887 :
花見:
空気を読まずに投下
三橋は花見をしたことがないと言う。バッテリーを組む阿部は、そんな三橋のた
めに花見の計画をした。桜が散らないうちに早くつれていってやりたいと思うも
のの、2人とも毎日部活動で忙しい身。昼間のうちに出かけている余裕はない。
そこで阿部は、夜桜を見に行くことにした。この時期、桜の名所と呼ばれる場所
は、夜でもライトアップしているところが多い。大きな公園は酔客が多いことが
予想されるので、阿部は静かな場所を選んだ。
それが、境内に樹齢100年という見事な桜のあるこの神社だった。
夜も10時を過ぎれば、石段を登りきったこの神社まで足を運ぶ酔狂な人間も少
ない。三橋が思い描いているような、ゴザを敷いてその上で弁当を食べる花見と
は違うものの、これも立派な花見。むしろ純粋に花を楽しむわけだから、正しい
花見といえるかも知れない。
闇の中にぽうっと照らされた桜を見上げて、三橋は感動で目を丸くして喜んだ。
ひらひらと舞う桜の花びらで、三橋の顔も桜色に染まっている。阿部はその横顔
を見て、喜んでもらえて良かったと安堵の息をついた。
「阿部君、すごい、きれいだよ!ありがとぉ!」
繰り返しお礼を言って、三橋はくるくると回りながら境内を見てまわる。境内に
は阿部と三橋以外の人影は見えない。ふわふわと浮いた足取りで歩いていた三橋
が、もっとも立派な桜の木の下でふと足を止めた。