三橋「じゃのめでおむかえうれしいなっ」

このエントリーをはてなブックマークに追加
640怠惰の雨音
どれだけ走ったのだろう。
青年は、駅から近い場所に部屋を借りられたことを感謝する。
雨に濡れたまま、割と小綺麗な外観のアパートの階段を駆け上がる。
少年と、手は繋いだままだ。
部屋の前まで到着すると、二人共息切れを起こしていた。
「大丈夫……か?」
青年が訊くと、少年は少しばかり屈んだ態勢のまま、こくこくと頷く。
それを見ると、青年は少年の手を離した。
そして、バッグを漁る。
必要なものだけ持って、後は置いてきた。
また別に何かいるのなら、引っ越した先で買えばいいと思ったからだ。
青年は鍵を見つけると、取り出して鍵穴に差し込んだ。
ガチャリと、雨の中ではその音が鮮明に響く。
「入りな」
少年に呼びかける。
だが少年はビクッと反応を示した後、部屋に入ろうとする素振りは見せない。
青年は、また少年の手を引いて、部屋の中へ誘った。
髪から落ちる水滴が、コンクリートの玄関を濡らしていく。
青年は不快になりつつある靴を脱ぎ、次に靴下も脱いで、部屋に上がる。
少年は未だ、動かないまま。
青年は、バスルームに向かったのだった。
上がって、5歩も行かないで着く狭い脱衣場。
そこから、まだ開封していない袋に入っているタオルを取り出す。
そのタオルを、少年の頭の上めがけて投げはなった。
ぱさっと、少年の頭の上に乗る。
「頭拭いたら上がってきな。なんか暖かいもの飲ませてるよ」
青年はそう言って、また脱衣場に顔を引っ込めた。