マトリクスとか攻殻辺りの世界観注意
雪の舞う季節、音が吸い込まれて何も聞こえない夜。
外には出てはいけない。
連れていかれてしまうよ。
三橋は呻いていた。夢見が悪いためだ。
ただ、自分が走っている。右足、左足をもつれそうに前に出し、走る。
呼吸が荒い。
前は白くて見えない。本当に前に進めているのか。踏みしめてる地面が頼りない。
ぜーはーと頭の中まで息づかいが響く。横っ腹がねじ切れるように痛い。
何の強迫観念か。
白く、白く、真っ白になり自分の手足が視界の端から消えた瞬間、暗闇が訪れた。
「よし!あと6球!」
バシンと気持ちいい音がして三橋は口元が緩む。
ここ最近全力投球は思い通りに入ってきているからだ。
西浦に来て、コントロールをこんなにも褒められ頼られた事はなかった。
だからチームのために頑張りたくなる。
「あと3球!」
指になじむ縫い目が気持ちいい。まるで自分の一部のようだ。
グラウンドに響くバットの音、チームメイトの足音、そして威勢のいい声。
野球をやれて本当によかった。
三橋は今日最後の投球をして、額と鼻に浮かぶ汗をぬぐった。
場は一転して室内。
数々のコンピュータが並び、床には配線が乱雑に広がっている。
何列にも天井に並ぶ光に室内は目に痛い程白い。
その部屋には窓がなく、部屋を出ると大きなドーム型の屋根があるホールに繋がっていた。
そして棺桶程の大きさの箱が天井から地下へ永遠に見える程螺旋状に並ぶ。
外観は透明で、外から中の様子がうかがえる。
男は部屋の入り口に備え付けられた四角い装置にカードを差し込んだ。
ピピッと認証音と共に音も無くとホールにある箱が回り始めた。
1分程だろうか、回り続けていた箱は止まり静まった。
そしてすすす...と箱から太い筒状のものが伸びて男の目の前に置かれた。
中には全裸の人間がいた。
男は事務的な手つきで箱に次々とケープルを差し込む。
そしてメインと思われるコンピュータの目の前に腰掛け、手慣れた手つきでどんどん入力してゆく。
ピーピーピーガーガーと口ずさみながら一通り入力を終えると男はケーブルを抜いてゆく。
そしてまた備え付けられた装置にカードを差し込むと全裸の人間は箱の中に収まり、箱は元の場所に戻る。
男の入力した画面は一般的な文字の羅列ではなく、なにか暗号のようだった。
はくちゅう‐む〔ハクチウ‐〕【白昼夢】
日中、目を覚ましたままで空想や想像を夢のように映像として見ていること。
また、そのような非現実的な幻想にふけること。白日夢。
最近、部活時はとても調子がいい。
だが、特に昼前は思考能力が停止したように何も考えられなくなっていた。
声をかけられてもどこか空を見つめ、全身の力が抜けきっている。
疲れているのか。
三橋は寝れる授業はなるべく寝て、目の光る教師のいる時に備えるようにしていた。
備えるようにしていたのに。
白い、また白い靄に包まれている。
手を伸ばしてもなにも触れられない。足は動いているのに進んでいるのか、後退しているのか、それとも横歩きなのか。わからない。
影もない。
不思議と恐怖心はない。暖かくも寒くもなく、安心感もない。
まるで肉体は精神と関係ないような、そんな言い表せない感情が生まれていた。
パコッ
軽い音が頭上に響き、反動で机に額をぶつけた。
目をこすり見上げるとそこは見慣れた教室内で、目の前には眉間に皺を寄せた数学教師が立っている。
「三橋くん、いいかげん目は覚めたかい?」
鋭い眼光が三橋を見おろす。うしろの席ではあちゃーと小さい声で田島が間の手を入れていた。
「ごっ、ごご ごごめんな さい」
慌てて教科書を手に取り目で数字をなぞる。
ノートと黒板を見比べ、進んだ所を埋めてゆく。
教師はやれやれという表情を浮かべたまま、教壇へと戻った。
「三橋ー何度も起こそうとしたんだぞー?」
三橋は手が止まり再び空を見つめていた。