>>166 三橋が床を見つめたまま、動かなくなった。
握り締めた拳が震えてる。
お前がここでオレを殴るくらいのことができたなら、こんなことにならなかったのにな。
オレがこんな風にすることもなかっただろうに。
下校時刻は疾うに過ぎた学校。月明かりと外の外灯だけが射し込む薄暗く不気味な教室。
誰もいない。誰も来ない。オレと三橋の唯一絶対の二人だけの時間だ。
オレも三橋も動かなければ、何も発しなければ、どこまでも広がる無音。
「来週の試合は‥‥‥――――」
三橋がそれを断つ前に、オレのキッパリとした声でそれを断った。
「沖、かな。花井は今日調子悪かったみたいだし。まぁ花井が調子戻せれば二人使っていこうと思うけど」
窓に視線を移し、いつもと変わらぬ調子で淡々と話す。
外は、驚くほど静かだ。やわらかい月明かりが目に優しい。不思議と穏やかな気持ちになる。
「なぁ、三橋はどう思う?」
視線を三橋に戻すと、怯えた目をしてオレを見ていた。
ますますオレの心が満たされる。幸福感。安心感。征服欲。
「オ レ、」
三橋が口の中だけで何か言った。こんなにも静かな空間なのにオレにまで聞こえてこない。
「三橋、言わなきゃわかんねえかんな」
足元の水溜まりをもう一度鳴らすと、三橋の唇がようやく開いた。
「舐め、ます‥。阿部君のセーエキ、舐めさせてくだ さい」
縋るような、媚びるような三橋の目がオレを見ている。
「いい子だ、三橋」
頭を一撫ですると、三橋はすぐさま床に這い蹲り、赤く長い舌を白い水溜りへと近づけた。