尚江「プ クク」

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594怠惰の雨音
青年はゆっくりと少年の、否、部屋の前に近付いた。
それに気付き、少年が顔を上げる。
縋るような瞳。何か言いたいのに言い出せない口。
青年は、小さく笑って、
「入れ」
そう声をかけた。
鍵を開けドアを開くと、少年を部屋の中に誘う。
初めて会った日とは違い、少年はすんなりと部屋に入った。
数週間前と全く代わり映えしていない部屋。
少年は安心したのだろう。表情が和らいだ。
「今日はどうした。俺のココアが恋しくなったか?」
言いながら、景品の入った袋をテーブルに置く。
袋が倒れ、中からはチョコやらポテトやらが顔を出した。
少年の視線が、チラッと菓子の方に向く。
「食っていいよ」
青年がそう言うと、少年は一瞬嬉々として顔を上げるが、すぐにその表情を崩した。
そして、肩を落とし、力が抜けたようにズルズルと座り込んでしまった。
「いりま、せん……オレ、話聞いて、ほしくて」
「そか。じゃあ話し終わったら食いな」
青年がそう言えば、少年は薄く笑う。
以前と比べ、少しだけ心の距離が縮まっている。
「高校に行ったら……野球、やるつもり、ほんとはなくて」
浮かべた笑顔を消して、少年は話を始める。
前の時も、悩んでいるのは野球のことだった。