小学校低学年の頃、近所に同い年くらいのレンという男の子がいた。
彼は野球が好きらしく、よくかごにボールやグローブを入れて自転車を漕ぐのを見掛けた。
嬉々とした面持ちで走っていく姿。
それを見ながら彼といつかはキャッチボールをしてみたいと思いつつ、当時ものすごく内向的だった俺はなかなか声を掛けられずにいた。
俺は地元から離れた学校に通っていたので、幼いながらも通学は徒歩とバスだったし、性格もそんなわけだから地元の子供達とは馴染みが薄い。
レンに話し掛けたところで「誰?」という反応が返って来そうだ。それを考えるとやはり彼に話し掛けるのは躊躇われた。
俺がいつものようにバスを降りて家路を歩き、彼は自転車に乗る。
いつものように……そのようでそうではない、風が冷たいある秋の日のことだった。
珍しく自転車に乗っていないレンが、タクシーから出てきた見知らぬ――あまり背の高くない体育会系の男――に連れられて近くの山に消えていったのである。
「レン、この山の向こうに行けば色んな人と野球できるからね」
「う!うんっ」
思いっきり頷くレン。
その時男が口許だけに笑みを浮かべた意味を、レンも俺も知らなかった。