【Without a Trace】ダニー・テイラー萌え【小説】Vol.14
Super!Drama TVとNHKBS-2で放送されている「FBI失踪者を追え!」
ダウンタウン出身ダニー・テイラーを元にしたエロネタ小説のスレ
現在、書き手1と書き手2にて創作中。
新しい書き手の参加も大歓迎です。
ダニー・テイラー役、Enrique Murciano HP
http://www.imdb.com/name/nm0006663/
[約束]
・荒らしと叩きは相手にしないようにしてください
・アンチを見つけてもスルーしてください
・このドラマの他の関連板に感想などを書くのは控えてください
・このスレッドのURLをこのドラマの他の関連板に書くのは控えてください
・このスレッドの書き込みを他の関連板に貼り付ける事はしないでください
[注意書き]
同性愛的要素、過激な描写を多く含みますので、不快を示す方は閲覧をお控え下さいますようお願いします。
これらを理解してストーリーを楽しんで下さる方のみ閲覧お願いします。
注意事項を守らず不快な思いをされてもこちらは一切責任を負いません。
あくまでも自己責任・自己判断でお願いします。
書き手1=おせち=メンヘルさん=鳩さぶれのやおいエロ小説っす。
Q.鳩さぶれってどんな人なの?
A.
ホモネタ大好きの腐女子、ねたばれも大好き、人の話しを聞かない、
スレ違いはお構いなし、スルーしないで噛み付く、ああ言えばこう言う、
揚げ足取りの名人、連投・自演は当たり前、責任転嫁はお手の物、これが鳩さぶれクオリティ。
はと‐さぶれ【鳩さぶれ】
一つの事に異常に執着し、病的な態度を示す人。メンヘラー。自演狂。じえんきょう。
鳩さぶれ自演キャラ
ダニー萌え腐女子
書き手1
おせち
メンヘルさん
書き手1、鳩さぶれ、おせちに憧れるファン
その他大勢
書き手1
ダニー萌えスレにエロ小説を連載、自作自演がばれて自爆
鳩さぶれと発覚
エロ小説スレにしかいない設定
毎日オナニー小説の更新を怠らずにつづけててえらいじゃん!
823 :奥さまは名無しさん:2007/07/17(火) 16:52:30 ID:???
それは言いすぎだよ。
毎日隔離の更新を怠らずにつづけててえらいじゃん。
779 :fusianasan:2007/11/25(日) 18:53:10
書き手1さんは鳩さぶれさんなんですか?
780 :書き手1 :2007/11/25(日) 23:19:58
>>779 さん
こんばんは。書き手1です。
そういう話が出ているみたいですが、違います。
鳩さぶれ
英ペラで外資で管理職、メンヘルさん
本スレに一回登場、おせちは別人、面識が無い設定
>おせちさんとは面識はありません。もしかしたら私が外部でやっているコミュニティーのメンバーか
>Moderatorを勤めているFORUMのメンバーの方かも知れませんが、直接存じ上げません。
どのスレにも一切書いていない設定(だが書き手1として毎日怠らずエロ小説更新中)
>また、私は2chのどのスレッドにも一切書き込みはしておりません。今回が最後に
>なるでしょう。それについても、誤解を解いておきたいと思います。
おせちは別人の設定だが、おせちとネカマチャットスレの削除依頼を出す
>おせちさんは鳩じゃないと思うから、あれが真実じゃないのかな
>鳩が削除出したのはおせちさんに対する気持ちだと理解したんだけど。
おせち
英ペラで外資で管理職、メンヘルさん
2006年末登場、本スレで毎晩ネカマとチャットする、巨体(巨乳)の腐女子
会社オーナーで白人アメリカ人の彼氏がいるそうです
>自分の会社を持ってるからそこがサラリーマンとは違うわね。
鳩さぶれと書き手1は別人設定
>私も鳩=書き手1=おせちと書かれてびっくりしました。
>書き手1さんみたいな文才は正直あったらいいなと思います。
>もう何度もその質問を受けたが気がしていますが
>鳩さんではありません。
>どうしてそういう疑いがかけられるのかも分からないです。
メンヘルさん
ダニー萌え、鳩と隔離エロ小説ファン、心療内科通いのメンヘラー
>言われる前に言っとくけど、自分は鳩じゃない。
>ただ心療内科に通ってる者だとだけ言っとく。
>全部鳩のせいにするのもどうかと思うよ。マジで。
>鳩みたいな高層マンションに住みたい!
>>鳩とネカマチャットに参加しないの?
>ダニースレは時々書いてるけど、二人が仲いいからあえて邪魔しない。
鳩さぶれ名作その1
7779 :書いていた人:2005/07/01(金) 00:12:12 ID:nsRPx1UV
もうお好きにお書きください。
あちこちで規制されまくっているので、
2chから去ります。
一人の書き手を葬り去ったということを
お知らせします。
781 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:16:16 ID:???
なんか集団イジメみたいで2チャンの嫌な面を見た気がした。
自主規制も大切だろうが言論の自由も同時に大切なのでは?
みなで「書いていた人」をはじき出して、何が面白いのだろう。
なんだかかわいそうになってきた。
続きも読みたいし。
797 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:30:23 ID:???
こんどはいじめてた相手が
>何被害者ぶってるんだろう・・・
だってさ、偽善者!
804 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:34:49 ID:nsRPx1UV
>>802 ほらイジメ根性まるだし。
ここの住人ってタチ悪いね。
「書いてる人」がかわいそうになってきた。
807 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:36:07 ID:???
自演発覚キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
809 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:36:42 ID:???
ああ、自作自演しました。
すみません。
これが初めてっす。
814 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:41:30 ID:???
>>809 >これが初めてっす。
ウソつけ!!m9(^Д^)プギャーーーーー!!
816 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:44:18 ID:nsRPx1UV
これが初めてなのは本当です。
ROMってました。
自分にどれだけ読者がついているのか
どれだけたたかれるのか
見てみたかっただけです。
もう2チャンネルにはきませんの
皆さん、ご安心めされ。
だから、これ以上いじめないでください。
817 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:46:11 ID:nsRPx1UV
それこそ、2チャンネラーの良識を信じています。
お願いします。
818 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:46:52 ID:???
腐女子による擁護レスらしきものが一切消えたな。
やっぱり全部(ってわけでもなさそうだがほとんど)一人でやってたのかな?
819 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:46:58 ID:???
>>816と言いつつ、30分後にはまた自分擁護レスを書くに1000万ダニー
821 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:48:50 ID:???
自演はショックだったけど、あの文才は楽しめました。
ぜひ、どこかで続編を公開くれますように〜。
824 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:49:56 ID:???
自演でも何でもいいじゃないですか。
読者の1人として、続きがぜひ読みたいです。
827 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:51:10 ID:???
自演するなんて、信じられんな。
むなしくならんのだろうか。
828 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:51:12 ID:nsRPx1UV
>>820 真摯なご意見ありがとうございます。
どこかで公開したいと思っています。
まぁ、2chのどこかをお借りすることもあるかと思います。
ここより優しい場所で。
831 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:52:40 ID:nsRPx1UV
全てを自演と決め付ける冷たい場所なんですね。
ヒラテ打ちを沢山受けた思いでいますよ。
バンバンバーン。
834 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:53:49 ID:nsRPx1UV
ERスレはグリーン先生あぼーん以来興味がないです。
今は惰性で見ているだけ。
836 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:54:48 ID:???
こんなとこで自分達の異常な性癖を一生懸命正当化してるなんて信じられん。
どういう神経してるんだろう?
837 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:54:59 ID:nsRPx1UV
2チャンネルしか場所が見つからないからです。
っていうか、いちいち揚げ足とって、周囲の人から
嫌がられていませんか?
838 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:55:19 ID:???
ID:nsRPx1UVがどんどん本性を現し始めてきた件
842 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:56:46 ID:nsRPx1UV
>>835 初めて建設的な意見をいただきました。
ありがとうございます。
女に二言も三言もあるのを知らないのは、
経験が少ない証拠ですね。
エロパロ板をたずねてみることにします。
ありがとうございました。
844 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:58:18 ID:???
いじめて、反論してくるとウザーで片す
そういう態度って卑怯な気がしますが、
どうでしょう?
846 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:59:23 ID:???
>>844 一方的に自分たちに否がないと思い込んでるのも卑怯な気がします!
847 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:59:31 ID:???
てかこいつ相当精神年齢低いんじゃねえの?
848 :奥さまは名無しさん:2005/07/01(金) 00:59:53 ID:???
本当、これって集団いじめの縮図だと思う。
特に匿名だから悪質。
名乗ってから意見いえ。
やっぱりプーのヒッキーがねたんで叩いてるっていうのが真実なんじゃないの?
どうやら、ヒッキーでプーで英語できない厨でフランス語できない厨が
叩いているらしいから。どんな顔下げて鳩に文句言いにいくのか、すごく知りたい。
いや、自分は今日ぐぐってみて印象ががらっと変わった。鳩はWATが好きで、
エンリケが好きなファンなんだって。
エロゲイ小説書いてるのが嫌いなのかな。そんな人いくらでもいるのに。
MarXXだって妄想劇場書いて一般公開してるじゃん。鳩は隔離スレでしょ。
違いは何?
確かに海外のファンフィクも面白いのが多い。
あと、日本でもひそかにWATのファンフィクやってる人がいて
それも面白い。
役者(マーティンの中の人)は「とんでもない内容のファンフィクがあったり
するから、読まないんだ」と言ってる。役者の見解はそんなもの。
名作その2
865 : :2005/08/06(土) 04:05:15 ID:j1cxGbqN
書き手2さん、いつも楽しく読ませていただいています。
夏季休暇中、書き手1さんにがんばっていただいて飢餓状態を脱したいと
思います。お体ご自愛ください。
866 :書き手1 842の続き :2005/08/06(土) 23:14:55 ID:j1cxGbqN
声を荒げて留守電に伝言を入れたマーティンに、ダニーはあえて
コールバックしなかった。俺はどうせ信じてもらえないキャラなんやな。
あんなに大切に思っている相手の信頼も得られないなんて、俺は生活破綻者
なんやろか。ダニーはまっすぐ矢のように飛んでくるマーティンの攻撃に
半ば辟易しながらも、自らの生活を反省していた。
それにしても、なんでバレたんやろか。
書き手2の初エロ
386 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 03:01:57 ID:???
いつもの書いてる人とは別人なんですが、ちょっと書いてみました。
つまらなかったら申し訳ないっす。
392 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 03:06:34 ID:???
キッチンからオリーブオイルを取ってくると、ダニーのアナルにそっと垂らした。
「なるべく痛くないようにするから」
「やめろや、マーティン。オレはイヤなんや」
マーティンはオリーブオイルをまぶした人指し指をそっと差し入れた。
「あぁー、うっうぅ」
やさしく出し入れしながらこねくり回すマーティン。
「そんなにいいのかい?中指も入れてあげるよ」
「あ、あっー、あふぅ、んん」
395 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 03:10:26 ID:???
801は初めてなので、おかしいところがあるかもしれません。
スレ汚しスマソ
403 :名無しさん@ピンキー:2005/07/10(日) 22:36:06 ID:???
>>397 こういうのは初めて書いたのでうまく書けたかわかりませんが
感想をいただけて嬉しいです。
当直の時は暇なのでちょっと書いてみました。ヘタなので恐縮なんですが。
いつかまた続きを書けたら載せたいと思います。(当直って結構退屈なんで)
174 :書き手1:2005/08/22(月) 23:57:23
マーティンは首輪プレーに突入していた。今日はお願いして痣がつかないように
タオルを巻いてもらった。これもダニーの目から隠すためだ。
「でもペニスには巻かないよ。」例の四つんばいの格好にさせられた。
後ろからスペインのエクストラバージンのオリーブオイルを塗りこまれる。
「あぁぁん、くぅ〜。」マーティンのペニスは立ち上がり、ひくついている。
エンリケも自分の屹立した浅黒いペニスにオイルを塗りこむとずぶっと
一突きした。「あああぁん、いい〜!!」ダニーより少し太く短いペニス。
短い分太さがマーティンのアヌスにずぶずぶと入り込んでくる。
「うはぁぁんん、いく〜。」「まだまだ。」
エンリケはペニスリングを絞った。「ああ、痛い!」「痛みがじきに喜びに
変わるよ。」エンリケは突くたびにペニスリングを絞り、マーティンを封じた。
「エンリケ、もういかせてよ。僕死んじゃうよ。」20分は続いただろうか
エンリケはマーティンのリングを取った。瞬間マーティンは精を思いっきり
放った。それを見たエンリケもマーティンのバックに思いっきり中出しした。
175 :書き手1:2005/08/23(火) 00:06:43
書き手2さんどうぞ!よろしくお願いします。
176 :書き手2:2005/08/23(火) 00:12:56
すみませんが、朝から実験が入っているので今夜は寝ます。
また明日、書きますね。
書き手2逆切れ
41 :書き手2:2005/08/12(金) 18:25:11 ID:???
急にレスが増えてますね。私自身、自演を疑われてるし。
前スレから何度も読み返してみたのですが、801のルール違反とのこと
ここにそんなルールがあるなんて知りませんでした。
しかし、それならなぜもっと早く指摘してもらえなかったのかなと。
書き手1さんと私が前スレに書いてるときに言ってもらえたらよかったと思います。
それと何もかもを疑ってかかる姿勢がすごく失礼だと思います。
このスレは書き手だけのために立っているのではないですよね?
ダニー・テイラー萌えのために立てられていて、海外テレビ板からも誘導されてしまいます。
勝手に立てたから1さんが悪いとは言い切れないんじゃないですか?
今までロムってただけの人が沸くようにでてきて、ここぞとばかりに人を叩く。
自分では何も行動しないのに、人のすることだけは槍玉にあげる、そんな雰囲気ですよ。
このPart3になってからのレスはひどいと思います。
自分が楽しめなくなったら書くのをやめると決めていました。
今まで読んでいただきありがとうございました。
私も夜中の当直が待ち遠しくなるほど楽しんでいたので残念です。
おせち♪
私も鳩=書き手1=おせちと書かれてびっくりしました。
鳩さんとは違うと何度も言ってるのに信じてもらえないんだなぁと
悲しかったです。
書き手1さんみたいな文才は正直あったらいいなと思います。
おせちです。今日は忙しかったの?
私も、今まで隔離にいたんだけど、今日は切なかったわ。
私の方は、隔離に載ってたチミチュリ・チキンを作ったりしたの。
ぐぐったらエシピが出てきたから。彼も喜んでくれたわ。
作るのに本当手がつりそうになったけど、肉食の彼は喜んでくれたわ。
私は隔離のマネしただけだから、お礼は書き手1さんにどうぞ。
今日、隔離読んでたら、ちょっと子供が欲しくなったの。
鳩さぶれ風〜。
、iliiiv;;,,
_ミ`"v _">、 ,-- 、 あぁ、すごいで、マーティン!もっと奥まで!
ミ ,イ・(/,ノ`ヵー" ` 、,,
"''!、,,_l__#"、/ iニー、,,__ ヽ
//ソノ ト、= レヽ i
《 / ヽ ゚ ':ヲ 9⌒ヽ ダニー、出ちゃうよ!うっ
Vヽ、。 ハ、 ':ー/ |
∧ ) ノ i ノ V i i
"''' - 、,,_/∧ ,i、,) i / V |
"'''-L彡(スv,,;/ i |⌒ヽ
,.ミミヽ Yミッ | | |
--、,,,_ ミミ(_, Jミ' ,ィ i |
 ̄`""''ー---、,,___,,;;iii;-ィ^ i /| |
ヽ_,_イ | / ! |
"''' - 、, ,, ハ*i | / ! |
""''ー- 、,,___人_| ! ! |
>>20 体位が違うよ、オバカさんww
ぽっぽー♪
隔離スレのどこがエログロなんだか分からない。
書き手になれなかった腹いせ?
職業の貴賎の話だけど、エロ書いてるのが恥ずかしいなんてバカげてる。
じゃ精肉業とか糞尿処理はどうなんだよ?
問題になるよ、これ。
ここに欧米のファンフィクションのえげつないのを貼ってもいいけど
読解力ないだろうからなー。日本のだけをなぜ目のカタキにするのが
分からない。限界なんだろうね。英語で抗議してごらんよ!
federalthreesomeもすごいし、dannyandmartinもきわどいよ。
日本版だけ取り締まるじゃなくて、みんなに警告流せばいいのに。
英語出来ないって本当に情けないね。
いつもの時間になっても、書き手さんたちが戻ってこない。
今後が不安。嫌らしいカキコミした人、反省して欲しい。
いっそうのこと、粘着さんが書き手さんたちを駆逐した責任を負って
続編を書くのはどう?書けるもんならさ。
,, - ―- 、
,. '" _,,. -…; ヽ
(i'"((´ __ 〈 }
|__ r=_ニニ`ヽfハ }
ヾ|! ┴’ }|トi } 自演戦士鳩さぶれ
|! ,,_ {' } 君は鳩の自演を見る…
「´r__ァ ./ 彡ハ、
ヽ ‐' / "'ヽ
ヽ__,.. ' / ヽ
/⌒`  ̄ ` ヽ\_
/ i ヽ \
,' } i ヽ
{ j l }
i ヽ j ノ | } l
ト、 } / / l | .|
! ヽ | ノ j ' |
{ | } | l |
ヽ | i | \ l /|
{ | l | | / |
l ! | l / |
237 :奥さまは名無しさん:2007/09/01(土) 20:52:28 ID:???
ここの人って監視するくせにグルメ情報とか無視すんのな。
やっぱり妬み?
243 :奥さまは名無しさん:2007/09/01(土) 22:02:50 ID:???
例の人のサイト、グルメ情報満載じゃん。それ無視してメンヘラだとか
なんだとか。偏ってると思う。隔離も食べ物の話ばっかいだし。
!!!隔離=鳩さぶれ作オナニーエロ小説。グルメ情報満載!!!
poppo-
160 :奥さまは名無しさん:2007/07/05(木) 01:11:09 ID:???
DQNじゃあの長編は書けない。正直まいった。
>DQNと思われない様にエロ書き続けてる
>って事かいね
ダニーはちょっと照れた顔をして、にっこり笑うドアマンのジョンと挨拶を交わした。
「テイラー様はお変わりなく?」
「ああ、ジョンは?」
「まだまだ老いぼれる気はございませんよ」
マーティンがエレベータを止めて待っている。
「それじゃな」
「おやすみなさいませ」
ジョンは一体、俺とマーティンの関係をどう思っているのだろう。
守秘義務を守れなければ、こんな高級マンションのドアマンは勤まらないはずだ。
29 :
書き手1:2007/12/15(土) 00:04:23
「ダニー、何考えてるの?」
マーティンがきょとんとした顔で尋ねた。
「あぁ、ジョンのこと」
「ドアマンの?」
「あぁ、この仕事長いんやろね」
「僕が入居するずっと前からドアマンみたいだよ。テナント全員の名前や友達の名前まで覚えるなんてすごいよね」
「あぁ、あんな粋なじいさんになりたいわ」
30 :
書き手1:2007/12/15(土) 00:05:46
マーティンのアパートに着いた。
「待っててね、エアコン入れるから」
ダニーは、動き回るマーティンのコートを脱がせ、自分の方を向かせると、優しくキスをした。
「ダニー、ちょっと早いよ」
マーティンは顔を赤くして、コートをダニーに預けた。
コート掛けに二人のコートが並んでいる。
「お風呂入る?それとも何か飲む?」
「ミネラル・ウォーターでいいわ」
「じゃ、お湯入れてくるから待ってて」
マーティンはダニーにコントレックスのボトルを渡して、バスルームに消えた。
31 :
書き手1:2007/12/15(土) 00:07:05
ダニーは、ジャケットを脱いで、ネクタイをはずした。
部屋はすぐに暖まり、快適になってきた。すると電話が鳴った。
「フィッツジェラルドです。メッセージをどうぞ」
「マーティン、今日、DHLでお前宛に航空券を送ったから、絶対にクリスマスには戻って来い。これは命令だ」
相変わらず愛想のない副長官の声だった。
11歳で父親の思い出が途切れているダニーだが、マーティンと副長官の関係は気の毒そのものに思える。
32 :
書き手1:2007/12/15(土) 00:08:12
酒に酔った父親にぼこぼこに殴られていた思い出がほとんどだったが、
月に1回の給料日には、皆でファミリーレストランで外食をしたのは楽しいひと時だった。
「あれ、留守電?」
「ああ、親父さんからやったわ」
「ふぅん」
「聞かへんの?」
「どうせお説教に決まってるから。お風呂入ったから、一緒に入ろうよ」
照れながらマーティンがダニーを促した。
「ああ、入ろう」
33 :
書き手1:2007/12/15(土) 00:09:27
二人で服を脱がせあって、バスタブにつかる。
ダニーの後ろにマーティンが座り、足を伸ばした。
ダニーの背中に固い塊が触れている。
ダニーが手を後ろに回して、マーティンのペニスに触れた。
「あっ!」
「お前、なんかねばついてるで、エッチな奴」
「だってダニーの背中がセクシーなんだもん」
「俺の背中が?」
ダニーは声を出して笑った。
「笑わないでよ。あぅんん」
ダニーが手を動かすたびにペニスがぴくぴくと動いた。
34 :
書き手1:2007/12/15(土) 00:10:33
「ベッド行くか」
「うん・・」
二人はバスローブを着て、ベッドルームに向かった。
セントラル・ヒーティングで部屋は快適な温度に保たれている。
ダニーはそっとマーティンの首にキスをすると、するりとバスローブを脱がせた。
「僕も・・」
ダニーのローブのベルトをはずすマーティン。
すぐに立ち上がっているダニーのペニスを咥えた。
35 :
書き手1:2007/12/15(土) 00:12:08
「お前、上手すぎやで、俺、口の中にイきそうや」
「だめだよ、待ってて」
例のローションが出てきた。今日はキウイらしい。
マーティンはボトルをダニーに渡し、四つんばいになった。
マーティンの中に二本の指でローションを塗りこむ。
「あぁぁ、いい・・」
「お前、そんなに締めるな」
「だって、我慢できない」
マーティンのペニスは先走りで光っている。
ダニーは自分のペニスにローションを丹念に塗り、マーティンの中に入った。
36 :
書き手1:2007/12/15(土) 00:13:35
「あぁ、締まる・・そんなに締めると、俺、すぐ出る」
「やだ、待って」
マーティンは自ら身体を前後左右に振りたて、摩擦と快楽を最大限にした。
「うわ、反則や、俺、もう出る」
ダニーは身体をがくがくと震わせた。
マーティンはまだイッていない。
ダニーはマーティンを仰向けにすると、ペニスを口に咥えた。
「ダニー?」
ダニーは吐きそうになりながら、懸命にマーティンを愛撫した。
「あぁぁ、出る」
37 :
書き手1:2007/12/15(土) 00:14:50
マーティンが震えた。
ダニーがマーティンを飲み下す音が、ベッドルームに響いた。
「また汗かいちゃったね」
マーティンが少し照れた顔でにんまりした。
「俺、もう眠いわ」
「明日は、うちからオフィスに行く?」
「おお、ネクタイ貸してくれるか?」
「もちろんだよ」
「それじゃ、寝よ」
「おやすみ、ダニー。大好きだよ」
「俺も。マーティン、おやすみ」
マーティンは目覚まし時計を確かめ、ベッドサイドライトを消した。
二人は余裕を持って、朝の目覚めを迎えた。
この間から何度か通っているカフェでブレックファスト・スペシャルを頼む。
「今日も事件がないといいね」
「そやなぁ、寒いから外回り苦手やねん」
「ダニーは本当に寒がりだよね」
「お前って体温高いよな」
「そう?」
「いつもぬくいから、俺の専属湯たんぽに任命したるわ」
「そんなの嫌だよ」
ウェイトレスが料理を運んできたので二人は口をつぐんだ。
39 :
書き手1 :2007/12/15(土) 23:15:49
コーヒーをお代わりして、ダニーはチップも含めて30ドルを置いた。
愛想のいいウェイトレスが一層、嬉しそうにしている。
ダニーは手を振った。
「ダニーったら、また色目使ってる」
「そんなんやない。またあっこ寄る時もあるやろ?サービスがようなるって」
「今さら、よく言うよ」
ダニーはスターバックスのコーヒーを買うので、マーティンと別れた。
マーティンの好きなチョコチップマフィンを見つけて、テイクアウトする。
40 :
書き手1 :2007/12/15(土) 23:16:58
オフィスに入ると、マーティンがDHLを受け取っていた。
DC行きのチケットか・・。
ダニーはマーティンのデスクにマフィン入りの袋を置いて、席についた。
マーティンは封筒を開けて中身を確認し、しかめっ面をしていた。
気分転換か、マーティンは、コーヒーを取りに行き、スタバの袋を持ち上げて、ダニーに小声で「ありがと」と言った。
ボンの機嫌がようなるなら安いもんや。
ダニーもにっこり微笑んだ。
41 :
書き手1 :2007/12/15(土) 23:18:03
PCのメールを見ていたら、サンディエゴに赴任したデニスからの写真つきのメールが届いていた。
陽光の中、デニスとポールがクルーザーの前に立っている写真だ。
とうとう、あいつらクルーザー買ったんや!
ダニーは二人の幸せそうな笑顔に心が和んだ。
ゲイで幸せなカップルでいること。
その好例を見せつけられると、ダニーも思わず、ジョージとのニュー・オリンズ行きに思いをはせた。
42 :
書き手1 :2007/12/15(土) 23:19:08
しかし、自分にはマーティンとアランがいる。
二人を清算して、ジョージとカップルになることは出来ない。
ダニーは、ジョージにニュー・オリンズ行きを断ろうと決めた。
決断が変わらないうちに、ボスにクリスマス中の出勤を申し出よう。
ダニーはボスのオフィスに入っていった。
「何だ、ダニー?」
ボスが眼鏡ごしに見上げた。
「今年のクリスマスですが、俺は行くところがないし、出勤します」
43 :
書き手1 :2007/12/15(土) 23:20:23
「それは有難い。今年はマーティンが実家、ヴィヴィアンは家庭だから、そう言ってもらえると助かる」
「ボスはどうなさるので?」
「仕事だろうな・・」
「どうです、一晩だけでもサムとご一緒されては?」
ボスは、軽くため息をついた。
「女は大きなイベントを期待するんだろうか?」
「いやー、シティーホテル1泊でも一緒にいられる喜びを感じると思います」
「そうか、じゃあ25日は休んでもいいか?」
「それは部下に甘えすぎちゃいます?」
ダニーは苦笑した。
「冗談だ、本当にお前は役に立つな」
「恐縮で」
ダニーはにやにやしながら、デスクに戻った。
44 :
書き手1 :2007/12/15(土) 23:21:27
ランチになり、ダニーとマーティンは、いつものカフェに出かけた。
マーティンがオーダーしたきり、口をきかない。
「なぁ、ボン、そんなに実家帰るの嫌なんか?」
「どうせ、メイドの作った食事と、見合い写真お披露目と、空疎な両親との会話だけだからね」
マーティンが珍しくシニカルだ。
「まだお袋さん、見合い写真集めてんのか?」
「うん、最近は、離婚歴ある人も混じり始めたよ。必死みたいなんだ、うちの親」
「そやろな、孫の顔見たいやろし」
45 :
書き手1 :2007/12/15(土) 23:22:29
「僕が無理なの、一番知ってるのはダニーじゃない!」
「おいおい、俺に当たるな」
「ごめん、とにかく今度は帰るしかないみたい」
「そやね、俺は仕事や。今朝ボスに言うた」
「そうなんだ・・クリスマス、一人で過ごすの?」
「あぁ、そや、前はそうしてたからな」
ダニーは、パストラミサンドにかぶりついた。
ダニーは、マーティンをブルー・バーに誘った。
コーナーのクリスマス・ツリーが、柔らかな照明の社交場を一転華やかに変えていた。
奥のカウンター席に陣取り、エリックにメイカーズ・マークのオン・ザ・ロックを注文した。
スモークサーモンとクリームチーズのピンチョスと一緒に、エリックが飲み物を差し出した。
「お、サンキュ」
「いえ」
47 :
書き手1 :2007/12/17(月) 00:17:37
マーティンは、何も言わずに、ピンチョスをつまみ始めた。
「ボン、そんなに落ち込むなや」
「僕もダニーと残りたいよ」
「気持ちは痛いほど分かってるから、今度は里帰りせいよ。俺はどこにも行かへんし」
「うーん、そうなの?」
「アホ!ボスに出勤するて宣言したんやで。どこにも行かへんやろ」
「・・だよね、ごめん、ダニー」
マーティンはグラスの液体を一気に飲み干した。
48 :
書き手1 :2007/12/17(月) 00:18:55
「久しぶりにオイスター・バーにでも、食いにいこか?」
「そうだね、おなか減っちゃったよ」
ダニーがチェックを済ませ、東に向かって歩き始めた。
そろそろパーティーの季節だ。
着飾った人たちがタクシー待ちの列を成している。
「もうすぐ来年だね」
「そやなぁ」
「来年も一緒にいられるかなぁ」
「いられるやろ」
「ダニーって本当に楽観的だよね」
「俺は現実主義やけど?お前、異動でも希望したんか?」
「するわけないじゃない!ダニーがどっかに行っちゃいそうな気がしてさ」
「もう、早う、オイスター・バーで飲もう!」
ダニーはマーティンのコートの腕を取って、グランド・セントラル・ステーションに駆け足で入った。
49 :
書き手1 :2007/12/17(月) 00:19:57
20分待たされ、すみのテーブル席がやっと空いた。
名物のフライド・オイスターとフライド・カラマリ、ジャンボ・シュリンプサラダをとりあえず頼む。
マーティンがワインリストを見て、「あ、ニュートンのシャルドネがある!」と喜んだ。
「美味いのか?」
「限定生産だから珍しいんだよ、これにしようよ」
「お前に任せるわ」
「じゃ、ニュートン・アンフィルタードお願いします」
二人はカチンとワイングラスを合わせた。
50 :
書き手1 :2007/12/17(月) 00:21:08
「機嫌直し、な?」
ダニーが子供を見るようにマーティンを下から見上げた。
こっくりとマーティンは頷いた。
「僕のこと、面倒くさいとか思ってない?」
「思ってない。思ってたら、ここにはいてへん」
「ありがとう、ダニー」
「アホ」
前菜を食べ終わり、二人はブイヤベースをメインに選んだ。
ガーリック・トーストを浸すと抜群に美味い。
ワインを2本空け、マーティンは、かぼちゃのクレーム・ブリュレもぺろりと平らげた。
「ほんま、お前の食い方見てると飽きへんわ」
ダニーが呆れると、マーティンが恥ずかしそうに赤くなった。
51 :
書き手1 :2007/12/17(月) 00:22:15
「でも今日は肉食じゃないよね!」
「そやそや、ええ子やな」
「どうせ僕は子供ですよ、もう帰ろうよ」
「はいはい」
マーティンがチェックを済ませ、二人は席を立った。
「ねぇ、今日もうちに泊まらない?」
マーティンがおずおず尋ねた。
「ああ、ええけど・・」
ダニーは一瞬逡巡したが、頷いた。
DC行きのチケットで落ち込んでいる晩だ、続けて一緒にいてやろ。
マーティンは嬉しそうに、タクシーの列に並んだ。
52 :
書き手1 :2007/12/17(月) 00:23:28
アパートに着くと、ドアマンのジョンが助かった!という顔をして、建物の中から出てきた。
「フィッツジェラルド様、お客様がずっとお待ちなんですが・・」
「え、客?予定してないけど・・」
「若いお嬢さんです」
「ハーイ!かっこいいマーティン捜査官!」
「あ、オードリー!」
「良かった、やっと会えた!」
オードリーがマーティンに抱きついた。
53 :
書き手1 :2007/12/17(月) 00:24:22
「どうしたの?」
「うふふ、また家出して来ちゃった」
「ダニー、どうしよう?」
「お袋さんに電話しかないやろ?」
「やだ!今日だけでもいいから泊めてくれない?」
オードリーはマーティンに抱きついたきり、離さなかった。
「しゃあないな、泊めてやり」
「ええ!ダニーはどうするの?」
54 :
書き手1 :2007/12/17(月) 00:25:36
「どうもこうも、この子がゲスト・ルーム使うなら、帰るしかないやんか」
「僕がソファーで寝るから泊まってよ」
「えー、マーティンだけじゃないの?」
「そやな、泊まるか。俺がソファーでええからな」
「ありがとう!助かった・・明日は必ずうちに帰るんだよ、オードリー」
「うん、約束する」
オードリーは、マーティンの腕を取り、どんどんエレベータに進んでいった。
「おやすみなさいませ」
ジョンの言葉がホールに響いた。
オードリーをゲスト・ルームに案内して、マーティンは外から鍵をかけた。
「おい、そこまでせんでも・・」
「嫌だよ、夜中に襲われたら」
マーティンは大真面目だった。
「ゲスト・ルームはトイレもバスもついてるから、いいじゃん。監禁にはならないでしょ」
「まぁ大目に見てな」
56 :
書き手1 :2007/12/17(月) 23:13:55
ダニーは小声になった。
「一緒のベッドに寝られへんから、俺、ソファーで寝るわ。毛布貸してくれへんか?」
「僕がソファーに寝るよ」
「おかしいやん、お前の家なのに」
「そうか。分かった。ねぇ、オードリーのお母さんの電話番号わかる?」
「オフィス行かないとわからへん」
「それじゃ、今日は失踪者だね」
「仕方ない。このままほっぽり出せないしな」
57 :
書き手1 :2007/12/17(月) 23:14:49
ダニーはマーティンのパジャマを借りて、メインのバスルームで歯磨きした。
ティーン・エイジャーの女の子が近くにいると思うと、なぜか胸が高まった。
年上男が好きなだけあって、オードリーには媚を売るような成熟した女のしぐさをする癖がある。
ダニーは頭をぶるぶる振って、邪念を取り除くと、ソファーをベッドに仕立てて、眠りについた。
58 :
書き手1 :2007/12/17(月) 23:16:00
朝4時にダニーは身体を揺り動かされて、目を覚ました。
「な、何?まだ早いやん!」
「オフィスに行って、オードリーのお母さんに電話しようよ」
「あーん、分かった、じゃ俺が行く」
「やだよ、僕をオードリーと二人きりにしないでよ」
「じゃ、一緒に行って、すぐ帰る・・な?」
「うん、そうだよね」
二人は適当に洋服を着て、オーバーを羽織った。
ゲスト・ルームはしんと静まり返っている。
幸運なことに、土曜日の朝だというのに流しのタクシーを捕まえられた。
「フェデラルプラザまで」
59 :
書き手1 :2007/12/17(月) 23:17:37
二人はオフィスに入り、オードリーの事件ファイルを探した。
「ダニー、あった!」
「ほら、電話や」
「わかった!」
マーティンがオードリーの実家に電話をかけた。
「もしもし、FBIのフィッツジェラルドですが、お嬢さんをお預かりしていまして・・はい、そうして頂けますか?ストリートアドレスは・・・」
マーティンは自分のアパートのアドレスを教えた。
「心配で眠れなかったって」
「当たり前やん。でも、あの子はお前が好きなんやな」
「困ったなぁ」
「とにかく、マフィンかなんか買って、アパートに戻ろ」
「そうだね」
60 :
書き手1 :2007/12/17(月) 23:18:36
二人は、スターバックスでクランベリー・マフィンとチョコチップ・マフィン、
ポピーシードケーキにカフェオレ3つを買って、マーティンのアパートに戻った。
中でものすごい物音がしている。
オードリーがドアを叩いたり蹴ったりしているらしい。
マーティンは、そっと鍵を開けた。
61 :
書き手1 :2007/12/17(月) 23:19:38
「マーティン捜査官、閉じこめるなんて、信じられない!ひどいよ!」
「だって、君は未成年だろ、僕たちと一緒に泊まったなんて、あってはならないことなんだよ。
それに、どうして僕のアパートが分かったの?」
「ある晩ね、FBIのビルからマーティンを尾行したの」
「はぁ?!」
「想像通り、素敵な建物だった。ドアマンさんも優しいし」
62 :
書き手1 :2007/12/17(月) 23:20:35
「オードリー、お母さんが迎えに来る前に、マフィンとカフェラテでもどうや?」
ダニーが尋ねた。
「やっぱり、ママが迎えに来るんだね。マーティン、私のこと嫌いなんだ・・・」
「好き嫌いの問題じゃないよ、オードリー。君は捜索対象で僕は捜査官、それだけの関係じゃないか?」
「それから恋愛が生まれるかもしれないじゃん」
マーティンも呆れた顔になった。
63 :
書き手1 :2007/12/17(月) 23:21:28
「それは、あり得ないよ、ごめんね」
「マーティン、付き合ってる人いるの?」
「あぁ、いるよ」
「その人、美人?」
マーティンはダニーをちらっと見た。
「あぁ、エキゾチックなラテン系の女性だよ」
「そうなんだ・・」
オードリーはやっとクランベリー・マフィンを口にした。チャイムが鳴る。
64 :
書き手1 :2007/12/17(月) 23:22:25
「お母さんがみえたようだね」
「また、ここに遊びに来ていい?」
「ごめんね、これっきりだ。僕の恋人は嫉妬深いんだよ」
「そうなんだ・・分かった。諦める」
ダニーとマーティンは、やっとため息をついた。
お母さんが玄関のチャイムを押している。
マーティンは鍵を開けにドアに向かった。
「ダニー、本当にいてくれてありがとう」
オードリーが母親と一緒に帰ったすぐ後に、マーティンは言った。
「何でもあらへん。お前の貞操を守りたかっただけやし」
ダニーはにやっと笑って答えた。
「今日はどうするの?」
「起きるのが早かったから、うち帰って、とりあえず寝るわ。お前も寝とき」
「そうだね、ごめんね、迷惑かけて」
「あの年頃の子は、何するか予想不能や。これからも気をつけた方がええかもな」
「うん。分かった」
66 :
書き手1 :2007/12/19(水) 22:59:10
二人は、マフィンとコーヒーを終わらせた。
「そんじゃな」
「うん、また週明けにね」
「ああ」
ダニーはマーティンのアパートを後にした。
すぐに地下鉄の駅に潜り、ブルックリン行きの電車に乗った。
うちに戻ると、留守電が点滅していた。
「あ、僕です。ダニー、あの、クリスマスの件、考えてくれたかなぁ。返事待ってます」
ジョージからの伝言だ。ダニーは、睡魔に勝てずに、コートを脱いで、すぐベッドに入った。
67 :
書き手1 :2007/12/19(水) 23:00:36
ダニーは、昼過ぎに物音で目が覚めた。
何や、泥棒か?
護身用のベレッタをサイドテーブルの引き出しから取り出し、構えながらベッドルームのドアを開けた。
物音はキッチンだ。鼻歌が聞こえた。
「あぁー?ジョージ?!」
「あ、ダニー!おはよう・・っていうか、こんにちは。来ちゃった」
「お前〜、もしかしたらお前を撃ってたかもしれんで」
「だって、ダニーが合鍵くれたんじゃない?だから、連絡しないでも入っていいっていう合図だと思ってたのに」
エプロン姿のジョージが泣きそうな顔になった。
68 :
書き手1 :2007/12/19(水) 23:01:36
「すまん、すまん、今朝まで仕事がらみでテンパってたからや。ごめんな、泣くな」
「うん・・もうすぐドリアが出来るから、待ってて」
「あぁ、シャワーしてくるわ」
ダニーは、電話を返さず寝てしまった行為を反省した。
ジョージは外見は誰よりも男らしいが、心は繊細なゲイなのだ。
今晩は何かおごったろ。
ダニーはシャワージェルで身体をこすりながら、考えていた。
69 :
書き手1 :2007/12/19(水) 23:02:51
ジョージがナイキの新作を沢山くれるお陰で、ダニーの普段着も、ほとんどがナイキになっていた。
ジャージの上下を着て、キッチンに入る。
ジョージは、オーブンからドリアのパイロセラムを出していた。
ぎゅっと後ろから抱き締めると、「あん、だめだよ、感じるでしょ」と苦笑された。
「ダニー、ジェルのいい匂い。僕のあげたの使ってくれてるんだね」
「肌にええとか言うてたから。俺も乾燥肌で、ひどいねん」
「じゃあ、今度また新しいローション持ってくる。弱アルコール性だから潤い感を保つんだ」
「お前、コスメの会社のスポークスマンにもなれるで、すげー説得力やな」
「あはは、ありがと!ねぇ、熱いうちに食べて!僕もお腹すいてるんだ」
「おう、ありがとな」
70 :
書き手1 :2007/12/19(水) 23:04:03
ベイビーベジタブルのワインビネガーソースのサラダに、熱々のミートドリアだ。
美味くないはずがない。
ジョージが尋ねた。
「昨日は徹夜だったの?」
「あぁ、徹夜やな、家に戻ったのが朝やったし、すぐ寝たから」
「僕のその・・伝言聞いてくれた?」
「あぁ、そのことやけどさ、俺、クリスマス、仕事なんや」
「えっ」
ジョージの顔が驚きでこわばった。
71 :
書き手1 :2007/12/19(水) 23:05:01
「そんな・・僕、プライベートジェット頼んだのに・・」
「え?お前、そんなんせんでも・・」
「だって、ダニーと初めてのホーム・カミングだよ。記念にしたかったんだよ」
「ほんまにごめんな、ボスからの命令やから、無理なんや」
ダニーは思わずウソをついた。
ジョージを傷つけたくない。
72 :
書き手1 :2007/12/19(水) 23:06:02
「分かった。じゃ、僕、アレックスと帰るよ」
「今日さ、お前さえよければ、晩飯食おう」
「うん、そうしてくれる?」
ジョージの落ち込んだ顔をこれ以上見たくなかった。
「どこでもええで。お前、レストラン選び」
「うーん、考えるね」
ジョージは、ランチを食べた後、アパートに帰って行った。
後姿を見送って、ダニーはどれだけジョージを傷つけたか、今になって思い知った。
ダニーはジョージからの電話を待ち続けた。
やっと夕方になって、ジョージが電話をかけてきた。
「ジョージ、電話、待ってたで」
優しくダニーは語りかけた。
「ごめん。考え事してたら、こんな時間になっちゃった。
あのね、ミッドタウンの「アマ」に行きたいと思って。インド料理だけどいい?」
「もちろんや、予約しよか?」
「僕がしたから心配しないで。電車で来てね。僕、お酒飲みたいから」
「ああ、わかった、何時や?」
「6時半、アドレスはね・・」
ダニーはメモに書きとめた。
今日は徹底的にジョージに付き合うつもりだった。
74 :
書き手1:2007/12/20(木) 23:15:47
5時半にダニーは家を出て、ミッドタウンに向かった。
「アマ」は、ミッドタウン・イーストの51丁目だ。
中に入り、ジョージの名前を言うと、サリーをまとったウェイトレスが案内し、奥のカップルシートに通された。
ジョージがすでに座っていた。
「おう、早いな」
「うん、ごめん、ビールも始めちゃった」
ウェイトレスに「俺も同じもの」とダニーは頼んだ。
75 :
書き手1:2007/12/20(木) 23:16:45
「ここのお勧めは何や?」
「タンドリー料理が美味しいみたいだから、それがメインかな。
前菜もいろいろあるから、ダニーも見てみて」
二人はじっとメニューとにらめっこした。
結果、サモサの盛り合わせ、エビのホットトマトソース、オクラのヨーグルトサラダと3種のライスに、
ラムとチキンのタンドリーグリルに決めた。
76 :
書き手1:2007/12/20(木) 23:17:41
「お前といると、オーダーがすぐに決まって楽チンやわ」
「ダニーもグルメだから考えちゃうよ」
「お前のがよっぽどグルメやで。俺は人に教わるだけやし。ワイン、チョイスしてくれるか?」
「分かった。あ、ダニー、オーパス・ワンがあるよ。ヴィンテージもいいし、ラムも食べるからいいかなぁ?」
ジョージは何でも必ずダニーの承諾を得る。
「ええんちゃう?」
「すみません、オーパス・ワンをお願いします。ヴィンテージは2000年で」
77 :
書き手1:2007/12/20(木) 23:18:49
甘いマンゴチャツネソースとミントソースとホットオニオンソースが運ばれてきた。
これをサモサやタンドリー料理にかけて食べるのがインド流だ。
「アマってさ、現地の言葉で「母」って言う意味なんだって」
「へぇ、インドのお袋の味なんかな」
「インドは行ったことがないからわからないや」
「お前、アジアはタイだけ?」
「あと、シンガポールにちょっと寄った。つまらなかったよ」
「そか、やっぱりタイか」
78 :
書き手1:2007/12/20(木) 23:19:54
「うん、ダニーと絶対一緒に行きたいんだよね、その・・無理強いするつもりないけど」
「俺かてお前とヴァケーション過ごせたら、どんなにええかって思う。でも連邦捜査官はなかなか休みがな・・」
「うん、クリスマスの件でよーく分かったよ。でも、僕がダニーと一緒にいたい以上、慣れていかなければいけないんだ」
ジョージは気持ちを決めたかのように宣言し、ぐいっとインドのビール「キング・フィッシャー」を飲み干した。
79 :
書き手1:2007/12/20(木) 23:21:14
「ほんまに、ごめんな。俺、つきあいにくいやろ。・・な、俺より楽に付き合える相手、探すか?」
「それ、本気で言ってるの?そんなわけないじゃない!僕はダニーでなければダメなんだから」
「お前、セレブやん。俳優とか色々なお誘いあるやろ。なんで俺なん?」
「そんなのもう分からないよ!だってダニーが一番なんだから」
オーパス・ワンがサモサと一緒に運ばれてきた。
二人はとりあえず乾杯をし、食事を始めた。
80 :
書き手1:2007/12/20(木) 23:22:06
ジョージの言ったとおり、タンドリーグリルの味は秀逸だった。
食事を終え、二人はタクシースタンドに並んだ。
「お前の家に行ってもええか?」
「本当?うん、僕と一緒にいて」
ジョージは人前もはばからず、ダニーをぎゅっと抱き締めた。
ダニーは振り払うこともせず、ずっと抱き締められたままでいた。
ジョージのアパートで土日を過ごし、ダニーは出勤した。
ジョージが今までどんな恋愛を経てきたか分からないダニーだが、
自分に本気なのがひしひしと伝わる週末だった。
重荷に感じる一方で、これほど自分を愛してくれる人物が、
この後の人生に現れるのか、ダニーは深く悩む結果になった。
82 :
書き手1 :2007/12/22(土) 00:00:11
究極は一人で朽ち果てるのでもいいとすら思っているダニーだったが、
ジョージやマーティン、アランとの交際を通じて、
家族の絆らしきものを感じることが出来るようになっていた。
11歳で家族を失った俺なのに、今さら何なんやろう。
年取ったってことやろか。
ダニーはリバーサイドテラスに一番近い地下鉄の駅から、
ロワー・マンハッタンに向かった。
スターバックスで、ソーセージマフィンとホットミルクを買う。
ジョージに付き合って、相当量の酒を飲んだ週末だっただけに、胃を休めたかった。
83 :
書き手1 :2007/12/22(土) 00:01:06
ジョージが自分との付き合い方に納得してくれたのは有難かった。
ダニーはとにもかくにも全出勤なのだから。
久しぶりにアランから携帯に電話がかかった。
「はい、テイラー」
「仕事中にすまない。今度のクリスマスは、ボストンに帰ることになってね。
何と言うこともないんだが、毎年一緒に過ごしてきたお前に言わなければいけないと思って電話した」
アランが電話口で苦笑しているようだった。
84 :
書き手1 :2007/12/22(土) 00:02:06
「アラン、今年は出勤なんや」
「そうか・・それじゃあ、会えるのは年末かな?」
アランが空元気で笑っているのが感じられる。
「あぁ、まだ分からんけど。休日勤務は手当が支給されるから、助かるし」
「そうか、また電話するよ」
「電話ありがとう、アラン」
ダニーはほっとため息を一つついて、PCで捜査に着手した。
マーティンがじっと横から見ているのに気が付いた。
ダニーが向くと、急いでPCを覗き込むふりをした。
またあいつ、いらん事考えてるんやないやろか。
85 :
書き手1 :2007/12/22(土) 00:03:00
マーティンに対しては、物事の説明責任があるような気がして仕方がない。
ジョージと違った形で自分を大切に思ってくれる人への恩義かもしれない。
ダニーは、どんどん自分が泥沼につかっていくのを感じた。
帰りにダニーはマーティンを誘って、またブルー・バーに来ていた。
エリックが顔色一つ変えずに、もはや定席になった奥の青いカウンターチェアーに二人を案内する。
86 :
書き手1 :2007/12/22(土) 00:04:57
「今日もメイカーズ・マークですか?」
「どないする?」
「ドライ・マティーニがいいや」
「じゃ、俺も同じもの」
「かしこまりました」
ブルー・バーのドライ・マティーニは、いまだににNY1だという評論家が多い。
疲れた身体と頭に、ほのかな甘さが染み入るのだ。
スモークした牛タンにチコリのピンチョスが出てきた。
「お前さ、俺とアランの電話、気にしてたやろ」
「そんな事ないよ」
マーティンはすぐに答えた。
87 :
書き手1 :2007/12/22(土) 00:05:58
「まぁええ、説明だけ聞いてくれ。今年はアランもボストンに帰るんやて。ジョージもニュー・オリンズや。
な、俺は仕事。すっきりしたろ?」
「うん・・分かった」
「お前は、いつ発つ?」
「土曜日の夜便」
「そか。副長官と仲ような」
「無理言わないでよ。僕らは親子だけど、全然別の生き方選んでるんだから」
「そやけど、血縁は大切やんか。俺にはムショの兄貴だけやから」
「・・・あ、ごめん」
88 :
書き手1 :2007/12/22(土) 00:06:54
「飯食おか?」
「うん、今日はわがまま言っていい?ジャクソン・ホールのバーガーが食べたいよ」
「分かった、じゃ移動するか」
二人はチェックを済ませて、一番近い35丁目の店に歩いた。
ダニーはメキシカン・バーガーにチリのトッピング、マーティンはコプセプモア・バーガー、
一番トッピングの多い種類を選んだ。
ガカモレディップを前菜に、それぞれワン・パイントのマグでビールをぐいっと飲んだ。
89 :
書き手1 :2007/12/22(土) 00:07:46
「ここに来ると落ち着くね」
「ボンボンのお前が言うのが、めちゃ可笑しいわ」
ダニーは久しぶりに心から笑った。
「今日は、ダニーのおごりだね!」
マーティンがぷうっと頬をふくらませて言い放った。
「OK、何でもおごったるわ」
「じゃあね・・・」
またメニューを開き始めるマーティンの姿に、ダニーはさらに笑った。
年末近くだというのに、珍しく事件が発生しない日が続いた。
冬の外回りが嫌いなダニーは、これ幸いと、経費精算をしていた。
ダニーの捜査方法は、他のFBI局員と違って、街で集める情報が大きな助けとなっている。
当然、経費に計上できない出費も多い。
その上、今年は、アランと別れて自活したり、セレブのジョージと付き合い始めたりで、
かなり家計が圧迫されていた。
91 :
書き手1:2007/12/22(土) 23:31:16
危険手当の支給も追いつかないかもしれへんな。
来年はもっと進んで囮捜査や潜入捜査に手を挙げよう。
「ダニー、なに深刻な顔してるの?」
サマンサが怪訝そうな様子で声をかけた。
「クリスマスの件?」
「あぁ、あれは片付いた。ありがとな。俺、出勤やから」
「へぇーそうなんだ。彼女、傷ついたでしょうね」
「仕方あらへん。ボンもヴィヴもいてへんのやから、俺らでNYを守らんと」
「そうよね、私も出勤だし!」
どこか嬉しそうなサマンサだった。
あ、おっさん、サマンサ誘ったんや。意外に素直やん。
ダニーは思わずにやっとした。
92 :
書き手1:2007/12/22(土) 23:32:26
ダニーはクリスマス休暇前の金曜日、ジョージを誘った。
ジョージもクリスマス商戦真っ只中のバーニーズに借り出されていた。
「はい、オルセンでございます。8時には伺えるとかと存じますので、後ほど、
場所と時間のご指定をご連絡くださいませ」
コンシェルジュの口調が可笑しくて、ダニーは何度も留守電を再生した。
ダニーは、ジョージの好きなタイ料理に決めていたので、色々検索した結果、
ハーレムにある「ライム・リーフ」に決めた。
93 :
書き手1:2007/12/22(土) 23:33:41
8時きっかりにレストランに着くと、ジョージはまだの様子だ。
ダニーはコートをクロークに預け、テーブルについた。
タイ料理は、有名なメニューしか知らない。
ジョージに選んでもらうのが無難だと、ジョージを待った。
ミネラル・ウォーターを飲みながら待っていると、20分過ぎにジョージが入ってきた。
「ごめんなさい!待たせちゃったよね!」
「忙しいんやろ?」
「クリスマス・ギフトのお客様が多くてさ。何か頼んだ?」
「いや、タイ料理の専門家を待ってたところや」
「ははは、ありがとう!」
94 :
書き手1:2007/12/22(土) 23:35:25
ジョージは、早速メニューを読み始めた。
周囲には近くのコロンビア大学に通う学生や教授らしい姿もあった。
何人かが、ジョージに気がつき、ざわめいていた。
「あ、珍しい!エビのすり身のレモングラス焼きがある!あとイカの丸焼き・チリ&ピーナツソースだって!」
「美味そうやな」
「じゃ、後は、青パパイヤサラダとバーベキューシュリンプ、チキンの炊き込みライスとトムヤムクンでどう?」
「ああ、お前の好きなんでええよ」
ジョージは、嬉しそうにタイ人のウェイトレスと二言三言タイ語で話をして、注文を終わらせた。
95 :
書き手1:2007/12/22(土) 23:36:56
二人はハウスワインの南アフリカ産のシャルドネを選び、乾杯した。
「明日、出かけるんやろ?」
「うん、昼間の飛行機。結局、プライベートジェットはキャンセルしたんだ」
「どして?お前の凱旋やん」
「だって、ダニーと一緒と思って予約したからさ・・」
「そか、ごめんな」
「でも、気が楽だよ。アレックスも甘やかしちゃいけないしさ」
「そうやね。その後、あいつ、どやねん?」
「骨身に染みたみたい。何度かマーティンに電話して、食事してるみたいだよ」
「へぇ、そうなん?」
ダニーは、マーティンがそんなことをしているとは露ほども思っていなかったので、驚いた。
96 :
書き手1:2007/12/22(土) 23:39:59
料理はNY風になっているものもあったが、ジョージは「プーケットの味だ!」と喜んでいるので、店選びは当たった様だ。
「ハーレムにタイ料理があるなんて、知らなかった。すごく美味しいね」
ジョージはにこにことイカの丸焼きをカットして、ダニーの皿と自分の皿に取り分けながら話した。
「グルメのジョージ先生のおめがねにかなって、嬉しいわ」
ダニーは笑いながら、皿を受け取った。
ダニーが目を覚ますと、マーティンが天井を見つめたままぼんやりしていた。
「おはよう、マーティン」
「おはよう」
ダニーはブランケットにくるまったまま寝返りを打ってマーティンの顔を覗きこんだ。
「なんや朝から辛気臭い顔して。家に帰るのが嫌なんはわかるけどしょうがないやろ」
「しょうがない、か・・・ダニーはいいよね、遠い世界の出来事なんだから」
マーティンは思いつめた表情でため息をつくと背中を向けた。今にも泣きだしそうで痛々しい。
ダニーはやれやれと思いながら背中から抱きしめた。
「元気出せや。ほんの数日の辛抱やんか」
話そうとしたマーティンの声がうわずった。そのままダニーの胸に顔をこすりつける。
慰めようとして、ダニーは口をつぐんだ。傍観者でしかない自分が何を言っても空々しく聞こえるだけだ。
首筋に唇を押し当てたまま、ただ抱きしめた。
98 :
書き手2:2007/12/23(日) 18:09:32
ダニーはマーティンのためにバターミルクパンケーキを焼いた。
マーティンはおとなしく食べていたが、ふと手を止めた。
「ん?」
「僕がいないと寂しい?」
「ああ」
「浮気するの?」
「あほ!そんなんするわけないやろ」
「してもいいよ、どうせ僕はいないからわかんないし」
すねたように言いながら、マーティンは息苦しくため息をつく。
ぐずぐずと時間稼ぎをするように食べているマーティンに付き合っていたが、そうのんびりもしていられない。
「もうええやろ、用意し」
「・・・ん」
心底嫌そうに席を立つマーティンをなだめて、ダニーは食器をシンクに運んだ。
99 :
書き手2:2007/12/23(日) 18:10:11
ラガーディア空港に着いたのに、マーティンはなかなか車から降りようとしない。
クリスマス休暇の混雑を計算して早目にきたとはいえ、ダニーは搭乗時間が気になって落ち着かない。
「なあ、そろそろ行かんと乗り遅れたらやばいで。今日はカウンターも混んでるの知ってるやろ」
ダニーが急かしても、マーティンはまだ大丈夫だと言ってカプチーノを啜る。
何度か同じような会話が続き、とうとうダニーは痺れを切らした。
「ほら、行くぞ。オレも行くから降りろ」
「待って、まだ時間はあるよ」
「あほか、これ以上待てん」
キーを抜いて降りようとしたダニーの手を、マーティンががしっと掴んだ。
「痛っ!なんや、急に」
「ごめん。僕、やっぱり行かない」
「へ?」
「行くのやめた。父さんには乗り遅れたって言う」
「そんなことしたら副長官に殺されるで。な、行こう。オレが荷物持ったるわ」
「いいんだ、本当に。僕はダニーと一緒に過ごすから」
マーティンはきっぱり言い切るとシートベルトを締めた。
「帰ろうよ、ダニー」
「お前が乗り遅れたって言うたところで、反対にDCから副長官が飛んでくるで」
「僕がダニーんちにいればわからないじゃない。いいから帰ろう。今日はグリンチやってたっけ」
「グリンチて・・・オレはどうなっても知らんからな」
渋々車を出すダニーの手を、マーティンは嬉しそうにつないだ。
渋滞していたクイーンズを通り過ぎたころ、マーティンの携帯が鳴った。
「副長官か?」
「ん、嫌だけど出なきゃね・・・」
マーティンが乗り遅れたと告げた途端、きつい口調で怒りをぶつける副長官の声がダニーにも聞こえた。
とりつく島のない様子にもうだめだと思った。ラガーディアにとんぼ返りすることになると。
マーティンは従順な返事を返しながらダニーと視線を合わせる。
「切られちゃった」
マーティンはあっけらかんと言うと携帯をポケットにしまった。
「マジギレやったな」
「いいよ、帰ってもどうせ叱られるんだからさ」
「まあ、今更もう遅いしな。そや、トロイのぼろっちいチャイニーズレストランに寄ろか」
「行く!でもさ、車を見張ってないと盗まれちゃう」
「そうやった。テイクアウトにしよ」
どちらともなく顔を見合わせてにんまりする。二人だけの秘密がまた増えた。
長い週末の始まりだ。
マンハッタン行きの電車は、いつもの混雑がうそのように閑散としていた。
珍しく席に座り、ダニーはニューヨーク・タイムズを悠々と読んだ。
毎日行列のスターバックスも、客足が少ない。
顔なじみの店員が笑顔でオーダーを取り、「お仕事ですか?」と尋ねてきた。
「ああ、貧乏暇なしや」
「がんばってください」
「あ?ありがとうな」
立地がフェデラル・プラザに近いだけある。
ダークスーツ姿のダニーが連邦職員なのはミエミエなのだろう。
ダニーがデスクで、メールをチェックしながらツナサンドをかじっていると、サマンサが出勤してきた。
「おはよう、ダニー!」
「おはようさん、サム、元気やね」
「まぁね、さぁー二人がいない分働くわよ!」
相変わらずの上機嫌だ。
ボスがダニーを呼んでいる声がした。
「はい、ボス、おはようございます」
「あー、その、何だ。今日から三人のチームになるが・・」
「はい、それが?」
「まぁ、よろしくということだ。アドバイス助かった」
「いえ」
ダニーがにやっと笑うと、ボスが照れた笑いを浮かべた。
「捜査の方は任せてください。俺、何でもやりますから」
「ああ、よろしく」
ダニーがにやにやしながら、デスクに戻ると、サマンサが「変なダニー。思い出し笑いなんてスケベな印よ!」と勘ぐってきた。
「すまんすまん、もうせいへん」
あんたらのことやのにとダニーは思いながら、メールチェックを続けた。
ランチになり、ボスはサマンサにテイク・アウトを言いつけている。
嫌そうな顔ひとつせずメモを取っているサマンサが、妙に新鮮だった。
いつもああならええのにな。
ダニーは苦笑した。
ダニーは、サマンサが帰ってくるのを待って、食べに出かけた。
携帯を見ると受信メールが3つある。
アラン、マーティン、ジョージ。名前が仲良く並んでいた。
ダニーはチキンとアボカドのピタサンドとコーンスープを頼んで、それぞれのメールを読んだ。
アランは機械的にNYに戻る日にちを入れてきただけだが、マーティンは日にちと早く会いたいというメッセージ、
ジョージにいたっては、一日でも早く会いたいと便名まで書いてきていた。
ダニーは皆に一様に「了解」とだけ打ち返した。
久しぶりの男やもめの日々なのだ。ゆっくり過ごそう、ダニーはそう決めていた。
事件も起こらず、一日目が過ぎた。
ダニーは、いつもの癖でブルー・バーに立ち寄った。
「今日はお一人で?」エリックが尋ねる。
「あぁ、俺はNYで留守番や。みな帰省やと」
「それなら、毎日会えますね」
「ああ、そうやね」
エリックは嬉しそうに奥に入っていった。
やがてエリックはガラスの小さなボールを持って現れた。
「何、キャビアやん!こんなんおつまみに出してええんか?」
「今日、一つパーティーがドタキャンになったんですよ。その日に消費しないといけないから・・」
「それじゃ、シャンパンもらうわ」
「実は、僕、もうすぐ上がりなんです」
「珍しいな」
「働き詰めだったから」
「ほなら、飯食いに行こうや」
「本当ですか?」
「いつもサービスしてもらってるお礼や、早く着替え」
「ええ」
エリックの代わりのバーテンダーがシャンパングラスを運んできた。
「どうぞ」
「ありがとな」
ダニーは、はからずもキャビア片手にシャンパンを飲むという幸運に恵まれた。
ちょうど、シャンパンとキャビアが終わった頃、エリックが私服で現れた。
いつもは青の制服ジャケットを着ているが、ムートンのコートにジーンズというカジュアルな服装が、
彼がまだ年若いことを物語っていた。
ダニーはチェックを済ませると、エリックに尋ねた。
「お前、何食いたい?」
「そうだなー、日本食がいいです」
「じゃあ、焼き鳥でも食うか」
「はい!」
二人は並んでタクシーの列に向かって歩いていった。
ダニーは目覚ましのけたたましい音で目を覚ました。
頭ががんがん痛む。
あかん、飲みすぎや。
エリックと飲む機会はめったにないが、同郷のよしみで話と酒がはずんでしまう。
「うぅぅん、もう朝?」
隣りの山が動いた。
「ウソやろ!エリックか!」
「そうだよ、まだ寝させて。ぐぅー」
「おい、おい、俺、その、お前としたか?」
「んー、してないよ、ダニーすぐ寝たから」
ダニーはトランクスの中を覗いて確認した。
急いで洗面台に行き、キャビネットからタイレノールを出して、ごくりと飲み込んだ。
シャワーをして、急いで歯磨きと髭剃りを済ませ、スーツに着替える。
「おい、エリック、俺、もう出勤や」
「じゃあ、職場に鍵届ける。お願いだから寝せて・・今日遅番なんだ・・」
ダニーは仕方なく、ソフトアタッシュを手にアパートを出た。
一日目から俺、最低。
マンハッタンまでの車中、ダニーは自分の迂闊さに嫌気がさしていた。
夕方頃、1階のセキュリティーから電話が入った。
「あ、俺の客や」
エリックが珍しそうにMPUの階まで上がってきた。
ダニーが駆け寄り、一言二言話して、鍵を受け取った。
サマンサが、視線を飛ばしているのが分かる。
デスクに戻ると早速聞かれた。
「なんとなく見たことのある人みたい。あ、CSIのデルコに似てない?!」
「俺の友達や」
「なに、彼女を帰省させて、男だけで悪いことしてるわけ?」
「そんなんやない」
「まぁ言ってなさい。彼女を紹介してくれる日が楽しみだわ」
サマンサが鼻歌まじりに席に戻っていった。
これ以上からかわれたらたまらない。
嫌々ながら、ダニーは寒空の街へ出た。
顔なじみのホーム・レスたちに会うためだ。
ブロンクスの廃墟ビルを根城にしているグループがいる。
その中のブルースとメアリーは、ダニーの情報屋でもあった。
ダニーはウェンディーズのスーパーメガ・バーガーとチリにポテトを二人分用意して、廃墟ビルに入っていった。
ブルースは、2階の一番奥の部屋にいるはずだ。
「おい、ブルース!来たで。俺や、ダニーや」
「おぅ、久しぶりだな、ダニー」
お礼も言わずウェンディーズの袋を受け取る。
「身体の調子はどうや?」
「変わらないよ。ここは隙間風がひどいからな。毛布を今年は2枚増やした」
「そか、メアリーはいるか?」
「それがな、ここだけの話、メアリーの奴、トラブりやがって・・」
「どないした?」
「いつも通り、通りで物乞いしてたんだが、触っちゃいけない奴の靴に触ったとかで、連れて行かれたっきり見てない」
「それ、いつ頃のこと?」
「おとといか、さきおととい」
「触っちゃいけない奴ってギャングか」
「あぁ、ヒスパニック系だったって噂だけど、俺が見たわけじゃないからな」
「お前、バーガー2人前食え」
「ダニー、悪いな」
「俺、メアリーを探すわ」
「あぁ、俺も寂しいから」
ブルースはそれだけ言うと、テント状に広げた毛布の部屋に入っていった。
この辺りでヒスパニック・ギャングといえばスネーク・ジョーの手下に違いない。
ダニーは携帯で組織犯罪班のクリスに電話をかけた。
「おぅ、MPUのテイラーや。最近、スネーク・ジョーが女を拉致したらしい。情報ないか?ブロンクスや。うん、恩に着る」
ダニーはボスに報告をした。
ボスは自分が行くまで待てと言い張ったが、ダニーはそれでは遅いと断り、クリスに言われた古い倉庫にダニーは出向いた。
しーんとして人影も物音もない。
その時、奥から数人の笑い声とうめき声が聞こえた。
ダニーは扉に近寄り、バンと蹴破った。
「FBI!武器を捨てろ!」
驚いてダニーを見た顔は、みなまだ子供だった。
蜘蛛の子を散らすように出て行く。
壁を見て、ダニーは震撼した。
十字の木に縛り付けられたメアリーが、ダーツの的になっていた。
身体に何本もダーツの矢が刺さっている。
「メアリー、俺や、ダニーや、今助けるからな」
「ダニーかい?来てくれるとは思ってなかったよ」
「もう話すな、これから病院行くから」
「ああ」
ダニーは両手、両足の縄を解いて、ぐったりしたメアリーを抱きかかえ、車に乗せた。
ダニーは市立病院のERの待合室で、メアリーの処置を待っていた。
トムが近付いてくる。
「やぁ、年末になっても、お前はお得意さんだな。今回は女性で驚いたが」
トムが笑っている。
「笑ってるってことは、メアリーは大丈夫なんやね?」
「あぁ、致命傷はなかった。ボロの重ね着のおかげだな。もし良ければ、
病院で取ってある清潔な衣類に代えることも出来るが・・」
「メアリーは、ファッションにこだわりがあるから、洋服は捨てんといてくれへん?」
「分かった。小奇麗になるより愛着が大切なんだな。傷に触れる部分の衣服だけは着替えてもらおう。
それにしてもかなりの栄養失調だぞ、今、点滴をしているよ」
「ありがとう」
「お前にホームレスの知り合いがいるとはね」
「まぁな」
「そういえば、アランがボストンに帰ったんだって。たまげたよ。
あいつ、絶対帰らないって言っていたのにな。おかげで、アランのパーティーを楽しみにしていた我々には大打撃だ」
「おれも理由は知らへん」
「そうか・・・。お前はどうしてる?」
「この休みはずっと仕事やねん」
「俺と同じだな」
「これ、俺からってメアリーに渡してくれるか?」
ダニーは20ドル札5枚をトムに渡した。
「タクシー代と当面の食費やって言うといて」
「あぁ、了解」
ダニーはフェデラル・プラザに戻るなり、ボスから叱責を浴びた。
「単独行動ほど危険なものはない。ましてや相手はギャングじゃないか。お前、どうかしてるぞ」
「すんません。応援呼んでたら、失踪者の生存が危ぶまれたものですから、単独行動を取りました」
「報告書を今日中に上げろ。お前が心配なんだ」
「わかってます。すんませんでした」
ダニーは心配そうな顔のサマンサにウィンクすると、かたかたと報告書を入力し始めた。
サマンサがFBIマグにコーヒーを入れて持ってきた。
「はい、ダウンタウン、どうぞ」
「お、サンキュ」
「無茶しちゃだめよ。心配したんだから」
「すまん。もうせいへん」
「そうしてね!」
ダニーは、報告書作成で残業をし、ボスのデスクに提出して、建物を後にした。
足が自然とブルー・バーに向いてしまう。
「あ、いらっしゃいませ」
エリックがすっきりした顔で迎えてくれた。
「あぁ、来たで」
奥のブルーのスツールに座る。
「お疲れのご様子で」
「まぁな。モヒートくれ」
「かしこまりました」
ダニーは、スモークサーモンとクリームチーズのカナッペをご馳走になり、チェックした。
帰りに51丁目まで上がって、セント・パトリック大聖堂に立ち寄った。
夜の遅いNY住民のために深夜までミサをやってくれる有難い教会だ。
ダニーはしばし、席に座り、お祈りをささげて、地下鉄に乗った。
ブルックリンの7丁目駅で降りて、近くのデリで残り物を物色した。
幸い、グリルド・チキンとベビーリーフ・サラダにバゲットが残っていた。
少しはクリスマス気分やな。
家に戻ると、雑然としていた部屋が綺麗になっていた。
エリックの奴、片付けしてくれたんや。
ダニーは部屋着に着替えると、チキンを電子レンジに入れ、缶ビールを開けた。
BGMはDaughtry、今年アメリカで一番売れたCDだ。
この男も、この1年の間に、車の部品ショップの店員からグラミー賞候補にまで昇りつめた。
ちょうどジョージが、通販のさえないモデルからスーパーモデルに変身したように。
二人に比べたら、ダニーに起こった変化など、
小石一つが池に投げられて出来る波紋ほどのインパクトすらない。
チキンをつつきながら、ダニーは、クリスマス・イヴの孤独を楽しんでいた。
まるで、マーティンに出会う前の俺に逆戻りやな。
娼婦を買う欲求はなかった。
ただただ、一人でいるのが楽だった。
留守番録画していたNYニックスとLAレイカーズの試合を無音で見ながら、
ダニーは、充足感を味わっていた。
クリスマスの日、ダニーはオフィスに出勤してどっきりした。
サマンサがいつもの男まさりのスーツではなく、柔らかいモヘアの胸の開いた黒のニット・アンサンブルを着ている。
それも身体の線がくっきり出るタイプだ。
いよいよ今晩か。
ダニーは少しだけ、ボスとサマンサが羨ましくなった。
決して公にされる関係ではないが、二人が幸せそうなのが微笑ましかった。
「サム、見違えたで。女っぷりが上がったやん」
ダニーがからかうと、「うふふ。似合う?変じゃない?」と照れながら、くるっとターンして見せた。
「すごくセクシーや。俺、今日仕事にならへんかも」
「いやーね。ダニーったら。コーヒー持ってきてあげる」
「お、サンキュ」
ダニーは、スターバックスの袋を開けてびっくりした。
ルーシーという名前と携帯番号が書いてある紙ナプキンが入っていたのだ。
あの子やな。
ダニーは今日も笑顔で応対してくれた女性の顔を思い出していた。
こんなん、ボンが見つけるとややこしいな。
ダニーは自分のキャビネットの一番奥の吊りファイルに入れた。
ダニーは、情報提供のお礼の意味をこめて、組織犯罪班のクリスをランチに誘った。
「よぅ、聞いたぜ、お前、応援待たないで、倉庫に突入したんだって?」
「あぁ、人一人の命かかってたからな」
「冗談じゃないぜ。お前とモルグでご対面なんてごめんだぞ」
「ボスにもこっぴどく叱られたわ」
「うちのボスから、もう一度だけ、お前にうちの班に来る気持ちはないか聞いて来いと
言われてるんだよ。そのへん、どうなんだ?」
「ああ、組織犯罪はマイアミ市警時代に担当してたから、仕事内容はよー分かる。
けどな、今の俺には失踪者を無事に保護するのが使命やと思ってるから」
「お前のボスが聞いたら、涙流して喜ぶだろうな」
「昇給はないけどな」
二人は声を出して笑った。
「で、何で、家族持ちのお前が休日返上で仕事してんのや?」
「それがな、かみさん、子供連れて実家に帰っちまってさ」
「どして?」
「俺との時間が少なすぎるんだと。離婚訴訟起こされるかもしれない」
「辛いな」
「あぁ・・息子に会えないのが一番辛いよ。お前はどうなんだよ?彼女いるんだろ?」
「まぁな」
「理解あるのか?」
ダニーはジョージの言葉を思い出した。
「覚悟してるとさ、慣れるって宣言されたわ」
「そう女が言ってるのも今のうちだぜ。結婚すると豹変するからな」
「恐いな」
「ああ、結婚は恐い」
ダニーがチェックを済ませて、オフィスに戻った。
オフィスを見て、びっくりした。
マーティンがデスクに座っている。
「おい、ボン、何や、もうお帰りか?」
「うん、イヴの食事会を済ませて、今日の午前便で戻ってきた」
「親父さん、どうやった?」
「かんかんだったけどね。まぁいつもの事だから」
マーティンは苦笑すると、PCに向かった。
ダニーは、心の中に火がついたように温かい気持ちになった。
定時に仕事を終えると、サムが一足先に「お先」と出て行った。
「おい、ボン、俺たちも帰ろう」
「なんで急ぐの?」
「俺たちがいるとボスが帰りにくいやろ?」
「ああー、だからサマンサがドレス・アップしてたんだ!」
ダニーとマーティンは、ボスのオフィスに聞こえるように「お先に失礼します!」と叫んで、
オフィスを出た。
「で、僕たち、どこ行くの?」
「まずはブルー・バーやな」
「OK」
二人はミッドタウンに向かう地下鉄に乗った。
チームにヴィヴィアンも戻り、平常モードになった。
あと今年も5日になったかと思うと感慨深い。
ダニーにとっては、今日はジョージが戻ってくる日でもある。
廊下に出て、アンダーソン・エージェンシーのアイリスに電話をかけた。
「ダニー、心配しないで。あの子にはリムジンの迎えをつけたから」
「そか、ありがと」
「メールでもしてあげて。NYであの子が一番連絡取りたい相手はあなたなんだから」
「うん、そうするわ」
「じゃあね、良いお年を」
ダニーは、携帯から「お帰り。待ってたで」とだけメールを打った。
すぐに長文のメールが届く。
「今、車でマンハッタンに向かってるところ。すぐに会いたい。僕の家ではどうですか?」
ダニーは返信で「外食は飽きたか?デリでもかまへんで」と打ち返した。
「ありがと、ダニー、愛してる」
ダニーは携帯を閉じた。
オフィスを見渡すと、サマンサがゴールドのペンダントを身に着けていた。
おっさん、グッジョブや!
ヴィヴィアンにすかさず「ティファニーね」と言い当てられて、照れていた。
ダニーはコーヒーを取りに行った帰りに、ボスのオフィスに立ち寄った。
「何か用か、ダニー?」
「あ、先日の報告書はどうかと思いまして」
「上層に部下の捜査方法の再教育を言い渡された。単独行動は絶対にいかん」
「はい」
「あ、それとは別に、色々礼を言わなきゃな。
ただし、お前がティファニーの値段を言ってくれなかったから、店でひっくりかえりそうになったぞ」
「はぁ?おいくらなので?」
「1700ドルだ。今度はお前に予算も言うべきかな」
「それは、すんませんでした」
「まぁ、いい。ありがとう」
ボスのオフィスを出ると、マグを持ったサマンサに出くわした。
「ねぇ、このペンダント、おかしくない?」
「似合ってるで、ええやん。彼氏からか?」
ダニーはとぼけて尋ねた。
「そうなの。もうびっくりしちゃった!ネットで値段見て、二度びっくりよ!」
「それだけ、サムを愛してるんやろな」
「そうなのかな」
サマンサは照れ笑いを浮かべながら、スナックコーナーに消えた。
事件も発生せず、一日が終わった。
マーティンが何か言いたそうな顔をしている。
「ボン、何か?」
「今日、ご飯食べない?」
「ごめんな、俺、ちょっと腹具合おかしいねん。ノロウィルスかもしれへん」
「大丈夫?」
とたんに心配そうな顔になるマーティン。
ウソついてごめんな。
ダニーは心の中で平謝りに謝りながら、「ああ、どうにかな。お前も帰省で疲れてるやろ。先帰り」と促した。
「ダニーは?」
「ちょっと片付けもんして帰るわ」
「わかった、じゃあまた明日ね」
ダニーは、チーム全員が帰ったのを見届けてから、エレベータに乗った。
地下鉄が面倒くさいので、タクシーを拾った。
「あ、俺やけど、今、タクシーや。すぐ着く」
とジョージに電話すると、嬉しそうなバリトンが返ってきた。
「待ってるね!」
その通り、リバー・テラスに着くと、ジョージがダウンのもこもこ姿で、外で待っていた。
「外で待ってなくても、俺、鍵あんのに」
「だって、一刻も早く会いたいもの」
二人はセキュリティーに会釈して、最上階に上がった。
「あー、ええ匂いや」
「これね、母さんがダニーのために作ってくれたミートローフだよ」
「え?そんなんええのに」
「一緒に来るもんだと思ってたから、がっかりしてた」
「ごめんな」
「いいんだよ。それと、アンディーヴとミモレットのサラダ、マッシュドポテトとブロッコリー」
「美味そうやなー」
「ねぇ、それでね、デザートは僕」
ダニーは思わず苦笑した。
「デザート食う前に腹一杯になったらどないする?」
「いじわるダニー!でも大好きだ」
ジョージはダニーをぎゅっと抱き締めた。
執筆中おじゃまします。海外ドラマ板から来ました。
以下のスケジュールで鳩さぶれさんvs絹子さんのディベートが開催される
そうです。お知らせまで。
867 :奥さまは名無しさん:2007/12/27(木) 23:19:30 ID:???
Conditions:
12月31日(月)24:00〜1h
絹子(ID開示・IP開示)
鳩さぶれ(ID開示・IP開示)
「ダニー、ダニー、起きないと・・」
揺り動かされてダニーは目を覚ました。
「んー、目覚ましは?」
「僕がちょっと前に止めた。用意しなくちゃ」
「あー、そやな・・・」
ダニーは突然身体が宙に浮いて驚いた。
ジョージがお姫様だっこしている。
「おい、やめ・・」
「僕がバスルームまで運んであげる!」
ダニーは固まったまま、バスルームに移動させられた。
恥ずかしくて仕方がない。
「はい、シャワーどうぞー」
ジョージはそう言うと、外に出て行った。
あいつには、力じゃ絶対負ける。けんかせいへんようにしよ。
ダニーは熱いシャワーを浴びながら、ジョージがつけた胸のキスマークをこすった。
髭をそり、歯を磨く。
歯磨きが妙な味で驚いた。
チューブを見ると「くまざさ」と書いてある。
また新しいハーブか・・。
ダニーは苦笑しながら、バスタオルで身体を覆った。
バスルームを出ると、ベッドの上に新しいスーツが置いてあった。
今度はゼニアか。
ダニーは、ジョージがそろえてくれるワードローブについて、抵抗を感じるようになっていた。
俺はお稚児か?
ジョージが押し付けがましくないだけに、余計に気にかかる。
前に支払おうと試みたが、「社内販売だから安いんだよ」とやんわり断られた。
その分、身体で返すというものでもない。
男の面目の問題だ。
ぼぅっとしていると、ジョージが「ダニー、着替えた?」と叫ぶ声が聞こえた。
「ああ、今からや!」
ダニーは着替えを済ませ、リビングに入った。
ジョージが忙しそうに動き回っている。
「お前、気い使わんでもええって」
「だって、ダニーの出勤だもん」
ジョージはマグにコーヒーを入れて、テーブルに置いていた。
「お、サンキュ」
「あと、これ、朝ごはん、オフィスで食べてね」
「悪いな」
「いいんだよ。僕、休みだし」
ジョージがはにかんだ笑顔を浮かべた。
この顔にダニーは弱いのだ。
「車で送ろうか?」
「ええわ、最近サマンサがうるさいんや」
「そうなの?」
「彼女を紹介しろって言ってるしな」
「ははは、彼女かー。さすがにダニーのためでもあそこは切れないよ」
「あほ!そんなの俺は望んでへんよ」
「本当に?」
「朝からする会話かいな」
「ごめんなさい・・・」
「ほな、俺、出かけるで」
「あ、これ、持っててね」
ジップロックの包みをダニーは大切そうにソフトアタッシュにしまった。
ダニーは地下鉄でロワー・マンハッタンに向かった。
オフィスに着き、PCを立ち上げて、ジップロックを開けた。
ハム・チーズ・卵・レタスのサンドウィッチだった。
ダニーは、行きがけに買ったカフェラテに合わせて、食べ始めた。
粒マスタードが効いていて美味しい。
マーティンが出勤してくる。
「おはよう、ダニー。あ、もうお腹は大丈夫なの?」
「あ、ボン、心配かけたな。もう平気や」
「そうなんだ。それ、お手製?」
「俺のお手製」
「そう・・」
訝りながらマーティンがデスクに着いた。
昼になり、ダニーはマーティンを誘っていつものカフェに出かけた。
オーダーを済ませて、水を飲んでいるマーティンにダニーは尋ねた。
「なぁ、お前、アレックスと食事してるんやて?」
「え?ジョージから聞いたの?嫌だなー。
たださ、あの子がまたもとの道に迷い込まないようにしてるだけなんだけど」
「そか。お前、優しいな」
「そういえば、今度、ジョージと4人で食事したいとか言ってたよ。
更生施設にいれてくれたお礼だって」
「ふぅん。お前、どう思う?」
「アレックスがそういうなら、付き合ってあげてもいいかなって」
「そか、じゃ、予定にいれとこか」
マーティンはスパゲッティー・マリナーラを食べながら、頷いた。
今日はアランがボストンから戻って来る日だ。
年末も押し迫っているので、もう診療は休みにして、年越しのつもりだろう。
ダニーは、何となくアランと会わなければいけない義務を感じていた。
夕方になり、アランの携帯に電話をかけた。
「やぁ、ダニー、元気かい?」
「うん、アランは?」
「両親に話を合わせるのに、疲れ果てたよ」
「ジャネットとご両親、元気にしてはった?」
「ああ、おかげさまでね。ジャネットからお前によろしくと言われたよ」
アランがくすりと笑った。
「もし、なんやけど、今晩とか、用事ある?」
「いや、特には考えていないが?」
「なら、飯食わへんか?」
「ほぅ、お前からとは珍しいな。もちろんOKだよ」
「じゃ、あとで時間と場所、連絡するわ」
「ああ、待ってる」
ボストンで美味いシーフードやら七面鳥ディナーを食べてきたやろから、チャイニーズにしよ。
ダニーは、いつも出かけるジョーズ・シャンハイやゴールデン・ユニコーンを避けて、
ミッドタウン・イーストのツェー・ヤン・レストランを予約した。
ちょうど2人前のコースがあるらしい。
メールで情報と時間を連絡すると、即座に返答が帰ってきた。
「行った事のないレストランだから、楽しみだ」
帰り際、マーティンがダニーに声をかけた。
「ねぇ、ダニー、食事にいかない?」
「ごめんな、今晩は先客ありなんや」
すまなそうな顔をしてダニーが答えると、マーティンががっかりした顔に変わった。
「ジョージでしょ?」
「ジョージやあらへん」
「うーん、言いたくないなら、いいけどさ」
「分かった、分かった。アランや」
「え?アランとご飯食べるの?」
「おかしいか?」
「・・そんな事ないけどさ」
マーティンが言いたい言葉は良くわかった。
もう終わったのに、まだ会うのかと問いたいのだ。
「明日、飯食おう」
「本当?」
「ああ、約束や」
「わかった。それじゃね」
マーティンはコートを着て、バックパックを背負うとエレベーターホールに去っていった。
約束の5分前にレストランについた。
名前を言って、コートをクロークに預け、テーブルに案内される。
するともうアランが座っていた。
相変わらずオックスフォードシャツにシックな色合いのジャケットだ。
「ごめん、待たせて」
ダニーが謝ると「いや、私も今ついたところだ。ここは調度品がまるで香港のホテルのレストランのようで、懐かしいよ」と
アランが目を細めた。
「アラン、ダイエット成功したんやね」
「あぁ、おかげさまでな」
「ロバートは何してる?」
「今年はもう休診だから、休みをやったよ」
「そうなん?」
「栄養士との食事は、自分がいかにも病人になったようで、決して楽しいものじゃないからね」
意外な言葉だった。
ロバート、お前の企みには、アランは引っかからないで。
ダニーは嬉しくなった。
メニューから北京料理コースを選び、アランがドンペリニオンをオーダーした。
コースはフカヒレスープに始まり、メインのペキンダックが売りで人気がある。
皮を食べ終わった鴨肉をソテーしてくれるのもうれしいサービスだ。
「今年は、いろいろあったな」
「そやね。俺のわがまま聞いてくれて、アラン、ありがとう」
「いいんだよ。あのまま一緒に暮らしていたら、早く別れていただろうからね。お前も限界だったろう」
「俺、誰かと住むって出来へんのかも」
「ああ、お前はどこまでいっても一匹狼だ。それは生涯変わらないだろう。
最初は、お前を手なずけようと画策していたが、そんな私が甘かった」
「・・」
図星を指されて、ダニーは思わず絶句した。
と同時にアランと会話する時の緊張感を懐かしく思い出してもいた。
「大晦日はパーティーするんか?」
「ああ、ビルとトムから非難ごうごうのメッセージを受け取ったよ。
またいつもの連中でやるだろう」
「そか」
「お前も、もし良ければこないか?その・・ジョージと一緒に・・」
「え?」
「お前が屈託なく笑う顔が見たいんだ。返事は後日でいいからね」
アランの砂色の瞳を覗き込んでも、ダニーには本心が見えなかった。
ダニーは大晦日のパーティーの件をジョージに言いあぐねていた。
ジョージの事だから、周囲に話を合わせ、如才なく振舞うだろう。
しかし、それはジョージ・オルセンのパブリック・イメージを演じているに過ぎない。
裏表があるのではなく、自然とそういう立ち振る舞いになってしまうのがジョージなのだ。
そんな気を使わせるのが、申し訳なかった。
ダニーがデスクでぼうっと考え事をしていると、マーティンが話しかけてきた。
「ねぇ、ダニー」
「ん、何や?」
「大晦日のアランのとこのパーティーなんだけど・・・」
「お前にも話が行ったか?」
「うん、トムから電話でね」
「お前、どないする?」
「大晦日に一人で家にいて、ピザ片手にカウントダウンの中継見るのは、わびしいなって思う」
「かといってタイムズ・スクウェアには行きたくないしな」
「人ごみは嫌いだもんね」
「じゃあ、出よか?」
「ねぇ、ジョージも一緒なんだよね?」
「・・あぁ、誘われてる」
「そうだよね・・でも一人の大晦日は余計に寂しくなるから、やっぱり行く」
マーティンは決心の顔をした。
仕事帰りにマーティンを誘って、ブルー・バーに出かけた。
今日はエリックは休みらしい。
別のバーテンダーが会釈する。
二人は奥のブルーのスツールに腰かけ、メイカーズ・マークのオンザロックをオーダーした。
エリックがいないので、サービスのおつまみがなかった。
マーティンは、バッファロー・ウィングもオーダーした。
「ダニーさ、僕が休みの間、単独捜査やったんだって?」
「誰から聞いた?」
「サマンサから。何でそんな危険なことするんだよ!」
「人の命がかかってたから・・」
「ダニーらしいね。でも、もう無鉄砲はやめてよね。相棒がいなくなったら、僕どうにかなっちゃうよ」
「そやな、ごめん。気いつけるわ」
「本気だからね!」
マーティンはじっとダニーを見つけてから、ウィスキーをあおった。
「ごめんついでに、今日は晩飯おごるわ」
「じゃ、回転寿司に行きたい」
「よっしゃ!すんません。チェック!」
二人は、ソーホーに移動して、回転寿司屋に入った。
マーティンは飲み物を頼む前から、ベルト・コンベアに目が釘付けだ。
ダニーは冷酒を頼み、マーティンが皿を取っていくのを眺める。
ぶり、かんぱち、中トロ、サーモンと食べ始め、
「ダニー、あれなんだろ?」と手を止めた。
「なんや、脳みそみたいやな。気持ち悪いわ」
ウェイターにマーティンは話しかけている。
「タラの精巣だって。シラコっていうらしいよ」
「うはー、俺だめや。お前食べ」
「うん、食べてみるね」
マーティンはためらいなく、シラコの軍艦を口に入れた。
「なんだかまろやかなクリーム食べてるみたい。全然生臭くないよ」
「俺はやめとく」
「恐がりダニー!」
マーティンは勝ち誇ったように、もう一貫を口に入れた。
2人で35枚、皿を積み上げた。
「お前、ほんまによう食うな!」
「寿司は大好きだからね」
23皿を空にしたマーティンは満足げだった。
店を出て、ダニーは地下鉄の駅に向かおうとした。
するとマーティンが腕を掴んだ。
「何?寒いから早う地下に潜ろ」
「ねぇ、今日、家に寄らない?」
ダニーは心を鬼にした。
このままマーティンのベッドでぬくぬくと過ごすのは、簡単なことだ。
でもそれでいいのか?
「ごめん、今日、俺、兄貴の奥さんに電話しなきゃならんのや」
「そうなんだ。ファミリー・ビジネスじゃしょうがないね、また明日ね!」
「あぁ、気をつけて帰れよ」
「大丈夫!」
ダニーはマーティンにすまないと思いながら、地下鉄の階段を下りた。
ダニーはアパートに着くと、すぐさまジョージに電話をかけた。
「ふぁい、オルセン・・」
「ごめん、起こしたか?」
「あ、ダニー?いいんだよ、転寝だから。今日もお疲れ様」
「おう、あのな・・お前さ、大晦日、予定たててる?」
「あ、それ、僕もダニーに聞こうと思ってたの。
トレバーさんから電話があって、アランのパーティーがあるから来るようにって言われた」
「そか、それでお前どないする?」
「ダニーは?誘われたんでしょ?」
「・・ああ」
「じゃあ行こうよ!タイムズ・スクウェアから少しでも離れたところにいたいし、
レストランはろくなところしか空いてないから」
「お前がそれでええなら、俺もOKや」
「うん、分かった。トレバーさんは僕をダニーの次の次に認めてくれた人だから、お礼言いたくて」
ダニーはほっとした。
ジョージなりの社交生活があるのだ。
今回はうまくクロスした。
大晦日になり、ビューローもすっかり休み気分になっていた。
ダニーはマーティンと一緒にタクシーを拾い、
迂回してもらいながらアッパーウェストサイドに着いた。
合鍵はまだ持っているが、ダニーはそれをマーティンに見せたくなかった。
セキュリティー・ブザーを押す。
「はい、ショアですが」
「俺、ダニーとマーティン」
開錠する音が聞こえた。
二人がエレベータを上がっていくと、ケンがアランの部屋の前でドアマンをしていた。
「よぅ、ケン!元気か?」
「うん、昇給もしたし、すごく元気だよ!」
「ケン、ドアマンしてるの?」
マーティンが尋ねた。
「ううん、ジョージを待ってるの」
「はぁ?」
ダニーが素っ頓狂な声を上げた。
「だって、ドアで挨拶だとハグできるでしょ」
にやっと笑ってケンはまたエレベータの方を向いた。
アランが中で出迎えてくれた。
シャンパングラスをすぐに渡される。
「今年はフレンチ・ベトナミーズのケータリングを頼んだよ」
「へえー、変わってて美味そうやな」
「まぁ楽しんでくれ」
リビングの家具が綺麗に片付けられ、ソファーがあちらこちらに置いてあった。
トムはギルと話をしている。
ジュリアンがダニーのそばに来た。
「今日はジョージは?」
「来るけど・・」
「またインタビューしたくてさ、君から頼んでくれないか?」
「そやかて、俺、あいつのマネージャーやあらへんし」
「それ以上の存在だから、頼んでるんだよ、な、よろしく!」
ジュリアンは目下ご執心のアシスタント、デイヴィッドの方へ戻っていった。
「ダニー、僕お腹すいたよ」
「じゃ、料理取ろう」
コールド・プレートには、エビの生春巻きや、ツナのタルタル、バンバンチーやソムタムが並び、
ホット・プレートには、数種類の焼売や餃子、シーフードのパッタイ、牛肉とレタスの炒飯、
グリーンカレーのココナツスープとジャスミンライスが並んでいた。
マーティンはアランに店のことを聞いていた。
「チェルシーのサパってお店だって」
「へぇ、まじ美味いな」
ダニーは生春巻きをお代わりして、シャンパンを飲んだ。
玄関が騒々しくなっている。
ケンがジョージを連れて中に入ってきた。
その後でビル・トレバーがやってくる。
ジョージがビルに挨拶を始めたので、やっとケンが離れた。
「ほらな、お前には脈はないんやて」
「ふん!いつかはアジアン・ガイの良さを認めさせるよ」
ケンはグラスを持って、トムとギルの中に入っていった。
アランは完全にホスト役に回っている。
ジョージがやっとダニーのそばに来た。
「マーティン、ダニー、こんばんは!マーティン、アレックスの面倒見てくれてありがとう。
すごく彼は頼りにしてるみたい」
「そう?僕で役立つなら、いつでも連絡くれていいって言っておいて」
「わかりました、ねぇ、ダニー、今日の料理って珍しいね」
「フレンチがかったベトナム料理らしいで」
「野菜がたっぷりで助かるな」
ジョージは皿に冷菜を乗せ始めた。
外が騒がしくなってきた。
花火が上がる音が聞こえる。
アランは大画面にタイムズ・スクウェアの中継を映し出した。
毎年75万人が集まる、大きなお祭り騒ぎだ。
ビルがダニーの腕を取って、耳元で囁いた。
「ダニー、あの子を紹介してくれてありがとう。
あたしのコレクションも生き返ったわ」
「それは、あいつの才能やから」
「だけど、いつも自信なさげなのよ。とにかく支えてやってちょうだい」
「了解!」
カウントダウンが始まった。10、9、・・・・1!
2008年の始まりだ。
ダニーはあえて誰ともキスをせず、画面に見入るふりをした。
ダニーは、ソファーで目を覚ました。
んー、ここどこや?
隣りに誰かが身を寄せるように寝ている。
マーティンだった。
天井のシャンデリアで、アランのリビングルームだと、ぼんやりした頭がやっと識別する。
ジョージは?
ダニーはマーティンを起こさないように、そっと起き上がると、ジョージを探した。
ゲストベッドルームには、ケンとギルが仲良く眠っている。
メインベッドルームをあけると、ジョージの左腕がブランケットから出ているのが見えた。
まさか、アランと?
確かに、アランがジョージの傍らで眠っていた。
しかし、パジャマをきっちり着ている。
「ジョージ、おい、ジョージ」
ダニーは耳元で囁きながら、体を揺り動かした。
「んー、ダニー?あれ、僕、何でここに寝てるの?」
「ちょっと、こっち来い」
ジョージは目をこすりながらリビングルームに出てきた。
「お前、何があったか覚えてる?」
「ううん、今回はKOだった。シャンパン飲んでた記憶だけある」
「じゃ、何もわからんわな」
「ごめんなさい・・」
「ええんや、俺も油断してたから」
「ねぇ、みんなに朝食作らない?」
「そやなぁ、そうしよか?」
ダニーは悪びれないジョージの態度に、一安心して、気持ちを入れ替えた。
二人は、キッチンに入って、冷蔵庫やパンバスケットをかき回した。
幸い、12名くらい分の朝食は悠々作れそうだ。
「昨日のサラダもあるし、エッグ・ベネディクトでいいんじゃない?」
「そやな、そうしよか?」
二人がキッチンで立っていると、アランが起きてきた。
「やぁ、お二人さん、お早う」
「アラン、おはようさん。昨日は最高のパーティーやったで」
「ありがとう。私はビルに迫られて悪夢を見たよ」
アランは笑いながら、オレンジジュースを飲んだ。
「みんなの分の朝食作りますので、待っててください」
ジョージが言うと「わるいな」とアランは出て行った。
次にマーティンが起きてきた。
「ねぇ、ダニー、トム知ってる?」
「ごめんな、会ってへんわ」
「仕事かな?」
「さぁなー。今、朝食作るからまっとき」
「うん、わかった」
ジョージは卵焼きを焼きながら、ダニーに尋ねた。
「いつもこのパーティーってこうなっちゃうの?」
「別にオージー目当てやないで。古くからの友達の集まりや」
「そうなんだー。あ、僕ね、またトレバーさんから仕事もらっちゃった」
「ふぅん、どんな?」
「秋冬のメインモデルになってくれないかって」
「へぇ、すごいな!」
「その代わり、ミラノとパリにも行かないといけないんだよ」
「ええやん、ほんの数週間やろ。行ってき」
「ダニーは、許してくれるの?」
「あぁ、寂しいけど、俺は我慢できるから」
「うーん、アイリスに相談する」
「よっしゃ。じゃ、皆を起こすか!」
ダニーはゲストルームのケンとギル、ソファーで寝ているジュリアンとデイヴィッド、
アランとマーティンを呼んだ。
みな順番でシャワーを浴びてきたらしい。
ほかほか湯気を立てた体が揃った。
コーヒーとオレンジジュースにエッグ・ベネディクトを並べる。
「こういう健康的な食事がいいな」
ギルが言うと「はい、勉強しまーす」とケンがジョージを見ながら頷いた。
マーティンもアランも静かに食べている。
「お口に合いませんか?」
ジョージが不安そうに尋ねた。
アランは目を上げ、「最高のエッグ・ベネディクトだよ」と答えた。
「素材が高級のおかげです」
ジョージはダニーを見つめた。
「そやそや、コーヒーのお代わりあるから、言うてな」
朝ごはんが終わり、三々五々メンバーが去っていった。
ダニーは後片付けに残ると言い、食べすぎたマーティンは家に戻ると宣言した。
アラン、ダニー、ジョージが残され、皆でダイニングを片付けた。
ダニーは、アランがジョージと寝たのかを訝りながら、食器洗い機に皿を並べた。
片付けを終えたダニーとジョージを、アランがジャガーで送ってくれた。
さすがに、二人同じ場所に降りるわけにはいかない。
最初はリバーテラス、次にブルックリンだ。
「アラン、色々気い使ってくれて、ありがとう」
「そんな、いいんだよ。まぁ、パーティーは恒例だから開かなければ、
またブーイングの嵐だったろうしね」
アランは薄く笑った。
ダニーのアパート前に着いた。
「寄ってく?」
「いやあ、止めておこう。お楽しみはすぐでないほうが、喜びが増大するからね」
アランはクラクションを鳴らして去っていった。
部屋に入ると、留守電が点滅していた。
「ダニー、帰りましたか?僕、行ってもいいかな」
ジョージからだった。ダニーは受話器を取り、電話をかけた。
「今、うちに着いた。晩飯食うか?おぅ、ええで。ほな待ってるわ」
ダニーは、グリマルディー・ピッツェリアに電話をかけ、やっとテーブルを8時に確保した。
「ジョージ?予約が8時になった。遅いから、その前にうちに来るか?」
「うん!行く!すぐに行ってもいい?」
「ああ、来いや」
「はい!」
1時間もしないうちに、ジョージはやってきた。紙袋を抱えている。
「それ、何?」
「ランチの代わり。サンドウィッチ買ってきた」
「おーサンキュ。腹もすいてきたとこや。じゃ、コーンポタージュスープでも作るか?」
「うん!」
ダニーはキャンベルのスープを2つ開け、中にブイヨンと卵を足した。
ジョージはダニーのCDラックの中からアリシア・キーズの新譜を探し出し、
プレイヤーに入れた。
「ねぇ、ダニー、僕って歌うまい?」
「ああ、うまい。急にどないした?」
「CD出さないかって話が来てるの」
「へぇーすごいやん!」
「でもね、今っぽいラップやヒップ・ホップって好きじゃないんだよね」
「どんなのならええのん?」
「レイ・チャールズとかスティーヴィー・ワンダー」
「また、すげー大御所出してきたな」
「断ろうかな」
「まぁ、アイリスとよー相談せいや」
「うん、そうする」
二人は、サンドウィッチとスープを平らげた。
「な、これからカラオケ行こか?」
「え、カラオケ?」
「ええやん、お前が本当にレイやスティーヴィーが歌えるか審査したる」
「どきどきするな」
二人は歩いて数ブロック先にあるカラオケ・バーに入った。
まだパーティー気分の客が結構多い。
ジョージはサングラスをかけて、カウンターに腰掛けた。
二人でビールをもらう。
「お客さん、リクエストはこの紙に書いてくれる?」
女性のバーテンダーが紙をくれた。
ダニーはさらさらと書き始めた。
「歌えるやろ?Living for the cityとかGeorgia On My Mindとか」
「大丈夫だと思う。でも、ダニーも歌うんだよ」
「ああ、分かった」
MCが「次はスティーヴィーの名曲です!歌うはジョージ!」と紹介する。
ジョージは照れながら、ステージに上った。
シンコペーションも転調もまったく自然に歌えるジョージはすごかった。
ダニーもサンタナのSmoothとInto The Nightを歌ったが、ジョージほどの拍手は取れなかった。
ジョージは今度は自分でリクエストを書き始めた。
ジョー・コッカーのYou are so beautifulだ。
それをまともにダニーを見据えながら歌う。
ダニーはすっかり照れてしまった。
周囲の客も視線に気が付き、冷やかし始めた。
ジョージ、ダニーはその後も数曲歌い、時間がきたので、レストランに向かうことにした。
「お前、ほんまプロみたいやで」
「本当?でも売れ線の音じゃないよね」
「うーん、難しいところやな」
二人は、グリマルディーでテーブルに落ち着き、メニューを選び始めた。
FBIも仕事始めの日だ。
休日中は笑顔で接客していたスターバックスのルーシーも、今朝はそんな余裕すらなかった。
ダニーは、エッグサンドとカフェラテを買い、デスクで食べ始めた。
マーティンも紙袋を持って出勤してきた。
出てきたのは特大のチーズバーガーだ。
ダニーが思わずくすりと笑うと、マーティンは恥ずかしそうな顔を一瞬して、PCを立ち上げた。
「ボン、新年おめでとさん。相変わらずの食欲やな」
「新年おめでとう、ダニー。仕事始めだから、エネルギー備蓄しなくちゃ」
悪びれたところがない。
「脂肪を備蓄せんようにな」
「うるさいな!」
「ほらほら、二人とも、ミーティングの時間だよ」
ヴィヴィアンに言われて、急いで二人はミーティングデスクに座った。
サマンサが今日は明るいブラウンのカシミアセーターに例のペンダントをつけていた。
ブロンドと相まって、なかなかの女っぷりだ。
ボスがオフィスから出てくる。
「新年おめでとう。初日から何だが、去年の第四4半期の査定表を渡す。
各自、熟読するように。質問があったら、私まで、以上だ」
4人は神妙な顔つきで、ボスからA4の封筒を受け取った。
それぞれ、デスクに戻り、査定表をじっくりと眺める。
はぁーとため息の声をマーティンが発した。
ダニーは、組織犯罪班からの異動依頼が評価され、上々の結果だった。
ランチにマーティンを誘って、いつものカフェに出かける。
座るなり、マーティンがダニーに尋ねた。
「査定よかった?」
「まぁまぁやな。俺、ルール破りいろいろしてるから」
「そうかー。でもその代わり、解決件数も多いじゃない?」
「まぁな、お前は?」
「前と全然変わりなしだよ、これじゃ父さんにしかられる」
「大丈夫やて。お前は俺と違って、ホワイト・カラーなんやから。自信持ち」
「逆に現場経験が豊富なダニーが羨ましいよ」
確かに二人は経歴が正反対のような立場だ。
お互いにそれなりの悩みは尽きない。
「まぁ、ランチ食おう。晩飯一緒に食ってもええで」
「本当?わかった」
二人は、まずブルー・バーで一杯飲んでから、食事をすることにした。
エリックがいつもの笑顔で「いらっしゃいませ」と挨拶した。
「お前、年末どないしたん?」
ダニーが尋ねると、「インフルエンザでした」とさわやかな答えが返ってきた。
「もう、ええのん?」
「ええ、今日から仕事復帰です。メイカーズ・マークですか?」
「うん、オンザロックで」
エリックがカラマリのフライとチーズのピンチョスを持ってきた。
「お、サンキュ」
「ねぇ、ダニー。ダニーと来ると、どうしていつもオードブルが出るの?」
マーティンが尋ねた。
「エリックと同郷で友達やからかな?」
「ふぅん、いいね。同郷の友達って」
「お前にもいるやろ?高校の友達とか・・」
「みんなバラバラだよ」
「そか」
二人は一杯で切り上げて、コリアン・タウンに出かけた。
ハンバットでお通し8種とキムチにカクテキ、プルコギを4人前頼む。
プルコギはマーティンの食欲に合わせたボリュームだ。
ビールを飲みながら、がつがつ肉を焼いて食べるマーティンの姿に、
ダニーは今日、孤独の影を感じていた。
「なぁ、ボン、お前、学校で親友っていてへんかったのか?」
「うーん、僕、自分の事話すの苦手だから。
高校の時はコルビーがいたけど、すぐ卒業しちゃったし、
大学の時は、薄いつきあいばっかりだったよ」
「そっか・・」
「ダニーは?」
「俺はろくでなしやったから、悪友ばっかりや」
「でもダニーはすぐ人と仲良くなれるからいいよね」
「そうでもあらへんで。俺も自分の事話すのへたやし」
「じゃあ似たもの同士だ!」
マーティンは急に嬉しそうな顔になった。
ダニーは携帯のアラームで目を覚ました。
隣りでは、マーティンが半分口を開けながら、すやすや眠っている。
マーティンを起こさないように静かにベッドから起き、
マーティン側のサイドテーブル上の目覚まし時計を確認する。
昨夜、マーティンに剥ぎ取られるように脱ぎ散らかした下着やシャツを身に着け、
ダニーはマーティンのおでこにそっとキスをして、ベッドルームから出た。
まだ朝の5時だ。外は薄明かりでまだ気温が低いだろう。
ダニーはマフラーとコートで厳重に武装して、アパートを出た。
ブルックリン行きの地下鉄はすいている。
今年、一体何度、こんな朝帰りをするのだろう。
上ってくる朝陽を見ながら、ダニーはため息をついた。
アパートに着き、エアコンをすぐにオンにした。
熱いシャワーを浴びて、昨夜の情事の疲れを流そうと試みた。
マーティンの体はいつもダニーより熱く、すぐに溶けるようになじんでくる。
これがこの4年間の関係の深さだ。
自分より恵まれた環境で育ち、学歴も高いWASPのボンボンなのに、
なぜこんなにしっくりくるのか、ダニーは考えていた。
シャワーを終え、ドライヤーで髪を乾かす。
耳のそばに白髪があるのが見えた。
歯磨きと髭剃りを済ませ、じっと白髪を見つめる。
俺ももう若くあらへんのやな。
ドラッグストアで白髪染めを買うのは恥ずかしい。
ダニーはあとでジョージに相談しようと決めた。
新しいスーツに着替え、マンハッタン行きの電車に乗る。
ぎゅーぎゅー詰めの状態で駅で降りる。
スターバックスのルーシーは今日も余裕なく接客していたが、
ダニーが注文すると、ちょっと笑顔を見せた。
オフィスに着くと、先にマーティンが出勤していた。
「やぁ、ダニーおはよう」
「おはようさん、早いな」
「うん、目覚ましが完璧だった」
そういって恥ずかしそうに笑った。
そういう時のマーティンはたまらなく可愛い。
捜査中に時たま現すヴィクターの息子的な傲慢な態度は影を潜め、
一人の後輩捜査官としてひたむきに仕事をする姿が、ダニーは好きだ。
今日は珍しく、マーティンからランチを誘ってきた。
いつものカフェで、今日のスペシャルを注文した。
パスタかピザにサラダがつくセットで、今年から始まったメニューだ。
「ダニー、昨日はありがとう」
「そんなん、ええって」
「僕一人だったら家でビール飲みながらデリバリーのピザかなにか食べてたよ」
「俺もお前からお返しもらったから、チャラや」
マーティンは意味を理解して、顔を真っ赤にした。
「ねぇ、アレックスがさ、食事しようって伝言何度も残してるんだ。いいよね?」
「ああ、ええで。ジョージは知ってるやろか?」
「アレックスが話すって」
「よっしゃ、日にち決まったら教えてくれ」
「うん、そうする」
ダニーが仕事を終えてアパートに戻ると、留守番が点滅していた。
「ダニー、僕です。アレックスがディナー計画してるんだけど、参加できますか?電話待ってます」
ダニーはコートを脱いで、受話器を取った。
「あ、俺や、遅くなってごめんな。ああ、店はまかせる。
日にちも、目下抱えてる事件がないから、融通きくで。じゃあな。
あ、そやそや、お前さ、いい白髪染め知らへんか?
え、美容院で染めてもらう?そんなの恥ずかしくて俺行けへんわ。
ヘアスタイリストに聞いてくれるか?ありがとう、じゃあな」
美容院で白髪染めなど思いもつかなかった。
ダニーは、デリバリーのチャニーズを待ちながら、ビールを飲み始めた。
アレックス企画のディナーの日がやってきた。
気の置けない場所ということで、ビッグ・ママの店をアレックスは指定してきた。
ダニーとマーティンは、タクシーでグラマシーの店まで出かけた。
入り口でビッグ・ママの歓待を受ける。
「新年からようこそ!いい男がそろうと、店も華やかになるねぇ。
さぁ、ママにハグしておくれ」
ダニーとマーティンは、順々にママを抱き締めたが、腹回りの肉で跳ね返された。
ジョージとアレックスが先にテーブルで待っていた。
アレックスは、ことのほか元気そうだった。
体重も薬物依存症になる前に戻っている印象だ。
アレックスは立ち上がると、マーティンを強くハグした。
目を丸くするマーティン。
「ごめんなさい、つい感極まっちゃって・・」
アレックスは手を離すと、席についた。
ビッグ・ママがシャンパンを運んできた。
「今日はお祝いなんだって?ママの店でやってくれるなんて、嬉しいねぇ」
ドン・ペリニオンがシャンパングラスに注がれる。
メニューはおまかせにしたらしく、すぐにブラックアイドピースとなまずのフライが出てきた。
野菜はコラードグリーンのソテーとグリーントマト、次にディープフライドチキンだ。
南部料理の代表選手が顔をそろえたようで、ジョージもアレックスもにこにこしていた。
アレックスはたえずマーティンに向いて話をしている。
マーティンも自然に受け答えしていて、ダニーは驚いた。
二人が急速に仲良くなったのが窺える。
アレックスは根が素直なだけに、マーティンの優しさが心に染みたのだろう。
思慕のまなざしを送っているが、マーティンは気が付いていないようだった。
この、朴念仁が!ダニーはアレックスの気持ちを思うと切なくなった。
シャンパンも3本目になり、メインのシーフード・ガンボとジャンバラヤが運ばれてきた。
ジョージが上手に取り分けるので、何の苦労もない。
4人はビッグ・ママ特製のピーカン・パイまで、見事に食べきった。
アレックスが最後に挨拶する。
「ここにいる皆さんのおかげで、またモデルの道に戻ることが出来ました。
ノードストロームのカタログの仕事が決まったので、今日はそのお返しです」
3人が拍手する。
「えらいな、ノードストロームならええカタログやんか。高級デパートや」
ダニーが褒めると、アレックスが頭をかいて照れた。
「ゆくゆくは、ジョージと同じように、ショーのランウェイを目指します」
「もう絶対、薬はだめだよ」
マーティンが優しく語りかけると、アレックスは目を潤ませた。
「はい、もうしません」
ジョージは終始、従兄弟の回復を喜んで目を細めていた。
食事が終わり、ジョージはアレックスを送ると言って、リムジンで帰っていった。
「ジョージってやっぱりセレブだね」
マーティンがため息交じりにつぶやく。
「ああ、別世界の人間やな」
「ダニーは、それでいいの?」
マーティンに真顔で問いかけられ、ダニーは思わず言葉を失った。
「あいつの中身は変わらへんから」
「そうなんだ・・」
マーティンは、ダニーの手を取り、
「ジョージとの付き合いにくたびれたら、そう言ってね。僕はいつもダニーのそばにいるから」と
一言一言はっきりと発言した。
ダニーは冗談で返すしかない。
「お前はいつも俺のそばにいてるやんか」
「それは、そうだけど・・」
「さぁ、もう一杯飲みに行こ」
「ブルー・バー?」
「そやな、ええやろ?」
「うん、行く」
二人はタクシーを拾い、ミッドタウンに上がっていった。
「そんで、お前の家に泊まるわ」
「え、いいの?」
「ああ、もう週末やし、ゆっくりしよ」
「大賛成だ!」
マーティンの機嫌が急によくなったのに、ダニーは驚いた。
これほど思われているのに、他の男とも付き合っている自分が欲深い気がして、
マーティンの手を握りながら、考え込んだ。
ダニーがアパートに帰るとマーティンが待っていた。
「おかえり。遅かったね」
「ああ、モンキーバーに寄ってちょっと飲んだからな」
ダニーは手を洗ってマーティンの隣に座った。
「お前、メシは?」
「ん、さっきピザ屋に電話した。90分待ちだってさ。だから待ってるとこ」
「90分も?遅いわ、そんなに待たれへん。オレが何か作ったろ。キャンセルしとき」
「待ってて、僕も手伝うから」
キャンセルの電話をしたマーティンは、やけに嬉しそうにまとわりついた。
ダニーがキッチンに立つとマーティンが背中にぴとっとくっついた。
邪魔だから離れろと言っても嫌だと言い張る。ダニーはあきらめて手を軽く重ねた。
「しゃあないなぁ、ナイフ使うてる間は手出したらあかんで。指落としても知らんからな」
「ん、わかった。しまっとく」
マーティンはそう言うとダニーのパンツに手を入れてペニスを握った。
「いきなり何すんねん!」
驚いたダニーはマーティンの腕を掴んだ。
「手をしまったんだよ」
マーティンがやんちゃな顔で得意そうに言うのでつい笑ってしまう。
「あほ」
「持ってていい?」
「まあ持つだけなら許したろ。お前はほんま甘えたやな」
ダニーはマーティンの髪をくしゃっとして小さく笑った。
多めに作ったはずのペッパーシンケンのバゲットサンドとパプリカのマリネはあっというまになくなった。
「ごちそうさま。すっごくおいしかった」
ダニーは満足そうなマーティンの腰を後ろから抱いた。
ハイネケンのボトルを倒しそうになったマーティンが慌てるのも気にせず、子どもじみた柔らかな頬にキスをする。
「こぼれるよ」
驚いたようにマーティンが顔を上げた。
「ああ、すまんすまん」
ダニーは謝ったがキスはやめない。ネクタイをほどくと体を入れ替えてソファに押し倒した。
「セックスするの?」
「したくないんか?」
「したいけどさ・・・」
マーティンはダニーの下でもぞもぞと体を動かした。
「けど?」
「ここじゃ嫌だ」
「そやな」
ダニーはマーティンの手を引っ張って立たせ、ベッドルームに連れて行った。
ベッドに入ると二人は抱き合ってキスをした。軽いキスがすぐに本気になり、服を脱ぐのももどかしい。
ダニーは耳を愛撫しながら勃起したペニスをマーティンの内腿に擦りつけた。
くすぐったがるマーティンだったが、肌が触れるだけで自分もすぐに硬くなる。
ダニーは両手を抑えつけて体中を舐めまわし、反応を見てにんまりしながら唇を押し当てた。
「や・・・やだよ・・・っ!そこはだめ!」
「すごいドキドキしてるな」
マーティンの欲情した切ない吐息を聞くとダニーはどうしようもないぐらい感じてしまう。
すぐにでも挿入したい気持ちを抑えながら愛撫を続けると、マーティンは頬を上気させて喘いだ。
息遣いがせわしなくなり、悶えながらダニーの腕を必死に掴む。
足を抱えあげて内腿の間に舌を這わせるとつま先がひくつくのが目に入り、ダニーは我慢できずに挿入した。
挿入はしたものの、ペニスがなじむまでいつものようにじっとしていた。やさしくキスをしておでこをくっつける。
「ダニー、動いて。もう平気」
ダニーはマーティンに言われるままゆっくりと動いた。
マーティンのひくついたアナルはペニスを包み込んで締めつけ、動くたびに甘美な刺激がダニーを虜にする。
抑えようとしても快感を求めてついがっつくように腰を振ってしまう。
「くっ!オレ出るっ!うっ・・・んっ!」
ダニーのペニスは射精しながらひくひくと何度も脈動した。いつもより射精時間が長い気がする。
「ダニーのが中でひくついてる」
「ごめんな、我慢できんかった」
ダニーは荒い息を吐きながらマーティンを抱きしめた。
「どうしてほしい?」
やがて呼吸が落ち着いたダニーはマーティンの耳元でささやいた。
「いい、じっとしてて」
マーティンは体を反転させると騎乗位になった。
上からダニーを見下ろしながら、まだ硬さを維持したペニスに自分で腰を擦りつける。
「んっ!あっああっ!」
マーティンの端正な顔が快感に歪んだ。ダニーの目を見つめたまま何度も上下して喘ぐ。
ダニーは時々マーティンの貪欲さに驚かされる。そしてまた好きになってしまう。
「んんっ!もうだめ、出ちゃう!」
マーティンの動きが早くなった。ダニーはマーティンの腰を掴むと下からも突き上げる。
一瞬硬直したあとで、生温かい精液が腹に飛んだ。
倒れこんできたマーティンを抱きしめ、ダニーは首筋に唇をおしつけたまま背中をなで続けた。
「ブルー・バー」の奥のスツールに腰掛け、ダニーとマーティンは、テキーラを飲んでいた。
今日はエリックの休みの日らしく、マーティンはオニオンリングを頼んだ。
「なぁ、お前んち、明日の朝、食うもんあるか?」
ダニーが尋ねると「うーんとね、冷凍のピザ位」としゃあしゃあとマーティンは答えた。
「そんなんじゃ朝飯にならへんやろ。ディーン&デルーカに寄ろ」
二人は一杯で切り上げ、閉店真近の「ディーン&デルーカ」に寄った。
やっとの思いで、最後のバゲットと、生ハムにチェダーチーズ、ベビーリーフサラダをゲットする。
「卵は?ミルクは?オレンジジュースは?」
「・・・ない」
ダニーは呆れた顔をして、次々にカートの中に入れた。
タクシーで、アッパーイーストサイドに上る。
ドアマンのジョンが相変わらず愛想よく迎え入れてくれる。
「新年おめでと、ジョン」
「おめでとうございます。テイラー様」
二人は、ジョンに手を振ってエレベータに乗り込んだ。
アパートに入り、コートかけに二人のコートを並べてかける。
ダニーは早速、食材を冷蔵庫やバスケットにしまった。
「ごめんね、僕、何も出来なくて」
マーティンが怒られた子犬のような顔でしょんぼりする。
「お前、前にパンケーキ焼いてくれたやん。俺、忘れてないで」
「本当に覚えてるんだ?」
「でも俺がいる時にはキッチンは任し」
「そうだよね、賢明だ」
マーティンが自分のジャージの上下を出してくれる。
ダニーはTシャツとトランクスを残して、上下を着替えた。
マーティンの上半身の筋肉が発達しているせいで、いつも上はぶかぶかだった。
「俺もお前んとこに洋服置こうかな」
「え?本当に?」
「その・・お前さえ良ければやけど」
「もちろんだよ!クロゼット開けとくね」
マーティンは心から喜んでいる風だった。
二人はシャンパンとテキーラのチャンポンでかなり酔っていた。
「もう、このまま寝るか」
「え?ホッケーの試合見ない?」
「お前、一人で見たいならええよ。俺、眠たいねん」
ダニーはベッドルームに消えてしまった。
マーティンはしばらく録画したNYとコロラドの試合を見ていたが、寂しくなったので、
TVを消してベッドの中に入った。
すでにダニーはいびきをかいて寝入っている。
マーティンはつんつんとダニーの体を突いてみたが、微動だにしないので諦めて、目をつむった。
朝、ダニーは衝撃で目を覚ました。
どうやら隣りのマーティンに蹴飛ばされたらしい。
こいつ、ほんまに寝相悪いんやから。
時計を見ると10時だ。
ダニーはのろのろ起き出し、シャワー、歯磨きを済ませて、キッチンに向かった。
スクランブルド・エッグとリーフのバゲットサンドに、生ハムとチーズのバゲットサンドを作った。
その間に、コーヒーメイカーをセットして、新聞を取りに行き、読み始めた。
冷蔵庫をあさったがロクなものがない。
ダニーはマーティンを連れて、ショッピングに出かけようと決めた。
マーティンが起きてきて、ダニーの朝食に喜んだ。
「お前がジャンクに手を出さんように、作りおきしたるわ」
「本当?ありがと、ダニー!」
「お前も買い物に来い」
「はい、ボス!」
二人はホールセール・マートに出かけ、しこたま食材を買い込んだ。
ダニーは手際よく、ムサカやラザニア、グラタンの類を作っては、冷凍庫に閉まった。
「すごい!2種類のソースなのに、違う料理が3つもできるんだ!」
マーティンは魔法でも見ているかのように感心していた。
ダニーも鼻が高い。
「ねぇ、僕の買い物にも付き合ってくれる?」
マーティンが急に言い出した。
「うん?どこや?」
「ソーホー。日本の雑貨ストアがオープンしたんだって」
「へぇ、おもろそうやん」
二人は、地下鉄でソーホーまで降りた。
店には「MUJI」という看板がかかっている。
マーティンは、喜び勇んで、ラインマーカー6色やらカラフルなポストイットを買い込んだ。
ダニーもつられて、オフィスデポでは見たことのない色のマーカーを3色買った。
「これがあると、仕事するのに便利だよね」
マーティンはご満悦だった。
確かにマーティンが調査した書類は、カラフルなマーカーに彩られている。
「そや、このままどっかに食いに行かへんか?」
「6時か。ちょうどいいね」
「じゃあ、お前のおごりな」
「いいよ!」
マーティンは考えがあるらしく、グリニッジ・ヴィレッジに歩き出した。
「ここ、どう思う?」
レストランの名前は「キューバ」。中からギターの生演奏が聞こえてくる。
「最高やん!入ろ」
二人は、ドアを開けた。
「キューバ」で思う存分、ふるさとの料理を食べたダニーは満足していた。
前菜は、チキンのコロッケとスペイン風のソーセージのソテー、
黒豆スープを間にはさんで、ポークチョップのモジョスパイス焼きにサーロインステーキのチムチェリソース、
黒豆とライスのピラフで、すっかり胃袋が満たされた。
祖父母がたった10ドルのアメリカ紙幣を手に、幼い父を連れてキューバから亡命してきてから、50年も経っていない。
ダニーの心の中には、まだ見ぬ故郷への望郷の念がいつもあった。
マーティンはそこまで深くは理解していないだろうが、キューバ料理のレストランを見つけてくれたのに、
ダニーは心から感謝した。
エリックといつか来たろ。あいつも喜ぶやろな。
ダニーは同じキューバ系のエリックを思った。
ダニーとマーティンは、モヒートの酔いも手伝って、上機嫌でアッパーイーストサイドに戻った。
「ダニー、お風呂入ろうよ」
「そやなー、今日は入ろか?」
「じゃ、お湯張ってくる!」
マーティンが嬉しそうにバスルームに消えた。
するとダニーの携帯が震えた。ジョージだ。
「もしもし、ジョージか、どないした?」
「ダニー、家に帰ってないの?」
「あー、あの後な、マーティンが酔っ払ったからアパートに送って泊まった」
「・・・そうなんだ。今どこ?」
「まだマーティンのアパートや」
「ふうん、仲良しだね」
「仕事の話とかいろいろあってな」
「今晩、帰る?」
「当たり前や、明日月曜日やもん」
「少し会いたいよ」
「もう遅いやん。ゆっくり会おうや」
「・・分かった。おやすみ」
ガチャっと乱暴に切られた。
気が付くとマーティンが立ち尽くしていた。
「お前、聞いてた?」
「ううん、聞いてないよ。お風呂入ったからね。僕、先に入るね」
「一緒に入ろ」
「ダニーがそう言うなら、一緒でいいよ」
バスタブの中でマーティンは背中を向けて座っていた。
ダニーは後ろから重なるように座り、首筋に舌を這わせた。
「ダニー、やめてよ、気分じゃないんだ」
マーティンはスポンジにバスジェルを出すとごしごし体を洗い始めた。
「はい、ダニーも汗流すといいよ」
スポンジを渡すと、マーティンはさっさとシャワーブースに移動してしまった。
ダニーは気まずい思いのまま、スポンジで体をこすり、バスタブの中で泡を洗い流した。
バスローブを着て、ミネラルウォーターをがぶ飲みしているマーティン。
ダニーを見ようともしない。
「マーティン、俺、帰るわ」
「その方がいいね」
「ごめんな」
「いいんだよ。また明日ね」
「ああ、明日な」
ダニーは、Yシャツにスーツを着て、コートを引っ掛けた。
「それじゃ、帰るで」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ、マーティン」
ダニーは静かにアパートのドアを閉めた。
ダニーはアパートに戻り、携帯を手にしては、テーブルに置く動作を繰り返していた。
ジョージもマーティンも傷つけてしまった。
自分が優柔不断なせいの最悪の結果だ。
しかし、ジョージに電話で話せたとしても、弁解の余地はない。
留守電に5回もジョージの伝言が残っているのだから。
マーティンにしても、あの会話を聞かれた上では、全てがとりつくろいのウソに聞こえる。
ダニーは普段着に着替えて思わず外に出た。
マンハッタンまで行く元気はない。
近くの場末のパブに寄りこみ、テキーラをオーダーした。
安物のパフュームとたばこの匂いで、むせかえりそうだ。
赤毛の娼婦が隣りに座った。
「ねぇ、一杯おごってくれる?」
「すまないな、俺、ゲイやから」
娼婦は蔑んだような目をくれると、店の奥に去っていった。
「あんた、人生最後の日みたいな顔してるけど」
バーテンダーが話しかけてきた。
「あぁ、大切な親友を二人同時になくした日や。記念すべき日やろ?」
ダニーが自虐的な笑いを浮かべる。
「相手は男だろ?どうにかなるさ。店からのおごりだ」
テキーラのショットがカウンターに置かれた。
「すまないな」
「いいって」
ダニーは、テキーラを5杯ほど飲んで、アパートに戻った。
着替えるのも面倒くさい。
そのまま、ベッドにダイビングして眠りについた。
朝、起きると、なぜかパジャマ姿になっていた。
俺、酔っ払って着替えたの忘れたか?
リビングに行くと、キッチンからコーヒーの香りがする。
??
ダニーはキッチンに入った。
「あ、おはようー、ダニー。来ちゃった」
ジョージがエプロン姿で立っていた。
「お前・・」
「飲みすぎみたいだね。食欲ないでしょ。オフィスで食べる用にサンドウィッチ作ってるから」
「・・ありがと」
「シャワーしてきなよ」
「ああ」
ダニーは、シャワー、髭剃り、歯磨きを終えて、スーツに着替えた。
ダイニングに行くと、マグにコーヒーが入っていた。
オレンジジュースも置いてある。
「ジョージ、ありがとな。俺・・・」
「いいってば。何も言わないで。その代わり、今晩は僕と食事だからね」
「わかった・・」
「それじゃ、僕も仕事だから、もう行くね。サンドウィッチ、口に合うといいな」
そう言ってジョージは帰っていった。
ダニーは、ジップロックに入ったサンドウィッチをソフトアタッシュに入れて、アパートを出た。
オフィスに着くと、すでにマーティンが仕事を始めていた。
「ボン、お早う」
「おはよう、ダニー」
取り付く島がない。
仕方がないとダニーはスタバのカフェラテとジョージのサンドウィッチで朝食を始めた。
サンドウィッチはツナサンドだったが、今日はやけにマスタードが効いている。
これもペナルティーか。
ダニーはそう思いながら、朝食を終えた。
ダニーはブルー・バーでジョージと待ち合わせをしていた。
奥のスツールでエリックに相手をしてもらいながら、時間をつぶす。
「今日はおつまみええからな」
「そうですか?」
「これから夕飯やから」
「分かりました」
ドライ・マティーニを2杯飲んだところで、ジョージが飛び込んできた。
「ごめんなさい、待たせたよね」
「そんなことあらへんよ」
「今日はどこへ行く?」
「お前の好きなとこ選び」
「わ、考えてなかった・・・この前行った、ハーレムのタイ料理がいいや。ダニーはそれでもいい?」
「もちろんや、ほな行こか?」
ダニーはエリックにチェックを頼んで外へ出た。
気温は摂氏3度もないだろう。寒い晩だ。
タクシーをつかまえて、ハーレムまで上ってもらう。
「ライム・リーフ」は週末でもないのに、満席だった。
少し待たされて、テーブルに案内してもらう。
「ここの料理っていかにもタイでいいよね」
「そか、タイ通のお前が言うならそうなんやろな」
「選んでいい?」
ダニーはジョージにメニューを渡した。
チキン・サテーと魚のすり身のレモングラス焼きに、牛肉サラダとパッタイ、
グリーンカレーとジャスミンライスをオーダーする。
まずはチャーン・ビールで乾杯をし、シャルドネを頼んだ。
「なぁ、お前さ・・」
ダニーが週末のことを話そうとすると、ジョージがさえぎった。
「ねぇ、今日のサンドウィッチ美味しかった?」
「あ?あぁ、辛くて美味かったで」
「ふふふ、ごめんね。でも、それでおしまい。もうダニーは何も言わなくていいよ」
「それで、ええのんか?」
「だって、僕がダニーを好きになったんだもん。色々な難関を潜り抜けなきゃ、勝者の喜びはないよ。
陸上のレースとおんなじ。さ、食べよう!」
ジョージがサテーと魚のすり身をダニーの皿に乗っけた。
食事が終わり、二人は店の前で顔を見合わせた。
「今日さ・・」
「お前んとこ行ってもええか?」
ジョージの顔が輝いた。
「それを待ってた!タクシー!!」
二人はリバーテラスにつくと、もつれるようにエレベータに乗った。
防犯カメラなど関係ない。ジョージはダニーの唇をむさぼった。
「はぁーっ、息できへん」
「早くベッドに行きたい」
その晩のジョージは、まるで別人のようだった。
ダニーをベッドに張りつけにし、自由を封じ込めると、
ローションを塗布した巨大なペニスで、何度も何度もダニーを突き上げた。
「あぁっ、あ、お前・・」
突き上げられるたびに、勃起したダニーのペニスも跳ね上がる。
ジョージの引き締まった腹部とこすれて、さらにペニスがうずいた。
「ジョージ・・俺、も、もぅ、だめ」
ダニーは体を震わせて、ジョージの腹に生温かい精液を吐き出した。
ジョージは嬉しそうな顔をすると、ダニーの唇を噛みながら、さらに律動を繰り返した。
自分の血の味がダニーの口の中に広がる。
「あぁー、んっ!」
ジョージが吼え、ダニーの体の中のペニスが別の生き物のように何度も息をする。
どくどくと温かい精液がダニーの中に注入され、やがて太股に流れ出てきた。
ジョージは、ばたっとダニーの体の上に体重を乗せた。
「ダニー、大好きだ。僕のこと、もっと好きになって」
ダニーはただ、ジョージの背中に腕を回し、ぎゅっと体を抱き締めた。
ダニーは歯を磨きながら、唇の傷に触った。
明日もまだ残るやろな。
ジョージがバスルームをノックする音が聞こえた。
「開けていい?」
「ああ」
「これ、唇につけて」
ジョージがすまなそうな顔で、ワセリンの瓶を持ってきた。
「ありがとな」
「僕が悪いんだ。今度はダニーが噛み付いてね」
「あほ!お前の体は保険つきやろ?」
ワセリンを受け取り、ダニーは綿棒で、傷にこすりつけた。
ジョージが用意したおそろいのシルクのパジャマで、ベッドに入る。
ジョージがそろりと隣りに滑り込んだ。
体中からジンジャーのいい香りがする。
「この匂い、何?」
ダニーが尋ねた。
「あ、ごめんなさい。気になる?ボディー・ローション。明日、撮影があるから」
「気にならへんよ。ええ匂いやもん。おやすみ」
「おやすみなさい、ダニー」
翌朝、ジョージお手製サンドを手にオフィスに出勤すると、すぐにサマンサに見つかった。
「やだー、ダニーったら、お盛んなことで!今度からは見えないところにしてよ」
マーティンがちょっと顔を上げてダニーを見たが、すぐにPCに目を落とした。
マーティンとの仲直りはどうしたものか。
ダニーは、ジップロックからサンドウィッチを出しながら、考え始めた。
すぐにいい案が浮かぶわけでもなく、適量のマスタードが塗られたチキンサンドを食べ終えた。
ランチになり、ダニーは無表情のマーティンを伴っていつものカフェに出かけた。
「なぁ、マーティー、俺たち相棒やろ?このままじゃ、仕事に支障が出る。いい加減に機嫌直してくれや」
わざとマーティーと愛称で呼び、何とか頑ななマーティンの心を開かせようとした。
「僕は相棒だから仲直り?じゃ、ジョージとはどうやって仲直りしたのさ」
「・・・」
「ほら、今のダニーには、ジョージの方が大切なんだよね!」
「そんなんやない。お前が大切や」
「もう聞き飽きたよ」
マーティンはウェイトレスが運んできたペンネ・アラビアータをがつがつ食べ始めた。
ダニーも仕方なくボンゴレ・ビアンコを口に運んだ。
オフィスに戻ると、険しい顔のヴィヴィアンが二人を呼びつけた。
「ヴィヴ、何?」
「あんたたちねぇ、だまってても、職場の空気が変わるから分かるのよ。
仕事に問題が起こらないうちに、仲直りしなさい。ボスに知られると査定に響くよ」
二人は顔を見合わせた。マーティンがげんこを突き出した。
ダニーも突き出し、手を合わせた。
ヴィヴィアンはやっと微笑んで、「それでよし」と言って席についた。
「なぁ、俺たち・・」
「いいよ、ダニーの好きなようにしなよ」
「お前・・」
「もう4年の付き合いだもん。これから先がどんなに長いかわからないけど、多分ダニーは変わらないよ。
だから僕も変わらない。ダニーはポーターハウスが好きなんだ。一方がフィレでもう一方がロース」
「・・・ごめんな」
「ご馳走様。チェックお願いします」
マーティンは、係りのウェイターに声をかけた。
失礼いたしました。ひとつレスを抜かしました。
「なぁ、ボン、今夜、食事でもせいへん?」
「いいね。ダニーのおごりだよ」
「ああ、了解」
マーティンのリクエストで、トライベッカの「ウルフガング・ステーキハウス」に出かけた。
オイスター1ダースを前菜にして、二人はポーターハウスを平らげた。
ワインはアルゼンチンのカベルネ・ソーヴィニオンが当たりで、マーティンがワイナリーの名前をメモしていた。
ダニーは冴えない気持ちのまま、ブルックリンに戻った。
家にまっすぐ帰る気持ちがなえて、この前寄ったパブに足が向く。
カウンターに座り込み、ウィスキーを頼む。
「また、あんたか。今日はどうした?地球滅亡か?」
同じウェイターが話しかけてきた。
「そんなところや」
「まぁ、飲みなよ、明日はいいことあるって。俺はアル。あんたは?」
「ダニー」
「よろしく」
アルが差し出した手をダニーはぎゅっと握った。
ダニーは出されたウィスキーの味のふくよかさに思わず唸った。
「アル、これなんて銘柄?」
「グレンリヴェット、俺様の祖国アイルランドのシングルモルトさ」
アルは自分が蒸留所のオーナーであるかのように自慢げな顔をした。
「もうバーボンなんか飲めないだろ?」
「確かに違うわ」
「そんなあんたが気に入ったよ、ダニー。俺のおごりだ」
お代わりがすぐに出てきた。
ダニーはアルとしばらく話をして、パブを後にした。
それでも、ダニーを見つめたマーティンの鋭い青の瞳が焼きついて離れない。
もう、最悪や、俺。
ダニーは、アパートにつくと、ぱっぱとパジャマに着替えて、ベッドに入った。
目覚ましが二日酔いの頭の中で教会の鐘のように鳴り響いた。
のろのろとシャワーを浴びて、朝の支度をしたダニーは、マンハッタン行きの電車に乗った。
マーティンが着替えをしていると携帯が震えた。
ダニー?
答えはドムだった。
「新年おめでとう、ドム」
「マーティン、元気?」
「ああ、いつもの通りだよ」
「突然でごめんね。でも今晩会えないかなと思って・・」
「もちろん、OKだよ。どっか美味しいレストランに行こうよ」
「ありがとう!それじゃ、また電話していい?」
「うん、メールのほうがいいかも」
「わかった。それじゃ、あとでね」
ドムは相変わらず若々しいエネルギッシュな声だった。
それに比べて自分の体たらくは何なんだ。
ドムと一騒ぎして、ダニーのことなんか忘れてしまえ!
マーティンは、バックパックをかついで、アパートを出た。
仕事中、ダニーとマーティンはほとんど言葉を交わさなかった。
唯一、マーティンがドムからの電話に嬉しそうに出た瞬間、
ダニーはマーティンをじっと見つめた位だ。
マーティンは、定時に仕事を終えると、そそくさとオフィスを去った。
ブルー・バーだとダニーと会う可能性があるので、ペンステーション近くの「スタウト」を待ち合わせ場所にした。
少し遅れてドムが入ってきた。
「ドム、こっち!」
マーティンが声をかけると、嬉しそうな顔で寄って来た。
「よかった。僕みたいな若造でも入れる場所で」
「何言ってるんだよ。ドムのルックスだったらどこでも大丈夫じゃないか?」
「それ、本当?」
「ああ、今日は僕がおごるから、ちょっと冒険しよう」
「わー、嬉しいな!だからマーティン大好きだよ」
「おいおい、安売りしちゃだめだよ」
二人は外に出た。
少し歩いて、マーティンのお目当てのレストランに到着した。
「アダ?何料理なの?」
ドムが不安そうだ。
「インド料理。大丈夫かな?」
「あんまりなじみがないけど、マーティンと一緒なら大丈夫」
二人は中央のテーブルに通された。
周りの女性だけのテーブルから視線が集中する。
「何だか、皆が見てるよ」
ドムはなおさら不安そうにつぶやいた。
「それは、君が綺麗だからだよ」
「もう、マーティンたら!」
メニューからマッシュルームサモサとシークカバブ、
ジンジャーミント・ロブスターにタンドリーグリルの盛り合わせを選んだ。
「僕、カレーしか知らないから、びっくりだ」
ドムがサモサを食べながら驚いている。
可愛い。マーティンは素直にそう感じた。
「今年は色々な料理にチャレンジしようよ」
「うん!よろしくお願いします。先生!」
ドムは日本人のように頭を下げた。
「何のまね?」
「ヒーローズのヒロ!」
二人は声を合わせて笑った。
ドムがベッドからもそもそ起き上がる気配で、マーティンは目を覚ました。
「ドム、帰るの?お兄さんは、復員軍人協会のパーティーで泊まりじゃないの?」
「でも、もしかしたら、帰ってくるかもしれないから。ごめんなさい」
「いいんだよ。またゆっくり会おうね」
「はい、よろしくお願いします」
ドムは急いでシャワーして着替えると、アパートから去った。
今まで隣りに眠っていた温かい身体がいなくなり、ベッドのくぼみが余計に寂しさを募らせる。
マーティンは、キッチンに行き、ウィスキーをストレートで一杯飲んで、またベッドの中に入った。
オフィスに出勤し、ダニーを見ると、スターバックスのサンドウィッチで朝食を取っている。
その光景になぜこんなに安心してしまうんだろう。
もう4年目なのに。
マーティンはカンティーンで買ってきたハンバーガーとコーヒーで朝食を始めた。
事件が発生した。
ワシントン・DC在住の下院議員の妻が失踪し、ハンドバッグやソーシャルセキュリティーカードがここNYで見つかったという。
かねてから失踪女性は、自分が宇宙人に誘拐されたという妄想を持っており、それが事件に関与している可能性もあるらしい。
ダニーはその話を聞いたとき、まさかと思った。
その予想通り、ボスのオフィスから出てくるジョン・ドゲット特別捜査官の姿が見えた。
「やぁ、ダニー。久しぶりだね。今年も一緒に仕事することになりそうだ」
ドゲットの猫のような目が笑った。
ダニーもつられて笑顔になる。
「下院議員の奥様となると、大規模捜査になるので?」
「議員は、事情が事情なので、内密にとの意向をお持ちだ。また君と組めるかな?」
「それは、ボスに聞きませんと何とも・・」
「ダニー、ドゲット捜査官の協力をするように。これをお前は待っていたんだろう?」
ボスがいつの間にかオフィスから出てきて、ダニーに命じた。
「了解っす!」
マーティンは、そんなやりとりをじっと横から見ていた。
ダニーはミーティングデスクを使い、ドゲットから事件の詳細の説明を受けた。
NY郊外に失踪者アンナ・ミラデスがよくネットアクセスしていた「宇宙人拉致被害者の会」の本部があるらしい。
「そこに踏み込めばいいのでは?」
ダニーが思わず進言したが、ドゲットは首を横に振った。
「そこはいわば新興宗教の本山のようなところだ。
過去3件、教徒を家族が迎えにいったが、全員、死体で戻ってきた」
「はぁ?他殺ではないので?」
「検死報告では怪しいところが見当たらなくてね。今回も慎重に事を運ばないと、政界スキャンダルになる」
「わかりました」
「夜に彼らは宇宙船を招く儀式を行うらしい。今晩ハイキングしないか?」
「了解っす!」
ダニーはドゲットと簡単な夕食を取り、儀式が行われるニュージャージー州パタートンにある小高い丘陵地帯に出かけた。
すでに、4WDやSUVが数十台停まり、煌々とライトを照らしている。
「この中からミラデス夫人を探すのは難しいですね」
ダニーがため息をつく。
「こんなに集まっているとはな」
ドゲットもさじを投げた様子だ。
すると白いドレスを身にまとった女性が群集の中から現れた。
「あれ!ミラデス夫人では?」
「おいおい、今回の生贄は彼女か?」
「え、生贄?」
「このカルトは、宇宙人に人命を差し出す儀式を繰り返しているんだ」
「突入しましょう!」
「しかたない、行くか!」
二人は静かにフォードから下りると、暗闇を選んで白いドレス姿の女性に近付いた。
リーダーらしい男性が横たわったミラデス夫人ののどにナイフをつきつけたその瞬間、
ドゲットが叫んだ。
「FBI!武器を捨てろ!」
わらわらと逃げ出す群集たち。
リーダーの男は手のナイフを放り投げ、そそくさと走り出した。
ダニーはミラデス夫人のそばに寄り声をかけた。
薬物で意識が朦朧としているようだ。
ドゲットが拳銃を構えながら、教徒たちの動きを見張る。
「失踪者無事確保!」
ダニーが叫んだ。
ドゲットは拳銃をなおも構えながら、ダニーが抱きかかえたミラデス夫人の警護にあたり、
フォードまで戻った。
「逮捕は?」
「またの機会にするよ。今日は下院議員夫人の身柄確保だけでも上出来だ。さぁNYに戻ろう」
「はい!」
ダニーは、車のエンジンをかけた。
273 :
fusianasan:2008/01/13(日) 10:45:38
ニューヨークのオフィスに戻ると、ミラデス下院議員が妻を待っていた。
ミラデス夫人はまだ薬で意識がはっきりしないものの、
夫を確認できたのか、ぎゅっと身体を抱き締めた。
ボスが「よくやったな」と戻ってきたダニーとドゲットをねぎらった。
「ドゲット捜査官、食事でもいかがです?もうDCに戻る便もないでしょう」
ボスがドゲットをさかんに誘っている。
「それでは、お言葉に甘えて」
ドゲットも快く招待を受けた。
家庭持ちのヴィヴィアンを除くチーム全員が一緒に出かけることになり、マーティンが場所選びを任された。
「ダニー、ドゲット捜査官って好き嫌いあるの?」
幹事を任されて、責任を感じたのか、やっとダニーに話しかけてきた。
「肉もシーフードも両方とも大丈夫やったと思うけど?」
「じゃあ、人数も多いからチャイニーズでいいかな?」
「ええんちゃう?」
マーティンは早速チャイナ・タウンのジンフォン・レストランに予約を取った。
サマンサがすかさずミーティング・デスクに座っているドゲットに話しかけている。
ドゲットも捜査が終了してリラックスしたのか、談笑していた。
ボスが不機嫌そうな声を出して、「皆、出かけるぞ」と追い立てた。
ダニーとマーティンは思わず、くすっと笑ってしまい、ボスに睨まれた。
ジンフォン・レストランの2階の大広間は、満席だった。
ボスがチンタオ・ビールは不味いからと、勝手にハイネケンを頼んだ。
その後はおそらく紹興酒だろう。
ぼちぼち、ワゴンが回ってくる。
選ぶのはサマンサの役目だ。
「ドゲット捜査官、好き嫌いはおありですか?」
「いや、ゲテモノ以外は大丈夫です」
「あら、ダニーと一緒ね」
サマンサは無難な焼売やニラ饅頭、エビやチャーシューのクレープ巻き、ちまきなどをどんどん取っている。
「そのうち、ゲテモノ並びますよ」
ダニーが言った途端、鶏の足の煮物と牛の胃袋の煮物が目の前に並んだ。
「美味そうじゃないか。ダニーはだめなのか?」
ダニーは返事をする代わりに皿をドゲットに回した。
ドゲットは、何の抵抗もなく食べている。
正直、ダニーはドゲットがこれほど食通だとは思っていなかった。
元海兵隊だからと単純にステーキハウスに連れて行った過去を後悔した。
焼豚包、小籠包、カイランのオイスター炒め、海鮮チャーハン、牛肉と野菜の焼きそばと食べ進み、
最後はエッグタルトで締めくくった。
「いやぁ、やっぱりNYは食の都ですね。DCにも美味いチャイニーズはあるが、
すっかり堪能しましたよ」とドゲットはボスに向かって礼を述べた。
「それにしても、皆さん仲がいいんですね。私はご存知の通り、パートナー一人の課なのでこんな大勢での職場ディナーの経験がありません」
「多分ボスの人柄だと思います」
サマンサが自慢そうに話した。
ダニーとマーティンは笑いをかみ殺すのに苦労して、プーアール茶をすすった。
「パートナーのレイエス捜査官は出張はされないのですか?」
サマンサが尋ねた。
「ええ、彼女は得意分野があるので、そっちを任せています。もっぱら私は力仕事と・・」
「それと?」思わずマーティンが突っ込んだ。
「前任者の捜査の引継ぎです」
FBIの中ではもはやモルダー、スカリーは伝説の人物だ。
その二人の案件を引き継ぐとは、出世コースからはずれたも同然だ。
しかし毅然と真摯に仕事に向かう姿は、男からみても十分に魅力的だった。
ディナーがお開きになり、ボスはダニーにドゲットを送るように命じた。
「一人でホテル位行けますよ」
「いや、うちのダニーを番犬代わりに使ってください」
ボスの命令が、ダニーの心にこれほど響きよく聞こえたためしはない。
「それでは、いつものエンバシー・スイートにご案内します」
ダニーはドゲットのガーメントバッグを持ち、タクシー乗り場に並びに行った。
タクシーの中では、二人はまったく話さなかった。
が、エンバシー・スイートに着くと、「ダニー、降りるだろう?」とドゲットが尋ねた。
「はい」
あまりの自然な成り行きに、ダニーは素直に従った。
ドゲットとこれまで何度、身体を重ねたことだろう。
その度にドゲットへの尊敬の念が増していく。
いつも泊まるキングサイズベッドのキッチネットつきの部屋だ。
ドゲットはベッドに座り、「やれやれ」と言いながら、ジャケットを脱いでネクタイをはずした。
「俺、シャワーした方がいいですか?」
ダニーが尋ねると「ああ」とだけドゲットが答えた。
ダニーは一つしかないバスローブには手も触れず、バスタオルを腰に巻いた姿で、バスルームから出た。
入れ替わりにドゲットがトランクス姿で入って来た。
厚い胸板が自分と違いすぎ、思わず目を奪われる。
水音が聞こえ始めた。
ダニーは、そのままの姿でベッドに座っていた。
ドゲットがバスローブを着て出てきた。
「何だ、水でも飲めばいいのに」と笑っている。
「喉は渇いてません」
「俺は渇いている。その・・君の身体に」
そう言うと、ドゲットはダニーの隣りに座り、キスを始めた。
「どうして君は男なのに、こんな気持ちになるんだろう」
独り言のようにドゲットがつぶやいた。
ダニーは、ドゲットの巧みなキスにすっかり息が上がった。
ペニスが固くなっていくのを感じる。
「入れてもいいか?」
ドゲットが優しく尋ね、ダニーはただ頷いた。
ドゲットは立ち上がり、バスルームからスキンローションを持ってきた。
ダニーをベッドに寝かすと、ダニーの秘孔にローションを静かに塗り始める。
「あぁ、んっ、あー」
「君は本当に感度がいい」
ドゲットは自分のペニスにもローションを塗布すると、ダニーの両脚を持ち上げ、身体を押し入れた。
ペニスがダニーの入り口で動き出す。
「んっ、もっと早く」
「おいおい、もう音を上げるのか?」
ドゲットは摩擦が最大になるように、前後左右にペニスを動かした。
大きさこそジョージと比べ物にならないが、それでもダニーにとっては、刺激的な動きだ。
そのうち、ドゲットの息が荒くなり、ダニーの上におおいかぶさった。
温かい流れをダニーの中に感じた。
ダニーもドゲットの腹に生温かい精液をぶちまけた。
「また、やっちまったな」
ドゲットが照れた顔で笑った。
「ええ」
「本音をいうと、NY出張が楽しみでたまらない」
「俺も、ジョンに会うのが嬉しい」
ダニーは荒い息の中でやっと答えた。
「ごめんな、シャワーしてきてくれ」
ダニーは内腿を流れ落ちるドゲットの精液を綺麗に洗い流した。
入れ違いにドゲットが入ってくる。
すれ違いざまにドゲットにキスをされ、ダニーは照れた。
「遅くまでつき合わせて悪かった」
「そんな・・どうってことないです」
「君は付き合っている人間はいるのか、ダニー?」
「え?まあ、いることはいてます」
「俺も実はパートナーのモニカと付き合っているんだ。だが、君に会うとこうやって抱きたくなってしまう」
ドゲットは困った顔でまた笑った。
「俺は光栄に思っています。去年、Xファイル課に呼んでくださったのも感謝しています」
「しかし、ここが君の島なんだろう?」
「・・・はい、今のところは」
「じゃあ、もう少し待とう。俺の定年後なんて言うなよ」
「そんなことは」
ダニーは脱ぎ散らかした服を身に着けた。
「明日はお見送りできませんが、お元気で」
「ああ、君もな。無茶はするなよ」
「はい、わかりました。ジョンも無茶はやめてください」
ダニーは、ドゲットの唇に優しく触れ、そしてドアを閉めた。
アパートに戻ると留守電が点滅していた。
どうせジョージだろう。
ダニーはさほど意識せずに再生ボタンを押した。
「ダニー?マーティンだけど、やっぱりいないんだね。それじゃ、おやすみなさい」
声の響きが妙に耳に残った。
ダニーはすぐに折り返しの電話を入れた。
「お、寝てたか?すまん、俺や。うん、あの後な、ドゲット捜査官とちょっと飲んだんや。
そんなんやないって。ストレートの人やから。それにレイエス捜査官とつきあってるそうや。じゃ、またな」
ダニーは電話を切ると、ふぅとため息をついて、パジャマに着替えを始めた。
翌朝、サマンサの「どんなにドゲット捜査官がクールだったか」をヴィヴィアンに聞かせる話が恐ろしく長い。
「サマンサ、あんな短い時間によう情報集めたな」
ダニーはマーティンに耳打ちした。
「好みだったんじゃないの?」
マーティンは無関心の様子だ。
「同じ軍隊出身でも、うちのおっさんとえらい違いなのにな」
「もうドゲットの話は聞きたくない」
マーティンは、ぷいとPCの方を向いてしまった。
あぁ、さらにボンを怒らせちまった。
ダニーはすっきりしない思いで、昨日の報告書作成を開始した。
ランチにマーティンを誘い、いつものカフェの日替わりを頼む。
今日はボルシチとポテトサラダがメニューだ。
ダニーが自家製パンをちぎりながら、マーティンに話しかけた。
「なぁ、お前、ドゲット捜査官のこと、怒ってんの?」
「・・ちょっとね」
「前から言うてるやんか、あの人はストレートやて。俺にヘンな気持ちを持つはずないし」
「でも、いっつもダニーと組むじゃない。ダニーだって、本当は僕みたいな出来損ないの捜査官とじゃなくて、
ドゲットみたいな優秀な人と組みたいんじゃない?」
「俺はXファイル課に行くつもりはないで」
「向こうがMPUに異動してきたらどうするの?」
「そんな事あるはずないて!お前の言ってる事、全然理屈にあわへん」
「分かってるよ!」
マーティンはボルシチの中のビーツに乱暴にフォークを突き刺した。
「今日は、飲みにいこ、それがええ」
「ダニーがそう言うなら行く」
二人は無言になり、残りのボルシチを食べ始めた。
定時に仕事を終えた二人は、まずアルゴンキンのブルー・バーに出かけた。
エリックが相変わらずの愛想のよさで迎え入れてくれる。
「奥のお席にどうぞ」
「メイカーズ・マークを」
今日はチーズの盛り合わせが出てきた。
「なぁ、マーティン、俺な、お前とうまくやっていきたいんやけど、この先、どうしたらいいんやろか?」
ダニーはまっすぐにマーティンを見つめて問うた。
「え?どうしたらって・・・」
思わずマーティンは口ごもった。
「僕だけを見て欲しい」
これが言えたらどんなに楽だろう。
しかし、自分にもドムやエドという付き合いがある。
フェア・プレイが信条のマーティンにとっては、とても口に出来ない言葉だった。
「もう少しダニーと一緒の時間が欲しい」
「分かった。努力するわ」
二人はウィスキーグラスをかちんと重ね合わせた。
「ねぇ、今日、寒いからラーメン食べない?」
急にマーティンが言い出した。
「あ、そやね。しばらくあっこも行ってないしな」
二人は、チーズを平らげ、もう一杯ウィスキーを飲むと、チェックして、一風堂に移動した。
店の窓に大きな張り紙がしてある。
「ニュー・メニュー登場!」と扇情的な書道の文字が書かれていた。
「へぇ、何やろね」
二人が入ると、顔なじみの店員が席に案内してくれた。
いつも二人が頼んでいたスペシャルがメニューから消えている。
その代わり「ホットホットラーメン」という赤い文字が目に映った。
「それにしよか?」
「うん、試しにね」
二人は新メニューとご飯に餃子を頼んだ。
例によってマーティンは替え玉3枚にご飯3杯、ダニーは替え玉1枚にご飯1杯で勘定を締めた。
「そんなに辛くなかったね」
「でもなんか具が減ったと思わへん?」
「もっとトッピングのメニューがあるといいね」
二人が話しながらお金を払っていると、
店員が「店長に伝えますので、ご意見ありがとうございます」と礼を述べた。
「これから、どないする?」
「僕の家に来る?その、嫌ならいいんだけど」
「ええのか、お前は?」
「うん、食べ物もあるよ」
「もう入らへんわ。でも行く」
二人はアッパーイーストサイド行きの道路に出てタクシーを拾った。
「はぁ、ふぅー」
ダニーは、マーティンの舌技で2度イカされていた。
「もう、俺、だめや、勘弁してくれ」
ダニーの股間から顔を上げたマーティンは、不機嫌な顔をしていた。
「ダニー、今日、薄いよ」
「そんなこと、ないやろ?」
「絶対に薄い。やっぱりドゲットとしたんだ!」
「してへんて!自分でした、そういうことや」
「本当に?」
「ほんまやて。こんな恥ずかしい会話、これ以上させんな、アホ!」
マーティンはやっとダニーの横にゴロンと寝転んだ。
「俺、シャワーするから、寝ててええよ」
「・・・」
マーティンはダニーの反対側に顔を向けて、ブランケットにくるまった。
ダニーがシャワーを終えて、ベッドに戻ると、マーティンはすぅすぅ寝息を立てて熟睡していた。
アホ、マーティン、俺をイカせるためにフェラはりきりすぎや。
ダニーはマーティンの前髪を上げて、おでこに軽く唇を触れ、反対側からベッドに入った。
ダニーは家に戻らず、マーティンのアパートから出勤した。
スーツは換えられないが、Yシャツとネクタイを借りた。
「ボン、お前、胸囲いくつ?」
Yシャツがぶかぶかのダニーが尋ねた。
「秘密だよ」
マーティンは、答えずにコートを羽織って、バックパックを手にした。
「ダニー、早く行こうよ」
「ごめん、やっぱり着替え置いてもらわんとだめやわ」
ダニーは一日、ジャケットを脱がないようにしようと思った。
出勤すると、たちまちサマンサのチェックが入る。
「ダニーがクレリックシャツなんて珍しーい!新しい彼女の趣味?」
「そんなんやないって」
「まぁ言ってれば?」
そういう自分こそ、新しいニットに例のティファニーのペンダントやねんか!
裏ストーリーを知ってるだけに、一言言ってやりたい気持ちにもなったが、
サマンサの機嫌を損ねると後が恐い。ダニーは諦めてPCを立ち上げた。
ドゲットから簡単なお礼メールが届いていた。
俺の方から出そうと思うてたのに。
ダニーは唇を噛み、急いで返信した。
モニカ・レイエス捜査官がどんな女性か気になる。
ダニーはFBI局員ファイルを検索して探し出した。
何や、俺と同じヒスパニックやん!
ダニーはそれだけで、胸がかっと熱くなるのを感じた。
今もドゲットが隣りにいるかのような気持ちがした。
「ダニー、何ぼっとしてんの?ランチ行こうよ!」
昨晩のサービスが効いたのか、マーティンから食事に誘ってきた。
二人は日替わりランチを頼んで、外の景色を眺めていた。
「もっとこれから寒くなるね」
マーティンがつぶやくように言った。
「そやなー。また雪で、電車止まったら嫌やな」
「じゃ、僕の家に泊まればいいじゃない」
「スーツとYシャツの引越しがなあ」
「面倒くさい?」
「そんなことあらへんけど・・」
「今度の週末手伝うよ」
「ほんまか?助かるわ」
「その代わり、ディナーはダニーの手料理だよ」
「おお、ええで」
二人は拳固をつき合わせた。
仕事が定時に終わり、ダニーはやれやれと荷物をソフトアタッシュにしまっていた。
今日こそ一人だけの晩だ。
そう思うと顔が自然とほころんでしまう。
「ダウンタウン・テイラー、何にやついてんのよ?」
サマンサが気味悪そうな顔で見ていた。
「何でもあらへん。そんじゃお先」
ブルックリンに着き、ダニーはアルのいるパブに顔を出した。
「よう、ダニー、今日は穏やかな顔だな」
「あぁ、色々あったんやけどな。食事出来るかな」
「まかしとき、当店特製のアイリッシュ・シチューがあるぜ。温まるぞぉ」
「ええな、それくれ。それとこの間のシングルモルト」
「よっしゃ」
ダニーは、肩の荷が降りた思いをしながら、カウンターで料理を待った。
金曜日になり、マーティンは週末のダニーの小さな引越し計画を綿密に立てている。
ランチでの話題もそればかりだ。
「そんなに大げさなもんやないで。ほんの数着置いてもらうだけやから」
「でもさ、段々増えていくもんなんだよね。僕も自分の洋服整理して、
クローゼットの半分をダニーのために空けたし」
「そんなんせんでも・・」
「いいの!」
マーティンは言い出したらガンコだ。
ダニーは黙って引越し計画を聞いていた。
このままだと、夜まで計画を聞かされそうだ。
ダニーはわざとのろのろ仕事のスピードを落とし、自然と残業になるように調整した。
「あれ、ダニー、帰らないの?」
「あぁ、まだ仕事は終わらへん」
「じゃ、僕、待ってる」
「他の局員がヘンに思うから、やめとき」
「じゃあ、手伝うっていうのは?」
「だめやて!今日は帰ってくれへんか?」
「そう・・わかった。じゃあ、電話してね」
「了解・・」
マーティンはバックパックをしょって寂しそうに帰っていった。
ダニーは言い過ぎたかとも思ったが、仕方がない。
残業を適当に切り上げ、ブルックリンに帰った。
足が自然とアルの店に向いてしまう。
「ダニー、おかえり。今日はどんな調子だ?」
アルがカウンターごしに声をかける。
「まぁまぁや。今日も飯が食いたい」
「今晩は、ギネスビールで煮込んだビーフがあるよ。それでいいか?」
「ああ、ありがたい」
「シェパーズパイも食うか?」
「へぇ、食ったことがない」
「そりゃ、ぜひ試せよ。おごりだ」
「サンキュ」
ひき肉とポテトのパイも、ギネス・ビーフもボリュームたっぷりで、ダニーはすっかり満腹になった。
「アイルランドって美味いもんがあるんやな。俺、U2くらいしか知らへんかった。ごめんな、アル」
「実は、俺もアメリカ生まれだから知らないんだよ。ここの料理はうちのお袋のレシピでさ。
そうだ、U2歌えるか?」
「ああ、何曲かは知ってるけど・・」
「今日は金曜日だ、歌ってみろよ」
「えー、俺が?」
「ああ、ヒスパニックでも歌えるってとこ見せてくれよ」
ダニーは、頭の中でメロディーが浮かぶ曲をいくつか選んで、アルにメモで渡した。
隅にカラオケマシーンが置いてあった。
ダニーが選んだ曲は、「One」「Desire」「Where the streets have no name」の3曲だ。
客はアイリッシュ系が多いらしく、前奏が始まると、ステージにすぐに注目が集まった。
ダニーは何とか3曲歌い終わった。
すると、客席からアンコールの声が沸いた。
アルが歌え歌えとはやしている。
ダニーは「Vertigo」を歌って締めた。
「お前、すげぇ上手いな。プロのシンガーか?」
「ちゃう、連邦政府の役人や」
「はっ!そりゃ傑作だ。うちは違法行為やってないからな」
「そんなこと調べてへんって。ここは、美味い飯と酒を飲み食わせてくれる隠れ家や」
「そう言ってもらえて、俺、嬉しいよ」
「それじゃ、今日はそろそろ帰るわ」
「おう、またな、ダニー」
「ああ、今日はサンキュウ。アル」
ダニーが家にたどり着くと、留守電が点滅していた。
マーティンや。
「ダニー、まだ残業なのかな?支局に電話したけど出ないし・・・
明日、2時ごろ行くね。出来たら電話ください」
ダニーはすぐに折り返し電話を入れた。
「ごめん、外で飯食ってた。うん、明日2時な。ありがと、助かるわ」
ダニーはエアコンをオンにして、着替えを始めた。
スーツ選びは明日でええわ、疲れたから寝よう。
パブでついてしまったタバコの匂いを消すためにシャワーに歯磨きとうがいを神経質なまでに済ませて、
ダニーはベッドに入った。
やっと週末だ。
ダニーは昼まで眠りをむさぼった。
先週は、ドゲットとマーティンを相手に寝不足の夜を過ごしており、
身体が泥になったかのように重い。
やっとベッドから抜け出し、シャワーをしてナイキの上下に着替えた。
買い置きのパンすらない。
ダニーは、コートをひっかけて、近くのデリにランチを買いに出た。
チキンとシュリンプのラップサンドを買い、コーヒーを入れて、簡単にランチを済ませた。
そうこうしているうちに、マーティンが訪ねてくる時間が迫っていた。
ダニーは、クローゼットからガーメントバッグを取り出し、
マーティンのアパートに預けるワードローブを選び始めた。
ピンポーン。
ちょうど2時だ。ボンのやつ、時間厳守やなー。
ダニーはセキリティー錠を解除し、マーティンが上がってくるのを待った。
「やぁ、ダニー!」
「あ、ジョージ・・どないしたん?」
「今週会えなかったから、来ちゃった。あれ、何してるの?出張?」
「あ、ちょっとな」
ピンポーン。
またチャイムが鳴った。
ダニーは観念した。
「ダニー!こんにちは!支度出来た?あれ、ジョージ・・」
「あ、マーティン、こんにちは。そうか、二人で出張なんだね」
「そや、ごめんな、連絡しなくて」
「いいんだよ。じゃあ、ブルーベリータルトとか買ってきたから二人で食べて。
帰ってきたら、連絡してね」
「わかった、ごめんな、ジョージ」
「それじゃ、マーティン、ダニー、またね」
ジョージは、テイクアウト用のボックスを置いて帰っていった。
「出張?」
マーティンが訝しげな顔でダニーを見つめる。
「しゃあないやんか。あいつがそう理解したんやから」
「本当の事、言えばいいのに」
「おいおいな。せっかくおやつあるんやから、食わへんか?」
「僕、お腹すいてない」
「うそや、お前なら入るて。今、紅茶いれるわ」
ダニーは、キッチンに逃げ込むように入って、ため息をついた。
まさかジョージが訪ねてくるとは、大きな誤算だった。
湯を沸かし、フォションのアールグレイの茶葉をポットにいれて、
マグ2つと一緒にリビングに運んだ。
マーティンは、ソファーに座ったきり、動こうともしない。
「なぁ、引越し計画、実行に移そうや。その前に甘いもんで血糖値上げて、力蓄えよや」
「・・・」
「美味そうやぞ、お前の好きなパンプキンタルトもあるで」
やっとマーティンが箱の中を覗きこんだ。
「ジョージは趣味がいいから、きっと美味しいんだろうね」
ダニーはそれには触れずに、皿にタルトを一つずつ乗せた。
「半分ずつ食おう。いつものとおりにな」
「うん」
二人は無言でタルトを食べ終えた。
「もう用意は出来てるんや。スーツもシャツもネクタイも選んだから、後は車で運ぶだけや。
その後、グレースィズで食材買おう。俺の手料理の日やからな」
「ねぇ、本当にジョージはあれでいいの?ダニー?」
真剣な顔でマーティンが尋ねた。
「仕方あらへん。もうその話はおしまい。さぁそっちのスポーツバッグ持ってくれ。
俺はガーメントバッグ運ぶから」
二人はダニーのマスタングの後部座席に荷物を載せて、アッパー・イーストサイドに出発した。
ジョージとの事は後回しや。今日はマーティンとの日なんやから。
ダニーは決意して今晩の献立を考え始めた。
ダニーは、マーティンが空けてくれたウォークイン・クローゼットの空間の大きさに驚いた。
そこにYシャツ5着とスーツ3着にネクタイ5本をかけた。
「はい、スポーツバッグ!下のチェストの上2つを空けてあるから、小物とかTシャツはそっちに入れてね」
「ああ、ありがと」
ダニーはほとんどがナイキになった普段着をしまいながら、何だか空しい気持ちになってきた。
「終わった?」
マーティンがいちいち顔を覗かせて尋ねてくる。
「ああ、終わったで」
「それじゃ、買い物に行く?」
「よっしゃ」
二人は、歩いてグレースィズに向かった。
イタリアンレストランも経営しているこだわりのスーパーマーケットだ。
「今日の献立は何?」
マーティンがカートを押しながら尋ねる。
「そやな、メキシカンでどや?」
「いいよ」
まだマーティンの機嫌は直っていない。
ダニーは気がつかないかのように振舞い、ビーフのミンチとチキンのフィレ、トルティーヤ、
アボカド、トマト、レタスにたまねぎ、チェダーチーズ、ハラペーニョ入りのサルサソース、
コーンチップスとチリコンカンの缶詰を買った。
バジルやシラントローの香草も探し出した。
マーティンは、食材をどんどん入れていくダニーを、だんだんと尊敬のまなざしで見つめ始めた。
「メキシカンってこういうのが材料なんだね」
「今日は手抜きやけどな」
「それでも、嬉しいな」
最後にテカテビールを1ダース買い、レジに並んだ。
ダニーが全部支払い、紙袋をマーティンに持たせた。
マーティンは嬉しそうに紙袋をかかえている。
「後は料理するだけやから、お前、寝ててもええで」
「やだよ、ダニーの料理見てる」
家に帰ってからも、マーティンは子犬のようにダニーにまとわりついた。
「料理の邪魔なるから、離れろってば!」
「・・分かったよ。じゃあビール飲んでいい?」
時間を見るともう5時半だ。
「特別に許可する」
マーティンはダニーの分も持ってきた。
手際のよいダニーは1時間で、ソフトタコスのフィリングと、ワカモレディップにホットナチョスを作り終えた。
「すごい!まるでプロみたい!」
「お前だって、慣れれば出来るって」
「慣れれば・・だよね。僕は食べるの専門でいいや」
「そやなぁ、慣れるまでに、指切り落としてたら、日本のギャングみたいやしな」
「ヤクザ?」
「よう知ってるなー」
「映画の「ブラックレイン」で見たよ。アンディー・ガルシアが刀で首を切り落とされるんだよね」
「うはー、食べる前からやめてくれ」
「ごめんなさい」
怒られても、マーティンは心底嬉しそうだった。
自分でトルティーヤにフィリングできるのを楽しんでいる。
ビーフとチキン両方を入れて、トルティーヤをパンクさせては、ダニーを呆れさせた。
ビールも瞬く間に二人で12本空けてしまった。
二人は食器洗い機に食器を入れ終わると、リビングでマーティンが録画したアメフトの試合を見始めた。
そのうち、ダニーがうつらうつら眠り始めた。
マーティンは、ダニーを軽々とベッドに運び、寝具を整えてから、ダニーを寝かし、またアメフトの試合に戻った。
ブルブル。
ダニーが脱いだコートのポケットから振動音が聞こえる。携帯だ。
見ると「着信:ジョージ」となっていた。
マーティンは、電源をガチっと切り、また電源をつけると着信履歴を消去した。
絶対、ジョージに負けるもんか。
マーティンは心の中の炎を燃え上がらせたまま、またアメフトの試合に見入った。
ダニーは夜中に目を覚ました。
隣りでは、マーティンが軽いいびきをかいて眠っている。
キッチンでミネラル・ウォーターを飲み、コートのポケットに入れた携帯を取り出して履歴を調べた。
ジョージからは連絡なしか。さぁどうやって埋め合わせしよ。
出張だと思っているから、今日すぐに食事に誘うわけにもいかない。
ダニーは、土日だけの出張だったことにして、月曜日にジョージを誘おうと決め、またベッドに戻った。
ダニーは、11時にマーティンを起こし、順々にシャワーを浴びた。
身体を求めてこないマーティンは珍しいが、何だか満たされたような顔をしているので安心した。
「外でブランチ、食おうか」
「うん、お腹すいたもんね」
二人はマーティンのアパート近くのダイナーで、ブランチメニューを頼んだ。
「俺さ、これ終わったら、家に戻るわ」
ダニーが何気なく言うと、マーティンは驚いた顔をした。
「荷物引っ越したから、月曜日、家から出勤すると思ってた・・」
「食材買わないといけないし、ごめんな」
「分かった、ダニーにも生活があるもんね」
「そや、普通の日の帰りにグローサリーは買えへんし、クリーニングやにも行かへんと・・・」
「もう分かったから。正当化しなくていいよ」
ダニーはマーティンがすんなりOKしてくれたので安心した。
マーティンのアパートに戻り、空のガーメントバッグとスポーツバッグを持って、地下駐車場に降りる。
マーティンも一緒だ。
「じゃあ、ここで」
「ダニー?」
「何や?」
「僕って面倒臭い?」
「そんなことあらへん」
「それならいい。また明日ね」
「ああオフィスでな」
ダニーはマスタングのエンジンをかけ、駐車場から出た。
ブルックリンに戻り、ダニーは、買い物とクリーニングの引き取りを済ませて、
一旦アパートに戻ると、またアルの店に向かった。
そろそろパブが開く時間だ。
「よぅ、MR.シンガー、相変わらず疲れた顔してるな」
アルがいつものように話しかけてくる。
「あぁ、ちょっと荷物動かしたりしてたから」
「それだけじゃないって顔だぜ」
ダニーは苦笑した。
「俺、これでも大学で心理学専攻してたんで、表情読みは得意なんだ」
「へぇー、なんでパブの主人になったん?」
「おやじが残してくれた唯一の資産でな、人手に渡すのも何だし、後を継いだってとこだ」
「おやじさん、すごい人やったんやろね」
「あぁ、アイルランドから来て、店開いて、俺を大学まで行かせてくれたからな。ダニーは両親は?」
「11歳の時に死んだ」
「そりゃお気の毒。俺はまだお袋がいるから幸せだな」
「おやじさんは?」
「癌で死んだよ。おととし」
「それもお気の毒に」
ダニーはグレンリヴェットを飲みながら、アルとの会話を楽しんだ。
この赤毛の男は人の警戒心を解く何かがある。
心理学士のテクニックなんだろうか。
しかし悪い気はしない。
店を良く見ると、常連が多いようだ。
「この前の歌はよかったよ」と声をかけてくれる客もいた。
「なぁ、今日のディナーは何がある?」
ダニーが尋ねると「朝、市場に寄ってきたから、フィッシュ&チップスがおすすめかな。あとはいつもの料理だ」との答え。
「それじゃ、フィッシュ&チップス」
「そうこなくちゃ」
ダニーは、ワイン・ヴィネガーをどっさりかけて、熱々のフィッシュを食べた。
確かに美味い。
チップスにはトマトソースだ。
「この前のパイもある?」
「ああ、もちろん」
「それも」
「ダニーも、もういっぱしのアイルランド人だな。嬉しいぜ」
アルはシェパードパイを皿に載せて、ダニーの前に並べた。
月曜日になり、ダニーは自分で作ったアボカドとチキンのサンドウィッチを持って、オフィスに出勤した。
遅刻ぎりぎりの時間になって、マーティンが滑り込んできた。
「ボン、遅かったな」
「寝坊した・・」
「朝めし、まだやろ?これ半分食わへんか?」
「わー助かる。お腹ぺこぺこなんだ!」
マーティンは嬉しそうにダニーからサンドウィッチの半分を受け取った。
「何やってんの?二人でこそこそ・・」
サマンサが、椅子を並べてサンドウィッチをぱくついているダニーとマーティンを見て、大笑いした。
「まるで小学生のガキみたい」
「さぁ、ミーティングを始めるぞ!」
ボスがオフィスから出てきて大声をあげた。
ダニーとマーティンはサンドウィッチを飲み込んで、ミーティング・テーブルについた。
「事件が発生した。失踪者は、アルフィーニ&ジョーンズの弁護士、ベン・アルフィーニ。
経営者のアルフィーニ氏の子息にあたる。おととしコカイン所持で逮捕され、
1000時間の社会奉仕活動と引き換えに保釈されている」
「それでは州の外に出てはいけないわけですね」
ヴィヴィアンが確認した。
「そうだ」
「なんでうちの仕事なので?」
ダニーが尋ねた。
「アルフィーニ氏はニューヨーク市長とも懇意の間柄だ。そこでお鉢がうちに回って来た」
「社会奉仕活動とはどのようなものですか?」
マーティンが尋ねた。
「福祉専門の法律相談所のボランティアだ。おとといから、そこの駐車場にベンのアウディーが停まりっぱなしなのを、
相談所のスタッフが気が付いた」
「アルフィーニ&ジョーンズの方は何と?」
「それを調べるのが、君らの仕事だろう。サマンサとダニーは相談所へ、ヴィヴィアンとマーティンはアルフィーニ&ジョーンズの事務所に行ってきてくれ」
チームは二手に分かれて捜査を開始した。
法律相談所はブロンクスにあった。
ダニーとサマンサは、子供の泣き声やひっきりなしにかかってくる電話の喧騒の中、
あきらかに手狭な事務所の間取りから、やっと所長室を発見した。
「所長のジョーンズさんですか?」
初老の男性がファイルから目を上げた。
「いかにも、私がジョーンズですが」
「FBIのものです。おとといから、こちらのアルフィーニさんが行方不明とか?」
「あぁ、ベンね。最初は本職の方でこっちの仕事をドタキャンしたのかと思っていたんですよ。
でも携帯にも自宅に電話をしても出ないし、見ると彼の高級車が駐車場に停まったきりだ。
それで通報しました」
「何かトラブルに巻き込まれた可能性はありませんか?」
「さぁ、彼は個人主義で仕事を抱え込むタイプでしたから」
「よろしければ、彼の案件ファイルを見せていただけませんか?」
ダニーが腰低く頼んだ。
「いいですよ、どうぞ」
ベンが使っていた部屋には段ボール箱の山だった。
「全部持ってくか」
「そうね」
二人は段ボール箱を、公用車にしまってオフィスに戻った。
マーティンとヴィヴィアンの方は、最初は毅然としていたが、段々気弱になる父親を励ましながら、
ベンが相談所の方の誰かとつきあっていたようだという情報を手にした。
ダニーはベンの相談ファイルの中から、やけに分厚いものを見つけた。
ジェニー・トレスという16歳の少女のものだ。
養父からの性的虐待で、里親探しをしていたらしい。
何か臭い。ダニーの第六勘がそう語っていた。
事件は思いがけない方向へ転じた。
NJのモーテルからトランクス一枚で錯乱状態の男が飛び出し、車にはねられたという。
モーテルに残っている運転免許証からベン・アルフィーニだと判明した。
ダニーとサマンサは彼の収容されている病院に向かった。
幸い、交通事故の怪我は命に別状ない程度のものだ。
だが、ベンが口を開かない。
担当医とサマンサが廊下で話しをしている。
「なぁ、ベン、何があったんか君の口から聞きたいんやけど」
「・・・・」
「ダニー。ちょっと」
ダニーは病室を出た。
「彼、薬物検査でコカインが出たわ」
「錯乱したのはそのせいか」
「ねぇ、高校教師が教え子と逃げ出した事件覚えてる?」
「ああ」
「これもそれじゃない?」
「確かに、ジェニー・トレスはあの年にしちゃ、大人っぽかったな」
「きっと恥ずかしくて言えないのよ。自分はNYでも一二を争う大手法律事務所の後継者なんですもの」
「こりゃ、サムの方が話しやすそうやな」
「そうね、やってみる」
サマンサが病室に入って、ベンの手を握って、話し始めた。
たちまち、ベンが涙を流し、それが嗚咽に変わる。
サマンサが出てきた。
「相談所の駐車場で、ジェニーと会ったそうよ。そのままタクシーでここまで来て、
ことに及ぼうとしたら、外から若い男が現れて、コカインを打たれたですって。信じられる?」
「まぁ、面目を保ちたいんやろな。16歳の娘にしてやられたんじゃ、話にならへん」
「ボスに報告するわね」
「ああ、頼む」
ダニーは、時計を見た。もう8時を回っている。
これじゃ、ジョージを誘えへんな。
ダニーはサマンサの電話報告を静かに待った。
マーティンはプランを練っていた。
冬のNYレストラン・ウィークにドムとお兄さんのジェリーを誘おうと。
レストラン・ウィークに参加している店全店にメールを送り、
バリア・フリーな店を探した。
ちょうど、グラマシーのイタリアンが完全なバリア・フリーだという。
普段ならディナーで一人80ドルは下らない高級店だが、35ドル均一だ。
マーティンは早速予約を入れた。
廊下に出て、ドムに電話を入れる。
「はい、シェパード巡査です」
「今、仕事中?」
「はい」
「今週の金曜日、空けておいてもらえないかな。その・・君の兄さんも」
「は?了解しました。またご報告いたします」
携帯の後ろでロージーが吼えている声が聞こえた。
寒いのに外なんだ。
マーティンはドムが鼻を真っ赤にしている姿を想像した。
ダニーはマーティンが誰と話しているのか気にはなったが、短い電話だったので、
そのまま忘れてしまった。
帰りがけ、マーティンをブルー・バーに誘おうとした矢先、マーティンの携帯が鳴った。
「はい、うん、大丈夫?よかった!お兄さん、イタリアン好きかな?うん、うん、じゃあ、またね」
「何や、ドムんとこか?」
「うん、今週と来週、レストラン・ウィークじゃない?ジェリーも外に出たほうがいいと思ってさ。
誘ってみたら、OKだって」
「へえ、よかったやん」
「うん、ドムも少しは息抜きできるでしょ」
「お前、ボランティアみたいやな」
「そうかな?だから金曜日はダニーと飲みにいけないからね」
「はいはい。了解。今日はどや?」
「うん、行く!」
二人は、ブルー・バーに腰を落ち着けた。
「でも車椅子の移動は大変やぞ」
「だから、障害者に慣れてるリムジンも探した」
「そか」
ダニーはやると決めた時のマーティンの実行力に感服していた。
「お店もやっとバリアフリー見つけたんだよ」
「へぇ、えらいな、お前」
「ジェリーとも少しは仲良くなれたらいいなって思ってるんだ、実は」
「珍しいな、お前がそんなこと考えるなんて」
「何だかね、今年は違う自分になりたいと思ってるから」
「ふぅん、そやそや、今日は何食う?」
「そうだな、寿司がいい」
「じゃあ、今日は花寿司に行こか?」
「いいね!」
二人はチェックをすませて、花寿司までタクシーで移動した。
戸を開けると、いつもの板長が「へいらっしゃい」と挨拶してくれる。
カウンターに座って、ダニーがメニューを見始めると、マーティンがちょんちょんと肩を叩いた。
「何や?」
「ねぇ、あそこにいるの、ジョージじゃない?」
カウンターの一番隅にジョージが座っていた。
前にジョージのベッドで見つけたジェフリーも一緒だった。
「ほんまやな」
見ていると、ジェフリーが泣いているのを、ジョージが懸命に慰めているようだ。
「挨拶しないほうがいいかもね」
「そやな、オヤジサン、オマカセクダサイ」
ダニーは寿司の味そっちのけで、ジョージとジェフリーの様子をちらちら窺っていた。
ついにジェフリーがカウンターにつっぷし、ジョージが肩を抱いている。
ジョージがチェックを締めている間も、ジェフリーは泣きっぱなしだった。
出ていきざま、ジョージはダニーがマーティンと座っているのに気が付いた。
「あ、ダニー・・・マーティン、こんばんは」
「おい、大丈夫か?」
「うん、平気。お先に失礼するね」
ジョージはジェフリーに肩を貸して、出て行った。
「何があったんだろうね?」
「分からん。さあ、食うで。腹減ってるから」
ダニーは残像で残った二人の姿を打ち消したくて、日本酒を一気飲みした。
ダニーがマーティンと出勤すると、ヴィヴィアンがホワイトボードに少年の写真を貼っているところだった。
「ヴィヴ、おはよう。その子どうしたん?」
「おはよう。ディラン・チェンバーズ、13歳。チャイナタウンの地下トンネルを探すと言って昨日から行方不明なのよ」
「そんなもん都市伝説やのにあほやなぁ。ジャージーデビルとか猫レンジみたいなもんや」
ダニーは呆れてホワイトボードをこつんとはじいた。
マーティンはカリフォルニア中部のチャイナタウンで見つかった地下トンネルの話を思い出した。
「それさ、まるっきり都市伝説でもないんだよ。この前カリフォルニアで本当に発見されたんだから」
「わかったで、そいつもその話聞いて探しに行ったんや。ニューヨークにもあると思って。それで迷子になってしもたんや」
「バカなガキだ。この寒空に何を考えてるんだ」
ボスは舌打ちしてコーヒーを啜った。
「最後に目撃されたのはバワリーの交差点付近、孔子像の辺りよ。サマンサが行ってるから合流して」
「よっしゃ、マーティン行こう」
二人はコートを着直すと地下駐車場へ急いだ。
現場に着くと雪が降りしきる中、サマンサが電話しながらメモを取っていた。
「サム、状況は?」
「たった今NYPDが地下鉄の通風孔に挟まっているのを見つけたところ」
「見つかったんか!」
「一応はね。でも身動きが取れない状態よ、脱水症状も起こしてるし。
救急車とレスキュー隊がこっちに向かってるから私たちは支局に戻るわよ。寒くて風邪引きそう」
サマンサはがたがたと震えながらぐるぐる巻きにしたマフラーをさらに強く締めつけた。
「大丈夫?これ着なよ」
マーティンはコートを脱いでサマンサに羽織らせた。
サマンサはほんの一瞬躊躇したものの、嬉しそうにマーティンのコートにくるまる。
そうこうするうちにレスキュー隊が到着した。ロープやハシゴを手にした隊員たちが慌しく目の前を通り過ぎて行く。
「もう大丈夫や、あとはまかせてオレらは帰ろう。サム、また後でな」
「待ってよ!手がかじかんでるからマーティンが運転してくれない?すっごく助かるんだけどな」
上目使いに見上げるサマンサに車のキーを差し出され、二人は顔を見合わせた。
「僕は凍った路面はちょっと・・・なんていうか雪道ってだめなんだよね」
理由を探して口ごもるマーティンが可笑しい。ダニーは除雪された路面の雪を見るふりをして笑いを堪えた。
「しばらくエアコンで手温めたらいけるやろ。ほな、オレらは先に戻るわ。ホットチョコレートでも飲み」
ダニーは不満そうなサマンサを残してマーティンと車に戻った。
「なんで断ったん?」
理由はわかりきっているのにダニーはわざと尋ねた。目をじっと見つめてにんまりする。
「ダニーと手をつなぎたいからだよ。恥ずかしくなるからそんな目で見ないで」
「そんな目ってどんなんや?」
「・・・ベッドに誘うときみたいな目さ」
「いやらしい!フィッツィーはいやらしいなあ」
「バカ!ダニーは意地悪だ」
二人はけたけた笑いながら手馴れた手つきで指をからませた。つい癖でよりかかりそうになっているマーティンを軽く押し戻す。
今すぐキスしたらサマンサはどんな反応するやろ・・・
ダニーはバカな想像をしながら反対側の手でサマンサに手を振って車を出した。
ダニーは家に帰って、ジョージからの電話を待った。
0時を過ぎてもかかってこない。
諦めて、携帯を枕元に置いてベッドに入る。
まんじりとして眠れない。
ダニーは仕方なく、Sealの新譜を聞きながら、ウィスキーを飲んだ。
グレン・リヴェットを知った今では、バーボン・ウィスキーなど目ではない。
今度の休みはグレン・リヴェットを買おう。
つらつら考えているうちに、睡魔が襲ってきた。
ダニーはベッドに入り、そのまま熟睡した。
ダニーは携帯の振動音で目が覚めた。
ちょうど目覚ましが鳴る5分前だ。
「ふぁい、テイラー」
「ダニー、あのね、僕。昨日はごめんなさい。説明したいから、今日の晩あけてもらえませんか?お願いします」
「説明ってお前、釈明したいことでもやらかしたか?」
「そんなんじゃないけど、ダニーに疑いを持って欲しくないから」
「わかった、仕事がどうなるか分からへんから、俺から電話する。それでもええか?」
「うん。ありがとう。ごめんね、朝の貴重な時間に」
「ええよ、それじゃ後でな」
「うん、ダニー、愛してる」
ダニーは返事をせずに電話を切った。
あのジョージがまさかジェフリーと関係を持つとは思えないが、昨日のジェフリーの取り乱しぶりは、尋常ではなかった。
率直に疑問をぶつけよう。
ダニーはそう思って、バスルームに消えた。
オフィスに向かう電車で珍しく座ることが出来た。
ニューヨーク・タイムズを開くとNIKEの全面広告が載っていた。
「Nobody is a loser」
去年から展開しているキャンペーンで、もちろんモデルはジョージだった。
上半身裸で男らしい立ち姿を見せていた。
ダニーは、ときたま自分が本当にこのセレブとつきあっているのか信じられない気持ちになる。
目の前にジョージがいない時はなおさらだ。
今朝のジョージの心配そうな電話の声が気になった。
今日は、残業を断ってでも時間をつくろうと思った。
ダニーは、夕方ジョージに電話をかけた。
ワンコールですぐにジョージが出た。
ずっと待っていた様子が窺える。
「おそなってごめんな。今日はどこに行けばええんや?」
「ウェスト・ヴィレッジの「ハバナ」ってお店。すぐに分かると思う。アドレスはね・・」
ダニーはメモをした。
「OK、じゃあ8時にな」
「うん、待ってるから」
ダニーは少し残業をして、ウェストヴィレッジに移動した。
店はいかにもキューバらしいエクステリアで楽しい雰囲気だ。
入り口でジョージの名前を告げると、真ん中のテーブルに案内された。
ジョージが、ペリエを飲みながら待っていた。
「来てくれてありがと」
「当たり前やん。何、頼むか決めたか?」
「キューバ料理はダニーの専門だから、待ってた。はい、メニュー」
ダニーはメニューの中から、グリルド・コーン、ガーリック・シュリンプ、スパニッシュソーセージにアボカドサラダを頼み、
最後はチキンとシーフードのパエリアとシーフードカセロール・スープに決めた。
カセロールには「ヘミングウェイのお気に入り」とあった。
本当かどうかは眉唾だが、とりあえず信じることにした。
「ええ感じの店やな」
「うん、初めて来たんだ。ダニーと一緒にずっと来たいと思ってたとこ」
「そか、ありがとな」
「・・・ねぇ、昨日のことさ・・」
「ジェフリー、えらい泣いてたな。何があってん?」
「アンに婚約解消されたんだって」
「え?あんなに幸せそうやったのに・・」
「ジェフリー、酔っ払って、年下のモデルとベッドにいるとこを、アンに見られたんだって」
「最悪やな。で、そのモデルって男、女?」
「・・・男・・・」
「あちゃー、こりゃ修復は無理かもしれんな」
「ジェフリー、すっかり落ち込んじゃって、仕事も休んでるんだ。」
「なぁ、あいつ、バイなん?」
「僕は違うと思ってた」
「じゃあ、お前とは何もないんやな!」
「もちろんだよ!だって僕にはダニーがいるもん!」
ジョージがすごい剣幕で反論してきたので、ダニーはそれ以上この話を続けるのはやめようと思った。
キューバ料理は満点の味だった。
ダニーは思わず母親の料理を思い出して、涙ぐみそうになった。
「ダニー、どうかしたの?」
「・・スパイスが目に入ってしもうた。染みるわ」
「僕、目薬持ってるから、さすといいよ」
ジョージはとにかく用意がいい。
ダニーは目薬を借りて、涙を押し流した。
「美味かったな」
「ダニーが喜んでくれて僕、すごく嬉しい。それに・・」
「それに?」
「僕の事、信じてくれたんでしょ?僕にはダニーしかいないってこと」
「ああ、あんな剣幕でお前に怒鳴られるとは思ってへんかったわ」
「あ、ごめんなさい。そんなに大きな声だった?」
ジョージが途端に恥ずかしそうな顔になる。
そんなところがとても愛らしい。
「今日は、お前のとこに行こか」
「え、本当に?」
「ああ」
「わぁい!このお店探しといてよかった!」
ジョージは勘定を払って、いつものもこもこダウンを着た。
「お前、それ好きな」
「温かいから。でも今日は、家に帰るともっとホットな気持ちになれるもんね。うふふ」
二人はタクシーを拾って、リバーテラスへと向かった。
もう顔なじみになったセキュリティーが内側から開錠してくれた。
「ありがとう、ベン」
「いい夢を、ジョージ」
ジョージはダニーと腕を組んでエレベータに乗った。
「おい、あのセキュリティー、信用できるんか?」
「うん。いい人だよ。それにうちの事務所から特別給与が出てるから・・」
ジョージは口ごもった。
口止め料か・・・ダニーもそれ以上は尋ねなかった。
アパートに着くと、ジョージはダニーのコートを脱がし、壁に押し付けると、唇をむさぼった。
「あぁ、ダニー、すごく会いたかった」
ため息交じりに甘く囁かれ、ダニーの股間はすぐに反応した。
股間をジョージにすりつけると、すでに固くなったものが触れた。
「お前、俺が欲しいか?」
「うん、すごく欲しいよ。ダニーのすべてが欲しいよ」
「シャワーしよ。一緒に」
「うん」
ジョージはダニーの服をどんどん脱がせ、上半身を裸にすると、胸に真紅のマークをつけた。
「ここなら、誰も見ないでしょ」
「あ、ああ、見ない」
「沢山つけちゃうね」
「それより、シャワーや」
「はーい」
ジョージはシャワールームをミストサウナ状態にした。
すぐに汗が出てくる。
シャワーブースで、海綿スポンジでお互いの身体を洗い合う。
すでに二人のペニスは爆発寸前だ。
「俺、我慢できへんかも」
「嫌だよ、ダニー、一緒に、ね!」
ブースから出るとジョージは全裸のまま、ダニーをお姫様だっこしてベッドに運んだ。
「今日はダニーが入れる?」
「それでええの?」
「うん、すごく欲しいよ」
「後ろ向きになり」
ダニーには余裕がなかった。
ベッドサイドのローションをひくついているジョージの後口に塗りこむ。
中は体温以上に熱い感じだ。
ダニーは自分の屹立したペニスにも塗布し、ぐいっと腰を前に突き出した。
「あぁぁん」
ジョージの甘い声が聞こえる。
顔が見えないのが悔しいが、ダニーは引き締まったジョージの尻に自分の思いのたけをぶつけた。
ダニーのリズムに合わせてジョージが腰を動かし始める。
「あぁ、そこは・・」
ダニーが思わず止まると、「止めないで!」と悲鳴に近い声をジョージが上げた。
ダニーは最後の力を振り絞って、前後運動のスピードを高めた。
「あぁぁっ、ん、僕、いく・・ダニーも、お願い」
「イクで、あああ」
ダニーは身体を痙攣させた。
ジョージも背中を波打たせている。
荒い息のまま、ダニーはジョージの背中に乗った。
「ダニー、最高。愛してる」
「俺もや、ジョージ」
二人はごろんと仰向けになり、天井の照明器具を見ていた。
二人が眠っているところに、玄関のブザーが鳴った。
ジョージのアパートは各部屋にTV画面つきのインターフォンがついている。
1階のセキュリティーからだった。
「はい、ベン。どうしたの?」
「あの・・ジョージ、あなたの友達とおっしゃる男性が玄関に居座っていて・・あなたを出せと」
「え、カメラの方に連れてきてくれる?」
「何や?」
ダニーも目を覚まして様子を見守る。
「あ、この人なら僕の友達」
「でも、酒でほとんど意識がありませんよ」
「僕が今から下に行くから、ベン、様子みててくれる?」
「あなたがそうおっしゃるなら」
「誰や?」
「ジェフリー。酔っ払って意識がないんだって」
「やれやれ、俺も行くわ」
「ダニーは寝てて」
「二人のが運びやすいやろ。酔っ払いは重いで」
「ありがと」
二人はシルクのパジャマの上にコートを着て、1階に降りた。
ベンが壁を背にしてフロアに座り込んでいるジェフリーにペットボトルの水を飲ませようとしていた。
「あ、ジョージ、それにお友達も。すみませんね。こんな夜中に。でも不審者なら警察に通報しないといけない規則なので」
「通報しないでくれてありがとう。僕のモデル仲間のジェフリー。部屋に連れてくね」
3人は挨拶をして、正体のないジェフリーをダニー、ジョージの二人がかりでアパートに運び込んだ。
「急性アルコール中毒じゃないかな?」
ジョージが心配している。
「この顔色やと平気や。急性アル中やともっと青なる」
「水、飲ませたほうがいい?」
「それより、吐くこと考えてバケツかなんかベッドの隅に置いとこ」
「僕、ジェフリーに添い寝する」
「俺のが酔っ払いには慣れてる」
「でも、僕の友達だ」
「じゃ、3人で寝よう」
「分かった」
幸いジョージのベッドは特注サイズだ。
大人が3人寝てもまだ余裕がある。
ジェフリーとダニーが端に、ジョージが真ん中に横たわった。
ジェフリーは規則正しい寝息を立てている。
「このまま朝になるかもな」
「じゃあ、電気消すね」
携帯のアラームでダニーは目を覚ました。
ジェフリーもジョージもすやすや眠っている。
ダニーはそっと起きて、シャワーを浴び、髭剃りと歯磨きを済ませた。
するとジェフリーが入ってきた。
「あ、ダニーさん・・」
「おう、頭痛いやろ。ジョージからアスピリンか何かもらい」
「ごめんなさい。邪魔するつもりなかった・・」
「ええんや、ジョージの友達は俺の友達や。そう思い」
「ありがとう、ダニーさん」
外でバタバタ音がしている。
さしずめジョージがコーヒーを入れに、キッチンに走っていったのだろう。
出て行き際、ダニーはジェフリーにこう言った。
「今どんなに辛くても、酒が忘れさせてくれるのは一時だけや。仕事して忘れるのもええと思う」
「・・・」
ベッドスプレッドの上にジョージが選んだ今日のダニーのワードローブが載っていた。
今日はヒューゴ・ボスか。アランも好きやったな。
ダニーが着替えて、リビングに行くと、テーブルの上に新聞とコーヒーが置いてあった。
「ジョージ、朝飯なら近くのスタバで買うからええで」
キッチンからジョージが顔を出す。
「もう作っちゃった。サーモン&クリームチーズのベーグル、これでいい?」
「最高や、ありがとな」
「昨日はごめんね」
「お前が謝ることないで。ジェフリーの世話してやり」
「いいの?」
「ああ、お前を信じてるからな。それじゃ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
ダニーはベーグルサンドを大事そうにソフトアタッシュにしまって、ジョージのアパートから出た。
朝日がやけにまぶしかった。
マーティンは、仕事を定時きっかりに終わらせると、フェデラル・プラザの前につけてもらったストレッチリムジンに乗り込み、
ドムの家の住所を告げた。
すでにドライバーは承知しているのだが、念のためだ。
ドムのアパートに車をつけると、軍服姿のジェリーとドムが立っていた。
「寒かったでしょ。中で待ってても良かったのに」
「ジェリーが外に出たいって言ったもんだから」
「マーティン、今日はありがとう」
お酒を飲んでいないジェリーのなんと穏やかなことか。
それに着ているのは陸軍士官の制服ではないか!
しかも勲章が幾筋も左胸を飾っている。
マーティンはすっかり驚いてしまった。
「見違えたか?これが帰国前の俺の姿さ」
ドライバーがジェリーを抱きかかえて、リムジンの後部座席に乗せる。
車椅子はトランクだ。
ドム、マーティンと次々に乗り込み、お目当てのリストランテ「アゼッロ」に向かった。
リムジンの中から店にマーティンは電話をかけた。
そのお陰で、「アゼッロ」では2人のウェイターが入り口で待機していた。
士官の軍服で車椅子。こんなドラマチックな客の登場もなかなかあるまい。
ジェリーは難なく、リストランテの中に入った。
マーティンはドライバーに50ドルのチップをやり、2時間後にピックアップに来るようにお願いした。
レストラン・ウィークなのでプリ・フィクスのディナーだが、選択肢が色々あり、ジェリーが喜んで一つ一つ読み上げていた。
あぁ、外食が久しぶりなんだ。
マーティンは、誘ってよかったと思った。
ジェリーは子牛肉のカルパッチョ、マーティンとドムはフライド・カラマリを前菜に、
メインは、ジェリーが子羊のソテー、マーティンがオーガニック・ポークのロースト、ドムがノルウェー産サーモンのソテーを選んだ。
「ジェリーは赤ワインからですか?」
「そうだな、子牛だから赤をもらおう」
マーティンは、バローロ・レゼルベを選んだ。
「それでは、乾杯!」
「マーティンに!」
ジェリーがそう言ったので、マーティンは再び驚いた。
この前の癇癪持ちのお兄さんと全然違うじゃないか。
何をドムは恐がっているんだろう。
ワインと料理が進むうち、ジェリーの話が戦争一色になってきた。
これか!マーティンは直感した。
自分がどれだけ国に貢献したか。そんな自分をどれだけ国がないがしろにしているか。
周りのテーブルに聞こえるほどの熱弁をふるう。
「ジェリー、血圧上がるよ」
ドムがたしなめると一時は静かになるが、それの繰り返しが始まる。
マーティンはこの車椅子の元士官が味わってきた現実がどんなに過酷だったのか思いをはせた。
ワインが2本空き、まだ飲みたそうにしているジェリーを無視して、
ドムが「そろそろデザートを・・」と言った。
「おい、ドム、どういうことだ、俺はまだ飲み足りない」
「続きは家でやろうよ」
「いや、ここが気に入った。気に入ったよ、フェッツの・・あぁ、マーティンだったな」
「もうデザート、用意してるって。美味しいタイミングで食べようよ」
「・・それもそうだ。じゃ俺はカプチーノ」
デザートはティラミスと季節のフルーツ盛り合わせだった。
マーティンもドムもカプチーノを頼んだ。
「なぁ、マーティン、こいつ、フェッツに入れないかな。今の仕事じゃ犬臭いんだよ、ドムは」
ジェリーがマーティンに投げかけた。
「ブリーダーの家の長男なのに、犬嫌いなんです、ジェリーは」
ドムが説明する。
「ドムさえその気があるなら、試験受けてみるのもいいんじゃないかな?ダニーだってマイアミ市警出身だよ」
「そうですね・・考えてみます」
「今より給料が上がるんだから、ほら、マーティンの身なりを見てみろよ。俺たちと月とすっぽんだ」
「わかったよ、ジェリー。考えてみるよ」
デザートが終わり、ちょうど2時間を少し回ったところだ。
「迎えのリムジンが来てますから、帰りましょうか」
マーティンがウェイターに合図した。
チェックを済ませている間も、ジェリーは何かとドムにがみがみ言っていた。
これじゃあまりにドムがかわいそうだ。
マーティンは何とかしてやりたい気持ちが胸の中で育っていくのを感じた。
ダニーがいつものようにアルのパブで食事を済ませてアパートに戻ると、
廊下に部屋の明かりが漏れていた。
マーティンはドム兄弟と一緒のはずだ。ジョージか?
念のため、腰のピストルに手を置きながら、鍵を開ける。
案の定、ジョージがソファーで転寝をしていた。
ダニーが静かにコートハンガーにコートをかけ、部屋に行こうとすると、
「んんん」という声と共に、ジョージが目を覚ました。
「あ、ダニー、おかえりなさい」
「ただいま。つーか、お前、来るんなら電話くれたら、一緒に食事できたのに」
「ごめんなさい、でもさっきまでジェフリーといたんだよ。彼のアパートに行ってさ、アルコール類を始末してきた。
それで夕飯作ってあげたの。ダニー、今朝、ジェフリーに何か言ったの?」
「ああ?そや、酒が忘れさせてくれるのは一時だけやって言うた」
「すごく身にしみたみたいだよ。来週、エージェンシーに行って、アイリスに仕事で穴あけたのを謝るって」
「よかったな。あのルックスなら、またすぐに彼女が出来るて」
「・・それなんだけどね、やっぱり、彼、バイだった」
「そか。そりゃ複雑やな」
「でもアンとの事は本気だったんだって」
「そやろなぁー」
「ねぇ、バイの人ってさ、もうヘテロにはならないのかな?」
「うーん」
ダニーはだまってしまった。自分の胸に問いかける。
「自分の一部に一生ウソつくことになるな。俺はそう思う」
「ダニーってもともとバイなの?」
そういえば、ジョージとこの話をしたことはなかった。
まさかマーティンとの一夜の体験で、バイに目覚めたとは言えない。
「いつのまにかな」
「今も女の人欲しい?」
「今はいらへんな」
ダニーは女性だけの殺人グループに殺されかけたのだ。それ以来女性とはご無沙汰だった。
「僕がいるから?」
「こっちおいで」
ジョージは立ち上がった。
ダニーは自分よりはるかに背の高いジョージをぎゅっと抱き締めた。
「そや、お前がいるからや」
「へぇ、そうなんだ!」
ジョージが嬉しそうな声を出した。
「もし女の人が欲しくなったら言ってね。僕もおつきあいする」
「はぁ?お前何言うてんの?3Pか?」
「ダニーが楽しければ、僕はいいよ」
「アホ!それよか、バスケットの試合見ようや。録画したんや、ニックスとフィラデルフィアの試合」
「本当?楽しみだ」
「ビールもあるで。ワインとどっちがええ?」
「ビールは太るから、ワインがいい」
「ほな、ワインクーラーから好きそうなの選び。ブランドもんはないけどな。俺、着替えるわ」
「わかった」
ダニーが普段着に着替えてくると、ジョージがオーストラリアのシャルドネを開けて、
チーズのカナッペを作っていた。
「お、美味そうやなー」
「今日、何食べたの?」
「あん?残業してたから、ホットドッグや」
ダニーは思わずウソをついた。
アルの店のことを、ジョージにもなぜか知られたくなかったのだ。
「それじゃ、もっと何か作るよ」
「ええって。早う、試合みようぜ」
二人はソファーに並んで座って、バスケットの試合を見始めた。
白熱した試合で、二人とも録画なのを忘れて、身を乗り出して見入った。
試合が終わったら、真夜中になっていた。
「今日、泊まるやろ?」
「いいの?」
「もちろんや。ま、お前んとこみたいに快適じゃないけどな」
「そんなの関係ないよ。僕、嬉しいんだ。ダニーのそばにいられる」
「俺は、いつもここにおるで」
「そうだよね」
「風呂入れてくるわ」
ダニーはバスルームに入った。
何となく、ジョージが自分のところに越して来ないかと言い出すような予感がしていた。
ダニーがオフィスに出勤すると、マーティンが浮かない顔で考え事をしていた。
「ボン、おはようさん」
「あ、ダニー、おはよう」
「どうした?世界が破滅するような顔して」
ダニーはアルのまねをして話しかけた。
「うん、ちょっとね」
「何や、俺に話せない内容か?」
「昼にでも話すよ」
「そか」
ダニーは、ジョージが作ったツナサンドを取り出して、食べ始めた。
「半分食うか?」
「いらない」
またマーティンはPCをにらみつけて、考え事を始めた。
しゃーない。まただんまりのボンに戻ったか。
ダニーは諦めて、ツナサンドにかじりついた。
「なぁ、外回りせいへん?」
ダニーはマーティンを誘った。
「ダニー、冬は嫌がってるのに、珍しいね」
「ちょっと気になる人がおってな」
「ふうん?じゃ一緒に行く」
二人はまず「イン・アンド・アウトバーガー」で手土産を買い込み、公用車のフォードに乗って、
ブロンクスに出かけた。
廃墟ビルの中を廃材を踏みしめながら歩く。
「ここって・・」
「そや、ギャングにダーツの的にされたメアリーがいるとこや」
2階に上がって、ブルースに挨拶する。
「ブルージー、元気か?」
「おぉダニー。この前はメアリー助けてくれてありがとう」
「お前が教えてくれなかったら、メアリー危なかったで。もっと早く知らせ」
「あいにく、携帯電話はバッテリー切れでな」
ブルースは冗談を言いながら、ダニーからハンバーガーを受け取った。
「最近どや?」
「ヒスパニック・ギャングとアルメニア・ギャングの間がもめてるらしい」
「ふうん、そか。メアリー、どこや?」
「この上の階に越したよ」
「じゃあ、挨拶してくるわ」
マーティンは無言でダニーとホームレスの会話を聞いていた。
ダニーのように自分はホームレスの心を開かせることは出来ない。
また劣等感が首をもたげた。
3階に上がり、奥の部屋を見ると、見覚えのある重ね着の玉が動いていた。
「メアリー、ダニーや」
「ダニーかい!この前はすまなかったね。ありがとう。その上お金までくれて」
「見舞金や。傷は痛むか?」
「あそこの色男の医者にたっぷり色目使ったら、最後まで面倒みてくれたよ」
メアリーは歯の抜けた口の中を見せながら笑った。
色男の医者とはトムのことだ。
「よかったな。メアリー、もう危ないことするなよ」
「この前はちょっとしくじっただけさ」
「はい、ハンバーガー」
「いつも悪いね」
「何か変わったことないか?」
「1階に若いのが沢山住みつき始めたね。ドラッグの取引もやってるみたいだ。くわばらくわばら。だから3階に越したのさ」
「そか、薬中にも近寄るなよ」
「ああ、わかってるって」
ダニーとマーティンはビルを出た。
「組織犯罪班のクリスに連絡やな」
「アルメニア・ギャングって西海岸が多いんじゃないの?」
「あっちじゃ食えなくなってきたんやろ」
「いやだな、この街がギャングの抗争で流血騒ぎになるのって」
「しかたないやん。とりあえずは気がすんだから、帰ろう」
二人はボスにランチを取って戻ると連絡して、とりあえず、フェデラル・プラザまで戻った。
車を地下に停めて、いつものカフェの日替わりを頼む。
今日はチキンラビオリのチーズソースとグリーンサラダだ。
「で、ボン、朝、何悩んでた?」
「うーん、ドムのこと・・」
「なんや、ケンカでもしたか?」
「その反対。お兄さんさ、陸軍士官のエリートだったんだよ。
それが半身不随になって性格まで変わっちゃったみたいで、
ドムに鬱憤晴らしの小言を言うのが癖になっててさ、
可愛そうになっちゃった」
「ドムが?それとも兄貴がか?」
「両方・・・でも特にドムかな」
「あんなに明るい奴なのにな。でも施設に入れるわけにもいかへんやろ」
「ドムが了承しないと思う」
「それなら仕方ないやん。出来るだけ楽しい時間を過ごせるようにしてやり」
「それしかないのかな。何だか自分が無力だ・・」
「あんまり人の家庭に入り込むなよ。相手にも事情があるんやろうし」
「うん・・・わかった。そうする」
マーティンは一応納得した顔をして、ラビオリを口に運んだ。
402 :
356の続き 書き手2:2008/01/29(火) 22:29:49
昼休みになった。いつものようにオフィス内がにわかにざわつきはじめる。
マーティンがダニーを誘おうとするより少し早く、サマンサに呼び止められた。
「何?」
「ランチに行かない?私が奢るから」
「え、僕に?なんで?」
「さっきコートを貸してくれたお礼よ。特別にチョコファッジサンデーもつける!」
サマンサはカフェのサンデー無料クーポンをひらひらさせた。
「僕、ダニーと食べようと思ってたんだけどな」
マーティンに助けを求めるような目で見られたが、ダニーも行くように勧めた。こういう時は気づかないふりをするのが一番だ。
「行ってき。サムの好意やしクーポンなんやから遠慮することないやん」
「クーポンで悪かったわね。行きましょ、マーティン」
サマンサはからかうような調子で言い、いそいそとマーティンを連れて出て行った。
思いがけずできた独りの昼休みに、ダニーは迷うことなくカバブとファラフェルピタを買ってジェニファーの元へ向かった。
クリニックの中は温かく、きちんと管理された適度な湿度で潤っている。
待合室で食事中だったジェニファーが寒そうに入ってきたダニーを見てにっこりした。
「どうしたの?」
「ジェンとランチしようと思って買ってきたんや。ファラフェル好きやろ」
ダニーはシーフードマリネやフォカッチャの横に紙袋を置いた。マリネのレモンの匂いが食欲をそそる。
「うまそうやな」
「どうぞ、食べてもいいわよ」
「サンキュ」
ジェニファーにフォークを差し出され、ダニーは遠慮なく食べ始めた。
「なあ、今日、スウィーニー・トッド見に行かへん?」
「映画?」
「うん、おもしろそうやで。一緒に行こう」
返事がないのでのぞきこむと、ジェニファーは困った顔で無理だと言った。知り合いに会ったら困ると。
「そうか、人目があるもんな・・・じゃあ、プランBや。オレんちでDVDは?」
がっかりしたのを気取られないように、ダニーはジェニファーの手の甲に唇を押し当てる。
「あかん?」
「いいわ、ダニーの好きなのを見ましょう。でも、見たらすぐに帰らなきゃいけないけどいいの?」
「うん?」
ジェニファーがセックスのことを言っているのだと理解するのに少し時間がかかった。
確かにDVDを見たらセックスする時間は残らない。ダニーはそれでもかまわないと思った。
「そんなん全然平気や。見てる間くっつくから関係あらへん」
ダニーは言い、素早く腰を抱いた。しっとりした首筋に唇を這わせてくすぐる。
「このまま早退しよかな。そんでジェンの仕事が終わるまで受付の下に潜って隠れとくねん」
「バカね、すぐにドクター・バートンに見つかって追い出されちゃう」
ジェニファーにくすくす笑われ、ダニーも照れくさそうに笑う。
「そういえばトロイがそろそろ帰ってくる時間やな。あいつに会うの嫌やからぼちぼち行くわ」
ダニーは出て行きかけて戻り、もう一度キスをしてからクリニックを出た。
支局に戻るとマーティンが先に戻っていた。デスクにサマンサの姿はない。ダニーはイスごと近寄って肩をたたいた。
「サムとのランチどうやった?」
「僕を見捨てたのに気になるの?」
「大袈裟やなぁ。感想はどうやったって聞いてるだけやないか」
「フツー」
マーティンのなげやりな答えに思わず笑ってしまう。
「明日は一緒に食べるから機嫌直し」
突き出したダニーの拳に、マーティンはやや強くがつんとぶつける。
「今日さ、ヤンソンさんの誘惑が食べたいな」
「今日か・・・」
ダニーは注意深く答えた。ここで怪しまれるわけにはいかない。頭の中で素早く嘘を組み立てる。
「今日な、兄貴に会うんや。そやからちょっと遅くなるけど、その後でお前のアパートに行くわ」
「ううん、無理しなくていいよ。ダニーがお兄さんに会うなんて滅多にないじゃない」
ありがとうと言おうとしたのに、完全に信じきったマーティンの様子に何も言えなくなってしまう。これ以上嘘を重ねることはしたくない。
ヴィヴィアンが戻ってきたのでダニーは自分の席に戻った。
ダニーは、アルのパブで食事を済ませて、アパートに帰った。
3ブロック歩くだけで家に着く距離感が嬉しかった。
部屋に入り、エアコンを入れる。留守電が点滅していた。
どうせジョージだろう。
コートを脱ぎながら、再生ボタンを押した。
「ダニー。マーティンです。最近ディナー誘ってくれないけど、どうしてかな?気になって電話しました。おしまい」
子供のような表現に、ダニーは思わず苦笑した。
ベッドルームで着替えていると、電話が鳴った。
「はい、テイラー」
「あ、ダニー、僕」
ジョージだった。
「おう、元気か?」
「うん、ねぇ、最近さぁ、一緒にご飯食べてなくない?」
「そか?そやなぁ、残業多かったからかな」
「僕、寂しいよ。ねぇ、明日、遅くてもいいから家でご飯食べない?」
「ああ、ええよ、遅くなったらごめんな」
「大丈夫、待ってるから」
その後、ジョージはいつものとおり、自分の一日を事細かにダニーに報告し、気がすんだのか、電話を切った。
アルの店に行き始めてから、確かにマンハッタンで食事をする機会がめっきり減った。
二人に同時に指摘され、ダニーは思わず苦笑した。
ジョージの次はボンやなぁ。
ダニーは頭をかきながら、バスタブにお湯を張りにバスルームに消えた。
翌日は、寒さも一息ついたのか穏やかな晴れだった。
事件も起こらず、チームは、経費計算や過去のファイルあさりで時間をつぶした。
マーティンが買ってきたチョコドーナッツを食べながら資料を見ていると、
ダニーの携帯が震えた。ジョージとある。
ダニーは廊下に出て話し始めた。
マーティンが様子を窺っているのがわかる。
「はい、テイラー。うん、大丈夫や。今日は遅くならへん。ああ、わかった。出る時電話入れるわ。じゃあな」
携帯をしまおうとすると、ポンと肩を叩かれた。
後ろを振り向くと、にやにや笑いのサマンサが立っていた。
「なんや、サムか。びっくりさせんな」
「うふふん。すごく親しそうだけど、相手の声、男だったわよね」
「それが何?」
「ダニー、まっさか、隠れゲイじゃないでしょうね?」
「そな、アホな!俺のこと知ってるやろ、サム!」
「最近の男ってわからないものねー。ダニー・テイラー、親しげに男と話す、メモメモ」
にやにやしながら、サマンサは席に戻っていった。
命を預けあってる同僚とはいえ、性的嗜好をバラすわけには、絶対にいかない。
ダニーは、架空の女の恋人でも作ろかと考えた。
定時になり、帰り支度していると、カシミアのコート姿のサマンサが意味深な顔をしながら、
「彼女によろしくね、ダニー」と言って帰っていった。
マーティンもコートを着て、バックパックを背負うと、わざとダニーにぶつかって
「あ、失礼。また明日ね」とつんつんしながら帰っていった。
やれやれや。
ダニーは、地下鉄の駅でマーティンに会うのを避け、
フェデラル・プラザからワン・ブロック西に進んだ角で、タクシーを拾った。
「ダニー、ダニー、朝だよ、遅れちゃう」
熟睡していたダニーは、ジョージの力強い腕で身体をゆすぶられて、目を覚ました。
「んん、あ、痛てて」
「どうしたの?」
「お前が昨日激しかったから、足がつった」
「大丈夫?マッサージしようか?」
「マッサージなんかされたら、またヘンな気起こすやんか。大丈夫や」
ダニーは、すとんとベッドのそばに立ち上がった。
「僕、コーヒー入れるね」
「ああ、俺、シャワー」
まるで同棲しているカップルのようだ。
ジョージが楽しそうにしているので、面倒くさいが嬉しそうな顔をしなければならない。
俺、罰当たりかもな。
ダニーはシャワーを浴びながらぼうっと考えていた。
シャワーから出ると、いつものように、ジョージお見立てワードローブがベッドの上に並んでいる。
今日は、アルマーニか。
ダニーはさっと身体を拭いて、着替えを始めた。
キッチンでジョージがばたばたやっている。
「ジョージ、朝飯ええよ、作るの面倒やろ?」
「もう作っちゃいました!」
ジョージがシルクのパジャマの上にエプロンをした姿で現れた。
「今日はツナと卵のサンドウィッチだけど、いい?」
「お前が作ってくれるもんなら何でもええよ」
「本当?」
ジョージが輝くような笑顔を見せた。
「ジップロックに入れるね、あとコーヒー」
「ん」
ダニーは、サンドウィッチをソフトアタッシュにしまい、コーヒーを一気に飲んだ。
「それじゃ、行って来るわ」
「うん、行ってらっしゃい。今度はすぐに会えるかな・・」
不安そうなジョージの顔が切ない。
「あぁ、事件なかったらまたすぐ会えるで」
「わかった」
ダニーは、アパートのドアを閉め、ふぅっとため息をついた。
さて、今日はマーティンの機嫌を取る日だ。
ダニーはディナー勝負だと思い、マーティンが食べたそうなメニューを考えながら、地下鉄に揺られた。
フェデラル・プラザに着くと、エレベーターホールでサマンサと一緒になった。
「よう、おはよう」
「おはようございます。Mr.テイラー、くくく」
完全にからかいモード全開だ。
ダニーはだまりこくって、フロア数の表示を目で追った。
MPUのフロアーで降りたダニーはサマンサに「意味深なこと言わんといてくれへん?」と釘を刺した。
ロッカーに入り、コートを脱ぎながら、サマンサが反撃に出る。
「いいじゃなーい。だってただのお友達なんでしょ?」
「そや、でもマーティンがヘンに思うかもしれへんし」
「うちのボーイズってみんな結婚に不向きなのかしらね。マーティンも彼女いなさそうだし」
「ボンのことは分からへんけど、とにかくやめてくれ」
「はいはい、仰せのままに」
二人がデスクに着くと、マーティンがちょっと顔を上げ、小さな声で「おはよう」と言い、またPCの画面をにらみつけた。
ダニーが今晩捜査会議希望とメールをしても、しばらく返信が来なかった。
その後、マーティンはボスと裁判所に出かけ、話す機会がなくなってしまった。
あいつ、ほんまぶすくれてるな。どないしよ。
すると携帯が震えた。
メールだ。「捜査会議楽しみにしてる」
ダニーは、レストラン検索サイトを開いて、マーティンの家の近くのステーキハウス「ポストハウス」に決めた。
珍しくイラン人のシェフが賞をいくつも取っている有名店だ。
ポーターハウスはなさそうだが、グリルには定評があるらしい。
ダニーは予約を済ませて、マーティンの帰りを待った。
定時になり、やっとボスとマーティンが帰ってきた。
「やれやれ、お疲れ、マーティン」
ボスが肩をぽんと叩いた。
「はい。ボスよかったですね」
「ああ。これでやっとあいつを有罪に出来るな」
今回の裁判は、小児性愛者の誘拐未遂事件についてだった。
チームにとっては、4年前のスポールディング事件を思い出させるものだ。
特にボスは、晴れ晴れとした顔をしていた。
自然とサマンサの表情も緩んだ。
「今日はこれで帰れ。私も疲れた」
ボスはオフィスに入っていった。
「ボン、行くか?」
「うん、そうだね」
マーティンは脱いだコートをすぐに身につけ、バックパックをしょった。
1階まで降りて、二人きりになってやっとマーティンがしゃべり始めた。
「今日はダニーのおごりだよね!」
「そや。お前の大好物のとこに行こかな思って店選んだし」
「本当?」
二人はタクシーでアッパーイーストサイドまで上がった。
「わーここ、来たかったんだ!」
マーティンが目を輝かせた。
席は中央より少し奥よりで、居心地は悪くない。
二人はメニューを吟味して、マーティンは生牡蠣とフィレ・ミニヨンを、
ダニーはクラブケーキとプライム・リブを頼み、シーザーズサラダをとりわけ用にオーダーした。
ワインはマーティンにおまかせだ。
どんな高級ワインでもダニーの支払いだ。
ギャンブルみたいや。
ダニーは内心どきどきしていた。
マーティンはケンダル・ジャクソンを選んだ。ダニーは観念した。
250ドルのワインだ。
料理が途中まで進むと、マーティンが急に饒舌になった。
「ねぇ、昨日はさ、ジョージと食事したんでしょ?」
「ああ、誘われたからな、お前より先やった。ごめん」
ダニーはついウソをついた。
「ダニーって最近いつも受身じゃない?」
「ああ?ベッドの中でか?」
マーティンはみるみる顔を赤くした。
「違うよ。人との付き合いだよ」
「今日は違うやん。俺が最初にアクション起こしたし」
「そうか」
「お前、考えすぎやて。この前からおかしいぞ。ドム兄弟のこととかさ」
「ダニーが遠くにいるような気がするんだ。いつもの外交的なダニーはここにいない」
「そうかな?」
「でも、いいや。今は僕のそばにいるわけだし」
「そやろ、お前とはいつも近くにいるやん」
「そうだよね。ねぇプライム・リブ少し食べたいな」
ダニーは一片切って、マーティンの皿に載せた。
「フィレ・ミニヨン食べる?」
「俺はええわ、腹ふくれてきた」
「今日、家に泊まる?」
「ああ、そう思うてたけど?」
「分かった」
マーティンは静かにステーキの続きを食べ始めた。
仕事を終えたダニーはマーティンと地下鉄の駅まで歩いた。
別れ際に必ず電話すると約束すると、マーティンははにかんだ笑いを浮かべてこくんと頷いた。
地下への階段を降りるマーティンを見送るダニーの胸は微かに痛む。
何度こうやって騙したのか、今ではもう数え切れない。
罪悪感を振り切るように踵を返して歩き出した。
待ち合わせしたカフェの2ブロック手前で信号待ちをしていると短くクラクションが鳴った。
振り向くとシルバーのサーブからジェニファーが手を振っているのが見え、ダニーは素早く乗り込んだ。
「あんなに人がいてるのにオレってようわかったな」
「ダニーが手を擦っているのが見えたの。寒い寒いって言いながらいつも手を擦るでしょう?」
「ああ、そういえばやるな」
自分の些細な癖を憶えていてくれたことに思わずにんまりしてしまう。
「腹減ったな。晩めし何にする?」
ダニーは手袋を外してしっかりと手をつないだ。
近くの店でピザとミネストローネを買ってアパートに帰り、さっそく今夜見るDVDを探した。
ダニーが選んでいる間、ジェニファーはキャビネットを興味深そうに眺める。
「いろいろあるのね。80年代が多いかな。ヤン・シュヴァンクマイエルのアリス・・・これ、すごく不気味で怖かった」
ジェニファーは1本1本じっくりと見ている。ダニーはエロDVDを別の場所に隠しておいてよかったと心の底から思った。
特にボスから借りるレイプモノや獣姦DVDなんか見られたら嫌われるどころか軽蔑されてしまう。
「ダニーがモンティ・パイソン好きなんて知らなかった。あっ、こんなの買ってる!」
ジェニファーはKING OF THE HILLのDVDBOXを見つけてけたけた笑った。
「買うほど好きなの?」
「ちゃうちゃう、それはサマンサのや。時々借りてる。なあ、どっちがええ?」
ダニーは散々迷って選んだアポロ13とマネキンを差し出した。ジェニファーは少し迷ってからマネキンを選ぶ。
「アポロ13は今度見るときね」
「そやな、そうしよう」
二人は寄り添ってピザを食べながらDVDを観はじめた。
ただひたすら幸せなエンディングでマネキンは終わった。
ジェニファーはアンドリュー・マッカーシーが懐かしいとか、何度見ても最高の結末だとか言った。ダニーは頷きながら自然と無口になる。
もうすぐジェニファーは帰ってしまう。自分の知らないヨガ帰りの妻に戻って・・・
「 ¿Se te ha comido la lengua el gato? 」
「え?」
突然のスペイン語に驚くダニーにジェニファーは同じ質問をくり返した。
どうしてしゃべらないの?と大人が子どもに言う言い方に苦笑してしまう。
「ひどいなあ、またオレのこと子ども扱いして・・・」
「ダニーが何も言わないからよ」
ジェニファーはダニーの頬を両手で挟んで軽くキスをした。
「それだけ?」
口をとがらせたダニーにさっきより長いキスをしてジェニファーは手を離した。今度はダニーからキスをして強く抱きしめる。
「帰るんやろ?」
「・・・うん」
今日は帰るなと言いたいのをぐっと飲み込んでバッグを手渡した。
ジェニファーを見送って部屋に戻ったダニーは、冷蔵庫からビールを取り出した。
残っていたピザを一口かじったものの、それ以上食べる気にならなくてカートンに戻す。
そのままうとうとしてしまい、ふと気づくと深夜になっていた。
「くそっ!マーティンに電話せなあかんのに寝てしもた!」
ダニーが迷いながら電話するとワンコールも鳴り終わらないうちにマーティンが出た。
「オレや。ごめんな、遅くなって。起こした?」
「ううん、寝てないよ。ダニーを待ってたから」
マーティンに兄の様子を聞かれ、適当にでっち上げた当たり障りのないことを話す。見え透いた嘘に自分に嫌気が差した。
「明日、もう今日か、ヤンソンさんの誘惑作ったるわ」
話題を変えながら窓の外を見ると雪明りに照らされた摩天楼が目に映った。街は静けさに包まれている。
マーティンととりとめのない話をするうちに、さっきまで感じていたわけのわからない苛立ちがいつのまにか消えていた。
ダニーは携帯のアラームで目を覚ました。
隣りではマーティンがすやすやいい気持ちそうに眠っている。
「おい、朝やで、仕事いこ」
「うーん、眠いよ・・・」
またとろとろし始めるマーティン。
ダニーは、ついにくすぐり攻撃に出て、マーティンを覚醒させた。
「ずるいよ!人が寝てるのに・・」
「だって二人で遅刻してボスのお目玉食らうのだけは、嫌やろ」
二人は順番にシャワーを浴びて、歯磨きと髭剃りを済ませた。
ダニーは、ウォークイン・クローゼットの中から、この前自分で持ってきたスーツとシャツとネクタイを取り出した。
マーティンも慌てて着替えを始める。
「スタバでコーヒーと朝飯やな」
「そうだね」
二人はドアマンのジョンに挨拶をして、地下鉄の駅に向かった。
フェデラル・プラザ前のスターバックスは長蛇の列だが仕方がない。
カフェイン中毒のダニーは、すぐにでもコーヒーが飲みたかった。
やっと順番がきてダニーがダブルエスプレッソとソーセージマフィン、
マーティンがカフェラテとグリルドチキンサンドを買う。
ジョージとの朝とはえらい違いや。
ダニーはついくすっと思い出し笑いをしてしまった。
マーティンが訝しげに見ている。
「お前のことやないから」
ダニーはそういってまたくすっと笑った。
「やな感じだよ、ダニー、いじわるだ」
二人はオフィスに着くまで一言もしゃべらなかった。
ランチになり、ダニーはマーティンを誘って、いつものカフェに出かけた。
入り口に立っていると、向こうの方で手を振っている男がいる。
組織犯罪班のクリスだった。
「よう、相席してもかまわんか?」
「もちろんだよ。昼は混むからな」
「日替わりが出来てから、余計に混むな、あ、クリス、こっちは同じMPUのフィッツジェラルド捜査官」
「おぉ副長官殿のご子息か。会えて嬉しいよ」
クリスは簡単に自己紹介すると、ダニーと話し始めた。
ブルースのタレコミのお陰で、先週末に予定されていた、
ヒスパニック・ギャング対アルメニア・ギャングの抗争を未然に防げたという。
「へぇ、ガセでもなかったんやな」
「うちでも情報を掴んでいたんだが、相手がアルメニアとは思わなかったから、助かったよ」
「で、アルメニアはこっちに勢力伸ばしてんのか?」
「ああ、LAがメキシコ、黒人、中国ともう入る隙がないと思ったんだろうな。こっちに大分移ってきてるらしい」
「ねぇ、二人はどういう知り合いなんですか?」
マーティンがやっと話せる隙間を見つけて質問した。
「クアンティコの同期生さ。俺もフィラデルフィアで警官やってたから、バックグラウンドも似てるしな?ダニー」
「そや、そんなとこや」
「僕のこともマーティンと呼んでください」
「何だか恐れ多いな」
「気にしません。父と僕は別ですから」
「わかったよ、マーティン。これからもよろしく」
二人はがっちり握手した。
「じゃ、俺、ランチ食ったからオフィスに戻るわ」
クリスは去っていった。
ダニーとマーティンは、日替わりのビーフストロガノフとベイビーリーフサラダでランチを済ませて、
オフィスに戻った。
「クリスって普通の人だね」
「どういう意味?」
「組織犯罪班の人って、もっとこわもてだと思ってたから」
「あいつ、あれでも空手5段なんやで。素手じゃ誰にも負けへんかった」
「へぇー、そうなんだ」
「お前のレスリングも相当な腕やな。どうやって習得したかは、あえて聞かんようにしとくわ」
ダニーはにやっと笑うとチェックとウェイトレスを呼んだ。
仕事を終えて家に戻ると、また部屋の明かりが漏れていた。
拳銃に手をおきながら、鍵を開ける。
例によって、ジョージがソファーで転寝をしていた。
「おい、ジョージ、ただいま」
「あ、ダニー!お帰りなさい。今何時?」
「8時半や」
「早かったね」
「お前、夕飯どうした?」
「ダニーと食べに行こうと思ってた」
「そか、じゃ、ピッツア食うか?」
「うん!」
ジョージはダウンコートを着て、ダニーと一緒に外に出た。
グルマルディーズはいつもどおり混んでいたが、マネージャーが気を利かせて、席を作ってくれた。
アンティパストの盛り合わせとマルゲリータにペスカトーレを頼んで、
キャンティーで乾杯する。
「ねぇ、この週末さ、仕事ない?」
「ああ、休みやけど?」
「これ、興味ある?」
ジョージはパーカーの腹のポケットからパスを2枚差し出した。
「え!スーパーボウルのVIPパスやん!今年はジャイアンツが勝ったしな、ペイトリオッツは無敗だし、興味あるある!
でもアリゾナやろ?どうやって行く?」
「チャーター機頼んだ」
「え!」
「その・・・ダニーさえよければさ。試合終わってすぐにNYに戻ったら、月曜日休まないで済むでしょう?」
「あぁ、すげーなー」
「じゃあ、一緒に行ってくれる?」
「ああ、もちろんや。断れるわけないやん」
ジョージはにんまり笑った。
「じゃあ、明日の午後出発で1泊して日曜日の晩帰りで決まりだね」
「俺、そんなビッグ・ゲーム見たことないで」
「僕もだよ。楽しみだね」
「ジョージ、サンキュ!」
二人はキャンティーでさらに乾杯し、ダニーのアパートに戻った。
ダニーは部屋に戻ると、無言でジョージをぎゅっと抱き締めた。
ジョージの目が濡れたように光っている。
そのまま二人は、ベッドルームへと入っていった。
ジョージは、アリゾナ行きの支度をするといって、セックスの後、帰っていった。
ダニーも、簡単な着替えや小物をトューミのキャリーバッグに詰めて、旅の用意をした。
ジョージのリムジンが12時に迎えに来る。
十分に休養と取ろうと、ダニーはベッドに入った。
リムジンは時間通りにやってきた。
これから、アリゾナ州グレンデールへの旅だ。
チャーター機は小型だが中が快適なラウンジになっており、
二人はシャンパンとキャビアでアリゾナに向かった。
空港にはまたリムジンが迎えに来ていた。
ダニーは、この旅行のためにジョージはどれ位の費用を費やしたのかと思ったが、
聞くだけ野暮なので質問を控えた。
ルネッサンス・ホテル&スパは去年できたばかりの最新ホテルで、設備も素晴らしかった。
部屋はコーナー・キング・スイート。
キングサイズベッドが一つで、二人がそういう仲だとすぐに分かる。
ベルボーイにジョージは500ドル渡し、絶対に他言しないように釘をさしていた。
ベルボーイはさらににサインを5枚ほどジョージに書いてもらい、部屋から下がった。
きっとオークションに出品するつもりだろう。
二人は、スパでゆっくりサウナやジャクジーにマッサージを存分に楽しんで、ルームサービスで食事をした。
ジョージが目立ちすぎ、ホテル内のダイニングで食事が出来ない。
ホテル側がぴりぴりしているのがわかる。
ディナーにもシャンパンをオーダーしたせいか、二人ともすぐに眠くなった。
せっかくのホテルステイだが、睡魔にまけて、二人はベッドに入るとすぐに眠りについた。
翌日、朝食をルームサービスで食べた後、
リムジンで、フェニックス大学のスタジアムに向かった。
二人はVIP専用ゲートから中に入り、VIPラウンジからの観戦となった。
そういえばアランとも見たな。
過去がよみがえってくる。
ウェイターが二人にシャンパングラスを渡す。
カナッペやフィンガーサンドウィッチをつまみながら、双眼鏡で見たり、
設置されているTV画面に見入ったりして、二人は試合を楽しんだ。
ジョージに気がついたペイトリオッツのオーナーが、話をしにやってきた。
「これはまた、大スターのおでましですな」
「そんな・・・お邪魔しています」
「今年のうちはいいチームでしょう」
「はい、素晴らしいですね」
「それでは、失礼を」
続いて負けじとジャイアンツのオーナーも来た。
「オルセンさんは、確かNYご在住では?ということは、我がチームの応援ですね!」
「はい、そのつもりで友人と来ました」
ダニーも行きがかり上、挨拶し握手する。
「それじゃあ、試合を楽しんでください」
「ありがとうございます」
二人はラウンジチェアーに腰掛けて、試合の行方をずっと見守った。
ダニーとジョージは帰りのチャーター機の中にいた。
ダニーはふと映画「プリティー・ウーマン」を思い出した。
企業買収で巨万の富を持つ男が惚れたコール・ガールをLAからサンフランシスコへのデートに誘う。
あれをその頃つきあっていた恋人と見ていた時、こんな世界は自分とは無縁だと思っていた。
ところが、今、実際に自分がそれを体験している。
ジョージはシャンパンにストロベリーを浮かべて上機嫌だ。
ダニーは、ジョージとこれからも付き合っていくためには、この環境に慣れなければならないのだと、
ほとんど観念に近い思いで、窓から見える群青の空を眺めていた。
ここまで世界が違うと、男のメンツの問題どころではない。
「ダニー、無口だね、疲れたの?」
ダニーの様子に気がついたジョージが心配そうな顔で尋ねた。
「あぁ、お前は慣れてるんやろけど、俺には、びっくりだらけの2日間やったから」
「ごめんなさい。今度はダニーが楽しいこと、いろいろしようよ」
「お前は変わらなくてもええよ。もっと一緒に楽しいことしよ」
「本当?約束だよ」
「あぁ、約束や」
「うん!」
ジョージがにっと笑顔を見せた。
NYに到着し、またリムジンでマンハッタンまで戻る。
その途中、ブルックリンのダニーのアパートでダニーは降りた。
「ほんまにサンキューな。何でお返ししよか」
「ダニーの手料理がいい」
「うん、わかった。それじゃな」
なかなか手を離そうとしないジョージ。
その手に優しくもう片方の手を置いて「また電話するから」と言い、ダニーは歩道に上がった。
窓が開いた。
「あのね、NYファッション・ウィークが始まるから、2週間会えない」とジョージが泣きそうな顔で告げた。
「そんなん、かまへん。2週間なんてすぐやん」
もう、真夜中だ。
ダニーはリムジンが角を曲がるまで見送り、アパートに走りこんだ。
エアコンをつけて、シャワーをし、ベッドに入る。
明日からは、また政府の一介の役人の仕事が待っている。
ダニーは、この2日間の興奮が冷めない頭を冷やすために、メラトニンを飲んで、目をつむった。
翌朝はおかげでさわやかに目が覚めた。
買い物に行く暇がなかったのでミルクが切れている。
ダニーは早めに家を出て、スターバックスの店内で、
ゆっくりダブル・エスプレッソとハム・チーズサンドウィッチを食べた。
テイクアウトでさらにカフェラテを持ち、ダニーはオフィスに向かった。
マーティンがデスクで静かにベーグルサンドをかじっていた。
「おはよう、ボン」
「おはよう、ねぇ、ダニー、留守にしてた?」
「ん?何で?」
「僕、携帯にも家にも留守電残したから・・」
「ごめんな、ちょっと兄貴の家の野暮用を手伝うてたわ」
「そうなんだー」
「お前は何してた?」
「スーパーボウルの中継見てた。VIPラウンジにジョージがいたってTVで言ってたよ」
「そか?俺は知らへんわ」
信じたのか信じないのか、マーティンはまたベーグルをかじり始めた。
あちゃーやな。
取材されなくても、ニュースになるのか。
気をつけるに越したことはない。ダニーは肝に銘じた。
帰り際、マーティンが用もないのに帰り支度をぐずぐずしていた。
誘って欲しいのだろう。気持ちが痛いほど伝わってくる。
だが、今日はだめや。
ダニーは、「ちょっと風邪気味やから、お先するわ」と言って、オフィスを出た。
ブルックリン行きの列車に飛び乗り、まっすぐアルのパブに向かう。
「よう、いらっしゃい」
アルがいつもの挨拶で迎えてくれた。
「グレンリヴェットとギネス・ビーフ」
「よっしゃ。今日は肉がちょっと美味いぞ。ポテトのおまけつきだ」
「そりゃ嬉しいな」
ダニーは、今や自分の席のようになったカウンター席に座り、料理と飲み物を待ちながら、
アルと他愛もない話で時間をつぶした。
なぜか疲れがすーと身体から流れ落ちていくのを感じた。
ダニーがPCを前に新聞を読んでいると、目の前にパンフレットが飛び出した。
「おう!何や、これ!」
目を上げるとマーティンが笑っている。
「ねぇ、今週末さ、日帰りでスノボーしに行かない?」
「どこへ?」
「ハンター・マウンテン、車で2時間半の距離だよ」
「俺、スノータイヤもチェーンも持ってへんよ」
「バスツアーがあるんだって。ねぇ、申し込もうよ」
「そやなぁ」
ダニーは何しろマイアミ育ちだ、サーフィンには少し腕に覚えがあるが、スノーボードは初めてだ。
声の調子から、マーティンは相当うまそうな予感がした。
「じゃあ、2人分予約するね」
マーティンはダニーの返事を待たずに、鼻歌まじりにデスクに戻っていった。
「なあに、性懲りもなく、今度は雪山でガール・ハント?」
サマンサがちゃちゃを入れる。
「そんなんじゃないよ。純粋にウィンター・スポーツを楽しむんだから」
マーティンが必死で反論する。
「どうだかねー。ダニーの彼女は納得するのかしらん?」
うふふとサマンサは笑いながらコーヒーを取りに行った。
ランチになり、ダニーはマーティンといつものカフェに繰り出した。
マーティンはスノボー・ツアーのパンフレットを持ってきている。
「ね、ロッジもすごくよさそうだよ」
「でも、お前日帰りて言うたやん」
「パンフ見てたら泊まりたくなっちゃった」
「俺は帰るで」
「ふーん、そうかー。残念だな」
「だって、ロッジったって二人で一つのベッドに寝るわけいかへんやろ。考えてみ」
「それもそうだね」
「だから日帰りツアーで決まりや、な、そや、お前、余分なスキーウェア持ってへん?」
「え?あるけどすごく古いのだよ。どうせなら、ダニー買いなよ」
「うーん、買い物つきあってくれるか?」
「うん!」マーティンは嬉しそうに頷いた。
仕事を終え、ダニーが帰り支度していると、マーティンがすでに支度を終えて待っていた。
「どこ行く?」
「うん、ユニオン・スクウェアのね、パラゴンって店がいいと思う」
「そか、了解」
ダニーは、珍しくマーティンにガイドされて、パラゴン・スポーツストアを訪れた。
ダニーはスノーボーディングコーナーで、バートンというブランドのジャケットに目を奪われた。
グレーでまさにマッチョな印象だ。パンツも同じシリーズであるという。
ダニーは上下を決め、手袋と、帽子とスノーブーツとアンダーウェアを買った。
ボードとシューズはレンタルのつもりだ。
それでも全部で900ドルが飛んだ。
「今日は僕がおごったようがよさそうだね」
「おぅ、救いの神よ、ありがとうございます」
マーティンがぷっと吹き出した。
ダニーは荷物を家まで配達するよう頼んで店を出た。
「何食べたい?」
「お前は?」
「ダニーが好きなメキシカンは?」
「それ、ええな」
「このへんにローザ・メキシカーナの支店があったと思った」
二人は数ブロック歩いてレストランについた。
テカテ・ビールで乾杯する。
「何だか楽しみやな。俺がいくらヘタでも笑うなよ」
「うん、笑わない」
言うそばからマーティンが笑っている。
「何や?」
「僕がダニーより優れてるものもあるんだなって思ってさ」
「アホ!最初のうちだけや」
「どうだかね!」
マーティンが勝ち誇ったように言う。
二人は運ばれてきたワカモレディップを無言でつまみ始めた。
マーティンが心待ちにしている週末、ダニーはつきあってやろうと決めた。
ウソで固めている自分の生活のせめてもの償いの気持ちだ。
地下鉄の駅で別れて、ブルックリンの駅で降りる。
足は自然とアルのパブに向いていた。
「いらっしゃい」いつもの温かい挨拶だ。
「今日は飯はいいから、グレンリヴェットを」
「よっしゃ」
ダニーは一人で琥珀色の液体をくゆらせた。
ダニーがアパートに戻ると、留守電が点滅していた。
再生ボタンを押して、コートを脱ぎながら聞く。
「ジョージです。お疲れ様です。僕も今日はショーが3つあったから、ちょっと疲れてます。
10時に寝ちゃうけど、その前にこれ聞いたら電話ください」
時計を見ると、11時を指していた。
ジョージ、ごめんな。話したいこといろいろあってんねんな。
ダニーはバスタブにお湯をためて、ゆっくりバスに入った。
翌朝、すっきり目が覚めたダニーは、また早めに家を出て、スターバックスでゆっくり朝飯を食べた。
エレベーターホールでマーティンにばったり会った。
「おはよ、ボン」
「おはよう、ダニー」
二人が乗り込むとぎゅうぎゅう押されて、ダニーがマーティンの前に立つ形になってしまった。
ダニーの臀部がマーティンの局部に押される。
そのうち自分の局部がむくむくするのをマーティンは感じて、顔が真っ赤になった。
コートを着ているダニーは気が付かない。
MPUのフロアーで吐き出されるように降りた二人。
ダニーはマーティンの顔を見て、笑った。
「何や、あれの後みたいな顔して。痴漢でもいたか?」
「ダニーだよ」
「え?」
「ダニーがいけないんだよ」
「何で?」
「もう聞かないでよ!」
二人は言い合いをしながらロッカー室に入った。
ヴィヴィアンがいたので、ぎょっとして言い合いを止めた。
マーティンは深呼吸をいくつかして、コートを脱いだ。
幸い、通常の状態に戻すことができた。
「ボン、行くで」
「うん」
二人は、オフィスの中に入っていった。
就業時間が始まり、ボスがミーティングを召集した。
「今回は、ギャングがらみの事件だ。先般、ヒスパニック・ギャングとアルメニア・ギャングの抗争を当局が阻止した。
で、アルメニア・ギャングが一般人のヒスパニックを狙って誘拐を繰り返している。
これまでの事件は3件・・」
「組織犯罪班の管轄では?」
ヴィヴィアンが尋ねる。
「失踪者の捜索願が出されている。うちの事件だ。ただし相手がギャングということを忘れるな。
それぞれファイルを熟読して手分けして捜査だ」
「了解っす」
「はい」
皆、口々に返事をして、渡されたファイルを読み始めた。
20代、30代の女性に、10代の男性が行方不明になっている。
皆、一様に大きな黒いバンに連れ込まれるのを目撃されている。
ナンバープレートは判読しにくいように泥で覆われていたという。
「そこでだ、組織犯罪班から来てもらったクリス・ウォーカー特別捜査官だ」
クリスが会釈をする。
「アルメニア・ギャングは容赦がありません。両脚を切断し、出血死させるのが、彼らのやり口です。
普段はギャングだけにこのアルメニア・シンボルを残していましたが、今回は、見せしめです。
アルメニア流で誘拐した人たちを殺すでしょう」
「どうすれば、被害者を救えます?」
ヴィヴィアンが質問した。
「ヒスパニック・ギャングとの取引です」
「ギャングに屈するのですか?」
マーティンが顔を赤くして質問した。
「しかたがない。今回は、ヒスパニック・グギャングの助けがいりますから。
リーダーの名前はスネーク・ジョー。表向きはいっぱしのビジネスマンです。
ハーバードでMBAも取得している切れ者です。彼と取引します」
ダニーは、またこの名前を聞くとは思っていなかったが、反面、再会が楽しみでもあった。
ギャングがらみの事件とあって、ボスも苦渋の選択を迫られた。
ヴィヴィアンとサマンサには申し訳ないが、内勤でバックアップ体制を取らせ、
マーティンとダニーに組織犯罪班と手分けして、事件をあたらせることにした。
クリスの方は、スネーク・ジョーへのホットライン携帯電話を入手していた。
ダニーとマーティンが携帯に接続されたスピーカーに耳をそばだてている前で、
クリスは電話をかけた。
「ウォーカー捜査官、FBIの方ですか。どのような御用で?」
慇懃無礼な物言いに、あの冷たい魚のような目をダニーは思い出す。
「お前の仲間がのきなみアルメニアにやられているだろう。
捜査に協力してくれたら、犯人が護送される刑務所を教えてやってもいい」
「何を示唆されているかわかりませんが、私でもそれくらいの情報は入手できるんですよ。
あなた方は彼らをどうなさるつもりで?」
「犯人たちは連邦法にのっとって裁かれるだろう」
「手ぬるいですね。私のコミュニティーは今回の事件で浮き足立っています。
解決方法によっては暴動も起こりかねない。そうなれば、残念ながら私にも止めることはできません」
「そんな事を言って、アルメニア・ギャング内にスパイを忍び込ませているだろう?彼と連絡を取りたい」
「こちらの恩恵は?」
「マネー・ロンダリング用の幽霊会社があるよな、ボルティモアのバルビル・システム社だ。
ここの検挙を3日先に伸ばしてやってもいい」
少し間が空いた。スネーク・ジョーが考慮している印だ。
「そうですか。それではまた電話をしましょう。ところで、ダニー・テイラー特別捜査官は、お元気ですか?」
「あぁ、お前の顔を見たくてうずうずしているよ」
「ぜひ話がしたいとお伝えください」
電話が切れた。
「ダニー、スネーク・ジョーと面識があるのか?」
驚いた顔でクリスが尋ねた。
「行きがかりで一度顔を見ただけや」
クリスはしばらく考え込んだ。
「マローン捜査官、相手はテイラー捜査官をご指名の様子です。彼を交渉人にしてもよろしいでしょうか?」
ダニーは思わずごくっとつばを飲み込んだ。ボスもじっと考えた。
「スネーク・ジョーがそう望むなら、そうせざるを得ないでしょう。ダニー頼んだぞ」
「了解っす」
クリスはダニーに携帯を渡した。
「もう一度電話をかけてくれないか?」
「ああ」
ダニーは再ダイヤルを押した。
「テイラー捜査官ですね。すぐに、電話をいただけると思っていましたよ」
くくくっと含み笑いをするのが分かる。
「潜らせてるスパイと話をさせろ」
ダニーが切り出した。
「それより、保護していただきたい人がいるんですよ。
名前はアンナ・カスパロフ。彼女は、アルメニアの組織にとって3人以上の価値はある。
住所は・・・」
「何でお前たちで誘拐しない?」
「これはまた物騒な物言いですねぇ。アルメニア街にヒスパニックの男たちが現れただけで、
大事になるでしょう。よろしくお願いします」
通話は終わった。
ボスが命じた。
「ウォーカー捜査官、ダニーと一緒にカスパロフさんを連行しろ。
マーティンは私とバックアップ。サムとヴィヴはオフィスで連絡を取り次ぐこと」
チームは動き出した。
クリスとダニーはアルメニア街と呼ばれるブロンクスの一角を訪ねた。
「なんやビューティー・パーラーやん」
「髪の毛の面倒を見るだけじゃない。男のあっちのほうの面倒も見てくれてるのさ」
二人は公用車から降り、美容院に入っていった。
「アンナ・カスパロフさんをお願いします。FBIです」
あわてた美容師が奥の部屋に入っていった。
中からブルーネットの美女が現れた。
「FBIの方が何の御用ですか?」
「ちょっと来て頂けますか?」
「令状は?」
「事情を伺うだけです。お手間は取らせません」
逃げようときびすを返したアンナをダニーがタックルで押し倒す。
「手荒なことはしとうない。来てくれるだけでええんや」
手足をばたつかせていたアンナは、観念したのか、動きをやめて、ぐったりと横になった。
クリスとダニーはアンナを連れてオフィスに戻った。
ダニーがスネーク・ジョーに連絡する。
「アンナ・カスパロフを拘束したで。次は何や?」
「ほぅ、さすがに仕事がお早いですね。ちょっと時間をください」
また一方的に通話が切れた。
チーム全員がオフィスで携帯電話に注目する。
1時間後、携帯電話が鳴った。
「早く用件言いや!」
「今晩8時、ポートオーソリティー・バスターミナル地下の51番ゲートに連れてきてください。
テイラー捜査官お一人でお願いします」
「わかった、なぁ、お前も来るのか、スネーク・ジョー?」
「はぁ、何のことか分かりかねます。でもあなたには別の機会でお会いするでしょうね」
ジョーが笑いながら電話を切った。
「これで人質交換のめどがついたな」
クリスがはぁと息を吐いた。
「ウォーカー捜査官、彼女は何者なのでしょうか?」
マーティンが質問した。
「さぁ、俺も初めて聞いた名前だ。が、組織につながっているのは間違いない」
尋問室では、アンナに対するヴィヴィアンとサマンサの取調べが行われていた。
アンナは弁護士を呼べとしか答えず、だんまりを決め込んでいた。
7時になり、チームは全員、バス・ターミナルに向かった。
組織犯罪班のメンバーも一緒だ。
ダニーとアンナを残し、全捜査官が各箇所に散って見守っている。
「私をどうするのよ」
アンナがやっと口をきいた。
「さぁな。相手の出方次第やろ」
二人で、51番ゲートの椅子に腰掛けて待つ。
バスが一台着いた。乗客がぞろぞろ降りる。
皆、イケヤやウッドベリー・コモン・アウトレットの袋をさげている。
相当な荷物だ。
最後にヒスパニックの女性二人と男性一人を伴った女が降りてきた。
思わず、ダニーはつばを飲み込んだ。
まさかニュージャージーからの路線バスに乗ってくるとは想定外だ。
ダニーは、アンナと共に4人組の方へゆっくりと歩いた。
ヒスパニックたちが、急に駆け足になる。
アンナもダニーの腕を振りほどき、女の方に走り寄った。
そのまま二人は、来たバスに乗り込んだ。
ダニーは3人に手招きし、バスをにらみつけた。
他の乗客も乗せたバスが去っていく。
「ダニー、3人と一緒にビルの中へ移動だ」
クリスの声がイヤホーンから聞こえた。
「皆さん、もう大丈夫ですよ」
3人は走ってビルの中に入った。
待っていたボス、マーティン、サマンサが身柄を確保した。
そこへ携帯に電話が入った。
「どうやら成功のようですね」
スネーク・ジョーだ。
「何でわかる?お前、ここを張ってるな?」
「念には念をいれませんとね。私のモットーですから」
「一体、アンナ・カスパロフは何者なんだ?」
「アルメニアの組織のNo.2の愛人だそうです。聞いた話なので真偽の程は分かりませんが。
それでは失礼します。次回は別の用件でお会いしたいですね、テイラー捜査官」
電話が切れた。
ダニーが電話しなおすと、録音メッセージが流れた。
「番号をお確かめの上おかけ直しください」
クリスがダニーの方に寄って来た。
「カスパロフの美容院だが、もぬけのカラだそうだ」
「彼女は、アルメニアのNo.2の女だと」
ダニーが吐き捨てるように言った。
「またいつか水面に現れるだろう。その時は逮捕してやる」
クリスも悔しそうに答えた。
人質だった3人は、右手の小指を切られていた。
それでも両脚が無事なのだ。よしとすべきかも知れない。
ダニーはこのNYに起こっている変化に震撼した。
人質救出の晩、クリスがダニーとマーティンを誘って飲みに出かけた。
ペン・ステーション近くの「スタウト」、
以前、マーティンがドムとの待ち合わせに使ったアイリッシュ・パブだ。
フィッシュ&チップスとフライド・カラマリをつまみに、
3人はドラフト・ビールを飲んでいた。
「まったくスネーク・ジョーの奴、俺たちを「ぱしり」に使いやがって」
クリスが悔しそうに嘆いた。
「それはそうと、ダニー、本当にうちのチームに来ないのか?」
「もう、ええやん、その話は・・」
「ええ!ダニー、組織犯罪班に呼ばれてるの?!」
マーティンがとんでもない声を出したので、ダニーはテーブルの下で、マーティンのすねを蹴飛ばした。
「クリスだけが言うてるんや。俺には向かへんのに」
「こいつ、いつもそんな事言って、スネーク・ジョーにしっかり渡りをつけてるんだからなぁ。
まったく、参ったよ」
クリスは、「おかわりもらってくるわ」とビアマグを手にテーブルを離れた。
「ねぇ、ダニー、本当に組織犯罪班に呼ばれてるの?」
マーティンが不安そうな顔で尋ねた。
「前にちょっとだけな。俺はMPUを選んだけど」
「じゃ、なんでスネーク・ジョーと知り合いなのさ」
「もう忘れた。だがあいつだけは許せん。
同じキューバ系だから余計に怒りを感じる。
あんな奴らにこの街を思い通りにさせたら、あかん」
ダニーはぐいっとビールを飲んだ。
クリスが戻ってきた。
「なぁ、腹減らないか?」
「そういや、ろくなモン食ってないなぁ、今日は」
ダニーが答えると、マーティンも静かに頷いた。
「じゃ、俺のなじみの店に行かないか?」
クリスが笑っている。
「おう、行こう、マーティン」
「そうだね」
クリスが連れてきた店は、意外にも日本食だった。
「ソバ・トットー?日本語か?」
ダニーが看板を読んで、首をかしげている。
「ソバはヌードル、トットーはチキンのことらしい。入ろう」
クリスを先頭に店内に入り、まっすぐカウンター席に座った。
「あら、いらっしゃいませ、クリス、今日はお友達と?」
カウンターの中のアジア系の女性がクリスに話しかけてきた。
「ミカ、こっちはダニー、あちらはマーティン。同僚だよ」
「いらっしゃいませ、ミカと申します」
「ミカはここの看板シェフなんだよ」
クリスが得意げに話す。
3人はおすすめメニューの焼き鳥のコースをオーダーした。
食事が終わり、店を出た後、ダニーがいたずらっ子の顔をして、
クリスに体をぶつけた。
「お前、ミカに気があるやろ?」
「分かったか?」
「あぁ、気前よく俺たちの分まで払ったしな」
「週に2日、通ってるんだけど、相手にされないみじめな男なんだ、俺は」
「結婚指輪つけてんのに、何してんのや?」
「暫定既婚者だが、もうすぐ取るよ」
「あぁ?じゃあとうとう離婚か?」
「ああ、成立だ。今日は家でも飲むぞー」
仕事に一途になりすぎて、家庭を失った男。
ダニーは、もし自分がヘテロのままで、誰かと結婚していたら、同じ道をたどっていただろうとしんみりした。
クリスの手前、一緒に帰ることが出来ない二人は、地下鉄の駅に向かって歩いた。
「ボン、そんじゃ明日な。クリス、飲みすぎんな」
「ダニー、お疲れ様、クリス、気を落とさないでね」
「ありがと、お二人さん」
3人はそこで別れた。
ダニーが家に着くと、ドアの前にパラゴン・スポーツからの宅配便が届いていた。
留守電が点滅している。
コートを脱ぎながら、スウィッチを押す。
「ダニー、明日の6時にバス・ターミナルの地下ゲート70だからね。
アクション・ツアーズって書いてあるバスだよ。それじゃお休みなさい」
明日は、NYを離れて、雪山や。
ダニーは少し気持ちが湧き立ってくるのを感じた。
ダニーはバックパックに簡単に荷物を詰めて、
ポート・オーソリティー・バス・ターミナルに向かった。
ゲート70に着くと、マーティンがディープ・ブルーの上下姿で、寒そうに立っていた。
「おはよ、お前、バスに乗ってればええのに」
「だって、ダニーが本当に来るか心配だったから」
「あほ。約束破るわけないやろ」
「じゃ、乗ろう!」
マーティンの荷物がやたらと大きい。
「ボン、何、持ってきたん?」
「え、笑うから見せない」
「ええやん!」
ダニーがバックパックを奪って、ファスナーをあけた。
飛び出すように出てくるスナック菓子の袋にダニーが大笑いを始めた。
「子供の遠足じゃないんやで。まっさかバナナなんかないよな」
「・・・持ってきた、2本・・」
ダニーの笑いが止まらず、マーティンは窓の外をぶすっとして眺め始めた。
「ごめんな、あー腹が痛い。お前さ、そのウェア似合ってるで。目の色と同じやん」
「え、ありがと・・。ダニー、アボカドチップス食べる?」
「ああ、もらうわ」
二人はがさがさと袋からチップスを取り出しては食べ、時間をつぶした。
「自分が運転してないと、トロく感じるな」
「僕は今のが楽しいよ」
マーティンは、誰にも見られないのをいいことに、ダニーの手をしっかり握った。
2時間ほどのドライブを経て、ハンター・マウンテンに着いた。
二人はまっさきにロッカーに向かい、身支度を整えて、
レンタルショップでダニー用のスノーボードセットを借りた。
ダニーが支払いをしている間に、マーティンはさっさとレッスンの受付に進んだ。
「何や、俺、レッスンなんか要らへんのに!」
ダニーがあわててついていくが、マーティンは午前中のビギナークラスにダニーをエントリーし終えていた。
「だめだよ、ちゃんと習った方が絶対にいいって。レッスン終わる頃戻って来るから、じゃあね」
マーティンは、自分のボードを持って、リフトの方に向かって行ってしまった。
冷たいやっちゃ。今度絶対にベッドでいじめたる。
ダニーが回りを見渡すと、他の受講者はどう見ても子供ばかりだ。
「それでは午前のビギナーレッスン始めます!」
きびきびとした女性の声にダニーが顔を上げる。
なかなか可愛いやん。
ダニーは一番先頭に並んだ。
レッスンは2時間みっちりで、ダニーは基本的な動きをマスターした。
レッスンが終わると、インストラクターのジェーンが、ダニーに声をかけた。
「ダニー、すごくがんばったわね。ご褒美あげるわ。ホット・チョコレートでもどう?」
マーティンの姿はまだない。
ダニーは「おぅ、すごいご褒美や」と、ジェーンに連れられてレッスン・センターの隣のカフェに入っていった。
「どこに住んでるの?」
「ブルックリン。ジェーンは?」
「私はこの近く。冬はずっとここで教えてるし、夏はキャットスキルズでゴルフを教えてるの」
「へぇ、根っからスポーツウーマンなんやな、ターザンの彼女のジェーンみたいや」
話がいよいよ始まろうとしていた時、カフェの入り口から声が聞こえた。
「ダニー!!」
「あ、マーティン。ジェーン、俺の友達のマーティン。マーティン、先生のジェーンや」
「朝、申し込みした人ね。お友達はもう一人で滑れるわよ。じゃあね、ダニー、マーティン」
ジェーンは微笑みながら席を立った。
「もう!僕がいないとこれなんだから!」
「これって何や?逆ナンやで。俺、誘ってへんもん」
「言い訳はいいよ、ほら、頂上行こうよ!ダニーのリフト券買ったから」
マーティンはチケットをダニーの胸に押し付けると、ぷんぷんしながら、ダニーを追い立てた。
ジェーンがレッスン・センターの入り口に立って、二人の様子を笑いながら見ていた。
二人はマンハッタンに夜7時過ぎに戻ってきた。
マーティンはブーツとボードを宅配便にしたので、帰りは身軽だ。
あれだけあった菓子やバナナも、二人の腹の中に収まっていた。
「あぁ、さすがに疲れたなー。ももの筋肉がぱんぱんやで」
ダニーがトントンとももを叩いた。
「僕だって、雪に衝突して潜ってるダニー探すのに、腕が疲れちゃったよ」
「お前があんな上級者コースに連れてくからや。今度は絶対潜らへんからな」
「またレッスン受ける?」
「何で?」
「ジェーンのレッスン受けたいんじゃない?」
「アホやな。お前、妬いてるんか?」
ダニーがまた笑い出したので、マーティンはさっさとバスを降り、ターミナルの建物に入った。
ダニーが後を追いかける。
「ごめんごめん、なぁ、ボン、飯食おうや」
「今日はダニーのおごりでコリアンBBQでないといやだ」
「はいはい、肉な」
二人はタクシーでコリアン・タウンに向かい、「チョードンゴル」に入った。
マーティンがこれでもかと焼肉を頼むのに、ダニーが苦笑した。
「お前、責任もって全部食えよ」
「うん、お腹ぺこぺこだから大丈夫」
その通り、ソーロントンをすすりながら飲んでいるダニーを横目にマーティンは焼肉4人前のうち3人分を完食した。
「ボン、来年はホットドッグ競争に出場せいや。お前ならええとこいきそうや」
「同じ種類は沢山食べられないもん、だめだよ」
二人はしゃべりながら店の外に出た。
「今日は、お前んとこ泊めてもらおかな」
「え、本当?」
マーティンが照れたように笑った。
「そや、俺にはすることあるから」
「えー、何するの?」
「秘密や」
「へんなダニー。じゃ、タクシー拾おうよ」
二人はアッパーイーストサイドに上った。
ジョンが相変わらず愛想よく迎えてくれる。
マーティンのアパートに入り、ダニーはどっかとリビングのソファーに腰掛けた。
「ボン、風呂入ろうや」
「それって僕にお湯入れろって命令?」
「そや」
「今日はそういうプレイなの?」
「そや」
マーティンは恥ずかしそうに「はい」と言って、バックパックを置くと、素直にバスルームに消えた。
マーティンがばたばたベッドルームに入っていく。
「お前、何してるん?」
「何でもないよ!お風呂どうぞ!」
ダニーは訝りながら、服を脱いで、バスルームに入った。
バスジェルの泡で一杯になったバスタブに全身を伸ばしてつかる。
目をつむっていると、足元にマーティンの足の気配を感じた。
そのまま目をつむっていると、マーティンが自分の体をまたいで座るのを感じた。
そろりとマーティンの手がダニーの股間に伸びる。
ダニーはその手にバスジェル以外のローションが塗られているのに気が付いた。
目をあけると、マーティンがうっとりした顔で、自分の股間を愛撫している姿が見えた。
「ボンはやらしいなぁ」
「バカダニー、無防備なのはそっちでしょ」
「上に来い」
「え、あ、はい」
マーティンが固くなったダニーの上に乗る。
「ゆっくりな」
「はい・・」
マーティンは自分で位置を確かめてそろりとダニーの固くなったペニスを自分の中に入れた。
「あぁぁん」
「やっぱりボンはやらしいなぁ、声が欲しいって言うてるやん」
「違うよ、ん、あぁ」
マーティンがダニーの上で体を動かし始めた。
「あぁ、だめや、お前、後ろ向いて立ち」
マーティンはこすりつけながら立ち上がると、ダニーに背中を向けた。
白いマーティンの背中が赤く上気している。
「顔だけこっちに」
マーティンが顔をねじるように向けると、ダニーはマーティンの唇を舌でこじあけて歯茎を舐めた。
「いくで」
「・・あぁん、はい・・」
マーティンが我慢できないのか、自分で腰を突き出した。
ダニーはそのままマーティンの中にペニスを突っ込んだ。
「ダニー・・熱い」
「俺も・・ごめん、もうあかん」
ダニーは体をマーティンの臀部に打ちつけ、ぶるぶると震えた。
ドクドクとマーティンの中がダニーで満たされる。
「あぁぁ、僕も・・」
ダニーが入ったままの姿で、マーティンが今度は体を震わせた。
マーティンのウェストに腕を回し、ダニーは「さ、入ろ」とマーティンの体をバスタブに戻した。
後ろからゆっくりダニーがマーティンの乳首をこすり、首筋に唇をつける。
「ね、噛んで」
「ん?」
「僕にダニーの印をつけてよ」
ダニーはマーティンの白い肌をゆっくり吸った。
マーティンは満足そうに「うぅぅん」と甘いため息を漏らした。
マーティンとダニーは、昼過ぎまでぐっすり眠った。
マーティンが先に目を覚まし、ダニーの寝顔をまじまじと眺める。
目をつむっていても黒いまつげが長く影を落としている。
やっぱりダニーが大好きだ。
マーティンの視線を感じたのか、ダニーがゆっくり目を開けた。
「おはよ、ボン」
「ダニー、おはよう」
「何時?」
「昼ちょっと過ぎ」
「まだ眠れそうや」
「僕はお腹がすいた」
ダニーが白い歯を見せて笑った。
「いつでもお前はそうやな。じゃ、起きよか」
「うん」
パジャマから部屋着に着替えて、歯磨きと洗面を済ませる。
鏡にマーティンが首筋を映した。
「バラの蕾みたい」
「俺には立派なキスマークに見えるけどな」
「バカダニー」
鏡の中のダニーにマーティンがつぶやいた。
「なぁ、卵とかパンとかないんやろ?」
「あるよ」
「珍しいやん、お前が買い置きしてるなんて」
「・・ダニーが泊まってくれる気がしたから・・」
「可愛いな、マーティー」
ダニーがマーティンの頬にさっと唇をつけた。
鏡の中のマーティンが照れくさそうに笑った。
「そんじゃ、何か作ろか」
「はい」
マーティンがコーヒーの準備をしている間、ダニーは冷蔵庫をざっと点検し、トマトと卵を出した。
「簡単でええか?」
「ダニーの作るもんなら何でもいいよ」
ダニーはさっさと手際よくトマトのエッグベネディクトを作った。
「イングリッシュマフィン焼いてくれ」
「はい」
マーティンもぎこちない手つきで、マフィンを半分に割って、トースターに入れた。
「サルサソースいる?」
「ああ、最高やん」
マーティンがマグにコーヒーを注ぎ、アップルジュースを用意した。
ダイニングについて、二人でマフィンにバターを塗る。
「何笑ってんの?」
「え、何でもないよ」
「お前ってヘンな奴な」
「ねぇ、またスノボ行こうよ。今度は泊まりで」
「それもええな。俺もボード買おうかな」
「好きになった?」
「あぁ、おもろかった。でも足がだるいわ」
「僕も同じだよ。ダニーがあんなにすぐに上手くなるって思ってなかったな」
「失礼なやっちゃな。これでも運動神経には自信あんのに。今回は先生がよかったからな」
「ジェーン先生でしょ」
「違うて。午後のレッスンの先生や」
ダニーがにやっと笑った。マーティンが顔を赤くする。
これだからボンいじりはたまらん。
「そやそや、今日はこれ食ったら家に帰るけど、ええか?」
ダニーの言葉にマーティンはこっくり頷いた。
「買い物とかするんでしょ?」
「ご理解ありがとうございます」
ダニーはマーティンの手を取り、手の甲に唇をつけた。
女にするようなキスなのに、マーティンがまた赤くなるのが面白い。
これじゃキリないわ。
ダニーはマーティンに見送られて、アパートを後にした。
地下鉄を乗り継ぐのが面倒くさく、タクシーを止めて、ブルックリンまで戻った。
アパートに戻ると、留守電の点滅にすぐ目がいった。
「ジョージです。仕事で泊まりなのかな?お疲れ様です。会いたいよ」
ダニーはだめもとでジョージの携帯に電話をかけた。
「ダニー!戻ったんだ!」
嬉しそうなジョージの声が飛び込んできた。
「お前、今どこ?」
「ブライアント・パーク。マーク・ジェイコブスの楽屋だよ」
「これから仕事か?」
「うん、今日はぎっしり。夜の9時が最後のショー」
「そか、それじゃ会えへんな」
「電話だけでもすごく嬉しいよ。ダニーとご飯食べないから少し痩せちゃった」
「今度は、俺が飯つくるからな」
「うん、待ってる、そろそろ出番だ。じゃあね」
外泊を仕事だと疑っていないジョージに、ダニーの心は痛んだ。
月曜日にダニーが出勤すると、マーティンがサマンサにからかわれているところに出くわした。
「ダニー、おはよう、ねぇ、ダニーの首見せて」
サマンサに言われて「何で?」と思わず突っ込んだ。
「だってマーティンがきれいなマークつけてるんだもの。雪山が楽しかったみたいだなと思って」
「ほら、見てみ。俺は不良やないから、純粋にスノボ楽しんだで」
「あら、ダニーにはないわ。普通は逆なのに」
サマンサはぶつぶつ言っているが、構わない。
ダニーはスターバックスのカフェラテを飲み始めた。
トイレに行くマーティンの後をつけてダニーもトイレに入った。
誰もいないのを確認して、ダニーがマーティンに近付いた。
「お前さ、絆創膏くらいせいよ」
「今朝、あわててたから忘れた・・」
「ったく。サムがボスと上手くいってへんかったら、お前、血祭りやぞ」
「気をつけるよ」
他の局員が入ってきたので、二人はあわてて手を洗って次々にトイレから出た。
あわただしかった先週に比べて、今日は事件もなく、退屈な一日になった。
ダニーは報告書を書き上げ、ボスのオフィスに持っていった。
「ボス、先週の事件の報告書です」
「あぁ、ダニー、ちょっといいか?」
「何です?」
ダニーはボスの机の前に立った。
「今回の事件で、お前とスネーク・ジョーが知り合いだと分かったわけだが、どんないきさつか教えてくれ」
「いきさつも何も、あっちが勝手に俺を調べたまでです」
「内部調査が入っても大丈夫か?」
「はぁ?俺があいつと癒着してるとでも?」
「聞いただけだ」
「俺から話すことはありません」
「そうか。お前はうちのチームのエースだということを忘れないでくれ」
「はい」
「下がっていい」
内部調査が出てくるとやっかいな事になる。
ダニーはボスのオフィスを出て、思わず舌打ちした。
渋い顔で席につくダニーをマーティンが心配そうに見ていた。
定時が過ぎ、帰り支度をしているダニーに、マーティンが話しかけた。
「ねぇ、ダニー、飲みにいかない?」
ダニーが顔を上げてマーティンを見た。
「いこか」
「うん」
二人は、アルゴンキンのブルー・バーに腰を落ち着けた。
「今日、ボスのオフィスから戻ってきた時、暗かったよね」
マーティンが尋ねると、ダニーは「そうやった?」とそっけない返事が返ってきた。
「ダニーってさ、基本的にはポーカーフェイスなんだけど、僕には分かるんだ」
「へぇ」
ダニーはウィスキーグラスの中の氷をからんと揺らした。
「ダニーが話したくないならいいけどさ」
「・・先週の事件な、俺が交渉人になったやろ。内部調査がかぎまわるかも知れへん」
「そうなの?それで暗かったんだ」
マーティンは納得した顔でウィスキーを飲んだ。
「俺がマフィアと通じてるなんて思う方がおかしいよなぁ。ボスの口から出たのがショックやったわ」
酔いのせいか、気持ちが落ち着いてきたのか、ダニーの口が滑らかになってきた。
「ボスはダニーを疑うような人じゃないのは、ダニーが一番分かってるじゃない?勘違いだよ」
「そうかなぁ、俺の考えすぎか」
「そうだよ、今日は僕がおごるから、チャイニーズに行かない?お酒ばっかりじゃ体に毒だよ」
ダニーはマーティンに促されて、「チェック頼む」とエリックに伝えた。
チャイナ・タウンに着くと、街灯にちょうちんがぶらがっているのに気が付いた。
「何やろ、祭りかな?」
「そうだ、チャイニーズ・ニューイヤーだからじゃない?」
「そうか、もう2月中旬やもんな」
二人は、ジョーズ・シャンハイに入った。
「ダニー、ダニー、朝だよ。遅れちゃうよ」
「んん、朝か・・」
「ほら、起きてよ!」
マーティンにブランケットをはがされ、ダニーはベッドの上で身を縮めた。
「ダニイ!!シャワーするからね!」
ダニーは体が浮き上がるのを感じた。
「もう、分かった。降ろし」
「一緒にシャワーしようよ。本当に時間がないんだ」
「おぅ」
二人で一緒にシャワーを浴びるとなると、マーティンのアパートのシャワーブースでも狭い。
どうにか一緒にシャワーを済ませ、出勤の支度を整える。
「いってらっしゃいませ」
ジョンの笑顔に見送られて、二人は駆け足で地下鉄の駅に向かった。
「ダニー、まだ心配?」
地下鉄に揺られながら、マーティンが囁くようにダニーに尋ねた。
「いや、大丈夫やと思う。ごめんな、愚痴聞いてもろて」
「何言ってるんだよ。相棒でしょ」
「そや、この世に二人といない相棒や」
「うん」
二人はオフィスに時間ぎりぎりに滑り込んだ。
「ダニー、私のオフィスへ来い」
ボスに呼ばれてオフィスに入ると、思ったとおりの男が席に座っていた。
「テイラー捜査官、久しぶりです」
忘れもしない、4年前、チームの一人ひとりに嫌がらせのような質問を浴びせて得意がっていたジェイソン・ファレルだ。
「もう資格審査ですか?」
「今日から1週間、ファレル捜査官がお前とコンビを組むことになった」
「はぁ?」
「マローン捜査官を困らせない方がいい。DCは、公式の資格審査を望んだのに、
その前に直接あなたの捜査状況をよく見るように反対意見を述べてくれたんですよ」
「それで、素行調査ってことですか」
「ダニー、かっかするな。お前はいつも通り仕事をすればいいんだ」
「それでは、よろしくお願いしますね。テイラー捜査官」
ファレルを伴ってダニーが自分のデスクについたのに、チーム全員が唖然とした。
サマンサがつかつかやって来る。
「これはこれは、ファレル捜査官。今度は家庭教師になられたのかしら。
あいにくダニーは優等生であなたの指導は必要ないそうよ」
「サム、ええんや」
ダニーが息の荒いサマンサを制した。
自分のためにサマンサの立場まで危うくするのだけは避けたかった。
「チームの皆さん、1週間ほどお世話になりますのでよろしく」
ファレルはそれだけ言うと、さっさと空きデスクの上にラップトップPCを並べ始めた。
午後に入り、事件が発生した。
マディソン・スクウェア・ガーデンで開催中のドッグショーの審査員の一人が姿を消したという。
ボスはダニーとファレルに会場で聞き込みするように命じた。
マーティンとサマンサは審査員が宿泊していたホテルのチェックだ。
ウェストミンスター・ケンネルのドッグショーは、世界最大級という規模だけでなく、
1877年以来という長い歴史と格式を誇るショーで、TV中継も入るなど注目度が高い。
今回の失踪者は、ドクター・ドナルド・ジョーンズ。
32人の審査員を率いる団長だ。
会場に着き、ダニーは早速聞き込みを開始した。
まず主催者のウェストミンスター・ケンネルの責任者からだ。
「ドクター・ジョーンズが失踪されるはずありません」
責任者のビル・シュタイナーが主張する。
「明日が重要なベスト・イン・ショー部門の審査だからです」
「その重責から逃げたかったのでは?」
「ドクターが?あり得ません。過去30年もの審査員のキャリアをお持ちなんですから。
毎年、楽しみにされているくらいです」
ダニーは、審査絡みのトラブルではないかと思い始めた。
「このままドクターが見つからなかったら、ショーはキャンセルですか?」
「他の審査員でしたら代理を立てられますが、審査団長となると、ショーは中止にせざるを得ません」
シュタイナーは渋い顔で答えた。
「他の審査員にお話を伺いたいのですが」
「全員、控え室に集まっておいでです。こちらへ」
二人は案内されて、会議室に通された。
「ファレル捜査官、聞き込みを手伝ってもらえますか?」
ダニーがファレルに尋ねた。
「もちろん。私はチームプレイヤーですよ。それに聞き込みは得意です」
ファレルはにやっと笑って答えた。
オフィスに戻り、マーティンたちと情報交換だ。
ホテルのセキュリティーカメラが、ドクター・ジョーンズらしき男を捕らえていた。
両側からがっちり男2名に挟まれ、自由に動けず連行されていく様子だった。
「誘拐だな」
ボスが独り言のようにつぶやいた。
「ダニー、審査員たちの反応はどうだ?」
「一様に驚いていました。ドクターが高齢なので全員がとても心配している風で、演技は見られませんでした」
ファレルも頷く。
ヴィヴィアンが電話から戻ってきた。
「シュタイナーがショーの延期を公式発表しました。それと気になる書き込みがショーのブログにあったのですが・・」
「何だ?」
「「ベスト・イン・ショー」部門の優勝候補だったポインターが、大会前の急病で棄権したので、今年の優勝は分からないという内容です」
また電話が鳴る。次はサマンサが出た。
「え?ドクター・ジョーンズに間違いない?わかりました。すぐ伺います。
シュタイナーから電話で、ドクターがホテルに戻ったと」
「何?マーティン、サム、すぐホテルに急行だ。私も行く」
「はい」
3人が足早にオフィスから出て行く。
ファレルは思わず肩をすくめた。
「忙しい部署だ。いつもこんな感じなのですか?」
ヴィヴィアンが答える。
「えぇ、全米では毎日85人が行方不明になる時代ですから」
ダニーがFBIマグをファレルとヴィヴィアンに渡した。
「ボスたちがドクターから何か聞き出せたらええけど」
ダニーがデスクに腰掛け、ミネラルウォーターを飲んだ。
「ジョンソン捜査官、ショーはどれ位延期だという発表ですか?」
ファレルが尋ねる。
「今のところ3日間です」
「そのうち、ポインターの病気が治って、コンペに戻ってきますね」
「それやないの、今度の誘拐の目的って?」
ダニーが大声を出した。
「それじゃあ、ポインターの飼い主が犯人ですか?」
「飼い主に限らないのでは?ブリーダーも優勝で箔がつくし、ブリディーングの値段も上がる」
ダニーの意見にヴィヴィアンも頷いた。
ホテルに出かけた3人が戻ってきた。ボスが口を開く。
「ドクター・ジョーンズを入院させた。残念ながら彼は麻酔で眠らされたそうで、
犯人たちのことは見ていない」
「ボス、これからどうするので?」
ダニーがコートに手を通しながら尋ねた。
「頼みの綱のドクターから手がかりが聞けない以上、捜査は行きどまりだ」
「え、このまま放置ですか?」
マーティンも驚いた顔でボスに聞き返す。
「マーティン、ここで私たちの捜査は終了だ」
チームは口々に異議を申し立てながら、それぞれのデスクについた。
ファレルがパソコンに何かを打ち込んでいる。
今日の業務日誌か?
ダニーはあらためてファレルの出張目的を思い知らされた。
ドッグ・ショー事件以来、何も起こらない日々が続いた。
ダニーは、普段通り、ブロンクスのホームレス訪問や、クイーンズの売春宿での聞きこみをこなして時間をつぶした。
最初は煙たかったファレルだが、話してみると、意外に苦労人だと分かった。
それに、ダニーさえ敵対心を見せなければ、普通に話が出来る相手だということも分かってきた。
最後の晩、ダニーはファレルを夕飯に誘った。
一瞬、ファレルがためらう様子を見せたが、マーティンも一緒に行くと言うと、やっと承諾した。
3人はミッドタウンのジャクソン・ホールに出かけ、看板のバーガーとビールで乾杯した。
「どうも、テイラー捜査官、今週はさぞかし難しい週だったでしょう」
ファレルがダニーに尋ねた。
「いえ、ファレル捜査官が現場をお好きなのがよくわかりましたよ」
ダニーがにやっと笑って答えた。
「はは、ばれましたか?懐かしい気持ちになりました」
ファレルもテレながら答える。
「ファレル捜査官は、今の部署にどれ位ですか?」
マーティンが尋ねた。
「かれこれ8年です。おそらくもう現場には戻れないでしょう」
ビールも3杯目になり、場の雰囲気が変わってきた。
「現場が恋しいので?」
「当たり前ですよ、FBIに入局したのは、人を審査するためじゃありませんから」
ファレルが意外な答えを出した。
「あ、でもこれはお父上に対する批判じゃないですよ」
急いでマーティンに取り繕う姿にダニーは失笑した。
ファレルはもう根っからDCの人間だ。
政治のコマになる人生を受け入れ、ゲームを上手く進めようとしているだけだ。
「くくく」
ダニーが笑い出したので、マーティンがどきりとした。
「テイラー捜査官、おかしいですか?」
ファレルも憮然としている。
「いえ、失礼。本当にこの1週間、勉強させてもらいました。感謝します」
「本心ですか?」
「もちろん」
ダニーはにやっと笑った。
店の前でファレルと別れ、ダニーとマーティンは地下鉄の駅に向かった。
「ダニー、ドキドキしちゃったよ」
「何でや?」
「だって、ファレル捜査官のこと笑ってたでしょ」
「あぁ、こんな小心者のこばんざめに気を使ってた俺が可笑しくなった」
「まったく、恐いもの知らずだね」
「とにかく監視つきはもう終わった。なぁ、もう一軒行かへんか?」
「えー、これから?」
「ええやん、何か、俺、踊りたくなった。クラブ行こ!」
「えー、やだよ。僕踊れないもん」
「じゃ、見てろ、行こ!」
マーティンはしぶしぶダニーについてタクシーに乗った。
ミート・パッキング・ディストリクトに着いた。
訳知り顔でダニーがどんどん歩くので、マーティンは小走りに追いかけた。
お目当てのクラブ「APT」は週末前とあって、満員だ。
二人でクロークに荷物とコートを預けていると、フロアから一段の歓声が上がった。
「何やろ、ボン、行こ!」
「待ってよー」
ダニーがフロアの前で立ちつくしたので、マーティンはダニーの背中にどんとぶつかった。
「ダニー、どうしたの?」
「あかんわ、出よ!」
「え、何で?」
フロアを見ると、ジョージがほとんど半裸で一心不乱に踊っていた。
白人男性がジョージにからみつくように踊っている。
ダニーは、わき目もふらず、クロークに戻ると、預けたばかりの荷物とコートを受け取った。
「ダニー・・・」
「お前の家で、飲みなおそう」
マーティンは静かに従った。
マーティンは隣りでいびきをかいて寝ているダニーの横顔をじっと見ていた。
マーティンのアパートに着き、ウィスキーを飲み始めたダニー。
ボトルをあけるまで、飲み続けて、この有様だ。
ジョージの事、そんなに好きなんだ・・・。
マーティンはダニーの短い前髪を静かに撫ぜた。
一瞬いびきが止まったが、またすぐに規則正しい音が始まる。
マーティンは、ダニーをしばらく見つめ、やがてダニーに背を向けた。
「ボン、マーティン、起き、なぁー」
マーティンが目を開けると、寝癖髪のダニーがすぐ前にいた。
「うぁう!びっくりした!」
「おはよう、マーティン」
「おはよう、ダニー」
「ごめんな、俺、酔いつぶれたやろ」
「ううん、自分でベッドに入ってたよ」
「そか・・・朝飯・・ランチか、作ろうな」
「うん・・」
ダニーはすとんとベッドから立ち上がり、すたすたとバスルームに消えた。
一緒に浴びるのがはばかられ、マーティンはゲスト・バスルームを使って、身支度を整えた。
ダニーはキッチンでミネラルウォーターを飲んでいた。
「お前もいる?」
「うん」
ダニーはペットボトルをマーティンに渡すと、冷蔵庫を吟味し始めた。
「今日はクロック・ムッシュにしようか」
「何でもいいよ。スクランブルドエッグだけでもいいよ」
ダニー、無理しないでよという言葉が口に出かかった。
「冬はホットサンドやで」
「じゃあ、僕、コーヒー入れるね」
「ああ」
マーティンがコーヒーをマグに注いでいると、ダニーが皿を持ってダイニングにやってきた。
「卵、沢山あったから、クロックマダムにしたわ」
「ありがと。美味しそうだね」
二人で向かい合ってのランチが始まった。
「ダニー、頭痛くない?」
「そういえば、ちょっと痛いな」
「薬持ってくる」
「サンキュ」
薬を受け取り、素直に飲むダニーの姿が切なかった。
マーティンは思わず尋ねた。
「ねぇ、ダニー、大丈夫?」
「え?二日酔いはこんなもんやろ」
二人は無言でクロックマダムを食べ終えた。
「これから買い物に行かへん?」
ダニーが突然言い出した。
「買い物?」
「あぁ、今晩の献立考えたから、買出しや」
「いいけど・・」
部屋着の上にコートを羽織って、フード・エンポリウムに出かけた。
「今日、何にするの?」
カートを押しながら、マーティンが尋ねた。
「出来てからのお楽しみや」
「わかった」
ダニーは迷わずに食材を選んではカートに放り込む。
マーティンはワインセラーの中に入り、赤と白を1本ずつ買った。
アパートに戻ると、ダニーは下ごしらえがあるからとキッチンにこもった。
マーティンはやる事もなく、バスケットの試合の録画を見て、時間をつぶした。
「ねぇ、ダニー、用意できた?」
キッチンを恐る恐る覗くと、ダニーがウィスキーを飲みながら、
パイロセラムにナスのソテーを並べている光景に出くわした。
「え、また飲んでるの?」
「ちょっと喉渇いたからや。お前も飲む?」
「僕はビールにする」
「そか。もうすぐ支度終わるから、ベッドで待ってろ」
「え?ベッド?」
「そや」
「・・・」
マーティンは言われるとおりに、ベッドに入った。
服を脱ぐと積極的に思われそうなので、部屋着のままだ。
ブランケットにこすれてセーターがまくりあがる。
足をばたばたさせていると、上からダニーがのしかかった。
「ダニー・・酒臭い」
「・・・」
ダニーが、ブランケットの中に入ってきた。全裸だ。
「ダニー、ヘンだよ」
「お前も脱ぎ」
「こんなのいやだよ」
ダニーはマーティンの体をぎゅっと抱き締めた。
「ダニー・・」
「しばらくこのままでいたい」
ダニーは腕にさらに力をこめた。
眠っていたダニーはしつこいインターフォンの音で目が覚めた。
時計を見るとまだ朝の10時で、休日の午前中に起きる気などない。
非常識な時間に訪ねて来た相手が悪いと思いながら再び目を閉じる。
無視していると今度は電話が鳴り響いた。
「・・・テイラー」
ダニーのぶっきらぼうな応対に戸惑っているのか相手は何も言おうとしない。
「くそっ、二度とかけてくんな!」
「あの、僕・・・起こしてごめん」
「なんやお前か。オレまだ寝てるから後でかけ直すわ。おやすみ」
「待って!その前に鍵を開けてくれる?」
電話を切りかけたダニーの耳に、慌てるマーティンの声が響く。
「もしかして、さっきインターフォン鳴らしてたんお前?」
「・・・そう」
ダニーは渋々ベッドから出た。ソファの上にマーティンのコートが脱いだままの形で放置されている。鍵を持たずに外に出たらしい。
エントランスのオートロックを解除し、玄関のドアを開けて待っているとマーティンが新聞を手にエレベーターから降りてきた。
パジャマ姿で寝ぼけて突っ立っているダニーを見た途端、安心したように笑顔になる。
まだ半分眠った状態のダニーはさっさと部屋に戻った。
「ごめんね、鍵を持ってなかったから閉めだされちゃって」
「朝からしょうもないことで起こすな」
ダニーは言い、あくびをしながらデコピンした。
「オレはまだまだ寝るけどお前は?」
「ん、僕も寝る」
マーティンはちっとも眠くなかったが、ダニーと一緒にいそいそとベッドにもぐりこんだ。
冷たくなってしまったダニーの足をぴとっとくっついて温める。
「ねえ、今日どこかに行く?」
「・・・・・・」
マーティンはすでに眠りに落ちたダニーの寝顔を見つめて小さく笑った。
13時を過ぎてもダニーは起きる気配がない。マーティンは遠慮がちに体を揺さぶった。
無精ヒゲの伸びた頬に顔をくっつけて起きようよと耳元でささやく。
ダニーは言葉にならない声を漏らしただけでうるさそうに背中を向けてしまった。
マーティンはかすかにため息をついた。冬の間、ダニーはベッドから出るのを嫌がる。寒い日は特に。
冬眠しているみたいだと思いながら耳を軽く噛んだ。キスをしても規則正しい寝息に乱れはない。
それにしても寝すぎだ。時計は13:30になろうとしている。
起こすのをあきらめたマーティンは、せめて自分の方を向いてほしくてダニーの腕を引っ張った。
「ダニィ」
「んー」
マーティンがいくら呼んでも生返事だけで、ブランケットにくるまったまま動こうともしない。
「もういいよ!僕、帰るからね!」
ベッドを出ようとしたマーティンの手首をダニーがいきなり掴んだ。
「何だよ、ダニー!」
「帰るとか言うな」
ダニーの掠れた声と真剣な眼差しにマーティンは思わずどぎまぎしてしまう。ダニーはずるい、いつだってこれだ。
「何言ってんのさ、ずっと寝てたくせに」
ダニーは腕を振りほどこうとしたマーティンを引き寄せてしっかりと抱きしめた。
「帰るな」
「僕がいないと寂しい?」
「・・・別に」
「寂しいなら寂しいって言わなきゃ帰るよ」
マーティンはにんまりしながらダニーの寝癖のついた髪をくしゃっとした。
「お前、生意気やな。髪の毛くしゃってしてええのはオレだけや」
「そんなの誰が決めたのさ?」
「オレや」
ダニーはマーティンの髪をくしゃくしゃにしてほっぺにキスをした。
「さてと、ボンの機嫌も直ったしもう一回寝よか」
「なんでそうなるんだよ、だって、」
「しー」
ダニーはキスで口を塞いだ。こじ入れた舌をゆっくりと絡めると、怒っていたはずのマーティンがぎゅっとしがみついてくる。
マーティンの駆け引きのできない単純さを気に入っている。かわいいと思わずにいられない。
静かにキスをしながら強く抱きしめた。
日曜日の午後にダニーはブルックリンに戻ってきた。
留守電が点滅している。
ダニーは、コートを脱ぐと、しばらく電話機を見つめた。
ふぅとため息をついて、ボタンを押す。
「ダニー、僕だけど、まだ仕事が忙しいのかな?時間があったら電話ください」
ジョージからだ。
ダニーはまたコートを着て、外へ出た。
グロサリーストアで、日用品の買い物を済ませる。
足が自然にアルのパブに向かっていた。
「よう、いらっしゃい。今日は早いな」
アルがカウンターの中から声をかけた。
「一杯頼むわ」
「了解」
ダニーはグロサリーの入った紙袋を床に置いて、カウンターに座った。
「飯、食うか?今日はフライドチキンがあるよ」
「ああ、じゃあ頼むわ」
「そうこなくちゃ」
まだ時間が早いので、客は奥のテーブルでポーカーをやっている老人たちだけだった。
「なんだか、冴えないな。ダニー、どうかしたか?」
アルがグレン・リヴェットの入ったグラスを前に置きながら尋ねた。
「なぁ、つきあってる奴が、他の男と踊ってたらどう思う?」
ダニーがグラスの中の氷を鳴らしながら聞き返した。
「ダンスか・・そうだなぁ、限りなく黒に近い白って感じかな」
「やっぱり黒に近いよな」
「だけど、たまたま誘われたから1曲だけっていう場合もあるぜ。お前の彼女、他の男と踊ってたのか?」
「あぁ、そうや」
「彼女に聞けよ、じれったい奴だな。すっきりしたいんだろ。こんなチンケな場所で飲んでる場合じゃない」
ダニーは思わず失笑した。
フライドチキンとポテトを食べ終わり、ダニーは家に戻った。
受話器を持ち、登録しているジョージの携帯に電話をかける。
「ダニー!待ってたんだよ!やっと家に帰ったんだ!」
いつもと変わらない邪気のない声が響いた。
「あぁ、戻った。なぁ、これから会えへんやろか?」
「もちろんOKだよ。ダニーの家に行く!」
「あぁ、そうしてくれるか?」
「わかった、すぐ行くね」
1時間ほどして、ジョージが現れた。
ディーン&デルーカの紙袋を持っている。
「ダニー、久しぶり!」
ジョージが抱きついてきた。
「あぁ、久しぶりやな」
「会いたくてたまらなかったよ」
「・・・」
「晩御飯買ってきたんだけど、食べない?」
「あぁ」
ジョージがやっと離れて、紙袋の中身をローテーブルに並べ始めた。
「ポークピカタにインゲンとアスパラガスのソテー、それとチコリのサラダだよ」
「美味そうや」
「でしょ、それから、アルゼンチンの白ワイン」
「なぁ、ジョージ、お前さ、金曜日にAPTに行ったやろ」
「え?」
デリの包みを開けるジョージの手が止まった。
「行ったけど、何で知ってるの?」
「俺も行ったんや」
「そうなんだ!じゃあ声かけてくれればよかったのに!」
「踊ってたな、ジェフリーと」
「うん。ジェフリーの復帰一日目だったから、お祝いで一緒に行ったんだ。ダニー、どうして声かけてくれなかったの?」
ジョージの灰色がかった緑の目がダニーの答えを求めていた。
「それだけか?」
「ダニー、どうしちゃったの?恐いよ」
「返事せい。それだけか?」
「当たり前じゃない。僕はダニーと付き合ってるんだから」
「そか」
「やだなぁー、僕がジェフリーとなんてあり得ないよ」
ジョージはワインのボトルを持ってキッチンに消えた。
栓を開け、グラスを二つ持って帰ってくる。
「はい。飲もう!馬鹿なこと考えてるダニーにはこれが必要だ」
ジョージがワインを注いだグラスをダニーに渡した。
乾杯を待たずにダニーが飲み始める。
「僕、ポークピカタと野菜をあっためてくるね。ダニーはサラダから食べてて」
ダニーはキッチンに向かうジョージの背中をじっと見つめた。
「ねぇ、ダニー、ダニーが嫌だったら、僕、もうクラブに行かないけど」
ダニーの滑らかな浅黒い胸に指をはわせながら、ジョージが口を開いた。
「俺、お前を束縛してるな」
ダニーが苦しそうにつぶやいた。
「そんなことないよ。たださ、信じてもらえなかったら嫌だ」
「ごめん。もう分かった」
「本当?約束だよ、もう僕を疑わないって」
「あぁ、お前を二度と疑わない」
「よかった!ダニー、大好きだよ!」
ジョージが首に噛み付いた。
「おいおい、跡つけるな!」
「もう遅いよ、つけちゃった」
ジョージが舌をぺろっと出した。
「なぁ、前から聞きたかったんやけど、お前の目の色、変わってるな」
「あぁ、僕のひいおじいちゃん、ドイツ人だから」
「へぇ、だからオルセンか」
「そう。でも黒人の奥さんもらったから、村の人にリンチで殺されちゃったんだって」
「え?まじで?」
「うん。ひいおばあちゃん、命からがらニュー・オリンズに逃げてさ、女手一つでおじいちゃんを育てたんだって」
「すごいな」
「うん、今の時代に生きてて幸せだよね。ダニーとこんなこと出来なかったかもって思ったら、僕、死んでるよ」
「アホ、死ぬな」
「うん、死なない」
二人はまたきつく抱き合った。
月曜日はプレジデンツ・デーで久しぶりの祭日だ。
二人は昼過ぎまでベッドの中にいた。
「あ、お腹が鳴っちゃった」
「そやなぁ、朝も昼も食うてないもんな」
「僕、何か作るよ」
「いや、それより外に出よ」
「うん、わかった。その前にシャワーだね。ダニーからどうぞ」
「お前、先にしぃ」
「ありがと」
ジョージはすたすたとバスルームに消えた。
ダニーは、おとといまでの自分の悩みがどれほど馬鹿馬鹿しかったか思い出し、笑い始めた。
「ダニー、どうぞ」
ジョージがほかほかの腰にタオルを巻いて出てきた。
男が見てもほれぼれする身体だ。
「何、見てるの?恥ずかしいよ。早く食べに行こうよ」
「よっしゃ」
ダニーはやっとベッドから出ると、シャワーを浴び、身支度を整えた。
ジョージはすでにトミー・ヒルフィガーのダウンを着て、準備万端だ。
ダニーもコートを着て二人で外に出た。
「どこに行くの?」
「いつもグルマルディーズばっかりやから、今日は別んとこ」
「OK」
二人はウィリアムズ・パーク近くの「バッチ&アブラッチ」に入った。
カップル席が並ぶロマンティックなリストランテだ。
「素敵だね」
「ここのピザがいけるらしいで」
「楽しみだ」
二人は前菜の盛り合わせとマリナーラ、クアトロ・フロマッジオを頼んだ。
ナポリスタイルのピザが本格的で、二人とも大満足だった。
食べ終わる頃、マネージャーがカメラを持って現れた。
「あのー、ジョージ・オルセンさんですよね」
「はい、そうですけど」
「よろしければ、一緒に写真を撮らせていただけませんか?」
「いいですよ」
ダニーは「俺、トイレ」と席を立った。
トイレから戻ると、ジョージが紙にサインをしているところだった。
「店に飾ってもよろしいですか?」
「どうぞ。ちょっと照れますね」
「あなたのような気さくなセレブに初めて会いましたよ。家宝にします」
マネージャーは嬉しそうに下がっていった。
「ほな、帰ろか」
「うん」
ダニーがチェックを済ませて、家に戻る。
「やっぱり家はいいよね!」
ジョージがダニーを抱き締める。
「そやなー。家が一番やな」
ダニーは頬ずりするジョージの様子に笑いながら、抱き締め返した。
朝、ダニーはジョージの車に送ってもらい、フェデラルプラザの一つ前のコーナーで降りた。
「すぐ会えるよね」
「ああ」
「連絡待ってるね」
「OK」
ジョージのインパラを見送り、スターバックスに入った。
レジ前で行列していると、背中をポンと叩かれた。
振り向くと、にやにや顔のサマンサがコーヒーを持って立っていた。
「うふふ、見たわよ。彼女、インパラに乗ってるんだ」
「それがどうした?」
「車種でどんな性格か分かるのよねー。すごく堅実な人じゃない?」
「そやなぁ」
「でも情熱的で首にマーク残しちゃうんだ」
はっとダニーが首を押さえた。
「もう遅いわよ。ごちそうさま!」
あかんわ、今度は俺がマーティンに言われる。
ダニーは行列を離れてトイレに入った。
鏡を見ながら、ソフトアタッシュの中の小物入れから絆創膏を出してキスマークに貼った。
もう並んでいる時間の余裕はない。ダニーは駆け足でオフィスに向かった。
絆創膏にサマンサが反応して、ゲラゲラ笑っている。
ダニーは無視してデスクにつき、荷物を置くと、コーヒーを取りに行った。
スナックコーナーにマーティンがいた。
自動販売機を叩いたり押したりしている。
「ボン、どないしたん?」
「僕の25セント玉、食べちゃったんだよ」
「朝飯にマーズ・バーか?サンドウィッチ余分にあるから、お前にやるわ。
もう自販機に八つ当たりするのはよし」
「うーん、悔しいな」
ダニーがFBIのマグカップにコーヒーを入れて、マーティンに渡した。
「俺は、メッツのマグや」
席に戻り、ダニーは約束通り、マーティンにサンドウィッチを半分渡した。
ジョージが作ったツナサンドだが、わかるはずがない。
二人はサンドウィッチにかぶりつきながら、PCを立ち上げた。
そろそろ納税のシーズンだ。
確定申告に備えて、書類を整えなければならない。
マーティンは例年通り、アーンスト&ヤング公認会計事務所に丸投げだ。
ダニーは毎年自分で記入している。
ランチに出かけて、いつものカフェで日替わりメニューを選びながら、ダニーはマーティンに尋ねた。
「なぁ、確定申告さぁ、専門家にやってもらうと幾らかかる?」
「案件の中身によるけど、僕のだと2000ドル位」
「へぇ、そんなにかかるんか?」
「うん、でも損はないと思うよ」
「お前、そやけど、自分もCPAの資格もってるやん。どうして自分でせいへんの?」
「何でだろう。考えてもみなかった」
金で人を雇うのに何の抵抗もないマーティンは、根っからのボンボンだ。
ダニーはこういう生活の中の細かい部分に立ち戻ると、どうしても育ちの違いを意識してしまう。
ランチが終わり、オフィスに戻ると、ボスがダニーを呼びつけた。
「はい、ボス、何でしょう?」
「今さっき、お前の勤務状況のレポートが来た。よかったな。資格審査の必要なしとのことだ」
「ほっとしました」
「ファレル捜査官もお前のひたむきな勤務態度に高い評価をつけていたよ」
「ありがたいっす」
今日は祝杯やな、ダニーは心の中でつぶやいた。
土曜日の早朝、ダニーはポート・オーソリティー・バス・ターミナルでマーティンを待っていた。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった!」
マーティンが息を切らせて走ってきた。
相変わらず荷物が沢山で、ダニーは思わず笑った。
ボードを格納庫にしまい、二人はバスに乗り込んだ。
今年2度目のハンター・マウンテンだ。それも泊りがけで出かける。
席につくと、ダニーがすぐにマーティンのバックパックを物色した。
「お、サンドウィッチやん、いただき!」
「僕のも出してよ」
「ほら」
二人で仲良く2種類のサンドウウィッチを半分ずつ分け合った。
ミネラル・ウォーターで喉を潤した後、ダニーはぐっすりと居眠りを始めた。
マーティンはつまらなそうに外の景色を見ながら時を過ごした。
「ダニー、着いたよ」
「ん?早いなー」
「ったく寝ちゃうんだもん」
「ええやん、寝不足はここで解消せんと、スノボ楽しめないやろ?」
2度目とあって、ダニーも慣れたものだ。
ロッカーを出ると、まっすぐレンタルショップに行き、ボードとシューズを借りてくる。
「どこ行く?」
「てっぺんに決まってるじゃん、リフトに並ぼう」
「よっしゃ」
ダニーが5度、雪山に突っ込んだ他は、順調な滑り出しだった。
最初はとろとろ滑っていたダニーも、今は相当なスピードを出している。
マーティンが難しいスロープやコブを教えてくれるので、後を追いかけるのが楽だった。
昼になり、一番下のロッジまで降りて、二人は「サンティーニ」に入った。
お洒落なピッツアリアの様子だ。
ビールとピッツァを持って、テーブルに付くと、向こうで手を振っている女性が見えた。
インストラクターのジェーンだった。
「久しぶりね、お二人とも。今日はレッスンはいらないの、ダニー?」
ジェーンがダニーにウィンクをする。
「おかげさんで、上から滑れるようになったから」
「そう、また上達したくなったら、クラスを取ってね、それじゃ」
雪焼けでゴーグルの後がくっきりついているのも、不思議と魅力的だった。
「ねぇ、ダニー、そんなに見とれるくらいなら、レッスン取ればいいじゃん」
見るとマーティンが口を尖らせている。
「もう、俺には不要やから」
二人はその後4時まで滑り、荷物をロッカーから取ると、宿泊先のキャットスキル・マウンテン・クラブに向かった。
赤のれんが作りがなかなかシックな建物だ。
部屋に着くと、マーティンがスパに行こうと言い出した。
「女ばっかりじゃあらへんの?」
「パンフには男性がマッサージ受けてる写真が載ってるよ」
「ほな行こか?」
二人はスポーツマッサージのペアコースを頼んだ。
ダニーはフォーシーズンズのスパで思わず勃起してしまったのを思い出し、男性をリクエストした。
マーティンももちろん男性だ。
50分のマッサージが終わり、サウナで時間をつぶした。
「そろそろ腹減ってきたな」
「うん、ロッジの中のレストランに行こうよ」
「そやな」
二人は、店内に暖炉のあるメインダイニングでディナーを食べた。
その後、屋外のジャグジーに入って、さらに汗をかく。
ナイトスキーを楽しむ人たちの姿が美しかった。
「夜もいいね」
「ほんまやな」
そろそろ吹雪いてきたので、二人は部屋に戻った。
さすがにワンベッドというわけには行かず、ツインの部屋だ。
ダニーは疲れた疲れたと、すぐにパジャマに着替えて、ベッドに入った。
「ねぇ、ダニー、起きてる?」
マーティンが声をかけると、返事の代わりに寝息が聞こえていた。
なんだよ、せっかく誰も知り合いのいないところに来たのに。
その時、ダニーの携帯が震えた。
手にとって見るとジョージとある。
マーティンはスウィッチをガチっと止めると、自分もベッドに入った。
2日目も午後3時まで滑り、5時のバスに乗り込んだ。
二人ともぐっすりと眠り、マンハッタンでドライバーに起こされた。
「あぁ、よう寝たな」
「うん、体中がだるいよ」
「俺もや」
「今日はどうする?」
「そやなぁ、疲れたから、家に帰るわ」
「わかった。また明日ね」
「あぁ、ボン、明日な」
ダニーは、地下鉄に乗る元気もなく、すぐタクシーを止めて、ブルックリンに戻った。
部屋に着くと、廊下に中の電気が漏れている。
ジョージやな。
ダニーは大声で「ただいま」と言って玄関ドアを開けた。
「ダニー、心配してたんだよ!昨日、電話がぶちって切れたから」
「電話?」
「そう電話」
「そりゃ、ごめんな」
「あれ、何そのかっこう、仕事じゃないの?」
「あ、これか?今度FBIの支局内でスノボー大会があってな、練習に行ってた」
「なーんだ、仕事じゃなかったの?マーティンも一緒?」
「一応選手だからな」
「ふぅん」
「何?そのふぅんは?」
「何でもないよ」
「言いたいことあったら、言い」
「何でもないったら」
ダニーは荷物を置いて、ジョージを立たせ、唇にキスをした。
「純粋にスポーツしてきただけやから、な、心配しない」
「・・うん・・」
「何か食べに行こか?」
「行きたいとこがあるんだけど」
「ん、どこ?」
「パーク・スロープの韓国料理」
「行ったことないな、ほな行こか?ちょっと待ち、着替えるから」
「うん」
ダニーはスノージャケットを脱いでコートに着替えた。
ジョージはいつものトミー・ヒルフィガーのダウンを着て待っている。
パーク・スロープまで歩く間、ジョージはダニーの手を握った。
ダニーは振りほどかず、ぎゅっと握り返した。
「ダニー、ここ」
ジョージが立ち止まる。
シックなたたずまいのレストランだ。
「モイムって言うんかな?」
「わかんないけど」
二人が入ると、中は若者のカップルでにぎわっていた。
二人はウェイターに勧められたナムルの盛り合わせにキムチ餃子、
キムチと豆腐と豚肉の炒めにロース牛の焼肉と白いご飯を頼んだ。
ビールで乾杯し、次々と運ばれてくる料理を平らげた。
「コリアン・タウンより美味しいかもね」
ジョージが満足そうだ。
「わ、これ美味いで、食うてみろ」
ダニーはマリネされた牛肉を七厘からジョージの皿に乗っけた。
「何だ、口に入れてくれるんじゃないんだ」
「アホ!冷めないうちに、ほら」
「本当だ!柔らかくてすごく美味しいよ」
二人はロース肉をおかわりし、ジョージがもやしのサラダを追加した。
すっかり満腹になり、二人はダニーのアパートに戻った。
「ねぇ、今日、泊まっていい?」
「ええけど、お前、仕事は?」
「ファッション・ウィークが忙しかったから1週間休みもらったの」
「そか。ええよ、ほな風呂に入ろうか?」
「うん!僕がお湯入れるね!」
ジョージがぱたぱたとバスルームに消えた。
ダニーのバスタブは小さいので大男が二人一緒には入れない。
二人は順番にバスにつかり、温まった身体をベッドに横たえた。
「ねぇ、ダニー、僕のこと好き?」
「ああ。急にどないした?」
「何でもない。確かめたいだけ」
そう言うと、ジョージは力強い腕で、ダニーの身体を抱き締めた。
「苦しい・・」
「あ、ごめんなさい。何だか僕、ダニーを壊しちゃいそうだ。おやすみなさい!」
ジョージはブランケットの中に潜った。
ダニーはジョージの褐色の背中に唇をはわせ、「おやすみ、ジョージ」と言って、目を閉じた。
ダニーは、再びジョージのインパラに乗って出勤した。
念を入れてフェデラルプラザの2つ手前のコーナーで降ろしてもらう。
「ほな、電話するな」
「うん、待ってるね」
ダニーはインパラの後姿を見つめ、やがてスターバックスに向かって歩き始めた。
周囲を見回したが、サマンサの姿はない。
ダニーは列に並び、カフェラテを買った。
デスクについて、ジップロックを開けると、チキンアボカドサンドが入っていた。
ダニーが早速ぱくつくと、マーティンの視線を感じた。
「ん?ボン、食う?」
「いい、ホットドッグ買ったから」とマーティンはチーズがたっぷり載ったホットドッグにかぶりついた。
そのうち太るで、あいつ。
ダニーは苦笑しながら朝食を終えた。
「おい、事件だ」
ボスがオフィスから出てきて、チームを召集した。
「バーグドーフ・グッドマンで9歳の男子が行方不明。母親と買い物に来ていた」
「へぇ、随分いい趣味の子供で」
ダニーが皮肉っぽく口をはさんだ。
「市会議員ジョン・C・リュー氏のご子息だ」
「あ、アジア系で初めて市会議員になった方ですね」
サマンサが補足する。
「政治的背景があるかもしれない。サマンサとマーティンはリュー氏の自宅を、
ダニーとヴィヴィアンはバーグドーフ・グッドマンで聞き込みだ」
サマンサとマーティンは、アッパーイーストサイドにあるリュー議員の自宅を訪れた。
ボディー・ガードらしき男がアパートに招き入れる。
執事がやってきた。
「奥様は奥のリビングにおられます」
「ミセス・リュー、FBIのスペードとフィッツジェラルドです。
ジェフリン君がいなくなった時の事をお聞かせ願えますか?」
ミセス・リューも中国系だったが英語は流暢だ。
「私が、ジョルジョ・アルマーニのドレスを試着している時でした。
いつもは店の方が相手をしてくださるのですが、あいにく一人しかおられず、
息子はフィッティング・ルームの前のソファーに座っていましたの。
ドレスを着終わって、外に出たら、もうおりませんでした」
「あの、ジェフリン君は学校には通っておられないのですか?」
「はい、ランカスター・スクールに入れたのですが、先学期から不登校になりまして、
今は自宅で家庭教師についています」
「随分な名門校ですが、不登校の理由は?」
ミセス・リューは少し間を置いてから答えた。
「いじめです」
「なるほど」
サマンサとマーティンは頷いた。
どこにでも人種差別は存在する。
ほどなく技術担当がやってきた。
「誘拐の可能性がありますので、電話に逆探知機をつけさせて頂きます」
マーティンはあらましをボスに報告した。
ダニーとヴィヴィアンは、ジョルジョ・アルマーニの店員に話を聞き、
同じ2階にあるディオール、D&G、ヴェルサーチ、フェンディの店員にも聞き込みをした。
アルマーニのブティックを写すセキュリティー・カメラには、
ジェフリンが突然ソファーから立ち上がり、ブティックの外に出た姿があった。
フェンディの店員からジェフリンらしい子供が大人の男に連れられている姿の目撃談が取れた。
ダニーとヴィヴィアンはその店員に男の似顔絵協力を依頼し、一緒にオフィスに戻った。
サマンサも戻っていた。
マーティンはリュー邸で技術担当と待機だ。
マーティンから連絡が入った。
ジェフリン本人が電話をかけてきたという。
「僕は幸せなので、探さないで」とだけ言い、電話が切れた。
もちろん逆探知は無理な長さだった。
「僕は幸せってどういう意味っすかね?」
ダニーがボスに尋ねた。
「犯人に言わされているか、本人が本当にそう思っているんだろう」
「家族より幸せにしてくれる人と一緒ってことかしら?」
サマンサが独り言のようにつぶやいた。
「なぁ、家庭教師のこと調べた?」
ダニーがサマンサに尋ねた。
「一応、住所聞いてきたから、ファイル洗ったけれど、綺麗なものよ」
「家に行ってみよ」
ダニーがボスに了解を求める。
「サマンサとダニー、家庭教師の家だ」
「了解っす」
家庭教師ジョン・リバーズの家は、ロワー・マンハッタンにあった。
アパートの中の音は廊下だと聞こえない。
「リバーズさん、FBIです。開けて貰えませんか?」
ダニーが叫んだが、物音一つしない。
「留守やろか?」
その時、サマンサの携帯が鳴った。
「はい、え?分かりました。ダニー、似顔絵がジョン・リバーズと一致したそうよ」
ダニーはドアを蹴破った。
リバーズが男の子の上に馬乗りになっている。
「おい、離れろ!」
ダニーとサマンサは拳銃を構えて、リバーズを狙った。
リバーズが離れると、男の子が立ち上がり、ダニーめがけて走ってきた。
ダニーが抱きとめる。
ジェフリンだ。
サマンサがリバーズに手錠をはめる。ダニーはボスに連絡をした。
「ジェフリン君を、無事確保しました」
FBIのオフィスには、ジョン・C・リュー議員とミセス・リューが迎えに来ていた。
ジェフリンは両親の顔を見ると、走りよっていった。
「議員、奥様、ジェフリン君に少し事情をお聞きしたいのですが」
ボスが遠慮がちに話しかける。
「はい、わかりました。ジェフリン、全てをお話するんだよ。パパもママも怒らないからね」
議員は優しい声色でジェフリンに言い聞かせた。
涙をためたジェフリンは、うんと頷いた。
ヴィヴィアンとサマンサがジェフリンと一緒に応接室に入った。
「ボス、家庭教師のジョン・リバーズですが、カリフォルニア州とイリノイ州で児童誘拐未遂で逮捕されていました」
マーティンが報告をする。
サマンサが調べたはずなのに、どうしたことだろう。
サマンサとヴィヴィアンがジェフリンを連れて応接室から出てきた。
ジョン・C・リュー議員と妻は再三お礼を述べながら、息子を連れて帰っていった。
「どうだった?」
ボスが聞き取りの様子を二人に尋ねた。
「ジョン・リバーズは、チャイルド・モレスターの典型ですね。
安心させ、自分といるのが一番の幸せだと洗脳していたようです。
身体に触れてきたのでジェフリンが暴れたため、床に倒して馬乗りになったところだったそうです」
「危機一髪だな。洗脳が効き目がないと見るや、暴力的なレイプか最悪の場合殺されていたかもしれない。みんな良くやった」
「ボス、私の身辺調査が不十分で申し訳ありませんでした」
サマンサが謝罪した。
マーティンが口をはさむ。
「僕の方が時間があったから、調べられただけだよ、サム」
「よし、今日は報告書はいいから、皆、定時で帰れ。以上だ」
ボスはオフィスに戻っていった。
定時過ぎに、ダニーは落ち込んでいるサマンサを誘った。
マーティンも一緒だ。
三人で「デルアミコ」に出かけた。
「これは、これは、ベラ・ドンナ・サマンサ、お久しぶりで」
デルアミコの主人がサマンサを抱き締める。
「はい!そこまでー!」
ダニーが割って入り、三人はテーブルについた。
前菜に生ソーセージとブルスケッタ、子牛のタルターラとムール貝のワイン蒸しを頼む。
メインは、プッタネスカにゴルゴンゾーラリゾットとピッツア・プロシュートをオーダーした。
スプマンテで乾杯だ。
「サム、元気出し。家庭教師に目を向けたのはサムやないか」
ダニーの言葉にマーティンも頷いた。
「でも、未遂事件まで検索しなかったのは私のミスだわ」
「誰でもあることだよ」
マーティンも懸命にサマンサを励ます。
「とにかく食って、明日に備えよう!」
ダニーの音頭で、ディナーが始まった。
ダニーとマーティンはお約束で大トラになったサマンサをアパートに送り届け、マーティンのアパートに着いた。
もう夜中の12時を回っている。
「今日のサム、荒れてたね」
「仕方ないやろ、捜査官として反省してたんやから」
「何か飲む?」
「ミネラル・ウォーター頼むわ」
「了解」
マーティンはコートを脱いで、キッチンに消えた。
ダニーもコートを脱ぎ、コートラックにマーティンのと一緒に掛けた。
その時携帯が震えた。ジョージからの着信だ。
「おう、どうした?」
「今日は家に戻らないの?」
「あー、あのな、同僚のサマンサが酔っ払って送ってったりして、
時間が遅いからマーティンの家に泊まりや」
「そうなんだ・・・」
「お前、大丈夫か?」
「うん、気にしないで。じゃ、またね」
ダニーはジョージが無理しているような気がして、胸がしめつけられた。
「ダニー、電話?ジョージ?」
「あぁ、あいつ、ガキやから、一日の出来事を報告する電話よこすんや」
「ふぅん、毎晩?」
「や、あいつが暇な時だけやな」
「そう・・、あ、はい、コントレックス」
「お、サンキュ」
「僕、サムが平気か電話してみるね」
マーティンが電話をかけ出した。
「サム、マーティンだけど、大丈夫?そう、それじゃまた明日」
「どうやった?」
「気持ち悪いってさ」
「そやろなー、2本目のスプマンテ、ほとんどサムだけで飲んでたからな」
「凹みが治るといいね」
「サムかてタフな捜査官や。気持ち切り替えるやろ」
「そうだね。お風呂入る?」
「ああ、ええな」
「じゃお湯入れてくる」
ダニーはコントレックスを飲みながら、キッチンで冷蔵庫の中身を点検した。
開けっ放しのスパムの缶詰め、卵、チーズは見つかったが、野菜がない。
ダニーは明日の朝食のメニューを考えた。
マーティンが戻って来る。
「ねぇ・・・一緒に入る?」
「どうした?いつも一緒に入ってるやん」
「そうだけど・・・」
「一人がええのんなら一人で入り」
「うん・・そうする」
マーティンは、いつの間にかダニーの生活にしっかり入り込んでいるジョージを脅威に感じていた。
自分は朝から夕方まで一緒にいられるが、プライベートの時間ではない。
その後の時間をジョージが占拠していると思うと、胸がかきむしられる思いがした。
「ダニー、お先に。お湯ためといたから、入って。僕、寝る」
「そうか、おやすみ。明日な」
翌朝、ダニーは携帯のアラームで目を覚ました。
マーティンはダニーに背を向けて眠っている。
そうっとベッドから起きて、シャワーと歯磨き、髭剃りを済ませると、
Yシャツとパンツに着替え、二人分のサンドウィッチを作り始めた。
イングリッシュマフィンの中にスパムとチーズと卵焼きをはさむ。
マーティンが起きたらしい音が聞こえた。
髪の毛が半渇きのまま、スーツに着替えてリビングにやってくる。
「ボン、ウォーターグリースでもつけ」
「え、おかしい?」
「お前のはネコっ毛やから、後で立つで」
「わかった」
バタバタとバスルームに戻っていくマーティン。
その姿をダニーは苦笑いで見つめた。
「はい、お前のサンドウィッチな」
「あ、ありがとう」
「ほな、行こうか」
「うん」
二人で地下鉄の駅まで歩く。
なんとなく日差しの中に春の訪れを告げるような暖かさが感じられた。
「ねぇ、ダニー、今晩ひま?」
「ん?何や?」
「ロックフェラーセンターの光の噴水のイルミネーション、見に行かない?」
「あぁ、もうそんな季節やったな。行こか?」
「うん」
二人は地下鉄に乗った。
サマンサがむくんだ顔で、遅刻ぎりぎりに飛び込んできた。
マーティンとダニーに、ウィンクする。
どうやら気持ちの切り替えが出来たようだ。
書類作成に長けているマーティンに報告書をまかせ、
ダニーは、経費精算や古いファイルの整理をして時間を過ごした。
定時に仕事が終わり、マーティンがダニーに声をかけた。
「ダニー、そろそろ行こうよ」
「そやな」
「えー、また合コン?」
サマンサがいつものように声を上げた。元通りのサマンサだ。
「一緒に来る?」
ダニーが冗談交じりに尋ねると「今日は遠慮しとくわ」とサマンサは席に腰掛けた。
するとボスがサマンサを呼んだ。
ボスなりに気を使っている。
ダニーとマーティンはボスのオフィスに入るサマンサの後姿を見送って、オフィスを後にした。
ロックフェラーセンターに着くと、すごい人出だ。
「どこからよく見えるかなぁ」
マーティンが必死にベスト・スポットを探す。
「ダニー!ここから見えるよ!」
その声で、人がマーティンの方に殺到する。
「うわぁ!」
ダニーがマーティンの手を引いて、人ごみから助け出した。
「お前、あほやな、そういう時は静かに手でも振れ」
「本当だよね、僕はバカだ」
「おい、こっちが空いたで」
やっと手すりに二人分の空きスペースが出来た。
光の噴水は、鉄とネオンチューブと3,390個のLEDライトが使われ、高さは35フィートの巨大な滝を形作っている。
LEDライトがキラキラと光りながら、なだらかなラインに沿って上がっては流れ落ち、水の動きをあらわしていた。
「すごく綺麗だね」
マーティンの顔が青い光に輝き、青の瞳を一層際立たせていた。
「お前も綺麗や」
「え?僕?」
マーティンは恥ずかしそうにダニーの手を握った。
ダニーも握り返す。
「そろそろ行こうよ」
「もうええの?」
「うん」
「何か食いに行こか」
「そうだね」
二人はロックフェラーセンターの人ごみから歩き出した。
数ブロック歩いてメキシコ料理の「ゾナ・ローザ」に入った。
コロナビールで乾杯し、前菜のフレッシュ・ガカモーレとサボテンのサラダに口をつける。
「いけるな、ここ」
「でしょ?サボテンってねばねばしてるんだね」
マーティンは前もってリサーチしていたようだ。
そのまめさにダニーは頭が下がる思いだった。
メインはシーフードエンチラーダとツナとチキンのタコスを選んだ。
マーティンが迷わず白ワインをオーダーする。
食事が終わり、二人は店を出た。
ダニーはだるいので、マーティンの家に泊まりたかったが、
マーティンを利用しているような自分を恥じた。
「それじゃ、地下鉄の駅まで歩こか?」
「わかった」
マーティンは心なしか言葉少ない。
「なぁ、ボン、何考えてる?」
「え、何って、別に・・・」
「そか」
地下鉄は反対方向なので、改札口で別れる。
「また来週な」
「うん、ダニー、電話してもいい?」
「ああ、ええよ」
「それじゃね」
マーティンはアッパー・イースト方面行き、ダニーはブルックリン行きの電車に乗った。
ダニーは、自宅のバスタブにつかり、鼻歌を歌っていた。
久しぶりに家に帰ってきたような気がする。
バスタブから出ると、電話が鳴っているのが聞こえた。
急いで、腰にタオルを巻き、リビングにある電話に出た。
「はい、テイラー」
「ダニー、何してたの?」
マーティンだった。
「風呂に入ってた。お前も風呂入ってあったまって眠れよ」
「うん、わかった」
「何か用か?」
「ううん、声が聞きたくなっただけ」
「アホ、さっきまで一緒やったやん」
「そうだけどさ・・」
「おれバスタオル一丁だから、そろそろ切るわ。ほなおやすみ」
「おやすみなさい、ダニー」
パジャマに着替え、ベッドに入るとまた電話が鳴った。
「何や、マーティン」
「え・・・僕、ジョージだけど・・」
「あ、すまん。ボンの奴から電話あったばかりやから、またあいつかと思った」
「電話してくるんだ、マーティンも」
ダニーはとっさに嘘をついた。
「今日の捜査のことやから、いつもやないで」
「ふぅん」
「どうした?何かあったか?」
「明日、ダニーの家に行ってもいい?」
「ええけど?」
「よかった!じゃあ、朝ごはん持って行くね」
「そか、俺、寝てたら、勝手に入り」
「そうする。それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
やれやれとダニーはブランケットを持ち上げて、目を閉じた。
翌日、ダニーは昼過ぎまで熟睡した。
起きてシャワーを浴び、ナイキの上下を着てリビングに出ると、ジョージがテレビを見ていた。
「よ、おはようさん」
「おはよう。沢山寝てたね」
ジョージが立ち上がってぎゅっとダニーを抱き締めた。
「何見てるん?」
「シドニーのマルディグラ。ゲイのパレードなんだ」
「へぇー、そんなんあるんか?」
「うん、ゲイの人口はサンフランシスコの方が多いらしいけど、世界最大のお祭りなんだよ。
観光客も100万人集まるんだって」
ダニーが画面を見ると、リオのカーニバル風に着飾ったドラッグ・クイーンが腕を組んで行進していた。
往年のヴィレッジ・ピープルのような皮のベストにパンツのハードコアなカップルもいる。
ダニーは思わず目を背けた。
自分は仲間ではない!
頭の中で拒否反応がスパークしている。
「ダニー、どうかしたの?」
ジョージがきょとんとしていた。
「なぁ、お前さ、これ見てても違和感ない?」
「楽しそうじゃない!みんな胸張ってて立派だよ。僕も出たいくらい」
「そうか・・・」
「でも、ダニーが嫌なら、出ないよ」
「そんなに無理しなくてもええよ、ジョージ。お前はお前やから」
「だって、ダニーに嫌われたくないもん」
「嫌うわけないやんか」
今度はダニーがジョージを抱き締め返した。
「ねぇーダニー、ブランチ用意したから食べようよ」
「お、サンキュー」
ダニーはダイニングに座った。
まず野菜いっぱいのコブサラダにスパニッシュオムレツ、
ポークのスペアリブにブロッコリーだ。
「すごいご馳走やん」
「家で食べるのが一番ラクチンだもんね」
ジョージがシャンパンをグラスに注ぎながらウィンクした。
「まるでどっかのホテルのシャンパン・ブランチやな」
ダニーは、コブサラダから皿に盛り始めた。
「ねぇ食べ終わったら、晩御飯の買い物に行かない?」
ジョージがスパニッシュオムレツを取り分けながら、ダニーに尋ねた。
「あぁ、ちょうどランドリーもあるしな。外出よか」
「うん!」
「お前、仕事は?」
「来週から、またバーニーズに出るの。久しぶりだから嬉しいよ」
「モデルより好きか?」
「うーん、モデルはもちろん大好きだけど、バーニーズは僕を育ててくれた家みたいなもんだから」
「そうか」
「それにバーニーズに勤めてなったら、ダニーに出会えなかったもん」
そう言うと、ジョージは照れたように笑った。
ジョージは土曜日ダニーのアパートに泊まり、日曜日のディナー後に帰っていった。
ジョージと一緒だと、外食であろうが家での食事だろうが、
とても健康的なバランスの食物が食べられるので、有難かった。
ジョージがあの美しい身体を維持するのに、どれだけ勉強し、運動をし、
気を配っているのかを考えると、頭が下がる思いだ。
ふと、朝からハンバーガーを食べるマーティンの姿が頭をよぎった。
そや、電話したろ。
電話を鳴らしたが、なかなか出ない。
もう切ろうかと思ったら、「はぁはぁ、フィッツジェラルド」とマーティンが出た。
「俺やけど、何、息切らせてるん?」
「ダニー?ごめんね。走ってきたから」
「どこから?」
「・・どこだっていいじゃん。ダニーこそどうしたの?」
「いや、お前が何してるかなと思ってな」
「そう。僕は元気だよ。明日会えるじゃない」
「そやけど、えらい冷たいな」
「ごめん、お客さんなんだよ。だから明日ね」
ブチっと電話が切れた。
こんな時間に客?
ダニーは気になり始めたが、今からマンハッタンに車を飛ばすのは大人気ない。
アルの店でも行こう。
コートを羽織って外へ出た。
「ダニーから電話なんだ・・・」
リビングに出てきたドムがつぶやくように言った。
「明日会えるのに、ヘンだよね」
「電話したくなったんじゃない?マーティンの声が聞きたいんだよ。僕も同じ気持ちになるもの」
「もういいじゃない。ベッドに戻ろうよ」
「うん、そうだね」
ドムの肩を抱いて、マーティンはベッドルームに入っていった。
外泊が出来ないドムを見送り、マーティンは、リビングのソファーに腰掛けた。
セックスとシャワーの熱で身体がほてっている。
たまらなくダニーの声が聞きたくなり、電話をした。
「んん、テイラー・・」
「ダニー、寝てた?ごめんなさい」
「何や、ボンか?どないした?」
「さっきはごめんね」
「俺こそ急に電話して悪かった」
「ドムと食事してたんだ」
「そんなん説明しなくてもええよ。今何時や?」
「えっと、2時過ぎ」
「お前、早く寝ろ。遅刻すんな」
「わかった。じゃあおやすみ」
「ああ、おやすみ」
月曜日の朝、案の定、マーティンは遅刻ギリギリの時間にオフィスに滑り込んだ。
ダニーがそっとエッグサンドの半分をマーティンに渡す。
「サンキュー」
小さい声でつぶやいて、マーティンはサンドウィッチをA4の紙の上に置き、コーヒーを取りに行った。
ダニーの分まで運んでくる。
ダニーはスターバックスのカフェラテを飲んでいたが、「お、ありがと」とFBIマグを受け取った。
ランチになり、ダニーはマーティンを連れて、いつものカフェに繰り出した。
今日の日替わりは、アイスバインのポトフとグリーンサラダだった。
アイスバインをつついては、肉をほぐすマーティンに、ダニーが笑った。
「お前、肉食うのだけは上手いよな」
「うん、うちってさ、肉料理が多かったんだよね。
うちっていっても、母さんの手料理じゃなくて、メイドのエリザベスの料理だけど」
「お前のおかん、料理せいへんの?」
「手が荒れるとかなんとか言ってるよ。それより慈善活動の方が好きみたい」
「そうなんやー。家のおかんは毎日、夕食作ってくれたで。まぁ、外食できる経済状態やなかったけど」
「お母さんの味って覚えてる?」
「あぁ、忘れられへんのは、キューバの黒豆スープやな。美味かったわ」
マーティンは、自分が料理が出来たなら、黒豆スープをマスターするのにと思った。
夕方になって、ダニーの携帯が震えた。
着信表示はジョージと出ている。
ダニーは廊下に出て、話し始めた。
「おぅ、どや?久しぶりのバーニーズは?」
「相変わらず、お客様が多くって大変だよ。ねぇ、ダニー、今晩暇?」
「今のところ大丈夫やけど?」
「あのね、またバスケのチケットが手に入ったの。ニックス対クリーブランド・キャバリアーだよ。
7時半からなんだけど、僕も仕事終わるのぎりぎりだから、8時にマジソン・スクウェア・ガーデンに着けると思う」
「俺もそれ位の時間やな。ほな、前のとこで待ち合わせしよか?」
「うん、楽しみにしてるね」
「OK。サンキューな」
「いいんだよ、じゃまた後でね」
ダニーが仕事を終えて、マジソン・スクウェア・ガーデンに着くと、ジョージが毛糸帽にダウンコートで立っていた。
「ごめんな、待たせたやろ」
「僕も今来たところだよ」
「じゃ、入ろうか」
「うん!」
ジョージの席はコートサイドの最前列だ。
ビールとホットドッグを買って、席につく。
2メートル以上の男たちが空中戦を目の前で演じる。
この迫力は、めったに体験できない。
二人はホットドッグを食べ終わり、ビールがぬるくなるのも忘れて、ゲームに見入った。
惜しくもニックスは105ポイントで勝ちを114ポイント上げたキャバリアーに譲った。
試合が終わり、ジョージに気が付いた観客が、サインを求めに殺到する。
ダニーはこそっと立ち上がり、一番近い出口でジョージを待った。
「ごめんね、ダニー。待たせちゃったね」
「それほど待ってないで。それよか飯食わへん?」
「僕もそれを言おうと思ってた」
二人は少し歩いて、「チャンペン」という名前のタイレストランに入った。
ジョージにオーダーを任せて、ダニーはワインリストを読んでいた。
ジョージは手際よく、前菜にさつま揚げと蒸し鶏、青パパイヤのサラダに、
カニーのカレー卵とじ、カナー菜の炒めともち米を頼んだ。
チャーンビールで乾杯する。
その時、ダニーの携帯が震えた。
「電話や、ちょっと失礼」
ダニーは席をはずし、店の外で電話に出た。
「マーティン、どうした?」
「ダニー、今日はジョージとデートなんだね?」
「え?」
「だってNBAのゲーム見てたら、二人が映ってたもん」
「デートなんて大げさやな。チケットが手に入ったいうから、一緒に行っただけや」
「わかったよ」
「そう怒るなよ」
「怒ってなんかないよ、じゃあ明日ね」
やれやれや。
ダニーが席に戻ると、ジョージが心配そうな顔で待っていた。
「仕事?」
「そやけど、明日でもいいとさ」
「よかった!じゃあ食べようよ」
「おう、そうやな」
二人は、すっかり満腹になり、店を出た。
「お仕事の電話来ちゃったから、泊まりはだめだね」
「またチャンスはあるって」
「そうだよね、じゃあ地下鉄の駅まで歩こう」
「そうしよか?」
二人は並んで歩き始めた。
ダニーは地下鉄でブルックリン行きに乗ろうとして、警察に止められた。
「地下鉄駅は今、電車が途中駅で停車中ですから来ませんよ」
「はぁ?俺、FBIのテイラー言いますけど、何があったので?」
「誰かがタイムズ・スクウェアで小型の爆発物を爆発させたんです。
タイムズ・スクウェアは閉鎖です」
「何か出来ることは?」
「爆弾処理班が出動しています」
ダニーは仕方なく、地上に出た。
帰れないなら、ジョージの家に泊まろうかとも思ったが、さっきの電話を仕事だとウソをついている。
恥を忍んで、ダニーはマーティンに電話をかけた。
「ダニー、今どこにいるの?」
「あー、地下鉄の駅やけど、動いてへんのや」
「じゃあ、家に来なよ。アッパーイースト方面ならタクシーで大丈夫でしょ」
「ええのんか?」
「もちろんだよ」
「ほな行くわ」
ダニーは申し訳ないので、近くのパティシェリーで、
マーティンの好きなチョコレートタルトと自分用にアップルタルトを買った。
マーティンのアパートでは、ジョンが心配そうに「テイラー様、ご無事でしたか?」と声をかけてきた。
「ああ、大丈夫や、ありがとう」
エレベータに乗ってマーティンのアパートに着くと、ドアを開けてマーティンが待っていた。
「これ、お土産な」
「ありがとう、入って」
ダニーはコートを脱いで玄関のコート掛けに引っ掛けた。
「ごめんな、こんな時に」
「いいよ。それより、これ食べない?」
ダニーはお腹がすいていなかったが、「ああ、ええな」と答えた。
マーティンが「ディーン&デルーカのカモミールティーでいい?」と聞いてきたので、
「それでええわ」と答え、リビングのソファーに腰掛けた。
マーティンがティーカップとタルトを載せた皿を運んできた。
「いつもの通り、半分こだよ」
「あぁ、そうしよう」
ダニーはタルトをフォークで器用に半分に割ると、マーティンの皿にアップルタルトを載せ、
チョコレートタルトを自分の方に運んだ。
「お風呂入る?」
「何かくたびれたわ。朝のシャワーだけにしとく。お前入ったら?」
「いいよ、入らなくて」
二人は、タルトとハーブティーを終え、歯磨きと顔のクレンジングをした。
ダニーのパジャマがベッドの上に出ている。
ダニーはそれに着替え、ベッドに入った。
ほどなくマーティンが入ってきた。
ダニーの胸に顔を押し付ける。
「あぁ、ダニーの匂いだ」
「俺、汗臭いやろ」
「それでも、ダニーのはいい匂い」
「髪の毛がこそばい」
「ごめん。でもしばらくこのままにしてていい?」
「ああ」
そのうち、マーティンが規則正しい寝息をたてはじめた。
ダニーは苦笑して、マーティンの頭を自分の胸から離すと、枕の上に乗せて、目をつむった。
翌朝、ダニーは携帯のタイマーで目を覚ました。
シャワーと身支度を済ませて、キッチンに立つ。
物色すると、イングリッシュ・マフィンとロースハムにチーズ、
それと昨日の食べ残しらしいベイビーリーフサラダがあった。
ダニーはサラダをさっとオリーブオイルで炒め、ハムとチーズと一緒にマフィンにはさんだ。
マーティンが起きる音がした。
「ダニー、おはよう!早いね!」
「ああ、飯作ったけど、オフィスで食うか?」
マーティンは腕時計を見た。
「オフィスのがよさそうだね」
「じゃ、途中のスタバでコーヒー買おう」
「うん」
CNNを見ると、タイムズ・スクウェアの閉鎖は解除になっているようだ。
「地下鉄で行けそうだね」
「そやな、でも早めに行くのがええな」
二人は、コートを着て、外に出た。
地下鉄の中で、マーティンが耳打ちした。
「ねぇ、NYワインショーに行かない?」
「へぇ、そんなのあるんか?」
「ジェイコブ・J・ジャビッツ・コンベンション・センターだよ」
「オフィスからなら、そんなに遠くあらへんな」
「今日は夜の10時まで、テイスティング・イベントやってるんだって」
「それじゃ、行こか」
マーティンは思わず嬉しくて、ダニーの手を取って、握り締めた。
ぎゅーぎゅー詰めの車両だ。
誰も気が付かないだろう。
マーティンがにんまりしているのを見て、ダニーも笑った。
仕事が何の問題もなく終わり、二人は、オフィス近くの「ジャクソン・ホール」でバーガーを食べた。
空腹では、ワイン・テイスティングが楽しめない。
マーティンはいつものように、一番ボリュームのあるガッカモレバーガーを、
ダニーはメキシカン・バーガーにチリをトッピングしてもらった。
食べ終わり、コンベンション・センターに移動する。
夜9時近くだというのに、業者、一般客がまだ数多く会場にいる。
マーティンは、おめあてのカリフォルニアのワイナリーと話をし始めた。
ダニーは、近くのブースを回って、ピノ・ノアール、カベルネ・ソーヴィニオン、シャルドネと
次から次へとテイスティングして回った。
テイスティングは、一気に飲んではいけない決まりになっている。
口の中で液体を転がし、味わってから吐き出すのがマナーなのだ。
ダニーも、それに習い、さらに多くのブースでティスティングをした。
マーティンは、まだワイナリーと交渉している。
「どないしたん?」
「うん、土壌もいいし、作柄もいいから、来年の分を2ケース予約した」
「おい、まだどんな味のワインが出来るか分からへんのやろ?そんな先物買いみたいのでええんか?」
「だって、投機が目的じゃないもん。自分が楽しめればいいじゃない」
マーティンが小切手を切るのを、ダニーはだまって見つめていた。
ダニーにはそんな買い物の仕方は出来ない。
ここが、自分とマーティンの大きな違いだ。
「まだ、いる?」
マーティンがダニーに尋ねた。
「お前は?他のワイナリーはええのんか?」
「そうだなー、ワシントン州とオレゴン州のはティスティングしたいな」
「ほな、行こう」
二人はその州のブースに周り、一通り、ティスティングした。
「結構いいね」
マーティンは、ワシントン州とオレゴン州のワインをそれぞれ1本ずつ買った。
「気は済んだか?」
「うん、ダニー、ありがとう」
二人はコンベンション・センターから外に出た。
まだ外気が冷たい。
「ねぇ、家に帰って、チーズでこのワイン飲まない?」
マーティンが上目使いで尋ねた。
「チーズ、うまいのある?」
「うん、ブルーもウォッシュもあるよ」
「それなら、お前んとこ行くわ」
「わーい。じゃタクシーに乗ろう!」
ダニーは軽い足取りのマーティンの後を追って、タクシースタンドに並んだ。
マーティンのアパートにたどり着き、二人は部屋着に着替えると、
早速マーティンがワインショーで買い込んだオレゴン州の赤ワインを開けた。
「ドメイン・セレーヌ」というワイナリーのものだ。
「オレゴン州ってさ、フランスのボルドーやブルゴーニュと同じ緯度にあるんだって。
だから作柄も同じブドウが育つらしいよ」
マーティンが得意そうに説明する。
「お前、えらい詳しいな」
「だって僕ら、レストランやる夢があったでしょ?ずっと勉強続けてるんだよ」
マーティンは、冷蔵庫からロックフォールとエポワス、それにブリー・エキストラを出してきた。
「クラッカーあるか?」
「うん、待ってて」
マーティンはクラッカーの箱とナイフを二つ持ってきた。
美味しいチーズと極上のワインで、二人はすっかりいい気持ちに酔いしれた。
「ねぇ、今日泊まってく?」
「ええのんか?」
「うん、明日休みじゃん。ゆっくりしようよ」
「そやな」
「じゃ、バス入れてくるね」
「ああ」
ダニーは、カベルネ・ソーヴィニオンを飲み終え、キッチンにミネラル・ウォーターをとりに行った。
冷蔵庫を見ると、見慣れないドリンク剤が入っている。
例のヘビの印がついている。
あいつ、こんなん飲んでいたら、ムラムラするやろー。
ダニーは呆れた。
コントレックスのペットボトルを出して、ソファーに座って飲んでいると、
マーティンが戻ってきた。
「バスの用意できたよ」
「ほな、入ろか?」
「一緒に?」
マーティンが恥ずかしそうな顔をする。
「当たり前やろ」
ダニーは、さっさと部屋着を脱ぎながら、バスルームに向かった。
パパイヤの香りが満ち溢れている。
ダニーは泡だらけのバスタブに身を横たえて、パパイヤの泡をすくって遊んでいた。
すると、マーティンが入ってくる。
バスタブにダニーと対面する形で腰を落とし、ダニーの上に足を乗せた。
マーティンがするっするっと足で刺激するので、ダニーのペニスは段々力を得てきた。
「ダニー、固くなってる・・・」
「お前がやらしい動きするからや」
「前みたいに、ここでする?」
「いや、ここじゃ持たへんから、ベッドに行こや」
「うん・・」
二人はシャワーで十分に泡を流し、バスローブを着て、ベッドルームに向かった。
さっさとバスローブを脱いで、ベッドに入るダニー。
マーティンは、サイドテーブルの引き出しをがさごそしている。
「お前、湯冷めするで」
「あーん、待っててよ」
マーティンは安心した顔をして、ローションを出した。
「これ、新商品なんだよ」
「ドムに使ったんやないの?」
「使ってないよ!ほら、未開封でしょ?」
マーティンから瓶を受け取り、ダニーは確認した。
「ふぅん、ムスクの匂いか」
「今までのより強力なんだって!」
「お前、とことんエッチな」
「そんなことないよ」
マーティンはダニーの手からローションを奪い取り、ダニーのペニスに塗りこんだ。
まるで女性器の体液に包まれているような気持ちだ。
「んん、わ、すごいわ」
「でしょ?」
「貸してみ」
ダニーはローションを手のひらに取ると、指をマーティンの中に入れて、かき回した。
「あん、そこ感じるからだめ・・あぁん」
ダニーはマーティンのペニスが先走りの液でテラテラ光るのを待って、
マーティンの足を広げ、自分の上に座らせた。
我慢できずにマーティンが一人で動き出す。
目をつむり、懸命に腰をふる姿がなまめかしい。
「ダニィ、ぼ、僕だめかも、あぁー」
マーティンはダニーの上に身体を預けた。
角度が変わり、ダニーのペニスが一段と擦れる。
「あぁ、俺も、い、いく」
ダニーはマーティンの下で弛緩した。
ダニーは小鳥のさえずる声で目を覚ました。
ベッドをそっと抜け、窓のブラインドを少し持ち上げる。
ベランダは、セントラル・パークから飛んできた小鳥だらけだった。
どうやらマーティンがえさをやっているらしい。
ダニーはパジャマのままキッチンへ行き、食パンを持ってきて、小さくちぎってベランダに投げた。
一斉に飛び立った鳥たちがすぐに戻ってきて、パンをつつき始める。
時間はまだ朝の5時だ。
ダニーはまたベッドに入り、ぽかぽかに温かいマーティンの身体にしがみつき、
冷たくなった身体を温めた。
次に目が覚めると、隣りのマーティンがいなかった。
もう11時過ぎだ。
「んん?」
バスルームのドアをそっと開けると、鼻歌を歌っているマーティンの声が響いていた。
The Policeの「Can’t stand losing you」だ。
結構、高音が伸びていて、楽しそうに歌っている。
失恋して自殺する歌やのに、ボンは楽しそうや。
ダニーは苦笑いして、キッチンへ向かい、コーヒーのしたくをした。
マーティンが部屋着を着て現れた。
「あ、ダニー、起きたんだ!」
「おぅ、俺もシャワーするから、コーヒー見といて」
「わかった」
ダニーも鼻歌でSealの「Amazing」を歌った。
ジョージと付き合うようになってから、黒人シンガーが妙に気になって、CDを集めていた。
シャワーを終えて、部屋着に着替え、ダニーはキッチンに向かった。
マーティンが卵を見つめながら難しい顔をしている。
「ボン、卵がどないした?」
「フレンチ・トースト作ろうと思ったんだけど、作り方がわかんない」
「俺に任し」
マーティンは嬉しそうな顔をすると、キッチンから出て行った。
ダニーは卵をボールに割り入れ、ミルクを足して攪拌した。
つけ汁に食パンを4枚入れ、大分含んだところでフライパンを熱し、
バターを溶かして、パンを焼き上げた。
「おい、マーティン!メープルシロップあるか?」
マーティンが顔を覗かせた。
「蜂蜜ならあるけど」
「上等やん。食おう!」
「嬉しいな〜」
マーティンは、ダイニングにオレンジジュースとコーヒーを持って来ていた。
久しぶりの二人の朝食だ。
「今日、何する?」
「そやなぁー、DVDでも借りにいこか?」
「あ、ちょっと待ってて!」
マーティンは書斎に使っている部屋に走っていった。
「ねぇ、ニックスとポートランドの試合のチケットがまだあるって!」
ダニーは1週間に2度も試合を見るほど、熱心なバスケファンではないが、
マーティンはどのスポーツも欠かさず見るほどのフリークだ。
「じゃ、行こか」
「うん、申し込むね!」
ネットでチケットを買い、マーティンは満足そうに戻ってきた。
「コートサイドじゃないけど、いいよね?」
「お前、何か言い方にケンがあるな」
「気のせいだよ。僕は上機嫌だよ。
あ、そうだ、サマータイムの始まりの日だね」
「そやそや」
二人は腕時計を1時間進ませた。
「ぶらぶらしながら、マジソン・スクウェア・ガーデン行こか?」
「うん、いい天気だもんね」
二人は5番街まで地下鉄で降りて、着飾る女性が列をなしているブティック街をひやかして歩いた。
「結構、温かくなってきたな」
「もう、スノボーは出来ないかなー」
「あと一回は行きたいな」
「本当?じゃ、僕、調べてみるね」
「ああ、よろしく」
途中のカフェで、二人はフォカッチャサンドとビールで軽いランチを済ませた。
「そろそろ、MSGに行くか?」
「そうだね、ホットドッグ買うのに列できるから」
「お前、また食うの?」
げらげら笑いをするダニーにマーティンは頬を膨らませた。
「さ、地下鉄に乗ろ」
二人は、さらにダウンタウンに下りる地下鉄に乗った。
バスケットの試合が終わり、ダニーとマーティンは、一風堂に出かけた。
ニックス114ポイントに対して、ポートランドは120ポイント、またも惜敗だ。
「俺が応援に行くと、ニックス弱いな」
ダニーが頭をかく。
「何だか調子が出ないよね」
二人は、新メニューの「赤丸かさね味」に煮玉子を足してもらい、食べ始めた。
マーティンは替え玉3つにご飯をお代わり、ダニーは替え玉一つにご飯のおかわりで、食べ終えた。
店を出た途端、ダニーの携帯が震えた。
「ボン、ちょい待ってな。はい、テイラー。おう、どないしたん?」
ダニーは済まないという顔をしながら、マーティンから離れた。
ジョージに違いない。
マーティンにはピンと来た。
電話を終えて、ダニーがマーティンに向かって歩いてきた。
「ダニー、行ってあげなよ」
「はぁ?お前何言ってんの?」
「だって、ジョージでしょ、寂しいんだよ、きっと」
「アホやなー、ボン。サマンサからやった。こないだ、大トラになったやん?
その埋め合わせしたいんだと。お前の携帯は通じないって言ってたで」
マーティンは慌てて、携帯を取り出した。
間違ってOFFボタンを押してしまったらしい。
「本当だ、電源切れてる」
「な、お前、最近考えすぎや。もともと頭がええのやから、そんなに深く考えんでもええのに」
「僕の性分だから・・」
マーティンは口ごもった。
こうしてダニーと一緒にいる時ですら、ジョージの影におびえている自分が、パラノイアのような気がしてきた。
二人はアッパー・イースト向きのタクシーを拾い、マーティンのアパートに戻った。
ダニーが帰り支度をしている。
「もう帰るの?」
「あぁ、休みは家事とか色々あんねん。お前みたいにメイドが雇える身分になりたいわ」
「・・ごめんなさい・・」
「謝らなくてもええ。お前の生き方やもん。変えられるわけないしな。そんじゃ、また来るわ」
ダニーがソフトアタッシュを持って帰っていった。
大きなリビングが急に二倍の広さになったような気がした。
ダニーは、ブルックリンのアパートに戻り、荷物を置くと、アルの店に向かった。
「よう、ダニー、元気か?」
「それがクタクタや」
「飯はもう済んでるんだろ?入荷したてのシングルモルトはどうだ?」
「じゃ、それもらうわ」
マッカランの20年ものだ。
球形の氷がウィスキーグラスの中で、店の照明を反射している。
「なんでクタクタなんだ?またこっちの問題か?」
アルはウィンクをして左手の小指を上げた。
「俺、あんまりベッタリの関係って得意やないからな」
「彼女は束縛するほうなのか?」
「あぁ、やんわりやけど」
「女ってだいたいそんなもんだろうが」
相手は女やない、男二人なんねんけど。
ダニーは思わずカミング・アウトしそうになった。
「一緒に過ごせる時間が短くても、電話一つで相手が納得することが多いって」
「そうかな?」
ダニーはウィスキーを2杯飲んで、アパートに戻った。
留守電が点滅している。
スウィッチを押すと、弾むような声が聞こえてきた。
「ダニー、僕です。ちょっとでもいいから声が聞きたいです」
ダニーはアルのアドバイスにならい、ジョージに折り返しの電話をかけた。
「わぁ、ダニーだ!今日は何してたの?」
「食料品の買い物や。お前は?」
「僕も。「トレーダー・ジョー」に行ったら、目移りしちゃって、400ドルも使っちゃった」
まだまだジョージの報告は続く。
ダニーは、時々、うん、うんと調子を合わせながら、静かに電話を聴いていた。
ダニーは、今晩、久しぶりにジョージとディナーの約束をしていた。
ジョージが言うには会わせたい人がいるという。
誰やろな?ご両親ならもう会うてるし・・・。
ダニーは訝りながら、待ち合わせのビッグ・ママのガンボの店に向かった。
ジョージが先に来て、テーブルについていた。
「久しぶりだね、色男、ママにハグさせておくれ」
ダニーは巨体のママに抱きつかれ、頬にキスされた。
「ママも相変わらずべっぴんやな」
ビッグ・ママは嬉しそうに厨房に入っていった。
「ダニー、元気だった?」
「ああ、お前は?っていつも電話で話してるけどな」
「うん、でも元気かどうか確認するのって大事じゃない?」
「そか。お前は元気にしてたか?」
「うん、バーニーズの仕事はやっぱり楽しいよ。あ、来た!」
ジョージが立ち上がるので、ダニーもつられて立ち上がった。
アレックスだ。メガネをかけたヒスパニックの男性連れだった。
「ジョージ、ダニー、ごめんなさい。待たせたよね」
「今、俺も来たとこや」
「あ、紹介します。僕のボーイフレンドのエルナン・コルテス」
「始めまして、エルナンです」
「まぁ、座って」
ジョージが音頭をとった。
「今日はすごくドキドキしてます。だって、アレックスのいとこがジョージ・オルセンさんだなんて知らなかったから」
エルナンは、見るからに緊張していた。
「さぁさ、今日もシャンパンかい?」
ビッグ・ママがオーダーを取りに来た。
「ママ、いつもの出してくれる?」
「はいさ」
ジョージは常時ここのワインセラーにワインやシャンパンを預けている。
出て来たのはドン・ペリニオンのロゼだった。4人はとりあえず乾杯した。
「ねぇ、エルナン、自分のこと話してよ」
ジョージが話を向けた。
「僕ですか?今、FITの4年生で、デザイナーを目指してます」
FITはニューヨーク州立ファション工科大学で、入学がとても狭き門なので知られている。
卒業して、一人立ちできる人材はさらに確率が下がる、厳しい世界だ。
「僕のカタログ見てくれて、エージェンシーに連絡をくれたんだ」
アレックスが嬉しそうに話す。
「一目ぼれです。だってアレックス、天使みたいに綺麗だから」
エルナンも顔を紅潮させて説明した。
「それで、いつからの付き合いなん?」
ダニーも質問した。
「ちょうど3週間たったとこ、ね?」
アレックスがエルナンに同意を求め、エルナンはこっくりと頷いた。
「エルナンもスペイン語がぺらぺらなんだ。だから僕の悪口をダニーと話しても、僕わからない」
アレックスは笑っている。心の底から嬉しそうだ。
料理が運ばれてきた。
なまずのフライにカラマリのフライ、シーザーズサラダだ。
「エルナンはどこの出身なん?」
「僕はサンディエゴのラホーヤです」
「高級住宅地やな」
「父がホテルで成功しまして。FITの学費も全部親持ちです」
「へぇ、ええ身分やなぁ」
「でも僕は普通の暮らしがいいから、生活費は仕送りしてもらってないんです。
FITの購買部でバイトしてるんですよ」
エルナンは確かに育ちがよさそうだが、謙虚さが顔に出ており、好感が持てた。
チキンのガンボとシーフードのガンボが来た。いつもより量が多い。
「さぁさ、ここにいる子達にもっと太ってもらわなくっちゃね」
ビッグ・ママが大声で笑いながら厨房に戻った。
食事が終わり、アレックスはエルナンと腕を組んで帰っていった。
「今日の俺は、親代わりか?」
ダニーは笑いながらジョージに尋ねた。
「うん。厳しい親のほうね。僕は甘い親」
「お前、ずるいで」
「でも、どう思う?騙しているようには見えないよね?」
「あぁ、エルナンは、あのままやないの?ええ感じや。よかったな、アレックスが立ち直って」
「うん、僕もすごく嬉しいよ」
ジョージとダニーは、地下鉄の駅まで歩きながら話した。
「今度の週末、僕、休みなんだけど、会える?」
別れ際、ジョージがおずおずと尋ねた。
「事件がなかったら大丈夫やと思うで」
「また電話していい?」
「ああ、ええよ」
二人は別方向の地下鉄だ。
ダニーがホームに移動するのを、ジョージはずっと見送っていた。
翌日、マーティンがデスクでペーパーワークをこなしていると、携帯が鳴った。
見覚えのない電話番号だ。
「はい、フィッツジェラルド」
「あ、マーティンですか?僕、アレックス」
「あぁ、元気かい?心配してたんだよ。仕事忙しそうだったね」
「うん、おかげさまで。ねえマーティン、今晩ご飯一緒に食べませんか?」
「え?いいけど・・・どうかしたの?」
「うん、ちょっとね」
「分かったよ、場所指定してくれれば、そこに行くよ」
「僕がフェデラル・プラザに行ったらだめ?」
「そんなことないよ。1階のセキュリティーデスクで、僕を呼び出してくれるかな?」
「うん、わかった。それじゃね」
「あぁ、後でね」
ダニーが電話の様子を聞いていたようだ。
「誰なん?」と聞いてきた。
「ジョージのいとこのアレックスだよ。あの子の治療が終わってから、しばらく会ってないからさ、食事しようってことで」
「ふぅん、そうなんか」
「ダニーも来る?」
「いや、俺は行かへん方がええと思う」
「そう?じゃあ、若者の悩みでも聞くとしよう」
マーティンはあまり人に頼られることがない。
だから、嬉しそうな顔をしていた。
アレックスは7時半にフェデラル・プラザの1階ホールに着いた。
マーティンは「お先に」と言って出て行った。
ダニーは、話がややこしくなりそうな予感を感じていた。
「やぁ、アレックス、元気そうじゃない!」
マーティンに言われて、アレックスは顔を赤く染めた。
「うん、ようやく仕事もレギュラーなのが入ってきたし。僕の治療の時はお世話になりました」
「そんなのいいさ、僕だって人に助けられたんだ。今日はどこへ行く?」
「マーティンの好きなとこ選んで」
「そうだなー。じゃあ、イタリアンでもいい?」
「うん、大好き」
マーティンは、デルアミコを選んだ。テーブルを予約し、タクシーで移動する。
デルアミコのオーナーが、二人にハグをした。
「今日は、ベラ・ドンナ・サマンサは?」
「今日は男二人だよ。残念だね」
「でも腕をふるうから、楽しみに!」
デルアミコは厨房に入っていった。
「ここ、よく来るの?」
アレックスが尋ねた。
「うん、同僚の家がここからだとみんな便利に帰れるから」
「ふぅん、デートには使わないの?」
「デート?誰とのこと?」
「マーティンの好きな人」
「僕の好きな人か・・・どうだろう」
二人はスプマンテを頼み、アンティパスト・ミストにトリッパのオーブン焼き、
ピッツア2種類に野菜のマリネをオーダーした。
「で、アレックス、どうしたの?」
マーティンがアンティパストを取り分けながら、アレックスに尋ねた。
「あのね、僕、付き合う人が出来たんだ」
「へぇ、どんな人?」
「FITの学生でデザイナー志望なの。いい人だよ」
「良かったじゃないか!」
「でもね・・・僕ら、まだ寝てないんだ」
アレックスが視線を落とした。
「どうして?」
「・・これ言ったら、マーティン、僕を嫌いになるよ」
「ならないよ、言ってごらんよ」
「僕、マーティンと寝たいんだ」
「え?僕と?」
「うん・・・リハビリの後、色々相談してたら、マーティンの事、好きになっちゃったの」
思いがけない言葉にマーティンはうろたえた。
「ごめんね、僕ら、付き合えるとは思わないよ。だって、10歳以上年が離れてるだろ?」
「付き合って欲しいとは思わない。ただ、マーティンと一晩過ごせたら、次の恋愛に進めると思うんだ」
トリッパのオーブン焼きとピッツアがやってきた。
マーティンは、それらも取り分けながら、アレックスの表情を読んだ。
これは本気だ。
「アレックスの言ってる気持ちも分かったよ。
じゃあ食事が済んだら、とりあえず、僕のアパートに行こう」
アレックスはうんと頷いた。
ダニーがバスルームから出てキッチンに行くと、マーティンが冷蔵庫を覗き込んでいた。
「あれ、ヒゲ剃らなかったの?」
「面倒やから今日はパス。何もないやろ」
「ん、シリアルも冷凍のベーグルもないよ。あ、これは何かな」
マーティンは無造作に置かれたくしゃくしゃのワックスペーパーを見つけた。
「それな、もらいもんのカトルカールや。食べてええで」
「カトルカールって何?僕は今まで食べたことないな」
「ただのパウンドケーキや」
マーティンは嬉しそうに包みを開いて早速かじりついた。
「んー、こんなの誰にもらったの?」
「スタニックがくれたんや。悪い、オレの水取って」
ダニーは手渡されたコントレックスをそのまま飲んだ。
ずっと眠っていたので水分が体に浸透していくのがはっきりとわかる。一息つくと胃の辺りがきゅるきゅる鳴った。
「腹へったな」
何もないのはわかっていたが、ダニーはもう一度冷蔵庫を開けた。
常時買い置きしているジェイコブズクリークのワインが一本にバター、それに使いかけのブラックオリーブの瓶詰めしかない。
「ビールもないやなんて終わってるな、オレの冷蔵庫」
「しょうがないよ、今週はやたらと忙しかったもん。僕んちの牛乳も腐ってたよ」
カトルカールを食べていたマーティンは、最後の一切れをダニーの口に押し込んだ。
「あのさ、今度フランス人に会ったらどこで買ったか聞いといてね」
「たぶんあいつが作ったんやと思うで」
「そう、だったら聞かなくていい」
「あほか、張り合ってどうすんねん」
ダニーはマーティンの髪をくしゃっとして、ぷっくりした頬にキスをした。
キャビネットに手を伸ばしてクスクスを取り出す。
いつもならタブレにしたりフライドチキンに添えるが、今日は他に材料がないので箱の裏の簡単レシピを熱心に読む。
「ねえ、クスクスだけだとおいしくないかもね。なんかへんな変な匂いがするしさ、箱臭いのはやだよ」
マーティンも箱をのぞきこみながらぼそっと言った。
「粉臭いならわかるけど、箱臭いってどんなんやねん。お、インスタントスープに入れろって書いてある。
マーティン、クローゼットの非常袋からキャンベルスープ取って来い」
「了解」
マーティンはいそいそとスープの缶詰を取りにいった。
箱のレシピどおり、温めたクリームマッシュルームスープにクスクスを直接振り入れて煮立たせる。
「お前、味見してみ」
ダニーはスプーンを数回吹いてマーティンの口に入れた。
「ん、悪くない」
マーティンにスプーンを差し出され、ダニーも味見する。
確かに悪くはないが特別おいしいわけでもない、ただのクスクス入り缶詰スープだった。
ダニーはマーティンのお気に入りのorigoのボウルにクスクス入りスープを注ぎ分けた。
「えー、これだけ?」
マーティンが信じられないというようにダニーを見つめる。
「そんな顔すんな、一缶しかないんやから。そや、パンケーキでも食べに行くか。買い物もせなあかんし」
「ねえ、バーガーキングはだめ?」
「別にええで」
「ドライブスルーでもずっと手をつないでていい?」
「それはあかん」
ダニーはくすくす笑いながら軽くキスをした。
「フィッツジェラルド様、おかえりなさいませ」
「ジョン、ただいま。僕の友達のアレックス」
アレックスはドアマンのジョンに「ハイ!」と若者らしい挨拶をした。
「いらっしゃいませ、アレックス様」
アレックスはすっかり面を食らったようだ。
エレベータの中で、「ねぇ、ドアマンの人ってみんなの顔覚えてるの?」と尋ねた。
「うん、それが仕事だからね」
「すごいなぁ」
アレックスは、マーティンの広いアパートに入り、リビングのソファーに腰掛けた。
「一人で住むと寂しそうだね」
「あぁ、でももう住んで4年になるからね。何か飲む?」
「じゃ、お水ください」
マーティンはコントレックスのボトルをアレックスに渡した。
ソファーにちょこんと座っているアレックスが可愛らしい。
「僕はワイン飲むけど、アレックスは水でいい?」
「・・じゃあ、僕もワイン」
マーティンは、この間ダニーと出かけたワインショーで仕入れたワシントン州のシャルドネを持ってきた。
「いただきます」
アレックスはワイングラスを渡され、静かに口をつけた。
「チーズでも切ろうか?」
「・・うん」
マーティンはキッチンでネクタイをはずし、冷蔵庫からロックフォール、戸棚からクラッカーを持ち出した。
「自分でカナッペ作ってね」
「はい」
アレックスは、ナイフを受け取ると、カナッペを作り、マーティンに渡した。
「あ、ありがとう」
「マーティン、さっきの話なんだけど・・」
「ああ、どうしても僕と寝ないと、彼とは寝られないの?」
「うん。寝られない。だって、マーティンが初めて好きになった大人だから」
「・・・そうか、じゃあ、来て」
マーティンはアレックスの肩を抱いて、ベッドルームに進んだ。
「一回だけだよ。あとは、彼との付き合いを大切にしなくちゃいけないよ」
「うん、わかった」
マーティンは、アレックスのセーターを脱がせ、パンツに手をかけた。
「僕、自分で脱ぎます」
「じゃあ、僕も脱ぐね」
二人は全裸で向き合った。
年下とはいえ、アレックスもモデルだ。均整のとれた筋肉質の身体が美しい。
「アレックス、綺麗だね」
「マーティンの方がずっと綺麗」
アレックスがおずおずとマーティンの胸に手を伸ばした。
ブラウンの胸毛に触れ、次は乳首に触れた。
マーティンは我慢が出来ず、アレックスの身体を引き寄せ、抱き締めた。
二人の勃起したペニスがこすれる。
「あぁ、マーティンの身体、熱い・・」
「しー、だまって」
二人はベッドに倒れた。
「アレックス、初めてじゃないんだろう?」
「うん、薬やってるとき、めちゃくちゃしちゃったから・・でも病気は持ってないよ」
「わかった、僕が入れるけどいい?」
「うん、そうしてほしい」
アレックスはマーティンの固くなったペニスに触れ、握り締めた。
そっと身体をずらし、自分の局部に当てる。
「来て、マーティン」
「あぁ」
マーティンが腰を進めた。
アレックスの中は、たまらなく窮屈だ。
静かに動き始めると、アレックスが呼応して身体を揺らし始めた。
「あぁ、アレックス・・君って・・」
「だまって、マーティン、あぁぁ、僕、もうだめだ・・」
アレックスはマーティンの下で身体をのけぞらせた。
マーティンの腹が暖かいもので濡れる。
マーティンはなおも身体を動かし、「あぁ」と小さくため息をついて、アレックスの上に身体を預けた。
「マーティン、やっぱり好き・・」
「だまって・・」
二人は、その後、長い間、接吻を交わした。
「マーティン!いるんやろ!お前、携帯に出えよ!」
ダニーが大声を出しながら、マーティンのベッドルームのドアを開け、
氷ついたように立ち尽くした。
「お前!アレックスと寝たんか!!おい、マーティン!」
ダニーがブランケットの二つの山を揺らした。
「んん、え、ダニー?」
「あ、ダニー、お早うございます・・・」
「お前ら、何やってるんや!、マーティン、はよ、ボスに電話し。怒ってはるで」
「え?事件?」
「そや、オフィスに集合や」
アレックスは、ベッドの脇に脱ぎ捨てた洋服を急いで身に着け始めた。
「ダニー、ジョージには言わないで!」
今にも泣き出しそうだ。
「何や分からんけど、言わんといてやるわ、俺はマーティンに話がある」
「マーティンを責めないで。僕がいけないの」
「わかった、わかった」
「じゃあ、帰ります」
「今、タクシーないから車で送ったる。待っとき。マーティン、シャワーしい」
マーティンはどたばたとバスルームに入っていった。
「お前、エルナン紹介したのおとといやないか、何でマーティンと寝たん?」
「・・マーティンのことずっと好きだったから・・・吹っ切るためです」
「しゃあないなー。そやけど、エルナンとは本気やろ?」
「もちろんです。だから秘密にしてください」
「うーん、わかったわ」
マーティンがウォーキング・クローゼットに入って、スーツを着て出て来た。
「ほな、出かけよう」
ダニーのマスタングに乗り、まずアレックスをロワー・イーストサイドで下ろす。
そしてフェデラル・プラザに向かった。
「ねぇ、ダニー、怒ってる?」
「ああ、ちょっぴりな。アレックスの彼氏に会うたばかりやし」
「え。そうなの?」
「ああ、ええ奴やで」
「そうなんだ・・・」
「お前も意外やな、10歳以上下の子とやりたかったんか?」
「そんなんじゃないよ」
「じゃあ、何なんや」
「いいよ、ダニーに話しても分からないから」
「そうかも知れへんな」
車はフェデラル・プラザ地下の駐車場に入った。
オフィスに向かうエレベータの中でも、二人は一言も口を聞かなかった。
オフィスに入ると、ヴィヴィアンとサマンサが帰るところだった。
「あれ?事件は?」
ダニーが尋ねると、二人は肩をすくめて「誤報だったのよ、じゃあお先に」と出て行った。
ボスがオフィスから出てくる。
「マーティン、ちょっと来い」
「はい!」
マーティンは急いでボスのオフィスに入った。
マーティンがデスクの前に立つなり、ボスの雷が落ちた。
「全く、たるんでるぞ!私たちの仕事に土日祝日がないことくらい、よく分かっているはずだろう!
携帯に出ないとは何事だ!」
「申し訳ありません」
「1週間、残業手当なしだ、いいな」
「はい、ボス」
「もう、いい」
マーティンはうつむき加減で出て来た。
ダニーが待っている。
「お前、家に帰るやろ?」
「うん・・」
「送ったるわ」
「ありがと、ダニー」
「途中で飯でも食おう。朝飯食ってないから」
「うん・・」
二人は、近くのカフェテリアに寄り込み、朝食メニューを取った。
マーティンはエッグベネディクト、ダニーはツナとチーズのホットサンドだ。
「お前さぁ、アレックスに横恋慕するつもりやないやろな」
ダニーの視線がちくちくと痛い。
「そんなつもりないよ。一回だけの約束なんだ」
「そうか、それならまだええけどな」
「ごめん、ダニー」
「謝れなんて、俺は頼んでないで」
二人は朝食を終え、ダニーのマスタングに乗った。
「じゃ、家までな」
「ありがとう・・」
ダニーはアッパー・イーストエンドのアパート前で、マーティンを降ろし、ブルックリン方向に下っていった。
ダニーは、やたらとむしゃくしゃする気持ちを抑えきれずに、早い時間から、アルの店に出かけた。
「おう、ダニー。今日は随分早いじゃないか?」
「ああ、休日出勤のはずが、無くなった」
「政府がそんな非効率なことやってんのか?」
「うちの部署は特別やねん」
アルは気の毒そうな顔をして、マッカランを出してきた。
「おごりだ。一杯どうだ?」
「お、サンキュー」
ダニーが飲み始めると、携帯が震えた。ジョージからだ。
「もしもし、うん、今か?わかったわ、すぐ帰る」
電話を切ると、アルがにやっと笑った。
「彼女だろう?」
「ああ、そや、家に帰らんと」
「今から尻に敷かれるな、結婚後はもっと悲惨だぞ」
「はいはい」
ダニーは、急いでアパートに戻った。
ジョージがエプロンをつけて、キッチンから出て来た。
「びっくりしたわー。お前、もっと前に電話よこし」
「ごめんね。急に会いたくなっちゃって。そしたら、ダニーいないし・・」
「ごめんな、近くのカフェでぼーっとしてたわ」
「じゃ、あらためて、おかえりなさい」
ジョージがダニーをぎゅっと抱き締めた。
「ん?ウィスキーの匂いがするよ」
「あー、これな、食べてたケーキの匂いや」
「ふぅん、ダニー、ケーキ食べるんだ」
「それより、何作ってくれてん?」
「僕のお得意のタイ料理」
「ええな、久しぶりに食いたいわ」
「あと、DVDも持ってきた」
「何?」
「アイ・アム・レジェンド」
「ウィル・スミスのやつか」
「うん、ウィルってかっこいいよね」
「俺はお前のがかっこええと思うけどな」
「やだなー、照れるよ」
ジョージは照れくさそうに笑って、またキッチンに入った。
「俺、タイ料理に合うワイン買うてくるわ」
「わかった。いってらっしゃい!」
ダニーは、外に出た。
アレックスのことを相談したいが、アレックスには秘密にすると約束してしまった。
考えなしな自分が情けない。
近くのリカー・ショップで、手ごろなチリ産の白ワインを2本買い、アパートに戻った。
その頃、マーティンは、シーツを交換していた。
アレックスと自分の精液で汚れたブランケットも取り替えた。
何て事しちゃったんだろう。ダニー、すごく怒ってる。
マーティンにとってはボスに叱責されたことより、ダニーの方が気になっていた。
すると、チャイムが鳴った。
インターフォンの画面を見ると、アレックスが写っていた。
「アレックス、どうしたの?」
「マーティン、いれてくれる?」
マーティンは仕方なくセキュリティーロックを外した。
ほどなくアレックスがやってきた。
目が赤い。かなり泣いたようだ。
「どうしたの?」
マーティンはあらためて尋ねた。
「昨日の夜ね、エルナンが家に電話かけてた。何度も、何度も。外泊が分かっちゃった」
もっと深刻な事を想像していたマーティンは、途端に気が抜けた。
「そんなの、ジョージのところに泊まったことにすればいいじゃない?いとこなんだから」
「・・・」
「もう、二人だけで会うのは止めようよ」
「マーティンは僕のこと、嫌い?」
「好き嫌いの問題じゃないだろう?君には付き合っている人がいるんだから、その人を大事にしなくっちゃ。
で、エルナンだっけ?彼に電話かけたの?」
「・・かけてない」
「すぐにかけなよ」
マーティンは、電話を差し出した。
アレックスはしぶしぶ受け取り、ボタンを押した。
「もしもし、エルナン?僕。ごめんね、昨日はジョージのところに泊まったんだ。うん、分かった。じゃ、今晩ね」
「ほら、簡単だろ?」
「・・・僕とはこれっきり?」
「アレックス、友達でいようよ。昨日のことは、昨日だけだ」
「分かった。じゃあ僕、帰ります」
マーティンは肩を落として帰るアレックスの後姿を見送った。
ダニーとジョージは、タイ料理のディナーを済ませ、「アイ・アム・レジェンド」を見始めた。
ラスト近くのゾンビ化した人間の群れにウィル・スミスたちが襲われるシーンで、ジョージがダニーにしがみついた。
「アホ!これが面白いんやないか!」
ダニーはわくわくしながら画面を見つめる。
ジョージは、ウィル・スミスが自爆の覚悟でゾンビたちに向かって走っていくところで、ついに泣き出した。
ダニーは大きなジョージの肩に腕を回して抱き寄せた。
映画が終わってもまだジョージは泣いている。
「お前、もう泣くな。紅茶でもいれよか?」
「うん・・・ひっく」
ダニーはしゃあないなと思いながら、キッチンでフォションのアップルティーを入れた。
「ありがと、ダニー」
「ほんまにジョージは泣き虫やなー。ブレード・ランナーでも泣きよったし」
「陸上選手の時は泣かなかったんだけど、なんだか最近、妙に涙腺が弱くてさ」
「感受性が高いのはええこっちゃ。だからモデルとして一流なんやろな」
「ダニーは優しいね。いつも僕を褒めてくれる」
「そか?」
「うん、僕が今あるのは、ダニーのおかげだよ」
「俺はきっかけを作っただけやん。お前の実力と才能のおかげやと思うで」
「泣いたらくたびれちゃった。お風呂に入らない?」
「そやな、お湯入れてくるわ」
ダニーはバスルームに入った。
ダニーのバスタブは一人で一杯だ。
「ジョージ、先に入り」と、背中を押して、送り出した。
順番にバスを終え、二人はベッドに潜り込んだ。
自然と身体が絡み合う。
二人の甘い吐息でベッドルームの温度が上がったような気がした。
ジョージは、カーテンの隙間からこぼれる日光で目を覚ました。
窓に背を向けているダニーは、ぐっすり眠っている。
FBI特別捜査官の仕事は、ジョージには想像もつかない。
ただ言えるのは、相当激務だということだ。
出来るだけ長く寝てもらおう。
ジョージは、そっとベッドを抜け出して、歯磨きとシャワーを済ませ、ブランチを買いに外へ出た。
自分の住んでいるリバーサイド・テラスと違い、ブルックリンはもっと庶民的で、人も温かい。
ダニーがマンハッタンまで電車で30分かかるここに居を構えたのが分かる気がした。
ロシアン・デリで揚げたてのピロシキとボルシチをテイク・アウトした。
主人が親切に、サワークリームを別の小さな容器に入れてくれる。
「これ、ボルシチに入れると味がひきたつよ」
「どうもありがとう」
隣りのオーガニック・デリでグリーンサラダも買う。
新聞を取って、部屋に戻る。
まだダニーはよく眠っている。
ジョージは何気なくリビングの片隅に詰まれた雑誌を見始めた。
ニューズ・ウィークやタイムに混ざって、アームズ・マガジンがあった。
ジョージは、銃規制に賛成しているリベラルだ。
日常的に銃を所持しているダニーが、この手の雑誌を読んでいても納得できるが、少しショックを受けた。
するとダニーが起きてきた。
「あー、よう寝た」
「おはよう。ていうかもう昼過ぎ」
「はは。シャワー浴びてくるわ」
「うん」
ジョージは、ボルシチを鍋にあけ、温め始めた。
ピロシキは電子レンジにかければいい。
コーヒーも入っている。
ダニーが部屋着を着てやってきた。
「何かええ匂いするな」
「ボルシチ買ってきた。ピロシキもあるよ」
「最高やん!」
ジョージは嬉しそうな顔をして、ブランチの支度を始めた。
「もしかして、あのロシアン・デリに行ったんか?」
ダニーがピロシキをちぎりながら尋ねた。
「うん。サワークリームおまけしてくれたよ」
「へぇー、あの偏屈おやじがなー」
「偏屈なの?親切だったよ」
「お前にだけ特別ちゃう?」
ダニーはウインクした。
ダニーがマーティンを誘わず、一人でふらっとランチに出かけてしまう日々が続いた。
これは罰なんだ。
マーティンは、自分の愚かさが恨めしくて仕方がなかった。
仕事の最中は、普通に会話をするものの、いつもの軽口を聞けるような雰囲気にないのが辛かった。
書類を破棄しにシュレッダーに向かっていると、ヴィヴィアンが後ろから声をかけた。
「マーティン、もしかして、またダニーとケンカ?」
「え?どうして?」
「そりゃ、分かるよ。一度は二人の上司になった身だもの」
「ケンカというか、僕がバカやったから、ダニーは怒っているんだよ」
「早く仲直りしなさいよ。お互いの命を預けあうチームなんだからね」
「わかったよ、ヴィヴ」
マーティンはため息をついて、シュレッダーの続きを始めた。
ヴィアンはダニーにも同じことを話したようだ。
ダニーがシュレッダーを終えたマーティンに近付いてきて、手を差し出した。
「え、ダニー、何?」
「とりあえず、握手や」
マーティンはダニーと握手した。
「今日、飯でも食おうか」
「うん、そうだね」
二人の様子を見て、ヴィヴィアンが満足そうに微笑んだ。
定時に仕事が終わり、二人は一緒にエレベータに乗った。
他の局員がいるので、無言で1階まで降りた。
セキュリティーゲートをくぐり、ホールに出る。
「どこに行く?」
「お前の好きでええよ」
「僕か・・・メキシカン行く?」
「そやね」
二人は「ローザ・メキシカーナ」に入り、
スパイシーチキンサラダとビーフ・ファヒータにシュリンプ・エンチラーダス、
ガッカモーレチップスとポークの炊き込みご飯を頼んだ。
「お前が一緒やと、色々食えるな」
ダニーは、ガッカモーレチップスを摘みながら、マーティンに言った。
「また胃拡張なのかもしれないね」
「ええやん、食欲不振なお前なんか想像できないしな」
テカテ・ビールがかなり進んだ。
マーティンが思い詰めたようについに口火を切った。
「ねぇ、ダニー、僕のこと怒ってるんでしょ?」
ダニーは一息ついて話し始めた。
「そりゃな、今までお前が寝てきた相手なら、大人だってことが分かってるし、
俺が口をはさむ事やないと思うてたけど、今度はな、まだ薬物中毒から立ち直ったばかりの20かそこらのガキやんか。
お前がどう責任を持てるのか疑ったわ」
「そうだよね。軽率なことしちゃった」
「もう2度と二人っきりでは会わないようにするこっちゃな」
「それは、アレックスにもちゃんと話したんだ」
「そか」
「僕って他人のペースに乗っちゃうようなとこあるよね」
「そやな、お前は感応力があるっちゅーか、他人の気持ち優先なとこあるからな」
「でも、ダニーとこの話が出来てよかったと思ってる」
「うん。そやね。俺も話したかったし、で、どやねん、他の人とは続いてるんか?」
ダニーに尋ねられると、マーティンはいつも心が痛い。
ダニーが一番大切な人だからだ。
「うーん、仕事忙しいからさ・・・」
「そやけど、仕事だけじゃ、人生もったいないやん」
「そうだよね・・・」
マーティンは、テカテビールをあおった。
ミーティング中、書類に手を伸ばそうとしたマーティンが不意に呻いた。
胸の辺りを押さえて小さく息を吐く。
「どうした、マーティン?」
「いえ」
ボスだけでなく、みんなが心配そうに見つめている。マーティンはすぐに手をのけて軽く咳払いをした。
咳払いは以前CJにチックなのかと聞かれて以来、ずっと気をつけていた。なのに無意識にしてしまったのが悔しい。
「どこか痛むのか?」
「いえ、なんでもありません」
「具合が悪いなら医務室へ行って来い」
「あ、いや、本当に大丈夫ですから」
マーティンはきっぱりと断り、心配ないというように背筋を伸ばした。
ミーティングが終わると、ダニーはファイルを手にマーティンに近寄った。
「お前、ほんまに大丈夫なんか?」
書類のことを話す合間にこそこそと小声で尋ねる。
「ちょっといい?」
マーティンは席を立つとトイレに向かった。ダニーも後に続く。
トイレの中に誰もいないか確認して二人で身障者用の個室に入った。
マーティンはワイシャツのボタンを外しかけて手を止めた。
「見たらダニーはきっと怒るよ」
「ええから見せてみろ。怒らんから」
マーティンはワイシャツを肌蹴てダニーに見せた。いつもなら淡いピンクの乳首が、なぜか赤くぽってり腫れている。
「胸がヒリヒリするんだ」
「何やこれ、トロイの仕業か?」
「ボスだよ。昨夜、しつこく弄くられてさ、シャツが擦れるとすごく痛いんだ」
マーティンは布が擦れないよう慎重にワイシャツを戻した。ボタンを留めようとしてまた微かに呻く。
「すぐ戻るからここで待っとけ」
ダニーはトイレを出ると急いでデスクからバンドエイドを取ってきた。
「ほれ、胸出してみ」
「それ貼るの?圧迫したら痛いよ」
「心配ない、手どけろ。これで擦れてもどうもないわ」
マーティンは恐る恐るシャツを肌蹴た。シャツがかすって痛みに体が強張る。
ダニーはそっとバンドエイドを貼ってやった。ついでにボタンもきちんと留めてやる。
「ほらな、もう痛くないやろ?」
「ん、随分ましになった」
マーティンは胸に手を当てて安心したように笑った。ダニーは思わずマーティンをぎゅっと抱きしめた。
「ごめんな、オレがしっかり守ってやれなくて」
「ダニーは悪くないよ」
ボスのことはお互いにどうしようもないことだとわかっている。二人は見つめあって静かにキスをした。
ダニーは、アパートに着き、長いバスに入り、リラックスしていた。
ジョージが持ってきたベルガモットの香りは、アランが使っていたのと同じものだ。
アラン、どないしてんのやろ。
もう会わなくなって久しい。
一時は、生涯一緒に暮らすのかもしれないと思っていた相手だけに、気安く電話もかけられずにいた。
自意識過剰なんかな、俺。もっと自然でいられたらええんやけど。
ダニーは冷蔵庫からコントレックスを取り出して、飲みながらベッドルームに入った。
翌朝、ダニーは、キッチンから聞こえるハミングの声で目が覚めた。
目をこすりながら、キッチンに入ると、ジョージが目玉焼きを焼いていた。
「ダニー、おはよう!」
「おう、来てたんか」
「もっと寝てていいよ」
「んー、ほなそうするわ」
ダニーはさらに寝続けた。
次に起きると、部屋の中が静かだ。
そっとリビングに入ると、ジョージがGQを腹に乗せ、ソファーで転寝をしていた。
ダニーは勢いよくジョージの上に乗っかった。
「うぅー、ダニー?」
「そや、早よ起き!」
「苦しいよー」
ダニーはようやく身体をどけた。ジョージが立ち上がる。
「十分寝た?」
「ああ、ありがと。お前、何時に来た?」
「朝の8時」
「ずいぶん早いな」
「今日はね、植物園でやってるオーキッドショーが見たいと思ってさ」
「植物園て、家の近くのか?」
「そう。毎年、すごい数のオーキッドを展示するの知ってた?」
「いや・・・」
「じゃあ、見に行こうよ!ランチの用意してあるからさ」
二人は、ニューヨーク植物園に出向いて、早春恒例のオーキッド・ショーの展示に見入った。
専門家がブースを設け、蘭の育て方のアドバイスをしている。
「僕も一株買おうかな」
ジョージが突然言い出した。
「お前んとこ温室ないやん」
「作ればいいじゃん」
「それもそやな。そんなに蘭が好きか?」
「うん。ロバート・メイプルソープの写真展見てから、特別に好きになったんだ」
「ふうん」
ダニーは特に美術に興味があるわけではないが、メイプルソープの官能的な蘭の写真は目にしたことがあった。
ジョージは、専門家に話を聞いている。
ダニーは飲み物を買いに売店に向かった。
戻ると、ジョージが嬉しそうに鉢植えを手にしていた。
「買ったんか?」
「うん。デンファレは育てるのが比較的簡単なんだって」
「そか。よかったな」
「うん。ご飯にしない?」
「おう」
二人は、空いているベンチを見つけて陣取った。
ジョージは手に入れた鉢植えの包みを覗いては、にまにましている。
「そんなに嬉しいんか?」
「だって、新しい生命でしょ。僕たちの子供とおんなじじゃん」
「まぁな。お前、つぼみの一つ一つに名前つけるなよ」
「え。だめ?」
「アホ!」
ダニーはジョージが作ったソーセージ&エッグマフィンにぱくついた。
「うまいわ」
「ありがと、あとツナも作ったからね」
「それももらうわ」
二人は、コーヒーを飲みながら、日向でにんまりした。
「こういう日ばかりだといいね」
「ほんまやな」
「今日、泊まってもいい?」
「ああ、もちろんや。のんびりしよ」
「うん。そうだね」
ジョージは思わずダニーの頬に触れ、ダニーに優しくビンタされた。
「ごめんなさい」
「俺こそ・・・外じゃだめやからな」
「うん、わかってる」
「この鉢植えな、名前、ジョニーにしよ」
「え?」
「ジョージとダニーでジョニーや。ええやろ?」
「そうか、はじめまして、ジョニー!」
ジョージは鉢植えの包みに向かって声をかけた。
ジョージは手に入れたデンファレの鉢植えを大事そうに日向に置いた。
「お前、気温とか大丈夫なん?」
「うん、教えてくれた人がね、最低気温15℃以下になると、蕾が変色して落ちてしまうから、
注意してくださいって。外の気温が15℃以上になってから、屋外へ出すのがいいみたいだよ」
ダニーは部屋の温度計を見た、20℃になっている。
「ほなら、窓際の部屋の内側に置こ」
「わかった。水は少量でいいんだって」
「へぇー、蘭って意外に簡単に育てられるんやな」
「蘭じゃないよ、ジョニーだよ」
「はいはい、ジョニーやったな」
ジョージは、植物園の売店で買ってきた、スプレーを出して、しゅっしゅと水をまいた。
「お前、今日なんかDVD持ってきた?」
「ううん?」
「ほな、レンタル屋に行こうや」
「いい考えだね」
ダニーは久しぶりにレンタル店に足を運んだ。
会員証はすでに失効している。
新しい会員登録をしている間、ジョージは棚から棚へとじっくり作品を選んでいる様子だった。
「何かええもんあったか?」
ダニーが背中に声をかけると、ジョージがびくっとした。
「ヘドヴィク・アンド・アグリーインチ」と「ベルベッド・ゴールドマイン」を手にしている。
「それ、何?ミュージカル?」
ダニーが尋ねると、「ダニーは嫌いそうだからいい」とそそくさとラックに返した。
「ええやん、借りようや」
ダニーは「ヘドヴィク・アンド・アグリーインチ」をひったくるようにラックから出して、レジに並んだ。
レジの青年は、ダニーを上から下まで眺めた後で「1週間ですか?」と聞いてきた。
「そうしてくれる?」
「お楽しみですね」
「はぁ?」
ちぐはぐなやりとりが続き、ダニーはDVDを借り出した。
「おかしな店員やなー」
「ダニーも後で意味が分かるよ」
「そうなん?それよか、なんか食いもん買おう」
「そうだね」
二人は、オリーブ・ヴァイン・カフェに寄り、ファラフェルとハマスに、ピタパンを沢山買い込んだ。
「今日は中近東の雰囲気だね」
「エキゾチックでええやん」
アパートに戻ると、ジョージは、何か足りないと言って、スープを作り始めた。
玉子をとろみのあるアンで溶いたチキンスープの出来上がりだ。
ディナーが始まる。
温めなおしたファラフェルは中のひよこ豆の具合が絶妙だし、ハマスはピタパンに詰めて、幾らでも食べられる気がした。
ビールを3本ずつ空けて、DVD上映が始まった。
性転換手術に失敗したヘドウィグが彼氏に捨てられるあたりから、ジョージが泣き出した。
ダニーは背中をよしよしと撫で始める。
その後もずっと泣き続けるジョージを抱き締めて、DVDは終わった。
「ひっく、ひっく」
「なぁ、もう泣くのはよし。俺はここにいてるやろ?」
「ヘドウィグが可愛そう」
「そうやな、可愛そうやな。でもお前は違うで」
「僕に醜い1インチが残っても、ダニーは愛してくれるの?」
思わずダニーはうなった。
「お前、ちんちん切る手術受けるんか?」
「受けないよ・・・ちょっと聞いてみただけ」
「アホ!」
「この話ってさ「人間はもともと4本の手、4本の足、2つの頭を持った生き物だったのに、
神によって落とされた稲妻で2つに引き裂かれちゃって、その時の片割れを探してさまよう、
寂しい二本足の人間達。」ってプラトンの「愛の起源の物語」をベースにしているんだよ」
「お前、物知りやなー。それにしても悲しい話やったな」
「僕は片割れを見つけたのかな」
「あぁ、そや。片割れはここにおるで」
ダニーはジョージをぎゅっと抱き締めた。
ダニーは、足を蹴飛ばされて目を覚ました。
左足の上にジョージの右足が乗っている。
ガキみたいなやっちゃな。
寝ようと思ったが、目が冴えてしまった。
もう朝や、そや朝食を買いに行こう。
ダニーは静かにジョージの右足をどかして、ベッドから抜け出た。
シャワーを浴びてしゃきっとする。
そろそろカシミアのコートがいらなくなる季節だ。
ダニーはスプリングコートを買おうと考えながら、ベーカリーに入った。
ここはフランス人の移民がやっている店で、特にパリジャン、バゲット、バタールが美味しい。
ダニーはパリジャンを4つ包んでもらい、隣りのデリに入った。
ミルキーで癖のないグリュエールチーズと切りたてロースハム、それにグリーンサラダとイチゴを買った。
新聞を拾って、アパートに戻る。
まだ部屋はシーンとしている。
ベッドルームを覗くと、ジョージがベッドの中央に移動して、ぐっすり眠っていた。
昨日のセックスは、ジョージが終始男役で、3回も果てていた。
疲れて当然だろう。
ダニーはブルーマウンテンの粉をコーヒーメーカーにセットし、新聞を読み始めた。
本文をあらかた読み終え、広告の束に目を通そうとした時、ジョージが起きてきた。
「おはよ、ダニー」
「おはよう、よう寝てたな」
「うん、ぐっすり眠れた」
ダニーを蹴飛ばしたことなど全く覚えていない様子だ。
「朝食作るから、シャワー浴び」
「うん」
ジョージがシャワーから上がる頃、ダニーはパリジャンサンドを4つとコーヒーにアップルジュースを用意していた。
「わ、美味しそうだ!」
「手抜きやけどな。パンは焼きたてだから美味いと思う」
「ダニーが作ったものなら何でも美味しいよ」
「そんなこと言ってもええのんか?とんでもないもん食わせるかもしれへんで」
ダニーが笑った。ジョージも笑う。
「今週は、お前はどんな仕事?」
「普通にバーニーズに出るよ。あと顔出さなきゃならない雑誌系のパーティーが2つある」
「俺、スプリングコート欲しいねん」
「ふーん、何色?」
「そりゃ、FBIのスーツに合う色って言ったら、選択肢ないやろ」
「グレーかカーキか紺だね。分かった。適当にチョイスして、ダニーが都合がいい時に試着できるようにしとくね」
「ありがと。助かるわ」
ダニーはキッチンからイチゴを持ってきた。
「わぁ、季節だね」
ジョージは嬉しそうに一粒つまんで口に放り込んだ。
「そやそや、俺、グローサリーの買い物せいへんと」
「手伝うよ。これ食べ終わったら行こう!」
「お前はええのん?」
「僕は買ってあるから平気」
二人はブランチを済ませて、近くのフェアウェイまで買い物に出かけた。
牛乳、ヨーグルト、ビール、オレンジジュース、ミネラルウォーターなど適当にカートに入れてレジに並ぶ。
「なんだか生鮮品が足りないね」
「買うといても、使わへんでダメにすることが多いからなぁ」
「時間、不規則だもんね」
「しゃあない。もう慣れたわ」
荷物を一旦アパートに置いて、おおかたを冷蔵庫に入れて、また外に出る。
「ダニーってすぐヒゲが生えるんだね」
「あ、もう青白いか?」
「うん、ちょっとね。すごくセクシーだよ」
「アホ!それより、晩飯、何食おうか?」
「僕さ、リバー・カフェって行ったことないんだ」
「え、マジかよ?」
「うん、だってブルックリンに友達いなかったし、付き合ってる人もいなかったから」
「ほな、今日はそこで決まりやな」
ジョージは嬉しそうに笑った。
「リバー・カフェ」での食事を終え、アパートに戻ると、ジョージが帰っていった。
やっと一人の時間や。
ダニーはアルの店に繰り出した。
まだ21日の聖パトリック・デーの飾りつけが華やかな店内だった。
「よう、ダニー」
「アル、マッカラン頼むわ」
「ほいきた」
客層はいつもの常連の老人たちに、いかにも近所らしい女性客のグループ、一人でふらっと入ってきた若者がいた。
あっと言う間の出来事だった。
若者が銃を出し、アルの肩を撃った。
ダニーが席を立つと、ダニーに向かって撃ち始めた。
あいにく拳銃を携帯していない。
弾がダニーの左耳をかすり、ダニーは衝撃で後ろにひっくり返った。
血が流れるのが分かる。
アルはカウンターの中でうめいていた。
「みんな、一歩も動くんじゃねいぞ!」
若者は、カウンターの中に入り、アルを蹴飛ばすと、レジの金を集め始めた。
ダニーは隙をうかがい、しゃがみこむと、カウンターの入り口までそっと前進した。
若者が出て行こうとするところを、足にタックルして押し倒した。
老人の一人が、若者が手放した拳銃を手にして、若者を狙った。
「じいさん、撃つな。俺はFBIや。お前、ええ度胸してるな」
ダニーは顔を4、5発殴って、犯人を気絶させた。
「誰か、救急車を!あと警察にも電話してくれ」
女性客が一斉に携帯電話をかけ始めた。
ほどなくNYPDと救急車がやってきた。
ダニーはようやく犯人の身体の上から離れ、巡査たちに犯人の身柄を渡した。
救急救命士が、二人がかりでアルの傷を止血している。
「アル、大丈夫やからな」
「ダニー、どじっちまったのかな、俺」
「そんな事あらへん。命も助かる」
「お前も血が出てるぞ」
「こんなんかすり傷や。もう話すな」
ダニーも応急手当を受けて、一緒の救急車に乗った。
行く先は分かっている。市立病院のERだ。
トムがいなけりゃええんやけど。
予感は悪い方に当たるものだ。トムが入り口で待っている。
「よう、トム」
「なんだ、またお前かよ!今度は耳か?お前のはでかいからな」
「大きなお世話や。それよか、アルを頼む。俺の友達やねん」
「了解」
アルはストレッチャーで処置室に運ばれた。
ダニーもきちんと処置してもらう。
処置室を出ると、待合室からアランがやってきた。
「え?アラン?」
「全く、前にも言っただろう。お前に何かがあると後見人の私のところに連絡が来るんだと」
「そうやった、元気してた?」
「頭を包帯でぐるぐる巻きにされた男に元気かと聞かれるとはね」
アランは薄く笑った。
「家まで送るよ」
「すまない」
「お互い様だ」
ダニーは、懐かしいグリーンのジャガーに乗り込んだ。
頭を動かすと、鈍痛が走る。
「いててて」
「当分は無理するな。傷口が開いたら厄介だ」
「了解っす」
アランはダニーのアパートの前でダニーを降ろすと、一瞬寂しそうな顔をしたが、そのまま帰っていった。
部屋に入るとマーティンがいた。
「あれ、ボン、どないしたん?」
「どないしたんじゃないよ!ダニーが撃たれたって、ボスから電話もらったんだから!
心配したんだよ!」
「ごめん、ごめん、俺は平気や。耳かすっただけやから」
「本当に?」
「ああ、包帯が大げさなだけや」
「すごく心配したんだよ!」
マーティンはダニーをぎゅっと抱き締めた。
反動で頭が痛む。
「いてて!」
「あ、ごめん。何かいるものない?」
「あぁ、それなら悪いけど、薬局行って、この処方箋の薬もらってきてくれへん?」
「わかった。すぐ帰ってくるからね!」
ダニーはマーティンですらあんな状態だから、絶対ジョージには知られないようにしようと思った。
ダニーは包帯頭のまま電車に乗り、マンハッタンに向かった。
親切なことに女性が席を譲ってくれようとする。
ダニーはやんわり断って、窓の外を眺めるふりをした。
オフィスに着くと、みんなが寄ってきた。
「ダニー、拳銃強盗をノックアウトしたんだって?」
サマンサが大げさに驚いた。
「でもこのざまや」とダニーは包帯を指さして笑った。
「元気そうでよかったわよ」
ヴィヴィアンが安心した声を出した。
マーティンはただ見つめている。
「ボスのところに行ってくるわ」
ダニーはボスのオフィスに入っていった。
「昨日は大活躍だったそうだな。傷は大丈夫か?」
「おかげさまで、耳をかすっただけでしたわ」
「お前がアイリッシュ・パブというのは珍しいな」
「結構、飯がうまいもんで・・」
「とにかく安心した。包帯が取れるまでは内勤だからな、我慢しろ」
「了解っす」
数日間の辛抱だとダニーは心に念じ、席に戻った。
確かに内勤は地味だが、チームのバックアップ体制を完璧にするために、他の局員とのコミュニケーションも重要になる。
チームが、黒人少年の失踪事件を追う間、ダニーは情報のパイプ役をこなして、日々を過ごした。
黒人少年が死体で見つかった連絡を受け、チームに知らせるのもダニーの役目だった。
後味の悪い事件だ。麻薬にもギャングにも関係のない無垢な少年が、誘拐され、レイプされ殺される。
しかし、これに目を背けてはいけないのだ。これが現実なのだから。
ダニーがスナックコーナーでコーヒーを入れていると、携帯が震えた。
ジョージからだ。
「おぉ、どうしてる?」
「ダニー、いつでもスプリングコートの試着できるよ。
あとね、明日の晩、アレックスが招待したいって」
「そか。コートはありがとな。今、事件の最中で身動き取れへんのや。
明日の晩は行けるで。場所はどこや?」
「それがね「リバー・カフェ」なんだよ。今週、ブルックリンのレストラン・ウィークでしょ。だから」
「そか、ほな行くわ」
「じゃ、8時に現地でね」
「おう」
ダニーは定時に仕事を追え、市立病院に寄った。
この目立つ包帯を取ってもらうためだ。
「もう少ししていておいて頂きたいんですけど」
看護婦がとがめるように言う。
「仕事に差し障りあるんで、目立たないようにしてくれませんか?」
看護婦はドクターを呼び、やっと包帯を大きなガーゼに替えてくれた。
それでもまだ目立つ。
しゃあないな。
ダニーは明日ジョージに聞かれるだろう質問に対する答えを考えながら帰途についた。
翌日の晩、リバー・カフェに8時に行くと、すでに、アレックスとエルナン、ジョージが待っていた。
「ごめんごめん」
「ダニー!どうしたの!そのガーゼ!」
たちまちジョージが声を上げた。
「銃撃戦がちょっとあってな。かすっただけや」
ジョージは涙をすでに浮かべている。
「そんな大げさな怪我やないて。さぁ今日のディナーは?」
アレックスがプリフィックスディナーを読み上げた。
前菜は、スモークサーモン、ロメインレタスサラダ、ラムのミートボール、
メインは石鯛のバルサミコソースかラヴィオリのボロネーズソースだ。
それぞれ適当にオーダーしてシェアすることにする。
「ダニーさんって警察関係の方なんですか?」
エルナンがおずおず尋ねた。
「あぁFBIなんや」
「すごいな」
「たいしたことあらへんで」
エルナンはずっとアレックスの手を握っている。
二人はうまく行っているらしい。
ダニーはほっとして、ディナーに没頭し始めた。
リバーカフェでリムジンを呼んだアレックスとエルナンは帰っていった。
ジョージが不満そうな顔をしている。
「どうした?機嫌悪そうやな」
「ねぇ、いつ銃撃事件があったの?」
「この前の日曜日、お前と別れたあとや」
「なんですぐに知らせてくれなかった?」
「お前に心配かけたくなくてな」
「イヤだよ、そんなの!僕はダニーの全部が知りたいの!秘密なんか作らないで!」
ジョージが暴れるので、ダニーは両方の肩に手を置いた。
「ごめん。思慮が足りなかったわ。これからはそうするな」
「うん。きっとだよ!」
「おぅ、分かった」
二人はダニーのアパートに向かって歩き始めた。
「寄ってくか?」
「ううん、ダニーの身体にさわったらいけないから、やめとく」
「ほなら、家まで送るわ」
「ありがと」
ダニーのマスタングに乗って、二人はマンハッタンを目指した。
ブルックリン・ブリッジを通っている時、突然ジョージが尋ねた。
「ねぇ、ダニー、いつまでFBIに勤めるの?」
「そりゃ定年までやけど、どして?」
「そんなに危険な仕事なのに、僕は何もできないんだね」
「仕方ないやん。前は警察官やし今はFBI。俺の天職やと思うてるからな」
「金銭の問題じゃないんだよね」
「そりゃ、定年退職すれば年金はええけど、今の給料でも十分満足やしな」
「そうなんだ・・・」
「アホ、こんなんFBI人生で、何回あるかないかの怪我やで。それを気にしてたら勤まらへんし」
「そうだよね、ダニーは仕事好きだもんね」
「そや、だから分かって欲しい。俺の仕事には危険がつきまとう。それでもええかどうか」
「ダニーと別れるなんて無理だよ」
「じゃ、このままでええやん」
「・・うん」
ほどなく車はジョージの住んでいるリバーサイド・テラスに着いた。
「じゃ、またね」
「お前こそ、元気でな。バーニーズ寄れそうになったら、電話するから」
「うん、待ってる」
「ほな、おやすみ」
「おやすみなさい」
ダニーは、車を動かし始めた。
SEALのCDを聞きながら、マンハッタンを後にする。
家に戻って、ニュースを見ていると、電話がかかってきた。
「はい、テイラー」
「あ、僕」
「マーティン、どないしたん?」
「その後、傷の具合はどうかと思って」
「もうすぐ治るわ、ありがとな。早くチームに戻りたくてうずうずしてる」
「僕もダニーに戻ってきて欲しいよ。寂しいもん」
「あと少しや、我慢せい。サムとヴィヴの人使いはそんなに荒いか?」
「そんなことないけどさ・・」
「ボンも早く休み、俺ももう寝るから」
「うん、わかった。お大事にね」
「おぅ、サンキュー」
ダニーはTVのスウィッチを切り、ベッドルームに入った。
ダニーの内勤の日々はまだ続いた。
ボスの命令は絶対だ。ダニーはそれに従っている。
ボスが離婚訴訟でもめて、仕事にまで影響が出ていた頃でさえも、ダニーはボスを信じてついていった。
ボスが言った「お前をシカゴに連れて行きたいが」という言葉が、常に胸の中にある。
決してDC本局の評価は高くないボスだが、そんな外交や政治が不得意なボスの生き方がダニーは好きだった。
「ダニー、来週にはガーゼも取れるだろう。そうしたら現場に復帰だ」
ボスがダニーをオフィスに呼び、そう告げた。
「ありがとうございます」
「お前の生き方をとやかく言える身分じゃないが、どうだ、そろそろ結婚して、落ち着いたら」
「はぁ?俺ですか?結婚は合わないと思うてますから」
「そうか。それならいい。とにかく無茶は控えろ」
「了解っす」
ダニーは苦笑しながらボスのオフィスを出た。
内勤のファイル整理を終えて、定時に帰途につく。
習い性でアルの店の前を歩いてみる。
すると、「営業中」の札が入り口のドアノブにぶら下がっていた。
嬉しくなって、ダニーは早速中に入った。
カウンターの中には、右腕を三角巾で固定したアルの姿があった。
「よう、アル」
「おお、ダニー!俺の命の恩人、さあ座れよ」
「ありがと、アルコールだめやから、ミネラルウォーターくれへん?」
「ほいきた、飯は?」
「まだや」
「じゃあ、俺の妹の特製シェファードパイを食わせてやるよ」
厨房からエプロン姿の小柄な女性が出て来た。
「あなたが、ヒーローのダニーさん?」
「これが俺の妹、フラニーって言うんだ」
「よろしく、ダニー」
「よろしく、フラニー」
フラニーは赤毛の典型的なアイリッシュガールだった。
ダニーがカウンターで話していると、肩をポンと叩かれた。
この前の事件で、犯人の拳銃をすばやく拾い上げ、犯人に照準を合わせた老人だった。
「このあいだは、よくやったな、若造」
「爺さんこそ。すまない、爺さんなんて呼んで」
「いいんだよ、私が海軍にいたのはずっと前のことだからな」
「第二次世界大戦ですか?」
「そうだ」
「あなたの機転が逮捕につながりました。あらためてお礼させてください」
「私はいいよ。いつもここでポーカーやってるから、お前さんともまた会うだろうし。傷はどうだ?」
「耳をかすっただけでしたわ」
「そりゃ不幸中の幸いだ。私はラリー」
「ダニーです、よろしく」
「あぁ、お前さんには骨がある。重要なことだ」
ラリーは仲間の待つテーブルに戻っていった。
シェファードパイが運ばれてきた。
焼きたてでゆげを立てている。
「めっちゃ美味そうやな」
「ああ、美味いぞ。店のおごりだからな」
「ええって」
「ダニーが元気になったら、一緒に飲もうぜ」
「そりゃ俺のセリフやわ」
二人はカウンターの外と中で笑いあった。
いよいよダニーのガーゼが取れる日がやってきた。
トムじきじきに診察してくれるという。
診察室に入り、椅子に座って待っていると、トムが入ってきた。
「ダニー、待たせてすまないな」
「こんなんER部長やなくて、できるやろ」
「俺が、カルテを選んだんだ、文句を言うな」
「了解っす」
ガーゼを取り、念入りに傷口を診るトム。
「何かおかしいんか?」
ダニーが心配になって尋ねるとトムは苦笑した。
「うーん、巨大なピアスホールが開いたって雰囲気だな。どうだ、何ならピアスするか?」
「冗談やろ。仕事に行けなくなる」
トムが面白そうに笑い、小さな絆創膏を貼り付けた。
「これで自然治癒を待とう。いや、すぐにくっつくさ」
「そうならええけどな」
「お前、アランに逐一伝えてるか?」
ダニーははっとした。
「まだや」
「知らせろ。とても心配している」
「わかったわ」
「モナハン先生、急患が7人運ばれてきます」
看護婦が血相を変えて呼びにきた。
「今行く。じゃあな、ダニー。もう来るな」
「言われなくてもそうしますって」
トムはにやっと笑って、処置室から出て行った。
アランに連絡か・・・。
気の進まないダニーだったが、恩義は忘れてはいない。
ブルックリンのアパートに戻り、アランの自宅に電話をかけた。
「はい、ショア」
「あ、俺、ダニー・・」
「どうだ、傷の具合は?」
「小さな絆創膏になった」
「それはよかった。マローン捜査官からカウンセリングの話は聞いているかい?」
「へ?」
「お約束のあれだよ。明日の11時にアポを入れているから、来なさい」
「わかった・・」
「早めに寝ろよ」
「うん」
アランはそこで電話を切った。
ダニーはボスの携帯に電話を入れた。
「ボス、テイラーですが、俺にカウンセリングの必要ありますか?はぁ、えぇ、それならそうします」
ダニーはMPUの誰よりも怪我の回数が多い。NY支局の中でも多いほうだろう。
それにより過度に自衛的な手段に傾く捜査官もいないわけではない。
ボス流の配慮だと思い、ダニーは観念した。
翌日、ダニーは10時過ぎにオフィスを出て、アッパーウェストサイドに向かった。
久しぶりのアランのマンションだ。
クリニックの方の部屋のドアを開け、レセプショニストに名前を告げる。
インターフォンで、アランが「テイラーさんお入りください」というのが聞こえた。
ダニーは診察室に入る。
「ダニー、座って」
「あの、ロバートは?」
「彼は辞めてもらったよ」
「はぁ・・」
ダニーはソファーに腰掛けた。
いつも通りの手順でカウンセリングは進み、45分経った時
「今日はここまでだ。来週また同じ曜日の同じ時間に」とアランが言った。
ダニーが席を立ち、ドアを開けようとした時、アランが声をかけた。
「辛くなったら、いつでも電話してきていいからね」
「ありがとう」
セッションは終わった。
もっとプライベートな話が出るかとダニーは準備していたが、肩透かしを食らった思いだ。
しかし寂しげなアランの砂色の瞳が、目に焼きついている。
ダニーは、思わずまたドアを開けた。
次の患者のカルテを見ていたアランが目を上げる。
「アラン、あの・・今晩、飯食いにいかへん?」
「いきなりだな。いいとも。どこへ?」
「デルアミコは?」
「わかった、8時くらいでいいかな?」
「ああ」
「それじゃあ、後で。次の患者が待っている」
「うん」
ダニーは診察室を出た。
仕事を終えた二人はちらりと顔を見合すと席を立った。
エレベーターの扉が閉まり始めたとき、ボスがこっちに向かってくるのが見えたが、ダニーは気づかないふりをしてさらに数回閉ボタンを押した。
音もなくすっと扉が閉まり、ボスのひどく驚いた顔が視界から消えていった。
「惜しい、ちょっと遅かったな」
ダニーはにんまりしながら言った。
「今の、まずいんじゃない?」
マーティンが心配そうにダニーを見上げる。
「そんな顔すんな」
ダニーは頬に触れかけて手を止めた。支局内のいたるところに監視カメラがついているのに迂闊な真似はできない。
マーティンの肩をぽんとたたいて正面に視線をうつした。
二人はグランドセントラルのオイスターバーで食事を済ませてマーティンのアパートに帰った。
日中の気温はかなり春めいてきたが、日が沈んだ後の室内はまだまだ肌寒い。
マーティンが熱帯魚に餌をやっている間にダニーはバスタブに湯を張り始めた。
「あと23分で入れるで」
「ん、ありがと」
ダニーは後ろからマーティンをやさしく抱きしめた。頬にキスをして一緒に水槽を眺める。
「pHが安定してから死んでないな」
「まあね。でも、残ったのはたったの2匹だけだよ。あんなにいたのに・・・」
マーティンは悲しそうに水槽に手を触れた。
「あいつらはパイロットフィッシュやったんや。きっちり任務を果たしただけや」
ダニーは耳を甘噛みしながらささやいた。マーティンの手に手を重ねてぎゅっと握る。
「パイロットフィッシュは普通数匹だよ」
「そんなん水質によって変わるやないか。一概には言われへん」
ダニーはマーティンをソファに座らせてシャツを脱がせた。
昼間、乳首に貼ってやったバンドエイドを慎重に剥がす。胸毛が数本抜けてマーティンが顔をしかめた。
「痛ててて・・・・・・待って、こっちは自分で剥がすよ」
マーティンは左胸のバンドエイドをせーので剥がした。瞬間、痛みで固まる。
「さっきより痛い」
「あほやな、だからオレがやったるって言うたのに」
ダニーは小さく笑って両胸を手の平でそっと擦った。
「なあ、ここだけじゃなくて、もしかしてケツも痛いんか?」
マーティンはうつむくともごもご口ごもった。答えなくてもそれだけでわかる。
ダニーが口を開こうとするとマーティンがキスで唇を塞いだ。
マーティンはダニーの胸に唇を押し当てた。乳首の周りに並んでいるほくろに舌を這わせる。
硬くなった乳首を舌先でなぞると、ダニーが微かに息を漏らした。
マーティンの舌は下へ下へと這い進む。
先走りでじっとりと湿り気を帯びたボクサーパンツを引きずりおろして勃起しているペニスを口に含んだ。
「ううっ・・・」
マーティンにのどの奥まで咥えこまれたダニーは目を閉じて喘いだ。
ぬめぬめとした舌の動きがペニス全体を包み込む。
ダニーは快感にぞくぞくしながらマーティンのペニスを弄った。体を引き寄せ、自分もマーティンのペニスを咥える。
お互いに貪るように夢中でペニスを味わった。
「はっ・・・ぅっくっ!」
先に射精したのはダニーだった。マーティンに腰を掴まれて身動きが取れない。
精液を放出した後もペニスはまだどくんと脈打っている。
マーティンはダニーの体をようやく解放した。吐き出した精液をダニーのアナルに塗りこむ。
「ダニー、力抜いて。入れるよ」
ぐったりしたままのダニーは頷いてマーティンを受け入れた。
マーティンはキスをしたまま腰を揺らした。アナルに塗りたくったダニーの精液がくちゅくちゅと音を立てる。
「く・・・っ・・・マ、マーティ・・・」
感じてどうしようもなくなったダニーはマーティンの体にしがみついた。さっき射精したばかりなのに薄い精液が出た。
「ダニィ・・・僕もイキそう・・・」
マーティンは動きを早めた。ダニーのアナルに締めつけられて動くのもままならない。
「だ、出すよ・・・いっ・・んんっ・・・うぅっ!!」
マーティンはしがみついたままのダニーを抱きしめた。見つめ合って何度もキスを交わす。
「あ、風呂。湯があふれてるかもしれん」
「まだ離れたくないよ」
「そやな」
ダニーはそっと微笑んでもう一度キスをした。
ダニーはオフィスに戻る途中で、デルアミコに電話してテーブルを予約した。
自分の取った行動の本当の理由が、自分でも分からない。
アランの瞳を見て話をしていたら、一緒に住んでいた頃の思い出がよみがえったのは確かだ。
だからといって、よりを戻そうというわけではない。
ダニー自身はそう考えていた。
小さくなった絆創膏を、チームの皆にからかわれながら、午後の業務を終え、ダニーはデルアミコに向かった。
オーナーのデルアミコが、「ダニー、今日はドクター・ハートと食事!店のおまかせでサービスするね」とウィンクをしてきた。
ダニーは小さな声で「ありがと」と告げると、アランの座る窓際のテーブルに向かった。
キャンドルライトがアランの青白い顔をほの赤く照らしていた。
「遅れて、ごめん」
「私も今着いたところだよ。今日あたりからはアルコールはOKだろう?」
「トムに聞かへんかった」
「あいつなら気にしないさ。シャンパンを頼んだからね」
「ありがと」
前菜が運ばれてきた。
イタリアンサラミとチーズ、ピーマンとナスのオイル漬けにエビとイカのマリネだ。
焼きたてのバジル入りフォカッチャも出てくる。
「アラン、いつロバート辞めたん?」
「そうだなー、もう4ヶ月前になるかな。あいつが処方箋を偽造していたのが分かってね。
警察に届けた当日から来なくなったよ」
「え?被害は?」
「学会からご注意レターをもらった程度だ。不幸中の幸いさ」
「ほんまや。あいつ、俺、信用できへんって思ってた」
「お前の勘は当たるからな。私が忠告を聞かなかったのが愚かだよ」
ダニーはアランが気弱になっているのを聞くのが辛かった。
自分を威圧的な態度で従わせていたあのアランはどこに行ってしまったのだろう。
「お前は相変わらず仕事熱心の様子だね。」
「うん、失踪者の数は減るどころか増える一方や。それでもチームに増員はないしな」
「でも本当に大事に至らない怪我でほっとしたよ。お前のことで電話が来ると、最悪の事態を想定してしまうんだ」
「アラン・・おれ、悪運強いから、簡単には死なないて」
「そうだな」
アランは、テーブルの上のダニーの手をぎゅっと握った。
ピッツアとリゾットが運ばれてきた。
クアトロフォロマッジオとポルチーニ茸のリゾットだ。
その上、最後にフィレンツェ流のTボーンステーキがやってきた。
アランが器用にナイフでさばいている。
「イタリア旅行、楽しかったな」
ダニーは思わずつぶやいた。
「あぁ、最高だったよ。あんな思い出はもう出来ないだろう」
「何で?」
「またお前と旅行に行けるのかい?」
「・・・それは・・・」
「まぁ、いいさ。そのうち幸運が巡ってくるだろう」
二人はシャンパンを開けて、赤ワインに切り替えた。
「今日は車は?」
ダニーが尋ねると、「飲むと思ったからタクシーで来たよ」とアランが答えた。
確かにアランの頬に赤みがさしている。
ステーキと温野菜を食べ終え、二人はグラッパに切り替えた。
久しぶりに相当量を飲んだダニーもさすがに酔いが回っている。
グラッパを飲み終え、立ち上がろうとするとダニーは足元がくらっときた。
「おい、大丈夫か?」
「平気や」
「ブルックリンまで帰れるか?」
「・・ちょっと無理かも」
「それじゃあ、家に帰ろう」
「うん」
アランはデルアミコにカードを渡し、チェックを済ませると、ダニーの手をとって、タクシー乗り場へと歩き始めた。
タクシーを降り、アランに肩を借りて、やっとアランのマンションの部屋に入った。
「大丈夫か?水を持ってこよう」
ダニーは、リビングのソファーに寝転がり、途端にいびきを始めた。
ミネラル・ウォーターのボトルを持って現れたアランは、思わず苦笑した。
「ダニー、ここで寝ては風邪をひく。ベッドに行こう」
「・・ん・・」
アランは一瞬迷ったが、ゲストルームのドアを開けた。
「ほら、着替えるぞ」
「・・・」
まるで大きな着せ替え人形だ。
アランはやっとのことでダニーのジャケットとYシャツ、ネクタイを取り、パンツを脱がせた。
トランクス姿のダニーが、無防備に眠っている。
抱き締めたい衝動を我慢し、アランは自分のスペアのパジャマをダニーに着せた。
「おやすみ、ダニー」
「んーおやすみ・・」
ダニーが突然両腕をアランの身体に巻きつけた。
反動で、アランはダニーの上にかぶさる形になる。
「おい、ダニー、起きてるのか?」
ダニーはすーすー寝息を立てているが、腕を放そうとしない。
アランは、優しく振りほどき、ダニーの隣りにゴロンと横になった。
ダニーの頬に優しくキスすると、ダニーがうるさそうに向こう側を向いてしまった。
アランは、天井をしばらく見つめていたが、やがて目を閉じた。
翌朝、ダニーは懐かしい香りに包まれて目を覚ました。
耳の傷ではない鈍痛が頭を支配している。
目をあけるとラベンダー色のシャツが見えた。
え、アラン?
ブランケットをめくると、アランがYシャツにパンツの姿で眠っていた。
ダニーは、ベッドサイドに置いてあるミネラル・ウォーターとアスピリンを飲んだ。
俺、アランとしたのか、わからへん。
しかし、アランの服装には乱れはなかった。
ダニーはバスルームでシャワーを浴び、Yシャツとパンツを身に着けると、キッチンに向かった。
冷蔵庫の中は、数種類のジュースにローファットミルク、チーズ各種、ハム、卵と、
さまざまなものが綺麗に納められていた。
パンバスケットの中に、イングリッシュマフィンが入っている。
ダニーはエッグベネディクトを作る用意をはじめ、コーヒーメーカーをセットした。
コーヒーを入れている間、1階に降り、新聞をポストボックスから引きずり出す。
土日のニューヨーク・タイムズは広告ページで特に厚い。
その上、アランはファイナンシャル・タイムズも購読しているから、新聞だけでも一荷物だ。
グッチのキーホルダーにつけられた合鍵を使うのに、少しのためらいがあった。
ドアを開けて、リビングを覗くと、アランが座っていた。
「アラン、おはよう」
「やぁ、頭が痛いだろう?」
「うん、すごく痛い」
「昨日は久しぶりに楽しかったよ。ありがとう」
「俺こそ、あ、朝食用意するから、これ、新聞な」
「あぁ、ありがとう」
二人は、あまり会話せずに朝食をすませた。
「それじゃあ、家まで送ろう」
「あ、ええよ、地下鉄で帰るから」
「この後に及んで、遠慮するな」
「それもそやな、じゃお言葉に甘えて」
グリーンのジャガーに乗り込み、ブルックリンまでの短いドライブだ。
BGMはこれもまた思い出深いCOLDPLAYのFIX YOUだった。
「なぁ、ダニー、お前さえよかったら、また昨日のようにたまには食事をしないか?」
前の車と車間距離を保ちながら、アランが尋ねた。
サングラスをしているので、目の表情はわからない。
「うん、俺もそうしたいと思った。一緒の思い出が沢山あるから」
「ありがとう。それが聞きたかったよ」
「今度は俺がおごるから」
「ははは、そうかい?じゃあ場所もおまかせだ。来週のカウンセリングの日はどうだい?」
「わかった。泊めてくれてありがとう」
「いいんだよ。お前の朝食、最高だった」
ダニーのアパートに着き、ダニーを降ろすと、ジャガーは動き出した。
ダニーは次のブロックの角を曲がるまで、ずっと車の後姿を目で追った。
ダニーがアパートのドアを開けると、エアコンが入っていた。
俺、消し忘れたかな?
着替えようと、ベッドルームに入ると、ブランケットがこんもり盛り上がっていた。
マーティン?ジョージ?
ダニーはおそるおそる中を覗くと、ジョージがぐっすり眠っていた。
ダニーは急いで、ウォーキング・クロゼットで着替えを済ませ、リビングで新聞を読み始めた。
外泊は明らかな事実だ。
今度も事件がらみといえば、ジョージは信じるだろうか。
するとベッドルームのドアが開き、ジョージが眠い目をこすりながら出て来た。
朝の生理現象で、トランクスの前が大きく盛り上がっている。
「おはよう、ジョージ」
「あ、ダニー、帰ってたんだ!僕、夜中の2時まで起きてたんだけど、寝ちゃった」
「ごめんな、張り込みがあってな。朝食も食ってきちまった」
「そんなのいいよ。あ、耳、絆創膏になったんだね」
ジョージが身を低めてダニーにキスをした。
「ん?シャワーの匂いがする」
「あ、帰ってきてすぐ浴びたんや」
「そうか。何で僕、起きなかったんだろ。ねぇ、今日休み?」
「ああそや」
「それじゃ、バーニーズのコート試着に行かない?」
「そやな、それで飯でも食おうか」
「うん、賛成」
ジョージがシャワーして着替える間、ダニーはバーニーズ用にさらに着替えた。
あの店での買い物は、いかに店員に足元を見られないようにするかが決め手だ。
これもアランから習ったことだった。
上はグッチのTシャツと皮のライダーズジャケットにし、下はリーバイスのジーンズにした。
二人はジョージのインパラでマンハッタンに出かけた。
バーニーズのメンズ売り場に入ると、新人らしいコンシェルジュにジョージが用件を伝えた。
ジョージが選んだのは、バーバリー、エルメス、アルマーニ、ゼニアのコートだった。
どれも一長一短がある。
しかしエルメスの鉛色に近いカーキーのコートにダニーは惹かれた。
「俺、これやと思うけど、お前どう思う?」
「僕もそれ一押しだよ。決める?」
「ああ」
「それじゃ社内割引で処理するから待ってて」
ダニーは売り場のソファーで待たされた。
男性ファッション誌が置いてあるので、ペラペラとグラビアを見ていると、ジョージの写真が目に入った。
今度はタキシードで美しい女性モデルをエスコートしている場面だ。
しかし、女性モデルよりもジョージの美しさの方が上回っている。
ダニーはそんなジョージを裏切って、外泊してしまったことに、自己嫌悪を感じた。
「おまたせ、ダニー。それじゃ、出よう」
「支払いは?」
「社内割引だから僕のサラリーから天引きなの。請求来たら教えるよ」
「さんきゅ」
二人は久しぶりのバーニーズのカンティーンに入った。
今日の日替わりは渡り蟹のクリームスパゲッティーとサラダだ。
二人ともそれを頼み、テーブルに座る。
「なんかお前がここのコンシェルジュだった頃を思い出すな」
「今でもそうだよ」
「でも、さっきブティックに置いてあったファション誌で見たで。
タキシード、かっこええな」
「ダニーだってタキシード着たら決まるよ」
「よせや、俺は豚に真珠や」
「ダニーは自分がどれだけの外見を持ってるのかわかってないんだね」
「外見?」
「アイリスが、もう少し若かったらスカウトしてるって言ってたよ」
「ウソつけ」
「本当だよ、あ、そう言えばね、1週間ほど後輩のモデルを家に住まわせることになったの」
「え?なんで?」
「彼、ロシア人なんだよ。あまり英語も出来ないんだって。アパートに入居するまでの間だって言ってるよ」
「そんなん、ホテルに住まわせればええやん」
「アイリスが、僕のライフスタイルを教えなさいって言うから、断れなくって」
「ふうん、1週間な」
「うん」
「ゲイなんか?」
「わかんない。まだポートフォリオしか見たことないからよく知らないんだ」
「浮気するなよ」
「ダニーのバカ!僕がそんなことするわけないでしょ」
「そやなー」
「だから、僕の家に来て、彼がいても驚かないでね、名前はパーシャ・コヴァレフっていうの」
「ふうん」
ダニーは心に引っかかるものがあったが、その場は聞き流した。
ダニーは袖の長さを直してもらったエルメスのコートを、売り場で受け取り、ジョージのインパラに乗った。
「これからどないする?」
「もし、ダニーが疲れてなかったら、ホイットニー美術館に行きたいんだけど」
「何やってるん?」
「2年に一度のホイットニー・ビエンナーレって現代美術の展示。今の現代美術を語るのにははずせない展示会なんだよ」
「ふうん、じゃ、それに行こか?」
「うん!」
二人はマディソン街を少し上がり、美術館の駐車場に車を停めた。
メトロポリタンやMOMAといわれたら、ダニーはしり込みしたが、
ホイットニー規模の展示なら我慢が出来ると思った。
中に入ると、映像や立体、絵画に写真と、現代のアメリカを象徴する有名美術家たちの作品がひしめいていた。
「あれ、お前がいてるやん!」
ダニーが壁を指差すと、ジョージが全裸でポーズを取っている写真があった。
もちろんフォトグラファーはニック・ホロウェイだ。
「本当だ、随分前のだね」
「あいつもこんなところに展示されるようになるとはな」
ダニーは薬物中毒にアルコール中毒をかかえたニックを思い出した。
そしてSMセックスの癖をマーティンに植えつけたのも。
ジョージが奴の毒牙にかからなかったのは、まさに奇跡といえた。
「もうお兄さんと比べられる事、きっとないよね。それが、ニックを苦しめてたから」
ジョージがつぶやいた。
「そやな、お前ってほんまに優しいのな」
「そんなことないよ、ニック、かわいそうだったもん」
二人はかれこれ3時間ほどコーヒー・ブレイクを取りながら、展示作品を楽しんだ。
ジョージといると、普段は興味もないアートを見るのさえ楽しい。
美術館から出て、二人はまたインパラに乗った。
「そろそろ、お腹すいたね」
「ほんまやな。もう6時近いし、飯にしよか?」
「そしたら、一度、アパートに戻って、車置いてきてもいい?僕もお酒飲みたいから」
「そうしよ」
二人は、リバーサイド・テラスに戻り、車を駐車場に置いて、今度はタクシーでミッドタウンに向かった。
「なんか俺、日本食が食いたくなった」
「ヘルシーだからいいよね」
イースト・レストランの看板が見えてきた。
名前だけ見たら、とうてい日本食とは思えない。
「ここでいいの?」
「ああ、そうやったと思う」
二人は店の前でタクシーを降り、店に入っていった。
少し薄暗い店内には、電子コンロつきのテーブルが整然と並んでいる。
すでに、五分くらいの入りだ。
二人は真ん中近くのテーブルに案内された。
二人とも迷うことなく「特選牛のしゃぶしゃぶコース」を選んだ。
ウェイトレスに尋ねると、牛は神戸牛だと言う。
「本格的だね」
ジョージが嬉しそうに笑った。
コースは牛の刺身とシャブシャブの肉に野菜、うどんと雑炊にデザートだ。
これで、50ドルはかなり安い。
二人はビールと日本酒を頼んだ。
「日本のビールって美味しいよね」
「鋭いっちゅーか、辛いよな」
「僕、しゃぶしゃぶ大好きだよ。肉の余分な脂分がスープに溶け出すから、すごくヘルシー。
トーフも野菜も沢山食べられるし」
「そやなー、でもそのあと、このだしが出たスープでうどんと雑炊食べるんやで」
「大丈夫、しばらくランウェイの仕事ないから」
ジョージは肉のお代わりを頼んだ。
「今度、ここ、アレックスに教えてあげよう」
「奴、元気にしてるか?」
ダニーが尋ねると、ジョージは目をくるっとさせて「もう元気の前にスーパーがつくほどだよ」と答えた。
ダニーはほっとした。
もうマーティンをふっきったんや。
「ダニー、お肉のお代わりがきたよ」
「おう」
二人は、また肉を箸で上手につかみ、湯の中で静かに動かした。
日曜日でもあり、ダニーの耳の傷を気遣って、ジョージは家へ誘わず、二人はタクシー乗り場で別れた。
ダニーは、ブルックリンに戻ると、一人で長湯に入り、すぐにベッドに入った。
翌朝、ダニーは買ったばかりのエルメスのスプリング・コートを着て、オフィスに出勤した。
エレベータホールでサマンサに出会う。
「おはよう、サム」
「ダニー、すごく素敵なコートじゃない!」
「そか?」
「そうそう、その照れたような顔が、女心をくすぐるのよね。悪い奴」
二人はエレベータに乗り込んだ。
ダニーはまだもの言いたげなサマンサの視線を避け、階数を告げる掲示板に見入った。
フロアでも数人の局員にコートをひやかされた。
そんなに目立つんかな。
ダニーは、自分のファッションセンスがFBIにそぐわなくなってきているのかとひやひやし始めた。
俺は俺や。ボンみたいなおじん臭いスーツは御免やわ。
そんなマーティンを連れて、いつものカフェにランチに出かける。
今日の日替わりはミートボールパスタとグリーンサラダだ。
「ねぇ、ダニー、あのコートどこで買ったの?」
マーティンがすかさず尋ねた。
「バーニーズやけど?」
「また、ジョージのお見立て?」
「相談に乗ってもろうたわ」
「僕も欲しくなっちゃった」
「同じのはなしやで。ペアルックは目立つから」
「・・そうだよね、うーんどうしようかな」
「何ならジョージに頼もか?お前のサイズとか知ってるんやろ」
「それはいい、僕一人で探すから」
「ジョージに頼んだ方が楽やのに」
「いいの!」
マーティンは一度決めたら、頑固でめったに考えを曲げない。
二人は運ばれてきたパスタに集中した。
オフィスに戻って、仕事を始める。
すると、マーティンの携帯が鳴った。
受信画面を見てマーティンが廊下に出た。
ダニーは横目でちらっと見たが、また書類に目を落とした。
「ドム、元気だった?うん、今晩?いいよ。ちょっと買い物に付き合ってくれるかな?
じゃあ、このビルの1階でね」
定時が過ぎると、マーティンが脱兎のごとくオフィスから出て行った。
「何、マーティン、副長官がみえてるのかしら?」
サマンサが訝る。
「さあな」
ダニーはファイルをきちんと束ねて、キャビネットにしまった。
フェデラルプラザの1階でドムが待っていた。
まだウールのPコートを着ている。
「お待たせ」
マーティンが挨拶すると、「今来たばかりだよ、どこに買い物に行くの?」と尋ねた。
「ブルックス・ブラザーズに。いいかな?」
「うん」
二人は一番近くのブティックのあるリバティー・プラザまで地下鉄で移動した。
「何買うの?」
「スプリングコート」
「そうか、いつもスーツだから大変だね」
迷ったあげく、マーティンは濃いベージュ色のコットンのトレンチコートに決めた。
「わお698ドル!」
ドムが驚く。
マーティンはアメックスのエメラルドカードを出して支払いを済ませた。
「ねぇ、経費で出るわけじゃないんでしょ?」
ドムが尋ねる。
「あぁ、一応、何着るかは厳密に決められているわけではないんだよ」
「それにしてもすごいな」
「買い物につきあってもらったから僕がおごるよ」
「え、僕が誘ったのに・・」
「年上の言う事は聞くもんだぞ」
「はい」
「チャイニーズはどう?」
「あ、賛成です」
二人はまたタクシーを拾って、チャイナタウンを目指した。
ダニーはジョージからの長い長い報告電話をやっと切った。
今日から、パーシャと住むのだという。
どんな奴なんやろな。
ダニーは気になりはしたが、マンハッタンまで車を飛ばすと、逆にジョージに訝しがられそうだ。
気分転換は風呂やな。
ベルガモットのオイルをたらし、長湯をして、ダニーはベッドに入った。
翌日、オフィスで仕事をしていると、携帯が震えた。
着信表示にジョージと出ている。
ダニーは廊下に出て話し始めた。
「ねぇ、ダニー、助けてくれる?」
「どないした?」
「あのね、パーシャと口きいてないの。ヘンだよね」
「よう分からへんけど、飯は食ってるか?」
「あんまり食欲もないみたい。ホームシックかな」
「じゃ、ロシア料理でも行くか」
「本当?ダニーありがとう。今晩でも大丈夫?」
「ああ、今のとこ大丈夫や」
「じゃ、お店調べて連絡するね」
「おう」
あの柔和で人の警戒心を解くのが巧みなジョージがてこずっている。
ダニーはますますそのパーシャという男に興味が沸いた。
ジョージがメールで場所を連絡してきた。
イースト・ヴィレッジの「ヴェセルカ」というレストランだ。
ダニーも一応ネットで店の評判と看板料理をチェックした。
なかなか雰囲気がよさそうだ。
定時で仕事を終え、今日はダニーが脱兎のごとくオフィスから出て行った。
「昨日はマーティンで今日はダニー?発情期かしらね」
サマンサがヴィヴィアンにつぶやくと、ヴィヴィアンが大笑いした。
場所はすぐに分かった。
2番街とミルトン・ストリートの角だ。
ジョージが店の前に立っていた。
「ん?なんで店に入って、待たなかったん?」
「それがさ、店に入るなり、パーシャ、ロシア語でがんがん話し始めちゃって・・」
「そうか、とにかく店に入ろうや」
店内では、ウェイターを相手にパーシャが熱弁をふるっていた。
「ねぇ、パーシャ、僕の友達のダニー」
「ダニー・・こんばんは、初めまして」
何や、英語しゃべれるやん。
ダニーは少し安心した。
「今晩はパーシャがメニュー決めてね」
「わかった」
パーシャはメニューをざっと読み、ロシア語で注文した。
金髪で丸顔ではあるが、どことなく気品が漂う顔をしている。
前菜はニシンの酢漬けにシベリア風の水餃子、それに山盛りのキャベツの酢油香草漬けだ。
「これ、取り分けます」
パーシャがテーブルを仕切っていた。
次がメインでラム肉の串焼きと牛フィレの串焼きに、シーフードのクリーム煮が入ったつぼ焼き料理が運ばれてきた。
パーシャは満足そうだ。
「パリで食べたのよりずっと美味しい」
ぽそっとつぶやいた。
「よかったやん!」
ダニーが声をかけると、パーシャは、はにかんだ笑顔を向けた。
ワインはグルジア産の赤と白がやってきた。
「このワイン、ロシアでも有名」
「へえ、そうなんだ!」
ジョージが珍しそうにエキゾチックなデザインのラベルに見入った。
食べ終わると、パーシャがまたウェイターと話している。
「ウォッカ飲みます?」
「少しならええけど」
ジョージも頷く。
ウェイターが運んできたのはアルコール度数50の「ストロバヤ」だ。
チェイサーと共にキャビアが来た。
アルコールで口が滑らかになったパーシャは、ジョージに詫びた。
「ジョージ、ごめんなさい。寂しかった」
「わかるよ、誰だって知らない土地じゃ寂しいもん」
「でももう寂しくない。ジョージに色々教わりたい」
「ああ、いいよ。明日はグロサリーの買い物に行こうよ」
こくんと頷くパーシャ。
ダニーも一安心すると共に、なぜか猛烈な嫉妬を感じた。
バスルームから出たダニーは、冷蔵庫に直行した。
見慣れないガラス瓶を手に取るとボトルのラベルにでかでかとS・バートンと書いてある。
「これトロイの?」
「そう。アクアパンナはスチューのだから飲んじゃだめだよ」
マーティンはコントレックスを取り出してグラスに注いだ。
「はい、どうぞ」
「サンキュ。別に名前書かんでもええのにな」
「ポスドクの時からの癖なんだって。名前を書いてないと誰かに食べられても文句言えないから。クリームチーズとかアイスにも時々書いてるよ」
マーティンは可笑しそうに笑った。
ダニーは一緒に笑いながらふといたずらしたくなった。
ジェニファーと寝ていることを知られて以来、ずっとやられっぱなしだ。たまにはやり返したい。
「オレ、こっち飲むわ」
「だめだよ、ダニー」
「へーきへーき」
ダニーはキャビネットから栓抜きを取り出して王冠を抜き、マーティンが使おうとしていたグラスを横取りして水を飲んだ。
「あーあ、本当に飲んじゃった」
「あいつ、怒るかな」
ダニーは携帯電話を取り出した。
「何するの?」
「あいつに画像送ったるねん。オレが飲みましたってな。でもまだ700mlは残ってるけど」
「よしなよ、ダニー」
「ええから、ええから」
ダニーはメールを送信してにんまりしながら、マーティンの火照った頬にキスをした。
しばらくしてメール着信音が鳴った。
「おっ、トロイや」
「スチュー、怒ってるんじゃない?」
「わからん」
二人で携帯の画面をのぞきこんだ。同じように画像が添付されている。
「うわっ、トロイの奴、仕返しにグロ画像送ってきよった!」
「ダニーが勝手に飲むからだよ」
「水ぐらいで内臓はやりすぎやろ、あのあほ」
ダニーは速攻でメールを削除して電話をかけた。
1コールも鳴り終わらないうちにスチュワートが出た。
「やあ、テイラー捜査官」
声に笑いが含まれているのが気に入らない。ダニーは不機嫌な声を出した。
「お前な、グロ画像送ってくるってどういう神経してんねん!気持ち悪いやろ!」
「グロ画像じゃない、あれはオレの舌さ」
「舌?嘘つけ、そんなんで騙されへん」
「よく見ろ、それはオレの舌の裏さ。見覚えがあるだろ?」
電話に耳をくっつけて話を聞いていたマーティンが隣でくすくす笑っている。
「もう消したからわからん」
「後でもう一度送ってやろうか?」
「あんな気持ち悪い画像いらんわ!お前も笑いすぎやろ」
ダニーはまだくすくす笑っているマーティンに数発デコピンした。
「マーティンをいじめるなよ。元はと言えばお前が人のものを勝手に飲んだのが悪いんだぜ。FBIのくせに泥棒なんかしていいのかよ」
「お前もずっと前にオレのバナナ勝手に食べたやろ」
「あれはお前が悪いんだ。バナナに名前を書いてなかっただろ」
「あほか、オレの冷蔵庫なんやから名前がなくても中のもんの所有権は全部オレのや。わかったか、トロイ」
「うるさい、弁護士みたいなこと言うな」
「お前もロースクールに行けばよかったのに」
ダニーは言い、電話を切った。マーティンがじっと見つめている。
「悪い、お前に代わればよかったな。トロイと話したかったんやろ」
「いいよ、いつでも話せるんだから。それよりさ、ダニーが悪かったのにいつのまにかスチューが悪いことになってるのはなんで?」
マーティンは訝しそうな表情を浮かべた。浮気を疑うときの目だ。
そうやっていつも僕を騙してるんじゃないの?という声が今にも聞こえてきそうな気がする。
これから先、日常的に嘘をついていると思われたらかなわない。ダニーはマーティンを抱き寄せた。
「わからんけどロースクールで学んだ成果やと思う。お前が三角法でビルの高さを計算するのと同じようなもんや」
「だったら僕もロースクールに行けばよかったな」
マーティンはそう言って苦笑いした。
「そんなんあかんて。オレは今のお前が好きなんやから」
「それほんと?」
「ああ、お前を愛してる。お前はオレのや」
ダニーはマーティンの髪をくしゃっとしてキスをした。
食事が終わって、テーブルを離れると、パーシャが想像以上に身長が高いのが目立った。
2mあるジョージとそれほど変わらない。
ダニーは急に自分がチビになったようで引け目を感じた。
「ダニー、僕ら、リムジンで帰るね」
「ああ、その方がええな」
「ダニーはどうする?」
「俺も今日はタクシーや」
「わかった。今日はありがと、またね」
ジョージが手を振る。隣りでパーシャも手を振っていた。
ダニーも軽く手を上げて、タクシー乗り場に向かった。
ブルックリン・ブリッジを渡りながら、後ろを向いてマンハッタンの夜景を眺める。
今は、この距離すら疎ましかった。
アパートに戻り、すぐさまジョージの自宅に電話をかける。
「はい、オルセンです」
「俺や」
「あ、ダニー!もう着いたの?」
「ああ、お前たち大丈夫か?」
「うん、今、パーシャはお風呂に入ってる」
「ゲストルームやろな?」
「当たり前だよ。気になるの?」
「そんなことあらへんけど・・」
「すごく喜んでたよ。ダニーのロシア料理のアイディア、抜群だったね」
「明日はどこ行くんや?」
「コロンバス・サークルのホールフーズ・マート。あそこだとオーガニックフーズがいろいろ選べるじゃない?」
「そやな、ええんちゃう?」
「パーシャね、ダニーのこと気に入ったみたいだよ」
「何でや?」
「優しくて頼もしい彼氏だねって言われたから・・」
「じゃあ、奴は・・」
「うん、ゲイだって」
ダニーはそらきたと思った。
「お前、ベッドルームに鍵かけろ」
「そんなこと出来ないよ。だってこれから友達になろうっていうのに」
「さよか」
「ダニーが心配してるようなことは起きないって。あ、パーシャがバスから出たみたい。それじゃね」
「お、おい、切らんでも・・」
がちゃっと電話が切れた。
ダニーは釈然としないまま、パジャマに着替え、バスタブにお湯を張った。
翌日、ダニーはもやもやした気持ちを抱いたまま、オフィスに出勤した。
サマンサに「昨日はお楽しみだったようで」とからかわれる。
「そんなんやないて」
「まーたまた!ね、それより、DCからドゲット捜査官が来てるって知ってる?」
「え?ほんま?」
「今回はレイエス捜査官も一緒よ。今、ボスのオフィスにいるわ」
ダニーはドゲットの名前を聞いただけで、胸が高鳴るのを感じた。
ボスのオフィスのドアが開いて、ジョンとレイエス捜査官が出て来た。
ダニーはわざとPCに集中するふりをした。
「やぁ、みなさん、久しぶりですね。こちら私のパートナーのモニカ・レイエス捜査官です」
モニカはにっこりと笑みを浮かべた。
ダニーも他のチームのみなに合わせて立ち上がって、握手をする。
「今度はどんな事件で?」
ダニーが尋ねた。
「カルト教団の教祖が失踪したの。信者たちの死体が建物から見つかったんです」
モニカがてきぱきと答えた。
「もう足取りはつかめているんだ。君たちの助けなしで動こうと思っている。マローン捜査官も了承済みだ」
ジョンの答えにダニーは内心がっかりしたが、顔には出せない。
「何か必要になりましたら、なんなりとおっしゃってください」
ヴィヴィアンが柔らかく答えた。
「ありがとうございます。じゃあ、ジョン、行きましょう」
「ああ、それじゃ」
二人が去っていくのを、ダニーはずっと見ていた。
「ダニーったら寂しそう。主人に置いていかれた犬みたい」
サマンサが笑った。
「そんなことないで」
ダニーはむすっとして席に座り、PCをじっと眺めた。
ジョンとモニカはしっかりカルトの教祖を逮捕して、NY支局に戻ってきた。
ボスが二人を称える。
「さすがに仕事がお早いですね」
「今回の山はレイエス捜査官の専門分野でして、私はそえ者ですよ」
「今日、DCにお戻りですか?」
「さすがに疲れました。1泊して帰ります」
「じゃあ、うちの若いのにレストランの案内をさせましょう」
「お心遣いに感謝します」
「ダニー、サマンサ、ちょっと」
ボスが二人を呼んだ。
「今晩は、Xファイル課の接待を頼みたい。予算内に収めろよ。以上だ」
最後の一言を小声で言って去ったボスを見ながら、サマンサは考え込んだ。
「ねえ、ダニー、どこに連れて行くのがいいのかしら?」
「ドゲット捜査官はああ見えても食通や。レイエス捜査官もグルメちゃうかな?」
「じゃあ、ジョーズ・シャンハイにでも行く?」
「そやね」
ダニーは、レストランに4人のテーブルを予約した。
ミーティングデスクを見ると、報告書をラップトップに入力しているモニカの隣りで、
ジョンがコーヒーを飲みながらチャチャを入れていた。
あんな楽しそうなジョンの笑顔を見るのは、ダニーは初めてだった。
7時になり、ダニーとサマンサはジョンとモニカを連れて、チャイナタウンのジョーズ・シャンハイに出かけた。
騒々しいのは相変わらずで、飲茶を乗せたワゴンが忙しそうに行き来している。
早速テーブルについて、生ビールを頼んだ。
「ここは何が美味しいんですか?スペード捜査官」
「捜査官はよしてください。サマンサです」
「じゃあ、私もモニカと」
サマンサは簡単に飲茶の説明をして、とにかく熱々の湯気が出ているセイロが狙い目だと告げた。
料理選びは女性二人にまかせて、ダニーはジョンと乾杯した。
「元気そうだね。少し焼けているようだが?」
ジョンが尋ねた。
「あ、今年からスノーボード始めましてん。雪焼けですわ」
「いいことだ。仕事で気がめいることも多いだろう」
「ええ、気分転換になります」
モニカとサマンサがどんどんセイロを取っている。
「これは、ダニーがダメなやつね」
サマンサがセイロを指差した。
中には「鶏の足の煮物」と「アヒルの舌の炒め」が入っていた。
ダニーはむっとしながら、無難な小籠包とフカヒレ餃子のスープを取った。
「豚スペアリブの黒味噌炒め」「豚足」
5種類のシュウマイ、チャーシューとエビのクレープが並んだ。
「そろそろ紹興酒でも飲まないか?」
ジョンの提案で紹興酒を頼む。
サマンサはモニカと気が合ったらしく、話しながら、ぱくぱく飲茶を食べていた。
最後は五目焼きビーフンと海鮮チャーハンで〆た。
ウェイトレスがサービスだとタピオカミルクにゴマ団子を持ってきた。
嬌声をあげる女性二人。
ダニーとジョンは思わず苦笑した。
「ジョン、今日もエンバシー・スイートですか?」
さりげなくダニーが尋ねると「いや、今日はダブルツリー・ゲスト・スイートだ」という答えだ。
「あ、なるほど」
「邪推するな、ダニー」
「いえいえ」
ダニーはこの後、ジョンと二人だけになるのは無理だと悟った。
プーアール茶のポットも空になった。
「それでは、いきますか?」とダニーがチェックを頼み、会計を済ませた。
「ホテルまでお送りします」とダニーが申し出たが、モニカがブロードウェイを歩きたいというので、ダニーは引き下がった。
サマンサも一緒に行くという。
ダニーは、体調不良を理由に、一人で、地下鉄の駅に向かった。
家に着く前に、ダニーは、ついアルのパブに寄りこんだ。
「よう、ダニー、今日は残業か?」
アルがカウンターの中から声をかけた。
「いや、DCからの捜査官の接待や」
「それじゃ、飯はいいな」
「うん、グレンリヴェットくれへん?」
「今日はもっとお勧めがある。グレンオードの25年ものだ」
「じゃあ、それ。今日は、フラニーは?」
「もう帰ったけど、なんだ、お前、フラニーに気があるのか?」
「そんなんやないけど」
「ダニーはだめだ。ただでさえ女関係が複雑そうだから。紹介しないぞ」
「過保護な兄貴やな」
ウィスキーグラスを眺めていると、携帯が震えた。
見たことのない番号だ。
「はい、テイラー」
「ダニーか、俺だ。ジョンだ」
「ジョン、今、どこです?」
「ホテルに戻った。モニカはサマンサとクラブに出かけたよ。お前は何してる?」
「うちの近くのパブで飲んでます」
「そうか・・もう遅いな、モニカもいつ帰ってくるか分からない。今回は残念だ」
「俺もです」
「また一人で出張するよ」
「はい、ジョン、お待ちしてます」
「それじゃまたな。ダニー」
「はい、ジョン、おやすみなさい」
ダニーはドキドキしながら電話を切った。
アルがにやにやしている。
「ジョンってお前の上司かよ?」
「いや、DCからの捜査官」
「嬉しそうな顔してたな、ダニー」
「もうええっちゅうに!」
これ以上いると、アルにからかわれそうだったので、ダニーはチェックを締めて、アパートに戻った。
部屋に入ると、点滅している電話が気になった。
再生ボタンを押す。
「ダニー、僕です。今日はね、パーシャと買い物に出て、いろいろ買っちゃった。
野菜も果物もロシアで売ってるのと違うみたいで、珍しそうに見てて、全部買っちゃうんだよ、パーシャったらさ」
その後、延々と今日の報告の伝言が入っていた。
とりあえず、パーシャとジョージは友達になれたようだ。
ジョージがパーシャをアメリカ社会に慣れさせるのに夢中なようだから、ダニーは邪念は捨てて、見守ろうと思った。
翌日は、アランとのカウンセリングの日だった。
オフィスを抜けて、ダニーはアランのクリニックに出かけた。
待合室で待つこともなく、すぐにアランに名前を呼ばれた。
「やぁ、ダニー」
「こんにちは」
セッションが始まった。
主にPTSDに関係する質問が多く、珍しく夢も見ないとダニーは答えた。
「それはよかった。それでは、マローン捜査官にレポートを送るとしよう」
「ありがと、アラン」
「それで、今日のディナーはどこかな?」
ダニーははっとした。パーシャのことやジョンのことが気になって、考える余裕がなかったのだ。
「後からメールするんでええ?」
「ああ、もちろんだとも」
ダニーはクリニックを出た。
ダニーは、久しぶりに「花寿司」に行こうと決め、カウンター2席を予約した。
ダニーがオフィスに戻ると、ボスが呼んだ。
「はい、何ですか、ボス?」
「ドクター・ショアからレポートが届いた。
非常に安定しているから、通常勤務に差し支えないとの所見だ。ご苦労だった」
「はい」
ダニーは、小躍りしながら席についた。
ダニーが約束の時間に15分ほど遅れて「花寿司」に入ると、アランがカウンターで誰かと話している。
ジョージだ。隣りにパーシャもいる。
「へい、らっしゃい」
おやじさんの声で、皆がドアの方を向いた。
「ダニー、待ってたよ」
アランがビールのグラスを持ち上げた。3人で飲み始めていたらしい。
ダニーは複雑な思いで、カウンターのアランの隣りの席に座った。
いつものおまかせをオーダーして、季節のイサキやサヨリ、ノレソレ、ホタルイカといった珍しいネタをどんどん食べる。
「ダニー、今日は無口だな」
アランに言われ、「あ、腹減ってるから」とごまかした。
ジョージとパーシャは、ビールからワインに酒を変えて飲み始めている。
ジョージが一つ一つネタを説明して、パーシャはうんうん頷いていた。
この前に比べて、笑顔が沢山見られる変化にダニーは驚いた。
「おい、ジョージと飲んでいる奴を、お前は知ってるのか?」
アランが尋ねた。
「うん、ジョージのモデル仲間のロシア人や。パーシャ言うねん」
「ほぅ、どうりで美形だと思ったよ。二人並ぶと壮観だな」
「雑誌のグラビアみたいや」
アランは席を立ち、ダニーとパーシャの間に入った。
「よければ、寿司が終わったら、どこか飲みに出かけないか?」
パーシャがジョージの耳元に話しかけている。
ジョージがアランのことを説明しているらしい。パーシャが頷いた。
「決まりだ」
4人は、寿司を食べ終え、潮汁を飲んで、チェックを締めた。
アランが4人分払うと言っている。
ダニーはそのまま任せておいた。
ジョージがちらちらダニーを見ているが、ダニーは気が付かないふりをした。
ジョージがいいバーを知っているというので、4人はリムジンに乗り、グリニッジヴィレッジに直行した。
S.O.Bというミュージック・バーだ。
中からラテンのリズムが聞こえてくる。
ダニーは思わず足がステップを踏んでいるのに気が付かなかった。
「ダニー、踊りたいのか?」
アランに笑われ、ダニーは照れ笑いを浮かべた。
クロークにコートやジャケットを預け、4人はテーブルについた。
ダニーは、パーシャもステップを踏んでいるのに気が付いた。
「パーシャ、踊ろ!」
ダニーが手を差し伸べると、最初はしり込みしていたパーシャだったが、ようやく立ち上がる。
DJがかけている音楽の曲調がサルサから変わった。
パソ・ドブレだ。
ダニーはこりゃだめだっと肩をすくめて、フロアから帰ろうとパーシャを見た。
するとパーシャがまるで闘牛士のように舞い始めた。
思わずどっと歓声が沸く。
パソ・ドブレは伝統的なスペインのダンスであり、ラテンダンスの競技科目でもある。
テンポが1分間に60から62小節もある、激しく速いダンスだった。
キューバ系でもスペイン人の血をひくダニーにとって、ロシア人のパーシャがパソ・ドブレを完璧に踊るのを見て、打ちのめされた。
曲が終わり、パーシャが皆に会釈する。
まるでプロのダンサーのようだ。
汗をかいて席に戻ってきたパーシャにジョージが抱きついた。
「パーシャ、すごいじゃない!ダンスやってたんだ!」
「ロシアでボール・ルーム・ダンスの選手してた」
話を聞いていたアランが突然「え、もしかしたら君は、あのパヴェル・コヴァレフなのか?」と尋ねた。
パーシャは少しの間を置いて答えた。
「今はパーシャ。もうパヴェルはいない」
「それ、なにもん?」
ダニーが尋ねる。
「10代でボール・ルーム・ダンスの世界チャンピオンになった天才少年だ。まさか、ここで会えるとは。シャンパンを取ろう」
アランが席を立った。
「パーシャ、何でだまってたの?」
「もう踊れないからパヴェルじゃない」
「踊ってたじゃない!」
ジョージが興奮して尋ねた。
「本当のダンスはあれじゃないから」
「もしかして怪我か?」
ダニーが尋ねると、パーシャが答えた。
「背筋。長く踊ると、もう歩けなくなる」
ジョージがたちまち涙を溜めた。
「パーシャ、僕と同じだよ。僕も元陸上選手で、もう走れない」
ダニーはますます疎外感を深め、アランの帰りを待った。
ダニーは複雑な気持ちを胸に抱きながら、タクシーでブルックリンに戻った。
世界を相手にしたことのある傷ついた男たちが出会ってしまった。
ダニーには計り知れない苦しみや汗と涙を体験しているだろう。
ダニーは急にジョージが遠くに行ってしまったように思えた。
部屋に戻り、コートとジャケットを脱いで、ネクタイをはずす。
そのままソファーに横になった。
そこに電話が鳴った。
「はい、テイラー」
「あ、僕、ジョージ。無事に帰った?」
「当たり前やん。どした?」
「何でもない。ダニーが元気なかったから。ねぇ、明日さ、ダニーさえ良ければ、セントラル・パークでピクニックしない?そろそろ、沢山花が咲いてると思うんだ」
「明日か、すまん、俺、先約があんねん。パーシャと行けばええやん」
「ダニーがいないと寂しいよ。先約って誰?マーティン?」
「FBIの同僚のクリスや。離婚して落ち込んでんねん」
「そうかー、それじゃしょうがないね。じゃまた電話するね。おやすみなさい」
「あーおやすみ」
本当はクリスと約束などあるはずもない。
どうしても、今日の明日でパーシャとジョージには会いたくなかった。
ダニーはのろのろ立ち上がり、シャワーを浴び、パジャマに着替えてベッドに入った。
ダニーは昼過ぎまでずっとベッドにいた。
ジョージは今頃、パーシャとセントラルパークでピクニックしてんねんな。
ジョージのことだ。ディーン&デルーカあたりでデリを沢山買いこんで出かけたに違いない。
こんなに気になるなら行けばよかった。俺はアホや。
次にダニーが起きると、もう日差しが傾いていた。
時計を見ると5時とある。
ダニーは寝すぎてだるい身体を引きずるように、バスルームでシャワーを浴びた。
シャワーから出て、髪を乾かしていると、電話の音が聞こえた。
「はい、テイラー」
「ダニー、いたんだ!」
「おぅ、ボン、何してる?」
「バスケの試合の録画したの見てる。ダニーは?」
「今、起きたとこや」
「随分寝坊すけさんだね」
「休みぐらい寝たいわ」
「ねぇ、一緒にご飯食べない?」
「ん?お前が料理してくれるんやったらええけど」
ダニーはくすくす笑いながら答えた。
「いじわるダニー。せっかくキューバ料理の店見つけたのに・・」
「ほんま?」
「ああ、評判もいい感じだよ」
「いくいく!」
「結構、ダニーって調子のいい奴だね」
「ええやん、どこにある?」
「グリニッジ・ヴィレッジ。名前はずばり「キューバ」っていうんだ」
「よさそうやん」
「ダニー、何時ごろ来られる?」
「そやな7時くらい」
「じゃ予約しとく」
「頼むわ」
マーティンとは無駄な話をしなくても話が通じるので楽だ。
ダニーは、出かける支度を始めた。
土曜日のグリニッジ・ヴィレッジは歩く人も多く、歩道に張り出したカフェも満員のところが多かった。
「キューバ」を見つけ、中に入る。
マーティンが奥のテーブルで手を振っていた。
「よう見つけたな、こんなとこ」
「だってダニー、好きじゃん」
「そりゃそうやけど」
「モヒート飲まない?」
「そうしよか?」
二人は、モヒートを頼んで、メニューの吟味にとりかかった。
ダニーは「キューバ」の料理を心から楽しんだ。
おかんの作る味や!
11歳で死別してしまった両親。
しかし母親の味は味蕾が覚えている。
慣れ親しんだ味がそうそう消え去るものではない。
マーティンも最後の米と黒豆のピラフを平らげて、「ふー」っと言った。
「本格的に食べると、メキシコ料理よりバリエーションがあるね」
マーティンがダニーに尋ねた。
「そうかもしれん。キューバ系いうてもいろいろあるからな」
「ねぇ、これからどうする?」
「お前んとこ行くか」
「わーい、本当だよね」
「ああ」
ダニーはトイレにたった。
携帯を見たが、着信はない。
席に戻るとマーティンが勘定を済ませた後だった。
「おごりで悪いな」
「僕が誘ったんだから気にしないで」
「おう、サンキュ」
ダニーは支配人から店の名刺をもらった。
二人はタクシーでアッパーイーストサイドに上った。
「おかえりなさいませ。フィッツジェラルド様、こんばんは、テイラー様」
いつも同様、ジョンの丁寧な出迎えだ。
二人は適当に挨拶をし、エレベータに乗った。
乗るなり、ダニーにマーティンは体重を預けた。
「重いわ、お前」
「もっとつぶしてやるー!」
マーティンが背中に力を入れ、ダニーの身体を壁に押し付けた。
「もう着くで」
「はいはい」
二人はフロアーに降り、マーティンの部屋に入った。
入るなり、マーティンがダニーをぎゅっと抱き締めた。
「お、おい、どないした?」
「ダニーとずっとこうしたかった」
ダニーもマーティンの背中に手を回した。
どちらからともなく、キスが始まる。
ダニーがYシャツの上からでもわかる、マーティンの乳首の突起を優しく撫でると、
マーティンが「はぁ」と甘い吐息をもらした。
と、次の瞬間、マーティンが腹部をおさえて下を向いた。
「マーティン、どないした?」
「ぼ、ぼく、トイレ・・」
そう言いながら、トイレに走って入る。
あっけにとられたダニーは、ため息をついて、ソファーに座り込んだ。
しばらくすると、青い顔でマーティンがトイレから出て来た。
「大丈夫か?お前、顔、真っ白やで」
「お腹、こわした」
「え?」
ダニーが大笑いを始めた。
「ダニー、何だよう!」
マーティンは頬をふくらませて怒っている。
「お前さ、とうもろこし食いすぎや。2本食って、俺の半分も食ったやろ?」
「だって、チリペッパーが美味しいんだもん」
「とうもろこしは、身体を冷やすんやて。うちのおかんがそう言うてたの思い出したわ」
「じゃ薬飲むよ」
マーティンは、バスルームに入り、オレンジ色の容器を持ってきた。
「下痢止めか?読めへんな」
「これ、ケンにもらったの。日本の下痢止めだって。すごく効くらしいよ。」
マーティンがキッチンに水を取りに行っている間、ダニーは容器をあけて中をのぞいた。
茶色い球状の錠剤が沢山入っている。
思わず匂いを確かめる。
「くっさー!ボン、これ、何かヘンやで!」
マーティンがグラスを持って戻って来る。
「どうして?」
「ヘンな匂いがする」
マーティンも嗅いでみる。
「これで、いいんだよ。漢方薬って言ってたもん」
「ケンを信じるんか?」
「だって、インターポールの捜査官だよ。うそなわけないよ」
「電話したろ」
ダニーは携帯でケンに電話をかけた。
「おう、ダニーや、元気か?あのな、お前、マーティンにヘンな下痢止めの薬やったやろ。
あれ、あんな匂いでええのんか?うん、へぇー、そうか。わかった。ほな・・えっ、あほ!切るで」
「ケン、何だって?」
マーティンが心配そうに尋ねる。
「そんな匂いらしいわ」
「何で怒ってたの?」
「あいつ、また性懲りもなくオージー・パーティーしようとか言うから」
マーティンはくすくす笑いながら、鼻をつまんで錠剤を口に含んだ。
ダニーはキッチンに入って、冷蔵庫の中からミルクを出した。
マグカップに注いで、電子レンジに入れる。
「お前、これも飲めや」
「ん?ミルク?」
「腹痛いときはあっためるもんやろ。安眠にも効くしな」
「ダニー、帰っちゃう?」
ダニーも困った顔をした。
「お前がそんなんじゃ、ベッドでも何もできへんやろ」
「そうだよね・・わかった」
「明日また来るわ」
「本当?」
「ああ、よく寝ろよ」
「うん、分かった。ごめんね、ダニー」
「おやすみ、ボン」
ダニーはアパートを出た。
ジョンが意外そうな顔をしている。
「ジョン、またな」
「はい、テイラー様」
ダニーは面倒くさくなり、ブルックリンまでタクシーで帰った。
アルのパブに行く元気もない。
ダニーはそのままアパートの前でタクシーを降り、アパートに入った。
留守電が点滅している。
「僕です。今日はいい天気でピクニック楽しかったよ。でもダニーがいないと寂しい。
パーシャも寂しいって言ってる。明日会えますか?」
ダニーは電話をそのままにして、シャワーを浴び、パジャマを着てベッドに入った。
翌朝、ダニーはリビングが騒がしいので目を覚ました。
何や?
ダニーはベッドルームのドアを開けると、マーティンがキッチンに入っていくのが見えた。
「おい、マーティン、何してる?」
マーティンは照れくさそうな顔をしながら、キッチンから出て来た。
「起きちゃったんだ、ダニー」
「当たり前や、お前うるさすぎ!」
「ごめん。朝食の用意してたんだよ」
「へぇー、お前が?」
ダニーがくすくす笑うと、マーティンは頬をふくらませた。
「僕だって、工夫によっては、朝食作れるんだから」
「わかったわかった、俺、シャワーするわ」
「うん」
ダニーがシャワーと歯磨きを終えて、外に出ると、コーヒーのいい香りがした。
ダニーはキッチンにそっと入った。
マーティンが、オーブントースターの前で腕組みしている。
後ろからそっとダニーはマーティンを抱き締めた。
「ダニー・・」
「お前も、ええ匂いするな」
「新しいボディーソープだよ」
くんくんとダニーはマーティンの首筋の匂いを嗅ぎ、唇を押し付けた。
「跡つけないでね」
「ああ、分かってる。で、メニューは何?」
「ソーセージエッグマフィンとイチゴ」
「うまそうやん」
「コーヒーもいれたよ」
「わかってるって」
ダニーはそのままマーティンの身体を自分の方へ向けると、正面からキスをした。
「ダニー、だめだよ、僕、起っちゃった」
「お前、感じやすいよな、ほんまにエッチなボンやなー」
「ダニーのせいだよ」
ダニーはマーティンの手を取って、ベッドルームに入った。
「ふぅぅぅ」
マーティンがダニーの上におおいかぶさって、ため息をついた。
「よかったか?」
「ダニーのバカ!恥ずかしいよ」
「お前、2回もイったしな」
「言わないで!」
マーティンはダニーの口を自分の唇でふさいだ。
ぎゅるるる・・。
マーティンのお腹の虫がなる。
「お前の朝ごはん、食おうや。楽しみやな」
二人は、バスローブを羽織って、ダイニングについた。
マーティンが、マフィンを温めながら、コーヒーとトマトジュースを持ってきた。
「お、サンキュ」
ほかほかのマフィンをテーブルに並べ、二人は食べ始めた。
「あ、イチゴ忘れた」
「後でええやん」
「だめだよ、一緒に」
マーティンが主張するので、ダニーは口を閉ざした。
マーティンにしては上出来の朝食だ。
「ボン、すごくうまい、このマフィン」
「本当?」
マーティンは、頬を染めながら、イチゴをテーブルに並べた。
「今日は、これからDVDでも見るか」
「うん、それがいいや」
マーティンの髪の毛をダニーは指にからませて笑った。
ダニーとマーティンは、この前ダニーが会員になったレンタルショップを訪れた。
二人とも「ミステリー」「サスペンス」「アクション」のところで、一緒に物色した。
「何にする?」
「僕、これ見たかったんだ」
マーティンが手に持っているのは「デクスター」のDVDだ。
「13話もあるで」
「いいじゃん、ピザとって見ようよ」
「OK、分かった」
マーティンはすっかりご満悦だ。
リカーショップで冷えたビールとワインを買い込み、デリでスナック菓子を山ほど買って、アパートに戻った。
アボカドチップスとサルサソースにビールでDVDを見始める。
「鑑識課が殺人犯だったら、何でもできるね」
「奴はハリーの掟で育ってるから、その前からの天性の才能やろ?」
「あはは!」
ダニーが突然笑う。
「どうしたの?」
「このシーフードレストラン、行ったことあるで、俺」
「そうか、マイアミだもんね」
「妹は食べ方が下品やな」
「しゃべり方も下品だよ」
「お前には向かへんな」
「僕は、エンジェル・バティスタがいい」
「へぇー、あんなヒスパニックのおっさんがええのんか?」
「だって、ラ・パシオンだよ!きれいな言葉じゃない!」
ダニーはマーティンの頭を押さえて、耳元で「ラ・パシオン」とため息混じりに数回ささやいた。
「わぁー、お前エッチな!テント張ってる!」
「ダニーのいじわる!デクスター見ようよ!」
二人は、デクスターの母親が惨殺されたエピソードを見るうち、しゃべらなくなった。
ビールをまた開ける。
「あんなの見たら幼い子供だからPTSDになるよね」
「ああ、兄貴の方は完璧にイカれたな」
途中で休憩を入れて、ダニーはピザを頼んだ。
マルゲリータとクアトロフロマッジオだ。
後半を見始める。
デクスターの妹の恋人が実は、デクスターたちが追っている連続殺人犯だと分かり、
更には、デクスターの実の兄というのが発覚していく展開に、二人はピザを食べる手を止めて、見入った。
デクスターが兄ルディーを殺すシーンでは、マーティンが鼻をくすくす始めた。
「ほら」
ダニーはピザについてきたティッシュを渡した。
殺した後、放心状態で、壁にずるずると座り込むデクスターを見て、とうとうマーティンの目から涙があふれた。
「どうして、兄弟なのに殺さなければいけないんだろう」
「デクスターは妹のデボラを選んだんや。正常な生活をしたいんやろ。ルディーは奴をダークサイドに引きずり込もうとした。天罰や」
「僕、何だかルディーを憎めないよ。売春婦をあんなに殺したけど、全部デクスターに会いたかったからなんだよね」
「いや、あいつはソシオパスや。しょせん、まっとうには生きられへんて。さすがに一気に見ると疲れるな」
「うん、目がしばしばする。眠いよ」
「今日、泊まるか?」
「いいの?」
「ああ、ベッド狭いけどな」
「うん!」
「じゃ、お前先にシャワーせい。俺、片付けるから」
「ありがと」
ダニーは、ピザの箱やビールの空き缶を分別箱に入れていた。
すると電話が鳴る。
「はい、テイラー」
「あ、僕、ジョージ」
「おう、元気か?」
「ダニー、電話くれなかったね」
「すまんすまん、いろいろあってな」
「今、一人?」
「・・・」
「誰かいるんだ、マーティン?」
「ああ、マーティンや」
「わかった、それじゃ、バイバイ」
「おいおい!」
ジョージはがしゃんと電話を切った。
リビングでパーシャがそれを見ていた。
「ジョージ、どうしたの?」
「ダニーが浮気してる・・」
「ジョージ・・」
パーシャは泣きじゃくるジョージをぎゅっと抱き締めた。
二人がオフィスに着くと、サマンサがシリアルを食べていた。
食べているシリアル以外にもカートンが並んでいる。
「おー、二人ともおはよう」
「おはよう、サム。何でそんなに買い込んだん?」
「ああこれね、友達がシリアルバーで働いてるからサービスしてくれたの。食べてもいいわよ」
サマンサは二人にシリアルを勧めた。
カートンの中にはフルーツグラノーラ、チョコチップ入りシリアル、スペシャルK、ストロベリーブランミックスがそれぞれ入っている。
「このチョコチップのもらってもいい?」
マーティンが早速手を出した。ダニーもカートンをのぞきこむ。
「オレはグラノーラもらおうかな」
「どうぞ、どうぞ。ミルク入れてあげる」
サマンサがダニーのカートンに牛乳を入れようとしたのでマーティンは慌てて手で塞いだ。
「何?」
「ダニーはシリアルにミルクを入れるの嫌いなんだ」
「はい?なんでそんなことマーティンが知っているのよ?」
サマンサは怪訝な顔でダニーとマーティンを交互に見た。
「それは・・・あの、ほら、前にダニーがうちに泊まった時に聞いたことがあるからさ。違った?」
マーティンが同意を求めるようにこっちを見たのでダニーも頷く。
「そやねん、オレはふにゃふにゃのシリアルが大嫌いなんやってこいつに力説したんや」
「変わってるわね。口の中が痛くならない?」
「いや、別に」
「まあ、ゆっくり食べて。私はこれを誰かにあげるかジップロックに入れてくるから」
サマンサはそう言うと残ったカートンを持って席を立った。
「やばかったな」
「ん、ごめん」
「オレのシリアルの好みぐらいどうっちゅうこともないけどな」
ダニーはフルーツグラノーラを食べながらいたずらっぽく笑った。
午後四時を過ぎるとダニーはいつもそわそわする。事件がなくゆっくりしているときは特に。
せっかくのんびりしていたのに、ボスが廊下をせかせか歩いてくるのが見えた。なんとなく嫌な予感がする。
「マーティン、今からシアトルへ行って来い。まだ情報だけだが、半年前に失踪したジェイク・フラナガンが潜伏しているらしい」
「え、僕一人でですか?」
「そうだ。お前はシアトルにいたんだから懐かしいだろう」
ボスはマーティンの肩をぽんとたたいた。
「頼んだぞ、マーティン。気をつけて行って来い」
「はい」
「ボス、オレは?」
ダニーはたまらず出て行きかけたボスを呼び止めた。
「お前も行きたいのか?」
「ええ、オレも行きたいっす」
「バカ言うな、お前にはこっちで他の仕事があるじゃないか」
ボスはにんまりしながら出て行った。
「くそっ、昨日のエレベーターの仕返しやろか」
ダニーはそばにあったサマンサのチェアーを蹴飛ばした。勢いよくデスクにぶつかってガツンと鈍い音を立てる。
「オレも行きたかったな。お前にシアトルをあちこち案内してもらえるのに」
「僕は街のことに詳しくないよ。住んではいたけどあんまり出歩かなかったからね」
マーティンはそう言って自嘲気味に笑った。寂しそうな笑顔にダニーは切なくなる。
「いいやん、NYのことには詳しくなったんやから。な?」
「ん」
「それにオレもいてるしな」
ダニーが小声で言うとマーティンが嬉しそうにバカとつぶやいた。
「そや、お前が持ってるスタバのタンブラーあったやろ、シアトル空港限定のやつ。あれが欲しいな」
「わかった、買ってくるよ。ねえ、僕がいない間、浮気しちゃだめだよ」
マーティンのいつになく真剣な眼差しに、ダニーは思わず微笑んだ。
「あほ、日帰りで何ができるねん」
「日帰りじゃないよ!行くだけで何時間かかるか知ってるでしょ、時差だってあるんだよ」
「わかってるって。約束や、浮気はしない」
本当はキスしてやりたかったがそういうわけにもいかない。
ダニーはさりげなく唇に手を当ててマーティンの唇にさっとくっつけた。
月曜日になり、ぐっすり眠っていたダニーとマーティンは目覚まし時計でぱっと目を覚ました。
「お前、先にシャワーせい」
「うん、わかった」
今日はマーティンもきびきびしている。
昨日は、ダニーが入れる方になり、マーティンを存分に喜ばせたと思っている。
ダニーは、新聞を取りに1階まで降り、戻ってきた。
マーティンはすでにスーツに着替え始めている。
「お前、今日はえらい支度早いな」
「訓練のたまものだよ」
「じゃ、今度おれ」
ダニーも急いでシャワー、歯磨き、髭剃りを終えて、バスルームを出た。
「朝食はスタバだね」
マーティンがネクタイを結びながら確かめる。
「そやな」
ダニーも急いで着替えて、二人は地下鉄に乗った。
フェデラルプラザに着くとまだ若干時間の余裕がある。
二人はスターバックスの席で、ラップサンドとコーヒーの朝食を済ませてから出勤した。
ダニーは朝から何度かジョージの携帯に伝言を残していた。
しかし全く返事が返ってこない。
ダニーはこのまま返信がなかったら、帰りにジョージのマンションに寄ろうと考えていた。
今朝の朝礼は、ボスが珍しく病欠で、ヴィヴィアンが仕切っていた。
幸い、現在抱えている緊急を要する事件はない。
ダニーがヴィヴィアンに尋ねた。
「ボスの病気は重いので?」
「ううん、ただの風邪をこじらせたみたいよ」
サマンサがぷっと吹き出した。
何か知っているらしいが、ダニーはあえて尋ねなかった。
ランチになってもダニーの携帯はぴくりとも動かなかった。
マーティンがさかんに携帯を見るダニーを気にする。
「着信待ってるの?」
「ちょっとな」
「ジョージ?」
「・・まあそうや」
「いいじゃん、忙しいんだよ、きっと。今日の日替わり美味しいよ」
ダニーもやっとフォークを動かし始めた。
定時になり、ダニーはさっさと後片付けを済ませて、オフィスを出た。
地下鉄を待つのももどかしい。
タクシーでリバーサイド・テラスに向かう。
セキュリティーのボブがダニーを確認して開けてくれた。
「ボブ、ジョージ、おるかな?」
「今日はお出かけにはなっていませんよ」
「ありがとう」
ダニーは最上階のボタンを押して、エレベータの中で気持ちを落ち着けた。
パーシャがいても、何も言うまい。
最上階につくと、廊下に響くほどの音量のヒップホップが流れていた。
ダニーは合鍵で、ドアを開けた。
音源はリビングのようだ。
リビングについて、ダニーは立ち尽くした。
パーシャとジョージが身体を激しくぶつけあいながら、ビートにあわせて踊っていた。
先にパーシャが気が付いた。
「ダニー・・」
「あ、ダニー、いらっしゃい。突然だね」
ジョージの言い方にトゲがある。
「お前に電話したんやぞ」
「ごめん、電話切ってたから。もうすぐチャイニーズのデリバリーが来るけど、食べてく?」
「ああ」
ダニーはコートを脱いで、ソファーに置いた。
二人はまだ踊り続けている。
パーシャも、ボール・ルーム・ダンスと全く異なるリズムの取り方なのに、上手にビートに身体を乗せていた。
チャイニーズのデリバリーが届く。
「フーナン・パーク」コロンバス・アヴェニューの名店だ。
ジョージとパーシャはやっとダンスをやめた。
「今の、ダンスか?」
ダニーが訝しげに尋ねる。
「うん、クランプっていうジャンル。ロスのサウス・セントラルって場所が発祥の地なんだ。
まぁ、WASPとおつきあいのダニーは知らないダンスだよね」
ジョージの一言一言が痛い。
「僕、初めてのリズムと振り付けで疲れた」
パーシャもじっとり汗をかいている。
二人はそのままバスルームに消えた。
ふざけあっている声が聞こえる。
新しいTシャツとジャージに着替えたジョージは中国茶を入れ、
デリバリーの容器から皿に料理を盛り付けなおした。
くらげの前菜、蒸し鶏、アワビの煮物、パクチョイのクリーム煮、海鮮チャーハンと牛肉とレタスのチャーハンにスープだ。
3人は、しばらくだまって食事をした。
パーシャが突然沈黙を破って話し始める。
「僕、アパートが空いたので、あさって引っ越す」
「そうなん、良かったな。で、どこ?」
「このマンションの2階下の部屋」
「え?」
「そうなんだ、だからいつでも一緒に遊べるよね」
ジョージはパーシャの肩をとんとんと叩いた。
ダニーはまっすぐアパートに帰る気がせず、アルのパブに寄りこんだ。
「よう、ダニー、飯は済んでるな」
「ああ、この前のシングルモルトくれへん?」
「おぅ、気に入ったか」
厨房の奥からフラニーが出て来た。
「ヒーローダニーさん、いらっしゃい」
「フラニー、今日もべっぴんさんやな」
「またぁ、アルからあなたは口がうまいから気をつけろって言われてますから」
ふふっと笑って、また厨房に戻っていった。
「アル、それはないやろ!」
「俺には妹を守る義務があるからな。ほらグレンオード」
「サンキュ」
「お前、何か浮かない顔してるな、またこっちか?」
アルが小指を立てる。
「そやねん」
「今度は何だ?」
「俺の彼女の仕事仲間がおんねん。そいつが、アパートを決めたんやけど、彼女と同じビルの2階下なんや」
「そいつ、いい男か」
「あぁ、めちゃええ男や。その上な、俺に浮気疑惑持ってんねん」
「何だぁ、そりゃ?」
「俺が同僚とドラマのDVD見てたら夜遅くなったんで、泊めてやったんやけど、彼女は浮気したと思ってんねん」
「おい、お前さ、同僚って女か?」
「いや、男」
「それを彼女に話せよ。同僚も連れてさ、証言してもらえばいいさ」
「それでおさまるか?」
「わからない。でも話し合いからすべてが始まるんだぜ」
「そうやな。もう一杯」
「よっしゃ。そういや、ブルックリン植物園は、今、サクラがまっさかりだぞ。
日本のアートの展示もあって、絶好のデート場所だ」
「けど平日だけやろ?」
「仕事なんか1日休め。お前が一人いなくても、NYの治安は1日だったら大丈夫さ」
「そやなー」
「な、彼女を誘えよ」
「わかった」
ダニーはアパートに戻り、ジョージに電話をかけた。
留守電だ。
「俺や、ダニーやけど、明日、休みとるから、ブルックリン植物園にサクラ見にきいへんか?
俺は、図書館の前で待ってる。お前が来なくても待ってる。15時からおるから」
翌朝、ダニーはダミ声を出して、ヴィヴィアンに電話をかけた。
「なに?ダニーも風邪なの?」
「すまん、のどが痛くてしゃべられへんし、関節が痛むんや」
「しょうがないね。明日までに治しなさい」
「了解っす」
あいにくブルックリン植物園ではピクニックが禁止だ。
食べるとするとテラスカフェしかない。
ダニーはサクラを見た後は、流れにまかせて、どこかのレストランに入るか、物別れに終わるかのどちらかと覚悟した。
携帯が震えた。
ジョージか?
「ダニー、風邪ひいちゃったの?大丈夫?」
マーティンだった。
「ああ、寝冷えしたみたいや。明日は出るから」
「無理しないでね。僕、行こうか?」
「ええよ、お前に移すと悪いから」
「そう、それじゃまたね」
ダニーは15時をめざしてブルックリン公立図書館の入り口で待っていた。
ジョージがバスから降りてきた。
「ジョージ、来てくれたんやね」
「うん、ダニーが待ちぼうけじゃ可愛そうだもん」
二人は植物園に入った。
ハナミにいい場所をインフォメーションで聞き、すぐにそちらに歩いていった。
200本ものサクラの木が満開だ。
「うわー綺麗だね。落ちてくる花びらがピンクの雨みたいだ」
最初固かったジョージの表情がだんだんと和らいでいった。
二人は散策をしながら、話し合った。
「じゃ、ダニーはマーティンと浮気してないの?」
「してへん」
ダニーはこれ以上、話をこじらせたくないので、思わずウソをついた。
「・・・そうだったんだ・・・」
ジョージの顔が曇った。
「どないした?」
「ごめんなさい。僕、パーシャと寝ちゃった・・」
「え?」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい!それに、僕、すごく意地悪だった。
だって、仕事の時も一緒にいるのに、マーティンが休日まで一緒にいるのが許せなかったんだ」
「もう過去のことや、お互い忘れよ。それよりそろそろ腹減らへんか?」
時計を見るとすでに5時を回っている。
「うん、お昼が軽かったからお腹すいてる。正直言うと、あんまり食べられなかった」
ジョージは涙を拭きながら答えた。
「じゃ、ここを出よか。美味いもん食おう」
「うん」
ダニーは一瞬だけジョージの手をとって固く握ってまた離した。
そして二人は、出口の方へ歩いていった。
ダニーはジョージが好きなタイ料理のレストランを日ごろから検索していた。
今日は初めての店に行ってみよう。
「プラネット・タイランド」聞くからにお洒落な名前だ。
「え、タイ料理なの?嬉しいな」
ジョージは涙で赤くなった目を細めて笑った。
「お前と付き合うようになって、レストランに詳しくなったで」
「そうなの?」
「ああ、今までは、せいぜい食ってもチャイニーズか、バーガーか、メキシカン位やったもん」
ダニーはアランとの日々を意図的に隠した。
言えば、ジョージが同じように散財するのが目に見えている。
それはどうしても避けたかった。
レストランでは、珍しくコースを頼んだ。
海老の生春巻き、マグロとアボガドの生春巻き、シーフードと青パパイヤのソムタム、
ソフトシェルクラブの卵とじカレー炒め、シーフードのトムヤム炒め、旬の魚の蒸し物、
トムヤムクンスープ、それにタイ長距離列車の車内販売風炒飯とある。
「タイ長距離列車の車内販売風炒飯って何やろな?」
「僕もわからないや。楽しみだね」
この内容で一人37ドルは安い。さすがブルックリンだ。
二人はすっかり満腹になって店を出た。
「ここのタイ料理、すごくいいね」
ジョージは気に入ったようだ。
「よかった。お前は舌が肥えてるから、俺、心配やねん」
「そんなことないよ。僕なんか、南部料理で育ってるんだからさ。
陸上の選手だった時は食事制限が厳しくて、思ったもの食べられなかったし」
ダニーは、ジョージがオリンピック強化選手として過ごした数年間に思いをはせた。
食べ盛りのはずなのに、かなり厳しい制限を受けたはずだ。
「なぁ、お前さ・・」
「ん?何?」
「パーシャとはどうすんねん」
「実はね、僕、泣きくたびれてベッドで眠っちゃったから、本当は何があったかわからないの」
「何じゃそりゃ?」
「起きたら、パーシャがそばに寝ててすごくびっくりした。でもパジャマ着てたから、何もなかったんだと思う」
「そうなんかー。それならええけどな。俺よりやつのがエッチが上手やったら困るし」
「バカ!でも、迷惑かけちゃったんだから、謝らなくちゃいけないよね」
「もう、明日引越しやろ?年中、顔合わすわけやないやん」
「でも、同じ事務所だから仲間だよ。あー、自分が愚かすぎて嫌になった」
「もう、それは言いっこなしや。じゃ、引越し祝いで飯でも食おうや。あ、今日は帰るか?」
「もし出来たら、ダニーのとこ泊まっていい?」
「ああ、もちろんや」
二人は散歩がてら、徒歩でダニーのアパートに戻った。
ダニーがバスの用意していると、ジョージがパーシャに電話している声が聞こえた。
「うん、今日はダニーんとこ泊まる。ごめんね。寂しいよね。引越し手伝うからね。おやすみ」
「パーシャ、大丈夫なん?」
「うん、今、箱に衣類とか詰めてるって。まだ荷物が少ないし、引越しも2階下だから楽だよね」
ジョージが先にバスに入り、ダニーはシャワーだけにした。
二人で、ベッドに一緒に入る。天井を見上げながら、ジョージが言った。
「僕、すごくやきもち焼きだよね。取り乱しちゃって、本当にごめんなさい。僕のこと、嫌いになっちゃった?」
「アホ!そんなことあらへん。俺が電話しなかったのが悪かったんやし。もう寝よ」
「うん、わかった」
ダニーはジョージの額に優しくキスをした。
二人は手をぎゅっとつないで眠りに入った。
ダニーは、ジョージお手製のレバーペーストと玉子のサンドウィッチを持たされ、オフィスに出勤した。
ヴィヴィアンが早速声をかけた。
「ダニー、もう大丈夫?」
「おかげさんで、すっかり治った。ありがとう」
「ボスも今日から出勤してるけど、まだ鼻水たらしてたわよ」
ふふんと笑いながらヴィヴィアンが席に戻っていった。
ダニーがサンドウィッチをあけていると、マーティンがはぁはぁ息を切らしながらオフィスに走りこんだ。
「はぁ、はぁ、あ、ダニー、もう大丈夫?」
「ああ、平気や。キスしても移らへんからな」
最後の言葉だけ小声で言うと、マーティンが顔を真っ赤にして、「バカ」と言いながら席に戻っていった。
サマンサが珍しく、メッツのマグにコーヒーを入れて運んできてくれた。
「おーサンキュ、気が利くやん」
「病人は労わらないとね」
「そりゃ、あっちの部屋で鼻たらしてるおっさんのことやろ?」
「あー、おっさんだって!ボスに言いつけちゃうから」
サマンサは嬉しそうにボスの部屋に入っていった。
ダニーはマーティンのデスクの上に、レバーペーストサンドと玉子のサンドを半分ずつ置いた。
マーティンは「ありがとう」と小さい声で礼を言うと、むしゃむしゃ食べ始めた。
午前の仕事が終わり、ダニーはマーティンを誘って外に出た。
「お前、今朝、えらいあわててたな」
「うん、目覚まし時計が壊れちゃったんだよね」
「ほな、ランチ終わったら、買いにいこか?」
「つきあってくれるの?」
「事件もないし、気晴らしや」
「ありがと」
二人はソーホーの「MUJI」に出かけた。
以前、文房具にマーティンがはまった店だ。
「これこれ」
マーティンがダニーに四角い時計を見せた。
「こんなんでええのん?」
「これ、電波時計だから、世界中、どこでもその国の時刻に自然に合わさるんだよ」
「へぇー」
マーティンは電波時計を手に入れて、満足そうだった。
急いでオフィスに戻る。
マーティンは早速、時計の本体に電池を入れて動かし始めた。
「あ、時刻がぴったり合ったよ!」
「当たり前やろ、それが売りの時計なんやから」
「なんか、すごいなー」
素直に喜ぶマーティンがかわいらしかった。
するとダニーの携帯が震えた。
廊下に出て、電話に出る。
「おぅ、どうした、引越し終わったか?」
ジョージだった。
「うん、すぐに終わっちゃった。ねぇ、ダニー、今日、メジャーリーグ見ない?」
「はぁ?」
「メッツのオーナーさんからもらったパスがあるの。パーシャも見たいって言ってるんだけど」
「わかったわ、シェア・スタジアムやな」
「うん、VIPラウンジのゲートで待ってる」
「よっしゃ。行くわ」
ニューヨーク・メッツはダニーの応援しているチームだ。
シーズン初めてのゲーム観戦に心が躍る。
定時に仕事を片付け、ダニーはシェア・スタジアムに向かった。
VIPラウンジのゲートはセキュリティーが厳しい。
ダニーがFBIのIDを出していると、ジョージが走ってきた。
「僕の連れです」
「それでは、どうぞ」
「ダニー、来てくれてありがとう」
「いいや、パーシャは?」
「ラウンジでカナッペ食べながら見てる」
「そか、なんか野球観戦って雰囲気やないな」
「たぶんパーシャ、5イニング位で飽きると思うんだ。そしたら、ディナーに行ってもいい?」
「ああ、奴の引越し祝いやからな」
「ありがと、ダニー」
「ええよ、もう言うな」
二人はVIPラウンジへのエレベータに乗った。
ジョージの読み通り、パーシャは野球に飽きたようだ。
シャンペングラスを片手にふらふらしている。
「そろそろかなぁ」
「そやな」
「じゃ、オーナーさんに挨拶してくるね」
ジョージはメッツのオーナーに挨拶を済ませて、パーシャに声をかけた。
パーシャは嬉しそうに、シャンペングラスを置くと、ジョージの後についてきた。
「パーシャ、引越し済んだか?」
「あとは箱あけるだけ」
「よかったな。何が食いたい?」
「すごくアメリカンなものが食べたい」
ジョージとダニーは顔を見合わせた。
「ジャクソン・ホールでも行くか?」
「いいんじゃない?」
3人はタクシーを拾い、アッパーイーストの「ジャクソン・ホール」で降りた。
何しろ30年以上の歴史のあるハンバーガー店だ。
ファーストフードとはわけが違う。
パーシャは、西部劇チックなインテリアに喜び、メニューの膨大さに驚いていた。
「これ、全部バーガー?」
「そうだよ、トッピングも何でも頼めるからね」
ジョージが一つ一つ手ほどきしている。
パーシャはいい先生について幸せだとダニーは思った。
前菜にガッカモレディップとサルサとチップ、バッファロー・ウィングを頼み、ビールをオーダーした。
ダニーがサンタフェ・バーガー、ジョージがカリフォルニアン・バーガー、パーシャはカルーバ・バーガーにした。
「カルーバって何?」
ダニーが尋ねると、パーシャが「たまねぎ、トマト、ハムとチーズ」と答えた。
まずバーガーの基本という趣きだ。
バーガーが出て来て、またパーシャが驚いた。
「肉が大きい!」
「ここは7オンスが基本なんだ。だから僕たちは毎日食べられないからね」
パーシャが大きく頷く。
二人とも、ウェイトに問題はない身体だが、日ごろからの注意が必要なのだろう。
二人は案の定、山盛りフライドポテトには目もくれず、コブサラダを追加した。
大盛りのサラダがどんどん減っていく。
ダニーはモデルという商売の厳しさをあらためて思い知った。
「ダニーはスポーツしてる?」
突然パーシャが尋ねた。
「冬はスノボーやってたけど、今は特にやってへんなぁ」
「で、なんでそんなに痩せてる?」
パーシャは興味津々だ。
「仕事で走り回るからやないか」
「ジョージがFBIの人って言ったから警戒したけど、ダニーはいい人だ」
「そりゃありがとさん」
「でもジョージとの仲、秘密なんでしょ?」
ダニーは苦笑した。
「あぁ、うちの政府はゲイに肝要やないからな。アラスカとかホノルルに左遷されたくないし」
「僕は口が堅い。安心して」
パーシャが真顔で言うので、ダニーは思わずパーシャと握手した。
「ありがとさん。助かるわ」
「あ、今日ね、NIKEから新しい仕事が入ったの。パーシャと出るんだよ」
「へぇー、よかったやん」
「Impossible is nothingっていうテーマなんだ」
「そやな、お前たちに不可能は何もないからな、ええテーマや」
パーシャがとても嬉しそうな顔をした。
「パーシャ、嬉しそうやな」
「ロシアで怪我した時、皆に捨てられた。アメリカは拾い上げてくれる。大きなチャンス」
「お前なら成功するで。で、ポートフォリオはどないした?」
ジョージが代わりに答える。
「ヨーロッパで撮ったのが、アメリカ向きじゃないんで、アイリスが撮りなおしを調整してるとこ」
「もしかして、ニックか?」
「うん、そうみたい」
「パーシャ、ニックには気いつけ。すぐに口説いてくるで」
「それ、ジョージから聞いた。大丈夫」
パーシャはくすくす笑った。
これなら大丈夫そうや。
ダニーは、すっかり安心し、二人の皿からポテトフライを摘んでサワークリームをつけて口に入れた。
二人と別れて、ダニーは地下鉄に乗った。
本音を言えば、試合を全部見たかったが、パーシャの手前、仕方がない。
まだシーズン始まったばかりだ。
ダニーは次の機会を楽しみにした。
家に着くと、すぐに電話が鳴った。
「あ、ダニー。僕です。今日は付き合ってくれてありがとう」
ジョージだった。
「そんなのええねんて。こっちこそVIPラウンジご馳走さん」
「気にしないで。本当は試合全部見たかったんでしょ?」
ジョージの勘は鋭い。
「そやけど、外国人にはなかなか無理やで。あの楽しみは」
「ねぇ、アンダーソン・エージェンシーで、内輪のパーティがあるんだけど、来る?」
「うーん、そいつは難しいな。前にもパパラッチにやられたし」
「あー、そうだったね。ごめんなさい。じゃパーシャと出るよ」
「悪さするんやないで」
「わかってますって。それじゃおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
それから3日が経った。
朝、オフィスに出勤すると、サマンサが何かを振り回しながら、ダニーを呼んでいる。
「おはよ、サム、何持ってんねん」
「今日出たタブロイド。ダニーの友達が載ってる」
「ん?」
ダニーは手渡され、席について、ペラペラ頁をめくった。
「ジョージ・オルセンに恋の風」という見出しで、パーティーのショットが載っていた。
ジョージが甲斐甲斐しくパーシャの世話を焼いている写真や、二人で踊る写真、キスする写真まで載っていた。
ダニーは極力気持ちを隠して、サマンサに雑誌を返しに行った。
「奴はカミングアウトしてんのやから、当然ちゃう?」
「でも相手も、すごいいい男よねー。元社交ダンス世界チャンピオンですって。すっごくセクシーだわ」
「とにかく雑誌返すわ。ありがとさん」
「いいえ、あ、ねぇヴィヴィアン見て、これ!」
サマンサはヴィヴィアンに雑誌を見せに去っていった。
ダニーはふうと深呼吸して、買ってきたスターバックスのキャラメルマキアートを飲み始めた。
定時で仕事が終わり、ダニーはマーティンを誘って、ブルー・バーに出かけた。
エリックがいつもの丁寧さで挨拶をする。
二人は奥の4人がけのスツールに腰を落ち着けた。
ウェイターが来たので、ダニーはズブロッカのロック、マーティンはドライマティーニを頼んだ。
「ダニー、なんかあったの?」
マーティンが心配そうに尋ねた。
「いや、何にもあらへんよ」
「そんなことない、何かあったしるしが顔に浮き出てる」
「俺はダミアンかよ!」
二人はグラスをかちんと合わせた。
「今日のサムが持ってたタブロイドな」
「あぁ、やっぱり、あれ?あんなのでっち上げじゃない?それが商売なんだから」
「お前、えらい優しいなぁ」
「だって今日のディナーはダニーのおごりだもん」
マーティンがにやっと笑った。
「そやな、飯食おう。何がいい?」
「うーんと、ジャクソン・ホール」
ダニーはまたかと思ったが、顔に出さず、エリックにチェックをお願いした。
「ジャクソン・ホール」に着き、テーブルに案内されると、思いがけない二人に出会った。
ジョージとパーシャだ。
「ダニー!こっち!」
手招きしている。
ダニーはとりあえず、ジョージとパーシャに挨拶し、テーブルに戻った。
「ねぇ、彼ってさ、タブロイドの人じゃない?」
「ああ、パーシャ言うねん。ロシア人や」
「本物の方が写真よりずっと綺麗だね。肌が透き通るみたいに白い。ねぇ、一緒のテーブルで食べない?」
「え?」
「多いほうが楽しいよ。僕、興味あるし」
マーティンが盛んに勧めるので、二人は移動した。
パーシャとマーティンは自己紹介の後、握手をした。
「ここね、パーシャが気に入っちゃって。でも今日はバーガーじゃなくて、
僕らはベジタリアン・ブリトーと、トルティーヤスープにベジタリアン・ファヒータなんだ」
マーティンがメニューを熟読している。
「僕は、NYバーガーにブルーチーズ乗せてもらう。ダニーは?」
「俺は、ターキー・クラブサンドにしよ、なぁサラダをシェアせいへんか?」
「じゃあ、グリークサラダでいい?」
ジョージが提案した。
オーダーを終え、ビールで乾杯する。
「ねぇ、パーシャは社交ダンスの世界チャンピオンだったの?」
マーティンが尋ねた。
「それは過去の僕。今は新人モデルのパーシャです。マ−ティンもFBIの人?」
「ああ、そうだよ」
「アメリカの司法関係の人、優しそうな人ばかり。ロシアは違う」
パーシャも抑圧に苦しめられた経験があるのだろうか?
4人の料理が同時に来た。しばらくは食欲に専念する。
食事が終わり、4人は店を出た。
「お前たち、リムジンか?」
ダニーがジョージに尋ねた。
「ううん、タクシーにする。パーシャに乗り方教えたいから」
「わかった、ほな俺らは地下鉄でいくわ」
「じゃあね」
ジョージとパーシャが手を振っている。
ダニーは軽く手をあげた。マーティンもまねをする。
「ねぇ、ダニー、あんな写真見た後なのに、随分冷静だね」
マーティンが驚嘆するように言った。
「しょせん、俺たちとは違う世界の人間やしな」
ダニーはそれしか答えなかった。
二人も駅でアッパータウン行きとブルックリン行きに分かれた。
ダニーがアパートに着くと、留守電が点滅していた。スィッチを押す。
「ダニー。ジョージです。もしかして、今日のタブロイド誌見たかと思って・・。
ごめんなさい。パーシャとキスするようにアイリスから言われてたんだ。
パーシャの話題作りのため。誤解しないでね。僕はダニーのものだよ」
ダニーはすぐに電話を返した。
「俺や。タブロイドの件、びっくりしたで。ほんまに。でもお前を信じてるからな、
うん、わかった、じゃあおやすみ」
アイリスのマーケティング戦略は功を奏した。
ジョージとパーシャが出演したNIKEのCMは話題沸騰だ。
スポーツ誌のみならず、一般誌にも次々に掲載されていた。
確かにパーシャの厚い胸板、伸びのある身体、手先・足先の美しさは、
今までのどのモデルにもない資質だった。
素人のダニーが見ても、エレガントなジョージですら、かすんでしまうほどだった。
それにジョージの恋人疑惑で、パパラッチが今度はパーシャを追いかけるようになっていた。
ジョージは、普段と変わらず、バーニーズに勤めに出ている。
それは毎晩の電話で知ってはいるが、ダニーは、ジョージの自我が心配だった。
夕方、仕事の合間にダニーは電話をかけた。
「はい、バーニーズ・NY、オルセンでございます」
「今、職場やな?」
「はい、さようで」
「今晩、飯食わへんか?」
「それはありがたいお申し出でございますね。感謝いたします」
「じゃあ、店の前にいるから」
「はい、お待ち申し上げております」
ダニーは従業員出口で、ジョージを待った。
フリースのジャンパー姿のジョージが現れた。
「よう、元気か?」
「うん、電話ありがと。嬉しかった」
「何食いたい?」
「そうだなー、マレーシア料理」
「へぇ?そんな店あるんか?」
「うん、グラマシーにある。タクシーに乗ろうよ」
二人は「バナナリーフ」という店に入った。
看板メニューは「フィッシュ・ヘッド・カレー」文字通り、白身の魚の頭が丸ごとカレーでとろとろに煮込んである料理だ。
二人はそれに、サティ盛り合わせ、タイ野菜の炒めとココナッツライスを頼んだ。
フィッシュ・ヘッド・カレーだけでボリューム満点だ。
「なぁ、ジョージ、お前さ、パーシャが売れてきてるの平気か?」
ダニーは、魚の頭と格闘しているジョージに尋ねた。
「うん、別に。僕は僕だし、僕しか出来ない仕事もあるし」
「そか、なんか安心したわ」
「ダニー、僕、売れない時代を何年も過ごしたんだよ。ダニーとも出会えたし、今で十分ハッピーだよ。
はい、魚の身が取れたから、ダニーからお先にどうぞ」
ダニーは、ジョージの冷静さと私欲のなさにあらためて感銘を覚えた。
ダニーがオフィスに出勤すると、チームの皆がボスを先頭にホワイトボードの前に集まっていた。
「すんません、遅なりまして」
ダニーは頭をかきながら、ホワイトボードの前に並ぶ。
「3年前に失踪したデレク・カストロが、アトランティック・シティーのカジノにいるとの連絡があった。
遅刻した罰だ、ダニー、行って来い。担当のマーティンも一緒に行くように。以上だ」
カストロは、離婚寸前だった妻との共同名義の銀行口座から、50万ドルを引き出して、姿をくらませた人物だ。
それがNYから車でたった2時間のアトランティック・シティーにいるとは。
ダニーはマーティンと共に、フォードに乗り込んだ。
もちろん運転はダニーの役目だ。
マーティンは失踪者ファイルを丸ごと持ってきて、内容を頭の中にいれていた。
「こいつ、本当に悪党だよね」
「あぁ、もう50万ドルなんか、とっくの昔にすっちまったんやないかな」
「奥さんを苦しめた罰だよ」
「そやな」
二人は、最後にカストロが目撃されたカジノ「タージマハール」に入った。
スロットマシーンの音が騒がしく、満足に会話ができない。
ダニーとマーティンは、カジノのセキュリティー主任と話しをした。
「あなたが通報者で?本当にこの人物でしたか?」
マーティンが3年前の写真を見せる。
「ええ、かなり髪の毛は後退してますが、間違いありません」
「どうして通報を?」
「賭博サギですよ。捕まえようとしたら、逃げましてね。間抜けなことにセコンドバッグを置いていったんです。
その中の自動車免許証の名前を、警察に調べてもらったらビンゴ!ということで」
「またここに立ち寄るでしょうか?」
「過去1週間の防犯モニターを見ましたが、ずっとブラックジャックのテーブルに座りっぱなしでしたし、
こちらには免許証その他がありますからね、絶対に今晩来ます」
セキュリティー主任は自信ありげに言った。
「お気に入りのディーラーかテーブルはありますか?」
ダニーが尋ねた。
「ええ、リサってディーラーがお気に入りです。いつも彼女のテーブルに座ります」
「今日は出勤で?」
マーティンも尋ねた。
「はい、午後6時から出勤です」
「じゃあ、その頃またお邪魔します。リサのつく予定のテーブルを教えていただけますか?」
主任はテーブルの位置を二人に教えた。
6時まであと2時間ある。
「さて、何しよう?」
ダニーがにやっと笑いながらマーティンに問いかけた。
「え、ダニー、まずいよ。勤務中だし、6時前に来ちゃうかもしれないし」
「ええやん、その時はその時や。行こ」
二人はカジノが乱立しているボードウォークを離れ、少し街はずれのモーテルに入った。
ダニーが前金でキーを受け取り、マーティンに手招きした。
部屋に入り、ドアを閉めた途端、ダニーはマーティンにキスを始めた。
忙しくスーツを脱いでいく。
全裸になって、ベッドにダイビングした。
「お、ウォーターベッドやん!」
ダニーが喜んでいる。
「ダニー、ぽんぽん跳ねてる場合じゃないよ」
見るとマーティンのペニスはすでに屹立していた。
「お前、自分でしごいたか?」
「ダニーのバカ!期待させといて、ベッドで遊ぶなんて最低だよ!」
「すまんすまん、こっちにほら」
マーティンの腕を握って抱き寄せた。
性急なキスの後、マーティンは、ジャケットからローションを取り出した。
「お前、また持ってきたんか。エッチなー」
「うるさい!」
マーティンは乱暴にダニーの体を裏返しにすると、ダニーの局部にローションを塗りつけた。
「痛てて・・」
ダニーがうめく。思わず内壁に傷をつけてしまったようだ。
「ごめん、ダニー、大丈夫?」
「それよか、早う入れてくれ」
「うん、わかった」
マーティンは自分のペニスにも十分にローションを塗り、ダニーの中にゆっくりと入った。
「あぁ、狭い。ダニー、狭くなった」
「ん?そんなことないやろ」
「だめだよ、そんなに動かさないで」
「俺、動かしてへんよ」
「あぁぁん、イク、うっ」
マーティンはダニーの背中に乗り、身体をぶるぶる震わせた。
そして起き上がると、ダニーを仰向けにし、ダニーのペニスを咥え込んだ。
「あぁ〜、お前のフェラは最高や」
「出してもいいよ」
くぐもった声でマーティンが答える。
ダニーは、「あっあっ」と断続的に声を上げて、マーティンの口の中に果てた。
ダニーは大きなあくびをしながら支局を出た。
マーティンがシアトルに行って4日、忙しくて慢性的な睡眠不足だ。
今日はジェニファーと待ち合わせている。どんなにくたくたでもキャンセルするわけにはいかない。
6ブロック先の角を曲がると路駐してあるサーブが見えた。近づいて窓をこつんとたたく。
ジェニファーは一瞬驚いて、それからにっこりした。ダニーも笑い返して素早く乗り込む。
「ずっと会いたかった」
ダニーが手の甲にキスすると、ジェニファーが頬に触れて心配そうに疲れた顔と言った。
「昨夜は寝てないんでしょう?」
「心配ないって。今日はどこ行く?クラブはどうやろ、踊ったら眠気も吹っ飛ぶし」
ダニーはおどけて見せたが、ジェニファーは首を横に振った。
「オレは一日ぐらい寝てなくても全然平気や。ほら、タンゴ踊る約束やったやろ」
「だめよ。アパートに帰りましょう」
ジェニファーはきっぱり言い切って車を出した。
ダニーは運転中のジェニファーをつぶさに眺めた。
車線変更するときの割り込み方がニューヨーカーだなといつも思う。
この街では遠慮していてはいつまでたっても目的地につけない。
「なあに?」
ジェニファーがにやにやするダニーに気づいて尋ねた。
「いや、トロイと運転の仕方が似てるなと思って」
「そう?起こしてあげるからアパートに着くまで寝れば?」
「いいや、ずっとジェンを見てる」
ダニーはつないだ手をぎゅっと握りしめた。
アパートに帰ると歯磨きをしてベッドに直行させられた。パジャマ姿を見られるのは初めてなので照れくさい。
「さあ、横になって。ダニーが眠るまでここにいるから」
ジェニファーは添い寝しながらダニーの髪を指で梳いた。
「せっかくジェンがいてるのに寝たくない。もったいないやろ」
「バカね、いつでも会えるじゃない」
ジェニファーは優しくキスをした。ダニーの手はもぞもぞと胸のボタンを外す。
「ジェンの匂いがする」
「ダウニー?」
「ダウニー?いや、そんなんやないけど、とにかくジェンの匂いや」
ダニーはくすくす笑い、ブラジャーをずらして胸をあらわにした。
口に含んで硬くなった乳首を舌で転がす。舐めたり吸ったりしているうちに意識が遠のいて眠りに落ちた。
真夜中、トイレに行きたくなって目が覚めた。時計を見ると24時30分だ。
当然ジェニファーの姿はなかったが、部屋のあちこちに痕跡が残っていた。
汚れた衣類で山積みになっていたランドリーボックスは空になっていたし、
BLTサンドとレンズ豆のスープが作ってあり、冷蔵庫にはサラダとピクルスが入っていた。たっぷり作られたアイスティもある。
ピクルスに添えられた一日置いてから食べるようにと書いてあるメモを読みながら、ダニーはアイスティを啜った。
BLTサンドを食べようとすると携帯が鳴り響いた。
「はい、テイラー」
「あ、僕。寝てた?」
電話の向こうでマーティンのすまなさそうな声がした。
ダニーはまた一口アイスティを啜る。寝起きのガラガラ声が少しましになった。
「いいや、ついさっき起きたとこや。シアトルはどうや?」
「それがさ、今はケイマン諸島にいるんだよ。フラナガンの移送手続きをしてホテルに戻ったところ。明日帰るよ」
「そうか、お手柄やったな」
「ん、ありがと。早くダニーに会いたいよ」
「オレもや」
「ダニィ」
「うん?」
「浮気してない?」
「してないしてない。ここんとこ忙しくて大変やったんやから。顕微鏡で精液調べてもええで」
「わかった。じゃあそうする。僕は本当に調べるからね」
「ええよ、オレだけじゃなくてお前のも調べるからな」
「いいよ」
二人はけたけた笑って電話を切った。
何事もなかったかのように、ダニーとマーティンは「タージマハール」に戻った。
夜の活気は、昼間とは違うエネルギーをカジノに与えていた。
リサのテーブルを見たが、まだカストロの姿はない。
二人は近くのスロットマシーンで遊ぶふりをしながら、テーブルを監視していた。
するとカストロが現れた。
リサに昨日の忘れ物のことを尋ねている。
今がチャンスだ。
ダニーは右から、マーティンは左から、カストロの椅子をはさんだ。
「デレク・カストロ。FBIだ。3年の逃亡生活も今日で終わりやで」
マーティンが手錠をはめる。
そしてカジノのセキュリティーに周囲を囲まれて、カストロはFBIの車に乗り込んだ。
50万ドルを持ち逃げしたとは思えない身なりだった。
何日も洗っていないようなワーカーシャツにTシャツと染みのついたジーンズ。
一体、この3年の間に何があったのだろう。
帰りはマーティンが運転し、ダニーがカストロのとなりにぴったりと寄り添った。
「気持ち悪いな、あんたゲイか?」
「アホ!それより50万ドルはどうした?」
「ラスベガス、リノ、アトランティックシティーにそれぞれ預けたのさ」
「何や、全部カジノで負けてすっからかんか!株式投信とかもっと手堅いものにしときゃあな」
「だめなんだよ、中毒なんだ」
「それなら、サポート団体もあるし、お前さえその気なら立ち直れるで」
「うるさい、もう50万ドル横領で俺は、刑務所行きだ」
「お前の奥さん、訴えを取り下げたぞ」
マーティンが言った。
「え、リンダが?」
「お前には過ぎた奥さんやな、感謝せいよ」
カストロは、ほろほろと涙を流し、窓の外を見た。
フェデラルプラザに到着して、護送担当の局員にカストロを引き渡し、二人は、それぞれのデスクについた。
もうチームで残っているのはボスしかいない。
そのボスがオフィスから出て来た。
「二人ともよくやった。まさかカジノで暇つぶしをしたとは言わせんぞ」
「それはないっすよ。フィッツィーが一緒ですからね」
「何?僕がいると何なの?」
「まぁまぁ、今日は久しぶりに3人で飯でも行こう」
「ボスのおごりっすか?」
「ああ、たまにはな」
「じゃあ、あそこどやろ?」
「うん、どこ?」
「クリスの彼女の店」
「ああ、焼き鳥だね!ボス、日本食はどうですか?」
「高いだろう?こっちのサイフは子供の養育費で大変なんだ」
「そんなでもないですよ、行きましょうよ」
二人はボスを連れ出して、ミッドタウン・ウェストの「トット」に出かけた。
カウンターには、組織犯罪班のクリスが座っていた。
「よう、MPUのボスもおそろいで」
相当日本酒を飲んでいる様子だ。
「ミカ、うちの会社のお偉いさんだ」
「ジャックです、よろしく」
「ミカです、ようこそ」
3人はクリスの並びのカウンターに座った。
ビールと焼き鳥の盛り合わせをオーダーする。
「ここのトーフはうまいぞ。手造りなんだ」
ミカが恥ずかしそうに「クリスったら店の人みたいですよね」と笑った。
案外、この二人、うまくいくかもしれない。ダニーはそう感じた。
「じゃあ、トーフと、サラダもお願いします」
3人ともあら塩で食べるざる豆腐や、つくねに黄味をつけて食べるデリカシーに感動した。
「これは美味いな」
ボスも喜んでいる。
野菜スティックに味噌をつけて食べるのも新鮮だ。
最後にネギ鶏丼を一つ取り、皆でシェアした。
ミカが味噌汁をサービスにつけてくれる。
店を出て、ボスはでっぱり気味の腹をさすった。
「これじゃまた、サムが何というか」
「今のは聞かなかったことにします。なぁ、マーティン?」
「うん、何のこと?」
ボスはいい気持ちそうにタクシーで帰った。
二人も事件解決と満腹感で、ぶらぶらと地下鉄の駅に向かった。