阿部「三橋!喘ぐのに口押さえるな!」

このエントリーをはてなブックマークに追加
629みをつくし
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/eromog2/1201076500/309,324,342
人物一覧は前回参照   (平安パラレル注意)

夜警衛士の目をかいくぐって、廉は神泉苑に忍び込むことに成功した。
本来、帝の催す神事や宴の為にのみ作られたこの庭園は更衣といえど迂闊に立ち入れない禁苑である。
しかし今生で最期の望みとして、せめて敬愛する帝ゆかりの地に永遠に眠りたいと、あえて禁を冒した。
静謐を保つ泉の水鏡に映った顔は、見た目こそ変わらぬものの、どこか汚らわしいものに思える。
中央に架かる朱色の橋の上で、自らの何枚にも重ねられた女装束を、始めてありがたいと感じた。
これだけの重量があれば、入水してもみじめに浮き上がってしまうことはないだろう。
(お父さま、お母さま、栄口君、今までありがとうございました。)
(…それから主上、一目でも、お会いしたかったです。)
廉が目を瞑り両手を合わせ、朱色の高欄向こうに重力を委ねようとしたその時。
「はやまった事は止めなさい!」
唐突に背後から片腕を強く引き寄せられ、不意をつかれた廉はうら若き公達と間近で顔を合わせてしまった。
「世を儚んで入水でもするおつもりか!?そなたのようにまだいとけない乙女が命を絶つなど、神仏も許すまい。」
「離して下さい!オ…私をあわれと思うなら、どうかこのまま死なせて下さい!」
顔を隠すための御簾も扇もなく、廉は必死で袖をたぐろうとするが、瞬間目に入った公達の装束は。
まさか人生の最期に龍神が夢をみせてくれているのではないか、と言葉を次ぐことも出来ない。
その装束は、青丹色の地に桐竹鳳麟の文様が施された御引直衣−、帝のみが纏える衣服だった。

「あなたは、まさか…西広の帝、であらせられますか?」
乾いた喉から上手く発せない声をどうにか絞り出し尋ねる。
「いかにも。神泉苑はそもそも禁苑なのだよ?かえって、私以外のひとが居たことに
 こちらが驚いている位だ。」
廉を恐縮させない為であろうか、西広の帝は少し冗談めいた口調で微笑みかける。
この奇跡的な邂逅に、廉の心は喜びと後悔の両念にかき乱される。
逢いたかった人、しかし叶うならもう一日、いや半日でもよいから早く、清らかな身で逢いたかった。