阿部「三橋、エビフライぶつけるぞ!」

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661fusianasan
その日とにかくオレはイラついていた。
年下の癖にクソ生意気なキャッチャーは逆らいやがるし、
スピードはあるのに球を上手くコントロールできない、そんな自分になにより腹が立っていた。
シニアの練習試合でわざわざ群馬まで出向いてきたのに、負けちまうし。
あー、なんかもう、何もかもかったりー。
すっかり萎えた気分で、オレは帰りのバスへ向かった。
何気なく隣のグラウンドを見ると、地元のどこかの中学同士が試合をやっていた。あの制服、三星か?
中学の部活…今は思い出したくもねえ。
ちら、と横目で見ただけで通り過ぎようとしたその時、オレの耳にいきなり罵声が飛びこんできた。
「このヘボピッチャーがーっ、さっさと代われやー!」
うわなんだ、このヤジ。とっさに振り向くと、マウンドのピッチャーが投球動作に入ろうとするところだった。
目も髪も薄い色の、細っこくて小っせー奴だった。だけどヤジは耳に入ってないみたいに、真っ直ぐキャッチャーを見てる。奴が、投げた。
…うわ、遅っせえ。いったい何キロだ。100キロも出てねえだろコレ。いくら中学の部活だからって、遅すぎじゃねえの。ほら、案の定打たれた。
「だからさっさと代われって言ったろうが、このボケがあ!」
「ヘボのクセいつまでもマウンド立ってんじゃねえぞコラ!」
ヤジがますますきつくなる。って、このヤジひょっとして、味方から出てんじゃねえの?…キッツー。
投げ終わった途端に、ピッチャーはいきなりオドオドした目で周りを窺いだした。罵声にいちいち怯え、真っ青な顔でびくついている。
おいおい、周りのメンバーのこいつを見る視線がえらい険しいんだけど。
次のバッターが打席に立った。ピッチャーが投げようとすると、また味方のベンチからヤジがとぶ。
なんだか見てられなくなって、オレはその場を離れようとした。だが、その時気づいた。
このピッチャー、球はめちゃめちゃ遅いが、さっきからキャッチャーの構えたとこから一球も外れてねーんじゃねえの。
オレはもう一度、フェンスにしがみついた。
「早くしてくださいよ、元希さん。バス出ちゃうじゃないですか」
「るっせえ、先いってろ!」
オレは隆也を怒鳴りつけて、ピッチャーを凝視した。
間違いない。このピッチャー、さっきから投げる球の全てがキャッチャーの要求したところに入っている。
何なんだよ、こんなヘボピッチャーがオレにないコントロールを持ちあわせてるってのか。
オレが求めても手に入らないものを、こんなヘボが。
腹の底がかっと熱くなる。オレはフェンスの向こうのピッチャーを睨んだ。
その時監督に名前を呼ばれ、今度こそオレはバスへ向かった。