阿部「三橋!東京へいくぞ!」

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129fusianasan
ヌコヌコ奥さん

「よお奥さん久しぶり」
「……」
いつも露骨に困った顔をして小さな声で「帰ってください」と言う奥さんが今日に限って無言だった。
玄関の鍵すらかかっていない。
不穏な空気を感じつつ元来図々しい俺は無遠慮に部屋へ押し入った。
奥さんは部屋へ侵入する俺にまるで頓着せずキッチンのダイニングテーブルにあつらえられた丸椅子に腰掛けたままどこか呆けた目で窓の外を眺めている。奥さんは白い眼帯をつけていた。どうせ旦那に殴られたか何かだろう。簡単に予測がつく。
奥さんが青タンや痣をこしらえているのは今日にはじまったことではない。
なのに俺は無性に胸糞悪く嫌な気分になっていた。

「どしたァ奥さん!」
耳元で声を張り上げると奥さんは「ひゃあ」と素っ頓狂な声をあげて肩をそびやかせた。
その様子は俺の知っているどこか間が抜けた奥さんと相違なく不思議に俺は胸を撫で下ろしていた。
「き、来てたんです か」
「まあな」
いまはじめて俺に気付いたようで慌てて立ち上がり逃げようとする奥さんの手首を掴む。
尚も抵抗する奥さんの両腕を掴みダイニングテーブルに押し倒す。
テーブルの上にあった調味料の入った籠がガシャンとけたたましく転がり落ちた。
いくつかの瓶が割れたらしい。俺の靴下に調味料らしい液体がじんわりと染みてきた。
「目、どうしたんだよ」
何でもないと言い張る奥さんを遮り眼帯に手を伸ばす。予想通り目の周りが青紫色に腫れ上がり眼球も血が滲んでいるのか白目の部分が赤くなっていた。
ドッドドドオドドドオドドドオって何だっけ、風のマタ三郎だ。
俺のような間男風情が言えた義理も干渉する資格も何もないのだが余計な言葉が口を突いて出ていた。
「いつか殺されるぞ」
奥さんは肯定とも否定ともとれる曖昧な気持ちの悪い笑顔を「フ、ヒヒ」と浮かべた。俺なんて問題にしていないそんな様子に腹が立ち俺はまた極めつけに変な一言を発していた。