阿部「今日はそうにゅうなし」

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129fusianasan
チームメイト(巣山と三橋)

今、なんて言った?自分でも気がつかないうちに顎が落ちてバカみたいに口を開けてた。三橋も似たような顔してるし、なにこれ、間抜けにもほどがあるってもんじゃないのか。
「どっ…」
三橋の手がぎゅーってシャツを掴む。ぽかんとした表情と、力が入って筋の浮いた手の甲はひどくアンパランスだ。
「どっ、どうしよう…」
開いたままだった口がゆっくりと閉じて、への字になる。眉毛もふにゃふにゃで、三橋は今にも泣き出すんじゃないかって顔をしてた。
「ううぅ」
くしゃくしゃになったシャツで顔を覆って、三橋が蹲る。震えてる肩を呆然と眺めながら、俺はもう一度さっき聞いた言葉を頭の中で再生させた。
『オレ、巣山君、好きなんだ』
あんだけ言って欲しかった言葉なのに、全然実感が沸かない。俺が無理やり言わせたわけじゃないよな?自発的な言葉だって思っていいんだよな?三橋を信じないわけじゃないけど、俺は自分の耳が信じられなかった。
「マジで?」
聞くと、三橋が少しだけ顔を上げた。しわしわのシャツに埋もれてほとんど顔が見えない。だけど真っ赤になってるのは分かった。うわ、なんだ?泣いてんのか?
なんで三橋が泣く必要あんだよ、こういう状況でどうすりゃいいのかなんかまったく分からなかった。うろたえる事しかできない自分を情けないとは思うけど、こんなの今まで経験が無い。
「ちょっ、泣くなっ」
「なっ、泣いて、ないっ」
今まで聞いた事の無いような大きな声を出して、三橋は体を起こす。それからはっとしたみたいに握ってたシャツを広げて腕を通し始める。
シャツのボタンを留めて、腕でぐいと顔を擦って、ようやっと三橋は俺と向かい合う。だけどそのカッコはひどいもんだった。シャツはぐちゃぐちゃ、ボタンは掛け違ってるし、襟なんか内側に入ってるし。
「さっき、オレがでかい声出したからあんな事言ったんじゃねーよな?」
「ちっ、ちがう」
「・・・マジっすか」
うわ、焦ってなんかヘンな敬語になってるし。
「ほ、本当、です」
正座して膝の上で手を握って、真っ赤な顔して頷いた三橋を見て、ようやっと実感みたいなのが沸いて来た。
腹の奥んとこ、前は苦しくなるとぎゅってヘンな音たててたあたりから、なんて言ったらいいかわかんないけど、あったかいような、嬉しいような、照れくさいような、そーいうの全部ひっくるめたものがふつふつと沸いてくる。
「ありがとう」
喉が震えてヘンなイントネーションになったけど、三橋も泣き笑いみたいなヘンな顔してうんって頷いた。