深呼吸すると、足元から立ち昇る草いきれから、強い夏の匂いがした。
暖冬をのんびり過ごした草むらも、雨と暑さのおかげで青々とした緑に恵まれたようだ。なんとなく足を上げてみたら、踏みしめたはずの雑草たちが、むくりと反動を付けて立ち上がろうとするのが見えた。知らず口元が緩む。
顔を上げると、頭上から降り注ぐ光の眩しさに目を細める。同時に皮膚からじとりと汗が吹き出すが、少し強めの風がすぐさま、不快さをどこかへ飛ばしていった。
いい天気だ。
ぐうっと大きく伸びをしながら、オレは周りを見渡す。
バスを二つ乗り継いだだけで、こんな広々とした場所が拓けているんだから、埼玉はやっぱり田舎なのかもしれない。まあ千葉には負けてないからいいけど。
一時間に一回しか用をなさないバス停から、十分ほど歩いて少し山を登った場所。丘ともただの野原とも言い難いここは、小学生のとき遠足できた。
アルバムを見ていた三橋に急かさなければ、懐かしさとなによりヒマに負けなければ、もう二度と来ることはなかっただろう場所だ。
本当に久しぶりに訪れたけれど、記憶より随分と狭くて、みずぼらしくて、どうともないただの草むらだった。
それでもオレは来てよかったと、先ほどから何度も思っている。不思議だ。前の自分じゃ、そんな感傷めいた気分になる余裕は無かったかもと、ふいに考えた。
しかし、懐かしさにも成長の自覚に酔う暇もなく、背後から死にそうな声で名前を呼ばれて振り向く。
小走りなのか三橋のひよこ頭とつばの広い白の帽子が、ひょこひょこせわしなく上下しているのが見えた。ぴらんぴらんと、帽子に付いたクリーム色のリボンも揺れる。
ここにくるのと交換条件で、半ば無理やり着せた白いワンピースのスカートが風に煽られ、そのたびに立ち止まっては押さえている。
フリーサイズのとはいえ、女物にしか見えない白いサンダルを履くのは嫌がったから、せめてもの情けでスニーカーのままでも許可してやったが、この調子だとあまり差は無かっただろう。押し通しちまえばよかった。
まってぇえぇぇええっと、妙なドップラー効果を引き連れて、三橋はふぐふぐ泣きながら声を上げた。オレはため息を付くと、わかってるよとばかりにその場に座り込んでやる。
安心したのか、三橋の大袈裟な動きがちょっとだけ落ち着く。
ひらん、と軽く、柔らかく。スカートが柔らかな曲線を描き、三橋の身体に沿った。