「先生、夕餉を持ってまいりました」
外を見るとすでに日が沈んで相当経っている様子だった。
集中するとすぐに時間の感覚がわからなくなる。悪い癖だ。
「ありがとうございます。どうぞお入りください」
「失礼いたします」
襖をあけ、臙脂色の着物に襷掛けをした異人のような髪の若女将が盆を持って入ってくる。
「今日はお鍋、です よー」
炬燵台の上に布巾を敷き、その上に紅葉の描かれた土鍋を置いた。
一瞬鍋がバランスを崩してこぼれそうになる。いつものことだ。
「それはいい」
「お魚屋さんに、おいしい 牡蠣、が入っていたん です」
「ほう、もう牡蠣が届く季節になりましたか」
若女将が鍋の蓋をとるともあっと湯気が広がる。
醤油の良い匂いが部屋に充満する。ぐぅ、と小さく腹の虫がないた。
「うひ」
虫の音が聞こえたのか、若女将が小さく笑った。俺は頭をかきながら炬燵へ向かう。
「もう食べられますから、どうぞー」
若女将が眉毛をたらしたままにっこりと笑い、暖かい椀をこちらへ差し出した。
女房がいる、というのはこんな感じなのだろうか。
「ありがとうございます」
受け取ると悴んでいた両の手がふわっと温まった。汁をすすると暖かさが心にまで染み渡る。
「おいしい、良い出汁がでていますね」
「それは良かった です」
俺が箸をつけるのを見ていた若女将が席を立つ。
「後で、御饂飩お持ちいたします ね」
そうつげると形の良い尻を振りながら失礼しますと出て行ったしまった。
最近、若女将に飯をよそって貰う度に女房が欲しくなる。俺ももうそんな年頃ということか。
そういえば縁談が来ているとの手紙が田舎から来ていたな。仕事が片付いたら田舎にも顔をだそう。
そんなことを考えながら牡蠣鍋をすする。
椀の一番下にひっそりと銀杏が入っていて、なんとも言えない気分になった。