阿部「三橋!!グリコするぞ!!」

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336せをはやみ
>>946

誰もが口にその名を挙げることはしなかったが、阿部中将の突然すぎる官位返上の
経緯について思いを巡らせ、身を引き何処かへと身を隠した志を断片的ながら理解するのであった。
彼の人もまた、忍ぶ恋に身を窶(やつ)して姿を消したというのか。
―…もしまたお逢いすることがあれば、今度こそ幾年月でも貴方にこの身を尽くしましょう…。
廉にとっては指先を触れ合わせたこともない人だったが、最後に桜舞う朝焼けの丘で
誓ってくれた約束を思い出し、廉はそっと小脇に置いた筒に収められた篠笛を握り締めた。
(オレは、大丈夫だ。)

予想だにしていなかった会場の雰囲気に威圧されながらも、判者として泉の源氏は
審査対象となる左右方の歌を見比べ、静寂の均衡を打破するように勝負の行く末を述べた。
「忍ぶ恋との題目、左右の歌まこと優劣のつけようもない程美しく、勝敗をつけることこそ
無粋ですらあります。しかし、出家した身ながら判者としてこのような素晴らしい宴に
 お呼びいただいたからには、やはり結論を述べる所存にあります。」
いよいよ、後宮の覇をかけた歌合せの幕が下ろされようとしている。
誰一人として声をあげるものもなく、その場に集まった全員が、泉の源氏の口元を見た。
「左方、恋すてふ、文脈や技巧に優れてはいるが詞(ことば)ばかりが先走ったものと見る。
対して右方、忍ぶれど、は左方と同じ境遇を詠いながらも、詠み人の思いが伝わってくるかのようである。
…よってこの勝負、右方の勝ちとする!」