阿部「三橋は俺の投手」

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296打たれる三橋に滾る ◆renocOv1.o
※原作の根底を覆す設定注意

彼は、打たれないようにリードしてやることこそが、捕手としての役目だと思っていた。
だからこそ、薄々は気づいていたのかもしれないこの感情を、怪我をしてベンチに引っ込むまでは認めるわけにはいかなかった。

 ***

「新人戦始まる直前だけど、今週末は練習試合をします。合宿の成果を試す最後のチャンスだからね! みんな気合い入れて試合に取り組むこと」
合宿最終日、久々に告げられた練習試合の知らせに選手達は沸き立った。
特に、バッテリーとして組んで日の浅い田島と三橋の二人は、本番の前に経験を積めると喜んだ。
彼らには秘密の約束があった。先日の大会で負傷したチームメイトのために、新人戦で勝ち続けるという約束だ。
もちろん、当の本人は知らない。それは秘密の約束だった。
「打たれてもいいから、新しい戦略バンバン試していこーな!」
「う んっ!」
ガッシと肩を抱く田島に、三橋は頬を上気させて答えた。普段はチームメイトとの意思疎通もままならない彼だったが、田島が相手のときは別だった。
二人は百枝に許可を貰い、さっそく試合を想定した投球練習にとりかかった。今日のところは50球で切り上げるという制約だったが、彼らの意欲は目前の試合に向かって誰よりも高まっていた。

その様子を、一人遠巻きに眺める正捕手がいた。
「打たれてもいいから」という田島の言葉に、彼はひっかかるものを感じていた。
何の迷いもなく頷いた投手。しかし、彼の中の三橋のイメージはそれとは違うものだった。
三橋は多分、打たれたくないと思うだろう。いや、表向きはああ言っても打たれないように努力するはずだ。
三橋にとって負けてもいい試合など存在しない。中学時代打たれに打たれてハブられた過去を思えばわかることだ。
意思疎通においては田島に遠く及ばないと思っていた彼だったが、こと野球に関しては誰よりも三橋の考えを推し量ることができた。
だから、初めて田島に対して首を振ることができたと三橋から報告を受けた時、今まで抱いたことのない複雑な感情を覚えたのだ。

打たれろ――。

決して抱いてはいけないその願望を、彼は押しとどめることができなくなっていた。
美丞戦の時に見たあの絶望的に空を見上げるしぐさが頭に焼きついて離れない。三星戦の時は何も感じなかったはずなのに予想外の心境の変化に自分でも驚く。
もしかしたら田島の誤算は自分にとって恵みの雨となるかもしれない。
9回の表、ノーアウト満塁でホームランを打たれたら、三橋はどんな顔をするだろう。いや、逆転サヨナラも捨てがたい。
罪悪感や良心は、もはや彼の妄想を御することができなかった。絶望に打ちひしがれる投手の顔を思い描いて口の端が歪む。気がつけば彼は勃起していた。