにしましょか」
「あ、まだ店を決めてないや。ちょっと待っててね、検索してくる」
書斎に入っていくマーティンの後ろ姿を見ながら、ダニーは考えていた。
あり得ないことだが、2人が一緒に暮らしたとしたら、きっと毎週末がこの調子だろうと。
アランと暮らした時期は、ダニーはアランにすべてを委ね、任せきりの日々だった。
マーティンとだと、すべてが同等で、気持ちが楽な気がする。
俺、アホやな。男のFBIの捜査官同士が同棲出来るわけないやん。
それに、自分が他人との同居にふさわしくない人間であることも、
ダニーは十分に理解していた。
その晩、マーティンが選んだのはチャイニーズの四川料理専門店だった。
「ウー・リャン・イェ」という看板が出ている。
アメリカナイズされた名前にあえてしていないのは、プライドの証なのだろう。
86丁目まで徒歩で下りて、店に入る。
ホールのスタッフは全員中国人だが、場所がアッパー・イーストということもあって、英語が堪能だ。
マーティンは、ネットで調べた名物の「四川ダック」が食べたいというので、
それをメインにし、2人は、バンバンジー、牛タンの塩漬け、スーラータン、四川ダック、坦々麺をオーダーした。
四川ダックは北京ダックと全然違い、皮ではなくジューシーな肉を味わうローストで、
花巻にはさんで食べるのが流儀のようだった。
ビールと紹興酒でいい気持ちになり、2人は店を出た。
「美味かったな。ご馳走さん」
「チャイニーズは一人じゃ食べられないから、楽しいよね」
「じゃ、俺は今日はブルックリンに帰るわ」
マーティンは、ダニーの一言に少し傷ついた顔をしたが、
「わかった。また来週も何があるか分からないもんね。ゆっくり休んでね」と答えた。
ダニーも、本心ではこのままマーティンと帰りたかった。
しかし、自分がべったりした関係に陥った場合、その関係をだめにしてしまうのが、
よくわかっているのだ。
地下鉄でブルックリンに着き、まっすぐ家に向かう。
アルの店に寄るには、紹興酒が回りすぎていた。
部屋に入り、ふぅと溜息をついてソファーにどっかり座る。
そのまましばらくの間、うたた寝してしまったようで、起きたら、1時を回っていた。
シャワーするのも面倒で、そのままパジャマに着替えて、ベッドに入る。
こういう事が出来るのが独り暮らしの特権だ。
ダニーは、それを捨てる気持ちがない間は、誰とも一緒に住めないなと思いながら、目を閉じた。
翌日は、昼過ぎまでベッドで過ごし、
グローサリーの買い出しとタオさんの店に行きがてら、カフェでブランチを取った。
荷物を両手いっぱいに持って、家に戻ると、留守電が点滅していた。
ジョージだと思ったが、またスネーク・ジョーだったらどうしようかと一瞬逡巡して、ダニーは再生ボタンを押した。
ジョージの声が始まったので、ダニーは緊張を解いた。
「ダニー、今週、ワイン&フードショーがあるんだけど、見に行かない?
チャイヤを連れていくんだけどさ。ネットで見てみて。興味あったら電話ください」
ダニーは検索もせず、すぐに電話をかけた。
今度は、ジョージが留守だった。
ダニーは特に見たいとも思わなかったが、チャイヤの件は言い訳だと分かっている。
自分に会いたがっているジョージを傷つけたくなかった。
ダニーは「行きたいから、お勧めのイベント教えてくれへんか。今日はずっと家にいるから」と伝言を残した。
適当に洗たくと掃除を終え、ソファーに寝そべって、大統領選関係のニュースを見ていたが、電話はかかってこない。
空腹感を感じてきたので、インド料理のデリバリーでも頼もうかと思ったが、ふと気になって、アルのパブに出かけた。
「よう、ダニー、元気そうだな」
「ああ、休みはええな。今日、飯まだなんやけど、何かな?」
「おい、ラリー!ダニーが今日のお勧めを聞いてるぜ。何がいい?」
ラリーがシェフの格好で現れた。
「おう、ラリー、元気か?」
ダニーが声をかけると、ラリーは、恥ずかしそうに「はい」と小さい声で答えた。
「今日は、悪魔のチキンパイがお勧めです」
「悪魔のチキンパイ?」
アルがちゃんと説明するようにラリーに注意する。
ラリーはまた顔を赤らめながら
「ホットチリを入れたクリームソースでチキンとマッシュルームを煮込んだパイです」とやっと答えた。
「美味そうやん、それにするわ」
「はい」
ラリーはすぐに踵を返して厨房に逃げるように入って行った。
「あいつの恥ずかしがり屋も困ったもんだ」
アルが肩をすくめて言う。
「そうだ、これ、あいつが作ってみたんだけど、感想教えてくれないか?」
アルがホタテと魚の乗った皿を出した。
「これ何?」
「ホタテとにしんの燻製。昼間は、燻した匂いで店中が臭くてな、参ったよ」
ダニーは一つずつつまんだ。
「へぇ、変ってるな、いけるで、ビールのつまみにぴったりやわ」
「じゃあ、定番メニューにしよう、ありがとさん」
アルはキルケニーのワン・パイントグラスをダニーの前に置いた。
家に戻ると留守電が点滅していた。
ジョージからの返事だった。
水曜日に新進気鋭のシェフたちが作ったオードブル・パーティーがあるので、それを予約したと言う。
ダニーは、ブラックベリーにその情報を入力し、バスの準備を始めた。
月曜日になり、ボスからチーム全員に今週中に射撃テストを受けるよう通達が回ってきた。
そういえば、最後に自主練習したのいつやったかな?
ダニーは、メールを見ながら思い出そうとしていた。
マイアミ市警時代、射撃は常にトップクラスだった。
それを見込まれて、組織犯罪担当に回されたのだ。
だが、命を賭けてのマフィアやギャングとの勝負に、ダニーは惑溺し、
いつしか容疑者を生かして逮捕するケースより、殺害するケースが増えてしまった。
そして組織犯罪担当をはずされ、くすぶっていたところにFBIからのリクルートの話が来たのだ。
すぐにダニーが話に乗ったのは言うまでもない。
幼少の頃からいい思い出のないマイアミからおさらばし、ここNYで、
生きている可能性のある失踪者を探すチームに配属されたのは、運命だったのかもしれない。
銃を抜く事件も減り、自分の中に隠れていた、あの一対一の勝負への誘惑を忘れられたのだから。
そして、多くの失踪者を生存のまま確保し、愛する家族や恋人の元に返せることが、今や喜びとなっていた。
一方のマーティンは、ウーンと唸って「僕、射撃練習行ってくる」と地下へ降りて行った。
公認会計士事務所からFBIに入局し、ずっと企業犯罪班にいたマーティンにとって、
拳銃との付き合いはクァンティコで始まったと言っても過言ではない。
ライフルは、狩猟好きな父親、ヴィクターに、
何度かハンティングに連れて行ってもらった時に触ってはいたようだが、
拳銃の扱いはまだまだだ。
あいつのことや、めちゃナーバスになってるんやろな。今晩、飯でも誘ったろ。
ダニーはそう思いながら、マーティンの携帯にメールを入れた。
案の定、マーティンは、射撃練習でくたくたになっていた。
ダニーは、マーティンの好きな35丁目の「ジャクソン・ホール」に連れて行った。
バッファローチキンとナチョスを摘みにビールを飲み始める。
「どやった?今日の練習?」
ダニーがさりげなく聞くと、マーティンはバックパックから紙を出した。
射撃練習のターゲット・ペーパーだ。
6割が合格エリアに納まっているが、時々とんでもなく外しているものもあった。
「どうしてなんだろう。僕、手首が弱いのかな」
手首の事など考えたこともないダニーは返事に窮した。
「なんでやろな。お前、視力は?」
「両目とも1.5だと思う」
「そか、集中力かなぁ」
「ダニーは練習しないの?」
「ん?テストの前に一回やるんでええと思う。俺は、やり過ぎると飽きるから」
「今年もまた、ダニー、優秀者カップもらうんだろうね」
マーティンは羨ましそうにため息をついた。
今、ダニーのデスクの上にはカップが3つ並んでいた。
支局内でベスト10に入るともらえるのだ。
「そう、落ち込まんと、バーガー来たし、食おう」
「うん・・わかった」
ダニーは、ガッカモレと生のオニオンにチーズがトッピングされたサンタフェ・バーガー、
マーティンはほとんど全部載せのイーストサイダーを頼んでいた。
「明日も練習するなら、見てやってもええで」
「本当?そうしてもらおうかな」
2人はビールを3杯空けて、店を出た。
「まぁ、元気出し。1年に1回やし」
「でも、いつかは、優秀者カップを僕も欲しいよ」
ダニーは、マーティンの肩をポンポンと2回たたいた。
本当はぎゅっとハグしてやりたい気持ちだが、そうはいかない。
2人は、そろって一番近い地下鉄の駅に向かって歩き出した。
改札で別れる。
「じゃあ、明日な。手首マッサージして寝るとええで」
「ありがと、ダニー、じゃ、明日よろしく」
2人は別々のプラットホームに降りて行った。
翌日、ダニーとマーティンは、地下の射撃練習場に出向いた。
ダニーは、ファイバーグラスをかけ、拳銃を構えるマーティンの姿勢を、後ろからじっと観察していた。
「どうだった?」
マーティンが、ふうと息をついて尋ねる。
「お前、段々、頭が左に傾く癖があるみたいや」
「そうなの?」
「だから、後半になるとターゲットを外しやすいんやと思う」
ダニーは今度はマーティンの真後ろにぴったり立ち、左耳のそばに手の平をかざした。
「これに触らんように撃ってみ」
マーティンは、ダニーの息が首や顔に当たって、思わず顔が赤くなるのを感じた。
こんなんじゃ集中して撃てないよ。
マーティンが6発目を撃つと、頬がダニーの手に触れた。
「ほらな、それ気をつければ、きっと成績よくなるで。じゃ、俺も練習するから」
ダニーはすたすたと少し離れたブースに入っていった。
と間もなく、息もつかせぬ連射の音がした。
ダニーがターゲットペーパーを見て、満足そうにしているのが見える。
「マーティン、まだやるか?俺、デスクに戻るけど」
「うん、あともう1回だけやって戻る」
「わかったわ」
射撃練習場の担当官に「さすがですね、テイラー捜査官」と言われているのが聞こえた。
僕だって、優秀賞取るんだ!
マーティンは、ファイバーグラスをかけ直して、また射撃を始めた。
確かに左に注意して撃ってみたら、合格ゾーンをはずさなくなった。
マーティンは心の中でガッツポーズを作って、担当官に挨拶すると、エレベータホールに向かった。
その晩も、2人は一緒に夕飯を食べに、「ソバトット」に出かけた。
相変わらず、クリスがカウンターの一番奥に陣取って、あれこれミカとしゃべっている。
「あ、いらっしゃいませ」
「よう、まあ座れよ」
まるでクリスが店主のようだ。
2人はおまかせを頼んで、ビールを注文した。
「MPUは今週が射撃テストだろ、また優秀賞狙ってるのか、ダニー?」
クリスがにやにやしながら尋ねた。
そういうクリスも優秀賞の常連だ。
「狙うも何も、自分の実力出すだけやし。今回は、マーティンもいい線いくと思うで」
ダニーもにやにや応戦した。
「ぼ、僕は、まだ無理だよ、ダニー」
マーティンが手でないないというジェスチャーをした。
「副長官のご子息で射撃もベスト10入りなら言うことないな」
クリスはぐいっと日本酒をあおった。
ミカがこそっと「今日はちょっと荒れ気味なので、適当にあしらってください」とダニーとマーティンに耳打ちした。
その後も、クリスが絡んでくるので、2人は早々に「ソバトット」から退散した。
中からミカが出てきて「本当にすみません。今日は」と2人に謝った。
「何があったん?」
ダニーが尋ねると、ミカが「父が学会でNYに滞在中なんですけど、忙しくて、私たちに会えなくて。
それをクリスが誤解しちゃって」と答えた。
「なんや、嫌われたと思うてんのや、クリス」
「いくら違うって言っても聞かないから、ほっぽってるんです」
ミカは苦笑いした。
ダニーは、この女性なら、クリスと絶対うまくいくに違いないと思った。
「あいつ、見かけによらず子供っぽいから、ミカさん、頼みます」
「はい、わかりました」
マーティンとダニーは、地下鉄駅に向かって歩き出した。
「クリスってさ、意外と繊細なんだね」
マーティンが驚いている。
「それだけミカさんに本気ってこっちゃ。まぁええやん」
「そうだね、僕らは僕らだし」
「何やそれ?」
「何でもない。あ、ダニーのおかげで、自信出てきたよ、僕」
「射撃か?そりゃよかったわ。頑張り」
「うん、ダニーもね」
「じゃ、もう一軒行こか?まだ早いし」
マーティンは時計を見て、頷いた。
今日は、ジョージと約束した「NYフード&ワイン・フェスティバル」に出かける日だ。
ダニーは定時に仕事を終えると、ばたばたと帰り仕度をして、オフィスを飛び出した。
目指す場所は、ミート・パッキング・ディストリクトの展示会場。
タクシーを飛ばして、会場となっているビルに入った。
このイベントは、「フード&ワインマガジン主催」で毎年開かれており、
全収益金が「フード・ファンド」という慈善団体に寄付されることになっている。
だから有名シェフの多くが賛同して参加するし、多少チケットが高くとも、非常に人気のあるイベントだ。
エントランスホールで、ジョージとチャイヤが待っていた。
「ごめん、ごめん、遅なった」
「大丈夫だよ、チケット取れてるし」
ジョージがうれしそうに笑った。
チャイヤは、スタンフォード大学のスタジャンを着ていた。
「お、どうしたん、チャイヤ、それ?」
ダニーが尋ねると「チャンさんの息子さんの」とチャイヤが答えた。
拳銃発砲事件に巻き込まれて亡くなったチャンさんの息子さん、スタンフォードやったんや。
ダニーは、チャンさんの心中を考え、心が痛んだ。
「じゃ、中に入ろうよ」
ジョージを先頭に、ダニーたちは、案内図に基いて「オードブルとワイン」と書かれたホールに入った。
人数を制限したのだろうか、他の部屋の喧噪と違い、皆、談笑しながら、
大きな会議室の四方の壁にしつらえられたテーブルから、オードブルを取っては、
ワインと一緒に楽しんでいた。
チャイヤは目を輝かせながら、端から見始めた。
「チャイヤ、ID持ってきただろう?」
ジョージが優しく尋ねると、チャイヤは、ポケットからパスポートを出した。
「これを提示して、ワインもらってきなよ、あっちのテーブルだよ」
「はい、じゃあお先に」
チャイヤは、バーカウンターが設けられているコーナーに向かっていった。
「ダニー、久し振り、元気だった?」
ジョージが素早くダニーの手をぎゅっと握った。
「ああ、いつもと同じや。お前は?」
「ファッション・ウィークが終わったから、今度は各ブランドの撮影が沢山あって、すごく忙しいよ」
「ええことやん。お前が人気ある印やから」
チャイヤがワイングラスを手に戻ってきた。
「疑われなかったか?」
ダニーが尋ねると、「散々聞かれたけど、パスポートは嘘つかないから」とチャイヤは笑った。
この子は偽造パスポートの存在など知らないのだ。
「僕、食べ始めますから、お二人もワインをどうぞ」
チャイヤは早速、皿を取り、オードブルを選び始めた。
新進気鋭のシェフ10人の用意したオードブルは、既存の概念を取り払う斬新なものばかりだ。
アジアン・フュージョン系が多いのが今年の特徴なのだろうか?
チャイヤは、タイの食材を見つけると大喜びで、真剣に味わっていた。
ダニーもジョージもスパークリング、白、赤と飲み進みながら、
気の向いたオードブルをつまんだ。
一通り終わったところで、タイムズアップ。入れ替えの時間だ。
3人はホールの外に出た。
「写真もメモもだめなんて厳しいね」
ジョージが言うと、「でも、僕、全部覚えてますから大丈夫です。
すごく勉強になりました。ジョージ、ありがとう!」とチャイヤはジョージにハグした。
小柄なチャイヤがハグするとまるで親子ほどの背の違いがある。
ダニーは思わず笑った。
「これからどないする?」
ダニーが尋ねると、すぐさまチャイヤが
「僕、今日の内容をパソコンに入れたいから帰ります。あとはお二人でどうぞ」とウィンクした。
ダニーとジョージの仲を理解しているのだ。
2人は、物騒なので、タクシ―代を渡し、チャイヤをタクシーに乗せた。
「まだお腹すいてる?」
ジョージがダニーを見つめて尋ねた。
「ああ、オードブルだけじゃ、いくら食ってもオードブルやから」
ダニーが笑うと、「じゃあ、家で食べない?」とジョージが聞いてきた。
「用意あんの?」
「僕の手料理じゃないけど、ケータリング会社に予約入れてる」
すでに計画済みか。
「ほな、行こう」
「じゃ、リムジン呼ぶね」
ジョージは携帯を取り出して、電話をし始めた。
ダニーは、今日はブルックリンに帰れへんなぁと思いながら、ジョージの美しい立ち姿を眺めていた。
ダニーは携帯のアラームで目が覚めた。
珍しく隣りでは、まだジョージがすやすや眠っている。
いつもはダニーよりも早く目覚め、朝食の支度をする彼だ。
ダニーは、ジョージの目の下のクマを見て、疲れてんのや、寝せとこと、
目覚まし時計のアラームをオフにした。
ジョージは今日は休みだと聞いている。
それなら、もっと眠りをむさぼる権利はある。
ダニーはそっとベッドを抜け出し、熱いシャワーを浴びて、歯磨きと髭剃りを終わらせた。
バスタオル姿で、ウォーキングクローゼットに入り、今日のワードローブを選ぶ。
3方あるクローゼットの左側がダニーのスペースだ。
中からアルマーニ・コレッツィオーネのYシャツとスーツを取り出し、
引き出しからハンカチと靴下を選んだ。
クローゼットの中で着替えて、ダニーはコーヒーを煎れにキッチンに入った。
昨日の残りのテーブルロールがあったはずだ。
それに目玉焼きとハムやチーズをはさんで朝食にしようと、冷蔵庫を探し始めると、バタバタ音がした。
「ダニー!ごめんなさい!!僕、寝坊しちゃった!!本当にごめんなさい!!」
ジョージが血相を変えて現れた。
「何も謝る必要ないで。お前、疲れた顔してるから、ベッドに戻り」
「だって・・・」
「俺はもう大人やから、おかんはいらん」
ダニーが笑うと、ジョージは、ふぅと息をついて、「ダニーが出かけるまで起きてる」と言った。
言い出すと結構頑固なジョージだ。
「じゃあ、TVつけてくれ」
「わかった」
CNNの朝のニュースを聞きながら、ダニーは手際よく、サンドウィッチを2個作り、
1個を皿に載せてラップで包んだ。
「コーヒー飲んだら出かけるわ。お前も飲む?」
ジョージに尋ねると、ジョージはカウンターテーブルにつっぷして眠っていた。
ダニーは、ジョージをかつごうとしたが、さすがに重くて動かせない。
体を揺り動かして優しく起こす。
「もう、ベッドに戻り。俺、出かけるから。朝食、簡単なの作ったから、気が向いたら食い」
「・・ん・ありがと、ダニー・・」
ベッドまでジョージを連れて行き、ブランケットの中に包み入れた。
ジョージはすぐに、すーすー寝息を立て始めた。
昨日の情事の疲れも相当残っているはずだ。
いつも情熱的だが優しいセックスを好むジョージが、ダニーの上にまたがり、
狂ったように動き回った挙句、2度も果てたのだから。
ダニーも今日は体中がだるくて、話にならない。
射撃テストは最終日の明日に受けようと決めた。
71丁目の駅からダウンタウンに向かう。
オフィスに到着し、コーヒーのブラックを飲みながら、サンドウィッチを食べた。
マーティンが察したのか、ちらっとダニーを見て、すぐにPCに目を移した。
しゃあない、これが俺の今の生き方やから。
誰が見ても悪いのは自分なのは分かっている。
しかし、ダニーは二人とも失いたくなかった。
マーティンは一通りメールチェックを終えると「僕、射撃練習に行ってくるから」と去って行った。
「今年は、マーティン、頑張ってるわね」
サマンサがマーティンの後姿を見ながらつぶやいた。
「ダニーと相当差がついちゃってるからね」とヴィヴィアンが続けて言った。
「キャリアがちゃうから、比べちゃマーティンがかわいそうや」
ダニーが話していると、ボスがダニーを呼んだ。
「何です、ボス?」
「明日、出張に行ってもらいたいんだが」
「俺一人ですか?」
「ああ、まだ未確認情報でな、お前の古巣だし、お願いしたい」
「じゃあ、またマイアミっすか?」
「そうだ。朝一番のライナーで行って欲しい。だから、射撃テストは今日受けてくれ」
「了解っす」
ダニーは、ボスのオフィスから出て、複雑な表情を浮かべた。
セックスの最中、ジョージを持ち上げたりしなければよかったと後悔してももう遅い。
ダニーは、地下の射撃練習場に向かった。
ダニーはマイアミ行きの便の中にいた。
昨日の射撃テストは散々だった。
あれほど焦ったテストは初めてだ。
ダニーは今年の優秀賞入りを諦めていた。
空港に着き、出迎えのマイアミ支局の局員と出会う。
とりあえず支局に向かい、今回の見込み情報の詳細を聞くとしよう。
今回捜索している失踪者は、3年前、NYのモーニングハイツの豪邸から、
銃器のコレクション50丁と共に姿を消した男性、ブレット・ホイツだ。
彼のコレクションの中の一丁が、マイアミで開催されたガン・ショーケースで売買されたという報告を受け、
ボスがダニーをマイアミに送り込んだのだ。
ダニーがマイアミ支局のMPUのフロアでの打ち合わせを終え、
ガン・ショーケースで問題の拳銃を購入した人物の家に向かおうとしていると、後ろから声がした。
「おい、ダニーじゃないか?」
ダニーが振り向くと、そこにはDC本局のジョン・ドゲット捜査官が立っていた。
「ドゲット捜査官!あなたもマイアミで捜査ですか?」
「ああ、俺はいつものタイプの犯罪でね。カルトの集団自殺だ。カルトのリーダーを追っている」
「俺は・・」
「失踪者だろ?見込みはどうなんだ?」
「まだ何とも」
「頑張れよ、そうだ、今日泊まるホテルは決めているのか?」
ドゲットは猫のような瞳でダニーを見詰めた。
ダニーは口ごもりながら、「いえ、着いたばかりなので・・」と曖昧に答えた。
「じゃあ俺が予約しておいてやるよ。じゃあ、また後でな」
「はい」
ダニーは心なしか自分の頬がほてるのを感じた。
マイアミの局員に知られたくない。
「俺、ちょっとトイレ寄ってから下に降りるんで、先にどうぞ」と、男子トイレに入った。
まさか、あこがれのジョンとここで会うとは思いもしなかった。
ホテルの手配、どういう意味なんやろ。
やっぱりああいう意味やろな。
ダニーは冷水を顔にぱしゃぱしゃかけて、火照りを鎮めた。
マイアミの局員はダニーと同じヒスパニックで、ベニート・ペレスといった。
人好きのする陽気なラテン系のタイプだ。
拳銃の購入者の家に行くまでの間、ずっとペレスはNY支局に行きたいと希望を漏らしていた。
「ペレス捜査官は、入局して何年です?」
ダニーが尋ねると、「3年」という答えが返ってきた。
どうりで若々しい顔をしているはずだ。
「それじゃ、しばらくマイアミ勤務続くやろな」
ダニーが思わず言うと、ペレスは肩を落とした。
購入者の家に着いた。
ガン・ショーケースで誰から買ったか詰問する。
相手はショーケースの常連のディーラーだと分かり、今度はディーラーの店に出向いた。
「おいおい、やばいブツだったのかよ」
ディーラーは、厄介事に巻き込まれたくないのが明白だ。
「お前さえ、仕入先を教えてくれればいいんやけどな」
「ちょっと待ってくれ」
コンピュータでデータを検索し、ディーラーはプリントアウトした。
ちっ、ダニーは舌打ちした。
重火器の卸業者で住所はデラウェア州になっている。
また北部に逆戻りだ。
ペレスは、「残念でしたね」とだけ言うと、さっさと車に戻った。
ダニーも車に乗り、支局に戻った。
まだ時計は午後の4時だ。
今、ボスに報告すると、すぐに戻って来いと言われるに決まっている。
ダニーはペレスに、昔のつきあいのたれこみ屋に当たるからと嘘をつき、局のビルから外に出た。
さすがに日差しがまぶしい。
ダニーはサングラスをかけ、ジョンの携帯に電話をかけた。
「はい、ドゲット」
「ジョン、俺です。こっちは行き止まり、北に逆戻りですわ」
「コリンズ・アベニューのデイズ・インだ」
ジョンはそれだけ言って電話を切った。ダニーは心を決めた。
ダニーは、支局から3ブロック離れたインターネット・カフェで時間をつぶし、支局に戻った。
ペレス捜査官がすぐにやってくる。
「聞き込みどうでした?」
「デラウェアの業者、マイアミにごつうコネがあるみたいやな。かなり胡散臭そうや」
「で、これからは?」
「とりあえず、今日の結果をボスに連絡するわ。指示待ちや」
「そうですか、また何かあったら手伝わせてください」
「ありがとう」
ダニーは空いているデスクのPCを借りて、ボスにメールを打った。
ボスからは「お疲れ。今日の便で帰れるか?」と来た。
「チェック済み。満席につき、キャンセル待ち中」と送ると「それなら1泊してこい。はめをはずすな」という返事が返ってきた。
時間は午後7時、ダニーはガーメント・バッグを持って、コリンズ・アベニューのデイズ・インにタクシーで向かった。
デイズ・インは、アール・デコ地区で有名なオーシャン・アベニューから数ブロック入った白い建物で、
ラタン製の家具が南国のリゾートホテルらしい雰囲気だ。
ダニーがフロントで名前を言うと、すぐに部屋の鍵とメッセージメモを渡された。
「電話されたし。J」とある。
ダニーは、部屋にチェックインして、すぐにジョンに電話をかけた。
「待ってたぞ、ダニー」
ジョンの声はすでにリラックスモードだ。
「今どちらなので?」
「お前の隣りの部屋だ。腹減らないか?何か食いに行こう。5分後にロビーで」
ぷちっと切れた。
部屋はシングルだが広いし、キングサイズのベッドで申し分ない。
これで150ドルなら安いものだ。
FBIの旅費規程の予算内におさまっているのがさすがだと、ジョンのことを考えた。
あ、考えてる暇ないわ。
ダニーは念のため持ってきたポロシャツに着替えて、ロビーに降りた。
同じくポロシャツ姿のジョンがソファーに座って待っていた。
「お前の出身地だろう?案内してくれよ」
ジョンが笑っている。
「ジョンは何を食べたいですか?」
「そりゃ土地の名物料理だ。頼んだぞ」
ダニーは一応フロントに尋ねて、最近のレストランのトレンドを聞いた。
やはり老舗の「ジョーズ・ストーンクラブ」がお勧めらしい。
ホテルから予約を取ってもらい、2人はワシントン・アベニューの店に出かけた。
店は予約を取っていない客が列を成していた。
店の隣りのコーナーでは、テイク・アウトもやっている。
96年の歴史のあるレストランだが、名声は健在のようだ。
ジョンがダニーにメニューを渡したので、
クラムチャウダーと、店の名にもなっている蒸したストーンクラブの爪に、グリルド・フロリダロブスターを頼んだ。
ワインはシャルドネを選び、2人は素材の味を生かした最小限の味付けのシーフードを堪能した。
ここは当たりや。
ダニーは満足そうなジョンの顔を見て安心した。
その後、2人は、オーシャン・アベニューを散策し、上品そうなバーで数杯カクテルを飲んだ後、ホテルに戻った。
「ダニー、俺の部屋でいっぱいやらないか?」
ジョンの誘いにダニーはすぐに頷いた。
ジョンは自分の部屋にダニーを招き入れた。
もう数日滞在している様子だ。
「ここで会えるなんて思ってなかったぞ」
ジョンが笑いながら言う。
「俺もです」
「おかげで美味いシーフードが食えた。ありがとう」
ジョンが両手を広げる。ダニーはすっとその中に飛び込んだ。
熱い抱擁とキスが始まった。
ジョンは器用だか少し乱暴にダニーの服を脱がせながら、自分も裸になった。
2人ともトランクスの前が膨らんでいる。
そのままベッドに倒れ込み、なおキスを続ける。
「今日も入れていいのか?」
ジョンが確かめるように尋ねた。
「うん、ジョンが欲しいから」
ダニーは自分でも驚くような甘えた声で答えた。
ジョンのセックスは正常位オンリーだ。
ダニーはベッドフロントに頭をくっつけ、四つん這いになった。
「ねぇ、ジョン、後ろから来てください」
「え、それもいいのか?」
「女と同じです」
ジョンはダニーの腰を両手でつかむと、ぐっと自身をダニーの中に突っ込んだ。
まだ準備は出来ていないダニーだったが、すぐにジョンの先走りで潤うのを感じる。
「そのまま、ずっと突いて」
ダニーが懇願すると、ジョンはリズムを取って動き出した。
「ああ、締まる。こんなにお前っていいのか、うそみたいだ、あぁ」
ジョンは、我慢しきれず、動きを早め、ぶるっと体を震わせると、体を弛緩させた。
温かい液体がダニーの中に流れ込む。
ダニーはジョンの体をベッドに横たわらせて、シャワールームに入った。
ぎんぎんになっている自分のペニスを放出させねば。
行為を終えて、ダニーはシャワーを浴び、バスタオル姿で外に出た。
ハンドタオルでベッドでぐったりしているジョンのペニスを優しく拭いた。
「すまない。初めての体位で我慢が出来なかった」
「いいんです、ジョンさえよければ。俺も気持ちよかったし」
その時、電話が鳴った。ジョンがベッドサイドの受話器を持ち上げる。
「ああ、モニカ。今、ホテルに戻った。遅かったって?今日はこっちの局員と食事したからな。ああ、わかった。おやすみ」
ダニーはそんな電話を聞きながら、急いで服を身につけて、ジョンの部屋から出た。
俺、レイエス捜査官に嫉妬してるわ。
ダニーは、自分のベッドにダイビングし、天井を見ながらぼんやり考えていた。
するとドアをノックする音が聞こえた。
チェーンをしたままドアを開けると、ドゲットが立っていた。
「あ、今、開けます」
ドゲットは入ってくるなり、ダニーにキスをした。
「おい、何も言わずに立ち去るなんてひどい奴だな」
ドゲットの目は笑っている。
「少し話でもしないか?」
ダニーは頷いて、2人はベッドに腰をおろした。
ダニーはマイアミからラ・ガーディア行きのシャトルに乗っていた。
昨晩のジョン・ドゲットとの会話を思い出し、窓の外を見ながら、思わずほおが緩む。
ジョンがアトランタの出身で、海兵隊でレバノンに駐留していたこと、
海兵隊を辞めてNYPDに入り、シラキュース大学で修士号を取ったこと、
FBIでは最初は伝説の捜査官、フォックス・モルダーの捜索チームに参加したこと・・・。
「え、NYPDにおられたのに、何で、最初の時、俺に道案内を頼んだんですか?」
そう尋ねるダニーに、ジョンが照れたように
「FBIに入局してから来る機会が減って、街の変化が分からなかったからかな?」と
ダニーの髪に触りながら答えたのが印象的だった。
あの時、俺を選んでくれなかったら、今の関係はなかったんや。
それに市警察からFBIへのキャリアチェンジが同じだったのが、ダニーには嬉しかった。
ダニーは人の縁の不思議を思った。
空港に着き、タクシー乗り場に行こうとすると、「ダニー!」という声が聞こえた。
声の方向を向くと、マーティンが普段着で立っていた。
そうや、今日は土曜日や。
「おう、どうして分かった?」
「何も言ってくれなかったから、調べちゃったよ、乗客名簿!」
マーティンが真剣な顔で言った。
「ごめんな、お前も休みやろ。だからや」
「そんなのいいのに。支局の車で来てるから駐車場に行こう」
マーティンはダニーのガーメントバッグをかつぐと、すたすた歩き始めた。
珍しくマーティンの運転で、ブルックリンまで車を飛ばした。
「お疲れ様。昨日はよく眠れた?」
「ん?あ、ああ、もうぐっすりや。マイアミは暑いからかなわん」
「自分の故郷のくせに」
マーティンは笑いながら、FMラジオをかけた。
アダルト・コンテンポラリーが流れ始める。
「あ、そうだ、ボスが射撃テストの結果が月曜日に出るって言ってたよ」
「今回、俺、超絶不調やったから、無理やな」
「本当?でもダニーなら平気だよ。僕もね、すごくいい感じで撃てたんだ。
だから、またダニーにお礼したくてさ」
「もうええっちゅうに」
「そんなこと言わないで、今晩一緒に食事しようよ」
「んー。分かった。でも遅めでええか。また眠くなってきた」
「あれ、さっき、ぐっすり寝たって言わなかった?」
マーティンの声が急に詰問調に変わった。
まずい。
「ぐっすり寝たけど、まだ眠いんや」
「ふうん、そうなんだ・・・」
「何や、疑うのか?」
「ダニーの故郷だもん、何があってもおかしくないよ」
「この前、お前と出張した時も、俺、クリーンやったやろ。もうマイアミ時代は昔のことやから」
車がダニーのアパートの前に着いた。
「それじゃ、一休みしたら、夜、電話くれる?」
「ああ、分かった」
マーティンは車を返しに、フェデラルプラザに向かって去って行った。
危ない、危ない。あいつもヘンなとこ、勘が鋭いから困ったな。
ダニーは、部屋に入り、すぐにパジャマに着替えると、目覚ましを午後6時にセットして、ベッドに入った。
寝たと思ったら、すぐに目覚ましが鳴った。
少しは睡眠不足が解消出来ただろうか。
ダニーはシャワーを浴びて、部屋着に着替え、マーティンに電話した。
ワンコールの途中ですぐにマーティンが出た。
「起きた?」
「ん、起きた。どこ行けばええのん?」
「タイム・ワーナービルの「マサ」に来て」
「ええ!あの$3000の寿司んとこか?」
「いいじゃん、食べようよ」
「お前のおごり?」
ダニーはこわごわ尋ねた。
「うん、ダニー、何食べてもいいよ」
「じゃお言葉に甘えるわ」
「8時に予約したから遅れないでね」
「了解」
ダニーは、今日は、マーティンの家から帰れなくなるような気がしてならなかった。
「マサ」は先週発売された「ミシュランNY」で3つ星を取ったNY初の日本料理店になった。
そしてすぐさま「NY一値段の高いレストラン」という特集記事が雑誌「ニューヨーカー」に掲載されていた。
その評判を聞きつけてか、3年前にマーティンの父、ヴィクターに連れられて訪れた時は、
隠れ家的な印象だったのに、まるで観光スポットのように、客がざわめいている。
「何だか、ずいぶん、雰囲気が変わったね」
マーティンもこの喧噪は予想していなかった様子だ。
客をさばこうと、店の方もプリフィクスで一人$600のディナーだけを用意していた。
忙しそうにしている日本酒ソムリエをマーティンは呼んで、お勧めを聞いている。
マーティンは「ニイガタってところの「トクゲツ」ってお酒にしてみた。ニイガタってお米が美味しい地方なんだって」と
すぐに得た知識を披露した。
ダニーは値段を聞くのがはばかれて、「ふうん、楽しみや」とだけ言った。
ダニーたちのテーブルは、オープンキッチンで、今や時の人となった、
オーナーシェフのマサ・タカヤマが仕事をしているのが眺められた。
「すごい席、取れたな」
「うん、ちょっとコネ使った」
一体、ボンにはどんなコネがあるのだろう。
そして、こういう金のでどころは何処なんだ。
お通しの温泉卵ともずく酢が運ばれてきたので、雑念を捨て、ダニーは料理に専念した。
案の定、ダニーはマーティンのアパートに戻ることになった。
日本酒が相当回っていて、体がだるい。
一刻も早くベッドに潜り込みたい気持ちだ。
ボンはえっちを期待してるんやろな。
おぼろげな頭で、ダニーは考えた。
酔いを理由に断ることも出来る。
だが、今朝、一度マーティンが疑いを持ってしまった以上、払拭しなくてはという気持ちがある。
ダニーはええい、その時はその時やと心を決め、自分の手をずっと握っているマーティンの手を握り返した。
ドアマンのジョンに挨拶して、マーティンの部屋に入る。
「シャワーする?」
マーティンの問いに、ダニーは「ほな、しよか」と言って、メインのバスルームに向かって行った。
マーティンもついて来る。
「お前も一緒に?」
「うん、今日はダニーの体が見たい」
「特にいつもと変わりはないで」
「でもいいからさ」
2人でも十分な広さのシャワーブースだ。
マーティンがザ・ボディー・ショップのオリーブシャワージェルを泡立てて、
海綿のスポンジで丁寧にダニーの体を洗う。
いつものシャワージェルよりしっとりした感じだ。
「これ、新しいやつ?」
「うん、僕、秋冬って肌がかさかさになるでしょう?
だからオーガニックのオリーブオイルが入ってるのに変えてみた。気に入らない?」
「いや、滑らかやなと思っただけ」
ダニーは、マーティンから海綿スポンジを奪い、マーティンの体を洗い始めた。
むくむくとすぐにペニスが力を増していく。
「お前、今日したい?」
突然の質問に、マーティンはびっくりした顔をしたが、照れくさそうに「ダニーがしたければ、したい」と答えた。
2人は頭上から降る熱いシャワーを浴びて泡を流し、バスタオルにくるまって、ベッドルームに出た。
ダニーはわざと挑発的に「今日はどっちが入れる?」と尋ねた。
マーティンは、消え入るような声で「ダニー、入れて」と答えた。
ラッキー、俺、ついてる。
実は、昨日のセックスでダニーの局部に少し裂傷が残っているのだ。
それは絶対に見られてはならない。
ダニーは優しくマーティンのバスタオルをはぎとり、ベッドに押し倒した。
期待の青い瞳がダニーをひたと見つめている。
ダニーもバスタオルを取って、マーティンの体に自らを重ねた。
「今日は、これ、使って」
マーティンが出したのは、例のヘビ印のローションだ。
ココナッツと書いてある。
手に出すとまるでサンオイルのような懐かしい香りがした。
ダニーは自分のペニスに塗りつけ、マーティンの中に指を2本差し入れ、ゆっくりゆっくり動かした。
マーティンが吐息交じりの甘い声を上げ始める。
指を3本に増やし、さらに中を探ると、マーティンは「あ、もうだめだよ、早く来て」と声を上げた。
ダニーはそろっと先端だけをマーティンの中に入れ、入口付近で少し動かした。
マーティンがいやいやをするように頭を左右に振る。
やっと少しずつ中に進むと、マーティンはつかんでいたシーツから手を放し、ダニーの背中に腕をまわした。
ぎゅっと抱きしめられ、背中からの圧力で、ダニー自身がずぶっとすべてマーティンに飲み込まれた。
相変わらずの締め付けに、ダニーも思わず唸った。
「お前、締めすぎると、俺、すぐ出そう」
「待って、僕も一緒にイキたい。ああ、ダニーのお腹にこすれて気持ちがいい・・」
人は同じリズムで律動を繰り返した。
「もうだめやわ、俺、出る」
「僕も、ああぁ!」
2人は同時に爆発を起こした。
ダニーはふうと息をついて、マーティンの隣りにごろんと横になった。
「ダニー、浮気しなかったんだね」
マーティンが嬉しそうに言う。
「もちろんや、そう言うたやん」
ダニーは、心の底でマーティンに謝りながら、そう答えた。
ダニーとマーティンは、日曜日の昼過ぎまで、ぐっすり眠りをむさぼった。
特にダニーは、珍しく大きないびきをかいて眠っていた。
「んー、ダニー、うるさいよ・・・」
マーティンがダニーを揺さぶると、一旦いびきは止むのだが、またすぐに再開される。
マーティンは諦めて、ベッドから抜け出した。
もうすぐ1時半だ。
もう、E.A.T.のパンなんか売り切れだよな、どこに行こう。
マーティンはだめもとで、91丁目まで徒歩で下り、「ヴィネガー・ファクトリー」に入った。
デリコーナーを覗いてみると、幸い、生ハムとパルメザンチーズのベイビーリーフサラダとチキンラビオリサラダが残っている。
パンのコーナーで、フォカッチャを4個選び、ホットデリで、パンプキンスープを買って、アパートに戻った。
ダニーはまだ眠っていた。
マーティンは、そろそろとダニーの足元から、ブランケットの中を潜って、ダニーにぴったりくっついた。
「うぅぅん、マーティー、今、何時や?」
眠たそうな声でダニーが尋ねる。
「もう2時だよ、お寝坊ダニー、ご飯にしようよ」
「ん・・・、わかった、お前の体、ぽかぽかして気持ちいい・・・」
また眠ろうとするダニーを、ばさばさ揺すって、やっと起こした。
岩とびペンギンのように逆立ったダニーの髪の毛がおかしくて、マーティンが大笑いすると、
「アホ」と言いながら、ダニーはシャワールームに消えていった。
マーティンがダイニングで支度をしていると、バスタオルで髪の毛を拭きながら、
ポロシャツとカーゴパンツに着替えたダニーがやってきた。
「お、美味そうやん。昨日からご馳走さん」
あらためて言われると、なんだか気恥かしい。
マーティンは曖昧に笑って、フォカッチャを皿に盛った。
「今晩、イタリアンもええな」
ダニーが急に言うので、マーティンは驚いた。
「え、帰らなくてもいいの?」
「そりゃ、今晩はブルックリンに戻るけど、昨日のお返しで俺がイタリアンおごったるわ、イタリアンじゃない方がええか?」
「ううん、食べたいよ。モチモチのピッツァ」
「じゃ、「カフェ・グラツィエ」行こ」
「あ、あそこなら近いもんね」
遅いランチの後、2人はマーティンが買ったばかりの「インディー・ジョーンズ/クリスタル・スカルの伝説」を見てから、
84丁目の「カフェ・グラツィエ」まで歩いた。
「なぁ、お前さ、エリア51って本当にあると思う?」
「僕はあると信じてる」
「お前ってフォックス・モルダー捜査官やな」
「そういえば、モルダー捜査官、引退して何してるんだろうね」
そんな話をしているうちに店に到着した。
2階建てのタウンハウスを改装したこのリストランテは、カフェという名がついているが、
本格的な南イタリア料理が有名な名店だ。
2人は中央のテーブルに座り、入念にオーダーを選んだ。
結果、鹿のカルパッチョ、トリッパのトマト煮込み、栗と鴨肉のリゾット、
ピッツァ・マルゲリータとピッツァ・ゴルゴンゾーラに、スプマンテをオーダーした。
ここのピッツァはパン生地を使うアメリカン・ピッツァと全く違う。
周りは適度に焦げた感じだがモチモチとした口当たりがたまらなく、
内側になるにしたがってサクサク感が出てくる独特のものだ。
2人とも、すっかり満足して、マーティンの家に戻った。
さすがに疲れたので、タクシーを呼んで帰ることにする。
「ダニー、出張帰りなのにありがとう、すごく楽しかった」
「お前こそ、昨日はご馳走さん。いくらやった?」
「野暮なことは聞かないこと!」
ジョンからタクシーが来たとのインターフォンが入る。
「それじゃ、明日オフィスでな」
「うん、ダニー、愛してる」
「俺も」
2人は軽くキスを交わし、ダニーはエレベーターに向かった。
368 :
fusianasan:2008/10/22(水) 08:27:03
紫煙
月曜日の朝、ダニーは重い気持ちで電車に揺られていた。
先週、木曜日に受けた射撃テストの結果発表の日だからだ。
NY支局の全捜査官の中のトップ10に入るのは、並大抵のことではない。
それをこの過去3年連続で維持してきた事実が、
時に事件の過酷さにくじけそうになる自分の自信の源になっているのだ。
スターバックスでチキンサンドを買い、オフィスのコーヒーと一緒に朝食を取る。
チームの他の連中は、結果発表に関してあまり意に介していないようだ。
サンドウィッチを食べ終わるのとほぼ同時に、ボスが自分のオフィスから姿を見せた。
手に書類を持っている。射撃テストの結果に違いない。
「みな、ミーティングを行うから、集まるように」
チームは、ミーティングデスクに移動し、ボスが口火を切るのを待った。
「先週は、捜査の合間に、全員に射撃テストを受けてもらった。
コンディションの悪いやつもいたようだが、今年はいい年だぞ」
ボスが思いがけない言葉を吐いた。
「NY支局のトップ10が、わがMPUから2人出た。私も鼻が高い」
皆、一斉にダニーの顔を見た。だが、あと一人は誰だろう?
「まずは、ダニー、おめでとう。カップが増えたな。だが今年は10位だ。
お前にはもっと上位を期待していたのに、どうした?」
「すんません。集中できなくて」
「これからも頑張れ。それから、マーティン」
皆がえっという顔をして、マーティンを見つめた。
「ダニーとコンマ3桁まで同率の10位だ。よくやったな」
サムとヴィヴィアンが拍手をする。ダニーも一緒に拍手に加わった。
「本当ですか?ボス?」
「ああ、腕を上げたな。これからも期待している。女子チームも練習を怠るな。
個人成績はメールで発信するからよく読むように。今日は以上だ」
ボスが去ると、マーティンに全員が群がった。
「すごいじゃない!一体どうしちゃったの?」
ヴィヴィアンが驚きを隠せない表情で言った。
「実は、今まで実力を隠してたんだ、なんて言わないでよね、私だって欲しいんだから、優秀者カップ」
負けず嫌いのサマンサがマーティンの腕をこずいた。
「僕も信じられない。本当なのかな」
ダニーがマーティンのほおを引っ張った。
「痛いよ、何するんだよ、ダニー」
「な、痛いやろ、だから事実や。夢やない」
「ねえ、今晩、お祝いしましょうよ」
サムが言いだした。
「いいわね、最近、チームで会食してないし」
ヴィヴィアンも乗り気だ。
「私、ボスに言ってくる」
サムはボスのオフィスに向かって行った。
ダニーは、まだ立ち話しているヴィヴとマーティンを置いて、
デスクのPCに向かうと、マイアミのジョン・ドゲットからメールが届いていた。
「カルト教団リーダー、無傷で逮捕。協力ありがとう」
最後の文章は金曜日のことを指しているとぴんときた。
ダニーは急に晴れ晴れとした気分になり、早速、簡単に返信をして、捜査途中のケースファイルを開いた。
サムが幹事になって、チャイナタウンの「ペキンダック・ハウス」を予約した。
ペキンダック・ディナーコースが一人$30で食べられる人気の店だ。
ペキンダック1羽と、人数が多いほど選べる料理が増えて、お得感が増す。
さすが女性だなとダニーは思った。
仕事を定時に切り上げて、5人は徒歩で店に向かった。
「もうお腹ぺこぺこ」サムがなぜか嬉しそうだ。
店に着き、丸テーブルに案内されると、すぐにメニューが配られる。
「まずビールで乾杯だな」
ボスがチンタオビールを頼み、選べる主菜をマーティンが3皿チョイスすることになった。
「じゃあ、ビーフとホタテの炒め、チキンとブロッコリーのクリーム煮、海老のガーリック炒めでいい?」
皆、異存はない。
ビールで乾杯していると、コース料理の前菜、焼売と春巻と焼き豚に酸辛湯が運ばれてきた。
日頃の疲れを癒すのとチームの結束を固めるのは、会食が一番だ。
なごやかな雰囲気で、ディナーが始まった。
ダニーは、いつになく嬉しそうな特上の笑顔を浮かべているマーティンを誇りに思った。
ダニーは仕事帰りに久し振りにアルのパブに寄った。
「よう、ダニー、いらっしゃい」
いつものアルの声が迎えてくれる。
「こんばんは。あー疲れた」
「久し振りだな」
「ああ、マイアミ出張してた」
「そうか、お疲れさん。飯、まだだろ?」
「うん」
「おーい、ラリー、ダニーが来たぞ!話すことあるんだろ?」
厨房にアルが叫ぶ。
「ラリーが俺に話すこと?」
ダニーは訝った顔をしてラリーが出てくるのを待った。
いつものシェフのスタイルで、ラリーが出てきた。
「こんばんは。あの・・今日はステーキとマッシュルームのギネスパイです。それと、あの・・」
「おう、ラリー、それ食う。それから何?」
ダニーが尋ねると、アルが横から助け舟を出した。
「こいつ、先週のワイン&フードショーでお前がさ、ジョージ・オルセンと一緒にいるのを見たんだと」
「と、友達ですか?」
ラリーがやっと尋ねた。
「ああ。そやけど?」
「僕、NIKEのCMのファンで、Heroesも見てて・・・」
「ということで、家の店に連れてきてほしいそうだ」
アルが締めた。
「えっ!」
ダニーは一瞬逡巡した。
ここは俺だけのサンクチュアリなのに。
「あいつも忙しいからな。今度聞いてみるわ」
ラリーは目を輝かせて「ありがとうございます!」と言って厨房に駆け込んだ。
相変わらずラリーのパイは絶品だった。
これからのつきあいもあるし、ダニーは家に戻ったら、ジョージに電話しようと決めた。
アルにご馳走さんと挨拶し、ダニーは家に戻った。
留守電が点滅している。ジョージか?
「ダニー、出張長いんだね。お帰りなさい。電話ください」
そや、あいつに連絡してないから、マイアミに行ったきりと思うてんのや。
ダニーは申し訳ない気持ちで、コールバックした。
「ダニー、おかえりなさい!マイアミどうだった?」
「いつもの通りや。暑いし・・・」
「綺麗な人多いしでしょ?」くくっとジョージが笑う。
「あいにく、そういうとこには縁がなくてな。なぁ、お前、今週、ブルックリンに来られそうな晩ってある?」
「今週?えーとね、木曜日なら大丈夫だよ」
「じゃ、腹減らして来てくれへん?紹介したレストランあんねん。そこのシェフがな、お前にぞっこんやて」
「そこってダニー、よく行くの?」
「ああ、マンハッタンで飯食わない時は、必ずそこで食ってる」
「それなら行く。ダニーがお世話になってるご挨拶しなくちゃね」
「そんなのええわ、とにかく頼んだ、よろしく」
「了解。ねぇ、そのあと、ダニーんとこ泊まってもいい?」
「ああ、ええで。仕事、大丈夫か?」
「うん、翌日午後からだから」
「そか、それじゃ、木曜日にな」
「うん、早く会いたいよ」
「俺もや、おやすみ」
「おやすみなさい、愛してる」
ダニーはジョージが快諾してくれたのにほっとして、
スーツを脱ぎ、バスルームに入って行った。
?
木曜日になり、ダニーは定時でオフィスを出て急いでブルックリンに戻った。
ジョージも今日は地下鉄Qラインで来るはずだ。
最寄駅の「7th アベニュー」駅での待ち合わせだ。
ジョージが来るのはすぐわかる。
頭ひとつ飛びぬけて背の高い黒人を探せばいい。
「ハイ!ダニー、ごめんね、待った?」
ジョージは、グレーのフリースのジャケットにピンクのタートルネックを合わせていた。
下はくたくたのジーンズだ。
「いや、俺も今着いたとこ。今日はありがとな」
「本当にこんな格好でいいの?」
「ああ、レストランって言っても、パブやから、あんまり期待すんな」
「へぇ、そうなんだ」
ジョージは好奇心いっぱいの目をしてダニーを見つめた。
「ほな行こか」
「うん、楽しみだな」
アルの店に2人が入ると、ジョージのあまりの背の高さに、常連の爺さん連中が目を見張った。
「いらっしゃい、どうぞこちらに」
アルが緊張気味なのが可笑しい。
「アル、俺達カウンターがいいよ。な?」
「うん、あ、ジョージ・オルセンです。よろしく」
「アル・オブライエンです。オーナーしています。あれ?おい、ラリー!出て来い!」
ラリーがシェフ姿のまま現れた。
見るからに緊張しているのが分かる。
「これ、俺のいとこのラリー・オブライエン。あなたの大ファンなんですよ。
ラリー、せっかく来てくださったんだ、何か言え」
「ぼ、ぼく、バボが大好きです」
「おい、あんなに挨拶の練習してたのに、それだけかよ?」
2人のかけあい漫才のような会話に、ダニーもジョージも大笑いした。
「とにかく、こんな店ですけど、楽しんでってください。
今日はラリーが腕によりをかけて特別料理を作ってますから。ビールでいいですか?」
ジョージはダニーの顔を見た。
「ここのドラフトはうまいで。俺が好きなのは、キルケニー」
「じゃあ、キルケニーください」
ジョージが言うと、アルはすぐに生ビールの機械に飛んで行った。
「おーい、俺もキルケニーなー!」
ジョージが笑いながら「すごく庶民的だね。好きだよ、こういう雰囲気」とダニーに言った。
なんでも楽しんでくれるジョージがありがたい。
ラリーの特別料理は、ラムの赤ワイン煮込みだった。
初めて出てくるメニューだ。
山のように盛られた温野菜に、ジョージは大喜びした。
「これならサラダいらないね」
その次に、サーモン&デイルパイが出てくる。
「今日はほんまにすごいな」
ダニーがアルに言うと、
「ラリーの奴、ノイローゼになりそうだったんだよ、メニュー決めるのに。それで肉料理と魚料理の両方になっちまった」
とアルが答えた。
2人はなんだかんだと、ビールだけでワンパイントのマグを4杯空けた。
「もう、僕だめだ。お腹いっぱい」
ジョージがダニーにもたれかかる。
「おい!酔っぱらうな。お前のファンの前やから」
ダニーは慌てて、ジョージを元の姿勢に戻した。
ラリーが何か言いたそうに、もじもじしている。
「ラリー、今がチャンスやで、ジョージ酔ってるし」
ダニーがけしかけた。
ラリーは顔を赤くしながら近寄ってきて「オ、オルセンさん、大好きです。僕をハグしてくれますか?」と尋ねた。
ジョージは「うん、もちろん、名シェフにはハグが必要だ」と言いながら、立ち上がり、
カウンターの中に入って、ぎゅっとラリーを抱きしめた。
泣きそうになりながら、うっとりしているラリーを見て、ダニーは思った。
あ、こいつ、ゲイや。完全にジョージに夢中やわ。
アルがジョージのNIKEのCM写真を持ってきた。
「あの・・これにサインを」
「はい、お名前は?アルでいいですかぁ?」
「あ、ラリー宛てにしてやってください」
ラリーは放心状態になっていた。
「アルはええのん?」
ダニーが尋ねると、「俺は次においでになった時に」と答えた。
さすがオーナー、ジョージを常連にするつもりだ。
2人は、アルと涙を浮かべたラリーに見送られて、パブを後にした。
「美味しいお料理だったね。僕、イギリスの料理知らないから、すごーく新鮮」
ジョージがまたダニーにもたれかかりながら感想を述べた。
「そりゃよかったわ。あれだけ食って飲んでも、2人で$60やで」
「次のザガット・サーベイで投票しようっと」
珍しくほろ酔いのジョージがぶつぶつ言っているうちに、ダニーのアパートに着いた。
「さ、部屋にあがろ」
「うん。ダニーのお部屋お部屋!」
2人はエレベーターに乗った。
ダニーの部屋に入ると、ジョージはフリースを脱いで、ソファーにぐったり腰かけた。
「おい、ジョージ、大丈夫か?」
ダニーが心配顔で尋ねた。
「うん、ごめんね、ビールってそんなに普段沢山飲まないのと、昨日仕事で遅かったから・・・」
「無理して来てくれたのか。ありがとな」
「無理じゃないよ、だってダニーに会いたかったもん。ダニーの行きつけのお店もわかったし。ねぇ、来て」
ダニーは、ジョージの隣りに座った。
2人は自然とキスを交わした。
「ダニー、本当に好きだよ」
「ベッド行くか?」
「うん、あ、お水欲しい」
「OK」
ジョージはベッドルームに向かって歩き出した。
ダニーは冷蔵庫からエトス・ウォーターを取り出し、念のためタイレノールも持って、後を追った。
ジョージはすでに全裸になって、ベッドに腰掛けていた。
下半身から突き出した巨大なペニスに思わず目がいってしまう。
「はい、水な」
「ありがと」
子供のようにごくんと喉を鳴らして水を飲むジョージが、セレブリティーとは思えない時がある。
だが、この輝く褐色の容姿の美しさは、紛れもなく世界でトップクラスのスーパーモデルの証なのだ。
ダニーもスーツを脱ぎ、全裸になった。ジョージの横に座る。
「ベッド、広くなってよかったね」
「ああ、前のベッドだとお前、窮屈やったろ?」
「慣れてるよ。だって前の僕のベッドも小さかったから」
ダニーと出会った頃のジョージが、古びたアパートの狭いワンルームに住んでいたのを思い出した。
ダニーは、ジョージの手からペットボトルを奪い、サイドテーブルに置いた。
ジョージがダニーに抱きつき、そのまま2人はベッドに倒れた。
「疲れてるやろ、このまま眠ろうか?」
「ううん、だめ。ダニーとしたい」
「今日はお前が入れる?」
「ううん、ダニー、入れて」
マーティンに続いてジョージもおねだりだ。
ダニーはサイドテーブルの引き出しからワセリンを取り出した。
指にとって、ジョージの脚を左右に大きく開く。
赤くてらてら光っている局部に、ダニーは丁寧にワセリンを塗り込んだ。
「あぁ、ダニーの指って長いから、すごくいい感じ」
ジョージがうっとりと溜息混じりに言葉を吐く。
ダニーは指を3本まで増やして、中を十分に探検し、指を抜いた。
「ねぇ、早く入れて、ダニーのすごいの」
ダニーは固くなった自分のペニスにもワセリンを塗りたくり、静かにジョージの中に入った。
ジョージの皮膚の表面は、まだ整形手術の影響でひんやり冷たいのに、中は炎が燃えているようだ。
ダニーは、ジョージに優しく短いキスを繰り返しながら、少しずつペニスを進めた。
「あぁ、すごく気持ちいい・・」
ペニスを根元までジョージの中に収めたダニーは、静かに動き出した。
ゆっくりとした海の波のようなリズムだ。
前後に律動を繰り返すと、ジョージがそのリズムに合わせて腰をグラインドさせ始めた。
「ああぁ、んん」
ダニーも思わず声を出した。
「その声も好き。あぁ、僕、イキそう。ダニー、イキそうだよ」
ダニーが律動のスピードを上げると、ジョージが腰をさらに動かして摩擦を増やした。
「ん、俺も、もうもたへん。出る・・」
ダニーがジョージの中に放つと、ジョージもダニーの胸を精液で濡らした。
そのまま、ダニーがジョージの上に乗って、2人で荒い息を整える。
やがてダニーは横にごろんと転がった。
「俺、よかったか?」
普段は聞かないダニーなのに、なぜか今日は尋ねたくなった。
「もう、最高だよ。天国に行っちゃった。目の前が光で見えなくなったもん」
ジョージが照れ笑いで答えた。
ダニーは用意しておいたバスタオルで、2人の体を拭いて、ふぅと溜息をついた。
「このまま寝ようか」
「うん、ダニーの胸で寝ていい?」
「ああ、おいで」
ジョージは安心したように体をずらして、ダニーの胸に頭が来る位置に下がった。
そして顔をうずめる。
「おやすみ、ジョージ」
「おやすみなさい、ダニー。僕、幸せ」
2人はすぐに目を閉じた。
目ざましの音で、ダニーは目を覚ました。
隣りにジョージの姿がない。
ダニーは急いでシャワーをし、歯磨きと髭剃りを終えて、スーツに着替えた。
リビングに行くと、ダイニングからハミングが聞こえた。
Sealの「Amazing」だ。
「ジョージ、おはようさん」
「あ、おはよう、ダニー、ちょっと待っててね」
ジョージがダイニングテーブルにコーヒーと、モスグリーン色のジュースを出してきた。
「ん?これ何?」
「パン買いに行ったついでに、ジュースバーで買った。「エナジー・ブースター」って言う名前のミックス・ジュース。
ほら、昨日、エネルギー消耗したでしょ、だから・・」
そこまで言うと、ジョージは恥ずかしそうに、ジップロック差し出した。
「それと、今日の朝ごはん。生ハムとモッツァレラのパニーニ」
「ん?作ってくれてたん?」
「うん、残りの生ハムとチーズは冷蔵庫に入ってるから、ダニー、忘れずに食べてね」
「おう、わかった。ありがとな」
「僕、こういうの好きだから」
2人は向かい合わせで、コーヒーとエナジー・ブースターを飲んだ。
「ほな、俺、そろそろ出かけるわ」
「わかった。何かやっておくことない?」
「とりあえずはないと思う。お前も午後から仕事やろ、俺んちのことは気にせんと、早めに自分んちに戻り」
「うん、そうする」
「じゃ、鍵だけよろしく」
「はい、いってらっしゃい」
ダニーはジョージに軽くキスして、外に出た。
まるでこれじゃ新婚家庭や。
苦笑いしながら、地下鉄Qラインの駅に急いだ。
オフィスに着いてパニーニをぱくついていると、サマンサが目を止めた。
「そのパニーニ、すごく美味しそう。どこのお店?」
「あ、これ地元の」
「そうなんだ、ねぇやっぱり、ブルックリンって物価安い?」
「あぁ、こっちの9割くらいかな。最近は上がってるけど、まだ住みやすいで」
「ふうん」
「何や、引っ越すのん?」
「ちょっと聞いてみただけ」
サマンサはそれだけ言うと、自分の席についた。
何やろ。いよいよボスと同棲やろか?
ダニーは、マイアミまで追いかけたブレット・ホイツの捜査を継続していた。
重火器の卸業者はデラウェア州のウィルミントンにあった。
化学品メーカーの大手、デュポンが本社を置く州最大の都市だ。
白人人口が8割に近いので、ブレット・ホイツも潜りやすいはずだ。
ダニーはボスのオフィスを訪ねた。
書類に目を通していたボスが顔を上げる。
「何だ、ダニー?」
「ウィルミントンに行ってもいいですか?」
「ホイツの事件か?」
「はい、せっかく足取りが追えてきたので、もうひと押し頑張りたいと思いまして」
「分かった。許可しよう」
「ありがとうございます」
「無茶はするなよ」
「了解っす」
ダニーは早速、フライトの予約サイトを開いた。
デラウェア州はアメリカ全土で唯一、州外の都市とをつなぐ空港がない。
しかし、隣りのフィラデルフィア国際空港から車で約1時間なので、不便は感じなさそうだ。
ダニーは12時のフライトを予約し、準備を始めた。
「ねぇ、ダニー、どこに行くの?」
マーティンが尋ねて来る。
「この前のマイアミの続きや。ウィルミントンに行ってくるわ」
「そうなんだ・・」
「どないしたん?」
「何でもない。気を付けてね」
「ああ」
何かもの言いたげなマーティンの様子が気になったが、ここでは話せないことかもしれない。
ダニーは後回しにして、出張の準備を続けた。
ダニーは地元のFBI支局には連絡をしなかった。
市警時代から単独捜査が好きで、常にパートナーに嫌われていた。
それもFBIへの入局を決心した理由の一つだった。
FBIも通常は2人で行動するのが規則になっているが、上司の許可さえ下りれば、単独捜査の幅も広い。
早速、空港でレンタカーを借り、クォリティー・インにチェック・インした。
ここを基地にする予定だ。
捜査が夜遅くまでかかった場合、宿にあぶれるのも心配だった。
身軽になったダニーは、地図を頼りに、重火器卸問屋の「ウィルミントン・AAガンズ」に向かった。
なかなか立派な事務所ビルがあり、隣りが倉庫になっているようだ。
AAガンズと書かれたトラックが何台も停まっている。
商売はかなりの規模の様子がうかがえる。
ダニーは事務所ビルに入って行った。
受付デスクがあり、受付嬢が座っている。
「すんません、私、こういう者ですけど、経営者にお会いできませんか?」
ダニーはFBIのIDを見せて尋ねた。
受付嬢は一瞬驚いた表情を見せたが、「お座りになってお待ちを」と
ホールに置いてあるソファーの方に目を向けた。
ダニーが座って待っていると、15分ほどして、50代の白人男性が出てきた。
「私が社長のダン・フロストですが、こちらへどうぞ」
ダニーは社長のオフィスに案内された。
「お宅の会社がマイアミの拳銃ディーラーに販売したある銃について、仕入ルートをお聞きしたいんですが」
「顧客リストは個人情報ですので・・・」
「こちらは令状を持って来てもよかったんですよ、しかし、社長のご協力が得られるものと信じてやってきてます」
ダニーは静かな声だが威圧的に社長に答えた。
「・・分かりました。ご協力しましょう」
ダニーは、問題の拳銃とマイアミのディーラーの名前を書いた紙を渡した。
「ああ、コルトのSAA45ファクトリー・エングレーブドですか。美しい銃だ」
社長がPCで検索を始める。
「社長、その銃は、おいくらくらいするので?」
「保存状態にもよりますが、小売価格で$4000程度でしょうか。あ、ありました。今、出力します」
ダニーは出力された紙を見た。
やった!ウィルミントン市内の住所だ!
それも買い取り日が、3か月前と比較的最近ではないか。
「ご協力に感謝いたします。もう一つよろしいですか?この住所の地図を出力してください」
社長はしぶしぶ、グーグルマップから地図を出して、ダニーに渡した。
「今度、俺の銃が壊れたら、社長のところから取り寄せますわ」
ダニーはそう言って、事務所ビルを出た。
地図を見ながら、売り手のブライアン・ハイアットの家に向かう。
イニシャルがブレット・ホイツと同じだ。
偽名を作るのに、イニシャルを参考にしたんだろう。
住宅地に入り、白い壁の家の前で、ダニーは車を停めた。
早速ドアをノックする。
「ハイアットさん、おられますか?」
「はい」
女性の声だ。中からブルーネットの中年女性が現れた。
「どちらさまで?ご用件は?」
「ブライアン・ハイアットさんのお宅と聞いてお尋ねしたんですが、おられます?」
「ですから、どちら様で?」
ダニーはIDを見せた。
「中にお入り下さい」
ダニーは、小奇麗なリビングに通された。
「ブライアンが何かしたんですか?」
「ブライアンさんは、この男性ですか?」
ダニーはホイツの写真を見せた。
「ええ、間違いありません。何かあったのですか?」
「というと?」
「もう一緒に住んでいないんです。彼、問題を抱えてて・・・」
「問題とは?」
「ヘロインです。止められなくて」
「居所に心あたりあります?」
「あの調子だと、今頃、町のクラック・ハウスにいるはずです」
「それはどこですか?」
女性はストリートアドレスを言った。
ダニーが書きとめる。
「あの、すみません、もし見つけたら、
メリンダが許すから帰ってきてほしいと言ってたと伝えていただけませんか?」
「分かりました。ご協力感謝します」
ダニーは、女性の家を出た。
名前を変えて、女と同棲か。
メリンダという女性、どうやら依存症患者に惹かれる共依存の雰囲気を感じる。
拳銃コレクションは、どんどん換金されて薬代になっている可能性が高くなってきた。
ダニーは、一度モーテルに戻ることにした。
クォリティー・インの部屋から、ボスに経過報告をする。
ボスはそのまま捜査続行を命じた。
もう午後4時だ。今夜は泊りになるだろう。
ダニーは書きとめたメモの住所から地図を出し、ダウンタウンに向かった。
大きな高層ビルの立ち並ぶ市の中心街を超えて、スラム街に入った。
スラム街ではどこの都市でも同じ光景を目にする。
老若男女のホームレス、走り回る子供たち、娼婦、アル中、薬中・・・。
普通の世界からはみ出した者ばかりだ。
クラック・ハウスの住所の1つ手前のブロックに車を止める。
セキュリティーロックを厳重にして、外へ出た。
建物の中に入ると、すえた体臭とマリファナが混ざった匂いで、ダニーは思わずむせた。
ふらふら目の焦点の合わない人間と行きかうが、相手はこちらに全く興味を示さない。
するとガリガリに痩せた黒人がダニーに話しかけてきた。
手が震えている。禁断症状の初期のようだ。
「よう、刑事さん、誰か探してるのかい?情報あるよ」
「どうだかな・・お前さん、いつからいる?」
「このスリムな体つき見てごらんよ。出来た時からここにいるよ」
男が笑うと歯のない口の中が見えた。
「こいつ探してんねんけど、まだおるかな?」
「ああ、いるね」
男が親指と人差し指をこすり合わせた。
ダニーは20ドル札を渡した。まだ足りないらしい。
ダニーはさらに20ドル札を渡した。
「案内するぜ」
黒人は、よろよろしながら階段で2階に上がった。
「あそこで寝袋に寝てるやつがこいつ」
ひそひそ声で部屋の片隅を指さしながらダニーに伝えると、男はさっと消えた。
久し振りに薬を買うのだろう。そういう人生もある。
「おい、ホイツ、起きろ」
ホイツは、びっくりして飛び起きた。
だが、目がどんよりしていて、意識は薄弱に見える。
だからこそ、本名に反応したのだろう。
「お前、誰だ」
震える声でホイツが答えた。
「NYのFBIや。お前に失踪届けが出されている。さぁ、NYに帰ろう」
「嫌だ」
「おいおい、手を焼かすなよ。乱暴はしたくない」
ホイツは観念したのか、急に静かになった。
「な、奥さんが待ってるんやから」
「あいつは、私の金があればそれでいいんだ。私がいない方が幸せなんだよ」
「そう、言わんと。戻ってから話し合え。いなくていいと思ってる人が捜索願出すか?」
ホイツはうなだれた。
逃亡する体力はないと思ったが、ダニーは一応手錠をかけて、車にホイツを載せた。
携帯でボスにホイツ確保の連絡をする。
今なら、最終便に間に合うはずだ。
ダニーも失踪者と2人でモーテルで過ごすのは勘弁だった。
モーテルに戻り、ホイツの手錠の片方をデスクの足に繋いで、支度を整え、フィラデルフィア空港に向かった。
レンタカーを返し、今度はホイツの手錠を自分の片手につないで、チケットカウンターで、
ラガーディア行きのフライトを確保した。
ブレット・ホイツが、意外にこぎれいな身なりをしていたのがラッキーだ。
「腹減ったな、何か食うか?」
ホイツは首を横に振った。
ダニーは構わず、バーガーキングに入り、ダブルワッパーチーズとコーヒー2つずつを買った。
2人でコーナーの席に並んで座る。
「食った方がええで」
ホイツは観念したのか、ハンバーガーをむさぼるように食べ始めた。
よく見ると、写真の顔よりかなりやつれている。薬の影響もあるだろう。
「あんまり食ってなかったんやろ」
「そんな金があったら薬買ってたから」
「どうしてお前みたいな金持ちのボンがこんなことになったん?」
「妻の浮気だよ。それも、家の使用人何人もと寝ていやがった」
「そか。辛いな」
「あんな女と結婚した私がバカだったんだよ。心の底で馬鹿にしてたんだ」
「それじゃ離婚して、人生やり直せ、まだ大丈夫や」
「本当にそう思うか?」
「ああ、俺もバカさんざんやってから、やり直したんやで。メリンダがお前を許すから戻ってきて欲しいって言うてたわ」
ホイツは目に涙をためた。
ダニーがNYのFBIに戻り、待っていたホイツの妻と面会をさせて、帰宅できたのは、深夜0時近くだった。
大食漢ではないが、ダブルワッパーチーズだけでは微妙に空腹感があり、眠れそうにない。
ダニーは、私服に着替えて、アルの店に行った。
さすがに客はもう誰もいない。
「まだ、やってる?」
ダニーがドアを開けて尋ねると、アルが「おお、いいぞ、入れよ」と招き入れてくれた。
「まだ何か食えるかな」
カウンターに座りながら、アルに尋ねる。
「俺たち、これからまかない飯食うところだったんだ。それでよければ出せるけど」
「お願いするわ」
「了解。おい、ラリー!まかないもう1丁頼むわ」
「いつも夕食はこんなに遅いん?」
「ああ、俺んとこみたいに夜メインだとどうしてもな」
「大変やね」
「もう慣れたよ、ダニーこそどうしたんだ?」
「今日、デラウェア州まで出張でな、帰ってオフィス寄ったらこんな時間になってさ」
「俺んとこ思い出してくれてうれしいよ」
ラリーが出てきた。
もうシェフの白衣を脱ぎ、カジュアルウェアになっている。
私服だと若いのがよく分かる。
「ダニー、この前は、ありがとう・・」
消え入るような声でラリーがお礼を言った。
「ジョージ、ほんまにラリーの料理、気に入ってたで。よかったな」
「本当ですか!」
ラリーは感動でじーんと来ているようだった。
「おい、まかない飯、出してくれよー」
アルが懇願する。
ラリーははっと気がついて、また厨房に戻った。
「もうジョージが来てくれてから、ぼーっとしてる事が前より増えちまってさ。
まぁ、気持ちは分かるけどな」
「え、アルってカトリックやろ、容認するんか?同性同士の恋愛とかさ・・」
「まぁ時代が時代だからな。人にそんなことで、偏見持ちたくないしな」
「そうなん」
ラリーが皿を運んできた。ペンネ・ボロネーゼのようだ。
「今日は何だ、ラリー?」
「ビーフのギネス煮込みの残りをラグーに煮詰めて、ペンネにからめてみた。
ポテトはチッピーの残りを蒸したんだけど」
「ボリュームあんなー」
ダニーがびっくりしている。
アルが店の看板を「Closed」に変えて、席につき、3人の食事が始まった。
アルが特別にキルケニーを出してくれたので、それで乾杯だ。
ラリーも慣れてきたの、あ特に無口なのではなく、料理のことになると結構いろいろな話をした。
しかし、ダニーには、ジョージのことを聞きたくてたまらない様子がよくわかった。
「ラリー、ジョージのこと聞きたいんやろ。ええで。プライバシーは公開できへんけどさ」
「あの、ジョージが付き合ってる人、見たことありますか?」
「ないけど?」
「この前、ハイディ・クラムがトークショーで、ヒスパニックの背の高い人だって言ってたんです。
それってダニーじゃないかと思って」
ずばり聞いてきたとダニーは思った。
「俺じゃないわ。俺がそうやったら、FBIにいられへんもん。へぇ、そんな話あんのか」
「じゃあ、パーシャとの仲は?」
「あいつら兄弟みたいやねん。仲はええけど、パーシャは、フォトグラファーと婚約してるしな」
「あ、ニック・ホロウェイ」
「よく知ってんなー」
「ジョージ・オルセン・オンラインに全部出てますよ」
「何、それ?」
「ジョージの非公式ファンサイト。毎晩見てます」
アルが突然声を上げた。
「だっからお前、寝るのがいつも遅いのか・・・朝が弱くて、起こすの苦労するんだよ、こいつ」
「へぇ、アルんとこに居候してんの?」
「はい、すぐ仕事始めたし、アルの家、部屋が余ってるから」
「何、このパブと同じでさ、親父の家も継いだから」
「なぁ、アルは何で結婚せいへんの?」
「夜の商売してると、普通の出会いってなかなか出来ないんだよな。結婚はおろか恋人もいないよ」
アルはふっと片頬で笑った。
「その点、ダニーはお忙しいからな」
アルに皮肉を言われて、ダニーは適当に笑っておいた。
ダニーが家に戻ると、ドアの下から廊下に明かりが漏れていた。
ダニーは直感でマーティンだと思いながら、ドアをゆっくり開けた。
案の定、マーティンがソファーでぐっすり眠っている。
こんな時間まで家に戻らなかったのか、スーツのジャケットとネクタイがソファーの背にかかっていた。
テーブルの上には、ビールの空きビンが3本置いてあった。
ダニーは音を立てないように注意しながら、空きビンをキッチンのごみ入れに捨て、マーティンを起こした。
かなり酒臭い。
「マーティン、風邪ひくで。起き」
「んんんん、あ、ダニー、帰ったんだ」
「そや、どないしたん?」
マーティンは眠そうな目をこすりながら、上半身を起こすと「会いたかったから」とだけ答えた。
「明日の朝になれば、会えるやん。それだけやないんやろ?」
ダニーはマーティンの隣りに座って、マーティンの肩に手を回した。
「どうしてそう思うの?」
「行きがけに何か言いたそうな顔してたから、気になってた。どないしたん?」
マーティンはきっと唇をかみしめた後、こう切り出した。
「僕も連れてってよ。ダニーの行きつけのパブ」
「え?」
「ジョージがメールしてきた」
ジョージの奴、いらんことして!
ダニーはとっさにジョージに対する怒りが湧いた。
「僕ら、ダニーと行くお店が重ならないように、情報交換してるんだ。
そしたら、ジョージが「ダニーの行きつけの店でご飯食べた」ってメールしてきてさ。
おいてきぼり食らった気持ち、わかる?」
マーティンの青い瞳がダニーを責めている。
「・・ごめんな。あっこのシェフがジョージの大ファンやから頼まれて、断れへんかった。
お前を傷つけたんやな、俺」
「その店、ダニーが行方不明になった事件で聞き込みしたから、場所とか全部分かってる。
でも、僕もダニーに連れてってもらいたかった。ジョージの前に」
そう言うと、マーティンはダニーの胸にがつんと顔をぶつけて、ダニーに体重を預けた。
「ほんまに、ごめんな。許してくれへんよな。明日行こって言っても、もう遅いんやろな」
ダニーは他に言葉が見つからず、独り言のようにつぶやいた。
マーティンは顔をダニーの胸にうずめながら、「明日、連れてってくれるの?」と尋ねた。
「お前さえ良ければ」
「ダニーのおごりだよ」
「当たり前や。今日、泊まるか?」
「・・泊まる・・」
「じゃ、風呂の準備するわ」
ダニーは、バスルームに入った。
これが三角関係の難しいところだ。
まさかジョージとマーティンがそんな情報交換しているとは思いもよらなかった。
2人のかみさんににらまれているだんなのような気分になった。
ダニーはスーツを脱いでトランクス一枚になり、バスルームから出た。
マーティンはミネラル・ウォーターを飲んでいる。
「お前、先に入れよ」
「・・ダニーの方が疲れてるでしょ、早く入って寝るのがいいよ」
「いいんや、俺は。明日シャワーするから」
「・・分かった」
マーティンはゆっくり立ち上がると、バスルームに入って行った。
ダニーにどっと疲れが襲ってきた。
マーティンを待たなければと思いながら、気持ちはベッドに入りたい。
ベッドで待とう。
そう思って、ベッドに入ると、すぐに睡魔が襲ってきた。
マーティンがバスタオルで体を拭きながらベッドルームに入ると、ダニーが小さいいびきをかいて眠っていた。
「ダニー、こんなに愛してるのに・・・」
マーティンは独り言を言い、ダニーから少し離れて、ブランケットの中に潜り込んだ。
朝、マーティンが目を開けると、隣りにダニーの姿がなかった。
急いでベッドルームのドアを開け、リビングを覗く。
ダイニングで音がするのに安心して、マーティンはシャワーを浴びた。
ダニーのシェイバーを借りて髭を剃り、歯をゆっくり磨いた。
バスルームから出ると、ネクタイを数本持っているダニーにはち合わせした。
「お前、スーツとYシャツ一緒やから、ネクタイ変えた方がええわ。またサムに何か言われる」
「そうだね、ありがと。じゃあ、真ん中のグレーのにする」
「よっしゃ。コーヒー入ってるから、着替えたらダイニングな」
「わかった」
昨晩は切なくて悔しくて、ダニーを殴りたい気持ちだったマーティンなのに、
こんなに気を使ってもらったら、もうだめだ。
やっぱり、ダニーが好きだ。嫌いになんかなれないよ。
ダニーのネクタイは、マーティンのより細身なので、ちょっとしっくり来ない。
これからはネクタイを持ち歩くようにしよう。
ダイニングに行くと、ダニーがマグに熱いコーヒーを入れてくれた。
「朝飯は久し振りにチャイナタウンでお粥食うか?」
「それ、いいね」
2人でCNNのニュースを見ながら、コーヒーを飲み終え、出勤だ。
地下鉄のグランドストリート駅で降りて、「コンジー・ヴィレッジ」に立ち寄る。
中では、またクリスが新聞を読みながらお粥を食べていた。
「よう、お二人さん、待ち合わせか?」
マーティンは、しまったという顔をしたが、
飄々とダニーが「そやねん。最近、肉多いから、またダイエットや」とクリスのテーブルに座った。
「今日は何、食ってん?」
「白身の魚のやつ。ミカがダイエットはやっぱり魚だっていうからさ」
すっかりミカの尻に敷かれているのが可笑しい。
「マーティン、何にする?」
「僕、ポークとピータン」
「お前、ピータン好きな。俺は貝柱のお粥にするわ」
注文するとすぐ出てくるのが、あわただしいチャイナタウンの朝にぴったりだ。
これでチップも入れて$5で済むのもありがたい。
「そういえば、マーティン、射撃トップ10おめでとう。これで仲間入りだな」
「え、何の?」
「ダニーから聞いてないか?トップ10で飲み会やるんだよ。
今年はサイバー犯罪班の奴が幹事だから、そのうちメールが来ると思うぜ。じゃ、俺、先に行くわ」
クリスは5ドル札を置いて、出て行った。
「そんな飲み会あったんだ」
「まぁな、俺も新参者の方だから大きな顔で出来ない飲み会や」
「へえー」
「でも今年はお前が一緒だから楽しいかもな」
「そうだといいね」
2人はお粥を食べ終え、オフィスに出勤した。
ダニーは早速、ブレット・ホイツの報告書に着手した。
サマンサがダニーの肩をぽんと叩き「お疲れ様。ダニー、一人の方が効率いいんじゃない?」と笑いながら尋ねた。
「いや、俺はサムと行きたかったで、ウィルミントン」
「またまたー。それに引き替え、どうやらどちらかにお泊りになったあちらの方ときたら・・・」
ネクタイだけでは、サマンサの観察眼に見破られてしまった。
マーティンは小さくなってPCに向かった。
するとダニーの携帯が震えた。ジョージからだ。
ダニーは廊下に出て、話し始めた。
マーティンの視線が気になる。
「あ、ダニー、お仕事中ごめんね。今日、ハロウィン・パレード見に行くんだけど、
一緒に行かない?あ、パーシャと行くの」
「ああ、今日はハロウィンか・・・忘れてたわ。ごめん、今日は用事があんねん」
「ふうん、そうなんだ・・・やっぱり当日の約束は無理だね。ごめんなさい。じゃあ切るね」
ジョージは、マーティンと会うことを察しただろうか。
そんなことを考えていたら、何もできない。
ダニーは、デスクに戻って、報告書の続きを入力し始めた。
仕事が定時に終わり、ダニーはマーティンと共にブルックリンに向かった。
アルのパブのドアを開ける。
「よう、いらっしゃい。あれ、あなたはあの時の・・」
「マーティンと呼んでください。ダニーの相棒です」
マーティンの方から自己紹介する。
アルは、「アルです。おい、ダニーの相棒さんが来られたぞ、ラリー!」
ラリーがシェフ姿で厨房から出てきて、ぴょこんと会釈した。
「あいつ、口べたなんで」
アルが言い訳するが「でも料理の腕は天下一品やで」とダニーが補足した。
「それは楽しみです」
「じゃ、キルケニー2つ」
「ほいきた。今日はハロウィンだから、美味いパンプキンカレーがあるぞ」
「そやそや、今日はとことん飲もう、マーティン。明日休みやから家に泊れ」
マーティンは驚いた顔をしたが、「じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうね」と答えた。
そして、2人のディナータイムが始まった。
土曜日は、ダニーもマーティンも昼過ぎまで目が覚めなかった。
というのも、アルのパブに最後までいて、アル、ラリーを交えて、4人でシングルモルトの飲み比べをしたからだ。
さすがにアイルランド人の2人に飲み負け、へべれけになって帰宅したのが、午前3時。
まだまだ眠い昼下がりだ。
やっと、ダニーがくしゅんとくしゃみをして目を覚ました。
マーティンはすやすや眠っている。
自分の姿にダニーは驚いた。
トランクスまで脱いで寝てしまったのだ。
俺たち、やったのか?
そろっと、ほかほかのマーティンの体に手を伸ばす。
マーティンはしっかりトランクスを履いている。
何で俺だけフリチンなんや。あほやわ。
起きようとするとずきんと頭が痛んだ。ひどい二日酔いだ。
ダニーはゆっくり起きて、ベッドを抜け出し、ベッド周辺に散乱しているスーツやシャツに靴下を拾って、トランクスを履いた。
マーティンのスーツも拾い、とりあえずは、クローゼットの中に掛けた。
シャワーするのもかったるい。
洗面台の棚からタイレノールを出し、水道水でごくんと飲みこんだ。
きっとマーティンも頭痛がするだろう。
ダニーは冷蔵庫からエトス・ウォーターのボトルを取り出して、
タイレノールの箱と一緒にマーティン側のサイドテーブルに置いた。
食欲もないので、ダニーはまたベッドに潜り込んで、うたた寝を始めた。
2人がやっと起きる頃、日差しはすでに傾いていた。
「おはよう、ダニー」
「おはよう、つーか、もう夕方やん。よう寝たな」
「飲みすぎたね」
「タイレノール飲んだか?」
「うん、ありがと」
「じゃ、シャワーするか」
「こういう休日もいいね」
マーティンがなんとなく満足そうなので、ダニーは、そんなものかと思った。
エッチもしないし、ただ一緒にいるだけだ。
ヘテロだった昔は、埋め合わせをしようとやっきになってロマンチックなレストランに連れて行ったりしたものだ。
そんな事をしなくても、絆が確かめあえるこの関係は、何なのだろうとダニーは思った。
2人は順番にシャワーをして、普段着に着替えた。
マーティンにダニーのTシャツやジャージを貸したが、なんとなくフィットしなくて可笑しい。
「何、笑ってるの?」
きょとんとするマーティンに「そのかっこで行けるレストラン、限られてるな」と答えてごまかした。
「アルの店でいいよ、僕」
「へ?あっこでええのん?」
「うん、なんとなく落ち着ける感じ。アルもいい人だね。ラリーはジョージに夢中だし」
そうなのだ、ラリーが酔っぱらうに従い、ジョージに対する熱い想いを語り始めたのには、驚いた。
マーティンもこんなにジョージが好きなら、ダニーがラリーのリクエストでジョージを連れて行ったのは、
仕方がないと思ったのだ。
2人は連れだって、アルの店に出かけた。
「よう、いらっしゃい」
いつもと同じ調子でしゃきっとしているアルを、2人は尊敬した。
「何だかさえない顔だな。二日酔いだろ?」
アルが笑いながら尋ねる。
「ああ、もうアイルランド人とは飲み比べするなんて、バカなことはやめるわ」
ダニーが言うと、アルが声を上げて笑った。
ラリーが厨房から出てきて、会釈した。
また内気なラリーに戻っているが、
「ディナーですよね。今日は魚介のブイヤベース作ったんで、ケジャリーと一緒に食べてください」と自分からメニューを説明した。
「ケジャリーって何?」
マーティンが尋ねると、「イギリスのカレーピラフです。ブイヤベースのソースにつけて食べるんです」との答え。
2人は、それがいいと、カウンターに座った。
迎え酒でキルケニーを飲み始める。
「お前、明日は何すんの?」
珍しくダニーがマーティンに尋ねる。
「あ、明日はシティー・マラソンにドムが出るから、応援に行くんだ」
「あいつ、去年も出てたよな」
「やっぱり犬と一緒のスピードが必要だから大変だよね」
ダニーは、マーティンの機嫌がすっかり治ったようなので、安心してキルケニーに口をつけた。
マーティンは、アルのパブから戻ると、明日の準備があるというので、
ダニーがマンハッタンまで車で送ることになった。
スーツに着替えてバックパックを背負うと、
いつものフィッツジェラルド特別捜査官の顔になるのが不思議だ。
「ありがと、ダニー」
「いえいえ、どういたしまて。明日何時に応援に行くのん?」
「スタートは午前10時なんだけど、人が多すぎて会えないと思うから、ゴールのセントラル・パークで待つことにした」
「って、お前いつ頃ドムがゴールするのか分かるんか?」
「最近のタイムを教えてくれたから。家から近いし、気長に待つよ」
「お前、いい奴やな」
マーティンは照れた顔をしながら「今頃分かったの?遅いよ」と答えた。
ブルックリン橋を越え、マンハッタンに入った。
マーティンのアパートの前に駐車し、マーティンを降ろす。
「それじゃ、ダニー、また月曜日にね」
「おお、またな」
ダニーは一抹の寂しさを感じつつ、車を走らせた。
マーティンが家に戻ると留守電が入っていた。
「ドムです。明日、多分、1時から2時の間にゴール出来ると思うんだけど、
マーティン、来てくれますか?電話待ってます」
マーティンはすぐ電話をした。
「ぅぅん、シェパード・・」
「あ、ごめん。もう寝てたんだ」
「あ、マーティン!明日6時にスタッテン島集合だから。来てくれる?」
「当たり前だよ。約束しただろ」
「よかった!何だか安心して眠れそう」
「ドム、レースの後は?」
「え、家に帰る・・」
「それなら、僕の家のが近いから、家で昼寝でもしてけばいいよ。よければ夕ごはん食べよう」
「本当?」
「ああ、ステーキでも何でも」
「わ、ますますいいタイム出さなくちゃ」
「それじゃ、明日、ゴール地点で待ってるから」
「よろしくお願いします」
マーティンは電話を切り、クローゼットに着替えに入った。
翌日は快晴だが温度が摂氏10度と低い。
マーティンは、ドムから預かったスポーツバッグを片手に、アパートを出た。
そろそろ1時になる。
マーティンは紅葉が見事な公園の中を歩き、ゴール地点に移動した。
次々とランナーがゴールしてくる。
マーティンも群衆の中で、ドムのゴールインを待った。
見なれたシャツが見えてきた。NYPDと書かれている。ドムだ。
去年よりも15分近く速いペースだ。
ゴールインし、スタッフにアルミシートで体をくるまれ、
食べ物の入った袋と、完走者のメダルを渡されている。
「ドム!」
「あ、マーティン!」
メダルを首から下げ、歩いて来るドムの姿は、いつもより逞しく見えた。
「寒いだろ」
マーティンがジャージの上下を取り出し、着せるのを手伝う。
「ありがとう」
「今年は、ハイペースだったね」
「うん、調子よかったから。でも疲れたよ」
「お腹すいてない?」
「もらったベーグル食べるから平気」
「じゃ、家に行こう」
「うん」
マーティンのアパートに着くと、ドムは袋の中からベーグルとリンゴを取り出し、
あっという間に食べ終えた。
「本当に、ここで休んでいいの?」
「もちろんさ。シャワー使って」
「嬉しいな」
ドムは、シャワーを浴び、バッグの中からTシャツを出すと着替えて、ベッドに入った。
マーティンは、ミッドタウンの「ウルフガング・ステーキ・ハウス」に予約を入れて、
時間つぶしにネットサーフィンを始めた。
予約の時間の30分前になり、マーティンはすやすや眠るドムを起こして、
33丁目のレストランまでタクシーを飛ばした。
ここはブルックリンの「ピーター・ルーガー」で長年ウェイターを勤めていたウルフガング氏がオープンしたステーキハウスで、
マンハッタンの数あるステーキ・ハウスの中でも人気が高い。
ドムは初めて来たと喜んでいる。
早速メニューから前菜に生牡蠣を1ダース頼み、メインは2人用のポーターハウスを選んだ。
ドムは嬉しそうにどんどん食べ、切り分けられたポーターハウスの肉の旨みに感動していた。
「マーティン、本当にありがとう。僕だけじゃ来られない店ばっかり連れて来てもらって」
「いいんだよ、ドムは今日はすごく頑張ったんだしさ」
「タイムが良くて嬉しかった。マーティンがゴールで待ってると思うとペースが上がっちゃって、止まらなかったんだ」
ドムはそう言って恥ずかしそうに下を向いた。
その時「何よ、こういうことだったのね!」という女性の金切り声と共に上を向いたドムの顔にビンタが飛んだ。
「君、何するんだよ!」
マーティンが立ち上がると、女性はドムのグラスを手に取り、ワインをマーティンにひっかけた。
「お客様!席にお戻りください!」
ウェイターが飛んでくる。
「ドミニク、あんたがオカマだって署のみんなに言ってやる!」
女性は捨て台詞を吐いて、ウェイターに連れられ、テーブルに戻って行った。
「マーティン、大丈夫?って大丈夫じゃないよね・・・」
別のウェイターがタオルを持って、マーティンのところにやってきた。
「いったい、今の誰?」
マーティンが尋ねた。
「僕の元カノ。署の同僚なんだ」
マーティンもドムも、厄介なことになったと悟った。
ドムとマーティンは、無言のまま地下鉄の駅に向かった。
「マーティン、ごめんなさい。僕を嫌いにならないで」
やっと口を開いたドムが懇願するように言った。
「嫌いになんかならないよ。それよりも、職場の方、大丈夫?」
「僕が何とかします。マーティンには迷惑かけないから」
ドムは気丈に言い張って、地下鉄Rラインのプラットフォームに降りて行った。
マーティンはタクシーを拾い、アパートに戻った。
まだ心臓がドキドキしている。
人前で女性にワインをかけられたのもショックだが、それ以上にドムのことが心配だった。
いても立ってもいられず、マーティンは思わずダニーに電話をかけていた。
「よう、どないした?ドムは元気か?」
明るいダニーの声だ。
「ダニー、それがね・・・」
全部を息せき切って話し終えると、マーティンはため息をついた。
ダニーがだまっている。
「ダニー、聞いてる?」
「ああ、厄介やな。ハーレム署の連中は気が荒いから、ドム、はみごになったら仕事しにくいで」
「どうすればいいんだろう」
「でも最初からお前がしゃしゃり出たら、余計に複雑にならへんか?」
「ああ、困ったな」
「まずは明日が勝負やな。振られた女は何するか分からへんから、皆が信じない可能性もあるしな。
明日仕事終わったら、ドムに電話し。話はそれからや」
「ごめんね、こんなことで相談して」
「何言ってんのや。俺とお前は相棒やろ」
ダニーが笑ったので、マーティンは少し救われた気持ちになった。
「さ、明日の支度して、お前もさっさと寝」
「ありがと、ダニー」
「そんじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
翌朝、ダニーがオフィスに出勤すると、浮かない顔のマーティンが席についていた。
「ボン、おはようさん、ほら」
ダニーがスターバックスの袋を渡した。
「あ、ありがと」
「食べてへんのやろ、朝飯。仕事にならへんで、食べ」
こっそり耳打ちしてダニーは席についた。
ボスがクワンティコに講師で招かれたため、ミーティングはヴィヴィアンの仕切りで行われた。
「今は幸い抱えている事件がないので、各自、担当の過去の事件の情報更新をお願いね」
地道に情報を更新していると見えてくる事実もある。
ヴィヴィアンはそういう捜査が得意な捜査官だ。
ダニーは直感で動くタイプなので、少しまどろっこしいと思うこともあるが、
彼女には素晴らしい実績がある。
それを否定するつもりはさらさらなかった。
マーティンは、企業犯罪班で培った粘り強さで、この仕事をこなすのが得意だ。
早速、自分用のデータベースを開き、そこから案件番号を照会している。
一日がその作業で過ぎ、定時になった。
サマンサとヴィヴィアンはすぐに席を立ち、帰途に着いた。
マーティンは早速廊下に出て、携帯で電話を始めた。
ダニーはマーティンを待つつもりで、席に座っていた。
マーティンが明るい顔で席に戻ってくる。
「どやった、ドム?」
「同僚の皆が、元カノのヒステリックな性格知ってるから、全然信じなかったって。
でもさんざんからかわれたみたい」
「よかったやん。これで一件落着やな。ほな、俺、チーズ・エンチラーダスな」
「え?」
「晩飯や、お前のおごりで」
ダニーがウインクをする。
「そうだよね、ダニーにも心配かけちゃったもんね」
マーティンもにこっと笑うと、書類をバックパックに詰めた。
「うそや、お前も大変な夜やったみたいやから、割り勘でいこ」
「じゃあ、ローザ・メキシカーノに出発だね!」
2人は、冗談を言いながら、エレベーターに向かって歩き出した。
ダニーがマーティンとのメキシカン・ディナーを終えて家に戻ると、留守電が点滅していた。
きっとジョージに違いない。ダニーはボタンを押した。
「ダニーのお家ですか?僕、パーシャです。ジョージが元気ないので、電話してあげてください。切ります」
ダニーは、すぐにジョージの家に電話をかけた。
「あ、ダニー、お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした」
いつもと変わらないジョージの声だ。
「ん、ただいま。何してた?」
我ながら間抜けな質問だ。ダニーは舌打ちした。
「オバマ大統領のニュース見てるとこ」
「そか。この前のハロウィンはごめんな」
「いいんだよ、ダニー、忙しいの分かってるもん。当日に電話した僕がいけなかったよね、ごめんなさい」
「明日とか、何してる?」
「普通にバーニーズに出勤して仕事する日だよ」
「じゃ、晩飯食おう」
「本当?わ、嬉しいな。ダニーが場所決める?僕が決める?」
「お前、決めてくれるか?」
「うん、わかった。今晩がメキシカンだからそれ以外だね」
くそ、もうマーティンと連絡取り合ってたのか。
「お前が食べたければ、メキシカンでも何でもええで」
「考えとく」
「ほな、8時に迎えにいくわ。社員用出入り口の前にいるから」
「わかった。楽しみだなー」
「早く寝ろよ」
「分かってます、それじゃね」
ダニーは気になって、パーシャに電話をかけた。
「コヴァレフです。どなたですか?」
電話だと余計にあどけないパーシャの声だ。
「あ、俺、ダニー」
「ダニー!僕の電話聞いてくれた?」
「おお、今、ジョージに電話したとこや」
「よかったー」
ふぅという声が聞こえる。
「ジョージ、元気なかったんか?」
「うん、パレード見に行ったでしょ、帰りに「ピュアフード」に寄ったんだけど、あんまり食べないの」
「そか、俺が行かなかったこと、何か言ってたか?」
「ううん、ただダニーは忙しくて来られないって言っただけ。でも寂しそうだったよ」
「分かった、電話ありがとな。ニックは元気か?」
「今、フィレンツェに行ってる」
「そうなん?いつまで?」
「今週末に帰ってくるよ。それでね、僕をジョージァのお家に連れてってくれるって」
ニックの実家だ。ついに婚約のカミング・アウトか。
「そか、よかったな」
「うん、ダニー、ジョージに優しくしてね。ニックが僕にしてくれるみたいに」
「わかってる」
「それじゃね」
パーシャが純粋なだけに最後の言葉が胸に突き刺さった。
翌日、ダニーは、ジョージが選んでくれたプラダのスーツを着て、ジョージを迎えにバーニーズの裏口で待った。
8時ちょうどにジョージが出てくる。
トミー・ヒルフィガーのくたびれたダウンを相変わらず愛用しているジョージだ。
「ごめんね、待った?寒いよね」
ジョージが自然とダニーの手を握った。
「大丈夫や、今来たとこやし」
「じゃあ、行こう!」
「今日は、どこ?」
「賑やかなとこ」
「楽しみやな」
2人はタクシーでチャイナタウンに向かった。
一番奥の鳥居を左折してもらう。
「もしかしてゴールデン・ユニコーンか?」
「そう、よくわかったね、すごいな、ダニー」
2人はビルの3階にあるレストランに入った。
テーブルを予約していたので、すぐに通してもらえた。
右奥手前のテーブルだ。
「どうしてここなん?」
ダニーが不思議そうに尋ねる。
「見て、隣りがキッチンの出入り口でしょ?ほかほかの飲茶のワゴンを一番最初に呼び止められるのは、このテーブルなの」
「お前、すごいな」
グルメ系の情報は、完全にジョージの独壇場だ。
2人はビールで乾杯しながら、まず3皿ほどピックアップしてディナーを始めた。
「なぁ、ジョージ」
「なあに?」
「俺に言えないこととかないか?」
「え、ダニーに言えないこと?特にないと思うけど・・・」
ジョージは真剣に考え込んだ。
「それなら、ええんや」
「どうしたの?ダニー、へんなの」
「とにかく、俺には何でも言えよ」
「うん、そうする、ありがとう」
肉ちまきの皮を丁寧にはがしているジョージを見ながら、ダニーは複雑な思いだった。
※ご連絡※
本日のストーリーは「番外編」です。
ダニー、マーティンは登場しませんので、
ご興味のない方はスルーでお願いします。
ニックとパーシャは、JFK空港のエグゼクティブ・ラウンジにいた。
パーシャはオレンジジュースを飲み、フィンガー・サンドウィッチをつまんでいるが、
ニックは午前中だというのに、すでにブラディーマリーを2杯空けていた。
「ニック、朝からお酒はいけないんだよ」
「そうだよな、ごめんな。なぁ、あそこのチーズのカナッペを3つ位持って来てくれないか?」
「うん。わかった」
パーシャがスナックスタンドに行っている間に、ニックはラウンジ・ホステスにおかわりを頼んでいた。
「飛行機がお嫌いなので?」
ホステスが笑顔で尋ねる。
「あ、ああ、嫌いだ。特に実家に帰る時はな」
JFKから南部のジョージア州アトランタまでの飛行時間は2時間半だ。
搭乗してからも、ニックはすぐにシャンパンを飲み始めた。
パーシャは、クランベリージュースを飲んでいる。
「ねぇ、そんなに飲むと、車の運転できないよ」
心配そうにパーシャが言うので、やっとニックはグラスを置き、フライトアテンダントにミネラルウォーターを頼んだ。
アトランタ空港に降り立ち、2人は予約しているレンタカーのカウンターで手続きを済ませると、
ボルボS80に乗り、北を目指した。
「ねぇ、何てところに行くの?」
「フリー・ホームって町だ」
「いい名前だね」
「ああ、名前だけはな」
ニックはロックのFM局にチューニングしてガンガン音楽をかけ始めた。
「お前、眠れよ。昨日寝てないだろ?」
「うん、だってニックのお父さんとお母さんに会うから、眠れなかった。
ニューヨーク・コレクションのランウェイよりドキドキしてる」
「大丈夫だから、少し眠れ」
「うん、着いたら起こしてね」
パーシャは眼をとじ、そのうち眠り始めた。
フリー・ホーム、俺が高校まで住んでた町。
もう来ることはないと思っていたのに。
ニックは1時間ほどのドライブで、緊張した神経がほぐれるようにと神に祈った。
いよいよフリー・ホームの町なかに入った。
歩道を歩く人たちがぴかぴかの白いボルボに驚いている。
変わってねえよ、まったく。
ニックはさらに走り続け、郊外の牧場地帯に進んだ。
そしてある牧場の前で車を停めた。
帰ってきたぜ、親父、お袋。
車の音で、家のドアが開く。
中から人の好さそうな60代位の女性が現れた。
「ニック!おかえり、待ってたよ!」
「おい、パーシャ、起きろ!」
「んん、着いたの?フリー・ホーム?」
「ああ、俺の家だ」
パーシャは急いで目をこすり、ミラーで顔を確認した。
「あら?ニック、フィアンセを連れてくるって電話で言ってたじゃない?
代わりにお友達を連れてきたの?」
「お袋、奴が俺のフィアンセだよ。パーシャ・コヴァレフ。パーシャ、俺のお袋だ」
「はじめまして!」
パーシャがにっこりして手を差し出したが、ニックの母親はわなわな震えて、握手が出来なかった。
「ニック、父さんが知ったらどうなるか、分かってる?」
「ああ、そのために来たんだ」
その時、突然、大きな犬が出てきて、パーシャに飛びかかった。
バーニーズ・マウンテンドッグだ。
ニックが止めようとしたが、パーシャは犬の前足を取り、ステップを踏み始めた。
犬の方もちぎれそうになるほど尻尾を振っている。
「どうやらベスはお前を気に入ったようだ」
「ベスっていうの?こんにちは、ベス。僕はパーシャ、ヘンな名前だよね。ロシアから来たんだ」
「父さんが町から帰ってきたらどうしよう・・」
「お袋、俺はもういい歳だぜ。俺のことは俺でおやじと話をするから、だまっててくれよ。
とりあえず、家には入れてくれるだろ?」
「仕方がないわ、ランチを用意してあるから、食べなさい。
そして父さんと話して、町のホテルに泊って」
「ああ、どうせそうだと思ってたよ」
パーシャは怪訝そうな顔をちらっと見せたが、ベスがまとわりつくので、ステップを踏み続けた。
夕方になり、ニックの父親が帰ってきた。
仕事の後、町で一杯ひっかけて来たらしい。鼻歌が聞こえる。
ニックが玄関ドアをあけて、父親を中に入れた。
「帰ってきたか、ニック!それで、お前が選んだべっぴんさんはどこだ?」
「リビングにいるよ」
父親はどかどかとリビングに進んだ。
「おい、ニック、お前の友達しかいないぞ!べっぴんさんはどこだ?」
「だから、彼がべっぴんさんなんだよ」
ニックがリビングに入り、ソファーにちょこんと座っているパーシャに
「パーシャ、俺の親父だ」と紹介した。
パーシャは立ち上がり「はじめまして。パーシャ・コヴァレフです」と握手しようと手を差し出した。
しかし、その手を父親ははねのけた。
思わず、後ずさりするパーシャ。
「お前、冗談だろ。なあ」
「親父、もう冗談でこんな話する歳じゃないぜ、俺。パーシャと婚約したんだ」
父親は、ニックの顔を殴った。ニックはそのまま立っている。
もう一発。さらに一発。
パーシャが突然の出来事に泣きだした。
「兄貴は、どこの馬の骨だかわからないアジアの娘、弟は男か。俺のまともな息子たちを返してくれ!」
さらに殴りかかろうとする父親をニックは抱きとめた。
パーシャは我慢しきれずに、「わーーー!」と叫んで、外に出て行った。
「おい、パーシャ!」
ニックは後を追いかけたが、パーシャの姿はどこにもなかった。
それから夜通し、ニックはパーシャを探して、車道を往復し、牧場の中をくまなく歩きまわった。
しかしパーシャは見つからなかった。
途方にくれたニックに「警察にも連絡したから、もう今日のところは休みなさい」と母親が言い、
氷を入れたジップロックを渡した。
「俺、警察に行ってくる。こんな田舎であいつに何かあったら・・・」
「大丈夫だよ、ニック」
母親はそれ以外の言葉が見つからなかった。
ニックがボルボで警察署に着くと、GMのピックアップトラックが停まっている。
え、親父?
小さなビルの中に入ると、ニックの父親が保安官とパソコンの画面を見ながら話をしていた。
ニックは保安官の助手が止めるのを制して、保安官のオフィスに入った。
「親父、何してるんだよ!」
「おお、お前、あのニックか!すっかり一人前の男だな」
保安官が上から下までニックを眺めた。
「え?助手だったジョーンズ?」
「ニック、失礼だぞ、今は保安官だ」
父親がニックを叱った。
「今、親父さんから捜索願いが出されたんでね、これから似顔絵書きだ。助手にはドクターんとこに連絡とるように言ったから」
「似顔絵は必要ない。保安官、それ、普通のネットにつながってるよな?」
「ああ」
「パーシャ・コヴァレフで検索かければ、腐るほど写真が出てくるから、どれでも使ってくれ。
じゃあ、まだ手がかりはないのか・・」
保安官が入力した結果を、ニックの父親も眺めている。
「あいつ、モデルなのか?」
「ああ、そうだ。世界でもトップクラスのな。履歴も出るから。どうせ、親父たちは、犯罪歴を調べてたんだろ?」
「お前は昔から勘がよかったな」
父親は独り言のようつぶやいた。
保安官がパーシャがアップになっているオーデコロンの広告写真を出力した。「おい、マーク!これをファックスしといてくれ」助手が飛んできて写真を受け取った。「あとは、俺たちに任せて2人は家に帰れよ。な。親父さんも」保安官に促され、2人は無言で警察署を出た。
父親がトラックに乗る瞬間、ニックはぼそっと「すまない、親父」と言った。
「ああ、そうだな、俺も殴って悪かった」
そろそろ夜明けだ。2台の車は牧場の方向に走り出した。
牧場に戻ると、母親がベスの小屋の前に立って、中をじっと眺めていた。
「お袋、何してんだよ!パーシャ、家に帰ってないんだろ?」
ニックが苛立って母親の方に向かうと、母親が静かに小屋の中を指さした。
ニックが中を覗き込むと、ベスにくるまるようにパーシャが眠っている。
こいつ、こんなところにいたのか・・・
ニックは安堵と怒りで、思わす泣きたくなった。
父親もパーシャの姿を眺めている。
「男なのは分かってるが、天使みたいな奴だな」
「ああ、俺の大切な天使だよ、親父。なぁ、俺たち、これから町に行って、保安官に詫び入れて、
アトランタに行くことにするよ。もう帰って来ないから安心してくれ」
ニックが言うと、思いがけない答えが返ってきた。
「今晩は町のレストランで夕飯はどうだ?」
「え?じゃあ、親父、いいのか?」
「いや、まだよくこいつを知らないから、今日の夕飯次第だな」
「親父・・」
ニックは驚くような展開に目を見張った。
「ねえ、そろそろこの子を起こさない?」
母親が2人に声をかけた。
何だかわからないけど、パーシャ、お前のおかげだよ。
「それで、どうなったん?」
ブルー・バーのカウンターでダニーがニックに尋ねた。
「どうもこうも。パーシャ、あの調子だろ、何聞いてもにこにこ笑うしさ、
親父も酒の力もあったんだろうが、嬉しがって、バカなジョークを言いっぱなしのディナーだったぜ。
お袋も呆れてた」
「ふうん。じゃあうまくいったんやね」
「まぁな。俺、あいつの病気のこと、話さなかったんだよな。
そしたら、あいつ、自分から言い始めてさ。雑誌の記事で病名を覚えたんだろうな。
「僕は知能発達障害なんですけど、こんな僕を好きになってもらえますか?」って親父とお袋に尋ねやがって。
それを聞いたお袋は泣きだしちまうし、親父までハグしてんだぜ」
「パーシャはパーシャなりに不安だったんやろな」
「南部の人間は保守的だけど、一度打ち解けると、人情には厚いんだよ。
そんな事をあいつみたいな天使の顔で言われたらさ、誰だって参るぜ」
「受け入れてもらえて、よかったやん」
「ああ、結局、兄貴とヤシカのことだって可愛がってるんだし。俺にも権利はある」
「親父さん、もういい年やろ、まだ牧場やるんか?」
「兄貴がアトランタにコンドミニアム買ってるんだけど、都会は嫌だとか言って人に貸してるんだよ。
家賃収入も結構あるし、兄貴も俺も仕送りしてるから、牧場やる必要もないんだけど、
親父にとっちゃ、自分のアイデンティティーみたいなもんだからな」
「ふうん、そんなもんか。なんか、ええもんやね、親父さんとお袋さん」
「ん?ダニーの両親って今、どうしてるんだ?」
「俺の?11歳の時に交通事故でな」
思わずニックは絶句した。
「すまない、知らなかった。俺の家族のこと、ベラベラしゃべっちまった。許してくれ」
「気にすんな。慣れっこやし」
「エリック!ダニーにスコッチのおかわりを」
エリックが遠くで頷いた。
「パーシャは大丈夫か?」
「親父が俺を殴った時は、ロシアのダンス学校を思い出したって言ってたわ。
あいつ、相当ひどい目に遭ってるな。その時に、小さな衣裳部屋に隠れたのを思い出して、
隠れたところがベスの犬小屋だったんだよ」
「条件反射か」
「そんな感じ。あとは楽しかったみたいだな。ベスと寝たのも含めて。
でもかなり疲れたみたいで、帰り道は、眠りっぱなしだったよ」
「ええ子やな。幸せにしないと、俺がお前を許さへんで」
「ああ、分かってる。今頃、あいつ、ジョージに報告してんだろうな。あとでジョージにどんな内容だったか聞いてくれるか?
ジョージには本音を話すと思うんだ」
「よっしゃ、聞いとくわ。ほんまにお前がパーシャを愛してるって分かって、俺、ほっとしてる」
「俺の悪行を知りつくしてるからな、ダニーは」
ニックはにやっと笑って、グラスを傾けた。
「そうだ、俺、パーシャのところに越すつもりなんだ」
「いよいよやね。で、今んとこはどないすんねん?」
「あそこは、純粋に仕事場にしようと思ってさ。内装工事入れて、あと二つステージを増やすと、
もっといろいろな写真が撮れるし、仲間にも貸せるから」
「ええな、それ」
「お前もそろそろ落ち着いた方がいいと思うぜ」
「ああ、その件な。分かってるんやけど、決められへん」
「俺がフリーなら、2人とも頂きってとこだな」
「あほ!」
ダニーがニックを小突くとニックは大声で笑った。
ダニーは早速ジョージを食事に誘った。
なぜこんなにニックとパーシャのカップルに肩入れしてしまうのか、正直分からない。
2人の幸せそうな姿がまぶしいからかもしれない。
この前はジョージが店を決めたので、今回はダニーが決める番だ。
ダニーは久し振りに韓国料理がいいと思い、早速店を予約した。
今晩はジョージは「プラネット・グリーン」の下調べで家で仕事をしているという。
ダニーは店のストリートアドレスをメールで連絡した。
8時の予約で、ダニーは34丁目にある「ウー・チョン・レストラン」に出かけた。
いつもはたいてい先に来ているのに、珍しくジョージの姿がない。
ダニーはレストランに入り、テーブルでジョージを待った。
するとすぐにジョージが現れ、フロア・マネージャーがうやうやしくテーブルに案内してくる。
「よう、どうした?」
「ごめんね、ちょっと」
「何や?」
「どうしても、まだ韓国料理のレストランに一人で入れなくて・・・」
「じゃあ、外にいたんか?」
「うん、ダニーが入るのを確認して、入った」
韓国人と黒人の人種間の対立はどの都市でも深刻だ。
「オルセンさま、すみませんがサインを頂けますか?」
先ほどのフロアマネージャーがメニューを差し出した。
「はい、表紙でいいんですか?」
「お願いします」
ジョージはさらっとサインするとメニューを返した。
「お前のこと、知ってるんやん。もう気にすんな」
「何だか、ずっと神経質になってたから、癖が抜けなくて・・・」
セレブになってもジョージらしい意見だ。
「じゃ、これからは店の前で待ち合わせしよ。ごめんな、気がつかなくて」
「ダニーは気にすることないよ。でも、ありがとう」
ジョージはにっこり笑った。
ここのお勧めは、ダックハンマリという鶏の水炊き鍋だとネットのクチコミサイトに書いてあった。
ダニーも初めて食べるので、ジョージに説明できないが、とにかく美味いらしいと告げた。
「じゃあ、今日はそれだね!」
2人は前菜にチジミを摘みながら、ダックマンハリの鍋が来るのを待った。
そこに、丸ごと一羽の鶏をとろとろになるまで煮えたものが、23種類の薬草の入ったスープに入った大鍋で登場した。
じゃがいも、白菜、ニラ、えのきだけなどの野菜、浅漬けのキムチも入ってボリューム満点だ。
ヤンニョムという韓国ハーブのソースにつけて食べるらしい。
「すごい!野菜もすごく美味そう!」
「ほんま、めっちゃワイルドやな」
フロア・マネージャー自ら、大きな料理ばさみで丸ごと入った鶏を器用にさばいていく。
2人はあっという間に鍋の中身を食べ終えた。
だしで煮ている〆のうどんを待つ間、ダニーが切り出した。
「なぁ、この前、パーシャがニックと旅行したやろ?パーシャ、何か言ってたか?」
「うん、あんまり状況が分からなかったんだけど、最初は悪魔の家に行ったんだと思ったって。
すごく怖かったらしいね。犬しか自分の相手をしてくれなくて、心細くて、頼りにしてるニックが殴られて、
思わず泣いちゃったって言ってたな。
でも次の日に、自分のことを正直に話したら、ニックのパパとママが天国にいる優しい人たちになったって。
なんだか大変な旅行だったんだね」
「そうか、パーシャなりに理解してたんやな」
「何を?」
「親父さんが許してくれなくて、ニックをぼこぼに殴ってん。今もすごいアザのある顔してるで。
で、パーシャはいたたまれなくなって、一晩、犬小屋で過ごしたんやて。
翌朝、皆に見つかってな、その晩、レストランで食事して、自分の病気のこと、
パーシャの方から話したらしいわ」
「ジョージア州の田舎らしいね、ニックの実家。最初のご両親の反応、想像できるな」
「よく連れて行ったよな、ニックも」
「それだけニックが真剣ってことだよね」
ジョージはふぅとため息をついた。
羨ましいのだ、ダニーは直感した。
「あ、うどんが煮えてきた!器ちょうだい!」
ダニーの小どんぶりにうどんを入れるジョージの姿を見て、またダニーは心が痛んだ。
NY支局の射撃トップ10が集まる食事会の日がやってきた。
サイバー犯罪班のアンディー・スミスがいかにもそれらしい凝った招待状を送ってきたのが4日前。
射撃ゲームで80%以上的中しないと、場所と時間が分からないという寸法だ。
ダニーは何度やっても80%をクリア出来なかった一方、
ゲームオタクのマーティンは、すぐさまクリアし、ダニーの分までゲーム・オーバーにしてくれた。
そして画面に出てきたのが「ティオポル」の地図と8時という文字だった。
ダニーとマーティンは、ボスに食事会がある事を申し出、定時にオフィスを出た。
「どんなメンバーなんだろう」
初めてのマーティンは、内心ドキドキしている様子だ。
ダニーは4年目ということもあり、だいたいメンツが分かっているが、あえてだまっておいた。
チェルシーまで2人は移動し「ティオポル」を探した。
やっと小さい構えの店にたどり着く。
中に入ると、クリスがカウンターで飲み物をオーダーしていた。
「よう、クリス、早いな」
「おお、MPU!やっと来たか。みんな奥だ。お前らもドリンクオーダーしたらどうだ?」
するとスキンヘッドの男性が奥からやってきた。
「テイラー捜査官、フィッツジェラルド捜査官、今年の幹事のスミスです。よろしく」
なかなか愛想のいい青年だが、その若さにマーティンは驚いた。
「食前酒はスペインのシェリーがいいですよ」
ウィンクをして、スミスは奥に戻っていった。
2人は、カウンターで数あるシェリーの中から辛口を選んでもらい、グラスを持ってテーブルに向かった。
「えっ、マクレガー支局長!?」
マーティンが驚きの声を上げた。
「そやねん。最長老でいつもトップ5に入ってる」
ダニーは支局長に手を上げると、向こうも手を上げながらやってきた。
「ダニー、久し振りだね」
「ご無沙汰しております」
「ほぅ、こちらが副長官のご子息か。よろしく」
「は、はい、支局長」
「ははは、ここじゃ、仲間だ。デイヴと呼んでくれ」
「は、はい」
続いてぞろぞろとダークスーツの男たちが入ってきた。
今年はダニーとマーティンが同率10位だから総勢11人だ。
「皆さんお揃いなので、始めさせて頂きます。幹事のスミスです」
どっと笑いが起こる。
「知ってるよ、ハッカー・ボーイ!」
マーティンはふと思い出した。
NY支局が4年前に10代の天才ハッカーを職員として採用したと。
彼なのか。
「今年は、新しい顔が増えました。ご存じの方も多いと思いますが、かのフィッツジェラルド副長官のジュニア、マーティン・フィッツジェラルド捜査官です」
マーティンは席を立ち、皆に会釈をした。
「よう色男!お父上よりルックスは上だな!」
クリスが野次を飛ばし、皆が笑う。
和やかな雰囲気で食事会が始まった。
ドリンクはサングリア、カヴァ、スペインビールとワイン飲み放題。
タパスが15種類とガスパチョ、最後は11人前の鍋で炊いたパエリアがふるまわれるという。
これで会費が一人50ドルなのだから安いものだ。
残りのメンバーは、クリスと同じ組織犯罪班から1名、犯罪科学分析班から1名、
テロ対策班から2名、人質対応特殊部隊から2名といった構成だ。
マーティンはわくわくした。
人質対応特殊部隊、通称HRTについては謎に包まれているからだ。
警察のSWATでは対応しきれない凶悪事件を扱うユニットで、
メンバーの名簿は一般局員からはアクセス不可になっている。
そのうちの2人と会えるなんて。
また大半がスミスを除き30代なのに対し、一人異彩を放つ支局長をマーティンは尊敬した。
もう60歳に手が届こうというのに、まだ射撃の腕がトップ5とは。
ダニーがトイレに席を立つと、するっとスミスがマーティンの隣りに座った。
「フィッツジェラルド捜査官、テイラー捜査官のゲーム・オーバーしたでしょう?」
にやっと笑っている。
「え、どうして分かったの?」
「あなたの得意なターゲットポジションが明確だからですよ。ほとんどコピーしたような結果でしたからね!」
「ばれちゃ、しょうがないな。ねえ、君っていくつなのか聞いてもいいかな?」
「今年で22歳です」
ダニーが戻ってくる。
「ねぇ、またメール出してもいいですか?」
「え、僕に?」
「ええ、それじゃ」
スミスが席に戻った。
「幹事、何やて?」
「あ、初めてで印象はどうですかって」
マーティンは思わず嘘をついた。
「へぇ、あいつ気が利くようになったな」
「前からトップ10なの?」
「ああ、どうやら頭だけじゃのうて、運動神経もすごいらしいで。他のチームからの引き合いも多いんやて」
「そうなんだ・・・」
「な、HRTのメンバー紹介したるわ」
「え、本当?ありがとう!」
マーティンはダニーに連れられて、席を移動した。
食事会は11時でお開きになり、皆、三々五々帰途に着く。
ダニーとマーティンが一緒に帰ろうと地下鉄の駅に向かっていると、
後ろからアンディー・スミスが追いかけてきた。
「よう、幹事お疲れさん。明朗会計やったか?」
「はい、お陰様で」
「あれで、50ドルは安いね」
「ちょっと裏があって」
ふふふっとアンディーが笑った。
「何したん?」
「あそこの店のウェブサイトがダサかったんで、ちょっとクールにしてあげたんですよ。
だから今日の食事会はサービス価格」
2人はなるほどと頷いた。
「ほんまはアルバイトしたらあかんのやで」
「分かってます!お二人はどちらにお帰りですか?
ってダニーはブルックリンですよね?フィッツジェラルド捜査官は?」
「嫌だな、僕もマーティンって呼んでくれない?」
「それじゃ、マーティン、どちらにお帰りですか?」
「僕は、アッパー・イーストサイドだよ」
「あ、僕と同じ方向だ。じゃ一緒に帰っていいですか?」
「ああ、いいよ」
ダニーは二人と別れてQラインに乗った。
あんなに人懐っこい奴やったかな?
ダニーは少し違和感を感じながら、ブルックリンを目指した。
マーティンとアンディーは一番早く来た4号線に乗った。
「どこで降りるの?」
マーティンが尋ねると「110丁目です」とアンディー。
「僕はその手前の103丁目だ」
「実は知ってました」
「えっ?」
「マーティンのこと、ちょっと調べちゃったから」
「どうして?」
「それは秘密です。ほら、駅ですよ」
気がつくと103丁目だった。
マーティンはドアの向こうで手を振るアンディーの笑顔を見ながら、不思議な気持ちになっていた。
気になってマーティンはダニーに電話をかけたが、まだ電車の中のようで繋がらない。
マーティンは自宅の電話に留守電を残そうかと思ったが、
何だか自分が小さい人間のような気もしてきて、やめた。
どうせ年下にからかわれたと笑われるに決まっている。
マーティンは、とっととシャワーを浴びにバスルームに入った。
翌日、スターバックスに並んでいると、ダニーに声をかけられた。
「よ、ボン、おはよう」
「あ、おはよう、ダニー」
「昨日は、初めてで疲れたやろ?」
「うん、結構緊張してたけど、楽しかったよ」
マーティンはダニーの分のパストラミのホットサンドとソイラテも買って、一緒にオフィスに出勤した。
デスクで朝食を済ませていると、ボスがマーティンを呼んだ。
「おはようございます、ボス」
「昨日の初めてのトップ10ミーティングは、どうだった?」
「はい、まさか支局長がメンバーとは知らず、緊張しました。
でも、色々な部署の人と話が出来てよかったです」
「お前はこのMPU配属の時のいきさつがあるから、どうしても色眼鏡で見られがちだ。
今回の射撃トップ10は実力で勝ち取った座だから、自分を誇りに思え。
他人の見方も変わるだろう」
「はい、ボス」
ボスのオフィスを出ながら、初めて褒められたような気がした。
ダニーがニヤニヤしている。
「ダニー、何?」
「ボスに褒められたんやろ」
「え、何で?」
「顔にそう書いてある。今日の昼飯はお前のおごりな」
「えー、また僕ー?」
「ええやん、チャイヤのランチ買ってきてくれればええし」
マイアミ育ちのダニーは、NYの冬が苦手だ。
ランチに出るのも面倒くさくなるのが良く分かる。
「了解!」
「マーティン、私の分も!」
「私もお願い!」
サマンサとヴィヴィアンにも頼まれ、マーティンは仕方なく了解した。
チャイヤの店でランチの中身を選んでいると、ぽんと肩を叩かれた。
振り向くとアンディー・スミスが笑っている。
「あれ、君もここ知ってるんだ」
「ええ、もう有名店ですから。何、選んだんですか?」
「春雨と海老の炒めと生春巻きとポークミンチとバジルの炒めだよ」
「じゃ、僕も同じのにしよう」
チャイヤが4人前のランチボックスを袋に入れて、マーティンに渡す。
「じゃあ、チームが待ってるからお先に失礼」
「あ、マーティン、メール出したから、後で読んでください」
アンディーはすぐさまチャイヤの方を向いて、オーダーを始めた。
マーティンは??と思いながら、オフィスへと足早に戻った。
ランチを終えて、メールボックスを開くと、不審なメールが届いていた。
外部のサーバーを利用している。
それもドメインがKP(北朝鮮)だ。
マーティンは急いで削除しようと思ったが、何が書いてあるか気になって、プリントアウトし、すぐにメールを削除した。
出力した紙には大きなクロスワードの図と「焦ってメール消したでしょう?クイズ、解けるかな。A」というメッセージが書かれていた。
マーティンは、今晩ダニーをディナーに誘って、相談しようと決めた。
ダニーなら、少なくともあの食事会で過去3回会っているのだから、アンディー・スミスのことが分かるだろう。
そうだ、局員検索!
マーティンは名簿から検索をしたが、彼のファイルもアクセス不可だった。
謎が多い青年だ。
ダニーの携帯に「今晩もおごります」とメールを打った。
ダニーがすぐに画面を見て、OKサインを送ってきた。
定時になり、ダニーは先にエレベーターで階下へ降りて行った。
少し時間をあけて、マーティンも1階に降りる。
フェデラルプラザ前の広場のベンチで、ダニーがコートの襟をたて、
マフラーで首元をもこもこにしながら寒そうに座っていた。
「どうしたん?悩み事か?」
ダニーが尋ねた。
「うん。ちょっとね。今日はあったかいものが食べたいね」
「そやそや、ミカさんとこでホットポット始めたてクリスが言うてたな」
「日本食のホットポット?しゃぶしゃぶかなあ?」
「じゃ、行こか?」
2人はミッドタウン・イーストの42丁目に向かった。
ミカさんがカウンターの中から挨拶をしている。
珍しくクリスがいない。
「あれ、今日はあいつは?」
「仕事らしいです」
「そか、ミカさん、俺たち、ホットポット食いたいんやけど」
「あ、それならカウンターじゃなくてテーブル席にどうぞ」
日系人のウェイトレスがテーブル席に案内してくれる。
マーティンは尋ねてみた。
「ここのホットポットってビーフのしゃぶしゃぶ?」
「いえ、チキンと野菜を豆腐のスープで煮込むあっさりしたお料理ですよ。しゃぶしゃぶと同じソースで頂くんですけど」
「じゃあ、それ2人前。あとミカさんに適当に前菜をお願いしますって伝えてくれへん?」
「かしこまりました」
ダニーがでれーっとウェイトレスを見ているので、マーティンは咳ばらいをした。
「ダニー、よだれが出てるよ」
「今の料理の説明が美味そうだったからや」
「嘘ばっかり」
「で、何やねん、悩み事」
マーティンは、そうだっとバックパックから出力したアンディーのメールを見せた。
「誰やのん、Aって。お、こいつ北朝鮮やん!あ、アンディー・スミスか!」
ダニーが急に納得した。
「危ないやっちゃな、こんなドメイン使うなよ。お前って、とことん年下キラーやねんな」
「え、どういう事?」
「今まではドムが一番下だったやろ、こいつまだ22歳やで。記録更新や」
「って、彼、ゲイなの?」
「よくは知らん。でも上司より仕事が出来すぎて、組織から浮いてるのは確かや。寂しいんやない?」
「そんな事言われても、僕は何も出来ないよ」
「お前に興味持ってんねんな。ええやん、一度天才ハッカーと食事でもしてみ」
「そんな、無責任に言わないでよ!」
「そやかて、急に襲われたって、お前の方が体格ええんやから、心配ないやろ?」
ダニーは愉快そうに笑った。
完全にからかいモードだ
「ああ、ダニーに相談して損したよ。クロスワードやってみよう」
マーティンはモンブランのペンを出して、パズルを解き始めた。
「あれ、数字だ」
「間違いなく電話番号やな」
ダニーが確信したように言う。
確かに桁数は携帯の電話番号と同じだった。
「そんなに優しい問題なのかなぁ」
「ほら、お前、興味持ってるやん!明日にでも電話やな」
「もう!けしかけないでよ!!」
そこに、お通しと鳥わさに海藻サラダが運ばれてきたので、2人はだまった。
マーティンとダニーはグランド・セントラル駅まで一緒に歩き、5号線に乗った。
「お前、電話しそうな顔してるで」
ダニーがくすくす笑っている。
「もう、ダニーなんか知らないよ」
「あ、乗り換え駅や、じゃあな、報告待ってるから」
ダニーは59丁目駅で降りて行った。
マーティンは、コートのポケットの中から四つ折りにした紙を取り出した。
「クロスワード解けるかな」という言葉が気に入らない。
年下に完全におちょくられている。
それに、すぐ解けなかったと思われるのも癪に障る。
マーティンは、アパートに着いて、コートとジャケットを脱ぐと、
携帯を取り出して、クロスワードから導き出された番号をプッシュした。
呼び出し音がすぐに切れた。
「あ、クロスワード解いてくれたんですね」
アンディー・スミスの嬉しそうな声が聞こえてきた。
「アンディー、僕をからかうのは止めにしてくれないかな」
思わず冷徹な声が出てしまった。
「マーティン、怒ってる。ごめんなさい。そんなつもりなかったんです。でも、電話してくれたし」
「そういう意味じゃなくてさ、本当はどんなつもりで、僕にメールよこしたのか聞きたかったから」
「副長官の息子って孤独じゃないですか?」
突然の質問にマーティンは即答できなかった。
「自分次第だよ。どうして?」
「僕、入局してから、ずっと孤独で。まぁ、元犯罪者だし、更生中の身柄だから贅沢言えないんだけど」
「更生中ってどういうこと?」
マーティンは思わず聞き入った。
「なんで僕がスキンヘッドなのか知ってます?僕が機密を持ち出さないか毎日されてるボディーチェックの手間を省いてるんですよ」
「え、そんなことされてるの?」
「メモリーチップなんて分かりやすいもので持ち出すわけないのにね」
くくっと笑う声が聞こえた。
「何だか物騒な話になってきたな」
「マーティンは、僕が怖いですか?」
「まだ、そんなに話したことないから分からないよ」
「じゃあ、もっと話してみてくれません?ね、明日のランチは?」
「えっ。急な話だなぁ」
「91丁目のスリー・デッカー・ダイナー、知ってます?」
「ああ」
「じゃあ、そこに12時に。待ってますね。それじゃ」
がっちゃっと切られた。
520 :
fusianasan:2008/11/16(日) 23:15:20
アンディーに主導権を握られてしまった会話を、マーティンは反省した。
どこかで年上の威厳を示さないと。
とりあえず、明日の土曜日にスリー・デッカーでランチだ。
マーティンは、着替えるためにクローゼットに入った。
翌日の昼、マーティンは徒歩で10ブロックほど下って、ダイナーに着いた。
すでにアンディーがテーブルに座り、手を振っている。
マーティンも手を上げて、席に座った。
「スーツじゃないと若く見えますね」
そういうアンディーは、高校生といってもおかしくないほど若々しく見えた。
「君こそ。本当に22歳なの?」
「ほら」
アンディーは、自動車免許証を見せた。
確かに1986年生まれと書いてある。
「お腹すいちゃったから、頼みましょう!」
アンディーはよくここを利用するのか、メニューを見ずに、
チーズとほうれん草のラビオリにフレンチフライとグレイビーソースを頼んだ。
マーティンはメニューをじっくり眺めて、ローストビーフとチーズのピタサンドを選んだ。
「ねえ、コブサラダをシェアしません?」
「いいよ」
これでオーダーは終わった。
「君、まだ監視されているような口ぶりだったね」
マーティンが口火を切った。
今日は主導権を握りたい。
「うん、ボスは形式だけだと言ってるけど、僕、色んなところに迷惑かけてたから、政府に憎まれてるんで」
「たとえば?」
「お決まりコースですよ。国家安全保障監督局とか国防総省とか・・・CIAにも行ったし」
「セキュリティーの高いところばかりだね」
「そこに遊びに行くのが勲章みたいだったから、楽しくて。
そうしたらいつの間にか「ウォール・クラッシャー」って名前で呼ばれるようになっちゃって」
「それって、君、何歳ぐらい?」
「15かな?でも飽きちゃったんですよね。そしたら一人が執拗に追いかけてくるようになって、
タイミングがよかったから捕まったんです」
「じゃあ、わざと捕まったの?」
「うん、だっていつまでも、そんなことしていられないでしょう?」
アンディーは無邪気に笑った。
「その人に会った?」
「うん、今のボスです。彼がいたからFBIに入局したんです。すごくシャープだしクールな人ですよ。
僕の後見人になってくれました」
「じゃあ寂しくないじゃない?」
「でも、彼のプライドがあるからわざと捕まったこと話せないし。分かってくれる人っていないから」
「どうして僕にメールくれたんだろう?」
「マーティンは、ハーバードで統計学専攻だけど、コンピュータ科学もサブで勉強してるし、
成績がいい人だから、分かってくれるかもって思ったんです」
「僕のこと、調べたんだね」
「始めは、副長官の息子かー位だったんだけど、射撃トップ10に入ってきたし、興味が湧いちゃって。写真見たらかっこいいし」
そこへウェイトレスがコブサラダとメインを運んできた。
「さ、食べましょう」
そう言って、グレイビーーソースをポテトにたっぷりつけて食べるアンディーが、
そんなに恐ろしい人間には思えなかった。
マーティンは、さらに謎が深まった感じがしていた。
食事が終わり、マーティンがウェイトレスを呼ぶと「え、もう帰っちゃうの?」とアンディーが驚いた顔をした。
「だってランチって約束だろう?」
「そうですよね・・・じゃあ一緒に歩いて帰っていいですか?」
マーティンは自分のアパートを知られるのが嫌だったが、アンディーのことだ。
もう、そこまで調べているに違いない。
「ああ、一緒に帰ろうか?」
「はい、嬉しいな!」
マーティンが支払を済ませると「え、僕の分、払います」と20ドル札を出した。
「年上に恥かかせないでくれよ」
マーティンが紙幣を押し返す時にアンディーの手と触れ合った。
アンディーがマーティンの指に素早く指をからめる。
「お、おい、何・・」
「静かに。みんなが気がついちゃいますよ」
アンディーは満足そうにからめた指を離した。
ウェイトレスがお釣りを持ってきたので、そのままチップとしてテーブルに残し、2人は店を出た。
「どうせなら、セントラルパークの中、歩きませんか?」
マーティンは迂回路になるなと思いつつ、同意した。
紅葉が見事な公園の中を歩くのもそんなに悪くなかった。
しかし、公園に入るとアンディーは急に押し黙った。
「どうしたの?」
心配になってマーティンが尋ねた。
「どうせ僕のことヘンな奴だって思ったでしょ?」
スキンヘッドを隠すためにフードつきのコートを着ているので、顔がよく見えない。
「そんなことないよ。でも人に調べられるのってあまりいい気持ちじゃないな」
「ごめんなさい。僕、人と知り合うのヘタだから、すぐに情報収集から始めちゃうんですよね」
「もう調べないでくれる?」
「うん、もうマーティンのことは調べません」
「うちのPCにハッキングするのもお断りだよ」
「わかった。ねぇハッキングしてたって言ったら、もっと怒る?」
アンディーが急に顔を上げてマーティンを見つめた。
緑色の瞳が濡れたように光っている。
「そうかもとは思ったけど。まさかやってないだろ?」
「もう、犯罪はしません。安心して。その代り、また一緒に食事とかいけませんか?」
「えっ?」
マーティンの心は逡巡した。
「うーん、絶対に犯罪を犯さないって約束するならいいよ」
「やった!」
アンディーがガッツポーズを取った。
そろそろ103丁目だ。
「じゃ、僕、右の出口に行くから」
「あ、僕も」
結局、アパートの前まで来てしまった。
ジョンが珍しそうな顔で、アンディーを見ている。
「あ、ジョン、後輩のアンディー・スミス」
「初めまして、スミス様」
「わお、スミス様だって!」
アンディーが小躍りしている。
「じゃあね、アンディー、約束は守れよ」
「はい、先輩!」
2人はそこで別れた。
ちょうどマーティンが部屋に入ると電話がかかってきた。誰だろう。
「はい、フィッツジェラルド」
「おう、寝てたにしちゃ、えらいはっきりした声やな」
ダニーだった。
「ダニーも早起きじゃない。珍しいね」
「たまってた掃除やら洗たくやらやろうと思ってたから、早起きした。な、お前、今晩、暇?」
「特にやることないけど?」
「バワリー・ボールルームで見たいライブがあるんやけど、どうかな思って」
「どんなバンド?」
「オルタナティブやけど、めちゃ踊れるで」
「行ってもいいよ」
「じゃ、始まる前に飯食おう」
「OK、どこに行けばいい?」
「デルアミコの店に6時は?」
「わかった」
「Tシャツ着てこいよ、汗でドロドロになるで」
「え、そんなに激しいの?」
「お楽しみやな」
電話を切って、マーティンはPCを立ちあげ、ライブスケジュールを見た。
The Music、イギリスのバンドらしい。
数曲聴いてみて、結構いい感じだと思ったマーティンはダウンロードした。
ソファーに寝転がりながらiPodで聞いているうちに、うたた寝を始めた。
ライブはなかなか楽しめた。
ダニーは半そでTシャツを汗まみれにしながら、前方で踊り狂っていたし、
マーティンも後方で皆の動きに合わせて体をゆらゆらさせているうちに、気持ちがよくなっていた。
ライブが終わり、ダニーが前列から戻ってくる。
「汗が絞れそうや。俺、トイレで着替えるから、ロビーで待っといてくれるか?」
「OK、待ってるよ」
ダニーは人ゴミをかき分け、クロークの方へ足早に移動した。
マーティンは、最高列にある椅子に腰かけて一息付いていた。
「え、マーティン?!」という声がした。
振り向くと、アンディーが笑っている。
「マーティンもオルタナ聴くんだ!」
「たまたまだよ」
「ね、これからメンバーとアフター・パーティーに行くんだけど一緒にどうですか?」
「や、僕はいいよ。若者たちで行ってきなよ。僕、もう年だからさ」
「えー!行かないんですかー?楽しいのになー」
そこへ着替えたダニーが戻ってきた。
「あ、ダニー、一緒だったんですね?」
アンディーが驚いた声を出した。
「一緒でおかしいか?」
「そんなことないですけど。ねえ、アフター・パーティー行きませんか?」
「んー、俺たちはいいよ、な、マーティン」
「うん。今、断ってたとこ」
「なんだ、ちぇ、じゃ、僕は行きますね、また支局で!」
アンディーはすぐにその場を去った。
「おやおや、ひょっとしてお前、電話したんちゃう?」
ダニーがにやにやしている。
「どうしてだよ?」
「スミスの奴、やたら馴れ馴れしかったやん。ひょっとして、もう会ったとか?」
ダニーには嘘はつけない。
「実はね、今日、ランチ一緒に食べた」
「へぇー、ほんまかいな!お前もやること早いな!」
「そんなんじゃないってば!」
「まあええ、この先は、酒飲みながらゆーっくり聞くわ、出よう」
マーティンもクロークに寄ってコートを出してもらい、外に出た。
「さすがに寒いな」
ダニーがコートの襟をたて、マフラーを巻きなおした。
「ダニー、風邪ひきそうだね」
「早く、体ん中から温めんと、ほんまにひきそうや」
2人は近くのバーに寄り込んだ。
アルコール度数の高いウォッカ・アイスバーグを頼み、カウンターに座る。
「で、どやった、ランチは?」
お摘みのピーナッツを食べながら、ダニーが尋ねた。
相変わらずにやにやしている。
「何だかさ、すごく寂しいみたいだね。知ってた?アンディー、わざと逮捕されたんだって?」
「そんなん知るわけないやん。逮捕した捜査官は傷ついたやろな」
「それが今の上司なんだってさ。後見人にもなってるんだって」
「ふうん、親を見つけたって感じなのかもな」
「え?」
「奴の両親がどんな人かは知らんけど、後見人が必要ってことは親は断ってるわけやろ。
自分と同じ世界の人間探してたんちゃう?」
「そうなのかな?」
「お前もその一人と思われてるのかもしれへんで」
「うーん、副長官の息子で孤独じゃないですかって聞かれたんだよね」
「そやろ、同じ孤独な人間で話が通じる奴を探してるんや。あいつ。
で、ヘンなことされなかったか?」
マーティンは指をからみつけられたことをだまっていた。
「別にないよ」
「ほんまか?お前、ぼんやりしてるからなー。なんかサインを見落としてそうやな。
俺もえらい気になってきたわ。用心せいよ」
「何だよ、昨日、あんなにけしかけといて!」
「すまん、すまん。で、これからどないすんの?」
「また食事してくださいって言うからさ、食事だけならいいかと思って」
「ふうん。そうか。とにかく気いつけ。今どきの子やし、天才やからなに考えてるか分からへんで」
「うん、そうだね。ねえ、スナック頼んでもいい?」
「こんな時にも食欲かいな。お前らしいな。何でも頼み」
「すみません!バッファローウィングとチーズの盛り合わせください!」
「そう来たか、じゃウィスキー飲もうか」
「うん、それがいいね」
2人はスコッチのダブルをオーダーした。
週明けの月曜日、マーティンは朝一番で、ボスに呼び出された。
「ボス、おはようございます。何か?」
「お前、サイバー犯罪班と何かあったのか?」
「いえ、どうしてでしょうか?」
「あっちのチームリーダーのマクレーン捜査官がお前に会いたいそうだ」
「はぁ」
「局内のもめごとだけは避けたい。気を付けてくれないと困るんだが」
「そんなこと言われても、僕には覚えがありません」
「とにかく行って来い。報告はあとだ」
「はい、ボス」
マーティンは不承不承、サイバー犯罪班のあるフロアーに向かった。
フロアの一番奥がチームの部屋だ。
廊下の両脇に小さなオフィスが並び、捜査官ひとりひとりがPCに向かっている。
少し異様な光景だった。
中に、四方を透明ガラスで囲まれた部屋があり、アンディーが真剣にPCを操作していた。
ここでも監視されているのか。
マーティンが少しぼーっとしていると「フィッツジェラルド捜査官」という声が聞こえた。
「はい」
「私がマクレーンだ。オフィスに来てくれたまえ」
マクレーン捜査官のオフィスは一番奥にあった。
「初めまして。フィッツジェラルドです」
「まぁ、腰かけて」
勧められるままに椅子に座った。
マクレーンは、魚のような冷たい目が印象的な小男だった。
「週末、うちのスミスと食事をしたね」
「はい?一体、どうしてご存じなのですか?」
「そんなことはどうでもいい。今後はそういう行いは慎んでもらいたい」
「お言葉を返すようですが、休日の過ごし方は各人の自由に委ねられているのではありませんか?」
「普通の局員ならそうだろう。しかしスミスは違うのだ」
「部下が信用できなくて、尾行をつけているのですか?」
「君は知らなくていいことだ」
「そんなこと、人権蹂躙じゃないですか!」
「正義感を振りかざして怒るのは君の勝手だが、そんな小さな問題ではないんだよ、フィッツジェラルド君」
「彼が元犯罪者だからですか?」
「答える必要のない質問だ。話はそれだけだ。マローン捜査官によろしく伝えてくれたまえ」
取りつくしまが全くない。
感情の起伏がない表情の冷徹な男だ。
マーティンは、さらにアンディーに同情した。
帰り際、アンディーの部屋を覗くと、一心不乱にPCを動かしている姿があった。
これじゃ奴隷と同じだ。
マーティンは複雑な思いで、MPUのフロアに戻った。
ボスに報告する義務がある。
マーティンは正直に週末にアンディーとランチを一緒に取ったことと、
それを見とがめられ、これ以上干渉するなとマクレーン捜査官に言われたと話をした。
「ああ、あの天才坊やか。あいつはアンタッチャブルだからな。
そうか、射撃トップ10の食事会で会ったのか」
「はい、人懐っこい性格のいい感じの青年でしたが、なぜアンタッチャブルなんですか?」
「私にもアクセス権のない条項なので詳しくは知らん。マクレーンがそう言うなら、もう会うな、いいな」
「僕は、納得できません」
「お前、こんなことでごねるな。失踪事件に集中しろ。以上だ」
マーティンはFBIの暗部を見たような気がした。
マーティンはダニーをランチに連れ出し、いきさつを話した。
「アンタッチャブルかいな。根が深そうやな。お前、これ以上はヤバい感じがする。俺なら深入りせいへんわ」
「でも、かわいそうだと思わない?休日まで監視つきなんてさ、まるで奴隷だよ」
「お前の気持ちはよう分かる。俺だって腹立つわ。でも何かあるに違いないて。近寄るな」
「ダニーまで、そんなこと言うんだ。長いものに巻かれるのを一番嫌ってたの、ダニーじゃないか!」
「怒るなよ。お前のために言うてるんやから」
「僕は僕で、勝手にするから!」
マーティンはダニーも体制側に立ったのを見て腹が立ち、ランチ代をテーブルに置くと、
途中で席を立って、ダイナーの外に出た。
ダニーは足早に去っていくマーティンの後姿を見ながら、やれやれと食事を続けた。
マーティン、わからへんのか?お前が心配なんや。
定時になり、皆が順々に帰途についていく。
ダニーは、書類を乱暴にバックパックに収めているマーティンに近付いた。
「まだ怒ってんのか」
「・・・・」
「すまない。言いすぎたかもしれへん。俺も事情分からんのに、口はさんだのは良くないな」
「・・・僕もごめん。ついカッとなっちゃった」
「なぁ、ゆっくり2人で考えてみよか、飯でも食いながら」
「そうだね、空腹だとイライラするしね」
マーティンはランチ半分で終わらせている。
途中でスナック・バーをかじっていたが、かなり腹が減っていそうだ。
2人はメリディアン・ホテルの中の「バーガー・ジョイント」に出かけた。
メニューは普通のバーガーとチーズバーガーしかないが、味は抜群だし、
落ち着いて話せるので重宝がるビジネスマンでいつも賑わっている。
ダニーもマーティンもチーズバーガーとフレンチフライ、それからピクルスの盛り合わせを頼み、
ここの生ビールのサム・アダムスでとりあえず喉を潤した。
「なんて名前やったっけ、サイバーのボス?」
「マクレーン、見るからに冷たそうで嫌な奴だったよ」
「警告の意味を、俺なりに考えてみたんやけど、もしかして焼きもちかもしれへんで」
「え、何、それ?」
「1年に1回しか見てないけど、トップ10の会じゃ、スミスの奴、いつも隅っこで人の話聞いてるばかりで、
自分から話ししてこなかったんや。興味がなさそでな。それが今年は、やたらお前に積極的に絡んでたし。
あんなん見たの初めてやもん」
「だからって、どうしてマクレーンが僕に焼きもち焼くの?」
「鈍感やな、お前。マクレーンは後見人やろ。自分の子供みたいなもんやんか。
そのスミスがもしかしたら自分以外の他人に初めて興味を持ったのかもしれへんのやで。
普通、気になるやろ」
「うーん」
「で、あることないこと、それらしく話してお前を脅したんやない?」
「そうなのかなー」
「今度、3人で会ってみようか?俺にも警告くるかどうか」
「え、ダニー、そんなことしてくれるの?」
「もし、マジに本局が何か隠してるとしたら、俺たちのキャリアがヤバいけどな」
「ありがと!」
そこに、「テイラー様、フィッツジェラルド様!」とお呼びがかかった。
ここはパテが焼きあがり、バーガーが出来ると、名前が呼ばれ、客が取りに行くシステムだ。
2人はカウンターに急いだ。食事を終え、2人はそれぞれの家に戻った。
マーティンが着替えて、リビングのTVでニュースを見ていると、携帯が震えた。
スミスと出ている。
「はい、アンディー?」
「マーティン、今、何してるの?」
「え、TV見てるところだよ。アンディーは何してる?」
「僕はゲーム作ってるところ」
「へぇ、ゲームのプログラミングもするんだ」
「うん、でも一緒にやる相手がいないんだ」
「オンラインで探せば沢山いるだろ?」
「だけど、リアルで感想とか聞きたいし。ね、マーティン、ゲーム好きでしょ?」
「そこそこね」
「じゃあ、今度僕と遊んでくれませんか?」
「ゲームもいいけどさ、ねえ、食事しようか?」
思わずアンディーが沈黙した。
「アンディー、聞いてる?」
「ごめんなさい、すごくびっくりしちゃったんで」
「ダニーも一緒だけどいいかな」
「え、なんで、ダニーも来るんですか?」
「改めて友達になりたいみたいだよ」
「ふうん。ダニーが来ないと、マーティンは食事してくれないの?」
「そんなことないけどさ、同じ部署の先輩だから、顔立てないと」
「そうですか、じゃあ、いいですよ」
「OK。じゃ日にち決めようか」
「僕はいつでも大丈夫です。っていうか、いつも一人でご飯食べてるし」
「わかった、じゃあ明後日の夜は?」
「大丈夫です」
「好き嫌いはある?」
「ないです、でもグルメじゃないからよく分からないです」
「じゃあ、考えとくね、決まったら連絡するよ」
「はい、楽しみにしてます」
「じゃあね」
「ねえ、マーティン」
「え。何?」
「電話で話せて嬉しかった」
マーティンは何と答えていいか戸惑った。
「あまり夜遅くまでゲームにはまるなよ」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
とりあえず、これでいいか。
マーティンは、ダニーに電話をはじめた。
ダニーとマーティンが、アンディーと食事する日がやってきた。
マーティンはアンディーの「いつも一人で食事している」という一言が気になり、
大人数ならではのホットポットをチョイスしていた。
以前、ダニーに連れて行ってもらった「XOカフェ&グリル」だ。
あそこなら食べ放題で一人$25もしないし、堅苦しい雰囲気もないから、
高級レストランよりも、アンディーが緊張しないだろう。
定時に仕事を終え、待ち合わせ場所のフェデラル・プラザからワンブロック離れたスターバックスにやってきた。
ボスや、アンディーの上司に見つかったら面倒くさい事になるからだ。
寒がりのダニーは早速、ジンジャー・ラテを頼んで、店内の席に座っている。
「おい、マーティン、立って待ってないで、座り」
そう言われて、マーティンは照れ笑いを浮かべると、カフェラテのカップを手にして、
ダニーの向かいに座った。
「XOグリル、ええやん。久し振りやな」
「だよね、もしビーフがだめでも、チキンもポークもシーフードも食べられるから」
「グルメのお前らしいわ」
ダニーは声を出して笑った。
2人とも上司に逆らっているのが、なんとなく愉快に思えてきたのだ。
そこへ、ダッフルコートを着たアンディーが現れた。
「ごめんなさい!ちょっと残業してて」
「大丈夫だった?」
「はい、ダニー、こんばんは」
「よう、久し振り」
「今日、すごく楽しみで、ランチ、ホットドッグだけしか食べてないんです」
「それじゃ腹ぺこだね。ぴったりの店に行くよ」
「わ、嬉しいな」
こんな無邪気な青年に本当に監視が必要なんだろうか。
マーティンは改めて思った。
3人はスターバックスを出て、チャイナタウンに向かった。
ウォーカー・ストリート沿いの白い店に入る。
「XOカフェ&グリル?ここ、チャイニーズですか?」
アンディーが尋ねる。
「まあ、いいからテーブルに座ろう」
フロアマネージャーに案内されて、3人は奥のテーブルに陣取った。
「この店はチャイニーズも美味しいけど、もう一つ名物があってね・・」
マーティンがとうとうと説明するのを、ダニーは愉快そうに眺めた。
「へぇ、すごい、何でも鍋で煮るんですね。初めて食べます」
「じゃ、話がついたとこで、まず、ビールやろ」
3人はサッポロ・ビールで乾杯し、鍋の準備を待った。
ぐつぐつだし汁の煮えた鍋とコンロが登場し、アンディーが目を輝かせる。
「もしかして、自分で煮るんですか?」
「そうだよ、ほら、だから肉が薄く切ってあるだろう?」
「本当だ!」
しゃぶしゃぶは正解だったようだ。
和やかな雰囲気でディナーは進んだ。
「なぁ、アンディーってどこの生まれ?」
ダニーが質問を始めた。
「日本です」
「え、日本?」
「ええ、父が海軍なんで、横須賀っていう基地で生まれました」
「お父さん、海軍なんだ。今ももちろん勤めておられるんだよね?」
「ええ、でも僕、勘当されてるから、もう厳密には父じゃないんですよね」
「あの事件でか?」
「はい、父、准将なんですよ、アメリカ一、この国を愛してる人で。
僕のやった事が許せなかったみたいです。当然ですよね」
「それで、マクレーン捜査官が後見人になったの?」
「そうです。理屈抜きでなってくれました。いい人ですよね」
マーティンは、アンディーに「君は騙されている」とは言えなくなった。
実の親に勘当され、後見人に監視されているなんて、彼が知ったらどんなに傷つくだろう。
ダニーは、アンディーの一挙手一投足に注目していた。
ダニーが質問するとダニーと目を合わせるが、それ以外の時は、ずっとマーティンを見つめている。
これはもう、ぞっこんやな。
ダニーはやっかいだなと思った。
3人はさらにシーフードとビーフを追加して、〆のうどんを煮始めた。
「やっぱり大勢で食べると美味しいですね!」
「ねぇ、職場の同僚とは食べに行ったりしないの?」
「え、他の職場って食べに行くんですか?」
「ああ、うちは、結構行くな」
「僕んとこは、そういうのないです。だからいつも一人で食べてます」
「感謝祭とかも一人なん?」
「あ、感謝祭は、ボスと過ごしてます」
「え、マクレーン捜査官って家族持ちなの?」
マーティンが驚くと
「いいえ、彼、独身ですよ。でもいつも高級デリで、七面鳥のローストを買って用意してくれるんです。
正直、母のローストが懐かしいけど」そう言って目を伏せた。
マーティンは思わず
「僕らも感謝祭ディナーやるんだけど、今年はアンディーも来ない?」と尋ねた。
ダニーが目を丸くして驚いている。
「本当ですか?あ、でもボスが独りになっちゃうから、また違う機会に誘ってください」
マーティンはこんなにボスを思っているアンディーの言葉にさらに切なくなった。
食事が終わり、アンディーとマーティンはタクシーで帰ることになり、
チャーチ・ストリートまで歩くという。
ダニーは反対側のキャナル・ストリート駅で地下鉄に乗るので、店の前でお別れだ。
「ダニー、楽しかったです。これからもよろしくお願いします」
「おお、こっちもな、俺、パソコン苦手やから今度教えてくれ」
「ははは、いいですよ!」
「じゃあ、ダニー、またね」
マーティンが少し困った顔で手を上げる。
「おお、またな」
ダニーは反対方向へ歩き出した。
「さ、寒いから早くタクシー拾おうか」
「マーティン、もう1軒行きませんか?」
「え、だめだよ、明日も仕事だろ、早く帰ろう。実は書きかけの報告書があるんだ」
マーティンは嘘をついた。
「・・そうなんだ・・じゃあ、帰りましょう」
タクシーの中でアンディーはダニーについて沢山の質問をした。
いつからのつきあいか、いつも食事を一緒にしているのか等々、思いつくままにマシンガンのように尋ねてくる。
マーティンは適当に流しながら、アンディーはダニーに興味を持ったのかなと思った。
マーティンのアパートに着く。
「じゃあ、またね、アンディー」
「今日はすごく楽しかったです。今度は僕、おごりますから」
「気にするなよ、先輩の顔立てるのも覚えなくちゃ」
「でも・・、じゃおやすみなさい!」
マーティンが長めのバスを終えて、リビングに戻ってくると、電話が鳴った。
「はい、フィッツジェラルド」
「俺や」
「ダニー、どうしたの?」
「お前、今、一人?アンディーいてない?」
「当たり前じゃない?どうして?」
「マーティン、アンディーな、お前にぞっこんやで。別の意味で、もう近寄るのよした方がええと思う」
「えっ、そうなのかな?」
「ほんまに鈍感な奴やなー。お前には、ドムもいてるやんか。その気ないんなら、もうやめ」
「でも、まだ彼がゲイだって決まったわけじゃないし・・」
「その優しさが誤解招くんや。間違いない、あいつはお前に惚れてる。べた惚れやで」
「うーん、でもせっかく仲良くなったのに、確かめもしないで、もう会えないなんて言えないよ」
「それもそやなー、そや、お前、彼女がいてることにし。そうすれば諦めるで」
「えー、そんなウソつくの?!」
「サムにでも彼女役やってもらえばええやん」
「何だか気が進まないな」
「まあ、考えることやな。とにかく俺はあいつはゲイで、お前に惚れてると思ったから。そんじゃな」
マーティンは受話器を眺めながら考えた。
ダニーの言うとおり、ゲイなのかな。
あのランチの時の指の触れあいは合図だったのかな。
マーティンの心の中には、アンディーへの同情心はあるが、恋愛とは全然違う気持ちだ。
それは間違いない。
別に寝たいとも思わないし、そういう意味で惹かれているものはない。
しかし、どこか放っておけない危うい部分をアンディーが持っていて、それが心に刺さるのだ。
まぁいい、アンディーのことはまた後で考えよう。
ダニーに言われて、そういえばドムとしばらく会っていないのに気がついた。
厳密にいえば、NYシティーマラソン以来だ。
そろそろ食事でもしよう。
マーティンはドムの携帯に電話をかけた。
「はい」
知らない男の声が出た。
「すみません、間違えました」
急いでマーティンは電話を切った。
発信通知を見るとやはりドムの携帯と書いてある。
ジェリーの声とも違う。いったい誰なんだろう。
マーティンはもう一度電話をかけようかと迷ったが、結局、ベッドルームに向かった。
しかし、さすがにドムの電話が気になる。
まさかドムが他の男と一緒にいるのか?
そんな考えが頭の中を回転した。
マーティンは、頭をぶるっと振ると、サイドテーブルの引き出しから睡眠薬を出して、
2錠口に放り込み、ごくんと飲みこんで、ライトを消した。
結局、ダニーとマーティンがアンディーと食事をした翌日も翌々日も、サイバー犯罪班からの呼び出しはなかった。
ダニーはすっかり拍子ぬけしてしまったし、マーティンもアンディーから連絡がないので、
また元の生活に戻った。
気がかりはドムのことだ。
何となく電話するのがはばかられ、あれ以来、電話をしていない。
着信履歴が残るのだから、ドムから連絡があってもいいはずだとマーティンは思っていた。
ダニーは久し振りに、ジョージがホームパーティーをするというので、リバーサイドのコンドミニアムを訪れていた。
リビングに入ると、パーシャとニックがいちゃいちゃしながらソファーでサングリアを飲んでいた。
「よう、相変わらずやな、お二人さん」
「よ、元気か、ダニー?」
パーシャが立ち上がり「ダニーの分のサングリア持ってくるね」とダイニングに入って行った。
「あいつ、気が利くようになったな」
「何だかなー、もう、余計に可愛くなってきたよ」
「はいはい、ご馳走さんです。これ、引っ越し祝い」
「おう、ありがとう」
ダニーは、ジョージに選んでもらったギフトをニックに手渡した。
「あけていいか?」
「遠慮すんな」
ばりばりとラッピングを破り、箱のふたを開ける。
「おー、これLEDで時刻表示する温湿時計だろ!欲しかったんだよ、俺!」
「よかったわ。お前、めちゃ無精っぽいから時刻合わせんでも済む電波時計にした」
「とにかくありがとな」
ニックは立ちあがってダニーをハグした。
「あー、ニック、ダニーを抱きしめちゃだめ!!」
サングリアのグラスを持って戻ってきたパーシャが猛烈に抗議した。
「ごめんごめん、パーシャ、これとあれとはちゃうんや」
「え、何が違うの?同じじゃない?」
「まぁ、ええわ、俺とニックは友だちやから、許し」
「うーん、一応わかった、じゃ、これ、ダニーのサングリア。僕も作るの手伝ったんだよ」
「こいつ、朝からジョージんとこ入り浸りで、2人で用意してくれたらしいぜ」
「そりゃ楽しみやわ」
ジョージがダイニングから出てきた。
前に会った時よりさらに痩せた感じがするのは気のせいだろうか?
「ダニー!」
「来たで」
2人はぎゅっと抱き合った。
「ギフト、サンキューな」
ダニーはジョージの耳元で囁いた。
「今日はどんな料理?」
「タイ料理とベトナム料理」
「すげーな」
「よう、お二人さん、そろそろ腹減ったんだけど」
ニックがにやにやしながら声をかけた。
ダニーとジョージは見せびらかすように熱烈なキスをして、すっと離れた。
「それじゃ、ダイニングにどうぞ」
ジョージの声で、3人はダイニングに移動した。
テーブルには、海老と蒸し鶏の生春巻きにサーモンとアボカドのマヨネーズ和え、青パパイヤのサラダが並んでいた。
「僕ね、生春巻きを巻いたの」
パーシャがニックに報告している。
「すごいな、お前、これ、全部巻いたのか?」
「あ、形の悪いのが僕で、きれいなのがジョージ」
正直なので思わずダニーとニックはほほ笑んだ。
「じゃ、俺、形の悪いのから頂くわ」
ダニーが自分の皿にパンクしそうな生春巻きを取り、パーティーが始まった。
前菜三種が終わると、ジョージはソフトシェルクラブのカレー炒めにジャスミンライスを持ってきた。
「あ、もう一つのカレーも持ってきちゃうね」
ジョージがすっと立ち上がってキッチンに入った。
ダニーもジョージを手伝おうと追いかけた。
するとジョージがシンクの端に手をかけて苦しそうにしている。
「おい、ジョージ、大丈夫か?」
「あ、ごめん、ちょっとめまいがしただけなんだ。ダニー、このカレーを器に盛って運んでくれる?」
「ほんまに大丈夫?」
「うん、すぐ席に戻るよ」
ダニーは、気になりながらも、グリーンカレーを運んでダイニングに戻った。
デザートのフレッシュマンゴーともち米のミルクがけも食べ終わり、
4人はハーブティーを飲んでお開きにした。
ニックはすっかりご機嫌になり、これから2番街のカラオケバーに行くと言っている。
「俺は、今日はやめとくわ、ジョージと後片つけするから」
ダニーはやんわり断り、ニックとパーシャを送りだした。
ジョージがソファーにぐったり座っていた。
「なぁ、お前、俺に隠してるなら言え」
「何を?」
「具合悪いんやろ、かなり辛そうや。いつから?」
「・・・じゃあ、言うね、あのね、僕さ、病気になっちゃった」
「何の?」
「メニエール病」
「ごめん、知らない病気や」
「耳鳴りとめまいがするんだよね。立っていられない時もあるし、吐いちゃうこともある。
発作が起きると、音のしないところ探して、じっとしてないといけないんだ」
「どうして俺に言わなかった?」
「だって、生死にかかわる病気じゃないし、ダニーに心配かけちゃいけないと思ったから」
「今はどやねん。耳鳴りするか?」
「うーん、ダニーの声に膜がかかったように聞こえる。プラネット・グリーンの仕事が出来なくなっちゃった」
ジョージは悔しそうにソファーの背に顔をくっつけた。
肩が小刻みに震えている。泣いているのだ。
「な、泣くのやめ。俺と一緒に治そうや。医者はどこに行ってる?」
「プレスビテリアン病院」
「あっこなら名医が沢山おるやろ、全米トップ10やし」
「そうだよね・・・」
「どんな治療してるん?」
「ほとんど服薬だよ。最初、副作用で苦しかったけど、今はずいぶん楽になった」
「そか」
ダニーは、そんな大切なことを自分に言わなかったジョージに怒りを感じたが、同時に切なくもなった。
「今度の通院の時は、俺、付き添うから」
「え、いいよ、ダニー、バレちゃうよ」
「そんなん気にせんでええ。お前はもう、今日は休み。俺が適当に片付けしとくから」
「ごめんね」
「あほ、遠慮すんな」
ジョージはダニーをぎゅっと抱きしめると、ベッドルームに下がって行った。
ダニーは食器類を食器洗浄機の中に並べて、ダイニングテーブルをフキンできゅっと綺麗に拭いた。
鍋の中の残った料理は、ジップロックコンテナに入れて、冷蔵庫にしまう。
鍋を洗い終わり、終了だ。
ベッドルームを覗くと、ジョージはすでに寝入っていた。
ブランケットが規則正しく上下している。
ダニーはバスルームに入り、洗面台の戸棚を開けた。
6種類のオレンジのプラスチック瓶が並んでいる。
利尿剤と精神安定剤、ビタミン剤はダニーでも分かったが、あとの3種類は分からない名前だ。
こんなに沢山飲んでるんや。
ダニーは、急に自分が無力な気がして、呆然となった。
自分が気弱でどうする。
ダニーは、気を取り直し、シャワーを浴びた。
歯を磨いて、熟睡しているジョージの隣りに潜り込んだ。
ジョージの背中が見える。
いつもは大きくて逞しい背中なのに、今日は小さく頼りなく見えた。
「ジョージ、一緒に治そうな」
ダニーは、ジョージの肩と首筋にそっと唇を押しつけて、自分も横になり目を閉じた。
明日は土曜日や、ジョージと一緒に過ごそう。
ダニーは週末2日間をまるまるジョージの家で過ごし、月曜日は72丁目から出勤した。
ジョージが作ってくれたツナサンドがあるので、スターバックスに寄らずにオフィスに直行だ。
マーティンが、スターバックスのホットサンドをかじりながら、PCをチェックしていた。
「よ、ボン、早いな」
「うん、ダニーも早いね」
ダニーがソフトアタッシュからジップロック入りのサンドウィッチを出した時、
察したようにマーティンは眼をそらした。
「お前、コーヒーのおかわりは?」
「あ、ありがとう」
マーティンは、FBIマグを差し出した。
ダニーがメッツのマグとFBIマグにコーヒーを注いでいると、
「おい、ダニー」と後ろから声をかけられた。
「あ、ボス、おはようございます。ボスもコーヒーですか?入れますよ」
「いや、お前とマーティンは、一体、サイバーのところの坊主と何をやってるんだ?」
「はぁ?この前、食事を一緒にしたんですが、それが何か?」
「どうも、マクレーン捜査官がうるさくてな、私も困っているんだ」
「あっこの部署がおかしいですわ、ボス。部下に監視つけてるんですよ」
「特殊な事情あってのことだろう。あまりおかしなことにしないでくれ。
マーティンによく言って聞かせろ」
「はぁ、分かりました」
ダニーが不満そうな顔で席に戻ったので、マーティンが心配そうに声をかけた。
「どうかしたの?」
「やっぱり、来たで、マクレーン」
「え?また?」
「今度はボスに圧力かけてるみたいやな、やっぱ、何かあるんちゃう?
お前、まさか週末にアンディーに会ったりしてないやろな?」
「してないよ」
「嘘ついても、ばれるで」
「本当だよ!」
「そか、ま、今日のとこは、呼び出しはないみたいや」
「ねぇ、今晩、食事しながら相談してもいい?」
「ああ、ええよ」
「よかった」
サマンサとヴィヴィアンが出勤してきたので、マーティンはデスクに戻り、残りのサンドウィッチにぱくついた。
帰り道、マーティンがアルのパブで食事をしたいというので、
2人でわざわざブルックリンまでやって来た。
「よう、いらっしゃい。今日もアメリカ国民のためにお疲れ様です」
アルが丁寧にお辞儀をする。
ダニーとマーティンは思わず笑い、カウンターに座った。
「飯、まだだろ?今日のお勧めはサーモンのフィッシュケーキとローストチキンのレモン・バジルソースだが、どうする?」
「両方もらうわ、それとサラダある?」
「ああ、グリークサラダがある」
「じゃ、それも。えやろ、マーティン」
「うん、どれも美味しそうだ」
ラリーが来てから、メニューがレストランのようになった。
そのせいか、女性同士の客も増えている。
生ビールを飲みながら、ダニーは、なかなか話を始めないマーティンに質問した。
「で、相談ってどんなん?」
「アンディーから全然連絡が来なくなったんだよ」
「へぇー、そうなん?何やろな、自然消滅やろか?いや、そんなわけないな、
あの眼差しは、お前に夢中のティーンエイジャーやったしな。気になるな」
「そうなんだよね、だけど、ダニーに言われたし、僕からアクション起こすのもなって思ってさ」
「偉いやん、言い付け守ってるんや」
「茶化さないでよ」
「ごめんごめん、でもほんま気になるな。まさかマクレーンに監禁されてるとか?」
「怖いこと言わないでよ。でも、僕もそんな想像しちゃったんだよね」
「俺が電話しようか?」
「え、ダニーが?」
「酔ったふりして電話してみるわ、ちょい携帯番号教え」
マーティンは携帯の画面を見せた。
「よっしゃ・・・もしもし、あれ、おかしいな」
「どうしたの?」
「電波が届かないか電源が切れてるって。そんなんありか?」
「なんかおかしいよね」
「嫌な予感がするわ、明日、サイバー犯罪班に行ってみよか」
「うん」
2人はビアマグを傾けながら、嫌な予感をとりはらおうとした。
翌朝、ダニーとマーティンはボスに呼ばれた。
2人してボスのオフィスに入る。
ひとりの女性がソファーに座っていた。
胸のIDバッジから局員だと分かる。
「ダニー、マーティン、サラ・ボーエン捜査官だ。サイバー犯罪班に所属しておられる」
「おはようございます」「はじめまして」
2人は口ぐちに挨拶した。
「同僚のアンディー・スミス捜査官が、欠勤しているというので相談に来られた。
お前たちの友人だろう、話を聞いてあげてくれ」
「了解っす」
サラ・ボーエンは、分厚いメガネをかけた赤毛の女性だった。
顔が時々ひきつるから、チックを患っているのだろう。
「アンディーの欠勤はいつからですか?」
「月曜日から来ないんです。ボスは連絡があったから心配するなと言ってるんですが、気になって」
「何がです?」
「彼と私がチームになって追いかけているフィッシング詐欺グループの動きがあったんです。
彼、自宅でも捜査をしているはずなのに、全然連絡が来なくて。自宅にも携帯にも留守電を残したし、
メールも入れてるんですが、連絡が取れないんです。そのうち携帯の電源が切れてるみたいになって。
そんなこと、あのアンディーには考えられないことなんです」
「自宅をご存じですか?」
「はい、チームの同僚ですから」
「案内してもらえます?」
「あの、私、ボスに内緒で相談に来ましたので、アドレス渡しますから、そちらで行って頂けますか?」
「分かりました」
2人はボスの顔を見た。ボスは頷いている。
サラからメモを受け取り、早速、アッパー・イーストサイドに出向いた。
アンディーのアパートは、マーティンのほどではないが、なかなか立派な建物だった。
ドアマンはいないが、セキュリティー・コードを入力して入る仕組みになっている。
ダニーは、管理事務所と書かれたキーを押した。
中から管理人らしい男性が現れる。
2人はIDを見せて、中に入れてもらった。
「こちらに入居しているアンディー・スミスに用があるんですが」
「それでは、ご案内します」
最上階の1LDKがアンディーの部屋だった。
解錠してもらい、中に入る。
とりたてて特徴のない部屋だが、PCの設備だけは驚くような代物だった。
「すげーな」
ダニーが思わずつぶやく。
リビングのテーブルに、宅配ピザの箱があった。
冷え切ったピザが半分残っている。
「セキュリティー・コードを知ってれば、誰でも入れるんですか?」
マーティンが管理人に尋ねた。
「ええ、基本はそうです。たたし防犯カメラはすべて撮ってあります」
「先週の金曜日の夜から土日全日のフィルムを見せて頂きたいんですが」
2人は1階の管理事務所で、フィルムをチェックし始めた。
すると、土曜日の昼にマクレーンが写っている場面に遭遇した。
「彼は入居者じゃないですよね?」
「ああ、よく訪問してくる人ですよ」
早送りすると、20分後にぐったりとしたアンディーを支えるように出ていくマクレーンを発見した。
上司が拉致したというのか?
ダニーはボスにすぐ連絡を取ったが、ボスから現場待機を言いつけられた。
じりじりしながら待つこと30分、ボスから電話が入る。
「マーティン、これからマクレーンの家に行くで」
「了解!」
マクレーンのアパートは、マンハッタンの北の先端近くのワシントン・ハイツにあった。
歴史的な建造物も多く、公園も多いこの近辺は長く住んでいる居住者が多い。
マクレーンのアパートは少し古びた感じのレンガ作りの建物だった。
しかしセキュリティーはしっかりしている。
ここもキー入力式のオートロックだった。
管理事務所のキーを押し、管理人を呼びだす。
IDを見せて入れてもらうとすぐにマーティンは用件を告げた。
「デニス・マクレーンのアパートを開けてください」
管理人は捜査令状云々と言ったが、2人は押し切った。
しぶしぶキーを持って、マクレーンの部屋のドアを開ける管理人。
「おい、アンディー、いるのか?返事してくれ!」
「アンディー!どこや!!」
奥の部屋でこつこつドアを叩く音がした。
マーティンが体当たりしてドアを開けた。
すると、アンディーがライティングテーブルの足に片手を手錠でしっかりと繋がれている姿が目に入ってきた。
「助けに来てくれたんだ・・」
ダニーはジャケットの内側からアイスピック状の道具を出して、手錠の鍵を開けた。
擦れた手首から血が出ている。
「マクレーンがやったんだね!」
マーティンが尋ねる。
「うん、彼、気が狂ってる。僕に薬注射して・・・」
そう言うと、アンディーはマーティンの腕の中にくず折れた。
NY支局では、マクレーン特別捜査官がオフィスで服毒自殺を図ろうとしているところを、
ボスとヴィヴィアンが取り押さえた。
驚いたことに、マクレーンは、アンディーを監禁している部屋の画像をオフィスのPCに送り、
ここでも監視を続けていたのだ。
アンディー救出の画像を見て、観念したらしい。
マーティンとダニーは、衰弱の激しいアンディーをベルビュー病院のERに送り届けた。
トムにあらかじめ連絡していたので、入口で担架と看護士が待っていた。
「トム、この子、5日間監禁されてたんで、よろしくお願いします」
「ああ、分かった。いずれにせよ、今日は入院だな。何かあったら連絡する」
「でも・・」
マーティンは付いていてやりたい衝動にかられた。
「マーティン、残り。俺は、オフィスに戻るわ。ボスには適当に言うとくから」
マーティンの心情を察したダニーは、そう言うと、フォードのセダンでオフィスに帰っていった。
処置室に入ってから1時間、トムが出てきた。
「どんな具合?」
「ちょっと、こっちへ」
マーティンは廊下のコーナーに呼ばれた。
「手首の傷はかすり傷だが、レイプされていたよ。心的疲労が著しい。今、睡眠薬で眠らせたところだ」
マーティンは顔色を失った。
「ご両親は近くにおられるのかい?」
トムが尋ねる。
「たぶん連絡しても来ないと思う。明日、僕が迎えに来ます」
「そうか、じゃあ何かあったら、君に連絡するよ」
「お願いします」
マーティンはトムから診断書を受け取り、タクシーで支局に戻った。
ボスにアンディーの容体を報告しに行く。
「そうか。それにしても、FBIの同僚が拉致監禁の犯人とはな」
ボスも少なからずショックを受けているようだ。
「とにかくよくやった。明日の感謝祭は休め」
「でも、独身組は出るのが決まりじゃあ・・・」
「お前は、やることがあるんだろう?」
ダニーが話したのだろうか。
「ありがとうございます、ボス」
マーティンは席に戻り、ふぅと溜息をついた。
ダニーが寄ってくる。
「アンディー、どうやった?」
「ダニー、マクレーンの奴、性的暴行を加えてたんだ」
「えっ?」
ダニーも思わず言葉を失った。
「僕、明日、退院手続き取って、アンディーを家に泊めるよ」
「そやな、そうし。サムがアンディーのご両親に連絡取ってくれたわ。
ノーフォークからこっちに来るって言うてはるから、お前のアパートの連絡先伝えてもええか」
「うん、そうしてくれる?」
翌日、マーティンは朝10時にベルビュー病院に着いた。
スウェットにジーンズと拉致された時と同じ服装のアンディーが待合室で座っていた。
細い手首の包帯が痛々しい。
「アンディー、迎えに来たよ」
「マーティン!」
ほっとしたのか、アンディーが泣きだした。
「もう大丈夫だから。今日は、僕の家に泊れよ、ね」
「はい」
アンディーはタクシーの中でもアパートに着いても、一言もしゃべらなかった。
マーティンがご両親がNYに向かっていると伝えた時だけ、顔を上に上げた。
「僕、マーティンといたい」
「でも、ご両親、心配なさってるよ」
「今は会いたくない。こんな姿の僕を見せたくないんだ、ねえ、マーティン、ここにいてもいいでしょ?」
「うーん、考えるよ。とにかく今は休養が必要な体だから、薬飲んで眠るといい」
「はい」
アンディーをゲストルームに案内し、ミネラル・ウォーターのボトルをサイドテーブルに置いた。
「僕は外にいるからね、何かあったら呼んで」
「ありがとう、マーティン」
15分ほどしてマーティンが見に行くと、アンディーは静かに眠っていた。
リビングに戻ると電話が鳴った。
ニューアーク空港に着いたアンディーのご両親からだった。
「はい、眠っています。アンディーは、今は会いたくないと言ってます。
ええ、そうですね。説得してみます。ホテルはどちらですか?」
マーティンは、どうにかアンディーが両親に会うように、今晩じっくり話そうと思った。
夕方になり、マーティンがリビングで新しく買ったHPのミニノートを操作していると、
アンディーが起きてきた。
「疲れ、取れた?」
「うん、少しは。それよりお腹がすいちゃった」
「それもそうだよね、外食しようか?それともデリバリーにする?」
「外食がいい。マーティンとなら外に行ける」
「じゃあ、レストラン予約しよう。何が食べたい?」
「今日、感謝祭だよね?」
「あ、そうか、ターキー食べたい?」
「うん、食べたい」
「待っててね、レストラン探すから」
アンディーは、マーティンの隣りに座って、体をマーティンにもたれかけてきた。
マーティンはそのまま動かず、64丁目の「ポストハウス・ステーキレストラン」に予約を入れた。
自分がアンディーに反応してどうする。
マーティンは心を鎮めた。
「それじゃ、僕のコート貸すからね」
「ありがと、マーティン」
2人はタクシーを拾い、「ポストハウス」に向かった。
レストランの中に入ると、近所の地元客でホールは満席だった。
「予約してよかったね」
アンディーがやっと笑みを見せた。
中央のテーブルに案内され、プリフィクスメニューの中からアンディーは前菜にかぼちゃのビスク、メインにプライムリブを、
マーティンは前菜にメリーランド産のクラブケーキ、メインに子羊のローストを選んだ。
ローストターキーは中ほどでサーブされるらしい。
「すごく暖かい雰囲気のレストランですね」
「そうだね、気どりがないから入りやすいよね」
マーティンはケンダル・ジャクソンの赤ワインを選び、2人は静かにディナーを始めた。
「ねぇ、マーティン、両親から連絡来ましたか?」
マーティンは驚いたが、アンディーの本音を理解した。
本当は会いたいのだ。
「ああ、来たよ。日曜日までプラザ・アテネに宿泊されるって」
「え、この近くじゃない!だからここにしたの?」
「違うよ、偶然だよ。でも、もしアンディーが、少しでも会いたかったら、ちょっと寄ってみる?」
「うーん、まだ気持ちの整理が出来てないから・・・スキンヘッドだし」
「似合ってるからいいじゃない?それに、君は立派な連邦捜査官なんだからさ。胸を張ってご両親に会えると思うな」
「じゃあ、ディナー終わったら、ホテルに行くの、付き合ってくれますか?」
「ああ、いいよ」
マーティンは心の中でほっと安心した。
デザートのルイジアナ・バーボン・ピーカンパイを食べ終わり、2人は同じ通りにあるプラザ・アテネに出向いた。
ハウスフォンでアンディーの両親の部屋に電話を繋いでもらった。
「あ、母さん、僕、今、ホテルのロビーにいるんだけど・・
うん、大丈夫、父さん、どうしてる?父さん?アンディーです。今、ロビーにいます。
はい、待ってます」
「降りてこられるの?」
マーティンが尋ねると、アンディーが緊張した顔で、頷いた。
待つこと10分、エレベーターの方をじっと見ていたアンディーが反応した。
両親らしい夫婦が駆け寄ってくる。
声も出さず、3人は抱きあった。
「アンディー、無事なんだな?こんなに逞しくなって」
父親も目を潤ませ、母親はすでに泣いていた。
そこには厳格な海軍准将の姿はなく、普通の父親と母親がいるだけだった。
「ごめんね、僕、親不幸で・・・あ、父さん、母さん、先輩のフィッツジェラルド捜査官だよ。僕を助けてくれた人」
マーティンは、両親に次々に抱きしめられた。
「よく息子を無事に帰してくれました。なんとお礼を言っていいのか・・・口べたで申し訳ない」
父親が謝るので、マーティンは「そんな・・僕はやるべき事をしたまでです」と答えた。
「ね、今日はここに泊まるでしょ、アンディー?」
「母さん、父さん、僕、今日は、マーティンのところに泊まります。明日また来ていい?」
「もちろんだとも」
3人はまた抱き合い、そして別れた。
「アンディー、どうしてご両親と泊らないの?」
「今の僕の中で、一番近い存在の人といたいから」
そう言うと、アンディーはマーティンの手を取り、ぎゅっと握りしめた。
マーティンの部屋に戻ると、アンディーがミニノートを貸してくれとせがんだ。
マーティンがTVでメイシーズの感謝祭パレードの様子を映したニュースを見ていると、
アンディーはふぅと溜息をついた。
「どうしたの?」
「僕が張った罠に、ナイジェリアン419のメンバーが引っかかってないかチェックしてたの。
Facebookで発覚したから、また潜ったみたい」
「そういう犯罪者を相手に捜査してるんだね」
「うん、今回は、イギリスのグラハム・クルーリーに先越されちゃったんです。
でも彼は企業のセキュリティー・コンサルタントで捜査官じゃないから、詰めが甘くて逃げられちゃった」
「その人、有名なの?」
「うん、業界では超有名人」
「君も有名なんだろう?」
「有名っていうか、悪名高いっていうか・・4年経った今でもウォール・クラッシャーって呼ぶ人もいるから」
「君がどんなに真面目で優れた捜査官なのかを見せてやりたいね」
「マーティンはそう思ってくれてるの?」
「ああ、思うよ」
「ねえ、こんな事があっても、僕、FBIにいられると思う?」
「何、言ってるんだよ、君は被害者だろう?」
「でも、余計に好奇の目にさらされるのって嫌だから」
マーティンは、この青年の心の傷が深い部分まで浸透しているのを感じた。
「FBIにいたい?」
「うん、NY支局で今まで通り働きたい」
「そうか・・・じゃあ父さんに聞いてみるよ」
「本当に?」
「ああ、役に立てないかもしれないけど、その時はごめんね」
「聞いてくれるだけでも、すごく嬉しい!マーティン、大好き!!」
アンディーは、マーティンに体をぶつけるようにして、マーティンの体を抱き締めた。
「アンディー・・・」
「ねぇ、マーティンが僕のこと、好きじゃないのは分かってるんだ。でも、僕は好き。
プロフィール見た時から好きだった。実際に会ってもっと好きになった。いけない?」
「いけないって言われてもさ・・・」
「僕、知ってるんだ。マーティンがゲイだってこと」
「えっ?やっぱり僕をハッキングしてたの?」
「ごめんなさい。頭の中がマーティンで一杯になっちゃって、止まらなかったんだ。
でも誰にも言わないよ、絶対に。お願いだから、僕を一晩中抱きしめてくれる?
僕にボスの事、忘れさせてくれるの、マーティンしかいないんだ!」
アンディーはさらに強くマーティンを抱きしめた。
「忘れるためなんだよね?」
マーティンは念押しした。
アンディーはこっくりと頷いた。
「それじゃ、シャワー浴びよう、君から先に」
「はい・・」
アンディーは素早くシャワーを浴びて、バスローブを着て出てきた。
「僕のベッドルームで待ってて」
「うん、待ってる」
マーティンは正直迷った。
忘れさせるためには、行為が必要なのだろうか。
それとも抱きしめて眠るだけを期待してるんだろうか。
自分がセックス・クラブに監禁され解放された時、ダニーの胸に救いを求めたのを思い出した。
あの時、ダニーは優しいセックスでマーティンの心をほぐしてくれたのだ。
マーティンは心を決めた。
シャワーを終えてベッドルームに入ると、アンディーはバスローブを床に脱ぎ捨てて、
ベッドの中に入っていた。
「アンディー、隣りに入るよ」
「うん・・・」
マーティンは、優しくアンディーの体を自分の方に向けた。
「本当にいいの?」
「うん、僕、バージンを心から好きになった人に捧げようって思ってたんだ。
それが、だめになっちゃった」
「君のせいじゃないよ、だから泣かないで」
マーティンが頬を伝う涙を唇で丁寧に舐めとった。
「ああ、夢みたい。マーティンと一緒にいるんだ、僕」
目を閉じて半開きにしているアンディーの唇に、マーティンは優しいキスを始めた。
甘い溜息がアンディーの口から洩れる。
「少しでも気持ちが悪かったり、痛かったら、言うんだよ」
「分かってる」
マーティンはアンディーの局部に手を伸ばした。
すでに屹立したペニスが固くなり、先走りの液でしっとりしていた。
マーティンは、ブランケットの中を潜り、アンディーを口に咥えた。
「わっ!あぁ・・・すごい・・・」
マーティンが舌をからめた後、前後に顔を動かし始めると、じわっと温かい液で口の中が満たされた。
「ごめんなさい、僕、出ちゃった。今度はマーティンの番」
アンディーは体を動かし、マーティンのペニスを口に含んだ。
稚拙で頼りない愛撫だったが、一生懸命なのが伝わってくる。
「あぁ、アンディー、気持ちいいよ・・・」
「ねぇ、僕に入れて」
「本当にいいの?傷が開くよ」
「いいの、入れて」
懇願するアンディーに押されて、マーティンは体をアンディーに重ねた。
「本当に後悔しない?」
「しない、痛くしてもいいんだ、僕の悪夢を取りさらって」
マーティンは手をのばして、サイドテーブルの引き出しからローションを取り出し、
アンディーの手に出した。
「ねぇ、これを僕に塗ってくれる?」
「うん」
マーティンも手に出したローションを静かにアンディーの局部に塗り始めた。
「何だかすごく気持ちいいよ、マーティン・・・」
「それじゃあ行くね、止めて欲しかったら言うんだよ」
「うん」
マーティンは静かにアンディーの中に入っていった。
あまりの窮屈さに中々進めない。
「アンディー、大丈夫?」
「大丈夫・・もっと入れて」
マーティンはさらに腰を進めた。
「あぁ、マーティン、大きい、すごいよ・・気持ちいい・・」
マーティンはそこで動きを止め、しばらくそのまま動かずにいた。
それでもアンディーのからみつくような局部が、マーティンに刺激を送ってくる。
「あぁ、君が狭すぎて、僕も我慢できないよ」
「じゃあ、マーティン、来て!早く、僕の中に!」
マーティンはアンディーの両脚を大きく開き、前後動を始めた。
「あ、あ、あああ〜!」
悲鳴に近い声をアンディーが上げた瞬間、マーティンは大きく爆発した。
すぐ離れようとするマーティンの体を下からアンディーが抱きしめた。
「このまましばらくいて欲しい」
「わかった」
2人の荒い息が収まると、アンディーが手を弛緩させた。
マーティンが隣りに寝転がる。
自分のペニスを見ると、血がついていた。
「アンディー、やっぱり傷が開いちゃったよ、ごめんね」
「いいの、この痛みは喜びだから」
「薬持ってくるね」
「うん」
マーティンは軟膏をバスルームから持ってきた。
アンディーは自分の局部をティッシュペーパーで押さえている。
「あ、自分で塗ります」
軟膏を渡され、アンディーはトイレに入った。
マーティンもティッシュで自分のペニスを拭きながら、
絶対ダニーには知られてはならないと思った。
翌日、マーティンは出勤日のため携帯のアラームで目を覚ました。
アンディーは隣りですやすや眠っている。
しかし、ベッドからこっそり出たつもりが、アンディーに気がつかれてしまった。
「もう出勤時間なんですね、マーティン」
「敬語はやめてくれよ、アンディー。今日は出ないとならないんだ。
代わりに家庭持ちの同僚が休みを取るからね」
「僕も出勤します」
「そんなの無理だろう?」
「いえ、やっぱり出ないと・・・捜査中の事件をほっておけないから」
「そこまで言うなら、午後から出なよ。家に戻って着替えるよね?」
「そうか・・」
「僕から上司に伝えるから・・」
マーティンははっとした。
アンディーの上司は誰になるのだろう?
「とにかく午前中は待機してて。携帯に連絡入れるから」
「うん、分かりました」
2人は一緒にアパートを出た。
マーティンのダウンコートがぶかぶかで、アンディーが一層幼く見えた。
「じゃ、連絡待ってます」
「うん、じゃあね」
マーティンが支局に出勤した。早速ボスに呼ばれる。
「ボス。おはようございます」
「おはよう、サイバーの坊主の様子はどうだ?」
「あ、とりあえずご両親と会いまして、落ち着いてきたようです。
今日も午後から出勤すると言ってました」
「ふうむ」
「どうかされたので?」
「昨日、人事が発表されたんだ。マクレーンの後任が今日、LAから赴任する。
噂なんだが、アンディーを使いたくないらしい」
「そんな・・・彼は、NY支局での任務の継続を望んでいます」
「他のチームの話だから、私に出来ることはない。マーティン、諦めろ。
被害者だからと言って、親心を出し過ぎると、後で厄介なことになりかねん」
「・・・わかりました」
マーティンは、サイバー犯罪班のフロアに出かけ、サラ・ボーエンを探した。
ボーエンのオフィスを見つけ、ノックする。
「あ、フィッツジェラルド捜査官」
「おはようございます、ちょっとお邪魔していいかな?」
「どうぞ。あ、アンディーを助けてくださってありがとうございます!」
「その話なんだけれど、今日、新しいボスが来るそうだね?」
「ええ、LAのトニー・ロビンソン捜査官。素晴らしい方です」
「でも、アンディーをチームに歓迎してないって噂を聞いたんだけど」
「どうなんでしょう。ロビンソン捜査官は、メンバー全員と個別面談をしたいと言っておられます」
「それって、今日すぐに?」
「ええ、アンディーの携帯に連絡入れました」
「ありがとう、邪魔してごめんね」
「いえ、こちらこそ、本当にありがとうございました」
マーティンは、父に相談するのは最終案だと思っていた。
しかし、人事が発令されてからでは、遅い。
まずは、とにかくアンディーとロビンソンの面談次第だと考えた。
MPUのオフィスのフロアに戻り、すぐにアンディーに電話をした。
「ボーエン捜査官から聞いた?」
「はい、僕、今から出勤します」
「大丈夫?」
「うん、地下鉄はちょっと辛いから、贅沢だけどタクシーにします。大丈夫」
「OK。じゃあ、連絡待ってるね」
「はい、あの、マーティン」
「何?」
「いろいろありがとう。本当にありがとう」
「いいんだよ、それじゃ、後でね」
「はい」
ダニーが廊下で話しているマーティンの姿をじっと見ていた。
「ボン、ちょい相談があるんやけど、スナックコーナーに来てくれへん?」
「今?いいよ」
スナックコーナーに人がいないのを確認して、ダニーが切り出した。
「坊や、どないしてる?」
「ずいぶん落ち着いてきたよ。ご両親とも会ったし」
「そか。お前さ、まさか、寝てないよな?」
「え?何、言ってるの、そんなことできるわけないじゃない、あんな事件の後で」
マーティンの口から嘘がすらすら出た。
「それならええねんけどな。気持ちがないのに、情にほだされると、後が大変やで」
それだけ言って、ダニーは席に戻って行った。
残されたマーティンは、ふぅと溜息をついて、コーヒーをマグカップに注いだ。
その後、アンディーからの連絡はなく、マーティンは定時に仕事を終えて、
家に戻った。
チャイニーズのデリバリーをオーダーし、ビールと一緒に食べていると、
インターフォンが鳴った。
「フィッツジェラルド様、お客様でございますが」
ジョンが小さなモニター画面に映っている。
「ジョン、誰が来たの?」
ジョンの後ろからアンディーのスキンヘッドが見えた。
「あ、通してください」
「はい」
ほどなくアンディーが玄関のチャイムを鳴らした。
「こんばんは、マーティン」
「やあ、電話待ってたんだよ」
「ごめんなさい、中に入っていい?」
「ああ、ごめん」
マーティンはアンディーを部屋に入れた。
「あ、ごめんなさい、食事中だったんだ・・」
「そんなのいいんだよ、で、どうだった、面談?」
「うーん、ね、それよりもご飯食べに出かけませんか?」
「いいけど・・・」
2人はとりあえずストリートに出た。
「すごく寒いですね」
「そうだね、ちょっとタクシーに乗ろうか」
マーティンたちは86丁目まで下りた。
「どこに行くの?」
「ドイツ料理だよ、いいかな?」
「はい」
ハイデルベルグ・レストランは、金曜日の夜とあってごったがえしていた。
やっと席を確保でき、2人はテーブルについた。
「お勧めをマーティンが頼んでくれますか?」
「そう?じゃあ、決めるね」
マーティンはソーセージの盛り合わせとチーズフォンデューをオーダーした。
「チーズフォンデュー?」
「そう、2種類のチーズが入った熱い白ワインソースにパンや野菜をつけて食べるんだ。楽しいよ」
ここの看板生ビールのケルシュで乾杯する。
マーティンはアンディーが話を切り出すのを待った。
「マーティン、僕ね、DC勤務が決まっちゃった」
「え、いつから?」
「さ来週。これって厄介払いだよね」
「でも、DCは本局じゃないか、栄転だろ?」
「僕にとっては左遷です。だってここで勤務を続けたかったのに」
「そうか・・」
「ねぇ、もうマーティンのお父さんにお願いしても無理ですよね」
マーティンは一瞬口ごもった。
他の部署で決定された人事に父の力で圧力をかける、考えてみるととんでもない事だ。
それでなくても色眼鏡で見られがちな自分なのに、アンディーに何であんな安請負をしてしまったんだろう。
「ごめん、決まってないならともかく、そういう人事が決定されたんだったら、力になれない」
「・・分かりました、じゃあ、あと1週間、出来るだけマーティンと一緒にいてもいいですか?」
マーティンは、力になれなかったことに負い目を感じてしまい、断ることが出来なかった。
「分かった、来週は一緒に過ごそう。
その代り、ご両親が日曜日まで滞在しておられるんだから、土日はご両親と過ごす、いいよね?」
「はい、分かりました」
ソーセージの盛り合わせにピクルスとザワークラウトの大盛りが運ばれてきたので、2人は食事を始めた。
食事が終わり、アンディーはプラザ・アテネに寄ると言うので、レストランの前で2人は別れた。
「それじゃ、月曜日に会おうね」
「はい、おやすみなさい、ごちそうさまでした」
「気を付けて」
「はい、マーティンも」
マーティンが家に帰ると、ジョンが「テイラー様がお待ちです」と告げた。
急いで部屋に戻ると、リビングにダニーが座ってビールを飲んでいた。
「ダニー、どうしたの?」
「お前こそ、チャイニーズのカートンが出しっぱなしやから、拉致されたかと思うたで」
「ごめん、外で食事がしたくなっちゃってさ」
「ふうん、そうなん?」
「何しに来たの?」
「もしかしたら、サイバーの坊主がいてるかなとかさ」
「お預かり期間はもう終わったよ。彼から連絡があったんだ。さ来週からDCの本局勤務になるんだって」
「へぇー、栄転やないか。ほな祝ってやらんとな」
「本人はここにいたいみたいだよ」
「そりゃ、そやろなー、恋愛が成就しそうやし。じゃ、俺、帰るわ」
「え、帰るの?」
「そや。寄るところもあるしな」
ジョージのところだ。
「分かったよ、それじゃ、またね」
「ああ、おやすみ」
ダニーは帰って行った。
マーティンは恋愛が成就しそうというダニーの言葉が気になり、心がかき乱された。
月曜日の朝、ダニーは体調がすぐれないとボスに連絡を入れ、
ジョージに付き添ってプレスビテリアン病院に出かけた。
この病院は総合ランキングでも全米9位に位置し、神経病学では全米4位。
世界中から患者が訪れているといっても過言ではない。
ジョージは、予約を入れた主治医のドクター・フォックスの診察室前のソファーに腰掛けた。
オフホワイトに木目調の家具、静かに環境音楽が流れているこの空間は、
しばしここが病院であることを忘れさせてくれるようだ。
「オルセンさん、診察一号にどうぞ」
ジョージが立ち上がった。ダニーも一緒に立ちあがる。
「本当に一緒に話、聞いてくれるの?」
「ああ、家族やないから追い出されるかもしれへんけどな、お願いしてみよ」
2人は診察一号室に入った。
ドクター・フォックスが現れ、2人いるのに驚いている。
「オルセンさん、隣の方は?」
「とても親しい友人なんです。一緒に話が聞きたいと言ってます」
「すんません。テイラー言います。同席してもいいでしょうか?」
ドクターは考え込んだ。
「どういう友人で?」
「僕らつきおうてます」
ダニーの言葉にジョージはびっくりした。
「オルセンさんの恋人ということですね」
「はい、そうです」
「彼はセレブでストレスも尋常じゃない状態に置かれています。
あなたが責任を持って彼を看るというなら、特別に許可しましょう」
「ありがとうございます」
ジョージがドクターの前の椅子に腰掛け、ダニーは後ろの椅子に座った。
問診が始まり、この2週間の生活、発作の度合や回数を入念にチェックされる。
「初診の時よりは頻度が減っているのが救いだが、まだ油断は禁物です。
不規則な生活はしないこと、ストレスをためないこと、ゆったり休息できる空間や時間を持つこと、
それから薬は絶対に忘れずに飲んでください」
ジョージが頷いて、立ちあがる。
「え、先生、それだけなんですか?」
ダニーが思わず質問した。
「メニエール病は、まだ原因がはっきり解明されていない難病です。
気長といっては何ですが、焦らず、服薬で治療をしていくしかありません」
ドクター・フォックスにきっぱり言われ、ダニーは引き下がった。
処方箋をもらい、診察室を出た2人は薬局に行った。
ものすごい混み様だ。
「え、お前、これ、待つん?」
「うん、いつもそうだから」
「じゃ、俺もいるわ」
「大丈夫だよ、僕一人で」
「これも経験や。これからのこともあるしな」
「ダニー、ありがとう」
「アホ、当然やんか」
2人はソファーに腰掛けた。
ジョージだと気がついた人が何名かいて、ちらちらこちらを見ている。
1時間してやっとジョージの薬が出てきた。
「もう昼時やな、ランチ食おうか」
「そうだね、僕がいつも寄るところでいい?」
「ああ、ええよ」
2人は4ブロックほど下に下り、64丁目にある「212」というレストランに入った。
カジュアルな雰囲気で、店内も明るい。
ダニーはツナとナスのトマトペンネを、ジョージはリコッタチーズのラビオリを頼んだ。
土日の間、ダニーはジョージから仕事のスケジュールを詳細に聞いていた。
レギュラーだった「プラネット・グリーン」がなくなったので、
過密なスケジュールではないが、
雑誌のグラビアやファッションハウスのイメージ写真の撮影が深夜まで及ぶこともあり、
なかなか規則正しい生活とは言い難かった。
「なぁ、少し仕事減らしたらどうなん?」
料理を待つ間、ダニーは尋ねてみた。
「僕、自信ないよ。世の中が僕を忘れてしまいそうで、不安なんだ」
その不安もストレスにつながる。
ジョージ自身が腹をくくらない限り、得策とは言えなさそうだ。
「なぁ、俺が一緒にいると、少しは楽か?」
「ダニーの負担になっちゃいけないよ」
「そんな答えじゃなくて、楽かって聞いてるんや」
「じゃあ、正直に答えるね。すごく安心できる。土日もたくさん眠れたし」
「そやな、ぐーすか寝てたな」
ジョージは恥ずかしそうに笑った。
「じゃ、俺、お前との時間をめいっぱい作るようにするわ。事件が起こったらごめんな。
それ以外は一緒にいよう」
「え、本当?」
「ああ」
「やっぱり、だめだよ、ダニー。マーティンを裏切ることになる。
僕はひきょう者になりたくない」
「だって、お前は病人やろ?それでもひきょう者なんか?」
「とにかく、今は即答できないよ。ごめんね、ダニー」
「それじゃ、これからオフィスに行くけど、帰り、お前んとこ寄るから。
それはいいやろ?」
「わかった、ありがとう」
料理が運ばれてきたので、2人は口をつぐんだ。
ダニーがオフィスに着くと、チームの皆に具合を聞かれた。
「ごめん、なんか風邪引いたらしいわ。病院行って薬もろてきたから平気やと思う」
ヴィヴィアンが、心配そうに尋ねた。
「ちゃんと食事してる?独身男の夕食って貧しいらしいじゃない。
ピザとかバーガーじゃ健康な体になれないわよ」
「それは、マーティンの食生活や。俺はもっとヘルシーやもん」
「僕だって、気を付けるようになったよ」
サムが口をはさむ。
「ダニーは名シェフだから自炊する時間さえあれば平気よね?」
「おお、応援エール、サンキュ。ほな、ボスに挨拶してくるわ」
ボスのオフィスに行くと、ボスが慌ててPCの操作をした。
「ボス、何ですか?」
「いや、その、何だ。もうすぐクリスマスじゃないか」
まだ20日以上もあるで。ダニーは思った。
「ははん、プレゼントかディナーにお悩みで」
「お前は勘がいいから隠し事が出来ないな。何がいいだろうか」
「あのルビーの指輪、サムのお気に入りですから、合わせてピアスでも買われては?」
「ふうむ、ルビーのピアスにディナーか。女は金がかかるな」
「そのとおりですわ」
「で、何だ?」
「あ、今、出勤しましたんで」
「具合はいいのか?」
「薬飲みましたから」
「そうか。倒れないでくれよ、ダニー」
「了解っす」
ボスがいつになく気弱なのが気になった。
定時までペーパーワークをして、ダニーはオフィスを出た。
フェデラルプラザ前の広場のベンチに、アンディーが腰かけていた。
「よう、アンディー!」
「あ、ダニー、僕ね、DC勤務が決まったんです」
「そうなんだってな。栄転やん、頑張れよ」
「ありがとうございます。あの、マーティン、まだオフィスにいましたか?」
「ああ、おったけど?」
「分かりました、すみません、お引き留めして」
「そんなんええよ。それより栄転祝いで今度食事でもしよか?」
「え、そんなの悪いですよ」
「気にすんな」
「すみません、いろいろと」
「それじゃな」
アンディーは今日もマーティンとデートか。
あの二人どうなってんのやろ。
マーティンは、ちゃんと一線を越えずにやり過ごしているやろか。
そんなことをつらつら考えながら地下鉄の駅に降りた。
ジョージのコンドに着き、玄関を解錠してもらう。
中からエプロンのジョージが出てきた。
「おかえりなさい、ダニー」
「ああ、お前さ、夕飯の用意してたんか?」
「うん」
「だめや、そんな仕事すんなよ。外食でよかったのに」
「だってさ、外だと自由がないから」
確かにそうだ。そういう環境もジョージにはストレスになるのだろう。
「そか、悪かった」
「とにかく着替えて、リビングで待ってて」
「了解」
ビールを飲みながら待っていると、ジョージがキッチンからダニーを呼んだ。
ダイニングにはインド料理がずらっと並んでいた。
「すげーな」
「僕が作ったんじゃないよ。いいデリバリーの会社を見つけたんだ。
ヌーキッチンって言ってね、その日に必要な食事を毎朝届けてくれるの。
栄養士がついてるからカロリー・コントロールも出来るんだ」
「すごいな、今日はそこの料理なん?」
「そう、美味しかったら、契約しようと思って」
「そやな、お前、料理好きやけど、仕事減らしたほうがええもんな」
2人は早速、白ワインと一緒にインド料理を食べ始めた。
ヨーグルトサラダのライタも、タンドリーグリルも、炊き込みご飯のブリヤニもなかなかの味だ。
カレーは豆のカレーとナスのカレーでいかにもヘルシーだった。
「なかなかええやん、頼んでみたら?」
「そうだね、そうする」
「それとな、今朝の話、考えてくれたか?」
「実はね、まだマーティンと話してないんだ」
「え、お前、マーティンと話すんのか?」
ダニーは驚いた。
「だって、そういう約束っていうか・・・」
「そか、それなら話し。結果教えてくれ」
「ごめんね、ダニー、なんかヘンだよね」
「確かにヘンやけど、お前の気が済まないなら仕方ないからな」
2人はディナーの続きを始めた。
水曜日、オフィスのデスクで経費精算をしているダニーに、マーティンが近付いた。
「ダニー・・」
「おう、びっくりした!脅かさんといてくれる?」
「ごめん、すごい真剣だね」
「そや、経費精算ほどシリアスな仕事はないで」
ダニーの捜査には精算できない出費もかなり含まれる。
タレこみ屋への情報料がそれだ。
だから、他の精算はきっちり済ませたい。
「アンディーに栄転祝いするって言ったんだって?」
「ああ、月曜日に会ったからな」
「それ、今晩お願いしてもいいかな?」
「今晩か・・・じゃ、ジョージ連れて来てもええか?」
「うん、実はジョージとはもう話したんだ」
「そうなん?何だって?」
「ダニーがOKなら来るって。実はさ、アンディー、ジョージのファンみたいなんだ」
「ジョージのファンは大勢いるなー」
「彼、DCに行ったら、ジョージと会える機会なんてなくなると思って」
「よっしゃ、じゃあ4人で食事しよ」
「ありがとう!僕、レストランの予約するから、ジョージに連絡してくれる?」
「了解」
人数が増えたので、マーティンはチャイニーズを選んだ。
チャイナ・タウンの「ジン・フォン・レストラン」に久し振りに出かけることになり、
アンディーと2人は1階ロビーで待ち合わせた。
ジョージとは現地で会う。
アンディーがエレベーターから降りてきた。
大人の中に一人混じっている姿は、まるで見学ツアーの参加者のようだ。
「お待たせしました。今日はどこですか?」
「チャイナ・タウンだから歩いていこう」
「わぁー楽しみです」
もうすぐNYとお別れだというのに相変わらず愛想がいい。
決心がついたのかとダニーはいぶかった。
ジン・フォン・レストランの中に入り、マーティンの苗字を告げると、
フロア・マネージャーが飛んできた。
「もう、オルセン様、待っておられます」
「あ、待たせたかー」
ダニーが頭をかいていると、アンディーが不思議そうな顔をした。
「まだどなたかいらっしゃるんですか?」
「ああ、俺の友達」
テーブルに案内され、座っている人物の顔を見て、
アンディーが驚いて、口をあんぐりあけた。
「初めまして、ジョージです」
「し、知ってます。僕、ヒーローズのファンだし、ナイキも履いてます。
え、本当にジョージ・オルセンさんですか?」
ジョージは白い歯を見せて笑った。
「違うように見えますか?」
「まぁまぁ、座ろうや。ジョージ、待ったか?」
ダニーが隣りに座った。
「ううん、今来たところだよ」
アンディーはまだショック状態にあった。
「マーティンも友達なの?」
「ああ、そうだよ」
「スゲー、めちゃくちゃクールだ!!」
3人は思わず笑った。
「アンディー、自己紹介しなよ」
マーティンに促され、アンディーは口を開いた。
「僕、アンディー・スミスって言います。一応FBIに勤めてます」
マーティンが「アンディーはネットの世界じゃ超セレブなんだよ」と付け加えた。
「わぁ、すごいね、僕に教えてほしいな」
ジョージに言われ、アンディーは赤くなった。
冷菜とロースト料理の盛り合わせを前菜に頼み、とりあえず、紹興酒で乾杯をした。
「DC行ってもがんばれよ」
ダニーに言われ、あいまいに笑みを浮かべるアンディー。
それから蛙のオイスター炒め、蒸したダンジネスクラブ、オックステールの石鍋煮と、
この店ならではの料理をマーティンがチョイスする。
アンディーはどれも初めての様子で、目を輝かせながら食べながら
ジョージにいろいろな質問を繰り出した。
ゲイだとカミングアウトしているジョージには、自由に話せると感じたようだ。
「オルセンさん、今、つきあってる人いるんですか?」
「うん、まぁ、いるけど・・。君は?」
「僕、想いがかなったんです。だから有頂天」
「よかったじゃない?じゃあ、もう一回乾杯しよう!」
ダニーはマーティンの瞳を覗きこむようにしながら、
グラスを合わせた。
〆の鴨の焼きそばと貝柱のチャーハンを完食し、ディナーは終了した。
4人とも紹興酒でこころなしか顔が赤らんでいる。
「ねぇ、もう1軒行こうよー」
アンディーが甘えるようにマーティンにせがんでいる。
マーティンが迷っていると、
「今日のゲストのおおせのとおりにしよ、ジョージもえやろ?」
とダニーが言い始めた。
「うん、もっとアンディーの話聞きたいし」と話が進み、4人は近くのバー「ソルト」に移動した。
ピンチョスを摘まみに4人はシャンパンを空けた。
そろそろ12時を回る。
「じゃ、今日はお開きにしようか」
ダニーの声で3人は立ちあがった。
当然のようにアンディーはマーティンにまとわりつき、ついには腕組みを始めた。
「おいおい、アンディー」
「いいじゃん、僕の送別会でしょ?家の方向だって一緒なんだしさー」
アンディーはすっかり酔っぱらっていい気分になっている。
ジョージとダニーは苦笑した。
「じゃ、僕らここでタクシー拾うから、また」
アンディーを引っ張るようにマーティンはタクシー乗り場に向かって歩き出した。
「ねぇ、ダニー、アンディーの好きな人ってマーティンみたいだね」
とジョージが独り言のようにつぶやいた。
「どうやら、そうみたいやな」
「マーティンったら一体、何考えてるんだろう」
「まぁ、ここでしゃべってても寒いだけや。お前んとこ、帰ろ」
「そうだね、それがいいね」
ダニーとジョージもタクシー乗り場に急いだ。
マーティンは目ざましの音で目を覚ました。
隣りで寝ているアンディーは、またブランケットの中に潜ろうとしている。
「おい、アンディー、遅刻するよ」
「もうちょこっとだけ・・」
「だめだよ!」
マーティンがブランケットをはぎとったので、アンディーは仕方なく目を開けた。
「家に帰って着替えるだろう?早くしないと」
「うーん、昨日の格好じゃだめ?」
「だめだよ!泊まったのがばれるじゃないか!」
「僕は気にしないけど、マーティン、気にするんだ」
「そういうことじゃなくてさ・・」
「分かりました。着替えて出勤したら、今日も一緒に食事してくれる?」
マーティンは、こうなったのも自分が甘いせいだと痛感した。
あれだけダニーに釘刺されたのに、聞かなかった自分のせいだ。
「ああ、いいよ」
「それじゃ、僕、家に帰ります」
ベッドのそばの床に脱ぎ散らかした服を身にまとい、アンディーは出て行った。
マーティンは、あと3日だと思いながらシャワーを浴びた。
オフィスに出勤すると、ダニーがお手製のBLTのホットサンドをかじっていた。
ジョージの所に泊まったのは明白だが、自分に何かを言う資格はない。
マーティンは「おはよう、ダニー」とだけ言うと、席について、スターバックスの袋を開けた。
ジョージの病気の話は昨日、電話で聞いた。
ダニーがジョージとの時間を持ちたいというのは仕方がないことだと観念したが、
これから目の当たりにする毎日かと思うと、胸が張り裂けそうだった。
ランチになり、ダニーはマーティンを誘って、いつものカフェに出かけた。
日替わりのミートボールペンネとオニオングラタンスープを頼み、
料理を待っていると、ダニーが切り出した。
「なぁ、お前さ、アンディーとのこと、どうする気なん?」
「え、どうするって・・・彼は日曜日にDCに発つから、それまでのことだと思ってる」
「ほんまか?あいつ、すっかりお前のこと自分のもんだって思ってるで」
「そんなことないよ」
「もうお前があいつを抱いたのは分かってる。それをどうこう言うつもりはないけどな」
マーティンは思わず黙り込んだ。
「もしFBI辞めてNYに残るって言い出したらどないすんねん?」
「そこまで考えてなかった・・・」
「あいつなら、どこでも就職先は引く手あまたやぞ。
民間企業ならすごい年収提示するかも知れへんし」
「わかった、ダニーがそこまで言うなら、今日、アンディーに確かめるよ」
「そうし。俺はお前のため思って言ってるんやからな」
日替わりが運ばれてきたので、2人は黙って食事を始めた。
定時になった瞬間、マーティンの内線が鳴った。
「はい、フィッツジェラルド、ああ、いいよ、OK。じゃあね」
サマンサが思わず聞き耳を立てた。
「やだ、マーティン、局内で付き合ってる人いるの?」
「え、そんなんじゃないよ」
「何よー、しらばっくれてー」
「違うって。サイバー犯罪班のスミスだよ」
「ああ、彼なの?」
「家が近所だから、帰りに食事することになったんだ」
「ふうん」
サマンサは相手が男だと分かり、急に興味を失ったようだ。
「それじゃ、お先に」
マーティンは身仕度して、席を立った。
アンディーが1階のホールで待っていた。
マクレーン捜査官がいなくなった今、堂々としたものだ。
「今日はどこに行くの?」
「そうだね、日本料理は?」
「わ、それ、すごい嬉しい」
2人はタクシーで移動し、「ソバトット」に入った。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中からミカの明るい声がした。
「コンバンワ」
アンディーが日本語で挨拶する。
「あら、日本語お上手ですね。マーティンのお友達?」
「ああ、後輩のアンディー・スミス。こちらオーナーシェフのミカさんだ」
「ハジメマシテ」
カウンターの奥にいたクリスが声をかけた。
「よう、何だ、MPUとサイバーが手を組んだのか?」
「あれ、ドレイヤー捜査官?」
「よう、ハッカーボーイ、DCに栄転だってな、おめでとう」
「ありがとうございます」
マーティンはクリスの監視付きなら、アンディーも乱れないだろうと期待して、
カウンター席に腰掛けた。
アンディーは小学校までを日本の横須賀基地で過ごし、
中学校入学時にハワイのパール・ハーバーに引っ越し、
バージニア州のノーフォーク基地に住み始めたのが中学卒業直前だったという。
小学校までの滞在生活にしては、かなりの日本語を話すことが出来た。
「わ、ヤキトリ、トッテモオイシイデス!」
「ミカサン、スゴイ」
そう言ってはミカを喜ばせていた。
サイバー犯罪に手を染めたのが、アメリカ本土に戻ってからというのに、
マーティンは切なくなった。
本土の生活に順応できず、ネットの世界に逃げたのだろうか。
これだけ転校していれば、現実の世界で友達が少ないのも当然だ。
孤独なティーンエイジャー時代の影が、今のアンディーにも色濃く残っている。
会話の方は、幸い、クリスも加わってくれたので、適度の緊張感をアンディーにもたらしてくれた。
昨日は、ハメを外し過ぎたのだろう。
マーティンは安心したが、肝心のDCにちゃんと着任するのかの確認が出来なくなってしまった。
焼き鳥とサラダに〆の鶏雑炊を食べ終わり、2人はクリスとミカに別れを告げて、外に出た。
夜はさすがに冷え込みがきつい。
摂氏4度くらいだろうか。
マーティンは思わずコートの襟を立てた。
アンディーは温かそうなダウンジャケットを着ている。
「ねぇー」
アンディーがまた甘えた声を出し始めた。
「今日はダメだよ。君だって、DCに赴任する準備があるんじゃないの?」
「大丈夫、しばらくNYのアパート借りるから」
「えっ?」
「うん、急な人事だから、ロビンソン捜査官も便宜計らってくれたみたい。
だから週末は帰ってくるし」
「そうなんだ・・」
「どうしたの、マーティン?」
「いや、なんでもないよ。とにかく昨日が遅かったから、今日は帰ろう」
「マーティンがそう言い張るならいいよ」
アンディーはやっと納得し、2人はタクシーに乗った。
乗るなりマーティンの手を握りしめるアンディー。
「明日は金曜日だから、レストラン混むよね」
「そうだね」
「だから、僕、予約した」
「え、明日のディナー?」
「うん、ロックフェラーセンターのツリー見ながら食事したくなっちゃって」
「もしかして「ロック・センター・カフェ」?」
「そう、やっぱり有名?」
「よく予約が取れたね」
「うふふ、ちょっと苦労したけどね」
マーティンは嫌な予感がしたが、それ以上は尋ねなかった。
そうこうするうちに、マーティンのアパートの前に着いた。
「それじゃね、アンディー、寝不足なんだから、たくさん寝ろよ」
「はい、わかってます。おやすみなさい!」
手を振るアンディーを見送りながら、マーティンはジョンに挨拶し、部屋に帰った。
留守電が点滅している。
携帯を見ると着信が2件入っていた。ダニーだ。
「マーティン、帰ったら電話欲しい」
すぐにマーティンは電話を返した。
自宅が留守電になっているので、ジョージの家にかけた。
「はい、オルセンです」
「ジョージ、こんばんは、昨日は夜遅くなっちゃってごめんね。あの、ダニーいるかな?」
「あ、ちょっと待ってて。ダニー!マーティンから電話!」
足音がしてダニーが受話器を取った。
「おう、割と早いやん。坊主いてる?」
「いないよ!」
「そか、それでDCにはちゃんと行くって言うてた?」
「うん、月曜日の着任で行くって」
マーティンは週末にアンディーがNYに戻ってくることを言えずにいた。
「それならよかったわ、俺も心配性やなぁ」
ダニーが笑った。
「ね、ジョージは元気?」
「ああ、ちょっと疲れたみたいやけど、大丈夫やろ」
「今日はダニー、泊るの?」
「ああ、そのつもりや」
「そう・・」
「お前も寝不足なんやから、早く寝」
「そうだね、ダニーもね」
「ああ、それじゃな、また明日」
「おやすみなさい」
マーティンはたまらない孤独感に胸が詰まる思いがした。
金曜日の夜のロックフェラー・センターは、人、人、人でごった返していた。
観光客がこの季節こぞって目指すのは、65階にある「レインボウ・グリル」だ。
数々の映画の舞台になっているし、ニューヨークで最も夜景の美しいレストランと言われている。
階下の「ロック・センター・カフェ」はそこに比べるとこじんまりしているが、
ドレスコードもカジュアルだし、料理も手ごろで美味しいことから
観光客だけでなく地元客も入る人気店だった。
マーティンとアンディーがカフェに入り、予約したスミスの名前を告げると、
マネージャーが窓側のテーブルに案内してくれた。
スケート・リンクの北方向にあるので、全貌が見渡せるし、
クリスマスツリーもしっかり視界に入っていた。
「わー、すごいや!」
自分でテーブルを確保したのに、アンディーはすっかり興奮していた。
「ねぇ、アンディー。これまであんまり外食してなかったの?」
マーティンが思わず尋ねると、アンディーは恥ずかしそうに
「うん、一人だと結構、外食って難しいから。それにあんまりグルメ、興味なかったし」
と答えた。
ここの料理は典型的なアメリカ料理だが、観光名所にしては美味しい部類だとマーティンは思っていた。
アンディーは前菜にクラムチャウダー、メインに子羊のロースト、
マーティンは前菜にクラブケーキ、メインに鴨のコンフィを頼んだ。
「マーティン、ワイン選んでくれる?」
マーティンはアンディーのメインに合わせて、ナパヴァレーのメルローをオーダーした。
アンディーは、ロマンティックな雰囲気に呑まれたのか、いつもより寡黙だった。
「今日はあまりしゃべらないんだね」
「うん、もう明日1日になっちゃったと思うと、寂しくて」
上目使いでアンディーのグリーンの瞳がマーティンをとらえる。
「だって、週末帰ってくるんだろ?」
「でも、1週間、マーティンに会えないじゃない」
「ねぇ、アンディー、DCの本局には僕より君にふさわしい人がいるかもしれないよ」
「いないかもしれない。確率は半々でしょ。それに誰がゲイかも分からない。きっと寂しいよ」
「・・行く前からそんなに落ち込んでるとどんどん辛くなるよ、アンディー」
「うん、そうだよね、湿っぽい話はもうやめるね!」
ディナーもメインに差し掛かった頃、窓の外のスケート・リンクを見ていたアンディーが
「あれ!」と声を上げた。
「どうしたの?」
「ねえ、あそこで滑ってるのって、ダニーとジョージじゃない?」
マーティンがアンディーの視線の先を見ると、
確かに背の際立って高い黒人と見覚えのあるコートが見えた。
「本当だ。ダニー、スケート出来るんだ・・」
「わ、やっぱりアスリートだね、ジョージ、すごい勢いで滑ってる!」
1周回ったジョージが、とろとろスピンをしていたダニーにぶつかるように滑り終わり、
ダニーが体を受け止めている。
「なんか、いい感じだね、あの二人。え、ひょっとしてジョージが付き合ってるのってダニー?」
「まさか、違うよ。ダニーはヘテロセクシャルだからね」
「そうなのかなー。すごく仲が良さそうだったし、お似合いって雰囲気がするな。
知らないのはマーティンだけかもしれないよ」
アンディーの言葉が、ぐさぐさ胸を突き刺す。
「さぁ、料理が冷めるから食べなくちゃ」
「はーい」
2人がデザートを食べ終え、カフェを後にする頃には、ダニーとジョージの姿は消えていた。
「なーんだ、帰っちゃったのかな。ダブルデートしたかったのに」
アンディーがちぇっと舌打ちした。
「さ、僕らも帰ろうよ」
「はい、ねー今日も泊まっていい?」
「え?」
「明日休みだし、お願い、マーティン。僕の最後の日だから」
また緑の瞳に見つめられて、マーティンは渋々「じゃあ、家に帰ろうか」と言った。
ダニーが明るい日差しで目を覚ますと、隣りにジョージの姿がなかった。
目をこすりながらリビングに出ていくと、パーシャが来ていてジョージと話していた。
2人とも普段着のジャージ姿だが、まるでグラビアから抜け出してきたようだ。
「あ、ダニー!お寝坊さんだね。ニックとおんなじだ」
「よう、パーシャ、元気か?」
「うん、あのね、今、ジョージに話してたんだけど、ツリー飾ったから見に来て」
「すごい自慢らしいよ、ダニー。で、食事しないかって」
ジョージが付け加えた。
「ええやん、久し振りにニックの憎まれ口聞きたくなったわ」
「じゃあ、パーシャ、今晩6時に部屋に行くね」
「うん、待ってる、じゃあね、バイバイ」
パーシャが手をひらひらさせながら出て行った。
「何かあいつ、綺麗になったな」
「うん、業界でもそう言われてる。今度、ドルチェ&ガッバーナの撮影を一緒にやるんだけど、
僕、完全に負けてるよね」
ジョージが笑った。
「何言うてんの、お前の方がずっと綺麗と思うけどな」
ダニーがそう言うと、ジョージが駆け寄ってきてぎゅっとハグした。
「もう大好きだよ、ダニー、ありがとう!ね、ブランチの用意が出来てるんだけど、食欲ある?」
「ああ、めちゃ腹ぺこや、シャワーしてくるな」
「了解、ダイニングで待ってるね」
ジョージが用意したのは、メキシコやキューバのブランチでおなじみの「ウェヴォス・ランチェロス」だった。
「えー、これ作ったの?」
「あ、ヌー・キッチンに用意してもらったものあるけどね」
半熟の卵焼き2個と黒豆とビーフのミンチのチリにチーズがたっぷりかかっていて、
いかにも美味しそうだ。
ソフト・トルティーヤが何枚もついている。
「はい、ミモザ」
ジョージはカクテルを渡した。
「まるで、ホテルのシャンパン・ブランチやな」
「ダニーがお仕事してる日には出来ないからね」
ジョージは嬉しそうだった。
2人はシャンパン1本を空け、結構なボリュームの卵料理を食べ終わった。
「もう、何も入らへん。腹いっぱいや」
ダニーがお腹をぽんぽん叩くと、ジョージがげらげら笑った。
こんなに屈託のない笑顔は久し振りだった。
体の調子ええんやな。
ダニーはほっとした。
病気を告白されてから、ずっとセックスしていないが、それでもダニーは幸せだった。
夕方まで2人は、「アイアンマン」のDVDを見て過ごした。
ジョージがSFアクションものを持っているのが珍しい。
DVDのジャケットを見ていると、黒いマジックで落書きしているような印に気がついた。
「これ、何の印なん?」
ダニーが尋ねると、「ああ、これダウニーさんからもらったから」との答え。
「え、ダウニーさんて、ロバート・ダウニー・JR?」
「うん、たまたまパーティーで会ったら、いい人でね。DVD発売になったらサインつきのを送ってくれた」
「そうなん・・」
ダニーは、2人だけでいるとジョージがセレブリティーであることを忘れているが、時折ひょっこり驚かされる。
「結構、おもろかったな」
「うん、続編は2010年公開なんだって。待ち遠しいね」
そろそろ時計が6時になる。
「あ、行かなくちゃ」
「そやな、出かける用意もしないとな」
2人は外出着に着替え、コートを持って、2階下のパーシャの部屋を訪ねた。「いらっしゃい」ニックが相変わらずの無精ひげ姿で現れた。「よう、ご自慢のツリーなんやて?」「とにかく入れよ」
2人が玄関の廊下を通ってリビングに入ると、びっくりするような大きなツリーが目に入った。
「うわ、でっかいなー!」「すごいね〜!」
思わずダニーとジョージが見上げる。
「こいつがさ、クリスマスツリー飾った事がないって言うから、一番でかいの買ったんだよ」
ニックが苦笑いしている。
「てっぺんの星は僕が飾ったんだよ!」
パーシャがビールを運びながら、自慢そうに口をはさんだ。
4人はしばらくツリー談義に花を咲かせた。
ジョージもニックも家族と一緒にツリーを飾った経験があるが、ダニーにはなかった。
そんな余裕のない家庭だったのだ。
俺もパーシャと同類やな。
ダニーは美しいオーナメントで飾られたツリーを見上げながら、ぐびっとビールを飲んだ。
ダニーたち4人は少し下ったところにあるスペイン料理「ベロ・スクアルド」に入った。
人気店だがニックが予約を入れていた。
タパスが20種類あってどれも美味しそうだ。
料理の名前がスペイン語なので、ダニーがオーダーすることになった。
4人いるからタパスを全種類頼んでも問題なさそうだ。
イベリコベジョーダの生ハムやオムレツ、タコのガーリック焼き、
しこいわしのマリネなど有名どころがそろっているのも嬉しい。
あとはにんにくスープと魚介のパエリア4人前に決めた。
ニックがワインリストとにらめっこして、
「テレウスっていうのにしてみるわ」とオーダーした。
「ニック、それってすごいワイン。スペインのロマネ・コンティって言われてる。
ワインも詳しくなったんだ」
ジョージが感嘆した。
「いや、一番高いのを選んだだけさ」
ニックは苦笑いした。
パーシャと付き合うようになってから、ニックは素直になったし、
露悪的な趣味が影を潜めたなとダニーは思った。
タパスはどれも美味しく、少しずつ食べられるので食事がどんどん進んだ。
パーシャが「わー、まだ出てくるよ!」と次から次へと並ぶ皿数に驚いていた。
そして4人前のパエリアの鍋がテーブルまで運びこまれた。
「すごいな」
ニックをはじめ、全員が驚く大きさだ。
「お取り分けいたしますね」と2人のウェイターが厨房に戻って行った。
ワインを2本空けて、4人は心も体も暖かくなった。
食後のコーヒーを飲み、デザートのクレマ・カタラーナを食べているパーシャを待って、
レストランを出た。
「ええとこ見つけてくれて、サンキュウな」
ダニーはニックにそう告げた。
「俺、今まで損してきたと思うよ。こいつがいなけりゃ、レストランガイドなんて読まなかったからな」
ニックは、照れ笑いを浮かべながら、パーシャの髪の毛をクシャっとした。
パーシャは嬉しそうに笑っている。
「ニックはすごく物知りだよね」
「そやな、だけど、お前のおかげらしいで」
「僕?そうなの、ニック?」
「ダニー、チクるなよな。こいつがつけ上がる」
ニックも嬉しそうだ。
うまくいっているカップルを見るのは楽しい。
4人はがやがやと話しながらリバーテラスに向かって歩き出した。
「ね、ダニー、あそこにいるの、マーティンとアンディーじゃない?」
ジョージが少し先のトラットリアから出てきた2人組を見つけて、ダニーに話しかけた。
「ほんまや。明日、ほんまにDCに発つんかいな、あの坊主」
その時アンディーがこっちを見た。手を振っている。
ダニーとジョージも手を振り返した。
「なんだ、マーティン、めちゃガキっぽいの連れてるな。何者だ、あいつ?」
ニックが尋ねた。
「支局の後輩や」
ダニーはそれだけ答えて、マーティンたちに近付いた。
「ダニー、こんばんは!」
アンディーが満面の笑顔で挨拶した。
「よう、お前、こんな夜遊びしててもええのんか?」
「はい?」
「明日、DCに発つんやろ?」
「うん、もう支度は終わってるので、今晩は最後の夜ですから、マーティンと食事してました、ねっマーティン?」
「ああ、ダニー、こんばんは。今日は4人で食事なの?」
「そや、パーシャんとこがツリー飾ったから、お祝いにな」
「そうなんだ・・・」
「ねぇ、あのブロンドのすごく綺麗な人ってモデル?」
アンディーがパーシャを見ながら尋ねた。
「そうだよ、スーパーモデルだよ、隣りの髭のブロンドが婚約者」
「え、婚約してるんだ、あの二人。いいなー!」
アンディーがうらやましそうな声を出した。
ニックがパーシャと共にやってきた。
「マーティン、久し振りだな」
「うん、ニック。元気そうだね」
「ああ、後輩なんだって?」
「あ、アンディーって言います。ねえ、これからクラブに行きませんか?」
ダニーとニックは顔を見合わせた。
「マーティン、行くんかいな?」
「アンディーの最後の夜だから・・・」
「俺たちは帰るわ。腰が痛くなりそうやし。な、ニック」
「どうだろうな、パーシャは行きたいって言うだろうし」
「ぜひ、ご一緒しましょうよ!それじゃあ、ダニー、お世話になりました。DCでも頑張ります」
「ああ、頑張り」
ニックが話すと案の定、パーシャは行きたいと言い張った。
そこで4人はタクシーを拾って、ロワーマンハッタンの方向に去って行った。
「マーティン、浮かない顔してたね」
「そやな。でも明日坊主がDCに発つなら、ひとつ解決やろ」
「そうならいいんだけど・・・」
ジョージが心配そうな声を出した。
月曜日、マーティンは早めにオフィスに向かった。
アンディーとの濃密な週末から一刻も早く気持ちを切り替えたかったし、
元の自分の生活のペースを取り戻したかった。
スターバックスでヴェジサンドを買ってオフィスに着くと、
ダニーがすでにPCに向かっていた。
「おはよう、ダニー。早いんだね」
「おう、ボン、おはようさん。今朝早くにな、ミカさんから連絡があってん」
「え、どうしたの?」
「あっこの店のソバシェフがどうやら行方不明らしい」
ダニーがかじっているのは、スターバックスのホットサンドだった。
マーティンは安心でふっと息をついて、自分の席に座った。
朝のミーティングで、ダニーがミカ・オオイエからの失踪者情報を皆に開示した。
失踪者はシュウイチ・コタニ、50代、日本からミカがわざわざ呼び寄せたソバ打ちの名人だった。
「あまり英語が得意ではないので、オオイエさんが大変心配してますわ」
ボスは、ダニーとサマンサにミカへの聞き込みを命じた。
マーティンとヴィヴィアンは、コタニの通話記録や金の流れを当たることになった。
ミッドタウンに出向く途中、サマンサがダニーに尋ねた。
「ねぇ、男性ってクリスマスのギフトに何をもらうと嬉しいの?」
「何や、藪から棒に。そんなん、サムだったら百戦錬磨やろ?」
「正直、分からないのよ。特に相手が彼でしょ?」
確かにボスの好みを探るのはとても難しい。
毎日、ユニフォームのようにダークグレーか黒のスーツに白いYシャツ、
変化があるとしたらネクタイくらいだ。
「ダニーだったら、何が嬉しい?」
「俺?あんまり物欲ないから、浮かばないわ。ごめん」
「そうなんだ」
「消耗品とかええんちゃう?ボールペンとかネクタイとか」
「やっぱり、そういう普通っぽいものよね」
サマンサはため息をついた。
そうこうしているうちに車がソバトットに到着した。
ランチの準備中で閉まっているが、ミカに連絡してあるので、
彼女が入口を開けて待っていた。
「ごめんなさい、ダニー、朝早くにお電話して」
「ええよ、それよりコニシさんの情報あったん?」
「スタッフの一人が同じアパートに住んでいるので、大家さんと一緒に見に行ってもらったの。
所持品はそのままで、今までいたみたいな感じだったそうです」
「いつから欠勤してたん?」
「今日で4日目。コニシさんは、この仕事でNYにいらしたから、あまり友達は多くないんです。
それに言葉の壁もありますし」
サマンサも質問した。
「どなたか特に親しい方はおられます?」
「やっぱり、一緒のアパートに住んでいるコリンかしら。
コニシさんがいないと、ディナーメニューにソバが出せないので、休業してるんです」
さすがに気丈なミカも憔悴していた。
「代わりのスタッフがソバを出せないんですか?」
「ええ、コニシさんは、この道30年以上の職人です。彼の代わりはいません。
常連さんには違いがすぐに分かってしまいます。
この店の評判を落としたくありませんから、ディナーは休業にしているんです」
「じゃ、コリンに話を聞けますか?」
「はい、早めに出勤してもらってます」
ミカは厨房に入って行った。
ほどなく30代の日系人が出てきた。
「コリン・イガラシと言います。コニシさんのことですよね?」
「ああ、交友関係とか知ってる範囲を教えてほしいんやけど」
「あの・・・ここだとちょっと・・」
コリンは厨房で他のスタッフに指示を与えているミカを見た。
「じゃ、場所変えましょう」
3人は近くのカフェに入った。
「コニシさん、英語があまり出来ないんですが、お酒が好きで・・・
仕事が終わった後、リトル・ジャパンのカラオケ・バーやスナックに毎晩出かけてました」
「その店、分かったら教えてもらえません?」
サムがメモを出した。
コリンは3軒の名前を挙げた。
「ご協力ありがとうございます」
2人が礼を言うと「この店の死活問題なんです、コニシさんは宝ですから」とコリンは嘆願した。
サムとダニーは一度オフィスに戻り、聞き込みの結果をチームに知らせた。
マーティンからは、シュンイチ・コニシの普通口座から、
毎週、まとまった額が引き出されているとの報告があった。
現在の残高はわずかに240ドルだ。
ヴィヴィアンが調べた通話記録には、コニシがかける電話はほとんどミカの店ばかりだが、
同じ番号から何度も電話がかかってきているのが確認された。
「残念ながらプリペイドの携帯電話で、持ち主が分かりません。
試しに何度もかけましたが、もう廃棄されているようです」
ボスは「友人も少なく、酒だけが楽しみなのに、何でそんなに毎週、大金を引き出してるんだ?
コニシが通っていたカラオケバーとスナックを今晩当たってくれ、
マーティン、ダニー、よろしく頼む」と指示を出した。
「了解っす!」
夜になり、2人はミッドタウン・イーストに位置する、日本人駐在員向けの店が軒を並べる通りに入って行った。
1軒目のバーは、ピアノ・ラウンジだった。
会員制でもないのに、明らかにアメリカ人客を敬遠している素振りが見られる。
2人がFBIのIDを見せると、急にママさんらしい女性の愛想がよくなった。
「うちは法に触れることは一切してませんけど」
意外と流暢な英語だ。
日系の女性が2人ずつ各テーブルについて、ドリンクを作ったり、たばこに火をつけたりしている。
マーティンは珍しそうにその様子を眺めていた。
「この男性をご存知ですか?」
「ああ、コニシさん。よく来て頂いてます。このところご無沙汰ですけど」
「最後に見られたのはいつ頃で?」
「さあ、先週の半ばかしら。いつもと同じように、へべれけになって現れて、
1時間くらいいて、帰られましたけど」
2軒目はカラオケ・スナックだった。
ここもやんわりとアメリカ人お断り的な日本語の掲示だけを出している。
これだけ閉鎖的なのか。
ダニーは驚いた。
中ではやはりホステスがテーブルについて男性客を接客していた。
ホステスと一緒にデュエットしているビジネスマンもいる。
すぐに体格のいい男性が寄ってきた。
「どのようなご用件で?」
「FBIですが、この人物を探しています」
「ああ、コニシさん、よくいらしてますけど、このところ見ないですね」
ブロークン・イングリッシュだが話は通じる。
ダニーは店の間取りをじっと見ていた。
「マスター、奥の部屋見せてもらえますよね」
「え、何の話でしょう?」
「ここですよ」
ダニーは、トイレと書いてあるドアを開けた。
すると中は一つの部屋になっており、マージャンをしていた4人が立ち上がった。
「ギャンブルは違法なのをご存じですよね?」
マーティンがマスターに詰問した。
「ここは、サブテナントに貸しているんですよ」
「名前は?」
「ルイ・ユアンです」
「中国人ですか?」
「はい、連絡先を書きますから、当局にはどうか内密にしてください」
マスターはびびっていた。
マーティンはメモを受け取り、2人は店を出た。
「臭いな。酒とギャンブルと女の組み合わせは、孤独な単身赴任男がハマる条件やで」
3軒目は健全そうなカラオケ・バーだった。
いつも上機嫌で歌を5曲位歌っていたようだ。
しかし最後に見た晩は、考え事に気を取られ、リクエストも入れないで帰ったらしい。
マーティンとダニーは、不法賭博の件をボスに報告した。
日本人でないと相手に警戒される。
ダニーはふと思いたち、ケン・ヤマギシに電話を入れた。
「久し振り!ダニー、元気してる?」
「ああ、なあ、頼み事あるんやけど」
ケンは事情を聞いて、客を装ってルイ・ユアンに電話をかけることになった。
ケンから連絡がある。
ユアンの表向きの商売はチャイナタウンでの金融業だ。
法外な利息を取る高利貸しと言っていい。
明日、ケンがユアンのところに借金の申し入れをすることで、今日の捜査は終わった。
午後2時にケンがMPUのオフィスにやってきた。
「あら、ケン、久し振りね、ダニーかマーティンに面会なの?」
「あ、サマンサさん、ますますお綺麗になられましたね」
しゃーしゃーとこういう言葉が出てくるケンは全く変わっていない。
「ほな、出かけよか」
「ねぇ、僕、今日は弁護士事務所から直行だったから拳銃所持してないんだけど」
「僕たちがバックアップするから」
ケンは安心したように2人に連れられて、チャイナタウンのユアンの店に出かけた。
ダニーとマーティンは外の車の中で待機だ。
ケンが体に忍ばせたマイクの感度は良好で、よく聞こえる。
「コニシさんの紹介で来たんですが」
「ふん、それで、いくら入用なんだい、坊や」
「ざっと10万ドルですかね」
「おいおい、お前さん、素人か?そんなに一度に賭けてちゃ破産するぞ」
「コニシさんも破産したんですか?連絡が取れないんですけど」
「何の話か知らないね。それじゃまず5万ドル融資しよう。返済期限は1週間後だ」
「え、そんなに早いんですか?」
「勝てばいいんだよ、坊や」
そこへダニーとマーティンが乗り込んだ。
「な、何だよ、これは!」
「FBIや。シュンイチ・コニシをどこへやった?えっ?吐かなかったら、即、商売できなくしてやるで」
こういうときのダニーは鬼気迫るものがある。
ユアンは計算高そうな男だった。
「この人物がうちと契約している取り立て屋だ。そいつに聞いてくれ。
な、協力したんだから、逮捕だけはしないでくれ」
「追って連絡するわ、ケン、行こう」
「おじさん、ごめんね、僕も捜査官なんだ」
唖然とするユアンを事務所に残し、3人はチャイナタウンを後にした。
「それじゃ、僕、事務所に戻るね。またこういうフィールド・ワークがあったら、声かけてね!帳簿の調査って退屈だから」
ケンは嬉しそうに車を降りた。
そこへクリスからダニーの携帯に電話が入った。
「ミカが捜査依頼したんだって?どんな感じだ?」
「失踪者は多額の借金を闇金からしてたわ。取り立て屋に追いかけられてるらしい」
「組織犯罪の臭いがぷんぷんする話だな。俺も捜査に加わりたいが、いいかな?」
「ボスに聞いてみるわ」
「よろしく。こっちもボスにも申し出てみる」
ボスにあらましを話すと、クリスの参加を許可してくれた。
3人で合流して、取り立て屋の住所に赴く。
イースト・ヴィレッジにあるアパートの一室だった。
ドアをノックし「FBI、あけてください」とマーティンが叫び、反応がないので、ダニーがドアを蹴破った。
男が必死にPCに向かっていた。
証拠隠滅を図っていたのだろう。
「この人物を知ってるよな」
「どうせ、目星はついてるんだろ?免責を条件に話してもいい」
クリスは舌打ちしたが、ダニーは頷いた。
取り立て屋は、話が通じず、らちが明かないので、
カリフォルニアのトーランスにある日本料理店にコニシを売ったという。
手打ちのソバを作る職人は、どこでもひっぱりだこだ。
店は15万ドルでコニシを引き取ったそうだ。
トーランスは、日系企業が多く進出しているカリフォルニア州屈指のジャパン・タウンだ。
コニシはそこで奴隷のように無給料で働かされている。
ボスがLA支局の協力を取り付け、ダニーとクリスがLAに飛ぶことになった。
マーティンはぶすくれているが、仕方がない。
LA空港から車で20分。
ショッピング・モールの中に派手な佇まいの日本食レストランがあった。
2人は客を装い、中に入った。
幸い、オープンキッチンで厨房の中が見渡せる。
ダニーは写真で馴染みになった顔を見つけた。
シュンイチ・コニシだ。
「FBI!みんな下がってじっとして!」
クリスの号令に客も凍りつく。
ほとんどが近郊の日系企業のビジネスマンだった。
「コニシさん、迎えに来ました」
コニシは2人を見上げ、みるみるうちに涙を浮かべた。
「NYに帰りたい」
それだけをコニシは言った。
「ええ、戻ってから、ご協力願いたい件があります」
クリスがゆっくりと話した。
コニシは、白いシェフのユニフォームを脱ぐと、2人にエスコートされ、店を出た。
店の方は、LA支局の連中に任せた。
NYに戻ったシュンイチ・コニシは、免責を条件にすべてを洗いざらい話した。
2軒目に訪問したカラオケスナックで、女を使って巧みにギャンブルに誘いこみ、
根こそぎ財産を奪うシステムが出来あがっていた。
そして自分の手を汚さず、取り立て屋に身柄を預け、ほぼ無賃金で働かせて、
借金の返済をさせる仕組みだ。
大企業の駐在員が引っかかるケースも多く、
ほとんどの会社がスキャンダルを恐れ、肩代わりしているという話だ。
クリスは大喜びだった。
異文化社会の犯罪は、ここNYといえども立件が難しい。
今回、日本人のコミュニティーにくさびを打ち込むことが出来たのだから。
「おい、ダニー、ミカのところで祝杯挙げようぜ」
ダニーは「ええな、それ」と話に乗った。
シュウイチ・コニシは、一応、ドクターの診断を受け、健康面では異常がないことが確認された。
MPUの応接室で待っていると、ミカが迎えにやってきた。
「オーナー、ご迷惑おかけしてすみませんでした!」
コニシが息せき切ったように日本語で何事かを言い、何度も頭を下げる。
「コニシさんが無事で戻られたのだから、何よりです。お怪我とかないんですよね?」
ミカも日本語で話している。
「はい、これからはまじめに働きますので、どうか首にしないでください!」
「そんな・・コニシさんを首に出来る度胸は私にはありません。うちのお店の宝なんですから。
2、3日お休みになって、調子がよくなったら出てきてください」
「いえ、今晩から働かせてください。お願いします!」
またコニシが頭を深く下げた。
ダニーとマーティンは、その様子を奇異の目で見ていた。
50代の男性が、30代の女性にこれほどロイヤルティーを感じて仕事をするものだろうか。
ミカは、マーティンとダニーに何度もお礼を言って、コニシを連れて帰っていった。
「そやそや、クリスが今晩、ミカさんのとこで、祝杯あげよって言うてるけど、来るやろ?」
「え、僕も行っていいの?」
「アホ、当たり前やん」
ボスには報告書を明日提出すると告げ、2人は定時にオフィスを出た。
店でクリスと待ち合わせだ。
「ソバトット」に行くと、クリスがすでにカウンターに座っていた。
「よう、お疲れさん。今日はミカが特別料理を用意してくれたんだと」
「いらっしゃいませ。楽しんでいらしてくださいね!」
2人がそろったのでクリスと奥のテーブル席に移動した。
前菜は鶏ささみのカルパッチョ、次に地鶏の唐揚げ、そば豆腐が続き、メインの水炊き鍋が出てきた。
以前来た時は、澄んだだし汁だったのに今晩の鍋は白濁したスープが入ってて、中が全く見えない。
「8時間も煮込んだんだってさ」
クリスが自慢そうに言った。
中にごろごろと骨付きの鶏肉が入っていて、野菜も十分に煮えている。
白濁スープに塩を少し入れて食べるのが流儀らしい。
3人は初めて食べるコラーゲンの水炊き鍋に感動した。
最後に手打ちソバをミカが持ってきた。
「うちのコニシが、精魂こめて打ったソバです。
ぜひ味わってください。本当にありがとうございました」
3人は神妙な顔をして、ソバを食べ始めた。
「こりゃ、美味いわ」
「本当だね、歯ごたえがあって、すごく味が濃厚なソバだ」
ダニーもマーティンも大満足だった。
ソバ湯をもらって、3人はつゆもすっかり飲みほした。
いざ会計になり、ダニーとマーティンが払おうとすると、ミカが飛んできた。
「とんでもないです!これはほんのお礼ですから」
「ミカさん、それはだめなんですよ。賄賂に当たってしまいますから」
マーティンがやんわりと説明した。
「ああ、やっぱり・・」
「ほらな、俺の言うことをたまには信じろよ、ミカ」
クリスがミカを見てそう言った。
「ごめんなさい、クリス」
3人は割り勘にして、店を出た。
ミカの他にコニシとコリンまで出てきて、何度もお辞儀を繰り返している。
「すごく感謝されるって嬉しいね」
マーティンが言った。
「ああ、今度は流血事件にならなかったし、よかったな。あとは組織犯罪班にお任せやし」
ダニーはにやっとしながらクリスを見た。
「おう、まかせろよ。なぁ、お前らが囮に使った日系人って素人か?」
ダニーとマーティンは顔を見合わせた。
「お前だけに言うわ、インターポールの捜査官で、今、弁護士事務所に潜入捜査で潜ってる」
「そうか・・残念だ。次から協力してもらおうかと思ったのに」
「それよりお前のユニットに日系人入れろ、その方がええやろ」
「ああ、DCにもリクエスト出してるんだが、なかなか人材がいなくてな」
クリスは頭をかいた。
「そか。な、お前、珍しく早く帰宅するのな」
「実は、僕も珍しいと思ったんだ」
「ああ、ミカにべったりだと逆に嫌われるかと思ってさ」
「そんなことないと思うけど?」
「女心の奥底は分からんよ、だから結婚に失敗したんだし」
クリスは自嘲的に笑って「それじゃ、ここからタクシー拾うから、またな!」と2人と別れた。
「俺たちも帰ろうや、寒いな、もう」
マーティンは、何か言いたげだったが、
「そうだね」と言って、地下鉄の駅に向かって2人は歩き出した。
ダニーが家に帰ると、留守電が点滅していた。
ジョージに違いない。
何かあったのかと、メッセージを聞いた。
「ダニー、帰ってきたら電話ください。遅くても待ってる」
ダニーはすぐに電話を返した。
「ごめんな、今日は捜査でLAまで行ってたから遅なった」
「そうだったんだ、解決したの?」
「ああ、無事に失踪者を見つけて連れ帰ったで」
「わぁーさすが、僕のダニーだね!」
「それで、どないしたん?また発作か?」
「あ、あのね、明日が、例のドルチェ&ガッバーナの撮影なんだけど、
僕、また眠れなくて、目の下のクマがひどいの。プロらしくないから、恥ずかしくて」
「お前さ、ほんまに自分を過小評価し過ぎてるで。お前ほど綺麗なモデルはいないんやから、自信持ち」
「うーん、だけど・・・」
「そか、じゃ、俺、これからお前んとこ行くわ。そしたら眠れるかもしれへんやろ?」
「え、でも出張から帰って来たばっかりなのに・・・」
「気にすんな。1時間したらお前んとこ着くから、よろしくな」
「ありがとう、ダニー、僕、弱虫だよね」
「アホ、とにかく待っとき」
「うん。待ってる」
ダニーは、新しいYシャツとスーツに着替え、ソフトアタッシュを持って、家を出た。
地下鉄が面倒くさいので、タクシーを拾って、マンハッタンのアッパー・ウエストサイドに向かった。
セキュリティーのボブが「テイラー様、今晩は」と挨拶し、ダニーは静脈スキャンをして、
エレベータに乗った。
ジョージが部屋のドアを開けて、待っている。
「そんなんせんでも、ええのに」
「わ、なんか、メンインブラックみたいだね」
「そや、俺はメンインブラックやもん」
ジョージは笑って、ダニーを招き入れた。
「ちゃんと食ったか?」
「うん、ヌーキッチンのデリバリーで、鴨の胸肉の香草焼きとジャスミンライスを食べたよ」
「そか」
ダニーは、スーツを脱いで、ジョージのところに置いてある部屋着に着替えた。
2人でソファーに腰掛ける。
「何がそんなに不安なん?」
「だって、パーシャは天使みたいに綺麗じゃない?
ドメニコとステファノがどんなイメージで撮りたいのか分からないし」
「その2人がデザイナーなん?」
「うん、“The One”ってフレグランスのCMなんだけど、前の出演者は、俳優のマシュー・マコーノヒーなんだ。
プロの俳優には絶対負けちゃうよ」
「お前かて俳優やないか」
「僕は俳優はダメ」
「お前は演技も出来る最高のモデルや。お前の魅力で押せばええんやない?
誰も、お前にマコーノヒーになれなんて言うわけないし。
イメージ変えたいからお前をキャスティングしたんやろ?」
「そうなのかな、でも・・・」
「ジョージ、お前は「戦士」やろ。そんなんで落ち込むな、がんばり!」
ダニーは自分の額をジョージの額に押し当てて、おまじないのように唱えた。
「ダニー、ありがとう・・・」
「そろそろ寝ないといけないやないのか?」
「あ、本当だ、12時になっちゃった」
「俺もシャワーしたら、すぐ行くから、先に寝とき」
「分かった。ダニー大好きだよ。来てくれてありがとう」
ジョージはぎゅっとダニーを抱きしめた。
ダニーは何度もジョージの唇に優しくキスを繰り返した。
ジョージをベッドルームに送りだして、シャワーを浴びながら、ダニーは考えていた。
病気のせいで、差別犯罪にも立ち向かうほどの勇気あるジョージがすっかり弱気になっている。
明日の撮影がどうかうまくいくようにと、ダニーは祈った。
翌朝、ダニーとジョージは、ほぼ同じ時間にコンドミニアムを後にした。
ダニーは地下鉄だが、ジョージはパーシャと一緒にリムジンで撮影スタジオまで出かけて行くという。
「今日は、たぶん夜中まで仕事が終わらないと思うから、ダニー、気にしないでね」
「うーん、お前が疲れてなかったら、夜中でも明け方でもいいから、電話かけて来いよ。知りたいし」
「ありがと、ダニー、僕、頑張れそうな気がする」
そんな会話を聞いていたパーシャがうらやましがった。
「ニックはまだ寝てるんだよ。ダニーって優しいね」
「パーシャ、お前も頑張りや」
「うん、初めてのテレビのお仕事なんだ!」
ダニーは、79丁目の「ベーグル&CO」でオリーブとクリームチーズのベーグルサンドを買って、
地下鉄に乗り込んだ。
マーティンがすでにオフィスに着いていて、報告書を書き始めていた。
「おう、ボン、早いな」
「ダニー、おはよう。僕、一部しか報告出来ないから、
トーランスに行った部分はお願いしてもいいかな」
「ああ、引き継ぐわ」
マーティンはダニーが紙袋からベーグルサンドを出すのを見て、ほっとしたような顔をした。
ジョージのところに泊まったとは夢にも思わなかっただろう。
「ん?お前、ベーグル、半分食う?」
ダニーが勧めたが、マーティンは、スターバックスのホットサンドを見せた。
2人は仲良く、スナックコーナーのコーヒーメーカーで、エスプレッソを作った。
「今日は報告書あげて、仕事終わりやな」
「そうだね。ねえ、ダニー、今晩一緒にご飯食べられる?」
ダニーは一瞬逡巡したが「ああ、了解。お前、店決めて」と答えた。
ジョージが心配だったが、仕事が深夜まで及ぶだろうという言葉を信じて、マーティンの誘いに応じた。
昼はチャイヤのランチボックスを、珍しくダニーが買ってきた。
値段は相変わらず5ドル均一だが、だんだん料理が洗練されてきたような気がする。
2人は、自分のデスクで食べながら、報告書の仕上げに取りかかった。
何度も推敲の後、定時過ぎに報告書を書きあげ、2人はボスのオフィスに提出しに行った。
「ご苦労さんだったな。おい、ダニー」
「はい、何です?」
「今度、この手の事件があったら、マーティンも同行させてくれ。経験になるからな」
「ボス、大丈夫ですよ、僕も経験積んでますから」
「私から見たら、お前はまだルーキーに毛が生えたようなもんだ、頑張れよ」
マーティンは一瞬むっとした顔をしたが「はい、ボス」と答えた。
オフィスを出て、ダニーはマーティンに尋ねた。
「今日はどこ行くん?」
「久し振りにオイスター・バーは?」
「おお、ええな、行こう!」
この季節になると、グランドセントラル駅は30分ごとにホール全体に映像を映す
カレイドスコープで人気だ。
幻想的な映像があの巨大なホール一面、見渡す限りに広がる。
2人は、しばらく見とれていたが、予約の時間が迫ったので、地下のレストランに急いだ。
生牡蠣と蛤の盛り合わせにニューイングランド・クラムチャウダー、
マーティンはメインにサーモンの香草焼き、ダニーは真鯛のケイジャンソースにした。
シャルドネを頼んで、食事を始める。
「なんかお前と2人の食事って久し振りやな。なあ、ボスの言うことは気にすんな」
ダニーがパンをかじりながら、マーティンに言った。
「そうだよね・・」
「あ、そういえば、サイバー坊主、どないしてる?」
「DCからは何の連絡もないよ。だけど・・・」
「だけど、何?」
「週末、NYに戻ってくるんだ」
「へ?何で?」
「異動の話が急だったから、ボスほ計らいで、しばらくNYのアパートも借りられるんだって」
ダニーは半ば呆れたが、とりあえず尋ねてみた。
「お前、まさか会うの?」
「うーん、もし連絡が来たらね」
「何、考えてるんや、マーティン。あいつはお前にぞっこんやで。
毎週末NYで一緒に過ごすんか?」
「そんなつもりないよ!」
「あいつには大ありやぞ。火遊びが本気にならんように気をつけ」
「そんなこと、絶対にないってば!」
「お前のその優しさがな、アダになるんや。ましてや相手はまだ子供やし」
「僕が心配?」
マーティンはダニーを上目使いで見た。
「ああ、すごく心配や。あいつはFBIでも特別枠やんか。ゲイでもあの才能さえあれば、DCは雇用し続けると思うで。
俺たちがゲイだってバレてみろ。
いくら、お前の親父さんが副長官やからって左遷は避けられへんやろ」
「・・・そうだよね」
「もっと慎重に行動し。お前がサイバー小僧と恋に落ちたんなら話は別やけど」
「そんなことないってば。ダニーは僕を信じてくれないの?」
マーティンの青い瞳に怒りといらだちの色が映った。
「すまん、言いすぎたわ。メインの料理がそろそろ来るから、楽しくやろう」
マーティンは、ぷいっと遠くを見てしまった。
ダニーややれやれと思いながら、ワインをぐいっと飲んだ。
グランドセントラル駅で、2人は気まずい別れ方をした。
お互いにいつの間にか出来てしまった溝をどう埋めていいか、方策が見つからなかった。
ダニーがブルックリンのアパートに着き、
ジョージからの連絡を待ちながらCNNのニュースを見ていると、電話が鳴った。
もう1時近くだ。
「はい、テイラー」
「あ、僕、ジョージ」
「おう、もしかして今、仕事が終わったんか?」
「さっき終わって、今、パーシャと家に戻ったとこ」
心なしか声が明るい。
「で、どないやった?」
「それがね、まるで映画の一場面みたいなすごい撮影だったんだよ!」
「へえー」
「パーシャが天使の役で、僕はスランプの画家なの。豪雨の晩、ベランダで物音がしたから僕が覗くと、
雨でずぶぬれになってふるえてるパーシャを見つけるんだ」
「それから?」
「部屋に入れて、シャワーさせて、ホットチョコレートを飲ませるんだよ。
そしたら、お礼にってパーシャが僕の絵のモデルになってくれて、
僕は一晩中キャンパスに向かうんだ。で、翌朝、転寝しちゃった僕が起きると、
パーシャの姿はなくて、絵は完成してるし、ベランダに大きな白い羽根が落ちてるんだ」
「なんかおとぎ話みたいやな」
「うん、そんな感じ。やっぱりデザイナーが二人ともゲイだから、テイストがゲイだよね」
「よかったやん。満足したか?」
「うん、役を演じられてすごく楽しかった。ダニー、本当にありがとう」
「俺は何もしてへんよ」
「違うよ、ダニーのおかげでカメラの前に立てたよ。すごく感謝してる」
「じゃ、また週末、一緒に過ごそうか」
「本当?最高だ!すごく楽しみだよ。それじゃあね、おやすみなさい」
「よく寝ろよ」
「はい、パパ(笑)」
ダニーはジョージが充実した仕事が出来たようでほっとした。
翌日、ダニーがオフィスで仕事をしていると、携帯が震えた。
ニック・ホロウェイと出ている。
何やの?
ダニーは廊下に出て、話し始めた。
「よう、ダニー、お前さ、今晩、暇?」
「急に何や?またパーシャと喧嘩でもしたんか?」
「失礼だな、俺がさ、ジョージの例の事件の後撮影した作品あるだろ?
あれが、今年の「アメリカ写真賞」の報道写真部門で受賞したんだ」
「やったやん!すごいな、お前!」
「でさ、パーシャが、今日どうしてもお祝いしたいって言ってて、聞かないんだよ。
だから来てくれないか?」
「もちろん、ジョージも一緒やろ?」
「ああ、主役がジョージだからな」
「ほな、時間都合つけていくわ。どこに行けばええの?」
ニックは場所と電話番号をメールで送ると言った。
ニックが選んだ場所は、グラマシーにある小さなリストランテ「イトルリ」だった。
ダイニングルームの中央に暖炉があり、家庭的で温かい雰囲気を醸し出している。
ディナーには、アリソンとフラニーも出席していた。
「久しぶりやん、フラニー。女っぷりが上がったな」
ダニーの言葉にフラニーは顔を赤らめた。
アリソンが「ダニー、いじめないでよ!」と笑いながら抗議した。
6人はアンティパストの盛り合わせと自家製ソーセージにタコのガーリック炒め、
ピクルスやオリーブを沢山頼み、パスタを6種類と、ズッパディペッシェをメインにした。
シャンパンが空き、ワインもかなり頼んでいる。
ジョージが昨日の撮影で、パーシャがワイヤーアクションで宙を舞うシーンがあり、
ワイヤーが食いこんで、ベソをかいたことを面白おかしく話した。
「だって、すっごい痛かったんだもん。そしたら、没になっちゃった」
パーシャは心底悔しそうだった。
フラニーは、すっかり打ち解けて、少しずつ会話に参加するようになっていた。
変われば変わるものだとダニーは思った。
「ほな、将来のピューリッツアー賞候補に乾杯しよ」
ダニーの号令で、皆がグラスを持った。
「俺は、真の主役に乾杯したい、勇気あるジョージに!」
カチンと合わさる音に、ニックはこれ以上ないような極上の微笑みで応えていた。
ニックとジョージの祝賀パーティーの翌朝、目を覚ましたダニーは二日酔いの鋭い頭痛に悩まされた。
以前、アランが処方してくれたL-システインが配合された頓服と、
グレープフルーツジュースを飲んでいると、ブザーが鳴った。
ドアを開けると、ジョージがふかふかのダウンコートを着て立っている。
「どないしたん?こんな朝早く?」
ダニーは招き入れながら、尋ねた。
「ダニーも二日酔いでしょ?これね、中国人のモデルの友達からもらったの。
「ウコン」っていう植物の成分で出来てるサプリメント。肝臓の機能アップに効き目があるんだって」
「え、お前、それ届けに来てくれたんか?」
「うん・・・迷惑だった?」
「そんなこと、あらへん。ありがとな。今日はどんなスケジュールなん?」
「年末のバーゲン時期だから、バーニーズに久し振りに出るんだ。
ちょうど上顧客の人たちからのアポが沢山入ってるから。
その後、何人かの上顧客を招いたパーティーに出るの」
去年のバーゲンで一日に10万ドル以上の売り上げを一人で挙げたジョージだ。
今年はそれを上回るのは間違いない。
彼の顧客には、今のアメリカ経済の不況など関係ないのだから。
「そか、疲れてへんか?」
「うん、大丈夫そうだよ。薬もちゃんと飲んでるし、この数日、発作が起きないから」
「よかったな」
「うん、あ、ごめんね。もう支度の時間だよね」
「こっちこそ、ごめんな。もっと余裕あったら、近くのダイナーで朝食食えるのにな」
「いいよ、それじゃ、僕も出勤の支度があるから、家に戻るね」
「お前、ちゃんとリムジンで来たか?」
「うん、待たせてあるから、心配しないで」
「おう、分かったわ。昨日言い忘れたけど・・」
ダニーはちょっと言いよどんだ。
「え?何?」
「俺、心からお前を誇りに思うで」
「ダニー・・・」
ジョージはダニーをぎゅっと抱きしめた。
「それじゃ、またね」
「おう、週末、楽しく過ごそうな」
「うん!」
ジョージはにっこり笑って帰っていった。
ダニーはもらったウコンのサプリメントをグレープフルーツジュースで飲みこみ、支度を始めた。
朝はさすがに何も口にできず、カフェラテだけで過ごしたが、
ランチになり、かなり腹が減ってきた。
ダニーは、マーティンを誘って、いつものカフェに出かけた。
日替わりはビーフストロガノフと焼きたてパンの食べ放題だった。
会話がいつものように弾まない。
まだお互いにわだかまりを持っている。
ダニーが我慢できなくなり、口火を切った。
「おい、米ソの冷戦時代やないんやらから、また元通りに仲直りしよ」
「ダニーは、僕を信じてくれたわけ?」
「ああ、あん時は心が先走って、口からつい出てしもうた。ほんまにごめんな」
「・・・じゃ、今日も一緒にご飯食べてもいいかな?」
「ああ、ええよ、お前の好きなところ選び」
「うん、分かった」
2人はランチを食べ終え、オフィスに戻った。
マーティンは、スケートリンクのあるブライアント・パークを選んだ。
ロックフェラーセンターでの光景を心から追い払いたかった。
「ブライアント・パーク・カフェ」は10月まではテラスダイニングが楽しめるアメリカ料理のレストランだが、
さすがに今はインドア・ダイニングだ。
カリフラワーとスクォッシュのチャウダーにシーザーサラダ、
マーティンはポークチョップ、ダニーはチミチュリ・チキンをオーダーした。
「なあ、DCから坊主が来たら、一緒に食事でもしよか」
「え、本当に?」
「その代り、ジョージも同席やけど・・・」
マーティンは一瞬ひるんだが、「ありがとう。アンディーの気持ちが逸れることを願うよ」とだけ答えた。
「坊主から連絡あったら、伝えてくれるか?」
「うん、そうする」
「いつかは、お前の本心を打ち明けるんやぞ。相手はまだ若いんや。傷ついても、リカバリーが効く年やと思う」
「そう願いたいよ」
マーティンは赤ワインをぐいっと飲んで、グラスの中のルビー色の液体をそっと揺らした。
金曜日の夜、マーティンがアパートでデリバリーのピザを食べながら、
バスケットボールの試合を見ていると、電話がかかってきた。
アンディー・スミスと表示が出ている。
「はい、フィッツジェラルド」
マーティンはわざとよそよそしく電話に出た。
「マーティンだよね?僕、アンディー。明日、DC発7時のアムトラックで行くから
ニューヨークに着くのは11時半の予定なんだけど、お昼一緒に食べられる?」
一人でまくしたてるようにアンディーは話した。
ダニーがディナーのセッティングをしてくれている。
その前に2人で話すのもいいだろう。
「ああ、いいよ。ペン・ステーションに11時半だね?」
「え、もしかして迎えに来てくれるの?」
「ごめん、朝はちょっと用事があるから、近くのレストランで待ち合わせしようか。
それとも、先にアパートに荷物置きに来るのかな?」
「あ、そうか、荷物あるから、アパートに寄ってから、またマーティンに電話する」
「わかった。DCはどう?」
「仕事の機密度が段違いに増したけど、職場はすごーくオープンで居心地いいよ。
今思うと、NY支局が特別だったみたいだ」
「そうなんだ、よかったね」
「それじゃ、明日会うの楽しみにしてるね。僕、眠れるかな・・」
「よく眠った方がいいよ。それにアムトラックの中でも眠れるじゃない?」
「そうだね、それじゃ、おやすみなさい。ああ、マーティンに会えるんだ」
「おやすみ、アンディー」
マーティンは、また冷蔵庫から冷えたビールを出して、飲み始めた。
翌日の昼ちょうどにアンディーが電話をかけてきた。
「マーティン、僕、用意出来たんだけれど、どこで食べる?」
「そうだね、ここで恋しいレストランはあった?」
「あ、ジャクソン・ホール!あそこの7オンス・バーガーが食べたいや」
「じゃあ、64丁目の店にしよう」
地下鉄で68丁目まで下って、レストランに着くと、入口でアンディーが待っていた。
思いのほか、元気そうだ。
「マーティン、久し振り!」
今にも抱きつきそうになる彼を軽く止めて「元気そうだね?」と答えた。
「うん、でもやっぱりニューヨークがいいよ〜」
2人はすぐにテーブルに案内された。
ナチョスとツナサラダを前菜に、アンディーはメキシカン・バーガー、
マーティンはサンタフェ・バーガーをオーダーした。
「ね、今日はこれから何する?」
「あ、それなんだけれどね、君が来るって言ったら、ダニーが食事しようって言ってるんだ」
「え、ダニーに話したの?」
「別に隠す理由ないだろう?」
「そうだけど・・・」
「ジョージも来るんだけど、都合悪いかな?」
「え!ジョージにまた会えるの?それじゃ、食事する!」
こういうところがまだ幼い。
「僕さ、「地球が静止する日」が見たいんだ」
「え、映画見るの?」
「うん、だめ?「トワイライト」も少し見たいけど、内容がガキっぽいから、マーティン、嫌いそうだし」
マーティンは仕方ないと思った。
ディナーまでの時間つぶしだ。
2人は、ランチを食べ終え、ブロードウェーの映画館に出かけた。
さすがに興行収入第一位だけあってかなり並んでいるが、どうにかチケットを手に入れられた。
アンディーは当然のようにコンセッションスタンドに行き
バケツ大のポップコーンとビールを2つ買ってきた。
「先に席についてて」
マーティンはそう言ってアンディーから離れ、ダニーの携帯に電話を入れた。
「おう、坊主から連絡あったん?」
「うん。それがさ、これから一緒に映画なんだよ」
「はぁ?お前、一体、何やってんの?」
「ごめん、でもディナーはOKだって。悪いけど、ダニー、場所決めて、僕にメールしてくれない?」
「分かったわ、何時ごろ終わるんや?」
「5時には終わるから、42丁目のへん、うろうろしてるよ」
「OK。じゃあ後でな」
マーティンはため息をついて、アンディーの待つシートに向かって歩き出した。
映画が終わり、マーティンとアンディーは映画館の外に出た。
タイムズ・スクウェアはものすごい人出だ。
ホリデー・ショッピングの真っ最中だからだろう。
「寒いね、あ、僕、両親にプレゼント買いたいんだけど、付き合ってもらってもいい?」
アンディーが上目使いでマーティンを見た。
「ああ、暖かいところに行きたいから、そうしようか」
マーティンの案内で、2人はまず、タイムズ・スクウェアのホリデー・マーケットに出かけた。
小さな露店が軒を並べ、クリスマスのオーナメントや、ニューヨーク近郊のワインやグルメ食品などを売っている。
アンディーは、露店の中からオーガニック化粧品のブースを探し、そこでフルーツ・ソープのセットを買った。
まだダニーから連絡が来ないので、マーティンは、グランド・セントラル駅構内のマーケットにも案内した。
今度は、父親にカフスリンクを買い求めた。
「これで、ショッピングはおしまい!次、何する、マーティン?」
するとマーティンの携帯が鳴った。
「はい、マーティン」
「おお、ごめん、遅なった。今、どこ?」
「グランド・セントラル駅だよ」
「よかったわ、その近くのイタリアン予約したから。「オステリア・ラグーナ」って知ってるか?」
「いや、分からない」
「じゃ、地図送るから、7時に現地集合な」
「OK。ありがとう!」
「ええよ、そんなん。今晩は、はっきりせいよ」
「・・うん、そうだね」
電話を切ると、アンディーが不安そうな顔をしていた。
「誰から?」
「ダニーだよ。この近くのイタリアンを予約してくれたって。あ、地図が来たから、そろそろ行こうか?」
「うん」
駅を出ようとすると、カレイド・スコープショーが始まった。
アンディーは、立ち止まってずっと天井を見ている。
こういう季節のイベントにも疎い生活を送っていたのかと思うと、アンディーが哀れになった。
レストランに着くと、すでにダニーとジョージがテーブルに座っていた。
「やぁ!」
ジョージが席を立つと、アンディーはそばに寄って、握手を求めた。
「本当はハグしたいけど・・」
「それは危険だよ。パパラッチがいるかもしれないからね」
ジョージにやんわり断られ、アンディーはダニーにも握手すると席に座った。
「ここはジョージの見立てなんやけど、石窯焼きのピッツァがめちゃ美味いんやて」
「わー、嬉しいな!」
マーティンは昨日もピッツアだったが、デリバリーものとはわけが違う。
場所に異論はなかった。
前菜に生ハムやサラミなど冷菜のアンティパストと、エビとカラマリのフリットに
ルッコラのパルミジャーノドレッシングのサラダを頼み、
ピッツァはマルゲリータとプッタネスカにクアトロ・フロマッジオ、
魚介のリゾットとラザニアにスパゲッティー・ボンゴレにサーモンのラビオリを頼んだ。
ジョージがワインを適当に選んでくれている。
話の進行役もジョージが務めた。
DCの様子を楽しそうに話すアンディーが意外で、ダニーは驚いた。
これなら、すぐマーティンを忘れるかもしれへん。
ところが、ワインも4本目になった頃、突然、ダニーにアンディーが尋ねた。
「ねえ、ダニーってマーティンが好き?それともジョージが好き?」
「は?お前、何言い出すんや?」
「もしかしたら、マーティンがダニーを好きなのかな」
「僕らは同僚なんだよ、アンディー」
マーティンが反論すると「ふーん、じゃジョージはダニーが好きなの?」と矛先を変えた。
ジョージは笑いながら「僕がいくらダニーを好きでも、彼はゲイじゃないから、付き合えないよ」と答えた。
「ねぇ、アンディー、聞いてくれるかな。僕は、今、付き合っている人がいるんだ。
だから、もうあまりアンディーと過ごす時間がとれないんだよ」
マーティンの突然の告白にアンディーだけでなく、ジョージとダニーも驚いた。
「え?付き合っている人、いるの?それって局の人?僕の知ってる人?」
「いや、全然仕事とは関係ない人なんだ。今まで黙っててごめんね。悪かったと思ってるけど、もう言わなくちゃと思ったから」「そうなんだね・・・」アンディーのあまりの凹み具合に3人はハラハラした。
4人はドルチェをスキップして店を出た。
アンディーはだまりこくったままだ。
ダニーがちょいちょいとマーティンを呼んだ。
「お前、どないすんの?送って帰るんか?」
「仕方無いよね、僕の責任だし、家が近いんだから」
「もう、絶対に寝るなよ」
「わかってるってば」
アンディーは、ジョージに慰められながらも泣いていた。
「君はまだとっても若いし魅力的なんだから、きっと素敵な人が現れるよ」
「ジョージに言ってもらえると、本当に起こる気がしてきたかも」
アンディーは涙を拭いた。
「ほな、帰ろか?」
「うん、僕、アンディーと帰るから、ここで別れるね」
マーティンが、アンディーを連れて帰ろうとすると、アンディーがジョージのそばに駆け寄った。
「僕、ジョージと帰る」
「え?」
3人は呆然とした。
「僕、ジョージともっと話したいから」
ジョージのコートの袖をぎゅっと握っている。
ジョージは少し困った顔をしたが「それじゃ、僕、アンディーと帰ります」と言って、
タクシー乗り場に歩いて行ってしまった。
「何やの、この展開!」
ダニーが憤然と怒りだした。
「僕にも分からないよ」
マーティンも途方に暮れた。
ダニーがすっかり怒っている。
マーティンは、アンディーが凹むことは予想がついていたし、自分で慰めようと考えていたが、
あんな行動に出るとは全く思いもしなかっただけに、言葉を探し続けた。
「ねぇ・・ダニー、風邪引くから、家に帰るかどっかに寄らない?」
マーティンはこわごわ尋ねてみた。
ダニーも、マーティンの声にはっと我にかえった。
「そやな、ここでこうしてても仕方ないわ。一杯やろか?」
2人はグランド・セントラル駅に戻り、「キャンベル・アパートメント」に入った。
ここは1920年代の伝説の大富豪、ジョン・キャンベルが個人のサロン兼オフィスとして所有していた場所で、
今はリッチなニューヨーカーが集まるラウンジ・バーになっている。
運よく、カウンター席が空いていたので、2人は腰を落ち着けた。
「グレンフィディックをダブルで」
ダニーはすぐにバーテンダーに注文した。
マーティンは一息遅れて「僕はロングアイランドアイスティー」と告げた。
「お前、よく言うたな、アンディーに」
ぽつんとダニーが口に出した。
「・・でも、それが元でこんなことになっちゃって、面目ないよ。僕のせいなのに・・」
「ええやん、アンディーもゲイ同士で話しやすそうやったし、ジョージならうまく慰めると思うから」
ダニーはぐいっとウィスキーを飲んだ。
「僕、ジョージのとこにアンディーを迎えに行こうかな」
「ほっとき、ほっとき。今晩はお前はアンディーと会わない方がよさそうや。
つーか、これでアンディーと会わなくてすむようになるやろ」
「そうかな・・なんだか、僕・・」
「お前、優しいからな。今、自己嫌悪で、すごく苦しいんやろ?」
「・・うん・・」
「でも、つきあえんなら、突き放すんがええと思う。お前は正しいことした」
「ごめんね、ダニー、迷惑かけちゃって」
「気にすんな。こういう時に俺がいてるんやし」
ダニーの茶色い瞳がマーティンを見つめた。
だめだよ、ダニー、そんな目で見られたら、僕、溶けちゃいそうだよ。
マーティンは、ふぅっと溜息をついて、カクテルに口をつけた。
ドリンクが空になり、2人は沈黙した。
バーテンダーが次の注文を期待して、こちらをチラチラ見ている。
「ほな行こか?」
「え、そうだね、帰ろう」
チェックを済ませて、ラウンジを出るとそろそろ11時だった。
「まだ帰れるな、じゃ、こっから地下鉄乗るわ」
「・・ダニー、ブルックリンに帰るの?」
マーティンはおずおず尋ねた。
「ああ、お前んとこ泊めてもろても、今日は何かよくないような気がする。ごめんな」
ダニーはマーティンの肩にポンと手を置くと、コンコースを歩いて去ってしまった。
マーティンはダニーの後姿をずっと見送り、タクシー乗り場に向かって歩き始めた。
ブルックリンに着いたダニーは、アルの店に寄ろうかと迷ったが、
アルコールで気を紛らわせるのも大人げないと思いなおし、家に戻った。
部屋着に着替えて、エトス・ウォーターを飲みながら、リビングで携帯を出し、
テーブルの上でこつこつ言わせていると、携帯が震えた。
表示にジョージと出ている。
「おう、どないした?坊主は?」
「ダニー、今、どこなの?」
「もう家に戻った。お前は?」
「僕も家。アンディーね、ひとしきり大泣きしたら疲れたみたいで、寝ちゃったから、
ゲストルームに運んだところ」
「そか、ごめんな。ヘンなことにお前を巻きこんで」
「そんなの、気にしないで。アンディーの気持ち、痛いほど分かるからさ、どうせほってはおけなかったと思う」
「今晩、奴を泊めるのか?」
「うん、もう夜中だしね」
「気をつけろ」
ジョージは笑った。
「そんなことあるわけないでしょ?」
「そやな、俺はアホやわ。な、明日はどないすんの?」
「何も予定ないよ。朝、ジムに行く約束をパーシャとしてるけど、アンディー次第だね」
「それもそやな。じゃ。朝、俺、電話するわ」
「わかった、ねぇ、ダニー、僕が言うのもヘンなんだけど、マーティンも心が痛んでると思うから、
一緒にいてあげた方がいいと思う。僕は大丈夫だからさ。」
「お前・・」
「じゃあ、とにかく僕も寝るね、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ダニーはざわざわした心のまま、シャワーをしにバスルームへ入った。
翌朝、ダニーは目ざましで8時に起き、コーヒーを入れながら、ジョージに電話を入れた。
「ダニー、おはよう。今日は早起きなんだね」
くくっと笑っているジョージの声が明るい。
「お前が気になって、目覚ましかけて寝たから。ジム行けたか?」
「ううん、やっぱり不用心だから、アンディーを置いて行けなくて、断った」
「ごめんな。それで、坊主どうしてる?」
「まだゲストルーム、静かだから寝てるみたいだよ。これから朝ごはん作ろうと思ってさ」
「俺も今すぐ飛んでいきたいとこやけど、やっぱりアンディーには俺がお前とつきおうてること知られるのまずい思って、
行かれへん。ごめんな。埋め合わせするから」
「はい、よろしくお願いします!とにかく、アンディーと朝ごはん食べたら、彼をアパートに送るから、
心配しないでね」
「ほんまにごめんな」
「いいよ、埋め合わせが楽しみになったから。あ、なんだか物音がする。アンディー、起きたみたい。じゃあ、またね」
「ああ、後で電話する」
「わかった、じゃあね、ダニー、愛してる」
ダニーは、パンを切らしていたので、近くのベーカリーで食パンを買った。
一斤でなくて焼きたてのパンを4枚売ってくれるのがありがたい店だ。
今日はフレンチ・トーストを作ろうと思っていた。
朝食の後、ランドリーの洗濯や掃除をしていたら、あっという間に午前中が過ぎた。
すると電話が鳴った。
「はい、テイラー」
「あ、僕、マーティン」
「おう、よく眠れたか?」
「・・うん、あんまり・・」
「そやろな、昨日は一緒に付いててやれなくて、ほんまに悪かったわ。辛かったやろ」
「僕より、アンディーが心配なんだけど、どうしてる?ジョージのところに電話したらいないんだ」
「朝、電話したら、アンディーはジョージんとこ泊まって、ジョージが朝食終わったら、アパートに送るって言うてたわ」
「そうなんだ、すごくジョージに悪いことしちゃったな」
「あいつのことやから、当然と思うてるみたいやったけど、
お前も飯おごるかなんかで、お礼した方がええかもな」
「うん、そうするつもり。僕、アンディーのアパートに電話した方がいいよね」
「うーん。そやな、それでお前の気が済むならするのもええかもな」
「じゃ、これからしてみるよ。ダニー。本当にごめんなさい」
「もう済んだことやし、ええやん。まずはアンディーに電話してみ」
「分かった、それじゃ、またね」
「おう、またな」
マーティンは、アンディーの携帯に電話を入れた。
留守電になっていたので、メッセージを録音した。
「アンディー、昨日は突然でごめんね。君をすごく傷つけてしまって、悪かったと思ってる。
今日、DCに戻るんだよね。元気で頑張ってほしいと思う。それじゃあ・・・」
ほどなくして、アンディーからコールバックがあった。
「・・マーティン、僕です」
「アンディー。今どこにいるの?」
「もう、ペンステーションに着いたところ。これから1時半のアムトラックに乗ってDCに帰るね。
短い間だったけれど、夢を見させてくれてありがとう」
「僕こそ、言いだせなくて悪かった。ごめん」
「マーティンは優しい人だから、僕を思いやってくれてたんだよね。
本当にありがとう。僕、DCで仕事頑張りながら、いい出会いを探してみるよ」
「君なら賢いし、魅力的なんだからすぐに出会えるさ」
「マーティン以上の人に会えるのかな」
「ざくざく会えるってば」
「それじゃ、そろそろ電車の時間だから、これでバイバイです。マーティンもお幸せに」
「ありがとう、アンディーも気を付けてね」
「ありがとう」
電話がぶちっと切れた。
マーティンはふぅと安堵のため息とついて、ランチを食べに外出した。
週も明けて、いよいよクリスマス休暇直前になった。
ヴィヴィアンは事前にボスにネゴッて、イブとクリスマスの休暇をゲットしている。
ダニーは、ニックとパーシャのパーティーに呼ばれているが、マーティンが気になり、
返事を保留していた。
昼になり、ダニーはマーティンを連れて、いつものカフェに入った。
ここのメニューも季節を意識してか、日替わりは、ローストチキンとほうれん草のソテーに
焼きたてプチパン食べ放題だ。
2人は迷わず日替わりをオーダーした。
「サイバー坊主から、その後は連絡あったか?」
「もうないよ。彼がペンステーションで列車に乗る直前に話したんだけど、妙にさばさばしてた」
「まだ若いからな、気持ちの切り替えが早いのかもしれへんな」
「本当にこの件ではお世話になっちゃって、ごめんなさい。
ダニーの言ってたことを聞いてれば、ここまでこじれなかったね」
「もう過去のことやん、忘れよ」
料理が運ばれてきたので2人は食事に集中した。
「な、お前、イブはどないすんの?」
オフィスに戻る途中でダニーがマーティンに尋ねた。
「久し振りにドムが連絡してきて、お兄さんの彼女に会ってほしいっていうんだよね」
「また、陸軍基地まで遠出かいな?」
「連休が取れないから、今回は無理って話したんだ」
「そか。ドムがっかりやろな」
「そうなんだけどね、そしたら、ドムもジェリーんとこ行くのやめて、
マンハッタンで過ごしたいって連絡が来てさ、急だったんで、
もうレストランの予約が出来ないんだよ」
「・・・そか、もしさ、お前さえよければ、明日、ニックんとこで内輪のパーティーやるんやて、来るか?」
「そうだね・・まだジョージにお礼もしてないし、顔出しても構わない?」
「あのざる勘定のニックやから、人数増えても問題ないやろ。じゃ返事してもええか?」
「うん、僕とドムでお願いします」
「よっしゃ」
オフィスでは事件が起こらないのをいいことに、サマンサが去年のツリーのオーナメントを出していた。
「あ、やっと背の高い2人が帰ってきた!ねえ、飾りつけ手伝ってよ!」
2人はジャケットを脱いで、早速ツリーを飾り始めた。
これがあるだけでMPUのフロアもぐっとシーズンの気分が盛り上がる。
「明日は、軽くエッグノッグで乾杯してからお開きってどう?」
「え、去年はみんなでポーカーやったやん!」
ダニーがわざと大袈裟に驚いた。
「私だって忙しいのよ。ね、ダニー、エッグノッグ作るの手伝ってくれる?」
「はいはい、お姫様のおおせのままに」
「じゃ、これ買い物リストね。明日までにお願いね!よろしく!」
ダニーは仕事中抜け出して、近くのセーフウェイまで買い物に出かけた。
大荷物になったのでデリバリーをお願いした。
ニックに電話すると、2人位の追加は全然問題なしと受けてくれた。
これは、ありがたい。
仕事帰りにダニーがエレベータに乗り込むと、マーティンが滑りこんできた。
「危ないやん!はさまれたらどないすんの?」
「ねぇ、今日はダニーは暇?」
「ああ、まっすぐ帰ろうかと思ってとこやけど」
「じゃ、ご飯食べない?」
「ええよ、どっか空いてるかな?」
「うん。今日のは確認したんだ。って言っても、いつものメキシカンだけどさ」
「ええやん、行こ行こ」
2人は「ローザ・メキシカーナ」でサボテンのサラダや、ソフトタコスにエンチラーダス、
アフィータを食べてすっかり満足した。
「今年ももうすぐ終わりだね」
「早かったな、全く」
「来年もこんなに忙しいのかな」
「そやろ、失踪者の数は年々上昇中やし」
「もっと、ゆっくりダニーと話せる一年になるといいな」
マーティンの青い瞳がダニーを射るように見た。
「そやね、そんな余裕のある年になるとええな」
ダニーは微妙に話の論点をすり替えて、テカテビールをあおった。
クリスマス・イブになり、オフィスでは3時頃から、サマンサがダニーとエッグノッグを作り始めていた。
マーティンが興味津津で覗きにくる。
「お前、味見する?」
ダニーに尋ねられ、「だめだよ、まだ勤務時間だから」と正直に答えるのがいかにもマーティンらしい。
サマンサが黄身と白身を分離できないので、ダニーが数え切れないほどの卵を割りいれていた。
砂糖を入れてホイップするのはサマンサの役目だ。
ブランデーとラム酒にミルクとクリームを入れて、とりあえず冷蔵庫に冷やした。
「卵白、ホイップするのどうしよう」
腕が疲れたサマンサが溜息混じりに尋ねた。
「そや、それならマーティンにも出来るんやない?」
「そうね!ダニー、マーティンに頼みましょう!」
マーティンが借り出され、ボールいっぱいの卵白を泡立てる役目に落ち着いた。
力任せにやっているが、すさまじい勢いで泡立ったのにダニーとサマンサは拍手を贈った。
フロアーの中央に大きなテーブルが設置され、スナックがそこかしこに置かれている。
その真ん中にダニーがうやうやしく巨大なボールに入ったエッグノッグを置くと、
皆から歓声が上がった。
いよいよパーティーが始まり、皆、手に紙コップに入れたエッグノッグを持ち、乾杯を始めた。
ダニーとマーティンは、2杯ほど飲み、「お先」とまだ宴たけなわのスタッフを残して、
オフィスを去った。
「寒いからタクシーで行こか」
「あ、僕、ドムとここで待ち合わせだから先に行ってて」
ダニーがリバーテラスのパーシャの部屋につくと、中からスパイシーないい香りが漂っていた。
「あ、ダニーが来たよ、ジョージ、ダニーだよ!」
パーシャが騒いでいる。
ジョージがキッチンからシャンパングラスを持って現れた。
「ダニー、会いたかった」
「俺もや」
2人だけで乾杯しているとニックが飛んできた。
「おい、フライングはやめろよな」
「すまんすまん。きょうはお招きありがとな」
「俺たちの初めてのクリスマスだろ、パーシャが賑やかな方がいいって言い出したからさ」
ニックはすっかりパーシャの言うなりだ。
パーシャはCDのヒップホップに合わせて踊っていた。
するとブザーが鳴った。
「たぶんマーティンたちや」
ニックが玄関に迎えに行き、2人を招き入れた。
「こんばんは!」
久し振りに会うドムは、少し痩せたような気がする。
職務がきついのだろうか?
「今日はありがとうございます」
丁寧にニックにお礼を言うところがいかにもドムだ。
「やぁ、パートナーは元気か?」
「あ、ロージーですか?今日は彼女もクリスマスディナーなんですよ。年に一回だけプライムリブを食べさせる日なんです」
「プライムリブかよ、すげーな」
「ご褒美ですからね」
全員が集まったところで、パーシャがジョージとお皿を運び始めた。
「今日は伝説のインドレストラン、ニルバーナのシェフに作ってもらったんだ」
ニックが自慢げに説明する。
惜しくも2002年に閉店した名店だ。
未だになぜ閉店したのか分からないと言われている。
サーモンのティッカに野菜入りのライター、山盛りのサモサとマグレカナールの冷製サラダ、
黒コショウの効いたチキンカレーにほうれん草のサグマトン、サーロインとオマール海老のタンドリーグリルと続き
デザートはインドのアイスクリーム、クルフィと珍しい。
シャンパンもドンペリニォンを6本空け、すっかり全員いい気分になった。
前は緊張していたドムも随分慣れてきたようで、皆と万弁なく話している。
マーティンが嬉しそうに見つめているのをダニーは見ていた。
ジョージがそんなダニーの手をテーブルの下でぎゅっと握った。
ダニーはジョージを見つめ、微笑み返した。
パーシャは終始嬉しそうで、皆にシャンパンを注いだり、お皿を換えたり、
結構気の付くホストぶりを発揮していた。
俺様ニックは、そんなパーシャを目を細めて見守っている。
話しが尽きず、夜の11時を回った。
仕事があるダニー、マーティン、ドムはそろそろ帰る時間になる。
「ほな、メリークリスマス!」
みな口ぐちに挨拶し、ハグしあった。
こんな和やかな集まり、ええな。
ダニーは、週末からのざわざわしていた心が落ち着くのを感じていた。
ジョージは後片つけで残るというので、3人してコンドミニアムから外へ出た。
「ああ、ええ気持ちや、そや、ドム、お前もブルックリン方向やな。一緒にタクシー乗ろ?」
ダニーが誘うと、ドムは言いにくそうに
「ごめん、ダニー。今日、マーティンのところに泊まる支度して来てるんで」と断った。
「あ、そうなん?」
マーティンの顔を見ると、マーティンは困った顔をしたが、
「明日、ドムのシフトが早いんだって」とだけ言った。
ダニーは「それじゃ、俺、こっからタクシー乗るわ。じゃあ明日な」と手を振って、
タクシー乗り場に歩きだした。
クリスマス、ボクシングデーが過ぎ、週末になった。
抱えている事件がないのと、連休を取っていたヴィヴィアンが出勤するというので、
ダニー、マーティンは休むことが出来た。
クリスマス前から、以前ジョージがパーシャと撮影したフレグランスのCMがTVで流されている。
初めて見た時、ダニーは思わずため息を漏らした。
ジョージの存在感のある演技もさることながら、
パーシャがこの世のものでないほど美しいのだ。
本当に彼は天使なのかもと思わせるカメラ・ワークで、幻想的なストーリーに仕上がっていた。
ふと、パーシャがワイアーアクションでベソかいた話を思い出して、くすくす笑いもしたが、
CMというより短編映画のようだ。
早速Youtubeにも画像がUPされ、驚くべき再生回数を記録している。
ダニーは、ランドリーやクリーニング、グローサリーの買い物を一通り済ませ、
しばらくチェックしていなかった雑誌に目を通したり、CDを聞いたりして、ゆったりと午後を過ごした。
今晩は、アルんとこで食事でもするか。
そう思った矢先に電話が鳴った。
「はい、テイラー」
「ダニー、家にいたんだね」
マーティンだった。
「ああ、家事がたまってて、終わらすのに半日かかったわ」
「今、何してるの?」
「ん?雑誌読んだりしてるけど」
「あ、音楽が聞こえるね。これ、The Script?」
「お前、よく知ってるな。アルに借りたんやけど、ええな、こいつら」
「アイルランドのバンドだよね、僕も好きだよ」
「お前は何してんの?」
「僕もとりあえず大掃除っていうか・・・」
マーティンのアパートには定期的にメイドが入るので、マーティンがやる事はほとんどない。
「じゃ、今晩、飯でも食うか」
「本当?他に約束ないの?」
「ないけど?」
「どうしよう、僕がブルックリンに行こうかな・・」
「珍しいな」
「うん、マンハッタン、どこ行ってもホリデーショッピングの人だらけで、疲れちゃって」
「そやなー、景気悪いけど、とりあえず買うもんは買うもんな。じゃあ来いよ」
マーティンが夜7時にブルックリンに来ることになり、アルの店で待ち合わせた。
そこで食べてもいいし、他のレストランに出かけてもいい。
外は零下の冷え込みだ。
ダニーはマフラーでぐるぐる巻きにし、ダウンコートで出かけた。
アルのパブに着くと、すでにマーティンがカウンターにおり、アルと話をしていた。
「よ、早かったやん」
「うん、先にドラフト飲み始めちゃったよ」
「お、俺も、アル、ドラフト頂戴」
「よっしゃ」
マーティンはカシミアのコートを隣りのスツールに置いていた。
微妙にドレスダウンが出来ないのがマーティンらしいところだ。
ラリーが厨房から出てきた。
どんどんシェフらしい雰囲気になっている。
人は変われば変わるものだ。
「こんばんは、ダニー、マーティンにも話したんですけど、
今日は、ラムのローストとかシェパードパイ、バンガスあたりがお勧めなんですけど・・」
ダニーはマーティンを見た。
「どないする?ここで食うか?」
「うん、外、寒いし、ラリーの料理が美味しそうだから」
「じゃ、ラムのローストとシェパードパイにそのバンガスての?それお願いするわ」
「はい!」
ラリーは嬉しそうに厨房に戻って行った。
ラムのローストにはマッシュポテトや温野菜が5種類もついて、
グレイヴィーソースが絶品だった。
バンガスはラリーお手製のポークソーセージで自家製ザワークラウトも美味い。
ビールと温かい家庭料理で満たされた2人は、まるで以前の関係に戻ったようだ。
どんなに溝が出来ても、なぜか会って話しをしているうちに修復できてしまう。
これが年月のなせる業なのだろうか。
「ねぇ、もしダニーさえよければ、今日、泊まってもいいかな?」
マーティンがダニーの横顔に話しかけた。
「ああ、明日も休みやん。ゆっくりしよ」
「ありがとう!」
マーティンが一瞬、見たこともないような嬉しそうな顔をして、ビールのジョッキに口をつけた。
2人は結局看板までアルの店で過ごし、アルとラリーとじっくり話をした。
不景気でバーの売上が落ちているが、ラリーのおかげで、食事目当ての女性客が増えて、
トントンで収まっているという。
「ラリー、アメリカ来てよかったん?」
「はい、ありがとうございます。ダブリンは小さな街だから、こんなに色々なものが食べられる大都会はすごい刺激です」
「こいつ、特に趣味がないから、休みの日は結構食べ歩きしてるんだよな。
それに、お前は片思いのジョージに気持ちを伝えられたもんな〜」
アルにからかわれ、ラリーは顔を赤くした。
「そういえば、ジョージのCM、すんげー綺麗だな。映画みたいで驚いた」
アルが言った。
「へぇー、アルもあんなん見るの?」
ダニーが尋ねると「ラリーに何度も見させられたんだよ」と笑った。
マーティンがだまったのに気がついたダニーは「それじゃ、そろそろ帰るわ」と
チェックを締めてもらい、2人で店を出た。
「ひー!寒くてかなわんな、早く家に帰ろ」
「うん・・」
マーティンにとって、久し振りに訪れるダニーのアパートだった。
築年数は相当経っているが、ポーランド人の大家夫婦が全室を改装し、
不具合の箇所はすぐに修繕してくれるので、住むのには全く問題がない。
それにダニーは今ではこのアパートの古参の住人と言えた。
「散らかっててごめんな。まだ大掃除できてないから」
ダニーが照れくさそうに言うと「そんなの気にしないから」とマーティンが中に入った。
エアコンを入れ、しばらく部屋全体が暖まるのを2人はTVを見ながら待っていた。
ちょうどまたジョージとパーシャのCMをやっている。
マーティンも思わず見入った。
「すごく綺麗だよね、2人とも」
溜息まじりにマーティンがつぶやく。
「それが商売やからな」
ダニーはあくまでクールに反応した。
「やっぱり、ダニーは綺麗な人がいいの?」
「はん?何やて?お前、アホか。そりゃ見るのには綺麗な方がええけど、人柄ちゃうの?」
「そうだよね・・人柄もいいんだよね・・・」
「何言うてんの。まだ飲みが足らんってこっちゃな」
ダニーは、グレンリヴェットのボトルとミネラル・ウォーター、グラスを持ってきた。
ダニーはCNNにチャンネルを変え、2人はしばらくウィスキーを飲んだ。
「体、暖まってきたな」
「うん、本当だ」
グラスを置いたマーティンは、ダニーをぐいっと抱き寄せた。
「マーティン、酔ったんか?」
「うん、すごく酔ってるよ。もうダニーを押し倒したくてうずうずしてる」
「・・・じゃ、ベッドに行くか」
「・・うん・・」
2人はベッドルームに入った。
ダニーがぐずぐずしているうちに、マーティンはすっかり全裸になり、ベッドの中に入った。
「早く、僕を暖めて」
「ん」
ダニーがブランケットの中に滑り込むと、すぐにマーティンが体を絡めてきた。
下腹部に固いマーティンのペニスが当たる。
「こうしたかったんだ、ダニー」
「俺も・・」
ジョージと寝ていないダニーにとって、セックスは久し振りだった。
ダニーのペニスもはちきれそうになってきた。
「わ、すごいね」
「今日、どうする、お前、入れる?」
「ううん、ダニーに貫いて欲しいんだ、思いっきり」
「分かった」
ダニーはベッドサイドテーブルの引き出しからワセリンを出すと、マーティンの局部に指を差し入れた。
熱さがマーティンの期待の高さを物語っているようだ。
「ああぁ、ダニーの指って長いよね」
「そやな」
「すごく奥まで届くから、我を忘れちゃうよ」
「待ち、俺が入れるまで我慢し」
「うん、ああぁぁ」
ダニーは自分のペニスにもワセリンを塗りたくり、マーティンをうつ伏せにして立膝を突かせた。
「後ろから?」
「お前、好きやろ」
「・・うん・・」
ダニーは、一気にマーティンの中に押し入った。
「うわぁー、すごい!」
マーティンが悲鳴に近い声を上げる。
ダニーは反応を見ながら、ゆっくり腰を律動させ始めた。
突くたびに、マーティンが甘い声を上げる。
そのうち、絡みつくようなマーティンの中の動きと狭さに我慢が出来なくなり、
ダニーはスピードを上げた。
「おれ、このまま出る、ええか、出すで」
「うん、来て、僕にダニーを・・」
マーティンが先に体を震わせた。
手で触れずに果ててしまったのだ。
ダニーはそれを確認して、マーティンの中に自分を放った。
うつぶせになったマーティンの背中に乗ったまま、息を鎮める。
ごろんと横になり、マーティンの顔を自分の方に向かせた。
「ごめんな、もっといろんな体位でしたかったのに、俺、久し振りやから・・」
「え?そうなの?」
「ああ」
マーティンは、ダニーのまぶたや鼻、頬、そして唇についばむようなキスを繰り返した。
「このまま寝ちゃう?」
「そやな、タオルで拭いて、寝ちまおう」
2人はタオルでお互いを拭きあい、サイドライトを消した。
「ごめん、俺、イビキかくかもしれへん」
「慣れてるから大丈夫だよ」
「そか。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、ダニー」
マーティンはダニーの手を握りながら、目を閉じた。
マーティンは、ドンという衝撃で目を覚ました。
ダニーの腕がマーティンの脇腹に当たっている。
くすっと笑ってもダニーはびくともしない。
枕もとの携帯を見ると午前10時だった。
なんとなく空腹感を感じる。
マーティンはダニーを揺り動かした。
「ねぇ、ダニー、ご飯食べようよ」
「んん、寒い・・」
マーティンはエアコンのスウィッチを入れ、部屋が十分に暖まるのを待った。
「もう暖かいよ。ブランチ食べに出かけない?」
ダニーがやっと目を覚ました。
そして、マーティンの真剣な顔を見て大笑いを始めた。
「どうしたの?」
「お前、おはようの前に「ご飯食べようよ」はないやろ。朝はこうして起きるもんや」
ダニーはマーティンの前髪を上に持ち上げると、額に優しくキスをした。
「な、朝らしいやろ?」
「うん・・そうだね」
マーティンは照れた顔でうなずいた。
「じゃ、おおせのままに、ブランチ食いに出かけるか」
2人は急いでシャワーを浴び、歯を磨くと、通りに出た。
「知ってる店ある?」
「俺が何年ここに住んでる思うてる?ブランチの旨い店あるで」
2人はダニーのアパートのすぐ近くの「ブラック・パール」というレストランに入った。
17ドルでカクテルのミモザにコーヒー、紅茶が飲み放題だ。
「すっごい安い気がする」
マーティンが驚くと「お前が行くとこったら、プラザ・アテネとかやろ。もっと気楽なとこ探し」とダニー。
「そうだね、今度探しておくよ」
2人はミモザを飲みながらメニューとにらめっこをし、ダニーはエッグ・フロレンタイン、
マーティンはスモークサーモンオムレツ、それにチキンのシーザーサラダとペンネ・アラ・ウォッカを頼んだ。
焼きたてのパンがかごいっぱいに運ばれてきて、2人はブランチを始めた。
周りはこのあたりに住む若者が多い。
プロスペクト・パークにほど近いこの地域は、マンハッタンから移り住んできたアーティストが多くなっているとダニーが話した。
「だから、家賃も値上がり始てな」
「そうなんだ・・」
「な、お前んとこって家賃いくら?」
「僕のところは$2900だけど」
「すげーな、俺んとこ$2150や」
「ダニーのところ、高いね」
「そやろ?引っ越そうかな」
「でも、ブルックリンがいいんでしょ?」
「んー、なんとなくな。職場がマンハッタンやから、あっこに住むとプライベートとの境目がつきにくくなりそでさ」
「そうなんだ・・」
マーティンは、ダニーと同居できたらどんなにいいか夢見ていたが、その夢は現実になりそうにない。
「今日、これからどうする?」
「買い物も一通り済んでるし、DVDでも見るか?」
「あ、いいね!」
2人は2時までゆっくりブランチを楽しみ、近くのレンタルショップを訪れた。
マーティンがすぐに「これこれ!」と持ってきたのは「ダーク・ナイト」だった。
「バットマンかいな?」
「僕、見たかったんだよ、いいでしょ?」
ダニーが会員証で手続きをして、家に戻った。
早速見始める。
ヒース・レジャーの鬼気迫る演技に、マーティンは釘付けだ。
こいつ、いつまでもガキやな〜。
ダニーはビールをぐびっと飲みながら、画面を見つめていた。
「ヒース・レジャー、これからだったのにね」
映画を終えて、マーティンが溜息をついた。
「お前、「ブロークバックマウンテン」好きやもんな」
「うん、大好きだよ。ジェイク・ギレンホールってさ、ちょっとダニーに似てない?」
「そか?言われたことあらへんけど」
「似てるよ。ゲイの人気投票でもいつも上位にいるんだよ」
「ふーん」
ダニーは特に関心なさげな反応だ。
マーティンは、やっぱりダニーは心の底からゲイではないのだと実感した。
A Happy New Year 2009 !
***
大晦日の日、幸い抱えている事件がないMPUはのんびりとしていた。
そこへサマンサが寄ってきた。
「ねぇ、今日、みんなで食事しないかって話が出てるんだけど、都合は大丈夫?」
ダニーもマーティンも特に予定がない。
ダニーはちらとジョージの姿が浮かんだが仕方がない。
「ああ、ええよ」
「どこに行くの?」
「毎度おなじみだけど、人数が多いから「ジョーズ・シャンハイ」今、テーブル、キープしてるから人数確定したくて」
「ヴィヴィアンもOK?」
「彼女、明日休みだし、もちOKよ」
「じゃMPU全員やな」
「了解!」
サマンサは早速携帯で電話をし始めた。
ダニーは、マーティンがPCで作業しているので、廊下に出て、ジョージに電話した。
「ダニー、いよいよ今年も終わりだね!」
元気のいい声なので安心する。
「今日さ、お前と過ごしたかったけど、職場でディナーになっちまった。ごめんな」
「いいよ、そんなの。お仕事大切だもん。ダニーって明日お仕事なの?」
「うん。そや。お前さえ都合よければ、帰りに寄れるんやけど」
「僕、パーシャたちとブランチ食べる約束あるけど、夜は空いてるから、待ってる」
「そか、ごめんな」
「だって、アメリカがダニーを必要としてるんだもん。頑張ってね」
「ああ、そうするわ。今日、家に戻ったら連絡する」
「うん、どんなに遅くてもいいから電話くれると嬉しいな」
「約束や」
「はい、じゃあね!」
ダニーはほっとため息をついて、自分のデスクに戻った。
MPUの食事会はいつも楽しい。
ボスとサマンサがうまくいっているせいもあり、終始和やかな雰囲気でディナーは終了した。
明日の出勤は、ボスとダニーとサマンサだ。
「え、お前、休みなん?」
「ごめん、父さんと母さんがNYに来るんだよ」
マーティンが頭をかいた。
「そりゃ大変やな、がんばり」
「ありがとう」
5人は地下鉄の駅まで一緒に歩き、それぞれの線に乗った。
ダニーは家に着き、エアコンを入れて部屋着に着替えると、すぐにジョージに電話を入れた。
「あ、ダニー、だめだよ!ダニーからの電話なんだから・・」
「おい、ジョージ、大丈夫か?何してんのん?」
「パーシャとニックが、うちのプラズマTVで、タイムズ・スクウェアのカウントダウンが見たいって、
リビングを占領してるんだよ」
するとパーシャが電話に出た。
「カウント・ダウン、パリでやったっきりだから、すごく嬉しい、あ、ジョージがふくれてる。じゃあね」
ダニーは苦笑した。
パリ時代といえば、パーシャはジゴロで金持ち連中にもてあそばれていた頃だ。
パーシャの心の中では、あの頃をどう理解しているのだろう。
「お食事会、早かったね!」
「ああ、家庭持ちのメンバーもおるからな」
「そうか!今、家?」
「そや」
「車が混んでるから、もうマンハッタンに来られないね」
「ああ、ごめん、無理やわ」
「明日って、お仕事普通に終わるの?」
「そのつもりやけど?」
「じゃあ、家でご飯食べない?どこも新年のコースメニューばっかりでしょ?」
「それもそやね。お前、支度に無理すんなよ。俺はピザのデリバリーでもええんやから」
「うふふ、分かりました。あ、ニックがシャンパン探してうろうろし始めた、じゃあ明日電話ちょうだいね!」
「ああ、約束や」
「またカウントダウンのころ電話する」
「OK」
ダニーは、まだ時間があったので、アルの店に出かけた。
アルの店でも大画面でタイムズスクウェアの様子を映し出している。
「よう、お疲れ」
「ああ、グレンフィディックくれへん?」
「よっしゃ」
ラリーが出てきた。
「こんばんは、もうご飯、すみましたよね?」
「ああ、ごめんな、腹いっぱいや」
「じゃ、軽くつまめるのを出しますね」
「サンキュ」
ラリーは、えびとチーズのピンチョスを出してきた。
「これ、お前の手作り?」
「見よう見まねですけどね」
「お前すごいわ」
「ありがとう、ダニー」
ラリーは顔を赤くして厨房に下がっていった。
アルと話していると、電話が震えた。
もうカウントダウン、1分前だ。
「おう、俺もTV見てる」
アルがクラッカーをダニーの前に置いた。
「10、9・・・ハッピー・ニューイヤー!!」
ダニーがクラッカーを鳴らすと、ジョージが「ああ、びっくりした。もしかしてアルの店?」と言った。
「よう分かったな」
「予感がしたもん。こっちは、はしゃぎすぎたパーシャが寝ちゃってさ、ニックとシャンパン飲んでるよ」
「2人によろしくな」
「うん、わかった。ダニー、新年おめでとう。今年もよろしくお願いします」
「俺もよろしくな」
「あ、ニックが話したいって」
「よう、ダニー、おめでとう」
「よう、ニック、今年も仲良くやろうな」
「おお、分かってるって。なぁ、お前さ、パーシャのCMみて、あそこが立たなかったか?」
「アホ!何言うてんねん、立つわけないやろ?」
「へぇ、そうなんだ。俺、もうあれ見るとさ、夜昼構わずパーシャ押し倒してるんだよな」
「お若いこって」
「今も天使みたいに眠ってるぜ。たまんないよなー」
「エロオヤジやな、お前」
「あ、ジョージに代わるわ」
「ニック、飲みすぎだよ。今日はたぶん部屋に戻れないから、ゲストルームだね」
「お前も新年早々大変やな〜。体、大丈夫か?」
「うん、すごく調子がいいよ、ありがと、それじゃ夜、楽しみにしてる」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい、愛してるよ」
アルがニヤニヤしている。
「何、話してんだよ、いい女の話だろ?」
「そんなところや」
「お前にあやかりたいよ。俺もいい歳だからな」
アルもグレンフィディックをグラスに注いで飲み始めた。
元旦のフェデラルプラザは、さすがにひっそりとしている。
入居しているほとんどの連邦政府のオフィスは閉まっており、カンティーンすら開いていない。
勝手知ったるダニーは、スターバックスで朝食のピタサンドとランチのビーフパストラミのフィローネを買って、
オフィスに向かった。
毎朝一番乗りのボスもサマンサもいない。
どうせ2人で楽しい夜を過ごしたのだろう。
ダニーはチャイラテを飲みながら朝食を済ませた。
すると携帯が震えた。ジョージからメールだ。
「おはようございます。昨日のディナーは何?」
「チャイニーズ」
ダニーはすぐに返信した。
「了解。食べたいものある?」
「お前」
「ダニーのバカ」
にやにやしながら携帯を見ていると、ボスとサマンサが出勤してきた。
「あ、おはようございます」
「顔がにやけてるぞ、ダニー。デートの約束か?」
「まあ、そんなところで・・」
「今日が静かに過ぎるといいな」
ボスはそれだけ言ってオフィスに入っていった。
サマンサがバツが悪そうな顔で「ごめん、遅刻よね」と謝った。
「ええやん、たまには。こっちもごめん、コーヒー入れてへんけど・・」
「私、やるから」
サマンサがスナックコーナーに消えた。
外線電話も鳴らず、静かな一日だった。
定時になったのでダニーは支度をしながら、ジョージに電話をかけた。
「うん、もう終わったから、30分で着くけど平気?」
「ばっちりだよ、待ってるね」
サマンサが羨ましそうに「ダニー、幸せそう」とつぶやいた。
「サムかて幸せやないの?」
「うーん、ボスがまだ結婚指輪してるのって気が付いてる?」と尋ねた。
「え、気が付いてなかった」
「気持ちが計り知れないのよね。大切にされてるのは分かるんだけど」
「何でやろな。指が太って抜けなくなったとか?」
ダニーがおちゃらけて言うと、サマンサがやっと笑った。
「それじゃデート楽しんで!」
「サンキューな」
ダニーはリバーテラスに急いだ。
セキュリティーのボブと新年のあいさつを済ませて上に上る。
ジョージの部屋に入ると、温かい雰囲気に包まれた。
「ダニー、あらためて新年おめでとうございます!」
「ああ、今年もよろしくな!」
「とにかく入って。部屋着に着替えてね」
「そうするわ」
ダニーが着替えを済ませ、ダイニングに入ると、アンティパストの盛り合わせが並んでいた。
「うぉ、すげーな。イタリアンか!」
「ヌー・キッチンも新年用のメニュー揃えてくれてたから。じゃ、シャンパン開けるね」
ダニーはダイニングに座り、シャンパンを待った。
「乾杯!」
グラスをかちっと合わせて、アンティパストを取り分ける。
野菜のマリネにイタリアンサラミとカプレーゼだ。
次はペンネ・ゴルゴンゾーラとグリーンサラダ、メインは牛ほお肉の赤ワイン煮込みだった。
ジョージが食べながら、去年の総括を話していた。
彼にとっては大きなブレイクの年だったが、ヘイト・クライムの犠牲者にもなった悲喜こもごもの1年だった。
その上、難病を抱えながらのキャリアに不安を持っているのがひしひし伝わる。
「そんな僕を、ずっと支えてくれたのがダニーなんだよね。
ダニーがいなかったら、僕、どうにかなってたかもしれない」
「そんなことないやろ、お前は生まれながらのファイターやから、絶対に何があっても屈しないと俺は信じてたで」
「僕のこと、負担に思ってない?」
「そんなん、考えたこともないで、ほんまに」
ジョージがふぅとため息をついた。
「何や?心配してたんか?」
「うん・・」
「アホやな。頭いいのに、ときたまめちゃアホになるわ、お前って」
「そうかもしれないね」ジョージがやっと笑った。
「今日、泊まるけどええかな?」
ダニーがさりげなく尋ねると、ジョージは恥ずかしそうに
「うん、そう言ってくれるの、待ってた」と答えた。
ダニーとジョージはお互いの体を愛撫しあい、キスを繰り返すだけの行為で眠りについた。
いたずらに興奮させ、ジョージの病気の悪化を恐れたダニーが、ためらった結果だった。
ジョージは濡れるグリーン・グレーの瞳で、ダニーを見つめていたが、
ダニーのためらいの意味を知ると、ダニーの胸に顔を寄せて、涙を流した。
「ごめんね、ごめんね、ダニーの想いを受け止められない僕なんて・・・もう構わないで」
「アホ、何言うてるんや。そんなん考えるなよ。これからいっくらでもチャンスあるやろ?俺は、焦らないから」
「うん・・・ありがと・・・」
いつの間にかジョージは眠ってしまった。
ダニーは優しくジョージの頭をピローの上に置くと、自分も目を閉じた。
翌朝、ダニーが目覚めると隣りにジョージはいなかった。
リビングからはTVニュースの音が漏れている。
「おはよう、ジョージ?」
「あ、おはよう、ダニー。今日はベーグルサンド作ったんだけど、オフィスに持ってく?」
「お、サンキューな」
ダニーは急いでシャワーを浴び、歯磨きと髭剃りをすませた。
ベッドの上には今日のワードローブが置いてあった。
グッチのスーツにネクタイだ。
ダークな色調なので誰もグッチと気がつくまい。
ダニーが着替えてダイニングに入ると、コーヒーとミックスジュースの用意があった。
「お、ありがとな」
「用意するのが僕の趣味だから。サンドウィッチの中身、クリームチーズとサーモンだけどいい?」
「最高やん!」
ジョージは嬉しそうな顔をした。
「今日、お前、何すんの?」
「エージェンシーに行って、1月のスケジュールの打ち合わせをアイリスとしようと思って」
「そやな、病気もよくなってる感じやし、がんばり」
「うん、ありがとう。ダニーは追いかけてる事件あるの?」
「それが大みそかからぱったりなしやねん。おかしな年明けや」
「平和が一番だよね」
「そやな。あ、俺、そろそろ出るわ」
「昨日は泊ってくれてありがとう」
「水臭いやっちゃな、俺が泊めてくれてお願したのに」
「そうだったね」
ジョージが笑った。
以前より笑う回数が飛躍的に増えている。ダニーは安心した。
最寄の駅から地下鉄に乗り込むと、すでにラッシュが始まっていた。
NYが動き出す日だ。
オフィスに着くと、マーティンがすでに来て、メールのチェックをしていた。
「おはよう、ボン。親父さんたちと食事どやった?」
「聞かないでよ」
また何かトラブルがあったようだ。
ダニーはソフトアタッシュからジップロックを出すと、マーティンは察したように目をそらした。
「お前、コーヒーのお代わり入れたるわ」
「ありがと」
ダニーはスナックコーナーに向かって歩き出した。
今日はチーム全員が顔をそろえたので、ボスがミーティングを招集した。
去年の第四四半期の人事考課の結果を一人一人に渡す。
ダニーは可もなく不可もなくという内容だったが、マーティンはどうだろう。
顔色一つ変えずに見ているのが逆に気になった。
ランチに誘いだし、それとなくダニーは尋ねてみた。
「どうせダニーはいつも通りいい考課だよね。
僕さ、NYで結果が思うように出せなかったら異動もあるって、父さんに言われたんだ」
「え、そんな話だったのか?」
「不肖の息子と思ってるんじゃない?」
「そんなことあらへんやろ。お前、連続殺人犯捕まえたし、他のチームへの協力もようやってるやん」
「父さんのハードルはもっと高いんだよ」
マーティンはため息を漏らした。
「そか・・じゃ、今日は俺のおごりで美味いもんでも食おう」
「ありがとう、ダニー。でも、憐れんでるならよしてよね」
「そんなんやない。相棒やろ?昨日は何食うた?」
「「メグ」の日本食だけど・・・」
「そか、それならタイ料理にでも行くか、久し振りに」
「あ、いいね、本当に久し振りだ」
「じゃ、予約しとくから」
「ありがとう、ダニー」
マーティンはさっと一瞬ダニーの手の上に手を乗せ、すぐに離した。
ダニーはミッドタウンウェストにある「チャンペン」を選んだ。
アメリカナイズされていない本場の味が人気の店だ。
42丁目なので帰りの交通の便もいい。
2人は早速シンハービールで乾杯しながら、メニューを選んだ。
ソムタムにサテーの盛り合わせ、プーパッポンカリーとパッパックブン、
それにパッタイとグリーンカレーだ。
この組み合わせが美味ければここは合格という定番メニューばかりだった。
マーティンはまだ凹んでおり、ダニーはビールの後、ニュートンのシャルドネを追加した。
「なあ、お前がNYから異動することなんてないから、落ち込むなよ」
「・・・そうだといいんだけど・・」
「親父さん、そんなに短気なんか?」
「だって、僕、もう4年目だよ。そろそろ下に誰か入ってもよくない?」
「どうやろな〜。お前が一番下で辛いのは分かるけど、予算との戦いやないの?」
「父さんとボスってあんまりいい関係じゃないじゃない?何だか心配だよ」
「お前の意向は伝えたんやろ?」
「もちろんだよ!僕はNYで失踪者捜査を極めたいんだから」
マーティンはぐいっとワインを飲みほした。
ダニーがすぐにグラスに注ぐ。
「他の支局のMPUに空きがあったら、やっかいやな」
「あーあ、どうしたらいいんだろう」
マーティンは、パッタイをがむしゃらに食べた。
「もう一回、親父さんと話し。それが一番ええよな気がする」
「ダニーは父さんを分かってないからね」
確かに無情で冷酷な人間ではある。
自分の命がさらされた経験のあるダニーにとって、好ましい人物ではない。
しかも、実の息子を人形のように操るのはいかがなものだろう。
「俺だったら、もう一回話するわ」
「・・分かったよ、今日、帰ったら電話してみる」
「そうし。当たって砕けろや」
「そうだよね」
2人はデザートのカオニャオマムアンまでしっかり食べ終えて、店を出た。
決して安いとは言わないが、確かにエキゾジックな味付けのレストランだとダニーは記憶した。
「今日、どうする?」
マーティンがダニーの目を見上げた。
「俺、ブルックリンに戻るわ」
「・・分かった・・また月曜日にね」
「お、そっか今日は金曜日やったな・・」
ダニーはマーティンのところに寄り込みたい衝動にかられたが、
弱気のマーティンに便乗してセックスしにいくようで、
そんな自分が許せなかった。
「週末、何にも予定なかったら、電話してこいよ」
「え、いいの?」
「何言うてるんや。俺かてお前の将来が心配やもん。気になるやろ」
「そうか・・分かった。電話するね」
「ああ、ほんまに電話くれよ」
2人は42丁目の駅まで一緒に来たが、乗り換え線が違うのでそこで別れた。
ブルックリンに戻ると、留守電が点滅していた。
ジョージからだ。すぐに電話を返す。
「あ、ダニー、お帰りなさい!」
「ごめん、遅くなった」
「いいってば。僕の話していい?」
ジョージはアンダーソン・エージェンシーのアイリスとじっくり話し合った結果、
グラビア撮影やCM撮影を中心にしばらくは仕事をこなすことにしたという。
「なんだかね、フレグランスのCM見た人から映画とかTV出演の話も来てるんだって」
「へぇー、すごいやん!」
「でもさ、僕ってきちんと演劇のトレーニング受けたことがないでしょ?無理だと思うんだよね」
「分からないで。次のウィル・スミスになるかもしれへんし」
ジョージはくすくす笑った。
「もう年だからだめだよ。バボみたいなセリフの少ない役ならまだいいかな〜」
「脚本だけはもらっとき。俺も読みたいし」
「え、ダニー、興味あるの?」
「何となくな」
「分かった、じゃあ取り寄せてみる。ダニーに判断してもらうのがいいや。ね、明日って何するの?」
「家事と買い物やわ」
「そう・・僕、グラビア撮影だから会えないと思う」
「そか、がんばり」
「うん、ありがと。じゃあね、愛してる」
「ああ、俺も」
ダニーは静かに電話を切った。
ダニーは大晦日からの疲れが溜まっていたせいか、午後2時にやっと目を覚ました。
さすがに空腹を感じる。
まだ近くのカフェではブランチメニューを出しているはずだ。
シャワーと歯磨きを済ませて、ダニーはストリートに出た。
ピークをすぎた時間なので、ゆったりとしたテーブルを一人で占領出来た。
エッグ・ベネディクトとオニオン・グラタンスープを頼み、
食事を始めると、携帯が震えた。マーティンからだ。
「よう、おはようさん」
「え、ダニー、今起きたの?」
「いや、ちゃう。食事中や。どないした?親父さんと話したか?」
「うん、一応ね」
「どやった?」
「今回は僕の熱意が通じたみたい。NYで頑張れって言ってくれた」
「よかったやん!」
「ダニーのおかげだよ、ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
「ダニーによろしくって言ってたよ。先輩エージェントとして尊敬に値する人物だって」
「ほんまか?俺、そんなんやないけどな」
「とにかく心配事がなくなって、ほっとした」
「お前は何してんの?」
「プレートランチ食べたとこ」
「レンジでチンか?お前、ほんまに自炊になると食生活が貧しいな」
「言わないでよ」
「じゃ、今晩、美味いもん食いに行こうか?」
「本当?」
「ああ、寒いやろ、なんか暖かいもんが食いたいわ、俺」
「じゃ、韓国料理は?」
「ええな。辛いの食って汗かきたいわ」
「じゃ、僕、予約しとくよ。また電話する」
「OK。ほな待ってるわ」
「またあとでね」
「ああ」
ダニーはほっと一息ついて、ブランチの続きを始めた。
マーティンがNYから転勤などありえないと思っていたが、
ダニー自身もNY支局に来てかなり経つ。
独身だし、異動辞令がいつ出てもおかしくない身の上だ。
そんな嫌な考えを振りきるように、ダニーは食事を終えた。
家に戻り、大鍋でスープストックを作り始めた。
本当ならチキンの肉か鶏ガラから出汁を取りたいが、割愛して、
チキンブイヨンと香味野菜を使った。
これを冷凍しておけば、どんな料理にも使える。
寒いNYの冬には暖かい食事が欠かせない。
ダニーはちらとマイアミの冬を思い出した。
むせかえるような女の香水やすえたバーのアルコールの匂い。
いい思い出とはとても言えない。
NYに来てからずいぶん健全になったものだと自分でも思った。
あのままマイアミにいたら、悪に染まっていたかもしれない。
それだけ地下とのコネクションを持っていたのだ。
すべてを捨ててNYに来るのにためらいはなかった。
昔のようなスリリングな事件は減ったが、人の命を救えるMPUの使命に大いに共感している。
そこへ、マーティンがメールを送ってきた。
マーティンが選んだのはミッドタウンにある「バン」というコリアン・フュージョンの店だった。
ダニーは買い物がてら早めにマンハッタンに移動した。
ソーホーの「ムジ」でカラフルなマーカーを何色か選び、
卓上カレンダーも選んだ。
数字が出ているだけなシンプルなデザインが気に入った。
そろそろ時間なので、ミッドタウンに移動し、「バン」に入った。
コリアン・タウンにある店と違い、シックで暗めの店内で、
すでにファッショナブルな若者たち数グループがテーブルを囲んでいる。
ダニーがドリンクメニューを見ていると、マーティンがやってきた。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「俺も今、来たばかりやから。ここおしゃれやな」
「でも味は本格的らしいよ。ダニーが食べたそうなホットポットがあるから選んだんだ」
「へぇ、ありがとさん、じゃお前に料理のオーダーまかせた」
ダニーはメニューをマーティンに渡した。
新鮮なユッケにキムチと牛の自家製ソーセージ、
メインは鶏一羽を丸ごと薬膳スープで煮込んだタクハンマリだ。
辛くない味付けだが、自分で醤油とビネガー、そしてマスタードでソースを作ってつけて食べる。
ダニーは、中にキムチやカクテキを入れて、辛口の味付けにして食べていた。
「美味しい?辛すぎない?」
マーティンは穏やかなアメリカ料理で育っているので、あまりスパイシーな料理が得意でない。
ダニーは「ああ、少し食ってみるか?」と自分の器を渡した。
マーティンは恥ずかしそうな顔をしたが、
器からスープを飲んで「わ、美味しいね、僕も入れようっと」とキムチを入れ始めた。
最初は白濁した鶏がらスープがすっかり赤い色に変わってきた。
2人はさらに石焼きビビンパプを〆でオーダーして、食事を終えた。
「やっぱりホットポットは1人じゃ食えへんな」
「うん、無理だよね。今日のは、鶏がとろとろに煮えてて美味しかったね」
「ああ、ありがとな、この店。ええやん」
「気に行ってくれた?コリアンBBQもあるし、今度はBBQにしようよ」
ダニーは笑った。
やっぱりこいつはビーフがっつりがええねんな。
「ああ。次はそうしよ」
2人は店の外に出た。
「ねえ、ダニー、今日は僕んとこに泊まってくれない?」
見るとマーティンが真剣な顔をしていた。
「ああ、ええよ。お前こそええのんか?」
「うん。泊まってほしいから」
「ほな、タクシー拾おか」
「うん」
2人は大通りに向かって歩き出した。
マーティンのアパートに着くと、急にマーティンが無口になった。
「お前、どないしたん?」
「何でもない。何だかさ、今年一年、ダニーと一緒にいられるのかなって考えてたら、落ち込んじゃって」
「アホ、この先何があるか分からへんけど、今一緒におるんやから、安心できへんの?」
「・・父さんにまた見合いを勧められたんだよね」
「親父さんも懲りへんな」
「やっぱり孫の顔が見たいんじゃないかな。父さんも母さんもいい加減いい歳だしさ」
「それもそやな〜。で、どないすんの?」
「今度の相手って上院議員の令嬢なんだって。父さん、断れないみたいなんだよ」
「じゃ、会うしかないやん。後で断ればええんやから」
「・・そんなに簡単に行くのかなぁ」
「親父さんの顔立てるのも大切ちゃう?」
「うん、そうだよね、しょうがないや」
マーティンはため息を漏らした。
「そういえば相手の女性、マイアミ出身なんだよ」
マーティンががさごそとリビングのテーブルに重ねてある雑誌類の中からアルバムを取り出して、見せた。
「えっ・・」
ダニーは思わず絶句した。
マイアミ時代、少しの間付き合った女性だったからだ。
ミランダ・ウォートン。
ココナッツ・グローブにあるホテル、ハンプトン・インのクラブで逆ナンされて、
その夜のうちに寝てしまった相手だ。
父親が政治家とは全く知らなかった。
遊び好きで派手な、マイアミによくいる成金の令嬢だとばかり思っていた。
あまりに身分が違うし、彼女のライフスタイルや取り巻きの友達とウマが合わず、
ダニーが振って、関係は終わった。
まだ独身でいたとは。
「ダニー、どうしたの?」
「いや、知りあいに似てるよな気がしたけど、気のせいやった」
「彼女とはNYで会う予定なんだ」
「ふうん。こっちに来るのか」
「どうしたら、彼女が僕と二度と会わないって思ってくれるかな」
マーティンは真剣だった。
「難しいな〜。お前、女受けがめちゃええもんな。誰でも好感持つし。
そやなぁ、思いっきり下品なバーかレストランに行くとかは?」
「そんな場所知らないよ、僕」
「そか。じゃ俺が教えるから、そこに連れてき。そしてめちゃくちゃ下品にふるまうんやな」
「何だか難しそうだ。下品って何すればいいの?」
「屁でもこき」
「そんなこと出来ないよ。せいぜい、あくびかゲップ位かなぁ」
「よっしゃ。俺がプラン練るから、とりあえず今日は寝よ」
「そうだね、じゃあバスの用意してくるよ」
「頼むわ」
ダニーはミランダとの体の相性が抜群だったのを思い出した。
ヨガで鍛えた柔軟な体がどんな体位でもこなすので、セックスに溺れた関係だった。
思い出しながら、ダニーは、つい体が反応してしまっていた。
「ダニー、用意できたよ。え、どうしたの、ダニー?」
マーティンの目がテントを張っている局部に釘付けになった。
「ごめん、俺、どうかしてるわ」
「それって、期待してもいいんだよね?」
マーティンはすっかり嬉しそうな顔になり、ダニーの手を取ってバスルームに移動した。
「はぁ、はぁ、ねぇ、もう入れて・・お願いだから・・」
マーティンの悲鳴に近い懇願がベッドルームに響いた。
ミランダの話から、加虐心に火がついてしまったダニーが、
なかなか挿入せず、指を使ってマーティンを弄んでいるからだ。
「まだまだあかん、お前はもっと下品にならないといけないんやから」
「ダニー・・・もう許してよ・・」
マーティンの秘部はひくひくと妖しい動きを見せながら、
ダニーの中指と人差し指を飲み込んでは吐き出している。
「やらしいな、マーティーは。こんなにエッチが好きなんて誰も思ってへんで」
「マーティーって呼ばないで・・あぁぁあ!」
WASPで正統派のマーティンとコンビを組んでいるから、何事につけ比べられることの多いダニーだ。
そんなマーティンのあられもない姿を見られるのは自分だけだという優越感があった。
マーティンはピローを噛んで愛撫に耐えていた。だがもう限界だ。
「ああぁ、だめ・・出る・・」
マーティンは自らの手で解き放ち、ぶるぶると体を震わせた。
荒い息のマーティンの腰をがっしりつかみ、ダニーはやっとマーティンの中に入った。
ゆっくりと律動を繰り返していると、果てたマーティンがまた首をもたげてきた。
「あぁ〜、ダニー、また、僕、いっちゃうよ・・ダニーも来て」
蚊の鳴くような声でつぶやくマーティンを見て、ダニーはスピードを上げた。
肉がぶつかり合う湿ったリズミカルな音とマーティンの吐息で、
部屋の温度が上がっているような気さえする。
「ああ〜!」
ダニーも叫ぶとマーティンの中に果て、背中にどっと体を重ねた。
マーティンの胸に腕を回してぎゅっと抱きしめた後、
ダニーはごろっとマーティンの隣りに体をずらした。
息を整えているダニーの横顔を、マーティンがじっと見つめた。
「今日のダニー、すごかった・・どうしたの?」
「え?じゃあ、いつもはすごくないってことか?」
マーティンの前髪をくしゃっと持ち上げて、ダニーはにやりとした。
「そんなこと言ってないよ。ただ・・」
「ただ?」
マーティンは恥ずかしそうに「最高だった・・」と答えた。
「そんならええやん。明日も休みやし、ゆっくり寝よ」
「僕、シャワーする」
「そか、じゃあ俺も」
2人でもつれるようにバスルームに入った。
お互いの体を洗う手つきも、今終わったばかりの情事の余韻から、いつになく優しい。
マーティンは心が満ち足りていくのを感じた。
先にダニーがベッドに戻り、マーティンがバスルームに遺された。
「こんな日がずっと続きますように」
鏡に向かってそう言うと、マーティンもバスタオルを巻いて外へ出た。
ダニーはすでにピローを抱えるようにして眠りに入ろうとしている。
マーティンはそっと隣りに身を横たえ「おやすみ、ダニー。愛してる」と口に出した。
「んん・・・」
もごもごとダニーが何事か反応したが、すぐに静かになった。
マーティンは、ベッドサイドのライトを消し、目を閉じた。
月曜日が始まった。
ダニーがオフィスの自席で仕事をしていると携帯が震えた。
ニック・ホロウェイと表示が出ている。
何やろ?
ダニーは廊下に出て、話し始めた。
「よう、また何かあったんか?」
いつものダニーの挨拶に決まってニックは「失礼な奴だ」と答えるのに、今日は違った。
「ああ、あった。お前に助けて欲しいんだけど、会えないか?」
かなり切迫した響きのニックの声にダニーも緊張した。
「電話じゃあかんの?」
「ああ、見てほしいものがあって。俺のスタジオに来てくれよ、頼む」
ただならない雰囲気にダニーは「じゃ、今から行くわ」と答え、電話を切った。
「ちょっと医者に行ってくる」とヴィヴィアンに嘘をつき、
ダニーはミート・パッキング・ディストリクトのニックのスタジオに向かった。
到着し、ブザーを鳴らすと、いつもなら解錠の音がするだけなのに、ニックが中からドアを開けた。
憔悴した顔をしている。
「ありがとう、ダニー。入ってくれ」
住居からスタジオ兼事務所に改築された内部は静まり返っていた。
「俺の部屋へ」
「OK」
中に入ると一人の男性が座っていた。
「紹介する。俺のウェブサイトを管理してくれているヴァンスだ」
「初めまして。ヴァンス・ニールと言います」
ダニーが挨拶しようとすると「ダニーの事は話してあるから」とニックが止めた。
「一体、何が起こった?パーシャがどうかしたのか?」
「ああ、というか、本人はまだ知らないんだが・・実は俺たち、ゆすられているんだ」
ニックが話し始めた。
「まずはこれを見てくれ」
ヴァンスがニックのPCを操作すると画像が目に入ってきた。
黒地に白い文字で「これを公開されたくなければ要求に従うべし」とある。
次の画面は巨大なディルドーを出し入れされている男の局部のアップだった。
泣いている声と笑っている声が入っている。
カメラが移動し、男の顔をズームでとらえた。
パーシャだった。
いやいやをするように顔を左右に振りながら涙を流している。
画面が変わり、2人の黒人に攻められているパーシャが映し出された。
一人はパーシャを下から突き上げ、もう一人は口にペニスを突っ込んでいる。
ここでもパーシャは泣いていた。
しかしそのうち、パーシャの表情が恍惚に変わり、悲鳴を上げながら、
激しく射精をした場面で画像がフリーズした。
そして黒地に白文字が浮かび上がる。
「500万ドルでご購入頂きたく。支払方法は指示を待つべし」
そこで画像は終わった。
ダニーは思わずつばを飲み込んだ。
「これ、ほんまの映像か?合成やないの?」
「俺もそれを疑った。がヴァンスの解析では合成ではないらしい」
「一体どういう風に送られてきたんや?」
「俺の作品のギャラリーのサイトにアクセスされた。それも会員だけのプログラムに入られたんだ」
「会員て?」
「ああ、アート・ディーラーやキュレーターみたいなビジネス関係の会員サイトを作っててな。
結構頑丈に組んでもらったはずなのに・・」
ヴァンスが悔しそうに
「あっさりと入られました。僕が監視中だったんで、すぐにサイトからは消したんです。
たぶん1分かかっていないはず」と付け加えた。
「金の問題じゃないんだ。これ位なら何とか出来る。
だが、こんな卑劣な相手に屈するのが耐えがたいし、
何より、金を払ったからってこいつが公開しないとも限らないだろ?
そんなことされたら、パーシャがどうなるか・・」
「これ、パーシャのパリ時代のものやろか?」
「それ以外に考えられないよな。アメリカに来てからは、アイリスとジョージの監視つきだぜ。
それに俺と付き合い始めてからは、ほとんど一緒にいたし、何かあったら、俺が分かってたはずだ」
「お前はこいつが何者なのかをつきとめてほしいんやな」
「ああ、お前しか頼れる人間がいなくて。済まない。お門違いだよな」
「ネットの世界ならどうにかなるかもしれへん。でも俺以外の人間の協力が必要になるけど、ええか?」
ダニーはニックに尋ねた。
「ああ、そいつがもしバラしたら俺が殺すから」
「・・お前も落ち着き。まずは協力してもらえるか話せんとあかんわ」
「わかった。俺もその人物に会えるか?会いたいんだけどな」
「うーん、ワシントンDCに行くか?」
「ああ、アラスカでもコンゴでもどこでも行く」
「じゃ、とりあえずオフィスに戻るわ。相手がコンタクトしてきたら・・」
「ログとっておきますから。それとサイトの管理用プログラムのURLをあなた宛てに送ります」
ヴァンスがすぐに答えた。
「よっしゃ。とにかく気持ちを強く持ち。お前がくじけたら、パーシャも壊れるで」
「ああ、分かってるよ」
ダニーはニックをぎゅっと抱き締め、ヴァンスと握手をすると、スタジオを出てふうとため息をついた。
アンディーが協力してくれればよいが。
ダニーは車をオフィスに向け発進させた。
ワシントンDCは曇り空だった。
ダニーは病欠と嘘をつき、ニックを同行して朝一番のフライトに乗った。
アンディーには電話で極秘依頼事項があるとだけ伝えてある。
自分の腕を見込んでダニーが頼んでいると分かり、アンディーは興味を示し、
ランチタイムに会う約束を取り付けることが出来た。
ダレス空港でレンタカーを借り、ペンシルベニア通りにあるFBI本局ビル近くのインターコンチネンタルホテルにチェックインした。
携帯でアンディーに電話をすると、すぐに彼が出た。
「あと30分で出られます。PC持って出た方がいいですか?」
「済まない。ウィラードの1215号室に泊まっているから、直接部屋に来てくれへん?」
「分かりました」
ニックがルーム・サービスでクラブハウスサンドウィッチを3人前オーダーした。
ノックの音がし、ダニーがウィンドウを覗くとアンディーの顔が見えた。
「よう、ごめんな、忙しいのに」
「いえいえ、今日は長めのランチが大丈夫だから」
「紹介するわ、ニック・ホロウェイや」
「え?LOSTのソーヤー?」
「それは俺の兄貴。一卵性双生児なんだよ」
「あ、ニック・ホロウェイって名前知ってます!ジョージのヘイトクライムの写真撮影した人でしょう?」
「ああ、俺だ」
ニックはニックで、アンディーのあまりの若さに驚いていた。
「早速、見てくれへんか」
「はい」
アンディーはささっとPCをLANケーブルにつないで立ちあげた。
ニックが大切そうにメモリーチップを渡す。
画像を見て、アンディーはショックを受けたようだが、
同時に下半身をもぞもぞさせ始めた。
顔面を紅潮させて「すみません、僕、トイレ・・」と駆け込んでいった。
「あいつ、ゲイだろ?こいつを見て興奮しない奴はいないよな」
ニックが皮肉交じりの絶望的な声を出した。
アンディーがトイレから出てきた。
「失礼しました。これって脅迫ですね。ネットで送られてきたんですか?」
「ああ、ニック個人のサイトに侵入してきたそうや」
「ふうん、どれ位のセキュリティーレベルか知りたいですね」
ダニーは管理サイトのURLを渡した。
「この程度のウォールなら簡単に破れますよ。でも足跡がくっきり残ってます。バカだな、こいつ」
ニックはどんどん相手のプロバイダーを追跡し始めたアンディーに舌を巻いた。
ルームサービスが届いて、アンディーはサンドウイッチを食べながらの作業を黙々と続ける。
「いろいろな国のネットワークに飛ばしてますけど、詰めが甘いですね。
これ、国内ですよ。サンフランシスコになってます」
「お前さ、こいつが次のアクセスしてきたら、もっと詳細に追えるか?」
「うん、自宅に置いてる追跡システム作動させれば出来るけど、禁止されてるんで・・」
「そこを何とか頼めないか?」
ニックの必死の表情に、アンディーも緊張した面持ちになった。
「じゃ、やってみます。こいつの居どころを突き止めればいいんでしょ?」
「そや。正体も頼む」
「聞いたらいけないんだろうけど、この画面の人って、この前NYで会ったモデルさんでしょ?
ジョージと一緒のCM出てる人」
「ああ、俺の命より大切な人間なんだ。頼む、こいつを逮捕してもらいたい」
「久し振りに腕が鳴ります。最近は暗号解読プログラムの構築やらされてて、こういう仕事からしばらく離れてたから」
アンディーは少し笑った。
「これ、俺のサイトの管理やってる人間のメルアドと携帯番号。いつでも連絡とってくれ」
ニックがメモを渡すと
「了解です。次にいつアクセスしてくるかですね」とアンディーは答えた。
サンドウイッチを食べ終えて「それじゃ、また」とアンディーは部屋から出て行った。
「あんな若造で大丈夫なのか?」
「ああ、あいつの前職はハッカーやねん。連邦政府のほとんどの機関のネットワークに侵入した天才や。
ペンタゴンすら簡単やったって」
「そうか、信じるしかなさそうだな」
ニックはほとんど口を付けていなかったサンドウィッチをやっと食べ始めた。
ダニーも一緒になって無言でランチを食べ終えた。
「それじゃ、NYに戻るか」
「ああ」
フロントでチェックアウトすると意味深な顔をされたが仕方がない。
訳ありの金持ちや政府関係者も情事に使うことが多いのだろう。
2人は夕方にマンハッタンに戻った。
「なぁ、一緒に飲むか食事できないか、ダニー」
ニックがこんなに弱音を吐くのは珍しい。
ダニーはすぐに了承し、2人はニックが会員になっているソフィテル・ニューヨークの「ギャビー・バー」に出かけた。
目立たないラウンジの半個室に腰を落ち着かせ、
ニックはスコッチ・ウィスキーをオーダーした。
「お前、食べないと、もたへんで。持久戦になるかもしれへんのやから」
「ああ、そうだな。ダニー、適当に頼んでくれないか」
ダニーは、摘まみやすい鴨とポークのリエットとオリーブ・ドライトマト・モッツアレラチーズのピンチョスをとりあえず頼んだ。
「俺さ、自分でも相当な悪さしてきたのも自覚してるし、とても人に言えた人生送ってきたわけじゃないけど、
パーシャのこれまでの人生を考えると、心臓が切り裂かれるような痛みなんだよ」
「そやろうな。パーシャも話さないんやろ?」
「ああ、俺も尋ねない。あいつが話す気になったら聞くけど、一生知ることはないと思ってたんだ。
それがこんな形で知らされるとはな。他にどんなことをされてきたのか考えただけで、
もうパーシャの顔がまともに見られないんだよ」
「え、どないしてんの?」
「ジョージに預けてる。俺が帰る頃はいつも寝てるよ」
「お前さぁ、お前がパーシャを避けてどないすんねん。奴の拠り所はお前なんやぞ。
いたずらに不安を煽ったらまずいやろ」
「そうだよな、俺も弱い人間だ・・」
「昨日も言うたけど、お前が崩れたら終わりやからな。普段と変わりなくパーシャと生活し。
頑張れ、お前なら出来る」
「そう思いたいよ」
ダニーは隣りで憔悴しきった横顔を見せるニックを抱きしめてやりたい衝動にかられた。
2人はホテルの前で別れた。
ニックの肩を落とした後姿が、今まで見たこともないくらい小さく頼りなく見えた。
ダニーがアパートに戻ると、ドアの下から廊下に明かりが漏れていた。
ダニーはDC行きのフライトに乗る都合上、拳銃を所持していなかった。
警戒しながら鍵を開ける。
すると、リビングのソファーでアイスホッケーの試合をTVで見ながら、
食事をしているマーティンの姿が目に飛び込んできた。
「おぉ、何や、来てたんか」
マーティンが訝しげに自分を見ているのが分かる。
「ダニー、どこに行ってたの?今日、病欠のはずでしょ?」
責めるような質問だ。
「ちょっと、ヤボ用が出来てな・・・」
「ふぅん、仕事より大切なんだ」
「ごめん、謝るわ、でも用件は聞かんといてくれへん?」
「じゃ、僕、帰るから」
「え、そうなん?」
「どうやらダニーは一人がお好きなようだから」
マーティンは、食べていたチャイニーズの容器をキッチンに捨てると、
アパートから出て行った。
ダニーは、ふうとため息をついた。
ダニーはTVのスウィッチを消して、外へ出た。
もうマーティンの姿はない。
まだ飲み足りないし、食事も中途半端だ。
自然と足がアルの店に向いた。
しかしカウンターを見ると、マーティンがアルと楽しげに話している。
こりゃ、入られへんわ。
ダニーは踵を返すと、近くのデリで売れ残りのサンドイッチとソーセージのポトフを買って、
アパートに戻った。
マーティンが見ていたNYレンジャースとモントリオール・カナディアンズの試合をつけて、
見るとはなしに眺めながら、食事を済ませた。
そこに携帯が震えた。ジョージと表示が出ている。
「もしもし、元気か?」
「ダニー、今日、ズル休みしたんだって?」
もうマーティンからの情報が伝わっている。
「ちょっと用事があっただけや」
「ヘンなダニー。ね、まさかニックと関係ないよね?」
ダニーはぎょっとした。
「な、何で?」
「このところ、ニックがね、スタジオで仕事があるとか言って、夜が遅いんだよ。
毎晩、パーシャと食事して、一緒にいるんだけど、パーシャ、すごく寂しがっててさ。
また捨てられるんじゃないかって怖がってるみたい」
「ニックとはお前と一緒の時以来会ってへんけどな。仕事が忙しいんやないの?」
「今日ね、スタジオに電話したんだよね。そしたら留守電になってた。携帯も出ないし。
ヘンだと思わない?浮気かな?」
「そんなことないやろ〜。あんなにパーシャを大事にしてたやんか」
「そうだけど・・ねぇ、ニックに連絡してみてくれない?ダニーにだったら何か話すかもしれないから」
「俺にか?」
「うん。僕だとパーシャに近すぎるから、ニックが話しにくいこともあるかもしれないじゃない」
「そか、分かった、じゃ連絡取ってみるわ」
「お願いします」
「パーシャ、そんなに凹んでるんか?」
「うん、すぐ泣いちゃうんだよ。今、ソファーで寝てる」
「え、ニック行ってへんの?」
ダニーは思わず質問した。
「来てないよ。え、ダニー、やっぱり何か知ってるの?」
「いや、知らない。ずいぶん遅いな〜思ったから」
「ふうん。とにかくよろしくお願いします。パーシャがかわいそうだから」
「そやね。お前の方は大丈夫か?」
「うん、処方薬がだんだん効いてきたみたい。僕は大丈夫」
「そか、よかったわ」
「それじゃね、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ダニーはすぐにニックの携帯に電話をかけた。
「・・ホロウェイ・・」
「おい、お前、どこにおんねん!早く帰って、パーシャを迎えにいってやり!」
「お、ダニーかよ・・分かった、帰る」
電話が切れた。
相当飲んでいる感じだった。
ニックは、自分が知らないパーシャの過去と直面するのを怖がっているのだ。
しかし彼の愛情を失ったら、パーシャにとっては決定的なダメージになるだろう。
どうにかしてニックを励まさなければとダニーは思った。
そのためには、犯人を突き止めるのが一番であるのも分かっていた。
アンディー頼みになってしまい、無力な自分がダニーは疎ましかった。
翌朝ダニーが出勤すると、サムやヴィヴから口ぐちにお見舞いの言葉を聞かされ、
ダニーは生返事でかわした。
マーティンは顔を見ようともしない。
どうにか修復せんとあかんな。
そんな時、携帯にメールが入った。
「話せますか?」
アンディーからだった。
「12時のランチタイムに」
「了解です」
昼になり、マーティンが離席しているのをいいことに、
ダニーは一人で外に出た。
いつものカフェではマーティンに会うかもしれないので、
ひとつ裏の通りのダイナーに入った。
パストラミサンドを頼んで、アンディーに電話をかけた。
「待ってました」
「何か分かったか?」
「ダニー、ニックのウェブの管理してるヴァンスって人に会いました?」
「ああ、会うたけど」
「彼、怪しいですよ。間違いなく関係してます」
「ほんまか?」
「ええ、わざと侵入されやすいようにプログラムに穴を空けていたんですよ。
それを突っ込んだらしどろもどろになっちゃって。
あと、仲間に聞いたら、同じ名前の人がネットストーキング行為で処罰された記事を見つけてくれて。
それから詐欺容疑とかボロボロ出てきました。それも舞台はサンフランシスコです」
「ふーん、臭いな。で、犯人からの接触はまだないんか?」
「不思議な位、静かですよ」
「お前、もっとヴァンスのこと、調べられる?」
「ええ、社会保障番号とか入手したから色々洗えると思います」
「頼んだわ。俺も用事作って本人に会ってみるわ」
「了解です。それじゃ」
アンディーは電話を切った。
ダニーはニックに電話を入れた。
「おう、ダニー。昨日の晩は済まなかった」
「お前、ほんまにパーシャを愛してるんなら態度で示せ。
ジョージがお前が浮気してるんじゃないかって疑ってるわ。
もちろんパーシャはめちゃ凹んでて、毎晩、ジョージのところで泣いてるらしいで」
「・・そうだよな。俺がバカなんだよ」
「お前の気持ちも分かるけど、パーシャがお前の不在を受け止めること出来へんの、分かってるやろ」
「ああ、今日は、これから家に戻るわ」