>>270 ※鬱注意 暴力的な表現注意
オレはまだあの男と一緒にいて、阿部くんとは夢の中で出会っただけなのかもしれない。
どちらが夢でどちらが本当なんだろう。
額に感じるこの冷たさも、次の瞬間は消えてなくなってしまうもので。
そしてオレはまたあの男との、ぬるくて深くて身動きのできない沼に沈んでいく。
束の間の夢でも、一瞬の儚い錯覚でも、オレは阿部くんに会えてよかったと思う。
たとえ夢の中でも、錯覚の中でも、阿部くんに迷惑をかけたくない。心配をさせたくない。困らせたくない。
だからちゃんと伝えなくちゃ。
「オレは、平気だ、よ」
阿部くんはしばらく何も言わなかった。
額に触れている指にオレの熱が伝わって、じんわりと温かくなっていく。
なんだか阿部くんの指の皮膚とオレの額の皮膚が溶け合っていく感じ。
額の手がするりと降りてきて瞼を撫で、オレの両目を覆った。
「・・・分かってる」
見えない視界の上に阿部くんの言葉が降ってくる。
よかった。阿部くんはオレのこと、ちゃんと分かってくれるんだ。
阿部くんがオレを分かってくれるなら、深い沼の底で目を閉じていても、もう心細くない気がした。