「おや見違えるねえ、三橋くん」
「ダ、ダメですよ、は、恥かしい、です、先生」
「いやあ、ほんま別嬪はんですわあ。化粧栄えしますなあ」
◇
京都市内を散策中、舞妓体験をさせてくれるという写真館を見つけた。オレは男ですからと渋る三橋くんをいやいやボーイズビーアンビシャス! 何でも試してみるものさと、我ながらよくわからない言葉で丸め込み立ち寄ることにした。
京都といえば舞妓はん。これを外すして帰るわけには行かないじゃないか。ねえ三橋くん。
「覗いちゃイヤです、絶対にイヤです、よ」
三橋くんはそう俺に釘を差し支度部屋の襖をピシリと閉めた。何という夕鶴だろうね。
「お連れはん随分恥かしがりどすなあ」
店のおかあさんが柔和に目を細め俺の前に湯飲みとお茶菓子を乗せた盆を置いた。やあどうもと茶を啜り三橋くんの支度をしばし待つ。
部屋から支度をしているらしい衣擦れの乾いた音、お店のおねえさんと三橋くんの話し声がかすかに聞こえる。じっとただ待つというのも乙なものだね。
何杯めかのお茶のお替りを頂いたところで「できました、先生」襖がゆっくりと開いた。鬢付けがふわりと香る。
思っていたよりもずっと似合っていて持っていた湯飲みを危うく取り落とすところだった。
「あらあ、ほんまよう似合とりますよ。かわいらしなあ」
感嘆の声をもらすお店のおかあさんに支度係りのおねえさんが、がんばりました!とばかりに微笑んで額の汗を手の甲で拭った。
当の三橋くんはもじもじと俯いて居心地悪げに襟元を触っている。
黒の鬘を被り白粉肌に赤い紅。紅白の梅のかんざしが三橋くんがはにかむたびにサラサラ揺れる。薄緑に籠花模様の着物柄も春の息吹を感じさせてジツに可憐だ。風流だよ三橋くん。
「恥かしい、です」と俯く三橋くんの声色や仕草もいつもとなんら変わらないけれど何とも趣きがある。動くたびに光りが零れるようだよ。馬子にも衣装とはこのことかな、いやいやこれは失敬。いつもの三橋くんも可愛いんだよ三橋くん。
「さてほんなら撮影にかかりましょか」
「さ、サツエイ、です、か」
「まあまあ記念だよ三橋くん」