YARANAIKAMAN「YARANAIKA?」

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914水の檻
保管らめぇ

※三橋が盲目設定注意※ピョア注意


何時でも抜け出せるからこそ出てゆけないで、ここにいる。


中村さんの職業については、あまり馴染みのない人が多いだろうし、
少しだけ説明がいるかもしれない。
彼は読書のプロフェッショナル。いや、朗読者である。
けど、彼は有名な女優さんやアナウンサーがそうするように、
大きな舞台に立って有名な詩なんかを読むわけではない。
オレのように視覚障害を持って、自分では本を読めない人間に
その人の望む本を何日もかけて読み聞かせてくれるのだ。

もちろん、大きな図書館やボランティアグループによって、
有名な作品のテープ文庫は存在しているのだけれども、
名作と呼ばれる古い作品がほとんどで近年のベストセラーや
あまりメジャーではないものはほぼ存在しないのが現状だ。
だからオレは中村さんの噂を聞いたとき、飛びつくように仕事の
依頼をしたのだ。
915水の檻:2008/06/13(金) 03:43:33
>>914

オレは物語が好きだ。
先天的に視力が全くないこともあって、中々自分自身で
行動をすることはできないけれど、本の主人公たちは
自由な翼をもった鳥のように色々な場所に行き、
たくさんの人に出会い、素晴らしい経験をする。
それをオレは小さな鳥かごの中で想像力によって
疑似体験する。
もちろんスポーツは全く出来なかったから、
特にそういうジャンルの本を読んでもらうと想像が膨らむ。
野球、サッカー、陸上、バスケ…。
なかでも、テレビ中継やラジオでよく耳にするのが野球だ。
もしオレが野球したら、どこを守るんだろう?
こんな性格だから、きっとピッチャーだけはつとまらないな、
と考えて笑ってしまう。
ピッチャーは、エース だ!
すごく気になる反面、心臓が締め付けられるようにきゅッとする。
…なんで、だろう?

オレは学校に通う傍ら、本を点字に起こす作業補助のバイトで
いつも失敗ばかりして迷惑かけながらも、
毎月ある程度は自由に使えるお金がある。
週に2回、3時間ずつ中村さんはうちにやってくる。
25歳まで劇団員だったそうで、その朗読は適度にめりはりがあり
時にはふきだすほどおかしく、時には涙をこらえられないほど
切ない。
「結局、役者としての芽はでなかったけどね。
 今の仕事が出来るのも当時の経験があるからこそ、かな。」
少しはにかんだような声で中村さんはいつもそう話してくれる。