76 :
逃避行:
※ピョアと阿部 エロなし注意
ただ一緒にいたい。
理由はそれだけだった。
阿部と三橋の2人が行方不明になったのは、季節が春から初夏に変わる頃だった。
朝練習のため早起きをする一人息子が降りてこないため、
起こしに行った母親が空のベッドを見つけたときにはすでに布団は冷たくなっていた。
連絡を受けて、弟と2人分の弁当を作っていた阿部の母親も長男の部屋を覗き、
机の上にある書置きを発見した。
2人の仲は公にはされなかったが、周りの近しい人間にだけは知られていた。
同じ野球部に所属する投手と捕手は、他の者よりも何かと関わりが深い。
気の弱い投手の面倒を見る強気な捕手。
その図式は校内でも有名で、毎日どこかで捕手が投手の世話を焼く姿が見られた。
誰が見ても仲の良いバッテリー。それは微笑ましくもある風景だった。
それがまさか恋愛感情にまで発展しているとは、初めは誰も気がつかなかったし、
気づいたからといってどうにも出来るものではなかった。
2人の関係に薄々勘付いていたチームメイトたちはただ見守るのみだったし、
監督は見てみぬ振りを決め込んでいた。
しかし、顧問だけはそうはいかなかった。
学業や部活動に支障はないものの、このことが世間に知られたら問題になる。
ただでさえ不祥事に神経質な高野連が黙ってはいないだろう。
西浦高校の野球部は少ないメンバーで県大会を勝ち進んだ実績があるのだ。
時々そっと手を握り合わせるだけの淡い恋は、大人の手で断ち切られることになった。
顧問の志賀が阿部と三橋を呼び出して忠告を与えた3日後、2人は姿を消した。
それは、突風に煽られて桜の季節が終わるように、皆にとっては突然のことだった。