電話を掛けるとすでに三橋は起きていた。
迎えに行くから家を出ないように言うと、申し訳なさそうにしながらも声音が和らいだ。
起きていたのではなく眠れなかったのかもしれない。
自転車を漕ぎながらあと数分で着く旨を伝えると、三橋はまだ着替えていないと慌てた。
緊張感のなさに思わず笑いが漏れる。
三橋も、へらへらと笑っていた。
◇
三橋たちがグラウンドへ着いたとき、百枝が花井に何か話している姿を見かけた。
手にしているのは倉庫の鍵で、その表情は硬い。
「はよ」
「おお、はよー」
「お、おはよう泉君っ」
「元気そうだな。良かった」
近づいてきた泉は三橋に笑いかけてから視線を百枝たちへ向けた。
「モモカン、午後ちょっと遅れるんだと。で、鍵を花井に預けようって」
「シガポは?」
「聞いてないのか? 職員研修で昼から他の高校行くんだよ。うちの担任も行くって言ってた」
「そう、だったっけ」
「そうだったんだよ」
さあ着替えようぜ、と言って泉は身を翻した。
三橋がその背を追い、後から来た者たちも順々にベンチへ足を向けた。
朝はベンチの影で着替えを済ませている。
百枝が来るのはいつも着替え終わってグラウンド整備が終わった頃だ。
百枝の姿が気になってズボンを脱げずにいた者の中で「あれ」と声を上げたのは沖だった。
声の向けられた方を見ればグラウンドを出て行く百枝と、それを見送る花井の姿があった。