※パラレル注意
「これなど如何ですか?東の国でも評判の薬でして、煎じて飲めば肌も美しく若返るという、素晴らしいものなんですよ。」
「ほう、興味深いな。どうだ?試しに買ってみるか」
俺の妻に。翡翠色の容器片手に冗談めいた口調で屋敷の主人は俺の方を振り返った。
外国狂いの若旦那様ではあるまいし、もちろん買う気などないだろう。
「奥方様はとても若く美しい故、結構だ。」
行商へやんわりと断りをいれ、門戸口に並べられた品々に目を移す。メリケンの文字であろう不可解な文字が並ぶ菓子に茶の葉。
子供でなくとも興味を引くものばかり。こういうものを見るたび世界は広いものなのだと感慨深くなる。
夢中になって品々を見ていた俺を眺めていた旦那様は「あ」と思いついたように、横でニマニマと笑みを浮かべる行商を見やった。
「そうだ、阿部野屋。都で良い医者などいないだろうか?」
「はぁ、如何して?」
行商は目を真ん丸くして旦那様をみる。
「コイツにな、色々学んで貰いたいんだよ」
俺の背中を勢い良く叩かれたあまり、座っていた体が前のめりになって床へ転げそうになった。
「ほう。そちらは医者の卵でしたな。度々お世話になっている吉沢様の願い、ちと大旦那様に相談してみましょう」
「吉報を待っているぞ、阿部野屋。」
「旦那様、俺はこのままでも…」
旦那様は若旦那が廉をつれて屋敷を出てから、俺の世話を甲斐甲斐しくするようになった。
1人息子を失ったと同然である故、そういった類の情を俺に押し付けるのは分かる。
しかし、身寄りのない俺を此処まで養って、その上医学を学ばせ…果てにこの話とは。
旦那様がいくら良かれと思ってやっていることであろうが、身を弁えている俺にとってそれは重い話だ。
断ろうとするものの、彼は顔の皺を更に深く刻んで笑う。
「いいんだ。学ぶべきものは学んでおけ。」
「しかし…」
「それで、気が済んだら此処へ戻って来ればよい」
「…ありがとうございます。」
結局、俺はその善意を断れず、ただ深く頭を下げた。