阿部「三橋、いよっくに(1492)見えるは?」

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912fusianasan
日が暮れてきたのに気づいてカーテンを引いた。
差し込む西日が緩くなり、部屋の空気も涼しい。
足元に漂う空気は冷たく、靴下なしではフローリングの床を歩くのは事だった。
手にしていた雑誌をベッドの上に置いて台所へ立った。

昔、猫を飼っていた。
ふわりと毛並みの美しい三毛猫で、幼心に自分の猫が一番可愛いと自惚れてさえいた。
動物を飼ってしまえは十中八九情は移る。
素足の俺の足首に擦り寄ってきた毛並みのすべらかさを、今も時折思い出す。
人懐っこい猫だった。それでいて、こちらから手を伸ばせば少し警戒したりもしていた。
実に猫らしい猫だった。家族だった。大事にしていた。
ある日を境に猫は姿を消した。
張り紙を出し、近所を探し回った。
車に惹かれたりしていやしないかと胆を冷やし、近隣の動物病院を片っ端から回った。
猫は見つからなかった。
そのまま子供だった俺もいなくなり、今は手も足も大きくなった俺が、猫なしで暮らしている。

流しに置いたままにしていた皿を洗い、手を拭っているとチャイムが鳴った。
出ると、三橋が立っていた。
空き部屋を挟んで一つ隣に住んでいる夫婦の子供だ。
駆け落ちではないかと噂される夫婦は揃って働きに出ていて、
この子供はいつもアパートの前で遊んでいた。

「ボール、ベランダに 入っちゃって……」
「ああ、ちょっと待ってて」

大きな目をぱちぱちと瞬かせる子供を待たせてベランダへ出ると、雨どいの傍に野球のボールが転がっていた。
深々と頭を下げて礼を述べる子供へ渡してやりながら、気にするなと頭をなでる。
いつかの猫と同じ、ふわりと柔らかな髪だった。

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という訳で>>820の猫は三橋だったんだよ!