504 :
君=花:
思い切ればいい。自分がこんな感情を持っているから悪いのだ。全部纏めて捨ててしまえばいいのだ。
阿部は柔らかい三橋の髪に左手を突き入れると、後ろ髪をぐいと引き下ろした。
「痛っ」
髪を引っ張られて、三橋が顔を上げる。
苦痛の声を上げた唇の間から見える、綺麗に整った歯と、ピンク色の舌に煽られて、顔を近づけた。
「…ぅ…え?」
三橋が大きく瞳を見開くのを間近で見ながら、小さく笑う。ずっとこうしたかった、と思っていた。
三橋にくちづける夢も何度も見た。今まで何度も思い描いていた。
……こんな無理矢理じゃないキスがしたかったのに。
「…んん…っ」
開かせた唇に己の唇を重ねる。強く押しつけるだけでは足りず、温かい口内を探る。歯列を舌先で撫でるだけで、ぞくぞくした。
「ふ、…うぁ」
苦しそうに藻掻く三橋を可哀想に思うのに、止まらない。
逃げる舌を追いかけて、強引に絡め取った。思っていたとおり、小さな舌は甘く柔らかい。
「く、るし……」
抱き込まれていた腕を突っ張って逃げようとするのを、更にきつくかき抱く。体温の高い体が心地よかった。
「鼻使えって」
はふ、せわしなく息をつく三橋に囁いて、阿部はもう一度唇を重ねた。濡れた水音が室内に散る。
左手を鷲掴みにしていた髪から首へと移動させて、動かせないようにしてから、もっと深く交わろうとくちづけを深くした。
「う…ん、ぅ」
鼻に抜ける声が甘い。諦めたのか、三橋の腕から力が抜けた。
突っ張っていた腕がほろりと解けて、阿部のシャツに皺を刻む。見開かれていた瞳は閉じられ、長い睫毛が頬に影を落としていた。
口蓋を舐め上げて、舌先を吸い上げるとヒクリと痙攣する。
他の誰としたよりも深いくちづけは、甘くて苦しかった。
……………最初で最後のキス。
割り切って仕掛けたはずなのに。名残惜しくて離せない、自分を未練がましくて浅ましい、と思う。
ずっとこのままで居られたらいいのに。
そんなこと、出来ないと分かっていたけれど、願わずにはいられなかった。