もう一度あの時に戻ってやり直せるのなら、なんて考えたこともない。
悔しいことや回避できるのなら回避したい辛い経験は数え切れないほどあるけれど、
それがなくなってしまったらきっと今の自分はそれをバネに成長することをやめてしまうと思うから。
そういう持論の俺が、ラベンダーの香りを嗅いだわけでもなくタイムリープする能力を手に入れたなんて
ロバート・A・ハインラインもびっくりなんじゃないだろうか。
そもそも現実ってこんなにフレキシブルだったっけ。
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ヘトヘトになるまで練習した後の睡眠は深くて心地いい眠りであることが多い。
いつも通り妹を風呂に入れて寝かしつけた後、簡単に予習復習を済ませて布団に入る。
だから目の前に白銀の雪景色が広がった時も、ああこれは久しぶりに見る夢なんだなと思っていた。
そこでは俺は大きな樹木になっていた。凍てつくような寒さを表皮から感じ取る。
埼玉にだって雪は振るけれども、ここまでの底冷えというか体感温度になることはない。
寒いなぁ、とのん気なことを考えているとやけに生々しい人の泣き声がきこえた。
どこから聞こえるんだろう、と思って視線(木の視線というのは謎だけれども他に言い表しようがない)を
根元の方に向ける。
体を消えてなくなりそうなほど小さく丸め込んで、声を押し殺すように泣いている。
髪の毛からトレンチコートの肩にかけて、水でも被せられたかのように不自然な濡れ方をしていて居た堪れなかった。
少年が泣きつかれたのかゆっくりと顔を上げた。
……今より若干幼くはあるもののそれは間違いなく、三橋だった。