>>374 ここまで
【4】
夏と違って、早朝はまだ外が暗い。
洗面所の電灯をつけ、花井は冷水で顔を洗った。冷たいが、目は冴える。
鏡の前でタオルを使っていると、後ろの廊下に誰か横切るのが映ったように見えた。
母ではなく妹のどちらかだったら、面倒だと思う。うるさいから目が覚めちゃった、とたまに文句を言われるのだ。
洗面所の入り口から顔を出して、廊下を見た。
誰もいない。ほっとして洗面台に向き直る。
そこで呼吸が止まった。
鏡には、人の顔が映っていた。
花井の後ろではなく、前に。
白いその表面は目の部分が黒く落ち窪み、人間の色彩を持っていなかった。
恐怖と気味悪さに呻き、洗面所を飛び出そうとしたが、花井の足は床に打ち付けられたように動かない。
ひとりめ
鏡に映った異形の口元が動いた時。
2本の腕が、鏡から突き出た。
「がっ…」
冷たい指が、まっすぐに花井の首を捕らえる。
強く締められてもいないのに急速に目の前がぼやけてゆき、意識が遠のく。
襲いかかる激しい頭痛の中、殴りつけた鏡の端が割れ、ガラスの破片が飛び散った。
ひびの入った鏡の中で笑う化け物と、血まみれの自分の拳を捉えた直後、花井の視界は真っ暗になった。