三橋「うう…っ き 気持ち、悪いぃ……っ!」

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869ダウト ◆rsyjg5KHN2
*解釈によっては死ネタ注意

もう夏の暑さはどこにも感じられなくなり、きいんと澄み切って冴え冴えとした温度に支配され
ている。俺と阿部君と付き合い始めてもうすぐ半年になるのだ。それに反比例するかのように俺
たちの温度は上がる一方だった。
付き合い始めのころはお互いどう振舞ったらいいのか見当もつかなくて、今思い出すと笑っちゃ
うような失敗ばかりしていた。でも最近は恋人らしい距離というものが分かってきた気がする。
俺たちは部活の後は大抵一緒に帰っている。でも前と違って、お互いの気持ちが通じてからはな
んとなくだけど、恋人らしい雰囲気になっている気がする。

俺達は付き合い始めてから一緒にいる時間をなるべく増やすようにした。
三橋との会話は凄く神経を使う。なるべく思いを汲んでやりたいが、俺も三橋も器用ではない。
俺たちの間に漂う言葉たちはくっ付いたばかりの関係と同じで拙くてぎこちなかった。けれど、
ただ寄り添って不器用な言葉を紡ぐ唇を見ているだけでどうしようもない幸せを感じたのだ。

俺は阿部君と別れた後、明日の映画に思いを馳せた。暗い夜道、一瞬当たったヘッドライトの光
がまるでスポットライトのようで、まるで俺の舞い上がった気持ちを表しているようだった。し
かし光に照らされたのはほんの一瞬。スポットライトが落ちた舞台に暗い夜道にいるのは俺だけ
で、途方も無い心細さを感じた。どこと無く寒い空気に体を震わせる。明日は阿部君と映画。今
此処に阿部君がいれば、この寂しさを埋めてくれるのだろうか。俺の赤い服が仄青い月夜に映え
ていた。

明日は三橋と映画だ。家に帰って夕飯を食べ、風呂にさっさと入り、明日の準備をする。その時
、タイミングよく三橋の家から電話が掛かってきた。俺は柄にも無く妙に明るい声で受話器を取
った。三橋も明日を楽しみにしているのだろう。
三橋は恋人になったというのに相変わらずどもり、焦ったような喋り方をする。でも昔よりはず
っと言いたいことを言ってくれてるし、俺も何を言いたいのか分かるようになった。三橋は明日
のことについて拙くも懸命に喋っている。俺は穏やかな気持ちで相槌を打つ。明日は三橋と映画
だ。ああ楽しみだ。


ダウト