阿部「アホの一念岩をも通す」

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949逃避行
(wiki管、改行修正ありがとうございました レスごとに改行お願いします)


ふっと暖かい空気が顔にかかり、阿部は目をあける。
視界いっぱいに三橋の顔。じいっと阿部の顔を覗き込んでいたが、
阿部が目覚めたことに気づくと慌てて身を遠ざけた。
どうやら三橋が風呂からあがるのを待っている間に寝てしまったらしい。
点けっぱなしのテレビからはお笑い芸人の笑い声。いかにも深夜放送だ。
「わりぃ、ちっと寝ちまった」
「ううん…あ、阿部君おふろ、どうぞ」
三橋はタオルと一緒に備え付けてあったパイル地のバスローブを身につけている。
寝間着代わりに、旅館の浴衣のような感覚で身につけたのだろう。
合わせが乱れて胸はほとんどはだけていた。
しっかり前を詰めてやり、腰紐にぐいと余った前身頃を押し込んでから
三橋の頭に手を置くと、しっとりとはしているが大方乾いている。
洗面所に備えつけられていたドライヤーを使ったらしい。三橋は何だかんだで順応性はある。
「じゃ、俺も風呂もらってくっから、お前は先に寝てろよ」
「うん」
三橋は素直に頷いた。

バスタブに湯を張り直しながら、広い洗面台の大きな鏡の前で阿部は自分の体を眺めた。
丸2日野球をしていない。それどころか満足に体を動かすことすら。
これだけでどれだけの筋肉が落ちただろう。筋肉が落ちればその分体重も減ってしまう。
ただでさえ油断をすれば落ちやすい体重を気にしているのに、これでは三橋のことは言えない。
腕をぐるりと回して筋肉の盛り上がりを確かめてから、その姿にふとおかしくなった。
この期に及んでまだ野球をするつもりでいる自分がおかしい。
これまでの人生で大切にしてきたものはすべて置いて来たつもりだ。
自分の憧れや目標と引き換えに、一番大切なものだけ手に入れて。
たとえ戻ったとしてもまた野球をやらせてもらえるかどうか分からない。
阿部は風呂場に足を踏み入れ、溜まった湯にざぶりと頭まで浸かった。