>>914 オレは物語が好きだ。
先天的に視力が全くないこともあって、中々自分自身で
行動をすることはできないけれど、本の主人公たちは
自由な翼をもった鳥のように色々な場所に行き、
たくさんの人に出会い、素晴らしい経験をする。
それをオレは小さな鳥かごの中で想像力によって
疑似体験する。
もちろんスポーツは全く出来なかったから、
特にそういうジャンルの本を読んでもらうと想像が膨らむ。
野球、サッカー、陸上、バスケ…。
なかでも、テレビ中継やラジオでよく耳にするのが野球だ。
もしオレが野球したら、どこを守るんだろう?
こんな性格だから、きっとピッチャーだけはつとまらないな、
と考えて笑ってしまう。
ピッチャーは、エース だ!
すごく気になる反面、心臓が締め付けられるようにきゅッとする。
…なんで、だろう?
オレは学校に通う傍ら、本を点字に起こす作業補助のバイトで
いつも失敗ばかりして迷惑かけながらも、
毎月ある程度は自由に使えるお金がある。
週に2回、3時間ずつ中村さんはうちにやってくる。
25歳まで劇団員だったそうで、その朗読は適度にめりはりがあり
時にはふきだすほどおかしく、時には涙をこらえられないほど
切ない。
「結局、役者としての芽はでなかったけどね。
今の仕事が出来るのも当時の経験があるからこそ、かな。」
少しはにかんだような声で中村さんはいつもそう話してくれる。