阿部「犬ってバック(後ろ歩き)できないんだってな」

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286筒井筒
前回昨日の今くらい

※微鬱注意

叶の生涯において、一番長い夜が明けた。
背には、もう二度と触れ合うことが出来ないと覚悟していた廉をおぶって、安らかな寝息を耳元に感じる。
精神の宿らない抜け殻のような廉の体を返してやる。
大蛇にそう提案された叶は条件反射のように頷いていた。
その瞬間、奇妙な呪術の言葉と共に空間が歪み、びくともしなかった鉄格子を紙切れのようにすり抜けて
ぼろぼろに傷ついた廉の体がドサリと叶の目の前に落とされた。
荒ぶる神は、地を震わせる嘲笑を残して闇の奥に姿を消した。

石段を上り岩戸の入り口までたどり着くと、暗闇に慣れた目に朝の光が眩しかった。
だが休息も躊躇も許されない。
今度こそ廉を守るために、親を捨て、家を捨て、土地を捨て、村を捨てる。
一介の子どもである自分にそれが出来るかと自問しても答えは見出せないが、覚悟は決まっていた。
集落からの追っ手や探索が出るとすれば、当然南の平原を越えると思われるだろう。
それを逆手にとって、叶はあえて手薄になるであろう北の峠道を進んだ。