>>323 一瞬阿部は悩んだ。
三橋のことが気になるが、たぶんこのふすま泣き男と化した俺らのエースは、泣いている姿
をあまり他人に見せたくないのでは、と感じた。最近みんなの前ですぐ泣くことは、本当に減っ
たもんな、と阿部は思い返す。
ならば、返事でもなんでもいいから反応を返さないと、気のいい相手はこちらに来てしまう
だろう。
阿部はふすまの中で声を殺し、いまや号泣している三橋を横目に、部屋から顔だけ出した。
そんなに俺のビックリ顔は怖かったのかよ!!!!11!! と小一時間ほど問い詰めたく
なる気持ちは、そっと使い古された『投手専用がまん袋』に突っ込んでおく。
玄関に続く廊下の端に立っているのは、栄口だ。田島たちが去ってから、ほとんど時間は経っ
ていない。
阿部は呆れてた。
「お前、もう見つかったのか?」
「阿部に言われたくないよ……」
栄口が苦笑いを零す。
確かにそうだが、阿部的には見つけられたというより、自分でゲームを終わらせただけなの
で、あまり負けたという意識はない。しかし栄口には知るよしもないことだ。
栄口がこちらに歩いてくる。阿部は顔だけ出したまま、軸足とは反対の足を伸ばして、ふす
まにひっかけた。そのまま音を立てないように気をつけて、ふすまを閉じる方向にズリズリ引っ
張る。
傍から見られたら死にたくなるような格好を、俺は取っているんだろうな……。
などと、冷静な脳裏で考えた。これも投手のためだ。
「お、お前さ、どこにいたんだ?」
「それが、トイレのね」
え、まじでトイレなのお前? トイレ選んじゃったのお前? という目で阿部が見ているの
にも気付かず、栄口は情けなさそうな顔を作る。
しかし、阿部は栄口の表情など最早どうでもよかった。なぜか、閉じようとしているふすま
の動きが止められたからだ。
誰が遮ったかは、見なくてもわかる。しかし、理由がわからない。
三橋! テメ、俺のめったにない気配りを無駄にする気か!