【Without a Trace】ダニー・テイラー萌え【小説】Vol.15
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[注意書き]
同性愛的要素、過激な描写を多く含みますので、不快を示す方は閲覧をお控え下さいますようお願いします。
これらを理解してストーリーを楽しんで下さる方のみ閲覧お願いします。
注意事項を守らず不快な思いをされてもこちらは一切責任を負いません。
あくまでも自己責任・自己判断でお願いします。
ダニーは土曜日の眠りをむさぼっていた。
昨日は、アトランティック・シティーの往復と逮捕に、マーティンとの情事つきだ。
ボスと飲んだ日本酒も残っている。
何度か時計を確かめては、また眠りに落ちた。
すると、ドスンとダニーの上に誰かが乗った。
何やねん!
ダニーが目を擦りながら開けると、ジョージが大の字になって、ダニーの上に乗っていた。
7 :
書き手1:2008/04/22(火) 20:36:52
「ダニー、おーはよー。もう午後4時だよ」
「ん、まだえーやろー」
「冷蔵庫からっぽだし、レストランも混むから、さぁ、起きて」
ダニーはジョージに抱きかかえられて、ベッドから起き上がった。
「お前、力だけはあんねんな」
「どうせ、モデルはバカだって言うんでしょ?」
「そんなこと言うてへん。お前チューレン大の経営学部やん」
「はい、シャワー、シャワー」
ダニーはジョージに押されて、バスルームに入った。
簡単にシャワーをすませて、歯磨きする。
無精ひげがちょっと目立つが、休日だから構うまい。
8 :
書き手1:2008/04/22(火) 20:37:46
ダニーが外に出ると、バスタオルを広げたジョージが待っていた。
「はい、拭いてあげる」
「ガキやないんやからできるわい」
ダニーはタオルをとりあげ、自分で体を拭いた。
クロゼットから適当に服を選ぶ。
どうせ近所のスーパーでの買い物だ。
ダニーのマスタングに乗り、桟橋近くのフェアウェイに車を停めた。
「ダニーの食事内容をチェックしなくちゃね」
ジョージはノリノリだ。
ダニーは「俺は、肉体労働者やから、高カロリーでもええんやで」と言いながら、カートを動かし始めた。
9 :
書き手1:2008/04/22(火) 20:38:44
冷凍食品のTVディナー、乳製品、ハム、野菜少量、パスタソース、卵、
ジュースにビールと一連の日用品を買いこんで、二人は店を出た。
「野菜が少ないよ」
「ええやん。最近、自炊するのもうっとうしいわ」
「僕なんてたいてい自炊だよ。パーシャにも教えてるとこ」
「あいつ料理だめなのか?」
「ロシアのダンサーって英才教育みたいだから、全然家事なんてした事ないみたい」
「いいご身分やったんやな」
「でも嫌がらずに、楽しそうに色々作ってるよ」
「へぇー、よかったな。アメリカが合って」
10 :
書き手1:2008/04/22(火) 20:39:36
「うん。そういえばさ、パーシャ、なんとなくニックと付き合い始めたみたい」
「え?ほんまか?」
「ニックのことしゃべる時すごく嬉しそうなんだよね。決まりじゃない?」
「パーシャとニックなぁ」
「心配?」
「あぁ、ニックは色々悪い遊び知りすぎてるよって、心配や」
「それでさ、今日お願いなんだけど」
「まさか、一緒に食事か?」
「うん、そのまさか。ダニーに見極めてもらいたくて。ニックが本気かどうか」
「さよか」
二人は買い物を急いで冷蔵庫に収めて、タクシーで約束のロワーマンハッタンのイタリアン「ルーパ」に出かけた。
11 :
書き手1:2008/04/22(火) 20:40:38
ニックとパーシャはすでにテーブルについていた。
「やぁ、テイラー、久しぶりだな」
「あぁ、何かの展示会以来やな」
「なんだ、今日はパーシャのご両親の面談かよ」
ニックが不敵に笑う。
「そんなとこや」
「安心しろ。俺は変わったんだ」
「どうだかな」
シャンパンが運ばれてくる。
前菜の盛り合わせとそれぞれ好きなパスタやニョッキを頼み、ハタのアクアパッツアをシェアすることにした。
12 :
書き手1:2008/04/22(火) 20:41:36
パーシャはすっかりニックに夢中だ。
この雰囲気だともう何度も寝ているのだろう。
「パーシャ、ニックのどこがええのん?」
「失礼な質問だな、テイラー」
「どこって・・僕の写真、素晴らしかった。僕じゃないみたい。ニックは他の人と見る目が違う。
僕の内面を見てくれる。そして表現してくれる。だから好き」
好きと言って、パーシャは恥ずかしそうに下を向いた。
パーシャがちょっとと言ってトイレに立った。
ダニーはニックに言い放った。
「あいつを傷つけたら、俺が許さへんで」
「はいはい」
ニックは余裕の笑みを浮かべて、ブルーチーズのパスタを口に放り込んだ。
これからクラブに行くというニックとパーシャと別れ、ダニーとジョージは、タクシーでジョージのマンションに向かった。
セキュリティーのボブが挨拶してくれる。
エレベータに乗るなり、ジョージは尋ねた。
「ねぇ、大丈夫だと思う?」
「ニックもなぁ、マーティンに粉かけたり、お前抱こうとしたり、前にエージェントやってた女と寝てたり、
出入りが激しいからなぁ。俺には分からん。でも、あいつ、少し落ち着いてきた感じやったな」
「それならいいんだけどさ」
「お前にはパーシャの生活の責任があるんか?心配しすぎやで」
「何だか、弟見てるみたいな気持ちになっちゃって」
14 :
書き手1:2008/04/23(水) 23:18:48
「そういや、お前の弟どないしてる?」
「メジャーリーグのスカウトが来てるらしいよ」
「すごいんやな」
「でも奴は、ニューオリンズ・セインツでなきゃ嫌だって言い張ってて、両親とか大学の関係者を困らせてる」
最上階に着いた。エレベーターを降りると、そこはもうジョージの部屋だ。
「ダニー、リビングでくつろいでて」
「うん?お前何やんの?」
「明日の朝のパン焼くの」
「はぁ?」
「ホーム・ベーカリー買ったんだ。日本製の。優れものなんだよ」
「さよか」
ダニーはリビングの大型TVをつけ、漫然とCNNを見ていた。
15 :
書き手1:2008/04/23(水) 23:19:46
ジョージがハーブティーを持って戻ってきた。
「もしかして失敗しちゃうかもしれないけどいい?」
「ああそれでもええて」
ジョージはダニーの隣に座って、太股の上に頭を乗せた。
「どないした?」
「人前じゃ甘えられないでしょ」
「そか」
ダニーはジョージのスキンヘッドの頭をなぜていた。
「バスに入ろうか」
「うん」
ジョージがバスルームに消えた。
16 :
書き手1:2008/04/23(水) 23:20:36
翌朝もダニーは大幅に寝坊した。
ジョージ相手にベッドで2ラウンドこなしたのだから、責められはしまい。
隣りにジョージの姿はなく、リビングから小さな音でアリシア・キーズの歌声が流れていた。
「おはよ、ジョージ」
「おはよう、ダニー。まだ寝ててもいいのに」
「シャワーするわ」
「わかった」
ダニーがシャワーを終えると、ダイニングからいい匂いがしてきた。
17 :
書き手1:2008/04/23(水) 23:21:37
「お前の焼いたパン、楽しみやわ」
ダニーが席につきながら言うと、ジョージが照れくさそうな顔をした。
「失敗しなくてよかった」
「で、今日は何パン?」
「メープルシロップとレーズン入りの食パンにブルーチーズを乗っけたのと、
ルッコラとロメインレタスのサラダに、オレンジジュースとコーヒー」
「完璧やな」
「おだてないでよ」
二人は向かい合って、朝食を食べた。
なるほどホームベーカリーで、これだけふっくらしたパンが焼けるなら、ダニーも買ってみる価値があると思った。
18 :
書き手1:2008/04/23(水) 23:22:32
「パーシャ、帰ってきたやろか?」
「さっきパンを届けに行ったらいなかったから、ニックのところに泊まりじゃないかなぁ」
「そやな」
すると、インターフォンが鳴った。
セキュリティーからと表示が出ている。
「ボブ、お早う。どうしたの?」
「それが、コヴァレフ様があなた様を呼ぶようにと」
「分かった、すぐ行く」
ダニーも聞いていて「俺も行くわ」と言った。
二人で、エントランスロビーに向かうと、ボブが自分の椅子にパーシャを座らせている。
19 :
書き手1:2008/04/23(水) 23:23:22
「どうしたの?」
「ここに座らせたら、気絶してしまいました。あなたの名前を呼んだのでお呼びしたんですが」
ダニーが、「こりゃ、アルコールだけやないで、ひょっとして薬物かも」と言った。
「じゃあ、病院に連れて行かなくちゃ」
「よっしゃ」
「ボブ、ここでパーシャを見ててくれる?」
「はい」
二人は支度をしに部屋に戻った。
ジョージのインパラで市立病院に向かう。
ダニーはトムに携帯から電話を入れた。
「うん、急性アルコール中毒かもしれへん。吐いてはない。顔色は真っ青や。お願いするわ」
ERの入り口で、ストレッチャーと共にトムが待っていた。
「まったく、お前の友達ときたら・・・・、お、こいつNIKEのCMの奴か?」
トムが驚いた。
「そやねん。早く処置してくれ」
「分かった。俺がやる。待合室で待ってなさい」
ストレッチャーに乗せられたパーシャが運ばれていった。
21 :
書き手1:2008/04/25(金) 00:08:20
待合室に二人で腰掛け、1時間待った。
「ダニー、コーヒーいる?」
「ん?ああ、サンキュ」
ジョージは自販機のコーナーの方へ歩いていった。
トムが出て来た。
「パーシャは?」
「胃洗浄したよ。もう大丈夫だろう。気になることがあるんだが、奴は抗うつ剤を服用していただろう?」
「それは知らん」
「アルコールとの相乗効果で意識を失ったようだ」
「いつ、帰れる?」
「本人が起きたら、大丈夫だ。今日一日は消化にいいものだけ食べさせろ。それにしてもいい男だな、ゲイだろ?決まった相手はいるのか?」
「トム!あとで知らせるわ」
22 :
書き手1:2008/04/25(金) 00:09:34
ジョージがコーヒーを持って戻ってきた。
「どうだって?」
「胃洗浄したって。あいつ抗うつ剤飲んでたか?」
「僕、知らない」
「どうやらアルコールとの相乗効果で意識を失ったらしいで」
「パーシャが抗うつ剤・・・・そういえば、アランの電話番号を僕に聞いてきた」
「もしかして処方してるかもしれへんな。本人が起きたら帰れるで。今日一日は消化にええもんだけ食べさせろってこっちゃ」
「わかった、消化にいいものだね」
23 :
書き手1:2008/04/25(金) 00:10:34
その後1時間ほどして、パーシャが目を覚ました。
点滴につながれている姿に驚いている。
ジョージが話しかけた。
「パーシャ、今朝、マンションのホールで気絶したんだよ。だから病院に連れてきたんだ」
「気絶?」
「覚えてないの?」
「家に帰るのだけ覚えてる。あとはわかんない」
「とにかく、帰って休もう」
「ジョージ、ついててくれる?」
「もちろんだよ、ダニーも一緒だよ」
「ありがと・・」
あとは涙で言葉にならないロシア語をパーシャは連ねた。
24 :
書き手1:2008/04/25(金) 00:11:27
マンションに連れ帰り、パーシャの部屋に入る。
ジョージの部屋より小さいし、趣きが異なるが、木目調の家具がいかにも体に優しそうなインテリアだった。
ジョージがパーシャをお姫様だっこしてベッドルームに入る。
「もっと寝てるといいよ」
「うん・・・ごめんなさい」
「いいって」
25 :
書き手1:2008/04/25(金) 00:12:32
その頃ダニーはリビングでニックに電話し、すごい剣幕でまくし立てていた。
「お前、ふらふらのパーシャをどうして放り出した?」
「え、あいつがいつの間にかクラブからいなくなったんだよ、俺も夜を徹して探したんだぜ。
見つかったのか?」
「ああ、ERに連れて行って、胃洗浄してもらったわ」
「何だって?どうしてだ?」
「お前も知らへんの?あいつ抗うつ剤飲んでるらしいで」
「そんなこと・・・言ってくれなかった。俺も行くよ」
ニックはがちゃんと電話を切った。
26 :
書き手1:2008/04/25(金) 00:13:45
「ダニー、パーシャの冷蔵庫みたらろくなものがないから、買い物してくる」
「じゃあ、俺、ここにいるわ。これからニックが来るらしい」
「わかった、それじゃね」
ほどなくニックがやってきた。
電話の言葉通り、目が真っ赤で寝不足の顔をしている。
「パーシャは?」
「今、寝てると思う。顔見てきたらどうや」
「ああ、そうするよ」
27 :
書き手1:2008/04/25(金) 00:14:47
ジョージが戻ってきた。
デリで買い物を済ませたらしい。
「パーシャにはチキンスープでリゾットを作るね。僕ら用にはデリで適当に買ってきた」
「ああ、お疲れさん」
「ニックは?」
「今、パーシャ見てるわ」
ダニーがベッドルームのドアを少し開くと、ニックがひざまずいて、眠っているパーシャの手を握っていた。
「ごめんな、お前を守れなかった俺を許してくれ、パーシャ」
ダニーは、今回のニックはもしかしたら本気なのかもしれないと思い始めていた。
ダニーは、パーシャの部屋で食事を終えて帰ってきた。
ジョージが付き添うというし、ニックもなかなか帰らない。
ダニーは仕事に差し障りが出るからと済まなそうに挨拶をした。
ニックが珍しく「テイラー、いい判断してくれてありがとう」と礼を述べた。
「お前もひどい顔や、早く休み」
「あぁ、パーシャと少し話してから帰る」
「よっしゃ、まかせたわ」
29 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:17:29
ダニーはアパートに帰る前に、アルのパブに寄った。
「よう色男、その後どうだ?」
アルがカウンターの中からニヤニヤしながら声をかける。
「あぁ、収まった。浮気疑惑も解けたし、あいつと同僚の仲もわかったし」
「万事オーライだな」
「ああ、おかげさんで」
「じゃマッカランの30年でも開けるか」
アルがウィスキーをグラスに注いでいるのを見て、ダニーはふと尋ねた。
「なぁ、その酒、ボトルで買ったら幾らすんの?」
「ざっと1000ドルってとこかな?」
「えっ、そんなにするんか?」
「それより貴重品でめったにマーケットに出回らないんだ」
「お前の店、すごいな」
「今頃気がついたのかよ」
「悪かった」
ダニーはほろ酔い気分でアパートに戻った。
30 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:18:52
ジョージと土曜日に買出ししたお陰で、久しぶりに冷蔵庫の中身が充実している。
ダニーはにんまりした。そこに電話が鳴る。
「はい、テイラー」
「あ、僕、マーティン」
「よぅ、ボン、どないした?」
「明日、父が出張で来るんだ」
「久しぶりのNYやなぁ。で何やて?」
「ダニーも一緒に夕食はどうかって話なんだけど・・・迷惑だよね」
「そんなことあらへんよ」
「ありがとう」
「場所はどこや?」
「ウォルドルフ・アストリアの「稲ぎく」だって」
「さすが高級店やな」
「それじゃ、明日よろしくね」
「よっしゃ、お前もよく寝とけ」
電話を切り、ダニーは大きなあくびをした。
副長官の来る日に遅刻は許されるわけがない。
ダニーはさっさとバスに入り、ベッドに入った。
31 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:19:48
翌朝、ダニーはいつもより30分早く起き、身支度を整えた。
アルマーニ・コレツィオーニのスーツなら、ダークだしそれ程目立たないだろう。
フェデラルプラザ近くのスターバックスで、朝食を取り、
テイクアウトでさらにダブルエスプレッソを買った。
久しぶりに副長官に会うのだ。
頭脳のほうも明晰にしておきたかった。
オフィスに入ると、案の定、マーティンが所在なげにうろうろしていた。
32 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:20:53
「おはよ、ボン、もう来てはるの?」
「うん、ボスと面談中。何だか恐いな。この前の人事査定の件かな」
「気にするな、仕事しよ」
「ありがとう、ダニー」
マーティンはこわばった顔で無理やり笑顔を作った。
高笑いが聞こえてきた。
ボスと副長官がボスのオフィスから出てくる。
「やぁ、マーティン。元気そうだな?」
「父さんこそ」
「たまには家に電話しろ。母さんが寂しがっている」
「はい、分かりました」
ダニーも席を立って会釈する。
33 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:21:37
ヴィクターは、エレベータで上っていった。
さしずめ局長と会うのだろう。
はあーと息を抜くマーティン。
自分の親にこれだけ気を遣うという事実が、ダニーにはいまだに理解できなかった。
仕事が終わり、マーティンとダニーはウォルドルフ・アストリアに向かった。
34 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:22:54
「稲ぎく」のマネージャーにフィッツジェラルドの名前を言うと、奥の個室仕立てのテーブル席に通された。
ヴィクターはすでに席に座っていた。
「遅れて申し訳ありません」
マーティンが他人行儀に謝る。
「まぁまぁ、仕事だったんだろう?今日は神戸ビーフのすき焼きだ。遠慮なく食べなさい」
「はい。ありがとうございます」
ダニーは丁寧に一礼し、席に腰掛けた。
捜査では何度か足を踏み入れているが、ここでディナーをするのは初めてだ。
NYでもトップクラスの日本料理レストランだと聞いている。
ダニーは楽しみに料理を待った。
35 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:23:53
最初に霜降り牛肉の刺身が出てくる。
にんにくをたっぷり入れた醤油ソースで食べると絶品だ。
次にすき焼きが始まった。
和服姿のウェイトレスが、綺麗に鉄鍋の中に材料を並べてくれる。
美味しそうに煮えるのを待つ間、ヴィクターの独壇場だった。
マーティンの結婚の話、人事考課の話、異動の意志の確認と、ビジネスライクに話を進めていく。
マーティンも慣れたもので、簡潔に返答しながら、日本酒を飲んでいた。
36 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:24:56
「なぁ、テイラー捜査官、こいつに見込みはあるか?」
急な質問にダニーは思わずむせた。
「もちろんです。マーティンは企業犯罪での実績もありますし、
それがMPUでも役立っているケースも少なくありません。
チームに不可欠な人間です、副長官」
「そうか、マーティン、お前は飽きていないか?」
「飽きるなんてとんでもないですよ、父さん。人の命に関わる仕事なんですから」
「そうだな、そろそろすき焼きが食べごろのようだ、頂こう」
37 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:27:25
神戸ビーフのすき焼きは普段食べる肉とランクが全く違っていた。
とろとろと口の中で溶けていく。
割り下の具合も甘すぎず、辛すぎず、これだけでライスを2皿くらい食べられそうだ。
「ああ、ここのライスはあれがお気に入りなんだ」
ヴィクターはウェイトレスを呼んで、フォアグラ寿司を頼んだ。
「これを食べないとNYに来た気がしない」
その後は特に問題なくディナーが終わった。
38 :
書き手1 :2008/04/25(金) 23:28:50
ヴィクターがトイレに行く間、ウェイトレスに今日の神戸ビーフのディナーの値段を尋ねた。
一人前300ドルだという。
「わお、すげえな」
「父さん、おごるのが気持ちがいいんだから」
ヴィクターがトイレから戻り、チェックを済ませた。
「副長官は、いつものフォーシーズンズですか?」
ダニーが尋ねる。
「お送りいたしましょうか?」
「ああ、それはいい。楽しかったよ。ダニー。これからも家の息子をよろしくな」
ヴィクターはホテル前に泊まっているリムジンに乗り込んだ。
「どうせ、父さん、ホテルの部屋にコールガール待たせてるんだよ」
苦々しそうにマーティンがつぶやく。
「でも、お前のこと心配してる、いい親父さんやと思うけどな」
「まぁね」
マーティンは皮肉っぽく笑った。
ダニーがランチから戻ると、マーティンが自分の席に座っていた。
後ろからこっそり近づいて肩に手を置く。
「おかえり、マーティン」
「ダニィ!」
マーティンは疲労のにじんだ青白い顔をしていたが、嬉しそうにただいまを言ってにっこりした。
「大丈夫か?顔色が悪いで」
「少し疲れただけだよ」
「なあ、トイレでよしよしってしたろか?」
ダニーの提案にマーティンが小さく笑う。二人は席を立ってトイレに向かった。
40 :
書き手2:2008/04/26(土) 23:08:43
誰もいないか確認して身障者用トイレに入った二人は、鍵を閉めるなり抱き合った。
数日ぶりの抱擁に気持ちが高揚する。ダニーが強く抱きしめるとマーティンの鼓動が伝わってきた。
言葉にしなくても気持ちを感じとることができると思う。ダニーはキスをして目をじっと見つめた。
「恥ずかしいよ」
マーティンはそう言ってダニーの胸に顔を埋めた。ぬくもりを感じながらダニーは背中をそっとなでる。
「シアトルで昔の男に会えたか?」
ダニーの意地悪な問いかけに、マーティンはたちまち不安そうな顔をした。見上げる顔が強張っている。
「そんな男はいないよ。信じてくれないの?」
「信じてるけど、まあ誰にでも過去の一つや二つはあるもんやからなぁ・・・」
ダニーは憮然としたままのマーティンのおでこに唇を押し当てた。さらに頬に手を添えてやや乱暴なキスをする。
自分でも気づかないうちに嫉妬していたのかもしれない。
41 :
書き手2:2008/04/26(土) 23:09:26
かたんとドアが開く音がして誰かが入ってきた。
二人とも唇を重ねたまま息を殺す。音を立てたらおしまいだ。
緊張のあまり、マーティンがダニーの背中をきつく掴んだ。爪を立てていて痛い。
ダニーは呻きそうになったもののなんとか堪える。マーティンを落ち着かせるためにぎゅっと抱きしめた。
数分後、またかたんと音がして誰かが出て行った。
二人ともふーっと大きく息を吐く。体中の力が一気に抜けた。
「お前なー、爪立てたら痛いやん」
ダニーは笑いながら背中を大げさに擦る。
「だってさ、すごく怖くて・・・」
マーティンはためらいがちにもたれかかって謝った。
42 :
書き手2:2008/04/26(土) 23:10:10
ダニーは腕時計を確認した。そろそろ昼休みが終わろうとしている。
「さてと、ぼちぼちオフィスに戻ろう」
「もう少しだけ」
しょうがないなと思いながら、ダニーはマーティンのしたいようにさせた。
目を閉じたマーティンは、疲れのせいかいつもより幼く見える。
ダニーの携帯が鳴って二人は現実に引き戻された。
「ボスや」
「ん」
二人はもう一度キスをして、慎重に外の様子を窺ってからドアを開けた。
ダニーは、マーティンのアパートに行こうと思った。
が、万が一にも副長官が尾行をつけていたら、大変なことになる。
慎重に行動するのが肝要だ。
マーティンもそれがよく分かっているらしい。
二人は地下鉄の駅で別れた。
お互いを見つめる目で、意思の確認はできた。
切ないが仕方がない。
それにしても、すき焼きにフォアグラ寿司とは、恐れ入った。
副長官は高脂血症や高血圧とは無縁なんだろうか。
44 :
書き手1:2008/04/26(土) 23:27:30
ダニーは明日の晩は、ベジタリアン料理にしようと決めた。
といっても自炊で出来るものでもない。
アパートに着き、早速ジョージに電話をかけた。
「はい、オルセンです」
「ダニーや。今どこ?」
「パーシャの部屋」
「こんな夜遅く何やってるん?」
「英語教えてる」
「はぁ?」
「一緒にCNNのニュースとかドラマ見て、わからないところを説明してあげてるの。
でももうすぐ帰るよ」
「なあ、明日の夜、空いてへん?」
「バーニーズの勤務があるけど、夜は大丈夫」
「ベジタリアンでいい店に連れてってくれへんかな?」
「うふふ、さては今日は肉三昧だったんだね?」
「ああ、おえらいさんの接待や。断れへんかった」
「わかった。探しとく。パーシャも一緒でいい?」
「ああ、ええよ」
「それじゃ、明日メールするね」
「お、サンキュ」
ダニーは安心してバスにお湯を溜め始めた。
45 :
書き手1:2008/04/26(土) 23:28:44
翌日も副長官がオフィスに姿を現した。
皆が一斉に緊張するのが分かる。
俺もいつかはああなれるやろか?
ダニーは羨望のまなざしで、副長官の後姿を見つめていた。
ランチになり、副長官が上層階から降りてきた。
「マーティン」
「はい」
「一緒に飯でも食おう」
「はい、副長官」
マーティンは、副長官の部分をわざと大声で宣言するようにして出て行った。
彼なりの公私のけじめなのだろう。
46 :
書き手1:2008/04/26(土) 23:30:19
ダニーは、いつものカフェでスープとパン、サラダのランチを頼んだ。
すると携帯が震えた。
ジョージからのメールだ。
1番街の「カウンター」の住所と時間がある。
今日は現地で集合か。
ダニーは携帯をポケットにしまった。
定時にダニーは帰り支度を始めた。
さすがに今晩はマーティンは副長官から解放されたようだ。
「じゃ、お先」
「あ、ダニー・・」
「何?」
「いや、何でもない。また明日」
「ああ、また明日」
マーティンは急いで出て行くダニーの背中を見送った。
47 :
書き手1:2008/04/26(土) 23:31:45
ダニーは1番街へ急いだ。
レストラン「カウンター」はすぐに見つかった。
中に入ってダニーは驚いた。
男も女も俳優かモデル並みに美しい。圧倒される雰囲気だ。
ジョージが隅のテーブルで手を振っている。
ダニーはテーブルに着いた。
「ここ、なんか、すげーな」
「モデル仲間の間じゃ有名なんだよ」
「さよか」
ダニーのダークスーツがやけに浮いて見える。
「完全にベジタリアンだけどいい?」
「もちろん」
そう話しているうちに、パーシャがニックとやってきた。
48 :
書き手1:2008/04/26(土) 23:33:00
「テイラー、お前もおつきあいか?」
ニックが可笑しそうに尋ねた。
「いや、俺がリクエストした」
「何だよ、お前のせいで今晩はベジタリアンかよ」
パーシャはそれでも嬉しそうにニックと腕を組んでいる。
4人はサラダ2種類とカポナータにナスとアンティチョークのマリネを前菜に、
マッシュルームラビオリにポテトのニョッキ、カリフラワーのリゾット、野菜団子のシチューをシェアすることにした。
49 :
書き手1:2008/04/26(土) 23:34:32
「へぇ、野菜だけでもいろいろあんねんな」
ダニーが驚嘆した。
「テイラー、お前、太ってたことないだろ?」
突然ニックが尋ねた。
「あぁ、ガキの頃は栄養失調気味やったしな」
「俺、ガキの頃えらい太っててな、いじめられたんだよ」
「お前がか?」
3人ともびっくりする。
「今も油断するとブクブクになるぜ」
「ニック、ブクブクはよくない!!」
パーシャが猛然と抗議した。
「分かってるよ。お前の言う事全部聞くからな、ハニー」
ニックが愛しむような、極上の笑みをパーシャに見せた。
ダニーは二人の様子に安堵の息をもらした。
ニックはパーシャをクラブに誘っていたが、朝から雑誌グラビアの撮影があるとパーシャがきっぱり断っていた。
あいつも、プロらしくなってきたやん。
ダニーは目を細めて様子を見ていた。
「ダニー、今日はありがと」
「こちらこそ、料理、美味かったな」
「ここはオススメなんだ。僕がウェイトで問題が発生したら、ここでもいい?」
「ええよ。でも、それより前に、ベッドで解消しようや」
「ダニーのえっち!」
ジョージは恥ずかしそうにダニーをこずいた。
51 :
書き手1 :2008/04/27(日) 22:48:47
ここでお別れだ。
ジョージはパーシャと一緒のリムジン、ニックは別のリムジンだ。
ダニーだけ地下鉄の駅に向かった。
そや、帰り際、マーティンが話したそうにしてたな。
ダニーは携帯をかけた。
「ダニー!今どこ?」
マーティンのはずむような声がした。
「ロワーなんやけど」
「そーなんだ・・」
「どないした?今から行こか?」
「ううん、いい、明日、ご飯食べられる?」
「ああ、もちろんや」
「それならいい。気をつけて帰ってね」
「ありがとさん、おやすみ」
ダニーは地下鉄に乗った。
52 :
書き手1 :2008/04/27(日) 22:50:11
翌朝、出勤するとオフィスの様子が、いつもの雰囲気に戻っていた。
ダニーは、副長官がDCに戻ったのだと確信した。
マーティンがスターバックスのグランデサイズを持って現れた。
「親父さん、帰らはった?」
「うん、今朝の便でね。肩の荷が下りたよ」
「よかったな」
「あ、ダニーにこれ」
マーティンはスターバックスの袋を渡した。
中にラップサンドが入っている。
「お、サンキュ、腹ぺこやねん」
「ちょうどよかった」
二人は席についた。
53 :
書き手1 :2008/04/27(日) 22:51:20
仕事はファイルの更新が主たるもので、事件は何も起こらなかった。
定時になり、マーティンがバックパックに私物をしまっている。
ダニーはわざと時間をずらし、のろのろ帰り支度をした。
「じゃ、お先に」
マーティンがバックパックを背負って帰っていく。
「マーティンもいつまでアイビーリーガーのつもりなのかしらねぇ」
ヴィヴィアンが呆れたように言った。
「ええんやないの?それだけ若いってこっちゃ。じゃ、お先」
ダニーはソフトアタッシュを持って、エレベータに乗った。
54 :
書き手1 :2008/04/27(日) 22:53:21
今晩は、マーティンの家でデリで買ったディナーの予定だ。
ダニーがデリで食べ物を、マーティンがワインを買う役割と決めていた。
ダニーはマーティンのアパートから遠くない「ヴィネガー・ファクトリー」で、
ナスとズッキーニのラザニア、ワイルドライスサラダ、タイ風スパイシーチキンと焼きたてのバターロールを山ほど買って、
アパートに向かった。
このスーパーは、隣りがパン工場になっていて、いつでも焼きたてのパンが手に入るので、
多少値段が高くても、人気は抜群だ。
55 :
書き手1 :2008/04/27(日) 22:54:44
ドアマンのジョンに挨拶する。
「テイラー様いらっしゃいませ」
「マーティンは?」
「もうお部屋でございます」
「ありがと、ジョン」
ダニーが合鍵でマーティンのアパートに入ると、マーティンがリビングから飛んできた。
「おかえりなさい!」
ぎゅっと抱き締める。
「おい、デリがつぶれる・・」
「あ、ごめん!何だか久しぶりだから」
「そやな」
ダニーはデリの包みをマーティンに渡し、コートを脱いだ。
あらためて、マーティンがダニーをぎゅっと抱きしめた。
56 :
書き手1 :2008/04/27(日) 22:56:11
マーティンのウォークインクロゼットから部屋着を出して着る。
ダイニングに近付くと、キッチンからいい匂いがしてきた。
「今日、ジンファンデル買ったからちょうどいいね」
マーティンの声がする。
ダニーは、キッチンで仁王立ちしているマーティンを後ろから抱き締めた。
首筋に唇をはわせて、キスをした。
「だめ!もうすぐラザニアが温まるよ」
「わかった」
ダニーはワイルドライスサラダとチキンを運んだ。
マーティンがラザニアとワインを持ってきて、食事開始だ。
57 :
書き手1 :2008/04/27(日) 22:57:19
「ねぇ、ダニー、僕さ、ボクサーに見える?」
「何や、藪から棒に」
「今日、ボスから言われたんだ。過去2年で5人の男性が失踪してるんだけど、
共通点がさ、ブロンクスのボクシング・ジムなんだって。で、僕に潜入捜査しろって・・」
「ウソやろ?お前がブロンクスでボクサーか!柄じゃないやろ、俺向きの仕事や」
「ダニーはこの前、耳を撃たれてるし、痩せすぎだからダメだって」
58 :
書き手1 :2008/04/27(日) 22:58:21
「で、いつから潜入やの?」
「明日」
「え、明日?」
ダニーが驚いた声を出した。
「もう、ブロンクスにモーテルも借りたんだ」
「お前、やる気か?」
「うん、やる。だから、今日、ダニーに会いたかったんだ」
ダニーは立ち上がり、マーティンの後ろに回って、首をぎゅっと抱き締めた。
「今日、泊まってくれる?」
「ああ、もちろんや」
ダニーはマーティンの頬にキスした。
書き手1=おせち=メンヘルさん=チューハイ=鳩さぶれのやおいエロ小説っす。
Q.鳩さぶれってどんな人なの?
A.
ホモネタ大好きの腐女子、ねたばれも大好き、人の話しを聞かない、
スレ違いはお構いなし、スルーしないで噛み付く、ああ言えばこう言う、
揚げ足取りの名人、連投・自演は当たり前、責任転嫁はお手の物、これが鳩さぶれクオリティ。
はと‐さぶれ【鳩さぶれ】
一つの事に異常に執着し、病的な態度を示す人。メンヘラー。自演狂。じえんきょう。
鳩さぶれー
・FBI初代スレ、ダニー萌え腐女子としてダニー萌えとホモ妄想を垂れ流す
・ダニー萌えスレが立つが、ホモエロ小説を書いて叩かれ自演、自爆、別名自爆たん(名作その1)
PINK鯖に移るが、また自分のファンを装って自演、自爆(名作その2)
ホモエロ抜きダニー萌えスレが立つが、鳩さぶれしか書き込まず過疎化
相変わらず本スレで暴れるが、本スレにはいない設定
[ダニー萌え腐女子はもう本スレにいない][アンチウザ]
・初代から暴れていたダニー萌え腐女子=書き手1が鳩さぶれと発覚
チューハイ(地図に載っていない米軍施設の軍属、男性)、女子学生、
メンヘルさん(心療内科通院中)、鳩の知人等が擁護に来るがgdgdで自爆
・ダニー萌えのネカマ(自称ゲイ)が登場すると、「リアル隔離」「ダニマーの日本版」と
舞い上がって本スレでチャットし、ネカマの初体験話やセックス話に興奮する
・両親がいない孤独な正月に、有名料亭のおせちを頼んだことから「おせち」と名乗り始める
・鳩さぶれ≠おせち≠書き手1、お互い別人で面識が無い設定
おせちは書き手1の文才に憧れている
[鳩さぶれは2chにいない][書き手1/おせちさんは本スレにいない][アンチウザ]
・鳩さぶれ=おせち否定中
書き手1として毎日怠らずホモ小説更新中♪
鳩さぶれ自演キャラクターズ
ダニー萌え腐女子・書き手1・鳩さぶれ・おせち・女子学生・メンヘルさん・チューハイ・・・・
・ダニー・テイラー、エンリケ・ムルシアーノ萌え
・エンリケ・ムルシアーノはゲイかバイ
・繊細なゲイが大好物、ゲイは繊細っていうでしょ?
・メンヘルって思われて社会人の落伍者の刻印を押された気がして落ち込んだ
・外部サイトや隔離にグルメ情報を満載してるのにメンヘラだとか言われるのが気に入らない
・病気の人が管理人なんか出来るわけないし他人からも副管理人頼まれるわけない
・エンリケ情報日本一、WATの第一人者を自認
・自分が某外部サイトの管理人になってから住人が増えている
・自分が管理人やめたら、前の人がやってたような過疎サイトに戻るだけ
・要するに英ペラで外資で管理職が管理人やってるのが気に入らないんだと思う
・外部サイトの人は2chを見てない、2chを怖がってる
・自作エロ小説は「文才がある」と自演キャラクターズに言わせる自信作
・この世知辛い世の中で、ダニーの存在だけが生きる支え。
鳩さぶれ名作その1
7779 :書いていた人:2005/07/01(金) 00:12:12 ID:nsRPx1UV
もうお好きにお書きください。
あちこちで規制されまくっているので、
2chから去ります。
一人の書き手を葬り去ったということを
お知らせします。
781 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:16:16 ID:???
なんか集団イジメみたいで2チャンの嫌な面を見た気がした。
自主規制も大切だろうが言論の自由も同時に大切なのでは?
みなで「書いていた人」をはじき出して、何が面白いのだろう。
なんだかかわいそうになってきた。
続きも読みたいし。
797 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:30:23 ID:???
こんどはいじめてた相手が
>何被害者ぶってるんだろう・・・
だってさ、偽善者!
804 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:34:49 ID:nsRPx1UV
>>802 ほらイジメ根性まるだし。
ここの住人ってタチ悪いね。
「書いてる人」がかわいそうになってきた。
807 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:36:07 ID:???
自演発覚キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
809 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:36:42 ID:???
ああ、自作自演しました。
すみません。
これが初めてっす。
814 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:41:30 ID:???
>>809 >これが初めてっす。
ウソつけ!!m9(^Д^)プギャーーーーー!!
816 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:44:18 ID:nsRPx1UV
これが初めてなのは本当です。
ROMってました。
自分にどれだけ読者がついているのか
どれだけたたかれるのか
見てみたかっただけです。
もう2チャンネルにはきませんの
皆さん、ご安心めされ。
だから、これ以上いじめないでください。
817 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:46:11 ID:nsRPx1UV
それこそ、2チャンネラーの良識を信じています。
お願いします。
818 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:46:52 ID:???
腐女子による擁護レスらしきものが一切消えたな。
やっぱり全部(ってわけでもなさそうだがほとんど)一人でやってたのかな?
819 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:46:58 ID:???
>>816と言いつつ、30分後にはまた自分擁護レスを書くに1000万ダニー
821 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:48:50 ID:???
自演はショックだったけど、あの文才は楽しめました。
ぜひ、どこかで続編を公開くれますように〜。
824 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:49:56 ID:???
自演でも何でもいいじゃないですか。
読者の1人として、続きがぜひ読みたいです。
827 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:51:10 ID:???
自演するなんて、信じられんな。
むなしくならんのだろうか。
828 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:51:12 ID:nsRPx1UV
>>820 真摯なご意見ありがとうございます。
どこかで公開したいと思っています。
まぁ、2chのどこかをお借りすることもあるかと思います。
ここより優しい場所で。
831 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:52:40 ID:nsRPx1UV
全てを自演と決め付ける冷たい場所なんですね。
ヒラテ打ちを沢山受けた思いでいますよ。
バンバンバーン。
834 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:53:49 ID:nsRPx1UV
ERスレはグリーン先生あぼーん以来興味がないです。
今は惰性で見ているだけ。
836 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:54:48 ID:???
こんなとこで自分達の異常な性癖を一生懸命正当化してるなんて信じられん。
どういう神経してるんだろう?
837 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:54:59 ID:nsRPx1UV
2チャンネルしか場所が見つからないからです。
っていうか、いちいち揚げ足とって、周囲の人から
嫌がられていませんか?
838 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:55:19 ID:???
ID:nsRPx1UVがどんどん本性を現し始めてきた件
842 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:56:46 ID:nsRPx1UV
>>835 初めて建設的な意見をいただきました。
ありがとうございます。
女に二言も三言もあるのを知らないのは、
経験が少ない証拠ですね。
エロパロ板をたずねてみることにします。
ありがとうございました。
844 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:58:18 ID:???
いじめて、反論してくるとウザーで片す
そういう態度って卑怯な気がしますが、
どうでしょう?
846 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:59:23 ID:???
>>844 一方的に自分たちに否がないと思い込んでるのも卑怯な気がします!
847 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:59:31 ID:???
てかこいつ相当精神年齢低いんじゃねえの?
848 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:59:53 ID:???
本当、これって集団いじめの縮図だと思う。
特に匿名だから悪質。
名乗ってから意見いえ。
やっぱりプーのヒッキーがねたんで叩いてるっていうのが真実なんじゃないの?
どうやら、ヒッキーでプーで英語できない厨でフランス語できない厨が
叩いているらしいから。どんな顔下げて鳩に文句言いにいくのか、すごく知りたい。
いや、自分は今日ぐぐってみて印象ががらっと変わった。鳩はWATが好きで、
エンリケが好きなファンなんだって。
エロゲイ小説書いてるのが嫌いなのかな。そんな人いくらでもいるのに。
MarXXだって妄想劇場書いて一般公開してるじゃん。鳩は隔離スレでしょ。
違いは何?
確かに海外のファンフィクも面白いのが多い。
あと、日本でもひそかにWATのファンフィクやってる人がいて
それも面白い。
役者(マーティンの中の人)は「とんでもない内容のファンフィクがあったり
するから、読まないんだ」と言ってる。役者の見解はそんなもの。
書き手2の初エロ
386 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 03:01:57 ID:???
いつもの書いてる人とは別人なんですが、ちょっと書いてみました。
つまらなかったら申し訳ないっす。
392 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 03:06:34 ID:???
キッチンからオリーブオイルを取ってくると、ダニーのアナルにそっと垂らした。
「なるべく痛くないようにするから」
「やめろや、マーティン。オレはイヤなんや」
マーティンはオリーブオイルをまぶした人指し指をそっと差し入れた。
「あぁー、うっうぅ」
やさしく出し入れしながらこねくり回すマーティン。
「そんなにいいのかい?中指も入れてあげるよ」
「あ、あっー、あふぅ、んん」
395 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 03:10:26 ID:???
801は初めてなので、おかしいところがあるかもしれません。
スレ汚しスマソ
403 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 22:36:06 ID:???
>>397 こういうのは初めて書いたのでうまく書けたかわかりませんが
感想をいただけて嬉しいです。
当直の時は暇なのでちょっと書いてみました。ヘタなので恐縮なんですが。
いつかまた続きを書けたら載せたいと思います。(当直って結構退屈なんで)
174 :書き手1:2005/08/22(月) 23:57:23
マーティンは首輪プレーに突入していた。今日はお願いして痣がつかないように
タオルを巻いてもらった。これもダニーの目から隠すためだ。
「でもペニスには巻かないよ。」例の四つんばいの格好にさせられた。
後ろからスペインのエクストラバージンのオリーブオイルを塗りこまれる。
「あぁぁん、くぅ〜。」マーティンのペニスは立ち上がり、ひくついている。
エンリケも自分の屹立した浅黒いペニスにオイルを塗りこむとずぶっと
一突きした。「あああぁん、いい〜!!」ダニーより少し太く短いペニス。
短い分太さがマーティンのアヌスにずぶずぶと入り込んでくる。
「うはぁぁんん、いく〜。」「まだまだ。」
エンリケはペニスリングを絞った。「ああ、痛い!」「痛みがじきに喜びに
変わるよ。」エンリケは突くたびにペニスリングを絞り、マーティンを封じた。
「エンリケ、もういかせてよ。僕死んじゃうよ。」20分は続いただろうか
エンリケはマーティンのリングを取った。瞬間マーティンは精を思いっきり
放った。それを見たエンリケもマーティンのバックに思いっきり中出しした。
175 :書き手1:2005/08/23(火) 00:06:43
書き手2さんどうぞ!よろしくお願いします。
176 :書き手2:2005/08/23(火) 00:12:56
すみませんが、朝から実験が入っているので今夜は寝ます。
また明日、書きますね。
書き手2逆切れ
41 :書き手2:2005/08/12(金) 18:25:11 ID:???
急にレスが増えてますね。私自身、自演を疑われてるし。
前スレから何度も読み返してみたのですが、801のルール違反とのこと
ここにそんなルールがあるなんて知りませんでした。
しかし、それならなぜもっと早く指摘してもらえなかったのかなと。
書き手1さんと私が前スレに書いてるときに言ってもらえたらよかったと思います。
それと何もかもを疑ってかかる姿勢がすごく失礼だと思います。
このスレは書き手だけのために立っているのではないですよね?
ダニー・テイラー萌えのために立てられていて、海外テレビ板からも誘導されてしまいます。
勝手に立てたから1さんが悪いとは言い切れないんじゃないですか?
今までロムってただけの人が沸くようにでてきて、ここぞとばかりに人を叩く。
自分では何も行動しないのに、人のすることだけは槍玉にあげる、そんな雰囲気ですよ。
このPart3になってからのレスはひどいと思います。
自分が楽しめなくなったら書くのをやめると決めていました。
今まで読んでいただきありがとうございました。
私も夜中の当直が待ち遠しくなるほど楽しんでいたので残念です。
おせち♪
私も鳩=書き手1=おせちと書かれてびっくりしました。
鳩さんとは違うと何度も言ってるのに信じてもらえないんだなぁと
悲しかったです。
書き手1さんみたいな文才は正直あったらいいなと思います。
おせちです。今日は忙しかったの?
私も、今まで隔離にいたんだけど、今日は切なかったわ。
私の方は、隔離に載ってたチミチュリ・チキンを作ったりしたの。
ぐぐったらエシピが出てきたから。彼も喜んでくれたわ。
作るのに本当手がつりそうになったけど、肉食の彼は喜んでくれたわ。
私は隔離のマネしただけだから、お礼は書き手1さんにどうぞ。
今日、隔離読んでたら、ちょっと子供が欲しくなったの。
狂っぽー(^^)
823 :奥さまは名無しさん:2007/07/17(火) 16:52:30 ID:???
それは言いすぎだよ。
毎日隔離の更新を怠らずにつづけててえらいじゃん。
648 :奥さまは名無しさん:2008/03/13(木) 03:53:12 ID:???
637 :奥さまは名無しさん:2008/03/12(水) 07:09:42 ID:???
基本構ってちゃんだからな>鳩
そうは思わないけど。
静かに一人小説とコミュの方でがんばってるじゃん。
863 :奥さまは名無しさん:2008/04/09(水) 13:12:34 ID:???
鳩のどこが怖いのかまったくわからない。
ここに隔離を貼って喜んでいるほうが明らかに異常じゃん。大丈夫?
隔離を読んで勉強になることだってあるよ。
狂っぽー(^^)
810 :奥さまは名無しさん:2008/04/23(水) 19:26:38 ID:???
高卒の人とかいるのかなw
934 :奥さまは名無しさん:2006/07/27(木) 14:57:38 ID:???
>>928 明らかに反ブッシュだと思うが?
まともな学歴のある人間なら反ブッシュを匂わせるテーマに気づくはずなんだが
きみひょっとして高卒?
952 :奥さまは名無しさん:2006/07/27(木) 15:23:22 ID:???
学歴ネタになると、このスレってめちゃ荒れるよね。
誰か一人が暴れてるっていうか。
高卒の人とかいるのかなw
960 :奥さまは名無しさん:2006/07/27(木) 15:31:28 ID:???
いや、負い目があるんだよ。
こっちが高学歴でごめんね、高卒くんってさw
811 :奥さまは名無しさん:2008/04/23(水) 19:32:52 ID:???
いいんじゃね?
バカには書けない小説書いて楽しんでるんだからさ
891 :書き手1 :2008/04/12(土) 22:59:59
デクスターが兄ルディーを殺すシーンでは、マーティンが鼻をくすくす始めた。
「ほら」
ダニーはピザについてきたティッシュを渡した。
殺した後、放心状態で、壁にずるずると座り込むデクスターを見て、とうとうマーティンの目から涙があふれた。
「どうして、兄弟なのに殺さなければいけないんだろう」
「デクスターは妹のデボラを選んだんや。正常な生活をしたいんやろ。ルディーは奴をダークサイドに引きずり込もうとした。天罰や」
>デクスターのネタバレを見てしまって鬱
>まだ見てなかったのに
396 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 05:07:05 ID:???
>>394 鳩の弁護になるけど、デクスターなんて一挙放送も含めてもう3巡りしてる。
それにあっちのスレは海外ドラマ板じゃないんだから、読まなければいい。
自己防衛ですよ、自己防衛。
397 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 05:08:43 ID:???
何でも鳩のせいにすりゃいいってもんでもない。
鳩だってあそこにデクスターファンが集まってるとは思いもしてないと思うが。
405 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 05:25:34 ID:???
>>404 板違い・ドラマ違いでWATとデクスターのファンがかぶる確率なんて
微々たるもんじゃないの?
私は書いた人より、その中のよりにもよってその部分だけをここに
貼り付けた人の悪意をぷんぷん感じているが?
408 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 05:29:17 ID:???
あのーFox Crimeのデクスターのエピガイに全部書いてあることなんですけど
それでも、ネタバレを糾弾する人っているんですね。
441 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 06:24:09 ID:???
>>440 常識の定義は?
つーか、2chで番組スレでネタバレしてる奴らが多いのに、
何で別板(それも成人向け)のいちスレッドの書き込みにこれだけ
反応するかねー。
鳩いじめしたいだけじゃんか。
446 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 06:32:52 ID:???
つーか、重箱の隅つつくような攻撃はどうなんだ?
そりゃ、誰がいつスカパーに入るのなんか分かるはずないんだし、
すでに再放送・再々放送も済んでいるドラマのエピをバラすタイミングって
どこまで待てばいいんだろうよ。
放送後10年後とか?ww
なんで、こんなに大事になってるか、肝の部分がまったくわからない議論だな。
452 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 06:38:25 ID:???
結局、鳩が何をしても叩きたいという雰囲気は理解した。
461 :奥さまは名無しさん:2008/04/14(月) 06:55:32 ID:???
まさにモンスター・ペアレンツだよ。
「自分の出勤時間が迫ってるのでオムツ代えるのは保育園の義務でしょ」
「自分はまだエピ見ていないからネタバレ見たのは書いた人の責任」
ぽっぽー♪
隔離スレのどこがエログロなんだか分からない。
書き手になれなかった腹いせ?
職業の貴賎の話だけど、エロ書いてるのが恥ずかしいなんてバカげてる。
じゃ精肉業とか糞尿処理はどうなんだよ?
問題になるよ、これ。
ここに欧米のファンフィクションのえげつないのを貼ってもいいけど
読解力ないだろうからなー。日本のだけをなぜ目のカタキにするのが
分からない。限界なんだろうね。英語で抗議してごらんよ!
federalthreesomeもすごいし、dannyandmartinもきわどいよ。
日本版だけ取り締まるじゃなくて、みんなに警告流せばいいのに。
英語出来ないって本当に情けないね。
いつもの時間になっても、書き手さんたちが戻ってこない。
今後が不安。嫌らしいカキコミした人、反省して欲しい。
いっそうのこと、粘着さんが書き手さんたちを駆逐した責任を負って
続編を書くのはどう?書けるもんならさ。
677 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:16:09 ID:???
>>675 書き手1は私です。
673 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:12:40 ID:???
自演していないですし、自爆もしていないです。
誰かが言い始めた、その二つのキーワードが私にまとわりついていて、
本当に迷惑しているのです。これまで何もいわずにおりましたが、
今回でカタをつけたいと思います。
676 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:15:07 ID:???
違います。おせちさんがいなくなったのは私にも責任の一端があると思って
申し訳なく思っています。
689 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:42:12 ID:???
ああ、やっとどなたかがいてくださったのだと、安心いたしました。
夜は、ピンクなんでも板に小説をUPしたらすぐ眠りにつくので、
夜中に、暴れている人がいるのを、翌日に知って、口ポカーンの状態でした。
690 :奥さまは名無しさん:2008/01/08(火) 02:52:31 ID:???
じゃあ暴れている人は何なの?
691 :KHP222227255043.ppp-bb.dion.ne.jp:2008/01/08(火) 02:53:53 ID:???
私を気に食わない人だけとしか、言えないというか分からないですね。
237 :奥さまは名無しさん:2007/09/01(土) 20:52:28 ID:???
ここの人って監視するくせにグルメ情報とか無視すんのな。
やっぱり妬み?
243 :奥さまは名無しさん:2007/09/01(土) 22:02:50 ID:???
例の人のサイト、グルメ情報満載じゃん。それ無視してメンヘラだとか
なんだとか。偏ってると思う。隔離も食べ物の話ばっかいだし。
!!!隔離=鳩さぶれ作オナニーエロ小説。グルメ情報満載!!!
,, - ―- 、
,. '" _,,. -…; ヽ
(i'"((´ __ 〈 }
|__ r=_ニニ`ヽfハ }
ヾ|! ┴’ }|トi } 自演戦士鳩さぶれ
|! ,,_ {' } 君は鳩の自演を見る…
「´r__ァ ./ 彡ハ、
ヽ ‐' / "'ヽ
ヽ__,.. ' / ヽ
/⌒`  ̄ ` ヽ\_
/ i ヽ \
,' } i ヽ
{ j l }
i ヽ j ノ | } l
ト、 } / / l | .|
! ヽ | ノ j ' |
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ヽ | i | \ l /|
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l ! | l / |
書き手2
「801は初めて」、当直の暇つぶしにホモエロ小説を書き始める
毎日怠らず更新していたが、鳩さぶれ=書き手1発覚後、更新滞り中
>いつもの書いてる人とは別人なんですが、ちょっと書いてみました。
>キッチンからオリーブオイルを取ってくると、ダニーのアナルにそっと垂らした。
>やさしく出し入れしながらこねくり回すマーティン。
>「そんなにいいのかい?中指も入れてあげるよ」
>「あ、あっー、あふぅ、んん」
>801は初めてなので、おかしいところがあるかもしれません。
>当直の時は暇なのでちょっと書いてみました。ヘタなので恐縮なんですが。
>いつかまた続きを書けたら載せたいと思います。(当直って結構退屈なんで)
目覚まし時計を30分早めにセットした二人は、電波時計の女性の音声で目が覚めた。
二人は見つめあい、ベッドの中でしばらく抱き合いながらキスを繰り返した。
マーティンの潜入がいつまでになるか分からない。
ダニーは連絡役を買って出ようと思っていた。
二人は無言でシャワーを浴びた。
昨夜の激しいセックスのけだるさがまだ残っている。
マーティンはあえてヒゲを剃らず、ジャージの上下にスタジアムジャンパーに着替えた。
ダニーは、いつものようにダークスーツを選んだ。
83 :
書き手1:2008/04/28(月) 23:09:00
「これ、モーテルとボクシング・ジムの住所。携帯持ってない設定だから」
「わかった、マーティン、がんばり」
「うん、とにかく手がかりを探すよ」
マーティンは、アディダスの大きなスポーツバッグにとりあえずの衣類などを入れて、持って出た。
二人はアパートの前でしばらく見詰め合った後、別れた。
ジョンには数週間留守にすると伝えてあった。
84 :
書き手1:2008/04/28(月) 23:10:10
マーティンは、ブロンクスまでバスを使って移動した。
モーテルのまん前がバス停で助かったと思った。
大家に前金で250ドル渡す。1週間分の賃料だ。
部屋はベッドと簡単なデスクに椅子に作り付けのクロゼット、
古いテレビにトイレと浴室。典型的な簡素なモーテルの一室だった。
テレビをつけると、幸いなことにケーブルが入っていた。
これで時間はつぶせるな。
マーティンはふぅと息をついて、ベッドに座り込んだ。
85 :
書き手1:2008/04/28(月) 23:11:08
オフィスでは、ダニーがボスの前で一暴れしていた。
「あんな坊ちゃん育ちの奴には、合いませんって。何で俺を指名してくれなかったんすか!」
「お前は痩せすぎているんだよ、ダニー。それに前の銃撃事件から、あまり経ってはいない。
とにかく後方支援に回ってくれ。マーティンは納得したんだ」
「・・・了解っす・・・」
86 :
書き手1:2008/04/28(月) 23:12:12
マーティンが潜ってから2週間が過ぎた。
ダニーはいつもマーティンと会う「ジミーズ」というカフェに来ていた。
この辺りは、中南米系の移民が多い。
ダニーなら毎日いてもおかしくはない。
競馬新聞を広げて待っていると、マーティンがやってきた。
目の上に絆創膏をしている。頬の腫れもひどい。
「どないした、その傷?先週より増えてへんか?」
「練習試合で、強打されたんだ。みんな顔ばっかり狙うんだよ」
87 :
書き手1:2008/04/28(月) 23:13:22
「お前、大丈夫か?」
「平気だよ。それより、今朝、ヘンな奴がモーテルに来たんだ」
「ヘンな奴?」
「ボクサーか?簡単に稼げる仕事があるって。ウワサなんだけど闇のファイト・クラブだと思うんだ」
「で、どないする?」
「現場に行かなくちゃ、黒幕が分からないよ。まだ潜る」
「待て、ボスに報告するわ」
「とにかく、僕は大丈夫だって伝えて。じゃまた明日、ここでね」
マーティンは回りを瞬時に見回し、去っていった。
片足を軽く引きずっているのも気になった。
ダニーは、マーティンの後姿が小さくなるのを待ち、冷え切ったカプチーノの残りを一気に飲み干して、立ち去った。
88 :
書き手1:2008/04/28(月) 23:14:41
夜になり、ダニーはマーティンが借りた「オアシス・モーテル」を訪ねた。
308号室をノックする。
マーティンの不安そうな顔がチェーン越しに見える。
「お待たせしました。デリバリーです」
ダニーはすっと中に入った。
「ダニー!」
マーティンがダニーをぎゅっと抱き締めた。
ダニーもぎゅっと抱き締め返す。
「飯食おう。ジャマイカ料理やけどええか?」
「うん」
「ジャンク・フードでごめんな。ほんまは、お前の好きなディーン&デルーカにしたかったんやけどな」
89 :
書き手1:2008/04/28(月) 23:15:38
「この仕事が終わったら、いつでも食べられるから。それにこのあたりの食べ物も悪くないよ」
「なぁ、お前、口の中切れてるんとちゃう?」
「あ、分かった?」
「しゃべり方ヘンやもん」
「でもお腹すいてるから助かるよ。ジムから帰ったら、知らないうちに寝ちゃっててさ」
マーティンは、オックステールシチューのかかった黒豆ライスを美味しそうに食べ始めた。
90 :
書き手1:2008/04/28(月) 23:16:32
「ボスがな、まだ潜れ言うたわ」
「そう言うと思ってたよ」
「けど、危険があるようならやめてもいいとも言うてた」
「危険なんて、どこだって危険だよ。僕は潜る」
「ほんまに大丈夫か?」
ダニーはマーティンの両肩に手を置いて、自分の方を向かせた。
「うん、僕、やりたいんだ」
マーティンの青い瞳がダニーを正視する。
「わかったわ」
ダニーもライスを食べ始めた。
翌日、いつもの「ジミーズ」でダニーはマーティンを待っていた。
マーティンが向こうから歩いてくるのが見える。
さらに顔の傷が増えていた。
「よう、ここ座りなよ」
ダニーが声をかけた。
マーティンが辛そうに席に座った。
「どした?腹か?」
「うん、今日はボディーブローがきつくてさ。でもKOしてやったよ」
「お前、やるじゃん!」
ダニーはハイファイブした。
92 :
書き手1:2008/04/29(火) 22:24:55
マーティンが小声でささやく。
「そしたらジムで一番古参のトレーナーが、試合に出てみないかって」
「それ、表の試合か?」
「ううん、裏の試合。うちのジムの裏に、前に使ってたリンクがある建物が残ってるんだよ。そこが試合の場所みたい」
「で、お前、いつ出んの?」
「明日」
「え、早いな」
「今日は、静かに家に帰って寝るよ。デリバリーはいいからね」
マーティンが笑いながら小さな紙を渡した。時間が書いてある。
「わかった。気いつけろ。俺、そこに入れるかやってみるわ」
「うん、あ、明日はここに来られないから」
「了解」
93 :
書き手1:2008/04/29(火) 22:26:02
ダニーは、マーティンと別れ、闇賭博に強いタレコミ屋のところに出かけた。
ブロンクスの闇ファイトクラブの情報は500ドルかかったが、どうにか取ることが出来た。
タレコミ屋はメモの切れ端に時間と住所を書いて、ダニーに渡した。
試合も観戦できるという。
しかし、賭け金が5000ドルからだと聞いて、ダニーはうなった。
オフィスに請求して正規の手続きを待っていたのでは間に合わない。
ダニーは自分の預金から5000ドル引き出すことにした。
94 :
書き手1:2008/04/29(火) 22:27:14
オフィスに戻り、ダニーも潜ることをボスに伝えた。
するとボスは「組織犯罪班に救援を頼んだ」と言う。
「え、誰すか?俺だけの方が怪しまれないちゃいますか?」
「俺だよ、ダニー」
後ろを見ると、クリスが立っていた。
「以前からブロンクスのファイトクラブのウワサはあったんだ。MPUが探ってくれるとはありがたいよ。で場所と時間は?」
ダニーはタレコミ屋のメモ書きをクリスに渡した。
ダニーの頭の中にしっかり情報は入っている。
「お前のダチってことで観戦する。ミニマム・ベットは幾らだって?」
「5000」
「資金はこっちで用意する。じゃあ明日な」
「おう」
95 :
書き手1:2008/04/29(火) 22:28:18
翌晩、ダニーとクリスは、支局が用意したピックアップ・トラックで、マーティンが通うボクシング・ジムの裏手に回った。
空き地に山と車が停まっている。
中には運転手の乗ったキャデラックやリンカーンまである。
二人は相当な規模の賭けが行われていると確信した。
半分廃墟のような建物の入り口に大男が立っている。
ダニーとクリスは近付いた。
大男は一言もしゃべらずに、二人のボディーチェックを済ませ、中に入るよう合図した。
拳銃を携帯しなくて正解だ。
96 :
書き手1:2008/04/29(火) 22:29:25
中に入ると、そこは防音壁に囲まれた倉庫だった。
人が群がっている中央にスクウェアが用意されていた。
「ダニー、マーティンは強いのか?」
突然クリスが尋ねた。
「あぁ、大丈夫やと思う」
「勝ってくれないと、胴元に接触できないんだ」
「そっちは、そやな」
「それでは、場内の皆様、お待たせいたしました!今日はルーキーの登場です。さぁ拍手を、マーティン・ザ・プリンス!」
97 :
書き手1:2008/04/29(火) 22:30:22
マーティンが人ごみから登場した。
女性客から嬌声が上がる。
Tシャツにジーンズ姿のマーティンは、いつもより華奢に見えた。
顔がこわばっているのが分かる。
「対するは、3戦全勝の勇者、コブラ・アレハンドロ!」
相手は、マーティンより一回り大きなヒスパニックだった。
歓声が一際大きくなった。
ダニーは祈る思いで、リンクを見つめた。
仕事を終えた二人は寿司田に立ち寄った。
こうやって二人で食事をするのも久しぶりで、それぞれいない間の生活を報告しあう。
マーティンはケイマン諸島で現地の警官からもらったジャークチキンがおいしかったと言った。
作れるかと聞かれたダニーは多分と言って頷く。
ダニーもマーティンもシアトルの話を意識的に避けていた。
わざわざケンカになるかもしれないようなことを話す必要もない。
くつろいだ気分で食事を楽しんでいるとマーティンの携帯が鳴った。
「あ・・・」
「誰や?」
「シアトルのショーン。僕と同期で以前は同じチームにいたんだ。ちょっとごめん、出るね」
ああ、と答える声が不機嫌に響いた。身勝手なクレームかもしれないが、やっぱりおもしろくない。
ダニーは困惑するマーティンの視線をはぐらかし、聞き耳を立てながらテーブルの木の節を見ていた。
99 :
書き手2:2008/04/30(水) 22:50:00
寿司田を出たマーティンは地下鉄の駅とは逆方向にダニーを引っ張った。
「駅はそっちとちゃうやろ」
「ダニーは僕がシアトルで浮気したと思ってるんだ。だから証明する」
「疑ってへんて。どうする気や?」
「調べるんだよ」
「調べるっておい・・・」
マーティンは苛立ちを隠さず早足で歩いた。クリニックの前で立ち止まる。中に入ろうとするとドアに鍵がかかっていた。
「もういいやん、帰ろう」
「疑われたままなんて嫌だよ。ダニーだって本当のことが知りたいでしょ。車があるからいるはずだよ」
マーティンは言い切ってインターフォンを押しまくった。
しつこく押し続けるとスチュワートが出てきた。訝しそうな表情が一瞬にして笑顔に変わる。
「マーティンとテイラーか、あまりにもしつこいから親父かと思ったぜ。まあ、入れよ」
二人は言われるまま中に入った。誰もいない薄暗い受付を素通りして診察室に入る。
「何か飲むか?」
「ううん、いらない。ねえ、顕微鏡貸してくれる?」
「顕微鏡?いいけど、壊さないでくれよ」
「ん、気をつける」
「スライドガラスとカバーガラスはその下のキャビネット。そこに器具も一式あるだろ。二人して一体何が見たいんだ?」
「・・・僕らの精液」
「何?」
「精液」
観察するのが精液だと知ってスチュワートは笑い出した。ひとしきり笑ったのにまだくすくす笑っている。
「なんで精液の観察なんかするんだよ」
「それがな、こいつがお互いに浮気してないか調べるって言うて聞かへんねん」
ダニーが面倒くさそうに言った。
「ああ、お前は怪しいからな、無理もないさ」
お前もやろ・・・むっとしたダニーだがそれもまた事実なので黙っていた。
「で、採取方法は?」
にやにやしながら採尿用のカップを差し出されて、ダニーはマーティンと顔を見合わせた。
「どうする?この場合はやっぱり手コキやと思うねん」
マーティンもこくんと頷いてカップを受け取った。
「どっちが先に出すの?僕から?」
「同時でいいやん。さっさと済ませよう。恥ずかしいからあんまりじろじろ見るなよな」
「なんでさ?僕は見られてるほうが興奮するよ。僕も見たいし、いっぱい見られたい」
「真顔で変態発言はやめろ」
ダニーが背を向けてジッパーを下ろすと、マーティンが真正面に移動してきた。
「なんやねん、鬱陶しいからあっち行け」
「別にいいじゃない。ダニーだけじゃなくて僕だってするんだからさ」
「トロイ、こいつを何とかしろ」
「マーティンが見たいんだから見せてやればいいだろ」
「嫌やっちゅうねん」
「マーティン、こっちに来いよ。一緒にテイラーを観察しようぜ」
スチュワートは足を開いてマーティンを膝の間に座らせた。
後ろから抱きしめてうなじに舌を這わせ、マーティンの右手に自分の手を重ねてペニスを握らせる。手を重ねたままゆっくりと上下に扱いた。
「気持ちいいだろ?」
「ん・・・」
マーティンのペニスは早くも勃起していた。耳たぶを愛撫されて微かに喘ぐのが艶かしい。
わざとひけらかすように愛撫されるマーティンを見ているとダニーも興奮してきた。
股間がどうしようもなくむずむずして、自分は見ないとはっきり言ったのに目が離せない。
息苦しくなりながら快楽を貪るように必死に手を動かして射精した。
プレパラートを作ってマーティンから顕微鏡を覗きこんだ。
「あれ?何も見えない・・・」
「倍率が合ってないんじゃないか?オレがやってやろう」
スチュワートは顕微鏡を覗いた。プレパラートの位置を確認して倍率をいじる。
「1200ならばっちりさ。ほら、これで大丈夫。見てみろ」
マーティンは席を替わってもらって顕微鏡を覗きこんだ。かなりの数の精子がうごめいている。
「本当に生きてる!ダニー、僕の見てみて!」
「嫌やなぁ、なんか気持ち悪そうや・・・」
ダニーは渋々顕微鏡を覗いた。元気そうに泳ぐたくさんの精子が見える。この様子じゃ確かに浮気はしていない。
マーティンがシアトルで浮気したかもしれないというわずかな疑念は、きれいさっぱり吹き飛んだ。
「次はダニーの番だよ」
マーティンは満足そうに顕微鏡の前から離れた。
ダニーはマーティンのプレパラートを外して自分のプレパラートと差し替えた。
今回は本当に浮気をしていないので自信がある。だが、それでも実際に見るまではドキドキする。
恐る恐る覗くとマーティンのと同じようにうごめいている精子が見えてほっとした。
「きしょいな、ボウフラみたいや。見てみ」
ダニーの精子を確認したマーティンもふーっと小さく息を吐いている。
自分はそんなに信用がないのかと思うと情けなくなってしまう。
「だから浮気してへんて言うたやろ。オレもちょっとは信用してほしいわ」
ダニーはそう言って胸を張った。心の中で、今回はやけど、と付け足す。
「オレの潔白も証明されたし、前を膨らましているキミもやってみないかね?」
「いいよ、オレは」
「ははーん、さては浮気したな?すかした態度が怪しいで。怒らへんから正直に言うてみ」
「バカ!オレはまだ仕事中なんだ。今出したら眠くなるだろ」
「そんなん絶対ウソや!マーティンもそう思うやろ?」
ダニーに尋ねられたマーティンは、どちらともとれない曖昧な笑みを浮かべる。
ダニーはやっぱりというように目玉をくるくる回した。
「変な顔するな、テイラー」
スチュワートはマーティンにキスをしてジッパーを下ろした。二人とも手元をまじまじと見つめる。
不自然な沈黙の中で、熱にうかされたように行為に見入った。
クリスが金を集めている男に2万ドル渡した。
オッズは25対1だ。誰もがコブラの勝利を疑っていない。
クリスがマーティンに賭けると、男が本気かというジェスチャーをした。
ゴングが鳴った。試合開始だ。
まずコブラのパンチがマーティンの右頬に炸裂した。
ふらっとくるマーティン。ダニーは思わず目を覆った。
クリスは戦況をじっと見つめている。
次に、左のわき腹に2発入った。
倒れるマーティンにスタッフが水をかける。
よろめきながら、マーティンは立ち上がった。
その後、打ち合いが続いた。
マーティンの額が切れて、血が目に流れ入っていく。
足元も頼りなくなっている。
しかし、ファイト・クラブにドクターストップはないのだ。
ダニーが思わずマーティンに駆け寄りそうになるのをクリスが止めた。
コブラがマーティンの体に入り込み、ボディーブローを狙おうとした時、マーティンが反撃に出た。
コブラの股関節に手を回して完全に腰をロックしたのだ。
ダニーはマーティンが高校でレスリングをやっていたのを思い出した。
「レッグホールド」だ。
そのままマーティンは後方へわが身もろとも倒れながらコブラを投げた。
コブラが、倒れて口から泡を吹いている。
脳震盪を起こしたようだ。
まさかのルーキーの決勝技に、会場は騒然となった。
コブラは倒れたまま起き上がらない。
レフリーは、マーティンの右手を上げた。
「マーティン・ザ・プリンスの勝利!」
コブラに賭けていた大多数の観客が一斉にブーイングを始めた。
マーティンは、奥から出て来た男に連れられて退場した。
クリスが集金していた男に金の支払いを申し入れを始める。
ダニーは、マーティンの後を追った。
ドアの奥の廊下に怒声が響いていた。
「お前、勝つなんて一体何様のつもりだ、あぁ?これで、どれだけこっちの腹が痛んだか、お前に思い知らせてやる」
男がマーティンに銃を向けたところを、ダニーがタックルした。
マーティンが男の拳銃を奪い、ハンド部分で男を殴って昏倒させた。
ダニーは、手錠を出し、男の両手を後ろに組んでしっかりはめた。
「おい、マーティン!大丈夫か?」
「うん、勝ててよかった。失踪者たちはここの庭・・」
そのままマーティンは崩れ落ちるように座り込んだ。
リンクの方では、金の受け取りを渋る男にクリスが詰め寄り、胴元と会う段取りをつけていた。
ダニーは、気絶したマーティンを背負い、建物の外に出た。
ピックアップ・トラックの助手席に乗せる。
「ボス、失踪者は、この敷地内に埋められていると思われます。
現在、マーティンを確保、これから病院に向かいます」
「おい、ダニー、救急班を待て・・」
「待てません!」
ダニーは電話を切り、クリスに電話した。
「こっちもオーライだ。夜中の2時には終わる」
クリスは手短かに話して電話を切った。
「マーティン、待ってろ、これから病院行くからな!」
「・・・・」
ダニーは、一番近いノース・セントラル・ブロンクス病院まで、車を飛ばした。
「なぁ、マーティン、返事してくれ、もうすぐ病院や」
「・・ダ、ダニィ・・」
「よっしゃ、その息や、がんばり」
ダニーは涙で霞みそうになる視界で、トラックを運転し続けた。
マーティンが目をあけると、白い清潔な天井が視界に入った。
少し頭を横に振ると、ダニーが椅子に座って、目を閉じていた。
「ダニー・・・」
はっとダニーが目を開けた。
「マーティン!気が付いたんやな、お前、アホやで・・・」
それ以上は涙で言葉にならなかった。
「僕、どれ位寝てた?」
「・・1日・・」
「そんなに経ったんだ・・・」
ボスが病室に入ってきた。
「マーティン、よくやった。お前の情報通り、5人の死体が発見された」
「やっぱり、ウソじゃなかったんだ」
「何だ?」
「番狂わせを演じたファイターは全員始末したって言われたんです。試合前に」
「お前、それを知ってて、勝とうとしたんだな」
「はい・・・」
「分かった、いいから休め」
ダニーはマーティンの手をそっと握った。
試合から1週間が経った。
組織犯罪班の方は、クリスが渡りをつけた胴元を逮捕、関わっていた一連の幹部も司法取引で芋ツル式に逮捕につながった。
大変な成果だ。
マーティンは顔のアザも無残なままで、仕事に復帰した。
骨折がないのが不思議なほどだったが、ただでさえ、女性職員に人気のあるマーティンのため、
世話を焼きたがるスタッフたちをサマンサがさばいていた。
「はい、マーティン、コーヒー」
「あ、ありがと、サム」
マーティンがマグを持ってきたサマンサに礼を言った。
「サム、俺のは?」
「甘えるんじゃないの、ダニーは、殴られてないでしょ?自分で行きなさい」
ダニーは苦笑しながら、スナックコーナーに向かった。
コーヒーをマグに注いでいると携帯が震えた。
マーティンからのメッセージだ。
「今晩、ディナー」
ダニーはすぐに「OK」と打ち返した。
ダニーはまだ、体のほうぼうが痛んで、座るのさえ苦しそうなマーティンの事を考え、デリ・ディナーをメールで提案した。
マーティンが、ダニーの方を向いて頷くのが見えた。
定時に仕事が終わり、マーティンが帰途についた。
地下鉄に乗るのも辛いので、タクシー通勤をしている。
ダニーは、高級スーパーのバルドゥッチに寄りこんで、マーティンの好きそうなものを物色した。
マーティンの住むアッパー・イースト・サイドは、美術館が点在するのと同様、高級スーパーが軒を並べている。
ダニーが住むブルックリンより物価は4割増しだが、この周辺の住人には全く関係のない話だ。
彼らが次の流行を作ると言っても過言ではない。
買い物を終えて、ダニーはタクシーに乗り込んだ。
たった4ブロックだが、両手がふさがっていてどうにもならない。
タクシーのドライバーが親切なインド人でほっとした。
マーティンのアパートに着くと、ドアマンのジョンが荷物を持つのを手伝ってくれた。
「ジョン、ありがとう」
「楽しい晩餐を、テイラー様」
ジョンの細やかな心遣いが有難い。
マーティンのアパートに入ると、ケニーGのインストゥルメンタルが流れていた。
「ダニー、おかえりなさい!」
マーティンが両手を広げている。
ダニーは荷物を床に置いて、マーティンを静かに抱き締めた。
「買い物ありがとう」
「そんなん、朝飯前や」
マーティンは紙袋を大事そうに持ち上げ、キッチンに運んだ。
ダニーは着替えにクローゼットに向かう。
今晩は、ミートローフにアスパラガスとズッキーニのサラダ、カポナータにローズマリーとバジルのフォカッチャだ。
料理に合わせて軽めのメルローも用意した。
「わぁ、僕の好きなものばっかりだ」
マーティンが喜んでいる。
二人の食事が始まる。
「お前さぁ」
「ん、何?」
「風呂で体洗えてるか?」
「何で?」
「体ひねるのも、辛いんやろ?今日、俺が洗ったる」
「そんなの、いいよー。子供みたいじゃない」
「遠慮するなて」
「ダニーのえっち」
「アホ!ほんまにお前のこと考えてんのやで」
「分かった、じゃ、洗ってもらう」
「OK」
ダニーはにんまりとしてワインをぐいっと飲んだ。
マーティンも照れくさそうにワイングラスを傾けた。
「い、痛い!」
「ん・・・」
寝返りを打ったはずみで、ダニーの腕がマーティンの痛んだわき腹に触れ、思わず、マーティンは呻いた。
ダニーはぐっすり眠っている。
マーティンはその寝顔を見て、幸福感を味わった。
体を重ねることだけが大切なのではない。
ダニーのはだけた胸元から、乳首とその脇にあるホクロがのぞいていた。
マーティンは、体を少し動かし、ダニーの胸に顔をこすりつけ、また目を閉じた。
目覚ましだ。ダニーが目を開けると、マーティンが自分の胸に顔をぴったりうずめて眠っていた。
「ボン、マーティー!朝やで、起き」
「うぅぅん、もうちょっと・・・」
「だめや、起き」
いつもの二人の朝だ。
シャワーを一緒に浴びて、並んでひげを剃り、歯を磨く。
ダニーがマーティンの着替えを手伝い、自分もスーツ姿になった。
「お腹減ったね」
「ん、オフィス近くで食おう」
「うん」
二人はタクシーを拾い、ロワー・マンハッタンに向かった。
フェデラル・プラザの少し手前で降りて、ブレックファストサービスをしているカフェに入った。
「僕、チーズバーガー、フレンチフライにケチャップたっぷりお願いします」
「俺はチーズオムレツ」
オーダーし終わると、ダニーが笑い始めた。
「何がおかしいの、ダニー?」
「ほんま、朝からバーガー食うニューヨーカーはお前くらいやで」
「いいじゃない。早く回復したいんだし」
「病気とちゃうねんで、怪我人や、お前は」
「いいの!ダニーはもっと太った方がいいよ、そしたら、ファイト・クラブの潜入捜査に選ばれるさ」
「言うたな!もうお前を背負って病院に運ぶなんて、頼まれてもやらへんからな!」
思わず、マーティンの頬をピンチしたくなり、ダニーは手を止めた。
これでは、ゲイカップルの痴話げんかそのものだ。
「どうしたの?」
マーティンがキョトンとしている。
「気にすんな」
「へんなダニー」
二人は朝食を終えて、オフィスに出勤した。
二人が席についてPCを立ち上げていると、ボスのオフィスからヴィクターが出てくるのが見えた。
「あれ、父さん?」
「ほんまや」
副長官が近付いてくる。
「マーティン、お手柄だったな。それにしてもひどい顔だ。傷は痛むのか?」
「副長官、プライベートな話は別の場所でお願いします」
マーティンがきっぱり言うのにダニーは驚いた。
「すまない、では、ディナーの時に話そう。テイラー捜査官もぜひ来てもらいたい」
「了解しました」
副長官はエレベータホールに向かっていった。
「ダニー、ごめんね、面倒くさいよね」
「ええねん、気にすんな」
二人は仕事を始めた。
ディナーは、アッパー・イーストの「ダニエル」だった。
有名シェフ、ダニエル・ブールーの店だ。
ヴィクターはシャンパンとキャビアをオーダーした。
「我が自慢の息子に」
心底嬉しそうな副長官の姿を見て、ダニーは副長官なりに息子を溺愛しているのだと思い知った。
「さぁ、話を聞かせてくれ、フィッツジェラルド捜査官」
「そんな、話すほどのことはありませんよ、父さん」
「お前が連続殺人容疑で逃亡中だったアレハンドロ・ピノを倒したところが見たかったよ」
代わってダニーが説明をした。
ヴィクターは目を細めて、うんうんと頷きながら聞いていた。
ヴィクターが上機嫌なうちにディナーが終わった。
「お前のアパートは確かこの辺りだったな」
突然、ヴィクターが尋ねた。
「ええ、少し上ですが」
「ぜひ、立ち寄りたい。構わないか?」
「ええ、どうぞ」
レストランの前で、ダニーは二人と別れた。
マーティンが切ない目をしているが、流れ的には仕方あるまい。
「それでは、明日。おやすみなさい」
ダニーは地下鉄の駅に向かって歩き出した。
翌朝、ダニーが早めに出勤すると、マーティンがすでに席に座っていた。
「マーティン、おはようさん、えらい早いな」
「あぁ、父さんが朝一番のフライトだったから。ダニー、昨日はありがとう」
「ええって。美味いもんご馳走になったし。あ、お前食う?」
ダニーは、スターバックスの袋の中から、チョコレートマフィンを取り出した。
「ありがとう。もらう」
マーティンは、はにかみながらマフィンを受け取った。
サマンサが出勤してきたので、ダニーはそそくさと自分の席についた。
PCを立ち上げていると、携帯が震えた。
着信表示にジョージとある。
ダニーは廊下に出て、話し始めた。
「おはよう、ジョージ、どないした?」
「最近、忙しいんだね、なかなか会えないから・・」
言いよどんでいるのが感じられる。
「ああ、ごめんな。潜入捜査があってな、後始末がいろいろややこしいねん」
「お仕事なら仕方ないよね。ごめんなさい。朝からこんな電話して」
「いや、俺も悪かった。今晩食事でもしよか?」
「本当?じゃ、僕、用意するから家に来て」
「ん、分かった」
「それじゃね」
マーティンの世話にかかりっきりで、ジョージをないがしろにする日が続いていた。
ダニーは、マーティンもジョージも選べない自分を欲深いと思った。
定時になり、帰り支度をしていると、マーティンがそばに寄ってきた。
「ダニー、飲みに行かない?」
「ごめん、今日はちょっとヤボ用あんねん」
「そうなんだ、じゃあ、またね」
「ああ、お疲れ」
マーティンはよいしょっとバックパックを背負って帰っていった。
ダニーはその後姿にすまないと心の中で声をかけ、ソフトアタッシュを持った。
リバーテラスのマンションに着くと、ボブがすぐにドアを開けてくれた。
「ありがとな、ボブ」
「いいえ、この前はありがとうございました、コヴァレフ様のこと・・」
「ああ、お互い様やもん。ボブも大変やな」
「でもこちらの皆さんは、皆様、上流ですからね」
「そやな、じゃ、また」
「はい」
ダニーが最上階に上がると、部屋から気持ちのいいR&Bが聞こえてきた。
「ジョージ、来たで!」
「あ、ダニー、いらっしゃい!」
エプロン姿のジョージがキッチンから出てくる。
「俺、着替えるわ」
「うん」
ダニーは、クローゼットの中から、ナイキの上下を選んでスーツから着替えた。
肩の凝りが取れるような気がする。
「なぁ、このCD誰の?」
「エリオット・ヤミンだよ」
キッチンからジョージの声が聞こえた。
「知らない名前やな」
キッチンに入ると、ジョージは、ダニーにワイングラスを渡した。
「僕、もう飲み始めちゃった。エリオットはね、片耳が聞こえない聴覚障害者なんだよ。
糖尿病も患ってるんだけど、アメリカン・アイドルに出てデビューしたんだ。すごいよね」
「へぇー、なかなかええやん。で、今日の献立は何?」
「チャイニーズ」
「珍しいな」
「座ってて」
ダニーはダイニングに座った。
蒸し鶏の生姜ソース、帆立貝のXOジャン炒め、中華野菜のオイスター炒めが並んだ。
「すごいやん。お前、どこで習ったの?」
「レシピ本で勉強しただけだよ。これはチャイナタウンで買ってきた」と山盛りの白い饅頭を持ってきた。
「何それ?」
「花巻、中に何も入ってないパンみたいなやつ。あとレタスと牛肉のチャーハンもあるからね」
「すごいな」
「だって、ダニーとの久しぶりの食事だもん。じゃ、かんぱーい」
ダニーは、ジョージに済まないと心の中で謝りながら、ワイングラスをかちんとぶつけた。
「はふぅ〜」
ダニーがジョージの大きな背中の上に乗った。
荒い息が続く。ジョージも下で胸を上下させていた。
「ダニー、こっちきて」
ダニーはジョージの隣りに寝転んだ。
汗で額にはりついたダニーの前髪にジョージがキスをする。
「ダニー、最高」
「お前もや、あー疲れた」
「シャワー浴びる?」
「そやなぁ、そうしよ」
二人は、ジョージの大きなバスルームに入った。
シャワーブースでぬるめのお湯を浴びる。
汗と精液が流れていく。
シャワーを止め、ジョージがダニーに静かにキスをした。
「ダニー、眠そうだ」
「そか?」
ダニーが見上げるとジョージが笑っていた。
「先に寝てて。僕、ミネラルウォーター持って来る」
「お、サンキュ」
ジョージがコントレックスを持って、ベッドルームに入ると、すでにダニーは熟睡していた。
「ダニー、可愛い。大好きだよ」
ジョージはダニーの額にキスをして、ダニーの隣りに身を横たえた。
ダニーが目を覚ますと、隣りにジョージがいなかった。
TVの音がしている。
「おはよう、ジョージ!」
ジョージがキッチンから出て来た。
「まだ、寝ててもいいのに。せっかくのお休みなんだから」
「何やってんの?」
「特製ジュース作ってる。ブランチも用意するから、ベッドに戻ってていいよ」
「お、サンキュ」
ダニーはまたベッドに入り、目を閉じた。
次に起きると時計は2時を回っていた。リビングから話し声がする。
ダニーが出て行くと、パーシャがジョージとTVを見ていた。
「ダニー、こんにちは」
「よう、パーシャ、元気か?」
「うん、ダニー、疲れた顔してる」
「そか、俺も年かな」
「ダニー、お腹すいたでしょ、ブランチ作ったから食べようよ」
「うん、じゃシャワーするわ」
ダニーがナイキの上下でダイニングに向かうと、昨夜の残った花巻を使ったサンドウィッチに、
山盛りのサラダとジュースが数種類置いてあった。
「なんや、このジュース?」
ダニーが興味津々で尋ねると、ジョージが嬉しそうな顔をした。
「これね、名前からジュースのレシピを作るサイトがあってね、ダニーの名前で作ったの」
「へぇ、何が入ってるん?」
「ダニーのはね、グレープフルーツとアロエ、あとは発信力、チャレンジ精神、隠れた能力だって」
「おもろいな。お前のは?」
「僕はブドウと洋ナシ、そよ風と気高さと例のものだって」
ダニーが笑い出す。
「例のものって何や?」
「知らないよ。パーシャのはね、オレンジとマンゴーと、発信力、希望、さわやかさだって」
パーシャが早速飲んで、美味しいと騒いでいる。
「ねぇ、ニックのレシピ教えて、ジョージ」
「じゃあとで、プリントアウトするよ。きっとニックも喜ぶよ」
「そうだよね」
どうやらニックとパーシャはうまく行っているようだ。
「ダニー、今晩、ご飯大丈夫?」
「ああ、予定ないけど?」
「ニックがさぁ、この前ベジタリアンだったから、お肉が食べたいんだって」
「あいつ、とことんワガママやな」
「でもいいじゃん、4人で食べるのも楽しいよ」
ジョージは別に嫌がっていない。パーシャは嬉しそうな顔をしている。
「レストランはあいつまかせか?」
「うん、連絡してくれるって」
夕方になり、ニックが電話をしてきた。
ジョージが携帯をダニーに渡す。
「ホロウェイ、決まったか?」
「なんだよ、天使のジョージにかけたつもりが、テイラーかよ」
「ええやん、どこや?」
「ハーレムの「ダイナソー・BBQ」だ。今日はがっつり食うぞ」
8時に現地集合になった。
「ダニー、明日の晩、暇?」
ダニーがPCで作業をしていると、椅子ごとマーティンが寄ってきた。
「別に何もないけど、何や?」
「ほら、シンコ・デ・マヨの日じゃない!メキシコ料理食べに行こうよ」
「そか、ええな、ほなそうしよ」
「僕、予約するね」
マーティンはにっこり笑って、椅子ごと戻っていった。
5月5日、シンコ・デ・マヨは、プエブラの戦いでメキシコがフランス軍を打ち破った記念日になっている。
休日ではないが、メキシコ移民の多いニューヨークでは大々的なお祭りが催される日だ。
マーティンの傷も大分癒えてきて、外食が出来るようになっていた。
5日になり、仕事も無事定時で終わった。
マーティンがいそいそと帰り支度をしている。
時間差で出ないと、またサマンサに何か言われる。
マーティンがお先にと出て行った。
ダニーは、5分待って、エレベータに乗った。
フェデラル・プラザ前のベンチにマーティンが座っているのが見えた。
「よっ!今日はどこ予約したん?」
メキシカンが大好きなダニーが目を輝かせてマーティンに聞いた。
「ソーホーの「ドス・カミノス」シンコ・デ・マヨ・ビュッフェなんだって」
「すごいやん!早く行こ」
「うん、楽しみだね」
二人はタクシーでソーホーに移動した。
「ドス・カミノス」は満員御礼だ。
バーカウンターには100種類以上のテキーラが並んでいる。
二人は、マルガリータをピッチャーで頼み、前菜のガッカモーレを待った。
これだけは、テーブルサイドで作ってくれる料理だ。
まずガッカモーレを肴に乾杯する。
ダニーは、前菜テーブルからチョリソー、カラマリ、セヴィッチェ、タキトスを少しずつ盛って帰ってきたが、
マーティンは、その上にメキシカンポテトとバッファローウィングを盛っている。
マリアッチの演奏も始まって、かなりお祭り気分が盛り上がってきた。
「お前、相変わらずやな」
「だって、どれも美味しそうだからさ」
メインの前に、ケサディーヤとブリトーを持ってくる。
これで、かなりお腹が一杯だ。
ダニーはアロス・コン・ポヨとマヒマヒのソテーで打ち止めにしたが、
マーティンは、さらにビーフ・ファフィータをライスの上に乗せていた。
ダニーは、そんなマーティンの姿を愛らしいと感じた。
「ダニー、何にやにやしてるの?気持ち悪いよ」
マーティンが文句を言う。
「ええやん、お前とこうして飯が食えるのも、俺たちがラッキーやからやって思うから」
「ダニーって時たま変なこと言うよね」
「しゃあないやろ、俺、敬虔なカトリックやもん」
「教会行かないくせに」
「言うたな!」
二人はディナーを終え、店の外に出た。散歩にはぴったりの陽気だった。
「駅まで歩こうか?あ、お前まだタクシー通勤?」
「もう止めた。経費で出ないしさ」
二人でまだ開いている雑貨店やセレクトショップをひやかしながら歩く。
地下鉄の駅で二人は別れた。
マーティンが元気になったのが何より嬉しい。
30分ほど電車に揺られ、ダニーはアパートに着いた。
電話が点滅している。ジョージだろう。
留守電のスウィッチを押す。
「ダニー、ダニー、助けて。僕、レイプされた・・」
ジョージからだった。
ダニーは携帯を取り出して見る。着信が5件も入っていた。
ジョージに電話をしたが、電話に出ない。
ダニーは、車の鍵を握り、マスタングでマンハッタンに向かった。
リバーサイドに着き、駐車場に車を停めて、ダニーは最上階に上がった。
合鍵でセキュリティーロックを解除する。
「ジョージ!ジョージ!どこや、返事せい!」
ダニーは、ダイニング、リビングと続いて、ベッドルームに入った。
バスルームから水音がしている。
ドアを開けると、シャワーブースの中で、ジョージが座り込んでいた。
局部からかなり出血している。
「おい、ジョージ!」
ダニーは濡れるのも構わず、ジョージを抱き起こし、シャワーを止めた。
「ダニー、来てくれたんだ・・・」
「当たり前や。何があった?それよか病院行こう」
「病院はだめ、みんなに分かっちゃう・・アイリスに電話しなくちゃ・・」
「ジョージ、今はそんな時やないで」
「お願いだよ、アイリスに電話して」
ダニーは自分でアイリスに電話をした。
アイリスもすぐにこっちに向かうと言っている。
ダニーは、バスローブを着て、がたがた震えるジョージをじっと抱き締めていた。
アイリスが到着した。男性が一緒だ。
「ボブ、テイラーや。その人はジョージの友達やから」
TVフォンで確認を求めたボブにダニーは答えた。
こんなにセキュリティーの高いマンションで、一体誰が、ジョージをこんな目に遭わせたのだろう。
アイリスが血相を変えて入ってきた。
「ジョージに何があったの?」
「レイプされたらしい。出血がひどいんや」
「ダニー、この人は、うちで契約しているドクターなの。あとは任せて」
「だって・・」
「処置のジャマになりますから」
「・・」
ダニーは、リビングを右往左往していた。
ドクターが出て来た。
ダニーとアイリスが立ち上がる。
「局部裂傷が酷いですが、幸い思ったより出血は少ないようです。今、睡眠薬を打ちました」
「ありがとう、ドクター」
「処方箋も書きますので、明日にでも薬局に行ってください」
ドクターは、処方箋をアイリスに渡すと、帰っていった。
「アイリス、これは立派な事件やし、警察に届けるべきやと思う」
「だめよ!ダニー、ジョージはうちのドル箱よ。その子がこんな事件に巻き込まれたなんて知られたら、
またパパラッチの矢面に立つことになるわ。ダメージも大きいし」
「そやかて・・」
「お願いだから、ここは引き下がって」
ダニーは濡れたスーツを着替えにウォークイン・クロゼットに入った。
ドロワーの引き出しが中途半端に開いている。
ダニーは、ここでジョージが襲われたのだと直感した。
自分の着替えだけを取り出し、スーツとYシャツはランドリーバスケットに押し込んだ。
ベッドのジョージを見ると、薬のおかげで死んだように眠っている。
リビングに戻ると、アイリスが「ダニー、付き添ってくれる?」と尋ねた。
「ああ、そのつもりやけど」
「お願いね。私、事務所に帰って、あの子のスケジュール調整をするわ」
アイリスは、ダニーの手を両手でぎゅっと握り、そそくさと帰っていった。
ダニーは、ボブに連絡した。
「今日の朝からのセキュリティーカメラの映像とゲストリスト、見せて欲しいんやけど」
「それは、規則で禁じられています」
「ボブ。俺はFBIや。捜査令状は取りたくない。意味、わかるやろ?」
ボブはしばらく沈黙した。
「ご用意します。出来たら連絡しますので」
ダニーはボブからの連絡を待った。
ダニーは、眠ることが出来ず、セキュリティーカメラの映像をずっと見ていた。
ケイタリングの宅配、引越し業者、普通の訪問客などかなり出入りが激しい。
しかし、一人だけかなり長居をしている人物がいた。
火災アラーム点検業者の人間だ。
この手の大型物件となると、数人がチームで点検するはずが、その男は一人で入館していた。
ダニーはセキュリティーを呼び出した。
「ボブ、今日、火災アラームの点検あったやろ?」
「はぁ?聞いておりませんが?」
「お前の前のセキュリティーが入館を許可してるんやけど」
「そういえば、一人で帰った男がおりましたね」
ダニーはイライラしていた。
画像解析を支局のテクニシャンにお願いしたいところだ。
そうすれば、このぼやけた映像から、犯人の顔が割り出せるかもしれない。
ダニーは、ジョージの様子を見に、ベッドルームに入り、自分はゲストルームに引き上げた。
朝になり、ダニーはボスの携帯に電話した。
「ボス、急で申し訳ないんですが、今日、休ませてもらえませんか?」
「具合でも悪いのか?」
「ちょっと腹の具合が・・」
「仕方がないな。明日は出て来い」
「了解っす」
ダニーは、ふぅとため息をついて、ソファーに座り込んだ。
そうだ、処方箋だ。
ダニーは外に出て、ファーマシーに寄った。
ドクターが鎮痛剤と睡眠薬を処方してくれていた。
その後、近くのデリに入って、多めにサンドウィッチを買い込んだ。
ダニーが部屋に戻り、ジョージの様子を見に行くと、ジョージが目覚めていた。
「ジョージ、おはよ」
「ダニー、ごめんね。迷惑かけて」
「そんなん考えるな。今日は一日そばにいるから、安心して眠り」
「うん・・」
ジョージはまたトロトロと眠りに入った。
ダニーはジョージのPCを借りて、セキュリティー・カメラの映像をアップロードした。
テックのジェフにメールと共に画像ファイルを送った。
秘密裏に仕事をしてもらうのは申し訳ないが、犯人をどうしても突き止めたかった。
ジェフから返事が来た。
「前科三犯 コーリー・ロビンソン」
最後の住所はフィラデルフィアだ。
「畜生、NYなら今すぐにでもいけるのに・・」
ダニーはほぞを噛んだ。そのままソファーで仮眠を取った。
「ダニー、ダニー」
体を揺り動かされて、ダニーは目を覚ました。ジョージの顔が真近にある。
「おぅ、ごめん。寝てたわ。大丈夫か?」
「うん、何とか。ねぇ、サンドウィッチ食べない?」
「そやな、そうしよ」
ジョージは、キャンベルのコーンスープにかき玉子とオニオンを加えたスープを作っていた。
「食べ終わったら、薬飲むんやで」
「うん、わかった」
ジョージは恐ろしく静かだ。
感情を抑制しているのが、ひりひり感じられた。
ふとジョージが漏らした。
「僕、また汚れちゃったね」
ダニーは、はっと息を飲んだ。
「そんなことあらへん。お前は変わらない」
「だって・・」
「だってもクソもない。お前はお前や」
ダニーはセレブにも関わらず、アラブ人外交官に集団で暴行され、今度は連続レイプ犯に襲われたジョージが、
痛々しくて見ていられなかった。
ジョージは、パストラミ・サンドを食べながら、ほろほろと涙を流した。
ダニーは、なすすべもなく、後ろからジョージの体を抱き締めた。
夜、アイリスがやってきた。
ジョージのメンタル面を考え、セレブ用の施設に入院させるという。
自傷や最悪の場合は自殺の可能性も考えなければならない。
ダニーはしぶしぶ応じた。
ダニーは街で知り合いのタレコミ屋というタレコミ屋に、
コーリー・ロビンソンの写真を渡して、情報提供に1000ドル払うと持ちかけた。
早速連絡が入ってきた。
ミート・パッキング・ディストリストの倉庫街で、彼を見かけたという。
ダニーは、ボスに適当に理由を言って、一人で外出した。
指定された倉庫は、チェーン店のクリーニング屋の作業場だった。
大手の顧客をかかえているらしく、同じような制服が並んでいる。
ダニーは出来上がった制服の束を見ながら、
セキュリティー・カメラに映し出された「ジョンズ・ファイアー・アラーム」の制服を見つけた。
すると、そこに男が入ってきた。
制服を1枚だけ手にぶら下げている。
顔をのぞくと、間違いなくコーリー・ロビンソンだった。
ダニーは、そろっとロビンソンの後ろに近寄り、ハンガーごと、ロビンソンにタックルした。
「FBI!お前を連続レイプ容疑で逮捕する!」
ダニーは、後ろ手に手錠をはめて、倉庫から出た。
ダニーはそのまま彼を乗せて、車をブロンクスまで走らせた。
「おい、どこに連れてく気だ?」
「正義が行われるところへだ」
ダニーはロビンソンに銃を押し付け、ブロンクスの廃墟ビルに入った。
頭を殴りつけ、昏倒させると、ダニーは、木の椅子にロビンソンをくくりつけた。
ロビンソンが目を開ける。
「お前、FBIじゃないだろう?俺をどうするつもりだ?」
「二度とレイプできないようにしてやろうかと考えてる」
「何だって!?」
「お前もあそこがなけりゃ、レイプできないだろ?」
拳銃を見ながら微笑むダニーの顔は鬼気迫るものがあった。
「さぁ、じゃあ、手術といこうか」
「おい、お前、本気じゃないよな、やめてくれよ」
「どうだかな」
ダニーはロビンソンの股間をめがけて拳銃を構えた。
「やめてくれよ、お願いだよ」
ロビンソンは泣き出した。失禁もしている。
ダニーが撃つ姿勢に入った途端、ロビンソンは失神した。
ダニーは、「こいつはレイプ犯」と書いたA4の紙をロビンソンの胸に貼り付けた。
本心では殺してやりたい気持ちが、ふつふつと沸いている。
しかし、それをしてしまうと、ダニーは後戻りが出来なくなるとも思っていた。
俺はFBIや。法に準じて悪を裁くのが仕事や。
あとはここにたむろしている、薬中か、ざこのギャングがどうにかしてくれるだろう。
ダニーは、アイリスから聞いていたジョージの入院先の施設に出かけた。
訪問者リストに名前を書き、ジョージが出てくるのを待った。
「ダニー!」
ジョージが廊下をかけてくる。
「ジョージ!」
二人は、人が見るのも構わず、抱き合った。
「会いたかったよ」
「俺もや。な、もう安心し。お前を襲った犯人、始末したで」
「えっ?本当?」
「本当や。だから夜もゆっくり眠り」
「ダニー、ありがとう」
ジョージの目がみるみるうちに涙で一杯になった。
「ほら、泣くな。いつ出られる?」
「あと1週間」
「分かった、迎えにくるからな」
「うん。ダニー、愛してる」
「俺もや、ジョージ」
二人は、またぎゅっとお互いを抱き締めあった。
「ねぇ、ダニー、久しぶりに晩御飯食べない?」
スナック・コーナーでチョコバーを買っていると、マーティンが後ろから声をかけた。
「ん、そうしよか?」
「ほら、こないだ、メキシカンのビュッフェでダニーがお腹こわしてから、外食してないじゃない?」
「そういえば、そやったね」
「じゃあ、決まりだね」
「OK」
マーティンは嬉しそうに笑うと、席に戻っていった。
ジョージの事件があり、食事どころではなかった。
考えてみると、ろくなものを食べていない。
体重も少し減ったような気がする。
マーティンの選ぶ店は、肉類が多いものの、味に間違いはない。
ダニーは楽しみにした。
定時に仕事を終え、二人は同じエレベータに乗った。
「フィッツジェラルド捜査官」
「はい?」
「お加減はいかがですか?」
「ああ、もう大丈夫です。ありがとう」
ブロンドの女性局員が、会釈をして降りていった。
「お前、誰だか知ってんの?」
「全然知らない人。最近多いんだよね、声かけられるの」
「一躍有名人やな」
マーティンは困ったような顔をした。
「困ることないやん。モテモテでええこっちゃ」
「ダニーはいじわるだ」
ダニーはにやっと笑って「さぁ、どこ行く?」とマーティンに聞いた。
「ミッドタウンイーストの日本食」
「行ったことあるとこ?」
「ううん、ないと思うよ」
二人はタクシーに乗った。「梓」という看板の前で降りる。
二人はカウンターに通された。
客は、日本人ビジネスマン同士や、アメリカ人と日本人という顔ぶれで、アメリカ人同士なのは、ダニーとマーティンだけだった。
「これこれ。これが食べたかったんだ」
マーティンがメニューをダニーに見せた。
「クシアゲ 一串$1.50〜$3.00」と書いてある。
「クシアゲって何?」
「軽くフライしたものらしいよ」
マーティンも食べたことがないらしい。
ウェイトレスがやってきて、システムを教えてくれた。
食べられるだけ何本でも食べるおまかせコースと、串の数が決まっているおきまりコースがあるという。
二人は迷わずおまかせコースにした。
えび、小魚、野菜、肉、色々なものが次々と串揚げになって出てくる。
それを4種のソースで食べる楽しさに、二人はすっかりはまった。
ダニーがギブアップしても、マーティンはまだ食べていた。
結果、ダニーの前には25本、マーティンの前には35本の串が並んだ。
これにご飯とミソスープがついてきた。
二人はすっかり満腹になり、店を出た。
「そんなに油っぽくないのな」
「うん、美味しかったね」
「久しぶりにおいしいもん食べた気がするわ。ありがとな」
「どうしたの?かしこまっちゃって」
「いや、何でもない」
「これからどうする?」
ダニーは少し考え、「お前んとこ行こうか?」と言った。
「え、いいの?」
「明日休みやし、ゆっくりしよう」
「うん!」
マーティンはにっこり笑って、タクシーを止めた。
「お前んとこ、食べるもんある?」
ダニーがタクシーの中で尋ねた。
「うーん、ない・・」
「じゃあ、スーパーで買い物せんと。すんません、運転手さん、ヴィネガー・ファクトリーで止めてください」
「ダニーってまめだよね」
マーティンが感心する。
「明日の朝、腹減ってんのに買い物行きたくないやろ?」
「うん、その通りだ」
二人は、スーパーの前で降り、早速、カートを動かし始めた。
アパートまで送ってもらった二人は、シャワーを浴びて早々にベッドにもぐりこんだ。
重なりあった手を自然につないで目を閉じる。一人寝では感じられないぬくもりが心地よい。
「ダニィ」
「うん?」
「もう少しくっついてもいい?」
「いいに決まってるやん。あほやなー、何遠慮してんねん、もっとこっち来い」
ダニーはくすくす笑ってマーティンを思いっきり抱き寄せた。
「電気消すぞ」
「まだだめ!ダニーの顔が見えなくなっちゃう」
「そんなにオレが見たいんか?」
ダニーの優しい眼差しに、マーティンは頬が熱くなってしまう。自分では見えなくても真っ赤になっているのがわかる。
「・・・ん、見たいよ。じゃ、おやすみ」
やっとのことでそれだけ返事をしてダニーの胸に顔を埋めた。
先に目が覚めたダニーは、ぴとっとくっついたまま眠っているマーティンに足をもぞもぞとからめた。
ぐっすり眠る頬にキスをして長い睫毛をじっと眺める。
頬をつついたり、へそやペニスにいたずらしていたらマーティンがけたけた笑いながら目を開けた。
「そこ、くすぐったいよ」
「お前、ほんまはずっと前から起きてたやろ」
「ん、起きてたよ。ダニーがどうするか知りたくてさ。すぐにいやらしいことするんだから」
マーティンはやんちゃな表情を浮かべてにんまりした。
「あほか、オレはわざといたずらしてたんや。それにいやらしいのはお前の体やろ」
ダニーはマーティンの体を組み敷いて勃起したペニスに体を圧しつけた。
「ほらな、こんなに感じてるやろ?」
「これは違うからね、朝だから当たり前なんだよ」
マーティンは本当は感じてドキドキしていたが、快感に抗いながら言い返す。
「そうか。ほな、これはどうなん?」
ダニーは淡々と言いながらパジャマを脱がせて愛撫しはじめた。
ダニーが体を弄るうちにマーティンの息遣いはだんだんと荒くなった。
ペニスはぱんぱんに勃起して先走りでじっとり濡れていた。
ダニーの指はペニスの先端を執拗に弄ぶ。同時にアナルに入れた指も動かした。
「んっ!ああっ!」
マーティンはダニーが指を滑らせるたびに体をびくんと仰け反らせた。
「これでも感じてないんやな?」
ダニーは意地悪く言って耳たぶを甘噛みした。
顔を背けようとしたマーティンにキスをして舌をからめる。
「どうする?やめようか?」
マーティンは息をはずませながら心細そうな顔で首を振った。入れてと消え入りそうな声で言う。
ダニーは指を抜いてペニスをおしあて、ゆっくり挿入した。
ダニーが腰を揺らすたびにマーティンは大きく喘いだ。ひくついたアナルがダニーのペニスを掴んで離さない。
「ああっ・・・そこだめっ!」
ダニーはマーティンがイキそうになったので動きを早めた。抱きしめて腰を振る。
激しく突き上げられたマーティンは射精してダニーに抱きついた。がくがくと体が痙攣する。
ダニーはしがみついたままのマーティンにキスをして呼吸が落ち着くのを待ったが、
じっとしていられなくてゆっくり動かしながらおでこをくっつけた。
「もう動いてもええか?」
「いいよ、ダニーも感じて」
ダニーはマーティンの目を見つめて腰を振った。何回か動いただけですぐにイキそうになる。
「気持ちいい?」
マーティンに訊かれ、ダニーは苦しそうに数回頷いた。腰の辺りや背中がぞわぞわする。
「くっ・・・出そうや・・・はっ・・・うっ!」
果てたダニーは荒い息を吐きながらマーティンに覆いかぶさった。
しばらくいちゃついていた二人のお腹がきゅるきゅる鳴った。
「腹減ったな」
「ん」
「まだ時間あるし、先に朝メシ食べよう」
二人はもう一度キスをしてベッドを飛び出した。冷蔵庫をごそごそ物色する。
「あっ、この牛乳だめだ。また腐ってるよ」
マーティンは息を止めて、水を流しながら牛乳をシンクに捨てた。
「しばらく小さいサイズにするか、牛乳買うのやめとき」
「なんで?」
「最近高いやん。卵なんか安いやつで6ドルもするんや。腐ったらもったいない」
「このまま原油や食料の高騰が続くとどうなるのかな」
「食べれん人間も出てくるやろ。だから捨てたりしたらあかんのや」
ダニーはマーティンの髪をくしゃっとして、半分にスライスしたベーグルに薄く切った冷たいバターを挟んだ。
いよいよジョージの退院の日がやってきた。
ダニーはアイリスに自分が迎えにいくから、退院時間を夜8時にして欲しいと願い出ていた。
8時少し過ぎにダニーはクリニックに到着した。
閑散としたロビーにナイキのスポーツバッグを持ったジョージが座っていた。
「ジョージ、ごめんな。遅なった」
「ダニー!ありがとう」
ジョージはぎゅっとダニーを抱擁する。
「行けるか?」
「もちろん!」
二人はクリニックを後にした。
ジョージの住むリバーサイドまでは、ほんの5ブロックだが、アイリスがリムジンを手配していた。
二人でリムジンに乗り込む。
「元気そうやな」
ダニーが言うとジョージが笑った。
「運動不足で、太っちゃった」
「これから元に戻せばええやん」
「そうだね」
すぐにアパートに到着した。
エレベータに乗り込み、最上階のキーを回した。
部屋に入る時、かすかにジョージが固くなるのを感じた。
犯行現場だ。本当ならば逃げたいだろう。
「大丈夫か?」
「うん」
ダニーの手をジョージはぎゅっと握った。
「荷物、置いてこようか?」
ダニーが優しく問うと、「ううん、僕がやる」とジョージがウォークイン・クロゼットの中に入った。
少しして、ジョージが出て来た。顔色が悪い。
「おい、ほんまに大丈夫か?」
「やっぱりダメみたい。ねぇ、ダニーの家に泊まってもいい?」
「もちろんや。ほな行こう」
ダニーは、ジョージを連れて、1階に降り、タクシーを拾った。
ダニーのアパートに着き、ジョージはふぅっと息を吐いた。
「今日はケータリングにしよな。何がいい?」
「うーんと、インド料理」
「よっしゃ」
ダニーが電話で注文を済ませていると、ジョージがアイリスに電話をかけていた。
「うん、引っ越したいんだ。アイリス、お願いだから、早く探してね。ありがとう。
うん、ダニーのとこ。あ、待って」
ジョージが携帯をダニーに渡す。
「アイリスが話したいって」
「もしもし、ああ、分かった。それじゃ、おやすみ」
ダニーは携帯をジョージに返して、ジョージに言った。
「いつまでもいてええからな」
「それじゃ、ダニーも困るでしょ。僕、次のアパートにすぐに越すから」
「遠慮するな」
「ありがとう」
二人はTVのトークショーを見て、デリバリーの到着を待った。
ジョージとの共同生活が始まった。
ジョージもバーニーズの勤務があるので、毎朝、一緒に電車でマンハッタンに通う。
帰りは待ち合わせて、食事をしてブルックリンに戻る日々が続いた。
そんなある日、家でピザを食べていると、ジョージが話し始めた。
「ダニー、新しいアパートが決まった」
「今度はどこ?」
「同じリバーサイドだけど、違う物件。パーシャも一緒に越すって」
「そか」
ダニーは、突然寂しさにとらわれた。
「いつ越すん?」
「荷物はもう新しいアパートに移動したって。あとは僕だけ」
「そか」
「だから、明日、引っ越すね」
「えらい早いな」
「これ以上、ダニーに迷惑かけられないもん」
「俺には迷惑やないで。ほんまや」
「でもね、ダニーには一人の空間が必要なんだ。分かってる」
ダニーは口をつぐんだ。
ジョージは想像以上に自分を理解している。
その上で、つきあおうとしているのだ。
「ありがとな、ジョージ」
「なんで?」
「いろいろに」
「照れるな」
ジョージはマルゲリータをぱくっと食べた。
「ここのピザともしばらくお別れだね」
「いつでも持ってくで。ほんまに」
ジョージはくすっと笑って、さらにピザをぱくついた。
ダニーはオフィスで大量のファイル整理で残業し、ブルックリンに戻って、アルのパブに寄った。
「よう、ダニー。久しぶり」
「あぁ、ほんまやな」
「もしかしたら引っ越したかと思ったぜ」
「いやー、仕事とかいろいろあってな」
「そうか、飯まだか?」
「ああ」
「今日はギネスのビーフシチューがあるけど、それでいいか?」
「ああ、助かる」
ダニーは、キルケニーのドラフトを頼んで、ぐいっと飲んた。
アルはビーフシチューの他、別皿でグレービーソースをたっぷりかけたマッシュドポテトも持ってきた。
「おまけだよ」
「サンキュー、うまそうや」
そこへ、フラニーが外から入ってきた。男連れだ。
男の顔を見て、ダニーは思わずむせた。
アレックスの彼のエルナンではないか。
エルナンはダニーの顔を見てしまったという表情をしたが、アルと挨拶し始めた。
「兄さん、彼がエルナン、工科大学で同じクラスを取ってるの」
「よ、フラニーの兄のアルだ、よろしくな」
「はい、アル、はじめまして」
「何か飲むだろ?」
「それじゃあ、ドラフトください」
「よっしゃ」
フラニーとエルナンは店の奥のテーブルに座った。
仲むつまじく話している。
ダニーは大急ぎで、ギネスシチューとマッシュドポテトを平らげ、「じゃあ、お先」と店を出た。
すぐにジョージに電話をする。
「ダニー、はぁい、どうしたの?」
「よ、新しい住まいはどやねん」
「いい感じだよ。ダニーも早く見に来てね」
「おう、わかった。な、お前、エルナンの携帯番号知らない?」
「え、エルナン?知ってるけど、どうしたの?」
「や、ちょっと仕事の関係で教えてもらいたいことがあんねん」
「ふぅん、そうなんだ、あのね、じゃ言うね・・・」
ダニーはメモを取り、すぐにエルナンに電話をかけた。
エルナンが店の外に飛び出てくる。
「ダニーさん・・・」
「お前、どういうことや!」
「これには事情があって・・」
「ふん、聞いたるわ」
「僕、フラニーと親友なんですよ。お互いゲイだから、すごく仲よくなれたんです。
でもアルは敬虔なカトリックだから、妹がゲイだなんて許せないはずです。
で、彼氏を連れて来いって言われたから、僕が付き添っただけ。本当です。
僕が大切なのはアレックスですから」
「ほんまやな」
「ウソつきません」
「わかったわ、このこと、アレックスに話したか?」
「いえ、言いにくくて」
「早めに話しとき。ヘンな風にこじれると、後が大変やから」
「わかりました。じゃ、僕、店に入りますね」
エルナンは、頭を下げてパブに戻っていった。
フラニーはレズか。ダニーは心の隅で、ちょっと惜しい気がした。
まぁええわ。
スーパーで、パンと牛乳とハム、チーズを買って、ダニーはアパートに戻った。
アルは俺がバイだと知ったら、一体どんな反応を見せるのだろう。
ダニーはバスで長湯して、TVも見ずにベッドに引っ込んだ。
ダニーが出勤してデスクでエッグサンドをぱくついていると、真っ青な顔をしたマーティンが駆け込んできた。
ダニーにバックパックを放り投げると、駆け足でトイレに入っていった。
何や、あいつ、大丈夫かな。
ダニーは、バックパックをマーティンのデスクの上に置いて、またサンドウィッチを食べ始めた。
やがてマーティンが戻ってきた。
ふぅっと息を吐いている。
「マーティン、おはよ、どないしたん?」
「なんか、お腹の具合がおかしくて・・」
「食いすぎか?」
「違う・・と思う、あ、だめだ!」
またトイレに駆け込んだ。
仕事が始まっても、15分に一度はトイレに駆け込むマーティンを見るに見かねて、ヴィヴィアンが声をかけた。
「マーティン、そんなに具合悪いなら、早退しなさいよ」
「でも、仕事が・・」
「仕事がって、30分も席にいられないんじゃ、仕事にならないでしょ」
「そうよ、その方がいいわよ。幸い、捜査事件もないんだし」
サマンサもヴィヴィアンに加勢した。
「じゃあ、ボスに言ってくる」
マーティンはボスのオフィスに向かっていった。
渋い顔をして出て来たところを見ると、お小言をくらったらしい。
「じゃあ、僕、帰るから」
「送ってこうか?」
ダニーが申し出た。
「え、いいよ」
「俺も外の空気吸いたいし。ええやろ、ヴィヴ」
「そうねぇ、早く帰ってきてね」
「了解っす」
ダニーはマーティンと地下駐車場に降りた。
「一体、どうしたん?」
「昨日、にしんの酢漬けを食べたんだけど、それに中ったみたい」
「ふぅん、一人でか?」
「えっ・・・ドムと一緒・・」
こいつ、まだドムと付き合うてるんや。
ダニーはちょっとびっくりしたが、自分がどうこう言える立場ではない。
「ドムに電話してみぃ」
「いいよー」
「はよう」
マーティンはしぶしぶドムに電話した。
「ドム?僕、あ、やっぱり・・大丈夫?僕は早退する。うん、それじゃお大事に」
「ほらな、同じもん食うとそうなるんや」
「ドムも早退するって」
「FBIもNYPDもにしんに負けたなんて笑えるな」
そうこうしているうちに、マーティンのアパートに着いた。
ダニーは駐車場に車を入れた。
「え、もういいよ、ダニー」
「お前、食うもんないやろ、どうせ、一通り出たら、腹が減るんやから、夜食作ったるわ」
「ありがと・・」
するとダニーの携帯が鳴った。
「ボスやわ。はい、テイラーです。え、了解っす。急行します。ボン、ごめんな、事件やて」
「え、僕・・」
「お前は寝とき」
「ごめんなさい」
「ええって」
ダニーは車に乗り込み、発進した。
現場はリバーサイド、西80丁目だった。
ジョージの新しいアパートの近くやなー。
ダニーはリバーサイド・パークに車を駐車した。
NYPDの巡査たちがいる。ダニーは近付いた。
「FBIのテイラーです。状況は?」
「行方不明者は、キース・メドウス。5歳です。こちらお母さんのカーラさん、
散歩中の犬に気を取られて、息子さんからちょっと目を離した隙にいなくなったとかで」
「黒人の大男が、走っていくのが見えたんです。きっと誘拐犯です!お願いです、息子を探してください!」
母親は泣きじゃくって半狂乱になっていた。
「息子さんの写真をお借りできますか?」
母親はサイフの中から写真を出した。
ブロンドの巻き毛がかわいらしい男の子だ。
小児性愛者が好みそうなタイプともいえた。
しかしプロファイルでは、小児性愛者の大多数が白人男性とある。
何かがかみ合わない。ダニーはそう思った。
そうしていると、母親が「キース!」と大声を上げた。
向こうから、キースが走ってくる。
後ろにいるのは、なんとジョージだった。
NYPDがジョージに近寄ろうとしたので、ダニーは制した。
「この人は何でもない」
「は?え、あのジョージ・オルセン?」
巡査たちがびっくりしている。
「ジョージ、どうしたん?」
「あれ、ダニー?ジョギングしてたら、この子が走っているのが見えたんで、追いかけたんだよ。
アイスクリームの車を追いかけてたみたい。だから、買ってあげて、一緒に食べたんだ」
「お前、もう少しで誘拐犯やぞ」
「え?」
「こちら、お母さんや」
ジョージは、母親に近寄り、丁寧に詫びた。
母親もジョージ・オルセンに面と向かって詫びられて、ドギマギしている。
するとサマンサとヴィヴィアンがやってきた。
ダニーは両手を振り、「事件解決!」と大声でどなった。
「何、やだ、ジョージ・オルセンさん!ダニーの同僚のスペードです!」
何も分からずにサムは早速ジョージと握手している。
「息子さんがアイスクリームの車を追ったので、それをオルセンさんが追いかけて、連れ戻してくれたんやと」
ヴィヴィアンもジョージと握手した。
NYPDが帰り支度を始めた。ヴィヴィアンたちも帰ると言っている。
ダニーはジョージから調書を取ると言って残った。
二人で、公園のベンチに腰掛ける。
「いいことするって難しいね」
「お前、運がええで」
「本当だよね。ダニーが来てくれてよかった。ねぇ、いつ新しい家に来てくれる?」
ダニーは今日はマーティンの見舞いを考えていた。
「明日かな?」
「僕のマンション、ここだから」
ジョージが指を指す先には、21階立ての白いコンドミニアムが建っていた。
「これがトランプ・プレイスか。あんまりキラキラしてへんな」
「ドナルド・トランプの物件が全部キラキラしてるわけじゃないよ」
ジョージがけらけら笑った。
「よっしゃ、場所ばっちり覚えたから、明日寄るな」
「分かった、じゃあご飯用意するね」
「OK、じゃオフィスに戻るわ」
「うん、じゃあね!」
ダニーはリバーサイド・パークでジョージと別れた。
ダニーはアパートに帰ってからハミガキを買い忘れたことに気づいた。
明日買えばいいと一度は思ったものの、やはり気になる。
面倒くさいなぁと思いながら寝そべりかけていたソファから立ち上がった。
歩いていくか車で行くかまだ決めていない。
とりあえず車のキーをポケットに突っ込んで部屋を出た。
一階でエレベーターの扉が開くと、マーティンが立っていた。
「マーティンか」
「どこか行くの?」
「ああ、買い物や。一緒に行くか?」
「ん、行く!」
マーティンは嬉しそうに即答してエレベーターに乗り込んだ。ダニーはその手をぎゅっとつなぐ。
「照れてるやろ?」
ダニーは階数表示を見上げたまま言った。マーティンは答えるより早く強く手を握りしめて頷く。
マーティンを喜ばせるのは簡単だ。ダニーはどんなに些細なことでも喜ぶマーティンを微笑ましく思う。
二人はエレベーターを降りてからも手をつないだまま車に乗った。
6ブロック先のドラッグストアでハミガキとフリスクを買うと買い物は終わった。
「次はどこ?」
「これで終わりや」
「えー、買い物ってこれだけ・・・」
マーティンは物足りなそうにダニーを見上げた。
「まだ帰りたくないよ。せっかく出てきたんだし、どこかに行こうよ」
「わかったわかった、何か食べて帰ろう。そこのビストロは?」
ダニーは適当に通りの向こうのビストロを指差した。植込みにつけられたたくさんのLEDが青白く光っている。
「悪くないけどさ、今日は他のところがいいな。ねえ、ポプシクル食べない?」
「ええけど」
「待ってて」
マーティンは路上で売られているポプシクルを二本買ってきた。ダニーの口に入れようとして慌てて引っ込める。
「・・・ごめん、ついくせで」
「気にすんな、誰も見てへん」
ダニーは真っ赤なポプシクルを食べながらエンジンをかけた。
何気なく入ったピザパーラーは混雑していて、店の片隅に置かれたカラオケに客が入れ代わり立ち代わり参加していた。
レオナ・ルイスの次はリアーナのumbrellaが始まった。
お世辞でも上手いとは言いがたいが、当人は気持ちよさそうに歌っている。
「あれ、何?」
ダニーはオーダーを取りにきたウェイトレスにカラオケのことを訊いてみた。
「カラオケを歌うとピザが一枚半額になるんです。ほとんどのお客様が歌われますよ」
「へー、おもろそうやな」
「よろしければ歌ってください。リストはこちらです」
ウェイトレスはやけに分厚いカラオケリストを置いていった。ダニーは早速ページを捲る。
「もしかして歌うの?」
「当然や。そやなあ、オレはOasisのDon’t Look Back in Angerにしよう。お前は?」
「僕はいいよ」
「なんでやねん、お前も歌えや。二枚頼むから二人とも歌ったら一枚タダになるねんで」
「やだよ、こんなところで歌うぐらいなら全額払う」
マーティンは頑として首をたてに振らない。ダニーは一応リストを渡して予約を入れにいった。
すぐにダニーの番になり、歌い終えたばかりの客からマイクを受け取る。
グリッシーニをかじっていたマーティンがけたけた笑いながら手を振っているのが見え、ダニーはウィンクして歌い始めた。
ダニーは、オフィスで報告書をまとめてボスに提出した。
「なんだ、お前の知り合いが連れ去ったのか?」
「ちゃいますよ、彼は助けたんです。よく読んでくださいよ」
「ははは、冗談だよ。今日は帰ってよろしい」
「ありがとうございます」
ダニーは、ディーン&デルーカに寄り、チキンボール・スープと柔らかいバターロールを買った。
自分用にワイルドライス・サラダとマッシュルームのソテーを選んだ。
タクシーでマーティンのアパートに行くと、ジョンが会釈してくれた。
「ジョン、マーティンは?」
「お部屋におられます」
「ありがと」
ダニーが合鍵で開けると、マーティンがTVでメッツ対ワシントン・ナショナルズの試合を見ていた。
「あ、おかえり、ダニー」
「お前、腹減ったやろ」
「うん、でも出前のはみんな油っぽいから、困ってたとこ」
「ぴったりの夕食買ってきたで」
「うわぃ、ありがとう!」
ダニーはジャケットを脱いで、Yシャツの腕をまくると、キッチンに立った。
紙袋からデリを出し、マーティンのスープを電子レンジに入れた。
「マーティン、出来たで」
「はぁい」
ダイニングに並べると、マーティンが早速美味しそうだと喜んだ。
「今日の事件、解決したの?」
「行方不明っちゅうのが間違いやったわ」
ダニーはジョージと会ったとは言えなかった。
「なんだ、そうだったんだ!」
「明日はもう平気やろ?」
「うん、胃の中がからっぽだよ。お腹すいた」
マーティンは気持ちよく完食をした。バターロールも残さず6個食べた。
「ダニー、今日泊まってく?」
皿を片付けているダニーの後姿にマーティンは問うた。
「いや、今日は帰るわ。また今度ゆっくりな」
「その方がいいよね。来てくれてありがとう」
「お前の飢え死にした死体を発見したくないからな」
ダニーもマーティンも笑った。
二人でMLBの試合を最後まで見て、ダニーは家に戻った。
「お仕事お疲れ様。今晩は何食べましたか?教えてください」
ダニーはすぐにかけ直した。
「よ、ジョージ、今帰った。今日はオフィスでケータリングやからろくなもん食ってへん。
明日、何作るん?秘密かー。わかったわ。楽しみにしてる。じゃあな」
翌晩、ダニーはロワー・リバーサイドのジョージのコンドミニアムを訪れた。
まるでホテルのようなエントランス・フロアに圧倒される。
「どちら様で?」
セキュリティーがチェックする。
「ダニー・テイラー」
「オルセン様のゲストですね、どうぞ奥のエレベータで最上階まで上がってください」
「ありがとう」
最上階に上がると、部屋数は3戸。
21Bがジョージの部屋だ。チャイムを押す。
「はぁい」
インターフォンからジョージの声がした。
「俺」
「今開けます」
ガチャッとセキュリティーロックがはずれて、中からジョージが出て来た。
「いらっしゃい!」
ジョージがぎゅっとダニーを抱き締める。
「ダニー、まずは荷物置いて、着替えてくつろいで」
「これ、引越し祝い」
ダニーはヴーヴクリコのイエロー・ラベルを渡した。
ダニーが着替えて出てくると、ジョージが「こっち」と呼んでいる。
中に入ると、ダイニングルームの奥にキッチンがあった。
「こっちこっち」
さらにキッチンに入ると、イートイン・キッチンになっている。
「便利そうやん」
「うん、大家族向きじゃないけどね、一応2ベッドルームの一番大きい物件を借りたんだ。」
相変わらずのハドソン川の風景とニュージャージーの高層ビルが正面に見えて美しい。
ダニーはカウンター式のイートイン・キッチンに座った。
「今日は、タイ料理」
「お前のお得意やな」
まず春雨サラダのヤムウンセン、チキンのココナッツ風味スープのトムカーガイ、
シーフードのレモングラス炒めに牛肉のバジル炒めご飯のガパオが並んだ。
「ほんま、お前、プロのシェフになれるで。それにしても、なんでこんなにタイ料理が上手なん?」
「僕、陸上選手止めてからしばらくタイにいたんだよ」
「旅行やろ?」
「ううん、住んでたの。バンコクとプーケットに。自暴自棄になってたし、国内にいるとマスコミがうるさかったから逃亡したんだ」
「そうやったんか」
「まぁ、いいじゃん、過去のことなんだから」
ダニーは何かを隠していると直感したが、それ以上は質問しなかった。
食事が終わると、ジョージはダニーを案内して回った。
メインベッドルームは白と黒が基調のスタイリッシュなインテリアだった。
「どう、気に入った?」
「どうもこうも、お前の趣味はええから」
「ありがと、それじゃバスにお湯ためるね」
「ああ」
ダニーは、一層豪華になったジョージの住まいに圧倒されながら、ベッドに腰掛けた。
ダニーが目覚ましで目を覚ますと、隣りにジョージの姿がなかった。
時間を見ると朝の6時だ。
早すぎるとは思いながら、バスルームに入り、さっとシャワーを浴びて、歯磨きと髭剃りを済ませた。
ベッドルームに戻ると、ベッドの上にYシャツとスーツとネクタイにソックスが置いてあった。
着替えてリビングに行くと、ジョージがスウェットの上にエプロンをして、キッチンから出て来た。
「お前、こんなに気を使わんでもええのに」
「だってダニーは僕のお客様だもの。最高のおもてなししなくちゃ。コーヒー飲むでしょ」
「ああ」
ダニーはイートイン・キッチンに入っていた。
「今日はね、オニオン入れたパンを焼いてみたんだ」
「へぇ?」
「それにリコッタチーズとデイルとスモークサーモンでサンドウィッチにした」
「えらい美味そうやな」
「オフィスで食べてね」
「なんでや?ここで食う時間あるで」
ジョージは首を横に振った。
「今日、ブライアント・パークで、ジョシュ・グローバンの無料ライブがあるんだよ。急がなくちゃ」
「何時から?」
「7時」
「そりゃ、大変やわ」
「ダニー、行く?」
「ああ、ジョシュ・グローバン、聞きたいしな」
ジョージは嬉しそうに笑った。
グラビアやランウェイでは圧倒的な男性美を見せつけるジョージが、キッチンに立っているととてもかわいらしい気がした。
「ほな、でかけようか」
「そうだね」
ダニーはソフトアタッシュに大事そうにジップロックを入れて、玄関から出た。
1階に降りると、昨日とは別のセキュリティーが座っていた。
「どちらさまで?」
「ダニー・テイラーさん、僕のゲスト」
「オルセン様のゲストの方ですか。よい一日を」
このセキュリティーの厳重さだ。
ダニーは、ジョージに起こった悪夢の事件が繰り返されないことを祈った。
タクシーでブライアント・パークの会場に行くと、すでに黒山の人だかりだ。
TVカメラも沢山ある。ABC局の朝番組「グッド・モーニング・アメリカ」で中継されるらしい。
ライブが始まった。
天国からの贈り物といわれるだけあって、26歳になったグローバンの歌声は清らかく素晴らしかった。
ライブが終わると8時近くになっていた。
「ほなら、俺、ここからフェデラルプラザに行くわ」
「ライブつきあってくれてありがと」
「俺も楽しかった、じゃあな」
二人は公園で別れた。
ダニーはスターバックスでカフェラテを買い、オフィスに入った。
早速、ジップロックを取り出して、サンドウィッチを食べ始める。
「あら、そのパン、変わってる」
目ざといサマンサが目を留めて、ダニーに尋ねた。
「ホームベーカリーだと出来るらしいで」
「へぇー、ダニーの彼女ってパンまで自分で焼くの?すごーい!それで、いつ紹介してくれるの?」
「はぁ?なんでサムに紹介するんや?」
「いいじゃない?会わせなさいよ」
「考えとくわ」
マーティンはそのやりとりを聞きながら、マフィンをかじっていた。
「あ、マーティン、マフィンのかすこぼしてるわよ」
「えっ、わー!」
急いでマーティンは立ち上がってズボンをはらった。
くすっとヴィヴィアンに笑われて、マーティンは真っ赤になった。
さすがのダニーは寝不足で、一日とろとろした気分で過ごした。
担当事件がないのが有難い。
どうしてもジョージのところに泊まると、ベッドでがんばってしまう。
今日はまっすぐ家に帰ってくつろぎたかった。
帰り支度をしていると、サマンサが寄ってきた。
「ねぇ、今晩、ドクター・テイラーは予約ない?」
「ないけど、どないした?」
「ちょっとね。食事行かない?」
ダニーはやれやれと思いながら承諾した。
ダニーとサマンサは、デルアミコに出かけた。
「おぉ、ベラ・セニョーラ、サマンサ!お久しぶりで」
「オーナーもお元気そうね」
「はい!今日はおまかせでいきますか?」
ダニーの顔を見る。
「お願いするわ」
「かしこまりました!」
すぐにグラスシャンパンとイタリアンサラミとチーズの盛り合わせが出てくる。
自家製オリーブも山盛りだ。
「それで、サマンサ、話は?」
「ねぇ、ダニーって結婚したいと思う?」
「そりゃいつかはなと思うこともあるけど、この仕事だとなかなか結婚うまくいかないやろ?」
「そうよね」
ふぅーとサマンサはため息をついた。
「何や。ボスか?」
「というより私。前に結婚した時はケノーシャから出たい一心だったの。だから長く続かなかった。
でももう私も30超えたじゃない?子供作ること考えると、体内時計が鳴り出すのよ」
「さよか」
「ヴィヴィアンは、ご主人が非常勤の先生だから、生計の安定のために仕事してると思うのね。
でももうリジーも大きくなってきたし。ちょっぴり羨ましい」
「かといって、一回失敗してるボスが首を縦に振るとも思えんしな」
「そうなのよ!」
前菜の盛り合わせが出て来た。二人はワインを頼んだ。
「ボスには、サムが悩んでること、言ってみたん?」
「ううん。嫌われたくないから恐くて。結婚なんて切り出したら興ざめじゃない?」
「まぁな。男はずるいから」
「あなたの彼女は何も言わないの?」
ダニーはちょっと間を置いた。
「どうなんやろな。話したこともない。でもな、結婚するとなると、同じユニットでは働けへんで」
「それも考えちゃう。私、MPUが心底好きだし、ボスに育ててもらった恩も感じてる。家みたいな感じなのよ」
「今、サムは幸せ?」
「え?そうね、不倫でいた時よりもずっと幸せよ」
「それならまだ様子見するのはどうかな?高年齢出産も出来る世の中やし」
次のカラスミと水菜のペペロンチーノとピッツア・クアトロフロマッジが出て来た。
「さぁ食おうや」
「そうね」
その後、真鯛のアクアパッツアを取り分けてディナーが終わった。
デルアミコが特製ティラミスを出してくれる。
「ここのティラミスって最高!」
どうやらひとしきりダニーに話して、サマンサの気が済んだらしい。
サマンサは自分で払うと言ってクレジットカードをデルアミコに渡した。
「ご馳走様。サム」
「いいえ、話聞いてもらえてよかった。こんなに色々聞いてもらってるのに、恋愛感情なしの私たちがおかしいわよね」
「それでもええんちゃう?」
「そうよね」
サマンサは大きな口を開けて豪快に笑った。
二人で大通りまで出る。
サマンサはタクシーに乗るというし、ダニーは地下鉄で帰ろうと思った。
「それじゃ、また来週ね!」
「ああ、良い週末を」
「ダニーも!おやすみなさい!」
タクシーの走り去る姿を見送って、ダニーはブルックリンに戻った。
家に戻ると留守電が点滅していた。スウィッチを入れる。マーティンだった。
「いないんだ。またジョージと食事?」
ぶつっと切れている。すぐにダニーは電話を返した。
「あ、俺、ジョージやないで。サマンサや。ボスとのことで悩んでるらしい。
うーん。明日な。家事たまってるから片付けたら電話するわ。夕方でもええか?そんじゃおやすみ」
ダニーはソファーに腰掛け、ため息をついて、バスタブにお湯を張りに席を立った。
ダニーは昼頃目を覚ました。外はいい天気だ。
お日様の光がブラインド越しに漏れてくる。
シャワーをして、ランドリーをまとめ、洗濯機に入れる分とクリーニングに出す分をより分けた。
クリーニング屋は、もうずっと顔なじみの中国人の店だった。
「タオさん。これ、よろしくな」
「ダニー、前の取りに来てないね」
「そやったな、食事してから帰りに寄るんでええか?」
「じゃあまとめておくから」
「サンキュー」
ダニーはデュモント・バーガーまで歩いて、グリルド・チキンサンドウィッチとフレンチフライを食べた。
帰りにタオさんの店によってスーツを3着とYシャツを4着と新しいクリーニングの半券を受け取る。
一度アパートに戻り、今度はマスタングでフェアウェイ・スーパーマーケットに寄り、
ビールやチーズにハム、ミルクにアップルジュース、冷凍のビーフパテやシーフードミックスを買い込んだ。
家に戻ると、すでに4時を回っていた。
そやそや、マーティンに電話せんと。
ダニーは家の電話でマーティンの携帯に電話した。
「あ、ダニー、家事は済んだ?」
「あと洗濯物を乾燥機から出してしまうだけや。今晩どないする?」
「僕の家で食べない?」
「ん?何か用意してこか?」
「ううん、大丈夫。6時くらいでいいかなぁ?」
「OK、じゃあ6時に行くわ」
「待ってるね」
ダニーの住んでいるプロスペクト・ハイツは、若いアーティストや、カリブ系、アフリカ系の移民が多い街だが、
このところの家賃の高騰で、昔でいう「ヤッピー」たちも増えてきた。
それに伴って、お洒落なビストロやカフェも増えたが、一方では店をたたんでしまう昔からの商店が増えたのをダニーは残念に思っていた。
身一つで行くのもどうかと思い、途中で、ワインを買うことにした。
電車に揺られ、さらに地下鉄の乗り継いで、アッパー・イーストサイドに着いた。
途中にあるリカーショップで、ちょうど手ごろなワインがあった。
30ドルだからテーブル・ワインに少し毛のはえたクラスだが、
ナパバレーのシャルドネだし、家庭で飲むなら問題ないだろう。
アパートに着くと、ドアマンのジョンがいつもの笑顔で迎えてくれた。
ダニーが合鍵でマーティンのアパートに入ると、キッチンから色々な物音が聞こえる。
「おい、マーティン、来たで」
「あ、ダニー!」
エプロン姿のマーティンが珍しい。
「え、今日はお前の料理なん?」
ダニーが心底驚いた。
「うん、まぁ、座っててよ」
ダニーはリビングに腰掛けて、CNNを見ていた。
「支度できたよ!」
ダニーがダイニングに入ると、マカロニ・チーズとベイクド・ポテト、
季節野菜のサラダにホワイトロールが入ったバスケットが並んでいた。
「へぇ、これ、全部お前が?やれば出来るやん!」
マーティンは照れたように笑った。
「ダニーに一番に食べてもらいたかったんだ。僕の料理」
「うれしいな。ほな早速いただこ」
ダニーは湯気が立っているマカロニ・チーズを皿に取った。
中からマカロニだけではなく、ひき肉やたまねぎが出てくる。
「ピッツア用チーズの一番高いの買ってみたんだけど、どう?」
「マーティン、めちゃ美味いで、こいつ」
「本当に?」
ダニーはベイクド・ポテトとサラダも取って本格的に食べ始めた。
「ボンの料理なんてめちゃ感激やな」
マーティンも自分の分を皿に盛った。
「本当だ、マカロニ・チーズ美味しいね。少なくてもスーザンのより美味しいかも」
「スーザンって誰?」
「デスパレートな妻たちの主人公だよ。いつもこの料理を失敗するんだ」
「お前はいい奥さんになれそうやな」
「それじゃ、サンフランシスコに行って、結婚する?」
「あほ!」
マーティンはうれしそうに笑い、ダニーはマカロニ・チーズのお替わりをした。
ダニーはマーティンのアパートに泊まった。
目を覚ますと、すぐ隣りにマーティンの顔があった。
すやすやいい気持ちそうに眠っている。
ダニーはそっとベッドを抜け出し、シャワーを浴びた。
昨日、家事を一とおり終わらせているので、気分がいい。
キッチンに行って調べると、パンの買い置きがなかった。
通りに出て、ヴィネガー・ファクトリーまで行って焼きたてのパンとグレープフルーツを買った。
アパートに戻ると、マーティンがリビングをうろうろしていた。
「お前、何やってんの?」
「ダニー!だって、起きたらダニーいないんだもん。心配するじゃない!」
「ごめんな、お土産や。クロワッサン」
「ありがと。ねぇ、ダニー、今日ヒマ?」
「特にやることないけど?」
「じゃあ、サブウェイ・シリーズ見に行こうよ」
「え、もうそんな日にちか?チケットは?」
「オンラインで取った」
「嬉しいなぁ。何時から?」
「8時5分だよ」
「席は?」
「ちょうど審判の真後ろのとこ」
「最高やん!」
二人はマーティンの日用品を買いに、またヴィネガー・ファクトリーに出かけた。
チーズやミルク、ハムにビールと、ダニーと似たような買い物内容に、思わずくすりとする。
「何で笑うのさ」
マーティンが怒っている。
「いやー、俺の買い物と似てるから」
「そうなの?」
「ああ、そっくりや。値段が4割増しなのと、その山盛りのスナック菓子を除けばな」
買い物を終え、アパートに戻って、TVのシットコムを見て過ごす。
6時になり、ディナーがてらヤンキー・スタジアムに向かうことにした。
マーティンのアパートからは、地下鉄の乗り換えがないので楽だ。
スタジアムの通り沿いにある「ヤンキー・タヴァーン」で、軽く食事を済ませ、
二人はスタジアムに入った。
チケットは想像以上にいい場所で、ダッグアウト席の次のブロックだった。
二人はビールとフレンチフライを買って観戦を始めた。
途中、マーティンがお腹がすいたと言って、ホットドッグとフライドチキンを買ってくる。
さらにビールを買い、戦況を見つめた。
ダニーは前回、シェイ・スアジアムのVIPラウンジでジョージと観戦したのを思い出していた。
やっぱり、野球はこういう席で見ないと楽しくないな。
にやにやしているダニーを見て、マーティンが気持ち悪そうに言った。
「メッツが負けてるのに、なんでにやついてるの?」
「えやないか。野球はええなー思ってな」
「うん、やっぱりスタジアムで見るのは楽しいよね!」
その時、メッツのベルトラン外野手が打った打球が飛んできた。
階段でワンバウンドし、マーティンのところに飛んだ。
がしっととらえたマーティン自身も驚いている。
「わぉ、お前すごいやん!」
「まぐれだよ。あーびっくりした!」
試合が終わり、ダニーがヤンキースファンが集まる「ヤンキー・タヴァーン」が嫌だといったので、
二人はアッパー・イーストサイドに戻ってきた。
中途半端にお腹がすいているので、チャイニーズの「エバー・グリーン」に入り、
シュウマイと海鮮焼きそばと豚肉のお粥を頼む。
「なんか楽しかったね」
「ほんまや。ニューヨーカーらしい休日やったな」
「来週は事件あるかなぁ」
「俺たちの場合、事件を待つのがつらいな」
「うん、未解決のファイルの山を見ると、うんざりするよね」
「来週もがんばろな」
「うん。じゃあ乾杯!」
二人はチンタオビールで乾杯した。
ダニーが出勤すると、サマンサがホワイトボードに写真を貼り付けているところだった。
「おはよう、サム、事件か?」
「そうなのよ、6歳の坊や。昨日、ご家族で9番街のフード・フェスティバルに出かけて、
迷子になったみたい」
「9番街のフード・フェスティバルって?」
「ダニー、知らないの?ヘルズ・キッチン一体の通りで、フランス、アイルランド、ドイツ、ドミニカ、
キューバ、ブラジル、インド、とにかく色々な国が屋台を出すの。
毎年2日間で100万人も押し寄せるのよ」
「そりゃ、すごいな」
ボスがやってきた。
「皆、座ってくれ」
全員がミーティングデスクに座る。
「行方不明になったのは、ジェイムズ・メルカド。メルカド薬品の元社長のご子息だ」
「それじゃあ誘拐の可能性が?」
「ああ、すでにテックのジェフにはメルカド家の電話に逆探知装置を取り付けに行ってもらっている」
「私たちは?」
ヴィヴィアンが先を急いた。
子供の事件となると、どうしても感情が先に立つ。
母親なら仕方がない反応だろう。
「ジェイムズの両親は2年前にヨットの事故で亡くなっている。今は叔父夫婦が親代わりだそうだ」
「じゃあ、メルカド薬品の社長はその叔父ですか?」
「いや、副社長だったエリック・バラードが昇格人事で社長になっている。
マーティンは、メルカド薬品をサムと当たってくれ。
ダニーとヴィヴィアンは叔父夫婦から事情聴取をお願いする」
チームはそれぞれ分かれて捜査を始めた。
ダニーとヴィヴィアンは、マンハッタンの最北端の高級住宅街イン・ウッドに来ていた。
テックのジェフと挨拶し、メルカド夫婦に話を聞き始めた。
「あの子がどうしても行きたいと言ったので、昨日4人で出かけました」
「4人?」
「ええ、上の娘のカレンも一緒です」
「ジェイムズを養子に迎えていないのですね?」
「兄の遺言状には後見人とあったが、養子にとは書いていなかった。それで出来なかったんです」
「カレンさんはどこに?」
「友達の家に泊まっています」
「ご主人、あなたもメルカド薬品の社員ですよね?」
「ええ、ニュージャージーの工場長をしています」
「お兄様が社長だったのに、その人事ではご不満はなかったのですか?」
「・・私はビジネスには不向きの人間です。現場にいる方が性に合っていますから」
「それでは、私、ジョンソンが残らせて頂きます。誘拐犯ならすぐに電話をしてくるでしょうから」
夫婦は頷いた。
ダニーとヴィヴィアンは一旦外へ出た。
「ダニー、この夫婦の経済状態あたってくれる?」
「了解っす」
ダニーはオフィスに戻り、叔父夫婦の金回りを調べた。
カレンとジェイムズ二人を私立の名門校に通わせている。
見たところ、学費捻出のため、かなりきりつめている様子が伺える。
一方のジェイムズの方は、公認会計事務所から彼名義の銀行口座に、
毎月しっかり学費プラスの生活費が振り込まれていた。
マーティンとサマンサは、先代の社長逝去の後、社長の椅子争いで、
現社長のバラードと叔父がかなりやりあったという話を聞いてきた。
ヴィヴィアンから電話連絡が入った。
ジェイムズ本人から、カレンといるから心配ないという電話が入ったという。
「どういうことだ?」
ボスがいらついて悪態をついた。
幸い、ジェフが逆探知に成功していた。
ニュージャージーの「シックス・フラッグ」という遊園地の公衆電話だ。
ボスとダニーは、ヘリコプターで「シックス・フラッグ」に向かった。
地元警察の応援も仰いだ。
ヴィヴィアンがカレンの写真をメール転送してきた。
二人は、綿菓子をベンチで食べているジェイムズとカレンを見つけた。
「こんにちわー、こっちはジャック、俺はダニーや。そろそろ家に戻ろう」
カレンが逃げようと走り出した。
ダニーが前に立ちはだかる。
「カレン、ちょっと聞きたいことあるから、おじさんとマンハッタンに帰ろうな」
カレンはうなだれた。
カレンは実年齢16歳だが、メイクアップのせいで20歳過ぎに見えた。
オフィスで、取調べをすると、カレンが自白した。
「自分の家は貧しいのに、何もしないでも毎月大金が入ってくるジェイムズが憎かった」と。
「昨夜はモーテルに泊まり、朝、殺そうと思ったが、出来なかった」とも告白した。
「だって、ジェイムズが死ねば、信託財産が家に入るはずだもの!」
カレンは泣きながら叫んだ。
取調べに同席していたマーティンが静かに言った。
「カレン、それは無理なんだよ。ジェイムズが死んだら、彼の財産は、ガン財団に寄付される遺言だったんだ」
カレンは狂ったように大泣きに泣いた。
ダニーは昨日の事件を反芻していた。
金銭的に恵まれていても、それが弊害になって幸せを得られない子供がいる。
自分は、11歳で両親と死別して以来、施設と里親の家を行ったり来たりする年月が続いたが、
それでも警察官になり、大学とロースクールを卒業して、FBIの一員になれたのだ。
人生は勝ち取るものだという気持ちは、ダニーの中で常に息ずいていた。
マーティンとランチの間も昨日の事件の話になった。
「子供の妬みって恐ろしいね」
マーティンは、パストラミサンドを食べながらダニーに言った。
「ストレートに感情が出るからな、行動は逆に分かりやすいで」
「そうかー」
この目の前に座っている育ちのいいワスプには、一生分からないことも多かろう。
しかしそれも幸せかもしれない。
「ダニー、スープ冷めちゃうよ」
「ほんまや、ごめん」
ダニーはホワイト・アスパラガスのスープを急いで飲んだ。
ダニーの最後の里親、テイラー夫妻は、まさに職業で里親をしているような夫婦だった。
里子一人当たりの給付金を受け取り、さらに所得税控除も受けていた。
だから、狭い家に里子が8人、1部屋に二段ベッド4人で住む生活を余儀なくされた。
18歳でテイラー夫妻と別れた日、彼らがすぐに自分のベッドを次の里子用に掃除していたのを思い出す。
それから2年間、3つの仕事を掛け持ちして必死で稼いだ。
ポリス・アカデミーに入るためだ。
スペイン語が堪能なのが評価され、まもなくマイアミ市警に入ることが出来た。
マイアミにはいい思い出がない。
そんな時、事件が起きた。
「え、マイアミっすか?」
ボスのオフィスでダニーが素っ頓狂な声を出した。
「ああ、お前の故郷じゃないか。土地勘もあるし、行ってくれ。今回はマーティンも一緒だ」
「はぁ・・・」
ダニーは複雑な思いで、適当に荷作りした。
JFK空港のゲートでマーティンと待ち合わせだ。
「これから、ダニーの故郷に行くんだね!」
マーティンの頬が少し紅潮している。
「故郷ったってええもんやないで」
「でも、僕、初めてだから嬉しいよ」
フライトは2時間半だ。
二人はシートで、事件ファイルを確認していた。
今回の失踪者はエルザ・バーク。
マイアミで麻薬カルテルを仕切っていた男の恋人だ。
男が1週間前に出所した。行方不明になった時期と合致する。
二人は空港に到着すると、タクシーでマイアミ・デイト警察署に向かった。
そこにオフィスを借りることになっている。
古株の刑事たちがダニーを出迎えた。
「あの暴れん坊テイラーがフェッツになるとはなー」
「色が白くなったんじゃないか?」
からかわれながらも、すぐに昔に戻れそうな気がした。
さて、エルザ・バークの捜索だ。
モルグ、病院には該当する死体、怪我人は見つかっていない。
そこに、エバーグレーズで鰐に食われた死体が上がったという連絡が入った。
年恰好がエルザ・バークに合致する。
二人はデイト警察署のCSIメンバーと共に現場に向かった。
「俺、エリック・デルコ。こちらは検死官のアレックス・ウッズ。主任からお噂は聞いてますよ、テイラー捜査官」
「え、ケイン警部補はお元気で?」
「ええ、今日は法廷に出かけてますが」
デルコが車を運転しながら、軽妙な調子で話した。
デルコが沼地に横たわる死体を引き上げ、アレックスが検死した。
「お二人がお探しの女性かしら?」
二人は、「そのようです」とうなだれた。
半分鰐に食われた死体のむごたらしさに、思わず、マーティンは胃の中のものを吐き出した。
CSIの二人は詳しく調べるというので現場に残り、二人はデイト警察署に戻った。
ダニーがボスに報告する。
「そうか・・それじゃ、戻れといっても、もうこの時間だ。明日の便で戻って来い」
「いいんすか?」
「ああ、検死報告書やその他の書類を持って帰るように」
「了解っす」
二人は、用意された「ヒルトン・エアポート・ホテル」に向かった。
「ねぇ、ダニー、マイアミって何が美味しいの?」
ダニーの部屋のベッドに寝そべっているマーティンが尋ねた。
「そりゃ、シーフードやろうな。名物やし」
「じゃあ、連れてって」
「俺が知ってるマイアミは古い情報やからなー」
「それでもいいよ」
二人は、一応コンシェルジュにお勧めの店を訪ねて出かけた。
「クインズ」は、観光客でごったがえしていた。
コンシェルジュからの予約なので、二人はテラスの眺望のいいテーブルに案内された。
「今日のメニューは任せたからね」
マーティンはメニューを開けようともしない。
ダニーは、まずシャンパンを頼み、ロブスター・ビスクにカラマリ・サラダ、
名物のストーン・クラブとダンジネス・クラブ、キングクラブのプラターをオーダーした。
二人で、蟹ばさみと専用スプーンを使いながら、レモンや色々なソースにつけて堪能した。
パンも食べ放題なので、マーティンが次から次へとお代わりしている。
ダニーは、マーティンの気分が安定したようなので安心した。
もう事件のことは話さないようにした。
今回は救えなかったという気持ちが再び湧き出てしまうからだ。
ひとしきり、シーフードを食べ終わり、二人は「クインズ」を出た。
「これからどうする?」
「疲れたわ、ホテル戻ろうや」
「え、せっかく来たのにー」
「わかった、わかった、どこ行きたい?」
「ダニーが行ってたクラブ」
「あぁー?何でや?」
「どうしても行きたい」
マーティンの目は真剣だった。
「はいはい、クラブな」
ダニーはオーシャン・ドライブにある「マンゴー・ツリー・カフェ」に出かけた。
入り口でマンゴーの形のスタンプを手に押してもらう。
中に入ると轟音のラテン・ミュージックが流れていた。
二人は奥へと進んだ。
二人は朝一番のシャトル便でNYに戻った。
そのままオフィスに直行する。
ヴィヴィアンとサマンサが寝不足の二人の顔を見てからかった。
「まったくー、マイアミの夜は長かったって顔してるわね」
「そんなんやないて」
「男二人がマイアミだもん、絶対何かあったわよ」
サマンサがマーティンの手の甲を持ち上げた。
「ほら、スタンプついてる!」
「こ、これは、捜査で行ったんだよ、ね、ダニー?」
「そや、聞き込みや」
「どうだかねー」
サマンサはコーヒーを取りに席を立った。
マーティンは、トイレに入り、ごしごしと手の甲を洗った。
ダニーと行ったクラブはごく普通のクラブで、健全な遊び場だったのに安心した。
しかし、慣れないサルサを2時間も踊ったせいで、ひざから下がすっかりむくんでいた。
靴がきつくて足が痛い。
何でもなさそうに歩いているダニーが羨ましかった。
ランチになり、ダニーとマーティンはいつものカフェに出かけた。
さすがに肉料理が食べたい。
マーティンはチーズバーガー、ダニーはパスタ・ボロネーゼを頼んだ。
「なぁ、お前さ、足痛いんやろ?」
ダニーがにやにやしながら尋ねた。
「え?どうして分かるの?」
「初心者は必ずそうなるからな、今日、足裏マッサージ行かへんか?」
「楽になる?」
「全然違うで!」
「じゃあ行く」
「OK」
報告書を書き終え、二人は定時でオフィスを出た。
ダニーが先導し、訳知り顔でブロードウェイで地下鉄を降りる。
そこは普通のオフィス・ビルだった。
「こんなところにあるの?」
マーティンはてっきり高級ホテルのサロンだと思っていた。
14階に「ラク・イーズ・マッサージ」があった。
アジア系の女性が出迎えてくれる。
「ここはな、東洋のマッサージに、スェディッシュやディープティッシュを組み合わせて
「治癒力があり、結果を出す」マッサージをやってくれるんやて」
「ダニー、詳しいね」
「まあな」
実はジョージからの受け売りだが、ダニーはペラペラと述べ立てた。
二人はメニューから50分のコースを選んだ。
足裏だけでなくふくらはぎも施術してくれるコースだ。
更衣室でズボンから半ズボンに履き替えて、二人並んで、ソフトなリクライニングチェアーに座る。
マーティンは女性が触るのに、神経がぴりぴりしてしまい、セラピストに笑われた。
ダニーは隣ですっかり目を閉じている。
そのうち、イビキが聞こえてきた。
マーティンも目をつむり、いつの間にか眠りに落ちた。
マッサージが終わり、二人は起こされた。
深呼吸を3回行い、施術終了だ。
着替えてサロンの入り口に行くと、テーブルの上にハーブティーが用意されていた。
「マッサージの後は血行がよくなりますから、水分を多めにお取りください。
毒素が尿と一緒に排出されますので」
二人は説明を聞きながらハーブティーを飲み、一人60ドル払った。
ホテルのマッサージの半額だ。
「どうや、楽になったやろ?」
「うん、靴がきつくなくなった!ついでにお腹も減ったよ」
「そうくると思った。何食おうか?」
「久しぶりにイップウドウに行かない?」
「そやな、随分行ってないもんな」
二人はイーストヴィレッジに下りて、一風堂に入った。
おなじみの店員が出迎えてくれる。
「お久しぶりで、こんばんは!」
二人はビールとつまみに鶏のから揚げとサラダを頼み、
大好きな白丸クラシックをオーダーした。
マーティンは相変わらず替え玉を3皿おかわりし、ダニーも2皿頼んだ。
「マイアミの案内、ありがとう、ダニー」
マーティンが思い出したようにつぶやいた。
「じゃあ、今度はお前の故郷のワシントンDCに行く番やな」
ダニーがにやっと笑うと、マーティンもつられてにっこり笑った。
ダニーが目覚ましで目を覚まし、シャワーを浴びて着替えていると、キッチンから物音が聞こえた。
思わず拳銃を構えて、忍び足でキッチンに向かう。
中を覗くと、ジョージが何かを作っていた。
「ジョージ!お前何時に来たの?」
「あ、ダニー!おはよう!30分前。パンが焼けたから届けに来た」
「そりゃ、ありがとさん」
「今度はね、カボチャの種と黒ゴマ入れてみたんだ。今、サンドウィッチ作るから、コーヒー飲んで待ってて」
「よっしゃ、シャワー浴びてくるわ」
ダニーはCNNを見ながら、コーヒーを飲んだ。
ジョージがキッチンからジップロックを持って現れた。
「パンの味が強いから、レタスとチーズだけをはさんだんだけど、いいかなぁ」
「もちろんや。サンキュ。お前、今日の予定は?」
「バーニーズの後、クライアントと食事会があるんだ」
「そか、忙しいんやな」
「ダニーも出張とか忙しいよね、今度の週末は会える?」
ジョージの目がひたとダニーを見据える。
「ああ、大丈夫やと思う」
「安心した!これで今日から仕事にはりが出来るよ」
「大げさやな」
「本気だもん」
そろそろ出かける時間だ。
ジョージが車で送るというので、地下の駐車場に下りた。
いつものインパラがない。
「お前の車は?」
「買い換えたんだ。トヨタのハイブリッドカー」
ぴかぴかのライトメタルブルーの車が停まっていた。
「エコ仕様やな」
「うん、ディスカバリー・チャネルで始まる「プラネット・グリーン」ってエコ・ライフ紹介番組に出ることが決まったの。
だからまずは、自分からって思ってさ」
「へぇ、お前アンカーやるの?」
「ううん、エコ・ライフを推進している団体や個人に会ってインタビューするんだ」
「おもろそうやん。新しいキャリアやな」
「うん、すごく楽しみだよ」
そうこうしているうちに、フェデラル・プラザが近付いてきた。
ジョージはきっちり1ブロック手前で車を停めた。
「ありがとな、ごちそうさん!」
「気をつけてね、ダニー、じゃあね!」
ダニーはプリウスの後姿を見送った。
スターバックスに寄って、カフェラテを買い、オフィスに向かった。
カボチャの種と黒ゴマのパンは想像以上に美味しかった。
「あ、ダニー、お早う。また美味しそうなパン食べてるね」
マーティンが目ざとく見つけて声をかけた。
「半分食うか?」
「ううん、カンティーンでピザ買ってきたからいい」
二人は無言で朝食を終えた。
午前は経費精算であっという間に過ぎた。
マーティンを誘ってランチに出かける。
いつものカフェで料理を待っていると、マーティンが切り出した。
「ねぇ、今晩、暇?」
「そりゃ、事件がない限り暇やけど?」
「リバー・カフェを予約したんだ」
「ん?何で?」
「ダニー、知らないの?今年はブルックリン・ブリッジ誕生125周年なんだよ!」
「へえ、すごいな」
「今晩、花火が上がるんだ」
「お前、前もって知ってたん?」
「もう3ヶ月以上前に予約いれたよ」
「すげーな。そりゃ楽しみやわ」
マーティンはふぅっと息を吐いた。
ダニーの都合をつけるのが一番の難関だと思っていた。
「じゃ8時からディナーね!」
「よっしゃ」
二人は、そそくさとランチを食べ終え、オフィスに戻った。
定時になり二人は急いで、ブルックリンに出かけた。
花火を見ようと大勢の人たち電車に乗っている。
リバー・カフェは予約で満席だった。
窓際の素晴らしいテーブルに案内され、ダニーは驚いた。
「お前、どうして、こんなとこ?」
「ちょっとコネ使っただけだよ」
ダニーはそれ以上尋ねなかった。
シャンパンとキャビアとオイスターを前菜に頼んだ。
メインにマーティンは鹿肉のステーキ、ダニーは鴨の胸肉のソテーを選んだ。
赤ワインに切り替え、飲み始めると、花火が始まった。
テーブルからも良く見える。
「こんな眺め初めてや!」
ダニーも興奮している。
「来てよかった?」
マーティンが尋ねた。
「ああ、お前のおかげや、ありがと!」
マーティンは嬉しそうに微笑んだ。
デザートにマーティンはチョコレートケーキ、ダニーはココナッツアイスクリームを食べた。
「こちらはオーナーからのギフトでございます。フィッツジェラルド様」
ウェイターがうやうやしく箱を持ってきた。
「ああ、ありがとう」
「それ何?」
ダニーが覗き見をした。ホームメイドのチョコトリュフが8個入っていた。
「うまそうやなー、ボン、チョコ好きやから持って帰り」「いいの?」
「ああ」「それより、ダニーの家で二人で食べようよ!」
二人はまだ続いている花火をじっと眺めていた。
シャンパンと赤ワインで足取りが重くなった二人は、ダニーの家までタクシーに乗った。
「泊まれや」
「いいの?」
「うん、イビキかくかもしれへんけど」
「それには、慣れてるから大丈夫だよ」
「言うたな!」
ダニーがマーティンのお腹をくすぐると、マーティンはソファーに倒れこんだ。
いつの間にか二人はキスを交わしていた。
ダニーの下になったマーティンの局部が固くなっているのが分かる。
「お前、キスだけでいきそうやな」
ダニーがにやっと笑った。
「そんなことないよ!」
さらにダニーが首筋やはだけた胸元に唇をはわすと、マーティンが甘い息を漏らした。
「ここじゃ嫌だ、ベッドがいい」
「よっしゃ、ベッド行こう」
二人はベッドの両側に立ち、急いで服を脱いだ。
マーティンがまずベッドに横になる。
「今日は、どっちがいい?お前が入れるか?」
「ううん、ダニーに入れて欲しい」
「わかった」
ダニーはサイドテーブルの引き出しからベビーオイルを出した。
「お前のヘビマークのオイルやないけどな」
「そんなの関係ないよ・・」
マーティンのペニスは先走りの液でてらてら先が光っている。
「お前やらしいなぁ、マーティーはやらしいわぁ」
「マーティーって言わないで」
マーティンがダニーの背中に手を回して、ぐいと引き寄せた。
腕力はマーティンの方がずっと強い。
「ぐっ苦しい・・・」
マーティンは少し腕をゆるめた。
ダニーは手にしたベビーオイルを自分のペニスとマーティンの内側に塗りたくる。
マーティンの内側はまるで別の生き物のように蠢いていた。
指で三こすりして抜くと、マーティンがあぁぁんと甘い吐息を吐き出した。
「ほな、入れるで」
「うん、うあぁわ」
「お前、そんなに動くな、俺、イキそうや」
「だってダニーすごく硬いよ」
「あぁ、あ、あ、あかん!」
ダニーはマーティンの腰を持ってリズムを早めると、ぴくぴくっと体を弛緩させた。
「いってもうた、ごめん」
「いいよ、ダニー、じゃ僕をイカせて」
「ん」
ダニーはマーティンの大きく屹立したペニスを口に含み、舌と歯で刺激した。
「あぁ、いい、あ、そこ、だめ、あ、あああん」
マーティンのペニスがダニーの喉に届きそうだ。
その次の瞬間熱い液体がダニーの喉元に発射された。
ダニーはごくんと喉を鳴らして飲み込んだ。
「ごめん、ダニー。飲み込むの、嫌いだよね」
「ええんや、お前のやし」
マーティンが恥ずかしそうに笑った。
「さ、シャワーしてき」
「ありがと」
マーティンが先に、ダニーが後からシャワーを浴びた。
「ほい、お前のパジャマな」
「あ、ダルメシアン柄だ!」
「お前、動物もん好きやろ」
「うん、ダニーのは?」
「俺は青のストライプ」
「つまんないね」
「アホ、もう寝るで」
「うん。おやすみなさい」
ダニーが横になると、マーティンも隣りに横になり、手を伸ばしてきてダニーの手をぎゅっと握った。
ダニーは、電話で起こされた。
マーティンも隣りで寝ぼけてもごもご返事をしている。
ダニーはベッドから出て、リビングで電話を取った。
「ふぁい、テイラー」
「あ、ダニー、寝てた?ごめんなさい。週末になったから予定はどうかなって思って」
ジョージだった。
「ジ、ジョージか?すまん、昨日、仕事で遅くて・・」
「そうなんだ、じゃあ夕飯作りに行こうか?」
ダニーはベッドルームで眠っているマーティンが心によぎった。
「すまん、今日は家事済ますわ、明日はどうやろ?」
「分かった、明日だね。疲れ、今日のうちに取れるといいね、それじゃ、また夜電話する」
「ん、ごめんな」
「また寝てね、おやすみ」
ダニーは電話を切ると、時計が11時なのを確かめ、またベッドにもぐりこんだ。
「ダニー、ダニーったら、もう4時になるよー!お腹すいたよ!起きてよ!」
ダニーは大きく体を揺さぶられて目を覚ました。
目の前にマーティンの顔があるのに驚く。
「どうしたの?」
「いや、お前の顔のドアップに驚いただけや」
「失礼だな、僕、シャワー浴びたからね」
ダニーはのろのろ起き上がり、シャワーを浴びた。
そやそや、買い物とクリーニングがある。
マーティンはすっかり私服に着替えて、ソファーに座っていた。
「お前、買い物とか付き合ってくれる?」
「いいよ、その後、ご飯ね」
「ああ分かった。食べたいもん考えとき」
「分かった」
二人はまずフェアウェイに出かけて、ミルクとパンとパスタソースにビールを買った。
次にタオさんの店でクリーニングを受け取る。
マーティンが驚いた。
「わー、すごい安いんだね!」
「まぁ、ここの物価やからな。でもタオさんは腕も一流やねん」
「結構便利だね、ブルックリンって」
「まぁな、だから引っ越す気になれへん」
「分かるよ」
「何食いたいか決めたか?」
「何か変わったもの食べたいな」
「うーん、じゃああっこ行ってみるか」
「どこ?」
「お楽しみや」
二人は一度アパートに戻って、荷物を置き、また車でブライトン・ビーチ沿いの通りにやってきた。
コニー・アイランドのすぐそばだ。
そこに黄色い看板の店があった。
「カシュカー・カフェ?何料理?」
「なんでもチャイニーズの一種やて、すごく美味いらしいで」
「へぇー」
二人は中に入った。25席くらいしかない小さな街の食堂の趣きだ。
しかしメニューを見て驚いた。
普通のチャイニーズの料理がほとんど見当たらない。
二人はドキドキしながら、まずビールを頼んだ。
すると店主らしき中国人が近付いてきた。
「初めて?」
「そうです」
「うちのは、チャイニーズでも中国の西の果てウィグル族の料理。だから羊が美味しいよ」
「それじゃ、おまかせでもらえますか?」
「それがいいね」
店主は下がっていった。
最初に出て来たのは、ラムチョップのケバブとチャイニーズの店の4〜5倍の大きさの餃子だ。
ケバブのタレは、中近東とちょっと異なり、甘めでシンプル。
餃子は中にタマネギとラムのミンチに肉汁タップリだ。
次にラムピラフとラムと野菜炒めが載った白い米のヌードルが出て来た。
これもチャイニーズのチャーハン、焼きソバと全然違う。
そして最後に白濁したスープが出て来た。
オックステールスープのようだが、これもラムだという。
二人は食べ終わり、勘定をする段になって再び驚いた。
お腹いっぱい食べ飲みしたのに、二人合わせて50ドルと書いてある。
「この計算、間違いでは、ご主人?」
マーティンが思わず尋ねた。
主人は伝票を見直し、「間違いなしね。白人の人少ない。もっと来て欲しい。サービス価格」とウインクをした。
ダニーもマーティンも店の名刺をもらって外に出た。
「すごいね!本当に美味しかったよ!」
「ほんまやな。これからひいきにしようかな?」「うん、また僕も連れてってね!」
「よっしゃ。じゃ、家に帰ろう」
「うん」
二人はダニーのアパートに戻った。
マーティンは、満腹ですっかり眠くなったようで、ソファーで転寝を始めた。
ダニーは、明日はジョージと約束やのに、どないしようと考えながら、
テレビのメジャーリーグ中継を見始めた。
すると電話が鳴った。
絶対にジョージだ。ダニーはすぐに受話器を持ち上げた。
「あ、ダニー、家事終わった?」
「ああ、終わった」
「じゃあ明日大丈夫?」
「うん、夕方でもええか?」
「夕方?うーん、分かった。それじゃ明日電話くれる?」
「もちろんや」
「それじゃおやすみなさい」
「おやすみ」
ダニーは良心の呵責に苛まれながら、電話を切った。
ダニーはジョージのマンションでの食事を終え、車で送られてブルックリンに戻ってきた。
「それじゃ、これ、今朝焼いたパン。今度は乾燥いちじく入れてるからちょっと甘いかも。
ブルーチーズに合うと思うよ」
「ありがと、ジョージ」
「それじゃ、おやすみなさい、ダニー、来週はもっと会いたいな」
「うん、わかった、じゃあな」
プリウスを見送り、パンの入った紙袋を提げてアパートに戻った。
もう夜中の1時だ。
ジョージとのベッドの一戦ですっかり体がだるい。
しかし明日からまた月曜日が始まる。
メモリアル・デーなので学校や銀行、企業は休みだが、FBIに休みはない。
ダニーはパンをキッチンに置き、急いでバスにお湯を張った。
これなら2時頃には眠れるだろう。
ダニーは思惑通りに2時過ぎにベッドに入った。
ぶるるるるる、携帯の音だ。
ダニーが枕元の携帯を取り、返事をする。
「ふあい、テイラー」
「ダニー、事件だ。来られるか?」
ボスだった。
「は、どちらに?」
「タイムズ・スクウェアだ」
「へ?」
「とにかく来い、ダフィー・スクウェアにいる」
「了解っす」
ダニーが時計を見ると朝の5時だった。
急いでシャワーを浴び、歯磨きだけを済ませ、スーツを着て、タイムズ・スクウェアに急いだ。
ボスが有名なTKTSの前に立っていた。
「失踪者は?」
「カナダ人の水兵だ。昨日、この近くのリクルーティング・センターで、
海軍バンドの演奏会に参加した後、行方が分からなくなった」
「でも、カナダ人では、俺たちに捜査権はないのでは?」
「それがやっかいなことに、お袋さんがアメリカ人。二重国籍だ」
「はぁ?」
「オフィスにはサムとマーティンが向かっている。我々は海軍関係者に事情聴取だ」
「了解っす」
5月21日から28日までの一週間は「フリート・ウィーク」と言って、
アメリカ海軍以下各国の軍艦がマンハッタンの港に停泊し、
軍艦の中を開放したり、バンド演奏、戦闘機の離着陸などさまざまなイベントが行われている。
水兵目当てに集まる女性たちも多く、ブロードウェイ、特にタイムズ・スクウェア近辺のバーやパブはかきいれどきになるのだ。
失踪者はジョナサン・デュ・モンテ、フランス系カナダ人で海軍バンドのトランペッターだ。
ボスは彼の上官に話を聞いていた。
「それでは、バンドメンバーは、軍艦ではなくホテルでの宿泊を許可されていたのですか?」
「ええ、リハーサルなど行事が目白押しなので、その度に船から移動するのでは、時間の無駄になりますので」
「デュ・モンテ伍長は、誰と同じ部屋でしたか?」
「それが、彼にはある問題がありまして、一人部屋を用意しました」
「問題とは?」
「歯軋りです」
「はあ?」
「歯軋りがあまりに酷いので、誰も同室になりたがらなかった。特別な措置です。
フリート・ウィークの時だけです」
「カナダ軍は随分寛大でいらっしゃる」
上官はむっとした。
ダニーは仲のよい同じトランペッターたちの話を聞いていた。
バンド演奏後、楽器を置きにホテルに戻り、それから皆でブロードウェイに繰り出したらしい。
バーを5つ位はしごして、気が付いたらジョナサンが消えていたという。
「他の客とトラブルは?」
「そりゃ、女の絡みでちょっと言い合いにはなったけど、なぁ」
他の仲間も頷く。
「どんな奴だった?」
「おたくらの海兵隊バンドの奴だった」
「階級は?」
「少尉だ、間違いない」
「軍艦の名前まで分かったら、ありがたいねんけどな」
一人がうーんとうなって、「USSモントレーだ」と言った。
「ほんまか?」
「ああ、あいつが名前を言ったから、ジャズ・フェスティバルで有名な場所の癖に演奏が下手だってからかったんだ」
「お前ら、相手は上官なのによくやるなー」
「俺たちはカナダの軍人だ。関係ないだろ」
ボスが調べたところ、宿泊先のスーパー8ホテルには帰ってきた様子がない。
マーティンに連絡し、ホテルに張り込むように指示した。
ボスはダニーとカナダ海軍の一人を連れて、マンハッタンの埠頭に停泊しているUSSモントレーを訪れた。
艦長の許可を取り、少尉の写真リストをカナダ軍人に見せる。
「あ、こいつに間違いないですよ」
指を指したのは、ハリー・マクドナルド少尉だった。
「艦長、彼の部屋はどちらで?」
副官にエスコートさせ、ボスとダニーはマクドナルド少尉の部屋をノックした。
「マクドナルド少尉、FBIです。開けてもらえませんか?」
「今、ちょっと立て込んでいて・・」
「お願いします。司法捜査妨害の罪に問われたくなければ、開けてください」
中から鉄のレバーがきーっと開く音がした。
マクドナルドはトランクス姿で立っていた。
一人部屋のはずなのに、ベッドにもう一人寝ている。
ダニーが「こっちを向いてください」と壁を向いている男の向きを変えた。
「やっと会えましたね、デュ・モンテ伍長!」
ボスがにんまりと挨拶をした。
ダニーがマーティンに連絡する。
「失踪者の身柄確保、オフィスで会おう」
するとそこに、NCISの捜査官たちがやってきた。ボスと名刺を交換する。
「マクドナルド少尉はどうぞそちらでお調べになってください。私たちはデュ・モント伍長を」
デュ・モントは急いで制服を身につけ、ボスとダニーに連れられて下艦した。
「俺は、バカだ」
デュ・モントが顔を手で覆う。
「お前、ゲイなのに軍人になったのか?」
ボスがあきれたように尋ねた。
「あいつに女を取られたから、後を追ってここまで来たらいつのまにか・・・」
「その先はもういい。上官にはケンカして相手の船で介抱されていたことにしてやろう」
「え、本当ですか?」
「もう間違いを起こすなよ。酒はほどほどにだ」
「はい、もうバカなことはしません」
デュ・モントはさらにうなだれた。
そんなデュ・モントの肩をダニーはぽんぽんと叩いた。
ダニーは、ジョージとディナーを食べていた。
ミッドタウンの「ピュアフード&ワイン」、
ここの料理は全て、46度以下の熱を使って調理されたもので、
デザートも乳製品を一切使用していない本格的なローフードレストランだ。
お勧めのオーガニックワインの白を飲みながら、今日のカナダ海軍の捜索の話で盛り上がった。
「そのカナダの人って初めてだったのかなぁ」
ジョージが尋ねる。
「かなりショック受けてる様子やったから、そうやないの?」
「女性で揉めて、そうなるなんて不思議だよね」
「酒の力は恐いな。お前も外では飲みすぎるなよ」
「はい、パパ。パパと一緒の時だけにします」
「おい、パパはないやろ、5つしか違わないんやから」
二人は前菜のシーザーズサラダとシイタケ・アボカドの巻き寿司を食べ終えた。
メインは、野菜のカレー炒めのトルティーヤラップと、ズッキーニとトマトのラザニアにした。
ジョージが選ぶレストランは、内臓に負担がかからない料理を出すところが多い。
その上、味も格別にいいのだから頭が下がる。
こういうレストランの中でも、お皿を途中でスウィッチして、二人でシェアする習慣もついた。
「そういや、この間言ってたテレビの収録は始まったんか?」
「今週からなんだ。今、家で猛勉強中だよ。ディレクターが熱心でDVDを5枚も貸してくれたんだ」
「大変やなー」
「でも、考えてみると、今年30歳じゃない?いつまでもランウェイに立てると思ってないし、
モデルは頭がからっぽっていう世間のイメージを変えたいって思い始めたんだ」
「志が高いな」
「ダニーの志ほど高くないよ」
ダニーはこうやっていつも自分を立ててくれるジョージに、感謝していた。
両親を亡くしてからマイアミ警察に入るまでの生活ぶりを知っても、ジョージは自分を評価してくれるだろうか。
「そういえばね、パーシャとニックが今、ケンカしてるんだよ」
「ふうん。どうせホロウェイが悪いんやろ?」
「そうみたいなんだけどさ、ダニー、ニックにパーシャの事は本気なのか確かめてくれない?」
「えっ、俺がか?!」
「うん、だって僕よりニックと付き合い長いじゃない。お願いだよ」
「うーん、そか、分かったわ。じゃ、ホロウェイの浮気が原因か?」
「よく分からない。パーシャ、話してくれないんだ」
「可愛そうやな、パーシャ」
「うん、毎晩、慰めに行ってるんだ」
「お前も大変やな」
「僕の性分だから、我慢できないしね」
二人は、地下鉄の駅で別れた。
ダニーはブルックリンのアパートに戻り、早速ニックに電話を入れた。
「ホロウェイ。メッセージをどうぞ」
「ダニーや、いるんやろ、話があるから出ろ」
どうやら留守らしい。ダニーはもう一度留守電を入れなおした。
「話があるから、明日俺のオフィスに来い。10時や、待ってるで」
さて翌日になり、ダニーがPCで作業をしていると内線が鳴った。
「あ、おれの来客や。通してくれへん?」
ニックがエレベータで上がってきた。女性局員が騒ぎ出した。
ダニーが急いでニックを応接室に通した。
「テイラーが俺をオフィスに呼び出すなんて、俺は犯罪者か?」
「ちゃうけど、頼まれたから。お前、パーシャとはうまくいってるんか?」
ニックははぁんと合点がいった顔をした。
「先週大ゲンカしたんだ。それ以来、電話にも出てくれないし、俺も困ってる」
「お前、今度は何をした?」
「アリソン、いるだろ?俺のエージェント」
「あぁ、キャリアウーマンな」
「あいつが疲れてソファーで寝入ったもんだから、寝にくいだろうって俺のベッドに運んだんだよ。
そしたら、パーシャがそれ見てさ、俺が浮気しようとしたと勘違いしたんだ」
「アリソンは確か・・」
「そうさ、男には全く興味のない生粋のゲイだ。それを言っても、パーシャは聞いてくれないし。困ったよ」
「そんなら、みんなで飯食いながら会うか?」
「そうしてくれるか?恩に着るぜ」
こんなに困った様子のニックを、ダニーは初めて見た。
ニックなりにパーシャには本気なんだとダニーは確信した。
4人の会食は水曜日になった。
場所はグラマシーの有名なシーフードレストラン「シティークラブ&シーフード・カンパニー」だ。
ニックとダニーが先に来て、テーブルに座っていると、ジョージがパーシャと入ってきた。
ニックがいるのを見つけ、パーシャの顔がこわばった。
ジョージが耳元にささやいて、やっとテーブルまでやってきた。
「元気か、パーシャ?」ダニーが尋ねる。
「元気じゃない」
「じゃあ、今晩元気になろう」
「・・・・」
シャンパンと前菜のシーフードプラターをオーダーする。
シャンパングラスが運ばれてきた。
「じゃあ、乾杯」
ジョージが乾杯の音頭を取ると、パーシャが奇妙な顔をしている。
「パーシャ、どうしたの?」
みるみる涙が目にたまる。
「パーシャ!」
「ニック、僕も愛してる!」
パーシャが急に言い出した。
見ると、パーシャのグラスの中にリングが沈んでいた。
ダニーがニックの体を肩でこずいた。
「お前、俺たちなんかいらないやんか!」
「パーシャが来てくれるのが最大の難関だったんだよ。ありがとう」
「パーシャ、お前は知らないやろうけど、こんなに一人に夢中になったホロウェイ見たのは、俺は初めてや。
俺を信じてみいへんか?」
「何だよ、俺じゃないのかよ」
ニックが文句を言う。
「・・・うん、ダニーもニックも信じる・・ごめんなさい、ニック」
「言ったろ?アリソンは女しか愛せないんだよ。だから俺のエージェントなんだ」
「うん。もう、わかった」
パーシャが泣きながら笑うのでヘンな顔になった。
「それじゃあ、メインをオーダーしようか?」
メインはメリーランドのブルー・クラブとメイン州のロブスター、全部蒸した料理法でもらうことにした。
付け合せはブロッコリーとアスパラガスとマッシュルームに決めた。
ニックが今日はやり直しの日だとブルゴーニュの白ワインの最高クラス、ピュリニィ・モンラッシェをオーダーした。
パーシャとジョージが、きゃあきゃあいいながらリングをはめたりはずしたりしている。
ダニーは、ジョージもきっとこういうことが望みなのだろうと思った。
ダニーはその晩、ブルックリンに戻るのが面倒になり、ジョージのコンドに泊まった。
エントランスを入ると、セキュリティーがジョージに何か言っている。
ジョージが戻ってきた。
「ダニー、静脈を登録してって」
「何やて?」
「静脈」
「何やそりゃ?」
「分からないけど、最新鋭のセキュリティーシステムみたい。静脈で入退出を管理するみたいだよ」
ダニーはセキュリティーの言うままに、PCの画面がフラットに置かれたようなスクリーンに手を乗せた。
その上、直筆のサインも登録させられた。
うちのオフィスよりすごいやん。
これがジョージを守ると思うと、有難い気持ちになった。
二人は最上階に上がった。
パーシャはもちろんニックのところにお泊りだ。
今日はハネムーンのような気分だろう。
ダニーはおとといからの寝不足で、すっかりまぶたが重い。
「ジョージ、俺、シャワーしたら寝てもかまへん?」
「うん、眠たそうな顔してるもん。僕は明日のパンの準備してから、シャワーするから、先に寝てて」
「ごめん、サンキューな」
ダニーは、ジョージの広いバスルームのシャワーブースで全身シャワーを浴びた。
ジョージのシャワーブースは普通のシャワーヘッドの他に、6箇所からお湯が吹き出る構造になっていて、
それが筋肉の疲れを取るのに気持ちがよかった。
シャワージェルはまた新製品が置いてあった。
ラッシュのトランプ(大地の香り)だ。
男らしいモスとアーシーな香りがさわやかだ。
ダニーはバスローブを着て、歯を磨き、
ジョージがベッドの上に置いてくれたシルクのパジャマに着替えて、ベッドに入った。
朝6時半、ダニーは小鳥のさえずる声で目が覚めた。
ジョージの目覚まし時計らしい。
シャワーして、歯磨きと髭剃りを済ませ、バスルームから出ると、またベッドの上に、今日のワードローブが並んでいた。
ジョージの気持ちだと今日の俺はプラダらしい。
ダニーはスーツに着替えて、ダイニングに入っていった。
「おはよう、ジョージ」
「あ、ダニー、沢山眠れたみたいだね?」
「うん、ありがとう。ぐっすりや」
「今日はくるみとレーズンのパンにした。ハムはスモークハムでチーズはモントレージャック」
「いつもながら美味そうや」
「コーヒーどうぞ。あ、ここでTV見る事も多いからTV取り付けた」
天井から薄型液晶のスクリーンがぶら下がっていた。
CBS NEWSで天気の確認をし、「それじゃ、出かけるわ」とダニーが言った。
「車で送るよ」
「ええよ、だんだんそれが普通になったら恐いわ。俺を甘やかさんでくれ」
「わかった、じゃあ行ってらっしゃい」
ダニーはエントランスでサインと静脈確認を終えて、道路に出た。
72番街の地下鉄の駅がすぐそばなので、通勤は非常に楽だ。
スターバックスでダブルエスプレッソラテを買い、早速デスクでサンドウィッチをかじる。
「あ、またお手製サンドね!」
サマンサが目ざとく見つけた。
「彼女って何してる人?」
「何で?」
「サンドウィッチのフィリングのセンスがあるから、サンドウィッチ店でもやればいいんじゃないかと思って」
「そやなー、言うてみるわ」
マーティンが、またバーガーの入ったプラの入れ物を持って出勤してきた。
「おはよう、ボン、今日もバーガーか?」
「うん、でもフレンチフライは少なめにしたよ」
「そりゃ大きな進歩やな」
「もう、バカにするんだから、ダニーはいじわるだ」
珍しく失踪事件がなく、ダニーは定時でオフィスから帰ることが出来た。
ブルックリンのバーゲンストリート駅で降り、アルの店に直行した。
「よう、お疲れ」
アルが笑顔で迎えてくれた。
「今日は随分と早いな。NYは平和か?」
「俺の守備範囲はそうやった」
「ドラフトビールでいいか?」
「ああ、あと、飯ある?」
「おぅ、チキンパイとベイクドビーンズ、ベイクドポテトにグレービーソースだ」
「それええな」
「おーい、フラニー、チキンパイ一人前、ダニーの分だ」
アルは厨房に声をかけた。
「フラニー、おるん?」
「フラニーはだめだって言ってるだろ。エルナンってボーイフレンドがいるんだから。
なかなかいい奴でさ」
「そうだったな、よかったやん」
フラニーが大皿を持って出て来た。
「こんばんは、FBIのダニーさん」
「よう、元気か?」
「ありがとうございます。すごく元気よ!」
ダニーはチキンパイを残らず食べきり、アルに挨拶して店を出た。
すると厨房の出入り口からフラニーが出て来た。
「ダニー!」
「おう、フラニー」
「あのね、私とエルナンの事、アルに隠してくれてありがとう」
「そんなんどうってことないで」
「アルって父が亡くなってから、すごく私を心配してるの。だからウソをつくしかなくって」
「いつか分かってもらえる日がくるとええな。そや、今、付き合ってる人はおんの?」
「ううん、いないけど・・」
「そか、じゃあ、またな!」
ダニーは、フラニーに手を振って、歩き始めた。
ダニーは、ブルックリンからオフィスに出勤する時は、
必ずスターバックスで飲み物と朝食になるスナック類を買っていた。
サマンサからプレッシャーをかけられているが、お手製サンドウィッチの相手を明かすわけにはいかなかった。
「ふぅん、今日はスタバのラップサンドなのー。彼女と同棲してるんじゃないのね?」
サマンサに見咎められて、ダニーは曖昧な笑みを浮かべてごまかした。
マーティンが紙袋を持って出勤してきた。
デスクについて、紙袋の中身を出している。
「ボン、お前、ヨーグルトとバナナか?そんなんじゃ、足りへんのやない?」
「今日からバナナダイエットだから、邪魔しないでよ」
「バナナダイエット?一体どうした?」
「ちょっと体脂肪がやばいんだよ」
マーティンはダニーにひそひそ声で話した。
「え、お前、19%超えたんか?」
「うん、超やばい」
FBIではさまざまな分野の専門知識を持つ者をリクルートしているが、
身体能力についても厳しく、男性は 体脂肪19%未満、女性は同22%未満と定められている。
もうすぐ春の健康診断が迫っている。
マーティンが慌てるのも無理はない。
ダニーはあまり食べても太らない体質をありがたいと思った。
ランチになっても、マーティンは元気がない。
カモのローストとクレソンのサラダにバゲットを頼んで、水をがぶ飲みしていた。
ダニーはパストラミサンドとフレンチポテトだ。
マーティンが羨ましそうにダニーの皿を見つめる。
「ボン、そんなに欲しいんやったら、食べてもええで」
思わずダニーが口を出した。
「だめだめ、甘やかさないで。僕は、体脂肪を19%以下にしなくちゃ」
マーティンは、クレソンを嫌そうに口に運んだ。
「お前さ、晩飯、デリバリーばっかやろ?それがいけないんとちゃう?」
「そうだけどさ、自分じゃまだマカロニ・チーズしか作れないし、あれもカロリー高いから・・・」
マーティンは口ごもった。
「来週の健康診断までの間、俺が晩飯作ってやろうか?」
「えっ、ダニー、本当?」
「ああ、お前が捜査官でなくなったら、俺も困るし。相棒やから」
「そうだよね、僕たちは相棒なんだ」
マーティンはダニーの皿からフレンチポテトを2本とって口に入れながら、微笑んだ。
二人はオフィスに戻り、マーティンはデスクについた。
ダニーは廊下でジョージに電話をかけた。
「はい、オルセンでございます」
「売り場か?」
「はい、さようで」
「なぁ、お前の知ってる限りのダイエットレシピ、俺に教えてくれへん?」
「お急ぎでございましょうか?」
「早いほうがありがたいねん」
「それでは、メールでご連絡させて頂きます。少々お時間くださいませ」
夕方の5時になり、ジョージからウェブサイトのURLがいくつか届いた。
よさそうなのがあったので、ダニーがプリントアウトし始める。
サマンサがプリンターのところに近寄り「何これ、ダニー?」と尋ねている。
「あ、ちょっとな」
「私用で使っちゃだめじゃない。私もプリントアウト待ってるんだから」
「ごめん、もうせいへん」
「約束よ」
やれやれとダニーはプリントアウトを読み始めた。
「キャベツのホットサラダと鶏手羽の野菜カレースープ」とあった。
これなら調理の時間があまりかからなさそうだ。
ダニーは、ふと目が合ったマーティンにOKサインを出した。
定時に仕事を終えて、二人でヴィネガー・ファクトリーに行く。
料理が決まっているので、買い物も楽でいい。
ダニーは次の日のメニューにあった豆腐とオイスターソース、
マッシュルームに冷凍のミンチボールも買い足した。
マーティンは悠長にワインを選んでいる。
仕方ないなー、あいつ。
ダニーは苦笑いしながら、カートをマーティンの方に向けて押していった。
ダニーは週末をマーティンのダイエットからの解放日に当てた。
その間、ジョージと会えるので都合がいい。
金曜日に豆腐とチキンのミンチで作ったラザニアと、
野菜だけのパスタソースを作り置き、冷凍したので、
マーティンも電子レンジで温めればすぐに食べられるようにした。
ダニーは土曜日の夕方、ジョージのコンドを訪れた。
静脈と署名の確認を経て、中に入る。
セキュリティーが最上階行きのボタンの解除をしてくれた。
エレベータで21階まで上がる。
ダニーがブザーを押すと、「はい、あ、ダニー」というジョージの声がし、ドアが開いた。
ジョージは汗だくだ。
「お前、何してんの?」
「今、パーシャとジムから帰ってきたとこなんだよ」
「こんばんわぁ、ダニー」
パーシャもリビングから顔を覗かせた。
「ジムってどこの?」
「あ、このビルの中にあるんだ、温水プールとか、ジャグジーとか」
「お腹減ったよね、ジョージ」
パーシャが甘えた声を出した。
「外に食いに行こうか?」
「せっかくダニーが来てくれたのに用意してなくてごめんなさい。外でもいい?」
「ああ、パーシャもええやろ?」
「うん、アメリカのレストラン、美味しい」
「じゃ、僕らシャワーするから待ってて。あ、良ければ、僕の番組の録画見て」
ジョージは、リモコンでDVDを操作した。
ダニーはリビングのソファーに腰掛けて、ジョージの番組「プラネット・グリーン」を見始めた。
スーツをぱりっと決めて出て来たジョージの美しさにまず驚いた。
TV映りも抜群にいい。しゃべりもスムーズで不自然さが全くなかった。
その後、ラフな格好のジョージが、ニュージャージーで家庭菜園を持っている老夫婦を訪ねて
インタビューしている。
そこまで見たら、二人がカジュアル着に着替えて戻ってきた。
「どこ行くか、僕が決めていい?」
「ああ、ええよ」
ジョージは携帯から電話をかけ、3名のテーブルを予約した。
その後、リムジンの手配を済ませる。
「どこや?」
「ソーホー、今日は土曜日だからタクシーいないでしょ?」
3人はソーホーのプリンスストリートまで降りた。
「ソウエン」と書いてある店だ。
「何料理?」ダニーが尋ねると「日本食」という答えが返ってきた。
しかしダニーが想像したものとは全く違ったメニューだ。
清潔感のある店内は女性客が多い。男性もモデルらしき人がぱらぱらいる。
「ここってマクロビオティックの店なんだ」
「ふうん」
なんだかわからず、ダニーは曖昧に頷いた。
「じゃ、お前、オーダー決めて」
「わかった、パーシャもいい?」
パーシャも頷いている。
野菜沢山のミソスープ、海草サラダ、自家製コーンブレッド、
豆腐ステーキに野菜カレー、パッダイとゴマダレヌードル。
どれも肉や卵が一切使われていない。
しかし、どの料理も味が素晴らしかった。
ワインもオーガニックワインで爽やかな味わいだ。
こんな料理を毎日食べていれば、デトックス効果も高いような気がした。
ダニーは、ふとパーシャがリングをしていないのに気が付いた。
「パーシャ、ニックからもらったリングは?」
「あ、日に焼けて跡になるといけないから、ペンダントにした」
パーシャは、はだけたシャツからペンダントリングのように揺れているリングを見せた。
「よかったな」
「うん、うれしい」
「あれから、パーシャは仕事もノリノリ。いい感じだよ、なー」
ジョージがからかうと恥ずかしそうにパーシャが笑った。
この調子ならしばらくは大丈夫だろう。
ダニーは、ほっと息をついた。
「オレの歌、どうやった?」
テーブルに戻ったダニーが聞いた。
「よかったよ。僕のこと見つめたまま歌うからドキドキしちゃった」
「当たり前や、お前のために歌ったんやから」
ダニーは目を覗き込んでにんまりした。すぐさま照れ笑いを浮かべるマーティンが可笑しくて軽くデコピンする。
「痛いなぁ」
「さてと、次はお前の番。早よ行って来い」
「やだよ」
「この店の客って他人の歌なんか聞いてないやん。お前が同じように歌ってくれたらオレもドキドキできるんやけどなぁ」
フロアの喧騒をいいことにダニーがささやく。
マーティンは知らん顔でダニーのスプマンテを横取りした。
カラオケリストの押し付け合いをする二人のテーブルに、さっきのウェイトレスがピザを運んできた。
「なあなあ、二回歌ったらこっちも半額になる?」
ダニーはマーティンが頼んだピザを指差した。
「それはちょっと・・・お一人様一枚につき一曲ですので」
ウェイトレスはすまなさそうに言った。
「そうか、残念やな。こいつが恥ずかしいって嫌がるねん」
ダニーのバカ!マーティンは思わずダニーの足を蹴飛ばした。
「痛っ!足蹴るな」
顔をしかめたダニーとばつの悪そうなマーティンに、ウェイトレスがふきだした。
「わかりました。すごく上手だったから二人とも歌ったことにしておきます」
ウェイトレスは少し声のトーンを落としてそう言うと、チェックを書き換えて戻っていった。
「ええ女や。ピザもいける」
ダニーは満足そうにピザをかじった。
「そや、チップを多めに置いとこ」
「ん」
マーティンは言葉少なに頷いた。ダニーが話しかけてもただ静かにピザを食べている。
「どうしたん?」
「んー、ダニーが一人で来たりするのかなと思って。それに、あの子のことも誘ったりするかもしれないし・・・」
「あほか、オレがそんなことするわけないやろ」
「どうだか」
マーティンはぽつんとつぶやいてビールを飲み干した。
「お代わりいるか?」
「ん、いる」
ダニーは例のウェイトレスを呼びとめてハイネケンを注文した。
テーブルの上のマーティンの手に自分の手を重ねる。驚いたマーティンが手をのけようとしても強くつないで離さない。
ウェイトレスは普通にオーダーを取り、ビールを取りにいった。
NYではそうめずらしくない光景なのだろう。逆にマーティンの方がうろたえていた。
「何するんだよ、ダニー!正気?!!」
「オレらは付き合ってるんやから手ぐらいつなぐわ。しょうもない心配すんな」
「・・・ん」
そのあとは二人とも黙々とピザを食べ続けた。
アパートに帰ると21時を過ぎていた。シャワーを浴びて少し早いがベッドにもぐりこむ。
ピザパーラーを出てからお互いになんとなくぎこちなくて会話が続かない。おやすみを言って灯りを消した。
「ダニー、もう寝た?」
マーティンが遠慮がちに聞いた。
「いいや、起きてるで。何?」
「あの時、僕が歌ったらドキドキできるって言ったよね?あれは本心?」
「ああ。でもほら、お前はああいうの嫌いやから、またいつか聞かせてくれたらええ」
ダニーは寝返りを打ってマーティンを抱き寄せた。
「・・・わかった、歌うよ。僕はダニーと違って下手だから笑わないでね。それと灯りをつけるのもなしだよ」
マーティンはふーっと息を吐くとベット・ミドラーの"The Rose"を歌い始めた。
真っ暗なベッドルームにマーティンの少し硬い声が響く。ダニーは頭をもたせかけて聴き入った。
週が明け、いよいよ健康診断が金曜日に迫ってきた。
女子局員は、一日早い木曜日だ。
サマンサがぶーたれている。
「一日でも後の方がいいのに。ねえー、ヴィヴ!」
「しょうがないじゃない。それに一日じゃ変われないわよ」
ヴィヴィアンは心臓の持病があるので、自分の通っているクリニックで受けることになっている。
油断をするとすぐ肉付きがよくなってしまうサマンサにとっても、体脂肪率22%は苦しい数字だろう。
ランチの時間に、ダニーは、マーティンに週末の食事内容を尋ねた。
「栄養士さんみたいだね、ダニー」
「ええやろ、誰かにチェックされると気がひきしまるもんや」
「うーん・・・」
「どうした?」
「どうしても、我慢できなくなっちゃってさ、ピザのデリバリー頼んじゃった」
「2日ともか?」
「・・うん」
「じゃあ、今日からまた晩飯作りしたるからな」
「外食でもいいよ」
「そか、じゃ考えるわ」
「ありがとう、ダニー」
ダニーはこの前ジョージたちと出かけた「ソウエン」を考えたが、
肉中心の食生活のマーティンがとても満足するとは思えなかった。
ダニーはふと、しゃぶしゃぶを考えたが、アランと行った店も、副長官の招待の店も、
ダニーの予算をはるかに超える。
ダニーはネット検索で「食べ放題$23.95」の店をチャイナタウンに見つけた。
「XO食坊」という名前からして、本当の日本料理かは怪しいが、とりあえず候補にした。
仕事を終えて、チャイナタウンのレストランに入ると、そこはまるで香港の屋台のような雰囲気だ。
「ねぇ、ここ何料理?」
マーティンが不安そうに尋ねる。
「一応、日本料理のつもりやねんけどなぁ」
テーブルに通され、メニューを見ると、飲茶から寿司から、雑多に料理が羅列されていた。
「俺、これがいいと思うんやけど」
マーティンに見せると、にっこり笑った。
「食べ放題なんてうれしいね」
今までのしゃぶしゃぶと違うのは、ポーク、チキン、ビーフなどの肉類はもちろん、
海老や蟹、魚貝類などのシーフードに野菜各種と、具のセレクションが非常に豊富なことだった。
二人は、一通りの食材を鍋に入れては食べて、最後はヌードルで〆た。
デザートをスキップし、地下鉄の駅まで歩いた。
「お前、タクシー乗らへんの?」
ダニーが尋ねると「少しでも歩く距離が欲しいから」とマーティンが答えた。
この分なら、体脂肪率19%はクリアできるだろう。
ダニーは段々楽観的になってきた。
さて、金曜日が来た。
会議室3室が臨時のクリニックになり、ユニットごとに診察を受ける順番が決められていた。
昨日、サマンサはクリアできたようで、今日はとても機嫌がいい。
MPUの時間になったので、マーティンとダニーは会議室に出向いた。
一通りの診察を終え、最後に身長と体重の番になった。
ダニーはさっさと身長を測ってもらい、体重計に乗った。
体脂肪率10%。上出来の数値だ。
次はマーティン。ひどく緊張した顔つきで、体重計に乗った。
マーティンはだまって降りた。
帰りのエレベーターの中でダニーは尋ねた。
「どやった?」
「それがさぁ、18%だったよ!」
「よかったやん!」
「うん、ねぇ、今日、お祝いしない?」
「ええけど?」
「じゃあ僕がレストラン決めるね」
「まかせた」
仕事が終わり、マーティンはダニーと共に地下鉄に乗った。
「どこ行く?」
「コロンバス・アベニュー」
「ふーん、アッパーウェストか」
ダニーはジョージの家の近くだなと気にはなったが、駅に着いたのでそのまま降りた。
「おい、お前ひょっとしたらさぁ」
「そうだよ、ジャクソン・ホールの7オンス・ハンバーガー食べるんだよ!」
ダニーはやれやれと思いながら、マーティンの後について、コロンバス・アベニュー店に入った。
ダニーとマーティンはすっかり満腹になり、店を出た。
「お前、お祝いにしても、トッピング乗せすぎやで。あんな食ってたら、また来年の健康診断で苦しみそうやな」
「大丈夫、だって、僕にはダニーって優秀な栄養士さんがいるんだもん」
マーティンは上機嫌だった。
「ねぇ、今日、ブルックリンに帰る?」
「さすがにダルいな。お前んとこ、泊まろかな?」
「それがいいよ!」
「そしたら、買い物や。お前んとこ何もないやろ、ホールフーズマート行こ」
二人は、タイム・ワーナー・センターの地下にあるスーパーに入った。
いつ見ても、ここの野菜や果物の陳列は見事だ。
しかし、さすがのダニーも毎日の調理に飽きていた。
「なぁ、デリで選んでも構へんか?」とマーティンに聞いた。
「うん、全然大丈夫」
ダニーは、ワイルドライスサラダにラビオリサラダ、チーズとホウレン草のキッシュ、
エビとチーズのキッシュと選んだ。
マーティンはミルクやジュースを選んでいる。
「ダニー!」
背中で名前を呼ぶ声がした。ジョージだ。
「どうしたの?アップタウンで買い物なんて珍しいね?」
「あ、いや、これは、マーティンの分なんや」
少しジョージの顔が曇った。
「ふうん、手伝ってるんだ」
「そういうことや」
「そうだ、ねぇ、明日の晩、パーシャと僕が料理して、ニックにご馳走するんだけど、ダニーも来るよね?」
「あ、ああ、行くわ。何時?」
「7時から、僕の部屋だからね」
「わかった、じゃあな」
「うん、明日、絶対だよ!」
「ああ、おやすみ」
ダニーは、胸が痛むのを感じた。
浮気の現場を取り押さえられたような気分だ。
「ダニー、今、話してたの、ジョージ?」
マーティンが心配そうな顔で近寄ってきた。
「そや」
「大丈夫?」
「まぁな、さ、キャシャーに行こ」
二人は勘定を済ませ、1階からタクシーに乗った。
言葉が極端に少なくなったダニーの手を、マーティンはぎゅっと握った。
「ねぇ、無理しなくてもいいんだよ、ダニー」
「無理って、何が?」
「あのさ、僕らいつでも会えるじゃない」
「そんなん気にすんな」
「でも・・」
「さ、着いたで、降りよう」
ダニーは、スーパーの紙袋を持ってさっさと降り、ドアマンのジョンに挨拶した。
「おかえりなさいませ」
マーティンはドライバーに運賃を払い、タクシーを降りた。
マーティンの部屋に着き、ダニーは買い物を冷蔵庫に入れている。
マーティンは沈黙が嫌なので、CNNをつけた。
「俺、シャワー、先にしてもええか?」
「うん、どうぞ」
ダニーはスーツを脱ぎ、トランクス姿になって、バスルームに入っていった。
するとダニーのジャケットの中の携帯が震えた。
思わずマーティンは胸のポケットから携帯を取り出した。
着信:ジョージとあった。
マーティンはまたポケットに携帯を戻した。留守電になったようだ。
ダニーと入れ代わりでマーティンがシャワーを浴びた。
バスルームから出ると、ダニーはコントレックスを飲みながら、ぼんやりCNNを見ていた。
「何かニュースある?」
「またガソリンが値上がりやて」
「そうなんだ」
「ほな、寝ようか」
「うん」
二人はベッドに入った。
ベッドサイドランプをマーティンが消した。
「ねぇ、ダニー、明日さ、ジョージと約束してるんでしょ?」
「・・ん」
「行ってあげなよ」
「お前・・」
「ね、朝ごはん食べたらさ、着替えにブルックリンに帰って、用意すればいいんでしょ?」
「ああ・・」
「それじゃ、おやすみ」
マーティンはダニーに背中を向けて、枕を抱き締めるようにして目を閉じた。
ダニーはジョージの焼いたローズマリー入りのバンズにハムとチーズをはさんだサンドウィッチを作り、
オフィスに出勤した。
マーティンがオフィスに入ってきた。
手に何も持っておらず、バックパックだけだ。
「ボン、おはよう、サンドウィッチ食うか?」
「あ、ありがと。僕、コーヒー持ってくる」
週末にあんな会話をしたとは思えない滑り出しにダニーはほっとした。
マーティンがダニーのメッツマグにコーヒーを入れてきてくれた。
「サンキュ、じゃ、これな」
パンを渡すと、マーティンは少し微笑んだ。
ダニーがサンドウィッチをかじっていると、サマンサが寄って来た。
「おはよう、ダニー」
「おはよう、サム、用か?」
「ねぇ、この前ダニーが沢山出力してたのって、ダイエット食のレシピよね?」
「そやけど?」
「あれ、コピーさせてくれない?」
「うん、もう俺、いらなくなったから、サムにあげるわ。どないしたん?
大丈夫だったんやろ、健康診断?」
「うーん、ところが、ボスがね、ひどい結果だったみたいで、即、指導書を受け取ったのよ」
「そうなん?大変やな、ボスもひとりやと、ケータリングばかりやろしな」
「じゃ、お願いね」
「わかったわ」
ボスがオフィスから出て来た。渋い顔をしている。
「ミーティングだ、集合」
4人は急いでミーティング・デスクについた。
「昨日、セントラルパークで行われた「ジャパン・デー」に出席していたサンドラ・エンドウが行方不明だ。
彼女はメイン・イベント・ステージのMCを担当していたそうだ。
マーティンとサマンサは、彼女の勤務先のCNNを当たってくれ。
ダニーとヴィヴィアンは、ジャパン・デー主催者に会ってくるように」
チームは2手に分かれて行動を開始した。
マーティンたちは早速チェイス・マンハッタン・プラザにあるCNNのNY局を訪れた。
サンドラ・エンドウはもともとはNY1局の政治記者だったが、今年の1月にCNNが引き抜いたそうだ。
CNNではDCに本拠を置いているが、自身が日系2世ということがあり、
今回の「ジャパン・デー」のMCをノー・ギャラで引き受けたらしい。
一通り質問を終え、二人はビルの外に出た。
「何だか古巣のNY1局を当たった方がよさそうね」
「賛成」
二人は、タイム・ワーナー・センターのNY1局を訪れた。
上司だった編集局長に面談する。
「サンドラねぇ、まあ出世街道驀進中ですからね。私たちも鼻が高いですよ。
一ケーブル局からCNNへの転職なんてそうザラにない」
「どなたかそれが気に入らなかった方や、問題を起こした方はいませんでしたか?」
「そういえば、同じ政治記者のリサ・ニッサンが局で開いたサンドラのお別れパーティーの時に皮肉たっぷりのスピーチをしたな」
「彼女にお会いできますか?」
「呼んできましょう」
リサが部屋に入ってきた。アジア系だが日系ではない。
「サンドラのことでお聞きになりたいとか?」
「昨日から行方不明なんです」
「まぁ、そんな・・・」
「あなたはご出身は?」
「NYですけれど、人種をおっしゃるならインドです」
「お二人は仲はよかったですか?」
「まぁ、同じ政治記者ですから、色々ありましたが、特に仲たがいしていたわけではありません」
「昨日はどちらにおられました?」
「休みでしたので、主人とセントラル・パークを散歩したり買い物したりしていました」
「セントラル・パークにおられた時間は?」
「確か2時から3時くらいだったと思います。その後、ゼイバーズで買い物しました」
二人はオフィスに戻った。
「サム、僕はリサ・ニッサンの夫を調べるよ」
「私はゼイバーズの防犯ビデオを借りてチェックするわ」
ダニーたちは「ジャパン・デー」の控え室になっていた大型テントの捜査と最後にサンドラを見たというファンを突き止めていた。
サンドラが会った瞬間顔色を変えたというファンは、NY1局時代からの彼女のストーカーだった。
名前はロジャー・クラーク。
ダニーたちは、クラークを調べることにした。
リサ・ニッサンのアリバイの裏付けが取れた。
失踪と目される時間には、ゼイバーズの防犯カメラに夫婦で買い物をしている姿がくっきりと映し出されていた。
一方のロジャー・クラークの方は、自動車免許の登録住所になっているトライベッカのアパートを訪ねたが留守だった。
隣りの部屋の住人に話を聞くと、日曜日の朝、ドアが開く音がして以来、帰っていないようだという。
ボスはロジャー・クラークに焦点を絞って捜査するように、チームを合体させた。
ロジャー・クラークの職業はレンタカー会社のカウンターだ。
上司に話を聞く。
すると土曜日の遅番でクラークが入ったシフトの時に、フェラーリがレンタルされているが、
免許証が偽造だと分かったという。
「GPSはつけておられますか?」ダニーが尋ねた。
「もちろんですよ。30万ドルの車ですから」
「クラークはそのことを知っていますか?」
「いえ、マネージャー以上への通達事項でして、彼は知りません」
GPSを追ってもらい、フェラーリが、アトランティック・シティーのトランプ・マリーナ・ホテルに駐車されているのを突き止めた。
ダニーとマーティンがアトランティック・シティーまでヘリで飛んだ。
サマンサから連絡が入る。
「フェラーリに動きなし。そちらは?」
「宿泊客に二人らしき男女を発見。今朝、マリーナでクルーザーを借りて出かけた模様」
「じゃあ、沿岸警備隊に捜索をお願いするわ。クルーザーの詳細を教えて」
「よっしゃ・・・」
ダニーとマーティンも沿岸警備隊の船に乗り込み、クルーザーの後を追った。
漂流しているようなクルーザーを発見した。
女性が両手を挙げて助けを求めている。
双眼鏡でマーティンが確認した。サンドラに間違いない。
船を横付けし、ダニー、マーティンと警備隊員が乗り込んだ。
クルーザーの室内でクラークが倒れていた。
「大丈夫ですか、サンドラさん。FBIです」
「ありがとう、助けに来てくれて・・」
サンドラはマーティンの胸に倒れこんだ。
「クラークは?」
「シャンパンのボトルで頭を殴ったので、わかりません」
「あなたは勇敢ですね」
沿岸警備隊の船にサンドラとマーティンは乗り移った。
ダニーは、クラークの頬をピタピタっと叩き、目を覚まさせた。
「残念やったな、こっからどこへ行くつもりやったん?」
「サンドラとだったらどこでもいいと思ったんだ。夢のような2日間だったよ」
「彼女にとったら悪夢やと思うで。さて、立て」
ダニーは、クラークに手錠をはめ、沿岸警備隊の船に移った。
「ボス、失踪者確保。犯人を拘束」
「よし、戻って来い」
「了解っす」
サンドラがマーティンに尋ねた。
「彼、極刑にして欲しいわ。私、何度もレイプされたの」
マーティンもダニーも一瞬息を飲んだ。
「それじゃあ、病院で検査を受けなければなりません」
「もちろん、何でもするわ」
クラークの身柄を地元警察に預け、ダニーとマーティンはサンドラに付き添い、病院に向かった。
アトランティック・シティーからマンハッタンに戻ったらもう10時近かった。
マーティンがボスの携帯に電話をいれた。
「マローンだ」
「ボス、今戻りました」
「ご苦労。今日はオフィスに寄らなくていいから、家に帰れ」
「了解」
マーティンはサンドラに伝えた。
「お疲れでしょう。ホテルまでお送りします」
「ありがとうございます」
サンドラは、CNNが用意したホテルに滞在していた。
ミレニアム・ブロードウェイ・ホテルに駐車し、ダニーとマーティンはサンドラを部屋まで送り届けた。
「DCへのお帰りは?」
「今日の予定だったんだけれど、台無しね。
どうせなら、拉致レイプ被害者の会の取材でもして帰るわ。
本当にありがとうございました。おやすみなさい」
サンドラはドアを閉めた。
「強い女性やわ」ダニーが感心した。
「お腹減ったね」
「お前のそれ聞くと、現実に戻るなー。何食う?」
「あんまり歩きたくないね」
「もっともや」
二人は、ブロードウェイ沿いのファミリーレストラン「チェヴィーズ・フレッシュ・メックス」に入った。
値段が手ごろなメキシコ料理だ。
適当にメニューから辛口チーズディップのチリコンケソ、
シーザーズ・サラダにミックス・グリルド・ファフィータを選んだ。
生ビールでとりあえず乾杯する。
「彼女、トラウマはあるだろうけど、命が助かったから良かったね」
サルサチップにチーズディップを乗せて、マーティンが話し始めた。
「そやな。命あってのものだねやし、彼女なら立ち直るやろ。そう祈るしかないわ」
「ダニーの好きなタイプじゃない?」
「え?どうして?」
「気が強くて仕事が出来るし美人だしさ」
「なんか、うちのチームにも同じようなのおらへん?」
「あ、サム・・・」
「ほら、俺の好みとはちゃうねんな」
サラダとファフィータが来たので、二人はビールをお代わりし、トルティーヤに包んで、食べに食べた。
店の外に出て、マーティンがお腹をさすりながら言った。
「ファミレスでも美味しいんだね」
「お前さ、もしかしてファミレスって初めて?」
「・・・そうなんだ」
ダニーは一ヶ月に1回、父親の給料日の外食がファミリーレストランだったので、よく覚えている。
それでもアルバレス家にとっては、本当にご馳走だったのだ。
二人は、ホテルの駐車場に車を置いて帰ることにし、地下鉄の駅まで歩いた。
「ねぇ、ダニー、僕がまた誰かにレイプされたらどうする?」
突然マーティンが尋ねた。
「そりゃ、助けに行くに決まってるやん」
「犯人が分かったら?」
「・・殺すかもしれへん・・」
「ありがと、それが聞きたかった」
「ボン、お前、時々ヘンな質問するな」
「そうだね、ごめんね」
二人は、違うプラットホームに降りていった。
ダニーはブルックリンに着き、アルのパブに寄りこんだ。
「よ、いらっしゃい、随分疲れた顔してんな」
アルがカウンターの中から声をかけた。
「出張でクタクタや、シングルモルトくれへん?」
「よっしゃ。マッカランでいいか?」
「うん」
「アル、二股かけたことある?」
「いや、俺はないなー。これでも女にはマジメなんだ」
「俺は不真面目や。両方とも別れられへん」
「お前の地位とか金狙いの女はいないのか?」
「いや、むしろ、相手のが家柄もいいし、金も持ってんねん」
「しんどいな。両方ともそうか?」
「うん」
「お前ってモテルんだな」
「何だか分からへん」
「俺からしたら、相手がお前を欲しいと思っているうちが華だって感じだな。
浮気男なんざ、ぽいぽい捨てられる粗大ゴミだからな」
「やっぱりそうやろ?」
「まぁ、じっくり考えろよ。これからの生き方も含めてさ」
アルはグラスにおかわりのマッカランを注いだ。
ダニーとマーティンはサンドラ・エンドウの事件の報告書作成と経費精算で、一日を費やした。
ダニーが席で伸びをして、やおら目薬をさした。
するとマーティンが笑いだした。
「ん?何がおかしいんや?」
「だって、ダニー、目薬さすのに、目つぶってて口あけてるんだもん、間抜けだよ」
「言ったな!」
ダニーが報告書の書き損じを丸めて、マーティンにぶつけた。
「ほらほら、いい年して何してるの!」
ヴィヴィアンに怒られて、二人はまたPCに向かった。
どうにか定時でペーパーワークを終わらせ、二人は同時に席を立った。
「お先に!」
サマンサが脱兎のごとく帰っていく。
ダニーは、今日からダイエットクッキングの始まりやなと思った。
ヴィヴィアンも「お疲れ」と帰っていった。
「俺たちも帰ろうか」
「そうだね」
二人でエレベーターに乗り込む。
マーティンは突然尻をつかまれ、飛び上がりそうになった。
ダニーは知らん顔をしている。
セキュリティーカメラがあるから、何も出来ない。
エレベーターを降り、マーティンはぶんぶん文句を言った。
「ふい撃ちなんて卑怯だよ」
「お前が俺のこと間抜けって言ったからや」
「もう・・・」
「なぁ、飯食おう、お前のおごりで」
「何で僕のおごりなの?」
「ええやん、俺、今月厳しいんや」
「じゃ、僕の選んだ店でいいよね?」
「またジャクソン・ホールか?」
「だめ?」
「バーガー以外のもんが食いたいな」
「贅沢だなー、じゃ久しぶりに焼き鳥は?」
「賛成」
二人は43丁目まで上り、「ソバトット」に入った。
「いらっしゃいませ、あら、こんばんは!」
相変わらず愛想のいいミカがカウンターの中から挨拶をした。
「こんばんは、うん?今日はクリスは?」
「風邪ひいたみたいです」
「ミカさん、詳しいねんな」
ダニーがいたずらっ子のような目でミカに尋ねると、ミカは恥ずかしそうな顔をした。
「学校でもないのに、病欠だって電話くれたんです」
ダニーとマーティンは大笑いした。
「今日、おすすめがあるんですけど、召し上がります?」
ミカが珍しくセールストークをした。
二人とも頷いた。
出て来たのはピンクの肉片の周りが霜降りになっている小鉢だった。
その上に海苔とわさびが乗っている。
「これって?」
「そう、鶏のミディアムレアです。トリワサって言います。お肉が最高級でないと出せないメニューなんです」
ダニーは一瞬ぎょっとしたが、マーティンが早速ぱくついているので、マネをした。
「わ、美味しい!」
次は赤身だった。
「これは?」ダニーが尋ねる。
「まぐろを特別な醤油ソースに漬けたものです」
これも二人は満足した。
その後は、いつものざる豆腐に焼き鳥の串とじゃこご飯に赤だしを平らげた。
マーティンが勘定を済ませ、外に出ると、ミカが外まで送りに出て来た。
「ミカさん、ええねんで」
「だって、大切なお客様ですから。またどうぞ」
二人はミカに別れを告げ歩き出した。
「ダニー、鼻の下がびろーんって伸びてるよ」
「そんなことないやろ!」
「ミカさん、美人だもんね」
「でも、ミカさんは、絶対クリスになびいてるで」
「うん、僕もそんな気がした」
「店に通ってみるもんやなー。あんなべっぴんがクリスとなー」
「やっぱり惜しそうな声出してる」
「もう、ほっといてくれ」
二人はくすくすと笑った。地下鉄の駅に着いた。
「それじゃ、また明日な」
二人は別方向のホームに向かって歩き出した。
目覚まし時計が鳴って、二人は同時に手を伸ばした。
「あ・・・おはよう、ダニー」
「・・・おはよう」
昨夜のことが気恥ずかしくて、二人とも照れ笑いを浮かべて視線を外す。
6月になったとはいえ、裸ではまだ肌寒い。ダニーは派手なくしゃみをして鼻をかんだ。
「風邪?」
「いや、ちょっと寒いだけや」
脱ぎ捨てたトランクスやパジャマがベッドの中でめちゃくちゃになっている。
足で拾い集めていたら、マーティンが体を包み込むように抱きしめてきた。
「温かい?」
「ああ。もっとやれ」
「なんだよ、それ」
マーティンは笑いながらダニーの体を羽交い絞めにして温めた。
「うん?あっ、やばっ!」
首筋にキスをしようとしたダニーは、マーティンの体にいくつものキスマークがついているのを見つけて驚いた。
暗闇の中、夢中で愛撫したせいで、首も胸も腕までも、ところどころ赤紫に変色してしまっている。
「何?」
「お前の体、キスマークまみれや。当分他人に見せられへん」
「ほんとだ、手首にもついてるよ」
自分の体を確認したマーティンも驚いて目を見開いた。
「今日は何があっても腕まくったらあかんで。サマンサにでも見られてみ、ぎゃあぎゃあうるさいからな」
「わかった、気をつけるよ。ねえ、首はどう?目立つ?」
マーティンは首を仰け反らせた。
「いや、そこやったらシャツで隠れるから大丈夫や」
ダニーはごめんなと言いながら、マーティンの手の甲に唇を押し当てた。
「ねえ、僕もダニーにキスマークつけたいよ」
マーティンがやんちゃな顔で見つめている。ダニーは髪をくしゃっとして苦笑いした。
「だめ?」
「わかった、1つだけなら許したろ。ただし、目立つところはなしや」
ダニーは観念して天井を見上げたままじっとした。
「どこにしようかな・・・」
マーティンは散々迷ってから、ダニーの乳首に並んだほくろの上にキスマークをつけた。
くっきりついた印に満足そうにキスをくり返す。
「もうええやろ、シャワー浴びよう」
「ダニーは僕のだ」
マーティンはきっぱり言ってダニーの胸に顔を埋めた。
甘えるように顔を擦りつける子どもじみた仕草を微笑ましく思いながら、ダニーは優しくキスをする。
「そやな、オレはお前のや」
ダニーはそう言ってもう一度キスをした。
ぐずぐずしているうちに遅刻しそうになっていた。
駅まで全速力で走りながら、二人は何度か指を絡めたりして楽しむ。
地下鉄に揺られている間もダニーはマーティンとしょっちゅう目が合った。
そわそわしているのが手に取るようにわかる。
本当は自分もマーティンを見つめていたい。
だが、熱もこもった目で見つめられると周囲の人間に気づかれてしまいそうで怖い。
ダニーがあっち向けと小さく手を払っても、マーティンは軽く頷くだけでちっとも意味が通じない。
あいつ、あほやなぁ・・・
ダニーはそれ以上考えないことにして、涼しい顔でipodに視線を移した。
ダニーがアパートに戻ると、リビングのローテーブルの上に紙袋が置いてあった。
中を覗くと、メモとパンが4個入っていた。
「ごめんね、これからサンフランシスコでロケだから、週末NYにいません。パン食べてください。ジョージxx」
ダニーは、パンの匂いをかいでみた。
ほのかにガーリックとチーズの香りがする。
明日の朝飯は決まりやな。ボンの分も作ろう。
ダニーは献立を考えてにんまりしながら、パンをキッチンに運んだ。
ジョージの携帯に電話する。
「あ、ダニー!」
「お前今、どこ?」
「今ちょうど、ホテルに着いたとこ。名前はね、フェアモント ソノマ ミッション イン & スパっていってね、ワインカントリーのど真ん中って感じ。
スイートルームだから一人で寂しいよ」
「俺も行けたらな」
「本当だよ、ゴルフもテニスも出来るし温泉プールもある。スパが有名なんだって」
「スパで誘惑されるなよ」
「そんなわけないでしょう!ねぇ、ダニー、欲しいワインの銘柄ある?明日はいよいよワイナリーツアーなんだ」
「俺よう分からんからお前の好きなんでええわ」
「じゃ、ダニーの好みの辛めの白と重めの赤を選んでみるね」
「おうサンキュー、でいつ帰ってくる?」
「来週の火曜日だよ。待っててね」
「当たり前やん」
「あ、なんか打ち合わせがあるみたい、じゃあ切るね」
ジョージがTV番組の「プラネット・グリーン」を始めて、非常にタイトなスケジュールになっていると感じていた。
それでも「バーニーズ・ニューヨーク」の仕事を辞めないのだから、たいしたものだ。
まぁ、バーニーズ側も彼を客寄せパンダにしているのだから、持ちつも持たれつの関係なのだろう。
ダニーはシャワーを早めに切り上げ、ベッドの中に入った。
アトランティックシティーの疲れも取れたのか、目覚まし時計より先に目を覚ました。
シャワーと歯磨き、髭剃りをすませ、スーツに着替える。
冷蔵庫をあさり、トマトとチーズにレタスを出した。
それにロースハムで具沢山のサンドウィッチを作った。
オフィスに出勤すると、マーティンがすでにPCに向かっている。
「ボン、今日は早いやん」
「うん、何となく」
「朝飯食ったか?」
「まだだけど?」
「じゃ、これ食うか?」
「あ、ありがと。ねぇ、ダニーのパンってさ、どこで売ってるの?」
「え、あ、家の近くのベーカリーやけど」
「アップタウンにもないかなー。すごく美味しいんだよね」
「今度、支店あるか聞いとくわ」
やれやれや。
午前の仕事が終わり、マーティンといつものカフェに出かけた。
するとクリスが座っていた。
「よう、クリス、そこええか?」
「ああ、いいとも、どうぞ」
「お前、風邪ひいてるんやて?」
「え、誰から聞いた?」
「昨日、ミカさんの店に行ったんですよ」
「や、風邪じゃないんだよ。俺さ、心が決まらなくて、ミカに会えないんだ」
「ほぅ?」
ダニーが興味深そうに聞いた。
「突然、彼女からさ、両親が東京から来るって聞かされて」
「へぇ、会うんか?」
「やー俺みたいな無骨な奴じゃ気に入ってもらえるか不安でさ」
「どこで会うんですか?」マーティンも尋ねた。
「こっちの食事が合うか分からないから、日本食にしたんだ。トライベッカのノブ」
「うあー、セレブなレストランやなー」
「もう大出費は覚悟の上だよ」
ダニーとマーティンの頼んだ日替わりが来た。ミートドリアとトスサラダだ。
「じゃ、俺、オフィスに戻るから」
クリスはコーヒーをぐいっと飲み干して席を立った。
「クリス、緊張でかちんこちんやな」
「普段はギャングが相手でもひるまないのにね」
「成功を祈るしかないな」
「本当だね」
二人はランチを食べ始めた。
金曜日になっても取り立てて事件は起こらなかった。
皆何となく手持ち無沙汰で暇にしている。
するとサマンサがそっとダニーに近付いた。
「ねぇ、ダニー、ちょっといいかしら」
「うん、何?」
「あのね、料理が上手くいかないんだけど、明日、ジャックが家に来るの。今晩、教えてくれない?」
「ええけど、見返りは?」
「ディナーおごる」
「よっしゃ、乗った」
ダニーは、サマンサと一緒に彼女のアパートに行った。
前来た時に比べて、随分インテリアがシックになったような気がする。
「雰囲気が変わったな」
「そうなの、デザイナーのヴェラ・ウォンがクッションとかソファーカバーとか売り出したのよ。
それも安いの!だから揃えちゃった」
ダニーはヴェラ・ウォンがどこの誰だか分からなかったが、適当に頷いた。
「で、どの料理に困ってんのん?」
「トーフを使った料理。いつも水浸しみたいな、吐いたゲロみたいになっちゃうの」
ダニーは思わず爆笑した。
「そりゃ水分含みすぎやわ。トーフ出すやろ、キッチンペーパーで包んで電子レンジで1分間チンや。それでOK」
「そんなに簡単なの?」
「うん、そうしたトーフなら炒めてもええし、サラダにしてもええ」
「サラダはあまり食べないから炒め物にしようかな」
「じゃ、タマネギ、もやし、とき卵、ニンニクの芽とか使って、オイスターソースで炒めるのは?」
「待ってね、メモするから」
その後1時間ほど、ダニーのレクチャーが続いた。
サマンサはこれ以上にない位集中してメモを取り続けた。
「明日、料理できそうか?」
ダニーが心配そうに尋ねる。
「とりあえずはこの週末分は大丈夫って感じ。ジャックが管理職から降ろされないのを祈るわ」
「俺もや」
「じゃ、ご飯に行きましょう!」
サマンサは目的地が決まっているようで大またで歩いていく。
ダニーは後をついていった。
「インド料理でいい?」
「ああ」
店の名は「モクシャ」と書いてある。初めての店だ。
二人はインドビールで乾杯し、前菜にチキンサモサときゅうりのライター、
メインにサマンサお勧めのブリヤニの中から、ダニーはマトン、サマンサはチキンを頼んだ。
店の客は圧倒的に若者が多い。
「じゃ、ジャックとはうまくいってんのやな」
サモサを摘みながら、ダニーが尋ねた。
「この前は結婚の事ばっかり気にしていたけど、ダニーのおかげで気にしなくなったら、関係がよくなったみたい」
「なによりや」
ヨーグルトサラダのライターを取り分け、ブリヤニを食べる。
「わ、美味いな、このサフランライス!」
「でしょー?お勧めなの。でも男性と来たのは、ダニーが初めて」
「へぇ、そりゃ光栄です」
二人はディナーを終え、サマンサは徒歩で帰るというので、店の前で別れた。
「料理、うまくいくとええな」
「うん、失敗したら、今度はダニーに作ってもらうわ」
「ははは、じゃあな」
「ありがとう、おやすみなさい!」
ダニーはブルックリン行きの電車に乗り込んだ。
週末はジョージがいない。
この前のお詫びかたがた、マーティンと過ごそう。
ダニーはそう決めて、外の景色を眺めた。
土曜日になり、ダニーは日用品の買い物やランドリーを済ませて、3時にマーティンの携帯に電話を入れた。
「ダニー、こんにちは。どうしたの?」
「いやー、その、お前、暇かと思って」
「うん、漠然と「トランスフォーマー」のDVD見てた」
「そっち行ってもいいか?」
「もちろんだよ」
「ほな買い物して行くから1時間ちょっとで着くわ」
「待ってるね」
ダニーはマスタングでマンハッタンに向かった。
今日はマーティンの好きなポーターハウスのステーキを焼くつもりだった。
途中のタイム・ワーナー・プラザに車を停め、ホールフーズマートで買い物をする。
運よくAクラスのポーターハウスが手に入った。1枚80ドルだが仕方あるまい。
あとはジャガイモとアスパラガス、
それにデリでベイビーリーフサラダとマッシュルームのマリネを選んだ。
パンもホワイトロールを6つ買い、マーティンのアパートに向かった。
ドアマンのジョンに挨拶する。
「今日はまた沢山のお荷物ですね、テイラー様」
「ディナーパーティーやねん」
「それはそれは、お楽しみください」
合鍵でマーティンの部屋に入ると、マーティンはDVDをまわしたまま、ソファーで転寝していた。
「よ!!」
ダニーがマーティンの体の上にのしかかる。
「わっ!びっくりした!僕、寝てた?」
「うん、よだれたらして、寝てたで」
マーティンは急いで口の周りを確かめた。
「ダニーの嘘つき!」
「今日は俺の手料理やから、ええやろ、それくらい」
「本当?」
「ああ、食材調達してきたから」
「わー、ありがと!」
ダニーは早速、ポーターハウスをミートハンマーで一通り叩いた後、
浅手のタッパーに並べ、オリーブオイルにセロリ、生姜、にんにくのみじん切りを入れたソースで浸した。
「わー、ステーキだ!ね、それ、何してるの?」
マーティンが興味津々で尋ねる。
「こうすると、焼いても肉が硬くならないし、味がよくなるんや」
「へぇーすごいねー」
ダニーは次にベイビーリーフサラダにマッシュルームのマリネを入れて適当に混ぜ合わせ、冷蔵庫に入れた。
ジャガイモとアスパラガスは電子レンジで調理する予定だ。
「今日はフルボディーの赤が合うね」
マーティンはワインセラーの中から「ドミナス」というワインを取り出した。
「有名なん?」ダニーが尋ねる。
「うん、フランスのペトリュスの会社が出資してるんだ」
「ペトリュスってハンニバル・レクターが好きなワインやろ?」
「そうそう、だからアメリカでもスーパーワインなんだよ」
ジャガイモとアスパラを調理し終え、ダニーはジャガイモにはバターを、
アスパラガスにはマヨネーズを白ワインで溶いたソースを添えた。
そして塩コショウしたステーキを焼き始める。
ジューっという音が食欲を刺激する。
マーティンはワイングラスやパンのバスケット、サラダをダイニングに運んでいる。
ミディアムレアに焼けたところで、ダニーがブランデーをかけ、フランベした。
そして、二人のディナーが始まった。
「すごいね!今日のステーキってピーター・ルーガーより美味しい気がする」
「褒めすぎやで」
「本当だよ」
「このワインも美味いな、いくらすんの?」
「えっと200ドル」
「え、200ドルか?」
「だって、ダニーの焼くポーターハウスに合わせなくちゃって思ったら、これになっちゃった」
「そりゃあ、ありがと」
二人はすっかり満腹になって、ふぅっとため息をついた。
「ダニー、今日は泊まれるの?」
マーティンが急におずおずと尋ねた。
「あぁ、お前が許してくれるなら」
「本当?じゃ、お風呂入れてくるね!」
マーティンのはずむような様子が可愛らしい。
ダニーは食器をディッシュウォッシャーの中に入れながら、先日アルに言われた言葉をかみ締めていた。
支局に戻る途中で雨が降り出したのをいいことに、ダニーはクリニックに立ち寄った。
受付にジェニファーの姿はなく、待合室に目を移すとスチュワートがソファにうつ伏せになっていた。
起きているのか眠っているのかよくわからない。
脱げかけた靴が今にも落ちそうにぶらぶらしていた。
ダニーは持っていたジュースをそっとテーブルに置いて背中に抱きついた。
「スチュー、僕だよ、起きて」
マーティンの甘えた声色を真似て耳元でささやく。
「うぅ・・・テイラーだろ」
「おかしいなぁ、ばれたか」
「声は似てたけどマーティンはもっと重いんだ。苦しいから降りてくれないか」
「すまんすまん」
ダニーは起き上がってソファに座った。スチュワートもだるそうに体を起こして靴を履きなおす。疲れが全身に色濃く出ていた。
「お前どうしたん、よれよれやん」
「なんでもない。少し忙しいだけさ」
スチュワートはそう言って力なく笑うが、明らかに顔色が悪い。
「たまには休んだほうがええぞ。目の下に隈ができてるで」
「ああ、これか。ここのところ疲れすぎて寝つきが悪いんだ。時間がなくてマーティンにも会えないしな」
「お前はちゃらちゃらしてるくせにワーカホリックやからな」
「うるさい、ちゃらちゃらは余計だ」
「ほら、これ飲み」
ダニーはバナナミルクのカップを差し出した。スチュワートは受け取ったジュースを一口啜る。
「マーティンは元気か?」
「あいつはいつでも元気やから心配いらん」
「そうか」
「それよりお前や。ほんまにしんどそうやで。熱あるんか?」
「ないよ」
「ええからじっとしとけ」
ダニーはおでこに手を当てた。汗ばんでいるのにひんやりとした額は熱があるより具合が悪い気がする。
手ではよくわからなくて自分のおでこをくっつけた。
おでこをくっつけたまま考え込むダニーの目を覗き込んだまま、スチュワートがふっと笑った。
「何や?」
「いや、その、えらく真剣だからさ」
スチュワートはまた小さく笑った。ダニーもつられて微笑む。
「テイラー・・・キス、しようか?」
「え?」
「キスしよう」
二人は唇を合わせた。静かに、自然に。目を見つめあったまま、唇に軽く触れるだけのキスをして離れる。
身の置きどころがなくなったダニーはそそくさと立ち上がった。
「じゃあ、オレは支局に戻るから。えーと、ゆっくり休めよ」
雨はまだ降り続いている。ダニーは薄暗い空を見上げて走り出した。
ダニーはまた小鳥のさえずりで目を覚ました。
隣りのマーティンはぐっすり眠っている。
白い胸にくっきりと残っている赤紫のキスマークが、昨日の情事を思い出させた。
そっとベッドを抜け出して、床に落ちているパジャマを身に着け、キッチンに入り、
昨日の残りのホワイトロールをちぎって、ベランダに撒いた。
まだ5時だ。ダニーはもう一度ベッドに入り、マーティンの隣りに体を横たえた。
くるりときれいにカールしている長いまつげが女性のようだ。
ダニーはマーティンの前髪をちょっとだけ持ち上げて、額にキスをすると、また目を閉じた。
次にダニーが目を覚ますと、隣りにマーティンがいなかった。
ダニーは急いでシャワーと歯磨きを済ませ、リビングに行った。
キッチンから、がさごそ音がしている。
「ボン、おはよー、お前、何やってんの?」
見ると粉まみれになったマーティンが情けなさそうに立っていた。
「パンケーキ焼こうと思ってたんだけど・・・」
「だけど?」
「なんだか粉と水の分量間違えたみたい」
ダニーはボールを見てつぶやいた。
「水が多すぎや。これならクレープになるで」
「大丈夫?」
「昨日の残りのサラダとチーズとハムがあるから、朝ごはん作ろうや」
ダニーが優しく言うと、ふぅーっとマーティンが息を吐いた。
ダニーがキッチンでバトンタッチし、朝食の用意を始めた。
要はトルティーヤの要領でクレープを焼けばいいのだ。
後は勝手に具を入れて、ラップサンドにすればよい。
ダニーはどんどんクレープを焼いて、皿に重ねた。
マーティンがマグに入れたコーヒーを持ってきた。
「お、サンキュ」
「あ、美味しそうだ」
「もうちょっとやで」
出来上がり、二人は、野菜やマッシュルーム、チーズ、ハムのラップサンドを食べた。
「ダニー、ありがと」
「ええって」
二人はその後、散歩がてらコロンバス・サークルのタイム・ワーナー・センターに出かけた。
ファッション・ブティックはどこもすでに夏の装いだ。
「季節が早いね」
「ほんまやな」
ダニーはヒューゴ・ボスのショーウインドウに飾られているジョージの特大ポスターに驚いた。
幸いマーティンは気が付いておらず、アイスクリームショップを覗いている。
「ボン、食いたい?」
「でもちょっと恥ずかしいね」
「二人でならええやろ」
ダニーはマンゴタンゴ、マーティンはトリプルチョコレートパッションを選んだ。
ベンチに腰掛けて、アイスクリームを食べていると、向こうからボスとサマンサがやって来るのが見えた。
「やばい、ボン、隠れろ」
「え、何?」
後ろ向きのベンチに移って、二人が通り過ぎるのを待った。
「うまくいってるんだね、あの二人」
マーティンがつぶやくように言った。
「その方がチームの結束も固くなるしな」
二人はアイスを食べ終え、地下のホールフーズマートに降りて、マーティンの日用品の買い物をした。
マーティンも先般の健康診断で少しは懲りたのか、「リーン・キュジーン」というシリーズの冷凍食品を選んでいる。
低カロリーのTVディナーだ。
女優がこれで何ポンド落としたと大々的にCMしている商品だった。
「ほんまは自炊がええねんけどな」
「仕方ないじゃん、作れないんだもん」
「そやなー。今日も俺が作るから、心配するな」
「え、今日は昨日のお礼で外食しようと思ってた」
「そうか?じゃそうしよか?」
二人はカートをキャシャーまで押しながら、何を食べるか話し合った。
「じゃ、お前の探したローファットの店に行くか」
「やった!」
二人は一度、マーティンのアパートに荷物を置きに戻り、徒歩で出かけた。
マーティンのアパートからそう遠くない79丁目に店はあった。
「キャンドル79」という名前だ。
中に入るとさすがに日曜日の夜とあってこの近辺の富裕層が集まっている感じだ。
二人は中央のテーブルに通された。
前菜に枝豆と野菜のトルティーヤ、アボカドとセイタン(お麩)のサラダ、
ダニーはメインにポテトと黒豆とトマトのキャセロール、マーティンはズッキーニとリコッタチーズのラザニアを選んだ。
有機栽培の白ワインをもらう。
ダニーは念のため、バジルのフォカッチャも2個頼んだ。
「お前もこんな店調べてたんや」
「うん、毎日ジャクソン・ホールってわけじゃないんだよ」
マーティンはちょっと偉そうに答えた。
「反動でピザ食うなよ」
「わかったよ」
二人は前菜が来たので、食べ始めた。
ダニーが家に戻ると、留守電が点滅していた。すぐにボタンを押す。
「僕です。今日は外食かな?ダニーの好きそうなワインがあったから、自宅宛に送りました。
キスラー・ヴィンヤーズってとこから。ごめんね、ケース買いしちゃったから、24本届きます」
ダニーはすぐさまジョージの携帯に電話をかけた。
「ダニー、おかえりなさい」
「おう、ただいま」
「何、食べたの?」
「今日はベジタリアンやった」
「へぇー、僕の影響?」
ジョージがくすくす笑う声が聞こえる。
「そんなとこや。それよりお前、ワイン、ケース買いしたの?」
「うん、素晴らしいワイナリーなんだよ。だから楽しんで」
「俺んとこそんなん入れられるワインセラーないで」
「あ、それも手配した。だから、キッチンでもリビングでも置いてね」
「俺を甘やかすと後が恐いぞ」
「ふふふ、どんなプレイでもOKだよ。早く会いたいな」
「俺もや、火曜日は何時に帰る?」
「多分夜遅い、だから水曜日に会いたい」
「そやね、そうしよ」
「じゃあね、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
明日の朝、大家に荷物のことを言わなくては。
ダニーはそう思いながら、バスタブに湯を張りにバスルームに入った。
月曜日の朝、ダニーは早めに起きて大家に荷物を預かってもらう旨伝えた。
ここの大家は、とても気のいいポーランド系の老夫婦だ。
ダニーの職業の事もあり、長く住んでいる居住者でもあるから、多少のわがままを聞いてもらっている。
久しぶりに出勤前スターバックスに寄りこんでサンドウィッチとアイスラテを頼んだ。
スタバのメニューも夏版に変わったな。
ダニーはそんなところにも季節を感じていた。
水曜日になった。早速ダニーの携帯が震えた。
ダニーはオフィスの外の廊下に出て話し始めた。
「おかえり」
「ただいまです。ねぇ、今晩、ニックとパーシャも一緒のディナーって言ったら怒る?」
「でも、もう決まってんのやろ?」
「ばれたか・・じゃあ場所と時間はメールするね」
「よっしゃ」
メールで来た情報は50番街西の「バン」という韓国料理の店だった。
ダニーは定時で仕事を終えて、地下鉄で50番街まで上った。
「バン」に入ると、そこはゴールドと黒のデコがモダンな雰囲気だった。
ダニーが一番最後で、3人はテーブルについていた。
「ごめんごめん、遅うなった」
「ダニー、聞いてよ、もう二人に当てられっぱなしなんだ」
ジョージが笑いながら言った。
「ホロウェイ、何かまたやらかしたのか?」
「そんなわけないだろ!俺とパーシャがさ、「ジ・アドヴォケイツ」の最も美しいカップル10組に選ばれたんだ。」
パーシャもにこにこしている。
「「ジ・アドヴォケイツ」って何?」
ダニーがジョージに尋ねると「すごく硬派のゲイ・マガジン」との答えだ。
「へえ、よかったやん」
「なんだ、それだけかよ、泣いて喜んでくれないのか?」
ニックがゲラゲラ笑った。
一緒になって喜んでいるジョージを見て、本当はジョージもカップルとしてカミングアウトしたいのではないかと考え、
ダニーは複雑な気持ちになった。
その晩、ダニーはジョージのコンドに泊まった。
いつもは整然としているリビングが、書物や書類で散らかり放題だ。
「なんや、珍しいな」
「うん、ワイン・カントリーの取材のまとめやってたから」
「お前、原稿も書くの?」ダニーは驚いた。
「うん、ライターさん、いるけど、自分の言葉でしゃべりたくて、申し出たんだ」
「お前、ほんとに偉いな」
「それほどでもないよ、ダニーに言われると照れちゃうな」
ジョージは恥ずかしそうな笑顔を見せた。
資料をまとめて書斎に持っていくジョージを見ながら、ダニーはウォーキング・クローゼットでパジャマに着替えた。
「ん?今日はバスに入らなきゃダメだよ。コリアンBBQの匂いがダニーの髪の毛についてるもん」
「部屋着のつもりやったんやけど」
「あ、ごめんなさい。僕、バスタブにお湯入れてくるね」
ダニーはジョージの大きな体の上に身を横たえた。
ジョージのペニスがむくむく力を増しているのがわかる。
「なぁ、今日はお前に入れて欲しい」
「いいの、ダニー?」
「ああ」
「じゃ、早く体洗って出ようよ!」
二人はバスローブを羽織ってベッドに潜り込んだ。
ブランケットの下で、お互いのバスローブを脱がせあう。
ジョージがダニーのわき腹にある傷を舌で舐めた。
それだけで、官能的な刺激がぞぞぞっと上がってくる。
ジョージは移動して、半立ちのダニーのペニスを口に入れた。
マーティンもそうだが、ジョージの舌技も絶妙だ。
ダニーは半分白くなった頭で、ゲイの男はみんなフェラチオが上手なのかと思った。
そのうちジョージが本気でダニーをイカセようとスピードを速めた。
喉の中まで吸い込まれそうな様子にダニーが音を上げた。
「もう、あかん、出る・・」
ジョージは、ダニーの顔を上目使いで見て、さらにスピードを速くした。
ダニーはああぁと唸ってジョージの口の中に果てた。
ジョージはダニーの精液を手に吐き出し、ヘビ印のローションと混ぜて、ダニーの中に塗りこんだ。
ジョージのペニスはこれまでにない位巨大に膨張していた。
「ダニー、入れるよ」
「ん」ダニーは強烈な刺激を局部に感じた。
ずぶずぶと入ってくるジョージのペニスは容赦ない。
下腹部から内臓が持ち上げられているような気持ちだ。
ジョージは腰をグラインドさせたり、浅く深くを繰り返し、やがて前後する動作を速めた。
「あぁん、僕、イク」
ダニーの上に覆いかぶさり、ジョージがブルブルと震えた。
自然と二人はキスを交わした。
ジョージの口内はダニーの精液の味がした。
「さ、シャワーしよう」
ダニーはジョージに手をとられ、バスルームに向かった。
朝、ダニーは体を揺り動かされて目を覚ました。
「もう時間か?」
「うん。そろそろね、ダニーおはよう」
「おはよう、ジョージ」
ダニーがシャワーする間に、ジョージはダニーのワードローブを揃え、コーヒーを用意していた。
「いつもありがとな」
「今日は、僕のパンじゃないけど、ツナと野菜のベーグルサンドでいい?」
「ああ、もちろんや」
ダニーは、アルマーニを身にまとい、コーヒーを飲んだ。
「それじゃ、行ってくる」
ジップロックに入ったベーグルを紙袋に入れて、ダニーは出勤した。
スターバックスで列に並んでいると、肩をポンと叩かれた。
サマンサだった。
「おう、サム、おはよう。週末どやった?」
ダニーはずっと気になっていた事を尋ねた。
「もう、それがね、大成功だったのよ!料理が上手いって褒められちゃった!!」
こころなしか頬が紅潮している。
「よかったやん!」
「コーチのおかげ。本当にありがとう」
「また飯のおごりつきなら、いつでも行くで」
「ありがと!またわけ分からなくなったら、教えてもらう。じゃあお先にね!」
サムははずむように、フェデラルプラザに向かって歩いていった。
人が幸せなのを見ていると、自分までその気持ちに感化される気になる。
荒れた青年時代まで、人の幸せを妬み、憎いと思ってきたダニーにとって、その変化は全く考えもしなかったことだ。
ダニーはアイスラテのベンティサイズを持って、オフィスに出勤した。
「おはよう、ダニー」
マーティンがダニーに気が付いて挨拶した。
まずいな、今日は1個しかサンドウィッチがない。
ダニーは仕方なく、ジップロックごとマーティンのデスクの上に置いた。
「朝飯まだやったら、どうぞ」
「あ、ありがとう、実は期待してたんだ」
マーティンは、すぐに中身を取り出してぱくついた。
「あれ、ダニーは?」
「俺は家で済ましてきたからええねん」
「え、余分に作ってくれたんだ!」
マーティンが嬉しそうな顔で済まながっている。
ダニーは、マーティンにもジョージにも申し訳ない気持ちになった。
「ちょっと外の空気吸ってくるわ」
スターバックスのカップを持って、ダニーはベランダに出た。
フェデラルプラザは42階建ての高層ビルだが、他の連邦機関も沢山入居している。
FBIはその中でどの位置にあるのか分からないが、オフィスは残念ながら、
中層階にあり、眺めがあまりよくない。
見えるのは隣りの高層ビルばかりだ。
ダニーは時々、マイアミ・デイト署が懐かしくなる。
あそこでは空が広かった。
ぼんやりしていると、ヴィヴィアンに呼ばれた。
「ダニー、ミーティングだって」
「了解っす」
オフィスに入ると、全員がミーティングテーブルに座っていた。
「すんません」
ダニーは謝って席についた。
「今日、テキサス州のカーク・ワトソン上院議員のお嬢さんが、NYに来られる」
ボスはよどみなく話している。
「・・ということで、マーティンとダニー、護衛についてくれ。以上だ」
「え、何で俺たちなんすか?シークレット・サービスは?」
「お嬢さんとシークレット・サービスは、その・・あまり良好な関係ではないそうだ」
「だからって何で僕とダニーなんですか?」
「お嬢さんがまずFBIと指名され、局員リストを渡したら、お前たちが選ばれた。もう面倒くさいから質問するな。
空港に迎えに行く時間だ。ラガーディアだからな、間違えるな」
ダニーとマーティンはぶつくさいいながら出て行った。
その姿にヴィヴィアンとサマンサが大笑いしているのが聞こえた。
地下の駐車場から仕方なく二人は一番大型のセダンを出した。
「ねぇ、カーク・ワトソンって巨万の富を築いた弁護士でしょ?」
「そう聞いてる」
「すごーいわがまま娘だったら、僕、仕事放棄したいよ」
「だめや、お前と俺は一蓮托生や」
「でも、女の扱いなんて分からないもん」
「まだほんの子供やろ、どうにでもなるわ」
サマンサから電話だ。便名とコンコース番号を知らせてきた。
ダニーは政府関係者用の駐車スペースに車を止め、二人で空港ビルに入った。
ゲート番号を確認していると、サマンサから娘の写真が届いた。
ダニーにマーティンが見せる。
「ほんの子供じゃないわ、やっかいなことになりそうや」
携帯の画面には綺麗にメイクアップしたブロンドの美しいティーンエイジャーが映し出されていた。
ダニーは風呂から出てTVをつけたものの、見たいものがなくてすぐに消した。
マーティンは今頃ボスと全米オープンの録画を見ているだろう。
ランチの時もミケルソンがどうのこうのと言っていた。魅せるゴルフをするとか、いくら練習しても真似ができないとか。
ダニーもスポーツ観戦は好きだが、ゴルフ中継だけは苦手だ。
どうしても退屈で途中で寝てしまう。
まだ寝るには早かったが他にすることもなくベッドルームに引き上げた。
目を閉じると夕方のキスを思い出した。
ほんの数秒、それも軽く交わしただけのキスなのに頭の中から追い出せない。
あいつはもう寝たやろか・・・
バカバカしいぐらい逡巡した後で寝転んだまま電話をかける。
「はい」
電話の向こうからいつもより低い声が聞こえた。
「あ、オレ。どうしてるかなと思って」
「心配ないって言ったろ。病気だったら自分でわかるさ」
「それやったらいいんや」
「そっちこそどうなんだよ。逃げるみたいに雨の中飛び出して風邪でも引いたんじゃないのか」
からかうように言われて、ダニーは思わず苦笑した。
「逃げたんとちゃう、戻る時間になっただけや。オレは支局でシャワー浴びたからセーフやと思う」
「そういうことにしといてやろう。まあいい、いつでも診てやるよ」
話すうちになぜか会いたくなって、ダニーは不意に黙り込んだ。
「テイラー?」
「・・・・・・・・・」
「おい、急にどうした?」
不思議そうに訊かれて、正直に会いたいと言った。
口に出した途端、言うべきじゃなかった思うと同時に頬がほてるのを感じる。
ほんのしばらく間があいてから着替えを忘れるなと言われた。
「了解」
ダニーは常時用意してある着替え一式の詰まった出張用バッグをクローゼットから取り出して部屋を出た。
「早かったな」
「おう」
予想していたほどの気まずさはなく、ダニーはバッグをリビングに置いてソファに座った。
テーブルの上には食べ残しのチャイニーズカートンに混じって書類や本やノートが散乱している。
「あっ、あほ!お前はまた仕事して!今日はすんなって言うたやろ」
「わかったよ、今日は店じまいだ」
スチュワートはくすくす笑いながら本を閉じた。
「歯磨いたん?」
「ああ」
「よし、寝るで」
ダニーはスチュワートを強引にベッドに押し込んでブランケットをかけた。
「このまま犯されそうだな」
「犯すか!」
ダニーはどさくさに紛れて手をつなぎ、おやすみを言って灯りを消した。
ぐっすり眠っていたダニーだったが、隣で何度も寝返りを打つ気配に目が覚めた。
ぼんやり目を開けるとスチュワートが枕を裏返しているのが見えた。もう二時を過ぎている。
「寝れんの?」
「ごめん、起こしちゃったな。なんか目覚まし時計の光が気になって・・・」
「こんなわずかな光、関係ないやろ」
「いや、だめだ」
スチュワートは本を立てかけてを光を遮った。
「毎晩こんな調子さ。寝たいのになかなか眠れない」
苛立ちを抑えきれない様子でスチュワートは枕を殴りつけた。
「わかったわかった、こっち来い」
ダニーは腕をぐいっと引っ張った。抱き寄せて静かに背中を撫でる。
「何するんだよ」
「しー、よしよしってしてんねん。ええから目閉じとき」
何か言いかけようとするのをキスで塞ぐ。唇を重ねたまま抱き合ううちに規則正しい寝息が聞こえてきた。
ゲートで待っていると、真っ先に現れたのがジェシカ・ワトソンだった。
二人が気が付くより先に彼女が見つけて、走り寄ってきた。
「うわー、本当に選んだ二人が来てる!」
「では自己紹介を・・」
「大丈夫、ファイルは読んだから。あなたはマーティン・フィッツジェラルド。お父様はFBIの副長官。
公認会計士からFBIに入局。シアトルからNYに来たのよね。そしてあなたはダニー・テイラー。
マイアミ市警から推薦でFBIに入局、以来ずっとNYでお勤めなんでしょ?」
「よく覚えられましたね」
「私、バカじゃないわよ」
知らないうちに後ろにダークスーツの大男が二人並んだ。
「あ、気にしないで。ついてくるなってお願いしたのに、来ちゃった。私の担当のシークレット・サービス」
「ここでは人目に付きますから、早くバゲッジクレームに行きましょう」
マーティンがジェシカを促した。
「これ、私の荷物札。お願いね」
ダニーは荷物札を渡された。ジェシカは早速マーティンの腕に腕をからませていた。
ダニーはバゲッジクレームの最前列で荷物を待った。
大きなルイヴィトンのスーツケースが2つやってくる。
「もしかして、あれっすか?」
「そうそう、いやん、早く持ち上げてよ!」
ダニーはよろめきながらスーツケースをピックアップした。
マーティンがカートを持ってくる。
「それでは、駐車場に参りましょう」
「あ、シークレットサービスの方、大人5人は無理なので、別の車探してください」
ダニーは済まなそうに答えて、ジェシカを連れて地下の駐車場に降りた。
「まずはホテルにチェックインでしょう?」
「ねぇ、私のファッション、ダサい、マーティン?」
「は?」
「正直に答えて。この2日間は、ニューヨーカーになりたいの、テキサスの芋娘だって思われたくない」
ぷいっとふくれた彼女は、こざっぱりとしたリネンの半そでセーターにサブリナパンツを履いていた。
年齢相応だと思うが、この年頃の女性のファッションは、ダニーも、もちろんマーティンも分かるはずがない。
「そういうことなら専門家をご紹介しますよ」
「ありがとー、あ、ダニーって呼んでいい?」
「いいですよ」
「マーティンもいいでしょ?」
「どうぞ」
4時間の飛行時間だったのに、元気いっぱいで、マンハッタンまでの間、ジェシカは話に話した。
「ミス・ワトソン、お父様のご予約ではセント・レジスにお泊りですよね」
「あんな、じじむさいホテルは嫌!だからネットで予約しちゃった」
二人は顔を見合わせた。
「ソーホー・グランド・ホテルにしたの。だってオシャレなんですもん。
オースチンには、ブティックホテルなんて名ばかりのばっかり。本物に泊まりたいの!」
マーティンは宿泊地変更をメールでサマンサに伝えた。
マンハッタンに向う橋にさしかかり、目の前に聳え立つ高層ビル群にジェシカは狂喜した。
「きゃー、映画みたい!」
車はホテルに着いた。
ベルボーイに荷物をお願いし、「じゃあ、こちらでお待ちしていますから」と二人はロビーのソファーに座ろうとすると
「ダメダメ!部屋の安全確認してちょうだい!」とのこと。
まだシークレットサービスは到着しない。
二人はしぶしぶジェシカの部屋まで一緒に行った。
部屋は角部屋のキングルームだった。
ダニーたちは一応拳銃を出し、「クリア」「クリア」と中を点検した。
「それじゃ、私シャワーするから、1時間後に迎えに来て」
ドアがバタンと閉められた。
「なんで1時間もかかるの?」
マーティンが真顔で尋ねた。
「そりゃ、シャワーして、メイクしてたらそうなるわな」
「女ってわずらわしいね」
1時間してドアをノックすると、ジェシカは、今度はタンクトップで現れた。
「肌を見せすぎでは?」
「いいじゃない、暑いし、ねぇ、ダニー、早く、ファッションの専門家に会わせてよ」
ダニーはバーニーズに電話を入れていた。
ジョージと話がつき、女性専用のコンシェルジュが相手をすることになった。
ダニーが目覚めたのは9時過ぎだった。
遅刻やと思って飛び起きたが、今日は休みだったことを思い出してまたベッドに寝転ぶ。
スチュワートは静かに眠っていた。
ダニーが体に触れても起きそうにないぐらい熟睡している。
2時半に寝たのだから無理もないなと思いながら、ブランケットを掛け直してベッドから出た。
冷蔵庫の中は飲み物と氷とハーゲンダッツしか入ってなかった。マーティンの冷蔵庫よりひどい。
買物に行くことにして、アクアパンナを一瓶飲み干した。
戻って料理をしているとスチュワートが起きてきた。
「おはよう、テイラー。久しぶりによく眠れたみたいだ」
「よかったな。そや、これは大好きなスチューママからお前にって」
ダニーはもったいつけながら紙袋をカウンターに置いた。
「え、母さんが来たのか?」
「まあ食べてみ」
スチュワートはコーンミールビスケットをかじって首をかしげた。
「どうしたん?」
「いや、うちの味じゃないみたいだ・・・」
ダニーはまじまじとビスケットを眺める様子にこらえきれなくて笑い出した。
「なんだよ」
「ほんまはな、それチェルシーマーケットで買ったんや。お前んちのと雰囲気が似てるやろ。でも、ようわかったな。マザコンはちゃうわー」
「30年以上も食べてるんだからわかるに決まってるだろ、バカ」
スチュワートがダニーを羽交い締めにしてふざけてあっているとオーブンがピーピー鳴った。
「ちょっと待て、タイムやタイム」
ダニーはオーブンから下焼きが完了したチキンを取り出した。キッチンにスパイスの香りがふわっと広がる。
「お前、丸鶏なんか買ってきてどうするんだ」
「缶ビールチキン作ってるんや。チキンのケツに缶ビール突っ込んで焼くだけやから簡単やねん」
「いやらしいな。鶏にもアナル責めかよ」
「あほ、これはそういう料理や。文句あるんやったら食べんでよし」
ダニーは缶ビールに被せるようにチキンを載せて、数種類の根菜と一緒にもう一度オーブンに入れた。
「このまま90分焼いたら完成や」
あとはほっといてもオーブンがやってくれる。ダニーはさっさと手を洗って皿を出した。
「トロイ、続きしよう」
「続き?」
「うん、続き」
ダニーはスチュワートを羽交い締めにして首筋にいきなり噛みついた。
「痛てっ!続きからならお前がこっちだろ」
ダニーの手はするっと解かれてまた立場が逆転してしまう。
いつのまにか荒っぽい前戯のようになっていた。
どちらともなく乱暴に口づけて舌を絡め、剥ぎ取るように服を脱いで抱き合う。
ベッドに移動した後も、欲望のままに体を貪りあった。
ダニーは舌で背中を愛撫されながらアナルの内壁を擦られて背中を仰け反らせた。
「んぅっ!そ、そこ、やばい・・・」
「知ってる。ここだろ?」
スチュワートの冷たい指がダニーの反応を見ながら容赦なく弄ぶ。
「はうっ!くぁ・・・ぅぅっ!」
「そんなに悶えるなよ。物欲しそうにされたらオレが我慢できなくなるだろ」
ダニーの体は抗う間もなく仰向けにされ、静かにペニスが入ってきた。
キスをしながらゆっくり動かれてダニーの息が上がる。
目を見つめあったまま腰を揺らされると、どうしようもないぐらい感じてしまって声を抑えきれない。
「んうっ!あぁっ!」
ダニーは我慢できず射精してしまった。アナルがひくひくしているのが自分でもわかる。
「ううっ!だめだっ、オレもイキそう・・・イクっ!」
数回突き上げてさらにひときわ大きく動いてスチュワートが覆いかぶさってきた。荒い呼吸をしながらキスをして横に寝転ぶ。
呼吸が落ち着いて平静を取り戻した二人は、顔を見合わせて苦笑いした。
ダニーとマーティンは、バーニーズでの膨大な買い物袋に悲鳴をあげそうになった。
「ホテルまで届けておいてくれへん?夜6時でええわ」
「かしこまりました」
ジェシカは新しく買い揃えたデザイナー「ロビン」の上下に着替えていた。
黒のショートボレロにピンクのカットソー、ボレロとおそろいの生地のミニスカートだ。
「かわいいな」
ダニーが思わずつぶやくと、「マーティンはどう思う?」とジェシカが尋ねた。
「はい、お似合いだと思います」
「いやん、マーティンって固すぎ!もっとくだけて!リラーックス!」
ダニーは話題を変えて、「今度はどこに行きます?」とジェシカに尋ねた。
「もちろん五番街!」
「了解」
ダークスーツの4人を従えて歩くジェシカはかなり目立つが、五番街では、それを気にかける者がいない。
いるとすれば日本人観光客くらいだろう。
エルメス、コーチ、プラダ、シャネル、カルバン・クラインと中に入れば出るを繰り返した。
「そろそろ休憩しませんか?」
マーティンが音を上げてジェシカに頼んだ。
「じゃあ、マーティンのおごりで」
「もう何でもいいですから」
3人プラス2人はロックフェラー・センターの金の銅像近くのカフェに入った。
「私、ビールね」
「ミス・ワトソン、あなたは未成年ですからダメです」
「もう!じゃあ、ダイエットコーク、それにジェシカって呼んでくれなきゃ嫌」
そろそろランチの時間だ。ダニーは朝飯抜きなので倒れそうに腹が減っている。
「ジェシカ、このへんでランチにしませんか?」
「あ、私ね、屋台のホットドッグが食べたい」
「は?」
「だって、名物でしょ?食べたい!」
ダニーとマーティンは考えて、「パパイヤ・キング」に連れて行くことにした。
立って食べるには、自分たちが疲れてきている。
革靴の中の足がパンパンだ。
店に入り、ジェシカはソーセージにザワークラウトとオニオンにマスタードが乗っている「ホームラン」、
ダニーとマーティンは「スパイシービーフ」にチリとチーズをトッピングしてもらった。
シークレット・サービスの二人も暑そうに汗をぬぐいながら、注文している。
「ジェシカ、なんでシークレット・サービスが嫌いなので?」
ダニーがさりげなく話しかけた。
「なんか悲壮感あるでしょ。ほら、クリント・イーストウッドの映画みたいな感じ」
「「ザ・シークレットサービス」?」
「それとか、テレビの「ザ・ウェスト・ウィング」のマーク・ハーモンとか」
ダニーが思わずくすっと笑った。
「あれは全部フィクションですよ。そんなにいちいち銃撃戦があったら、
シークレット・サービスがおらなくなる」
「ま、とにかく気に入らないの。ねぇ、今日のディナー、二人のお勧めのオシャレなレストランに連れてって。
ちゃんとドレスアップするからぁ」
二人は顔を見合わせた。
「トライベッカかソーホーかノリータかな?」
マーティンがダニー問いかける。
「うん、そんな感じやろな、ジェシカ、好き嫌いありますか?」
「全然なし。何でもOK。でも太りたくなーい」
ダニーは、ふと思い立った。
「なぁ、あそこどやろ?トンプソンホテルのタイ料理」
「僕、行ったことない気がする」
ダニーはまずいっと思ったが「ええ評判聞いてるで、ジェシカ、タイ料理は?」と切り替えした。
「タイ料理?食べたことなーい」
「じゃあ決まりや」
ダニーが携帯でテーブル3名と2名を別々に予約した。
「じゃ、一旦ホテルに戻ろ。買い物の荷物も届くはずやし」
3人はタクシーに乗って、ホテルに戻った。
ジェシカが着替えに時間をかけている。
「お待たせ!どう?」
出て来たジェシカに二人はびっくりした。
バーニーズのオリジナル・ワンピースだが、鮮やかな色使いとフラワープリントが今の季節の装いにぴったりだ。
年も16歳には見えない。
シークレットサービスの2人も見ほれていた。
「キッチャイ」では、3人ともプリ・フィクスのメニューを選んだ。
ダニーとマーティンもミネラルウォーターで我慢する。
ジェシカは、「辛い」とか「酸っぱい」とか騒ぎながら、エビの生春巻きも、
パパイヤのサラダも、チキンのグリーンカレーもデザートのマンゴーともち米のココナツミルクかけも美味しそうにすべて食べた。
その後、色々なセレクトショップに寄りこみ、ショッピングを続けながら、徒歩でホテルに戻る。
「それじゃ、明日は10時に迎えにきてね、じゃあね!」
荷物持ちをやらされ、ドアのところでジェシカと別れた二人は、ふぅーっと長いため息をついた。
「一杯やりに行こか」
「賛成!」
「一杯どうですか?」
ダニーはシークレットサービスに話しかけた。
2人とも「せっかくですが」と首を横にふり、ひとりは部屋のまん前の椅子に座り、
もうひとりは隣りの部屋に入った。
ダニーとマーティンしかたなく、2人でホテルのバー・ラウンジに降りた。
ジェシカがオースチンに戻る日が来た。
ダニーとマーティンは心底くたびれ果てていた。
ラガーディア空港に送る途中も、ジェシカはしゃべりにしゃべった。
「今度は、クラブに行きたいんだけど」
「21歳になったらお連れしますよ」ダニーが軽口で返事した。
「マーティン、クラブに行きたいの」
「だめです」
マーティンも軽く流した。
空港に車が着き、出発レベルでマーティンとジェシカが降りた。
ポーターを呼び、ルイヴィトンのトランク3個を運んでもらう。
結局、買い物が入りきらず、ジェシカはスーツケースを買い足していた。
それも、特注品のため、ショーウィンドウに展示してある商品を頼みに頼んで譲ってもらったのだ。
ダニーが車を停めて、2人に追いついた。
便名でチェックインカウンターを確認する。
ダニーたちはFBIのIDで中に入り、ジェシカがチェックインを済ませるのを待った。
その後、ゲートの待合室まで見送る。
「それじゃ、俺たちはここで」
「えー、帰っちゃうの?」
「後は本職にお任せします」
マーティンも諭すように告げた。
ダークスーツの2人に挨拶をする。
「わかりましたでしょう?私たちの苦労が」
一人が小声でダニーにささやいた。
「もう、2日で十分です。我々は失踪者捜査班に戻ります」
4人は握手した。連邦政府に勤める者同士の暗黙の絆がそこにはあった。
ラガーディア空港から出る時にマーティンはボスに電話を入れた。
「もう夕方だ。今日はオフィスに帰らなくてもいいぞ。わがまま娘の子守ご苦労だった」
「はい、じゃあまた明日」
電話を切ったマーティンにダニーが尋ねた。
「え、オフィスに帰らなくてもええの?まだ少し早いのにな」
「ボスなりにねぎらってくれたんじゃないかな」
「そか、じゃ、とりあえずマンハッタンに戻ろうや」
「賛成、早くもどりたいよ」
運転するダニーにマーティンがおずおず尋ねた。
「ねぇ、僕、ジェシカからこれもらったんだけど・・・」
「ん?何や」
「ホテルの便箋で、住所とか携帯番号とか、メッセージとか」
「何やて?やっぱりお前がお気に入りやったんや!」
「僕は困るよ・・・」
「仕方ないやん、あっちの想いやもん。電話したらどや?」
「ちゃかさないでよ!これって取っておくべき?」
「記念にすれば?」
マーティンは丁寧にたたんで、ジャケットのポケットに入れた。
マンハッタンが近付いてきた。
「さて、今日は何食う?」
「おとといがタイで、昨日がリヴァー・カフェでシーフードでしょ。チャイニーズは?」
「ええな、じゃ店決めてくれ」
マーティンはやおら携帯を取り出して検索し始めた。
「ね、ゴールデン・ユニコーンはどう?」
「お、久しぶりやん、じゃ、支局に車返して出かけるか」
「賛成」
二人がチャイナタウンの奥にあるレストランにたどり着くと、並ぶ列にボスとサマンサがいた。
「あっ!」二組は同時に気が付いた。
ボスが店のマネージャーに交渉している。
「ダニー、マーティン、こっちに来い」
「はい」
二人は列の前に割り込んだ。
「4人テーブルならすぐ入れるんだ。いいだろ?」
「喜んで」
ダニーは調子のいい返事をして、ボスたちと一緒にすぐテーブルに通された。
サマンサは少しもじもじしている。
ボスはチンタオビールを4本頼み、眼鏡を取り出すと、早速メニューを読み始めた。
結局、点心5種類に、鴨のロースト、蒸しエビ、中華野菜のソテー、海鮮焼きそばと鶏のチャーハンだ。
メタボ半分といったところか。
さすがに今日はトーフを頼む気がなさそうなボスだった。
「お嬢様はご機嫌で帰ったか?」
ボスが尋ねた。
「それはもう!マーティンがラブレターを渡されました」
「ほう?見せてみろ」
ボスが言うのでしぶしぶマーティンは四つ折の便箋を出した。
「私は、NYで理想の男性を見つけました。フィッツジェラルド捜査官です。
あと2年たったら、オースチンに迎えに来てくれますか?・・・マーティン、逆玉だぞ。
親父さんは億万長者で上院議員だ」
「や、ぼ、ぼくは・・」
言いよどむマーティンにダニーが助け舟を出した。
「テキサスが嫌いらしいっすよ、ボンは」
「ははは、そりゃ、ここともDCとも違うからなぁ。残念だ」
サマンサもゲラゲラ笑っている。
食事が終わり、何となくボスとサマンサ、ダニーとマーティンに別れた。
「それでは、これから地下鉄の駅に行きますんで」
「じゃあ、また明日」
「うむ」
「またね!」
サマンサがにこにこしている。
二人でバーにでも行くのだろう。
ダニーとマーティンは近くの地下鉄の駅に向かって歩き出した。
やっと週末がやってきた。
今週はテキサスのわがまま娘のおかげで、散々だった。
あれを毎日やれといわれたら、代わりにダニーはどんな危険な囮捜査でも受けるだろう。
昼過ぎまで眠りをむさぼる。すると枕元の携帯が鳴った。
「ふわい、テイラー・・・」
「ダニー、寝てたの?」
「マーティンか、今、何時や?」
「もう1時過ぎだよ。ねぇ、今日、家でご飯食べない?」
「ええけど、お前用意するんか?」
「違う、BBQグリルを買ったんだけど、よく分からないから、ダニーに教えてもらおうと思って」
「なるほどな、で食材はどないする?」
「コロンバス・サークルのホールフーズマートに二人で出かけて買うのは?」
「よっしゃ、何時に行けばいいい?」
「うーんと4時頃、ホールフーズマートのカスタマーデスク前で待ってる」
「わかった。じゃ、汚れてもいい服で行くで」
「OK、じゃあね」
ダニーは、シャワーと歯磨きをすませて、ランチがてらグローサリーの買い物に出かけた。
タオさんのところのクリーニングも引き取らなければならない。
ダニーはアパートから出たり入ったりを繰り返しながら、やっと3時すぎにすべてを終えた。
どうせアルコールを飲むので、車には乗らず、電車でマンハッタンを目指した。
コロンバス・サークル駅で降り、タイム・ワーナー・センターの地下のマーケットに急いだ。
マーティンがカスタマー・デスクのまん前で待っていた。
「ごめんごめん!」
「僕こそ、急に言ってごめんね」
「さ、買い物しよ」
「うん!」
ミートセクションに行くと、ラムチョップが特売日だった。
すかさずよさそうなのをカートに入れる。
フィッシュ・セクションでは、ホタテ貝と生牡蠣が手に入った。
あとは野菜だ。タマネギ、なす、ジャガイモ、とうもろこしとしいたけをカートに放り込む。
マーティンがソーセージを持ってきた。
「これも焼く?」ダニーは一応確かめた。
「うん、ホットドッグバンズも、ほら」
マーティンの中にはイメージが出来上がっているらしい。
最後に炭を買って、2人は、スーパー袋を持ち、タクシ−でマーティンのアパートに向かった。
マーティンのマンションは高層で、セントラルパークに面している一等地だ。
隣りにビルがないのが、どんなにせいせいするか、おそらくマーティンには分からないだろう。
ジョンに挨拶し、二人は部屋に入った。
ダニーが早速新しいBBQグリルを点検する。
蓋つきで、煙も防げるし、蒸し焼きにも向いている。
「なかなかええやん」
「でしょ?」
ダニーはキッチンで早速下ごしらえを開始した。
マーティンが背中にぴたっと張り付いている。
「お前は背後霊か!邪魔や」
すごすご帰るマーティン。
ちょっと可愛そうになり、ダニーはマーティンを呼んだ。
「グリルの中に炭を入れておいてくれへんか?」
「わかった!」
下ごしらえを終えたのが5時半、まずまずだ。
マーティンがネットから探してきたハウ・ツー情報で、どうにか炭に火をつけていた。
ダニーは冷えたハイネケンのボトルをマーティンに渡した。
「あ、ありがとう」
「そろそろはじめよか?」
「うん」
ダニーがトングを使い、食材を次々に並べていく。
まず生牡蠣がはぜて、マーティンがびっくりしている。
ダニーはマーティンの皿に牡蠣を乗せた。
「レモン絞るとええで」
「うん、そうだね」
ダニーも焼きながら、途中で色々ぱくついている。
買ってきた食材を全部焼き終え、最後にマーティンが食べたがったホットドッグでBBQを終えた。
二人は、ベランダのデッキチェアーに腰を下ろした。
「ダニー、ありがと」
「もっと人数多いともっと色々食べれるで」
「そうだね、誰か呼ぼうかな」
マーティンは真剣な顔で考え始めた。
「でも・・」
「ん?」
「僕、ダニーと食べる2人のBBQが一番いいや」
そう言って、マーティンは照れ笑いをした。
「午前6時半です」
マーティンの目覚まし時計の女性の声がそう告げている。
ダニーは「うぅーん」と唸って、目を開けた。
マーティンはまだすやすや寝ている。
ダニーは先にシャワーと歯磨きと髭剃りを済ませ、マーティンを起こした。
「むにゃむにゃ・・」
「ボン、朝やで、起き!」
ダニーはマーティンのわき腹をくすぐった。
「ぐふっ!くすぐったいよ!」
「起きないからや、早く支度し」
マーティンはどうも朝が弱い。低血圧なのだろうか。
ダニーは、帰りがけに貧血に効くサプリメントでも買おうかと考えた。
アホやな、なんか夫婦みたいやん。
自分ににやっと笑い、ジュースの用意をした。
パンがないので、フェデラル・プラザ近くのダイナーで朝食だ。
2人は通勤客で満員の地下鉄6号線に乗り、キャナル・ストリート駅で降りた。
「そや、ボン、まだ時間早いから、チャイナタウンで飯食わへん?」
「え、こんな時間にやってるの?」
「おう、この前、クリスに教えてもろた」
ダニーに連れられて、マーティンは、朝早いチャイナタウンに足を踏み入れた。
「ここや」
「コンジー・ヴィレッジ?お粥専門店?」
2人がドアをあけると、中国人ばかりだ。
ちょっとした異次元を味わう。
すると奥から「おや、お二人さん!」という声。
見るとクリスだった。同じテーブルに座らせてもらう。
「お前たちもメタボ対策か?」
「いいや、俺らはセーフやった」
「俺、ひっかかったんだよ。だから毎朝ここで飯」
ダニーは野菜粥、マーティンはピータン粥を頼んだ。
一人前が$2.50だから激安価格だ。
「クリス、ミカさんの美味しい飯ばっかり食ってるからやろ?」
ダニーがからかうと、クリスははにかんだ。
「そうだ、ご両親とのディナーどうなったんですか?」
マーティンが尋ねた。
「俺、これでも「バカでもわかる日本語」買ってiPodに入れて練習してたんだぜ。
そしたら、ミカの親父さん、東京の有名な大学の英文学の教授だって。俺より英語が上手なくらいさ。
お母さんとはミカの通訳で話したよ」
「なんかうまくいった雰囲気やな」
「まぁなー、でも先は長そうだ。じゃ、俺、先に行くな」
クリスは5ドル札を置いて出て行った。
「よかったね」マーティンがにんまりした。
「あいつの日本語聞きたいな」ダニーも笑った。
店を出て、スターバックスでアイスラテを買い、オフィスに出勤した。
二人がデスクに着くと、サマンサが近寄ってきた。
「ねぇ、それ、コーヒー?一口飲ませて」
「ええけど?」
サマンサはダニーからカップを受け取るやいなや、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。
「どないしたん?」
「フロアのコーヒー・メーカーが壊れたの!まったく嫌になっちゃう」
「あれって誰が設置したんやったっけ?」
「みんなからお金集めて買ったじゃない、覚えてない?」
「へぇー、そうだったんだ」
マーティンがシアトルから異動して来る前の事だから、少なくとももう4年近く経っている。
「寿命やったんやな」
「ていうことで、1ドル頂戴」
「はぁん?」
「新しいの買うための募金よ。フロア中から集めてやる」
サマンサはこういう事になると燃える性質だ。
多分、午後には新しいコーヒー・メーカーを入手するだろう。
午後になり、サマンサが募金を数え始めた。
「200ドルあるから、いいやつが買えるわよね、ねぇ、ダニー、これからメーシーズ行ってくれない?」
「何で俺なん?」
「マーティンもボスも信用できないから。ダニーは味にうるさいでしょ?」
ダニーは仕方なく、200ドル入った封筒を胸にしまい、34丁目のメーシーズまで出かけた。
家電売り場に着くと、棚一杯にコーヒーメーカーが並んでいる。
ダニーは店員に正直に尋ねた。
「200ドルしか予算ないねんけど、どれがお勧めですか?」
店員は、「それなら、デロンギのこれです。本格エスプレッソ、なめらかカプチーノ、お好み濃さのドリップコーヒー。
どれにでも対応しますので」と黒いコーヒーメーカーを指さした。
「ありがとう、じゃ、これ一台」
「ありがとうございます」
ダニーは意気揚々とオフィスに戻った。
皆の目がダニーに集中している気がする。
ダニーは「皆様、お待ちかねのコーヒー・メーカーです!」と声を張り上げた。
オフィス中から拍手喝采が聞こえる。
まるで大きな事件を解決したかのようだった。
ダニーがランチを終えて、マーティンとオフィスに向かっていると携帯が震えた。
知らない番号だ。
「はい、テイラー、おう、パーシャか、どないした?ん?そうなん?分かったわ、じゃあ、夜迎えに行くから、待っとき」
マーティンが不思議そうに「どうしたの?」と尋ねた。
「モデルのパーシャやけど、何か寂しいらしいんや。で飯食おうって。そや、お前も一緒にどや?」
「え、僕?」
「ええやん、アパートで一人で冷凍食品食うより楽しいで」
「それはそうだけど、パーシャって僕が前ニックとつきあってたの知ってるのかな?」
「多分知らないと思うで。言う必要もないし。俺は言うてない」
「そう・・」
定時になり、二人はトランプ・プレイスにタクシーを飛ばした。
「へぇー、ここに住んでるんだ」
マーティンが見上げる。
「ああ、セキュリティーに呼び出してもらうから、待っててな」
ダニーはわざわざハウスフォンでパーシャを呼び出してもらった。
5分もしないうちにパーシャが降りてくる。
Tシャツに薄手のコットンセーターとジーンズだが、美しさは隠せない。
マーティンが思わず、パーシャを見つめるのをダニーは見逃さなかった。
「さ、パーシャ、来たで。今日はマーティンも一緒や。もう会ってるよな」
「パーシャ、元気?」
「あまり元気じゃない」
「じゃあ、元気になろう。何食いたい?」
「ハンバーガー」
「へ?」
ダニーもマーティンも驚いた。
「ハンバーガーが食べたい」
マーティンがじっと考え込んだ。
「ジャクソン・ホールじゃつまらないから、NYで一番高いハンバーガー食べない?」
マーティンが子供のように目を輝かせて提案した。
「そんなんある?DBビストロか?」
「もっと高いとこ」
3人はマーティンを先頭にタクシーに乗り込んだ。
「14丁目までお願いします」
降りたところは目の前に「オールド・ホームステッド・ステーキハウス」があった。
「ステーキレストランやん、ディナーでハンバーガー置いてるのか?」
ダニーが訝しげに尋ねた。
「まぁ、見ててよ」
3人は落ち着いた重厚感あるインテリアのレストランの中央のテーブルに案内された。
「へぇー」ダニーはメニューを見て声を上げた。
「コーベビーフのバーガーが41ドルかよ!」
パーシャは、メニューも見ず、ミネラルウォーターを飲んでいた。
「じゃあ、勝手に決めるね。前菜は、クラブケーキとハマグリのグリルとカラマリのフライ、
シーザーズサラダに、コーベビーフ・バーガー3人前」
ワインは最初シャルドネを頼み、バーガーが来たらピノノアールかカベルネにする予定だ。
「で、どないした、パーシャ?ホームシックか?」
「ううん、ニックはロンドンに行ってる、ジョージは仕事で忙しい、4日間、誰とも話さなかった」
「そうか、まだ友達少ないもんな。俺に電話して正解や。俺もマーティンもお前の友達やからな」
マーティンも頷いている。
「4日間、何、食べてたの?」
「デリで、サラダとか買って食べた」
「それじゃ、仕事のエネルギーが出ないわな、良かったな、肉好きのマーティンがいて」
パーシャは、嬉しそうに頷いた。
前菜が終わりいよいよハンバーガーの登場だ。
ミディアムレアに焼かれた肉厚のパテの他、ソテーした4種類のキノコ(ポータベロ、シイタケ、オイスター、クリニ)。
それにベビーグリーンと、ポテト・パフが添えられている。
ソースはオリジナルソースだけ。
マスタードもピクルスもない。
シェフの味付けのまま食べさせる自信の表れなのだろう。
「わ、美味しい!」
パーシャが嬉しそうな声を上げた。
「ほんまやな。肉が口の中でとろけるで」
「本当だね!」
3人とも子供のように笑顔でぱくついてしまう。
ワインもあっと言う間になくなった。
「パーシャな、また今度、そんなに寂しくなったら、もっと早くに電話せいよ。心配やん」
「ごめんなさい」
「僕の携帯の番号も渡すね」
マーティンは名刺の裏にすらすら書いた。
「マーティン、ありがと」
3人はまたトランプ・プレイスに戻った。
「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ、パーシャ、沢山寝ろよ」
「はい」
パーシャがセキュリティーを通ってエレベータに乗っていった。
「パーシャって綺麗なだけでなくて、可愛くて繊細なんだね」
「おいおい、手を出すなよ」
「バカダニー、出すわけないじゃん」
「じゃ、俺らもそろそろ帰ろうか」
「うん」
二人はトランプ・プレイスを後にした。
夜中、マーティンの携帯が鳴った。
「んー、フィッツジェラルド・・」
「マーティン?僕、パーシャ」
「どうしたの?」
「眠れない」
「睡眠薬とかないの?」
「アメリカの薬、よく分からない」
マーティンは少し考えた。
「じゃあ、待ってて、僕の分持ってパーシャのところに行くから」
マーティンは、だるそうにベッドから抜け出し、ポロシャツにジーンズで、トランプ・プレイスにタクシーを飛ばした。
セントラル・パークを挟んでいるが、二人の住所はそう離れていない。
セキュリティーが、マーティンの静脈と署名とIDを登録する。
ハウスフォンで呼び出すと、「20階のCに来て」という返事だ。
マーティンはエレベータで上がった。
ホールに出ると、パーシャがパジャマにはだしで廊下に立っている。
「パーシャ、家にいないと、余計目が冴えちゃうよ」
「でも、お出迎えだから」
マーティンはパーシャの部屋に入った。
ワン・ベッドルームのようだが、かなり広い。
ハドソン川に面しているようだ。
「はい、これ2錠飲むと眠れると思うよ」
マーティンはオレンジ色のプラスチィック容器ごと渡した。
「・・・・」
するとパーシャが急にマーティンをぎゅっと抱き締めた。
「パーシャ・・」
「だまって」
パーシャの方がマーティンより背が高い。
パーシャの顔が近付いてきた。唇と唇が合わさる。
「君は、ニックの恋人だろ?だめだよ、こんなこと」
「ニックはきっと浮気してる。僕はマーティンも好き。だからこうしたい」
マーティンは力をこめて、パーシャを突き飛ばした。
「よくないよ、そういう理由で浮気するのは。それに、ニックが浮気してなかったら、後悔するのはパーシャだよ」
パーシャはソファーにどすんと腰を下ろした。
「じゃあ、何もしない。一緒に寝てくれる?」
マーティンはじっと考えた。
ブロンドの天使が目の前で泣いている。
「寝るだけだよ、約束だからね」
パーシャがベッドルームに案内する。
マーティンは仕方なく、ポロシャツとジーンズを脱いでトランクス一枚になり、ベッドに入った。
そろりとパーシャが隣りに入った気配がする。
薬を飲んだようだ。そのうち、寝息が聞こえてきた。
マーティンは、携帯のタイマーを目覚まし代わりにセットして、自分も目を閉じた。
ジージーという音でマーティンは目を覚ました。
タイマーだ。隣りを見るとパーシャがすやすや眠っている。
童顔のパーシャが一層幼く見える。
マーティンは脱ぎ捨てたポロシャツとジーンズを身につけ、リビングに出た。
電話のそばのメモ用紙を取り、「眠れてよかったね。M」とメッセージを書いて、
リビングのローテーブルに置いた。
さて、家に戻って、出勤の支度だ。
遅刻すれすれにマーティンはオフィスに滑り込んだ。
ダニーが椅子ごと移動して、マーティンのそばに寄る。
「これ、ええらしいで」
ダニーはサプリメントの瓶を渡した。
「コエンザイムQ10?」
「お前が朝弱いの、低血圧やと思うねん。改善するんやて」
「あ、ありがとう、ダニー」
「今晩、飯おごれ」
「いいよ」
マーティンは大切そうにバックパックに瓶をしまった。
2人は昼間の暑さに負けて、インド料理を食べに行った。
オフィスの近くの「クーシーキッチン」という家族経営の店だ。
2人はビールとパコラとサモサを前菜に、タンドリーチキンと、サグマトン、
チリチキンのカレーを頼んだ。
カウンター席しかないが、とにかく安いので大人気の店だ。
「ねぇ、ダニー、昨夜ね、夜中にパーシャが電話してきたんだ」
「へぇー、どないして?」
「眠れないんだけど、アメリカの薬が分からないって言うから、僕、コンドに出かけたんだよ」
「そりゃご苦労さん」
「そしたらさ、パーシャに抱き締められちゃった」
「え?何やて?」
「でも、僕、何もしてないからね。パーシャにもニックの恋人なんだから裏切っちゃだめって言ったんだよ」
「ふぅん、それで?」
「帰った」
マーティンは泊まったとは言えなかった。
それでは、灰色の返事になってしまう。
「パーシャ、よっぽど寂しいねんな」
「そうみたい。ジョージやニックは何時帰ってくるの?」
「ジョージは、明日、帰る言うてたけど、ニックは分からん」
「そうなんだー。じゃあ、また食事に誘う?」
「そやな、そうしよか」
カレーが運ばれてきたので2人は食事を始めた。
ジョージがサーモンのフライフィッシングの取材で出かけていた、
カナダのブリティッシュ・コロンビアから戻ってきた。
早速オフィスにいるダニーに電話がかかってきた。
廊下に出て、携帯で話し始める。
「おかえり、カナダ、どやった?」
「もう雄大な大自然に感動した!でも田舎の料理ばっかりだったから、ここの食事が懐かしいよ。ねぇ、今日は残業?」
「いや、今のところは平気やけど?」
「じゃあ晩御飯食べない?」
「そやな、店はお前決め」
「ありがと。ね、パーシャも誘っていい?今もここにいるんだけど、そばから離れないんだよ」
ジョージが苦笑している。
「もちろん、ええよ」
「じゃまた後でね。愛してる」
ジョージが戻ってきたので、ひとまずパーシャも落ち着くだろう。
それにしても、マーティンを夜中に呼び出すとは、意外な展開だった。
俺だったら抱いてたかもしれへんな。
ダニーは苦笑して、オフィスに戻った。
席につくと、マーティンが神妙な顔をしている。
「おい、ボン、どないした?」
ダニーが声をかけるとちょいちょいと指で合図して、トイレに向かった。
ダニーも後を追う。
マーティンは誰もいないのを確認して、ダニーに言った。
「パーシャを食事に誘ったら、ジョージも一緒でいいかだって。それってダニーも一緒ってことでしょ?」
ダニーはちょっとばつの悪い顔をしたが、「ああ、ジョージに誘われた」と答えた。
「行きたくないやろ?」ダニーは単刀直入に告げた。
「でも、パーシャが可愛そうだから・・僕、行くよ」
「そか」
マーティンは手を洗って、トイレから出て行った。
ややこしいことになったな。
ダニーは考えこんだ。
場所がメールで送られてきた。
アッパー・イーストの「ハイデルベルグ」ドイツレストランだ。
定時に仕事が終わったので、ダニーとマーティンは、ばたばたと帰り支度をして、オフィスを出た。
タクシーで86丁目まで乗り、店に着いた。
中は山小屋風で、ウェイターもウェイトレスもチロルの民族衣装を着ている。
フロアを覗くと、ジョージとパーシャがすでに座っていた。
「ごめんな、待たせて」
ダニーはごく自然に席についた。
マーティンも「こんばんは」と挨拶して席に座る。
ウェイトレスに地ビールを注文し、メニューを読み始めた。
「珍しいな、お前がドイツ料理なんて」
ダニーが思わずジョージに尋ねると、
「パーシャが食べたいって言ってたから。ここ人数が多い方が楽しいし」との答え。
結局、前菜にニシンの酢漬け、スモークした牛タン、ソーセージ6種類の盛り合わせに、
ハウスサラダとアイスバイン入りの鍋を4人前頼んだ。
ジョージがカナダ取材の話をして、座を盛り上げる。
相当マーティンに気を使っている証拠だ。
パーシャは知ってか知らずか、ただけたけた笑い転げている。
ダニーも合わせて笑っていると、マーティンも同じような反応をし始めた。
アイスバイン入りの鍋がやってきた。
すね肉の大きさに、一同びっくりする。
ウェイターが大きなナイフで上手に肉を骨からはずしてくれる。
あとは、ジャガイモやたまねぎ、にんじん、ブロッコリーが入っていてまるでポトフのようだ。
「わー野菜だ!」
ジョージが嬉しがっている。
パーシャが「僕、にんじん嫌い」と突然言う。
「だめだよ、カロチン摂らなくちゃ。免疫力がアップするんだから」
ジョージが親のようにパーシャを諭している。
ダニーはパーシャの寂しい病はこれ以上悪化しないだろうと思った。
マーティンも、心なしか落ち着いて2人の様子を眺めているようだった。
食事が終わり、ジョージとパーシャ、マーティンはタクシーで帰ることになった。
ダニーは、マーティンの前ではジョージのところに泊まるとは言えない。
逆もまたしかりだ。
「俺、地下鉄乗るから」と駅に向かって歩きだした。
やっと訪れた休日だ。
ダニーは例によって、昼過ぎまでベッドの中をごろごろして、うつらうつらしていた。
そこへ電話が鳴る。
「テイラー・・」
「あ、起こしちゃった?」
「ジョージか、早いな」
「もう、ダニー!2時過ぎてるよ。何も食べないで寝てたの?」
「うん、そんなとこや、お前よりオヤジやから、疲れがとれへん」
「じゃあさぁ、スパ行かない?」
「うーん、スパか・・」
「不得意?」
「俺、嫌な思い出があんねん」
「どうしたの?」
「スパのセラピストって女ばかりやんか」
「うん・・・え、もしかして立っちゃったの?」
「・・その、もしかしてや」
ジョージが電話の向こうで大笑いしているのが聞こえる。
「そんなに笑うな!」
「じゃあ、男専用のスパはどう?」
「それって・・」
「うん、ゲイに人気のスパが、フラットアイアン地区にあるんだ」
「ええけど・・」
「じゃ、軽く食事してて、僕予約取るから」
「そうするわ」
なんとなくジョージに押し切られてしまった。
ダニーは、冷蔵庫をかき回し、メキシコ風のエッグベネディクトとオレンジジュース、
コーヒーでランチを済ませた。
また電話だ。
「はいテイラー」
「僕です。4時半に予約取れたから、これから住所言うね・・」
ダニーはメモに書き取った。
ダニーは22丁目の「ウェルネス・メンズ・スパ」に着き、
スパフロント横のバーカウンターで、コントレックスを飲みながら、ジョージを待った。
5分もしないうちにジョージが現れた。
バーカウンターの男全員の視線がジョージに集まる。
「おまたせ〜」
気にせずジョージがダニーに声をかけると、皆、残念そうな顔をして、
また大画面のMLBの試合中継を見始めた。
「ここは値段も手ごろなんだよ。みんなもう、セント・レジスやペニンシュラには行かないって言ってる」
ジョージが解説しながら、チェックインしている。
「VIP NY」というコースだ。カップルだと$380。確かに安い。
VIPルームでのフェイシャルマスク、ボディーエクスフォリエーション、ジャグジー、
スチームシャワー、マッサージ、さらに、軽食やドリンクまでついてくる。
「なぁ、ボディーエクスフォリーエーションって何?」
「身体の皮膚にたまった角質や毛穴の中をきれいにしてくれるトリートメントだよ」
ダニーはジョージに言われるままに、ロッカーで紙のトランクスとバスローブに着替えた。
ダニーの方のセラピストはジョエル、ジョージの方はマックスと言った。
2人ともメンズのファッション雑誌に出てくるようなルックスだ。
ダニーはフェイシャル、ボディーエクスフォリエーションで居眠り、
さらにマッサージで居眠りした。
「終わりましたよ」
背中をたたかれて、ダニーは起き上がった。
ジョージも隣りのマッサージ台から起き上がっている。
二人は着替えて、スパ内のカウンターで、フィンガーサンドウィッチとハーブティーを取った。
「よかったでしょ?」
「寝てて何だか分からんかった・・」
「ダニー、ぴかぴかだよ!男前が超男前になった。誇らしいよ、僕」
ジョージに言われ、ダニーははにかんだ笑いを浮かべた。
「今日は外食にしない?こんなルックスのダニーを見せびらかしたいな」
ジョージはとても嬉しそうだった。
「何や?いつもは俺、汚いのか?」
ジョージが大爆笑した。
2人はイーストヴィレッジに移動し、ジョージの勧めで「アゴザール」という店に入った。
「え、ここキューバ料理やん!」
ダニーが思わず声を上げる。
2人で早速モヒートで乾杯し、料理を選び始めた。
マーティンは日曜日、グローサリーを買いに、徒歩でグリステデスに出かけた。
マーティンのアパートから一番近いスーパーマーケットだ。
品揃えは大型店のホールフーズマートに劣るが、こじんまりしていて、買い物がしやすいのが有難い。
カートに適当に商品を入れながら歩いていると、携帯が震えた。
パーシャからだ。
「こんにちは。どうしたの?」
「ねぇ、マーティン、会って話がしたい」
「うん?今どこ?」
「自分の部屋」
「僕、今96丁目にいるんだ」
「そこどこ?・・・僕は72丁目」
「じゃあ83丁目の「カフェ・ラロ」ってわかる?」
「なんとなく・・」
「じゃ、そこで待ってて」
マーティンは急いで買い物を終わらせ、一旦家に戻って荷物を置いてから、
セントラルパークの反対側の83丁目に向かった。
「カフェ・ラロ」は映画「ユー・ガッタ・メール」で有名になった店だが、今はもう落ち着いている。
カフェに着くと、パーシャが窓際のテーブルで手を振っていた。
「こんにちは、パーシャ」
「こんにちは。マーティン、ありがとう」
「何が?」
「会ってくれて」
「そんなの、友達じゃないか、当たり前だよ」
「でも、僕、こないだ、悪いことしたから」
「もう気にするなって」
マーティンはカプチーノを頼んだ。
「で、今日はどうしたの?」
「あのね、ニックの部屋で、マーティンの写真見つけた」
マーティンはどきりとした。
最初にモデルになった時のオールヌードの写真に違いない。
「すごくすごく綺麗な写真。それ、ニックは他の作品と別のところに大事にしまってる。ニックとマーティン、付き合ってたの?」
言葉が流暢でない分、余計にストレートに心に響く。
「正直に言うね。少しの間、付き合ってた。でも長く続かなかったんだ」
「どうして?」
「その頃、僕たち、悪い遊びをやってたんだよ。ヘロインやコカイン。それで更生施設に入ったんだ。で、別れた」
「もうニックのこと、何とも思ってない?」
「ああ、思ってないよ」
ふぅー。
パーシャは大きくため息をついて、自分のレモネードをごくんと飲んだ。
「パーシャ、ニックはパーシャのこと真剣に好きだと思うよ。信じてあげなよ」
「うん・・・」
「ねぇ、どうして僕と寝ようとしたの?」
「ニックが愛してる人を知りたかった」
マーティンは苦笑した。
「だから、もうずっと前に終わってるから。大丈夫だよ。ねぇ、ニック、ロンドンから帰ってきた?」
「まだ・・」
「じゃあ、今日も僕とご飯食べない?」
「本当?」
「うん、他に予定がなければだけど」
「ない、マーティンと食べたい」
「じゃあ、ここ出ようか」
「うん」
2人はカフェの外に出た。
「パーシャは、何が食べたい?」
「マーティン選んで」
「そうだな、じゃヤキトリは?」
「それ何?食べたことない」
「じゃ行こう」
2人はタクシーで43丁目まで降りた。
ドアを開けると、ミカが挨拶した。
「いらっしゃい、あら、新しいお客様」
「ミカさん、友達のパーシャ、ロシア人なんだ」
「シェフのミカです。よろしく。今日はクリスもいますよ」
カウンターを見ると、クリスが日本酒を飲んでいた。
「パーシャ、僕の仕事の友達のクリス」
「クリス、初めまして、パーシャです」
「すげえ色男だな。もしかして、NIKEのCMに出てるよな!へぇーよろしくな!」
クリスが大きな手でパーシャの華奢な手とがしり握手した。
2人はカウンターに座った。
「ここはチキングリルの専門店なんだ。チキンの色々な部分の肉が食べられるんだよ」
マーティンの丁寧な説明にいちいち頷いている。
「ミカさん、トウフとこの間のミディアムレアください」
マーティンは、適当にメニューからめぼしいものを選んでいる。
2人は日本酒ですっかりいい気持ちになり、串をパーシャは15本、マーティンは25本食べ、
〆のそばまでぺろりと平らげた。
「美味しいね、ヤキトリ」
「だろ?チキンはヘルシーだしね」
クリスが横から口出しした。
「ここのヤキトリが特別に美味いんだぜ。パーシャ、覚えとけよ」
「わかった、今度、ニックと来る」
「それがいいよ」
マーティンはパーシャに頷き、ミカさんにチェックの合図を出した。
ダニーとマーティンが、仕事帰りに花寿司のカウンターで寿司を摘んでいると、がらっと戸が開いた。
入ってきたのはアランとトムだった。
「へいっらっしゃい」
板長が愛想よく挨拶する。
「よ!」
トムがダニーたちに手を挙げ、隣りに座った。
「元気か?」
アランがダニーに話しかけた。
「まぁまぁやけど、アランは?」
「上々だよ。そうだ、いいところで会ったから、言っておこう」
ダニーとマーティンは耳をそばだてる。
「私たち、つきあい始めたんだ」
「え?それって、アランとトムがってこと?」
マーティンもびっくりしている。
「あぁ、やっとこの頑固オヤジが折れてくれたんだ」
トムがにんまりした。
「それは、おめでとう」
それしか言葉が浮かばない。
トムにとっては20年越しの気持ちが通じたことになる。
「で、住まいは?」
「いや、まだそこまで行かないよ。この夏、サウス・ハンプトンで過ごしてみようと思っててね」
「あ!」ダニーは思い出した。
あの別荘の共同名義人が自分ということを。
「じゃ、俺、共同名義人降りる手続き必要やな」
「ギルのオフィスのメッセンジャーがそのうち書類を届けるから、サインしてくれるかい?」
「もちろんや」
その後、それぞれペアで話をするようになった。
トムとアランの様子を見ていると、いかにも幸せそうだ。
ダニーはこれでよかったのだと思った。
NY市立の最大規模を誇るベルビュー病院のER部長とNY一番の精神分析医、すごい組み合わせだ。
「じゃ、お先に」と食べ終わったダニーとマーティンが席を立った。
「また来いよ!」トムが冗談めかして言う。
「しばらく行かへんから、安心しい」
ダニーはそう言って、チェックを済ませたマーティンと外へ出た。
「びっくりしたねー」
マーティンが心から驚いている。
「全くや」
「ね、ダニー、もうアランには気持ちはないの?」
「そやなぁ、俺、勝手してるから、アランが幸せならそれがええと思うんや。色々あったけどな」
「そうなんだ。実はね、僕、パーシャに呼び出されてさ、ニックについて同じ事質問されたもんだから」
「へぇ、そやったんか」
「うん、楽しい時もあったけど、本物の人じゃなければ、やっぱり別れるんだよね」
「そやな」
歩いているうちに、一番近い地下鉄の駅に着いた。
「それじゃ、また明日な」
「うん、気をつけてね」
「それはお前の方や」
2人は笑いながら別のホームに分かれた。
ダニーはブルックリンに着き、アルのパブに寄った。
「おう、久しぶり」
アルが声をかけてきた。
「珍しいのが入荷したぜ。アイル・オブ・ジェラ17年、試すか?」
「お願いするわ」
「ダニー、今日はすっきりした顔してるな、何かあったな?」
アルが確かめるように尋ねた。
「ああ、金持ちの彼女おったやん、そのうち一人に新しい彼氏できてん」
「ほう、じゃあお役ごめんか」
「そや。サウス・ハンプトンの別荘は惜しかったけどな」
「言ってろ。ほらそうやって分別されて捨てられて行くんだよ。粗大ゴミは」
「はいはい。お、これすげーまろやかやん」
「ダニーも詳しくなってきたな。嬉しいよ」
「アルのお陰やから」
「何か食うか?」
「今日はスシ食ってきたから腹いっぱいや」
ダニーは一杯で切り上げ、アパートに戻った。
留守電が入っている。ジョージからだった。
「お疲れ様です。ホームベーカリーの調子が悪くて、パン焼けなかった。ごめんなさい。
あ、ニックがロンドンから戻ったって。パーシャすごく嬉しそうだよ。また4人で食事しませんか?」
ダニーは、風呂で返事を考えようと、バスタブにお湯を張りに、立ち上がった。
「マーティン、帰ろか」
ダニーは帰り支度をしているマーティンに声をかけた。
「帰りにリッツォーリに寄ってもいい?」
「ええけど、めずらしいな。いっつもamazonで買うやん」
「僕のじゃないんだ」
マーティンはポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出した。
ダニーが覗き込むと、マーティンの下手な字で『セシル内科学 新版第23版』と記されていた。
「トロイの本?」
「ん、昨日ビールを倒して汚しちゃって。スチューは弁償しなくていいって言ったけど、そういうわけにもいかないから」
「いいやん、あいつが食べながら本読んだりするのが悪いんや」
ダニーは本やノートと食べ残しのチャイニーズカートンが混在していたテーブルを思い出しながら言った。
「んー、でも汚したのは僕だもの」
「ま、とりあえず行こう」
「ん」
初夏の夕方はまだまだ明るくてちっとも日が暮れそうにない。二人は話しながら歩き出した。
マーティンが探していた本は専門書のコーナーですぐに見つかった。
本一冊が200$近くもするのに二人とも驚いたが、マーティンは迷わず支払いを済ませる。
「これ、今から届けに行ってもいい?ないと困ると思うんだ」
「ええで」
ダニーはまだ顔を合わせたくなかったが、マーティンに付き合ってクリニックに行った。
「こんにちは」
受付にいたジェニファーが二人を見て軽く会釈した。
ダニーはマーティンに気づかれないようにこっそりウィンクする。
「トロイいてる?」
「ええ。まだ診察中だからそちらでお待ちください」
二人は言われるまま、待合室のソファに座った。
雑誌をぱらぱら捲りながら待っている二人に、ジェニファーがレモネードを出してくれた。
「ん?これおいしいね」
マーティンはレモネードが好きだ。もう一口啜ってグラスをまじまじと眺めた。
「どこで買えるのかな」
「よし、オレが聞いてきたろ」
「ちょっ、やめようよ。仕事してるのに悪いよ」
「どこのか知りたいんやろ」
ダニーは嫌がって腕を掴むマーティンを置いて席を立った。
ジェニファーは明日の予約のチェックをしていた。ダニーは話しかけようとしてつい見惚れてしまう。
「何か?テイラー捜査官」
すぐ近くにマーティンがいるので、今日のジェニファーは少し他人行儀だ。
それがまた懐かしいような気がする。まだキスさえしていなかった頃のような、ある一定の距離感。
テイラー捜査官と呼ばれるのは久しぶりで、ダニーは思わずにんまりする。
「あ、うん、変なこと訊くけど、これってどこのレモネード?」
「レモネード?ああ、それはプルコレモンとはちみつを水で割ったの。気に入った?」
「うん。マーティンもおいしいって」
「よかった。お代わりをお持ちしましょうか?」
「サンキュ、頼むわ」
ダニーがソファに戻るとマーティンが肘で脇腹を小突いた。
「痛いな、何やねん」
「何でもないよ」
マーティンはそれ以上何も言わずに知らん顔で雑誌に視線を落とす。
「拗ねるなや。帰りにプルコレモン買おな」
ジェニファーがいないのを確認してから、ダニーは小声でささやいて機嫌をとった。
しばらくして、診察を終えた患者とスチュワートが出てきた。
待っている二人を見て一瞬ぎょっとした表情を浮かべたものの、すぐに照れくさそうな笑顔に変わる。
こいつもオレと同じようにバツの悪い思いをしてるんやなと思いながら、ダニーはどこか他人事のような気持ちでその場にいた。
「なんだ、来てたのか。ジェニファー、今日はもう帰ってもいいぞ」
「それじゃ、お先に失礼します」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「はい」
ジェニファーは他の二人に気づかれないようにダニーをほんの数秒見つめて帰っていった。
「二人してどうした?パーティーのお誘いか?」
スチュワートは楽しそうに二人の顔を交互に見た。
「ううん、これを渡しに来たんだ。汚してごめんね」
マーティンはリッツォーリの紙袋を差し出した。
「いいって言ったろ。こんなもん、ババアに買わせれ・・・」
スチュワートは言いかけて口をつぐんだ。
「ババアって、僕はよくてお母さんには買わせるの?」
「えっ、違うよ、ババアはここの理事長のことさ。前にどこかで会っただろ?テイラーとマローン捜査官もいたよな」
スチュワートは助けを求めるような目でダニーを見た。ダニーも大きく頷く。
「ああ、あの派手なおばさんか。なんかちょっと気持ち悪いんだよね」
「でも、マーティンが買ってくれたほうが嬉しいな。ここにオレの名前書いてくれよ」
「やだよ」
マーティンが本気で嫌がるのが可笑しくて二人はふきだした。
「ねえ、スチューもディナーに行かない?」
「ごめんな、行きたいけどまだ仕事が残ってるんだ」
「そっか・・・」
がっかりしたマーティンは残念そうに小さく頷いた。
「お前な、ええ加減にしとかなブルガダ症候群になるで」
ダニーが言うと、スチュワートがくくっと笑った。
「何それ?」
マーティンが不思議そうに訊ねる。
「寝ているときに突然死ぬんやて。怖いやろ」
「やけに詳しいな、テイラー。どこで覚えたんだ?」
「さっき、本屋でお前の本チラ見したんや」
「だったら見落としがある。アジア系に多い病気だからオレは平気さ。それに突然死と過労死は別物だ」
「あほ、死ぬなら同じことや。メシぐらい付き合え」
「わかったよ。着替えてくるから待っててくれ」
ふと気づくとマーティンがダニーの手をぎゅっと握っていた。
ダニーも握り返して素早くキスする。いつのまにか居心地の悪さは消えていた。
結局、ダニーはまたもジョージに押し切られて、4人のディナーに参加することになった。
ニックが場所を決めるらしい。
「クールなワードローブで来いよ」とダニーはニックに念を押されていた。
何がクールやねん、俺かて好きでダークスーツ着てるんじゃないわ。
一人で毒ずいてみたものの、ニックの選んだ店のドレスコードに合わなくて、一人だけ入れないなんて醜態はさらしたくない。
ダニーはプラダのスーツとネクタイを選んだ。靴はフェラガモだ。
これなら文句言わせへんで。
ダニーは自信満々で出勤した。
スターバックスでサンドウィッチを買おうと並んでいると、またサマンサに出会った。
「どうしたの、ダウンタウン・テイラー、今日は本気デート?」
ふふんと笑っている。
「友達の婚約祝いや、な、ええやろ」
「ワードローブだけはね、うそよ、ダニー、キメるとかっこいいんだから、いつもそうすればいいのに。じゃあね」
サマンサは、マンゴータンゴーのカップを持って、フェデラルプラザに向かって歩き去った。
ダニーはタンドリーチキンラップを迷った挙句、2つ買って、オフィスに向かった。
「ダニー、おはよう!」
マーティンが元気に挨拶してくる。
「おはよう、お前、食う?」
「あ、ありがと、じゃ、コーヒー入れてくるね」
新しいコーヒーメーカーの調子がよく、美味しいカプチーノが飲めるので、スターバックスで、ホットドリンクを買うことがめったになくなった。
ダニーはマーティンの机の上にスターバックスの袋を置いた。
ダニー専用のメッツのマグにカフェオレを入れてきたマーティンが、ちょっと驚いている。
「あ、ベーカリー休みやったから」
ダニーが適当にウソをつくと、「でも、僕の分も買ってくれたんだね、ありがとう」とやたらと感謝された。
ダニーはばつが悪い。
PCを立ち上げながら、カフェオレを見ると表面に泡の部分にDの文字が書かれていた。
マーティンの奴、見つかったらどないすんねん。
ダニーがマーティンを見ると、マーティンはにこっとしている。
あいつ分かってないわ。
メールボックスを開けると、仰々しいインヴィテーションカードが出てきた。
ニックの奴、やたら大げさやな。
場所は「パークアヴェニュー・サマー」とある。
聞いたことのないレストランだった。
今日も何事もなく、一日が終わり、ダニーが帰ろうとすると、マーティンに声をかけられた。
「ねぇ、今日は、パーティーか何か?」
「そや、ちょっとこっちへ・・」
ダニーはマーティンを引き連れて男子トイレに入った。
誰もいないのを確認して話し始める。
「ニックがな、パーシャにリングを贈ったんや」
「え、それって・・」
「そう、本気のリングや」
「そうなんだ・・」
「パーシャ、あの通り、繊細やろ、お前の写真見てびっくりして、どうにもならなくなって、お前と話したんだと思う」
「なるほど。じゃあ今日はそのお祝いなんだね」
「あぁ、そんなとこや」
「またどっかにガールハントにでも出かけるのかと思った」
「そんなガキの遊びはもうしーへん。家帰ったら電話するから」
「わかった。話してくれてありがとう」
マーティンが出て行った。
ジョージのジの字も出なかったが、尋ねなくても分かっているのだろう。
マーティンに済まない思いで胸が一杯になった。
「パークアヴェニュー・サマー」はアッパーイーストの62丁目にあった。
地下鉄F線で行けば一本だ。
ダニーは仕事の荷物をオフィスに置いて出かけた。
途中の花屋でブーケを作ってもらう。
パーシャが喜びそうだ。おまけに小さなブーケもジョージのために買う。
レストランはまるで金持ちの一軒家だった。
入り口で念入りにドレスコードが確かめられる。
ダニーはすんなりと入れた。
「ニック・ホロウェイの予約があるはずですが」
フロアマネージャーに告げると「皆様お待ちかねでございますよ」と丁重な返事。
中は緑と黄色のライトに照らされた異次元の空間だった。
ニックたちが手を振っている。
ダニーは、まずパーシャに大きなブーケを、ジョージには小さいブーケを差し出した。
2人とも意表をついたプレゼントに喜んでいる。
ウェイターが「おあずかりいたします」とブーケを持って下がった。
「よう、テイラー、俺、もう酔ってるのかな、お前がモデルばりのいい男に見えるぜ」
ニックが目をこすりながら話し始める。
「俺はもともとモデル志望やったんや」
ダニーは冗談を言って、皆を笑わせた。
ニックの説明によると、このレストランは、季節ごとにすべてが変化するらしい。
メニューが変わるのは今や当たり前だが、インテリア、名物ワイン、果ては店名まで変わってしまうそうだ。
今は夏だから「パーク・アヴェニュー・サマー」、秋には、当然「オータム」に変身する。
夏の店のコンセプトはガラパゴス諸島のリゾートのイメージらしく、極楽鳥やカラーといった植物の切花があちこちに生けてあった。
また、シェフは日系で、和食にインスピレーションを受けた食材や味付けをするので有名だという。
ニックは、ロンドンで主にロック・アーティストの写真ばかり撮ってきたと話した。
古くから知り合いのPrimal Scream、Kasabian、Interpol、Muse、それからSealも撮ったという。
「そうだ、SealがNYでプライベート・ギグやるんだけど、お前たちも来る?」
ジョージは「行きたーい」と甘えた顔でダニーを見た。
「お前の好きなシンガーやもんな。じゃ、俺たちも行きたい」
「OK、パス用意させるわ」
「パーシャ、Sealって知ってる?」
「知らない」
「黒人の天才的に歌の上手いボーカリストなんだよ」
「ふーん、わかった」料理が運ばれ始めたので、みな、それぞれにシャンパングラスを持ち、乾杯した。
ダニーは真夜中過ぎにアパートに帰ってきた。
ジョージのところに泊まることも出来たが、なぜか気持ちが乗らなかった。
マーティンの顔が浮かんでしまうのだ。
もう寝てるやろか。
ダニーは携帯に電話をかけた。ワン・コールですぐにマーティンが出た。
「ダニー、どうしたの?」
「ごめん、寝てたか?」
「ううん、ベッドで本読んでたところ。ダニーは?」
「これから寝るところや」
ダニーはウソをついた。
「ねぇ、明日の休み、何するの?」
「ん?掃除とか買い物とかやけど?」
「また家でBBQしない?」
「ええなぁ、そうしよか」
「じゃあ、この前と同じで、ホールフーズマートに4時だよ」
「よっしゃ」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
何となくざわついていた胸の辺りがすっとした。
ダニーは立ち上がり、バスルームに入った。
翌朝、なぜかいつもより早めに目が覚めた。
気分がいいので、近くのカフェで朝食のセットを食べ、新聞をじっくり読んだ。
すると携帯が鳴った。アランと表示に出ている。
「もしもし」
「ダニー、おはよう」
「おはよう・・」
「今日はお招きありがとう」
「へ?」
「マーティンのところのBBQだよ」
ああ、そういうことなのか。ダニーは話を合わせた。
「まさか車で来るなんてヤボはしいへんよね」
「ああ、トムと相談して、リムジンで行くよ。なぁ、お前とマーティンは、その、順調か?」
ダニーはちょっと躊躇した。
「いや、色々ある」やっと答えた。
「そうか。ジョージか?」
「・・ん、そう」
「じゃあそっち関係の話題は出さないようにしよう。トムにも伝えておくよ」
「ありがとう、アラン」
「私はまだお前の緊急連絡先だからね」
アランが笑って電話を切った。
ダニーは家の用事を済ませて、3時すぎにブルックリンを出た。
この間と同じ場所でマーティンが待っていた。
「よ!お前、アランとトム招待したんやて!」
「あれ、ニュース早いね」
「2人前と4人前じゃ全然違うやん。献立考えるの俺やし」
「ごめん・・・」
「さ、始めよか」
「うん」
「2人とも舌が肥えてるから大変やわ」
「ねぇ、こんなのあるよ」
マーティンが見つけたのはタンドリーチキンセットだった。
インドのスパイスソースとヨーグルトに漬け込まれたチキンのモモ肉が入っている。
「変わってるな」
「あと、これ」
イベリコ豚のスペアリブ、これもあまり見かけない。
「ボン、今日は冴えてるな」
マーティンは嬉しそうに笑った。
あとフィッシュ・セクションでダニーはタラの切り身を買った。
「どうするの?」
「まぁ、お楽しみや」
デリのサラダと野菜を適当に買い、マーティンがまたソーセージとホットドッグバンズを持ってきておしまいだ
急いでタクシーでマーティンのマンションに帰り、下ごしらえを始める。
マーティンもダニーに言われるまま、アルミホイルにタラを並べたり、きのこを散らしたり、ポテトを並べたりした。
ダニーはスペアリブを茹でてから、BBQソースに漬けている。
そろそろ時間だ。チャイムが鳴る。
「はーい」
「着いたぞ」
トムの声がした。
上がってきた二人は、クーラーボックスを抱えている。
「何ですか?」
マーティンが聞くと、「今日は飲みまくるからビールとシャンパンを冷やしてきた」とトムが答える。
「赤も持ってきたからね」
アランがボトルを振ってみせた。
「なんだ、まだ火をつけてないのか?俺がやろう」
トムが新聞紙を持って、ベランダに出た。
「マーティン、これ持ってって網の上に並び」
「OK、わかった」
アルミホイルに包まれたタラとポテトは蒸し焼きだ。
アランがダニーが用意しているスペアリブとタンドリーチキンを愉快そうに見ている。
「変わったBBQだな」
「アランとトムがゲストじゃ普通のやと、満足できへんと思って」
「ありがと、ダニー」
アランはダニーの頭にちゅっとするとベランダに出て行った。
BBQが始まった。チキンもスペアリブも大成功だった。
初めて試したホイル焼きもまずますで、肉ばかりじゃないバリエーションが出来た。
ビールもワインもどんどん空になり、トムはさっさとデッキチェアに体を伸ばして、居眠りを始めた。
マーティンも隣りに座って、空を見ながら赤ワインを飲んでいる。
アランが赤ワインのグラスを持ってきて、ダニーに渡した。
「大変だったろう。マーティンは料理が出来ないだろうから」とグラスをカチンと合わせた。
「でも、買い物じゃあいつがんばったし」
「お前は本当に優しくなったな」
「ん?」
「私がであった頃は、心に触るとがさがさ音がするようだったよ」
「そうなん?」
「ありがとう」
「何が?」
「お前と一緒に数年いられたことだよ」
「そんな・・・俺こそ、アランに教わったことばっかりや。アランの背中見て、初めて大人の男が何かを教えてもろた」
「そうかい」アランがふふっと笑った。
「これからも一線を越えなければつきあえそうだな」
「うん、そう思う」
トムが起きてきた。
「おい、お二人さん、焼けぼっくいに火つけるなよ、グリルから離れろ!」
笑っている。
「はいはい」
アランはトムの方に歩いていった。
結局、トムとアランは、マーティンのゲストルームに泊まることになった。
マーティンのマンション「ザ・モンタレー」は1992年完成と、この地域では比較的新しい物件だ。
ベッドルームがリビングをはさんでいるし、防音設備が完璧なので、お互いの音に干渉されることもない。
ダニーがマーティンのベッドに入って眠ろうとすると、マーティンがふとつぶやいた。
「ねぇ、あの2人、今日セックスするかな」
「アホ!何考えてんのや。しようがしまいが関係ないやん」
「僕たちは?」
「んー、今日は寝る」
「そう、じゃお休み」
マーティンはサイドランプを消した。
「ねぇ、ダニー」
「・・・・・」
「もう寝ちゃったんだ」
マーティンは自分のほかほかの足をダニーの冷たい足にくっつけてみた。
しかし何の反応もない。
マーティンも諦めて目を閉じた。
翌朝、2人が起きて、シャワーを終えて、リビングに出て行くと、キッチンから音がする。
ローテーブルの上には分厚いニューヨーク・タイムズが乗っていた。
キッチンを覗くと、トムとアランが並んで、料理している。
「おはよう」
「おお、寝ぼすけコンビ、やっと起きたか」
「何作ってるん?」
「昨日の残り物で、スパニッシュオムレツとサラダだ。できたら、パンを買ってきて欲しいんだが」
アランが言うので、ダニーとマーティンは2人で、近くのベーカリーに行き、ズッキーニの乗ったパニーニを買った。
帰るとすっかりブランチの用意が出来ていた。
アランは残り物で料理するのが得意だ。
ダニーは自分より料理の腕が上だと思っている。
4人でCNNを見ながら、食事を始めた。
「トムがこんなにゆっくりしてるのって珍しいね」
マーティンが尋ねた。
「ああ、シフトを無理に変えてもらったからな、シフト交代ばかりは部長でも苦労するんだぜ。今晩から夜勤だよ」
「そうなんだぁ」
「私も、専門誌に掲載する論文の途中だから、これを食べたら失礼するよ」
「了解」
「なんか家族って雰囲気だよな」
トムが唐突に言った。
「ほんまや」
「お前の裸なんか飽きるほど見たしな」
「言ったな!」
「これからも世話になるんだからER部長には敬意を払え」
「はい、了解です」
マーティンがすぐに返事した。
食事をし終えて、2人はまたリムジンで帰って行った。
「楽しかったね」
「うん、こんなに楽しいとは思ってなかったわ」
「今日はこれからどうする?」
「ベッドで昼寝は?」
ダニーは言いながらにやにや笑った。
「うん、それがいいね」
マーティンが照れくさそうに頷いた。
2人は我さきにとベッドルームに入り、衣服を脱ぎ捨ててベッドに入った。
ダニーはマーティンの額の前髪をちょっと持ち上げ、おでこにキスをした。
ふぅっとマーティンが期待のこもった甘い吐息をもらす。
「今日は俺が入れてもいいか?」
「うん、ダニーが欲しいよ」
「じゃあ、例のローションを」
マーティンはサイドテーブルの引き出しからローションを取り出した。
おなじみのヘビ印のローションだ。
「なぁ、これって危なくないの?」
ダニーが聞くと「うん、FDAの審査も合格してるから、食べても大丈夫だって。植物由来らしいよ」とマーティン。
「そか」
今日はパパイヤのローションだった。
ダニーがキスをしながら、マーティンの両脚を自分の足で開かせ、ローションをマーティンの中に刷り込んだ。
吸い付くような動きに期待が高まる。
「待って、ダニー」
マーティンはブランケットの中に潜り、半立ちのダニーのペニスを咥えた。
表現しがたい歯と舌の巧妙な動きに、みるみるダニーのペニスは力を増した。
今度はマーティンがローションを手に取り、ダニーのペニスに塗りたくる。
ねちゃねちゃとした音がとても卑猥だ。
「あぁ、ええわ」
ダニーが呻く。
マーティンはそのまま、ダニーの上に馬乗りになった。
腰を上げたり下げたり、前後に揺らしたりを繰り返し、摩擦を大きくしていく。
「あぁ、ボン、イキそうや」
「僕もだよ」
「じゃあ、一緒に・・・」
マーティンは腰の動きを激しくし、ダニーはマーティンのいきり立ったペニスを手でしごいた。
「あ、出る」
「あぁ、ぁ」
2人は同時に射精した。
ダニーの腹と胸の上の精液をマーティンがタオルでぬぐう。
2人で、息をつきながら、天井を見上げる。
「お前と何回したろう」
「もう数え切れないよね」
「ちょっと寝ようか」
「うん、眠たいよ」
2人はお互いの方を向いて、キスをしながら、目を閉じた。
ダニーは、夕方に目を覚ました。
隣りを見るとマーティンがダニーの方を見ていた。
「何、見てる?」
「ダニーのヒゲ」
「へんな奴な、お前」
やわらかい前髪をくしゃっとすると、マーティンが笑った。
「なんか腹減ってきたな」
「うん、僕さっきからすいてた・・・」
「はよ言い、そんなんなら出かけよ」
「ダニー、何、食べたい?」
「イタリアンでも行くか?」
「賛成」
2人は順番にシャワーを浴びた。
ダニーがバスルームから出てくると、マーティンは頭を拭きながらCNNを見ていた。
「何のニュースや?」
「今日のゲイパレード、さっき、ジョージとパーシャが映ってた」
「ふーん」
世界中でゲイパレードは開催されているが、NYは発祥の地でもあり、同性愛者の地位向上週間を締めくくるイベントになっている。
2人はその後はその話題に触れず、歩きでマーティンのアパートから少し下ったところにある「コルティーナ」に寄った。
北イタリア料理が得意の店だ。
前菜にムール貝のワイン蒸しとイカのトマトソース煮込み、シーザーズサラダを頼み、
リコッタチーズのラビオリ・ホワイトソース、ダニーは太刀魚のソテー、マーティンはミラノ風カツレツにした。
「ここって、他のリストランテとちょっとメニューが違うよね」
「おもろいな、あんなに小さい国なのに、地方によって料理が違うんやな」
マーティンは、ジョンに尋ねたら、この店は20年以上前からあると答えたと話した。
「へぇ、じゃジョンは20年以上、あっこのドアマンやってるんか?」
「ウワサなんだけど、昔はNYPDの腕利きの刑事だったんだって」
「へぇー、すごいな」
「今は穏やかなおじいちゃんだよね」
「でも記憶力は抜群やん」
「そうだね、ねぇ、僕たち、FBIを定年で辞めたら何したい?」
「そんなん遠い話すぎて、想像できへんわ。お前はええんちゃう。家が金持ちやからDCに帰れば」
「えっ、そんなのやだよ」
そのままマーティンはしゃべらなくなってしまった。
ダニーはしまったなと思ったが遅かった。
ワインが来て、少しマーティンも機嫌を直してきた。
「ダニーは民間の警備会社に行きたい?」
「んー、これは夢やねんけどな、笑うなよ。俺、ロースクール出てるけど、
まだ司法試験パスしてないやん。チャレンジしようかと思ってさ」
「え、弁護士になるの?」
「おかしいか?」
「ううん、びっくりしただけ」
「お前かて、大手の会計士事務所にいつでも転職できるやんか」
「でも、もう数字はいいって感じ。FBIに入る前にすぐ飽きたから」
「そか」
「2人で何か出来たらいいね」
「またレストランか?」
「もうちょっと色々な選択肢を考えるよ」
料理が運ばれて来たので、2人は食べ始めた。
食後のカプチーノを飲み終え、2人はマーティンのアパートに戻った。
「今日、泊まるの?」
マーティンがちょっと驚いた顔をしてダニーを見た。
「お前が嫌ならやめるけど・・・」
「ううん、そんなことないよ、ただ、珍しいなって思っただけ。じゃあバスの準備するね」
マーティンは、すたすたとバスルームに入っていった。
2人でバスタブにつかるが、ホワイトムスクの泡をお互いに擦り付け合うだけで、
シャワーで泡を流し落とした。
「ほな、寝よか」
「うん、明日は、ダニーのサンドウィッチ、食べられないね」
「ええやん、そんな日もあって」
「うん、ダニーがいるんだから、こっちの方がずっといい」
マーティンはベッドサイドランプを消した。
「おやすみ、マーティン」
「おやすみなさい、ダニー」
マーティンはダニーの胸に手を当てながら、眠りについた。
ダニーが暑くて目を覚ますと、マーティンがぴったりダニーの背中にはりついていた。
「おい、ボン、起き。てーか、お前、暑い!」
マーティンはうぅんと目を開けた。
ダニーはすたすたとバスルームに行ってしまった。
マーティンは自分のおでこに手を当ててみたが、特に熱いとは思えない。
なんであんなに僕を暑がるんだろう。まさか嫌いになったのかな。
不安顔でベッドに座っていると、ダニーがシャワーから出てきた。
「お前の番やで、ほら、早く!」
マーティンは追い立てられるようにバスルームに入った。
ジュースも飲む時間なく、2人は地下鉄6号線に乗って、ダウンタウンに向かった。
キャナル・ストリート駅で降りるが、今日は中華粥を食べている時間の余裕はない。
急いで、スターバックスの列に並び、サンドウィッチとアイスコーヒーをテイクアウトした。
「ねぇ、ダニーの買ったチキンサラダサンドと僕のスイートチリポークサンド、半分ずつにしていい?」
「お前、ガキみたいやな。ええよ、オフィスで交換しよ」
「ありがと」
2人はオフィスの席につき、お互いの袋からサンドウィッチを取り出して、半分交換をした。
サマンサがその様子に大笑いしている。
「あなたたち、精神年齢、小学生ってとこね」
「えやろ、倍楽しめるし」
「まあ、楽しみなさいよ、へんな2人」
マーティンは気にせず、無心で食べている。
ボスがミーティングを召集した。
2人ともサンドウィッチを置いて、ミーティングデスクに座った。
「5年前に失踪したアリス・リターマンの事件を覚えているか、ヴィヴ?」
「ええ、私の担当事件ですから」
「今日、有力情報とやらを持って、女性が面会に来るんだが・・・」
「ボス、ええ話やないですか、何か問題でも?」
「自分は霊能力者だと言っているんだ」
「はぁ?」一同ぽかんとした。
「どうせ賞金狙いの詐欺師ちゃいます?マイアミでも多かったわ」とダニーは毒ずいた。
「とにかくヴィヴィアン、それからマーティン、会って面談してくれ」
「わかりました」
二人はアリス・リターマン事件のファイルを読み始めた。
ダニーとサマンサは「どうせウソよ」「当たり前やん」と言いながら自分の席に戻った
霊能力者とやらの女性が上がってきた。
感じの良さそうな初老の女性だ。
マーティンは、にこにこと応接室に通した。
ヴィヴィアンと一緒に入室し、ファイルを開く。
「私はジョンソン捜査官、5年前にこの事件を担当しています。
こちらはフィッツジェラルド捜査官、よろしくお願いいたします」
「私は、マーサ・ロスです。専業主婦ですが、時々、こういう事に関わっています」
「こういう事とは?」
マーティンが尋ねた。
「あなたは、頭から信じておられないようだわね。夢を見るんです。事件の夢」
「それって、「ミディアム」のアリソン・デュボアみたいにですか?」
「ああー、あのTVドラマは良くできてるわ。私には死んだ人が語りかけてくるような経験はないけど」
「それでは、どんな?」
「朝、起きると、書いた覚えがないのに、ベッドサイドのテーブルのメモ帳に色々書いてあるんです。
今回は、アリス・リターマンの名前と住所でしたわ」
「え、住所ですか?」
「ええ、でももうこんな年ですから、一人で行くのは危ないと思って、FBIにご連絡したんです」
「そのメモ書き、見せていただけますか?」
「どうぞ」
マーサはゴブラン織りのバッグから紙を取り出した。
確かに“アリス・リターマン”という文字とフィラデルフィアの住所が書いてある。
「どうしてフィラデルフィアのFBIでなくてうちに来られたの?」
ヴィヴィアンが尋ねた。
「あなたがここにおられるのも書いてあったので」
マーサは別のメモ紙を見せた。
「ちょっと待っててください」
2人は応接室の外へ出た。
「信じられる?」
マーティンが尋ねる。
「分からないわ。でもこの5年間、何の手がかりもなかった事件ですもの。
私は賭けてみたい」
「了解」
応接室に戻る。
「決めたようね。フィラデルフィア行きを」
マーサはにっこり笑った。
「私も一緒に行っても構わないかしら」
ダニーは一応気を遣ってクリニックの近くのスパニッシュレストランを選んだ。
少々高いがここならメニューも豊富だし、食事が済めばすぐに戻れる。
チョリソとパン・コン・トマテ、サングリアを皮切りに数種類のタパスを食べ、さらにイカ墨のパエリアをシェアする。
ダニーとマーティンは二人でワインを空けて酔いがまわり始めていた。軽快なフラメンコギターの音が心地よい。
「なあ、プリン食べないか?」
料理がなくなりかけた頃、スチュワートが提案した。
「いいね、食べる」
「テイラーは?」
「オレも」
三人は濃厚で激甘なプリンを食べてチェックを頼んだ。
通りを歩きながら、ダニーはマーティンにもたれかかった。
「大丈夫?歩けないならタクシー拾うけど」
マーティンは心配そうにダニーの体を支えた。
「ええねん、ええねん、心配いらん。これは酔ったフリやから」
ダニーはそう言ってマーティンの肩におおいかぶさった。酔ってとろんとした目がいたずらっぽく笑っている。
「フリって・・・」
マーティンが困惑していると、反対側からスチュワートがもたれかかってきた。
「やばい、オレも酔ったみたい」
「え?スチューはクラブソーダしか飲んでないじゃない」
「マーティンはいい匂いがするな」
「僕の話聞いてる?」
どちらも離れようとしないので、マーティンは仕方なくもたれかかる二人を支えて歩き出した。
2ブロック半歩いて、マーティンは息を切らして立ち止まった。クリニックまであと1ブロック。
二人ともしっかり抱きついていて離れそうにない。
「お前、山岳救助犬みたいやな」
ふーっと天を仰ぐマーティンにダニーが言う。
「そう思うなら自分で歩いてよ」
「嫌や」
男三人がこれだけくっついていても、酔っ払いの戯れや介抱だと思うのか、不審な目を向けるものは誰もいない。
ダニーはそれをいいことにますます抱きつき、にたにたしながら首に腕をまきつける。
「ダニー、暴れないで。余計に重くなっちゃう。スチューは首を舐めるのやめて」
「あっ、ずるいな、お前。オレも舐めよ」
「やだってば!二人ともここに置いていくよ」
マーティンは汗だくになりながら、なんとかクリニックまで歩き通した。
スチュワートは二人をアパートまで送ってくれた。
へとへとになったマーティンはジャケットを脱いでソファに寝転がった。酔いがまわったのか体がだるい。
ダニーが持ってきてくれた水を一気に飲みほして目を閉じる。
「大丈夫か?」
「んー」
「ほら、オレの水も飲み」
「ありがと」
「あっ、こぼれてるで」
マーティンの手元がおぼつかないので、ダニーは口移しで水を飲ませた。マーティンの青い瞳とばっちり目が合う。
「どうしたん、そんなにやにやして。もっと飲みたいんか?」
「フリしたんだよ、ダニーみたいに。少し酔ってるけど水ぐらい飲めるよ」
マーティンは嬉しそうににっこりした。ダニーは呆気に取られて笑い、顔を近づけてキスをする寸前で止める。
「キスもフリだけにするの?」
「いいや」
ダニーはマーティンの髪をくしゃっとすると、今度は本当にキスをして抱きしめた。
フィラデルフィア行きのシャトルの所要時間は1時間30分ほどだ。
地元の支局に車を手配してもらい、空港で捜査官と落ち合った。
「一応、その住所の家を監視下に置いているが、近所の話だと、白髪の女性と息子らしい男性の二人暮らしだそうだ。
アリス・リターマンは、まだ30代だろう?」
地元の捜査官は懐疑的だった。
「とにかく行ってみますので」
ヴィヴィアンはきっぱり言って、地元捜査官の車に先導してもらい、メモ書きの住所に出かけた。
着くまでの間、地元捜査官から情報をインプットしていた。
息子がコンビニエンス・ストアに勤めており、家計をまかなっている。
母親と思われる女性はめったに外に出ることがない。
定石通り、ヴィヴィアンとマーティンは、正面のドアをノックした。
裏口には地元捜査官が見張っている。
「すみません、スミスさん、FBIですが、開けていただけませんか?」
中から女性の高くてかぼそい悲鳴が聞こえる。
マーティンはドアを蹴破った。
裏口からスミスが逃げようとしている。
地元捜査官が取り押さえたと叫んだ。
中に入り、ヴィヴィアンとマーティンは戦慄した。
大型犬を入れるケージの中に白髪の女性が、猿ぐつわ、足を縛られて拘束されている。
しかし、顔がまぎれもない、アリス・リターマンだった。
「アリス、FBIです。助けに来ました。もう安心です」
口のタオルをはずすと、アリスはほろほろ涙を流した。
「もう・・諦めていました。このままあいつの奴隷になって死ぬのだと・・」
マーサが入ってきた。
「あ、あなたは、夢に出てきた方!来てくださった!」
アリスがそう言って、マーサに抱きついて泣き始めた。
「もう大丈夫。あなたを迎えにきたの。さぁ、帰りましょう」
「はい・・」
アリスのブルーネットの髪は、極度のストレスと恐怖にさらされたショックで、
5年の間に真っ白になっていた。
念のため、アリスを地元の病院に入院させることになった。
ヴィヴィアンとマーティンは、護衛とその後の護送を地元捜査官に任せ、マーサとNYに戻った。
JFK空港で、マーティンがマーサに尋ねた。
「お家までお送りしましょう」
「いえ、いいのよ、家はロング・アイランドだから近いの」
「それでは、お食事でもいかがですか?」
「これでも、主人が家で待ってる身ですから、今日は本当にありがとう」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
2人が挨拶をして、ちょっと目をそらすと、もうマーサはいなかった。
オフィスに戻り、概要をボスに口頭で報告する。
「うむ。ご苦労だった」
ボスのオフィスから出てきた二人にサマンサとダニーが寄って来た。
「どやった、詐欺やったろ」
ダニーが勝ち誇ったように言う。
「どうして?」
マーティンが尋ねると、「あのばあさんの名前で登録されている社会保険番号はないんだよ。
同姓同名の女性は、去年亡くなってるしな」とダニーがとうとうと答える。
「それって、どこの人」
「え?ロングアイランドの人だけど」
サマンサが答えた。
ヴィヴィアンとマーティンは、顔を見合わせた。
「マーティン、私が報告書書くわ」
「ありがとう、ヴィヴ」
2人が驚かないばかりか、顔色を変えたので、ダニーとサマンサは訝った。
まぁええわ、晩飯にマーティン誘ってからかってやろう。
ダニーは、そう思って、にやっとした。
ディナーの席上でも、マーティンは言葉が少なかった。
大好きなジャクソン・ホールでバーガーを食べているのにだ。
ダニーは不思議でたまらない。
我慢しきれなくなって、マーティンに尋ねた。
「なぁ、お前、フィラデルフィアで何かあったんか?」
「・・・あのさ、その後、JFKに帰ってからなんだけど、マーサさんを車で送るって申し出たのに、
断られてね、ちょっと目を離したすきに、跡形もなくいなくなっちゃったんだよ。
その上に、ダニーが調べた身元調査結果でしょ。何だか気味が悪くて・・」
「そやったんか・・・不思議な話やな。でも俺の調査に不備があったかもしれんし。
だって、みんなで朝、オフィスに来るの見てるしな。実在してるで、あの人は」
「そうだよね!」
マーティンは薄気味の悪い思いを振り切るようにビールをがぶ飲みした。
Sealのプライベート・ライブの日がやってきた。
場所はロワー・イーストサイドにオープンしたばかりのクラブ「ザ・ボックス」だ。
ダニーは近くのカフェでジョージと待ち合わせ、パスを受け取って、クラブの入り口に並んだ。
「楽しみだねー!」
「お前、Seal好きやもんな」
「本人に会えたりするのかな〜」
ジョージがまるで素人のような事を言い出すので、ダニーは笑った。
「お前だってセレブやん。相手も知ってるかもしれへんし」
「だけど、僕、あがっちゃうよ。もうドキドキしてる」
ダニーたちのパスはVIPパスだったらしく、セキュリティーが優先して先に通してくれた。
中で、ニックとパーシャはすぐ見つかった。
なぜなら、報道陣につかまっていたからだ。
「今、近寄るとやばいよね」
ジョージがダニーに囁き声で話す。
「そやな、俺、スーツやし、お前のボディーガードってことでもええけど」
すぐにジョージも見つかってしまった。
ダニーはボディーガードらしく、後ろに控えめに立った。
ニックたちが寄って来る。
「これから楽屋行くぞ」
「本当?」
4人は、報道陣シャットアウトの楽屋口に入っていった。
楽屋では、奥さんのスーパーモデル、ハイディ・クラムもいた。
ニックが入ると、Sealが立ち上がり、すぐにハグする。
紹介してもらい、ジョージが握手すると
「わ、あなた、彼、ジョージ・オルセンよ、ほらNIKEのCMの」とハイディがSealに話しかけた。
「あぁ、あのCMかっこいいですね。俺もあんなに走れたらと思うけれど、もう年だからね」とウィンクした。
ジョージは「あ、あ、あの、CDにサインいただけますか?」とデビュー作と最新作を取り出した。
「お安い御用ですよ」
パーシャも直前に買ったのか、CDを持ってきていた。
「あら、あなたもモデルじゃない?お名前は?」
ハイディに促され、パーシャは小さな声で「パーシャ・コヴァレフです」と答えた。
「Seal、ハイディ、俺の彼だ」とニックが堂々と告げる。
「すごく素敵なカップルね、こちらは、ジョージの彼氏なの?」とハイディがダニーに尋ねた。
ダニーは、ちょっと躊躇した。
隣りのジョージが期待している答えは一つだけだ。
セレブに恥をかかせるわけにはいかない。
「はい、そうです、ダニー・テイラーいいます」と答えた。
ジョージがショックを受けている。
ダニーはジョージの手をぎゅっと握り締めた。
「今日は楽しんでくれ!そろそろ出番だから」
Sealとハイディに握手して、4人が外へ出た。
「ダニー・・・」
ジョージがぎゅっとダニーを抱き締めた。
「おいおい、もうシートに移動しようぜ。お二人さん」
ニックがにやにやしながら促した。
4人はステージ中央の最前列にあるVIPシートに座った。
ライブは素晴らしかった。
バンドの音や客の歓声に決して埋もれることのない伸びやかな声と歌唱力は健在だ。
90分ほどでライブが終わり、ニックたちはアフター・パーティーに誘われたが、
珍しくニックがきっぱり断った。
ザ・ボックスを出て、ダニーはニックに尋ねた。
「ホロウェイ、お前、変わったよな。前は絶対パーティーに行ってたはずや」
「いや、俺、パーシャにヘンな虫がつかないか心配でさ」
ニックが苦笑いする。
「ヘンな虫ってどんな虫?刺すの?臭いの?」
パーシャがわけが分からず、ニックに尋ねて、さらにニックが笑った。
「お前がさ、ヘンな男に誘惑されないか心配ってことだよ」
ニックが優しい言葉で伝えると、パーシャは「僕にはニックがいるから、もう誰もいらない」と答えた。
ダニーは短気なニックがこんなに優しくパーシャと話しているのかと驚かされた。
「じゃあ、飯、食いに行くか」
4人は、ニックを先頭に、ロワー・イーストサイドのレストラン・アレーと呼ばれる通りまで、てくてく歩いた。
ダニーが4人の食事を終えて、家に帰るとすでに2時を回っていた。
思わず口から出てしまった告白に感極まったジョージが、泊まってと頼んだが、
なぜかかったるく、自分の家に帰りたかった。
シャワーするのも面倒で、歯磨きと洗顔だけすませて、パジャマを着てベッドに入った。
朝、目覚ましで起きたものの、全身にだるさを感じる。
気になって、体温を測ったら、39度近くあった。
参ったな、仕事つらいわ。
ダニーは、目覚ましを8時にセットし、ベッドの中にまたもぐった。
8時にボスの携帯に電話をかける。
「すみません、テイラーですが、風邪引きまして、熱が・・」
「こんな季節に風邪か?何をしたんだ?」
「特には何も・・」
「ハレンチなことはするな。今日はゆっくり休め」
「了解っす」
ダニーは携帯をサイドテーブルに置いて、また眠り始めた。
昼になり、ダニーはリビングのがたごとする音で目を覚ました。
一応、拳銃を持って出て行くと、マーティンがスープのテイクアウトの容器を持って立っていた。
「ボン、来てくれたんや!」
「拳銃しまってよ。ソラマメのポタージュスープに卵いれてもらったからね。
それからホワイトロール買ってきた」
「ありがとさん、お前も食う?」
「僕、すぐオフィス帰らないと。ダニーがいないと何だか忙しくて」
「そか、悪いな」
「晩も来ようか?」
「よくなるかも知れへん」
「そんな雰囲気じゃないよ、フラフラじゃない!」
ダニーは、リビングのソファーに座って、スープとパンの食事を取った。
幸い、喉は腫れていないので、食べ物が入るのが有難い。
おかんが食べたくなくても栄養をおとりって言うてたな。
ダニーはスープの器とパンの包装紙をゴミ箱に捨てて、またベッドに戻った。
夜になり、少し空腹感が感じられるようになった。
が、デリバリーの食事は油っぽいので食べたくない。
そこに電話がかかってきた。
「ダニー、私だ。風邪なんだって?」
「アラン、誰から聞いたん?」
「マーティンだ。忙しくて夜、ダニーのところへ行けないからと、私に電話をかけてきた。
食欲はあるかい?」
「うん、あんまりない」
「とにかく待ってなさい、これから行くから」
アランはがちゃっと電話を切った。
40分足らずで、アランはやってきた。
ディーン&デルーカの大きな袋をかかえている。
「お前、寝てなさい。出来たら起こすから」
「ん、ありがと」
「礼はいらないよ」
アランは、ポルチーニ茸の入ったリゾットに鶏肉と卵を加えて、柔らかく煮直していた。
足りない時用にとローズマリーとオリーブのフォカッチャも買っている。
アラン自身は、オリエンタルチキンとワイルドライスサラダに野菜のマリネとフォカッチャを用意していた。
「今日は、アルコールはだめだぞ」
「アランは飲めば?」
「今日は車で来ているから、私もミネラルウォーターでいいよ」
「ありがと、忙しいのに」
「お前はいつまでたっても、人に頼るのがヘタクソだな」
アランはくすっと笑った。
2人は食事を終え、アランが手早く片付けを済ませた。
「じゃ、抗生物質と睡眠薬を置いていくから沢山寝なさい」
「ありがと、そうする」
「それじゃ、おやすみ、ダニー」
「おやすみ、アラン」
ダニーは玄関までアランを見送り、すぐマーティンの携帯に電話をかけた。
「あ、ダニー、元気になった?」
「お前、アランに電話してくれたんや」
「うん、彼なら合鍵持ってるかもと思ってさ。それより早く寝て風邪治してくれないと、
今度は僕が倒れそうだよ」
マーティンが笑った。
「ごめんな、じゃ、おやすみ」「おやすみ、ダニー」
ダニーは歯磨きと洗顔を済ませて、またベッドに戻った。
満腹のせいか、安心のせいか、すぐに睡眠に入った。
ダニーは2日寝込んで仕事に復帰した。
熱は下がったものの、だるさが残っている。
ボスはダニーにデスクワークを命じた。
ランチもマーティンがテイクアウトのオマールエビのスープとホワイトロールを買ってきてくれたので、
それをデスクで食べた。
一日、事件ファイルの更新作業だけなのに、ダニーはすっかり疲れ果てていた。
定時になったので帰ろうとすると、電話がかかってきた。
ジョージからだった。
「よ、どうした?」
「それがね、出張の予定が一日早まったの。今晩ってダニー、ご飯の都合大丈夫?」
「ああ、平気やけど・・」
「それじゃ、フェデラルプラザに迎えに行くよ」
そういってがちゃんと電話が切れた。
迎えってまさか黒塗りのストレッチリモじゃないやろな。
ダニーがプラザの広場で待っていると、その”まさか”がやってきた。
ジョージが窓を開けて、ダニーを呼んでいる。
ダニーは急いで、車に乗った。
「ごめんね、ダニー、仕事帰りだから、車が変えられなかった」
ジョージはダニーに何か言われる前に謝った。
「驚いたわ」
ダニーはそれだけ言って、窓の外を見た。
「今日はどこ予約した?」
ダニーが尋ねた。
「うん、たまにはスパイス・マーケットはどうかなって思って」
「お、久しぶりやな」
ジョージは外から見えないのをいいことに、ダニーの頬にキスをした。
「デイヴィッド、ミートパッキング・ディストリクトお願い」
「はい、オルセン様」
「えっとストリートアドレスは・・」
「スパイス・マーケットなら存じ上げております」
「ありがとう」
2人は13丁目まで下り、店の前でリムジンから降りた。
入り口を入ると、一階と地下が吹き抜けになっていて一階のテーブル席から下を見下ろすことが出来る作りだ。
もちろんジョージたちは、一階の半個室のスペースに通された。
超有名セレブシェフ、ジャン・ジョルジュの店にはずれは全くないと言われている。
ここもその一つだ。
2人は珍しく、プリフィクスのメニューにした。
7品目で$100だから悪くない。
ジョージは、クリュッグのグランド・キュベをオーダーした。
それだけで$300だが、ジョージにとっては普通のレベルなのだろう。
「出張は今度はどこや?」
「オレゴンにある小さな牧場。すごいんだよ。動物虐待で体も心も傷ついた馬たちを引き取ってるんだ。
それと、児童虐待の被害者たちを招いて、馬たちと触れ合わせることで、子供たちの傷も癒していくボランディアの牧場なんだよ」
「へぇー、素晴らしいコンセプトやな」
ダニーはふと、父親に殴られてばかりだった自分の少年時代を思い出した。
「僕も馬の世話するんだ」
ジョージは楽しみにしている様子だ。
「馬は人を見るって言うから気をつけろ」
ダニーが冗談交じりに言った。
「うん、バカにされないようにがんばるよ」
料理が運ばれてきたので、二人は食事を始めた。
「プラネット・グリーン」の番組を始めて、ジョージの知識欲は日増しに高まっているようだ。
スポーツ奨学金で大学を出たとはいうものの、優秀な成績で経営学士号を取得したと記事に書いてあったのを、ダニーは読んでいる。
ショーのシーズンはどうしてもゲイっぽいしぐさが増えるジョージだが、今は全く普通の男性だ。
それも女性が見ても魅力的な。
さっきからこのテーブル担当のウェイトレスが背中がぱっくり開いたドレスで料理を持ってくる。
ジョージに粉をかけているのは明白だが、彼は気が付かない。
そんなところはやはりゲイだからなんだろうか。
ダニーは、自分はジョージと出会った頃から何か成長しただろうかと考え込んだ。
いつかは、ジョージが自分の元からどこかへ行ってしまうのではないかという不安が頭をもたげてきた。
「ダニー、どうしたの?」
「この野菜の炒めがちょっと辛かった」
「サンバル炒めだね、慣れると美味しいよ」
ジョージが美味しそうに完食した。ダニーもだ。
「今度の出張はいつまでや?」
「ボランティア活動もやるから2週間」
「長いな」
「浮気しないでね」
「あはは」
ダニーは笑ってごまかした。
「お前こそ、カウボーイと浮気するな」
「僕はヴィレッジ・ピープル世代と違うからね」
ジョージが愉快そうに笑った。
ダニーはマーティンのネクタイをほどいてシャツのボタンを外した。
「ダニィ?」
「じっとしとき」
マーティンが期待に満ちた目で見つめる中、ダニーは腕を差し入れて抱きかかえようと試みる。
「ねえ、本当に何するの?」
てっきりキスされるのだとばかり思っていたマーティンが訊ねた。
「ええから。せーのっ!」
マーティンの体はかなり重い。ダニーはふらふらしながら立ち上がった。
足を踏み出すものの、その一歩一歩が危なっかしい。
いつこけてもおかしくないぐらいの不安定さに、マーティンはわーわー言いながらしがみついた。
「怖いっ、落ちるよ!」
「へーきへーき、落とさへんて」
そう答える間にも、ダニーはテーブルに足をぶつけてよろける。
「くそっ!」
「僕、降りたい」
「あかん。お前ぐらいちゃんと運べるんや、オレを信じろ」
ダニーは息を切らしながらベッドルームに行きかけた。
「あー、待って待って、バスルームはあっちだよ。シャワー浴びるんでしょ」
「そうやった」
ダニーは体勢を立て直してバスルームへと方向転換した。
バスルームから出た二人は、ペリエの瓶を回し飲みしてベッドに寝そべった。
窓から時折流れる夜風がさらっと体を撫でてゆく。
「涼しいな」
「ん」
「もっとこっち来い」
ダニーはマーティンを抱き寄せてキスをした。静かにキスをくり返しながら指と指を絡める。
耳を甘噛みして首筋に舌を這わせ、感じ始めたマーティンにまたキスをする。
微かに喘ぐマーティンの声を聞いていると、ダニーはたまらなく興奮してしまう。
体を重ねるとお互いの勃起したペニスが触れ合い、二人はがっつくようなキスを交わした。
ダニーはローションを手に取ると、マーティンを後ろから抱いてアナルに指を差し込んだ。
滑らかな指の動きに反応してマーティンが腰を浮かせる。
ダニーは耳元でここか?とささやきながら指をさらに動かした。
「ゃ・・・あぁっ・・・ぁぁっ・・・!!」
マーティンは首を振るが、ダニーがもたらす甘く疼く快感に声を抑えきれない。
もっと強い刺激を求めて自分から腰を擦りつけてしまう。
ダニーは指を動かすのを止めて引き抜くと、肩や首筋の愛撫に徹した。
あちこちにキスをして焦らしながら汗ばんだ背中にぴとっとくっつき、先っぽだけ挿入して愛撫を続けた。
ダニーは奥まで挿入すると、ゆっくり腰を揺らしながらマーティンのペニスに触れた。
先走りでぬるぬるの亀頭を弄りながら後ろから小刻みに動く。
「あぅっ!やだっ、そこ!」
マーティンのアナルはダニーのペニスをぎゅっと締めつけた。
吸いつくような粘膜の動きがペニスを包み込んで離さない。
「マーティン、お前の中すごい気持ちええわ」
ダニーの動きは自然と少しずつ速まる。でももっと焦らしたい。このまま射精したいのを我慢してまたペースを落とした。
「あぁっ、やっ!もうやだ・・・おかしくなっちゃう・・・ひっあぁぅっ!」
マーティンが身を捩りながら今にも泣きだしそうな目でダニーを見つめた。
ダニーは正常位に体位を変えた。安心させるためにキスをしながら腰を動かす。
マーティンはダニーの巧みな動きに翻弄されてしがみついた。
ペニスもアナルも恥ずかしいぐらいひくついている。
「ううっっ!そこっだめ!出ちゃう!」
ダニーが腰を掴んで突き上げると、マーティンは大きく仰け反って射精した。
脈動するペニスがびくびくっと精液を吐き出す。マーティンはいつもより長い射精感を味わってぐったりした。
「よかったか?」
マーティンはこくんと頷いて照れくさそうに目を閉じた。ダニーはおでこにキスをして微笑む。
自分もそろそろ限界だった。マーティンの膝に手を置いて数回腰を打ちつけただけですぐにイキそうになる。
「うっ・・・」
ダニーは短く呻いて射精した。はぁはぁと息を弾ませながらマーティンの隣に寝転がって抱き合う。
マーティンの手がそっと頬に触れ、ダニーはその手に自分の手を重ねてにっこりした。
ダニーが寝ようとしていたところに電話がかかってきた。
「はい、テイラー」
「あ、僕、マーティン」
「どうした?眠られへんのか?」
「ううん、今、PC検索してたら、明日の独立記念日のディナークルーズに空きが出たんだって。
行かない?」
「ええけど、何時の出航や?」
「午後6時半スタートで、帰りは11時だって。サウス・ストリート・シーポートの16桟橋からなんだけど」
「了解」
「ちょっと待ってね、はい、今、予約入れた。それじゃ、明日現地集合ね」
「よっしゃ」
秋にジョージと出かけたクルーズと同じ会社のはずだ。
しかし、NYでゆっくり独立記念日の花火を見たことのないマーティンには、嬉しいイベントだろう。
ダニーはベッドに入り、静かに寝始めた。
翌日、昼まで眠り続けたダニーは、もそもそと起き出して、外のカフェにランチを取りに出かけた。
どうせ夜はビュッフェスタイルだろう。
軽く日用品の買い物をしてから、地下鉄でサウス・ストリートまで出かけた。
ところが、社交服で着飾ったカップルがどんどん乗船している。
ダニーは普通のジャケットにポロシャツとスラックスだ。
マーティンも同じような格好で現れた。
「お、マーティン、何かすごいな」
「キャンセル出たコース、一番高いのだったからかも・・・」
2人はとりあえず乗船し、シャンパンサービスのグラスを受け取った。
高級レストランさながらに、テーブル席になっている。
カナッペが並んでいるテーブルがあったので、二人は、
少し摘んでからフィッツジェラルド様と書かれた札が立っているテーブルに腰掛けた。
相席になっているらしく向かい側は上品な老カップルだった。
「今晩は。よろしく。ゲーブルです。トニー・ゲーブル。こっちは妻のキャサリン」
「どうぞよろしく。お2人ともハンサムね」
キャサリンに言われて、ダニーとマーティンは照れ笑いをした。
ライブバンドのジャズと共にディナーが始まった。
料理は豪華だ。まず、トロピカルオードブルの盛り合わせ、白カビチーズと生ハムのカダイフ巻き、
紫芋のポタージュスープ、鱸のグリエ・焦がしバターとオレンジのソース、神戸ビーフの炭火焼、
そしてやっと、デザートのココナッツケーキとマンゴプリンとコーヒー。
ゲーブル夫妻の話は軽妙で楽しかった。結婚45周年記念なのだそうだ。
キャサリンは盛んにダニーとマーティンには意中の人がいないのかと知りたがったが、
二人は曖昧な答えでぼかしていた。
そして、ディナーが終わるといよいよ花火の時間だ。
百貨店のメイシーズがスポンサーのこのイベント、今年はなんと12万発の花火を用意したと新聞に書いてあった。
まず水中花火から始まり、次に段々と大玉が上がり始める。
マーティンが花火の花が開くたびにわぁーと小さな声を上げるのが可愛らしい。
花火の光に照らされた顔は、まるで少年のようにあどけなかった。
ダニーは、しばしマーティンに見とれていたが、また花火に目を移して、その光景を楽しんだ。
1時間ちょっとの花火ショーが終わり、またカクテルタイムになった。
トニーは、マーティンとダニーに名刺を渡し、もし必要があったら頼ってくるといいと言ってくれた。
2人は名刺を見てぎょっとなった。
全米で1,2を争う巨大弁護士事務所のオーナーだったのだ。
「ゲーブルさん、お聞きしていいですか?」
ダニーが尋ねた。
「あなたなら、船をチャーターできるのに、どうしてこれをお選びになったんですか?」
「それは、初心を忘れないためですよ。私がケンタッキー大学を卒業してこの街にキャサリンとやってきたその頃をね」
トニーはウィンクした。
ダニーとマーティンも名刺を出した。
「ほぅ、君たちがねー。最近のあの組織はルックスも考慮するのかな?」
「まぁ、あなたったら。お2人とも優秀なのよ、ねぇ?」
キャサリンに胸をポンと叩かれて、トニーは大笑いをした。
クルーザーがピアに戻ったのが11時、アルコールのせいでけだるい2人は、タクシーでマーティンのアパートに向かった。
翌日は土曜日だが、今日の休日の振り替えで、2人とも出勤だ。
マーティンがバスタブにお湯を張り、ダニーに入浴を勧めた。
「あれ、一緒に入らんでもええの?」
「だって、そうすると、違うことしたくなるから・・・」
「そか。じゃあ、お先」
ダニーは、マーティンの使うムスクの香りのバスジェルが好きだった。
いかにも男らしい香りがする。
そこへいくと、ジョージは、さまざまな香りのジェルを使っているが、どことなく女性的な香りもある。
同じゲイでも違うんやな。
そう思いながら、シャワーで泡を流した。
バスルームから出ると、マーティンがパジャマ姿でソファーで転寝していた。
「おい、ボン、風呂やめるか?」
「うぅん、ねむ・・・」
「おい、そこで寝るな。俺がベッドまで運んでやる」
ダニーはマーティンをお姫様だっこして、ふらふらしながらベッドまで運んだ。
また、こいつ重たくなったんやないやろか。それとも俺の筋力不足か。
ダニーはマーティンがいないのをいいことに、全裸で腕立て伏せを50回ほどしてから、
トランクスを履き、パジャマに着替えて、マーティンの隣りに身を横たえた。
朝が来て、オフィスに出勤すると、ヴィヴィアンが一人で黙々と仕事をしていた。
「あれ、ボスとサマンサは?」
「昨日出てたから、今日は代休よ」
ボスとサマンサにとっては、国民が一斉に休む祝日より土曜日の方がまだいいのだろう。
またホールフーズマートで買い物だろうか。
ダニーは想像して思わずくすくす笑いを漏らした。
全米が木曜日の昼から連休が続く休日の中日だ。
まったくと言っていいほど、事件も起こらず、電話すらかかってこない。
定時になり、ヴィヴィアンが待っていたように、バッグを持ち上げ、「それじゃお先にね」と帰っていった。
「俺たちも帰ろか」
「そうだね」
ダニーはボスの携帯に、マーティンはサマンサの携帯にそれぞれ電話し、新事件がなかったこと、過去の事件に進展がなかったことを伝えた。
そして2人も荷物を持って、オフィスを出た。
「ねぇ、今日は家で、デリご飯食べない?」
マーティンが地下鉄の駅の前でダニーを誘った。
「ええな。昨日のディナーが美味すぎて、外食思い浮かべられへんし」
2人はアッパー・イーストまで上り、レストランに併設されたデリ「イー・エー・ティー」に寄った。
ダニーが、注意深くアーティチョークとなすのサラダ、ミートローフに付け合せの温野菜、
ホワイトロールを6つ選んでいると、マーティンが、ターキーブレスト・サンドウィッチを二つ持ってきた。
「ん?これもか?」
「明日の朝用だよ」
「おー、気がきくやん」
マーティンはちょっと笑って、デリの外に出た。
ダニーがキャシャーで支払いを済ませて出ると、にわか雨が降ってきた。
「わ、大変だ!」
「どないする?あと15ブロックあるで」
2人はデリの前で、30分ほど待ち、やっと流しのタクシーを拾った。
「チップはずむから、近いけど96丁目までいいかな」
「ああいいよ」
二人はほっとしてマーティンのアパートについた。
まずずぶぬれになったので、シャワーをして着替えを済ませる。
すると2人の携帯に同時に電話がかかってきた。
「誰から?」
「トム。ダニーは?」
「アランや」
2人で話し始める。
明日の日曜日、BBQのお礼のホームパーティーをやってくれるらしい。
二人は、目配せで招待を受けた。
「さて、デリ飯食おうぜ」
「じゃ、僕、ビール持ってくる」
「よっしゃ」
2人のディナーが始まった。
日曜日、ダニーとマーティンは昼頃目が覚めた。
昨日買っておいたターキー・ブレストサンドウィッチでコーヒーの軽いランチを食べる。
「なぁ、差し入れのワインか何か買いにいかへん?」
「そうだね!」
2人でヴィネガー・ファクトリーまで歩き、ワインを物色した。
とりあえず、コッポラとモンダヴィのシャルドネをゲットできた。
マーティンはマンゴータルトをワン・ホール持ってきた。
これでいいだろう。
夕方になり、二人は手土産持参で出かけた。
風がさわやかな日なのでいい散歩になる。
セントラルパークを突っ切り、2人はダコタハウスの角を曲がって、アランのマンションに着いた。
「こんばんはー」
インターフォンでセキュリティーを解除してもらう。
2人はアランの部屋へと向かった。
部屋に入ると、エプロン姿のトムが出てきた。
ダニーが思わず、笑いを漏らすと、トムが「全く失礼な客だよ」とダイニングの中に招きいれた。
テーブルの上を見てびっくりした。
寿司屋さながらに、刺身の乗った皿がいくつもある。
あと、ディップらしいものが数種類とサラダが並んでいる。
「やぁ、よく来たね。今日は、自分で作るスシパーティーにしてみたんだ。さ、座ってくれ」
アランがキッチンから出てきて、そう説明した。
大きな皿に山盛りのご飯も並べられる。
一人ひとりの皿には、大判の海苔が沢山乗っていた。
手巻き寿司パーティーが始まった。
ツナのディップや、クリームチーズ、サルサソース、キャビアなど、
寿司屋では出ないネタもあり、4人はわいわいと手巻き寿司を作っては食べた。
マーティンがライスを乗せすぎてすぐに寿司をパンクさせるので、ダニーがマーティンの分まで巻いてやった。
アランとトムが大笑いしている。
「お前たちって、お互いベターハーフだよな」
ダニーとマーティンは顔を見合わせ、照れ笑いを浮かべた。
アランが用意したワインはカレラのシャルドネだ。
カリフォルニアのドメーヌ・ロマネコンティと呼ばれ、なかなか市場に出回らない代物だ。
ダニーが思い出したように
「なぁ、アラン、今日、差し入れでコッポラとモンダヴィのシャルドネ持ってきた。
あと、家になキスラーもあるんやけど、ええワインなん?」と尋ねた。
「え、あのキスラーか?」
「あのキスラーもこのキスラーも分からへんけど、ヴィンヤードから直接買ったやつ」
「おい、それってダニー、超貴重品だぞ。1本$400は下らない」
トムが口出しした。
「へ?そんなにすごいんか?」
「ダニー、どうやって保管しているんだ?」
アランが心配そうな顔で尋ねた。
「ワインセラーに入れてる」
ほっとため息をアランがついた。
「今度、持ってくるわ」
アランとトムは大喜びだった。
マーティンは何か言いたそうな顔をしたが、静かに寿司をほおばった。
帰り道、マーティンがダニーに尋ねた。
「ねぇ、ダニー、さっきの話の高価なワイン、どうしたの?」
「あ、プレゼントや」
「そうか、やっぱりジョージだね」
マーティンは下を向いた。
「ごめんな、ヘンなこと言い出した俺が悪い」
「いいよ、ダニーの友達だもん。いいやつだしさ」
マーティンはそういって無理やり笑顔を作ろうとした。
「じゃ、俺、地下鉄で帰るな」
「ううん、家に帰ろうよ」
「いいのか?」
「バカダニー、そんなの気にしてられないよ」
マーティンは、ダニーの手を取り、ぎゅっと握った。
「おい、お前・・・・」
「いいじゃん、セントラルパークの中くらい、手をつないで歩こうよ」
ダニーはマーティンに手を取られ、公園の緑の中に入っていった。
月曜日、久しぶりにチームが全員顔をそろえての勤務開始となった。
朝のミーティングは、連休中の連絡確認が中心に行われた。
ミーティングが終わり、皆が席に戻ると、ダニーの方へサマンサが近寄ってきた。
「ん?どないしたん?」
「ちょっと相談があるの、ランチ空けといてくれる?」
「ええけど・・」
サマンサの話とは、ダニーの予想通り、手料理のことだった。
フルーツトマトのカッペリーニをどんどん食べながら、サマンサが話すには、
一回目の手料理が上手くいきすぎて、その後、全然、ボスに満足してもらえなくなったと言う。
「じゃ新しいレシピが必要なんやな」
「そうなの、また教えてもらえないかしら」
「ええよ、今日でもええし」
「でも、私が勘が鈍るから金曜日でもいい?」
ダニーはちょっと考えたが、まだジョージも帰ってこない。
「了解」とサマンサに返事をした。
「ありがとう!すごく助かる!」
2人はランチを終えて、オフィスに戻った。
定時に仕事が終わり、ダニーが帰り支度をしていると、マーティンが寄ってきた。
「ダニー、今日、ご飯食べて帰らない?」
サマンサもヴィヴィアンもまだいるのに、はっきりした声で尋ねる。
「ええよ」
「それじゃ、1階で待ってるね」
バックパックをしょってエレベータの方に歩いていくマーティンの後ろ姿を見ながら、
ヴィヴィアンが笑った。
「この頃、うまくいってるみたいじゃない、ダニー」
ヴィヴィアンは2人がケンカをしている時をすぐ察する鋭い勘を持っている。
「まぁなー、相手はボンやから」
ダニーはわけのわからない理由を述べて「そんじゃお先」とマーティンの後を追った。
マーティンが1階ホールで携帯で電話をかけていた。
ダニーがそばによると、「それじゃよろしく、シェーシェーニー」とマーティンが電話を切った。
「何や、中国語やん。そんな友達おったんか?」
「違うよ、ジョーズ・シャンハイに席を予約したんだよ」
「もう行くとこ決めてるんや」
「うん、夏メニューが始まったってニューヨーカーに書いてあったから」
「相変わらずグルメ記事はチェックきついな」
「その他だって読んでるよ、さ、行こう!」
2人はふらふらチャイナ・タウンまで歩き、ジョーズ・シャンハイに入った。
「フィツジェラドー様、2人ね」
まだ英語に慣れないのかたどたどしい発音で呼ばれた。
テーブルに着いて早速ビールをオーダーする。
「夏メニューって何?」
ダニーが聞くと、「セサミスープの冷たいヌードルだって」とマーティンが答えた。
「へぇ、なんかうまそうやな。想像できへんけど」
2人は名物の小籠包と冷たいヌードル2つにハラペーニョ入りのマーボー豆腐とチャーハンを頼んだ。
「はい、冷やしタンタンメンね」
まず冷たいヌードルが来た。食べてみるととても美味しい。
「スープ、全部飲めそうだね」
マーティンは満足そうだ。
ハラペーニョ入りのマーボー豆腐は舌に火がつくほど辛かったが、暑い夏にはちょうどいい刺激だ。
その上、ビールも進む。2人は大満足でチェックした。
「ふぅー、お前のおかげで美味いもんが食えるなー」
ダニーが言うと、マーティンは嬉しそうに笑った。
「でもダニーのがNY長いのにね」
「俺、お前が来るまで、食べ歩きなんてしてなかったからな」
「ふーん、そうなんだ」
「なぁ、シアトルもそんなに詳しいのんか?」
「・・・そういえば、あんまり食べ歩きしてなかった気がする。
やっぱり一緒に食べてくれる人がいないとダメだよね」
「また美味い店見つけてくれよ、楽しみやわ」
ダニーの言葉に、マーティンはまた嬉しそうに笑った。
ダニーが家に戻ると留守電が点滅していた。早速再生する。
「ダニー、僕です。お仕事お疲れ様。今日って知ってる?
中国の伝説でね、こと座のベガとわし座のアルタイルが一年に一度だけ会える日なんだって。
ロマンチックだよね。ここは牧場だけで、回りに何もないから夜まっくらで、星がきれいです。
僕も早くダニーに会いたいな」
ダニーはジョージの携帯に電話をかけた。
「・・・オルセン」
消え入るような声だ。
「ジョージか?」
「あ、ダニー!ごめん。寝てた」
「疲れてるのか?」
「牧場って朝が早いんだよ。4時に起きないといけないから、早寝になっちゃった」
「そか、ごめんな、こんな時間に」
「ううん、ダニーの声が聞けて嬉しいよ」
「来週やな、NYでベガとアルタイルが会えるんは」
「あ、留守電聞いてくれたんだ。カウボーイで、すごく博学の人がいるんだよ。
その人に教えてもらった」
「みんな優しくしてくれてるか?」
「うん、一緒に馬糞集めたり、BBQしたり、結構楽しいよ」
ジョージはくくっと笑った。
「何か食いたいもんあったら、レストラン予約するから」
ダニーの言葉に「一番食べたいのはダニーだから予約お願いします」とジョージは答えた。
「はい、かしこまりました。じゃあな、そんなに早いんじゃ寝なくちゃな」
「ありがと、ダニー、愛してる」
電話は切れた。カウボーイに混じって馬糞の処理か。
ダニーは、セレブになっても変わらないジョージにある種の尊敬の念を抱いた。
マーティンが眠ろうとしていると携帯が鳴った。
「ドミニク」と出ている。
「はい、フィッツジェラルド、ドム、久しぶりだね」
「・・ねぇ、マーティン、これからマーティンの家に行っても構わない?」
時計を見るともう12時を回っている。
「いいけど、ジェリーは?」
「ちょっと・・・じゃ、これから行くのでよろしくお願いします」
マーティンが待っていると、チャイムが鳴った。
TVカメラにドムが映っている。顔がひどく腫れていた。
「ドム、入って」
「はい」
ドムが上がってきた。
「一体、どうしたんだよ!すごい顔じゃないか!」
マーティンは、ドムをリビングのソファーに座らせた。
「今、氷持ってくるからね」
氷をジップロックに入れてドムに手渡した。
「ありがとう」
「誰にやられたの?ひょっとしてジェリー?」
「・・うん、今日はいつもより酷くて」
「お酒?」
「そうみたい。今日、イラクから帰還した友達のパーティーがあって出かけたんだけど、
帰ってきたら、へべれけで。ベッドに寝かそうとしたら、ぼこぼこ殴られた」
「酷いな」
「もう、僕、限界かもしれない・・・」
ドムはそう言って、うなだれた。
「なぁ、どうだろう。ジェリーにセラピーを受けてもらったら?」
「無理だよ。費用も払えないし」
マーティンはちょっと考えた。
「もしかしたら、知り合いの精神科医が助けてくれるかもしれない。
とにかく今日はもう休もう。辛いだろ?」
ドムはこっくり頷いた。
マーティンは着替え用のパジャマを用意して、ミネラル・ウォーターのボトルと一緒にドムの隣りに置いた。
マーティンがベッドで本を読んでいると、ドムがベッドに入ってきた。
マーティンの背中にぴったり体をくっつける。
「ドム・・」
「マーティン、こうしててもいい?」
「ああ、いいよ」
マーティンは本を置き、サイドライトを消した。
しばらくすると、ドムの寝息が聞こえてきた。
マーティンも安心し、目を閉じた。
朝、マーティンが目覚ましで目を覚ますと、隣りにドムの姿がなかった。
パジャマがきれいにたたまれて、ブランケットの上に置かれていた。
マーティンは昼休みに一人でランチを食べるとダニーに言って、外に出た。
フェデラル・プラザに置かれているベンチに腰掛けてドムの携帯に電話を入れた。
「はい、シェパードです」
「僕だけど、今、勤務中?」
「そうです」
「あのさ、昨日みたいな事がまたあったらいつでも来ていいからね」
「ありがとうございます。それでは」
あんなに顔を腫らして、ドムは大丈夫なんだろうか。
マーティンは一日中気になって仕方がなかった。
晩御飯をダニーに誘われて、珍しくカーネギー・デリに出かけたが、
名物のパストラミサンドを食べても、ピクルスを摘んでも、気持ちが晴れなかった。
「今日はめっちゃ静かやん。何かあったのか?」
ダニーが心配顔で尋ねた。
ダニーに隠し事は出来ない。
マーティンは昨日の顛末と今日のドムの電話の様子を話した。
「DVか。辛いな。逃げられへんしな」
ダニーが深く考え込んだ。
マーティンにはダニーの実の父親が常習者だったのを話したことはなかった。
「ねぇ、アランに相談してもいいかな」
マーティンがダニーに了承を得るように尋ねた。
「専門かどうかは分からへんけど、詳しい人知ってるかもしれへんな。これから行こか?」
「え、これから?」
「電話してみるわ」
ダニーが外に出て、携帯で話している姿をマーティンはずっと見ていた。
「今からええって。じゃ、チェックして、アランとこ行こう」
ダニーはチップをテーブルに置いてレジに向かった。
アランのところで、2時間ほど過ごして、2人はマンションを出た。
「まずは、ジェリーに加害者の意識持たせるところからやな、そうすれば暴力克服プログラムに入れるわけやし」
「うん、でも、とっかかりが一番難しそうだね。どうしよう」
「まずは、お前からドムにきっちり今の話を聞かし。アランんとこに行ってもええやん」
「うん、考えてみるよ」
「じゃ、俺、今日はブルックリンに戻るわ」
「ごめんね、つき合わせちゃって」
「ドムは優秀な警察官やもん。俺たちの仲間やんか」
「ありがとう、ダニー」
「じゃあな」
ダニーは地下鉄の駅に向かって歩き出した。
ダニーは、サマンサに頼まれたメタボ対策レシピレッスンのため、サマンサのアパートを訪れた。
前に来た時より、若干雑然としている。
「ごめんなさい。汚れてて。ジャックって汚し屋さんなのよ」
バタバタと雑誌やDVDを片つける。
「そんなん、気にすんな。さぁ、レッスン始めようや」
「ありがと、ダニー」
「俺、昼間にチャイナタウンに出かけて、野菜とか買ってきた。今日はそんなんでやってみよか?」
「わー感激!私、チャイナタウンで買い物したことないわ」
「あっこのスーパーはええで。日本食もおいてあるしな、珍しい野菜が沢山あるわ」
ダニーは、買い物の中身をキッチン台に並べた。
パクチー、豆苗、空芯菜、豆腐、乾麺、きのこ数種類、日本のそばつゆ、油揚げ、キムチなどが出てきた。
ダニーは手際よく、野菜はお浸しと、ゴマ油の和え物と、卵との炒め物に分けた。
豆腐はラー油醤油とパクチーで食べられる冷奴状にした。
乾麺は茹で方を教え、そばつゆにあわせる食べ方を教えた。
油揚げとキムチは豚肉の薄切りを湯通しして和える様に伝えた。
「なんだか、面白い料理ばっかり。あの超イタリアンなジャックが喜ぶかしら」
「そのイタリアンに傾倒しすぎなんが、メタボの原因やで。
どうせ、平日は、ピザかチャイニーズのデリバリーやろ。油ばっかりやん。
これなら、油分は相当カットできると思う。あとは、デリでワイルドライスサラダとか買えばええんやない?」
「そうねー。一つ一つが結構量があって、美味しそうだから早速やってみる。ダニーありがとう!」
サムはそう言って、ダニーに抱きついた。
「お、おい、俺がその気になったらどないすんの?」
ダニーが冗談めかして言うと、「それは絶対にないって確信してるから」とサム。
「さ、ご飯食べに行きましょう。もう、どこでも言って!おごるから」
そう言われても、女性にたかるヒモみたいに思われたくはない。
ダニーはサマンサのアパートからそう離れていない、「ジャイヤ」というタイレストランを選んだ。
「わ、ここ来た事ないわ」
二人は窓際のテーブルに通された。
金曜日でもあり、デートに間違えられてたのは明白だ。
2人はビールを頼み、ソムタムと、活きエビのレモンソースサラダ、ラープガイとトムヤムクン、
鴨のココナッツカレーにジャスミンライスを頼んだ。
「タイ料理もカロリー低そうね」
サマンサは興味津々だ。
「リッツォーリ行って、料理本買うたらどやねん?」
「それがね、料理本だと全然うまくいかないの」
ダニーは苦笑した。
「まあ少しずつだけど体重も落ちてきてるみたいだから、もうちょっとよね」
「そやな、がんばり」
「ありがと。ダニーはいいわね?全然ウェイトもメタボも問題なしでしょ?」
「体質やないかな。子供んころは栄養失調やったしな」
「そうか。マーティンとちょっと違うのね」
「あいつは、ボンやもん。贅沢三昧の食事の結果やろ?」
「そうよねー、名門フィッツジェラルド家の跡取りなんだから」
2人はデザートのマンゴープリンまでぺろっと平らげた。
これで2人で$60だから安いといえよう。
「ダニーは、週末何するの?」
「俺?久しぶりにNYに帰ってくる友達がおるから、食事かな」
「彼女とは過ごさないの?」
「まぁ、色々あってな」
「男って男の友情を優先させるのよね」
「女かてそうやろ?」
「まぁね、でも男のがひどいわよ」
2人は歩きながら大通りに出た。
サマンサは徒歩で帰るというので、ダニーは地下鉄の駅に向かって歩き始めた。
ダニーが家に戻ると留守電が点滅していた。再生ボタンを押す。
「お疲れ様ですー。ダニー、僕ね、明日の夜帰ることになった。
日曜日に会えたら最高なんだけど、都合はどうですか?」
ダニーはもう遅いと思いながらも、ジョージの携帯に電話をかけた。
「・・・オルセ・・・」
「おい、ジョージ!」
「あ、ダニー、ごめんね!明日の朝最後のご飯だから、僕が作るの。だから早く寝てたんだ」
「ごめん。早く帰れるんやな」
「うん、いい撮影も沢山出来たし。すごく勉強になったよ。日曜日は大丈夫?」
「ああ、俺の家でも、レストランでもお前の家でもどこでもええよ」
「うーん、じゃ、僕の家に来てくれる?」
「よっしゃ」
「じゃあ、寝るね」
「ああ、おやすみ」
「ダニー、愛してる」
「わかってる」
翌日の土曜日は、ダニーは日用品を買いにスーパーに出かけ、
クリーニングを取りに行き、洗濯を済ませて、夕方からアルの店に出かけた。
「よ、いらっしゃい。何だか嬉しそうだな、ダニー?」
アルに図星を指され、ダニーは照れ笑いを浮かべた。
「あぁ久しぶりに友達に会えるんや」
「友達?彼女だろ?」
「あぁ、彼女やった」
「そう言えよ、紛らわしいな」
「今日は飯食わしてくれへんか?」
「おお、お安い御用だ。今日は、ローストラムが美味いぞ。
ハーブとガーリックで味付けしてワインソースで煮込んだ奴だ。マッシュドポテトとまめをつけてやる」
「それ、めちゃ美味そう」
「OK」
アルは厨房のフラニーに声をかけた。
生のキルケニーを飲みながら、ふぅっとしていると、携帯が震えた。
ジョージだ。ダニーは店の外に出て、話し始めた。
「もう家に着いたんか?」
「うん、今、パーシャが来てて、預けてたデンファレのジョニーを持ってきてくれたんだ。
満開だよ!僕らのジョニー!」
「へぇ、すごいな」
「ダニーも見たらびっくりするよ。明日何時ぐらいに家に来る?」
「そやな、3時すぎはどやろ?」
「OK、それじゃ待ってるね。早く会いたいよ」
「俺もや」
店に戻るとアルがにやにやしていた。
「本当に嬉しそうだな、ダニー」
「ああ、大切な相手なんや」
「そりゃご馳走様」
ダニーは美味しくローストラムとビールで食事を終え、部屋に戻った。
明日はジョージの手料理だろうか?
牧場でも料理をしていたようだから、出来れば、自分が作ってご馳走してやりたい。
ダニーはバスタブの中で、そんなことを考え、バスから出て、
コントレックスをぐいっと飲むと、ベッドに入った。
ダニーは11時頃までゆっくり寝て、外にブランチを食べに出た。
近くのカフェで、エッグベネディクトとカフェオレで済ます。
ジョージに電話かけると「ダニー、おはよう!」という爽やかな声だ。
「なぁ、今晩、俺が作ろか?」
「ううん、もう用意してるから心配しないで。ダニーはダニーだけで来て」
「それでええのんか?」
「うん、お願いします」
「OK」
2時半になり、ダニーは地下鉄でリバーサイドに向かった。
サインと静脈チェックで中に通してもらった。
ダニーがチャイムを押すと、パーシャが出てきた。
「おー、元気だったか、パーシャ?」
「僕は元気。ダニーは元気なかったよね?」
ふふっと笑って、ジョージを連れてくる。
「はい、ハグとキスー」
パーシャに言われて、2人はハグとキスを済ませた。
「ほらっパーシャ、トルティーヤ見に行って」
「はい!」
ジョージは照れ笑いだ。
「2人だけのつもりだったのに、パーシャがニックも呼んじゃってさ」
「ええやん、にぎやかで」
「そうだね」
「今日はメキシカンか!」
「うん、ダニー、好きでしょ?」
「ああ、ありがとなー」
ダニはあらためてジョージにキスをした。
ガッカモーレのソフトタコスから始まって、アボカドとトマト、チーズのチキンサラダ、
チョリソー、シーフードのチリソース炒め、牛とチキンのファフィータ、ジャンバラヤと
メキシコビールですっかりお腹が一杯になった4人だ。
ニックがパーシャとソファーでふざけ始めたので、ダニーとジョージはキッチンに食器を運んだ。
「お前、こんなにがんばらなくてもええのに」
「だって、久しぶりなんだもん。それにカウボーイの人にならったレシピもあったしさ」
「へぇーどれ?」
「隠し味だから秘密だよ」
「とにかくありがとう」
ダニーは、ジョージの顔に手を伸ばし、両頬をはさんで、唇に熱いキスをした。
「だめだよ、体がうずいちゃう」
「今日はあいつらがいるから無理やな」
「そうだね・・ねぇ、週の半ばでも大丈夫?」
「仕事によるけど、電話してくれれば、わかる」
「わかった。今回のロケが長かったから、今週お休みなんだ」
「よかったやん」
「うん、早くダニー食べたいもん」
「あほ!」
ダニーは明日の仕事があるので、先にブルックリンに帰った。
新しい週の始まりだ。
暑さのせいか、このところ事件の発生件数が減っている。
皆、過去の事件ファイルを探し出しては、更新作業を行う日が続いている。
冷房が入っているとはいえ、ビル自体の築年数が古いので、あまり涼しいとはいえない。
ダニーもマーティンもYシャツを腕まくりして、作業を行っていた。
サマンサは、キャミソールにレースのカーディガンで涼しそうだ。
ヴィヴィアンもコットンの着心地の良さそうなTシャツを着ている。
「女性捜査官はええなー。なんで俺たち、夏でもスーツなん?」
ダニーがぶつくさ文句をたれた。
「連邦捜査官の服務規程をよく読みなさい、ダニー」
ヴィヴィアンは笑いながら、ファイルを渡した。
「メン・イン・ブラックが制服なんだから、仕方ないじゃない」
サマンサはキャミソールだけになり、フロアを闊歩していた。
ダニーがアイスコーヒーを買いに、外のスターバックスに出ると、携帯が鳴った。ジョージだ。
「よぅ、元気か?」
「うん、今日は事務所に寄って、これからのスケジュールの打ち合わせした。ダニーは?」
「暇こいてる」
「ね、じゃあ、家にこない?」
「ああ、ええな。でもお前の手料理はこないだ沢山食ったし、外食しないか?」
「うーん、そうだね、じゃあ、場所決める。メールするね」
「よっしゃ」
「じゃ後でね」
ダニーはガッツポーズを小さく決めて、オフィスに戻った。
夕方になりテキストメッセージが入ってきた。
イーストヴィレッジの「クロング」という店だ。
時間は8時とある。
ダニーは余裕を持って、オフィスを出た。
イーストヴィレッジまでの間、カフェに寄り、レモネードを飲んだ。
「クロング」は3階建てのレストランで、それぞれのフロアでテーマが決まっているらしい。
ダニーがジョージの名前を出すと、3階の半個室のフロアに通された。
ジョージがすでに座って、メニューを見ていた。
「遅なった、ごめん」
「いいよー。すごく美味しいそうだよ」
「タイ料理やから、お前に任せるわ」
「あ、ありがと」
ウェイターがオーダーを取りに来た。
メニューから顔を上げたジョージの顔が凍りついた。
「え、チャニン?」
「オルセンさん、弟のチャイヤです。やっとあなたに会えました」
ぽかんとしているダニーにジョージは簡単に紹介した。
「僕がバンコクにいた時にお世話になった人の弟さん、チャイヤ・ディティーペン」
ダニーはチャイヤと握手した。
「今日はシェフのおまかせではどうですか?」
「そ、そうだね」
「かしこまりました」
サテーに生春巻き、ココナッツチキンスープにラープ、ソムタム、
豚のスペアリブ・レモングラスソースにカレー・ヌードルとパイナップルチャーハンだ。
「どないした?味があわへんのか?」
「ううん、そんなことにない。ここはすごく美味しい店だよ」
言葉が少ないジョージにダニーは訝った。
勘定をチャイヤに支払い、2人は外に出た。
「何かあったんか?」
「ダニー、ごめんね、今日、ここで別れてもかまわない?」
「ああ、ええけど。お前、本当に大丈夫か?」
「うん、何だか疲れちゃったみたい。ごめんね」
「じゃ、リムジン呼ぼうか?」
「あ、タクシーで帰るよ」
ダニーは大通りまでジョージを見送った。
「じゃあね、ダニー、ごめんね」
「電話せいよ」
「わかった」
ダニーは走り去るイエローキャブの後姿をずっと見つめていた。
ダニーは、「クロング」でチャイヤを見た時のジョージの驚愕の顔が忘れられなかった。
ジョージは、バンコクとプーケットにいた頃の話はほとんどしない。
オリンピック選考会で負傷を負い、陸上界を追放された彼が、
マスコミから逃げて数ヶ月過ごしたのが、タイだったというのだけは聞いている。
一体、チャニンとチャイヤは何者なんやろか。
ダニーはジョージに聞くしかないと心を決めていた。
ダニーは、仕事を終え、ホールフーズマートで適当にデリの料理を選び、電話もせずに、リバーテラスに向かった。
署名と静脈チェックのあと、セキュリティーがハウスフォンで確かめている。
「テイラー様どうぞ」
ダニーは最上階行きのエレベータに乗った。
廊下でジョージが待っていた。
「びっくりした!」
「たまにはええやろ、はい、飯な」
「ありがとう・・入って」
ジョージは、まだ全くディナーの支度をしていないようだった。珍しい。
「美味しそう。ダニー、ありがとう。温めるから待っててね」
ジョージがコントレックスを持って出てきた。
ダニーは受け取り、ぐいっと飲み、カウンターダイニングに腰掛けた。
ジョージがどんどんデリの料理を皿に盛って出してくる。
「ワイン、飲む?」
「ああ」
ジョージはキスラーのシャルドネを開けた。
二人で、横並びに腰掛けて食べ始めた。
「・・・・ダニー、本当は、チャイヤのこととか聞きたいんだよね」
さすがジョージだ。
「お前が話してくれるなら、聞くけど、話すのがあかんかったら、聞かへん」
「・・・ダニーに嫌われると思って、ずっと隠してきたことなんだ。それでもいい?」
「ジョージ、俺を試せ」
「僕、21歳で陸上選手の生命が終わったでしょ。マスコミにも大学の人にも、陸上連の人にも会いたくなくて、
アルバイトで貯めた有り金全額持って、バンコクに行ったんだ。
いつまでいるか決めてなかったから、カオサンっていう安宿ばっかりの通りのゲストハウスに宿を決めた。
1泊$13ドルだった。カオサンには、僕みたいな何かから逃げてる若者が全世界から集まってきてる感じだった。
でも、黒人は珍しいのか、誰とも友達になれなかったんだ」
ジョージはワインをぐっと飲んだ。
「僕がよく通ってた屋台で注文取る役がチャニンだった。英語がちょっと出来て、すごくチャーミングな子だった。
何度か話すうちに、ある日、チャニンの家に招かれたんだ。僕は嬉しくて、タイのお菓子を買って、
チャニンの後をついていった。でも、そこは、チャニンの家じゃなくて、売春宿だったんだ」
「ジョージ、もうええで」
「ううん、最後まで聞いて。チャニン、すぐに素っ裸になって、僕の服を脱がし始めた。
そしてチャニンとのつきあいが始まった。チャニンは、両親がHIVで亡くなっていて、
本人も感染していた。でも弟をワットポーっていう寺院に預けているから、お布施の分、
稼がないといけなかったんだ。弟は学校にも通ってた。でも、どんどんチャニンは容態が悪くなる。
僕の所持金で薬を買っていたんだけれど、それも底をついてきてね」
ダニーはつばをごくんと飲み込んだ。
「僕が、チャニンの代わりに、体を売る日が始まった。
チャニンが泣くんだよ。ジョージが汚れてしまうって。
そしてある日、仕事が終わって夜中にチャニンの部屋に帰ると、
チャニン、カーテンで首を吊ってたんだ」
そこまで言うと、ジョージは号泣し始めた。
ダニーはぎゅっとジョージを抱き締めた。
「ジョージ、泣きたいだけ、泣き。俺はお前を嫌わない。
今まで以上に大切にする。話すの辛かったんやな。
ありがとう、ジョージ。」
ジョージはダニーの胸で涙を流し続けた。
ダニーはまっすぐ帰るのをやめてフルートに寄った。
辛口のスプマンテとジャーマンポテトを頼んで頬杖をつく。暑さで体が気だるい。
「ここ、空いてる?」
後ろから女に声を掛けられて、顔を上げた。どこかで見た顔だが誰なのか思い出せない。
どこの誰なのか考えていると女に再度座ってもいいか訊ねられ、ダニーは仕方なくどうぞと言った。
と、突然女がげらげら笑い出した。
「何よ、ダニーったら他人行儀なんだから。サマンサよ、わからない?」
「ええっ、サムか!全然わからへんかった!」
「捜査で同じような変装したのを何度も見てるじゃないの。忘れた?」
「いや、オレはまた前に寝た相手かと思ってな」
ダニーは笑いながら言い、呆れたサマンサに腕をばしっと叩かれた。
「この店よう来るん?」
ダニーはそれとなく探りを入れた。もしもサマンサも行きつけなら、ジェニファーとここで会うのは危険すぎる。
「ううん、初めて。ダニーが入るのが見えたから」
「何やそれ、オレのこと騙す気満々やん」
「まあね」
サマンサはふふんと笑ってジャーマンポテトをつまんだ。
「あ、これおいしい。近頃私の毎日って退屈なのよね。ダニーはどう?」
「オレはまあ満足してるな。それなりに楽しいで」
正直に答えたダニーに、サマンサは肩をすくめる。
「そうだった、ダニィには彼女がいるものね」
「ダニィって呼ぶな」
「はいはい、ごめんねダニィ」
サマンサは悪びれずにからかった。表情の豊かな顔がさも可笑しそうに笑っている。
そんな単純なもんやないと思いながら、ダニーは苦笑まじりにスプマンテを啜った。
「でもいいなー」
カシスオレンジをがぶ飲みしたサマンサは自分のオトコ運のなさを嘆いた。
「エリックはよかったんだけど、仕事がねぇ・・・。証券男は最低のブタだったし、その後は鳴かず飛ばず・・・」
「まあいろいろあるわな」
ボスのことや、ブライアンとの顛末は知っていたのでダニーも適当に相槌を打つ。
知っている範囲で思い浮かべただけでも確かにろくな男がいない。
ボスは好きだし尊敬もしているが、付き合う相手としてはいまひとつだ。
でも、運やなくて、ただ男を見る目がないんやないかと思ったものの黙っていた。
バーは混みはじめていた。数人で来た仕事帰りのリーマンたちが騒々しくバカ騒ぎしている。
「そろそろ出ようか」
丁度グラスが空になったのを機に、ダニーはチェックを頼んだ。
「この店な、変な男がいてるから一人で来たらあかんで。危ないからな」
「わかった、ありがとう。ダニーと付き合っちゃおうかな。あ、今度は略奪愛になるか、あはは」
「ほらほら、タクシー来たで」
ダニーはけたけた笑うサマンサをタクシーに乗せて見送った。
マーティンのアパートに帰ると、マーティンがベランダに立って空を眺めていた。
風呂上りなのか、トランクス一枚にバスタオルを肩に引っかけただけの格好で。
「まだ満月ちゃうやろ」
ダニーが後ろから声をかけると嬉しそうに振り向く。
「ん、あともう少しだけどね」
マーティンはおかえりーと言ってダニーに抱きついた。
「今日は自分のアパートに帰るんじゃなかったの?」
「そのつもりやったんやけど、変装したサマンサと飲んでたらお前に会いたくなったんや」
変装って?と聞くマーティンに説明しながら、肩にかけていたバスタオルをマントのように結ぶ。
「星の王子さまみたいや。お前も飛行機乗りやからまあええか」
「違うよ、王子は飛行機乗りじゃないよ。砂漠に不時着したのが飛行機乗り」
「ああ、そうやったな」
「さっきね、ダニーに会いたいなって思いながら月を見てた」
マーティンはそう言って照れくさそうに笑った。
「オレもサムを見送って月見ながら同じことを思ってた」
ダニーはマーティンの髪をくしゃっとして一緒に空を見上げる。
ぼんやりと浮かんだ薄白い月が柔らかな光を投げかけていた。
ダニーはその晩、ジョージのコンドに泊まった。
どうしてもジョージのそばにいてやりたかった。
シャワーの後、ジョージはまだ泣いていたが、ベッドの中で、
ダニーが背中をなぜてやりながら、抱き締めていると、泣き疲れたのか、寝息が聞こえてきた。
ダニーもやっと目を閉じた。
翌朝、ダニーが起きると、ジョージの姿がなかった。
キッチンに行くと、サンドウィッチを作っているジョージの姿があった。
「今日はレバーペーストとチーズだけど、いい?」
「ああ、ありがと。シャワー浴びるわ」
「うん」
ジョージは泣き腫らしたまぶたで、無理やり笑顔を作った。
「なぁ、ジョージ、またチャイヤに会うなら、俺も一緒に行くで」
ダニーはジョージに告げた。
「ありがと、ダニー。考えてみる」
「チャイヤが、はるばるタイからお前を探しに来たんやったら、何かあるはずやで」
「うん・・・」
ダニーは出勤した。
帰りの時間になり、ダニーはジョージの部屋に電話を入れた。
案の定、留守電になっている。
ダニーは迷わず、昨日のタイレストラン「クロング」に向かった。
フロアマネージャーに50ドル札を渡し、ジョージのテーブルを教えてもらう。
ダニーが半個室のカーテンを開けると、ジョージが驚いた顔をした。
「ダニー・・・」
「俺も同席する」
「・・・」
そこにチャイヤがやってきた。私服に着替えている。
「これから、どっかに行くとこやったんか?」
「ダニー、ダニーが考えてることとは違うから」
「じゃあ、俺も行く」
3人は店の外に出た。
「僕の家で、ゆっくり話をするところだったんだ。ねぇ、チャイヤ、僕の彼のダニー、一緒に来てもいいよね」
チャイヤは少し考えたが、やっと頷いた。
3人はリムジンでリバーテラスに向かった。
イルミネーションに輝くブロードウェイを、チャイヤは静かにながめていた。
まだ20を少し過ぎた位の年だろうか。
ダニーはちらっとチャイヤを見て、値踏みした。
身奇麗だし、やさぐれた雰囲気もない。
ジョージのコンドに着き、チャイヤはセキュリティーに言われて、おっかなびっくり署名と静脈を登録した。
部屋についても、チャイヤや無口だった。
窓の外のハドソン川をじっとながめている。
「チャイヤ、何か飲む?」
「ビールありますか?」
「OK、ダニーもビールでいい?」
「ああ」
ジョージはケータリングに電話して、チャイニーズをオーダーした。
チャイヤはリビングのソファーで借りてきた猫のように押し黙っていた。
「いつNYに来たの?」
ジョージが優しく尋ねる。
「6ヶ月前」
「その前は?」
「バンコクで調理師の勉強してました」
「それで、就労ビザがおりたんやね?」
ダニーの質問にチャイヤは頷いた。
チャイニーズのデリバリーが届いた。
3人はリビングで、デリバリーカートンのまま、食べ始めた。
お腹がすいていたらしく、ぱくぱくチャイヤは食べた。
ビールも3本めになり、重い口をチャイヤが開いた。
「ジョージ、どうして、チャニンが死んだ日、逃げたの?」
「え?」
「僕がチャニンの部屋に行った時、もうジョージはいなかった。それが聞きたい」
チャイヤは、ジーンズのポケットからアーミーナイフを取り出した。
「おい、チャイヤ、何してる!」
ダニーが叫んだ。
「僕は答えが知りたいだけ」
「・・チャイヤ、それはね、バンコク市警の人が、僕の国籍を知って、アメリカ大使館に連絡したからなんだよ。
そこで、身柄を拘束されたんだ。戻りたくても戻れなかったんだよ」
「僕にも会わないで帰国した・・」
「大使館で即刻帰国を言い渡されたんだ。君に会いたくても、会えなかったんだ。信じてくれるかい?」
「・・分からない」
「君宛の送金は届いていたの?」
「送金?」
「ワットポーのお坊様気付で送金してたんだけど」
「・・ううん、知らない」
「この8年間、送金をしない月はなかったよ。せめてもの気持ちと思って」
「僕が知ってるのは、突然、NIKEのコマーシャルで見たジョージだった。
僕らのことなんて、忘れてると思ってた」
「忘れたことなんてないよ。チャニンは大事な人だったんだから」
チャイヤはアーミーナイフをテーブルの上に置き、静かに泣き始めた。
ダニーはチャイヤを泊めるというジョージに反対して、タクシーでチャイヤを送った。
「どこに住んでるんや?」
「チャイナ・タウン」
チャイヤは「あ、あそこです」と指差した。
決して清潔とは言えなそうなモーテルだ。
「1泊いくらしてんねん」
「$30です」
「困ってないか?」
「大丈夫です」
「それじゃ、またな」
「はい・・今日はすみませんでした」
「ええねん。またジョージと店にいくわ」
「はい」
チャイヤは、ダニーのタクシーが見えなくなるまで見送っていた。
ブルックリンに着くと、留守電が点滅していた。
「僕です。帰ったら電話ください」
すぐに電話を返した。
「ジョージ、チャイヤを送ったで」
「どんなところに住んでた?」
「チャイナ・タウンの安モーテルやった。お前、また援助考えてるやろ」
「・・・」
「冷たいこと言うようやけど、お前は十分にしたと思うで。クロングの常連になって、チップはずむんでええやんか」
「でも、それじゃあ・・」
「甘えさせすぎはだめなんや。ましてやもう成人やん。人を腐らすで」
「・・・わかった」
「眠れそうか?」
「睡眠薬飲むから」
「OK,それじゃ、またあっこに食べに行こう」
「そうだね」
「明日行こか?」
「わかった、ダニー、ありがと」
「ええねん」
翌日も、ダニーとジョージは、「クロング」に予約をした。
フロア・マネージャーが、ジョージと気が付いて、チャイヤを専属のウェイターにした。
「いらっしゃいませ」
グリーンパパイヤのスパイシーサラダ、サーロインのスパイシーハーブソテー、トムヤムクン
マゴチのレモングラスマリネ バナナの葉包み焼、
フランス産雛鳥のBBQグリル、ライスヌードル、黒胡麻あん入り白玉団子の冷製スイートスープだ。
ジョージは、エメラルド・カードで払い、チップを$500置いた。
「おい・・」
「これ位すれば、貯金も出来るよ」
チャイヤはチップの額に驚いた。
「大事に使うんだよ」
ジョージが言うと、こくんと頷いた。
「なぁ、ジョージ、俺、今日、FBIのバンコク支局に問い合わせたんや」
「ん?何を?」
「お前の仕送りな、ワットポーの経理係が着服してたらしいで。今、別事件でも起訴されてる」
「そうだったんだー」
「全額、チャイヤに賠償されるとなると、すごい額にならへんか?」
「1ヶ月500ドル送ってたから・・4万8千ドルになってるはず」
「それを元手に、もっといいとこに引越しさせるのはどうやろか?」
「うん、そうだね、ダニー、ありがとう」
ジョージはにっこりした。
「ねぇ、ダニー、今日、僕のとこ泊まる?」
「ええのんか?」
「うん、泊まって欲しい」
「わかった。ほな帰ろう」
ジョージは、部屋に入るなり、ダニーの服を剥ぎ取るように脱がせ始めた。
「お、おい」
「何も言わないで」
唇でダニーの言葉をさえぎる。
そのまま2人は、ベッドルームへと入り、ベッドに倒れこんだ。
全裸になって、あらためてぎゅっと抱き締める。
「俺、汗臭いで」
「僕も同じだよ」
2人は体のすみずみにキスをほどこした。
「なんだか、レモングラスの香りがする」
「あとチリソースのな」
2人は笑って、あらためてキスを交わした。
「今日は、ダニーが入れて」
「ん?」
「ダニーが欲しい。ずっと欲しかった」
「OK、ローションあるか?」
ジョージがヘビ印のローションを出した。マンゴーと書いてある。
ダニーは手にローションを出して、ジョージの中に塗りこんだ。
ねちゃねちゃした音が隠微だ。
「あぁ、あ、そこは」
「ここか?」
ダニーはわざとジョージが感じすぎる部分を十分に屠った。
中を刺激しただけで、ジョージの巨大なペニスは強く脈打ち始めた。
「ダニー、入れて」
「まだまだや」
ダニーはジョージの熱い中をほぐすようにもみしだいた。
「あぁ、出そう」
「我慢し」
ジョージのペニスは先走りでテラテラと光っている。
ダニーは左手でジョージのペニスをしごき始めた。
「やぁん、僕だけイクのは嫌だ!」
ダニーはやっと、ゆっくり、自分のペニスをジョージに押し当てた。
「あぁ、ダニーが入ってくる。熱いよ」
「熱いのはお前や」
ダニーはゆっくり動き出した。
ジョージは目をつむって首を左右に振っている。
ジョージがぎゅっと中を締めた。
「お、お前、それは・・」
「動いて、もう僕イク・・・」
ダニーはスピードを速めて、ジョージの中の摩擦を激しくした。
「あぁああ・・」
ジョージの体が跳ねた。と同時に、おびただしい量の精液がダニーの胸にかかった。
ダニーも身体をふるわせて、何度もジョージの中に果てた。
ダニーがジョージの上に覆いかぶさる前に、リーチの長いジョージはタオルでダニーの胸と自分の腹を拭いた。
やっとダニーがジョージの体の上で弛緩する。
「すごかったな」
「だって2週間以上ぶりだもん」
「お前、自分でしいへんの?」
「牧場じゃできないよ」
「そーかー」
「ダニーは?」
「ん?俺もや」
「ダニー、大好きだよ。さ、シャワー浴びよう」
「うん」
ダニーは、ジョージについた小さなウソを申し訳ないと心の中で詫びた。
ダニーはさすがに連夜のタイ料理ディナーに飽きてきた。
仕事で残業やとジョージに言い訳し、マーティンとジャクソン・ホールに出かけた。
ダニーはサンタフェ・バーガーを、マーティンは、一番量の多いイーストサイダーを頼んだ。
前菜のナチョスを摘みながら、ビールを飲む。
「あー、美味い。やっぱりアメリカ人はバーガーやな」
マーティンが笑い出した。
「一体どうしたの?僕がバーガー好きなの、あざ笑ってたくせに」
「アメリカ人には肉が必要なんやと思っただけや」
「ヘンなの、ダニー」
ツナサラダがきたので、皿に分ける。
「ダニーってさ、オリエンタルな料理が好きなんだと思ってた」
「それも限度があるわ。生まれてきてずっと食ってきたものを急に変えられへんもんな」
「そうだね」
「なぁ、もう一個頼んで、半分こにせーへんか?」
「え、まだ食べるの?」
「ええやん、な」
「しかたがないなー」
ダニーはチーズ・バーガーの全トッピング乗せをオーダーした。
2人は腹ぱんぱんの状態で店から出た。
「もう、動けないよ」
「俺もや。なぁ、お前んちに泊めてくれへん?」
「はいはい、じゃあタクシー拾うよ」
2人は流しのタクシーを拾って、アッパー・イーストエンドに上った。
ドアマンのジョンに挨拶して、マーティンの部屋に入り、ダニーはリビングのソファーにどっかと腰を下ろした。
「もう、シャワーも無理や」
「だめだよ、体にバーガーの匂いついてるもん」
きっちりしてるのな、ボンは。
ダニーは、とろとろと居眠りを始めた。
ダニーは急に体がふわっと浮き上がるのを感じた。
目をあけると、マーティンが、ダニーをお姫様だっこしている。
マーティンを抱き上げた時、自分は足元がおぼつかなかったのに、
マーティンは軽々とダニーを抱き上げ、すたすたベッドルームに進んでいる。
見上げる視線に気が付いたマーティンは、「今日はダニーに降参だよ。シャワーは明日でいいから、寝た方がいいよ」と言った。
「なぁ、俺、重くない?」
「これくらい、へいちゃらだよ。ダニーは身長高いけど、痩せすぎだからね」
優しくベッドに下ろされ、ダニーは照れた笑いを浮かべた。
「スーツも脱がして欲しいの?」
マーティンが笑いながら尋ねた。
「それはいい」
「じゃ、パジャマ持ってくるから、脱いでて」
「ん」
ダニーはトランクス一枚になって、ベッドに大の字になった。
するとまた睡魔が襲ってくる。
目をつむっていると、マーティンがパジャマを着させてくれようとしている。
「あ、俺やるから」
「時々、子供だよね、ダニーって。それじゃ、おやすみ」
「え、お前は?」
「僕は、お風呂に入るもん」
マーティンがベッドルームから出て行った。
ダニーは着心地のいいパジャマに包まれて、目を閉じた。
ダニーは、マーティンとカフェで朝ごはんを食べて、早めにブルックリンに戻った。
連日の暑さでYシャツの洗濯がたまっている。
スーツもクリーニングに出さなければならない。
早速、家で、Tシャツとジャージに着替えて、タオさんの店に出かけた。
店に入ると、いつも穏やかなタオさんが大声で電話で話している。
ダニーの顔を見て、電話を切ってため息をついた。
「タオさん、何かあったんか?」
「ダニーさん、困ったよ。いとこがチャイナ・タウンでスーパーやってるけど、
テナントの弁当やが家賃踏み倒して逃げた」
「そりゃ災難やったな」
「テナントも探さないといけない」
ダニーはふと考えが浮かんだ。
「なぁ、タオさん、弁当やってチャイニーズでないとあかんの?」
「ホットドッグやバーガーはだめだけど、チャイニーズに近いのならいいと思う」
「俺、あてがあるかもしれへん」
「本当?ダニーさん、助かるよ」
ダニーは先週のクリーニングとチャイナ・タウンの住所の紙を受け取って、家に戻った。
早速ジョージに電話する。
「ダニー、おはよー。どうしたの?」
「なぁ、チャイヤな、調理師やろ?」
「うん、本人は早くウェイターから厨房に移りたいって言ってる」
「奴、自分の店持つのに興味あるやろか?」
「え、どういう話?」
「今晩、「クロング」言って、話しいへんか?」
「分かった。じゃ7時くらいでいい?」
「おお」
「チャイヤにも電話しとく」
「わかった」
7時に「クロング」のいつもの半個室に通されると、ジョージとチャイヤが座っていた。
「ごめん、待たせて」
「ダニーさん、ありがとう。バンコクからお金が送金されてきた。すごい大金だった」
「よかったやん!ジョージにお礼いい」
「もう沢山言いました。それで、今日のお話というのは?」
「俺の知り合いの中国人の親戚がやってるスーパーのテナントに弁当やがあってな、
夜逃げしたらしいんや。で、テナントがすっぽり空いてる。もし、チャイヤ、自分も店持ちたいなら、
やってみいひんかと思って」
「え、自分の店ですか?」
「もともとチャイヤはシェフやんか。ここでウェイターやってても、ずっとウェイターやで」
「チャイヤ、チャイニーズは作れるの?」
ジョージが尋ねた。
「タイ料理は地方によっては、とてもチャイニーズに似てるんです」
「明日、物件見に行こか?」
「はい!」
3人はおまかせディナーを食べながら明日の打ち合わせをした。
翌日の11時に3人はキャナル・ストリート駅で待ち合わせた。
スーパーは、チャイナ・タウンの目抜き通りにあった。
人通りが多く、買い物客も多い。
中に入ると、売り場の片隅にフード・コートがあり、「Closed」という張り紙が張ってあった。
「あんた、ダニーさんかい?」
スーパーの主人らしき男性が声をかけた。
「はい」
「タオから聞いたよ。テナントに興味あるんだって?」
「俺というより、この子が」
チャイヤはジョージの後ろから姿を現した。
「若いな。料理は自信あるんだろうね」
「はい、大丈夫です」
「それじゃ、これから作ってもらおうか」
主人は売り場から野菜を数種類持ってやってきた。
「厨房器具はいつでも使えるよ」
早速チャイヤは手を洗い、調理を始めた。
すぐにいい香りがしてくる。
作ったのは、豆苗のガーリック炒めとナスのチリソースあんかけ、パクチーのサラダだった。
主人が慎重に味見をする。
「お、なかなかやるじゃないか?あんたら後見人か?」
ダニーとジョージは頷いた。
「じゃ、決定だ。来週の水曜日から来てくれ」
主人は簡単な契約書のようなものをわたした。
チャイヤは顔を輝かせ、何度も「コップンカー(ありがとう)」を繰り返した。
3人は祝杯をかねて、ジョーズ・シャンハイに繰り出した。
少し待たされたが、テーブル席に通された。
ビールで乾杯し、小籠包2種類と、バンバンジー、冷やしタンタンメンにロブスターの蒸し物をオーダーした。
「ねぇ、ジョージ、聞いていいですか?」
「何?」
「テナントになるって保証金とかいるでしょ?僕のお金で足りるかな」
「さっきもらった契約書見せてごらんよ」
ジョージが読み始める。
「1ヶ月の賃料は1000ドル、保証金は3か月分だって。十分じゃない?
あと食材の仕入れはスーパーから卸価格で売ってもらえるってあるよ。
厨房器具のリース代は取らないって。光熱費だけでいいみたい。
それから、営業時間は11時から15時と17時から22時。
ちょうどご飯時にあわせてるんだね」
「ええ契約やないの?心配やったら、俺の知り合いの弁護士にチェックさせるけど?」
「ご主人に失礼だから、とにかくやってみます」
「少し慣れてきたら、次は引越しやな。モーテルよりアパートのが住みやすいて」
「はい、そうですね・・・」
チャイヤは突然泣き出した。
ダニーとジョージはおろおろした。
「突然、どうしたの?」
「だって、2人ともすごく優しいんだもん」
「当たり前やん。がんばり」
「・・はい」
ついに水曜日、オープンの日がやってきた。
ダニーは、マーティンを誘って、チャイナ・タウンにやってきた。
「美味しいの?そこ?」
マーティンは半信半疑だ。
「まぁ、俺を信じ」
近くに寄るとスーパーの外に列が出来ていた。
中を覗くと、チャイヤの店からの行列だ。
「すごい人気店だね」
「俺もびっくりした」
ダニーとマーティンの番がやってきた。
5種類ある惣菜から3種類チョイスとジャスミンライスでなんとたったの$4だ。
量も値段も破格だ。人気が出るのも分かる。
中国人に混じって、ダニーたちのようなスーツ族も並んでいる。
2人はオフィスに持ち帰って早速食べ始めた。
するするとサマンサが寄ってくる。
「わぁ、すごく美味しそう。量もあるし、どこの?」
「今日、オープンしたランチボックス専門店だよ」
マーティンが答える。
「え、場所教えて?私も買いにいきたい」
ダニーはチャイヤの新しい生活の船出に、にんまりした。
「ねぇ、ダニー、あの店の子とどういう知り合いなの?」
マーティンが質問した。
ダニーはジョージがタイで世話になった人の弟だとだけ告げた。
「そうなんだ・・・」
マーティンはちょっと困惑した顔をしたが、残りのご飯をかっこんだ。
次の週、さらにチャイヤの店の列は長くなった。
ニュー・ヨーカーも取材に来ている。
スーパーの主人もほくほく顔だ。
名前のない店じゃまずかろうと、ジョージは「チャイヤズ・キッチン」という名前をつけた。
これで、チャイヤは自分の人生を築いていけるだろう。
ダニーは自分のことのように心が弾むのを感じた。
ダニーがマーティンとチャイヤのランチボックスを食べていると、マーティンが急に話し出した。
「ねぇ、今週末、予定ある?」
「別にあらへんけど、何や?」
「僕、行ってみたいところがあって・・・」
「ふうん、どこ?」
「マーサズ・ヴィニヤード島」
「え、マサチューセッツのか?」
「だって、こっからだって車で4時間じゃん。ねぇ、行かない?」
「そやなー。そんなに行きたいんか?」
「すごく行きたい」
「わかった、じゃあ、土曜日の朝出かけよ」
「ありがと、ダニー!」
マーサズ・ヴィンヤード島は、あのJFK・ジュニアが自家用機で出かける途中で不慮の事故に遭い命を落とした場所だ。
ハンプトンほど気取っていないので、避暑に出かける有名人も少なくない。
マーティンは、PCでホテルを検索しているようだった。
「ねえ、ここでいいかな?」
マーティンがプリントアウトを持ってくる。
「お前にまかせるから、そこでええよ」
ダニーは、宿はマーティンに一任した。
土曜日の朝、マーティンが大きなスポーツバッグを持って、ダニーの家にやってきた。
「何が入ってるんのや?」
「え、いろいろ」
2人は荷物をダニーのマスタングのトランクに詰めて、出発した。
ケープ・コッドまで4時間、そこから、フェリーで45分だ。
マーティンはFMをつけて、ご機嫌だった。
途中のダイナーでワッフルを食べて、また運転し、昼過ぎにケープ・コッドに着いた。
NYのナンバーの車が多い。
2人はデッキで風に当たりながら、船旅を過ごし、やっとマーサズ・ヴィニヤード島に着いた。
マーティンが見せたホテル「マンション・ハウス」の地図目当てに、やっと着いた。
客室は32部屋の小さなホテルだが、調度品が品があって落ち着いた雰囲気だ。
ダニーは運転の疲れから少し転寝をした。
マーティンは熱心にシティーガイドを読んでいた。
ダニーが目を覚ますと、今度はマーティンが眠っていた。
ダニーはマーティンの体の上にジャンプした。
「わぁ!」
「腹減った。食いに行こ」
「もう、ダニーったら勝手なんだから」
「場所、決めたんやろ?」
「うん、ジョンズ・フィッシュマーケットって有名みたいだよ」
「美味そうやな」
「じゃ、行こう!」
2人はタクシーでレストランに出かけた。
テラス席が開いていて、海風が気持ちがいい。
メニューからクラブケーキ、ムール貝のワイン蒸し、ロブスターラビオリ、
フライド・オイスター、クラムチャウダーを頼んだ。
白ワインも辛口で、爽やかな味だった。
「ええな、ここ」
「ね、来てよかったでしょ?」
「ああ」
ダニーが笑った。
「あのウェイトレスな、お前に気があるみたいやで」
マーティンが見ると、ブルーネットのウェイトレスが頬を赤く染めた。
「僕には関係ないよ、ねぇ、それよりさ、明日は早く起きて、海で泳ごうよ」
「そやな、せっかくやし」
翌朝、ダニーはぐずるマーティンを着替えさせ、海水パンツの上に、ホテルのバスローブを着て、プライベート・ビーチに出た。
ボーイがパラソルを用意してくれる。
「ねぇ、ダニー、ボディーボードやったことある?」
「ああ、俺マイアミっ子やもん」
「僕、初めてなんだけど、やってみたい」
2人はレンタルでボードを借りて、沖に泳いでいった。
最初から波に乗れるダニーに比べ、マーティンは、乗っては落ち、乗っては落ちを繰り返した。
がそのうち、どうにかこうにか少し乗れるようになった。
「お前、すごいやん」
「すごく楽しいよ、ダニー」
疲れた2人は、昼寝に部屋に戻り、転寝をした。
夕方は、チェックアウトの時間だ。
ホテルのレストランに頼んでおいた、ディナーボックスを受け取り、チェックを済ませ、2人はマンハッタン目指して出発した。
「おもろかったな」
「なんかのんびりしてて、いいとこだね」
「また来てもええな」
「うん、気に入っちゃった」
「なあ、お前の荷物、一体、何やったんや?」
「ダニー、笑うから言わない」
「ええやん、言い」
「・・・・新しい蛇印のローション」
「はぁ?何本持ってきたん?」
「6本」
「お前、ほんまにアホなー」
ダニーは大笑いした。
ベッドに入ったダニーは、ふと思い立ってマーティンに電話した。
「ん・・・ふぁい・・・」
電話の向こうからマーティンの寝ぼけた声が聞こえる。
「あ・・・オレやけど・・・起こしてごめんな」
ダニーは明日電話すると言って切ろうとした。
「ううん、へーきへーき、まだ寝てなかったよ」
切られそうになって慌てるマーティンが可笑しくて、ダニーは笑った。
「なあに?何笑ってんの?」
「いや、かわいいなと思って。明日、デートしよか」
「デート?」
「そう。お前が嫌やったらやめるけど」
「行く!絶対行く!」
「わかった。ほな、10時に迎えに行くわ。おやすみ」
「えっ、もう切っちゃうの?」
「アホ、オレが寝過ごしたらデートもパーやろ」
「そうだけどさ・・・」
マーティンはまだもごもご言っていたが、ダニーはおやすみを言って電話を切った。
翌朝、ダニーはなんとか起きてマーティンを迎えに行った。
アパートのエントランスに立っているマーティンは、ここからでもわかるぐらいそわそわしていて、ダニーは思わず笑ってしまう。
車を停めると、マーティンがおはようと言いながらいそいそと乗り込んだ。
「時間ぴったりだね」
「そやろ、オレはデートの時間には正確やねん。暑いからこんなとこで待たんでも上まで行くのに」
「いいんだよ、デートなんだから。ダニーはまだかなーって待ってるのも楽しいしさ」
「お前、アホやろ」
ダニーは口をとがらせるマーティンにデコピンして車を出した。
「今日はどこに行くの?」
ブルックリン方面へ向かってレーンを変えたダニーにマーティンが訊いた。
「ニューヨーク水族館。ほんまはもっと遠いとこに連れて行ってやりたいけど、ガソリンが高いから堪忍な」
「ううん、僕、水族館大好き。エアコンも効いてて最高じゃない」
楽しそうににっこりするマーティンに、ダニーは少々戸惑いながら頷く。
ニューヨーク水族館はぼろっちいのでエアコンの効きまでは期待できない。
「手、つないでもいい?」
「まだあかん。次の信号で止まったら幌閉めるからそれまで待ち」
「今じゃなきゃやだって言ったらどうする?」
「ここに置いていく」
「僕は降りない!」
マーティンは一瞬だけダニーの手に触れてぱっと手を離した。
ダニーが心配していたようなことはなく、水族館はきちんと温度管理されていて涼しかった。
家族連れや観光客に混じって二人も水槽を眺める。
マーティンは巨大なタコが気に入ったようで、水槽の前にしばらく佇んでいた。
「マーティン、そろそろ出よう」
「ん」
水族館を出た後、海を眺めながらホットドッグとチリチーズポテトを食べ、ボードウォークをぶらぶら散歩した。
いろんな露店が出ていておもしろい。
胡散臭い店もちらほらあり、騙されてなんぼの怪しさを客たちも楽しんでいた。
マーティンが急に立ち止まり、ジュゴンやイルカの風船を作る男を見ていたダニーは危うくぶつかりそうになった。
「おわっ!何や、急に」
「ダニー見て!これ、すごくいいね」
マーティンは気に入ったチョーカーをダニーに見せた。
対になったチョーカーは少しずつモチーフが違っていて一見そうとはわからない。これならばれることもないだろう。
「2つで$50か。よし、オレが買うたろ」
「ありがと」
マーティンは早速買ってもらったばかりのチョーカーを首に着けた。
「おそろいだね」
「ああ」
ダニーは嬉しそうなマーティンを見ながら自分もチョーカーを着ける。
手もつなげないデートが少しはデートらしくなったように思えた。
朝、ダニーがひげを剃っていると、携帯が鳴った。
マーティンだ。
「おはようさん、ボン、どないしたん。腹こわしたのか?」
「違うよ。ねぇ、ダニー、顔、赤くない?」
「ん?俺はええ色に焼けてるけど、お前、もしかしたら真赤か?」
「うん、顔も腕も背中もすごいんだ。Yシャツ着ると痛いよ」
「ローションとかないねんな」
「あのローションならあるけど・・」
「あほ!あんなん全身に塗ってどうする!とにかく暑いけどTシャツ着てYシャツ着。俺が何か考える」
「わかった、ごめんね」
「それじゃオフィスでな」
「うん」
オフィスに出勤すると、ゆでたこのように真っ赤なマーティンの顔があった。
「こりゃ、ひどいな」「うん、でしょう?・・・」
「やだー!マーティンどうしたの!!やけど?」
「土日に海に行ったんだよ」
「日焼け止め塗らなくちゃだめじゃない!そばかすが出来ちゃうわよ」
「うん・・でももう遅いよね」
「そうよね。せいぜい、水でほてりを冷やしたら」
「そうするよ」
ランチになり、マーティンがダニーの分も買いにチャイヤの店に行っている間、
ダニーは、ジョージと出かけたイースト・ヴィレッジのスパに電話をかけた。
幸い、夜7時半から、アフターサン・トリートメントをやってくれるという。
ダニーはマーティンの名前で予約を入れた。
スナックコーナーで、ランチボックスを食べながら、ダニーはスパの説明をした。
「じゃあ、そこって、女の人は施術しないんだよね」
「そや、ええやろ」
「うん、ねぇ、ダニー、一緒に来てくれる?」
「ん?そやな、行ってやるか」
「ありがとう!」
マーティンはやっと笑った。
仕事が終わり、二人はイースト・ヴィレッジに向かった。
ウェルネス・メンズ・デイ・スパの清潔なエントランスに、マーティンは安堵の溜息をついた。
「俺、ロビーのバーにいてるから、やってもらい」
「わかった」
マーティンはチェックインを済ませて中に入って行った。
ダニーはバーのカウンターに腰掛け、バスケットボールの中継を見始めた。
マーティンが中に入ると、すぐにロッカーがあり、そこで着替える。
個室に入ると、ブロンドの男性が立っていた。
「フィッツジェラルド様、ジョエルです」
「よろしく・・」
「ずいぶん、無茶に焼けましたね。今日は、ほてりをとるトリートメントを中心に行いましょう。
全部脱いでください」
「え、全部?」
「はい、お願いします」
トリートメントが始まった。
1時間が過ぎ、マーティンが出てきた。
心なしか、少し赤みがおさまっているように見える。
「気持ちよかったか?」
「・・うん・・あと2回来るように言われた」
「そうし。お前、そばかすになりやすそうやから」
ダニーに目をつけていたバーの客が、残念そうに2人を見送った。
「さ、何食う?」
「ラーメンでいいや」
「そやな、近いし、一風堂行こか」
2人は歩いてラーメン屋に着いた。
カウンターがあいていたので、そこに座る。まずはビールだ。
「なぁ、どんなことしたん?」
ダニーは興味津津だ。
「え?横になって、へちまのローション塗ってもらった」
「へちまって何や?」
「何でも巨大なきゅうりだって」
「ふーん、おもろいな。セラピストはイケメンやったか?」
「え?そうでもないよ・・」
「ふぅん、そうか?」
マーティンは、途中で勃起してしまい、ジョエルに口でイカせてもらったことが言えなかった。
自分があまりにいやらしい人間のような気がしたからだ。
ダニーは、ちょっとマーティンの頬にふれて、「うん、そんなに熱くないな」と安心したようにつぶやいた。
ダニーは、夜、ジョージと長電話していた。
「ねぇ、チャイヤがね、僕たちをディナーに招待したいんだって」
「へぇー、でも悪いやん。3人分出すの大変やろ」
「ほら、今、レストラン・ウィークじゃない?それを彼も知ったらしいんだよ。どうしてもってきかないんだ」
「ほな、飯だけおごってもらお。アルコールは俺達負担ならええってのはどうや?」
「そうだね!明日でも大丈夫?」
「ああ、大丈夫やと思う」
「じゃあ、返事しとくね」
「よろしく頼むわ」
翌日になった。ランチを買いに行くと、店のウィンドウに「夜は休業です」という張り紙がしてあった。
チャイヤがにこにこしながら、ダニーの注文をボックスに詰めて渡した。
チャイヤが選んだ店は、イースト・ヴィレッジの有名フレンチ「インドシナ」だった。
ここのディナーが、今週は一人$35で食べられるのだ。
ダニーが、チャイヤの名前のテーブルに座っていると、ジョージとチャイヤが現れた。
こざっぱりとしたコットンのセーターにカーキのパンツを履いていて、
チャイヤもどこぞのお坊ちゃま風の身なりだ。
「おまたせ」
「そんな、待ってへんよ。チャイヤ、今日はありがとな」
「いえ・・・この服、似合いますか?ジョージが選んでくれたんです」
ダニーは納得がいった。
「ああ、お前にぴったりや。さて、ホストさん、今日は何を食べましょか?」
ダニーに言われて、チャイヤは頬を赤くした。
「僕、フランス料理って学校の実習でしか食べたことがないんです。だからお二人で選んでください」
ジョージがチャイヤの分もオーダーすることにし、ダニーはシャンパンを選んだ。
前菜はスパイシービーフサラダに、アジアンフルーツサラダ、ムール貝のワイン蒸し、
メインは、カモのコンフィ、チキンの胸肉のソテー、真鯛のムニエルにした。
一口ずつ、ゆっくり食べるチャイヤに最初驚いたが、彼が、紙を出して、さらさらと何かを書いてゆく。
「何書いてるの?」
「あ、料理に使われているスパイスです。当たるかなー」
ダニーはテーブル担当のウェイターに「なぁ、これ、シェフに見せてみてくれへん?」と20ドル札と一緒に渡した。
すると、10分もしないうちに、シェフが現れた。
一番高い白い帽子をかぶっている。ここのチーフシェフだ。
「先ほどのメモをお書きになったのは、お客様で?」
ダニーに尋ねる。
「いや、この子や」
シェフは驚いた顔をした。
「どうしておわかりになったんですか?隠し味まですべて・・」
「本当ですか?どれもとても美味しいからです。ありがとうございます。勉強になりました」
シェフはぜひチャイヤと握手がしたいと言い、チャイヤは立ちあがって握手した。
「どちらのレストランで修業されているのですか?」
「チャイナタウンでランチボックスを売っています」
シェフはまた驚いた。
「今度、ぜひ買いに行きますよ」
シェフは厨房に戻って行った。
ダニーとジョージも驚いた。
もしかしたら、チャイヤは天才なのかもしれない。
「チャイヤ、すごいやん!」
「まぐれだと思います。あ、そうだ、僕、住むところが決まったんです」
「へぇ、どこにしたの?」
「あのスーパーのご主人の家です」
「へ?」
「チャンさん、僕と同い年くらいの息子さんを亡くしてて、部屋がそのままなんです。
入口も別だし、家具つきだし、洋服も着ていいって」
「ええ話やん、チャイヤは強運の持ち主やな」
「違います。ジョージとダニーさんと会ったから・・・」
「ダニーさんはやめてくれ。ダニーでええよ」
「はい、ダニーさん」
また言ってしまい、チャイヤは照れ笑いをした。
三人はデザートのレモンタルトとコーヒーを頼んだ。
ダニーは、ジョージと電話をしていた。例によって、今日の報告電話だった。
「ねぇ、ダニー、僕、TVドラマに出ることになった」
突然ジョージが言い出した。
「へぇー、すごいやん、何に出るん?」
「HEROESの新シーズン」
「え、お前めっちゃヒット作に出るんやな、お前も能力持ってんのか?」
「本当はネタばれしちゃいけないんだけど、ちょこっとだけね。
僕は、ストリートミュージシャンのアフリカ人で、人間マイクロウェイブなの」
「何やそれ?」
「だめだめ、ダニーにも話せないよ。来週、LAでロケなんだ」
「そか、さみしいな」
「本当?」
「当たり前やん。会えへんのやもん」
「嬉しいな」
「夜な夜な遊びに行くんやないで」
「そんなこと、僕がするわけないでしょ?ダニーこそ、怪しいよ」
「俺は潔白や」
「そういうことにしとく。それじゃね、おやすみなさい」
「おやすみ」
ダニーの心は複雑だった。
どんどんジョージが遠い世界の人間になっていく気がする。
それも運命ならば仕方がない。ダニーはバスルームに入って行った。
1週間たち、ジョージがNYに戻ってきた。
早速ディナーを一緒に取ることにした。
ジョージの好きなガンボの店だ。
ビッグ・ママの歓待を受け、2人は奥のテーブルに陣取る。
「おかえり」
「ただいま、ダニー」
「どやった?ドラマ撮影」
「楽しかった。けど、僕はセリフがだめみたい。
もともとアフリカ人の設定だからかもしれないけど、どんどんセリフがなくなっちゃった」
ジョージが笑った。
「ね、僕のエピソードのDVD、こっそりクルーの人からもらっちゃったんだけど、見たい?」
「おお、見たい見たい!」
「じゃあ、今日、貸すね。コピーとかしちゃだめだよ」
「お前、俺は連邦捜査官やで、するわけないやん」
「そだね」
ダニーはふとマーティンを思い出した。
「キャストの人とは仲良くなれたんか?」
「一緒の出番の人が少なかったんだ・・・。でもね、ヒロとアンドウ君とはお寿司を食べに行った」
「へぇー、あの二人、あんな感じか?」
「いやー2人ともこっちの大学卒だから、すごく綺麗な英語だよ。それにインテリだしね」
食事が終わり、ダニーはDVDを持って、家に帰った。
まだ誰も見ていないHEROESの新シリーズだ。ドキドキする。
ジョージはバボというアフリカ人で、ストリートミュージシャンといってもホームレスだ。
サンディという名前の雑種のむく犬と共に、NYの地下で生活をしている。
しかし彼は能力者を追う組織に追われており、その都度、「神様」と言いながら、
手を相手にかざし、相手を蒸発させてしまうのだ。
人間マイクロウェイブの意味がやっとわかった。
バボとサンディはいつもギリギリのところで逃げおおせていたが、ある日、ブロンクスの路地で6人に囲まれてしまう。
サンディが一人の足に噛みつき、銃殺される。
その次の瞬間、バボは何とも言えない怒りと悲しみの怒号を空に向かって発し、6人を一瞬で消し去り、自分も真赤になって消えてしまうのだ。
ダニーは涙が抑えきれなかった。
急いでジョージに電話する。
「見てくれた?」
「お前、お前ってすごいやん。もう俺、涙が止まらへん」
「よかった?」
「ああ。めちゃ感動した」
「本当はね、リハで何度も練習したんだけど、最期のシーンで泣けないんだよ。
そしたら、ニキが「一番悲しいことを思い浮かべるのよ」って教えてくれた。
そうしたら、できたんだ」
「お前、何思い浮かべたん?」
「・・ダニーが死ぬこと」
「俺を殺すなや」
「ごめん、でもそうしたら演技できた。ダニーは僕の命だから」
「ありがとう」
ダニーは胸が熱くなるのを感じた。
ダニーとマーティンは、スナックコーナーで、チャイヤのランチボックスを食べていた。
日替わりでおかずが代わる上、3種類選べるので、毎日食べても飽きない。
「ねぇ、ダニー」
マーティンが小声でダニーに囁いた。
「ん?何?」
「今日さ、スパの日なんだけど、また待っててくれない?」
「ん?ええけど、ディナーおごりな」
「うん、いいよ」
「何や、嫌なんか、スパ行くの?」
「・・そんなことないけど」
「ちゃんと手入れしてもらえ。俺、またあっこの島に行きたいし」
「僕も行きたいよ」
「じゃあ、サンブロックの仕方も教えてもらえ」
「・・ん・・」
2人は仕事が終わると、リトル・ヴィレッジに出かけた。
ダニーはエントランスのバーでオリンピック選考会の録画を見るという。
マーティンはしぶしぶチェックインした。
個室に入るとまたジョエルが待っていた。
「え?ジョエル?」
「フィッツジェラルド様、おかげんはいかがですか?」
「僕、担当替えてくれってお願いしたのに」
「僕、これでも、ここのチーフセラピストなんですよ。残念でした」
にんまりする顔がにくたらしい。
「おやめになりますか?」
「いいよ、お願いする」
「それでは、全部お脱ぎください」
マーティンはオールヌードになって、うつぶせにベッドに伏せた。
枕にしみ込んだアロマの香りが気持ちよく、呼吸をしているうちに、眠りに落ちて行った。
マーティンは、局部に異物感を感じて目を覚ました。
起き上ろうとしても、ジョエルが腰を押さえているので起き上がれない。
その上、バックから深く挿入されていた。
「ジョエル!」
「御騒ぎになると声が漏れますよ、どうします?」
マーティンは、枕を噛んで、声が出ないように我慢した。
ダニーよりはるかに大きな異物が中を蹂躙している。
感じてしまう自分が情けないが、だんだん甘い吐息に変わっていき、
そのうち自分のペニスも立ち上がるのを感じた。
「あぁ、もっと遊んでいるかと思ったら、こんなに狭いなんて・・すごいよ」
ジョエルが後ろで体を震わせて果てた。
「さぁ、施術は終わりです。シャワーを浴びて、お帰りください」
「ジョエル、こんなこと許されると思ってるの?」
「あなただって感じていないとは言わせない。
それにこの前のこと、彼に話しました?」
「・・・」
「ほら、合意の証拠です。次のご予約はフロントでどうぞ」
マーティンは、シャワーを浴びながら悔し涙を流した。
僕ってどうして、こんなにふしだらなんだろう。
ダニーになんか話せない!
着替えて、バーに向かうと、ダニーが手を挙げた。
「気持ちよかったか?」
「・・ん、うん・・・」
「な、やっぱプロはええやろ、さて何食う?俺は寿司がええなぁ」
「じゃあ、花寿司に行こうか」
「お、賛成」
2人はスパを出て、リトル・ジャパンに向かった。
ダニーは暑いのに律儀にパジャマを着て眠っているマーティンを眺めていた。
はだけた胸元から胸毛がのぞいている。
こんなあどけない顔して、体はしっかり大人やねんな。
ダニーはパジャマのボタンを一つはずし、胸毛をさわさわと撫でた。
「ん、やだ!やめて!触らないで!」
大きな声でマーティンが叫んだ。
ダニーは手を引っ込め、マーティンを見つめた。
額から汗を流している。
「おい、マーティン、悪い夢か?」
「ん・・・あ、ダニー・・」
「お前、叫んでたで。大丈夫か?」
「うん、水飲んでくる」
マーティンはペタペタと素足のままキッチンに向かった。
コントレックスのボトルを持って戻ってくる。
「ダニーも飲む?」
「あ、ありがと。パジャマが暑いんちゃうか?俺みたいにトランクスだけで寝ればええのに」
「子供の時からの癖だから・・ごめんね、起こしちゃった?」
「や、まだ寝てへんかった。明日休みやん。ゆっくりしよ」
「そうだね。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
その後、マーティンは叫ぶことなく昼までゆっくり眠った。
ダニーが早く眼を覚まし、コーヒーを飲みながら、新聞を読んでいると、
日本の時代劇の映画をやるという広告が出ている。
主演らしい俳優がなかなか男前だ。
ダニーはチケットセンターに電話して2枚予約した。
マーティンがふわーっとあくびをしながら起きてきた。
「なぁ、お前、時代劇見ない?」
「サムライの映画?」
「そや、おもろそうやで」
「いいよ」
2人は買い物がてら、ワーナーセンターに出かけ、日用品をしこたま買い、カフェでランチをとって、アパートに戻った。
映画は7時からだ。
2人はゆっくり時間を見て、ロワー・マンハッタンの「トゥー・ブーツ・パイオニア」劇場に向かった。
結構な列ができている。
「なんてタイトル?」
「Love and Honor」
「どっちも大切なことだよね」
2人は配られているフライヤーで原題が「武士の一分」、主演が日本の人気俳優、木村拓哉ということを知った。
「なかなか男前やな」
「ダニーったら!」
マーティンがダニーの手をぱちんと叩いた。
映画は、毎日生きる気持ちのない浪人が、藩の武士にだまされて妻をレイプされたことから復讐を誓い、
剣術の使い手の相手の武士に無理な戦いを挑む話だった。
2人はハリウッド映画と違う重厚さを持った舞台と役者の演技に魅せられた。
「サムライって誇り高いんやなー」
「うん、自分より数段強い相手に立ち向かう意志の強さがすごかったね」
そこまで話して、マーティンはふとだまった。
「ん?どないした?腹が減りすぎか?」
「うん、それもある」
「じゃ、あっこのピザ屋に寄ろうか?」
「うん」
2人はピッツェリアに入り、前菜の盛り合わせとピッツアを二種類頼んだ。
「ねぇ、ダニー、ダニーは、僕がレイプされたら、相手に復讐する?」
「当たり前やん。半殺しにする。それでも足りへんな。あそこもちょん切るか」
「そうなんだ・・」
マーティンはジョエルのことを打ち明けようかと思った。
しかし、ダニーが半殺しにすると言ったら、絶対に実行する。
FBI捜査官としてはそれは行ってはならないことだ。
「何や?急に?」
「ううん、何でもない」
「お前、ほんまに時たま、ヘンなこと聞くな。おもろい奴」
ダニーは大笑いしながら、ピッツアをぱくついた。
マーティンもちょっと笑って、ピッツァを手に持った。
いよいよジョージの出演している「Heroes」の新シリーズが始まった。
ジョージの出るのは4エピソードだが、2エピソードが終わったあたりで、異変が生じた。
NBCの番組公式サイトのブログに「バボを殺すな」「バボ愛してる」といった書き込みが増え始め、
TVガイドの質問サイトにも「バボはどうなるんですか?」という質問が殺到した。
そして、4エピソードめで、バボが愛犬サンディと姿を消した後、ブログは炎上した。
LAで撮影したというのに、バボが消えた場所に似ているブロンクスの路地裏に、花を手向ける人が後を絶たない。
TVニュースも取り上げ始めた。
「愛犬を愛でる優しいまなざしと、敵を抹殺する時に見せる悲しみに満ちた表情が、
本作がデビューのアフリカ系俳優、ジョージ・オルセンの魅力だ。
2mを超える堂々たる体躯の大男に、あれだけピュアな演技を誰が期待していただろう。
時期が間に合っていれば、エミー賞ゲスト出演賞ノミネートも夢ではなかったはずだ」
こういうコラムを書く評論家もいた。
ジョージが街を歩くと、子どもたちが「バボー!」と言って抱きついてくるし、後を追いかける。
まるでカメルーンの笛吹き状態だ。
アンダーソン・エージェンシーにも電話がひっきりなしにかかるようになっていた。
ジョージは、そんな周囲の喧噪をよそに、普通にバーニーズの仕事とCMやグラビアの仕事をこなしていた。
ジョージにディナーに招かれて、ダニーはリバーテラスに出かけた。
久し振りにジョージの手料理だ。
ロシア風ポテトサラダと、子羊と夏野菜の煮込み・クスクス添えだ。
きんと冷えた白ワインがぴったりの夏の食事だった。
「やっぱ、お前の料理は美味いなー」
「ありがと、しばらくやってなかったら、腕が落ちてそうで心配だった」
「なぁ、このポテトサラダ、何がロシア風なん?」
「レシピ本読んだら、ツナを入れるとロシア風なんだって」
「ふぅん、眉つばくさいな」
「うん、なんだかね」
ジョージが笑った。
「なぁ、お前さ、今の騒ぎ、どう思うてる?」
ダニーは尋ねたいことをついに聞いた。
「どうって、僕は僕で変わらないし・・・でもね、NBCの幹部の人からアイリスに、レギュラー出演の話が来たんだって」
「え?だってお前、死んでるやん」
「それがね、バボは粒子レベルに粉々になった肉体を再生できる力もあるって脚本家が言い始めたんだって」
「へぇー、チアリーダーよりすごいな」
「ピーターの人も、サイラーの人も、僕の能力がほしいって言ってるんだってさ」
ダニーもジョージも大笑いした。
「でも、僕はバボの人生はあれでいいと思ってる。むく犬と逃亡するだけの人生だったし、
サンディがいなくなった時点で、彼は生きる意味を失ったんだよ」
「でも、お前、それでええんか?もしかしたら将来アカデミー賞とるかもしれへんのに」
「だめだよー。僕はウィル・スミスにもデンゼル・ワシントンにもなれないよ。
それに、レギュラーになったら、半年以上はLAだもん。ダニーと離れたくないよ」
ダニーはそれが本音なのだと直感した。
こんなに人に愛されるなんて、自分にその価値があるのだろうか。
「俺でもええんか?」
「え?どういうこと?」
「お前は、今、キャリアの岐路にいるんやで。それを俺が理由で決めてもええんか?」
ジョージはふぅーっと息をついた。
「うん、全く後悔はないよ。今が十分幸せなんだ。これ以上何もいらないよ」
ジョージは白ワインを飲んで、にこっと笑った。
「あーでも困ったな、アイリスになんて言って断ろう」
「ほんまやな。お前ってショービズ界一番の間抜けって言われそうや」
ジョージはうれしそうにけらけら笑った。
ダニーがワインを持って、ジョージの部屋を訪れると、中から大声で泣く声が聞こえた。
チャイムを鳴らす。
ジョージがTV画面でダニーを確認して解錠した。
泣いているのはパーシャだった。
わーわー泣いているのをジョージが抱きしめてやっている。
「一体、何があったんや?」
「パーシャが急に来てさ、こんな調子」
「パーシャ、ダニーやけど、ニックが原因か?」
「僕、もうニック大嫌い、別れる」
そういってまたわーわー泣きだした。
「あいつ、今度は何やらかしたんや?」
「僕もニックに電話したんだけど、圏外なんだ」
「まったく、だからあいつみたいな、ちゃらんぽらんな奴にはパーシャは合わへんのや」
「ねぇ、パーシャ、泣いてるとお腹すいちゃうだろ?あっちでみんなでご飯食べようよ」
「・・・ん」
やっとパーシャが動き出した。
カウンターダイニングに座り、ジョージが並べる、ベビーリーフサラダとパンにビーフストロガノフを食べ始めた。
やはり、パーシャは半分も食べられず、またほろほろ鳴き始めた。
「一体、何があったんや、パーシャ、話してみい」
「・・僕、PCの練習してた。ニックのこと知りたくて、いろいろな国のサイトに行った。
そしたら、ニックが、女の人とパーティー出たり、ハグしたり、キスしたり、いろいろしてた」
「お前と付き合う前、ちゃうか?」
「ううん、先週の写真もあった」
「ねぇ、そのサイト、覚えてる?」
「うん・・」
「見てみようよ」
ジョージは自分のラップトップを持ってきた。
問題のサイトは韓国のサイトだった。
「うはー、言葉が全然わからへんな」
「ねぇ、でもこの女の人ってさ、ニックの兄さんの奥さんと違う?」
「ほんまや、確かヤシカとかヤイカとかいう名前やったな」
「え?ニックにお兄さんいるの?」
パーシャがびっくりしてる。
「ああ、仲悪いけどな、一卵性双生児やからそっくりや」
「パーシャ、これお兄さんのジョシュ・ホロウェイの写真だよ。ハワイって書いてあるみたい」
「本当に?」
「ああ」
「お前、LOSTってドラマ見てへんの?」
「知らない」
「それじゃ、ジョシュ・ホロウェイも知りおらへんな」
するとパーシャの携帯が鳴った。
「ぐすっ、パーシャ・・・」
「ニックだ。心配したろ?今日は地下の撮影だったんだよ。だから電波が届かなくてさ。これから会えるか?」
ダニーが携帯を横取りした。
「ホロウェイ、お前、大変やったぞ。離婚寸前やったわ」
「え?なんでテイラーがいるんだよ!ジョージも一緒か?」
「そや、ジョージはずっとパーシャの子守してた」
「なんだかわからないけど、迷惑かけたんだな。今度埋め合わせする。これからパーシャを迎えに行くって伝えてくれ」
電話は切れた。
「パーシャ、これからニックが迎えにくるらしいで。また大きなリング買ってもらい」
ダニーが笑いながら言った。
「・・ぼく、ニックのお兄さんに会ってみたい・・」
「それはどうだろ。あの兄弟、本当に仲が悪いから」
ジョージが心配そうに言った。
するとチャイムが鳴った。ニックの顔が映っている。
フェラーリを全速力で飛ばしてきたに違いない。
「ほら。お前の王子様が着いたぞ」
ジョージに押し出されて、パーシャは出て行った。
「一件落着やな。ほなディナーにしよう」
「もう一回料理、温めなおすね」
「おお、俺はワインを開けるわ」
2人はキッチンに入って行った。
マーティンがデスクでチャイヤのランチを食べていると、携帯が鳴った。
ドムからだ。
「はい、フィッツジェラルド」
「マーティン、今、話せる?」
「ああ、ちょうどランチタイムだから」
「ジェリーにね、陸軍から召喚状が来たんだよ。それで、相談したくて・・。
もしよかったら、今晩会えませんか?」
「ああ、もちろん、大丈夫だよ」
2人はミッドタウン・ウェストのパブ「ナース・ベッティー」で待ち合わせた。
敷居が高いとドムが遠慮するからだ。
マーティンが一杯目のエールを空けていると、ドムが入ってきた。
Tシャツに薄手のジャンパーで一層若く見える。
「ごめんなさい、待った?」
「そんなことないよ。ここじゃ落ち着いて話せないから、食事しながらにしようか」
「はい」
2人は、ル・パーカー・メリディアンホテルの奥にある隠れ家ハンバーガーショップ「バーガー・ジョイント」に入った。
ゆっくり静かに食事ができる上、バーガーも定評がある。
2人は定番のバーガーにトッピングを全部載せてもらい、フライオニオンとポテトを頼んだ。
「陸軍から召喚状って、まさかまたイラクってことないよね?」
マーティンが尋ねる。
「違うんです。この州にあるフォート・ドラム陸軍基地で講師になってくれないかって」
「へぇー、よさそうな話じゃないか?何の講師?」
「地雷の捜索と除去です。ジェリーの専門分野ですから」
「ジェリーはどうしてるの?」
「陸軍のレターヘッド見ただけで、読もうともしません。
でも、フォート・ドラム基地には、介護サービスつきの住居もあるんです。
平屋で、バリアフリーだし、リハビリ施設もそろってます」
「最高じゃない!ジェリーはやる気はないのかな?」
「まだ、わかりません」
「がんばって説得してみなよ。・・ねぇ、あれから殴られた?」
「いえ、殴られてません。ジェリー、すごく反省しちゃって」
「僕は、とてもいい話だと思う。彼の経歴が生かせるだろう?
何しろ勲章を沢山授与されている士官なんだから、
もとの組織で、そこを評価してもらうのが一番幸せだと思うよ」
「そうですよね」
ドムの顔がやっと明るくなった。
「とにかく、バーガーがさめないうちに食べよう。
ドム、うまくいくように、僕も何か手助けできることあったらするからね」
「ありがとう、マーティン」
ドムは目に涙をためた。
夕方、アパートへの帰り道はひどい渋滞が続いていた。
ぼんやりと海を眺めていたときの穏やかな解放感はすっかり消え去り、
なかなか進まないことにいらいらして、ダニーはラジオをつけて欠伸をした。
こんな時に限ってどうでもいいような曲しか流れない。わけのわからないラップが鬱陶しくてすぐに消した。
自然渋滞なのか事故なのかもわからず、先が見えないままとろとろ走っていると眠たくなってしまう。
「運転、代わろうか?」
すっかり黙りこくってしまったダニーに、マーティンが遠慮がちに訊いた。
ダニーは、いつのまにか手を離していたことにも気づかなかった。
「眠いなら言ってね、僕が代わるから」
マーティンが心配そうに言う。
「大丈夫やって、心配すんな」
ダニーは自分から手をつないで指をからめ、サングラスを頭に乗っけて目を擦った。
「おっそいなぁ、全然進まへん。どうなってんねん」
「今日はNY中の人が海に行ったんだよ、きっと」
何気なく言った、苛立ちまぎれのぼやきにもマーティンは真顔で答える。
ダニーはマーティンのこういうところが気に入っていた。
いつもの三倍かかってやっとアパートに着いた。
ダニーは帰るとすぐに窓を開ける。即エアコンよりも、まずは換気したほうが部屋の温度が下がるのが早い。
すべての窓を開けると、むわっとした空気が少しずつ流れ出る。
数分後、エアコンの効き始めたリビングで、二人はソファにもたれて一息ついた。
「疲れたなー。なんか飲むか?」
「ううん、今はいい」
「オレも」
ダニーが目をつぶっていると、唇にやわらかいものが触れた。
ゆっくり目を開けると照れくさそうなマーティンの青い瞳と目が合う。
ダニーはまた目を閉じてマーティンのキスを受け入れる。
二人は抱き合ったまま、静かにキスを交わした。
キスしながらうとうとしかけたダニーの手に、マーティンはかぷっと噛みついて歯を立てた。
手のひらに食い込む感触がおもしろくて歯の跡が残るぐらい強く噛む。
ダニーは痛みでようやく目が覚めた。
「さっきから痛いなあ。オレの手返せ」
「ダニーは僕のだからいいんだよ」
マーティンはそう言って楽しそうに噛みついた。
同じところを何度もはぐはぐと噛んで得意気ににんまりする。
「痛いっちゅうねん!あっ、こんなに歯形が!お前は犬か」
けたけた笑うマーティンを組み敷いて、ダニーはお返しにマーティンの首筋に噛みついた。
「うわっ、苦っ!お前の体、めっちゃ苦いわ」
「ダニーも苦いよ。苦いだけじゃなくて塩辛いしさー」
「当たり前やろ、汗と潮風一日分や」
「僕だってそうだよ」
「あーあ、ぼちぼち風呂入るか」
ダニーは面倒くさそうに体を起こし、シャツを脱ぎ捨てた。
暑いからお前は後、と言って裸で立ち上がる。
ダニーが体を洗っていると、マーティンが入ってきてぴったりくっついた。
「マーティン、暑いからオレが上がるまで待てって・・・んっ」
マーティンはダニーがまだ言い終わらないうちにキスで唇をふさぐ。
長いキスだった。ダニーはマーティンの背中に腕を回して抱きしめた。
「さっき・・・さっきはイライラしてごめんな、気分悪かったやろ」
ダニーは両手でマーティンの頬を挟んで帰りのことを謝った。
マーティンはきょとんとして、大切そうにチョーカーを握る。
「いいよ、そんなの謝らなくても。今日はすっごく楽しかった」
「あんまりデートらしくなかったけどな」
「僕には最高のデートだよ」
「そやな、お前が楽しかったならサイコーのデートやな」
ダニーはマーティンを抱きしめておでこにキスをした。
「風呂から上がったら、バナナスプリット作って怖い映画見よう」
「いいけど、あんまり怖いのは嫌だよ。JUONだけは絶対に見ないからね」
「お前、ほんまびびりやな」
「なんだよ、ダニーだって昔のウンパルンパが怖いくせに」
「うるさい」
ダニーはボディソープを追加して、マーティンの体を乱暴に擦った。
ダニーがデスクで仕事をしていると携帯が震えた。
「はい、テイラー」
「よぅ、俺、ホロウェイ」
「何や、こんな時間に。またパーシャ泣かしたんか?」
「違うよ、今晩さ、お前と飲めないかと思って」
「珍しいやん」
「たまにはいいだろ?」
「初めてやろ?」
「そうだな(笑)イースト・ヴィレッジの「ボックスカー・ラウンジ」知ってるか?」
「わからん」
「じゃ、住所をメールで送るから、8時くらいにな」
「おお」
ダニーは仕事を終えて、イースト・ヴィレッジに向かった。
「ボックスカー・ラウンジ」は落ち着いた雰囲気のバーで、音楽も控え目だ。
みな、飲みながら話にくる場所のようだ。
奥にニックが座っていた。顔を隠すように、キャップを被っている。
「よぅ、お待たせ」
「テイラー、来てくれてありがとな」
「お前のおごりならな」
ニックは笑った。
2人でスコッチの水割りを飲みながら、チーズの盛り合わせとバッファローウィングを頼んだ。
「昨日は世話になったな、パーシャのこと」
ニックが話し始めた。
「あの後、どうした?」
「あいつの好きなロシヤレストランに行って、ハラショーだよ。
なぁ、お前、気が付いてるか?パーシャが知能発達障害だってこと?」
「え?そうなん?時々、年の割には幼いなとは思ってたけど・・」
「少しIQが低いだけなんだ。のろいけど、自分の面倒は自分で見られる。
だがな、あいつの両親はあいつを捨てたんだぜ。
施設にいた時にダンスの才能を見いだされて、今度はダンスの英才教育の学校に引き取られてさ、
その次にダンスが踊れなくなったら、学校から退学になったんだよ」
「ひどい話やな」
「その上、アイリスがあいつをパリで見つけた時は、社交界サークルのおもちゃだったらしい」
「おもちゃって?」
「宿と食事が与えられれば、男でも女でも寝るトーイ・ボーイだ」
ダニーは言葉を失った。
あんなにピュアで純真なパーシャにそんな過去があるなどとは、全く想像がつかなかった。
「それ、ジョージも知ってるんか?」
「ああ、アイリスが話したそうだ。ジョージには俺が口止めした。お前には俺が伝えたかったから」
「そうか・・」
「俺さ、今まで、悪いことばかりしてきただろう?あいつと出会って、生い立ちを聞いた時に、
もしかしたら、これは神様が俺にお与えになった贖罪の機会なんじゃないかと思ったんだ」
「そんなら、いっそ、一緒に住めばええのに」
「それが、複雑でな、俺、息子がいるだろ。
パーシャがあいつと会ったら、俺を取られると思うに決まってる。
だから息子が大学を卒業するまではこのままでいようと思ってる」
「そこまで考えてんのか」
「ああ、お前は信じないかもしれないけど、俺、真剣なんだよ、パーシャには」
「わかった。疑って悪かった」
「そりゃもういいんだ。だからさ、これからも、お前やジョージに、パーシャが迷惑かけることが多いと思うけど、
大目に見てやって欲しいんだ」
「当たり前やん」
ダニーは手を伸ばした。ニックと固い握手をする。
「今日はこれからどないする?」
「パーシャのコンドに行くよ。昨日から寂しがってるからな」
「わかった。かわいがってやれよ」
「おお、お前とこんな話ができるようになるとは、思ってなかったぜ」
「俺もや」
「どうだ、今度一回寝てみるか?俺、ベッドじゃすごいんだぜ」
「あほ!」
ニックは、笑いながらチェックを済ませ、店を出た。
ダニーも一緒に出て、地下鉄の駅で別れた。
土曜日、ダニーは、ジョージの招きで、リバーテラスでのBBQパーティーに出かけた。
手ぶらで行くのも芸がないなと思い、コールスローと鶏胸肉のマリネを作った。
ジョージのコンドに着くと、中から音楽が漏れている。
ジョージがダニーを確認して、解錠した。
「いらっしゃい!」
「よ、お招きありがと。これ、サラダと鶏肉な」
「わ、嬉しい!ありがとう!」
ジョージはキッチンに入った。
ベランダでは、ニックとパーシャが、騒ぎながら、グリルに火をつけていた。
「おぅ、テイラー、こっちに冷えたビールがあるぜ」
ニックが手を振る。
ダニーはベランダに出て、ニックからハイネケンを受け取った。
「なぁ、パーシャ、ちょっとこっちきいへんか?」
「ん?なあに?」
ダニーはパーシャをぎゅっと抱きしめた。
「待ってよ、ダニー、僕はジョージじゃないよ」
パーシャがあわてている。
「ええやん。お前をハグしたいからしてるんや」
「ふうん、そうなの」
パーシャは直立不動のままハグされていた。
「おい、テイラー、そろそろパーシャを俺に返せよ。今日は、パーシャのアメリカ初のBBQなんだよな」
ニックが言うと、パーシャがにっこり笑って「ばーべきゅー!」と叫んだ。
よっぽどうれしいんだろう。
ダニーは、ジョージのヘルプでキッチンに入った。
アルミホイル入りの野菜や、魚、マリネードされた肉が所せましと並んでいた。
「うっかりしちゃって、サラダ忘れてたから、ダニーのコールスローで助かった」
「よかったわ、なぁ、俺、パーシャのこと、聞いたで」
「あ、そうなんだ。僕らにとっては、変わらない友達のパーシャだもんね」
「そやな、今まで通りや」
「そろそろ焼く?」
「おお」
2人は大きなトレイに焼き物を乗せて、ベランダに運んだ。
パーシャとニックはトングでフェンシングしていた。
「こいつ、フェンシングやってたぞ、すげー強い」
ニックは疲れて椅子に座った。
ジョージが丁寧に焼き物を並べていく。
その間、サングリアを飲んだり、ダニーのコールスローを食べたりして、焼けるのを待った。
「へぇ、今日は肉は串焼きか?」
ダニーが尋ねた。
「パーシャが言うには、ロシアのBBQは串焼きらしいんだ」
「うまそうやな」
「ラムと牛肉だよ」パーシャが説明した。
4人は焼けるそばから、どんどんぱくぱく食べていった。
ビールもなくなり、サングリアとワインの出番になった。
野菜の蒸し焼きもどんどん焼けて、ちょうどいい腹具合になった。
「これから、ハンバーガー食べる人?」
ジョージが尋ねると、ダニーもニックもパーシャも手を挙げた。
ジョージはパテを持ってきて焼き始めた。
これがなければ、BBQはしまらない。
4人は玉ねぎやポテトを適当にはさんで、バーガーを食べた。
もう動けないほど腹いっぱいだ。
「ニック、僕、眠くなった」
パーシャが言い始めた。
「ジョージ、ゲストルーム借りていいか?」
「うん、どうぞ」
「すまないな」
ニックは20分ほどすると戻ってきた。
「パーシャは?」
「もう、ぐーすか寝てるよ」
ニックはグラスにワインを注いだ。
「本当にありがとうな。2人とも。パーシャ、すごく楽しみにしてたんだ」
「楽しんだかな」
ジョージが心配そうに尋ねる。
「もう、幸せそのものって顔で寝てるぜ。俺、あいつにこれから、世の中にある幸せ全部を味あわせてやりたいんだ」
ニックは真顔で答えた。
「それ、ええんちゃう?パーシャはお前に出会えてほんまに幸せやな」
「あいつが、どう思ってるか正直わからないんだけどな。笑顔を見るだけで満足しちまうんだよ」
ニックは照れたように笑った。
「まだ夏も終わってないんだから、またBBQやろうよ」
ジョージが提案した。
「ありがとう。俺ん家はBBQ禁止だから、助かるよ」
ニックが言った。
ダニーはニックの変化をひしひしと感じていた。
ダニーはバナナスプリットを作りかけて、スプレーホイップクリームを切らしていたことを思い出した。
「マーティン、ホイップクリームがないわ。アイスだけにするか?」
ダニーは冷蔵庫を漁っているマーティンに声をかけた。
「アイスだけでもいいけど・・・あっ、あった!これじゃないの?」
マーティンは生クリームのカートンをカウンターに置いた。ダニーがキッシュに入れようと思って買っておいたものだ。
「45%フレッシュクリームって書いてあるよ?」
「ああ、それか・・・」
ダニーはカートンを持って少し顔を曇らせた。
「何?」
「これなぁ、泡立てるの面倒やねん。ハンドミキサーなんかないし」
「いいじゃない、僕も手伝うからさー」
マーティンは得意そうにカートンをしゃかしゃか振る。
ダニーはしゃあないなぁと言いながら、ボウルに生クリームと砂糖を適当にぶち込んで泡立て始めた。
「ねえダニー、泡立てはボウルを氷水で冷やしながらって書いてあるよ」
マーティンがパッケージの説明書きをダニーに見せた。
「あ?そんなんパス」
ダニーはひたすらかき混ぜていた腕を止めた。手首と二の腕がだるい。
生クリームはまだとろっとした程度で、絞り出すには程遠い状態だ。
「もうあかん。マーティン、交代」
「ただ混ぜればいいの?」
「そう。空気を含ませるようにな」
「意味がわかんないけどやってみるよ」
ボウルを手渡されたマーティンは思いっきりかき混ぜた。
「なんかもったりしてきた。もういい?」
「んー、あとちょっとやな。ぽとって落ちるぐらいまで」
「ん」
マーティンがさらにがしがしと泡立てると、生クリームはみるみる固くなった。
「もうええやろ」
ダニーは生クリームを人差し指ですくってマーティンの口に入れた。
「いけるか?」
「・・・ん」
マーティンは恥ずかしそうにこくんと頷いた。
ダニーがそのまま指を舐めさせると、マーティンの頬がさらに赤くなる。
「なんで赤くなるねん」
「暑いからだよ」
ダニーは指を引き抜こうとするマーティンの手首をつかんだ。
肩や腕に吹き出た汗の玉がうっすら並んでいる。両手をカウンターにつかせて、足を開かせた。
ダニーはソファーに寝そべって、ジョージと電話をしていた。
「・・それでね、NIKEが、バボスタイルを売り出すんだって」
「へぇー、でもバボはホームレスやん、ええスニーカー履いてたんか?」
「ううん。僕が10年前に履いてたやつを、わざわざ母さんに送ってもらったんだよ」
「NIKEはそのボロスニーカーを売り出すんかな?」
「わかんない。でも、もう明日からCM撮影なの」
「メーカーの考えることはよう分らんな」
「そうだね。ダニーは、何するの?」
「いつもと同じや」
「正義の味方だね、それじゃ、またね」
「あぁ、おやすみ」
ダニーはあくびをふわふわして、ベッドルームに入った。
「オレ、知ってるで。いやらしいこと考えたんやろ?」
ダニーは耳元でささやいた。マーティンは返事するよりも早く耳まで真っ赤になる。
「ち、違うよ」
「違わない」
ダニーは耳たぶを甘噛みしながら後ろから抱きしめた。
首筋や背中に舌を這わせていると、自分のペニスが硬くなっていくのを感じる。
マーティンのトランクスをずらし、生クリームをすくってアナルに塗りこんだ。
「んぅっ!やっ、ちょっ、汚いよ」
「大丈夫や、二度付けしたらあかんけどな」
ダニーはペニスをあてがい、静かに挿入した。生クリームのおかげでスムーズに呑み込まれてゆく。
マーティンの腰をつかんでゆっくり挿入をくり返した。
「んぅっ、ふぅぁっ・・・んううっ」
マーティンの抑えた喘ぎ声がキッチンに響く。ダニーが動くたびに何度も背中を仰け反らせた。
ひくついたアナルがペニスを締めつけて離さない。ダニーも動きを早めて突き上げた。
「あうっ!くっ!」
突然、マーティンが一際大きく仰け反って射精した。カウンターに突っ伏して大きく息を吐く。
ダニーはぎゅっと抱きしめて、マーティンが落ち着くのを待ってから動いた。
二人でもう一度シャワーを浴びて、裸のままバナナスプリットを食べた。
ダニーはマーティンが恥ずかしがるのをおもしろがって、スプーンにのせたホイップクリームをわざとちろちろ舐める。
調子に乗って舐めていると、マーティンが肘で小突いた。
「今度やったら取り上げるからね」
「なんでやねん」
ダニーはマーティンのおでこにデコピンしてバナナを奪った。
いよいよNIKEバボの発表会の日がやってきた。
ダニーもジョージから招待状をもらい、マディソン街のホテル・パレスに向かった。
そこかしこにジョージの後姿の巨大なポスターが張られ、ダニーは何となく恥ずかしい思いがした。
バンケット・ルームが試写室のようになっており、ダニーは招待状の番号のシートに座った。
書き手2さん、交錯しました!すみません!!!
お先にどうぞ!
書き手1さん、もう終わったらいいですよ。
続きをどうぞ。
それでは、書かせていただきますね。
時間になり、部屋の明かりが全部消される。
みながざわめく中、スクリーンにバボが最後に消えたブロンクスの路地裏が映し出された。
動きがない。するとかさっと落ちている新聞が動き始める。
少しずつ少しずつ回転を始め、しまいには周囲のほかのゴミも巻き込んで小さな竜巻が生じた。
その時、閃光が走り、皆が目をつむった。
そして目をあけると、バボが路地の奥に立っていた。
足もとには、むく犬サンディーがからみついている。
サンディーがこほっと咳をし、銃弾を履きだした。
バボはサンディーを抱き上げると、よしよしと顔をすりつけて、また塵となって風と共に消えていった。
最後の画面は黒地に白文字で「NIKE BABO REVIVE」
バボのよみがえりだ。
映画張りの映像の素晴らしさに、皆がスタンディング・オベーションをしている。
ジョージが一番前の席で後ろを向き、会釈をした。
これからアフターパーティーがあるはずだ。
ダニーは静かに会場から立ち去った。
NIKEバボは、翌日から発売が開始され、すでにオークションで600ドルの値がついている。
NIKEも、ロイヤリティーの入るNBCもアンダーソン・エージェンシーもほくほく顔のはずだ。
ジョージがレイト・トークショーに出ることになった。
「生放送だから、すごくあがっちゃう」
前日、ダニーに電話してきて、ジョージは言った。
「大丈夫や。お前はしゃべれるやん。がんばり」
「うん、ダニー、見てくれる?」
「当たり前や。見るで」
「ありがと、じゃね」
トークショーが始まった。
司会者が「バボとお呼びすれば、それともジョージですか?」と尋ねる。
「ジョージで結構です」落ち着いている。
そのあと、ジョージの経歴が紹介され、今の活躍の場であるファッションのグラビアやショーの様子が映し出された。
「今、オリンピックの真っ最中ですが、世界一を目指しておられた先輩として、後輩アスリートに声をかけるとしたら?」
「たとえ金メダルがとらなかったとしても、自分を責めないことです」
ジョージらしい優しい言葉だ。
「あなたはゲイだと明言されておられる。スキャンダルはありませんね?恋愛の調子はいかがですか?」
ジョージが照れ笑いをした。
「とても順調です」
「お相手はショービズ界の方で?」
「いえ、一般人です。僕が売れないモデルをしていた時からの知り合いです。
僕を一番理解してくれている大事な人です」
「では、その彼にメッセージを」
一瞬ジョージはひるんだ。
「世界で一番愛してる」
「ジョージ・オルセンさんに拍手を!」
アッパーイーストサイドの部屋では、マーティンがスコッチのグラスを壁に投げつけていた。
翌朝、ダニーが新聞を読みながら、チキンラップサラダをかじっていると、
マーティンがわざと新聞にぶつかった。
「おい、何や、挨拶もせんと」
「幸せな人には挨拶しなくていいんだよ」
マーティンは、ピッツァの大きな包みをデスクの上に置いて、
ミネラル・ウォーターでがしがし食べ始めた。
昼になっても、マーティンはダニーの方を見ようともしない。
ダニーは嫌がるマーティンを無理やりカフェに連れ出した。
「お前、どうしたん?俺、何かしたか?」
「・・・ダニーはしてない・・・」
ダニーはぴんときた。
「昨日のトークショー、見たんか?」
「・・うん・・」
「ああいうのは、マスコミ向けのインタビューやで」
「でも、ジョージがダニーのこと大好きなの、知ってるもん」
今度はダニーがだまる番だった。
「俺たちは、相棒やろ?お互いの命を投げ出す相手やん。それでもダメなんか?」
「全国放送で宣言されちゃったら、僕だってくさるよ」
「ほなら、今日、俺がディナーおごる。めっちゃうまいとこ連れてく。そんでお前んとこ泊まる。それでどや」
「・・・わかった」
やっとマーティンは冷めかけたフォカッチャサンドに手を伸ばした。
仕事を終え、ダニーはマーティンとエレベータに乗った。
「どこに行くの?」
マーティンが尋ねる。
「今日は、ロワー・イーストサイドや」
「ふうん」
店の前に着くと、マーティンが目を輝かさせた。
「すごーい!アレン&デランゼイだ!ここ、予約取れないんだよね!」
「まぁ、入ろうや」
中は間接照明でかなり暗い。
インテリアは木製家具が中心で落ち着いた雰囲気だ。
テーブルに通され、ダニーはシャンパンをオーダーした。
マーティンは食い入るようにメニューを読んでいる。
結果、マーティンは、フォアグラの前菜、名物のはまちのソテーにした。
ダニーは蟹のラビオリに同じくはまちのソテー。
2人は乾杯し、食事を始めた。
シェフは、ロンドンのスターシェフ、ゴードン・ラムジーの元で修行していたそうで、
伝統的なフレンチに新しいスパイスを加えた新鮮な味付けが美味しい。
マーティンがうれしそうに食べているのを見て、ダニーは少し安心した。
デザートのチーズケーキとピーナッツバタータルトを半分ずつ食べながら、
マーティンは「ありがと」と小声で言った。
「ダニー、気を使ってるんだよね」
「そんなことあらへん」
食事を終え、2人はマーティンのアパートに帰った。
シャワーで汗を流し、自然と裸のままベッドに入る。
ダニーが動こうとすると、マーティンが「今日は、僕のしたいようにさせて」とダニーを制した。
引出しから円筒形のものと黒いパフを取り出す。
「何、それ?」
「だまって・・・」
マーティンは、黒いパフでパウダーを体中に塗り始めた。
「こそばい・・」
「がまんして」
全部塗り終えると、マーティンは、ダニーの体を犬のように舐め始めた。
ダニーも舐めてみると、はちみつの味がした。
マーティンが献身的にダニーの体を舐めれば舐めるほど、ダニーの心の中に違和感が生じてきた。
俺がマーティンとしたいんは、こんな娼婦とやるような演技やない!
ダニーは、マーティンの肩を押さえた。
「どうしたの?」
きょとんとするマーティン。
「なぁ、こういうの、やめよう」
「どうして?気持ちよくないの?」
「何か間違ってる気がする」
「どうして?僕じゃだめってこと?ジョージならいいの?」
「そういうんやない!」
「ダニーのばか!もう帰ってよ!」
マーティンはバスルームにこもってしまった。
ダニーは体についているパウダーをはらい、スーツを着て、マーティンの部屋から出て行った。
ダニーがニューハンプシャーから戻ると、オフィスには誰も残っていなかった。
他の部署の局員もまばらでフロア全体が閑散としている。
報告書をざっと仕上げ、ボスのデスクに置いて支局を出た。
少し飲みたい気分でフルートに立ち寄り、スプマンテを頼んでバーを見渡すと、カウンターの片隅にジェニファーがいるのに気づいた。
浮かない顔でグラスを持ったまま、携帯電話を見つめている。
ダニーは思わず腕時計に目をやった。時計の針はまもなく22:40をさそうとしている。
今夜は約束していないし、会ったとしてもいつもなら家にいるはずの時間だ。
「こんな時間にどうしたん?」
ダニーが近づいて話しかけると、ジェニファーははっとして顔を上げた。
「ダニー・・・」
「もう遅いで、帰らなあかん時間やろ。どうしたんや?」
「・・・ちょっとケンカして、飛び出してきちゃった」
ジェニファーはそう言って微笑んだものの、強張った表情は隠せない。
「それっていわゆる夫婦喧嘩?」
ダニーの問いかけにジェニファーは小さく頷いた。
「もしかして原因はオレとか?」
ダニーは冗談交じりに訊いたが、内心は本気で心拍数が急激に上がっていた。
ジェニファーの夫に関係がばれたら会えなくなってしまう。
「違う」
「ほんまに?」
ジェニファーが頷くのを見ながら、ダニーはスプマンテを啜った。自分に関係がないのなら、それ以上理由を訊く必要はない。
また携帯が震えだし、ジェニファーはうんざりしたように目をそらした。
「それ飲んだら帰ったほうがええ。心配してるで」
「勝手に心配してればいいのよ」
ジェニファーは強がってきっぱり言い切る。頑固だから気が変わりそうもない。
ダニーは困ったなと思いながらグラスに口をつけた。
結局、ジェニファーを連れてアパートに帰った。
家には帰らないと言い張る以上、それ以外に選択肢がなかった。
もっともダニーにとっては好都合で、ジェニファーと一晩過ごせると思うと胸が躍った。
シャワーの後、ダニーのパジャマの上だけを着てベッドにもぐりこんだジェニファーを傍らでそっと抱きしめる。
いつもは気づかないふりをしていた結婚指輪がどうしようもなく目障りに思えた。
「左手、貸して」
「左手?」
「そう。ええから貸して」
ダニーは指輪をはずしてしばらく凝視した後、ジェニファーの乳首にはめてこりこりと回した。乳首は軽く擦れただけで硬くなる。
「やめて、ダニー」
ジェニファーの声を無視して反対側の胸を揉みながら、乳首を口に含んで舌で転がし、舐め上げては吸いついた。
「オレとこいつとどっちが感じる?」
刺激されてぷっくりした乳首をさらに舌で押さえつけるようになぞりながら、ダニーは訊いた。
ジェニファーは執拗に舐め続けるダニーの頭を抑え、指輪で愛撫する手を掴んで泣きそうな顔をした。
「やめて、こんなことしないで」
ダニーは乞われてもやめなかった。懇願されればされるほど意地になっていた。
ダニーは内腿に足を入れて強引に足を開かせた。すでにぐしょぐしょに濡れている。
クリトリスに指輪をはめて乳首にしたのと同じように動かした。意地悪く反応を見ながら何度も何度も・・・
さらに指も入れて中でくにゅくにゅと動かした。
「ひぁっ・・・っ!」
声を押し殺して体を硬くしていたジェニファーがついに声を上げた。いくら我慢しても快感には抗えない。
荒くなった息遣いや指の動きに呼応するように動く腰が、何よりも感じていることを物語っていた。
膣がどんどん引き締まって指に絡みつく。甘く乱れた顔を見ても、それでもまだペニスは入れてやらない。
「どうしてほしい?」
「・・・・・・」
ダニーはジェニファーの目を見つめて乱暴に口づけた。壊れそうなほど強く抱きしめて肩に顔を埋める。
さっきまでの余裕は消え去り、夢中で挿入してジェニファーの体を貪った。コンドームのことも忘れていた。
微かな罪悪感と優越感は、ダニーに深い解放感をもたらした。
隣で息を弾ませるジェニファーの汗ばんだ背中を抱きしめながら額に唇を押し当てる。
「ごめんな」
ダニーは髪を撫でながら謝った。ジェニファーは困った顔で首を振る。
「オレのこと、嫌いになった?」
「ううん、エッチな人だなぁって思っただけ」
二人は顔を見合わせてくすくす笑った。
「そや、指輪!」
ダニーは体を起こしてシーツの上に落ちていた指輪を拾った。
「はい、これ」
ジェニファーは受け取った指輪をはめずにサイドテーブルの上に置いた。
それだけでダニーは幸せを感じる。抱きしめずにいられない。
何度もキスをして抱き合ったまま目を閉じた。
ダニーとマーティンの硬直状態は続いた。
そろそろヴィヴィアンに一言言われる頃だ。
「ダニー、ちょっと、スナックコーナーへ」
「ん、ああ」
案の定、マーティンとの事を尋ねられた。
内容が内容なだけに、真実を告げられるはずがない。
「早く仲直りしなさいよ。こういう時に事件でも起きたら大変だから」
「了解っす」
アッパーイーストサイドのマーティンのベッドルームでは、
マーティンが背中を何度も震わせて果て、体をぐったり下にいる男に任せた。
「マーティン、今日、すごく激しかったね」
ドムが満足そうにマーティンの胸に顔をこすりつけた。
「僕、背中、ひっかかれたよ」
「え?僕がやったの?」
「うん、何度も」
「見せてみて」
ドムは背中を向けた。
左右に4本ずつ長いひっかき傷がついている。
「薬塗らなくちゃ」
「大丈夫だよ。これくらい」
「でもバイ菌入ったら大変じゃない」
「なんだか嬉しかった。マーティンって穏やかな人だと思ってたのに、
こんなに激しい面もあるんだね」
「ごめんね・・・・」
「いいんだ。僕にだけ出してくれれば。ねぇ、それより相談があるんだけど」
「何?」
「ジェリーが基地に入居する前にお寿司やに連れて行きたいんだ。
日本に駐留してたことがあるんだよ。どこか知らない?」
「え、ジェリー、あの仕事受けたの?それじゃ祝賀会だね。寿司ならいい店があるよ。
段差がないからバリアフリーだ。いつにする?」
「あさっては?」
「わかった。店に連絡しておくよ」
「ありがとう!マーティン、大好き!」
マーティンはドムにぎゅっと抱きしめられた。
翌々日になり、マーティンは車いす用のリムジンを手配して、ドムのアパートに迎えにいった。
すでに1階に2人は降りてきていた。
「ジェリー、こんばんは」
「マーティン、今日はありがとう」
酒がないとまるで紳士だ。
ショーファーに手伝ってもらい、ジェリーを車に乗せる。
車いすもトランクに乗せて、リムジンは出発した。
リトル・ジャパンの「花寿司」のおやじさんには理由を話している。
カウンターを広めにあけてくれるという。
ジェリーは店のたたずまいを見てうれしそうだった。
「まるで日本みたいだ」
「さ、入ろう」
「へい、らっしゃい」
おやじさんが挨拶をする。
3人はカウンターに座り、早速、日本酒を頼んだ。
「オヤジサン、キョウノシロミハナンデスカ?」
ジェリーが日本語を話し始めたので、マーティンとドムはびっくりした。
おやじさんも驚いている。
「今日はヒラメと真鯛とコチがうまいね」
「コチ?ハジメテデス」
「じゃ、それからいきましょうか」
ジェリーは、キャンプ座間に4年間駐留していたという。
それにしても日本語が見事だ。
「コハダトエンガワアリマスカ?」
ジェリーがどんどん頼むので、マーティンもドムも楽なうえに、
今まで食べたことのないネタを多く食べられた。
不思議と、アルコールが入っているのに、ジェリーは静かに穏やかにお寿司を食べている。
「お客さん、今日は吸い物が、いわしのつみれと岩のりとアサリがあるけど、どうします?」
「イワシツミレ、ダイスキデス」
2人もジェリーのまねをしていわしのつみれ汁を飲んだ。
「ゴチソウサマデシタ」
「今はどちらの所属なんですか?」
「フォート・ドラムです」
「今度はぜひお仲間といらしてください」
いつも言葉少ないおやじさんが、ジェリーにお時儀をした。
「モチロンキマス。スシサイコー」
マーティンとドムはジェリーを店の外に運び、リムジンに乗せた。
「マーティン、ありがとう。銀座より美味い寿司だった」
マーティンは、銀座がなんだかわからなかったが、「よかった」と答えた。
「マーティン、本当にありがとう。またね」
2人のリムジンをマーティンは見送った。
ダニーは、ジョージのコンドでいよいよ始まったオリンピックの陸上競技を見ていた。
自分も足が遅い方ではないが「世界最速の男」に対する絶対的なあこがれがあった。
ケータリングしたカレーを食べ終えて、
ジョージがつまみを作りにキッチンに下がった。
ダニーはTVに釘付けだ。
「・・・それにしても0秒02の争いになっていますが、あの伝説的な記録は破られるんでしょうかねー」
解説者が話している。
「ああ、10年前にジョージ・オルセンが出した9秒69ですね」
「現在はジャマイカのウサン・ボルト選手の9秒72が公式記録になっています」
ダニーは耳を疑った。今、ジョージ・オルセン言うた?
ジョージが、エプロンをして、アンチョビとチーズのカナッペを皿いっぱいに乗せて持ってきた。
「ビール飲むよね?」
「・・」
「ダニー、どうしたの?」
「なぁ、お前、世界で一番速い男なのか?」
「えー、またTVで言ったの?あれは、公式記録じゃないんだよ。だから、僕は違うんだ」
「でも9秒69出したんやろ?」
「昔はね、かけっこ早かったから。今はいいとこ14秒くらいじゃない?」
ジョージは気にしていない様子だった。
そんな記録を出しながら、オリンピックに出られなかったジョージ。
金メダルは確実だっただろう。
ダニーは思わず涙をふいた。
「ダニー!何、泣いてるの?まだレース始ってないよ?」
「何でもあらへん・・」
「それじゃ、TV見ようよ、ハイ、ビール」
ダニーはぎゅっとジョージを抱きしめた。
彼が選手生命を断たれた時の挫折感は想像を絶するものがある。
よく生きていたとも言ってやりたい。
「なぁ、ジョージ、俺でええのんか?」
「何が?」
「お前の相手」
「当たり前じゃない!酔っ払っちゃったの?
そりゃ、陸上選手の時はモテたけど、僕、カミングアウトしてなかったから、
誰とも付き合わなかった。そういう人たちって僕の幻影を見てるんだよ。
ダニーはさ、バーニーズで働いてる店員の僕を選んでくれた。
そういうことなんだ」
「そか・・」
ダニーはビールをぐいっと飲んだ。
2人は一通り、予選を見終わって、シャワーを浴び、ベッドに入った。
ダニーは少しビールを飲みすぎたらしく、ゲップを繰り返している。
「大丈夫?」
「胃薬あるか?」
「持ってくるね」
ジョージが薬とミネラルウォーターを持ってくると、すでにダニーはいびきをかいて、眠っていた。
ジョージは、サイドテーブルに薬と水を置き、自分もベッドに入った。
いつもは、クールを装っているが、人一倍感動やのダニー。
そんな熱いダニーが僕は大好きだ。
ジョージがダニーの頬にキスを何度もすると、ダニーはうるさそうに、寝がえりを打ってしまった。
明日はバーニーズに出勤の日だ。
ジョージは目覚まし時計を確認して、サイドランプを消した。
ダニーは、ジョージのサンドウィッチを断って、手ぶらで出勤した。
久し振りにスターバックスでもいいだろう。
オフィスに着くと、すでに騒然としていた。
「何があったので?」
ボスに尋ねる。
「誘拐犯がサウスポートの倉庫に立てこもり中だ。今、交渉担当班が犯人と話している」
「誘拐されたのは?」
「バックリー高に通っているお坊ちゃまよ。ジェフリー・マーキンソン」
サマンサが答えた。
「これから私たちも現場に向かう。防弾ベスト着用のこと!」
「了解!」
全員がサウスポートの倉庫に向かった。
つきあたりの倉庫が、たてこもりの現場のようだ。
「どんな様子ですか?」
ボスが交渉担当班のチーフに尋ねる。
「相手が、薬でラリっているようで、らちがあかない。希望すら満足に言えないくらいなんだから」
お手上げのようだ。ダニーとマーティンは裏側に回った。
「おい、そこのトタン板、はがれそうちゃう?」
「あ、本当だ」
2人は静かに板をはがした。
犯人らしき男がうろうろ歩いているのが見える。
被害者は床に座っているが、けがをしている様子ではない。
「いくか!」
「えー、ボスの指示を待とうよ」
「薬中はキレたら何し始めるかわからへん。残ってる時間わからないやろ?」
ダニーはトタン板から中に突っ込んだ。
マーティンも後を追いかける。
「おい、お前ら何だよ!」
「FBIや。今なら軽い罪ですむで」
「うそだ!俺は死刑になるんだ!」
完全に幻覚を見ているようだ。
「ほら、銃を渡し」
ダニーが一歩近寄ったところで、犯人が発砲した。
マーティンがダニーをかばうようにダニーを押し倒して倒れた。
おたおたする犯人の目を盗んで、少年が外へ出た。
FBIの他の仲間が突入し、ことなきを得た。
「ダニー、大丈夫?」
「俺に乗ってるお前が重い」
「あ、ごめん」
見ると、ダニーは足を撃たれていたが、かすり傷のようだ。
「お前ら、バカか!無線というテクノロジーを知らないと見える。始末書書け」
ボスはぷりぷり怒りながら倉庫から出て行った。
ダニーはマーティンの肩を借りて、乗用車に乗った。
「ベルビュー病院、近いから乗せてくよ」
「ありがと。お前、俺をかばてくれたな」
「当たり前じゃない」
「ん」
ベルビュー病院では、ER部長のトムが待っていた。
「よう、久しぶりじゃないか」
「無駄口たたかないで、早く処置してくれ」
「今度のは軽傷らしいからな、お前をいたぶるのが楽しみだ」
「サド・ドクター!」
「何とでも言え」
2人は処置室に入って行った。
マーティンは、ボスに戻れという指示を受け、オフィスに戻った。
ダニーはFBIの車で家に帰らされた。
アランから留守電が入っていた。
夜に様子を見に来てくれるという。
ダニーは、トムに処方してもらった鎮痛剤と抗生物質と睡眠薬をがっと飲んで、ベッドに横になった。
ダニーが目を覚ますと、リビングから声が聞こえた。
マーティンとアランだ。
ダニーがベッドルームから出ると、2人はグルマルディーズのテイクアウトのピッツアを食べながら、ビールを飲んでいた。
「おい、何や、見舞いに来てくれたんやないんか?」
「だって、ダニー、ぐっすり眠ってるからさ、お腹もすいたし」
「ダニーも食べるだろ?まだアツアツだぞ」
アランがマルゲリータをすすめた。
ダニーもソファーに座り、ピッツアにがっつく。
ビールを飲もうとすると、アランが瓶を奪った。
「アルコールは厳禁だ」
「ケチ」
マーティンがサンペリグリーノを出したので、ダニーは仕方なくそれで我慢した。
「傷を見せてごらん」
アランに言われて、ダニーはパジャマを持ち上げた。
「かすり傷だな。これなら安心だ。歩くのがだるかったら、マーティンにおぶってもらえ」
「えー!」
マーティンが大声を出す。ダニーとアランは大笑いした。
NIKEの動きは早かった。
オリンピックが終了していないというのに、男子100mをモチーフにしたCMを作り上げた。
どうやら優勝したボルト選手はNIKEと契約していないらしい。
内容はこうだ。
「9秒69。この記録を10年前に出した選手がいることをあなたは知っていますか?」
モノトーンでトラックを走るジョージの姿が映る。
「ジョージ・オルセン 29才・職業:ファッションモデル」
そして最後に黒地に白文字で「NIKE HUMAM REVOLUTION」と出てくる。
NIKE バボの人気もとどまるところを知らず、
今度はジョージが日常履いているスニーカーの問い合わせがNIKEのコールセンターに殺到した。
アイリスは今がピークと言ってはいるが、ジョージは外出もままならなくなった。
日用品は宅配専門のオーガニックスーパーにお願いをし、
その他のものは、アイリスが手配したメッセンジャーボーイに買いに出かけてもらっていた。
今日はダニーとのディナーの日だ。
傷も治り、アルコールが解禁になったので、ダニーはワインを持って、リバーテラスに出かけた。
最上階のジョージの部屋に入る。いい匂いがしてくる。
「おーい、来たで」
「ダニー!いらっしゃい!もうすぐできるから着替えて待っててね」
「ん、わかった」
「あ、ごめん。忘れものがある。リースリングのワインがなくちゃだめなんだ。僕、ちょっと買いに行ってくる」
「俺が行こうか?」
「いいよ、久し振りに外に出たいし、外はもう暗いから」
ジョージはベースボールキャップをかぶって、出て行った。
ジョージは戻ってこなかった。
ダニーのオフィスのホワイト・ボードにジョージの写真が貼られた。
ボスが「ダニー、ちょっと」と呼ぶ。
「はい、何すか?」
「ジョージ・オルセンはお前の友人だな」
「はい、そうですが?」
「冷静に捜査できる自信はあるか?お前をはずす事も検討しているんだが」
「俺はプロの捜査官です。ぜひやらせてください、ボス」
ダニーは懇願した。
ボスは「うむ」と言って、「それでは捜査を開始しろ」と命じた。
ファッション・モデル界のジョージのライバルやNIKEのライバル会社、
ジョージに巨額の生命保険をかけているアンダーソン・エージェンシーなど、
あらゆる角度で捜査が続けられたが、全く手がかりがない。
ダニーは連日オフィスに泊って、情報収集を担当していた。
5日後、ジョージが発見された。
NYとフィラデルフィアを結ぶ国道88号線沿いを裸足、トランクス一枚の姿で歩いていたという。
ダニーはボスとフィラデルフィアの病院に駆け付けた。
担当のドクターと挨拶する。
「ご覧になって決して驚かないでください。まだ患者も自分がどうなっているかわからないので」
ダニーは緊張した。一体ジョージに何が起こったというのか。
ドクターは、ベッドを囲うカーテンを開けた。
そこには、顔、首、両腕に黒人を蔑む言葉を彫りこまれたジョージが眠っていた。
「ドクター、このタトゥーですが・・」
ボスが尋ねる。
「ほぼ全身に彫りこまれています。睾丸にもペニスにもです。
こちらでは、感染症を防ぐ予防措置しか治療が出来ません。
申し訳ありません」
アイリスが現れた。ジョージの姿を見て、泣き崩れた。
しかし、さすがアイリスだ。すぐに携帯を取り出す。
「ビバリーヒルズのドクター・スミスにアポ入れて。全身のタトゥーの除去よ。特別室でね」
「ダニー、全米一の美容整形外科医に担当してもらうわ。絶対にジョージを元通りにしてみせるから」
2人はハグした。ダニーの瞳も涙で濡れている。
ボスは2人を残して、処置室から外へ出た。
あっけないほど簡単に犯人は逮捕された。
以前ヘイト・クライムで使われていた落書きと、ジョージの体に残されたタトゥーの筆跡が一致したのだ。
犯人は、父親以下息子2人。
3人とも無職で、有色人種に仕事を奪われたという妄執からヘイト・クライムの常習者になっていた。
フィラデルフィアの家に突入した時、ダニーは、わき目もふらず、
タトゥーを入れた兄めがけて襲いかかり、ボコボコに殴り倒した。
マーティンとあと2人の局員が止めていなければ、殴り殺していたかもしれない。
過剰暴力が問題になり、ダニーは、1週間の停職をくらった。
ダニーはこれ幸いとすぐにLA行きのチケットを取り、西海岸に飛んだ。
クリニックは、ビバリー・ヒルズでも奥まった住宅地の中にあった。
ちょっと目には美容整形クリニックには見えない。
いかにもセレブ御用達の様相だ。
ダニーは、アイリスにアレンジを頼んでいたので、すぐにジョージの病室に入ることができた。
ジョージは包帯ぐるぐる巻きのミイラ状態でベッドに寝ていた。
隣りには、おさるのダニーのぬいぐるみが置いてあった。
iPodで何か聞いているらしい。鼻歌を歌っている。
「あれ?ダニー?」
ジョージが口を開いた。
「なんや、せっかく驚かそと思ったのに。どうしてわかった?」
「だって、ダニーの好きなコロンだもん。目が見えないと嗅覚が敏感になるんだよ。LAへは出張で来たの?」
「や、実は、俺、停職処分や」
「一体、どうしたの?」
「お前にそんな事した奴を殴り殺しかけた」
ジョージは少しだまった。
「ありがと。つかまえてくれたんだ」
「ああ、3人ともやで。お前の方はどや?」
「除去する手術は痛くないから、楽ちんだよ。麻酔つきだもん。
入れられた時は麻酔なしだったから、すごく痛かった」
除去手術も痛みがないはずはない。
ダニーはカラ元気を出しているジョージがいとおしかった。
「・・・そか・・・」
「早く、ダニーとえっちしたいな」
「アホ!ここ出たらすぐに出来るやろ」
「ねぇ、毎日、会いに来てくれる?」
「あぁ、来るで。俺、ベスト・ウェスタンに泊ってるから」
「アイリスに言って、もっといいホテルにすればいいのに。エージェントが払ってくれるし」
「ええんや。収賄になるし、俺は身の丈にあったとこが落ち着くから。キッチネットもついてて、結構ええとこやで」
「やっぱりダニーって変わらないんだね。そこが好き」
「アホ」
看護婦が入ってきた。包帯を取り換えるという。
ダニーは「それじゃ、また明日来るから」と言って、病室を出た。
外はサンサンと輝くカリフォルニアの太陽だ。
しかし、ダニーは涙があふれて止まらない。
セレブだからとはいえ、なぜヘイト・クライムの被害者にジョージがならなければならないのだ。
ダニーは、ホテルに戻り、プールサイドでカクテルを飲み始めた。
ダニーの日に焼けた身体を舐めるように眺める女性が後をたたない。
ダニーはサングラスをして、眠ったふりをし、時間を過ごした。
夜になり、ケーブルテレビを見ながら、デリで買ったディナーとワインで食事を済ませた。
ベスト・ウェスタンといっても、場所がビバリー・ヒルズだけに、一泊$320する。
ダニーにとっては手痛い支出だ。しかし毎日、ジョージに会いに行くのだけが、ダニーの楽しみだ。
ダウンタウンに行けば、格安のウィークリー・ホテルもあるが、ここにいたかった。
日に日に、包帯が取れていくジョージが、ダニーは嬉しくてたまらなかった。
さすが名医だけあって、あれだけ深く掘りこまれていたタトゥーは、あとかたもない。
顔の包帯が取れて、ダニーが見えるようになり、ジョージも喜んだ。
2人はすぐにキスを交わした。
「ねぇ、正直に言って。僕、きれい?今までと同じ?」
「ああ、きれいや。俺のジョージは、ものすごくきれいや」
「やだ、あそこが立ってきちゃった」
「俺のジョージはきれいな上にものすごくえっちやな」
「ダニーのせいだよ、ねぇ夜遊びとかしてないの?」
ジョージは少し心配そうに尋ねた。
「右も左もわからん街やもん。そんなん出来るか。毎日デリフード食ってる」
「たまには、コンシェルジェに教わって、美味しいレストランに行きなよ」
「そやなー」
「ダニー、一人の食事、苦手だもんね」
「言うたな!」
ダニーはまたジョージにキスをした。
面会時間終わりの音楽が鳴りだした。
「それじゃ、またね!」
「おぅ、よく寝ろよ」
「ダニーもね」
ダニーはジョージの病室を後にした。
ダニーの停職処分期間が終わり、NYに帰る日になった。
ジョージのタトゥーはほとんど消されたものの、腫れの治療と感染症予防のためにまだ入院だそうだ。
「じゃ、先にNYで待ってるからな。早く帰って来いよ」
「うん、何だかダニー、痩せたみたいだから、美味しもの食べさせなくちゃ」
ジョージが笑った。
2人は熱烈なキスを交わして、別れた。
翌日、オフィスで仕事をしていると、ダニーの携帯が震えた。
ホロウェイと出ている。廊下で話す。
「お前、停職処分くらってたんだって?」
「開口一番それかよ、何や、用事は?」
「ちょっと相談があってな」
「じゃ、この前のバーで会うか?」
ダニーが尋ねると「いや、出来ればお前の家か俺の家で」と答える。
「それじゃ、お前の家に行くわ」
「食いもん買ってきてくれ。酒はある」
「しゃあないやっちゃな、わかったよ」ダニーは電話を切った。
仕事を終えて、ダニーは地下鉄でミート・パッキング・エリアに向かい、
デリの「バルドッチ」でミートローフに温野菜、サラダとラビオリを買って、ニックのステューディオに向かった。
ブザーを押すと、解錠の音がした。
中からノリのいいギターサウンドが聞こえてくる。
「よう、テイラー、来てくれてありがとな」
「珍しいな。お前の礼なんて。ほら、食いもん」
「お、バルドッチか。こりゃうまそうだ。だが、その前に話をしないと・・」
ニックは真面目な顔になり、ダニーをミーティング・ルームに通した。
デスクの上には、A4判の写真が裏返しに置いてあった。
「何だ?お前の新作?」
「ああ、おそらくは問題作になるだろう。ジョージの写真だ」
ニックは表側にかえして、ダニーに見せた。
タトゥーが全身に彫りこまれているジョージの全身写真、前からのものと、後ろからのショットだった。
ダニーも見たことがなかったジョージの被害の全容がこれで明らかになった。
「いつ撮った?」
「LAに呼ばれてな、手術する前を撮ってくれとジョージにせがまれた。
正直、ぞっとしたぜ。人が人にこんな事が出来るなんて」
「ジョージはこれをどうしたいって?」
「ヘイト・クライム撲滅キャンペーンに使いたいと言っている。だがお前が許可しなかったら諦めるそうだ」
ダニーはうなった。
ジョージのこの姿を見せものにしたくない。
「あいつ、表面は穏やかな奴だけど、体の中は血液の代わりにマグマが流れてるぞ。
生まれながらのウォリアーだ。俺も驚いた。あとはお前次第だ、テイラー、どうする?」
ダニーは決心した。
「俺はジョージを支持する。ぜひキャンペーンに使ってほしい」
「よし、手続きの方はアリソンにやってもらう。お前ら司法機関も本気でがんばれよ」
「ああ、わかってるって」
「それじゃ、飯食うか」
「おう」
2人は、デリフードとワインで食事を終えた。
2人は、デリフードとワインで食事を終えた。
「家まで送るぜ」
「お前のへろへろ運転じゃフェラーリが泣くわ。地下鉄で帰る」
2人は自然と握手をし、がっしりハグをした。
ダニーは、ジョージの一件で遅くなってしまったが、
銃撃事件で身を呈して守ってくれたマーティンにお礼をと、
マーサズ・ヴィンヤード島に2人でやってきた。
LAの滞在に続き、散財だが、どうしてもそうしておきたかった。
前回泊まった「マンション・ハウス」に着き、
ダニーがベッドで転寝をしようとすると、
マーティンがビーチに出たいと言い出した。
「これからか?」
「うん、ボディーボードがやりたい」
ダニーも仕方なくスウィムウェアに着替えて、プライベート・ビーチに出た。
まだ何組かゲストがパラソルの下でくつろいでいる。
マーティンはダニーの分のボードも借りてやってきた。
「海、入ろうよ!」
「はいはい」
2人で少し沖まで泳ぎ、ボードに乗り始めた。
マーティンはさすがに運動神経がいいので、2度目でも、なかなかいい線いっている。
すると、「あ!」と言って、マーティンが沈んだ。
ダニーはふざけているのだと思い、ボードに乗っていたが、
マーティンがぷかっと浮いて、苦しそうにしている。
「マーティン、どないしたん?」
「ちくちくって刺された!すごく痛いよ!」
クラゲだ。ダニーはマーティンとボードを抱えて、ビーチに戻った。
「どこ、刺された?」
「・・・あそこ・・・」
「はぁ?チンチンか?」
「・・大きな声で言わないでよ!」
「俺、おとんから聞いたことある。クラゲに刺されたら小便かけるのが効くんやて」
「え、ここでかけるの?」
「部屋じゃできへんやん」
ダニーはスウィムウェアを下に下ろし、寝ころんでいるマーティンのも脱がして局部に小便をかけ始めた。
すると、ライフ・ガードがやってきた。
「何してるんですか!?」
「見りゃわかるやろ。クラゲの治療や」
「公然わいせつ物陳列罪ですよ。今、警察呼びましたから」
「えー。勘弁してほしいわ」
「もう遅いです」
パトカーが停まるのが見えた。
ビーチに制服姿の巡査が降りてくる。
「こいつらか、変態野郎は」
「そうです」
ライフ・ガードがまじめな顔で答える。
「おまわりさん、これは、誤解です。クラゲに刺されただけなんで・・・」
「お前ら、クラゲに刺されてアンモニアってのを信じてるのか?
小便にはアンモニアはほとんど含まれていないんだ。
本当はただイチモツを見せたかっただけなんだろう?」
「ちゃいますって!」
「調書取るから、ホテルに来るんだ」
2人は連行された。
ホテルのロビーで職務質問を受ける。
「住所は?」
「NY、ブルックリン」
「僕はアッパーイースト」
「職業は?」
ダニーとマーティンは顔を見合わせた。
ダニーが仕方なく「司法省」と答えた。
「何だって?」
「FBIのNY支局勤務」
「まじかよ!」
巡査も顔を見合わせた。
本部に問い合わせ、身元確認がとれた。
その間も、マーティンは痛そうに股間をよじっている。
「それじゃ、FBIのお二人さん、病院に送りましょうか」
巡査たちはくすくす笑いながら、2人をパトカーに乗せた。
治療室に入ると、マーティンが何かを言っているのが聞こえた。
ダニーがドアをノックして中を覗く。
「どうかしたので?」
「ダニー、女医さんなんだ」
「私じゃ何か問題でもあるんですか?」
ドクターは明らかに気分を害している。
「そんなことありません。丁寧に治療してやってください」
ダニーはくすっと笑って部屋を出た。
ホテルに戻り、ケータリングでシーフードの盛り合わせやパンにクラムチャウダーを頼んだ。
この前の店より美味しい気がするのが不思議だ。
「チンチン、大丈夫か?」
ダニーが笑いながら尋ねる。
「もう、ダニーのおかげで、すごい恥かいた。おしっこかけるなんて変態だよ!」
マーティンはぶーぶー言いながら、ストーンクラブにかじりついた。
「ごめん、ごめん、もうお前にはおしっこかけへんから、許し」
ダニーはロブスターを殻から出して、マーティンの皿にのっけた。
月曜日にダニーがスターバックスで朝食を買って出勤すると、オフィスの雰囲気が微妙に違う。
マーティンはデスクで小さくなってサンドウィッチを食べていた。
「おはようさん、元気か?」
「あー、来た来た!ダニー、聞いちゃったわよ!」
サマンサがうれしそうな顔で近寄ってきた。
「聞いちゃったって何を?」
「お世話になったんでしょ?某島の警察の人に。うふふ」
「え、な、何で、知ってる?」
「機密度の違いよ。テレフォン・オペレータの子だって楽しみがなくっちゃ」
ヴィヴィアンが情けなさそうに「あんたたち、本当にバカよ」と一瞥した。
ダニーも仕方なくマーティンと同じようにデスクで小さくなって、朝食を食べ始めた。
ダニーは機嫌の直らないマーティンにディナーを奢ることになり、
2人はマーティンのリクエストでコリアンBBQを食べに出かけた。
今日は初めて出かける「シーラ」というレストランだった。
いつものがさがさしたコリアンレストランと違い、
モダンなインテリアに洗練された雰囲気。
脂っぽい床の多いBBQ専門店なのに、ここはとても清潔だ。
テーブルに通され、ビールを頼んでいると、入口近くでもめている声がした。
見ると、チャイヤがフロアマネージャーと話している。
ダニーは席を立ち、話を聞きにいった。
「あ、彼は俺達の連れやから、通してやってくれへんか?」
フロアマネージャーはいぶかった顔をしたが、ダニーに従った。
「ありがとうございます、ダニー」
チャイヤは嬉しそうに席についた。
「どうしたの?」
マーティンが尋ねると、一人客だから案内できないと言われたという。
一人の客も何人もいるのに、まさに人種差別だ。
「今日は、夜、休ませてもらえたの?」
「はい、チャンさんが僕はもっといろいろな料理を食べて勉強した方がいいって言ってくれて、
1日休みが増えました」
「へぇ、よかったな。あのおっさん、見かけこわそうやけど、優しいな」
「はい。すごくいい人。韓国料理は、野菜と唐辛子を沢山使うけど、
タイ料理と違うから食べてみたかったんです。入れてよかった」
3人はまずずらっと並んだ前菜の小皿をつまみ始めた。
「これって何ですか?」
「韓国料理の無料の前菜なんだよ。たいていこれくらいの量がくるよ」
「これが無料?すごい!僕、これとご飯で、もう満腹です」
チャイヤは一つずつ吟味するように食べ始めた。
次にずらっと並んだのは焼肉だ。
この店の特徴は、つけダレの種類が豊富なことだ。
マイルドでクリーミーなソースや、ネギやニンニクの入ったピリ辛ソース、
味噌ダレなど、いろんな味で焼き肉を楽しめる。
肉の種類はさほど多くないが、ソースで十分堪能できる。
最後に3人はコムタンクッパとカルビクッパを頼んだ。
「これは何ですか?」
「白い方が、オックステール、赤い方が唐辛子や。中にライスが入ってる。両方美味いで」
「わぁ、本当だー。美味しいなぁ!」
チャイヤ同様、ダニーもマーティンもすっかり満足した。
特に肉を二皿平らげたマーティンも上機嫌になった。
「なぁ、チャイヤ、またどっか食べたくなったら、俺を誘い。NYは一人で食うのは結構大変やから」
ダニーは人種差別には一切触れなかった。
チャイヤも十分に分かっていることだからだ。
「ありがとうございます。今日は、すごく勉強になりました。またよろしくお願いします」
3人はゆずシャーベットを食べて、店の外に出た。
「じゃ、僕、歩いて帰ります」
「こっから距離あるで。俺とタクシー乗ろう」
ダニーが申し出た。
「じゃ、僕は地下鉄で」
「ありがとうございました。マーティンさん、気をつけて」
マーティンは2人の乗ったタクシーを見送り、駅に急いだ。
真夜中、ダニーは何度も目が覚めた。
腕の中にジェニファーが眠っているのを確認してはまどろむ。
寝入ってしまうといつのまにか帰ってしまいそうで、おちおち眠っていられない。
何度目かに目覚めたときにジェニファーを起こしてしまい、ばっちり目が合ってしまった。
「眠れないの?」
「いや、寝てる・・・寝てたけど・・・でも」
ダニーは思わずしどろもどろになってしまう。
「大丈夫よ、黙って帰ったりしないから」
ジェニファーは少し掠れた声で言い、ダニーの腹部に乗せていた手をぽんぽんとあやすように上下させた。
優しい動きが心地よく響き、ダニーは手を重ねて頷く。
このままずっと夜やったらええのに・・・そしたらジェンと一緒におれるのに・・・
手のぬくもりを感じながら心苦しく思う。
どんなに想いを募らせても自分のものにはならない虚しさを、気づかないふりで閉じ込めた。
それでもいつのまにか眠っていたようで、目覚まし時計が鳴るのとほぼ同時に目が覚めた。
空はすっかり明けていて、群青色の空が広がっている。
ダニーは素顔のジェニファーを眺めながら頬を撫でた。しっとりしたなめらかな肌が指に心地よい。
そっとまぶたにキスをするとジェニファーが目を覚ました。
「おはよう、ジェン」
ジェニファーはダニーに頷いただけでまたすぐに眠ってしまう。揺すってもタオルケットにくるまっただけで起きる気配すらない。
こんなに寝起きが悪いとは知らなかった。
無論、月に二度か三度、夜の数時間を一緒に過ごすだけなのだから知る由もない。
「ほんまに眠り姫やったんやな・・・」
ダニーは寝顔を見つめて微笑む。ジョギングはパスすることにしてじっと見とれていた。
鼻をつまんだり、キスしたりしていると、ようやくジェニファーが目を覚ました。
ダニーは、ジェニファーの意識がはっきりして、自分を認識するのを待つ。
その一瞬を見逃したくない。どんな顔をするのか知りたかった。
起きぬけの無防備な視線がダニーを捉え、ジェニファーは瞳に微笑を浮かべておはようと言った。
ダニーもおはようと言い返して胸に抱き寄せる。
ジェニファーはキスしようとしたダニーの頬に両手でそっと触れて謝った。
「ごめんね、迷惑掛けて。こんなところをダニーの彼女に見られたら大変なのに」
「あほやな、迷惑やなんて思てへん。それに彼女なんかいてないし」
ダニーは体を入れ替えてジェニファーを組み敷いた。
「オレが付き合ってる女はジェンだけや。他の女なんか興味ない」
ダニーの真剣な眼差しに、ジェニファーは複雑な表情を浮かべる。かまわずキスをして抱きしめた。
「今日も泊まれる?」
ダニーはサイドテーブルの上の結婚指輪をちらっと見た。無理なのはわかっていても訊かずにいられない。
「今日は帰らないと捜索願出されちゃう」
「大丈夫や、失踪してから48時間経たんと受理されへん。だから、な?ええやろ?」
ダニーは頬をくっつけて甘えた。
「無理よ。できない」
それでもダニーはあきらめきれなかった。ごり押ししたらどうにかなりそうな気がして、
「Quédate conmigo」
スペイン語で一緒にいてと言ってみた。
ジェニファーはダニーの目を見つめ返したまま首を振っただけだ。
いつかからかわれた、¿Se te ha comido la lengua el gato?(猫に舌をとられたの?)を、今度はダニーが言う番だった。
気まずい沈黙が続く中、ダニーのお腹がぐーっと鳴って、ジェニファーはくすっと笑って体を起こした。
「朝ごはん作るね。食べたいものある?」
ダニーはベッドから出ようとしたジェニファーの腕を掴んだ。
「ない。メシ食って服着たらもう帰るんやろ」
ダニーは投げやりに言い捨てた。聞き分けのない子供のように。
「だって、仕事があるでしょう?」
「オレが休んだらジェンも休む?」
ジェニファーは天を仰いで小さくため息をついた。
「わかった、ランチを食べるまで。その後はワガママ言わないのよ、いい?」
「了解。悪い子終わり」
ダニーはにんまりしながらキスをして、オフィスに連絡するために電話を取り上げた。
ついにジョージの「ヘイトクライム撲滅キャンペーン」が始まった。
内容が内容だけに、ジョージの写真を使ったキャンペーンのTVスポットは、
夜10時以降のみの放映だ。
当然、局部はCG処理をしている。
だが、今やネットの時代だ。即座に大変な話題になった。
ある日、ブッシュ大統領の目に止まり、ホワイトハウスから全米の大小を問わない司法機関すべてに
「ヘイト・クライム撲滅強化期間」の通達が発せられた。
アンダーソン・エージェンシーには、ジョージの勇気をたたえる手紙や
回復を祈る手紙が、毎日書類箱に5箱以上届き、エージェンシーも整理担当のクラークを雇うほどだった。
そして、すべての治療を終えたジョージがLAから戻ってきた。
ラ・ガーディア空港には報道陣が押し掛け、エージェンシーの前も黒山の人だかりだ。
ジョージは、リムジンから降りて、皆に深くお時儀をし、ビルの中に入って行った。
アイリスを始め、スタッフが全員、ミーティングルームで待っていた。
「おかえり、ジョージ!さぁさぁ、顔をよく見せてちょうだい!」
ジョージは、顔だけでなく、ポロシャツを脱ぎ、綺麗にタトゥーが消された上半身をアイリスに見せた。
「下半身も確認しますか?」
ジョージがまじめに言うと、
「やだー、あなたの下半身見せつけられたら、失神しちゃうわ」とアイリスが笑った。
「いつから、普通の仕事に戻れますか?」
「それがね、大変なのよ。ジョージ、どうする?
あなた、ホワイトハウスに招待されているの!」
「え?あのホワイトハウスですか?」
ジョージは困った顔をした。
「僕、そういうの苦手だから・・・断っちゃだめ・・・ですよね?」
「当たり前じゃない!合衆国大統領が招待してるのよ!ご家族もご一緒にって」
「また両親に怒られちゃう」
「つべこべ言わずに行きなさい!」
「はい、わかりました」
「それから、TVのトークショーの仕事がめじろ押しなんだけれど、どうする?」
「それは、やりたいです」
「わかったわ。とにかく体を休めてね。ダニーにかわいがってもらいなさい」
ジョージは照れた顔をした。
「ダニーに早く会いたいです」
「そうよね。裏口に小さなリムジン停めてあるから、それで家まで帰るといいわ」
「アイリス、ありがとう。何もかも」
2人はハグした。
リバーテラスにも報道陣が殺到していた。
テラスのセキュリティーが2人がかりで、ジョージを中に入れた。
「おかえりなさい。オルセン様。よくご無事で」
「ありがとう」
「私たちがもっとしっかりしていたらと思うと・・」
セキュリティーの一人が悔しそうに言った。
「そんなことないよ。事件は、スーパーマーケットで起こったんだから。
いつも守ってくれてありがとう」
「オルセン様・・・」
セキュリティーの2人もジョージとぎゅっと握手した。
部屋に入ると、すぐに電話が鳴った。
「ジョージ!おかえり!」
「パーシャ、長く留守にしてごめんね」
「僕は大丈夫。ジョージは大丈夫?痛くない?」
「ああ、大丈夫だよ、実はちょっと痛いんだけどね」
「これから、お部屋行ってもいい?」
「ああ、おいで」
「うん、待ってて!」
ジョージは、久し振りのハドソン川の眺めを見下ろしながら、パンナをぐいっと飲んだ。
チャイムだ。TV画面を見ると、パーシャが映っている。
ジョージはセキュリティーを解除した。
今日は、2人でケータリングで何か食べよう。
ダニーとは、もっとゆっくり会いたい。
ジョージはそう思いながら、パーシャを強く抱き締めた。
怒涛のようなジョージの1週間が過ぎ、やっと生活に余裕が出てきた。
ジョージのTVのトークショー出演は、またも話題になった。
「尊敬するオバマ上院議員のスピーチを引用させて頂きます。
「ブラックのアメリカもホワイトのアメリカもラティーノのアメリカもアジア人のアメリカもなく、
ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ」僕のメッセージは以上です。」
昔はただの陸上バカで、今は体をちゃらちゃら見せて歩くモデルだと思われていた
ジョージの印象ががらりと変わった。
硬派の雑誌各誌も「黒いアキレス、再び立ち上がる」「戦士に必要な勇気」など
好意的な記事を掲載していた。
政界へ誘う動きさえ出てきている。
ダニーはさらに広がるジョージと自分の差を克服できずにいた。
自分の前にいる時のジョージは、前と変わらない。
しかし、彼の持つパブリック・イメージは完全に変わってしまった。
「お前さ、アメリカの歴史に名を残す人間なんやないやろか」
ジョージは大笑いした。
「そんなはずないよ。僕は普通の人。ダニーが大好きなただの男だよ!」
ジョージは、ダニーを組み敷いて、キスを何度も交わした。
「ダニーはいろいろ考えすぎるんだよ。もっと気楽にして。僕までいろいろ考えちゃう。
嫌な考えばっかりだよ。だから、やめようよ。そういえば、父さんも母さんもダニーに会いたいって言ってた」
一度はホーム・カミングを断ったダニーだった。
会わなければならないだろうか。
「俺、両親、いてへんやろ。そういうの苦手やねん」
「うちの両親がダニーの両親になるって」
「へ?」
「ダニーのこと、大好きなんだよ。うちの両親。だから考えといてね」
「・・うん・・なぁ、お前の皮膚の体温調節機能って元に戻るんか?」
ふとダニーが尋ねた。
ダニーと触れ合っていても、ジョージの体はずっとひんやりしたままなのだ。
「うん、先生は時間がかかるって言ってたけど。冷たいの嫌い?」
ジョージが不安そうにダニーを見つめる。
「そんなことあるわけないわ。お前が寒くないのかと思ってだけで」
「大丈夫だよ。だってダニーが隣りにいるんだもん。それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、ジョージ」
ダニーは夜中にジョージがうなされる声で目を覚ました。
「ジョージ、俺や。大丈夫やで」
ジョージはそのあと静かになり、朝まで眠りとおした。
「わー!たいへんだ!ダニーの朝ごはん!」
ジョージが珍しく、ばたばたしている。
「ええよ、プラザのそばで買うから」
「ごめんなさい!」
「お前は謝ることないで」
「じゃ、シャワーして。ワードローブそろえるから」
「ありがと」
今日な夏物のエンポリオ・アルマーニのスーツだった。
涼しくてありがたい。
「ジョージ、サンキュ。今日、お前は何するん?」
「バーニーズに出勤だよ。久し振りだから緊張しちゃうね」
「それなら、飯食おうか」
「本当?すごくうれしい」
「8時に裏口にいるわ。お前の好きなタイ料理、食いに行こ」
「わー最高!じゃ、ダニーも気をつけてね」
「おう」
ダニーは、エレベータを降りて行った。
2人はグリニッジ・ヴィレッジにある話題の店「ハイライン」に入った。
フロア・マネージャーがすぐにジョージと気がつき、奥まったテーブルに案内してくれた。
「カラフルできれいなお店だね。タイレストランじゃないみたい」
ジョージが天井を見たりしていると、シェフが挨拶にきた。
「オルセン様、ご来店ありがとうございます。本日はぜひおまかせメニューとさせてください」
タイ人のようだが英語が流暢だ。ダニーもうなずく。
「じゃ、それでお願いします」
シェフは嬉しそうに厨房に戻っていった。
ヴーヴ・クリコを頼んで乾杯をするとジョージが尋ねた。
「ねぇ、機嫌直った?」
「俺、機嫌悪かったか?」
「昨日、いらいらしてたから」
「ごめん。お前のせいやないから」
「いや、僕のせいでもあると思う。ねぇ、今までの2人のままでいようよ、ダニー、お願い」
「わかってるって。少し時間くれへんか?」
「うん、わかった」
話していると1皿目が出てきた。
「フォラグラと赤キャベツ入りのスパイシースープでございます」
次は青パパイヤのサラダにサーモンを合わせている。
そしてレモングラスとクミンで味付けされたテンダーロインステーキ、
付け合わせがさつまいもで変わっている。
最後にデザートは、タイのお茶をつかったティラミスだ。
2人が甘い味のついた花びらの浮いたハーブ・ティーを飲んでいると、
フロア・マネージャーがやってきた。
「いかがでございましたでしょう?」
「とても斬新で面白い組み合わせですね。おいしかったです」
「そちらさまは?」
ダニーも尋ねられたので、「洗練されたタイ料理でした。ありがとう」と答えた。
「よろしければサインを頂戴したいのですが」
「はい、いいですよ」
ジョージは色紙にサラサラとサインを書いた。
「どうぞ、これからもごひいきにお願い申し上げます。スタッフ一同お待ち申し上げております。」
深々と頭を下げられ、2人は苦笑した。
リムジンを待っている間、ジョージは鼻歌を歌っていた。
おとなしい彼が珍しい。その上、あんな事件のすぐ後だ。
ダニーは、ジョージは何て強い男なのだろうと感服した。
「この店は美味いな。うん、でも僕が考えてるタイ料理とちょっと違うんだけどね」
ジョージは言った。
「どんなんがええの?」
「チャイヤが作るみたいなやつ」
「でも$4やで」
「それでも、チャイヤの味は本物なんだよ」
リムジンがやってきたので、2人は乗り込んだ。
「今日も泊まる?」ジョージが尋ねた。
「いいや、今日は帰るわ。家も汚くなってるしな」
ジョージはちょっと残念そうな顔をしたが、
ショーファーに「リバーテラスのあと、ブルックリンに回ってください」と頼んだ。
リバーテラスでジョージに別れを告げ、ブルックリン・ブリッジにさしかかった。
今までは、電車かせいぜいタクシーで行き来していたこの橋を、自分がリムジンで渡るようになるとは。
本当はジョージも、マーティンも、自分にマンハッタンに越してきてほしいと思っているのだろう。
それは十分に分かっている。
しかし、それをやってしまうと、ダニーは自我が崩壊しそうな気がするのだ。
アメリカン・ドリームは嫌いではない。
施設育ちの自分がFBIになれただけで、上出来だと思っている。
しかし、つきあっている人間のおかげで手に入れる幸せが、
はたして自分の求めている幸せなのか、決めかねている。
何より、それで自分が充足できないことを一番わかっているのは、ダニー本人だ。
上手につきあっていかないと、ジョージともマーティンとも別れかねない。
ダニーは窓の外を見ながら、ぼんやりそんなことを考えていた。
ダニーがスナック・コーナーでチャイヤのランチを食べていると、
同じ入れ物を持ったマーティンがやってきた。
「お前もチャイヤか?」
「うん、$5出したら、大盛りにしてくれた」
「え?そんなサービスあんの?」
「みんな、おつりもらうの面倒臭いみたいで、$5にしてもらってたよ」
「知らんかった。俺も明日からそうしよ」
2人でがっついていると、マーティンがごく自然に尋ねた。
「ねぇ、ジョージは元気?」
「あぁ、元気そうやな。TVとか見る限り」
ダニーは直接会っているように聞こえないよう注意した。
「偉い人になっちゃったね」
「そやな。そういう器だったのかもしれへんし」
2人の会話はそこで途切れた。
「ダニーはさみしくないの?」
「そういうてもな。俺は俺やし、やつはやつや」
「そうなんだ・・・」
マーティンは気分を変えるかのように突然尋ねた。
「ねえ、今晩ひま?」
「ん?何もないけど?」
「マディソン・スクウェア・ガーデンのColdplayのチケットがあるんだけど、行かない?」
「えー?ほんま?最高やん!行く行く!」
仕事を終えて、MSGにたどりつく。
ビールを買って、席につくと、アリーナの前から5列目だった。
「すんげー席やん。どうやって取った?」
ダニーが尋ねるとマーティンは恥ずかしそうに「オークション」と答えた。
「え、てことは?高かったやろ?」
「ダニー、Coldplay好きだから行きたいと思ってると思った」
「ありがとなー。マーティン、愛してるで」
歓声でがさがさしているので、ダニーははっきりと言った。
ライブが始まった。新曲も含めて、合唱の嵐だ。
ダニーはふと、マーティンが大声で、ボーカルに合わせて歌っているのに気がついた。
こいつ、歌えるやん。
90分のライブが終わり、2人は興奮のまま会場を出た。
「なぁ、これからカラオケバー、行かへん?飯も食えるで」
「えー、カラオケ?僕、だめだよ」
「そんなことない。お前、しっかり歌えてたもん」
マーティンはダニーに引きずられるように、ミッドタウンの「トップチューン」に入った。
なんでも9万曲以上ストックがあるらしい。
ダニーは、ピッツアマルゲリータとBBQチキン、それにビール頼んで、早速リクエストを入れた。
「Fix You」だ。
「お前が歌うんやからな」
「えー無理!」
「大丈夫、大丈夫」
イントロが始まり、マーティンがマイクを持ってステージに上がった。
最初がぎこちなかったが、その不器用さがColdplayのクリス・マーティンをほうふつとさせた。
「Lights will guide you home And ignite your bones And I will try to fix you」のところは、
店中のみんなが合唱してくれた。マーティンも嬉しそうだ。
どうやらライブから流れてきた客もかなりいるらしい。
ダニーも「The Scientist」を歌い、マーティンは「Yellow」を歌った。
どうしてもマーティンの方が受けが断然いい。
ダニーはマーティンの純粋さが、そのまま歌詞に投影されているのかもしれないと思った。
2人はあとそれぞれ「Trouble」「Shiver」「Speed of Sound」新曲の「Viva La Vida」を歌って店を出た。
最後は店の客たちの大合唱に包まれた。
「どや?楽しかったろ?」
「みんな、合唱してくれて優しかったね」
「お前の歌がよかったからや。これからもちょくちょく行こ!」
「だめだよー、僕、歌える曲が少ないから」
「そか、じゃあ、まず練習やな」
「えー!」
マーティンは驚いた顔をしたが、まんざらでもない様子だった。
ダニーはにやにやしながら、タクシーを止めた。
ブルックリンの家に戻ると、珍しく小腹がすいてきた。
ダニーはアルの店に出かけて行った。
「おぅ、今日はずいぶん遅いな。残業か?」
アルがカウンターの中から尋ねてくる。
「いや、今日はColdplayのライブに行った」
「ほぅー、彼女とだろ?ふふん。いいバンドだよな。俺はアイリッシュだからU2命だけど、あいつらはいい」
「何か食うもんある?軽くてええんやけど?」
「それなら、今日作ったソーセージの煮込みがある。そんなんでいいか?」
「うん、ありがと」
フランが厨房の中から挨拶している。ダニーは手を振った。
ソーセージの煮込みが出てきた。
想像以上に大きかったが、何しろ美味い。
「これ、美味いな。どこのソーセージ?」
「自家製だよ。休日に作っておくんだ」
「へ?お前が腸に肉詰めるのか?」
「意外か?ヨーロッパじゃ多いぜ」
「知らなかったわ」
「それにザワークラウトと、ベーコンとポテトを一緒にぐつぐつ煮込んでさ、マスタード溶かして出来上がり」
ダニーはいい気持ちで店を出て、アパートまで歩いていた。
すると、すっと隣りに黒のSUVが止まった。
ダニーが気がついた時には、中に押し込まれていた。
すぐにダストテープで目隠しをされる。
そしてスタンガンで一撃をくらい、意識を失った。
顔を殴られて、目が覚めた。
手足もテープで縛られている。
ドアが開くと、海の匂いがした。
ブルックリン・ポートのどこかだ。
ダニーは地面に寝かされ、ボコボコに蹴られ始めた。
どれくらい時間が過ぎただろう。
「ニガーの女かよ!ヒスパニックの誇りを持てってんだよ!」
「いつも入れてもらって、もだえてんだろ?きもい奴!くたばれ!」
つばをかけられ、車が走り去る音を聞いた。
ダニーは気絶した。
翌朝、ブルックリン・ポートのピア12に倒れているダニーが港湾局の職員によって発見された。
すぐにブルックリン病院センターのERに運ばれた。
IDから連絡を受けたボスが病院に着いた。
「一体、何があったんですか?」
「テープでぐるぐる巻きにされて、体中を殴打されています。
幸い、内臓には損傷はありませんでしたが、肋骨が3本折れています」
「会えますか?」
「どうぞ」
ERの処置室で点滴を打たれてダニーは寝ていた。顔もひどい腫れようだ。
「ダニー、痛むか」
「ボス、これくらい、よくあるケンカっすよ」
「一体、何があったんだ」
「家の近くのパブで食事して帰ろうとしていた途中、黒のSUVに無理やり乗せられました。
気がついたら、港でぼこぼこですわ」
「何か、犯人が特定できそうな手がかりは?」
ダニーは犯人が言った言葉がすぐに心に浮かんだが、それを言うわけにはいかない。
「わかりません」
「そうか、ゆっくり休め」
「すんません」
「お前が謝るな」
話しているとアラン・ショアが飛んではいってきた。
「ダニー、どうしたんだ!?」
「ケンカに巻き込まれただけや」
「そんなはずがない。相手は複数だろう?お前をターゲットにした事件のはずだ」
ドクターがやってきた。
「お二人とも、お話なさりたいのは分かりますが、患者さんには休んでもらいませんと」
ボスとアランの2人はすごすごと病院から外へ出た。
駐車場までの間、アランが尋ねた。
「ジョージ・オルセンの事件と関係はありませんか?彼はジョージの親友です」
「可能性がないとはいいきれません。それにしても、手がかりが少なすぎる」
ボスは舌打ちした。2人は駐車場で別れた。
ダニーは当日のうちに、胸にコルセットを巻いてもらい、退院した。
家に戻り、ふぅと息をつく。
気になるのは犯人だ。
自分がジョージとつきあっているのを確実に知っている奴ら。
一体、誰なのだろう。そこへ、携帯の電話が鳴った。
「はい、テイラー」
「これは、これはテイラー捜査官。今回はうちの若いのがちょっと暴走しましてね」
「スネーク・ジョーか?」
「覚えておいでとは光栄です。私もヘイト・クライムには反対の立場を取っておりまして、
昨日の連中を差し出しますので、お許しください。それでは」
電話はぷちっと切れた。
ダニーはボスに連絡をした。
スネーク・ジョーから電話があり、昨日の犯人を差し出すと。
港湾局の人間が、ブルックリン・ポートのピア12で、
3人のヒスパニック系青年の死体を発見した。
後ろ手に手を縛り、跪かせて、眉間を撃ち抜く典型的なマフィアの処刑方法だった。
ダニーは、ジョージとの事が表ざたになる危険が去ったのに、
正直ほっとすると同時に、スネーク・ジョーの狙いを考えていた。
俺を抱き込んで、もぐらにでもさせる気か?
ダニーは、ベッドに寝転んで、いつの間にか、うとうとしてしまった。
気がつくと夕方だ。何も食べていないのに気がついた。
冷凍のマカロニ・チーズをオーブンに入れ、食べて、また眠った。
次に起きると、リビングで話す声がする。
ダニーはベッドルームを開けた。
リビングのソファーに、ジョージとマーティンが座っていた。
2人で、ミネラル・ウォーターを飲んでいる。
「ダニー!すごく心配したんだよ!」「大丈夫なの!」
2人が矢継ぎ早に質問するので、答えられない。
「ろっ骨の骨折だけや。平気、平気」
「お腹すいたでしょ?ちょうど2人ともデリ買ってきちゃって・・・」
ジョージが具合悪そうな顔をした。
「ええやん、みんなで食おうや。ビール飲むか?」
「あ、僕、車だから」
ジョージが断ると、マーティンも断った。
ジョージは魚のすり身ペーストのメルバトースト添えにラビオリサラダ、
マーティンはミートローフにマッシュルームのソテーを買ってきてくれていた。
「治るのにいつまでかかるの?」
ジョージがこわごわ尋ねる。
「1か月らしいから、まぁ来週からデスクワークやな」
「え、そんなに早くて大丈夫なの?」
マーティンが驚いた。
「人手不足やから、デスクワーク専門でも必要やろ」
「そうだけど・・・」
3人の緊張感のあるディナーがやっと終わった。
2人ともなかなか帰るといわない。
ダニーは仕方がなく「俺、処方薬飲んで、眠らんといけないから・・」と言った。
「あ、ごめんなさい!」「長居しました!」
2人はあたふたと帰って行った。
窓から下を覗くと、ジョージのプリウスに乗るように、マーティンにジョージが話しているようだ。
最初は断っていたようなマーティンだったが、やがてマーティンも乗りこみ、プリウスは走り去った。
ダニーは、やれやれと、薬を飲み、ベッドに入った。