>>70「夜這い」の俺へ 呑みながらなんで適当すまんよ
奈良の都から幾千里、その小規模な集落は武蔵の国は竹芝と呼ばれていた。
海こそない葦と草木の生い茂る平野地方だったが、そこに住む人々は狩猟牧畜、
女は機織や農耕を分担して、時には凶作や災害に見舞われながらも皆団結して
それなりに平穏に生活を営んでいた。
廉と叶も、竹芝の集落では数少ない同年代の幼馴染として野山を駆け回り、
大人たちに説教を喰らうまで遊び呆けていた。
叶は集落の長の長男、対して廉は稚児の時分に両親をなくして村人たちの
善意で設けられた孤児の住居で育ったという身分差はあったが、少年たちは
隔たりなく同じ時を過ごしていた。
その淡い青春に終わりを告げたのは、この地方一体の集落を管轄する大国の
権威ある老巫女の神託であった。
すなわち「遠くないうちに竹芝に大蛇が天下る。清らかなる身の子を生贄として
捧げなければ、天の怒りをもって武蔵の国は滅び行くだろう」と。
合計で百数十人の村人のなかで、条件に当てはまる子どもは男児女児合わせても
六名しかいない。男女の契りを交わす前の清らかな生贄候補。
当然廉と叶もその条件に当てはまる二人だったが、暗黙の了解として
時期村長である叶はその中から外された。
残る五名の子どもらの親は、生きながら大蛇の社に放り込まれる運命を酷く嘆いて
必死で長老たちに、我が子の保身を願った。
唯一人、親のない廉だけが否が応でも、皆からいたたまれない視線を浴びることになる。