おいしくないけど銀杏食べたい!不思議!
一つの章を書き終え、目線を窓の向こうへ向ける。
この部屋からは中庭が良く見える。楓の木がちょうど紅に染まっていた。
甘い金木犀の香りの中に時折独特の臭いがする。銀杏だ。
楓の向こう側に黄色く染まった銀杏の木が見えた。
中庭には色取り取りの葉が舞い散っていて、一種異様な光景を創り出している。
そして、その中にひょこひょこと動く藍を見つけた。
藍の先には薄茶色の羽毛が付いている。
小豆色の着物の上に藍色の半纏を羽織った若女将だった。
形の良い尻を振り、一心不乱に何かを拾い集めている。銀杏だろうか。
「女将さん、銀杏ですか?」
俺の声に驚いたのか、弾かれた様に此方を向く若女将。
寒さのせいか、白い頬が真赤に染まっていた。
「はい、銀杏です よー」
フヒ、といつものように笑い、脇に抱えていた籠をこちらに向ける。
籠の中には半分ほど銀杏が入っていた。
「洗って、食べられるようになったら、茶碗蒸しでお出しします ね」
「ほう、それは楽しみですな」
「おいしいです よー」
よく見ると、籠を抱えている両の手は銀杏色に染まっている。
あれだけの銀杏を素手で集めたのだ。しばらく臭いは取れないだろう。
「だから、それまで うちに泊まっていってください ね?」
此方を見上げ、にっこりといつもとは違う笑い方を見せる若女将。
どこか人妻の匂いがし、俺はいけないことをしている気分になった。