778 :
明日:
※エロなし
カラカラと、ただ押しているだけの自転車が立てる乾いた音が暗い街灯の下で響く。
どこからか漂う土と緑の香りが、春から初夏へと変わるこの季節特有の空気をはらんでいる。
三橋の誕生日が近いなと、阿部は思い出す。
ただ生まれただけの日に一体どんな意味があるというのか、阿部にはよく分からない。
ただ年に1度だけ、自分のために好きなおかずが食卓に並ぶ日。そんな認識だ。
自分と違って弟は、ケーキやプレゼントに囲まれ、クリスマスと同程度には楽しみにしている。
そんな弟の嬉しそうな顔を見ることは嫌いじゃなく、阿部はむしろ弟の誕生日だけは忘れない。
いつだって自分より兄弟のことが優先になるのは、ごく当たり前のことだった。
「三橋」
声をかけるとぱっと振り向く。まるで犬のような反射神経だ。
「おまえ、もうすぐ誕生日だろ」
「う、ん。あした…」
「何かほしいもんある?」
他人の好意を受け取ることに慣れない三橋は、いまだに阿部にも遠慮をする。
しかし、こうやって夜2人きりでいるときは、ストレートに欲を伝えてくる。
ときに自分自身を痛めつけるようなやり方で気持ちをぶつけてくることもある。
そんな三橋を、阿部は責める気にはなれない。
それは弟が、兄に対しては何をしても許されると思い込み、
ひどく甘えてくるそれに似ていると感じるからだ。
三橋の開きっぱなしの口からすぐに返ってきた返事に阿部は苦笑する。
「阿部君に、そばにいてほしい」
「なんだよ、いつもいるだろ」
「ずっと、一緒 が いい」
「そんだけでいいの?何か欲しいものは?」
「いらない」
「そっか」
(頼まれなくたって、いくらでもそばにいてやるのに。)