春のうららうかな陽のさす埼玉県。荒川の土手で、三橋はひとりでぼんやりとしていた。
今日は野球の練習が軽いミーティングで終ったので、田島と待ち合わせて、河原でバッティングの練習をする約束をしていた。
自分のバッティングがあまりにもヒドイので、三橋はこっそり田島に教えてもらうことにしたのだ。
(ボール投げるわけじゃないから、阿部くんも、怒らないよ、ね)
阿部からきつく投球制限をされ、「お前はオレの言うとうりに投げてりゃ、打てなくてもいい」とは言われていたが、
やはりつねに三振してるわけにもいかないだろうと、三橋なりに色々考えた末のことだった。
「ちょっと爺ちゃんの畑、手伝ってから行くから、待っててー」
と田島は言っていたが、待てども待てもで田島はこなかった。
河原に注ぐ陽は穏やかで、ついうとうととしてしまう三橋。
そんな三橋のもとへ、とてとてとてと何者かが近寄ってきた。
「ふぇ?」
視線を向けると、近寄ってきたのは、一匹の狸だった。
「三橋、出番だよ」
「う、うひ!? た、た 狸が、喋ったあああああ」
叫んで後ずさる三橋。
狸の声はやたらと響きのよいテノールボイスで、とても渋い良い声だった。
「この国を救うんだ、三橋」
狸が変わらず耳に心地よい声で喋りながら三橋に詰め寄る。
「ひ、ひぃいぃぃ、む、無理ですぅぅぅぅ」
狸が喋ったという驚きと恐怖で三橋は顔面を蒼白にして、ぶんぶんと頭を振る。
「ええい、聞き分けのないやつだ。仕方ない、お前に印をつけさせてもらうぞ」
狸が「えい」と気合いを入れると、三橋の体から力が抜けて、ぐにゃりと足下から崩れるように草むらに倒れ込んでしまった。